真空管

2024年2月20日 (火)

音楽備忘録1649 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➓

パートⅡの最後を飾るのは、培って来た個人感性の上手な処遇の仕方ざます。
人間は容易に勘違いもするけれど、だからって独自の感性を自らゆがめるのはお止しなせー。

誰かと見解の相違が発生した際、その過半数は認定と表現違いが原因なんだ。
これは食べ物の味が一番分かり易そうだが、絶妙に美味しいのって大抵は各要素が複雑に絡んでるよね。

甘さが際立つ印象が客観視したら塩味の方が強いだとか、そのどっちを先に取り上げて語るか次第で言葉は正反対に近くさえなる。
身内で共通認識を持ちたい時は条件設定を明確にして、時間を掛けて整合性を見出さねばならない。

が特にそんなニーズの無い殆どの場合は、○君のは○語・□さんのは□語なんて風に捉えた方が手っ取り早いん。
或はもっと範囲を拡大して、○国文化・□地域文化ではそう云う解釈になるなんて仮定をしてみたり。(自論の正当化に悪用しちゃあきまへんで)

その真相可能性として前々回リッケンベースがデカいと言った人、もしかしたらその人だと体の何処かが支障してたのかも知れないんだ。
それか既体験のは軽目のばかりで、リッ君の割と角ばってて少し重いのが堪えたのかも知れない。

俺は筋肉マンの方だからあまり食い込みは気にならないが、もっと体表が柔らかかったら角が当たると痛そうだ。
この面で万能プロデューサを目指すなら、俺言い「感性の翻訳力」が必要だしモノを言うんすわ。

↑例の様に100人中99人が不細工っつうのを、ある誰かが見たら最高の美形って事は水面下では案外頻繁に起きてる筈だ。
のがちっとも表に出て来ないのは同調圧力大国だからで、独自性を最高と考えるフランス等なんかじゃ寧ろ必死に探して語ろうとしてんじゃないかな。

但しどちらの両極でも求められて無いのに発揮したら、唯の迷惑か我儘なのは一緒。
この点寧ろ今劣化本邦の泥酔者等、特に白昼だったらEU圏なら即逮捕・連行される。

つまり自説を他人に強要しないのなら、心でどう感じてどう思ってても何も問題は無いのだよ。
寧ろ自分は常識的だから大きな問題は無い等と浅はかに考えるのこそ害で、酔っぱらえば無礼講が大抵は許されると思ってるのなんか酷い勘違いだ。

しかし同じ勘違いでも個人で勝手に思い込んでて、他人に一切害を及ぼさないなら後は羞恥心だけの問題だ。
実は勘違いにも少しは効能があって、創作の分野ではそれで盗作疑惑から逃れられる事だってあるのだ。

馬鹿と鋏は使いようの一種で、手前味噌ではSnareのゴーストノートを間違えてバスドラの3連打と思い込んでたのなんかがさ。
スピキンに慣れる迄そんなイカレたのは実現こそしなかったが、結果的に3連打の使い方の源になってるんだよ。

してこんな柔か頭に一役買ってくれるのが、本物に触れた経験なんだ。
ほら「想像の斜め上を行ってた」なんて語句があるじゃん、その「上」次第じゃ程度差っつうより次元が違ったって方がマッチしたりするっしょ。

一口に良い・凄いと言ってもその内容は様々だし、本物は大抵何処か予測不能箇所に余力を持ってたりもするんだ。
世界観が広がる・刷新される等、実利以上に思考の範囲拡大が最も重要なんすよ。

-続-

2024年2月16日 (金)

音楽備忘録1645 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➒

百聞は一見に如かずって言葉は今も死んじゃいないが、杜撰大王自身段々と自分から見分しに行く足は遠のいている。
学生時代迄と違って年々どんどんニッチな仕事になってってんで、ついでに寄るってのが困難になっちゃったんだ。

しかし探索の門は依然として全開のままで、そんな意識を持ってると感覚の鈍化を多少なりとも防げるんだ。
従兄宅での100年Snareの一件では見事に計られてしまったが、それもこっちの行動予測が明確だったからだろう。

俺が叩く方のDrumsetに無造作にセットされてて、最初は又何か変なのが置いてあるなとしか思わなかった。
どれどれと叩いた瞬間に何だか楽で具合が良いだけは即座に分かったが、名前は2の次で普段から感性重視になってるからだろう。

