鍵盤

2022年9月26日 (月)

音楽備忘録1137 楽器Amp同士の組合せの話し④

いよいよ本項の核心スピーカユニットの数・エンクロージャのタイプへ突入するが、スマンけど正直コイツは中々ややこしい。
ので専門家が事前想定する以外は理論と計算より、実例や体験を優先した方が近道となり易いだろう。

ただ未体験規模の本番用等でレンタルする際等に、概算(ここでは費用じゃないよ)可能だと大外しを防止出来る。
さてユニット数での音圧増加割合は以前述も再掲しとくと、ユニット1個に対し2つになると能率は約1.5倍・4つになると約2倍ってのが目安だ。

但し単体時と同じユニットを増やした場合、
スピーカのトータルインピーダンスは倍増・半減等変化するケースが多い。
具体例として8Ωのを並列接続すれば4Ωに半減・直列接続すると16Ωになるが、4つの場合等特定の場合だけ直並列接続してやると元の8Ωが維持出来る。(この場合直列2群を並列と並列2群を直列のどちらでもトータルインピは同じになる)

尤も設計初期設定に含まれて無い組合せをする時以外は、予め考慮されてるのでそんなに心配は要らない。
んだがそれでもこっちが一々気にしなきゃなんないのが主に出力トランス非搭載のAmp Headで、載ってるのだと決まったスピーカしか繋がない独裁設計!?の以外は異なるインピーダンスのタップが大抵は用意されている。

これどうせ重く高価なトランスを付けるんなら出力側の巻線の途中に別線を付けとけば(これをタップと称す)、殆どコストアップせずに対応力が飛躍的に上がるからだ。
楽器用真空管電力増幅回路では先ず省略不可だった出力トランスが半導体回路だと可能化し、コスト・スペース・重量で有利になるから殆どが非搭載。

処がトランスレスの石のだと、繋ぐ相手のインピ次第で最大出力が変動しちまう。
尤もⅡでそれも上手く利用してやれば少ないユニット数で控え目音量、多いユニット数でフルパワーなんて事も出来るんだけどさ。

その典型例として前々回述Acoustic 320では4本入りの408(2Ω)を繋いだ時だけ最大出力の300Wになり、2本入りの406(4Ω)は繋いだだけで160Wに自動で低下してくれる。
Head側出力インピが2Ω設定なんで相手が同じならそのまま、インピ倍増すると流れる電流がほぼ半減するので他に何の操作もしないでそうなってくれる。

又半分は魔になるがトランスが間に挟まると緩衝作用が働くので、インピの倍から半分程度のミスマッチはトランスが忖度してくれてパワーに↑の様な増減は起らない。
但し負担が普段より掛かるので容量一杯で連続長時間稼働等させると、出力トランスの劣化や断線のリスクは高まる。

ここから漸く本題との関連性へ突入と相成るが、個人所持品だったり自分でこれから買うならどんな方法を使おうと目的が充足される様にするだろう。
元々オーバーパワーだったらある程度迄なら減っても却って良い位だし、ギリギリ足りるかだったら増える方に振っても減る様な真似はしないだろう。

しかし他所様のでこっちと実使用想定出力が違ってて一部のにだけ出力が余ってるのがあったりすると、プロが組み合わせた物にも拘わらずアンバランスを生じたりするんや。
元々日本ではGuitar忖度が激しくアンサンブルバランス的には相応しくないのが多かったが、最近ではGuitarはEffectorを使う方が多いから足りてさえいれば余ってても問題がより露呈し難くなった。

だがその様なセットアップのでAmp Overdriveさせたいとなると、Guitarの音量だけが大きくなってオーバーしてまう。
確かに最近はBassの方も滅多に球に巡り会えなくなった代わり、無駄に大出力の石のHeadが増えたからGuitarに対抗するだけなら行けるかも知れない。

けどPAやDrum等はハウリングマージンや奏者の肉体限界 の制約があるんで、Guitarに忖度しといたつもりが実は一部奏者(俺みたいなの)にとっちゃ大迷惑設定なんだ。😓
或は急な故障対応でスペック的には過大入力等で壊れる心配が無くても、出力音圧的には少し問題が残った臨時のになってる時とか。

<つづく>

2022年9月22日 (木)

音楽備忘録1133 楽器Amp同士の組合せの話し③

当記事の狙いからするとアカデミック偏寄気味なんで、これと次で理屈は一旦終止符を打って具体例へ進むべく奮闘中につきお赦しを
だばとっとと進めてくが、出力増幅素子差に依る実用上の音圧差の件だ。

同一出力値のでザックリ目安は、球に対し石のは70%前後。
但し歪みに対して一般よりシビアにすれば、80%前後と差は縮まる。(この場合球の最大音量が実質10%目減り)

尤も実際にはどっちの素子でも設計上の実用歪み率の解釈の違いの影響もあるので、出力数値より「増幅素子の容量と組合せ」から推測した方が当確率が高いんだ。
先により単純な石の方から行っとくと、こちらは無名劣悪品以外’80年代以降のであれば設計基準の差はほぼ無くなっている。

