奏法

2022年1月18日 (火)

音楽備忘録887 RockのスタンダードⅡ➐

今日は一応「歌物Rock」に絞っとくが、Snare音色とバスドラのフレーズについてだ。
元は個人の趣味性から気になり出した本件だが、近年本邦でその利点迄軽視され過ぎてるのに抗いたくなっての投稿だす。

俺言い「無為なドンパン節」(つまり意図してそれが成立してるのは除く)だと音色アピール位しか余地が無くなるから、Snareを中心により目立たせたいって心理が働いても仕方無かろう。
単に流行りだとかそんな程度の事かも知んないがそんなんするより前に、RockとJazzやClassicとの違いを気にして欲しいんだ。

それは奏でられる音量とか強さの割合で、Snareって弱く鳴らせば響線(スナッピー)主体の音になるのは今昔やジャンルの影響と無関係だ。
なのでフルストローク頻度が低ければどんなに派手な音色設定をしといたって、実際に悪目立ちする部分は限定的になるだす。

ってのの裏を返しゃ歌物でバンバン沢山フルで叩くなら、目立たせ過ぎはお邪魔虫となり兼ねないのをもっと考えなきゃね。
一方でこれが第2のポイントになるが、ほぼどんな歌とでも音域の全く違うバスドラならもっと沢山鳴らしたって↑の心配は僅少だ。

これに着目した最初が個人的にはRingo氏辺りと感じられ、それ迄の「小細工するなら手が中心」から脱却したのもRock固有の特徴じゃないかと思ってんだ。
Beatlesはシンプルとずっと思ってて間違いでは無かったけど、後になってメジャーデビュー寸前の音源が聴けた時かなり違和感を覚えた。

少なくとも当時のポピュラー系としては音数は多くアンサンブルも複雑で、それを直後のLove Me Doでは極限迄単純化させてたんだね。
どうやら「盛り過ぎて失敗」かと自己反省でもしたらしく、若造の想い付きによる安直な盛りへ一遍リセット掛けたんだな。

誰だって何かやっと出来る様になったら早速使いたくなるもんで、成長期にはどんな分野でも起こりがちな現象ですわ。
処でバスドラだって音量的にはアンサンブル内で最大になってんのが多いんだから、下手に乱打すりゃ邪魔になるんじゃって疑問にお答えしときますね。

確かに曲やフレーズと合致させてなかったらその懸念はビンゴだが、他ジャンル比だとRockだったら最もそうなり難い背景ってのがあるんすよ。
それは伴奏の音域が低い方へ偏寄してる処で、低音域だからこそ少々乱暴にガンガン鳴らしてても何とか人が堪えられるんだす。

音のエネルギー量は音程の低いの程大きいんで「運動会の次の日の筋肉痛」みたいな疲労感は拭えんが、黒板やガラスを擦った「キ~」みたいに一瞬たりとも我慢してらんないのとは質が違うでしょ。
より聴者への低負荷が求められるPops等よりゃこの許容値が高く取れるのからすると、差し詰めハロウィンの日は普段より変態扱いされずに済むコスプレイヤみたいなもんなのよ。

まあだからって素質的に足より手が得意なのを無理に曲げたりゃせんでええけど、それならせめて手が悪目立ちしない様な配慮位はしといて欲しいんよ。
それと内容は次回へ譲るけど録音の仕方とも密接な関係があって、On Mic収録って現場人耳平均より余韻が長く大きく録れちゃうもんだかんね。

バスドラだってノーミュートでオープン踏みがデフォのジャンルだったら、やたらドカドカしたら訳分んなくなるけどさ。
とどのつまりは単にバランスの問題ってだけなんだがね。

<つづく>

2022年1月 2日 (日)

音楽備忘録871 RockのスタンダードⅡ➌

Bassらしさにシンプルさだけを求めてる人には理解し辛いかもだが、BassでRockらしさを追及するとそんなのとは若干毛色が違うと思うんだ。
コレ単体パートでなくアンサンブル全体で捉えると俄然ハッキリして来るもんで、他パートにだってRockらしさの為には極力シンプルなのが望まれたりするけどねえ。

って事ってRock Bassのネタ元として指弾きは今一お勧めじゃ無いが、その好例にも触れとこう。
少々クドくも不向きの訳を念の為再掲しとくとバカみたいに単純だが、他のジャンルのの方が指だともっと弾き易いからだ。

指弾きに限定するとどうしてもRock固有のフレーズや表現の比率が下がり、最悪勘違いして安易に取り入れたらRockから遠のいたりする事もあるからだ。
それは兎も角指については汎用性の高いのだとBill Wyman辺りが相応しく、BassらしさとRockらしさを共存させてる部分では嚆矢かも知れない。

ライバルのMcCartney氏と比べると、メロとして目立つ様なラインはそんなに使っていない。
だがかと言って他のどんなジャンルでも行ける様なのにはしてなくて、もしかしたらそこが当時の米のRock系のBassistと最も異なっていて力になってたのかな。

現に彼が抜けて以降のサウンドは以前よりありきたりに成り下がっちまってて、まあ多少は聴き手次第なんだだろうけど俺にはBand自体への興味すらパッタリ途絶えちゃったわ。
米のグループと比べるとGuitarが出しゃばり過ぎないStonesだから可能だったとも思え、だからこそBassの担う要素が減った今のに物足りなさを禁じ得ないんだ。

