奏法

2022年6月27日 (月)

音楽備忘録1047 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし④

この項は珍しく今回で一旦店仕舞いさせるが、充分なストロークにばかり拘ってたら速度を上げるのには向いて無いがの件を。
だからこそホントに自然体で上手に演れてる人の程「とっても小袈裟」に見えたりするんだが、根っこは速度に執着してるのが俺には裏目になってたらしいん。

足・脚の動作完成前に速度に気を取られると、要するに毎度の古っだが「慌てる乞食は貰いが少ない」になるんだねえ。
是又俺にはスピキンのご利益だってあったけどそれはキッカケがメインで、踏みの軽さのお陰で以前には無かった継続させる欲が湧いたのが
少しは効いたか。

それで少し挑戦し出してみると幾ら最大が強くても、より問題になるのは最弱っちまった箇所の弱さでしたん。
なまじまあまあパワフルに行けてると一寸の弱さが際立つもんで、先ずはそれを如何にして駆逐してくかが課題になったんだ。

速度と爆音に深入りしてく程継続力がものを言うのを痛感しちゃって、それは実際の楽曲中で好きな時に好きなだけ入れるのに必須でさ。
杜撰式の奇怪な視点かも知れんが高速化すると1回の時間ってどんどん短くなってって、幾ら凄くてもホントに一瞬だけで終っちゃうじゃん。

ゆっくりだったり1回りがそこそこ長いフレーズだったら良いんだが、幾ら手とのコンビネーションを交えてもバスドラって手みたいに音色のバリエーションは持たせらんないっしょ。
何しろ手と違ってぶつ場所は、一旦セットしたら途中ではほぼ変えられないんだから。

この面でフレーズ以外に際立ったインパクトを与えられんとなると、戦艦大和の主砲より機関銃的戦法を取らざるを得んのですよ。
実は杜撰と脚には絶大な自信の揺るがない拙者にもその筋ので苦手なのがあって、Philip Baileyは’84年のアルバムChinese Wallの8曲目Time Is a Womanの終りの方であのPhil Collinsが踏んでたヤツだ。

それが「(ドド)タドッドド タドッドド タドッドドタンド」でなってたので、技術的には超速ダブル裏拍入りの3連ちゃんって俺麻雀は全くわっかりっましぇーん○×△□。
じゃ無くってタドッドド1つだったら本家より全然速くても平気なんだけど、続くと2つ目の途中から怪しくなって3つ目には破綻してたっつう。

稚説明じゃする意義が怪しいが一応:冒頭の()は前の小節だが演奏技術上は連続してるので付記、タ=Snare,ド=バスドラ…のつもり。
今はもう1つから6つ位迄は連続しようとどうしようと随分自由になれてるのに、ちっさい「ッ」の給付が…なら入った方が良いが…休符が入るとどうも調子が狂うみたいでねえ。

もしかしたら従兄の苦悩を俺版にしたらそんな感じなのかなって思ってんだが、盲点っつうかピッチャーの球種次第で投球時に出ちゃう癖みたいなのか分からんが。
しかし非利き腕が表拍だと練度か足りる迄は少々違和感を覚えるとか、もっと典型的なのだとギターのカッティングで拍の表裏がダウン・アップになるのを逆にしようとしたら相当大変だってのはあるよね。

最近漸く克服の兆しが射し始めてるがここ迄の自己分析をしてみると、ダブルは並速のでも完全な連続か独立してるのが殆どになってた様でね。
その中間領域(少しだけ間が空いてる)のは幾らもやって無くて、それが「予備動作寸前」の状況不備に繋がってたみたいなんだ。

体質から来る癖としては個人のスタイルとも看做せなく無いが、もっとバリエーションを増やしたいとか先へ進みたいとなると取敢えず不慣れなアプロ―チも試しといた方が良いかなって。
そうした処で適性が無ければ頭打ちになろうし、出来る様になったからって日常的に活用する様になるかは分かんないけどさ。

只例えば「あのお方なら流石にこの程度のだったら朝飯前だろう」で依頼を受けたりした際、無自覚なままで居ると迷惑を掛けたり評判を不要に落す懸念はあるよね。
とかく音楽界ではメニューはシェフお任せみたいなのが多いが、出来るのと出来ないのが最初から分かる方が頼む方も頼まれる方も良いと思うんだ。(何でも出来ちゃうのがベストではありんすが…💦)

<おしまい>

2022年6月26日 (日)

音楽備忘録1046 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題➄

今回のでは又一段と前振りが重たくなっちまったが、ポピュ系でのプロデューサ・ディレクタの重要性を知って貰おうと思って。
どんなジャンルでだって有能な↑だったら居た方が有利だが、私的にはマイナスにならない限りポピュ系では居て貰った方がと考えている。

最も端的に云や1人でも多くにウケたいなら、作る時点で可否判定をする人だって多い方が良いでせう。
って余りにもバカっぽいけどコア系と違って、「価値観が特定範囲内のチーム」では見落とし聴き洩らしが避けられないだろうからね。

