ペダル

2022年6月27日 (月)

音楽備忘録1047 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし④

この項は珍しく今回で一旦店仕舞いさせるが、充分なストロークにばかり拘ってたら速度を上げるのには向いて無いがの件を。
だからこそホントに自然体で上手に演れてる人の程「とっても小袈裟」に見えたりするんだが、根っこは速度に執着してるのが俺には裏目になってたらしいん。

足・脚の動作完成前に速度に気を取られると、要するに毎度の古っだが「慌てる乞食は貰いが少ない」になるんだねえ。
是又俺にはスピキンのご利益だってあったけどそれはキッカケがメインで、踏みの軽さのお陰で以前には無かった継続させる欲が湧いたのが
少しは効いたか。

それで少し挑戦し出してみると幾ら最大が強くても、より問題になるのは最弱っちまった箇所の弱さでしたん。
なまじまあまあパワフルに行けてると一寸の弱さが際立つもんで、先ずはそれを如何にして駆逐してくかが課題になったんだ。

速度と爆音に深入りしてく程継続力がものを言うのを痛感しちゃって、それは実際の楽曲中で好きな時に好きなだけ入れるのに必須でさ。
杜撰式の奇怪な視点かも知れんが高速化すると1回の時間ってどんどん短くなってって、幾ら凄くてもホントに一瞬だけで終っちゃうじゃん。

ゆっくりだったり1回りがそこそこ長いフレーズだったら良いんだが、幾ら手とのコンビネーションを交えてもバスドラって手みたいに音色のバリエーションは持たせらんないっしょ。
何しろ手と違ってぶつ場所は、一旦セットしたら途中ではほぼ変えられないんだから。

この面でフレーズ以外に際立ったインパクトを与えられんとなると、戦艦大和の主砲より機関銃的戦法を取らざるを得んのですよ。
実は杜撰と脚には絶大な自信の揺るがない拙者にもその筋ので苦手なのがあって、Philip Baileyは’84年のアルバムChinese Wallの8曲目Time Is a Womanの終りの方であのPhil Collinsが踏んでたヤツだ。

それが「(ドド)タドッドド タドッドド タドッドドタンド」でなってたので、技術的には超速ダブル裏拍入りの3連ちゃんって俺麻雀は全くわっかりっましぇーん○×△□。
じゃ無くってタドッドド1つだったら本家より全然速くても平気なんだけど、続くと2つ目の途中から怪しくなって3つ目には破綻してたっつう。

稚説明じゃする意義が怪しいが一応:冒頭の()は前の小節だが演奏技術上は連続してるので付記、タ=Snare,ド=バスドラ…のつもり。
今はもう1つから6つ位迄は連続しようとどうしようと随分自由になれてるのに、ちっさい「ッ」の給付が…なら入った方が良いが…休符が入るとどうも調子が狂うみたいでねえ。

もしかしたら従兄の苦悩を俺版にしたらそんな感じなのかなって思ってんだが、盲点っつうかピッチャーの球種次第で投球時に出ちゃう癖みたいなのか分からんが。
しかし非利き腕が表拍だと練度か足りる迄は少々違和感を覚えるとか、もっと典型的なのだとギターのカッティングで拍の表裏がダウン・アップになるのを逆にしようとしたら相当大変だってのはあるよね。

最近漸く克服の兆しが射し始めてるがここ迄の自己分析をしてみると、ダブルは並速のでも完全な連続か独立してるのが殆どになってた様でね。
その中間領域(少しだけ間が空いてる)のは幾らもやって無くて、それが「予備動作寸前」の状況不備に繋がってたみたいなんだ。

体質から来る癖としては個人のスタイルとも看做せなく無いが、もっとバリエーションを増やしたいとか先へ進みたいとなると取敢えず不慣れなアプロ―チも試しといた方が良いかなって。
そうした処で適性が無ければ頭打ちになろうし、出来る様になったからって日常的に活用する様になるかは分かんないけどさ。

只例えば「あのお方なら流石にこの程度のだったら朝飯前だろう」で依頼を受けたりした際、無自覚なままで居ると迷惑を掛けたり評判を不要に落す懸念はあるよね。
とかく音楽界ではメニューはシェフお任せみたいなのが多いが、出来るのと出来ないのが最初から分かる方が頼む方も頼まれる方も良いと思うんだ。(何でも出来ちゃうのがベストではありんすが…💦)

<おしまい>

2022年6月23日 (木)

音楽備忘録1043 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし③

さて如何に無礼講不問に近い間柄のドラム講師の従兄と言えど、最初から生贄目的だけで終らせるつもりは無いんでその後の成長もちゃんと綴っときませう。
杜撰大王は雑で粗野だけど行為や錯誤には激怒しても、人自体を延々ネチネチ恨んだりするのは大嫌いなんすこれホント。

