鍵盤

2022年6月26日 (日)

音楽備忘録1046 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題➄

今回のでは又一段と前振りが重たくなっちまったが、ポピュ系でのプロデューサ・ディレクタの重要性を知って貰おうと思って。
どんなジャンルでだって有能な↑だったら居た方が有利だが、私的にはマイナスにならない限りポピュ系では居て貰った方がと考えている。

最も端的に云や1人でも多くにウケたいなら、作る時点で可否判定をする人だって多い方が良いでせう。
って余りにもバカっぽいけどコア系と違って、「価値観が特定範囲内のチーム」では見落とし聴き洩らしが避けられないだろうからね。

それに何たって配慮しとくべきなのは、一応俺言い「演り専と聴き専」の問題なのだす。
中には前回述の仙人達!?みたいに上手く両立出来てるのも居るが、沢山自演すればその分他人のを聴ける時間は必ず減るですからね。

とは言いつつプロですら最下層の俺みたいなのだと別途お雇いがほぼ不可だし、無名で低予算だとマトモな人にありつける可能性が限りなく低い。
に加え昨今の芸能界闇案件から世間的イメージは最悪で、人の作ったのにケチ付けるとか勝手に改竄するだけの人と思われがち。

けどポピュ系ではより多様な価値基準での可否判定に、コア系ではオリジナリティの確認には居て貰った方が明らかに有利なんだ。
コア系では専門には造詣深目な人が多く、それからしたら「これはまだ誰も演って無い」なんてのは分かる筈だ。

が特にテク寄りのだと関連性の弱いジャンルで既に演られてた際、当人達はキャッチし辛いっしょ。
それがヲタの中にはジャンル不問で演奏技術だけを追及してるなんてのも居るんで、そんな連中から知らん間にディスられたのが一般へも浸透した頃にはもう打つ手が無くなってるとな。

この件出版界なら校正・製造業なら完成検査とか、他分野では意識的に別人に委ねる方が普通なんだけどな。
と分かってたってそんな環境に縁遠い中からの体験を披露しとくと、独立プロデュ・ディレ不在だからって全くオリジナル開発が出来ないって訳じゃない。

けれど不確かなのの確認に割ける時間も限られたりするから、アイデアの内実施出来るのはかなり減ってるよ。
安全策で敢えて「既にどっかにある」つもりで採用するとか、一歩間違えりゃ卑屈臭を撒き散らすリスクと闘いながらね。

これが又結果的には並レベルになってるが、従兄みたいにバカ正直な人には余計難しいらしくてさ。
最初はかなり独特だったのが危険性排除が綿密過ぎたか、可も無く不可も無くとか毒にも薬にもならないなんてのが多くなってって。

しかも悲劇的なのが↑のストレスに耐えた弊害か、他人に指摘されるのをより嫌う傾向が芽生えちゃって。
音楽の作る人と確認する人を野球に置換すりゃ、作る人はバッター・確認者はキャッチャーみたいなもんじゃないかと思ってんだ。

得点の可能性を増すには失敗を恐れちゃ駄目で、けど失点を最小に抑えるには失敗こそがご法度と正反対。
単に激務だから捕手で打てる人が少ないってより、真相は培ってきた習性の切替えが簡単じゃないからなんじゃないかなぁ。

更にそんな環境下では作者・奏者が兼任も多く、作る方で高まったある種の保身傾向が演奏に迄及んでって…。
って誰でもなるもんじゃないだろうが現に従兄は、長年苦労して培養して来た「教えるスキル」から余計な影響を多大に受けてまだ苦しんでる様に俺にの目には映ってる。

って事って珍しく本日のマトメをしとくとポピュラリティとオリジナリティって一見表裏な様でいて、挑戦する上での根っこは同じだと思うんだ。
して次回は兼務の向き不向きに言及するつもりだが、どっちだったとしても落胆なんてしなくて良いとだけ吠えとこう。

<つづく>

2022年6月24日 (金)

音楽備忘録1044 音質の硬い柔らかいの真実➍

この辺で1回確認を入れとくがこのテーマを論じるに際しては、個人の好みはこう見えて完全に封印しとります。
もし簡単に異論が過ぎる様なら、大変失礼乍らそれは未体験で知らないからに違いないッス。

いきなりで気分を害されたら申し訳ないすが、殊日本に限ればそうなってしまった原因は殆どの貴方自身にはありませんからそこはご安心を。
何しろ本人の本物の音を聴きたくても、そんな場が今は99%用意されてねんだから。

只真実を知らないままでは作るのにはとても困るんで、自らの創意工夫で何とかして手繰り寄せなきゃなんないんだ。
って事って今日は生楽器で生音が爆音なのを中心にお送りしますが、喧しいヤツはやはり前回エレキの同様「距離」が焦点になるずら。

