Ludwig Speedking

2022年6月27日 (月)

音楽備忘録1047 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし④

この項は珍しく今回で一旦店仕舞いさせるが、充分なストロークにばかり拘ってたら速度を上げるのには向いて無いがの件を。
だからこそホントに自然体で上手に演れてる人の程「とっても小袈裟」に見えたりするんだが、根っこは速度に執着してるのが俺には裏目になってたらしいん。

足・脚の動作完成前に速度に気を取られると、要するに毎度の古っだが「慌てる乞食は貰いが少ない」になるんだねえ。
是又俺にはスピキンのご利益だってあったけどそれはキッカケがメインで、踏みの軽さのお陰で以前には無かった継続させる欲が湧いたのが
少しは効いたか。

それで少し挑戦し出してみると幾ら最大が強くても、より問題になるのは最弱っちまった箇所の弱さでしたん。
なまじまあまあパワフルに行けてると一寸の弱さが際立つもんで、先ずはそれを如何にして駆逐してくかが課題になったんだ。

速度と爆音に深入りしてく程継続力がものを言うのを痛感しちゃって、それは実際の楽曲中で好きな時に好きなだけ入れるのに必須でさ。
杜撰式の奇怪な視点かも知れんが高速化すると1回の時間ってどんどん短くなってって、幾ら凄くてもホントに一瞬だけで終っちゃうじゃん。

ゆっくりだったり1回りがそこそこ長いフレーズだったら良いんだが、幾ら手とのコンビネーションを交えてもバスドラって手みたいに音色のバリエーションは持たせらんないっしょ。
何しろ手と違ってぶつ場所は、一旦セットしたら途中ではほぼ変えられないんだから。

この面でフレーズ以外に際立ったインパクトを与えられんとなると、戦艦大和の主砲より機関銃的戦法を取らざるを得んのですよ。
実は杜撰と脚には絶大な自信の揺るがない拙者にもその筋ので苦手なのがあって、Philip Baileyは’84年のアルバムChinese Wallの8曲目Time Is a Womanの終りの方であのPhil Collinsが踏んでたヤツだ。

それが「(ドド)タドッドド タドッドド タドッドドタンド」でなってたので、技術的には超速ダブル裏拍入りの3連ちゃんって俺麻雀は全くわっかりっましぇーん○×△□。
じゃ無くってタドッドド1つだったら本家より全然速くても平気なんだけど、続くと2つ目の途中から怪しくなって3つ目には破綻してたっつう。

稚説明じゃする意義が怪しいが一応:冒頭の()は前の小節だが演奏技術上は連続してるので付記、タ=Snare,ド=バスドラ…のつもり。
今はもう1つから6つ位迄は連続しようとどうしようと随分自由になれてるのに、ちっさい「ッ」の給付が…なら入った方が良いが…休符が入るとどうも調子が狂うみたいでねえ。

もしかしたら従兄の苦悩を俺版にしたらそんな感じなのかなって思ってんだが、盲点っつうかピッチャーの球種次第で投球時に出ちゃう癖みたいなのか分からんが。
しかし非利き腕が表拍だと練度か足りる迄は少々違和感を覚えるとか、もっと典型的なのだとギターのカッティングで拍の表裏がダウン・アップになるのを逆にしようとしたら相当大変だってのはあるよね。

最近漸く克服の兆しが射し始めてるがここ迄の自己分析をしてみると、ダブルは並速のでも完全な連続か独立してるのが殆どになってた様でね。
その中間領域(少しだけ間が空いてる)のは幾らもやって無くて、それが「予備動作寸前」の状況不備に繋がってたみたいなんだ。

体質から来る癖としては個人のスタイルとも看做せなく無いが、もっとバリエーションを増やしたいとか先へ進みたいとなると取敢えず不慣れなアプロ―チも試しといた方が良いかなって。
そうした処で適性が無ければ頭打ちになろうし、出来る様になったからって日常的に活用する様になるかは分かんないけどさ。

只例えば「あのお方なら流石にこの程度のだったら朝飯前だろう」で依頼を受けたりした際、無自覚なままで居ると迷惑を掛けたり評判を不要に落す懸念はあるよね。
とかく音楽界ではメニューはシェフお任せみたいなのが多いが、出来るのと出来ないのが最初から分かる方が頼む方も頼まれる方も良いと思うんだ。(何でも出来ちゃうのがベストではありんすが…💦)

<おしまい>

2022年6月23日 (木)

音楽備忘録1043 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし③

さて如何に無礼講不問に近い間柄のドラム講師の従兄と言えど、最初から生贄目的だけで終らせるつもりは無いんでその後の成長もちゃんと綴っときませう。
杜撰大王は雑で粗野だけど行為や錯誤には激怒しても、人自体を延々ネチネチ恨んだりするのは大嫌いなんすこれホント。

ってかどっちかったら自分がやらかし易い口なんで、仏の顔も三度が一度になっちゃったら困るだけって説も…。
さてさて要約すれば従兄の低迷は体調不良と「自分じゃなくて生徒にさせる」に特化し過ぎたせいだったみたいだが、結果的に何時の間にか実践不向きになってたそうだ。(それで今録り待ちさせられてる~ぅ)

