鍵盤

2024年3月 2日 (土)

音楽備忘録1660 杜撰大王が過去モノに拘る訳④

さて過去作を嫌がるにも色々理由はあって、音質が嫌とか音色が嫌な人も居よう。
現に杜撰大王だって何か今迄聴いたのと異なる点が無きゃ、音色は全く参考になんかしてねんだ。

音質なんてもっとで意図的ノスタルジー演出でもするんじゃなきゃ、昔みたいなLo-Fiにするなんてとっても困難だからねえ。
だから良い処取りで新旧のハイブリッドを狙ってて、そう簡単には成功はしないけどさ。

大昔作でムード満点で味わい深いのなんかにゃ感銘こそ受けるが、部分的例えば歌のサビだけAMラジオ音質(過去に結構使われてた)に似せる程度で関の山。
ほんじゃあ場合に依っちゃ段違いな音質差があるのに、何で杜撰大王は平気で新しいのと同じ様に聴けるのか。

ってば今ではかなり低頻度にはなったものの、全然良くない音質のを耳にする事もあるからだ。
例えば隣室や隣家から洩れ聴こえて来たのに俄然興味をそそられたが、その時ラジオ・TV・Web等ではやってないし曲名も人名も全く不明。

となれば取敢えずその場で聴ける限りを、終わる迄聞耳を立てて粘っとくしかない。
利口且つスマホを持ってたら、可能なら録っといて知人等に訊いて回るかも知れないが。

それすら久々出「人耳の弁別能」があるせいで、折角録っといても周囲雑音の方が大きくなってて聴かせた人達から叱られるかも知れないよ。

加えて過去から現在に至る迄高音質だと音色や内容が残念、音色や内容が良いと音質今一なんて思いを散々させられて来まつた。
この手の拘りを完璧に実音化したいならそもそも他人頼みが間違ってて、音源から再生装置の全てに至る迄自ら新理論・新発明等手掛けない事には見込が無いと悟らされましてん。

けどそんな思い・願いが音響技術者のエネルギーになったり、音楽部分なら音楽家としての目標になったりしてるからなぁ。
これとは別に目から鱗だったのが、当時最高音質だったのも時間が経つとそうじゃなくなる処


それでも出逢った頃と同じ様な感動が残ってたのって、音質より音色に惹かれてたからだと思うんだ。
至近過去述例ではJazz GuitarのJoe Passが、
何とFunkに挑戦してるアルバム(Better Days)があるのを知ってね。

中でもSlick Catって曲にマイブームなんで、こないだ従兄宅PAの代用ウーハ増設後のテストに使おうとしたのよ。
事前にデータを送っといたんだけどそれはすぐには掛けられないっつうんでYoutubeので掛けてみたっけ、最初はリマスターの方でオリジナルとは全然違ってテストになりゃしない。

なしてってば高域忖度で低音がごっそり削られちゃってて、雰囲気・楽器間バランスは目茶目茶・何より低音域の試験に適したソースとして選んだんだから。
ほいで良く見てみたらもう1つ同曲があって、もしやと思ったらそっちがオリジナルミックスのだった。

早速そっちを掛けたら正に段違いで試験結果も良さげだったから、間髪を入れず本来の目的「BassがPAから聴こえて生で叩けるか」を2人して演っただよ。
これはリマスターした奴がド阿呆だっただけだろうが、期せずして音質より音色やバランスが大事なのの証明になったわさ。

=つづく=

2024年3月 1日 (金)

音楽備忘録1659 ドラム「手足一緒私論」④

こんな杜撰大王でも各楽器奏者特有の流儀には、格好良いから未だに羨望の眼差しで眺めてる。
しかし真の職人は一切他パートに迷惑を掛けずに押し通せるからそうしてるだけで、それが出来てなけりゃ唯の傲慢になっちまうんだ。

そう云や過去に友人自作曲の録音でそんな輩が居たのを想い出したが、商業上の力関係の都合でそいつに忖度してくれって言われててさ。
最初から自分に来たオファーだったら即座に断ってたが、酷い態度に音を上げた別の親友のトラで入ったから表面的には珍しく大人しくしてたんだ。