ってかどっちかったら自分がやらかし易い口なんで、仏の顔も三度が一度になっちゃったら困るだけって説も…。
さてさて要約すれば従兄の低迷は体調不良と「自分じゃなくて生徒にさせる」に特化し過ぎたせいだったみたいだが、結果的に何時の間にか実践不向きになってたそうだ。(それで今録り待ちさせられてる~ぅ)

だからこの件についてでも脚だけとか・前後にこれをやり難いシチュエーションの無い状態が多かって、学びたい人に分かり易い試技には最適でも実用に難だらけになっとったん。
低迷期の従兄がトゥ→ヒールで難があったのは、兎に角トゥ時の爪先の上りが不足気味且つ不安定だった処。

それでもプチ失礼乍らもっと昔みたいに単打でも非力だったら良かったんだが、そっちだけ先にパワーが出せる様になってたのがこの件では多分不味かった。
従兄は膝・腿・腰より俺言い足首優勢タイプだったんで、ベタ足とか他の方法でも可能な単打でも足首依存度が低くなかったらしいん。

しかも生来の左利きを親に矯正された(昭和頃迄日本じゃそれが常識だった!)せいで神経に無理が掛ったか、一般比(この場合は生来が右利きの人)だと一切合切が逆転してる傾向が未だ少なくないんだ。
なのでダブルもヒール→トゥの方が得意で、俺にしてみりゃ良くそれで2発目を大き目に出来るもんだと驚愕ものだったん。

尤も暫く経ってから分析したら「彼の出せる最大」を出して無かったから、そんなバランスも可能だったんだけどね

わ兎も角技も凄いがその使い方が更に上手なもんだから、最適じゃなくてもどうにか切り抜けられちゃってたんだろうな。

で大過去述だが脚だけ膝だけでも可能なのを殆どので足首主導で行く癖が付いちゃってたんで、バネ最弱スピキンみたいのになるとペダルの予備動作がかなり不足になっちゃってたんだ。
俺はゴリ脚が健在なのでずっと先にならないときっと体感不可能だろうが、筋肉のどれかへの最大負荷を抑制するには複合動作の方が明らかに良い。

具体的には爪先支点で足首に依る蹴りを脚上げの初動に利用してて、脚力に恵まれて無かったらそうでもしないとたちまち草臥れそうだからねえ。
従兄は必須な程弱脚では無いんだが、長く安定した演奏をするにはエコな方がそりゃ絶対良いからね。(達人限定)

けど「最初がトゥ」 じゃんけん…じゃ無くっ
て…に限っては、脚よりビータの返り(ペダルの予備動作)→フットボードの所要上昇を最優先にしなきゃ無理だべ。
原始的ベタ足(アシモ君のとかじゃ無く大昔の玩具のゼンマイロボットみたいな単動作)主体の俺ですらバネ力と音量のせめぎ合いで腐心させられたりしてたんだから、幾ら超絶達人従兄でも2つも不利があっちゃそりゃしゃーないって。

これで最近痛感したのは実際の動きの本人への見え難さで、ビータがバチ位の長さがあったらもう少しは視確認出来るんだろうけどねえ。
いやさバチだってBuddy Richみたいな超速になると、大昔の漫画表現みたいに1コマに1本が10本近くに増えたかの様になっちゃったりするけどさ。

なのでそりゃ音量も音色もどうでも良かないが、先ずはフルスイングを心掛けるのが大切なんじゃないかな。
最大ではどれ位足・脚のストロークが必要なのか、色々技に入るより先にしっかり体に覚えさせられてたらね。

そしたら文字通り「二の足を踏まされる」様なのは、かなり減らせると思うんだ。
それからすると習得にはフットボードの割に沢山ビータが動いてくれちゃう様なのは不向きで、欧米人よりゴツイペダルを好む人が多いってのも実にナンセンスでんな。

っと嫌味の1つも漏らしたくなる位、結構その筋のあちらの本家って案外今比じゃ華奢でちっこいの使てたんだ。
全くDrummerじゃ無かった頃は全然感じなかったのに、今はSpeedkingに狭っ苦しさを覚えてたりして。

<つづく>

2022年6月19日 (日)

音楽備忘録1039 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし②

今日はトゥ→ヒールのやり始めで気になったのを綴ってくが、俺の場合はSlideに対する足首のパワー不足が看過出来なかった。(筋力じゃなくて音よ)
これには個人的志向の伏線もあった様で、奏法不問で「聴こえる様に踏んだのは何時も同じ様に聴こえる」の拘りが強かったからなのかなぁ。

最近は16分音符のダブルが使われてる機会が減ったし、録音の向上もあってか昔みたいに「2つ鳴らしてるらしいのに1つしか聴こえない」ケースは激減したみたいだ。
でも’80年代途中頃迄のでは当り前な程頻繁にそんなのがあって、個人的にはそれがとっても嫌だったんだ。