だからこの件についてでも脚だけとか・前後にこれをやり難いシチュエーションの無い状態が多かって、学びたい人に分かり易い試技には最適でも実用に難だらけになっとったん。
低迷期の従兄がトゥ→ヒールで難があったのは、兎に角トゥ時の爪先の上りが不足気味且つ不安定だった処。

それでもプチ失礼乍らもっと昔みたいに単打でも非力だったら良かったんだが、そっちだけ先にパワーが出せる様になってたのがこの件では多分不味かった。
従兄は膝・腿・腰より俺言い足首優勢タイプだったんで、ベタ足とか他の方法でも可能な単打でも足首依存度が低くなかったらしいん。

しかも生来の左利きを親に矯正された(昭和頃迄日本じゃそれが常識だった!)せいで神経に無理が掛ったか、一般比(この場合は生来が右利きの人)だと一切合切が逆転してる傾向が未だ少なくないんだ。
なのでダブルもヒール→トゥの方が得意で、俺にしてみりゃ良くそれで2発目を大き目に出来るもんだと驚愕ものだったん。

尤も暫く経ってから分析したら「彼の出せる最大」を出して無かったから、そんなバランスも可能だったんだけどね

わ兎も角技も凄いがその使い方が更に上手なもんだから、最適じゃなくてもどうにか切り抜けられちゃってたんだろうな。

で大過去述だが脚だけ膝だけでも可能なのを殆どので足首主導で行く癖が付いちゃってたんで、バネ最弱スピキンみたいのになるとペダルの予備動作がかなり不足になっちゃってたんだ。
俺はゴリ脚が健在なのでずっと先にならないときっと体感不可能だろうが、筋肉のどれかへの最大負荷を抑制するには複合動作の方が明らかに良い。

具体的には爪先支点で足首に依る蹴りを脚上げの初動に利用してて、脚力に恵まれて無かったらそうでもしないとたちまち草臥れそうだからねえ。
従兄は必須な程弱脚では無いんだが、長く安定した演奏をするにはエコな方がそりゃ絶対良いからね。(達人限定)

けど「最初がトゥ」 じゃんけん…じゃ無くっ
て…に限っては、脚よりビータの返り(ペダルの予備動作)→フットボードの所要上昇を最優先にしなきゃ無理だべ。
原始的ベタ足(アシモ君のとかじゃ無く大昔の玩具のゼンマイロボットみたいな単動作)主体の俺ですらバネ力と音量のせめぎ合いで腐心させられたりしてたんだから、幾ら超絶達人従兄でも2つも不利があっちゃそりゃしゃーないって。

これで最近痛感したのは実際の動きの本人への見え難さで、ビータがバチ位の長さがあったらもう少しは視確認出来るんだろうけどねえ。
いやさバチだってBuddy Richみたいな超速になると、大昔の漫画表現みたいに1コマに1本が10本近くに増えたかの様になっちゃったりするけどさ。

なのでそりゃ音量も音色もどうでも良かないが、先ずはフルスイングを心掛けるのが大切なんじゃないかな。
最大ではどれ位足・脚のストロークが必要なのか、色々技に入るより先にしっかり体に覚えさせられてたらね。

そしたら文字通り「二の足を踏まされる」様なのは、かなり減らせると思うんだ。
それからすると習得にはフットボードの割に沢山ビータが動いてくれちゃう様なのは不向きで、欧米人よりゴツイペダルを好む人が多いってのも実にナンセンスでんな。

っと嫌味の1つも漏らしたくなる位、結構その筋のあちらの本家って案外今比じゃ華奢でちっこいの使てたんだ。
全くDrummerじゃ無かった頃は全然感じなかったのに、今はSpeedkingに狭っ苦しさを覚えてたりして。

<つづく>

2022年6月19日 (日)

音楽備忘録1039 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし②

今日はトゥ→ヒールのやり始めで気になったのを綴ってくが、俺の場合はSlideに対する足首のパワー不足が看過出来なかった。(筋力じゃなくて音よ)
これには個人的志向の伏線もあった様で、奏法不問で「聴こえる様に踏んだのは何時も同じ様に聴こえる」の拘りが強かったからなのかなぁ。

最近は16分音符のダブルが使われてる機会が減ったし、録音の向上もあってか昔みたいに「2つ鳴らしてるらしいのに1つしか聴こえない」ケースは激減したみたいだ。
でも’80年代途中頃迄のでは当り前な程頻繁にそんなのがあって、個人的にはそれがとっても嫌だったんだ。

意図的にアホっぽくしたのだったら別だが、俺言い「ドンパン節」(日本の曲じゃなくてDrumパターン)は単調さと知能レスっぽさがどうも…。
それが是又俺言い「大人っぽ系16」の基本パターンでは通常はバスドラパターンがシンプルなだけに、2回に1回しか出て来ないドドッがドッになっちゃうと唯一の特徴が無くなるじゃんか。

って時代も違うんで念の為に俺想定のパターン自体に触れとくと、Hi-Hat(稀にRide)は8部連打・Snareは在り来りの2拍4拍でバスドラがドッ・・・ドドッ・・・でありんす。
この手のって録音やPAより実音を重視すればドドッの1個目は小さ目な方が良い位で、もしピンと来ない様なら試しにわざとドドッ
ってしてみりゃよか。