その由来はっつうと以前は今より、楽器Ampはすぐ歪む物みたいな通念があったからだろう。
これは球の方にだって影響を及ぼしちゃいるんだが、その方向性がどっちかったら逆に出たん。

このサンプルに過去定番のFender Twinreverbの変遷で例示してくと、原設計時点での公称平均出力は85Wだった。
のがバージョンアップ2で100W、3で135Wにアップしている。(後にver2に逆戻りさせてるが…)

でこの公表値物理的には一切盛りは無いんだが、Countryの主役等極限られた無歪みサウンド時以外実用上は出力面での差は無きに等しいん。
のは所謂6L6系パラレルプッシュプル構成ってのが、基本的には実用最大出力を支配してるからなんだ。

同等となる組合せは他にEL34系×4等で、どちらも本数の半分(唯のプッシュプルとなる)のは50Wクラスとなる。
では何故まるで盛り表示みたいな真似してたのかったら当然商売だからってのもあったろうが、当時米ではCountryの勢力が過半数を超えてたからだ。

その証拠ってんでもねえがAmpブランドのもう一方の雄たるMarshallの方は、この様な方向性のバージョンアップを一切していない。
実際にはTwin君が135W迄背伸びした処で、M君の100W 3段積みたいな音圧は稼げてねんだ。

それが前述エンクロージャの差に依るんだが他の面も含めると、回路側出力は90~135Wと45~75Wは夫々の該当クラスの100と50を実用上の容量と考えとくのが妥当なのだ。
又以前述だが50Wより小さい方ではその差が10W以上だと大体誰にでも感知出来るが、これを超えると「倍々ゲーム」にならないと専門家でも明確な判別が付かなくなる性質がある。

俺知りで印象にある例外ってぇと、上手く虚を突いた!?MESA/BOOGIEの6L6系×6位だ。
球の仕様上電気的には200Wにはギリギリ届かない位なんだが、歪む方が喜ばれるブランド!?の利を生かして200Wクラス扱いしちゃってやんの。

何れにしても4本の135Wや↑6本の200Wは用途限定がキツイんで、ドンズバ以外時は上出の「クラス」で扱う事になる。
因みにホントに球4本で実用出力200Wが稼げるのは6550とかKT88って形ので組まれたヤツで、Marshallの一部等回路全体は100Wのへ球だけ挿げ替えた様なのはそこ迄出せていない。

しかしディスる気は毛頭ないんで擁護しとくと、後者は出力では無く音色(特に歪みの質)の都合でそうしただけで主目的が違う例外的存在なのだ。
尤もそんな選択方法が楽器Ampでは少数派も、オーディオ用途では寧ろ王道なのだ。

オーディオでは素子的フル稼働はさせてないのが圧倒的多数派で、リライアビリティも勿論あるが根源は球の性質にある。
少しでもリニアに濁ったりくぐもったりせずにと思うと、「歪み率の増加が緩慢な領域」だけをなるべく利用したい。

そして楽器の方で重用される歪みの個性は無効化し、素子選択の優先事項が「歪んで無い時の音色の差」に取って代わってる訳。
歪み時の強烈な個性と比べると味差は薄くなるが、楽器をオカズとすればオーディオはご飯に値するから寧ろそれ位で丁度良いとな。

わ兎も角上記俺言い「50W超は倍々ゲーム」は球固有じゃ無く、トランジスタだろうとICだろうと果てはデジタルD級だろうと目安としては全てに適応ざんす。
それだからこそ電力出力無確認は流石にヤバイが、一応○○Wって表記を目にしてたなら後はスピーカがどうなってるかだけ気を付けりゃ大抵はオッケーなんだ。

<つづく>

2022年9月18日 (日)

音楽備忘録1129 楽器Amp同士の組合せの話し②

初回は基本的な出力比の目安を述べたが、以前述の如くスピーカエンクロージャとその能率次第で実際に出て来る音圧にはかなりの差がある。
ので先ずは録音やAmpの最適設置が可能な状況限定で、スピーカの相違に依る影響を過去重複御免で綴ってこう。

これに際し条件を付けて限定した訳を先に話しとくと、指向性って別パラメータも影響力を持ってるからだ。
要するに設計次第で「音の拡がり方」が色々違うんで、同一距離・角度で聴いても実際に耳に届く音圧に相違があんねん。

せやけどオッサン正面で聴いとったら平気なんとちゃうなあんた、指向性の広いヤツになる程エネルギーが拡散するから狭いヤツより正面のは小さくなるん。
その代り指向性範囲内だったら音圧変化が僅少になり、これは狭い場所を最低数でカバーする目的のPAスピーカ等で既に採用されている。

残念だが宅のハコなんかが↑に見事合致してて、PAツィータの平均的指向角度30~90°に対し宅では100°もあるのを使ってるよ。
っても設置空間と予算がたった1つ分しか捻出出来ず、今時稀有なPAがモノラルって…。💦

それが楽器Ampでは構造と使用上の都合(隣接してる場合どっちからのか全然分からなくなったら大弱り)もあって、たまに店舖とかにある無指向性若しくは全指向性スピーカはおろか上述広角PAのみたいなのすら滅多に存在しない。
更に使用場所には無響室以外には様々な残響特性があって、これ次第でも最高だと天地が引っ繰り返る程の違い差が生じる。