意図的にアホっぽくしたのだったら別だが、俺言い「ドンパン節」(日本の曲じゃなくてDrumパターン)は単調さと知能レスっぽさがどうも…。
それが是又俺言い「大人っぽ系16」の基本パターンでは通常はバスドラパターンがシンプルなだけに、2回に1回しか出て来ないドドッがドッになっちゃうと唯一の特徴が無くなるじゃんか。

って時代も違うんで念の為に俺想定のパターン自体に触れとくと、Hi-Hat(稀にRide)は8部連打・Snareは在り来りの2拍4拍でバスドラがドッ・・・ドドッ・・・でありんす。
この手のって録音やPAより実音を重視すればドドッの1個目は小さ目な方が良い位で、もしピンと来ない様なら試しにわざとドドッ
ってしてみりゃよか。

ってもヒール→トゥが得意でもないと厳しいかも知れんで、そんな時こそドラムマシンや打込みでシミュレートするんでがんす。
言い出しっぺの癖に過去に↑を自ら試したかもう完全に記憶が無いが💦、何れにしても1つ目の方が大きくなると変だとは思うんだ。(但し強(表)拍の前に16分が追加の場合)

この様な用法ってSnareのゴーストノートと同系統で、本質的にはオプション・オマケ・隠し味的存在のケースが多いだろう。
から小さい分には確かに迷惑は掛けなくて済むけんだど、かと言ってあまりにたまにしか聴こえないってのもジャンルやパターン・フレーズ次第じゃどうかと思うんよ。

私的分別としては演られた過半数が聴こえりゃ可・それ以下なら否で、それは解釈次第じゃ基本パターンが違っちまうからだ。
前者に比し後者みたいになっちゃうとドッ・・・ドドッよりドンパン+遊びと捉えられるのが自然で、リズムの粗次第じゃ16Beat感が殆ど損なわれるんじゃないかな。

ので私的にはなるべく音量差の出難い方を夫々がデフォにしとくのがお勧めだが、かと言って何時迄もかつての俺みたいに避けて通ると苦手領域が出来ちゃうんだ。
それが昔だったらClassicやJazz畑出身なら足首踏み(今のトゥ)は最初から必須だったが、学園祭に一寸だけ出られればいい程度だと縁の無い方が多い奏法だかんね。

テクヲタ系の人だったら当初から挑み続けるだろうが、今度は単純な一発だけでお客さんを満足させるのがそっちへ寄り過ぎると遠くなる。
ある意味それの成れの果てがトリガー常用で、けど俺様にすりゃそんなんで構わんならもう足首じゃなく足の指だけでも良いじゃんなんてな。😅

わ兎も角奏者の脚が足首優勢か膝優勢かにも依ろうが、脚でも力じゃ大きく鳴らせず足首でも暫くは試し続けられるペダルに出逢って漸く道が開けたんだ。
尤もSpeedkingもL-201から20になって、付属のビータL-1286も世界情勢や為替の影響で超高価になっちゃったから微妙なんだけど。

けど俺みたいに脚が重目で膝優勢だとスピキンやPremier 250(S)みたいな、足首踏みするのも当り前時代の設計のか裏技を使ってでも現代平均よりかなりバネが弱められないと厳しか。
段々慣れて板に付いて来りゃ他のどんなのでも全く不可では無くなってくが、突詰めてくと最初と最後(多分大体体験済み)へ目を向けるとその方が明らかに好成績だす。

<つづく>

2022年6月15日 (水)

音楽備忘録1035 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし①

何時も通りドラム講師の従兄のTwitterからのインスパイア始めだが、ワンパターン承知で敢えて綴ってこう。
直接的な動機は「トゥ→ヒールが…」が目に入って、自分が挑戦当初に意識上でした工夫を思い出したからなんだ。

彼曰く「ワンモーションで力を使った感覚無しで出来るという前提がないと、その先のどこかで必ず行き詰まる」、に対してへえーそうなんだなんて天才!?のおごり丸出しの俺。💦
がその直後に意識過剰になってると確かにリズムや強弱の制御が悪くなるよねっと、からのそれを克服するキッカケで従兄には過去に一度位は話したつもりでいるが定かでは無いのがひょっこりとな。

もし又ここで記録しとかんともう次は無いやも知れぬので、正に備忘録ついでで何かの助けになる様ならって趣旨でごんす。
前置きはこの辺で一般的な一応「踏めるようになった」ってのは単打なら足に負える状態になってるんだろうが、慣れてないのにもう1つ追加しろとなれば元の出来てた分も不安定になったりするよね。

俺の場合天然状態ではSlideの方に適性があったのと、足と脚(つまりはトゥとヒール)の音量差が過大…でも当たらずも遠からずだが課題でずっと先送りしてたんだ。
その宿題にヒントをくれたのもLudwig Speedkingで、バネを極端に弱く出来る事で試すのが自分の通常領域に入ってくれたんだ。