先ず曲を次にせいぜい歌を不動の主役に据えとこうとすると、幾らRockの象徴たるエレキGuitarだって出過ぎた真似はしない方がカッコイイ。
私的にはこの弊害のせいでVan Halen辺りは曲の良さの一般理解が今一とも感じられ、あんな風に弾けさえすりゃ同等に売れると勘違いした連中を未だ生産してる様だ。

そもそもアンサンブルはシンプルになる程「1音の責任」は重くなるが、そうなると「普通のに何か足して」各曲の個性を演出するのは困難になるのよ。
スーツの色や柄を変えるとかツーピースかスリーピースかみたいな細かいんじゃ駄目で、Tシャツジーンズか水着か果ては素っ裸😅か位根本レベルの違いが無いとさ。

それには「常識に縛られ過ぎる」のが最も障害となるんで、時に普通のBassに詳しいのが仇にもなるんすよ。
一々考えなくても行ける方法を知ってるとそれでマイナスが無かったら、わざわざそこへ手を入れようとは思わん人の方が普通は多いっしょ?。

その点Bill WymanはStones初期にはピック弾きが多く、後半には何と親指弾きが多いと弾き方からして柔軟性に富んでいる。
因みに俺知りでは日本じゃいかりや長介氏を除き(失礼:実力を遺憾なく発揮出来る曲にあまり恵まれて無かっただけっぽいが…)親指弾きは少数派だが、米ではThe Marshall Tucker BandのTommy Caldwellは親指オンリーでWyman氏同様Bassらしさと個性が共存してる上に結構攻めた演奏を繰り広げてたね。

Marshall Tuckerでは彼の兄のGuitarのToy Caldwellも基本は親指のみと個性的だが、Country系出身だからかそんなでも恐ろしく速く音数も多目だ。
普通なら他人のをそのままは失敬は出来ないし何かと弾くのが楽じゃ無いから最低限になり易いもんだが、肉体的訓練も要るにしても先ず頭を使わなければならなくなるのが却って良かったのかな。

窮鼠猫を噛むじゃ無いが楽じゃ無いからこそ熟考せざるを得ないのが、フレージングの練度の深さに繋がってる気もするんだ。
必要とあらば畳掛けたりもするけれど、どちらでも良い際に余計な音は鳴らしたく無くなりそうだからさ。

この辺はDrumでもCharlie WattsのSnare Backbeat時のHat抜き等と同様、ベーシックの段階から考え抜いてるんだよね。
因みにⅡで俺は草臥れるから普段親指オンリー弾きはしないけど、するとどんな違いがあるかはそこそこ試して把握してるよ。

ピックではオルタネイト・普通の2本指ではどっちの指かで、かなり追及しても微妙な音色差は残りがち。
なのが「純粋なシングルストローク」では各段にそれが起き難いんで、奏でるのには不利でも音的にそれ以上の利点があるのは知っといた方が良いんじゃないの。

<つづく>

2021年12月19日 (日)

音楽備忘録857 Rockのスタンダード⓴

大変長らくお待たせで漸く曲例示へ進めるが、スマンが今回はあまりダイレクトには出来ねえや。
それは露骨な程飛び抜けてるのが見当たらないのと、時代や使用楽器タイプ・弦等の関係も深いからなんだ。

このオッサン体験に依りますと当時は体格・体力の影響もあったにしても、初心者だった1970年代末には「はじくのが楽々なBass弦」なんて幾らも無かったんだ。
手触り(厳密には指先とかだが)の硬軟がフラットワウンドとラウンドワウンドでは大違いで、表層にナイロンテープを巻いた黒いのとか以外は弦ってよりゃ棒の方が近いかってな印象だった。

物理的には全体的張力とか柔軟性にそんなに差は無い筈なんだが、狭い範囲での柔らかさには大きな違いがある。
ラウンドでは点接触の巻線がフラットでは面接触になるんで、狭い範囲で曲げようとすると巻線の抵抗が凄いんだ。

今の一般感覚で硬目ピックの方が安定させ易く速弾きが楽なのも弦に柔らかさがあっての事で、ピックも弦もカチンコチンだったら「弾き抜く」(ピックや指先が弦から離れる瞬間)のがとても困難になるですよ。
慣れりゃ大した事じゃないけれど相手(弦)は一切道を譲らんので、こっちでかわすなり避けるなりしないと必ずぶつかる(はじけさせられない)ですな。

指の場合は入れる力加減で柔軟性を加減可能だがピックではつまむ力でしかそれが出来んので、全く撓らん様なのだと弾き難くてしゃーなくなるだす。
それもあって自ずと撓るピックのほうが主流を占めてて、結果的に「はじけ感」は今より良くなり易かったんだ。

弦に加えて音色の流行からも今より遥かに低域中心だと、明瞭度はおろか「これは弦バスなんです」って表明させるには「はじけ感」が希薄では「何の低音」なのかすら曖昧になっちまう。
そういう根本的な部分に問題があったんで、日本のチープな歌謡曲とかコマソン如きですらエレキBassの音色としてはローエンドを除けば😅かつてのの方が高品位だったんだ。