のも後に筆者に余力が残ってたら掘ろうとは思うが、環境が千差万別過ぎるんで同時に扱っちゃうと訳分んなくなるだろうてのぉ。
そこで取り合えず音響スキルが無くても見分けられる箇所で行ってみるが、その1はスピーカの裏側が封鎖されてるかどうかだ。

空間的に開放されてても高域は後述の事情で裏面からだと得られないが、中域の拡散性はそうしとくと劇的に良くなる。
っても籠っちゃうんじゃしゃーないやんは確かだが、前面側でも高域は狭い指向軸から一寸でも外れれば忽ちその量が低下してるんでね。

観客優先時設置時の奏者耳への聴こえの平均は非指向軸上になる方が多く、それと比べてしまえば裏から音と大差無いのが実態なんだ。
ので観客のみならず合奏者にも配慮するには適した方法で、音響性能的には少し劣っても俺言い「音楽合奏性能」はかなり優秀となっとん。

尤も現代の録音水準だと録音時中低域の明瞭度やローエンドの性能に劣るんで、無観客でも後面開放型エンクロージャのは過去比だとあまり好かれなくなって来てる様だ。
只それも残響の極端に少ないハコやバラ録りも増えたからで、ほぼ単純に距離の遠近に応じた聴こえとなってくれる点で扱いは最も楽だ。

諸事情からBass用では絶滅し掛ってるので何だが、それ以外用途のでは後面開放型同士の組合せならスピーカの総合能率だけ気にしとけば大抵はバランスさせられる。
っても電力出力の値とそこの回路が球かそれ以外の素子かも無視出来んが、こちらの影響度はほぼ固定と考えて差し支えないから一度覚えてしまえば済む。

この件の内容は次回に譲るが、使用環境とスピーカエンクロージャの様々とその組合せはほぼ無限。
なのでこれへの対処の労に比すと、大雑把に覚えときゃ済むヤツなんて苦労の内には入んねんだ…と俺は思うんだけど。

<つづく>

2022年9月16日 (金)

音楽備忘録1127 ネタ元⑥

和音の次は面白進行へ言及するが、原典が古かったりある程度有名なパターンのでも構わないならClassic系はやはり宝庫だ。
ここでの進行とは純粋なコード進行よりメロとルート音の関係を主に考えてて、この手のは一般的なコード進行概念だと思い付け難い面がある。

無論どっちから攻めてったって最終的にはちゃんとコード進行はあるんだが、ルート側が頻繁に動く類いのはハーモニーを後回しにした方が行ける処へ行け易いと感じている。
無論Ⅱでこの手ので古臭くないのだとJazz系が中心にはなるが、主旋律の背後でとなると複雑過ぎたり奇抜過ぎて制約の強くなるのが少なくない。

劣化現代本邦での是又偏向の1つにJazzと言えばインスト物みたいな傾向を強く感じるが、その弊害がポピュラリティと汎用性に及んでいる様でね。
Jazzでだって一般的大ヒットになったのの多くはポピュラー系歌物が主軸で、それ等は後のProg系(プログレ)やFusion系程凝ったりひねたりなんかしてない。

のこの件との関係性が歌バックでの動きで、売れ線のは歌メロがジャジーでも奇特な音列になったりするのは少ない。
つまり他の一般的なポピュラーとの差が僅少なんで、典型的な変態進行が使える場所は主に歌の無い箇所に限定されちゃってたのよ。

ので普通のに変態を取入れるサンプルとしてならインスト物は良好も、変態迄行かないが基本が一風変わった進行等のネタにはあまり向かないん。
っても前述Smooth Jazzには一部好例が含まれててそれもあっての早期推奨だったが、付加ハーモニーの影響最小でとなると元祖はBachのみたいなシンプルなのの方が参考にし易いんだ。

尤も元々Classic系を習ったりしてた人なら半分常識みたいなもんで、最終的には求めてるのと既所持の知識事情でネタの場所は幾らでも変動するんだけどね。
けどそれにしたって本国でのとこっちのではベーシックの概念や定番にかなり差がある様で、しかしどちらさんにだって外面みたいなのはあってもおかしゅうなか。

例えば外人から日本の代表的Rock歌手はと問われたら、大多数は矢沢永吉とかって答えるだろうね。
が日本在住者にとってのって在住を足してやったら、俺は永ちゃんじゃ無く忌野清志郎だと思うんだ。

存在だけに限定すりゃ内田裕也の元祖の部分の方が重いだろうし、けど歌われてた一節を思い出せるのって方向で考えると清志郎の方が有力なんじゃないかな。
俺自身は清志郎ファン成分0%なのにこう語るのは、たとえば「昼間のパパぁわぁ~」なんてのがいとも簡単に出て来ちゃうからなんだ。

私分析に依ればRockポリシーの根幹「反骨精神」を頑なに守りつつ、あんなに多岐に渡る題材を歌ってた人って他に想い出せない。
ので完全無意識で知らん間に皆が参考にしてた可能性が高く、けど対外的には清志郎やサザンより永ちゃんの方がもっとカッコイイからそっちを提示したくなったりすら~ね。