ってもヒール→トゥが得意でもないと厳しいかも知れんで、そんな時こそドラムマシンや打込みでシミュレートするんでがんす。
言い出しっぺの癖に過去に↑を自ら試したかもう完全に記憶が無いが💦、何れにしても1つ目の方が大きくなると変だとは思うんだ。(但し強(表)拍の前に16分が追加の場合)

この様な用法ってSnareのゴーストノートと同系統で、本質的にはオプション・オマケ・隠し味的存在のケースが多いだろう。
から小さい分には確かに迷惑は掛けなくて済むけんだど、かと言ってあまりにたまにしか聴こえないってのもジャンルやパターン・フレーズ次第じゃどうかと思うんよ。

私的分別としては演られた過半数が聴こえりゃ可・それ以下なら否で、それは解釈次第じゃ基本パターンが違っちまうからだ。
前者に比し後者みたいになっちゃうとドッ・・・ドドッよりドンパン+遊びと捉えられるのが自然で、リズムの粗次第じゃ16Beat感が殆ど損なわれるんじゃないかな。

ので私的にはなるべく音量差の出難い方を夫々がデフォにしとくのがお勧めだが、かと言って何時迄もかつての俺みたいに避けて通ると苦手領域が出来ちゃうんだ。
それが昔だったらClassicやJazz畑出身なら足首踏み(今のトゥ)は最初から必須だったが、学園祭に一寸だけ出られればいい程度だと縁の無い方が多い奏法だかんね。

テクヲタ系の人だったら当初から挑み続けるだろうが、今度は単純な一発だけでお客さんを満足させるのがそっちへ寄り過ぎると遠くなる。
ある意味それの成れの果てがトリガー常用で、けど俺様にすりゃそんなんで構わんならもう足首じゃなく足の指だけでも良いじゃんなんてな。😅

わ兎も角奏者の脚が足首優勢か膝優勢かにも依ろうが、脚でも力じゃ大きく鳴らせず足首でも暫くは試し続けられるペダルに出逢って漸く道が開けたんだ。
尤もSpeedkingもL-201から20になって、付属のビータL-1286も世界情勢や為替の影響で超高価になっちゃったから微妙なんだけど。

けど俺みたいに脚が重目で膝優勢だとスピキンやPremier 250(S)みたいな、足首踏みするのも当り前時代の設計のか裏技を使ってでも現代平均よりかなりバネが弱められないと厳しか。
段々慣れて板に付いて来りゃ他のどんなのでも全く不可では無くなってくが、突詰めてくと最初と最後(多分大体体験済み)へ目を向けるとその方が明らかに好成績だす。

<つづく>

2022年6月15日 (水)

音楽備忘録1035 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし①

何時も通りドラム講師の従兄のTwitterからのインスパイア始めだが、ワンパターン承知で敢えて綴ってこう。
直接的な動機は「トゥ→ヒールが…」が目に入って、自分が挑戦当初に意識上でした工夫を思い出したからなんだ。

彼曰く「ワンモーションで力を使った感覚無しで出来るという前提がないと、その先のどこかで必ず行き詰まる」、に対してへえーそうなんだなんて天才!?のおごり丸出しの俺。💦
がその直後に意識過剰になってると確かにリズムや強弱の制御が悪くなるよねっと、からのそれを克服するキッカケで従兄には過去に一度位は話したつもりでいるが定かでは無いのがひょっこりとな。

もし又ここで記録しとかんともう次は無いやも知れぬので、正に備忘録ついでで何かの助けになる様ならって趣旨でごんす。
前置きはこの辺で一般的な一応「踏めるようになった」ってのは単打なら足に負える状態になってるんだろうが、慣れてないのにもう1つ追加しろとなれば元の出来てた分も不安定になったりするよね。

俺の場合天然状態ではSlideの方に適性があったのと、足と脚(つまりはトゥとヒール)の音量差が過大…でも当たらずも遠からずだが課題でずっと先送りしてたんだ。
その宿題にヒントをくれたのもLudwig Speedkingで、バネを極端に弱く出来る事で試すのが自分の通常領域に入ってくれたんだ。

何しろ爆音命君としては「んがーっ」と踏めなきゃ将来性が無いから、酷い話しだがある程度は力任せに応じてくれるのに喜びを感じちゃったりしてね。😅
処が未体験の軽さになって来ると踏み込み側は良いが、従前の方法だと自分でちゃんと上げないとゴリ脚の重さで全然ペダルが戻らねえぞっと。

そこから良く考えりゃ「先ずちゃんと上がってなきゃ、しっかり下せる筈もないやん」とプチ意識改革が起き、俺の踏む前の足・脚上げって一体どうなってんだって初めてちゃんと観察してみただよ。
そこから自分なりに得られたのが例の「手と一緒」論で、大体は鳴らしたい寸前の裏拍タイミングでバチを振り上げてたりするじゃん。