PianoでもGrandで奥行きが180cmを超えると、昭和の昼間の応接間でも窓を開けるとお隣から叱られる程度にはなる。
管楽器も教育用のリコーダ位でギリギリで、打楽器ではほんの極一部以外は爆音出るだす。

これ等で要注意なのは普段から奏者と聴者では聴こえてる音が「違ってる」点で、奏者へのそれは本来の理想とは異なった音色や硬さになってる処。
唯でさえ憧れのお方の音を奏でてる本人と同じ位置でなんか聴けないのに、録音やPAでも変わっちまってんだから。

んでそんな俺言い爆音系楽器の多くは当り前だが奏者耳破壊が目的じゃなく、その殆どは遠く迄聴こえる様にした結果なだけなのだ。
しかも楽器らしい音となるには離れたからってボケたりしちゃ駄目で、種類にも依るが設計提供エリアは数m以上のが多いと思うん。

特にプロの常用を狙った高級なのなら尚更で、例外があるとしたら録音専用等と銘打ってるの位じゃないかな。
にも拘らず「本来の聴取位置で狙った音色になる様修練を積みましょう」とか滅多にお目に掛れず、教える側(プロ)にしてみりゃ当然過ぎる最低条件だから却って盲点になってんのかな?。

何れにしても殊「硬さ」に関しては距離の影響は大きく、しかしBeatles後期以降のポピュラー系はOn Mic収録が主流になったから関係無い…と思うのは早計ってもんだ。
Ringoがやりだしたのにはステレオ効果の更なる活用意図も含まれてたが、主目的は当時の普通で録ると当時の普通で聴いた時に想定より「音が遠く」なってたりしたからなんだ。

その後の録音がデジタル化する迄のだって一部には盛り過ぎたのもあったが、やはり「録ると変わっちゃう」のを補おうとしてでね。
だから奏者に聴こえてたのが録れてた訳じゃなく、では奏者耳には記録されてるのよりもっと硬かったかったら否だ。

特に打楽器系ではアタック音がとても短く、かつてののろまな録音機材じゃそんな瞬間的なのは全然反応が追付かない。
ので「録れない」のにわざわざ苦痛に耐える理由は無いし、録れる範囲の音の何かで工夫するしか無かったん。

最近では著しい音響機器の性能向上とインナータイプでの聴取が増えたから昔とはかなり違って来てるが、それで聴こえる様になったっても瞬時の硬い音は鳴ったかどうかが分かる程度なのは一緒のまま。
んで上記をご理解頂けてれば俺言い「不要パルス攻撃」には遭い難くなるが、1970年代以降の楽器には一部にこの面で「裸の王様設計」されちゃった残念なのも散見される。

これについては次回に詳述するが、楽器自体が人耳に攻撃的過ぎたら別の手段を講じなくてはならない。
この手で厄介なのは俺からしたら選択ミスとは言え大抵は明快さを求めてだから、パルスを隠蔽しようとミュートしたり高域を削ると所期の要素が反故になっちまう処。

最悪耳を犠牲にしてでも苦痛を耐え抜くか望みとは正反対の寝ボケた音色を甘受するか、最も嫌なの2つから選べって訳だからかなり苦しいぞ。
何せ今は昔と打って変わって音はマイルドにするのがとっても大変になってっから、この面からも希望よりゃ柔らかいのを選んどいた方が無難だと思うんだけどな。

<つづく>

2022年6月22日 (水)

音楽備忘録1042 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題④

字面だけだと前回迄のはどうも老害臭が強くていけねえが、唯長く虐げられて来た!?内に薄々気付かされちゃっただけで全く偉くも何とも無かったんで御座居。
それを何で上からっぽくなったかったらこんな杜撰君でも感知出来るのを、下手に同調圧力に屈したり迎合すると不感症になっちまうからなのよ。

必ずしも決まった形は無いけれどポピュラー系の人が常識人・コア系の人がヲタとは限らず、少なくとも本人の願望としては逆になってる方が多いんじゃないかな。
今劣化本邦迄来ると内容不問の強引な承認要求オンリーになってるのも散見するが、大元の構造は「隣の芝生は青く見える」だと思うんだよな。

それって「無い物ねだり」の一種かもだが、人間のバランス感覚としては寧ろ↑みたいな俺言い「逆追い」で正常だと思うんだ。
どんな小食家でも何十年も飲まず食わずは無理だし、どんな大食漢だって毎食大食い大会ってのは生きて行くには出来ない相談でしょ。

こんな人生を歩んで来た位だから俺の感覚なんて信用に足りんかもだが、周囲の人のポピュ系作品で長く印象に残ったのは作者が普段対外的にはヲタ系の人のに多かったな。
ポピュ系の人作のポピュ作品だって決して劣ってはいないんだけど、オリジナリティっつうか想い出させるキッカケみたいな部分が弱くてね。