なのでどうしてもそんな部分では内と外では扱いに差が出るのも半必然で、けれど「実際に作ろうとする」となるとこの余計な壁は取っ払ってやんないと実に都合が悪いんだ。
それが今は主流じゃ無くなったジャンルので海外のとなれば、こっちが先に↑みたいな注意を払ってないと辿り着け難い側面がある。

その到達困難な俺言い「一般人用Classic系」(今日本での定番の多くは上級民様専用)の代案はっつうと、私的には所謂イージーリスニングがかなり役立っている。
厳密にはこの目的では二番煎じ三番煎じだったりはするが、例えばBachとガチンコ対決するつもりでも無ければ方法論を学ぶのに大きな不足は無いずら。

<つづく>

2022年9月15日 (木)

音楽備忘録1126 今のRock系は小音量で聴くべきもの???➎

今回は前回のの倫理面中心で続きをやるが、これにはこの方面全兼業者の威信を賭けて臨ませて頂きやしょう。
な~ぁんてその実は極限弱小がもたらした偶然の産物でしか無いんだが、人に頼めないのって逃げ場が無いだけに客観的にならざるを得ないのは確かなんす。

それなりに色々な方向性で取り組んでみたけど、意外にもクウォリティを絶対視するのと最も楽しようとしたのが結構作業内容的には近かったんだ。
 ①その時の自分なりにちゃんと弾ける状態にする
 ②なるべく本質的には不要な後加工をしなくて済む収音方法を選ぶ
 ③演奏よりも編曲段階で問題になりそうな箇所を駆逐しとく

ざっと列挙すると上記の様な感じで、劣化今本邦大手作品は素人の第一印象に反し実際にはちっともそうなってない。
これにどんな負の作用があるかってぇと、先ず不毛な作業量の増加から各担当者の誰もがパフォーマンスの低下を招く。

それでいて無理に急かされるから雑になるし、特に聴き洩らし気付き洩らしと云うミスを頻発させている。
とは言え周りが皆カッチリハッキリしてる中へそうじゃ無いのを放り込むのはかなりの勇気を要すし、特に若い人だと意図的な懐古趣味系以外は全部をマイルドにするのもキツイかも知れない。

だが相変らずの暴論寸前だろうが全曲一様に最大の自信があるとか、全曲シングルカットして同程度に売れる自信や予算が無かったら却って露出度の強弱みたいなのがあった方が良いんじゃないかなあ。
まあ最近はあまりアルバム主体で売ろうとはしないみたいだからどっちらけかもだが、注目した或は評判になったの以外は大した事無い曲の癖に聴き疲れするなんてならない方が良いのは変わんないっしょ。

ほいでチョイと脱線させるが「昔の達人程仕事が早い」印象が、当時の体験がある俺には未だ印象深くてさ。
今しか知らない人からしたら単に昔の方が、何でも大雑把で構わなかったからすぐ出来ただけなんじゃって思うかもね。

実際そう云う部分だって少しあったのは認めますけど、多方面で録る時点での完成度が高ったからそう出来たってのが真相で御座居。
例えば沢山重ねたくたってトラック数は限られてるし、ボケアナログだから予定通りそれが分かる様に聴こえてくれる保証が全然無い。

そうすっと反ポピュラー系ですら狙った音世界の構築を、なるべく必要最低限で賄うしか無いからそっち方面へ思考中心が向いて行く。
結果半自動的でそんなに大層な思想等も無いが、仕事の方法論が単純化してい易いのだ。

今昔問わず必ずしもどれもがシンプルに行かなきゃならなくは無いが、録る際のパフォーマンスへ全集中するにはなるべくプロセス数も脳内課題も少ない程有利だしょ。
のでもし昔の達人何するものぞとかで行きたいなら、そんな部分で負けると分かってる方法なんか選んじゃったら勝負にならんのどす。

はたまた僕等そんなご大層なの夢にも思って無いですってんならどうせ大して売れやしないんだら(大失礼)、売る為に劣化世間に迎合してわざわざ作品生命を縮めたり将来の評価を下げるのはアホらしいでぇ。
なので困難な部分は一旦は諦めとくにしても、少なくとも録りの実験時と本番はもっと明確に区別しといた方が良いと思うんだ。

このテーマへ最後に駄目押ししとくとってホントは真っ先に記すべきだったろうが、幾ら極小音量に忖度しといたってもしそれ以下に落されたら忽ち無効化すんねん。
どうしても今の主流の手法でやってみたいならもう止めはしないけど、割の悪い方法だってのだけは覚えといて損は無いぜ。

<おしまい>

2022年9月14日 (水)

音楽備忘録1125 楽器Amp同士の組合せの話し①

連想ゲーム的に次のお題って最近少しパターン化し掛ってるが、意外と何処でもあまり語られて無い様なので不肖乍ら挑戦してみたいと思いやす。
私的にはかつてバブルの残り香で一時期Ampeg SVTが国内業界でスタンダード化したのに、この問題のシンプルな解決策も含まれてた気がすんのよね。