Bassなのに中域オンリーで高品位ってのもおかしいんだけど、Organの足鍵のとかウッドBassのじゃ無いのを主張するには大事だったかんね。
これ楽曲内だと鍵盤やGuitarとか他があんまし基本Beatを刻んで無くて、Bassだけが担ってる様なのだと曲自体の死活問題になっとるんやで。

Rock系の主流のでは口言い「ジャンジャンジャン」は基本で御座居ますから、万一これが「モーモーモー」とか「ヌーヌーヌー」になっちまったら一巻の終りでごんす。
Staccatoに出来る曲とか根性で貫ける奏者だったら、無音部で得られる隙間で刻み表現は出来っけどよ。

王道の指のアポヤンド奏法だと寧ろ完璧なLegatoにするのが難しい位だから未だしも、1音毎に全部ピックストップ(ピックを押し当てて弦振動をミュート)するのって滅法疲れるでぇ。
俺はアホだから今でも時々大汗かきかきバカ丸出しも厭わんけど、それだってあの長~い弦のミュート率は両手を100%以上駆使して漸く実用に足りるかどうかってなもんだ。

等と「はじけ感」が足りないと色々不便且つ支障が出るんで、「はじけ感」の好サンプルとなると近年の作品より単に昔のを聴いてみちゃった方が手っ取り早いんよ。
更に付記してくとこの件弦楽器のピックのみならず、楽器本体の硬さや音響的安定度もかなり影響がありまんねん。

机上の理想論からしたら安定してる方が良さげだが、適度に出鱈目で曖昧じゃ無いとオーディオとしては良くても楽器としては駄目なんだ。
サスティーンが良過ぎる楽器って諸事情から実使用下では、アタック音と余韻の区別が足りなくなったりしちまうん。

なのでザックリし過ぎな具体例の旧作にしても、アップテンポ目のとかリズミカルな曲が中心とお考え下され。
それと好きな方にはスマンがGS(グループサウンズ)は、選べてピック弾きにしたんじゃないのが多目なんで一部を除き非推奨。

日本のなら’60年代~’70年代中盤にかけての子供や若者をターゲットにした、TV番組の主題歌(曲)みたいなのに好例が多い。
その当時職人音楽家はJazzから流れて来た腕利きさんが主流を占めてて、元は非専門だったのを少しでもそれらしくしたりしようとして奏法選択でも意図的に工夫したりしてたからね。

基本音色の傾向が今とはかなり違うんで直輸入は不可だが、音環境が厳しくてもどれだけ効果的なのかは却って分かり易いと思うなぁ。
今よりLo-Fiだった他に歌大きく伴奏小さく、更にDrumやBassは日陰者!?の癖に喧しいからより小さ目になんてMixのが主流だったしさ。

<つづく>

2021年12月15日 (水)

音楽備忘録853 纏めて録るかバラして録るか?⑥

今度は今迄とは逆アプローチの音の交通整理みいなのに触れてくが、トラック数の制約から半ば開放された今日では最大の課題かも知れない。
どんなに平均音圧を上げといてもLiveの熱気みたいなのは純粋なスタジオ録音ではあまり期待出来んが、だからって近年本邦J-POP等を中心に数が一寸多過ぎてる気もすんだよね。

その中でも最も気になるのが「出しっ放し」になってるヤツで、尚且つ伴奏としての有効性の低いヤツだ。
寝る時だって彼氏の前では恥ずかしいから絶対化粧落としません的心情自体は理解も出来るけど、それでもリアル世界では服はパジャマとかにチェンジしてるからねえ。

これが録音作品となると服の部分が無い様なもんになるんで、顔だけで全てを表現しなきゃなんないみたいに考えとくんなまし。
眼前のリアル彼女だったら例えば後ろ姿を見るのも可能だが、一般的録音作品で聴く時点で変えられるとしたらせいぜい左右の片方だけとか入れ替え位が関の山。

前後を入替えるのすら出来ねんだから、録って混ぜる段階でその様な要素も盛込んどく必要があるある。
Liveですらソロの時だけ音量を上げて送出したりするのも、聴き手各自でバランスを弄ったり出来んのの最低保証みたいなもんなのよ。

この件コンセプト次第で「どの程度どんな隙間を許容出来るか」に変動はあるが、その逆に「どの程度の混雑迄なら許されるか」って方にあまりにも疎くなり過ぎてんだよ。
 第1の疑問:ひたすら賑やかにしたいなら何故そんな小編成のままで居るのか
 第2の疑問:盛り込む要素数の増加だけでホントに華やかになるのか
 第3の疑問:単にアンサンブルを複雑化させれば本当に隙間を撲滅出来るのか

って↑の正解はとっくの昔に実例が示されてて、Classicのオケの時点でもうどうするとどうなるかが判明してるんだけどねえ。
RockやPops等の小編成でサウンドをゴージャス化させた初期は外注だったが、その後楽器の発展等で小人数でも音数を増やせる様にはなった。

但しまだその時点では現代の打込みみたいに自由になった訳じゃ無く、飽く迄「たった4人にしては」とかその程度の限度があったんだ。
録音の方でも分離度の低さとトラック数の制約があったんで、要は目一杯考えずに追加した処で交通整理の必要性が生じる程の音数になんてならなかっただけなのよ。

