ペダル

2020年10月14日 (水)

音楽備忘録434 Hi-Hat「踏み叩き」の効能⑥

前述エレキのハンドミュートのCymbal版となると、実際の加減のし方はどうなるのかが今回のお題だ。
現代本邦じゃ完全にヲタ扱いだろうが、Cymbalにだって名実共に手でミュートするのもあるからそれにも触れとこう。

希少な実例から始めるが昔々ある処でのボランティアLiveで、従兄が必然性に迫られて咄嗟にハンドミュートを駆使した事があった。
その時の機材は借り物だったが輸送時にトラブルが発生し、何とHi-Hatが無い状況で本番を迎えてしまった。

とは言え8Beatの楽曲主体だとそれで乗切れる場合もあるが、演奏曲目にThe Monkeesのテーマがあっては致命傷だった。

この曲のIntro部のHat開閉でのリズム、元ネタのJazzでは結構ポピュラーなパターンだ。

本家の方ではHatでもハンドミュートを使うのなんかもあるが、それだって飽く迄Cymbalが「2枚」あっての話し。
それを従兄が咄嗟に機転を利かしてRideのハンドミュートの開閉で代用、流石ではあるがトライアングルだったら幼稚園児だって皆演ってるっけね。

今Rock系では金物のハンドミュートってばShort Crash位(鳴らして直ちに止めるヤツ)でしか使われないし
、この昔話のはアブノーマルの極致だ。
けどDrum Set内では飛び抜けて余韻の長い金物系で、その長さを自在に操れたり部分的に音色を変えられるとかなりインパクトが大きい。

尤もホントに片手がそれに占拠されてはリズムパターンの途中でとか、音数が減ったら困る場面では使い辛い。
多分それで廃れ気味になったんだろうが、元々使ってた足を緩める程度で良いならそんな心配も無い。

尚且つエレキでのハンドミュート同様、その加減のし方は抑えたい分だけ押え(踏み付け)りゃ良いと「リニア」なのが特徴だ。
或はエレキでもWahやVolume pedalなんてモロに足操作な訳で、Drumは手だけでも加減出来るからって軽視されるのは残念だ。

手で演るのと足での違いに着目すべきで、手だけじゃ基本的には音量と音色は正比例のしか出来ない。
音量と余韻長さに関しても同様なのが、踏み叩きだと逆転させたりも可能になるのだ。

只普段全く使わないで来てると最初戸惑うのが、手足の継続的連動動作だろう。
Drumには所謂4Wayの訓練は必須なんで、ある程度叩けてる人なら誰でも「下地」は既に整ってると言える。

でも同期・同調のさせ方に少し違いがあり、4Wayよりも更にシビアな精度が要求される。
その原因は操縦する音源が別のか同じのかの差で、踏み叩きでは僅かなズレが音色にモロに反映してしまう。

本来なら例えばバスドラとSnareだって合せるべきは常にピッタリな方が良いが、各音源の音色に変化が無いと耳にとっての許容範囲が広くなってるのだ。
だから聴感過依存でなくキッチリ4Wayが身に付いてたなら、覚えるのは「足加減」オンリーで済む。

のが俺みたいにいい加減な取り組みで不完全だと、踏み叩きをしようとしたら初めて粗が露呈した訳だ。
「Drum耳」が高度に訓練されてたらそうはならなかったかも知れんが、どんなに呆けっとしてても即座に明確に粗が聴けるのって他にそんなに無い気がするな。

なので手足連動の基礎に不備があると直には思った様に行ってくれないが、これを差置いて踏み叩きなんて面倒だと思ったらアカンよ。
そんな状態のままでは踏み叩きなんかしなくったって、分かり難くったって聴く人に聴かれたらボロ丸出しになってるんだからさ。

4Wayの完成度確認には踏み叩きの次点で、コンビネーションフレーズってのもある。
実際踏み叩きで確認可能なのは片足に限定されてはしまうが、これ以外のはたった1つの物を弄ってはいない処に大差がある。

<つづく>

2020年10月11日 (日)

音楽備忘録431 Hi-Hat「踏み叩き」の効能➄

キレに有利な13inchのHatと前回出しといて、15のでも抜群のキレを発揮する達人だって多数居る。
なんて隣接回で一見正反対みたいな事を頻繁に言い出す拙ブログ、別にドラマチックに演出する意図は無いが…。

単刀直入に結果的にそうなる訳をバラせば15の方が「叩け方」の依存度が高いだけで、楽器自体の「小回り感」ではやはり小さい方が上で叩き損じた際の音が違う。
15では途端にだらしなさが顔を出すが、13ではキレは失せるがだらしなさ迄は出ないと云った感じだ。

けれど環境にも依って15では音量的に余裕がある面等でムキになる必然性が薄れる!?結果、13や14の使用時より自然と最適な叩け方が成立し易い可能性はある。
とか言いながら現状俺自身は13や15の導入予定は皆無だが、これはやはり専業と兼業の予算配分の差である。

けど標準的な14しか使わないにしても上記知己の有無差は大きく、例えば14ならある程度マトモな叩け方が出来てたら15より必ずキレが出る筈だとかね。
そして本来のお題「踏み叩き」をするのに、サイズはどの程度影響するか等が今回のテーマだ。

体験からすると無関係じゃないが、最も影響するのは口径じゃ無く重さだ。
重過ぎるとどうしたってTop Hatの慣性モーメントが大きくなって、素早い挙動は苦手になって来る。