本当の真価を知ったのはその日後で正体を明かされてから、2回目の訪問時だった。
もしかしたら初回の反応が従兄に物足りなかったのか、深胴じゃないのに大胆にピッチを下げてあったんだ。

そして出て来た音が、杜撰大王が人生で初めて深胴じゃなくても良いやと思う程のものだったん。
具体的には中低域が、今迄体験したどんなSnareより芳醇だったのよ。

で俄然興味が沸騰した処で値段を訊いて他人事となるオチが付いたが、知識としてはあの世迄持って行く事にしましたわ。
実は今迄に入手出来た本物も、貧には当然乍らすぐにゲット出来たのは殆ど無いんだよ。

何気ない日常ですれ違った絶世の美女と、忘れた頃になって何かの縁で同席した際に猛アタックしたみたいなのに近いんだ。
今Ludwig 3ply ReinforcementとSpeedking常用の伏線として、杜撰大王版ドラム三つ子の魂百迄となる体験が遠い遠い昔にあったんだ。

正に中二病の真っただ中の頃に、友人宅で弄らせて貰った最初のDrumsetがそれだったんよ。
自分で叩くのは全くのお初だから、その時点では予習ゼロにつき感性だけの想い出だ。

だからそんなに詳細には分からなきゃ覚えても居なく、写真等で見てて好きそうな音なのが当りだったのと稀に上手くぶてるとRingoみたいな音が出るんだな程度だったよ。
その後ずっと経って他のどれもであまり似た様な音が出ないなってのと、今一痛快じゃないなっつうのが十数年続いた。

が獲得チャンスが巡って来た際先ず安かったからが主因にしても、そんな古くて大丈夫かの自問に↑体験から何とかなるだろうと答えを出したんだ。
でⅡで真価を理解したのはセットで常用15年後、ペダルでは5年後だったんだ。

要はそこ迄を理解出来る奏力がまだ無かったらしく、ほぼ同じ物なんだから人の方さえ頑張ってスキルアップすりゃ似た様な音が出る筈と思ってずうっと暗中模索を続けてたんだ。
これを他人目線では所謂「勘が良いね」と思って貰えると嬉しいが、その根底には恐らく感覚体験を風化させなかったからだと思うんだ。

でも特段注意をしてたでもなく、唯理屈で駆逐せず存置しといただけなんだ。
確定する迄途中経過では数多の俺言い「屁理屈攻撃」を内外共に喰らったが、そうかなぁ何か違うんじゃないかなぁそんな音じゃなかったけどなあってのをね。

-続-

2024年2月 8日 (木)

音楽備忘録1637 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➐

続いては年代及びFender・Gibson以外のブランドについてだが、私感では原設計が凡そ’80年以降のにはトキメかされたのが無い。
印象としては優等生になったは良いが、反面どうも俺言い「
鬼の対応力」が失せてしまった感じなんだ。

最大公約数的にジャンルにフィットしてりゃ、
新しいのの方が当初は音色も含め扱いが楽なんだけどさ。
メタラーだったら□しか弾かんから、こんなで良いべみたいな何か奏者をナメてる感じがするんだよん。

杜撰大王世代でRock系だとエレキGuitarはピックで弾くのか当り前で、ってゆう風にずっと見えてたんだ。
それは間違いじゃ無かったけど一寸視野を広げてみれば、王道ではあっても常識という程じゃなかったんだ。

私推察では楽器に関しちゃ俺も中の人側なんで、↑位から以降は殆ど皆ピックで弾くと想定して作る様になってたんじゃないかな。
弦のゲージ(太さ)についても↑以前の多くは、今の感覚じゃ異常な位太いのが張られる想定もされてたんだよ。

太鼓でも上下が一体になったラグって、分厚いのをパンパンに張っても持つ様に開発されたもんだしね。
ってSnareでは昔からあったが、Tomやバスドラに登場したのはさ。

実際色々な奏法への汎用性も含めりゃそんなに太い弦は適してないけど、ボディやハードウェアと違って張替えでの手間ったらブリッジのオクターヴ調整位で済むやんか。(厳密にはナット溝も要調整だが)
しかし最初から全体をゴツく作っちまうと、か細い弦を張ったってなんかメタボな感じが音に残るさね。