これビジュアル的には微動だにしない次の瞬間にいきなりガツンの方が恰好良さげな気もしなくもないが、一々意識しないでタイミングを安定させるには所謂「予備動作」は必要ですわね。
タイミング取るのに「いち,にっ,さん,ハイっ」よりゃ「…ハイっ、ジャーン」の方がシビアだけど、ノーカウントよりゃ万一の小失敗だったら修正する暇があるじゃん。

それがトゥ→ヒールの際どうやら当初は、単発の時の予備動作をそのままトゥに変えようとしてたのも不味かったらしくって。(完全無自覚)
楽するアイデア的コース最優先でコケてるって、ねぇほら杜撰大王の真骨頂でしょ…。

でもねえ万一それで行けちゃうなら良い意味での単純化は好ましく、そんなでも常に失敗してる訳じゃ無いんでね。
けど単発&Slideに半端に慣れてると、もし頭が全く杜撰じゃなくても体には癖になってたりしたんじゃないかな。

ので体の動作は「各部1回のみ」でも、人に依っちゃ手始め時は2打は2打って思ってた方が良いらしいんだ。
こんなの文章だけだと初歩的に過ぎ今更感噴出だが、そんなに常に瞬時に頭と体がシンクロさせられるんなら方法を知ったらきっと即完成してるっしょ。

して最終的には「ワンモーション」感覚はとても大事だし半ば必須なんだけど、2打意識が希薄過ぎると1つ目の予備動作がお留守になり易いらしくって。
ダブル奏法を持出すからには間隔が短いからで、実際の予備動作開始タイミングは単打の時と変わらないのが多いんだけどさ。

でも僭越乍ら以前の従兄の実動作を見せて貰うと少なくともスピキンみたいに無忖度ペダルでは、1打目の予備動作が小さ過ぎるし一寸曖昧な印象だったんだ。
今は現況の彼にはスピキンより他のの方がフィットするのも分かったし、予備動作も大分キビキビする様になってるらしいけどね。

<つづく>

2022年2月15日 (火)

音楽備忘録915 RockのスタンダードⅡ⓭

引き続き前回とは別観点で「1960~1970年代物の勧め」になるが、勿論俺の趣味の強大な影響下にあるのは否定致しませぬ。
けれど誰でも俺みたいに追及してとは望んでなくて、偶然味わったリアルタイム体験から「良く効く薬」みたいな部分を思い知らされてるだけなのさっと。

先ず楽器の進化について補遺っとくとRock用を主眼にしたのの本格的な開発が始まったのは’70年代で、普及・浸透し出したのは’80年代になってからだった。
これ当時流行してた音楽からしたら周回遅れ感があるかもだが、楽器ってなどんなに頻繁に買換えるったってトイレットペーパーみたいな頻度には絶対ならないじゃん。

となりゃあ1年以内で誰もが飽きる様なのをうっかり出しちまうと、それまでに築き上げた信用を一気に喪失しちまうんだ。
特に会社の規模が巨大化してると死活問題になり兼ねなく、実際にFenderを筆頭に多くの大ブランドの近年のとは一味違う買収劇なんかがかなりあった。

そもそもそれ以前の問題として、奏者がホントに手足の様に操れる様になるのに時間も掛るしね。
なので例えばLudwig SpeedkingやFender Stratocasterにしても、他に色々あってもそれじゃなきゃ困る・無理みたいな状況が増えたのもこの時期になってからだったんよ。

それ処か前者に至っては変なのし出したアホな俺みたいなのが居たせいで、更に記録更新・上塗りになっちっまってる位だ。
この件要約すると当時の機材って言うなれば「大いなる過去の遺産」の依存度が高く、今の専用のみたいに便利じゃなかったが「色々試せる可能性を持ってる」のが断然多かったんだ。

スピキンは流通量も多いし細かい違いはあったにせよ2010年代迄売られてたが、例えば俺認定対抗馬たるPremier 250は今では一寸試そうにも当時より遥かに入手難になってるとか。

更にこれ等に加えてまだまだ揺籃期のとは言え電子楽器や、電気楽器でもエレアコなんかも次々と登場して来てて。
人口ピラミッドみたいな意味で最もバランスが良く自由があったって、現時点迄の体験内ではそんな実感があるんだす。

更にⅡでジャンル的充実については論が割れそうではあるが、Rock内部でのに限定すると初めて五つ子も産まれましたみたいな状況だった。
その当時は意識は無く今にして思っただけだが、Rockではその頃が丁度成長期・躍進期だったんだろう。

これ等から音楽的にRock界ってどんなんってのを知るのに、この年代のが最も手っ取り早い訳ですよ。
自身の世代的志向とかもあって’90年代以降のには興味が弱いけど、こんなに節操無くなった背景に’60~’70年代の体験が影響してるのは確実だと思うんす。

その中で今回の楽器の件に関しては「使い方」の部分が嚆矢で、新登場の機材に全依存してない部分がミソで御座居。
↑にある様に出てすぐに独自奏法を完成させたりゃ滅多に出来ねんで、古いので新しい音と思わないと目標達成出来てもタイミングが世間から遅れちまうんだ。