したっけ曲に全く不似合なロカビリー風の間奏フレーズを弾けと言い出して、埒が開かなさそうだからわざと弾き損じてやったんだ。
あっちとしちゃそれに乗せて得意のGuitarソロでも展開するつもりだったらしいが、結局自身のソロフレーズが作れなくて↑をGuitarで弾きやんの。

そんな調子だから本音は決して明かさず、チッとか舌打ちして俺のせいにして誤魔化してたけどな。www
因みに不似合ってのは作者は「さわやかなPrince」みたいな感じを意図してたからでって変だけど、サウンドの毒成分は完全排除して歌詞の方で一寸凝った事をしてるのをアピールしたかったらしい。

その凝ったっつうのはタモリ倶楽部の「空耳アワー」よろしく、全英詞でいて実は日本語にもなってるってアイデアだったん。
わ兎も角結果的に提案者自身が責務を果たせなくて没になったが、どんなに偉い奏者でどんなにヘボい作者でも参加するなら曲の方が優先順位は
上なのだ。

ので本来ならこのケース輩君は俺の出番じゃないと断って代わりに適した奴を紹介して恩に着せるとか、どうしても参加したいなら勝手が違っても極力合わせるべきだったんだがね。
まあ恐らくコネだけでしがみ付いてたりしたんだろうから、そもそも合う合わんすら分かんなかったのかな。

何れにしてもアイデアが想像の域に留まってると、実演してみたらありゃ全然違ったなんてのはあり勝ちざんす。
この面からも何かしら他パートへ負担や依存のあるのは流儀なんかじゃなく、本人にそんなつもりが無くても唯のはた迷惑に
しかならないんだ。

と言葉の上では簡単明瞭なんだけど長く特定の事だけに従事してると、普段殆ど扱ってない事象には人間どうしても鈍感になってたりするもんなのさ。
それで俺がドラムに対して一番感じるのは、他のより音程を気にしなくて構わない部分からの悪影響かな。

ホントはそれじゃ駄目なんだけど、取敢えず歌が音痴で気持ち悪いって程の事態にはならないじゃん。
何しろ音程があまりハッキリ聴き取れず、鳴ってる時間も短いからねえ。

結果的に先述Hatの開け具合等、強弱(大小)以外の音色調整が他パートより疎かになってい易い。
のでせめて手のこれが足のアレ位思考変換出来ないと、どんどんガラパゴスになってっちゃうかも。

苦手克服が最良だが、それが無理でも代案が用意出来れば当座は凌げる。
肉体的にも頭脳的にも、変換だの翻訳だのがピンチには助けになるんじゃないかな。

-おわり-

2024年2月27日 (火)

音楽備忘録1656 杜撰大王が過去モノに拘る訳③

久々出だがこの件も勝手好きずき趣味習慣なんで強要はしないし、真意を理解されなきゃ骨董趣味のそしりを甘んじて受け入れなきゃなんない。
だがしかし何も内心迄世間に変に同調すべきではなく、そんな真似すりゃ個性にマイナスにしかならないのだ。

ずっとカテゴリに加えてるLudwig Speedkingは別稿で色々長所を語って来たが、どうでも気に入らんのに使えなんて言いまへん。
人次第で相性が悪いとか、生理的に受け付けないなんてケースもあるかも知れないからさ。

けど万一合理的な理由無く避けてるとしたら、そのせいで何等かの損失が生じるのだけは伝えときたいんだ。
それと同様録音作品に限っては、音楽でも新旧を一々問題にするのは全くアホらしいん。

過去述の如く生演奏の生聴取以外のは、どれも制作時期と聴取時期に必ずインターバルがあるからなんだ。
極端な話しプロデューサの確認も取らず録れた瞬間に公開するのが最速で、普通は録れたと思っても色んな人から合格認定を貰わんと公開に至らない。

つまり例え出来たてホヤホヤの最新作と言えど、公開の時点では厳密にはもうミクロ過去作になってるん。
それを逆手に上手く利用したのが、最新アルバムに過去録のを入れたりするヤツだ。

それ等の多くは決して駄作だから出さなかったんじゃ無く、たまたま雰囲気か尺か何かがフィットしなくて入れられなかったものだ。
具体的にはStonesのTattoo Youが顕著で内部関係者にとっちゃ立派な過去ネタだが、我々一般聴者には初耳だから新作でしかなかったぞ。