この様な傾向がどうしてもあるんで’70年代位迄に登場したブランドしか、私的には全幅の信頼を寄せるには厳しいんだ。
用途限定ならそんな事は無いが、基準とすべきスタンダードとなるとね。

さて例外的な存在としてはH.S.Anderson MAD CAT(Prince:HOHNERブランド)みたいな、俺言い「部分オリジナル」タイプのはあった。
だが似てるとか共通部品を除き基本コンストラクションがオリジナルとなると、新材質や形態に活路を見出した程度で音色的に本当に新規なのは大凡’70年代でほぼ出尽くしている。

今ではいや昔から知ってる人は少なかっただろうが、あのALEMBICですら開発者談に依るとサウンドは超Hi-FiなFender系を標榜したんだそうだ。
どうせ貧には無縁とは言え、どうりで杜撰大王にはあまり興味が湧かなかった訳だとそれを知って勝手に納得?。

更に別観点からの例外と言えばGuildで、中々しっかりしてるがどれも全てデカくてゴツイんだ。
系統的には私分類ではGretschに近いと思うが、それ以上にネックが太く指板が幅広い。

ピッコロBass登場前は巨体氏には一縷の望みだったかも知れないけど、日本人では特別大柄な人以外にはとてもフィットしそうにないよ。
って処で一寸脱線させるが昔の俺なら「ギリでも届けばOK」と考えてたが、今は寧ろこんな狭っ苦しい場所で如何に上手く演ったかの方がとっても気になってるんだ。

俺程じゃないにしても日本人の大多数は肉体が楽器にオーバーサイズで悩まされるのは稀だが、向うの奴等は兎小屋の狭小車庫へ軽を押込む様な思いも同じ位してんじゃねっとね。
ので大体普通の成人なら誰でも扱える程度のが標準と考えといた方が良く、その意味でもデカいのに憧れるばかりではよろしくないんすわ。

-続々々-

2024年2月 7日 (水)

音楽備忘録1636 杜撰大王が過去モノに拘る訳②

どうせ杜撰大王の事だからこの件でも心臓強く図々しく…も少しはあるが、決して歴女とかじゃないが今に始まったんじゃないんだ。
自分内では音楽みたいに人生途中から興味が出たのと、最初からヲタだった鉄道では追及の仕方に違いがあったん。

鉄道は文字通り当時最新のに惹かれて、過去モノはそれ等の網羅がひと段落した後と至って普通の進捗を遂げた。
鉄道に限らずメカや乗り物全般に対してそんなだったのに、ある条件の差が音楽にはあったんだ。

鉄道→殆どのは公共交通だと昔は博物館等極限られてたから、過去モノは国鉄の有名なのの一部を除いて現物を拝むのすら不可能だった。
写真にしてもネットが無かったから、今みたいに個人が趣味で撮っといたのの公開なんて極めて少なかった。

乗り物で最大の実感が得られるのは試乗だが、そんなの更に限られてたしさ。
ので風貌と伝説だけで途端に興味が湧くの以外、そもそも興味の対象となり難かったんだ。

処が音楽作品だと当時は昔のも平然と普通にラジオで流れてたんで、その面ではずっと現役継続同然だったのよ。
中には聴いただけで古そうなのもあったが、当初はこっちも詳しくないから良く分からない。

尚且つなまじ英語がロクに分からないのに洋楽に惹かれたんで、当時日本が欧米より遅れてたのと相まって時系列が半ば無効化してたん。
なので自分内では不明な新旧は他所に、単純に興味が湧くか好みかだけでマイリストが形成されてったんだ。

その結果まだ最新ジャンルではあったがRockが自分向きなのと、Rockの勃興期のが興味の対象として定着。
例えばChuck Berryに関し俺の世代は普通はBeatlesやStonesのカバーから入るが、俺はラジオから直で始まってるんだ。

当時ガキの確実にありつける良い洋楽ったら家族にヲタでも居ない限り、FEN(AFN)ほぼ一択でさ。
あとはせいぜいTVの輸入番組程度で、これも時系列を無効化させるのに一役買ってたさね。