以前述の如く音波の理論に従うと、ある音程の1オクターヴ下のが同音量に聴こえるには倍のエネルギーが必要。
ってのは空気の波の事情で自然とそうなってるだけで、段階1:何かを大きく動かすと戻すのにその分時間が掛かる。

段階2:大きく動かした分勢いが付くから、更に振り巾が自然と拡大する。
↑の時間とは周波数(長さ)・振り巾とは音波の波の高さで、具体的には波高がも時間も倍になるって寸法ね。

但し単位時間あたりの密度は半減してるんで、平均音量は1オクターヴ上のと同じになる訳。
なんて言ってもどうも分かり難いんで実在現象から抜粋してみると、悪戯坊主が無茶吹きするリコーダーのピーとかって凄くウルサいよね。

けど音程が高いからクソガキの体力でも出せるんであって、躓いて転んだ時の音はデブオヤジ(俺か…😢)がよろけたときより遥かに軽く小さい音しかしないやろ。
身近な余談でウチって俺は普段下界に居て、食事とかで呼ばれた時だけ2Fへ昇ってっててね。

その時ついでで肩や首の凝りをほぐすのに変な動きしたりしてると、本人には完全無害なんだけど少しフラついたりする事があるん。
そんな際の足音が妙に大きく響くらしくて、家族から爺さん今凄い音と振動があったけど大丈夫か?って…。

きっと幾ら平気って言っても、その内の何回かは「今のは絶対転んだな」とか勝手に思われてんだ。😢😢
っと云った具合に低音出すのって多分一般イメージよりもっと大きなエネルギーを要すもんで、↑の場合重さの他にコケそうなのを踏ん張ったパワーで余計大きくなってるんだろう。

今の俺に芸人みたいに体を張って実験する勇気が無いから証明出来んが、脂の乗った体だと実は転んじゃった時の方が音と振動は小さくなる時もあるんじゃないかな。
踏ん張れないで逝った時はその分エネルギーは減ってるんで、もしお宅に年配者が居たら音や振動の大きさだけで無事と判断しない方が良いかも。

ってな事って条件無しで実質的にバランスの取れるAmp組合せ例としては、GuitarとBass用だったら最大出力音圧がBassのは倍居るんす。
’80年代に石でもAcousticが大いに巾を利かせてたのも↑に適ってたからで、全盛期に最もプロに使われてたのは320Headと15inch×4の408エンクロージャだった。

これでプチ付記の必要性を感じるのがスピーカユニットの特殊配置で、一見巨大ではあるがダブルユニットのバックロードホーン型か何かにしか見えなかった処。
では残り2つは何処へったら、正面真ん中にあるダクトの天地面へほぼ向かい合わせで付けてありやんの。

明るい場所で現物を上手に覗けたら少しは見えるかもしれないが、只でさえそっぽ向いてんだから保護ネットの張られたままの画像では分からないのも仕方無い。
杜撰日記:かなり後年になって4つが信じられる様になった挙句、ちゃんと調べて確認取れたのは何と今。

それでいて忘れてた型番を確認したのは中坊時代に買った本と、冷房付人力車と扇風機すら無い飛行機みたいな異常な状況。😓
俺自身は数回程使った覚えはあるが観察する時間が無くてこんなんなってるが、スペック程特別音が大きいとは感じなかったよ。

人に依ってはその頃の「トランジスタ歪み」のを好むらしいが、球のより歪むと音が潰れるからその分無理は利かなかった。
ので物理的には出力300Wなんだが、Guitar Ampが球のだと130W前後のとで大体バランスする感じだったね。

因みにその頃のGuitar Amp出力は、Fenderの100Wクラスので135W・Musicmanのだとビルトインの1つの例外を除くと130Wだったからピッタシカンカンか。
と言いつつそうなってくれるのはスピーカ総合能率がイーヴンの場合限定で、Bass用スピーカユニットはローエンドを出す為に音圧が犠牲になってるのが多いんだ。

<つづく>

2022年9月13日 (火)

音楽備忘録1124 不当低評価の是正⓬

さて近回は探索方法等へ偏り気味だったが、それが本件では露出の少なさ→認知度の低さが不当低評価とも大いに関係してると考えてるからだ。
これが又劣化本邦ともなると最悪に近い状況で、かつては美徳意識今は商業上の都合で実態隠蔽が甚だしい。

基本的に日本主導の国内録音作品は海外販売想定の無いのが多く、仮に売れたとしても世界規模観点では販量が桁違いに少ない。
のもあって元々追及要求が少ないにしても
、英米等と比べると職人集団の認知度は隠さなくても格段に低かった。

しかしだからってキーマンになる様な人が居なかった訳では無く、もっとそんな達人達へ良い意味での敬意を持ててたら海外稚拙パクリ依存から脱却出来てた可能性が拭えんから実に惜しいんすよ。
そう語っといて個人的には大して和のテイストを付加する気が無い杜撰大王だが、現況の狭い範囲からだけの引用が続くのはもう勘弁なんすよねえ。

では何故そうなるか私分析してみると、結局はネタがアニメやゲームを通じて知ったのしか無いからなんじゃないかな。
ではⅡでネタ元の作者達は何処から仕入れたか推察すると、古い文学や映画等もっと多岐に渡ってそうだ。