他のケースではSteely Danみたいに平然と録るのに年跨ぎしたのとなると、最初に録り終えた曲なんて公開時点じゃ「数年前」の作品だ。
更に自分でも作る人に至っては最新のから何か参考を得たとして、どんなに急いでもその成果が表れるのに時間が掛かる。

親和性以外の目的で流行の後追い一択にすると本人意識では最速最新でも、実際他人から見ればそれなりに遅れてるんだ。
ではどうするなら最新の可能性があるのかってば、皆が忘れ掛けた位古いのから「新解釈」で引用をするとかだ。

元ネタにカビが生えてたってそのまま出す訳じゃないから、新解釈の部分がクローズアップされるんだよ。
先ずネタ選びが珍しくないと誰かと被り、引用方法も独自じゃないとやはり何処かの誰かと被る危険がある。

後者の方は世界規模では必ず似た人物が居そうだからほぼ制御不能だが、前者の方は個人の真の好みに頼れば何処かが誰にも似ていない。
マクロ視点では似てても組合せ迄完全に同じになるのはレアケースで、大抵はジャンルかメイン担当楽器か何か位は異なるもんだ。

仕事に注文が付けば時勢は無視出来ないけれど、即興以外それは刺身とは違うからネタの時期は不問。
それ処か個人趣味の範疇なら、世間のアホ流行後追い君に付き合ってやる必要等ないんだよ。

そして後追い君が正直だったら未だしも、裏では内緒で古いの聴いてるかも知んないぜ。
流行は話題としての共通事項なだけで、それで誰かと仲良くなれてもあなたの個人趣味はその時点で行詰まるのさ。

-つづく-

2024年2月26日 (月)

音楽備忘録1655 ドラム「手足一緒私論」③

この発想ってもしかしたらマルチプレイヤ独特なのかも知れないが、音楽演奏自体に上手くなりたきゃ近道の1つになるかも知んない。
本当に1つの楽器だけが上手くなれて、自己満足だけで済ませられるなら要らないんだろうけどね。

どんな楽器にも悪い中毒性みたいなのがあって、マルチの深度の浅さと同じ位実用アンサンブルになると足を引っ張ってねえ。
程度が軽い内はそのパートらしい思考・志向だなんて言ってられるが、重症になると1人のせいで何等の編曲パターンが使えなくなったりするんだ。

特有思想にはオリジナリティと非汎用性の両面があり、例えばHi-HatのHalf Openをどうしても使いたくなかったら事前に代用案・策を用意しとけば良いんだよ。
フォークボールは無いと思ってた対戦投手にあった場合、全く無準備だったら天才以外対応出来ないでしょ。

ので自分内では想定が厳しいのの準備をするには、外視点が皆無では厳しいんだ。
どうしたって熱愛してるパートには私情が入り易く、かと言って無理矢理排除すれば「冷めた音」になっちまうかも知れない。

熱さと冷静さを共存させるには、バーチャルで「違うパートの人」になってみるのも手なんだ。
それもなるべくなら社長がお忍びで、1日だけパートのオバチャンにでも扮する様なイメージでね。

それであれば自身の哲学みたいなのが侵食されずに、立場の違う者の気持ちが少しは知れるんじゃないかな。
で状況次第で当初は代案を作るのにかなり悩む場合もあるが、いざ見つかってしまえば僅かな変化で済む事が多いのよ。

要点はHi-Hatを踏む足を緩めなくても充分な盛り上がりが演出出来りゃ良い訳で、只奏者次第で切れるカードが違うから自身での対策案が必要なんだ。
過去達人の例を聴いてみると、そもそもHi-Hatを完全に閉じたりしない奴も居る。

しかしバランスのお陰で充分上げ下げ表現が出来てたから、そんなのでも通用してたんだろうさ。
その中で極端なのだとSnareかバスドラを大胆に全部抜いたりとか、つまりはHi-Hatを本当にメトロノームの様に扱えばね。

今はそんなの極端に減っちまったが、1970年代頃のにはそんなのも結構あったんだ。
アップテンポな盛り上がる曲なのに、バックビートのSnareが殆ど出て来ないなんてのがね。