私的だがそんな「既存の手法に縛られない」のも一部先鋭的Jazzと共に、ジャンル的に大きな特徴じゃないかと思ってるん。
近年のに俺が夢中になれないのにはこれもあって、加齢で感受性が鈍っただけじゃない…筈なんだ。

<つづく>

2022年2月11日 (金)

音楽備忘録911 RockのスタンダードⅡ⓬

是迄の例示傾向からして今更云うのも何だが、敢えて「1960~1970年代物の勧め」と題してお送りしよう。
今やかなり昔だから趣味的に厳しい方も居られ様が、少なくとも研究対象としてはそれ以降のでは得られないメリットがあるんでやんす。

色んな別項で既に散発的には吠えてるが、それなりに整理して列挙してみるだす。
 1.楽器を含む機材の共通性が今比では異常に高い
 2.録音再生のシステムや装置の事情でその分奇抜なMixなんて出来なかった
 3.今程機械力に全面依存した加工なんて施せなかった

と大雑把に云やこんな処で、1.についてはカテゴリーにスピキンが加えてあるのがヒントであ~る。
2.は一例を示せば近年一部のRap等に法外なローエンドの入ってるのがあるが、アナログオンリー時代はそんなのマトモに記録すら出来なかった。

ので例え何とかして無理矢理捩じ込んどいても、製品化後に聴ける音は全く別物と言っても良い位にしかならんかった。
3.は例えば音程だけ修正するとか、正確且つ無劣化で自由に大量に切り貼りするなんてな夢物語だったんだから。

ではもうちっと掘ってくとして、昔だってドラムペダルが必ずスピキンだった訳じゃ無い。
けど使用上のタイプ的にはそんなのが主流且つ一択状態で、Drumsetにしてもカタログには○○用となってても実際はサイズと組合せが違うだけなんてので普通だったん。

つまりお題の頃の迄のは設定と使い方でしかジャンル特化が殆ど不可能だった訳で、Van Halen(’78メジャーデビュー)のですら魔改造と魔用はしたにしても前からあった物だけで賄ってたんだ。
この点で楽器の現行販売品には注意が必要で、楽で便利になったのは良いが依存し過ぎちゃホントは意味が無いんですわ。

普通のRockりたい人がMetal用の歪み系使や、どんなに弱くしか弾けんくても歪み不足に悩まされたりゃしない。
けどもしそれをEdward氏が使ったなら、きっと前例の無い超深歪みが得られるだろうから。

この「前例の無い」こそが昔じゃ絶対無理だった部分なんだから、メーカの思惑はどうあれ現代新機種の真の存在意義は使用者にとっちゃそんな部分だと思うんだよね。
とは言え例えばプロ野球選手だったら大昔は移動の負担が段違いにキツかったから、大谷翔平みたいな活躍の仕方は神様Babe Ruthでもあれ位で限界だっただろう。

けど昔より楽になった分スケジュールが多忙化してるとなると、方法を知ってて充分会得してたからって常に昔式って訳にゃ多分行かん。
しかしかかしほんだったら何故未だ自転車(非電動の)なる物が普通に存在してて使われてんのってなもんで、頻度や依存度には変化があっても条件次第でニーズが残ってっからっしょ。

してこれはチョイ私感度高目になるがどうも楽器等に余裕があり過ぎると、Rockには緊張感不足を生み易いみたいでねえ。
初期段階では前より歪んでるとかローもハイも出てるだけでも行けたけど、今みたいに一部を除いた音質が自由化しちまうとさ。

んでその除かれた部分は機械化が困難なのもあるにしても、手加減で可能でその方が楽だったりもするからで。
そんなのの秘訣の分かり易いのが、お題の年代の作品なんすよ。
但しこれを有効化するには一寸した条件もあって、同時期の同一若しくは近似機材に依った他ジャンルのも最低限は耳を通さなきゃなんない。

そん代わりこれを惜しまなきゃ違いがとても明白になるんで、井の中の蛙式で重箱の隅を延々突いてやっと僅かな情報なんてより遥かに高効率に事が進んでくれるんだ。
今でも日本以外では10代20代の若者が大昔の若者と大差無く古典に触れてるが、最新のしか演る気が無くてもその方が明解でもっと楽だからってのが大いに浸透すると良いんだけどねえ。

<つづく>

2021年12月12日 (日)

音楽備忘録850 Drumハードウェアへの私的妄想&現実的解決策➊

近頃身内間でDrumsetの配置間隔が話題となってて、それに纏わる色々を。
俺自身は近年迄太鼓は完全に副業だったんで、小柄な体からミニマムセッティングが日常だった。

が従兄は教える都合もあったのと、個人的趣味性から特にマウントTomは間隔を広くしていた。
そこへ不慣れだったツーバス挑戦等もしてる途中で、気紛れから初心者時代に使ってたセットを久々に弄ってたら何か感じる処があったらしい。

彼現用のはバスだけ深胴の22inchのだが、初心者時代の昭和のは20inch(当然の如く非深胴)のだったんだ。
なので極普通に並べると初号機の方が自然と狭隘セッティングとなるんだが、本人曰く三つ子の魂百迄でその方が断然演奏し易かったのを思い出したんだそうだ。

