録音

2022年9月26日 (月)

音楽備忘録1137 楽器Amp同士の組合せの話し④

いよいよ本項の核心スピーカユニットの数・エンクロージャのタイプへ突入するが、スマンけど正直コイツは中々ややこしい。
ので専門家が事前想定する以外は理論と計算より、実例や体験を優先した方が近道となり易いだろう。

ただ未体験規模の本番用等でレンタルする際等に、概算(ここでは費用じゃないよ)可能だと大外しを防止出来る。
さてユニット数での音圧増加割合は以前述も再掲しとくと、ユニット1個に対し2つになると能率は約1.5倍・4つになると約2倍ってのが目安だ。

但し単体時と同じユニットを増やした場合、
スピーカのトータルインピーダンスは倍増・半減等変化するケースが多い。
具体例として8Ωのを並列接続すれば4Ωに半減・直列接続すると16Ωになるが、4つの場合等特定の場合だけ直並列接続してやると元の8Ωが維持出来る。(この場合直列2群を並列と並列2群を直列のどちらでもトータルインピは同じになる)

尤も設計初期設定に含まれて無い組合せをする時以外は、予め考慮されてるのでそんなに心配は要らない。
んだがそれでもこっちが一々気にしなきゃなんないのが主に出力トランス非搭載のAmp Headで、載ってるのだと決まったスピーカしか繋がない独裁設計!?の以外は異なるインピーダンスのタップが大抵は用意されている。

これどうせ重く高価なトランスを付けるんなら出力側の巻線の途中に別線を付けとけば(これをタップと称す)、殆どコストアップせずに対応力が飛躍的に上がるからだ。
楽器用真空管電力増幅回路では先ず省略不可だった出力トランスが半導体回路だと可能化し、コスト・スペース・重量で有利になるから殆どが非搭載。

処がトランスレスの石のだと、繋ぐ相手のインピ次第で最大出力が変動しちまう。
尤もⅡでそれも上手く利用してやれば少ないユニット数で控え目音量、多いユニット数でフルパワーなんて事も出来るんだけどさ。

その典型例として前々回述Acoustic 320では4本入りの408(2Ω)を繋いだ時だけ最大出力の300Wになり、2本入りの406(4Ω)は繋いだだけで160Wに自動で低下してくれる。
Head側出力インピが2Ω設定なんで相手が同じならそのまま、インピ倍増すると流れる電流がほぼ半減するので他に何の操作もしないでそうなってくれる。

又半分は魔になるがトランスが間に挟まると緩衝作用が働くので、インピの倍から半分程度のミスマッチはトランスが忖度してくれてパワーに↑の様な増減は起らない。
但し負担が普段より掛かるので容量一杯で連続長時間稼働等させると、出力トランスの劣化や断線のリスクは高まる。

ここから漸く本題との関連性へ突入と相成るが、個人所持品だったり自分でこれから買うならどんな方法を使おうと目的が充足される様にするだろう。
元々オーバーパワーだったらある程度迄なら減っても却って良い位だし、ギリギリ足りるかだったら増える方に振っても減る様な真似はしないだろう。

しかし他所様のでこっちと実使用想定出力が違ってて一部のにだけ出力が余ってるのがあったりすると、プロが組み合わせた物にも拘わらずアンバランスを生じたりするんや。
元々日本ではGuitar忖度が激しくアンサンブルバランス的には相応しくないのが多かったが、最近ではGuitarはEffectorを使う方が多いから足りてさえいれば余ってても問題がより露呈し難くなった。

だがその様なセットアップのでAmp Overdriveさせたいとなると、Guitarの音量だけが大きくなってオーバーしてまう。
確かに最近はBassの方も滅多に球に巡り会えなくなった代わり、無駄に大出力の石のHeadが増えたからGuitarに対抗するだけなら行けるかも知れない。

けどPAやDrum等はハウリングマージンや奏者の肉体限界 の制約があるんで、Guitarに忖度しといたつもりが実は一部奏者(俺みたいなの)にとっちゃ大迷惑設定なんだ。😓
或は急な故障対応でスペック的には過大入力等で壊れる心配が無くても、出力音圧的には少し問題が残った臨時のになってる時とか。

<つづく>

2022年9月25日 (日)

音楽備忘録1136 不当低評価の是正⓯

今日は前回の流れから過去日本の、リズム隊の正しい評価について論じさせて頂きませう。
世代的にMetalやFusionの勃興期の渦中に居たんで、近年迄個人的には随分孤軍奮闘を強いられてずっと淋しい想いをさせられて来たから吠えたるでぇ。

その1:山下達郎の録音作品
一般認識だと青山純と伊藤広規だろうし誤りでは無いが、彼のスタイルの確立に貢献してたのは上原裕と田中章弘だった。
尤も杜撰大王やさかい比較的近年迄思い込み誤認をしてるは、今でも一々Wikiのお世話にならないとフルネームすら綴れない体たらくだが。😓

作品が最も売れた時期なら確かに青純・広規コンビのだったが、それはプロとしての存在が一応認知された後での事。
世代的にリアルタイムだったから耳には入ってたが、もっと聴きたいと思ったのの大部分は上記2人か本場米録音のだったんだ。