何しろ爆音命君としては「んがーっ」と踏めなきゃ将来性が無いから、酷い話しだがある程度は力任せに応じてくれるのに喜びを感じちゃったりしてね。😅
処が未体験の軽さになって来ると踏み込み側は良いが、従前の方法だと自分でちゃんと上げないとゴリ脚の重さで全然ペダルが戻らねえぞっと。

そこから良く考えりゃ「先ずちゃんと上がってなきゃ、しっかり下せる筈もないやん」とプチ意識改革が起き、俺の踏む前の足・脚上げって一体どうなってんだって初めてちゃんと観察してみただよ。
そこから自分なりに得られたのが例の「手と一緒」論で、大体は鳴らしたい寸前の裏拍タイミングでバチを振り上げてたりするじゃん。

これビジュアル的には微動だにしない次の瞬間にいきなりガツンの方が恰好良さげな気もしなくもないが、一々意識しないでタイミングを安定させるには所謂「予備動作」は必要ですわね。
タイミング取るのに「いち,にっ,さん,ハイっ」よりゃ「…ハイっ、ジャーン」の方がシビアだけど、ノーカウントよりゃ万一の小失敗だったら修正する暇があるじゃん。

それがトゥ→ヒールの際どうやら当初は、単発の時の予備動作をそのままトゥに変えようとしてたのも不味かったらしくって。(完全無自覚)
楽するアイデア的コース最優先でコケてるって、ねぇほら杜撰大王の真骨頂でしょ…。

でもねえ万一それで行けちゃうなら良い意味での単純化は好ましく、そんなでも常に失敗してる訳じゃ無いんでね。
けど単発&Slideに半端に慣れてると、もし頭が全く杜撰じゃなくても体には癖になってたりしたんじゃないかな。

ので体の動作は「各部1回のみ」でも、人に依っちゃ手始め時は2打は2打って思ってた方が良いらしいんだ。
こんなの文章だけだと初歩的に過ぎ今更感噴出だが、そんなに常に瞬時に頭と体がシンクロさせられるんなら方法を知ったらきっと即完成してるっしょ。

して最終的には「ワンモーション」感覚はとても大事だし半ば必須なんだけど、2打意識が希薄過ぎると1つ目の予備動作がお留守になり易いらしくって。
ダブル奏法を持出すからには間隔が短いからで、実際の予備動作開始タイミングは単打の時と変わらないのが多いんだけどさ。

でも僭越乍ら以前の従兄の実動作を見せて貰うと少なくともスピキンみたいに無忖度ペダルでは、1打目の予備動作が小さ過ぎるし一寸曖昧な印象だったんだ。
今は現況の彼にはスピキンより他のの方がフィットするのも分かったし、予備動作も大分キビキビする様になってるらしいけどね。

<つづく>

2022年4月25日 (月)

音楽備忘録984 中古楽器 体験的実情編➍

ここから徐々に内部へ侵入して行くが、これに際しPAや録音機器も含め外観のみ・触診・分解について記しとこう。
例え新品であっても万一木材の内部にスが入ってたりするのの見落としもあり得、物理的に厳密な追及は不可能なのだってある。

そりゃ中には買う方も作る・売る方も完璧を追及してるのだってあるが、楽器にとっての完璧って必ずしも工作物としての完全度とは一致してないんだ。
それ故例えどんな主義であったとしても音や使い勝手を差置いて、完璧さを求めるのはお止しになるのをお勧めしやす。

とは言え近年主流化した通販は手作り品にはデメリットの方が多く、現況では楽器屋から遠い人への真の福音には足りて無いのが現実だす。
強度構成部だって影響はあるけど何たって共鳴部の具合は、所謂「打音検査」若しくはそれに類する方法じゃないと中々確認出来まへん。

この部分で考慮されたいのが「組み上がってどうなるか」で、材の質自体は全て良好だからってそれだけで良く響いてくれるとは限らないからなんだ。
又機種や販量次第でこれの必然性に差があるもんで、大量生産タイプのの程厳密な出荷検査を経てる新品でも「実確認」が大切だ。

これってビジネス構造的に例えば100本作って不良が1なのと、10本中の1本では収益性が問題になる度合いが違うでしょ。
そりゃ中には稀に少量生産でも返品・交換に応じない様な黒い処もあるやもだが、もし月に1本位しか売れないので「全く売れなかった月」が生じるとえらいこっちゃろ。

さて通販しか難しい場合の秘策!?は敢えて後回しとして、取敢えず金属・樹脂・木の3大別毎で続けて行こう。
楽器や音響用途では金属系は主に強度部品として使われるので、裏側だけに入ったヒビ等以外は大体目視だけでも把握出来る。

但し著しい腐食(錆び)がある場合等はその深度が目視のみでは想像域以上は、木は表面以外の杢目(無塗装若しくは可視塗装限定)やス入りの有無と程度に関してと樹脂系では最重要な劣化度が画像や目視での判定が困難だ。
尤も体験的には過去物程製造・加工精度を高く出来なかったんで、業務用度の高いの程俺言い「不完全マージン」が多く取られている。