過去体験から一端を紹介すると「鐘の音」みたいなのを入れたくなった際、機器が普及レベルアナログオンリーだった頃は実に苦戦させられたんだ。
順を追ってくと先ず音源が実物一択で、アナログシンセでは金属系倍音の豊富なのが作れなかった。

するともう1つハードルが増えるんだが現物の収録が中々困難で、不要背景雑音の回避位で精一杯に大抵はなった。
でそんなクウォリティの音源しか獲得出来んとなると、アンサンブルへ加えるのを極力最終段階近くへ持ってかないと音が変わって駄目。(それですら相当の劣化は覚悟の上で!
)

するとⅡで何とかして最後に追加で構わない様な編曲やトラック割りにしとかなきゃで、失敗したけどどうしてもとなりゃ最悪時は全部最初から録り直すしか無くなるある。
そんな状況に頻繁に晒されてりゃ幾ら感性主導で行くんだったって、全く後先考えずに重ねてくなんておっかなくて出来ねんだ。

なので過去名作のインタビューとかで「気分で」とか「その場の思い付きで」とか語られてても、その内実は今みたいなボタン1つ押しただけで「純粋に追加」なんてのは不可能だったんすよ。
必然的にしてただけで一々「頭を使った」って意識が無いから、幾ら訊き直しても言葉に表れて来なかっただけなのよ。

<つづく>

2021年12月14日 (火)

音楽備忘録852 Rockのスタンダード⓳

にしても何時にも増しての大脱線且つ遠回りは詫びねばならぬが、この様な要素に基づいてのサンプル選出が今迄無さそうだったので悪しからず。
前回の続きの前に本邦だけのRockの停滞を感じてるのと、その脱却を願ってる件に触れさせとくれ。

有名無名問わず誰かが掲げたサンプルにだって価値があるのは重々承知のつもりだが、それ等だけで事足りてたなら何故日本だけどんどん音色がショボくなってってるのかって。
異論・反論をお持ちの方が居て不思議じゃ無いけれど、楽器や音響機器等道具面でのシェアって日本はかなり高い方なのにさ。

近年は愚政で国内生産を青息吐息にしちまってるが、例えば海外社のでも内部部品等に相変らず日本で開発した部品なんかが山盛りなんでがんす。
世界的大問題に発展した「タカタエアバッグ」のリコールのなんかでそれが分かり易いが、完成品の自動車にしたって売れる売れないに最早「作った国」なんてほぼ無関係になっとるやろ。

特にポピュラー系の場合ストンプのBOSS普及度なんかを考えりゃ、本国が最も供給が良いんだから妙な現象としか思えんのよ。
生ピにしたってYAMAHA・車にしたってトヨタのシェアからしたら、道具のせいで結果が芳しくない筈がない。

そんな処から本国を始めとして海外では超有名なのに、日本でだけサンプルにし損ね掛けてる曲は漏らさないようにしようと思ったんだ。
そこで何故変な違いが生まれたか分析した結果が、「音色や雰囲気への拘り」の差と弾き出されてんねん。

では俺言い「はじいた感」の続きと参るが、ピックを使う場合その平均的「硬さの推移」も大いに関係しとるんじゃ。
現代的な分厚く殆ど撓らないのだって、持ち手を柔軟にしとけばある程度は柔らかい音とかだって出せるがね。

良く撓るのと比べると弦に触れる時と離れる時の、角度の変り具合が全然違うんすよ。
楽に確実に安定した音を出す点ではピックが殆ど変形しない方が良いんだが、「如何にも弦をはじきました」って音色を出すにはかなり「撓って」くれないと駄目なんだ。

んでこの現象って歪ませない・弦が長く太い程影響が大きくって、それもあって今本邦ではアコギよりエレキのピックの方が厚手主流になってんだ。
慣れて来るとピックって現代的な奏法だと厚い方がどれでも楽なんだけど、アコギで分厚いナイロンのとか下手に使うとねぇ。

生音やMicで拾ってても程度差はそこそこあるが、まるでエレアコのをPAで出してるみたいになるですよ。
この件私的に世代事情でエピソードがあるんで訊いて貰いたいんだが、俺が初心者の頃って格安ピックは薄~ぅいのしか無かったんだ。

こちとらお嬢様フォークじゃねぇんだからも少し厚いのが欲しかったんだけど、背に腹は代えられんから暫くは我慢しとったですよ。
それが自由に選べる様になって来た頃、達人2名の常用ピックがどんなのか知っておったまげたんだ。

Edward Van HalenとCharが常用してたのがミディアムので、初心者向けフォークギターに付属してるのに近い様なのだなんて…。
前者は音程の半音下げ後者は当時頻用のがショートスケールな分弦は普通よりヤワにゃなってるが、それにしたって爆速でオルタネイトピッキングするのに一々撓られると凄く大変なのにさ。

当時Ritchie Blackmoreのべっ甲製ホームベース型のとかBrian Mayの6ペンス・コインが有名だったから、男性の大事な所みたく(失礼)硬い程良いんだなんて思い込んでたんだけどね。
けど後者のだと「はじいた感」が必要な時に具合が悪く、大したテクも無かったから考えを改めされられたんだ。