これ等の環境が自分では得したと考えてて、お陰で新旧不問で純粋に面白さで選別可能になったと自負してんの。
そして俺の場合自分に最もインパクトを覚えたのが、たまたま1955年頃のから1980年位のだったって。

故に今でこそ「古い」って意識もあるけど、昔のだから評価してるって訳じゃ全然ねえんだ。
流石に近年は新規への興味が少しは衰えてるだろうが、本質的には女性と一緒で!?何でも若いのが大好物なままでっせ。😖

ついでだから女性に対する興味の本音を曝露しとくと、かつて若い時分には齢と共に変化すると思ってたんだけどね。
少なくとも俺の場合齢を重ねる程若さの価値が高まって、昔なら圏外だったコでも若いだけで興味を持つ様に変化してるよ。(でも小児性愛とかでは御座んせん、念の為)

但し理性も分別も弁えてるつもりなんで、余程金満に恵まれでもしない限りパパ活すらする気にはならないがね。
だが音楽作品だったらメディアのデジタル化以降、それ自体の劣化や老化とは無縁だ。

生身の人間だと加齢でしわやたるみが避けられんが、元から「聴くだけしか出来ない」相手で一切老けないんだからさ。
結果個人にとっての真の新旧って、本当は聴いた事の有無とか順番とか
なんじゃないのかな。

-つづく-

2024年2月 3日 (土)

音楽備忘録1632 杜撰大王が過去モノに拘る訳①

齢食ったから遠い過去のになっただけで、出逢った当初は最新のだったんだ。(これだけなら完全な過去の栄光!?)
っても今は大昔何時迄も執着してたら、他人はきっと唯の老害認定するだろう。

ってのは重々承知なんだが、内心は単純に凄いと思えるのが古いだけなのだ。
流石に還暦ともなればノスタルジー0%では無いんだろうが、無理に若ぶったり新しぶる気にはなれないんすよ。

それは大袈裟に云や近年の殆どのは、「感動量」が足りないからなんだ。
例えばこないだ家族の都合で紅白歌合戦の最初の方だけ見させられたが、非ベテランは唯の1つを除いて歌詞の聴き取りに聞き耳を強要
された。

そんなに良くは知らないが、彼彼女等の録音物ではそこ迄聴き取りが悪くなかった。
根底には歌唱力(発声や声量)不足が原因だろうが、私的には取敢えずMic選択ミスと感じられたんだ。

大定番のShure SM58系って原設計がそれこそ大昔なんで、歌唱法も含め今劣化本邦の若者にベストフィットなんかする訳ゃねーっての。
これが又妙なもんで20世紀末頃迄の歌謡番組では、もっと歌手次第で色んなMicを夫々が使ってたんだよ。

PAのショボかった昔は歌唱力の水準が必然的に高かったのに、Micの相性にも皆が注意してたのかな。
実際現況は58のLiveでの定番度合はより高くなってっけど、録音物より数段歌詞聴き取りが悪くなってるのに…。

そんな箇所だけを注視しても、実は新しい人程目立たない処にカビ臭いのが多いんだわ。
そりゃ商業的観点からしたらコスパは問題だが、良い部分の良さのピークが↑等で昔より落ちちゃってんじゃないかな?。

例えばそのⅡで電気楽器での真空管の使用・不使用、エレピやHammondのリアル・バーチャルの差。
普段曲全体を気楽に聴いてれば、大差が無さげに聴こえる。

リアルを用いた処で特別上手く行かなけりゃ、手間暇掛かるだけ面倒だ。
んが幸運に良い感じになった際、リアルでなければ得られない特別固有な雰囲気ってのがあるんだよ。

確かに昔の機材って大失敗した時は目も当てられぬ状況に陥るから、大事故だけは避けたいならド素人にも親切な感じの今のの方が良いかも知れない。
けれど音楽なんて一般にとって非生活必需品には、失点が○点迄なら合格って事ぁねえんだわ。

昔でもスポーツに興味の無い人でも大体皆知ってたのって、野球なら王・長嶋とか相撲なら大鵬とか。
今なら大谷翔平の様にバカみたいに突出してると、無興味でも無視出来ないじゃん。

つまり失点より得点が毎回2桁越えとか、そっちの方が遥かに必要なんだよ。
特別音楽好きでも無い一般人ってシビアなもんで、悪くないじゃなく飛び抜けて良いじゃないと興味なんか持って貰えないんだ。