この面で一応私的としとくが激奨しときたいのがJohnny,Louis & Char(Pinkcloud)で、祭囃子その他歌物に執着せずエッセンスだけを巧妙に引用してるからなんだ。
前者つまり現行の和のは歌詞込みのが殆どで、それって実はとっくの昔から演家系では多用されてんだよね。

一方後者のは限られた一部の時代劇伴奏等に垣間見られただけで、歌詞に依るフォローが無い分音だけで成立させなきゃなんないから実際かなり難易度が低くない。
だが発展性へ目を向けるとかつてYMOがアジアンテイストで成功した様に、日本語で海外でも売れるとしたらBabymetalのみたいな流行り単語位で精一杯なんすよ。

そんな状況なんでほぼ誰の役に立ちそうに無くても以前記したThelma Houstonや、前回記載のJohnny Riversみたいなのをここでは今後忌憚無くジャンジャン書いて行きますわ。
処でここ迄は佳作が少数で低知名度とか作品名義が分散してて低知名度なのに触れて来たが、有名でもそれが仇になって不当低評価となってる人達も居たんだっけか。

今の日本じゃ想像すら困難化してるだろうがそもそもはあのBeatlesやStonesですら、登場は当初本国ですら一寸売れただけの若造扱いだったんだ。
誠に遺憾乍ら暗い現状に一筋の光明をってな感じで、拙日本にだって過去には幾つかは世界に誇れる「先見の明」になったのがあった。

それがQueen,Kiss,Deep Purple辺りで、前2つは残念乍ら見た目から入ったのではあったけどさ。
けどこの3つに共通してたのがLiveで観客がのっけからは乱知己騒ぎをしなかったってのがあって、結果的に皆の耳に音が聴こえてたのが大きかったんだろう。

Bandの通常のLiveって登場人物はほぼ固定とか映像作品より絵面の変更が少ないんで、幾ら見栄え最優先でも音でアシスト位しなきゃ瞬く間に夢の世界が醒めちまう。
特に昔のになればなる程レーザー光線も無きゃ巨大スクリーンも無いから尚更で、上記しんがりのはヲタアドリブ主体とは言え「サルにも分かる」のを中心にしてたのが功を奏したのかな。

当時でもPsyche・Progre・前衛等では誰にも訳が分からん程良ってのはあったが、分かる上で凄いってのは他ではBuddy Rich位だったかな。
この話しで俺が妙に自信が持てるのは、完全な偶然だが成長途上で出逢ったからでね。

自分の意思でRockを選択し出したのが小学校に上がる頃で、単細胞な杜撰大王様だから当時の選択基準に感性以外が入り込む余地は皆無だったん。
こんなのちっとも狙った訳じゃ無かったんだけど、今にしてみりゃ感性主体ってのがどんなもんなのかでこの過去体験は大いに役立ってるよ。

これ音楽じゃ無くても全然OKで、憧憬とか懐かしみ成分抜きで鮮明に残ってる印象のの出逢い時を思い出しても良い。
そんな感覚で選別してけば、少なくともその人自身にとっての不当評価は避けられるんじゃないかな。

<つづく>

2022年9月12日 (月)

音楽備忘録1123 ネタ元➄

って事って今日は面白和音のネタ元お勧めをテーマにするが、やはり取れ高としてはJazz系が圧倒的に有利だ。
掟を守った範囲での冒険って面でJazzは嚆矢で、ハーモニーに対する野心も凄かったからね。

だがそれをRock系やPops系へ持って来ようとすると、そのままじゃ複雑過ぎたり前後と上手く繋がらなくなる方が多い。
何せあちらは野心の為なら節操無くコードチェンジしたりするし、最初からそれ用の進行を苦心して編み出したりしてるからねえ。

それを杜撰流に換言すれば実音版コードブックってなもんで、どれ位どんな奇抜なのがあるか知るには博覧会状態は好都合。
けど楽曲自体を高める目的で引用するには、案外それ用の限られた進行じゃ無いと厳しいとか別面での制約がある。

ので妥協点っつうかこの目的に合いそうな頃合い加減をと探すと、Smooth JazzとかLatin Jazz等と少々冠を付けてやると結構行けそうなのが見つかり
易い。
実際全てでは無かったがあっち呼称Smooth Jazzのが、
昔の日本ではEasy ListeningとかAOR扱いされててね。

Fusionについて師匠はLatin Jazzの進化形と断言してて、その当時の俺はオッサン何言うとんねんと思ってたけどさ。
今になって使われてた和音・音列・リズムを少し真面目に検証してみると、確かに他のよりは被るのが多かった。

わ兎も角俺は今も基本杜撰大王らしくジャンルには鈍感!?なのを全く改める気が無いが、こう云うバリエーションって面では気に入りゃ何でもOKで助かってるのかな。
例えばどちらも時期限定ではあるが上記前者ならEarl Klughの初期、後者ではLarry CarltonのRoom 335(アルバム)は出現時からリアルタイムでお気に入りのままだ。