一般の聴き易さに関しちゃポピュ系の方が専門なんだから勝るんだが、ヲタよりゃ他人の顔色伺いをし過ぎ易い。
それって基本的な方向性としては正しいんだが、どう頑張っても通用しない相手が一定数は出ちまうもんなのよ。

特に今劣化本邦って非共産主義では恐らく同調圧力最高点で、しかし案外建前だけで本音は仰天する様なのを秘めてる人も少なくないからねえ。
ので私的には今大手の顧客リサーチって最低で、本当は一々ケチ付けて来るのとか毛嫌いする様な連中をもっと分析しなきゃ駄目なんだ。

何等の価値観へ寄せたとしてそれがヲタ対象なら徹底出来るが、一般相手だと流行位はあっても決まった形ってのが存在しない。
つまりは「一般が許せるプチヲタ」を、制作側で先ずは編み出さなきゃ始まんないのよ。

BeatlesやStonesも当初は英白人なのに音は米黒っぽいを掴みにしてたし、Michael JacksonはSoloistとして最初のスタイルは↑の逆を採用してたっしょ。
彼等は自らのヲタ性を敢えて完封しないで、わざと少し漏洩させる事で他との差別化を図ってたんす。

その具体一例として今日はGeorge Harrisonのあるカバー曲を取上げるが、当時あちらでは大ヒットとなったGot My Mind Set On You(Cloud Nine)ね。
俺はかなり好きでも少なくとも当時は黒系ヲタじゃ無かったから気付かなかったが、親友のその方面の権威は完全に意表を突かれたと驚いてたんだ。

その権威ヲタ君自前の膨大なレコードライブラリ(杜撰の親友だから勿論中古中心!?)のお陰でそんな曲があったのは概知だったが、マイナーだったし全然パッとしなくて潜在的ヒットの可能性無しと判定してたんだって。
George先生は原版リリース時にリアルタイムだったにしても、先ずそんなのを知ってて覚えてて即座に演れたってのが尋常じゃない。

尚且つ曲自体は一切改竄せずに全米No.1に押し上げたって神業の極みだが、それ以上に原作者以外では恐らく地球上で唯一潜在ポテンシャルを見抜いてたって一体どんだけ―って。
この面に関して日本版にしたら山下達郎みたいなもんで、異常に詳しく且つ日常的に触れ続けてないと不可能な芸当やがな。

<つづく>

2022年6月20日 (月)

音楽備忘録1040 音質の硬い柔らかいの真実➌

今回は達人達の録音とTour Liveでの機材差を副題とするが、かつての洋楽では本国での録音時の情報が僅少だったのとも関係が深い。
それでも日本でエレキBandが珍しかった内は全て持込んでたのが、世界的時代傾向も伴って途中から徐々に違いが増えてったのがある悲劇の源となっとるん。

人に依っちゃ信じ難いだろうけど日本ではその幻影を未だ引き摺ってると思しきがそこここに見受けられ、奏者が創造した音色が欧米比だと極端に少ないのとも関係アリと踏んでんだ。
楽器メーカ側で創造した音色だって開発時期の関係なんかで、日本発は一時期の電子楽器系統のが主体になってけどさ。

そんでもRolandのTR-808みたいな世界標準になったのだってあったのからすると、エレキでは俺言い「音色創作での勘違い」が大きな影を落としてるとしか思えねんだ。
この件で体験から印象深いのは「音色的歪ませ」をする前迄は日本もそんなに遜色無かったのに、特にAmpでの歪ませがやたらと下手なのがね。

歴異的経緯では歪ませ音色の流行や市民権獲得が遅れ、国産Ampも過大入力させても平気な仕様になるのが遅れたのもあっただろうけど。
でも最大の原因は何たって著しい実体験不足と考えてて、過激発言しちゃえば「モノホン知らねんじゃしゃーねー」となる。

さて今回は単純な音色の良し悪しじゃないのに相変わらずのを吠えてんのは、爆音を出せる場所だと特に昔ならかなり広くなるのが当然だったからでね。
中には例外もあろうがそんな環境なら、音の出口から耳迄の距離だって大抵は遠目になるもんじゃん。

それへ手前味噌のも一寸加えさせて頂いとくと屈強なAmpってその多くは本番仕様だから、遠くで聴かないと本来の音色になってないん。
すると例え過去ゴリ押しした整流管仕様のじゃなくったって、間の空気が多くなるからその分必然的にマイルド化されたのが耳に入っとるん。

ここでは随時頻吠えの硬めだと耐えられる限界音量が下がるのと相まって、爆音時特有の現象や性質はリアル体験しないと中々理解が難しいん。
なので老害扱いされ兼ねないが先ずは元はどうだったとか、現場ではああのながレコードやCDになるとそう聴こえるをご理解願いたいん。

そして今のサウンド傾向に興味の強い人に最も関係してるのが、真の明瞭と単に無駄に硬いのの分別能力で御座居。
邪魔が入んなきゃどっちもそれなりに前へ出て来てくれるが、硬さ依存だと言うなれば内弁慶サウンドになってるんすよ。