Bassの方でも安定度等では厚硬の方が優れてるが、「ピック弾きならではの音色」では結構撓ってくれないと駄目だったんだ。
普段どの辺を弾いてるかとか各自のスタイルとか次第ではあるけど、撓るので速く細かく弾ける人の方が真の演奏力は高いんだってのにも気付かされたよ。

<つづく>

2021年12月10日 (金)

音楽備忘録848 Rockのスタンダード⓲

お次は指のとなるべきだが参考例があまりに散漫過ぎるんで、敢えて「指の特殊なの」を出しとこう。
スタンダードの項で真逆なのって変だけど、その効果が極端なだけで他の全てのにも後で関って来るんでね。

’60年代後半以降のJohn Entwistle(The Who)がこの件の主役なんだが、彼の道具非依存部の先進性にももっと気付いて貰いたいんでそれを。
彼はスラップ以外は他人には不可能なの迄音色も奏法もかなり何でも演ってるが、その中で意外にも「唯の指弾き」(但し彼流独特なのではあるが)に最も個性があったんだ。

作品としてはWho’s Next以降Who Are You迄のが比較的分かり易いんだが、素人思考だとコンプでそんな風に聴こえただけと誤認し易い。
俺自身結構後年迄そんな風に勘違いしてたんだが、アタック音と余韻の組合せに注視するとコンプだけじゃどうにも無理だったんだ。

コンプの他一般的なスラップでもそうなんだが、俺言い「はじかれた感」を出そうとするとこの方法以外の殆どでは昔のSyntheで云う処のDecay部分の音量が下がり過ぎちまうんだ。(アタック音と余韻の中間部)
そうなるとパーカッシブさは満点だが音程感と太さが不足して、単体では低音が聴こえててもその量が少な目にしかならないんだ。

それだと他パートに頻繁にマスクされ、アンサンブルに入ると役割が果たし切れなくなるから困るのよ。
そこで比較的最近になってからなんだが何故Entwistle氏 のだけクリア出来てんのか研究してみると、外見的には指のストロークが大き目で力より勢いを利用してるんだけなんだが指の初動位置がどうも異なってるみたいなんだ。

俺の記憶だと一般的にはミュートも兼ねて連弾時以外は指先は弦にくっ付けててそのままはじくのが、弦から最も遠くなる位置から振った指先が弦に勢いよく当たる。
これを物理的に解析すると弦に触れる時点では角度的にサムピングにかなり近く、弦から指が離れる際は一般的な指弾きに近いと角度が途中で変わってるんだ。

この類のって人間側としては1つの動作なんだけど、楽器や弦にとっては2つの動作になってるって事なんよ。
実はスラップでも当てるの自体は普通でも、親指の逃がし方や方向を変えて太さや音程感を温存する際は似た様な状況になってんだ。

Entwistle氏のよりゃ程度が軽いが、Larry Graham氏のサムピングでも当初摩訶不思議に思えた処があってね。
叩く迄はほぼ普通なんだけど、叩き終った後の親指の位置が何か変だったんだ。

普通はサムピングって間違って激熱のに触っちゃった時みたいにするのが、何故か叩いた隣の弦の上に指先が止まったままになってんのよ。
これって内容的に考察すると叩き終ると同時にはじいてるも同然で、はじいた感と音程感や太さを共存させるには不可欠だったんだ。

更に独自研究を進めてくと電磁Pickupでアタック感を最も得られるのは、弦とPUポールピース間の急激な距離変化が効果的なのが分かった。
電気楽器でも鍵盤系のは割とアタック音に不自由しないのはこの為で、殆どので発音体の動かされる向きがスラップと同様PUに対し垂直になってるじゃありませんか。

んで何故この種のアタック音に執着してるかったら、それがRock的音色にするのにかなり重要だからなんすよ。
フレーズがシンプルになる程音色の細部もより目立って来るし、フレーズ以外の魅力が足りないと音の面白味が不足しちまうだよ。

それがRockでもフレーズが複雑にテクが高度化して来る内に、蔑ろにされ過ぎたのが増えたみたいでね。
これを再認識するにはより音色や雰囲気が重視されてた名作に、逐次で触れとくのが助けになると思うし少なくとも俺自身はそれで救われてるんだ。

<つづく>

2021年12月 7日 (火)

音楽備忘録845 Rockのスタンダード⓱

では漸くで曲の方へ進めてくが、取敢えずはピック弾きでRock以外でやられたら迷惑そうなのから行っとこう。
いきにり迷惑そうだなんて又々だが、他で出来ないのこそ象徴的だって観点なんだ。

1.Junior’s Farm-Wings(奏者:Paul McCartney 1974年)
辛うじて「普通に弾いた」範囲に収まる中で最もパワフル・ワイルドと思われるのでの選出で、彼が「手首弾き」主体なお陰で強さの割に弦のフレット打付けが僅少なのが特徴だ。
更に音色自体もアタック倍音を目立たせて無いので、純粋に弦振幅を最大にしたらどんな風になるかとして最も分かり易いと思われる。

2.Silly Love Songs-Wings(奏者:Paul McCartney 1976年)
フレージングが嚆矢なのからの選出だが、加えてピックストップ(ミュート)と空ピックの両方も一度に堪能出来る。
基本的にDrum・Bass・Vocalだけで曲として成立しちゃってる上、Drumは在り来りな刻み・生ピはコードを添えてるだけだかんね。