それに何たって配慮しとくべきなのは、一応俺言い「演り専と聴き専」の問題なのだす。
中には前回述の仙人達!?みたいに上手く両立出来てるのも居るが、沢山自演すればその分他人のを聴ける時間は必ず減るですからね。

とは言いつつプロですら最下層の俺みたいなのだと別途お雇いがほぼ不可だし、無名で低予算だとマトモな人にありつける可能性が限りなく低い。
に加え昨今の芸能界闇案件から世間的イメージは最悪で、人の作ったのにケチ付けるとか勝手に改竄するだけの人と思われがち。

けどポピュ系ではより多様な価値基準での可否判定に、コア系ではオリジナリティの確認には居て貰った方が明らかに有利なんだ。
コア系では専門には造詣深目な人が多く、それからしたら「これはまだ誰も演って無い」なんてのは分かる筈だ。

が特にテク寄りのだと関連性の弱いジャンルで既に演られてた際、当人達はキャッチし辛いっしょ。
それがヲタの中にはジャンル不問で演奏技術だけを追及してるなんてのも居るんで、そんな連中から知らん間にディスられたのが一般へも浸透した頃にはもう打つ手が無くなってるとな。

この件出版界なら校正・製造業なら完成検査とか、他分野では意識的に別人に委ねる方が普通なんだけどな。
と分かってたってそんな環境に縁遠い中からの体験を披露しとくと、独立プロデュ・ディレ不在だからって全くオリジナル開発が出来ないって訳じゃない。

けれど不確かなのの確認に割ける時間も限られたりするから、アイデアの内実施出来るのはかなり減ってるよ。
安全策で敢えて「既にどっかにある」つもりで採用するとか、一歩間違えりゃ卑屈臭を撒き散らすリスクと闘いながらね。

これが又結果的には並レベルになってるが、従兄みたいにバカ正直な人には余計難しいらしくてさ。
最初はかなり独特だったのが危険性排除が綿密過ぎたか、可も無く不可も無くとか毒にも薬にもならないなんてのが多くなってって。

しかも悲劇的なのが↑のストレスに耐えた弊害か、他人に指摘されるのをより嫌う傾向が芽生えちゃって。
音楽の作る人と確認する人を野球に置換すりゃ、作る人はバッター・確認者はキャッチャーみたいなもんじゃないかと思ってんだ。

得点の可能性を増すには失敗を恐れちゃ駄目で、けど失点を最小に抑えるには失敗こそがご法度と正反対。
単に激務だから捕手で打てる人が少ないってより、真相は培ってきた習性の切替えが簡単じゃないからなんじゃないかなぁ。

更にそんな環境下では作者・奏者が兼任も多く、作る方で高まったある種の保身傾向が演奏に迄及んでって…。
って誰でもなるもんじゃないだろうが現に従兄は、長年苦労して培養して来た「教えるスキル」から余計な影響を多大に受けてまだ苦しんでる様に俺にの目には映ってる。

って事って珍しく本日のマトメをしとくとポピュラリティとオリジナリティって一見表裏な様でいて、挑戦する上での根っこは同じだと思うんだ。
して次回は兼務の向き不向きに言及するつもりだが、どっちだったとしても落胆なんてしなくて良いとだけ吠えとこう。

<つづく>

2022年6月23日 (木)

音楽備忘録1043 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし③

さて如何に無礼講不問に近い間柄のドラム講師の従兄と言えど、最初から生贄目的だけで終らせるつもりは無いんでその後の成長もちゃんと綴っときませう。
杜撰大王は雑で粗野だけど行為や錯誤には激怒しても、人自体を延々ネチネチ恨んだりするのは大嫌いなんすこれホント。

ってかどっちかったら自分がやらかし易い口なんで、仏の顔も三度が一度になっちゃったら困るだけって説も…。
さてさて要約すれば従兄の低迷は体調不良と「自分じゃなくて生徒にさせる」に特化し過ぎたせいだったみたいだが、結果的に何時の間にか実践不向きになってたそうだ。(それで今録り待ちさせられてる~ぅ)

だからこの件についてでも脚だけとか・前後にこれをやり難いシチュエーションの無い状態が多かって、学びたい人に分かり易い試技には最適でも実用に難だらけになっとったん。
低迷期の従兄がトゥ→ヒールで難があったのは、兎に角トゥ時の爪先の上りが不足気味且つ不安定だった処。

それでもプチ失礼乍らもっと昔みたいに単打でも非力だったら良かったんだが、そっちだけ先にパワーが出せる様になってたのがこの件では多分不味かった。
従兄は膝・腿・腰より俺言い足首優勢タイプだったんで、ベタ足とか他の方法でも可能な単打でも足首依存度が低くなかったらしいん。

しかも生来の左利きを親に矯正された(昭和頃迄日本じゃそれが常識だった!)せいで神経に無理が掛ったか、一般比(この場合は生来が右利きの人)だと一切合切が逆転してる傾向が未だ少なくないんだ。
なのでダブルもヒール→トゥの方が得意で、俺にしてみりゃ良くそれで2発目を大き目に出来るもんだと驚愕ものだったん。