今感覚でドラムパートだけを聴くと変態的だが、全体を聴いてる限りはSnare抜きの損失が全く無いのよ。
ってルパン三世TV第1シリーズ・3番目のOPの事で、かなりRockでFunkな曲なのにさ。

逆にBeatlesのSomethingでは、普通の歌バックではHi-Hatはおろかそもそも金物を全く鳴らしてなかったり。
但しこう云うのは例外的ドラム編曲ではあるんで、実際に試してからじゃないと中々行けるかの判断が付きにくい。

だがもし「ボロいリズムボックス」と考えたら、幾ら足りない音があっても他で補う事しか皆考えないじゃん。
要はなるべく不要な固定観念は捨てるべきで、それには頭を充分柔らく保っとかなきゃなんないのさ。

-続々々-

2024年2月25日 (日)

音楽備忘録1654 楽器の異常急激高騰は誰のせい➊

いよいよ本格的な不景気が末端迄行き渡ったか、とうとう中古の値段迄法外に高騰しやがった。
これでもまだあんたは政治は無関係、どうせ選挙で投票に行っても無駄と言い張れまっか?。

現政権にお世話になってる少数の方以外は、どんなジャンル・業務に携わってようとプロテストソングの1つ位は演らなかったら仕舞いやで。
だば現況高騰のからくりから簡単に説明するが、一言で言や売り手の余裕が底触したからだ。

実は杜撰大王ボロアパートの大家でもあるんだが、現時点では全く家賃を値上げ出来なくて困窮しとん。
借り手の給与が上がってないのに値上げすりゃ、退室されるだけだかんね。

正直これだけ世の中全てが値上げしてんだからこっちもあやかって罪にはならん筈だが、1月でもブランクが生じりゃ全体の収入減になるしねえ。
これはどんな業種でも既得権益や中抜きと無縁だったらご同様で、強いて批判覚悟でやれるとしたら独占的大手企業だけだろう。

つまり殆ど誰でも本業給与が足りるだけ増えたりしないんで、趣味系の中古なんかを売る時は強気価格設定を試みざるを得ないのよ。
今時珍しく儲かってる奴とか一刻も待てない奴が、何とか引っ掛かってくれないかってな。

ほんでそう云う事情があると次の様な捻じれ現象が起こり、例えば1995年に買った当時は¥15万だったのが一般中古の癖に¥30万なんて具合にね。
普通に考えたら一般中古って新品買値の半額位が基本なんだが、新品が特に輸入品は2~4倍にもなってるもんだからさ。

買値の半額じゃなくて新品の半額なんて事になってて、本来だったら間違い無くボッタくり認定だ。
だが実際売り手の厳しい懐事情からしたら、何処か可能な処で増収策を取らないとやってけないからねえ。

となれば納期不定でノルマの無い中古販売は、言葉は悪いが最も吹っ掛け易い案件なんだよ。
仕事でどうしても必要なんて人は恐らく1%に満たない場合が殆どだろうから、言い値が嫌なら買わない自由が一応相手にはある訳で。

その結果一見政治とは縁の無さそうな弱小程、実際にはモロに煽りを食わされてんだ。
こう迄されてて俺が信じられないのは、過激なジャンルを演ってる連中でも大人しくしてる処。

そりゃ何処ぞの大手所属アイドルとかだったら怪しい素振りが見えたら一発退場の危惧があるが、元々反体制側で普段世の中に文句付けるのに黙し続けるだなんて…。
そんなアンタは悪いフリして実はイエス・キリストかよ、ってさしものキリストも教会の参道で無許可屋台営業してたのには怒って蹴散らしてるで。

本当に心配なのは怒る怒らないのその先であらゆる感覚(感性)が、無自覚・無関心にしてる内いびつに歪んでっちまう事だ。
最近匿名投稿の暴言・暴論がもう滅茶苦茶な様相と化してるが、無理に我慢を強いられたストレスをぶつけてる人が相当数居るんじゃね?。

=つづく=

2024年2月22日 (木)