又最近じゃ滅多に無くなってるだろうが、かなり低性能な再生装置で掛けると硬さなんて殺されちゃうからね。
何時如何なる時でも目立つ為に生耳には少々ウルサイのを我慢したのが、まったく無効化して無駄になっちゃうんだ。

まっ功罪の続きは又後でとして、どんな音がどんな箇所で変質されてたか本題の方へ戻ろう。
電気楽器のは上略述の如くAmpの増幅素子の影響が先ずあるが、昨今ではPAレスのLiveはほぼ皆無だからその方面でのも無視出来ない。

それ以上にRockに絞ると元は海外にしか無かったし、国内のでもベテランになるとメンバーも機材も変更が多く各自の象徴だったそのものズバリの音色をそもそももう出してなかったりする。
のでやはり「その時」の
録音物がより重要になって来るが、流通メディアがアナログ中心時代のでCD化されたのだと次の様な懸念が付き纏う。

オールアナログでの劣化補填を見込んだMixing・Masteringのを、当時の担当者若しくは関係者でデジタル向きに修正してあるか。
それが不可能なのを聴く際に極力当時同等のメディア・再生装置で聴けてるか等で、そうしないと製作者の意図した通りのは聴けて無いんだ。

<つづく>

2022年6月18日 (土)

音楽備忘録1038 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題③

さて根っこが水っぽいヤツでも事業化するには矛盾の処理が第一関門となるが、私的には楽器屋と同じく大規模ってのが馴染まないもんなんだと考えている。
流動性が高いとなるとその平均値で計算するのが相応しく、けれどバブルや一時的なブームに浮かれてつい堅実な業種の大企業と肩を並べたつもりにでもなっちゃったんだろう。

筆者は戦前(第二次大戦)の実情に暗いんで戦後ので記してくと、当初は敗残兵とかがヤクザに流れてそんなのが芸能界の裏側を取り仕切ってるのが多かったらしい。
最近話題になってる映画界の闇なんも多分↑からの負の遺産みたいなもんで、そんな部分は全く褒められたもんじゃない。

けれど流動性への対応力の点では学歴だけのサラリーマンとかより、ヤクザ上がりの方が遥かにマシだったんじゃないかな。
何せ何時殺られるか殺りに行かなきゃならんか、全く分からんのやさかいな。

その後は家電や音響メーカが言うなればパトロン状態となり、この時点でも経営決定権を持ってたのはまだ音楽が本業では無い
側だった。
恐らく感覚的には常設では無く仮設店舗に近く、無暗に成果なんて信用して無く言うなればⅡで半分は金持ちの道楽同然の扱いで。

それが本業が低迷して変に副業に依存し出した結果、商売的にも芸術的にも使い物にならない処迄堕ちちゃった。
本来なら初心に戻り固定店舗を売っ払って、また屋台からやり直しゃ済む話しだったんだけどね。

大会社になってから入って来た上級民からすりゃ、例えば頑張って東大出てこんなオヤジになってから屋台曳くのなんてまっぴらって…。
俺だってもし自分がそんな目に遭ったら敵わんが、実は↑の方々って新規社員の人選を誤ってたんとちゃうか。

東大出て博士になってたなら、デカい研究所クビになれば仕方無くだが小規模でも研究室位に移るしかない。
それを幾ら従順で立派だからって音楽のおの字もロクに分かって無いのなんか入れれば、いざって時にはアカンくなって当然なのにさ。

故に俺自身がジリ貧だからって珍しく僻み成分0%で、儲け率や安定収入が欲しいなら絶対来ちゃ駄目な業界なん。
等と何時にも増して随分政治色が濃くなってるが、如何にビジネスが絡んだとしても所詮は趣味系の分野なのに「余計な影響」を受けてるのが多過ぎるからじゃい。

政治はああで経済がヘッポコなんで大手の会社のはもう諦めるとしても、個人で自前でやってて不必要に迎合したら大損なのでありまする。
流石に大衆に認められるのを完全に捨てちゃ厳しいが、いきなりプロのポピュラリティスキルが獲得出来る訳ゃおまへん。

やはり身近な処とか同好の士にだけはある程度納得して貰えるのから始めて、レベルも範囲も「塵も積れば山となる」式でだうぞ。
俺自身がどっちかったら一発大逆転なんて方が好きだけど、それだと喉元過ぎれば熱さ忘れる式でどうも蓄積がいい加減になっちゃってね。

脳内保存データベースに欠損や錯誤が多目になって、折角得られてた筈のスキルの応用範囲が狭くなってさ。
これからすればポピュラリティを求めてるのにプチヲタに先になっとけってなもんで、至る処で「急がば回れ」が入用なんす。

