ベース

2021年10月21日 (木)

音楽備忘録798 他を出し抜く音創り④

個人の論法に過ぎないが、出し抜くには適切な差別化が最適と考えている。
好みが広大な分野では万人への理想を追求するには限界が低いんで、何等かの価値観で捉えた時の最高峰を目指すしか無いんじゃないかと。

何れにせよどっちを追及するにも創意工夫が必至になるが、楽器種次第でそれを出来る場所は大巾に違って来る。
中でも最も厳いのは打込み・それに続くのが個人で作ったり弄れる箇所の僅少な生楽器で、その場合奏で方と録り方主体で何とかするしか無い。

けど反面で聴者がそれを理解してくれてると、そうじゃ無いのよりゃ「僅かな違い」に敏感になって貰える部分はある。
それからすると自由し放題に見えるの程厳しい判定が下されるとも考えられ、電気・電子楽器担当者には辛い処だ。

門外漢が想像する程実際は電気の関わる物だって色々制約だらけで自由には程遠く、例えばエレキのPUとかデジアナ変換の半導体とかはそれ等の心臓部なのに一般個人では全く手に負えない。
とは言えそんなの「内部事情」でお客の知った事っちゃ無いんで、苦し紛れになろうとこっちで対処してくしかない。

具体的には個別機器と組合せの選択に集約されると思うが、突詰めて行くと自動車の変速機のマニュアルとオートマの差等と近似だ。
あらゆる状況にマクロフィットさせるにはマニュアルの一択で、ファミリーカーではほぼ死滅してもスポーツカーには残ってるのがその証だ。

只ここで考慮すべきが使用者のスキルで、最初から全てを意のままに加減しようってんじゃ課題が多過ぎる。
それが音楽ではお便利ストンプの方が好結果と見えたりする原因で、苦手な音創りだけに腐心してパフォーマンスへ悪影響だらけにしたって仕方無いってパターンだ。

しかし厳しい判決言い渡しみたいになっちまうが、もし10年以上もその方が好結果になる様ではアウトだで。
それがGuitarだったら止めちまえ…っとは言わず、もしかしたらエレキよりアコギの方が向いてんでねってね。

だどもそんなハッキリしてるのならまだ幸せで、罪深いのはそこ迄適性レスじゃ無いのに何時までも旧来のやり方を引きずってる連中や。
客観視したら移行タイミングを逃したとかその方法を知らんかったとかなんだろうが、大変な思いをして迄贅沢しようとは思わなかったなんて言われると何となく無罪な感じが漂うからねぇ。

今時はプリセットだけでも取敢えずは行けちゃうオールインワンタイプなんかが一杯あると、昔よりそれに惑わされるのもやむを得ないとは感じるよ。
でもそんなのってハッキリ言や機材を「売る為の方法論」なだけで、流行りの機材を使えば曲も売れるなんて事は全く無いんすよ。

確かにポピュラー系では時代との親和性とか「それっぽさ」は必要なんだけど、ホントにバカ正直に後追いしちゃったら何しろ作品寿命が酷く短くなるんですわ。
加えて余りにもその時代のっぽ過ぎるとその時点ではセンター取れても、少し時代が下ると新しい割にゃ随分古臭さが強く臭っちまうんだ。

それを長持ちしてるヒット作品の実例で見て行くと、印象は流行そのものの様でいて良く聴くと手法丸パクリのは皆無だったんだ。
機材の方で取り入れたのでは使い方や録り方はその人達何時もの・その逆も又然りで、流行取入れが最大でも49%って感じになってたんだ。

私的例では当時はギリギリセーフだからって安易に入れちゃったチープなシンセの音のせいで、今では恥ずかしくて他人に聴かせられなくなった自作曲とかが…。
尤も俺の場合はサウンドより雑過ぎたパフォーマンスの方がもっと問題化しちまってるが、何れにしても本人としては頑張ったのが無効化したのは淋しい限りで御座居ます。

<つづく>

2021年10月20日 (水)