音楽備忘録1651 ドラム「手足一緒私論」②

この私論従兄との奏法技術交流に必要になって始まったが、自分内でも苦手の手の改善に少しはヒントになってんだ。
誰にでも即効性があるもんじゃなさそうな発想だけど、パニックに陥って困窮しない限り思考の視野を広げるには有効手段の1つなんじゃないかな。

そこで範囲を一気に広げて考察してみると、異なる楽器同士の間にある程度相対応したのがあるですよ。
Guitar系のハンドミュートなら古いJazzでは本当にHi-Hatを手で抑えるのなんかもあったけど、そこ迄しなくても大略3種類あるよね。

所謂Closed・Half Open・Openに対し、強ミュート・弱ミュート・ハンドミュート無しって按配にさ。
因みにここで強としてるのは例えば音程感や余韻を最小にした様なので、弱は音色だけ少しマイルドにさせた様なヤツ。

これが生ピになるとGrandでは弱める方が減るが、打弦される本数を減らすシフトペダルとかアップライトならマフラーペダルがある。
後者は人間の手こそ使わんが、代わりにハンマーフェルトと弦の間に追加フェルトが入ってアタックを弱める仕組みになっている。

楽器種次第じゃそんなの採用不可のもあるが、「同じフレーズを違う楽器で奏でる」際などに重宝するんだ。
インプロビゼーションで最も素人に分かり易いのがこれで、誰かが提示したプチメロをアンサンブルで共有してるのが楽しめる。

わ遊びの範疇かも知れんが、曲全体で強弱を表現するのに音量でしか出来ないと何かと不便でね。
ポピュラー音楽みたいにあまり音量が大胆に上下しては不都合なのだってあって、その際は音色変化に強弱を担わせるのにトーンバリエーションが最低3つ位は欲しいべさ。

この件電気楽器奏者には結構重要で、生楽器程音量大小の範囲が広くないかんね。
初期の電子楽器みたいにタッチレスポンス無し(つまり鍵盤では音量を全く変えられない)程じゃないが、Fuzzを充分掛けてて楽器ボリウムを弄る暇が無い際は他の手段しか選べない。

と来てドラムへ戻ると近年は今劣化本邦の例えばHi-HatのClose・Openが、ほぼ極端な2択化してるのなんかがオッサンはとっても障るぞ。
確かに活字表示では大凡どっちかに分類してるが、実際にはCloseでもガチガチに踏んだのからゆるゆるの迄無限のバリエーションがあるし比較的簡単に誰でも出来るんだけどなぁ。

それも打込みじゃないからその場その時の、気分・雰囲気次第で相当自由が与えられてるんだけどねえ。
Hi-Hatの「閉じ具合」1つでフォーマル版とお祭り版の演出も可能で、20世紀中はジャンル不問で誰もが当たり前の様に活用してたんだがね。(段々不機嫌になって来た?)

いや別にポリシーとかスタイル都合で固定してるんなら注文は付けないけど、エレキGuitarだったらハンドミュートが出来ない奴に果たして誰も文句は言わないで居られるのかな。
普段滅多に要求されない・使わないだったら上手くは無いにしても、こんなのが障害になってドラムが叩けるのに擬きですら非専門ジャンルのは一切演れないとかなったらそりゃおかしいって。

-続々-

2024年2月20日 (火)

音楽備忘録1649 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➓

パートⅡの最後を飾るのは、培って来た個人感性の上手な処遇の仕方ざます。
人間は容易に勘違いもするけれど、だからって独自の感性を自らゆがめるのはお止しなせー。

誰かと見解の相違が発生した際、その過半数は認定と表現違いが原因なんだ。
これは食べ物の味が一番分かり易そうだが、絶妙に美味しいのって大抵は各要素が複雑に絡んでるよね。

甘さが際立つ印象が客観視したら塩味の方が強いだとか、そのどっちを先に取り上げて語るか次第で言葉は正反対に近くさえなる。
身内で共通認識を持ちたい時は条件設定を明確にして、時間を掛けて整合性を見出さねばならない。

が特にそんなニーズの無い殆どの場合は、○君のは○語・□さんのは□語なんて風に捉えた方が手っ取り早いん。
或はもっと範囲を拡大して、○国文化・□地域文化ではそう云う解釈になるなんて仮定をしてみたり。(自論の正当化に悪用しちゃあきまへんで)