王道とか売れ線に興味があると大抵はそれ中心に触れたくなるが、それって視点を変えりゃ単に歴深目の一素人さんと持てる知己は殆ど同じなんだよね。
活用頻度はすこぶる低いのにかなり周辺の広い範囲迄知ってるのが、こう云うお仕事には必要なの。

<つづく>

2022年6月16日 (木)

音楽備忘録1036 音質の硬い柔らかいの真実➋

初回に「体験」とハンコを押したが如くとしたのは、誰だって極限かそれに近い実体験をすりゃ分かるんだけどね。
僅かでも踏み外せば忽ち聴覚や神経の破壊に繋がるから難しい処で、その点私的には自分でわざわざ出す音で体験するのが一番マシだ。

聴く方で被害者が圧倒的多数になってるのは、追加操作をしなければ過大音が継続するからでさ。
かなり苦労しないと出せないのだったら、前回述の「平常時」じゃ無くなれば少しは自然音量低下を期待出来るからね。

とは言え個人差も小さくないんでノーリスクでは試せないから、なるべくならこの年寄の言葉で躊躇って欲しいんだけどなぁ。
で毎回「体験」とアピールするのには電子回路・環境・録音システム等、どれも黎明期近似のから今に至る迄のを全くフラットに体験させられて来たからなんだ。

例に依って少々ひねた話しだがどの時代でも割と望みとは裏腹な状態の方が多く、まだ何処にでも真空管があった頃はもっと最新の半導体ので聴きたかったんだ。
幼少時虚弱で思いの丈を肉体で解消出来なかったからか唯のマセガキだったからか、物心付くよりRockへの憧憬の方が早くてよ。

まだジャンルとか何処の国のとかろくすっぽ分からないのにそうなったのは、リズムのノリとキレにご執心だったからなんだ。
だからRockだってタルいのとかには全然興味は無く、そんなだから当時の平均的ご家庭用球機器の寝ボケた様な音質じゃ物足りなくて仕方無かったんだ。

にも拘らず世間の大人達は子供に強い刺激は尚早、生育上よろしくないからそんなので丁度良いだなんて…。
そりゃ今の過激なのみたいだったら確かに危惧するのも納得だが、あたかも20代の兄ちゃんの耳が50・60のおっちゃんのみたいになって聴こえたんじゃ堪ったもんじゃない。

んじゃ今「球絶対教」なんてほざいてるのはおかしいってチョイ待ち、球でもLo-Fiで良いとか音源の再生装置が低レベルのアナログでも構わんとは一切言ってないでっせ。
超高級機だったらそれで全球が理想だけど、要はトータルでのバランスの問題なんよ。

大昔のご家庭用レコードプレイヤとかテレコでは音源に記録されてるのから大巾な欠落や変容が避けられなかって、だからもうこれ以上Ampで迄削られ変えられるのは勘弁してってさ。
そんな処から始まってある程度納得出来る装置が持てた頃には、自分で演る方にもいよいよ熱が入って来ててね。

当時はド素人のロクでも無い音色とは言え聴者として無改変再生装置のが聴けるより、楽器や音楽現場の「実際の音」の方を先に知っちゃったん。
全ては偶然のタイミングでもたらされたんだが、もし↑が逆だったら15~25才のイケイケ時代にヤバイの使ってヤバイの出して耳を最低でも半殺しにしてた公算が濃厚ね。

では何故回避出来たかの具体的構造だが、「現場で△△な音が聴者一般環境下では○○に聴こえる」を知ったからだ。
完成品でかなり硬質で刺激的に感じられる音でも、現場の人間が無理して不快さに耐えた結果なんかじゃ決して無かったんだってのをね。

健全思考に則れば至極当り前の事なんだけど、仮に命知らずで演ってたとしても体が壊れりゃそれ迄と同じ様には続けられなくなるっしょ。
聴き専で普段現場リアル音量になんかしないとか自演もするがたまにのアマチュアだと、「プロよりその時間が極端に短い」から気付け難いのは仕方無いだろうけどね。

尤も最近の本邦だとプロでも本番時以外は非リアル小音量ばかりの人も少なくないだろうから、意識的に学んで気を付けてないとリスクは上がってるかも知れない。
これ逆アプローチで述べるなら、人より大音量にしたきゃその分音色に工夫が出来ないとって事ですがな。

<つづく>

2022年6月14日 (火)

音楽備忘録1034 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題②

さて前回述のクドさ満点のが一体ポピュラリティやオリジナリティにどう関係してるかったら、個別ニーズへの対応に大差があるんでやんす。
例えばClassic系であれば基本的に歪みは僅かでもご法度だが、Rockではひ弱な方が生死に関わる一大事!?になり兼ねんとか。

更に掘ってくと上記2ジャンルでも楽曲や表現に依っては例外も突如出現し、相当な微調整を強要されるのだってあるんでゲス。
これが嗜好品で無いならば利用者の方でアジャストするのも許されるが、ヌードと銘打っといてマスクを外しただけなんてやったら訴えられるレベルっしょ。