その2:オリジナルメンバー期の甲斐バンド
洋の東西問わず’70年代の内にデビューした人達はその後と比べると皆基礎が比較的しっかりしてたが、ここでは敢えて難度的には失礼乍ら最も低かった松藤英男+長岡和弘を取上げとこう。
最近頻吠えの如く所謂演奏技術はあるに越した事はないが、楽曲に対して有効なのはどんなに簡単でもどれだけフィットしてるかアシストになってるかだ。

ここに着目するとローテクなのに名演が出来てる程「音楽スキルは高い」訳で、演奏技術みたいに明確な判別が難しいだけにこんな捉え方もかなり重要なのよ。
そして次の例示ともリンクしてるがその差は俺言い「曲の寿命」に表れてて、かつてのハイテクが後の進化で普通になってから顕著になるんだ。

その3:日本での多弦Bass黎明期
ユーザーとしてはカシオペアの櫻井哲夫等が印象にあるが、正直米のNathan Eastの様にその拡大した音域を上手に使ってたとは俺には思えなかった。
これに関して日本は未だの感が強く、その根底には海外より弦楽器の調音は自由って発想が乏しいからなのかな。

所詮は大して広くも無い俺知り限定ではあるが、最低音弦の1音下げ(E→D)程度でも海外ではそこそこあったのに昔の日本の主流系ではお目に掛った記憶が殆ど無い。
確かに弦が増えれば可能性は広がるが、必然性が先に生じてから増やすのとではやはり違いが出ても仕方あるまい


その4:Drumサウンドの没個性な画一さ
これは何もDrumsetに限った話しじゃ無かったんだが、他パートと比べて大してHi-Fiでも無いのに特にバスドラが全部同じサウンドだったのは完全な汚点だわさ。
尤も少し掘るとそれはOn Micの限定で、私的には爆音耐入力を備えたStudio Condenserタイプが当時の国内には僅少だったのが不味かったのかな。

俺も後から知った事なんであまり上から語るとけしからんが、本家では時期的な関係もあってOn Mic黎明期はダイナミックタイプでやり始めちゃいなかったんだよ。
何でも録れちゃうStudio Condenserつまり当時だとほぼ球のNEUMANNのみだが、同じMicで様々な収録方法をあっちじゃ試せて聴けてた訳さ。

それを抜きでやっちまえば、要は「位置差だけの比較」が出来て無いからねえ。
その証拠ってのも何だがCongaとかは充分イケる音になってるのに、DrumsetのOn Micのだけがどうにもどれもパッとしくなっててよ。

これ杜撰流では「昭和の悪しき伝統」の一部で、音でも立場でも正にDrummer受難ってな感じだったよ。
日本じゃ長らく1に歌詞2にメロディが大忖度で、他は添え物って差別が根強いらしくてイケねえぜ。

只それも随時頻吠えの如く、だったら朗読とアカペラの方が邪魔が一切入らんからお得ずら。
「音楽にしか無い部分」って視点からすれば、実は伴奏やリズムこそが固有の存在なんだけどねえ。

ほんでそんな大忖度をして貰っても損するのが俺言い「声の弱っぽい歌手」で、控え目な伴奏しか許されないから激しいのとか強い曲を一切演れなくなってまう。
おまけに随時頻吠の比較芸術の真髄も利用不可になって、弱さをもっと強調しようにも比較対象(この場合は伴奏)との落差を大きく出来ないんだもん。

<つづく>

2022年9月23日 (金)

音楽備忘録1134 昔のRock系は大音量で聴くべきもの???➋

前回後部補遺に続き物理面の検証へ進むが、音楽の技師が音響に忖度するのはオーディオ技師への謁見行為でもある…なんちって。
いやさ俺みたいにその辺りが全部兼業だと、あんまり境界を曖昧にすると永遠に仕事が終わらなくなって困るだよ。

っつうかたまには少し真面目に言うと、音の問題解消や向上にも原因次第で何処でどう処理すべきかの適性がある程度決まってんだ。
もし1つの方法(例えばMixingだけ)しかやれないならそこで頑張るしか無いが、真因がMic選択ミスだったらそっちをやるべきだしじゃ無いと改善効果が足りんかも知れん。

なので今たまたま頼まれてやってるだけで私はオーディオ屋、ってんならバスレフスピーカの計算設計と製作位すぐやれるんだね!?。
その逆と言うなら(つまり音楽屋)機器製作は無理でも、楽器はそこそこ弾けるんだなっとな。

とかなり恫喝チックに吠えてるが、要は仕事の本質を甘く見てると最悪「全てがアマレベル止まり」になっちゃうんだ。
オマケにもしそんなのだけが集まっちゃってたらお互いを批難するばかりで、成果も上がらなきゃ延々嫌な思いをしつつ帰宅出来ないなんて事になる。

わこの辺で鞘に収めとくとして、昔の一般用再生装置の出力ってホントに今より一桁小さかったんだ。
以前術の通り一般各戸の電気容量が先ず少なくって例えばクーラー付けたくても、本体価格・工事費・運転費は未だしも電気使用契約の変更と配線やブレーカの交換工事だって必要な事が多かったんだ。

例えば1970当時の日本の普通の家と仮定して、中には新築ホヤホヤもあろうが平均を取れば築5~20年位経ってるのの方が多いでせう。
すると電気系統の設計は容量も含めその分「昔の」だし、特に高度成長期みたいに進歩が早いとそれだけ旧弊な設備になっとる訳ですよ。