尤も暫く経ってから分析したら「彼の出せる最大」を出して無かったから、そんなバランスも可能だったんだけどね

わ兎も角技も凄いがその使い方が更に上手なもんだから、最適じゃなくてもどうにか切り抜けられちゃってたんだろうな。

で大過去述だが脚だけ膝だけでも可能なのを殆どので足首主導で行く癖が付いちゃってたんで、バネ最弱スピキンみたいのになるとペダルの予備動作がかなり不足になっちゃってたんだ。
俺はゴリ脚が健在なのでずっと先にならないときっと体感不可能だろうが、筋肉のどれかへの最大負荷を抑制するには複合動作の方が明らかに良い。

具体的には爪先支点で足首に依る蹴りを脚上げの初動に利用してて、脚力に恵まれて無かったらそうでもしないとたちまち草臥れそうだからねえ。
従兄は必須な程弱脚では無いんだが、長く安定した演奏をするにはエコな方がそりゃ絶対良いからね。(達人限定)

けど「最初がトゥ」 じゃんけん…じゃ無くっ
て…に限っては、脚よりビータの返り(ペダルの予備動作)→フットボードの所要上昇を最優先にしなきゃ無理だべ。
原始的ベタ足(アシモ君のとかじゃ無く大昔の玩具のゼンマイロボットみたいな単動作)主体の俺ですらバネ力と音量のせめぎ合いで腐心させられたりしてたんだから、幾ら超絶達人従兄でも2つも不利があっちゃそりゃしゃーないって。

これで最近痛感したのは実際の動きの本人への見え難さで、ビータがバチ位の長さがあったらもう少しは視確認出来るんだろうけどねえ。
いやさバチだってBuddy Richみたいな超速になると、大昔の漫画表現みたいに1コマに1本が10本近くに増えたかの様になっちゃったりするけどさ。

なのでそりゃ音量も音色もどうでも良かないが、先ずはフルスイングを心掛けるのが大切なんじゃないかな。
最大ではどれ位足・脚のストロークが必要なのか、色々技に入るより先にしっかり体に覚えさせられてたらね。

そしたら文字通り「二の足を踏まされる」様なのは、かなり減らせると思うんだ。
それからすると習得にはフットボードの割に沢山ビータが動いてくれちゃう様なのは不向きで、欧米人よりゴツイペダルを好む人が多いってのも実にナンセンスでんな。

っと嫌味の1つも漏らしたくなる位、結構その筋のあちらの本家って案外今比じゃ華奢でちっこいの使てたんだ。
全くDrummerじゃ無かった頃は全然感じなかったのに、今はSpeedkingに狭っ苦しさを覚えてたりして。

<つづく>

2022年6月22日 (水)

音楽備忘録1042 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題④

字面だけだと前回迄のはどうも老害臭が強くていけねえが、唯長く虐げられて来た!?内に薄々気付かされちゃっただけで全く偉くも何とも無かったんで御座居。
それを何で上からっぽくなったかったらこんな杜撰君でも感知出来るのを、下手に同調圧力に屈したり迎合すると不感症になっちまうからなのよ。

必ずしも決まった形は無いけれどポピュラー系の人が常識人・コア系の人がヲタとは限らず、少なくとも本人の願望としては逆になってる方が多いんじゃないかな。
今劣化本邦迄来ると内容不問の強引な承認要求オンリーになってるのも散見するが、大元の構造は「隣の芝生は青く見える」だと思うんだよな。

それって「無い物ねだり」の一種かもだが、人間のバランス感覚としては寧ろ↑みたいな俺言い「逆追い」で正常だと思うんだ。
どんな小食家でも何十年も飲まず食わずは無理だし、どんな大食漢だって毎食大食い大会ってのは生きて行くには出来ない相談でしょ。

こんな人生を歩んで来た位だから俺の感覚なんて信用に足りんかもだが、周囲の人のポピュ系作品で長く印象に残ったのは作者が普段対外的にはヲタ系の人のに多かったな。
ポピュ系の人作のポピュ作品だって決して劣ってはいないんだけど、オリジナリティっつうか想い出させるキッカケみたいな部分が弱くてね。

一般の聴き易さに関しちゃポピュ系の方が専門なんだから勝るんだが、ヲタよりゃ他人の顔色伺いをし過ぎ易い。
それって基本的な方向性としては正しいんだが、どう頑張っても通用しない相手が一定数は出ちまうもんなのよ。

特に今劣化本邦って非共産主義では恐らく同調圧力最高点で、しかし案外建前だけで本音は仰天する様なのを秘めてる人も少なくないからねえ。
ので私的には今大手の顧客リサーチって最低で、本当は一々ケチ付けて来るのとか毛嫌いする様な連中をもっと分析しなきゃ駄目なんだ。