因みに俺が現用のを購入する迄は宅にずっと↑の初号機があったのもあって、22inchに変わって暫くは思えば遠くへ来たもんだもとい行ったもんだなんて感じてたなぁ。
その感覚実は大枠では2度目で、従兄が弐号機(現在教室生徒用深胴22inch)入手時に弄らせて貰った時が最初だった。

のでその分違和感が弱まったのかと思いきや胴の深さも然る事乍ら、近年押し駆けて弄らして貰うと何か微妙に距離感が違ったんだ。
それでどうしたと様子を伺うと、ハードウェアのゴツさの違いも一因になってるのを発見。

歴史の蓄積や諸事情からの変遷ではあるが例えばペダル1つとっても、昔と比べると随分ゴツくデカくなったもんだ。
お陰で確かに昔より簡単に曲がったり割れたりゃしなくなったが、だからって象が踏んでも壊れんって程強くなってはいない。

強度の件では少し前にタムホルダのフリーストップがバカったのを記した如く、結局は見栄えの方が優先でより大きく重く高価なのを掴まされてたって寸法に御座居。(少なくとも俺には)
いやねえ実際そりゃゴツイ方が丈夫なんだけど、壊れん筈のが逝っちゃう時って想定外の事態からの方が多いやんけ。

ならばなるべく廉価で入手性の良い方が、道具使用者としては助かると思うんだよ。
この件ここ迄で終れるならまだ趣味の範囲とも看做せるが、大柄になる程使え方の制限が増える処は見逃しちゃアカンで旦那。

ここで考えを整理して頂く為に敢えて異様な想像をして頂きたいんだが、ギリギリ届けば良いんならもっと各楽器が離れ離れに並んでたって良かんべよ。
実際にオケの打楽器奏者なんかが素早い移動でこれに近い真似してるやんで、しかしその様な配置間隔ではその場の思い付きで叩きたくなった時は障害になったりもするっしょ。

この面からだとDrumsetの特徴を最大限に発揮させるには、可能な限り狭小セッティングにした方が良いって事になるっすよ。
とは言え小振りなメロタムやSplashでやり過ぎたら却って大変になるけど、楽器本体はぶつからないのにハードウェアのせいで広げないとなんて幾ら何でもアホらしくねーけっとね。

道具の分際で俺様に楯突くとはけしからん…と迄はもう令和だから言えんけど、Drummer人種って我慢し過ぎな気もすんだ。
これが反映したパフォーマンスの劣化ってな本人のアイデンティティのみならず、合奏する皆にも同じかそれ以上の負担になってんだからさ。

安全性・居住性確保が最大原因とは言え道路規格は狭小のままなのに作る車をデカくする愚じゃないが、昭和に比べてそんなにDrum台が広くなったとはオッサンには全く思えんのやけど。
因みに自動車の場合容姿からだととても分り難いが、実寸で比較すると今のファミリーカーって黎明期のクラウンやセドリックよりあちこち全然デカいんだぜ。(異論若しくは興味があったらWikiってご覧あれ)

<つづく>

2021年2月26日 (金)

音楽備忘録561 パートのリズム調節㉜

今回は癖のある若しくは癖の強いリズムの功罪を考察してくが、合せる楽さからしたら癖は無いに越した事ぁ無い。
けれど単調な曲中で今どの辺かなんてのは、案外癖のある方が分かり易かったりもしたな。

さてではこのお題の基準を先ず明確に定義しときたいんだが、一応人間が奏でる方を主体としとくよ。
安定度抜群に聴こえる機械の醸し出すのだって、厳密には癖皆無なのは殆ど無いんだ。

これに気付くには分析もせず「機械は癖無し」って既成概念に捉われちゃ不味く、良く云や自然と機械を差別しないって事。
只機械のはズレ巾が小さいから多くの場合、一々意識しなくても合わせられちゃうのは確かだけどさ。

でこのリズムの癖って民謡とか土着系では今も保ってるのが多いが、ポピュラー≒分かり易さとするとこの要素の比重はかなり重いのだ。
音階やリズムパターン自体が複雑だと理解に時間が掛り、さりとてお馴染みのを人並みに奏でるだけじゃあ個性が発揮し辛い。

とは言え癖はある程それと波長が合う人が減るだろうから、私的には特にDrumで少し前迄自分のそれを気にしてた処もあった。
特に打込み物も日常茶飯事となって来ると、癖が強いと何か古めかしくて恰好悪そうに思われるんじゃないかってね。

そのせめぎ合いから色々考えて見ると、恰好悪いのは癖に問題のある場合なんじゃないかと気付き出した。
Drum観点でフレーズ毎のベストタイミングを探って行けば、物にも依るが大凡で7割方は達人が演ったのの方が機械のよりバッチリ嵌って決まっている。

勿論機械だって最適化の微調整を施してきゃかなり良い線には近付けるが、1つも洩らさずそれを凡人がするのは至難の業だ。
俺は昔から機械とか打込んだりする際に、聴いてあんまりおかしかったら微調整は何時もしている口だ。

理屈ではそのままで良い筈ったって、特定の雰囲気や味も求めてのフレージングだかんね。
例えば「ここでタラコトンって入れりゃGoddっぽくなりそう」とか思ってたりもするから、「そう云う感じ」にならなかったらじゃあフレーズ変えてみますかと。