更にそんな時代でも全ての機器更新サイクルが短く盛んだったんでもなく、まだ一応使えるのがあった家では旦那がオーディオヲタでても無い限りステレオ如きは継続使用があったり前。
俺の実家の新し物好き親父でもラジカセとかはすぐ買い込んだが、ステレオは遂に一度も更新せず一生を終えたわさ。

尤も親父はちっともHi-Fi趣味じゃ無かったんで、気楽に聴ける装置にしか興味が無くなって久しかったけどさ。
でこんな意外な真実みたいなのは今だってそこそこ隠れて存在してんだが、日本では1980年頃迄はある所には球機器って結構一杯残ってたんだ。

尤もⅡでそんな古臭いのが未更新ってのは普段殆ど使って無いからってのも大いにあったろうが、機器自体以上に使用者の常識はそれより更に遅れて後から着いて来る事となる。
なので俺の実家の球ステレオだったら7Wpeak/4Wrmsしか無かって、けど’65年当時だとそれで平均的なスペックどした。

まあ球のは高能率スピーカと抱き合わされてた分、1Wあたりの実効音圧は今の石のの2倍程度はあったけどね。
これプラス大変重要な今との相違はローエンドとかハイエンドなんて無きに等しかって、音色的には今よりふくよかでも中低域が豊富なのであって低域は今より全然出せて無かった処だ。

かなり以前述「音波は1オクターヴ下がると波高が2倍」の性質から、低音の出る装置程実効出力音圧は大きくなる。
のが↑みたいなのだとロクに出ねんだから、最大音量はその分更に抑えられちゃってたのよ。
そんな環境下で例外だったのはの喧しい食堂・工事現場等のTV・ラジオを除くと、大衆車内のカーステ位どす。

何の事は無い車内騒音が今のより10~20dBも大きかったから、自然発生的に大き目が許容されてたん。
さりとて近年のサブウーハ載せてて信号とかで横に並んで止まられるとこっちまで揺さぶられるなんてのは夢の又夢、唯でさえ喧しくて疲労が激しいんでお気に入りの1曲だけとかそんなで皆限界だったのよ。

故に当時リアルタイム人の感覚的記憶ではガンガン鳴らしてたっても、今平均と物理比較すると全然「大人しい音量」だったんだ。
強いて言い添えとくとすれば物理的不足を補う心理が働いたかは全く分からんが、気持ちの高揚は明らかに昔の方が高かったけどね。

<つづく>

2022年9月22日 (木)

音楽備忘録1133 楽器Amp同士の組合せの話し③

当記事の狙いからするとアカデミック偏寄気味なんで、これと次で理屈は一旦終止符を打って具体例へ進むべく奮闘中につきお赦しを
だばとっとと進めてくが、出力増幅素子差に依る実用上の音圧差の件だ。

同一出力値のでザックリ目安は、球に対し石のは70%前後。
但し歪みに対して一般よりシビアにすれば、80%前後と差は縮まる。(この場合球の最大音量が実質10%目減り)

尤も実際にはどっちの素子でも設計上の実用歪み率の解釈の違いの影響もあるので、出力数値より「増幅素子の容量と組合せ」から推測した方が当確率が高いんだ。
先により単純な石の方から行っとくと、こちらは無名劣悪品以外’80年代以降のであれば設計基準の差はほぼ無くなっている。

その由来はっつうと以前は今より、楽器Ampはすぐ歪む物みたいな通念があったからだろう。
これは球の方にだって影響を及ぼしちゃいるんだが、その方向性がどっちかったら逆に出たん。

このサンプルに過去定番のFender Twinreverbの変遷で例示してくと、原設計時点での公称平均出力は85Wだった。
のがバージョンアップ2で100W、3で135Wにアップしている。(後にver2に逆戻りさせてるが…)

でこの公表値物理的には一切盛りは無いんだが、Countryの主役等極限られた無歪みサウンド時以外実用上は出力面での差は無きに等しいん。
のは所謂6L6系パラレルプッシュプル構成ってのが、基本的には実用最大出力を支配してるからなんだ。

同等となる組合せは他にEL34系×4等で、どちらも本数の半分(唯のプッシュプルとなる)のは50Wクラスとなる。
では何故まるで盛り表示みたいな真似してたのかったら当然商売だからってのもあったろうが、当時米ではCountryの勢力が過半数を超えてたからだ。

その証拠ってんでもねえがAmpブランドのもう一方の雄たるMarshallの方は、この様な方向性のバージョンアップを一切していない。
実際にはTwin君が135W迄背伸びした処で、M君の100W 3段積みたいな音圧は稼げてねんだ。

それが前述エンクロージャの差に依るんだが他の面も含めると、回路側出力は90~135Wと45~75Wは夫々の該当クラスの100と50を実用上の容量と考えとくのが妥当なのだ。
又以前述だが50Wより小さい方ではその差が10W以上だと大体誰にでも感知出来るが、これを超えると「倍々ゲーム」にならないと専門家でも明確な判別が付かなくなる性質がある。