何等の価値観へ寄せたとしてそれがヲタ対象なら徹底出来るが、一般相手だと流行位はあっても決まった形ってのが存在しない。
つまりは「一般が許せるプチヲタ」を、制作側で先ずは編み出さなきゃ始まんないのよ。

BeatlesやStonesも当初は英白人なのに音は米黒っぽいを掴みにしてたし、Michael JacksonはSoloistとして最初のスタイルは↑の逆を採用してたっしょ。
彼等は自らのヲタ性を敢えて完封しないで、わざと少し漏洩させる事で他との差別化を図ってたんす。

その具体一例として今日はGeorge Harrisonのあるカバー曲を取上げるが、当時あちらでは大ヒットとなったGot My Mind Set On You(Cloud Nine)ね。
俺はかなり好きでも少なくとも当時は黒系ヲタじゃ無かったから気付かなかったが、親友のその方面の権威は完全に意表を突かれたと驚いてたんだ。

その権威ヲタ君自前の膨大なレコードライブラリ(杜撰の親友だから勿論中古中心!?)のお陰でそんな曲があったのは概知だったが、マイナーだったし全然パッとしなくて潜在的ヒットの可能性無しと判定してたんだって。
George先生は原版リリース時にリアルタイムだったにしても、先ずそんなのを知ってて覚えてて即座に演れたってのが尋常じゃない。

尚且つ曲自体は一切改竄せずに全米No.1に押し上げたって神業の極みだが、それ以上に原作者以外では恐らく地球上で唯一潜在ポテンシャルを見抜いてたって一体どんだけ―って。
この面に関して日本版にしたら山下達郎みたいなもんで、異常に詳しく且つ日常的に触れ続けてないと不可能な芸当やがな。

<つづく>

2022年6月19日 (日)

音楽備忘録1039 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし②

今日はトゥ→ヒールのやり始めで気になったのを綴ってくが、俺の場合はSlideに対する足首のパワー不足が看過出来なかった。(筋力じゃなくて音よ)
これには個人的志向の伏線もあった様で、奏法不問で「聴こえる様に踏んだのは何時も同じ様に聴こえる」の拘りが強かったからなのかなぁ。

最近は16分音符のダブルが使われてる機会が減ったし、録音の向上もあってか昔みたいに「2つ鳴らしてるらしいのに1つしか聴こえない」ケースは激減したみたいだ。
でも’80年代途中頃迄のでは当り前な程頻繁にそんなのがあって、個人的にはそれがとっても嫌だったんだ。

意図的にアホっぽくしたのだったら別だが、俺言い「ドンパン節」(日本の曲じゃなくてDrumパターン)は単調さと知能レスっぽさがどうも…。
それが是又俺言い「大人っぽ系16」の基本パターンでは通常はバスドラパターンがシンプルなだけに、2回に1回しか出て来ないドドッがドッになっちゃうと唯一の特徴が無くなるじゃんか。

って時代も違うんで念の為に俺想定のパターン自体に触れとくと、Hi-Hat(稀にRide)は8部連打・Snareは在り来りの2拍4拍でバスドラがドッ・・・ドドッ・・・でありんす。
この手のって録音やPAより実音を重視すればドドッの1個目は小さ目な方が良い位で、もしピンと来ない様なら試しにわざとドドッ
ってしてみりゃよか。

ってもヒール→トゥが得意でもないと厳しいかも知れんで、そんな時こそドラムマシンや打込みでシミュレートするんでがんす。
言い出しっぺの癖に過去に↑を自ら試したかもう完全に記憶が無いが💦、何れにしても1つ目の方が大きくなると変だとは思うんだ。(但し強(表)拍の前に16分が追加の場合)

この様な用法ってSnareのゴーストノートと同系統で、本質的にはオプション・オマケ・隠し味的存在のケースが多いだろう。
から小さい分には確かに迷惑は掛けなくて済むけんだど、かと言ってあまりにたまにしか聴こえないってのもジャンルやパターン・フレーズ次第じゃどうかと思うんよ。

私的分別としては演られた過半数が聴こえりゃ可・それ以下なら否で、それは解釈次第じゃ基本パターンが違っちまうからだ。
前者に比し後者みたいになっちゃうとドッ・・・ドドッよりドンパン+遊びと捉えられるのが自然で、リズムの粗次第じゃ16Beat感が殆ど損なわれるんじゃないかな。

ので私的にはなるべく音量差の出難い方を夫々がデフォにしとくのがお勧めだが、かと言って何時迄もかつての俺みたいに避けて通ると苦手領域が出来ちゃうんだ。
それが昔だったらClassicやJazz畑出身なら足首踏み(今のトゥ)は最初から必須だったが、学園祭に一寸だけ出られればいい程度だと縁の無い方が多い奏法だかんね。

テクヲタ系の人だったら当初から挑み続けるだろうが、今度は単純な一発だけでお客さんを満足させるのがそっちへ寄り過ぎると遠くなる。
ある意味それの成れの果てがトリガー常用で、けど俺様にすりゃそんなんで構わんならもう足首じゃなく足の指だけでも良いじゃんなんてな。😅