だから伝説の超人でも今がパットしなきゃ興味喪失だし、機材環境が劣化したと感じられたら以前通りの評価なんて俺には無理なのさ。
っと多小理屈武装はしてみたが、内実は年寄りだから古いのが好きと思われるのを気にしてないだけ。

-つづく-

2024年1月30日 (火)

音楽備忘録1628 適切な帯域制限の苦悩⑫

さて数多くの記事で杜撰大王が「生耳聴き」に拘るのは、何処迄行けるかの指標として重要だからだ。
帯域制限についても関係性がとっても深く、硬さを許さなきゃ明瞭度が確保出来ない等と云う重大な誤解を招くのと同じなのだ。

是迄再三吠えて来た如くオーディオ的にだけ高音質なのは、アンサンブル内で同じ振舞いをするのが僅少なんだ。
けれどパート別で録る最初のは、その時点でアンサンブル内で鳴らす事が出来ない。

結果単体聴き評価をすると、高音質な感じがしたの程どうしたって良さそうに思えちまう。
この意識を圧倒的に覆せるとしたら、名人が眼前で奏でる「生耳聴き」が最有力なんだ。

理想は既にメディア等で沢山聴いた事のある人のだが、そうでなくても何処かで録音に使ってたっぽい音色なら構わない。
最初は唯々おースゲエと来て、次に過半は帯域制限が掛ってるなんて感じられない音だろう。

特殊音色以外では達人はバランスにも充分配慮してるから、殆どのに実際は掛っててもそれが気に留まらないんだ。
のわそうしとかんとアンサンブル内での明瞭度や立ち位置がフラフラ変動したりして、不都合が生じちまうからだ。

でそんなのが記憶にしっかり刻み込まれてると、高域過多になってたら「あの時のと違う」と即座に判断が付くんすよ。
ってもその段階じゃ何が異質にした犯人かはまだ釈然としないかも知れんが、何かを変えなきゃ近付けないのだけはもう分かるって寸法さ。

ド下手な人の生音でも音色に偏りがあんま無きゃ生耳と録ったのの比較は可能だが、どうすれば好みの音色がなるべく色んなアンサンブル内で通用するのかはあまり知らないケースが多い。
その一方で確実な指標が自分内でたった1度でも得られてたら、仮にその後は全く機会に恵まれなくてもそこそこ行けちゃうんだ。

これが俺言い「音色に於ける三つ子の魂百まで」で、親だと双子の区別が何時でも付けられる様なもんだわさ。
基準の原典になる訳だからなるべく至高なの程向いてるが、それより重要なのは最低限の機材で出されてたかどうかだ。

真の一流ならある程度の楽器と球Ampさえあれば、業務の実用に堪え得る音色が出せるんだ。
又老害臭が漂っちまうが古老程アテになるのは、今みたいな高性能なマルチEffector・Preamp・ストンプが無かった時代を生き抜いて来たからだ。

昭和の内プロも扱う録音スタジオなら、1台はFender Twin Reverbかそれに相当するAmpが必ず用意されていた。
だが令和の今では多種・多様な機材がある代わり、立地条件等のせいで球Ampの無い所もある。

そんな所でばかり仕事をしてる人では、なかりの売れっ子でも楽器本体とAmpのみの音創りに精通してない可能性があるんよ。
この先は新項を設けてそっちで続けるが、ツールやアイテムだけで音色の全てが作られてる訳じゃないんだ。

=Fin=

2024年1月29日 (月)

音楽備忘録1627 Carol Kayeショック➌

さてAmpeg B-15NとSの続きだが、最大の欠点ともなり得るのはBassの高音弦が細目・薄目の音色になる処か。
尤もBassらしい低音を充分得るには↑は避けにくく、それはアンサンブル内でのバランスとして聴いてみると良く分かるんだ。

最大出力が30と60W・スピーカは15inch一発なんで大規模Liveには不向きだが、比較的コンパクトなのがレコーディング向きの最大理由って訳じゃねんだ。
主流派のベーアンは何でも太目に出すのが最適ではあるがそんなステージに合うAmpで困るのが、デッド目なスタジオでの録音時なんだ。