但し自分内部ではそうなった根拠ってのもちゃんとあって、どちらも意外とワイルドだったり大雑把な部分を残してあった感じでね。
それが当時本邦一般傾向でEarl KlughオッケーならGeorge Bensonも、 Larry CarltonオッケーならLee Ritenourもに俺は未だ全くなって無いのよ。

ここから自分にとってFusion系って特に嫌ってはいないが、そんなに趣味じゃ無いのの気付きにも繋がってるみたいだ。
この様な部分的にしか好めないのを探し出すのってあまり効率は良くないけど、好きと嫌いが同居してるからこそ自分の好みの絞り込みに意外と役に立つ部分はあるんだ。

とは言え限られた時間をそんなアテにならないのに浪費してもいられないんでどうするってば、こっちの意思に無関係に耳に入って来るものへも少しアンテナを立てとくのが最も現実的だろう。
俺の場合も↑例示前者はFM放送・後者は行き付けの喫茶店で流れてたのが出逢いで、前者は当時比較的頻繁に後者は音源がLPレコードだったから確認・認識する機会が充分にあったんだ。

現在は暮らしの変化からB級アニメのテーマ等がその座にあるが、短期的には効能僅かでも即実行可能な何気ない日常に流れる音をバカにしない方が良い。
勿論俺だって意識して調べる時は好みに近い所から始めるのが多いけど、音楽的ご近所情報なら時間経過さえ我慢しときゃ何れは大体勝手に揃って来る。

んが非専門且つ気になる箇所がピンポイント的なの程、ひたすら待ちの姿勢で居ると全然進展してくんないんだ。
とは言えそれなりに普段より労力を要す事が多いんで、取敢えずは書き留めるなり一部でも良いから記録に残しとくのがコツかな。

過去の俺の場合だと所謂断片エアチェックしたテープがそれに値し、最近は滅多に聴き返したりしなくなってるけどさ。
今に至る迄には何度も聴いてたお陰で何時でも即想い出せる位脳内に焼き付いてて、超低頻度だけど幸運な偶然に遭遇した際一瞬で「みぃ~けっ」になるんだわ

<つづく>

2022年9月 9日 (金)

音楽備忘録1120 不当低評価の是正⓫

本項数回前に「録音Studio」や「レーベル」からも昔のなら好みを手繰り寄せるられるのを記したが、前回提示のみたいに言うなれば「名のある伴奏プロ集団」の影響力も凄まじいものがあった。
っと振っといて最近迄幾らも気に留めて無かった杜撰大王様だが💦、単純に聴いて残った結果からも調べてみたら↑の傾向は想像以上に明確だったんだ。

所謂一発屋とは違うが良い作品が少ないアーティスト、っても所詮は私感に過ぎんがそんなのにもどうにも忘れられない程強く深く印象に残ってるのがそこそこあってね。
それ等に限れば劣化今本邦じゃ無くても評価は低目になりがちで、しかし人では無く音で優劣を付けるなら省いたら大変な存在だったりするん。

最近漸く入手出来たのにJohnny Riversって米の歌手件Guitaristが居るんだが、オリジナルヒットも僅かにはあるがカバーの方が圧倒的に多い人だ。
実はロカビリー系が根っこのPops系の人だったんだが、俺が気に入ってたのはFunkyなRockのでさ。

当初から分かってて探してた本命曲はRockin’ Pneumonia and the Boogie Woogie Fluってので、元は’50年代スキッフルのを’70年代Rockにアレンジしたヤツだ。
他に彼とは知らず昔からずっと知ってたのに自前売れのPoor Side of TownってのやMaybellineのカバーがあったが、前者はバリバリ’60年代米Pops・後者は俺言いアングラロカビリーってな感じで本命のとは全然違う。

そして上記2曲以外は駄目って程じゃないもあまり興味は持てず、俺本命路線では後はMemphis ’72っての位しか無かった。
んで同一人物でこんな極端な差が出た訳を探ってったら俺本命のには、Toto系以前にLAの録音界を牛耳ってた「The Wrecking Crew」って連中が絡んでたのが昨日判明。

聴き続けて丸々50年経たなきゃ調べないとは大したもんだが😓、敢えて言い訳すりゃホントに音を最優先で選んで無きゃ普通は起こり得ない事象であろ
う。
んでⅡで今更調べてから初めて知ったのが↑のWreckingは、他にも’70年代半ば頃迄の多数の名曲や好みのに携わっててさ。

私的近似例としてはKate Bushでは2枚目迄は伴奏も美味しかったのがそれ以降は一寸私的には落ちてて、その原因が英のPILOTってBandに居たDavid PatonってBassの参加の有無だった。
どうもKate Bush本人は3枚目以降のメンツ方がお気に入りらしいが、非ヲタの聴き易さの点や全体のバランスからすると私的には惜しく感じられる。

大失礼な比喩をするならJohn Lennonと一緒の時だけ辛うじて聴くに堪えるOno Yokoってなもんで、以前吠の奇抜と定番のコントラストは重要ですからねえ。
純粋に前衛とかに拘りゃ全部新規変態の方がピュアなんだが、誰にでも「どう変なのか」が分からんと折角編み出せて実行しても効果が薄いじゃん。