踏み足を動かさなきゃほぼ差は無いが連続して動かしてると、大きい程Close時の「位置が定まる」のに時間が掛るのが安定度に影響する様だ。
この奏法では踏みの強弱で明瞭度にも変化が出るのが普通だが、その差が最小となるのは口径は小さ目で硬目のになる。

なので頭だけで想像すると小柄マッチョなのの方が良さげだが、実情は却って明瞭度の差が大き目になる方が良い感じになるのだ。
おっとこれには「踏み叩き」の叩き方自体の説明が要るのに、つい失念してたから遅ればせ乍ら改めて明示しとこう。

踏み叩きってぇからには手も足も動かして音を出すのは分かるだろうが、Ringoが演ったタイプの等以外では踏む方では音を鳴らしてないのが第1ポイントだ。
つまり前回述エレキGuitarのハンドミュートと近似な効果を得る為に、それを手の代わりに足で加減させる。

そして実現させるのに必須の第2ポイントが、通常は「緩めるのはDouble Strokeの弱い方」若しくはリズム的に裏拍の時にするのだ。
何故って試せば即分かる単純な話しで、表拍で緩めりゃ唯のOpenの出来損ないみたいにしかならないからよん。

普通Hi-Hatで強拍を表現するにゃバチの肩でEdge部を叩くからこの時露骨に閉めが緩いと、奏者にその意識が皆無だって「手(バチ)依存度の高いOpen」にしかならない。
因みに俺は足は速いのとそれ以外の不安から以下の方法は意識しては先ず使わないが、極端に短時間のAccent Openを要す際等に奏者に依ってはこれが活用されている。

具体的にはバチが当たって押された時だけOpen状態同然にしようってので、足は圧(若しくは重さ)は掛けっ放しだがバチから来た反力に対しては柔軟対応させるってのだ。
差し詰め従兄提唱の「閉じた柔らかい手」の足版ってなもんで、しかしTop Hatの健康には余程加減が上手じゃないと危険を伴うのが相違点だ。

して戻ってくと俺仮言い「裏プチOpen」時の明瞭度が下がってOKなのは、普通のClosed時のそれより音量が若干上がるのと鳴ってる時間が長くなるからなのだ。
閉じたままのをチップで叩けば、正に金物版「舌打ち」みたいな音になる。

加減次第でそれより大きくも出来るし弱過ぎると聴こえ辛くなってやった意味が薄れはするが、コレって配役としちゃSnareのゴーストノートと同系統と考えて良い。
Single Strokeでは速度が間に合わないからってな後ろ向きなDouble採用もあるけれど、本来は音数が倍増してもウルサくて迷惑を掛けたりせずに済む利点があると云える。

個人的には小さくなり過ぎて無効化するケースが気になってるが、踏み叩きにするとこの面は簡単に解消出来て助かるのだ。
因みにⅡで「若干音量Up」の理由は「鳴りが良くなる」からで、でも実質的にはそれより時間延長の効果が大勢を占めている。

時間延長で「聴き洩らし難くなる」ので音量や強弱の他、明瞭度に対してもかなり無頓着で居られる様になる。
尤も絶妙なニュアンスを出すには手も足も高練度を要すし、手だけで音を出せるのにわざわざずっと足も動かなきゃなんないのにだけ着目するとエコに反してるかな…。

<つづく>

2020年10月 9日 (金)

音楽備忘録429 楽器の機械的雑音の話し④

ぼちぼちドラムペダル以外の方へも広がりを見せつつ、今回は出なさそうでそうとは限らない雑音をお題としよう。
摺動部があれば擦れるから分からなくも無いが、現実にはベアリングでも案外雑音が出たりするもんなのだ。

流石に新品時から盛大に出るのにはお目に掛った事は無いが、摩耗が進むと平軸受(穴と軸だけになってるヤツ)より却ってガタつきによる騒音や振動が大きくなったりしている。
個人的には換気扇や送風機のでそれを沢山体験し続けてるが、平軸受の50年以上使ってる扇風機2台の方が未だにこんなのが出ていない。

尤も考慮すべき部分もあって、クーラーの無い時代は扇風機が最後の頼みの綱だった点だ。
効率や消費電力では近年のにかなり劣るが、耐久性・信頼性等が恐らく設計段階から違っていたんだろう。

加えて最近の程短命になって来ると幾ら高効率で低消費電力でも、製造・買換え・廃棄の費用等はかなり増加してしまう。
それからすると「売る為だけのハイスペック」と断じても過言でなく、買う側の知恵に昔には不要だったこの問題等を持っとかなきゃなんなく不便になったもんだ。

ドラムペダルでは打込み全盛となっては日がな踏み続ける者も僅少になってそうだが、上記の様な世間からの悪癖に看過されてないかは一寸気になる処だ。
それで無くても「わざわざ高価なベアリングを使う意義」みたいなのに意識変化はありそうで、有効活用度に差がある様な気がしてならない。

故に個人的には特に半端に「新しがった物」に対して疑心暗鬼になりがちだが、自分でこしらえられない部分・物に関しては妥協するしかない。
そこで違いが出るとすりゃ使い方やメンテナンスの部分で、そんなに神経質になる必要は無いが無視同然となってたらそれは危険だ。

近年は人件費の高騰もあってメンテナンスフリーが一層全盛だが、本来摩耗がある物に対してはそんなのは夢でしか無い。
そこで先ず留意すべきが「メンテ…の前後に付くべき条件」で○万回・□時間・△年等、どんな想定に基づいてだったら放置が可能なのかだ。