ライブな音場程低音が響かないんで、録ってみると高音弦が悪目立ちするんすよ。
昔の欧米のステージは低音がやたらと響いたりするんで、そこでだけ丁度良い按配になってるとね。

又ひと口に低音重視っつっても色々あって、必ずしも大バランスばかりが欲しいとは限らないんだ。
最大の懸案は小さ目バランスでもローがちゃんと聴こえるかで、それ故パーソナルオーディオにはラウドネスやバスブースト機能が搭載されてるべ。

因みに業務用PA系のにはそんなのホントに皆無で、寧ろ何か付加機能があるとしたら減らす方のLow Cut Filterでっせ。
Bassが最低限のバランスになっても低音が聴こえるかどうかは、アンサンブル全体に対し甚大な影響が御座居ま。

Carol Kaye先生も俺と同じくGuitarが先で、そもそも’50年代はBebop JazzでプロになったGuitaristだったん。
それが’63年に急遽トラでBassに触れた際、アンサンブルの骨格を支配出来るって理由でBassメインに転向したそうだ。

この最初から音楽の全体像を意識してたのは大変重要なポイントで、その結果の一部がプレべなのにリッケンに近い音色となった模様なんだ。
今はベーアンの音創り巾が拡大したんであまり困らなくなったが、オッサンの若い頃はまだプレべタイプを持ってってショボイAmpしか無かったら充分な低音は諦めるしかなかったよ。

因みにⅡでEQストンプ挿入等で補填可能なのは1にスピーカ2に出力段が対応してた場合限定で
、当時の廉価品の殆どは底突きを起こしたり忽ち歪んだりして期待薄だったよ。(俺はBass歴初期にベースブースタを持ってた)
結局コレに懲りたのとチビに大柄は不似合にて、それ以降持ち替え不可な状況では俺はFenderタイプのは避ける様になったんだ。

又ⅡでCarol先生全盛時も欧系ではアンサンブルの重心が低かったが、米ではワイドレンジ且つ湿っぽいのはあまり歓迎されてなかったからね。
因みにⅢで当時のシックな欧州サウンドはムード満点だったが、分析耳で聴くと高域がとても控え目な感じになってるだけでローエンドなんて幾らも入ってないから聴いてみそ。

半分は偶然かも知れんがCarol Kaye先生の音色って、Flat弦+プチミュート以外は他の昔の人のより今の状況に直接導入可能なんすよ。
それも含めて今に続くBassの音色やフレージングの原型を、初めて作った人と言えるんじゃないかな。

んっまそんな事より兎に角躍動的で痛快だから、とっくに誰が真似したって不思議じゃなかったんだけどねえ。
今劣化本邦じゃ高評価して参考にしてる人が少なきゃ、特に躍動感の部分で足元に及ぶ人さえほぼ居ないのは悲しいな。

=おわり=

2024年1月27日 (土)

音楽備忘録1625 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➍

最早時代遅れな感じもする古典主流機を、何故執拗に杜撰大王は基準とするのかご説明。
Mic・スピーカ・真空管等では、様々な不利を承知で音色ニーズから使われたりするよね。

でも普通のRock系の人にMetal登場前のを勧めるなんて、何も考えなかったらミスマッチだ。
だが一般論でジャンル特化させた楽器には、埋もれた欠点が凄く沢山あるんだよん。

実例としてウチの休養君のGuitarをリペアした時の話しで、過去には弦高をどれもウルトラローアクションにしてた様だ。
これは激歪ませで超HiGainだと、触れただけでもうドカァンと鳴るからねえ。

わざわざ普通の弦高にしといて強く弾く意義が希薄になるんで、速度と高難度フレーズに忖度して弦高ウルローにする習慣みたいなのがかつてあったん。
しかし休養君出自がFolkだからかそんなのでも思いっ切り強く弾いちまってて、したっけナット近傍のフレットの弦の下だけが摩耗して掘れちゃってたんだ。

そうなってれば王道は全フレット交換で、元のフレットがハッキリ分かってて手に入るなら掘れてるのだけ交換だ。
がこんな貧民と平気で組んでくれる人は向うも貧で、一番掘れが酷かった1本はリペア保留になったんだ。