その真相可能性として前々回リッケンベースがデカいと言った人、もしかしたらその人だと体の何処かが支障してたのかも知れないんだ。
それか既体験のは軽目のばかりで、リッ君の割と角ばってて少し重いのが堪えたのかも知れない。

俺は筋肉マンの方だからあまり食い込みは気にならないが、もっと体表が柔らかかったら角が当たると痛そうだ。
この面で万能プロデューサを目指すなら、俺言い「感性の翻訳力」が必要だしモノを言うんすわ。

↑例の様に100人中99人が不細工っつうのを、ある誰かが見たら最高の美形って事は水面下では案外頻繁に起きてる筈だ。
のがちっとも表に出て来ないのは同調圧力大国だからで、独自性を最高と考えるフランス等なんかじゃ寧ろ必死に探して語ろうとしてんじゃないかな。

但しどちらの両極でも求められて無いのに発揮したら、唯の迷惑か我儘なのは一緒。
この点寧ろ今劣化本邦の泥酔者等、特に白昼だったらEU圏なら即逮捕・連行される。

つまり自説を他人に強要しないのなら、心でどう感じてどう思ってても何も問題は無いのだよ。
寧ろ自分は常識的だから大きな問題は無い等と浅はかに考えるのこそ害で、酔っぱらえば無礼講が大抵は許されると思ってるのなんか酷い勘違いだ。

しかし同じ勘違いでも個人で勝手に思い込んでて、他人に一切害を及ぼさないなら後は羞恥心だけの問題だ。
実は勘違いにも少しは効能があって、創作の分野ではそれで盗作疑惑から逃れられる事だってあるのだ。

馬鹿と鋏は使いようの一種で、手前味噌ではSnareのゴーストノートを間違えてバスドラの3連打と思い込んでたのなんかがさ。
スピキンに慣れる迄そんなイカレたのは実現こそしなかったが、結果的に3連打の使い方の源になってるんだよ。

してこんな柔か頭に一役買ってくれるのが、本物に触れた経験なんだ。
ほら「想像の斜め上を行ってた」なんて語句があるじゃん、その「上」次第じゃ程度差っつうより次元が違ったって方がマッチしたりするっしょ。

一口に良い・凄いと言ってもその内容は様々だし、本物は大抵何処か予測不能箇所に余力を持ってたりもするんだ。
世界観が広がる・刷新される等、実利以上に思考の範囲拡大が最も重要なんすよ。

-続-

2024年2月16日 (金)

音楽備忘録1645 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➒

百聞は一見に如かずって言葉は今も死んじゃいないが、杜撰大王自身段々と自分から見分しに行く足は遠のいている。
学生時代迄と違って年々どんどんニッチな仕事になってってんで、ついでに寄るってのが困難になっちゃったんだ。

しかし探索の門は依然として全開のままで、そんな意識を持ってると感覚の鈍化を多少なりとも防げるんだ。
従兄宅での100年Snareの一件では見事に計られてしまったが、それもこっちの行動予測が明確だったからだろう。

俺が叩く方のDrumsetに無造作にセットされてて、最初は又何か変なのが置いてあるなとしか思わなかった。
どれどれと叩いた瞬間に何だか楽で具合が良いだけは即座に分かったが、名前は2の次で普段から感性重視になってるからだろう。

本当の真価を知ったのはその日後で正体を明かされてから、2回目の訪問時だった。
もしかしたら初回の反応が従兄に物足りなかったのか、深胴じゃないのに大胆にピッチを下げてあったんだ。

そして出て来た音が、杜撰大王が人生で初めて深胴じゃなくても良いやと思う程のものだったん。
具体的には中低域が、今迄体験したどんなSnareより芳醇だったのよ。

で俄然興味が沸騰した処で値段を訊いて他人事となるオチが付いたが、知識としてはあの世迄持って行く事にしましたわ。
実は今迄に入手出来た本物も、貧には当然乍らすぐにゲット出来たのは殆ど無いんだよ。

何気ない日常ですれ違った絶世の美女と、忘れた頃になって何かの縁で同席した際に猛アタックしたみたいなのに近いんだ。
今Ludwig 3ply ReinforcementとSpeedking常用の伏線として、杜撰大王版ドラム三つ子の魂百迄となる体験が遠い遠い昔にあったんだ。