なので摩耗度以外はそんなに気にしなくて平気なのが多く、元からギリギリ強度になってた様な廉価品の場合は注意が必要だ。
只製造時期次第(主に1970年代後半)で安くても木部の質は良かったのが国産には結構あったから、金属部は端っから交換するつもりなら逆に出物に変身する。

ワンポイントメモとしてバランス的に体験に依ると1980年以前のは金属や電気部が、それ以降のは木部に弱点があると考えて良いと思う。
貧なので未実験な杜撰大王ではあるがそれ故ビンテージ趣味の無い人なら、昔の木部と近年の金属・電気部を組合わせると面白そうだ。

特に近似品複数所持が無問題とか必要な方の場合、これは専門知識レスでは最も効果的な「自前改造」の手段よ。
っつうか1980年位以前は金満達人ですら、録音用の珠玉の1本の為にそんな真似をしてる方が普通な位だったし。

では最後に木の内部を知る秘策で御座居ますが、残念乍ら完璧には程遠いけど「重量」ってのに結構表れてるのも事実でやんす。
但しⅡで同一品の平均重量も分かってないと効力を発揮せず、珍品・希少品には通用してくれまへん。

<つづく>

2022年4月12日 (火)

音楽備忘録971 RockのスタンダードⅡ㉗

続いてRockでのミュートの使われ方へ進めてくが、今回は音色よりも奏法関連を中心に行ってみよう。
前回のエレキBassのミュートしっ放し等は音色にも大きく関係してるが、音色のまろやかさは音質調整でもある程度迄は賄えるんでね。

では短く終れそうなDrumのから行くが、他ジャンル比では奏法的にミュートするのは一部を除くと種類・頻度共少ない。
出せる音色の巾とか種類を最大にしたきゃ、フルオープンのが得られなくなるんで持続的なミュートは駄目だ。

叩く方で一々何とかしなきゃならんのは面倒に感じるかもだが、BongoやConga等では至極当然の叩き方。
それ等に疎い人には同じ楽器から出てたとは思えない程、そうしとくと表現も音色も巾を広く取っとけるっしょ。

ではⅡでその一部ったら先ずバスドラ次にSnareのBackbeatで、前者はRockだと楽器ノーミュートで踏み方もオープンのみってのは滅多にお目に掛からんよね。
後者のだと楽器ミュートの如何に拘わらず、最タイトを求める場合「打ったままバチを皮に押付けとく」のがある。

これ等も音色もだがやはりそれよりも、最大の目的は音の長さなんじゃないかな。
弱いとか小さいは普段はご法度なRockなんで遠慮せずにブチ噛ますが、かと言って音量の大きい時間が長いと他パート(特に歌詞の子音とか)を侵害してまう。

又してもの昔語りで恐縮だがこれも昔の日本じゃ、音量その他全てが伴奏なんだからってんで歌手最大忖度が常識だったんだで。
若干無礼もグループサウンズのにそんなのが多かったから、私的にはRock非認定になってる位でね。

尤も肉声がボイスでなく歌なんだったら、最近の小さ過ぎるのは歌詞の聞き取りで疲弊させられっから勘弁だけどな。
この辺はRockどうのよりゃ固定のSoloistと伴奏なのか、Bandとかグループなのかにも依ろうが。

戻って俺がグルさん達で最も気に入らなかったのは、激しい曲でも歌が入ると伴奏が妙に大人しくなったりしちゃう処。
僕ら何時も全開さとか語っといて手加減してるのが露骨に見えちゃうと、その時点でこっちは途端に萎えちゃって。

歌謡曲でもPopsでもそんな聴き方するのって、本来はこっちの要求が我儘過ぎただけなんだろうが。
何れにしても音量や音色を殆ど弱めずに他との共存を図るには、可能な範囲で鳴ってる時間を短くするってのがほぼ唯一の手段なのよ。

これも今だと録音では音響処理等だけでもある程度行けるし、Rock以外のでやっても平気にはなって来てるだろうけどさ。
曲を作る時点で最初から確実に選択肢に入ってるとなりゃRock系だけで、コード・構成・フレーズのどれもが最もシンプルで少なくても充足させられるのの1つとなれる大きな要因ずら。

純粋な演奏だけなら未だしもこう云う違いを生む源でもあるんで、俺は一寸拘っちゃうのよ。
私感としては昔比だと今は歌謡曲やPopsですら如何にも頼り無い音色のなんて無くなったが、逆に音色の割には非力な曲ばっかりになった感じがしてね。

今回のDrumでだと歌バックのリズムパターン等への影響が大で、歌の無い箇所と露骨に変えたりしなくても良くなる。
歌最大忖度で極度に音量を落すとなると、細かい音符の連打とかは殆ど埋もれて聴こえなくなるだろうしさ。

<つづく>

2022年4月11日 (月)