音楽備忘録797 Rockのスタンダード➑

では生贄!?のTrain Kept a Rollin’の続きだが、編曲はおろか歌詞に迄様々なバージョンがあるんだからこりゃすげえや。
っとその前に最早通常運転と化した補遺入りで、カテゴリーにパソコンが密かに!?入れてあった件から。

打込みオンリー君が実演音楽家との認識差を無くす減らすのもあるが、曲の構成要素をフルに学ぶのに同じ考えで選んどいた方が良いからなんだ。
尤も打込みで他人の曲ってあんまり使わなさそうな感じもするが、「音楽の練習」としては実演しないからってコピーは全く不要ってんじゃ無いんでね。

だばとっとと本題へ行くが、俺推奨は実は曲名としては上記のよりStroll Onの方なのだ。
相違点は歌詞と編曲だがその主因はDrumのHi-Hatの奏法の違いで、歌詞のバージョン違いなら後述の方がお勧めとホラややこしやだ。

先にHat案件から行くとこっちなら「Openの連打」があるからで、Hard系寄りの人にも馴染み易いから。
Closedの8の連打って特に速い目のだと、RockよりゃどうしたってRock ’n’ Rollっぽ過ぎるじゃん。

まあお手本がどうなってようと奏者が自らのスタイルに応じてアレンジして変えりゃ済む話しなんだが、アレンジにだって手本が要るからね。
あと両方を知ってたらいきなり「シャンシャンシャン」って演られても、他パート担当者も驚いたりしないで済みそうだし。

っとここ迄の話しだと何だか一々面倒な曲だからネタに最適と言い難そうだが、英語アレルギーの歌手志望が洋楽体験するには欠かせないのがあんだ。
それがSheena & The RokketsのLemonteaで、類型で他には「子供ばんど」のSummertime Bluesなんてのが昔あった。

前者は歌詞が日本語の別バージョンで後者は訳詞だが、曲や演奏と雰囲気は本場の皆のに限りなく近く演れるのがミソ。
後者は元は1958年のEddie Cochranのだが例に依ってロカビリー、じゃ無いRockとしてポピュラー化させたのはThe Whoのバージョンでこれはもう何番煎じか数えるのが億劫な状況。

こんな風に年寄りがごちゃごちゃ注文付けるからスタンダードが浸透しないんだって言われりゃ御免なさいだが、感覚的にRockの本質が身に付いてたら理屈抜きで勝手に何時の間にかそんな選び方になってるもんなんだ。
只今本邦ってどの分野でも情報供給に異様に偏寄が強くて、史実に反する処が多過ぎる。

その結果若い人が受け身だとありつけるべき曲に辿り着き難くなってて、これって一種の教育の粗相なんだ。
自力で探そうにもどんなのがあるかある程度知ってからじゃないと難しいんだんから、ベーシックの部分は誰であろうと勝手に情報操作なんてしてちゃイケナイんだけどなぁ。

今回の主役のThe YardbirdsってBeatlesやStonesと比べると、全盛期は短くメンバーチェンジも頻繁で明らかに一般知名度には劣ってる。
だがどんな時期にどんな理由でカバーされてたかに目を向けると、単に名曲だったからとは異なる側面が色々顔を出して来る。

それは比較的様々なスタイルにフィットさせ易かったのと、共通素材を用いる事で却ってスタイルの独自性がアピールし易かった等だ。
具体例の1つとして例えば生粋のRock ’n’ Rollerでも馴染み易く演り易いHard Rockだったとか、その逆も然りでたまたまジャンルの境界線上にあって橋渡しにも適してたとかね。

それ故唯聴くだけの人と演りもする人ではその存在に大きな違いが生じてて、単純に名曲として探すと実情より出て来難かったりするんだ。
何れにしても本邦でのこんな認識のズレもガラパゴス案件の範疇で、他国ではもっと一貫して知名度があった
らしい。

<つづく>

2021年10月18日 (月)

音楽備忘録795 他を出し抜く音創り③

近年の俺言い盛り過ぎ君達を辛辣にディスっちゃいるが、俺自身実は加工は積極的なのも厭わない口だったりする。
にも拘らず何故目の敵にするかったら盛りの基本を理解不足か軽視してるのが、私は無罪判決でしたからなんて顔して闊歩してるからだ。

