音楽備忘録1967 楽器音色一般のイメージと実際の違い⓫
Drumサウンドを筆頭に、1つ大切な事を書き洩らしてたんで早速それをば。
毎度段取りが悪くて済まぬが、具体内容へ突っ込んでからじゃないと巧く綴れないので御座居。
で今回話題の中心は所謂「胴鳴り」だが、この表現自体が器楽音のどれが何なのかを知ってる前提なのだ。
故に専門知識未所持の人達にとっちゃ、その様な半可視化イメージなんて湧いてねんですよ。
処か自身が携わってる楽器でさえ、物理音響的側面から正確に捉えられてるとは限らないんだ。
それが専門担当者だったら別だがそれ以外の誰がそうなってたとしても、それ自体はに全く罪は無いんざんす。
例えば純粋な奏者なら自身ではどう解釈して様と、実際良い音色が出せたりしてりゃ良いっつうかそっちの方が遥かに大切ですから。
でⅡでそうした場合AとBでは何かがだいぶ異なるのは分かっても、物理・音響的には誤った原因を思い浮かべたり信じ込んだりしてるケースがあるん。
にも拘らず変に長く携わってると信奉してる誰かが1は2だなんつうと、本当は違う原因のせいでも段々頑なになってたりするんだよ。
杜撰大王的典型例のとしてはLudwig Speedkingに関する色々が正にそうで、正直世間の8割はロクにじっくり体験もしてねえのにいい加減な事言うなって思うだよ。
つまり実害が無い分にはどう思ってても良いけど、他人に間違いを伝授したりするのはアカンでしょ。
ので例えば自身のサウンドに対してとか他人のに対しても単に好き嫌い迄だったら個人の自由だが、口出しするなら正確じゃないとね。
ってイメージ的には最も相応しくない奴が吠えてる体で、正直実際に過去にはそう云うやらしをしてまつた御免なさいまし。
なのにあまり人手を借りずに修正出来たのは、色んな録音や膨大なMicセッティングを試して来たからだ。
私感としてミュージシャン兼業の技師なら思春期から始めて、大凡50歳位の年月と体験を積まないと厳しいみたいだ。
大昔なら使用可能Mic本数・Mixer卓・トラック数等どれもに限りがあったんでそこ迄掛からなかったが、現在ではトライすべき事象が膨大となってもうた。
尚且つ現代一般環境的に試し辛いとか経験し難いのも少なくなく、それ等へは千載一遇の機会が訪れるのを待たなきゃなんない。
後者は技師専業でも何処かに所属してると、そこの流儀に反するのは中々試せんし。
かと言って個人や少人数集団ではそれに依る制約で、今度は別の箇所で不遇を容認せざるを得なかったりさ。
杜撰君自身は後者に属してるが、長年やってるとレアニーズ・ケースに遭遇する事で知己が得られたりしたんだ。
普通ならお断りするであろう和太鼓のボウヤとか、狭小LivehouseでコンデンサMicが無くダイナミックタイプで純和風の三味線のPAオペレートとかかなり奇想天外なのがね。
その時は心身共に大汗かいて腐心したが、ずっと後になってみると実に全く貴重で幸運な体験だったなって。
それからするともしか舞台関係等の下働きをしてみるのが、今劣化本邦では最も生耳聴きの機会が多いかも知れないな。
杜撰大王からしたら「誤った正義」だが今時お金を払ってくれた相手には、PAを通して整えた音じゃないと失礼と思ってるらしいからねえ。😵
-続く-
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