俺知りで印象にある例外ってぇと、上手く虚を突いた!?MESA/BOOGIEの6L6系×6位だ。
球の仕様上電気的には200Wにはギリギリ届かない位なんだが、歪む方が喜ばれるブランド!?の利を生かして200Wクラス扱いしちゃってやんの。

何れにしても4本の135Wや↑6本の200Wは用途限定がキツイんで、ドンズバ以外時は上出の「クラス」で扱う事になる。
因みにホントに球4本で実用出力200Wが稼げるのは6550とかKT88って形ので組まれたヤツで、Marshallの一部等回路全体は100Wのへ球だけ挿げ替えた様なのはそこ迄出せていない。

しかしディスる気は毛頭ないんで擁護しとくと、後者は出力では無く音色(特に歪みの質)の都合でそうしただけで主目的が違う例外的存在なのだ。
尤もそんな選択方法が楽器Ampでは少数派も、オーディオ用途では寧ろ王道なのだ。

オーディオでは素子的フル稼働はさせてないのが圧倒的多数派で、リライアビリティも勿論あるが根源は球の性質にある。
少しでもリニアに濁ったりくぐもったりせずにと思うと、「歪み率の増加が緩慢な領域」だけをなるべく利用したい。

そして楽器の方で重用される歪みの個性は無効化し、素子選択の優先事項が「歪んで無い時の音色の差」に取って代わってる訳。
歪み時の強烈な個性と比べると味差は薄くなるが、楽器をオカズとすればオーディオはご飯に値するから寧ろそれ位で丁度良いとな。

わ兎も角上記俺言い「50W超は倍々ゲーム」は球固有じゃ無く、トランジスタだろうとICだろうと果てはデジタルD級だろうと目安としては全てに適応ざんす。
それだからこそ電力出力無確認は流石にヤバイが、一応○○Wって表記を目にしてたなら後はスピーカがどうなってるかだけ気を付けりゃ大抵はオッケーなんだ。

<つづく>

2022年9月19日 (月)

音楽備忘録1130 昔のRock系は大音量で聴くべきもの???➊

バカ丸出しをものともせずちゃっかりしたテーマを進むが、これでもその裏に誤認の解消って狙いはあるんだよん。
俺の記憶内にもRock系だと爆音で聴く人が多かった印象はあるが、その実は音量より音色や表現の影響の方が大きかったんだ。

歌の実再生で大きかったチャンピオンは演家系で、これには一寸した当時ならではの背景があった。
昭和の途中迄は家長が怒る場合は怒鳴るの容認だったりしたんで、特にオッサンの大声は皆が訊き慣れてたんだ。

又楽器の瞬間最大音と比べると流暢な歌だとピーク成分が少ないのと、息の関係で持続時間がブツ切りになるから堪え易い。😅
いや当時の子供(俺含む)にとっては例えばデカ過ぎる村田英雄とかって、ホントは拷問同然だったんだけどね。

不機嫌で一々細々叱られたり小突かれるよりゃ、暫くご機嫌で居て貰った方がマシなんてな調子でして。
それが自分がオヤジになった暁には最も家族忖度が強要されるなんて…、この理不尽どう落し前付けてくれるんや~あぁぁ…って最早叶わぬ夢同然か。

わ置いといて今よりもソースの内容次第で許容値にかなり差があったもんですから、アングラRock系だと極一部の人格者を除き米の黒人差別全盛期に勝るとも劣らない状況が御座居ました。
平成以降の日本しか知らなかったら眉唾と思うかも知れんが、エレキ=不良に始まりバイクを目の敵にした東関東中心の所謂「3無い運動」なんてのも今の壺案件並に理不尽でして…。

ぬぬっ今になってみりゃもしや↑の裏に既に壺力の働いた疑いもあるが、何れにしても当時の常識感覚と物理音量はソース次第で無茶苦茶ランダムで非リニアだったんす。
なので俺は強引な方だったけど子供が不良Rock(当時大人の主流派の勝手な決め付けだが)を聴こうとしたら、こっそりバレない様にが基本どした。

オマケに今と大違いなのが個人用再生装置なんてのは未普及も良い処で、オーディオ用のヘッドホンだって旦那がJazzファンででもないと一般家庭になんかありゃしない。
故に少なくとも小さくない音量で聴ける機会は極僅少で、耳の場所で計測したら平均値は恐らく今の通学生より遥かに蚊の鳴く様な状況だったのは間違い御座居ません。

そんなのもあったからか○○喫茶だのレコード屋の試聴室が大モテで、つまりこの方面での大音量って当時のは実質は適正音量なだけだったんよ。
これからすれば日常的には必要を下回る音量で、小音量忖度なんかしてないソースを聴いてたんだよねえ。

なので勿論時々残念感は覚えたけれど、今の違法・違憲国葬強行に対する腹の底からの恨みみたいなのはそこに一切存在しなかったなぁ。
結局今劣化本邦の不毛極小音量過忖度ってのは、闇雲にディテール掘りに執着した結果なんじゃないのかな。

確かにボケボケのを聴き取るのにそれなりの労力は使ってたが、劣化今本邦の聴き疲れ強要ソースよりは楽だった。
これ別観点では今の日本は音楽の楽しみ方がド下手になったとも考えられ、楽しむの基本は分析耳を最初から稼働させる様なもんじゃないんだよ。