次に検証すべきなのがその想定の妥当性で、上記の内○万回の以外は試験期間の完璧な圧縮は不可能だ。
それからすれば発売期間の長いの程、想定外の不具合に悩まされる可能性が低い。

つまり新しいの程夢は見られるが将来は不透明、古くから存続してるの程テンコ盛りになった欠点は目立つがそれ以下にはほぼならない信頼性が確立してると言える。
これに基づくと少し意外だが長く続ける人より、期間限定の人の方が新しいのを持つと後で泣きを見る可能性が高くなってしまうのだ。

何でってったら止めてすぐに売りに出せば平気だが、時間が経つと誰にも買って貰えないなんて可能性も出て来るからだ。
色んな人の使用体験が積算してけば、当然欠点や弱点もどんどん洗い出されて来る。

そうすると自分が昔買って使ってた当時の感覚は、後の世のそれとは段々乖離が進んでても何の不思議も無い。
なのに売りたいこっちとしちゃあんなに大枚叩いたんだし、凄く大切に保管してきたのに…ってったってそれが浦島太郎化しちまってんだわ。

これが使い続けてたら欠点に対しても知ってた方が便利にもなるが、それなりに美化されてそうな思い出にケチが付く様なのには誰だって目を背けたくなるからね。
依って何時迄続けるか不明な時点での最安は何時捨てても惜しくないの、さもなくば初期投資は少しだけ本格化してまうが長年に渡っての定番品で揃えるのが安心となるね。

<つづく>

2020年10月 4日 (日)

音楽備忘録424 楽器の機械的雑音の話し③

古い物と新しいのを正しく比べるには、環境や習慣等の条件の差も加味すべきなのです。
ドラムペダルでなら定期的な給油なんかがそれで、昔はするのが当り前・今ならしなくても普通だとかさ。

これは他の色々でも特に調整作業なんかに顕著で、運転免許を取ったのが近年の人はエンジン始動前にゃ一寸だけアクセルを踏んどくもんだなんて言って分かるだろうか?。
これはエンジンの所謂チョークって機構に関するのなんだけど、もっと古い車だとノブを引っ張って動作させたりしてたんだよね。

知らない人向けに少し書いとくと、エンジンって掛けてたら当然熱くなるよね。
それで各部の調整が「熱い時用」に合せてあるから、止まってるのを掛けてすぐだとそれがズレちゃってるのよ。

そんで合って無いからって止まられちゃ暖められなくて困るんで、「冷めてる時だけこれで合せて」ってのが付けてあったんだ。(具体内容としては燃料と空気の混合比を変える)
今は何でもコンピュータ制御でセンサからの情報に応じて自動調整されていて、だから「チョーク」なんて付いてるのが殆ど無くなったんだ。

つまりは色んなので「使い方の常識」が変化していて、新旧の正当比較をするにはこう云う要素を加味しないと不正確になっちゃうんだ。
上記エンジンのでそれを例示するなら、チョーク使用が当然の時代にだと付いて無い方が不親切になるのよ。

電子頭脳(コンピュータを昔はそんな風にも呼んだ)付いて無いのにチョークも無いんじゃ、何回掛け直してもすぐ止まるけど頑張ってねって事になっちゃうんだもの。
それ位状況に違いがあると、ひと手間増えるより省くともっと大変になるのもあったんだわさ。

んで「キコキコ」だったら、油が乾かない様に密封するとかは当時の技術レベルでは不可能だった。
なので次善レベルにはなっちまうが、給油のし易さに充分な配慮がされてれば一番親切だった訳だ。

部品に関しても同様で擦り減らないのが一番だけど、それが無理なら交換のし易さと入手し易さが評価点になるのよ。
して今更乍ら件の動画にケチ付けると、踏む時と全然違う方向に手で揺すってカチャらせてたのが許せんですねん。

最大でどれ位遊びがあるのか、最悪でどれ位雑音の出る可能性があるかではそれでも分かるさ。
けど実際人並みに踏んでてどうかはあれじゃ分らなくて、もしかしたら動画投稿者は演奏よりメカの方に興味が強かったのかな。

確かにどんな失態をやらかしても余計な雑音は出ない方が良いけれど、奏者としてなら雑音以前に踏み損ねの方が不格好で恥ずかしいんじゃんか。
この点で物余り傾向の近年のになる程、実用時の使い易さは劣化してると感じるのよ。

冒頭の車の話しで追加例示すると、今は殆ど全てが電動化されてオートマだからバッテリーを上げちゃうと昔より遥かに大変になった。
これ宅の狭隘車庫の関係で数回煮え湯を飲まされてんだけど、電動化の弊害でリアルの鍵で手動で開けられるのは運転席のドアだけになってる。

そんでドア開けられないとボンネットも開けられないから、充電出来なくて行き止まりになるわね。
それが車庫に隣接して家の柱があるもんだから、運転席が開けられない塀の方に行く向きにしか泊められないのよ。(とても疲れるが助手席から乗降)

これがセーフでも家(=コンセントから電源取れる)じゃ無い所で上っちゃったら、マニュアルトランスミッションのと違って「押し掛け」が出来ない。
纏めると要するに普段は格段に楽で便利になったけど、いざ鎌倉となったら死を覚悟せいってなもんなのよ。