正に中二病の真っただ中の頃に、友人宅で弄らせて貰った最初のDrumsetがそれだったんよ。
自分で叩くのは全くのお初だから、その時点では予習ゼロにつき感性だけの想い出だ。

だからそんなに詳細には分からなきゃ覚えても居なく、写真等で見てて好きそうな音なのが当りだったのと稀に上手くぶてるとRingoみたいな音が出るんだな程度だったよ。
その後ずっと経って他のどれもであまり似た様な音が出ないなってのと、今一痛快じゃないなっつうのが十数年続いた。

が獲得チャンスが巡って来た際先ず安かったからが主因にしても、そんな古くて大丈夫かの自問に↑体験から何とかなるだろうと答えを出したんだ。
でⅡで真価を理解したのはセットで常用15年後、ペダルでは5年後だったんだ。

要はそこ迄を理解出来る奏力がまだ無かったらしく、ほぼ同じ物なんだから人の方さえ頑張ってスキルアップすりゃ似た様な音が出る筈と思ってずうっと暗中模索を続けてたんだ。
これを他人目線では所謂「勘が良いね」と思って貰えると嬉しいが、その根底には恐らく感覚体験を風化させなかったからだと思うんだ。

でも特段注意をしてたでもなく、唯理屈で駆逐せず存置しといただけなんだ。
確定する迄途中経過では数多の俺言い「屁理屈攻撃」を内外共に喰らったが、そうかなぁ何か違うんじゃないかなぁそんな音じゃなかったけどなあってのをね。

-続-

2024年2月12日 (月)

音楽備忘録1641 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➑

続いては基準たり得るブランドか、若しくはそれに準ずるのでも内包してる弱点行っときま。
但しその弱点の殆どは、モデルタイプ固有の事情に依ってるんだ。

最初は簡単に予測が付きそうなのから軽く噛ましとくと、弦楽器でブリッジ溝の浅いのは激しいプレイにゃ向いてない。
これはブリッジ以降の弦の角度とも関係してて、物に依っちゃそれがナット側ですら稀に逸脱が起きるのもあった。

全体的な傾向は見た目通りだったが、実際に試奏してみると結構程度の開きはあったで。
杜撰大王の場合色々試奏後に気付いたのが第3の要素、弦の太さや張力だ。

普通に弾いてる分にはこの差は現れ難いのに、一定以上激しくするとセーフとアウトに結構ハッキリ分かれるん。
Fender系で古典テレキャスはブリッジ駒が溝無しのでも平気なのに、プレべ・ジャズベでは溝が浅いと予想外に外れ易かった。

Rickenbackerでは真逆傾向があり、4000シリーズBassでは今迄唯の一度もどんなにワイルドに演っても外れた試しが無い。
その一因はスケールとテンション差にあって、同一ゲージだとリッ君はF君より少しヘビーで大変だ。😅

但しプチ余談で日本で世間的にはF君よりR君の方が大柄イメージがあるみたいで、チビの俺がそんなの常用するのに否定的な意見すら昔はあった。
だが実際にはネックは細く・ボディも薄く、スケール(弦長)もたった½inchだがR君の方がコンパクトなんよ。

日本語カタログにスケール数値が記載される様になったのが、一寸遅くなってからだったのも誤解の一因になってるかも知れんね。
流石に36inchになると苦しそうだが、伊達にベテランやってないから今は30位~35inch程度迄はどれでもそんなに滞りなく扱えてる。

エレキGuitarって以前は大抵俗称Fenderスケール(25½inch)とGibsonrスケール(24¾inch)のどっちかと思ってたっけ、この2大ブランドですら結構例外が沢山ありやんの。
コレ興味ある全モデルのスペックを事前学習出来たら別だが、それだってカタログより現物に先に遭遇したら無効化すんねん。

又近年はコンピュータや機械力等を駆使して仕上がり寸法が均一化傾向にあるが、それでも実際に握ってみるとかなり俺言い「握り径」は様々だったよ。
それがグリップシェイプ次第で随分印象が異なったりして、受注生産の以外はやはり現物に触れてみないと詳細は良く分からんよ。