音楽的意味合いからはBassがRockで何処迄主役になれるかってな処で、これ以前ではこの手のは大抵はGuitarリフで演られてただろう。
只Guitarだと歌の音域が近かったり被ったりもするんで、両方をここ迄尊重しつつ共存させるのに難しい面がある。

3.Highway Star-Deep Purple(奏者:Roger Glover 1971年)
表向きの選出理由は弦をフレットに頻繁に当てても音が一切細って無いのの例としてだが、私的には基本ラインがシンプルな中でどれ位動いたり色んな要素を盛込めるかのバイブルとなっている。
俺言い「弦のフレットぶち音」に関してはLiveの方が分かり易く、しかしみみっちい聴き方をすると普通のBassの音に「変な摩擦音」が付いてる様にも聴こえ兼ねない。

このフレットぶち…ってのが少々厄介な代物で単体時は雑音に近く、しかしアンサンブルに収まるとあった方が効果的な場合も少なくないんだなぁ。
露骨に音がフン詰まってりゃフレットぶってるのは分かり易いが、それだと細くなるしアンサンブル内では他パートのより目立つアタック音に負けてBassの入ってるのがうやむやになっちまう。

この曲で私的指摘点としてはBassの聴き取りが、Roger Glover本人に依るRemixのだけが優れてる処。
アンサンブルとしての効果は聴き取り差があっても大差無いからこそ、確実に拾えないと分析には不充分な気がする。

4.All Down The Line-Rolling Stones(奏者:Bill Wyman 1972年)
ここからピック拘りから一旦離れるがBassの♪(8分音符)連打でも、エレキでStaccatoにするとどれ位の効果があるかの例として選出してみた。
一編曲家としての立場からだとこの手ので最も有名なエレキGuitarのよりこっちの方が威力があるが、他パートから孤立した音域で刻まれるってのはかなり大きいよ。

その中でもっとテンポが速く更にシャッフルとかになって来ると、少なくとも私体験ではピック弾きじゃ無いと無理だったのを添えとこう。
そのネタ元としては3.と同じアルバムに入ってるLazyって曲の「歌のバック」のが凄く、「ダーカダーカ」みたく後ろだけ切りゃ良いなら指でも可能だが「ダッカダッカ」となるとね。

少し余談るが実はStaccatoってRockのリズムではとても重要素で、8Beatを強調→♪連打が多用されがちな中では貴重なバリエーションなのだ。
その歯切れの良し悪しが又モノを言い、奏力もだが常用される楽器の違いにも深い関係があるのよ。

音域の低い生楽器だと発音源をミュートしても大きなボディに響かせてるんで、それが終息するのにそこそこ時間が掛かっちまう。
故に高音域のだったらそんなじゃ無いが、BassみたいなのだとそれがウッドBassのかエレキやOrganやSyntheのかではかなり差があんねん。

弦長に極端な差が無い場合生楽器の方が余韻は短いんで一般用途ではさして問題にならんが、音のある処と無い処の白黒をハッキリ付けたいとなると電気楽器以降のじゃないと厳しい。
あまりにベタで王道な例示なんで先刻ご承知の人の方が多かろうが、単に知ってるのと「足りるだけ分かってる」は一緒じゃ無いんですぜ。

趣味的要素に関してはどっちでも構わんけど、曲表現のポイントは理解出来てないと応用が利きませんから。
近年本邦では王道って酷く失念気味に扱われてるが、Rockらしさに直結してる部分なんで俺は死ぬ迄妥協出来ないだろう。

<つづく>

2021年12月 2日 (木)

音楽備忘録840 魔修理の記憶⑫&エレキストラップの話しⅣ

今回で過去述俺言い「¥10ストラップ」の修理詳細と、ストラップの適性マトメで一旦ケリを付けませう。
経年と疲労劣化に依るピン⇔ベルト連結部の革が裂損し、代替品をこしらえたのは記したが…。

実は縁あって少しだけ革細工の道具と材料は手元にあるが、この用途に耐えられそうなのは無かったので残念でしたにした。
探して材料を買うとして近年は通販が主流だしヘビーな用途に充分なのは入手し難そうで、そもそも無予算だが現物確認が出来て頃合いのがあれば或はだったんだけどね。

布でも革でも近年のになる程どれもより小奇麗にはなった代わり、どうも弱体化した感じが拭えなくて。
最新自前例では伝統的な厚手生地のデニムパンツが、普及価格帯からお留守になって困窮しつつあったりとか。

普通なら肌に優しく軽い方が喜ばれるもんだが、こんなにゴリ脚だとヤワなのはどうも相性が悪くていけねんだ。
理解促進の為に誇大表現すりゃ俺にとっては今の皆が歓迎する様なのだと、薄いレースのカーテンを下半身に纏って大通りの真ん中を歩けみたいな体感になるんですわ。

それでか強度面に少し過敏になってるかもだが、加工の手間を思うと信頼に足りない材料にしたくなくてさ。
でガラクタ収納なんかに転用してた不要鞄なんかを漁って、裏が布張りになってる厚手の合皮(多分ビニール)が俎上に残ったんだ。

この段階では万一失敗しても損失¥0だが、珍しく原型ので使われてた大型リベットだけは新規購入しただす。
ってのも片側は連結部もベルトも金属棒の平たく薄く変形させたのへ折り返して繋がってたが、反対端は両者を3っつのリベットで結合させてあったのよ。