さてこの件持ち主が全く気付かなかった訳でもないらしく、しかし少しでもハードボイルドにしたくてそうなってしまったらしいんだ。
Metal系ってばスピードもだが、本来なら何より劇的なパワーが求められるよね。

それで太鼓なんか大規模セットになってったが、超高速を可能化する為にトリガーなんて邪道に走りやがった。
そうなって来っとパワーはダイレクトに反映されなくなるが、些細なミスで非力化する心配は無くせる。

んで結局は固有の醍醐味が減ったんで衰退してったが、ほぼ男だけがやってたから大変な事態にはならなかったんだ。
ってのはもし女が一気に乗り込んで来たら、細かいスピードや正確さじゃ野郎なんてとても敵わないじゃん。

と考えてみると力やストロークの要らない楽器は女性には大きな武器になるが、屈強が売りの男性程不利になってくんだよ。
因みに拙ブログでは断りなき際は性別不問としてるんで、男女共用とすればかなり昔に初めて一旦定まった標準値位のが妥当な線なんすよ。

基準楽器は各方面に対して中立なのが良いのと併せて、こんな事情も裏にあるだよ。
Stanley Clarke位の長身になると、初めてウッドBassをGuitarみたいに自在に掻き鳴らせる。

俺みたいなチビにとっちゃ羨ましいを通り越して憎らしくもあるが、そんな楽器が現存してたから皆が堪能出来たんだよな。
BONZOやEric Mooreの太鼓にしてもそうで、常人が鳴らし切れる楽器しか無かったらそんな楽しみは無かったさ。

「楽過ぎる楽器」にはこんな負の側面もあるんで、少なくともそんなのを基準にしちゃうのは考えものなんだ。
本番を想定した練習にはMetal系なら弦高ウルローの方が相応しいが、普段の練習までそのままでしていてはウルローのご利益は薄れるし普通のが弾き難くなる。

ので標準型の他に特化型を持つなら良いが、特化型は「臨時措置」留めとくのがお勧めなのだ。
偏りや悪癖は長く続けてると、最悪は戻し切れないか戻すのが物凄く大変でっせ。

-続-

2024年1月26日 (金)

音楽備忘録1624 適切な帯域制限の苦悩⑪

このテーマには「生耳との違い」は欠かせねんで、それに纏わるプチ余談をば
たかがポピュラー音楽で一々本物がどうのとかより
、別に面白きゃ何だって良いと思ってて…。

とまあ相変らずのシーソー論法になってるが、生耳と一定以上違う音になって構わないなら今はね。
でもそれなら生が一番とは限らず、打込みを始めとしたもっと楽で低雑音で高安定なのが今は他に幾らでもおま。

妙に昔からの楽器で無理する裏に、併用する人が少ないせいがあるんじゃないかな。
例えばローピッチが苦手なSnareしか持って無かったとして、俺だったら打込みでそれが可能だったらそんなのをやってみたい。

過去実績としてなら12弦Guitarを持ってなくて、デジタルピッチシフターでそれっぽく演出したのがあった。
未だ持ててはいないがこちとらベテラン、過去に幾度も借りたりして現物がどんなかはそこそこ知ってる。

勿論全くの偶然で新音を発見する事もあろうが、何時か何処かでそれっぽいのを聴いたのが蘇るってのが最多なパターンなんすよ。
これは作曲や編曲でもありがちでだから個人個性消化不良のまま出て来ると、全く意図・意識して無かったのに盗作に引っ掛かるなんてのがあるんだ。

本件で判断基準にすべきは2つ、生耳の記憶と選択や方法論の適性ですがな。
例えばⅡで去年に至ってもBeatlesとStonesが新作を出せたのって、元々曲作りも録音も何でもアリにしといたのも一因じゃないのかな。

常にパート・メンツ固定とかせーのの一発録りしかしない連中だったら、オリジナルメンバーが1人欠けたらお終いだ。
全員健全な当時から4人居るのにあの曲は独りだけで録ったとか、Jumpin’ Jack FlashのBassはKeith Richardsが弾いてたとかがあったからねえ。

それと同じくどのGuitarで演るか一発通し録りかバラ録りかに留まらず、今なら打込みか切り貼りか…と大袈裟に言や桁違い選択肢は増えてるん。
この点ポピュラー系の鍵盤奏者は生ピからSynthe程度の巾は日常的に要求されるからマシも、Guitar・Bass・Drum等の多くはまるで人種差別全盛期並に石頭なんじゃね?。