音楽備忘録970 中古楽器 体験的実情編➊

俺の場合は貧が原因でひたすら中古の歩みが続いているが、誰にでも新品が無理な事だってある。
潔癖症等の事情で手を出せない場合は仕方無いけど、だからって新品だけで比較検討するのは感心し兼ねまする。

って事って半ば専門化しちまった本件の色々を披露してこうと思うが、先ずは新品だけでその楽器を知ろうとするリスクから行かせて頂こう。
最初の例は半分私感ではあるが、楽器に使われてる木材の質だ。

海外大手量産品の場合では1980~90年位のに質の低下が顕著で、国産のも所謂コピーモデルでは体験的に近似だった。
国産と比べれば海外製の方が当たりハズレの巾はあるが、大量生産では平均値を下げざるを得なかったらしい。

のでその時期のの抜け道としてはエレキであれば、Fender・Gibsonの2大ブランドのは諦め俺言い「第3勢力」のがお勧めだ。
その第3ってのはブランド知名度はあっても販量の少な目ので、特に他所で欲しがる者が少ない材を選択してる様な処のだ。

木材供給自体の問題としてはもっと知りたきゃWikiれば良いが、近代での楽器用としてはマホガニーの供給難辺りが有名かな。
↑の2大さん地理的関係も手伝って南米産を主体としてたのが環境事情等で急に厳しくなり、予定外の産地変更での色々な対応が当時は間に合わせらんなかった。

今振り返れば天然素材には起きて至極当然の問題だったんだが、奴さん方それ迄は金と力で何でも解決出来てたから甘く見てただけだったんだけどさ。
それが同じ米でもリッケンとかみたいな小規模の処では端っからそんなビジネスして無かったんで(ってか無理だった)、今に至る迄見事な位変化が(飛躍的な進歩も含め○×△□)無いよ。

その頃無知俺はリッケンとかは希少性だけで中古でも高値安定なのかと思ってたけど、個体差以外での品質ムラが上記事情等から意外と無かったからだったんでせう。
近回別項で音の質の都合で2大メーカの中古をってのも、買える範囲で’70年代以前のに遭遇したからでね。

尤も概述の如く目的は部品・材料としてで、買ったらすぐに本番に投入出来る様なのとは程遠い状態だった。
その時点では単に予算の都合で妥協しただけだったんだが、半分は偶然の幸運だが「ボロを着てても心は錦」だったお陰で未だ現役真っただ中だ。

これとは逆の体験例もあって貧のお陰で買わずに済んだが、全体としては中々好状態の中古リッケンベースで迷った事があった。
唯一懸念を抱いたのがブリッジ駒の溝が偏って掘られてた点で、その頃はまだリッケンの部品が日本では一般流通して無かったのもあって断念した。

今になって精査してみるとブリッジユニット全体の取付位置ズレも否めず、どうにもならなくは無くてもトータルでは割高過ぎになった事だろう。
この様に誰だって第一印象の影響は大きいしその場で実力が分かる方が高評価にはなり易いが、色々手を尽くした最終的な姿を想像して選ぶのが重要なんじゃないかな。

それがどんな理由か知らんが巷にある「上手な選び方」なんてのに、何故かこの件だけは触れてるのが殆ど無い。
個人的黒思想としては皆が隠れた逸材を見逃してくれると助かるが、中古のイメージを必要以上に悪化させる点では考えものだ。

<つづく>

2022年4月 8日 (金)

音楽備忘録967 RockのスタンダードⅡ㉖

今回は色んな楽器や奏法でのミュートをテーマにしようと思うが、ニュアンスを込みにしなかったら別にRockの特権じゃないでせう。
けど歪んでもOKで感度が上がってたり、爆音になってもOKじゃないと出せないのが沢山あるんだ。

大元は強弱表現としてもっと音色をハッキリ変えたいとかから始まったんだろうが、単純に弱くとか小さくする目的以外でも使われてる処がRock特有と考えて良いんじゃないかな。
中でも私的にはDrumのミュートが象徴的で、しかし厳密には絶対的最大音量はミュートすれば僅かにせよ低下してるだろうけどさ。

処が響かない部屋で全く歪まずに録れる様になってみたら、ミュート有の方が何故かパワフルに感じられる音色になってたと。
特に近年の胴の精度の高いのがより顕著で、例え現場では生耳が歪み始めててもだから不思議っちゃ不思議な現象ですわな


けど良く考えりゃ生耳で聴いて最良になる様にしてあるんだから、聴き方が変れば逆転現象が起きてもおかしいと迄は言えなかったんだ。
又イーブンバランスさせるにはDrumにもPA必須みたいな爆音Ampが使われ出したのって、実はRockじゃ無くJazzやCountryの方だったみたいでね。

どうでも歪ませたくないとかもっと主役を目立たせる等、爆音の目的は必ずしも迫力とかじゃなかったんだ。
そんなセッティングだと可能な限り奏でたままが増幅されるから、楽器のも演奏のもミュートは小さ目とか弱目の表現にしか使えなかった。