だから例えば仮に
Single Stroke専用ペダルだとか、用途限定をちゃんと謳っててこんなに静かになってますならOKなんだけどね。
対応力とかが落ちててもそれを謳わず気付かずに、あっちの方が優れてるなんて言われてもなぁなんだわさ。

<つづく>

2020年9月28日 (月)

音楽備忘録418 楽器の機械的雑音の話し①

先程某所某記事でSpeedkingの雑音に対し誤認があったのを目にし、居ても立っても居られなくなって本稿の割込み緊急開設だぁ。
現実的には高経年の中古品が主体だと、摩耗が最大原因でも実際結構カチャカチャ鳴っちゃったりするけどさ…。💦

俺はSpeedkingは買った時点では新品のと、持出しと予備兼用で新古品のを持ってて常用してる。
が他のペダルと比べてそんなにカチャカチャなんて言わないぞっで、冒頭の持ち主が披露してた動画のは案の定全体が銀色の高年式のだった。

その人にとっての現状としては確かに嘘じゃ無いんだろうけど、新製時の具合を知らない人に誤解を与えそうなのが俺には我慢ならなかったのよ。
同じ金型で作られてたって後年のになる程、幾ばくかは多分加工精度等が上がってるんだろうし。

そもそも昔になる程演奏音量が小さ目だったんだから、新品でもしそんなに酷かったんなら大問題になってちっとも売れなかった筈だ。
そこで雑音発生と関係しそうなペダル構造の変遷を考えてみるが、大きな変化があるのはフットボードとビータを取り付ける所の連結部分位しか無い。

特にSpeedking以降はそうで、近年のでもフットボードのヒール側のヒンジ等可動部全てがベアリング化されてる実機に触れた事が無い。
少しはありそうなあった様な気はするけど、俺みたいなのでも簡単に出逢える位じゃ無きゃ一般化してるとは言えないからね。

そうなると動作時由来の雑音は、加工精度に差があったらそのせいって事になる。
俺知りでは一般用途の金属部品の可動部の遊びが減り出したのは、どの分野でも’90年代以降だった。

これは多分特に量産品の場合、加工機器の制御がコンピュータ化されたのに依っていると思われる。
制御系統がデジタル化されるとエラーが激減されるので、その分誤差余裕を減らしても品質が維持出来るからだ。

そこで他の高名なペダルの基本設計年次が次の鍵になるが、機械屋的観点からだと是又Speedking以降ではこれといった進化は皆無に等しいのだ。
例えばAXIS等の片持ち軸受だが例の如く微かな記憶に基づきプチググれば、軸受の付く柱は2本のの方がやっぱり後発だった。

詳しくは http://www.vintagedrumguide.com/pedals.html 等こんなのを見て回って貰うとして、ペダルに大きな変革があったのは寧ろSpeedking以前なのよ。
なので摩耗に依る変化しか主因が考えられず、けれど2つの要因で古いの程この影響が出易いのは確かだ。

1つ目は使用時間の長さでこれは必然だが、2つ目の材質強度の違いもある程度は考えられる。
後者も私的体感では大きな変動があったのは上記「遊び減少」と同時期だが、悲しいかな本件に絶好の証拠物件を俺は持ってんだわ


それが’70年代後半製造の、従兄から譲渡して貰ったYAMAHA FP-702だ。
オリジナルオーナーもLive等で5年程酷使したが、当時ド下手な癖にゴリ脚の俺がSpeedkingを買う迄超酷使したんだから減り具合は半端じゃねーぞ。😅

これで一番摩耗が感じられるのは、フットボードヒール側のヒンジ部だ。
もうねえ凄いよ、横から眺めるとシャフトの通る穴が露骨に「楕円形」なってるのが明視出来んだから。

しかし程度は俺が著しく進行させたとしても、偏摩耗はもう貰った時点で既になってたんだ。
して核心たる演奏時の状況へ進めると、真っ直ぐ踏む分には違和感も異常な雑音も未だ特には御座居ません。

俺がスイベル奏法不使用(出来ないだけとの声も…)なのでそれもあるかもだが、速度と打数を稼ぐには無駄はおろか必要最低限の動作にしなくてはなりませぬ。
それには外見上足が斜めになったり左右に動いてても、フットボードへ働かせてる力のベクトルはほぼ真っ直ぐになってる筈でやんす。

差し詰め歩きスマホでも色々ぶつかったりするってのに、F1のハンドル握ってて余所見・脇見運転出来るんならやってみろってなもんだい。
だからもし遊び由来の雑音が凄く気になるんなら、ホントに深刻なのはきっと踏み方なんだよ。

昔ならそんな方々をFuck Youとかざまあみろなんて思ってただろうけど、齢取った今はひたすら老婆心的に心配でゲス。
演奏の可否は自己責任で済ませたとしても、誰かが少しでも怪我とかをし易そうになってるならね。

<つづく>

2020年5月14日 (木)

音楽備忘録281 バスドラペダルとフレージング26

大分長く続いたんでそろそろ本項は一旦閉めようと思うけど、原典体験が有益且つ重要なのはドラムに限らない。
尤も現代ではPAその他の「補助機器」の発展・普及で知らなくたって音楽出来なくはならないが、それならそれでやり方を再考するのがお勧めだ。

打込みや電子楽器を利用すれば人力・天然だけでは不可能なのが色々演れるので、例えばバスドラにトリガーを常用する位ならわざわざ生のセットに固執するのは最早時代遅れだ。
ってのも生+トリガーで「出来る事」は既にかなり出尽くしてるから、もし今から始めて追付く頃には「懐かしいもの」になってるだろうからね。