只それなら主に意識だけの問題だから解消出来る可能性がそこそこあるが、「生耳」ってのの実体験が今はかなり難しくなっちまった。
名人のPAを通してない音を聴ける機会が、ホンマろくすっぽあらへんのや。

これが足りないと前回の従兄みたいにリアルの方が不安になるのも仕方無い現象で、今時盛られてた方がそりゃ良さげに思えちまうもんね。
けれど録っただけでそうなってるのって、整形に失敗してもう元へ戻せなくなったのと同義なんだ。

しかも「生耳」が本当に必要なのは子供や初心者なんだけど、業界内部に属してある程度の地位にでも上らんと触れるのがほぼ無理になってるやん。
更に厄介なのは一瞬で何か感じて反応する奴ばっかとは限らず、1ヶ月毎日聴かされたらやっとなんて人も居るじゃん。

のでせめてものお慰みで耳が健全だったら、生耳と録音したのの差には敏感にならなきゃ。
良し悪しには目もくれずコレで録られると、○が×になって△が□したみたいに聴こえるんだってね。

=つづく=

2024年1月25日 (木)

音楽備忘録1623 Carol Kayeショック➋

続いてもしかしたら居るかも知れないヲタ向けも含め、Carol Kayeの奏法と内容の分析ざます。
表層的特徴としてはピック弾きとJazz知見に依る自在なフレーズが挙げられるが、彼女達のが王道も現況のピック弾きとは一寸違ってる。

今はピックの当て方や角度等は殆どGuitarと同じ様だが、ホントはそれじゃあ基音が不足気味になるんすよ。
これは杜撰大王はマルチだから力説させて貰うが、弦振幅自体が違ってるからなんだ。

私感覚ではGuitarの場合状況次第では少し擦り付ける様な方が好結果の場合があって、特に高音弦では却ってそうせんと基音の「通り」が悪化するんだ。
どうやら電磁Pickupに対し弦が理想より細い為みたいで、例えフレットを盛大にぶってもその方が良い感じ。

のがBassでは弦の振動数が少ないからか、極力フレットとの接触を避けないとたちまち振幅がスポイルされちゃう。
ので基音を最高に温存しようとか充分な低域量を堅持しようと思うと、弦はなるべく「横向き」に揺すらなきゃなんないんだ。

全盛期の彼女Flat弦で前寄りを弾いてるからってのもあったが、それよりも弦を揺さぶる方向の方であんな音色が出てたんすよ。
但しそれだけじゃFender Precisionだけで可能な低域量しか得られず、RickenbackerやGibson等のローエンドには遠く及べない。

概述Fenderのは「高域は楽器本体で低域はAmpで稼ぐ設計」だが、設計理念を打ち立てた当時の状況からか低域の底の方はあまり配慮されてない。
要は例え楽器とAmpで出せたって、録音でも再生でも当時のMicやスピーカの平均的性能のお陰でまだ世間一般が非対応だったのよね。

只その代り作った音が別物に聴こえる様な事が起き難く、それは今でも店舗等でBGMとしての簡易再生でも変質し難い利点がある。
がJazzから来た皆さんウッドBassの低音に慣れてたからか、中高音は良いからもっと低音が欲しいと思ってた節があるねん。

その証拠にJames Jamersonを筆頭にAmpのセッティングが、Bassはフルで後は適宣って人が多かったで。
だからこそチョイ後発のR君やG君では、楽器自体からもっとローを出せる設計にしたんだろうさ。

それがハズレじゃないと分かってからAmpの方での進化が始まり、低音拡充黎明期ではAmpegが業務用対応一番乗りだったのよ。
それが有名なB-15Nと少し後に出た
Sで、色々と初めてのだったからか限界領域に達するとウーハの底突きなんかを起こしやがる代物で…。

だがそんなな程ウーハのダンピングが低いからこそ、音量控え目な時でも充分なローエンドが得られたんだ。
今の感覚じゃ底突きなんておっかねえし音色だって微妙だが、Amp電子回路部だけで歪んでブッ潰されるよりは低音の質がマシだったんだ。

=つづく=

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