わ兎も角奏者の脚が足首優勢か膝優勢かにも依ろうが、脚でも力じゃ大きく鳴らせず足首でも暫くは試し続けられるペダルに出逢って漸く道が開けたんだ。
尤もSpeedkingもL-201から20になって、付属のビータL-1286も世界情勢や為替の影響で超高価になっちゃったから微妙なんだけど。

けど俺みたいに脚が重目で膝優勢だとスピキンやPremier 250(S)みたいな、足首踏みするのも当り前時代の設計のか裏技を使ってでも現代平均よりかなりバネが弱められないと厳しか。
段々慣れて板に付いて来りゃ他のどんなのでも全く不可では無くなってくが、突詰めてくと最初と最後(多分大体体験済み)へ目を向けるとその方が明らかに好成績だす。

<つづく>

2022年6月17日 (金)

音楽備忘録1037 ギター・ベースのネックの話し➄

今度はBassの指板巾へ行った後総括へ進もうと思うが、近年は長さには敏感なのに巾には鈍感な風潮を感じるな。
音域の低さからすると長さの方が本来は妥協し難い処で、一寸スケールを綺麗に押えてなぞれるのだけに気を取られ過ぎちゃってんのかな?。

確かに若番フレットの辺りではスケールへの影響は小さく無いが、丈を詰めて解消するのは同一弦の場合だけなんす。
オクターブフレーズ等になると指間隔は三角関数状態になるんで、巾だって詰めたら結構貢献してくれるんだよ。

もしFender系原典音色じゃ無きゃ嫌なんなら、概述の如くPUの都合で受容れるしかないけどさ。
近年の主流タイプではコンストラクションはほぼそのまま踏襲してても、PUは新規独自のも少なくないよねえ。

となるとスラッププルの指入れさえクリアしてれば、もう少し狭巾に出来る筈なんだ。
これで検討すべきが是又概述だがGuitarだと弦の単独押えが不可だったStanley Clarkeですら、必ずしも特に広巾のなんか使ってないのにご注目。

私的には特に劣化本邦のが解せんのだが、道路が狭いままなのに広巾な車を皆平気で買っちゃうのとかと似てんじゃね。
つまり世界標準の「感覚」からしたら、Bassであっても「もっと狭い中で頑張る」もんなんじゃって思うんよ。

コントラバスがあんなサイズになってんのは1に共鳴だが、弦間隔は最も激しいbowing時に隣接弦に接触しない様にってのがある。
更に概述の久々再出になるがだからあっちじゃ「Bass Guitar」って呼称があって、用途はBassだが楽器自体は「Guitarのバリエーション」って認識がバカにならんのどす。

その観点からだと一般感覚からは外れてる様でいて、亡きLemmy Kilmisterの「4弦全使用のコード弾き」もGuitarだから出来たしアリだったんや。
試した事がねえから全く断言出来ねえが、コンバスのキツイRで果たして普通のコードフォームが使えるかってな。

並行別項で述べた想像よりSteinbergerが弾くの楽と感じたのって、指板巾が狭目なのが最大要因だったんじゃないかな。
そりゃ小柄な俺にはボディサイズだって影響はあるだろうが、これは楽器と体の位置関係の調節でもかなり賄えるんだ。

手だって指だって楽器との角度や距離でかなり状況変化はあるけれど、両者共絶対値の部分は補い切れんからのぉ。
ベテランだからか分からんが事情があってどうしようもない部分は受容する覚悟は出来てるも、簡単に解決出来るのにそうしてない・なってない部分には昔より腹立たしく感じる様になったかね。

漸くで総括だが音事情でそのものズバリじゃ無きゃ困る時はあるが、折角拘るなら楽器のみならずそれと「組み合わされる体とのコンビネーション」にもっと目を向けて頂きたいのでありんす。
実際に音楽演る上で楽器は所詮道具の域を脱しませぬので、そこだけ達成しても完成度は50%。

体が違う分楽器にその反対の性質があった時、ドンズバな音になるんじゃないでせうか。
それを見つけるのはとても骨が折れやすが、その根本原因は各自の体が千差万別なのだから仕方ありまへん。

それが本件では指板巾が広過ぎんじゃねで、道幅ギリギリの車じゃドリフト走行無理っってな按配でして…。
けれど似た体格の人の中で好みに近い音を出してるのってな結構参考になるもんで、全く手掛かり無しって訳でもないんどす。

<その内つづく、かも>

2022年6月15日 (水)

音楽備忘録1035 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし①

何時も通りドラム講師の従兄のTwitterからのインスパイア始めだが、ワンパターン承知で敢えて綴ってこう。
直接的な動機は「トゥ→ヒールが…」が目に入って、自分が挑戦当初に意識上でした工夫を思い出したからなんだ。