のが電気楽器なら高感度・生楽器なら過大音量を気にしなくて良くなると、音量や強弱の呪縛から解放されてもっと色んな用い方が始めて可能になった訳っすよ。
無論Rockだってクリーントーンやノーミュートのだって使うけど、そうじゃない側が他ジャンルでは少なくとも無遠慮には使えないでしょ。

流石に今に至ってはエレキが歪んだ音色になってたからってRockに直結はしなくなったが、俺が子供の頃は(昭和40年代位迄)日本ではそんな認識があったんだ。
わ兎も角エレキでハンドミュートして弾くと無意識だとやはり音量は下がり気味にはなるが、感度次第では音量や音色よりも「音の長さ」に最も影響がある。

ReggaeでのエレキBassなんかがこれを有効活用したのの典型で、妙なもんだが余韻が長過ぎるのが邪魔だったらしい。
コレ例えば何も無いが愛だけはあるなんて曲で盛大に長く鳴り響いちゃったら、百歩譲っても王侯貴族か何かのっぽくなっちゃったりするじゃん。

この辺がフルオーケストラの弱みとも看做せ、そりゃ人数も場所も果ては楽器も変えりゃ同一人物が演っても変えられはするけどさ。
だからってClassicとかの持つ豊かな表現の優位が無くなりゃせんが、かつては無理だった表現や音色がやっと使える様になったのも事実で。

ので折角の強みは大いに活用して欲しい処だが、どうも近年本邦劣化J-POP等ではねぇ。
「繋ぐだけで何々奏法の音になるストンプ」みたいなのに胡座でもかいたのか、弾く方での使用頻度が随分低下してると感じる。

のを勿体無やと思うのはRockの特権の1つなんだって他に、打込みとかだとリアル手加減みたいに随意調節するのが酷く大変だからだ。
Drumミュートの方は概述だからここでは踏み込まんけど、例えば皮に乗せるミュートの面積違い毎に用意されてる音源とかってあったっけって。

<つづく>

2022年4月 7日 (木)

音楽備忘録966 リアルとバーチャルの実用上の正確な比較④

前回実物楽器の他にデジタルバーチャル物まで登場させたが、夫々に対しての内容をもう少し掘り下げときまひょか。
成功失敗の両方の体験を交えながら、実際の顛末の雰囲気が少しでも感じて貰えると嬉しで。

先ず実物楽器の方では俺の場合は音のグレードが大問題になったんで、デザイン・タイプ・仕様よりもメーカを重視する結果になったんだ。
若い頃から比較的録音に携わる比率が高かったんで、個人の好みより誰でも許せる音みたいなのの方が必要で。

だから例えばFenderのは未だ中古Mustangしか持って無いが、元々の候補はStratoだったって具合でね。
Gibson系にしても同様にLes Paulがベストだったのに、未だ中古SGだけとか…。

たまたま好きな達人から上手な使い方を少し拝借出来たから助かったし、今では成行きでも自分のスタイル!?の一部にしちゃってっけどさ。
いざって時に超高級代替品より唯本家のであるだけの、その音の威力を何処かで痛感しちゃってたんだ。

こう書くと少頻度の有事に拘りが強いのかと誤解されそうだが、真に楽器の威力が必要になる時ってこっちの腕だけじゃ足りなくなったりした時なんだよね。
だから極端な話し妥協するなら僅かでも安い方が良いし、先々も気にするならプロ界で一定以上の評価と実績のあるのの2極思考でも構わんと思うんだ。

昔比だと今は世間の物価と楽器価格の差が縮まったからそんなでも無いかもだが、当時の一般庶民感覚だとプロでも無いのに本家本元のだなんて高価なのと共に釣合わないって思う方が普通でね。
処が後になってみると偽物なのにそこそこ値が張るってのが最も曲者で、全てが中途半端故却って処遇で困窮させられたんだ。

そこで杜撰大王式だから一般のとはかなり毛色が違うかもだが、先ずは自分がどれ位消耗させたり壊しそうかを先に想像してみるよろし。
それで価値を結構下げそうならなるべく安く、そうでないなら純粋な軽い趣味の人にこそ本物を手に入れるのをお勧めするだす。

比較的短期間で不要になる可能性が高い程、次のへ投入出来る予算が要る訳でしょ。(楽器と限らず!)
この件日本ではまだまだ幾らも浸透してないが、海外の一部ではだからこそリースって方法も選択肢として定番になってたりする。

実は日本でもプロ中のプロ程リース活用率は高いもんで、運搬・メンテ・保存から果ては盗難時の面倒からなるべく逃れたくてそうしてるみたいよ。
狭い範囲のスタイルつまり例えば弾き語り専門とかでたった1本のGuitarなら、常時肌身離さずなんてのも可能だけどさ。