ってのももしそんなのがあったとしても手間掛かるから微妙だが、マルチトラックのままバージョンのとか普通は売って無いしくれないじゃん。
それやと各自で潤沢な機材&スキルすら持ってたとしても、好みの調整をしようにも不可能やんけ。

せやさかい所詮は最大公約数だとしても、なるべく大勢に対して完成品状態にしとかなアカン。
加えて個の趣味嗜好に対しては再生装置のトーンやボリウムツマミ程度で、なるべく臨んだ変化をさせられる様な神Mixになってるのがよろし。

んで↑がプロの水準を越えられてるかどうかが、理解のし易さやどれ位個性を出せるかにかなり直結しとるん。
前者は概知の割が多いのが何より安全ではあり、定番のとか流行のなんてのが含まれる。

だきんどもそれを追及すると殆どが流用も同然となって、だったら今からわざわざ新たに聴くよりパクリ元の本家で間に合わせる方が楽チンだ。
いやあのねぇ目に見える技としては簡単でも、それでオモロかったり飽きないのを編み出すのがポピュラー系の最大の仕事でしょ。

それが広く万人ウケするのなんかだったら死ぬより苦しくたって至極当然で仕方無いんだが、楽しようとか最低限だけでも確実にしようとかって見果てぬ夢を誤信してるのが増えちまいやがった。
私的推察でコレの発端としては過度な保身と忖度だろうが、具体内容としては「機械の使い道を誤った」の辺りなんじゃないかな。

俺様からすると劣化今本邦では教育や社会通念の瑕疵から、小利口なのばっか増やしちまっててさ。
極度な歌詞重用とか高度な技の有無とか殆どは無意識下でであろうが、世間全体がつい感性より理屈で聴いてるのが主流になってんのかな。

それに対し無理に良く云や「素直にニーズに応じました」ってつもりなんだろうが、制作側はお客さんがどんな聴き方をしようと理屈で作るととっても限界が低くなるん。
ってのも現行ポピュラー系の手法って相当歴史が深いんで、安易な知見で見つけられるのなんてとっくに出尽くしてるんよ。

なので唯の砂なのにその中から鉄や金を抽出する様な作業でしか、ポピュラリティとオリジナリティを共存させるのは不可能なんす。
プロレベルに達してる大勢がこぞって探したりしてる訳やから、確実に見つけられる程度のでは他を出し抜けなくて当り前。

如何に例外や特例をあぶりだせるかとなって、相手が正体不明なだけにマニュアルみたいなのは全く通用しないんですわ。
つまり世間からは安定の大御所と見えてる人程その実際の作業内容は、全くアテの無い大博打になってるって寸法でして。

同じものづくりでも芸術系のが水商売に分類されちゃうのって、芸能界が胡散臭いからじゃ無く内実が↑の様な状況だからなのよ。
確かに平均よりゃチャラかったり我儘っぽいのも少なかねぇが、勤勉にやっても成果が不安定ってのが本質なんだす。

<つづく>

2022年6月11日 (土)

音楽備忘録1031 電気楽器の出力インピーダンス⑪

半ばゴリ押しのハイインピ話しもそろそろ閉店させようと思うが、ここ迄粘ったのは前回後部述の如く一種の特権だからだす。
ので普段アクティブオンリーでも、せめて「そう云う物」ってのだけは忘れて欲しく無くてなんだ。

さて拙ブログにしては珍しく球との関係を出さずにいたんでそれから行くが、球自体はどれもほぼ皆ハイインピーダンスのしかありまへん。
これは原理的な都合からでトランジスタ等石の半導体と比べると、高電圧・少電流で動作してるから。

流石に基本中の基本なんで久々に計算式を提示しとくと、R=V÷I:抵抗値は電圧を電流で割ったもの。
なんで低電圧・大電流になる程、抵抗値小さくなるだす。

概述「ロー出しハイ受け」の原則からは楽器出力がローインピになって困りゃせんが、受けが高過ぎると折角のロー出しの威力が実はかなり削がれる場合だって
あるのよん。
Fender原形系AmpのInputだと2番(低感度)に繋げば68kΩに下げられるが、1番(高感度)とか1つしか無いのだと大抵は最小で470kΩ・標準だと1MΩになっとるよ。

オーディオ系機器の10kΩとかのに繋いだ時より、それだけ抵抗器の値が大きいと電流がちょびっとしか「流れられない」のだ。
この件BassやKeyboard Ampでなら近年のには「ロー様専用」が用意されてる方が多いが、Guitar用のだと滅多にお目に掛からんどす。

未だそうなってるのはAmpで歪ませた際の音色と反応が、現時点では満足させられるのが作れないからでもあるんだ。
特に上記後者の「反応」に拘ると未だストンプよりAmpの方が上級で、今更球も含めた「電気的には欠点」なのをフル活用しちゃってたからなのじゃ。