単純にそれが好きなだけで周囲の評価を無視出来るならご自由にだけど、例えどんなに上達出来ても貴方が初めて触れた時の様なインパクトを他人は決して感じてくれない。
特別に興味を持ち続けてる人以外には、時間の経過やオリジナルじゃ無い事の影響は大きいもんだ。

俺が古典ペダルで新技開発に繋がったのは千載一遇の偶然でしか無かったが、僅かな色気はあったもののそれが目的でなった訳じゃありませぬ。
単に自分の求めるスタイルを追及しようとしただけで、ある意味ホントは残念だけど「自分の齢」を受け入れたからだ。

本邦では未だにベテラン達人の一部に所謂「齢甲斐の無い」真似をするみっともないのが居るが、それを見てああにだけはなりたくないと思ったのが本音だ。
その何が駄目って道具や新風貌が演ってる音楽とミスマッチだったからで、採り入れ方の勘違いの典型なのだ。

ブームはとうの昔に過ぎてジリ貧の辛苦を舐めた挙句なんだろうが、「不人気でも残ってた良さ」をスポイルしては本末転倒じゃないですか。
Rock系も歴史が積み重なって新しくは無くなった以上、以前よりどれだけ「それらしく」出来るかが鍵を握ってると思っている。

それへ「三つ子の魂百まで」を加味して考察すると、世代や時期を否定するのは決して利口じゃ無いのは気付けるだろうか。
例えば今聴いても素晴らしい過去作は幾らでもあるが、出た当時の衝撃はその時に既に生まれてた人にしか体感は持てない。

とすればそれは世代特有の武器でもあり、例え新規開発するにしてもその「感覚」を活用しない手は無いのだ。
ベテラン或は新鮮味は失せた者・物が何らかの新規を企てられるとしたらその源はコレしか無く、換言すれば「世間視点の新旧を下手に気にし過ぎない」のがコツであろう。

僭越だが一応体験者として提言させて貰っとくと、ネタとなり得るのは音楽でもその道具でもシンプルなのが決め手だ。
既に色々加えられてる物だとそれに依る制約が大きくなってて、それの除去作業をする位ならそれ自体の「元ネタ」へアクセスした方が手っ取り早い。

今回はその中でお題に従ってペダルのみに絞っとくが、付加機能等の多い物程この目的には合致しない。
これには物理的に以下の様な問題が考えられ、多機能を搭載する為の土台に不要部分が発生する可能性があるからだ。

中にはEdward Van Halenなんかみたいに自分で思い切ってボディを削っちゃう様な勇者も居そうだが、本人談に依れば自加工前より音色が劣化したんだそうな。
完成品になってる物から削るより足りないのを足したり強化する方が技術的にも楽だし、当初は仮設としとけば駄目だったら元に戻せば良いだけだからね。

それからすると現代的な高機能なヤツはこの手のネタには不適格で、知恵無しでの追設は不可能でも古典的でシンプルなの程発展性は高い。
そんなん語っといて実際俺は殆どは調整しかして無いけど、手持ちYAMAHA FPとか従兄所持のTAMAので「擬似ロングボード」実験ってのはやったことがある。

それはフットボードヒール部を固定させる為に本体と連結してる嵌め込み式の鉄棒を、本体側から敢えて不安定になるが一時的に外すってのだ。
これは従兄がご執心のヤヤンクちゃんの擬似体験を狙ったもので、もし好結果ならその連結棒部分だけを新規に捏造!?してやろうって魂胆だった。

結局現時点では作製要望は出て無いが無償のプチ体験としては一応アリで、もし立派なアンダープレート付きのだったら邪道だがこんな芸当は即座に簡単にとは行かなかっただろう。
素手で分解可能な構造のだったら取敢えず一寸だけ試したい時、簡単だし楽だしで例え不完全でも様子見位はもう思い立ったその場で試せるんですよね。

<つづく>

2020年5月13日 (水)

音楽備忘録280 バスドラペダルとフレージング25

Drummerは副業でも昔からバスドラは猛ヲタで、その中でもかつては専門!?だったパワー案件を今日のお題にしよう。
当然の如くペダルの古典系・現代系とも絡めて行くが、ペダルの風貌のせいでどうしても古典系が非力に見えてる人も多いだろう。

既に正規の踏み方を会得済みじゃ無けりゃ少し試した程度では分からないが、体験からすると例えばSpeedkingは全く底知れぬ感じなのだ。
他の現代系ペダルだったら大体これが最大だなってのは直に掴めたんだが、もしかしたらSpeedkingでは未だに出せる最大迄到達出来てないかも知れない。

俺自身も知ってる分野以外では凡人そのものなので、見た目から購入当初はパワーは全く期待して無かった。
尤も元々足は強いが手は弱かったのもあって、モアパワーの要望が無かったのもあっただろう。

実際使用開始から1年間程はピークは未だしもアベレージ音量は低下してたが、力では言う事を訊いてくれないペダルなのが分り出してからは情勢が逆転した。
それでも暫くの間は「何か今無造作にしてたら一寸大きかったかな」と思っても、音色のせいもあって録音してみる迄は半信半疑だった。

ペダルだけじゃ無くドラムセット自体も古典的薄胴タイプのは、印象だけだと良く言やけたたましく無い悪く言や非力に感じられる。
特に叩いてる本人にはそう感じられるが、いざ録ってみたり遠くから聴いてみると正反対な事が多い。