彼曰く「ワンモーションで力を使った感覚無しで出来るという前提がないと、その先のどこかで必ず行き詰まる」、に対してへえーそうなんだなんて天才!?のおごり丸出しの俺。💦
がその直後に意識過剰になってると確かにリズムや強弱の制御が悪くなるよねっと、からのそれを克服するキッカケで従兄には過去に一度位は話したつもりでいるが定かでは無いのがひょっこりとな。

もし又ここで記録しとかんともう次は無いやも知れぬので、正に備忘録ついでで何かの助けになる様ならって趣旨でごんす。
前置きはこの辺で一般的な一応「踏めるようになった」ってのは単打なら足に負える状態になってるんだろうが、慣れてないのにもう1つ追加しろとなれば元の出来てた分も不安定になったりするよね。

俺の場合天然状態ではSlideの方に適性があったのと、足と脚(つまりはトゥとヒール)の音量差が過大…でも当たらずも遠からずだが課題でずっと先送りしてたんだ。
その宿題にヒントをくれたのもLudwig Speedkingで、バネを極端に弱く出来る事で試すのが自分の通常領域に入ってくれたんだ。

何しろ爆音命君としては「んがーっ」と踏めなきゃ将来性が無いから、酷い話しだがある程度は力任せに応じてくれるのに喜びを感じちゃったりしてね。😅
処が未体験の軽さになって来ると踏み込み側は良いが、従前の方法だと自分でちゃんと上げないとゴリ脚の重さで全然ペダルが戻らねえぞっと。

そこから良く考えりゃ「先ずちゃんと上がってなきゃ、しっかり下せる筈もないやん」とプチ意識改革が起き、俺の踏む前の足・脚上げって一体どうなってんだって初めてちゃんと観察してみただよ。
そこから自分なりに得られたのが例の「手と一緒」論で、大体は鳴らしたい寸前の裏拍タイミングでバチを振り上げてたりするじゃん。

これビジュアル的には微動だにしない次の瞬間にいきなりガツンの方が恰好良さげな気もしなくもないが、一々意識しないでタイミングを安定させるには所謂「予備動作」は必要ですわね。
タイミング取るのに「いち,にっ,さん,ハイっ」よりゃ「…ハイっ、ジャーン」の方がシビアだけど、ノーカウントよりゃ万一の小失敗だったら修正する暇があるじゃん。

それがトゥ→ヒールの際どうやら当初は、単発の時の予備動作をそのままトゥに変えようとしてたのも不味かったらしくって。(完全無自覚)
楽するアイデア的コース最優先でコケてるって、ねぇほら杜撰大王の真骨頂でしょ…。

でもねえ万一それで行けちゃうなら良い意味での単純化は好ましく、そんなでも常に失敗してる訳じゃ無いんでね。
けど単発&Slideに半端に慣れてると、もし頭が全く杜撰じゃなくても体には癖になってたりしたんじゃないかな。

ので体の動作は「各部1回のみ」でも、人に依っちゃ手始め時は2打は2打って思ってた方が良いらしいんだ。
こんなの文章だけだと初歩的に過ぎ今更感噴出だが、そんなに常に瞬時に頭と体がシンクロさせられるんなら方法を知ったらきっと即完成してるっしょ。

して最終的には「ワンモーション」感覚はとても大事だし半ば必須なんだけど、2打意識が希薄過ぎると1つ目の予備動作がお留守になり易いらしくって。
ダブル奏法を持出すからには間隔が短いからで、実際の予備動作開始タイミングは単打の時と変わらないのが多いんだけどさ。

でも僭越乍ら以前の従兄の実動作を見せて貰うと少なくともスピキンみたいに無忖度ペダルでは、1打目の予備動作が小さ過ぎるし一寸曖昧な印象だったんだ。
今は現況の彼にはスピキンより他のの方がフィットするのも分かったし、予備動作も大分キビキビする様になってるらしいけどね。

<つづく>

2022年6月14日 (火)

音楽備忘録1034 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題②

さて前回述のクドさ満点のが一体ポピュラリティやオリジナリティにどう関係してるかったら、個別ニーズへの対応に大差があるんでやんす。
例えばClassic系であれば基本的に歪みは僅かでもご法度だが、Rockではひ弱な方が生死に関わる一大事!?になり兼ねんとか。

更に掘ってくと上記2ジャンルでも楽曲や表現に依っては例外も突如出現し、相当な微調整を強要されるのだってあるんでゲス。
これが嗜好品で無いならば利用者の方でアジャストするのも許されるが、ヌードと銘打っといてマスクを外しただけなんてやったら訴えられるレベルっしょ。

ってのももしそんなのがあったとしても手間掛かるから微妙だが、マルチトラックのままバージョンのとか普通は売って無いしくれないじゃん。
それやと各自で潤沢な機材&スキルすら持ってたとしても、好みの調整をしようにも不可能やんけ。

せやさかい所詮は最大公約数だとしても、なるべく大勢に対して完成品状態にしとかなアカン。
加えて個の趣味嗜好に対しては再生装置のトーンやボリウムツマミ程度で、なるべく臨んだ変化をさせられる様な神Mixになってるのがよろし。