もし単に隙間が埋まりゃ良いんならテキトーに探すかもしんないが、それでは先ず当初抱いたイメージは再現出来ない。
ってんで分かる範囲は手を加えられたけど、微調整のベストタイミングが見付けられない事もあったし出て来ちゃった。

えでどうしてそうなるって考えたら先ずはバカだからなのは確かだが、どうやら「知らない」とか充分に理解し切れて無かったのが原因みたいなのよ。
例えばタッラコトンとかタラコットンとか色々やってみんだけど、どれ位のがベストか今一判定出来んかったんだ。

そんな時思い出したのが’70年代後半当時、打込み太鼓の最名手だったのはJeff Porcaroって話しをさ。
良く良く考えてみりゃ良く知ってる奴程、それへ機械操作さえマスターすりゃ最強になって当り前だわね。

それからすると癖無し若しくは僅少の方が事故率は低いが、その代り成功率は低くなっちゃうんだね。
してこの現象!?自体を分析してくと、多分「音色とセット」でフレージングされてたからなんじゃないかな。

達人Drummerの場合もし太鼓の音色が少し違ってたら、「聴き味が同じ」になるように無意識で微調整してそう。
これって例えば実際のピッチより低くしてる印象があるDrummerが居たりすんのと同じで、僅かなタイミング差で音程の印象は結構左右されるもんね。

これが日本的思考だと先ず兎に角大失敗を無くしてってのが人情だけど、それって一歩間違えたら傲慢にもなり兼ねんのよ。
失敗レスだけで通用するのって必ず「聴いては貰える」前提に立った考え方で、面白い処が1つも無かったら誰がわざわざ聞き耳立ててくれんのさってよ。

勿論Ⅱで幾ら面白くったって間違いだらけじゃ草臥れてとっとと離脱されちゃうだろうが、第一歩としては完全に聞き流されるよりゃそれでもまだマシだっしょ。
それには幾ら失敗を減らすにしても、成功を犠牲にしちゃホントは意味が無いんだよね。

先ずたった1ケ所だけでも良いから見せ場を用意して、失敗を心配するのは飽く迄その後じゃないとね。
分野次第で優先順位や比率にそれなりに変動はあるだろうが、これって何でも本当は一緒だと思うんだ。
この先は次回別項を設けて深堀りすっけど、特に社会的必需度が低い世界では大切なのでは。

<つづく>

2020年10月 9日 (金)

音楽備忘録429 楽器の機械的雑音の話し④

ぼちぼちドラムペダル以外の方へも広がりを見せつつ、今回は出なさそうでそうとは限らない雑音をお題としよう。
摺動部があれば擦れるから分からなくも無いが、現実にはベアリングでも案外雑音が出たりするもんなのだ。

流石に新品時から盛大に出るのにはお目に掛った事は無いが、摩耗が進むと平軸受(穴と軸だけになってるヤツ)より却ってガタつきによる騒音や振動が大きくなったりしている。
個人的には換気扇や送風機のでそれを沢山体験し続けてるが、平軸受の50年以上使ってる扇風機2台の方が未だにこんなのが出ていない。

尤も考慮すべき部分もあって、クーラーの無い時代は扇風機が最後の頼みの綱だった点だ。
効率や消費電力では近年のにかなり劣るが、耐久性・信頼性等が恐らく設計段階から違っていたんだろう。

加えて最近の程短命になって来ると幾ら高効率で低消費電力でも、製造・買換え・廃棄の費用等はかなり増加してしまう。
それからすると「売る為だけのハイスペック」と断じても過言でなく、買う側の知恵に昔には不要だったこの問題等を持っとかなきゃなんなく不便になったもんだ。

ドラムペダルでは打込み全盛となっては日がな踏み続ける者も僅少になってそうだが、上記の様な世間からの悪癖に看過されてないかは一寸気になる処だ。
それで無くても「わざわざ高価なベアリングを使う意義」みたいなのに意識変化はありそうで、有効活用度に差がある様な気がしてならない。

故に個人的には特に半端に「新しがった物」に対して疑心暗鬼になりがちだが、自分でこしらえられない部分・物に関しては妥協するしかない。
そこで違いが出るとすりゃ使い方やメンテナンスの部分で、そんなに神経質になる必要は無いが無視同然となってたらそれは危険だ。

近年は人件費の高騰もあってメンテナンスフリーが一層全盛だが、本来摩耗がある物に対してはそんなのは夢でしか無い。
そこで先ず留意すべきが「メンテ…の前後に付くべき条件」で○万回・□時間・△年等、どんな想定に基づいてだったら放置が可能なのかだ。

次に検証すべきなのがその想定の妥当性で、上記の内○万回の以外は試験期間の完璧な圧縮は不可能だ。
それからすれば発売期間の長いの程、想定外の不具合に悩まされる可能性が低い。

つまり新しいの程夢は見られるが将来は不透明、古くから存続してるの程テンコ盛りになった欠点は目立つがそれ以下にはほぼならない信頼性が確立してると言える。
これに基づくと少し意外だが長く続ける人より、期間限定の人の方が新しいのを持つと後で泣きを見る可能性が高くなってしまうのだ。