↑で上級だなんて断言してるのは反応の種類が遥かに多いからで、必ずしも万人が必要とはしてないからって勝手に出せなくしちゃって良いのかってのからざます。
ストンプみたいに小型で廉価であれば、不都合が生じてから他を買い足すのもそんなに大変じゃない。

けどAmpでそんなに用途が狭いと、あまり買って貰えなさそうとかでも不味いやん。
ではBassや鍵盤では何故割とローが「許されてる」かったら、音色的歪ませが少数派なのと録音の都合からであらう。

個人的にはハイローの両方を沢山経験してきたからこそ最近はハイへ意固地気味になっとるが、鍵盤では電子バーチャル率も高まってるからこそ今更わざわざ手弾き電気ならと思うとる。
一方Bassの方では独自観点に依りますと、エレキを使わない非生楽器Bassist!?に上手な奴が少ないからと考えてんだ。(ややこしスマソ)

その昔ならBassパート用のって殆どコントラバスしか無かったが、今ならシンセだろうと打込みだろうと色んなのでBassは弾ける。
のにどうした訳か(実際には色々あるだろうが)本職がBassの人って弦バスが殆どで、バーチャルBassの専門家で弦のと近似周知されてる人
が見当たらない。

ので↑の分のだと仕方無く人力で演ってるだけだから、却って人工的な方が望ましいかも知れん。
それが恐らくまだ劣化本邦じゃ少数派だろうが、俺みたいにシンせの方が良いと思や自らシンベを好き勝手に弾いちまうとさ。

昔より少しは鍵盤に自信が持てるようになってみると、エレキにするならその特徴は最大限に生かしたくなって来たんだ。
電気楽器だと絶対値的には鍵盤や打込みのみたいなクリーンさは不可能とも悟ったしで、けど上手い按配を見つけられると多少歪んだりしても特権をフル活用出来た方が思った表現に近付けたんで…。

<一旦終了>

2022年6月10日 (金)

音楽備忘録1030 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題①

Rock黎明期には不可能だった多重録音から今じゃボカロ活用で完全打込みも可能となって、その面からは誰でも何でも自由に創作が出来る様になった。
のにオッサン(俺)としては↑の進化と楽曲やパフォーマーの質が、特に日本ではどうにも反比例してるようにしか感じられない。

今迄にも折に触れその原因となる可能性のあるのへ言及して来てるが、少なくとも大手系のだと結局は有能なプロデューサやディレクターを喪失したからじゃないだろうか。
昔だって消極的過ぎてご機嫌伺いしか出来ないのとか、積極的過ぎて勝手に自分個人の作品みたいにしちまう輩は居たけどな。

でも過半数は必要条件とか知恵を授けるのを主としてて、○○サウンド(プロデューサの名前)等と謳ってても今のとは相当毛色が違ったんだす。
そりゃ人間のやる事だから好み無添加ってのは少ないが、そんなのより何かの価値観に対して一定以上の水準に持ってってるのが核心だったんだ。

さて少し戻って多数派のプロデュ・ディレさん達は何処に価値があったかったら、トータルでの作品クウォリティが紛れも無いプロのだった処でね。
かい摘むと買い手が払った額に相当するだけの「楽しめる箇所や量」が足りてるかどうかって話しで、だから限度はあるにしても今本邦みたいに装丁だけ完璧なんて事ぁ無かったん。

この項ではその具体内容を個別に掘ってこうと思うが、最初はミスについてだ。
基本的には今昔問わず「プロ=ノーミス」が不文律には違いないが、音楽での正解は数学はおろか国語のテストより固定していない。

なので素人耳で「ん?今の何か怪しくなかった?」なんてのだけで判断しては愚ってもんで、極論すりゃどんなに酷い稚拙なミスがあっても聴くに耐え得るかみたいな方が鍵を握っておるのじゃ。
杜撰大王流では素人の感知し易いミスの残存したままのを、クウォリティ次第で「勇敢なリリース」と唯の失敗に分別している。

さてどうして又もやミス案件に固執してるかってば、人が満足出来るのって理論的なミスの有無とは一寸違ってっからだ。
生活必需品とか安全装置とかだったらオプションだって多い程嬉しいけど、基本機能が確実に働いてくれなきゃ役に立たんし不安で仕方無い。

つまり如何に「失点が少ないか」で勝負してる様なもんで、しかし嗜好品でもある音楽では失点より獲得ポイントの方が大事なんすわ。
大した美人でもイケメンでも無いのに何故か妙にモテる人なんてのと同類で、単に理論的な粗を完全駆逐したいならもう曲や詩からして今更人間なんかが作ってる様じゃお話しにならんとです。

処がそうして作るとホントにオモロイのとか長持ちするのってちっとも出なくて、例えばけしからんが他人の失敗を笑うなんて心理は誰にだって少しはあるからなんじゃないかな。
かと言って笑う人の意識には必ずしも悪意なんて無く、単なる条件反射みたいなのだけで敗者の気持ちに迄気が及ばなかったなんてのはありがちやん。