んで↑がプロの水準を越えられてるかどうかが、理解のし易さやどれ位個性を出せるかにかなり直結しとるん。
前者は概知の割が多いのが何より安全ではあり、定番のとか流行のなんてのが含まれる。

だきんどもそれを追及すると殆どが流用も同然となって、だったら今からわざわざ新たに聴くよりパクリ元の本家で間に合わせる方が楽チンだ。
いやあのねぇ目に見える技としては簡単でも、それでオモロかったり飽きないのを編み出すのがポピュラー系の最大の仕事でしょ。

それが広く万人ウケするのなんかだったら死ぬより苦しくたって至極当然で仕方無いんだが、楽しようとか最低限だけでも確実にしようとかって見果てぬ夢を誤信してるのが増えちまいやがった。
私的推察でコレの発端としては過度な保身と忖度だろうが、具体内容としては「機械の使い道を誤った」の辺りなんじゃないかな。

俺様からすると劣化今本邦では教育や社会通念の瑕疵から、小利口なのばっか増やしちまっててさ。
極度な歌詞重用とか高度な技の有無とか殆どは無意識下でであろうが、世間全体がつい感性より理屈で聴いてるのが主流になってんのかな。

それに対し無理に良く云や「素直にニーズに応じました」ってつもりなんだろうが、制作側はお客さんがどんな聴き方をしようと理屈で作るととっても限界が低くなるん。
ってのも現行ポピュラー系の手法って相当歴史が深いんで、安易な知見で見つけられるのなんてとっくに出尽くしてるんよ。

なので唯の砂なのにその中から鉄や金を抽出する様な作業でしか、ポピュラリティとオリジナリティを共存させるのは不可能なんす。
プロレベルに達してる大勢がこぞって探したりしてる訳やから、確実に見つけられる程度のでは他を出し抜けなくて当り前。

如何に例外や特例をあぶりだせるかとなって、相手が正体不明なだけにマニュアルみたいなのは全く通用しないんですわ。
つまり世間からは安定の大御所と見えてる人程その実際の作業内容は、全くアテの無い大博打になってるって寸法でして。

同じものづくりでも芸術系のが水商売に分類されちゃうのって、芸能界が胡散臭いからじゃ無く内実が↑の様な状況だからなのよ。
確かに平均よりゃチャラかったり我儘っぽいのも少なかねぇが、勤勉にやっても成果が不安定ってのが本質なんだす。

<つづく>

2022年6月13日 (月)

音楽備忘録1033 ギター・ベースのネックの話し④

こっからはGuitarの方へ先に専念して綴ってくが、Bassよりは短いからその分指板巾もあまり気にしない人が多そうだ。
それとアームでシンクロナイズドトレモロが1人勝ちな処があるんで、現況だと昔よりブリッジ側の巾をあまり選べなくなっている。

だが私的にはシンクロの硬さは一寸気にせずには居られず、いい加減で根本的な構造の進化を期待したい。
これでも本番では殆ど使って無いけど宅練等では頻繁にシンクロナイズドのお世話になってんで、MustangのDynamic Vibratoとの公平な!?比較体験が積めてるつもりだ。(他にも過去に色々それなりに)

SGに前オーナーがMaestro Vibrola(残念乍ら短い方のだった)を追設してあって、最初はアーム握りのプラ部分が割れて無くなり最後は湾曲した板バネが折れて…。
となる迄入手後5~6年位は使ってたし、多分偽物だがBigsby付きのセミアコも同じ位の期間持ってて使ってたんだ。

これ等からの感想としてはどうせならなるべく音程可変巾は広く欲しいが、アームが短目で硬いとそれを充分駆使出来る場面が限られるってのでね。
して↑の短目ってのには「何処からアームが生えてるか」も問題で、シンクロでロングアームのご利益にフルにあやかろうとしたら前の方でしか弾けなくなるじゃん。

一般認識としてシンクロ以外のは軽い印象があるだろうが、Mustangのだって可変巾を最大に調整すると結構重目になるのをご存知?。
只弾く位置がシンクロと同じだとシンクロのよりアーム先っぽで操作出来るから、やっぱ軽いやんってなってるだけなん。

わネック巾が主題なんでこの辺で勘弁しといてやらぁ!?だが、全演奏時間中のアーム使用率って大抵は使って無い時の方が多いじゃない。
それからすると幾らアーム様シンクロ様の為っつっても、最適巾の方を犠牲にし過ぎてんじゃねってね。

これが負に作用するのとして例えば指1本で1度に弦何本押さえられて、場合に依っちゃそのままチョーキング出来るかなんてのに如実に表れるんですわ。
究極的には狭くったって広くったって夫々に長短はあるんだけど、演れる事が減ってしまう様なのは将来性や独自性には特に損でやんす。

そして何より勿体無くなってるのが指板巾があって弦間隔に余裕があるのに、1,6弦が端へ寄り過ぎになってるヤツだ。
これが又そんなのに限ってフレット先端の加工の不適切なのが多く、左手(右利きの場合)でクラプトン式ハンドビブラートをしたりすると色々不具合を生じる。