そんな具合で現行品はビンテージよりゃ手に取らなきゃ不明な点は少ないが、熟練職人の感覚で微妙に仕上られた状態等はどんなにネットが発達しようと全貌把握は出来ねんだ。
制作側の意識としては例えば仕上げに使用したサンドペーパーの番数とか、沢山作れば全部は一々覚えてられまへん。

ってのも俺言い「感覚上のスペック」の方を物理的数値より優先しないと、妙な感触の楽器が出来上がったりしちまうからねえ。
過去述重複だが杜撰大王が最も印象に残ってるのは、当時はレジェンド認定前だった’50年代後半製のStratoとLes Paulだ。

訊いてた以上に音が元気で弾き易く、何より断然軽かったんだよ。
実測しなかったから全重量はどの程度軽いか分からんが、少なくとも持った時のバランスが未体験ゾーンだったのは間違いないよ。

-続々々々-

2024年2月 9日 (金)

音楽備忘録1638 行き過ぎた自作自演➎

今度はコピーとカバーでの功罪について論じてくとして、その最大差は頭をどれ位使うだ。
何言ってんのコピーだって難曲だったら分析に四苦八苦…そりゃそうだが、その殆どは受け身に過ぎないのよ。

それがオリジナリティ構築にどう影響するかったら、スピリットより形態模写になり易いん。
コピーならなるべくモノホンクリソツなのが目指す先だが、楽器その他も完璧に同じのを揃えた処で奏者が別人なのはどうしようもない。

折角苦労して同じ様に奏でても他人が見れば容姿等の差異のせいで、音の印象も少し釣られて違った印象になったりするん。
ではどうゆうのが最高級かってばオリジナルとは「殆ど全てが違ってる」のに、印象が「正にあの感じ」になる事なんじゃないかな。

要は外国語の翻訳の要領と近似で、状況次第で意訳が必要になるって事。
個別フレーズを単語に見立てると元ので頻発するのの中に、普段自分では全く使わないのなんかがあったりすらぁね。

それは差し詰めこっちの言語には存在しない単語同然だから、急に無理して演った処で手慣れた感じは到底出せない。
ので学習目的での完全トレースは別として、別人コピー奏者が演って同等印象になるのを選択すべきなのよ。

演奏ヲタには完全トレースが称賛されるが、それ以外の膨大な一般聴者には印象の同一性が全てなんすわ。
純粋な好きなだけの人ってフレーズ全把握なんかより、「印象の全把握」の方が多いし大切やんか。

そうしとかないと好きなレジェンドのでも、新曲に敏感に反応・察知する事が出来なくなるからねえ。
奴等は顧客を飽きさせない為に、いい意味で裏切って来たりするからさ。

その一部に普段の癖の完全封印があり、過去に奏でたフレーズは一切不使用にしたりする。
けどどんなにそうしたって音色かタッチか盛り上げ方か、何処かにその人の志向がかいま洩れるもんだ。

この志向は指向や思考にも深く関係してるから、侍や職人の世界で言えば「流儀」に精通するのこそ登り詰められる唯一の道なんだ。
そのポイントを獲得し易いのはコピーよりカバーの方で、わざとじゃない限り悲しい曲なら悲しさだけは残すじゃん。

これを言い換えるなら「曲を学ぶ」で、曲の理解度が低いままだと幾ら超絶な演奏をしても唯のナルシス君認定されて盛りを過ぎると散るんだよ。
演奏以外一切しませんと宣言した処で、結局は曲を理解する程度の「曲に対するセンス」は必須なんざます。

奏者専業でも本当のレジェンドならそれが作曲にも実際現れてて、数こそ少なくても皆無って奴はとっても少ないから調べてみそ。
まあコピーとカバーの境界なんてあって無い様なもんで、強いて挙げるなら誰かがオリジナルと全然違うのを奏でてもそのまま合奏を続行可能なのがカバーかな。

前述の通り今劣化本邦のカバー忌避は全く下らん理由に基づいてるんで、そんな幼稚な商業施策なんかに惑わされたら一生の不覚でんがな。
少なくとも悪辣プロデューサの感知が及ばん処で、こっそりやっちまえば良いのさ。

=終わり=

より以前の記事一覧

フォト
2024年3月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