確かにパフォーマー的には俺だって折角演ったのはなるべく聴き取り易い状態であって欲しいけど、曲全体やムードを犠牲にして迄そんなのは望んで無い。
これ俺が達観出来てるとかそんな高尚なのとは無縁で、先ず「良さげ」に感じて貰えないと聴こえる様にしてあったって聴いて貰えなくなるじゃん。

昔のは技術的限界からそもそも大体ですら全部聴き取れるが不可能だったから、黒観点では次善策で雰囲気だけでも尊守してた面も否定し切れないけどさ。
だが更に視点を変えると音響的には優秀で音楽的にはパーデンネンにしちゃうのって、制作スタッフの責任逃れにも見えなく無いぞ。

<つづく>

2022年9月18日 (日)

音楽備忘録1129 楽器Amp同士の組合せの話し②

初回は基本的な出力比の目安を述べたが、以前述の如くスピーカエンクロージャとその能率次第で実際に出て来る音圧にはかなりの差がある。
ので先ずは録音やAmpの最適設置が可能な状況限定で、スピーカの相違に依る影響を過去重複御免で綴ってこう。

これに際し条件を付けて限定した訳を先に話しとくと、指向性って別パラメータも影響力を持ってるからだ。
要するに設計次第で「音の拡がり方」が色々違うんで、同一距離・角度で聴いても実際に耳に届く音圧に相違があんねん。

せやけどオッサン正面で聴いとったら平気なんとちゃうなあんた、指向性の広いヤツになる程エネルギーが拡散するから狭いヤツより正面のは小さくなるん。
その代り指向性範囲内だったら音圧変化が僅少になり、これは狭い場所を最低数でカバーする目的のPAスピーカ等で既に採用されている。

残念だが宅のハコなんかが↑に見事合致してて、PAツィータの平均的指向角度30~90°に対し宅では100°もあるのを使ってるよ。
っても設置空間と予算がたった1つ分しか捻出出来ず、今時稀有なPAがモノラルって…。💦

それが楽器Ampでは構造と使用上の都合(隣接してる場合どっちからのか全然分からなくなったら大弱り)もあって、たまに店舖とかにある無指向性若しくは全指向性スピーカはおろか上述広角PAのみたいなのすら滅多に存在しない。
更に使用場所には無響室以外には様々な残響特性があって、これ次第でも最高だと天地が引っ繰り返る程の違い差が生じる。

のも後に筆者に余力が残ってたら掘ろうとは思うが、環境が千差万別過ぎるんで同時に扱っちゃうと訳分んなくなるだろうてのぉ。
そこで取り合えず音響スキルが無くても見分けられる箇所で行ってみるが、その1はスピーカの裏側が封鎖されてるかどうかだ。

空間的に開放されてても高域は後述の事情で裏面からだと得られないが、中域の拡散性はそうしとくと劇的に良くなる。
っても籠っちゃうんじゃしゃーないやんは確かだが、前面側でも高域は狭い指向軸から一寸でも外れれば忽ちその量が低下してるんでね。

観客優先時設置時の奏者耳への聴こえの平均は非指向軸上になる方が多く、それと比べてしまえば裏から音と大差無いのが実態なんだ。
ので観客のみならず合奏者にも配慮するには適した方法で、音響性能的には少し劣っても俺言い「音楽合奏性能」はかなり優秀となっとん。

尤も現代の録音水準だと録音時中低域の明瞭度やローエンドの性能に劣るんで、無観客でも後面開放型エンクロージャのは過去比だとあまり好かれなくなって来てる様だ。
只それも残響の極端に少ないハコやバラ録りも増えたからで、ほぼ単純に距離の遠近に応じた聴こえとなってくれる点で扱いは最も楽だ。

諸事情からBass用では絶滅し掛ってるので何だが、それ以外用途のでは後面開放型同士の組合せならスピーカの総合能率だけ気にしとけば大抵はバランスさせられる。
っても電力出力の値とそこの回路が球かそれ以外の素子かも無視出来んが、こちらの影響度はほぼ固定と考えて差し支えないから一度覚えてしまえば済む。

この件の内容は次回に譲るが、使用環境とスピーカエンクロージャの様々とその組合せはほぼ無限。
なのでこれへの対処の労に比すと、大雑把に覚えときゃ済むヤツなんて苦労の内には入んねんだ…と俺は思うんだけど。

<つづく>

2022年9月15日 (木)

音楽備忘録1126 今のRock系は小音量で聴くべきもの???➎

今回は前回のの倫理面中心で続きをやるが、これにはこの方面全兼業者の威信を賭けて臨ませて頂きやしょう。
な~ぁんてその実は極限弱小がもたらした偶然の産物でしか無いんだが、人に頼めないのって逃げ場が無いだけに客観的にならざるを得ないのは確かなんす。

それなりに色々な方向性で取り組んでみたけど、意外にもクウォリティを絶対視するのと最も楽しようとしたのが結構作業内容的には近かったんだ。
 ①その時の自分なりにちゃんと弾ける状態にする
 ②なるべく本質的には不要な後加工をしなくて済む収音方法を選ぶ
 ③演奏よりも編曲段階で問題になりそうな箇所を駆逐しとく