これはSpeedkingがある程度手に負え出してから従兄の処へ自慢しにお邪魔してハッキリしたが、この件にはおあつらえ向きな事に彼の処のセットは厚胴及び一部深胴のでペダル共々現代系のだったのだ。
そこで普段自宅で演ってるままに叩いた処、無駄な爆音になって驚くやら草臥れるやら。

当初は部屋の残響が正反対なせいと思ってたが、その後毎週通い出して1年位経過する迄俺の耳は慣れられなかった。
ってより必要性が無い限りセーブする様に自然となってったみたいだが、どうやら自宅での練習の仕方がこんなのを引き起こしてたらしい。

ペダルがSpeedkingになるよりかなり前から、ドラムセットはレインフォースメント仕様のLudwigとなっていた。
このセットで良い音色が出る様にしようとすると、少なくともRock系では手抜きせず「ちゃんと叩かないと」駄目だった。

これはどんなセットでだって本来は共通事項なんだが、現代系厚深胴のになる程「ボロが出難くなる」のは確かだ。
手抜きで音量は落ちても音色はそんなに変わらなくて、単独演奏時だと殆ど気にならない。

これは後に今も休業中の別の仲間と3人で合奏する様になったらひっくり返っちまったが、従兄が単独演奏してる音は当時病み上がりなのにこんな音が出せるとは流石は先生だなんて思ってたもんだ。
実際叩き方の上手下手でかなり音色にも差は付くもんだが、それだって最低限音量が足りてて初めて有効化するのだ。

ペダルでもセット新旧の違いと同傾向で、誤魔化しが許されない点で古典系は厳しいとは言える。
が、どうせ本番が無忖度爆音楽隊なんだったら正直な方が却って親切なのである。

特にこれが真面目で練習熱心な人には影響大で、散々個人で温めといたのが無駄になる心配を排除出来るのだ。
敢えて音響の専門家として偉そうに!?指摘させといて頂くが聴力が健常であれば、Rock系等のドラムセットの至近音量はマトモな音量判定は人には不可能な領域だ。

でも達人達は現場で音を出し乍らバランスを取れるのはどうしてかってば、近い大きさのと「比べる」事は出来るからだ。
もっと原点的に言えば例えばDrummerとBassistが人も楽器も隣合わせに並んでて、バスドラとBassを同時に鳴らした時どっちかが小さいとか聴こえないとか…。

これがコロナ禍が無くったって日本じゃ環境等的に体験頻度を多くは持てないのと、過剰PA依存のお陰で極めて不利な条件下に置かれている。
今時生より練習環境を得易い電子ドラムがあるってのにわざわざ生で行くのなら、独りで演ったら凄い音・皆と演ったら聴こえなかったなんてんじゃ悲しいよね。

<つづく>

2020年5月12日 (火)

音楽備忘録279 バスドラペダルとフレージング24

今回は「ペダルが足に追付かない」なんてエキセントリックなのを掲げてスタートするが、普通は手だって足だって奏者の方が追付かなくなってるが…。
俺自身にしても手は基本的に全部😓・足だって殆どは何時も人の方が後れを取ってるが、Speedkingだと割と普通に出来るのが現代系ペダルだとそう行ってくれないのが1つ見つかったんだ。

それは俺言い「1足3連」(詳細は過去記事参照願)ってのとか、足首→脚の連続Doubleを演ろうとした際だ。
その主因を探るとビータ戻りの速さも少しはありそうだが、兎に角フットボードに爪先がヒットしてから音の出るのが遅過ぎだったからの様だ。

極端表現すると3連続だし速さも出そうとしてるんで、爪先が当たったらそれで音が鳴るより先にもう次を鳴らす準備態勢へ向かう様な足・脚動作をさせてる感じ。
でこれがSpeedkingなら爪先の接触感がOKなら想定通りに音が出てくれるのに、現代系では最悪時は足は3つつっ突いてるのに何と音はたったの1つしかなんて悲劇に見舞われるのである。

これの連打間隔を提示しとくと俺現状では、テンポは160位迄で4拍子系の6連符の半分分と云った処。
勿論バネ強もバネ凶だろうがこんな短時間になって来ると、どうも可動部全体の質量過大が不味いみたいなのだ。

重いとその分力が要るのもご苦労さんだが、これはまだ馬鹿力でも発揮させりゃちったあ補えるだろう。
どんな怪力でも通用しないのは「動き始める迄」の時間と、所謂「初速」の遅さと加速度の小ささだ。

例の如く交通系ので比喩してくが状況設定は、ヨーイドンでバスと人間で競争するとする。
スタート直後はどんな鈍足でも恐らく大抵何歩目か迄は人の方が先行して、その後はバスの圧勝となるだろう。

これで言えばこの奏法は「初めの一歩」で鳴らす仕組みなので、そこが速められなければ救いは無いのである。
しかも困るのはこっちがペダル君に最大忖度して速度を落そうもんなら、勢いに依るパワーが低下して足りるだけ鳴らせなくなっちまうからたちが悪い。

とは言えこんなフレーズは俺知りでは世界でもせいぜい10人位しか使ってないみたいだから何だが、鳴らせはしたとしてもこれより遅くて間に合うフレーズでも労力に差があるのは間違い無いと考えられる。
では足首→脚の連続Doubleの方ではってぇと、こっちはバネ凶の影響の方が大きい。