因みに↑のクラプトン式とは指では無く手全体を上下に揺すってビブラートを掛けるもので、指依存のより長周期・大き目変化のにしたい時こちらの方が安定度に勝る。
と言いつつ絶対的必要時以外俺自身はそんなに使ってないが、複数弦を複数指で押さえてる或は1つの指で欲張って!?3本同時に押さえてる際等では指本願では苦しい。

概述ウチの宅練君(偽Strato)ではフレット端と指板の間に1弦が引っ掛かって演奏継続不可になったり、感触は良好でもフレット端が丸め過ぎてあるせいで弦落ちしたり振動が止まっちまったり等々。
ので視覚的にOKで単純に押えただけなら平気でも、俺言い「実用有効指板巾」が指板巾の物理的最大値と不一致なのもそこそこ見受けられる。

取敢えず貰い物の宅練君は実演してみてあまりに酷かった箇所は、フレットの角(平面的な)を削って丸めはしたが。
特に指板が広巾だったでも無いが宅内比では最大だからか、全数処理するのが気持ち的に億劫と感じて未施工じゃい。😓

<つづく>

2022年6月11日 (土)

音楽備忘録1031 電気楽器の出力インピーダンス⑪

半ばゴリ押しのハイインピ話しもそろそろ閉店させようと思うが、ここ迄粘ったのは前回後部述の如く一種の特権だからだす。
ので普段アクティブオンリーでも、せめて「そう云う物」ってのだけは忘れて欲しく無くてなんだ。

さて拙ブログにしては珍しく球との関係を出さずにいたんでそれから行くが、球自体はどれもほぼ皆ハイインピーダンスのしかありまへん。
これは原理的な都合からでトランジスタ等石の半導体と比べると、高電圧・少電流で動作してるから。

流石に基本中の基本なんで久々に計算式を提示しとくと、R=V÷I:抵抗値は電圧を電流で割ったもの。
なんで低電圧・大電流になる程、抵抗値小さくなるだす。

概述「ロー出しハイ受け」の原則からは楽器出力がローインピになって困りゃせんが、受けが高過ぎると折角のロー出しの威力が実はかなり削がれる場合だって
あるのよん。
Fender原形系AmpのInputだと2番(低感度)に繋げば68kΩに下げられるが、1番(高感度)とか1つしか無いのだと大抵は最小で470kΩ・標準だと1MΩになっとるよ。

オーディオ系機器の10kΩとかのに繋いだ時より、それだけ抵抗器の値が大きいと電流がちょびっとしか「流れられない」のだ。
この件BassやKeyboard Ampでなら近年のには「ロー様専用」が用意されてる方が多いが、Guitar用のだと滅多にお目に掛からんどす。

未だそうなってるのはAmpで歪ませた際の音色と反応が、現時点では満足させられるのが作れないからでもあるんだ。
特に上記後者の「反応」に拘ると未だストンプよりAmpの方が上級で、今更球も含めた「電気的には欠点」なのをフル活用しちゃってたからなのじゃ。

↑で上級だなんて断言してるのは反応の種類が遥かに多いからで、必ずしも万人が必要とはしてないからって勝手に出せなくしちゃって良いのかってのからざます。
ストンプみたいに小型で廉価であれば、不都合が生じてから他を買い足すのもそんなに大変じゃない。

けどAmpでそんなに用途が狭いと、あまり買って貰えなさそうとかでも不味いやん。
ではBassや鍵盤では何故割とローが「許されてる」かったら、音色的歪ませが少数派なのと録音の都合からであらう。

個人的にはハイローの両方を沢山経験してきたからこそ最近はハイへ意固地気味になっとるが、鍵盤では電子バーチャル率も高まってるからこそ今更わざわざ手弾き電気ならと思うとる。
一方Bassの方では独自観点に依りますと、エレキを使わない非生楽器Bassist!?に上手な奴が少ないからと考えてんだ。(ややこしスマソ)

その昔ならBassパート用のって殆どコントラバスしか無かったが、今ならシンセだろうと打込みだろうと色んなのでBassは弾ける。
のにどうした訳か(実際には色々あるだろうが)本職がBassの人って弦バスが殆どで、バーチャルBassの専門家で弦のと近似周知されてる人
が見当たらない。

ので↑の分のだと仕方無く人力で演ってるだけだから、却って人工的な方が望ましいかも知れん。
それが恐らくまだ劣化本邦じゃ少数派だろうが、俺みたいにシンせの方が良いと思や自らシンベを好き勝手に弾いちまうとさ。

昔より少しは鍵盤に自信が持てるようになってみると、エレキにするならその特徴は最大限に生かしたくなって来たんだ。
電気楽器だと絶対値的には鍵盤や打込みのみたいなクリーンさは不可能とも悟ったしで、けど上手い按配を見つけられると多少歪んだりしても特権をフル活用出来た方が思った表現に近付けたんで…。

<一旦終了>

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