その状態の長さが偶然ベストだったんで基本構造は変えたくないとなると、直結側はベルトの元穴をそのまま使うのが耐久性としても得策となったんだ。
買ってから早40年弱・その時点でもうどう見ても全く新品では無い程古いんで、壊れて無くば余計な加工を加えるのは危険そうで。

してここ迄は一応イメージ通りに進んで、けどなるべく綺麗に切り抜くのは中々大変だったよ。
自分が扱った中では過去最高に厚かったし、けど巾広のお陰でR(曲線半径)が大き目な分で少し助かったッス。

そして原形と同じくピン穴付近で2重になる部分は、ゴム系ボンドでも貼り合せといた。
それで目出度く5年位は実用上無問題で使えてっけど、こないだ様子を見てみたらボンドで貼った部分の殆どは何時の間にか剥がれちまってやんの。

2重部分のは2枚共ピン穴があるんで今ん処はピンが連結しててくれるが、ぼちぼち対策を施した方が良いかも知れない。
処でこれって布+ビニールの貼り合せタイプなのに何で他のより持ってるかったら、鋲がそこそこ打たれてそこでも結合されてるからだろう。

布の方もたまたま上出の伝統的デニム生地だしビニール側も妙に厚みのあるヤツなんで、縫合糸が半埋もれしてる分擦れ難かったらしい。
これが必ずしも単純に構造や材質だけでは判定すべきでない例ともなってるが、通販で直接手に取って弄くり回せないと良く分からない部分は多そうだ。

仮に引っ張られたらどれ位伸びるかとかその時どれ位硬くなるかとか、ご親切にスペックが公表されててもその筋の専門家じゃないと実際の程度ってのが良くは分からん。
店頭販売品にしたってストラップじゃ滅多に見本に開封されたのがあったりゃせんだろうから、こっちとしてはかなり厳し目の基準で判断してった方が良い思うんだ。

神経質にならんでも無事に済むとしたら知合いの誰かが使ってるのを触れられて、丁度それが欲しくなった時位だろうか。
エレキのストラップって個性とか独自性を主張出来る結構貴重な箇所なので、物真似OK時以外は甘く見ない方が良いんじゃないかなぁ。

<一旦終了>

2021年11月30日 (火)

音楽備忘録838 Rockのスタンダード⓯

少し間が開いたが続いてエレキBassのRockらしさの具体内容へ進むが、Rockでだって綺麗にスマートに弾いても悪いって事ぁ確かにおまへん。
けれど底力っつうか存在感っつうか、そんなのより整ってる方が上回っちまうとアカンのや。

所詮は感覚的な物ではあるが全く分析出来んでも無く、その嚆矢はニーズより弱かったり不明瞭な処があると不味いってのだ。
全てでは無いが例えばSmooth JazzやEasy Listening等では、僅かでも余計な刺激のあるのはご法度だ。

持てる力をそのまま出さず敢えて控え目にするからお洒落っ事で、差し詰めプライベートでは至って穏やかな格闘技チャンピオンとかね。
それに対し実は非力でもそれをひた隠しにするのがRockで、私感的には初期のPunkやBeat系の人に実際そんなのが多かったな。

毎度の変な例えだが非力で大した技も持って無いからこそヤケになって暴れても被害が少なく、却っていじらしさが目立って共感を呼んじゃったみたいなさ。
実際に50人ラッパ吹いてて全員が同時にバテたりしくじったりなんて先ずあり得んが、Rock Band如きブレーカ落されりゃそれだけでその多くはたちまちDrumと数人の声だけになるやんか。

Rock Concertの方が大編成生オケよりウルサイったって、そりゃPAで馬鹿みたいに拡大してるだけ。
さてここで皆さんに是非ご再考願いたいのが、Rock黎明期にはPAは未発達であって最低限だった処あるよ。

Ampだって黎明期には一番出せてせいぜい50W程度、つまり今より音量に全く依存しなくても迫力を出せてた訳なんだよねえ。
これが鬼みたいに歪みっ放しでも良きゃやたらと感度を上げといて触っただけで途端にギャーンてのも可能だが、生楽器や無駄歪みがいけないパートではそうは問屋が卸しちゃくれん。

でどうするかったらAmp以外の部分で歪ませたり、極限音量時特有の音のゆがみを捻り出すしかない。
生楽器では純粋に体力勝負的な所も出て来るからご苦労さんだが、太鼓や鍵盤等の叩く系では実際には力より速度が求められる。

そして上手さ次第でそこそこ巾はあるものの余程変な力の掛け方をせん限り、音色の他音量に全く貢献しないって事は少ない。
のがエレキBassと来たら音色だけの為にGuitarより力も速度も要し、それでいて音色にしか貢献しないんだから非効率極まり無い。

けれども痩せ我慢的視点に立ってみれば道具依存度が歌に次いで低いんで、道具に頼らなくても最もRockっぽくし易いって側面はあるんだよね。
歌となると元の声質の影響も小さく無いんで人を選ぶが、ある程度力も速度も要すにしてもウッドBassよりは演り手を選ばないとも看做せる。