それなりに数があると管理も運搬も全部自分だけでってのは無理になり、大勢が携わる程どうしたってセキュリティレベルは下がっちゃうっしょ。
加えてプロ中のプロなら録音時だけ自分で秘蔵のを持って来て、本拠地から遠いLiveではリースをなんて使い分けも自在ですからねえ。

なのでどれだけ状態を維持出来るのかを除けば、一般の認識って実は裏返っちゃってんだわさ。
特にこっちが親で子供に買い与えるなら、教育上(本物に触れさせる等)も含めて迂闊にまだ早いとか
贅沢だなんて思わない方が良いでっせ。

体験としてはコレその時は骨の髄迄堪えたけど、再度の要求が来難い点で長期ビジョンでは最安コースなんす。
楽器をファッション感覚で捉える人だって少なか無いだろうが、それでも服飾よりは流行サイクルが随分長閑なのは確かでして…。

<つづく>

2022年2月11日 (金)

音楽備忘録911 RockのスタンダードⅡ⓬

是迄の例示傾向からして今更云うのも何だが、敢えて「1960~1970年代物の勧め」と題してお送りしよう。
今やかなり昔だから趣味的に厳しい方も居られ様が、少なくとも研究対象としてはそれ以降のでは得られないメリットがあるんでやんす。

色んな別項で既に散発的には吠えてるが、それなりに整理して列挙してみるだす。
 1.楽器を含む機材の共通性が今比では異常に高い
 2.録音再生のシステムや装置の事情でその分奇抜なMixなんて出来なかった
 3.今程機械力に全面依存した加工なんて施せなかった

と大雑把に云やこんな処で、1.についてはカテゴリーにスピキンが加えてあるのがヒントであ~る。
2.は一例を示せば近年一部のRap等に法外なローエンドの入ってるのがあるが、アナログオンリー時代はそんなのマトモに記録すら出来なかった。

ので例え何とかして無理矢理捩じ込んどいても、製品化後に聴ける音は全く別物と言っても良い位にしかならんかった。
3.は例えば音程だけ修正するとか、正確且つ無劣化で自由に大量に切り貼りするなんてな夢物語だったんだから。

ではもうちっと掘ってくとして、昔だってドラムペダルが必ずスピキンだった訳じゃ無い。
けど使用上のタイプ的にはそんなのが主流且つ一択状態で、Drumsetにしてもカタログには○○用となってても実際はサイズと組合せが違うだけなんてので普通だったん。

つまりお題の頃の迄のは設定と使い方でしかジャンル特化が殆ど不可能だった訳で、Van Halen(’78メジャーデビュー)のですら魔改造と魔用はしたにしても前からあった物だけで賄ってたんだ。
この点で楽器の現行販売品には注意が必要で、楽で便利になったのは良いが依存し過ぎちゃホントは意味が無いんですわ。

普通のRockりたい人がMetal用の歪み系使や、どんなに弱くしか弾けんくても歪み不足に悩まされたりゃしない。
けどもしそれをEdward氏が使ったなら、きっと前例の無い超深歪みが得られるだろうから。

この「前例の無い」こそが昔じゃ絶対無理だった部分なんだから、メーカの思惑はどうあれ現代新機種の真の存在意義は使用者にとっちゃそんな部分だと思うんだよね。
とは言え例えばプロ野球選手だったら大昔は移動の負担が段違いにキツかったから、大谷翔平みたいな活躍の仕方は神様Babe Ruthでもあれ位で限界だっただろう。

けど昔より楽になった分スケジュールが多忙化してるとなると、方法を知ってて充分会得してたからって常に昔式って訳にゃ多分行かん。
しかしかかしほんだったら何故未だ自転車(非電動の)なる物が普通に存在してて使われてんのってなもんで、頻度や依存度には変化があっても条件次第でニーズが残ってっからっしょ。

してこれはチョイ私感度高目になるがどうも楽器等に余裕があり過ぎると、Rockには緊張感不足を生み易いみたいでねえ。
初期段階では前より歪んでるとかローもハイも出てるだけでも行けたけど、今みたいに一部を除いた音質が自由化しちまうとさ。

んでその除かれた部分は機械化が困難なのもあるにしても、手加減で可能でその方が楽だったりもするからで。
そんなのの秘訣の分かり易いのが、お題の年代の作品なんすよ。
但しこれを有効化するには一寸した条件もあって、同時期の同一若しくは近似機材に依った他ジャンルのも最低限は耳を通さなきゃなんない。

そん代わりこれを惜しまなきゃ違いがとても明白になるんで、井の中の蛙式で重箱の隅を延々突いてやっと僅かな情報なんてより遥かに高効率に事が進んでくれるんだ。
今でも日本以外では10代20代の若者が大昔の若者と大差無く古典に触れてるが、最新のしか演る気が無くてもその方が明解でもっと楽だからってのが大いに浸透すると良いんだけどねえ。

<つづく>

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