何でってったら止めてすぐに売りに出せば平気だが、時間が経つと誰にも買って貰えないなんて可能性も出て来るからだ。
色んな人の使用体験が積算してけば、当然欠点や弱点もどんどん洗い出されて来る。

そうすると自分が昔買って使ってた当時の感覚は、後の世のそれとは段々乖離が進んでても何の不思議も無い。
なのに売りたいこっちとしちゃあんなに大枚叩いたんだし、凄く大切に保管してきたのに…ってったってそれが浦島太郎化しちまってんだわ。

これが使い続けてたら欠点に対しても知ってた方が便利にもなるが、それなりに美化されてそうな思い出にケチが付く様なのには誰だって目を背けたくなるからね。
依って何時迄続けるか不明な時点での最安は何時捨てても惜しくないの、さもなくば初期投資は少しだけ本格化してまうが長年に渡っての定番品で揃えるのが安心となるね。

<つづく>

2020年10月 4日 (日)

音楽備忘録424 楽器の機械的雑音の話し③

古い物と新しいのを正しく比べるには、環境や習慣等の条件の差も加味すべきなのです。
ドラムペダルでなら定期的な給油なんかがそれで、昔はするのが当り前・今ならしなくても普通だとかさ。

これは他の色々でも特に調整作業なんかに顕著で、運転免許を取ったのが近年の人はエンジン始動前にゃ一寸だけアクセルを踏んどくもんだなんて言って分かるだろうか?。
これはエンジンの所謂チョークって機構に関するのなんだけど、もっと古い車だとノブを引っ張って動作させたりしてたんだよね。

知らない人向けに少し書いとくと、エンジンって掛けてたら当然熱くなるよね。
それで各部の調整が「熱い時用」に合せてあるから、止まってるのを掛けてすぐだとそれがズレちゃってるのよ。

そんで合って無いからって止まられちゃ暖められなくて困るんで、「冷めてる時だけこれで合せて」ってのが付けてあったんだ。(具体内容としては燃料と空気の混合比を変える)
今は何でもコンピュータ制御でセンサからの情報に応じて自動調整されていて、だから「チョーク」なんて付いてるのが殆ど無くなったんだ。

つまりは色んなので「使い方の常識」が変化していて、新旧の正当比較をするにはこう云う要素を加味しないと不正確になっちゃうんだ。
上記エンジンのでそれを例示するなら、チョーク使用が当然の時代にだと付いて無い方が不親切になるのよ。

電子頭脳(コンピュータを昔はそんな風にも呼んだ)付いて無いのにチョークも無いんじゃ、何回掛け直してもすぐ止まるけど頑張ってねって事になっちゃうんだもの。
それ位状況に違いがあると、ひと手間増えるより省くともっと大変になるのもあったんだわさ。

んで「キコキコ」だったら、油が乾かない様に密封するとかは当時の技術レベルでは不可能だった。
なので次善レベルにはなっちまうが、給油のし易さに充分な配慮がされてれば一番親切だった訳だ。

部品に関しても同様で擦り減らないのが一番だけど、それが無理なら交換のし易さと入手し易さが評価点になるのよ。
して今更乍ら件の動画にケチ付けると、踏む時と全然違う方向に手で揺すってカチャらせてたのが許せんですねん。

最大でどれ位遊びがあるのか、最悪でどれ位雑音の出る可能性があるかではそれでも分かるさ。
けど実際人並みに踏んでてどうかはあれじゃ分らなくて、もしかしたら動画投稿者は演奏よりメカの方に興味が強かったのかな。

確かにどんな失態をやらかしても余計な雑音は出ない方が良いけれど、奏者としてなら雑音以前に踏み損ねの方が不格好で恥ずかしいんじゃんか。
この点で物余り傾向の近年のになる程、実用時の使い易さは劣化してると感じるのよ。

冒頭の車の話しで追加例示すると、今は殆ど全てが電動化されてオートマだからバッテリーを上げちゃうと昔より遥かに大変になった。
これ宅の狭隘車庫の関係で数回煮え湯を飲まされてんだけど、電動化の弊害でリアルの鍵で手動で開けられるのは運転席のドアだけになってる。

そんでドア開けられないとボンネットも開けられないから、充電出来なくて行き止まりになるわね。
それが車庫に隣接して家の柱があるもんだから、運転席が開けられない塀の方に行く向きにしか泊められないのよ。(とても疲れるが助手席から乗降)

これがセーフでも家(=コンセントから電源取れる)じゃ無い所で上っちゃったら、マニュアルトランスミッションのと違って「押し掛け」が出来ない。
纏めると要するに普段は格段に楽で便利になったけど、いざ鎌倉となったら死を覚悟せいってなもんなのよ。

だから例えば仮に
Single Stroke専用ペダルだとか、用途限定をちゃんと謳っててこんなに静かになってますならOKなんだけどね。
対応力とかが落ちててもそれを謳わず気付かずに、あっちの方が優れてるなんて言われてもなぁなんだわさ。

<つづく>

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