ざっと列挙すると上記の様な感じで、劣化今本邦大手作品は素人の第一印象に反し実際にはちっともそうなってない。
これにどんな負の作用があるかってぇと、先ず不毛な作業量の増加から各担当者の誰もがパフォーマンスの低下を招く。

それでいて無理に急かされるから雑になるし、特に聴き洩らし気付き洩らしと云うミスを頻発させている。
とは言え周りが皆カッチリハッキリしてる中へそうじゃ無いのを放り込むのはかなりの勇気を要すし、特に若い人だと意図的な懐古趣味系以外は全部をマイルドにするのもキツイかも知れない。

だが相変らずの暴論寸前だろうが全曲一様に最大の自信があるとか、全曲シングルカットして同程度に売れる自信や予算が無かったら却って露出度の強弱みたいなのがあった方が良いんじゃないかなあ。
まあ最近はあまりアルバム主体で売ろうとはしないみたいだからどっちらけかもだが、注目した或は評判になったの以外は大した事無い曲の癖に聴き疲れするなんてならない方が良いのは変わんないっしょ。

ほいでチョイと脱線させるが「昔の達人程仕事が早い」印象が、当時の体験がある俺には未だ印象深くてさ。
今しか知らない人からしたら単に昔の方が、何でも大雑把で構わなかったからすぐ出来ただけなんじゃって思うかもね。

実際そう云う部分だって少しあったのは認めますけど、多方面で録る時点での完成度が高ったからそう出来たってのが真相で御座居。
例えば沢山重ねたくたってトラック数は限られてるし、ボケアナログだから予定通りそれが分かる様に聴こえてくれる保証が全然無い。

そうすっと反ポピュラー系ですら狙った音世界の構築を、なるべく必要最低限で賄うしか無いからそっち方面へ思考中心が向いて行く。
結果半自動的でそんなに大層な思想等も無いが、仕事の方法論が単純化してい易いのだ。

今昔問わず必ずしもどれもがシンプルに行かなきゃならなくは無いが、録る際のパフォーマンスへ全集中するにはなるべくプロセス数も脳内課題も少ない程有利だしょ。
のでもし昔の達人何するものぞとかで行きたいなら、そんな部分で負けると分かってる方法なんか選んじゃったら勝負にならんのどす。

はたまた僕等そんなご大層なの夢にも思って無いですってんならどうせ大して売れやしないんだら(大失礼)、売る為に劣化世間に迎合してわざわざ作品生命を縮めたり将来の評価を下げるのはアホらしいでぇ。
なので困難な部分は一旦は諦めとくにしても、少なくとも録りの実験時と本番はもっと明確に区別しといた方が良いと思うんだ。

このテーマへ最後に駄目押ししとくとってホントは真っ先に記すべきだったろうが、幾ら極小音量に忖度しといたってもしそれ以下に落されたら忽ち無効化すんねん。
どうしても今の主流の手法でやってみたいならもう止めはしないけど、割の悪い方法だってのだけは覚えといて損は無いぜ。

<おしまい>

2022年9月14日 (水)

音楽備忘録1125 楽器Amp同士の組合せの話し①

連想ゲーム的に次のお題って最近少しパターン化し掛ってるが、意外と何処でもあまり語られて無い様なので不肖乍ら挑戦してみたいと思いやす。
私的にはかつてバブルの残り香で一時期Ampeg SVTが国内業界でスタンダード化したのに、この問題のシンプルな解決策も含まれてた気がすんのよね。

以前述の如く音波の理論に従うと、ある音程の1オクターヴ下のが同音量に聴こえるには倍のエネルギーが必要。
ってのは空気の波の事情で自然とそうなってるだけで、段階1:何かを大きく動かすと戻すのにその分時間が掛かる。

段階2:大きく動かした分勢いが付くから、更に振り巾が自然と拡大する。
↑の時間とは周波数(長さ)・振り巾とは音波の波の高さで、具体的には波高がも時間も倍になるって寸法ね。

但し単位時間あたりの密度は半減してるんで、平均音量は1オクターヴ上のと同じになる訳。
なんて言ってもどうも分かり難いんで実在現象から抜粋してみると、悪戯坊主が無茶吹きするリコーダーのピーとかって凄くウルサいよね。

けど音程が高いからクソガキの体力でも出せるんであって、躓いて転んだ時の音はデブオヤジ(俺か…😢)がよろけたときより遥かに軽く小さい音しかしないやろ。
身近な余談でウチって俺は普段下界に居て、食事とかで呼ばれた時だけ2Fへ昇ってっててね。

その時ついでで肩や首の凝りをほぐすのに変な動きしたりしてると、本人には完全無害なんだけど少しフラついたりする事があるん。
そんな際の足音が妙に大きく響くらしくて、家族から爺さん今凄い音と振動があったけど大丈夫か?って…。

きっと幾ら平気って言っても、その内の何回かは「今のは絶対転んだな」とか勝手に思われてんだ。😢😢
っと云った具合に低音出すのって多分一般イメージよりもっと大きなエネルギーを要すもんで、↑の場合重さの他にコケそうなのを踏ん張ったパワーで余計大きくなってるんだろう。