がそれ以上に響くのが「どれだけフットボードの奥で踏めるか」で、半分位はイメージだけにせよ「カカトで踏もうとする」からだ。
非連続であれば爪先がフットボードの後ろヒンジより前で踏めればOKなんで、フットボードの長さや使える範囲は大した問題とならない。

のが長く継続させたけりゃカカトもヒンジ前に入れられないと困難で、概述の俺言い「お邪魔プーリー仕様」なんかだとロングボードでも使える範囲が限定されてて無理だったりする。
これが平気だったとしてもロングボードでは踏み位置に依る負荷差が大きくなるので、バネが余程弱められないとやはり継続困難に至ってしまう。

これ等からすると現代系ペダルは古典必要最低限系のより、少なくともDoubleは演り難い物との答えになる。
ここで皆さんに問いたいのは「Single Stroke専用バチ」ってあるのかよで、あたかもペダルではそれが現代は許されてる様なもんじゃないかと。

俺は現代ペダルの方が悪癖を持ってるんだと吠え続けてるのは、こう云うのが原因なのだ。
今時はそんなに誰もがあらゆる奏法を駆使しようとはしてないみたいだから、大変気付き難いだろうがこれが真実だ。

「なるべく早期に皆さんSpeedking体験を」と連呼してるのはこれもあるからで、理想としては最初に踏むのがSpeedkingであると好ましい。
概述かも分からなくなっちゃってるけど実は筆者、生まれて初めてマトモにドラムセットを弄らせて貰った時のペダルが全くの偶然だがSpeedkingだった。

その後40年以上もずっとご無沙汰続きで意識としての記憶は無くなってたが、もしかしたらこの体験が三つ子の魂百迄となって何処かに残ってたのかも知れない。
この体験は従兄と共通の友人宅での事で当然従兄も同伴してたが、当時従兄はVocalistでまだ太鼓への興味は芽生えて無かったので殆ど触れていなかった。

もしタイムマシンが使えたらこの時へ戻って、無理矢理にでも従兄にSpeedkingを踏ませてみたい。
従兄とは従兄って位だから体の¼は「同じ部品」で出来てる訳で、得手不得手等の個人差があるにしても達人級でそこ迄Speedkingに違和感を覚えたって方が俺にはよっぽど違和感があるからだ。

最近は益々偏向報道も酷くなってるが、後で困るのは騙された方なのだ。
偏向現代ペダルでは足技育成に不具合が出ると思われるが、それをペダルメーカは一切補償なんてしてくないんだよ。

<つづく>

2020年5月11日 (月)

音楽備忘録278 バスドラペダルとフレージング23

前回提示した「古典ペダルに挑戦せよ」には他意もあって、これは今迄はどうも駄目だったからの前提も含めてみている。
何の事は無い現代一般環境から、一歩だけ踏み込ませてみただけの事だ。

俺はグズグズしてるのは好きじゃ無いからか単細胞だからか、従前はずっと効果の片鱗がすぐに見えない物には興味が無かった。
しかし従兄に依れば特にドラムでパワーやスピードを求める場合、急がず気長に構えないと他のより上手く行かないんだそうだ。

それがこんな俺でも実感出来る様になったのは極最近だが😓、出来ない内は全く想像が付かない様な処から出来る様になるからなのかも知れない。
体質次第で変わる可能性も大だが私体験では、速度を意識してたら何故か何時の間にかパワフルになってた等逆が結構多かった。

Speedking使用開始当初は実例があるにも拘らずパワーには期待してなくて、やはり現代比だと華奢なのがその理由だ。
何しろ体格も腕も本家達人には相当劣ってるんだから半ば当然の覚悟でもあるが、買ってすぐに壊したくないなんてのも正直あった。

それでいて色々捏ね繰り回した結果かから見えたのは、今更下らん話しだが楽器演奏と土木工事は別物でしたってな按配だ。
土木の方だって達人は最小の労力で最大の仕事を達成してるが、それ以上にこっちはホントに「コントロール命の世界」なんだなあと感じさせられた。

体験的に古典ペダルでパワーもスピードも一番上手く行ってしまったのは完全無意識の時で、全く予定も
無かったのに何となくサッと踏んじまった様な時だった。
ペダルで気付いてそれを手の方でも注意してみたらやはり一緒で、達人になる程何処の世界でも基礎練を重視するのはコレかぁなんて勝手に納得している。

尤もよくよく色々観察してみればよよかちゃんみたいな子供でもドラムでなら並み居る屈強な大人より爆音が出せてて、それからすると鍵を握ってるのはある意味すばしっこさらしい。
ここで速さと表現しなかったのはその質に条件があるみたいだからで、どんなに速くても速度の為以外の力が入ってたら駄目なのである。

それからすれば勢いだけ凄くて大人よりは大抵非力な子供の方が向いていて、体の軽さを補って余りあると考えられる。
重い程動かすのに力が要るし、どんな怪力でもどうしたって動き始めは軽いのよりは遅めになる。

但し一度動き出すと慣性モーメントが大きいので、どんどん加速して行き易い。
何れにしても簡単に動かせればそもそも力は少なくて済むし、そうじゃ無い方だとその代り今度は止めるのも大変な位となっている。

これらを総合するとどんな体の持ち主だろうと、必要最低限の力しか込めないのが瞬速には相応しい様だ。
これに対して道具側で重要となるのが動かす為のパワーの程度で、極力「自分の体を動かすだけ」以上の力が要求されぬ事であろう。