↑みたいのが正に不謹慎の1つの典型だろうが、汚れ無き者程眼前の滑稽に素直に笑えるってのも確かっしょ。
只直にその人の人格に影響する様なのだったら、感心しないし今だとアウト。

だからこそ失敗しても害が他のより格段に少ない音楽では、それを外して考えるのは勿体無いんじゃないかな。
っと言っても聴き手に過負荷となり得る汚音色・音質は言語道断で、近年本邦の特に大手系でこれがあべこべになってるのがオッサンはどうにも許せんのよ。

メロ・ハーモニー・コードとかだって良否は勿論あるが不協和音等を不適切乱用しない限り、これ等はどんなに酷くたって只下らんと評価されないだけ。
でも音自体の悪さはそれをもう遮断しない限り、必ず誰かの耳や神経を傷め付けるんだからよ。

<つづく>

2022年6月 7日 (火)

音楽備忘録1027 電気楽器の出力インピーダンス⑩

取敢えずプチ纏めし、項目毎の説明スタイルで行ってみよう。
かなり独特かも知れないがプロセスは理屈で、その答えは数量では無く音の具体的な影響でね。

①エレキPUに共振周波数がある理由
電気的共振って複数素子(コイル・コンデンサ・抵抗)では必ず存在するが、コイル(PU)だけなのに何故あるか?。
っつうと凄く微小でも電線には抵抗値があるし、巻かれてると隣接した線同士の間に是又極僅かだがコンデンサの作用が生じちまうからだ。

②PUの接続方法・ボリウムポット・繋いだAmpで共振が変化する理由
ハイインピ接続では通常「直に繋がる」事で全体のパラメータが変化するからで、ローインピ(アクティブタイプ)では間に入る電子回路で共振は一旦「縁切り」されるので後からは変化しない。

③共振周波数と音色の関係
当然音色自体も変わるがその他に周波数毎の感度も違って来るんで、奏でたのに対する反応の仕方も大きく変化する。
本項ではこの部分を重視してて、楽器として使う時の都合に影響が大いにあるからだす。

のメカニズムへ進めるが電気的な事は他所で良い記事が公表されてんで、敢えて計算式等は省く。
比較目的で大凡の標準値を用いるがシングルコイルのインピ:300kΩ・共振周波数:7kHz、ハムバッキングのは夫々200kΩ・6kHzとする。

既にこの時点で人に依っちゃ疑問を持たれそうなのが、直流抵抗値とはインピが逆転してるのと常用されてるボリウムポットの値と
の関係だ。
通常コイルの線の総延長がハム君の方が長いから、直流抵抗が大きくなるのは自明の理。

だがインピは逆転してるとなるとシン君の方が大きい値のポットにしとかんと籠るのに、何故現行では大凡ハム君のの半分の250kΩがデフォなのか?。
これも例に依って歴史を学べば氷解するんだが、Telecasterではちゃんと!?1MΩ(=1000kΩ)のが搭載されてるで。

それに対しハム君の方で昔のGibsonのは元は330kΩのポットがデフォだったのに、今は500kΩの方が多数派になったのはより高域が欲しくなったからだろう。
結局は電気的常識に反してでも「実際出て来る音の都合」を優先してて、普通の音響理論と音楽音響とか音楽電気理論で真逆の答えになる典型の1つなんす。

テレキャスのリアってCountryになら良くたって、当時の大人のJazz!?には刺激的過ぎてとてもじゃないが不向きだしょ。
この面からだとシングル君でポットの増量を試さず高域の為にアクティブ化するのはアホってもんで、特に元回路の後ろにBufferだけを付加しても「削れてる」のをそれ以上減らさないだけと効率が悪い。

ここ迄の様子からすると高域出過ぎのシン君は最早不要かとなるが、そうならないのはハム君より「共振の鋭さ」があるからだ。
勿論ポットや繋ぐ相手の影響は受けるが、PU自体の特性の方が殆どの場合で凌駕しててね。

ほいで↑の影響って変化はしない程扱いは楽になろうが、アクティブ化(ローインピ)で固定しちまうと今度は変えたくなった時がもっと大変になるんだわ。
PUコイルの容量値以外は巻線抵抗値はポット値で・線間容量値はトーン回路のコンデンサ値で少しは外からでも弄れるが、アクティブPUではPU直後でインピ的には縁切りされるからこれが不能化する。

何へ繋いでも何時も通りの音になる点ではアク君は優秀だが、視点を変えると「分割してる電気楽器」(一般的には本体とAmp)の利点をかなり殺してしまう。
相手を変えればそれ自体の変化があるのは他でも同じだが、「相手次第でこっちも変わる」のは電気楽器ではほぼパッシブ型だけの特異性なのよ。

<つづく>

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