今の俺に芸人みたいに体を張って実験する勇気が無いから証明出来んが、脂の乗った体だと実は転んじゃった時の方が音と振動は小さくなる時もあるんじゃないかな。
踏ん張れないで逝った時はその分エネルギーは減ってるんで、もしお宅に年配者が居たら音や振動の大きさだけで無事と判断しない方が良いかも。

ってな事って条件無しで実質的にバランスの取れるAmp組合せ例としては、GuitarとBass用だったら最大出力音圧がBassのは倍居るんす。
’80年代に石でもAcousticが大いに巾を利かせてたのも↑に適ってたからで、全盛期に最もプロに使われてたのは320Headと15inch×4の408エンクロージャだった。

これでプチ付記の必要性を感じるのがスピーカユニットの特殊配置で、一見巨大ではあるがダブルユニットのバックロードホーン型か何かにしか見えなかった処。
では残り2つは何処へったら、正面真ん中にあるダクトの天地面へほぼ向かい合わせで付けてありやんの。

明るい場所で現物を上手に覗けたら少しは見えるかもしれないが、只でさえそっぽ向いてんだから保護ネットの張られたままの画像では分からないのも仕方無い。
杜撰日記:かなり後年になって4つが信じられる様になった挙句、ちゃんと調べて確認取れたのは何と今。

それでいて忘れてた型番を確認したのは中坊時代に買った本と、冷房付人力車と扇風機すら無い飛行機みたいな異常な状況。😓
俺自身は数回程使った覚えはあるが観察する時間が無くてこんなんなってるが、スペック程特別音が大きいとは感じなかったよ。

人に依ってはその頃の「トランジスタ歪み」のを好むらしいが、球のより歪むと音が潰れるからその分無理は利かなかった。
ので物理的には出力300Wなんだが、Guitar Ampが球のだと130W前後のとで大体バランスする感じだったね。

因みにその頃のGuitar Amp出力は、Fenderの100Wクラスので135W・Musicmanのだとビルトインの1つの例外を除くと130Wだったからピッタシカンカンか。
と言いつつそうなってくれるのはスピーカ総合能率がイーヴンの場合限定で、Bass用スピーカユニットはローエンドを出す為に音圧が犠牲になってるのが多いんだ。

<つづく>

2022年9月13日 (火)

音楽備忘録1124 不当低評価の是正⓬

さて近回は探索方法等へ偏り気味だったが、それが本件では露出の少なさ→認知度の低さが不当低評価とも大いに関係してると考えてるからだ。
これが又劣化本邦ともなると最悪に近い状況で、かつては美徳意識今は商業上の都合で実態隠蔽が甚だしい。

基本的に日本主導の国内録音作品は海外販売想定の無いのが多く、仮に売れたとしても世界規模観点では販量が桁違いに少ない。
のもあって元々追及要求が少ないにしても
、英米等と比べると職人集団の認知度は隠さなくても格段に低かった。

しかしだからってキーマンになる様な人が居なかった訳では無く、もっとそんな達人達へ良い意味での敬意を持ててたら海外稚拙パクリ依存から脱却出来てた可能性が拭えんから実に惜しいんすよ。
そう語っといて個人的には大して和のテイストを付加する気が無い杜撰大王だが、現況の狭い範囲からだけの引用が続くのはもう勘弁なんすよねえ。

では何故そうなるか私分析してみると、結局はネタがアニメやゲームを通じて知ったのしか無いからなんじゃないかな。
ではⅡでネタ元の作者達は何処から仕入れたか推察すると、古い文学や映画等もっと多岐に渡ってそうだ。

この面で一応私的としとくが激奨しときたいのがJohnny,Louis & Char(Pinkcloud)で、祭囃子その他歌物に執着せずエッセンスだけを巧妙に引用してるからなんだ。
前者つまり現行の和のは歌詞込みのが殆どで、それって実はとっくの昔から演家系では多用されてんだよね。

一方後者のは限られた一部の時代劇伴奏等に垣間見られただけで、歌詞に依るフォローが無い分音だけで成立させなきゃなんないから実際かなり難易度が低くない。
だが発展性へ目を向けるとかつてYMOがアジアンテイストで成功した様に、日本語で海外でも売れるとしたらBabymetalのみたいな流行り単語位で精一杯なんすよ。

そんな状況なんでほぼ誰の役に立ちそうに無くても以前記したThelma Houstonや、前回記載のJohnny Riversみたいなのをここでは今後忌憚無くジャンジャン書いて行きますわ。
処でここ迄は佳作が少数で低知名度とか作品名義が分散してて低知名度なのに触れて来たが、有名でもそれが仇になって不当低評価となってる人達も居たんだっけか。

今の日本じゃ想像すら困難化してるだろうがそもそもはあのBeatlesやStonesですら、登場は当初本国ですら一寸売れただけの若造扱いだったんだ。
誠に遺憾乍ら暗い現状に一筋の光明をってな感じで、拙日本にだって過去には幾つかは世界に誇れる「先見の明」になったのがあった。

それがQueen,Kiss,Deep Purple辺りで、前2つは残念乍ら見た目から入ったのではあったけどさ。
けどこの3つに共通してたのがLiveで観客がのっけからは乱知己騒ぎをしなかったってのがあって、結果的に皆の耳に音が聴こえてたのが大きかったんだろう。