この条件を満たすにはバネ強さ・可動部の重量等が小さいのが先ず向いてるが、その他にも与えた力と勢いをそのままの形で皮をぶつ所迄伝えてくれるかどうかだ。
手の方ならバチは手で直に持ってるからその反応は手応えとして伝わって来るが、バスドラペダルの場合はビータと足の間にメカが介在している。

ここで余計なお世話を焼いてくれると、例えば初めの内は踏んだのよりパワフルで快適なんて思うかも知れない。
しかしそれでは反応がリニアじゃ無いから、何時まで経ったって「正しい足加減」ってのを知る事すら出来ないのだ。

せめて手の方も同じタイプのペダルでも使って叩いてるんなら良いが、手は分かり易過ぎで足は分かり難過ぎじゃシュール過ぎやしませんかねえ。
古典ペダルを体との一体感がみたいに語られてるのは多分この事で、素手でだったら自分で動かせる限りはそのフレーズって全部出来るんだからさ。

<つづく>

2020年5月10日 (日)

音楽備忘録277 バスドラペダルとフレージング22

もし俺がヴィジュアル系を目指したかったりしたらってそう云うニーズは偶然生じなかったけど、チビなのにゴツくて…だから今よりもっと苦しい事になってただろう。
でも殆どのケースって希望と理想は先ず一致してくれないし、どっちかってば正反対な位のが多かったりするよね。

これが商業的に成立させようってんなら無理な注文で即終了だけど、私的な趣味に留める場合に却って微妙な状況を生んじまったりするもんだ。
上手く行かなさそうでも体感したいとかそう云うのだったら絶対否定すべきじゃないけれど、上手く演れ無さ過ぎて全く楽しめなくてはそれも困る。

なのでプロじゃ無くたって工夫は必須で、でももし独自の秘策でも思い浮かんだらそれ自体も大いに楽しみの1つとなる。
そこで今回から「向いて無いけど何とかしたい」へ焦点を当ててくとするが、それにはやはり機材や奏法の選択は大変重要となって来る。

一参考例として俺のSpeedking使用前・使用後に出た相違を述べとくと、それ迄出来なかった思い付きもしなかった技が可能になったのは概述の如くだ。
がそれだけじゃなく嫌いなタイプの現代ペダル使用時にも結構な相違が出てて、無論ペダル違いに対する慣れは少し要ったがSpeedking使用時よりは大部落ちるも使える技がかなり増えてたのだ。

それからすればSpeedkingは随分第一印象の悪いペダルとも言え、古典ペダル未体験だとその期間も相当長く感じられてしまうらしい。
今はほぼ手放しで絶賛してるがここに至る迄は遠い道のりで、この方面ではヲタの俺を持ってして凡そ3年位掛っている。

生来の相性もありはするだろうが歴史的観点に立って分析すると、それでもSpeedkingかPremier 250系統のどちらかが大抵誰でも許容範囲に収まる筈だ。
この2つが特に現代ペダルと違うのは全てが「軽い」処で、恐らく必要最低限の抵抗勢力となってると思われる。

先ずバネが強過ぎたら腰・膝より非力な足首で踏む気が萎えるが、それにはどうしたら無理無くバネを弱められるかも影響して来る。
足が離れた状態でビータがペダルのニュートラルポジション迄戻せない程弱くは通常出来ず、それは主に可動部の重量に支配されている。

丈夫な程安心で良いには違いないがでは例えばエレキGuitarの1弦は、全力で引っ張っても絶対切れない程丈夫なのかだ。
それも演奏時のやり方と比較してでは無く、両手の全部の指を掛けても良いし軍手か何かを嵌めても良いとしてだ。

なんて試した事無いからどうなるか知らんとは無責任な話しだが、Bassの最低音の弦ですら登山用のザイルみたいに頑強な訳じゃ無いよね。
それがどうもイメージ先行でドラムのだけ変なドーピング信仰みたいになっちゃって、何でも演れるより先ず頑強みたいな悪い病が氾濫しちまった。

これとは逆にエレキ弦楽器の方では弦をどんどん細くしたり弦高をやたらと下げて、こんなに速く沢山弾けてどうだ凄いだろうって商業主義オリンピックやってどうすんのってね。
歪ませを無暗に深くするのなんかも稚拙さでは同様で、弾き損じて弱くなっても足りるだけ歪んでくれっから楽だなんて…。

これってどっちも「それしか演らない」「そっちしか気にしない」ならそれでアリに思えるだろうけど、潜在意識が植え付けられてない人が聴けばそれ以外も気にされるんだからさ。
そこで敢えて世に問いたいのがJohn Bonhamより強い爆音が出せる人教えてで、同じ位の人なら居ても誰が聴いても明らかに上回ってる人は居ないと思うんだけどねえ。

でそんなのへ初めて到達した人達は当然てば当然だけど、現代比だと遥かに軟弱な機材で皆それを達成してたんだよね。
専用じゃ無いし特化してないからそこ迄持ってくのは中々大変だけど、道具に色が無いって事ぁそれって全て「奏者の色」だったって事なんだけどどうすかねぇ。

故に古典ペダルは根気の要る事おびただしいのが現世相にはマッチしないけど、私的には最低5年は継続挑戦してからダメ出して頂きたい。
しかも得手不得手無関係に何でも試してみて貰って、けどその代りそれにある程度慣れて来たら必ず奏法が増えてたりするの請合いですから。

<つづく>

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