だからこそ苦しいなりにこの利点を生かしてない生かそうとしてないのに触れると、俺は心穏やかじゃなくなっちゃっうんだ。
しかもこれ打込みでは楽器自体へ過大入力させるとか、過剰演奏するっての不可能じゃん。

以前述の如く電気的歪みならある程度付加可能だが機械的とか磁気的歪みってのはデジタル領域に入っちゃうと、そんな箇所が無いんだから後からじゃ絶対無理なんだ。
俺に縁の無い超高級音源にはそんなのも入ってっか知らんが、それだって上手く使い分けるのが天文学的に大変なんじゃないかな。

仮にその方法で突詰めるとしたら例えば一番最後に打込んで調整するってのも考えられるが、リアル合奏での調整は異様に意志の強いナルシス君以外全部が同時進行で並行して行われてるかんね。
それを全部バラでやるのってドミノ倒しの最初の方で間違えたのみたいになり兼ねんから、俺はまっぴらだがそうでなくても実用性が高いとは言えないと思うんだ。

<つづく>

2021年11月28日 (日)

音楽備忘録836 魔修理の記憶⑪&エレキストラップの話しⅢ

前回後部に記した造形の汚いヤツ、その後の状況からお伝えしよう。
巷のこの手の記事に後日談が少ないみたいなんで、恥を忍んで!?披露しとこう。

さてそんなだから宅内練習用のにしかし今も現役だが、最近布とビニールの縫合糸がいよいよ限界になりつつある。
俺は大して手芸に詳しいでも無いんで今どんな糸があるか良くは分からないが、細過ぎると糸自体が幾ら丈夫でも別の心配が発生する。

布やビニールがその屈強な張力に耐えられるかどうか、特に古くなってるのは経年で素材が弱体化してるしね。
しかも普段殆ど感じなくてもそれなりの伸縮性があるんで、それと糸の伸縮性がなるべく近くないとどっちかが先に逝っちまう。

そう考えてくと原姿を大きく崩さずに取替えられるのは糸だけなんで、立派過ぎる糸ってのも不味いんで手持ちに余り物がある内はわざわざ新規に買うのは躊躇しちゃうんだ。
因みに糸の擦り切れ易さとしては体験からだと、裏のビニール材の表面の柔かさと厚みに依って差がある様だ。

要するに糸がなるべく埋もれてくれてると、その分引っ掛かり難くなるし摩擦面も少なくなってそうでね。
それからここでは未言及の布だけで出来てるのへも触れとくと、下手に別素材を貼り合せてあるよりゃ後の扱いは楽だった。

現時点では布自体が綻んで駄目になったのはまだ無く、けれど昔のは素材がアコギ等軽量機対象のなんでピン取付部が非常に薄くて脆弱なのしか持って無い。
近年キャンプ用品似素材のについては親友が置きっ放しにしてったのがあるが、バックル部が樹脂製なので鞄類のと同様そこが真っ先に割損しそうだ。

けれど非革素材のこの方式のは比較的廉価で代替品が見つかり易いんで、巾広タイプが僅少なのを除くとそれが合う人には別に悪い選択肢じゃないとは思う。
但しもし大した理由もなく余計な我慢をして使ってるなら、今は若くても長く使いたいと思ってるならプチ異議ありかも。

齢を取るに連れ完壁に習慣化出来て無いものは衰えが早まるもんで、それ迄がもしギリギリで成立してた様なのだと事後に復帰出来なくなったりすんの。
この事後には入院迄行かなくても怪我や多忙なんかも含まれてて、つまり「今ならセーフ」ってのは将来の対応力には欠けてるんだ。

それからすると例えば軽傷なら絆創膏の上から背負っても平気な位の、そんなので自分に合ってるか使えるかの判断をしといたらさ。
今だって音楽業界はスーパーブラックな現場が多いけど、大昔のBeatlesみたいなふざけたのは流石に今は無いだろう。

そうすっと極限体験って面に限れば勝手に体験させられる事は無さそうなんで、単純にキャリアを重ねるだけでは実感が不足する可能性があんのよ。
尤も大昔のスーパブラックを浴びても生き残れたのって運が良いだけで、きっと良く調べたら甲子園球児並に酷使で潰された人の方が多かったに違いないと思うな。

特に過酷な重肉体労働が珍しく無い時分だと、スポーツや音楽なんてそんなのと比べたら遥かに軽労働になっちゃうからねぇ。
或は傍目に好きでやってる分楽し気だから誤解されてただけか分からんが、世間全体からは体験者が少数派だし。

楽しようとし過ぎちゃ色々不味いけど、本人にしか分からない辛さってのもあるんでね。
本件みたいな余計な処で我慢して、本道が疎かになってもしゃーないけん。

必然性を幾ら探しても見つからなかった苦しみっつうのは、その多くはパフォーマンスを害してるだけだと思うんだ。
こないだTVでどっかの医者が「猫舌は舌先を歯茎で隠せばへっちゃら」とか言い切ってたが、どうにも俺には全面肯定は出来ないよ。

無理して頑張って後で大変なのは舌先だけじゃ無かったからで、こっちが珍しい体質なだけかも知れんけどさ。
なので人の話しは参考にはなるしすべきだけど、個体差の部分は本人自身でしか詳細な判定は下せないんなんじゃないかなって思うあるね。

<つづく>

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