Bandの通常のLiveって登場人物はほぼ固定とか映像作品より絵面の変更が少ないんで、幾ら見栄え最優先でも音でアシスト位しなきゃ瞬く間に夢の世界が醒めちまう。
特に昔のになればなる程レーザー光線も無きゃ巨大スクリーンも無いから尚更で、上記しんがりのはヲタアドリブ主体とは言え「サルにも分かる」のを中心にしてたのが功を奏したのかな。

当時でもPsyche・Progre・前衛等では誰にも訳が分からん程良ってのはあったが、分かる上で凄いってのは他ではBuddy Rich位だったかな。
この話しで俺が妙に自信が持てるのは、完全な偶然だが成長途上で出逢ったからでね。

自分の意思でRockを選択し出したのが小学校に上がる頃で、単細胞な杜撰大王様だから当時の選択基準に感性以外が入り込む余地は皆無だったん。
こんなのちっとも狙った訳じゃ無かったんだけど、今にしてみりゃ感性主体ってのがどんなもんなのかでこの過去体験は大いに役立ってるよ。

これ音楽じゃ無くても全然OKで、憧憬とか懐かしみ成分抜きで鮮明に残ってる印象のの出逢い時を思い出しても良い。
そんな感覚で選別してけば、少なくともその人自身にとっての不当評価は避けられるんじゃないかな。

<つづく>

2022年9月12日 (月)

音楽備忘録1123 ネタ元➄

って事って今日は面白和音のネタ元お勧めをテーマにするが、やはり取れ高としてはJazz系が圧倒的に有利だ。
掟を守った範囲での冒険って面でJazzは嚆矢で、ハーモニーに対する野心も凄かったからね。

だがそれをRock系やPops系へ持って来ようとすると、そのままじゃ複雑過ぎたり前後と上手く繋がらなくなる方が多い。
何せあちらは野心の為なら節操無くコードチェンジしたりするし、最初からそれ用の進行を苦心して編み出したりしてるからねえ。

それを杜撰流に換言すれば実音版コードブックってなもんで、どれ位どんな奇抜なのがあるか知るには博覧会状態は好都合。
けど楽曲自体を高める目的で引用するには、案外それ用の限られた進行じゃ無いと厳しいとか別面での制約がある。

ので妥協点っつうかこの目的に合いそうな頃合い加減をと探すと、Smooth JazzとかLatin Jazz等と少々冠を付けてやると結構行けそうなのが見つかり
易い。
実際全てでは無かったがあっち呼称Smooth Jazzのが、
昔の日本ではEasy ListeningとかAOR扱いされててね。

Fusionについて師匠はLatin Jazzの進化形と断言してて、その当時の俺はオッサン何言うとんねんと思ってたけどさ。
今になって使われてた和音・音列・リズムを少し真面目に検証してみると、確かに他のよりは被るのが多かった。

わ兎も角俺は今も基本杜撰大王らしくジャンルには鈍感!?なのを全く改める気が無いが、こう云うバリエーションって面では気に入りゃ何でもOKで助かってるのかな。
例えばどちらも時期限定ではあるが上記前者ならEarl Klughの初期、後者ではLarry CarltonのRoom 335(アルバム)は出現時からリアルタイムでお気に入りのままだ。

但し自分内部ではそうなった根拠ってのもちゃんとあって、どちらも意外とワイルドだったり大雑把な部分を残してあった感じでね。
それが当時本邦一般傾向でEarl KlughオッケーならGeorge Bensonも、 Larry CarltonオッケーならLee Ritenourもに俺は未だ全くなって無いのよ。

ここから自分にとってFusion系って特に嫌ってはいないが、そんなに趣味じゃ無いのの気付きにも繋がってるみたいだ。
この様な部分的にしか好めないのを探し出すのってあまり効率は良くないけど、好きと嫌いが同居してるからこそ自分の好みの絞り込みに意外と役に立つ部分はあるんだ。

とは言え限られた時間をそんなアテにならないのに浪費してもいられないんでどうするってば、こっちの意思に無関係に耳に入って来るものへも少しアンテナを立てとくのが最も現実的だろう。
俺の場合も↑例示前者はFM放送・後者は行き付けの喫茶店で流れてたのが出逢いで、前者は当時比較的頻繁に後者は音源がLPレコードだったから確認・認識する機会が充分にあったんだ。

現在は暮らしの変化からB級アニメのテーマ等がその座にあるが、短期的には効能僅かでも即実行可能な何気ない日常に流れる音をバカにしない方が良い。
勿論俺だって意識して調べる時は好みに近い所から始めるのが多いけど、音楽的ご近所情報なら時間経過さえ我慢しときゃ何れは大体勝手に揃って来る。

んが非専門且つ気になる箇所がピンポイント的なの程、ひたすら待ちの姿勢で居ると全然進展してくんないんだ。
とは言えそれなりに普段より労力を要す事が多いんで、取敢えずは書き留めるなり一部でも良いから記録に残しとくのがコツかな。

過去の俺の場合だと所謂断片エアチェックしたテープがそれに値し、最近は滅多に聴き返したりしなくなってるけどさ。
今に至る迄には何度も聴いてたお陰で何時でも即想い出せる位脳内に焼き付いてて、超低頻度だけど幸運な偶然に遭遇した際一瞬で「みぃ~けっ」になるんだわ

<つづく>

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