わ兎も角皆が皆常時固定メンバーで演る演れるとは限らないんで、こう云う着眼点も持って無いと俺言い「境界域の名演」が選外になっちゃったりするんですわ。
特にそんなのが目標のバイブルになりそうな場合なら死活問題も同然で、聴くだけだったら偶然見つかった都度喜んでりゃそれで良いんだけどね。

この件で今劣化本邦が致命的に駄目なのが「佳作でもほぼ放送しない」等で、同一人物の作品としてはタマが僅少なだけに出逢う機会が少ないと探してても見付けにくい点だ。
俺が知って興味を持てたのも当時リアルタイムでFMやFEN(AFN)で掛かってたからで、今よりずっと職人気質のディレクタやDJ氏が実際に聴いて選曲してたからだろう。

だが残念乍ら本邦では当分はマスコミに全く期待出来ないんで、そうなるとヲタ系Youtuberにでも期待するしかない。
んがそれすら本邦の著作権の誤った運用のせいで中々厳しいと、だから音楽関係者こそもっと盛大に政治に注文付けなきゃいけないんだけどね。

<つづく>

2022年9月 8日 (木)

音楽備忘録1119 ネタ元④

前回偶発した非効率をキーワードに据えると俺の実体験例の筆頭はコード(和声)で、初めてコードブックが手に入った時は大喜びで夢中になって一気に読破・試奏してみたんだ。
これでオイラもコードマスターなんて杜撰な事前想定してたっけ、確かに理屈は少しだけ進歩したが実用上はそれ以前とちっとも変りゃしねえでやんの。

ってこっちのその時の取組み方にも後から考えりゃ問題があったんだけど、俺にとっての難点は欲しい時に欲しい知識にはなってくれなかった処なんだ。
その問題とは特に経験値の少ない内は、好きな響きが何処にどうあってどうなってるかが未知に近い処。

今となれば結局はランダムに何にでも耳を通して、その中から地道に拾い集めるしか無いのが分かったけどさ。
その頃は少しでも早く掻き集めたかったもんだから、纏めて載ってる本って良いかと思ったんだ。

それが俺が手にした本が自分に合ってたかも疑わしいが、現実には楽器の音色や弾き方次第で各音の音量バランスとか色々変わるっしょ。
そうすると理論的には同じ和音でも響きはかなり多岐に渡り、つまり俺が求めてたのは「響き」(残響等は含まず)で理論的和声じゃ無かったんだ。

っても勿論音程の組合せでも響きは変わるんだが、要は優先順位が違ってたのよ。
この辺も無暗に譜面を嫌う!?一因で、そりゃ使用楽器やセッティングから各弦の弾く強さ迄完全に指定(つまりオタマジャクシが見えなくなる程書き込み)でもしときゃ少しはマシになるんだろうけど。

けどそんなんしたら幾ら初見が得意な人でも、流石に情報・パラメータ過多でリアルタイム処理は間に合わない。
それよりかあの曲の誰々の○○の処で鳴ってたヤツって、もし相手が知ってたらその方が遥かに簡単且つ近寄れる。

又この件で理論優先にすると問題になるのが、機材や各自の体格等だ。
その巾はかなりあるから狭隘な押えが要るのはデカいのが、広大なエリアを押えなきゃなんないのはチビには無理。

更に掘ると手の各指の長さ太さも千差万別なんで本人にすりゃ意外な盲点的に、微に入り細に入り適合・不適合がジャンジャン出て来る。
結果人に依って実用になるコードにかなり差が生じるんで、理論も不要じゃないけど実験の方が遥かに重要となっているのだ。

別面でって俺にとってより影響大だったのはこっちなんだが、○○な響き→□□コード→その和声の展開形は△△…ってプロセスの面倒さと当確率が。
音楽の他音響屋でもあるんで必要とあらば地道分析は辞さないけど、特に概知のじゃ無く新規の響きを探すのに理論主導だと遠回りになっていけねえ。

ってのもパート単体単位なら未だしも、実際の多くはアンサンブルでそう聴こえてるだからなのよ。
そんな体験からコードに関してはよりパート単体より編曲視点で考える様になったが、ミニマム編成での体験が多目だったのも影響してたかも知れない。

大体同じに聴こえたコードでも、構成人員が少ない程低ニーズの音が省かれてたりする。
それを逆手にとって考えれば仮にもっと人数が居る際に、普通だと付加し難い別の音を追加出来る可能性が上がる。

勿論無省略の良さってのもあるが、求める響きの中で最もシンプルに実現してるのを雛形にした方が応用範囲が断然広いんだ。
劣化近年本邦だと録音では昔よりかなり大した意味も無い「重ねとく」が増えてるが、独自の和声についてだと芳しくない状況とも言える。

録音音質の向上も1つの音の存在感に関しては現況負の作用の方が大きく、それで増えた隙間が気になって追加したくなるのは俺だって同じだよ。
けどそれって音響的には有効でも音楽的には殆ど無効なのと、ネタ元としては極力シンプルな方が分り易くて良いっしょ。

<つづく>

より以前の記事一覧

フォト
2022年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