って事って早速具体的なメソッドみたいなのを羅列してくが、音源が実在の物の場合例外時以外は完全に別物になっては無意味ってのから始まっている。
先に↑の例外に触れとくが端的に云や効果音等で正体が不明でも構わない時等や、わざと幻惑させようなんて時だ。

1.どんな楽器か判別するのに要る部分を損ねては駄目
2.その楽器固有の個性を消しては駄目
3.演奏内容が分り難くなっては駄目

とダメダメのオンパレードで禁則事項でが
んじがらめなムードだが、実際には「元を忘れて無理し過ぎるな」ってだけだからちっとも大変じゃ無いんでっせ。
寧ろ変な処にだけ固執して実際にはエラク無理してる方が、その時熱くなってるせいで余計な苦労をしてるのに気付けないで居るだけなんですよ。

ケース1:ひ弱なのをどうにかして逞しくする
現代のデジタルバーチャルを魔用すりゃ表面的にはかなり行けちゃうが、元からもっと逞しいのに同じ加工をされたら必敗だ。
もしそうなっても生き残れるとしたら少し別の価値観の提示等が有効で、逞しいと一言で言っても細部には色んなパターンが内包されてる。

全体として逞しいアンサンブルも、その内部で比較すると程度差のあるのの方が圧倒的に多い。
仮にLed Zeppelinを逞しいと仮定するとBONZOは最強だが、少なくとも内部比較ではJimmy Pageは最弱になる(おっと失礼)。

これが不思議なのは彼等が別人と組んだ際どうなるかで、BONZOは何処に行ったって剛力なままだがPage氏は
他所でだと強くはなくとも決してひ弱ではなくなるっしょ。
これを野球のポジションに置換すりゃBONZOは投手・Page氏は捕手みたいなもんで、後者は自らは剛球は投げられないって感じだ。

けれどそのBONZOが全く遠慮無しに投げ込めるのはキャッチャーPage君の時だけで、チームとしても他よりZep球団の時の方が思いっ切り行けるってね。
つまりアンサンブルになると「個人的に全員が逞しい」ってより、組み合わさった時にどうなるかが全てでね。

足し算思考だけに捉われず引き算や果ては掛算割算したらどうなるか、なんて発想の転換が先ず重要になって来るん。
もし全員がジャイアンだったら一寸上手く行かなかったらすぐ揉め出し自滅みたく、「噛み合わない逞しさ」だったら寧ろあった方が「チームの時」(アンサンブル)だとマイナスにしか作用せんのよ。

野球の試合って投手が凄きゃ点取れない→負けないから、より剛球が欲しくはなる。
でもそれを捕れる捕手が居なかったら宝の持ち腐れで、試合で実用になるのは名捕手も帯同してたらでしょ。

更にその先唯捕れるだけと配球や刺殺スキルの有無次第で試合結果が大巾に変わるんで、主役より目立たないってだけで内容的にはアシストだって同列な価値があるんだす。

そこでもしその時のアンサンブル内で「たまたま」弱者サイドに回ってたら、スーパーアシスタントを目指せば良いんですよ。
ここでは随時頻吠え「音楽は比較芸術」ですんで逞しいも繊細も、何かそれをスポイルしない程度の「そうじゃないの」と共存させとくのが最も有効な手段なんで御座居ます。

なので全体が逞しさを維持出来るなら、1つ位普通な感じのが却ってあった方が助かるんだ。
足を引っ張るのさえ気を付けりゃそれで良く、わざわざそれ以上に弄るなんて勿体無いのよ。

<つづく>

2021年10月17日 (日)

音楽備忘録794 Rockのスタンダード➐

大変長らくお待たせ致しましたで徐々に曲名も挙げてくが、先ずは汎用性と独自性のバランスにご用心なのだ。
ってのもスタンダードともなれば本家でもバージョン違いもありそうだし、カバーだって膨大にありそうだからねぇ。

なので体験的にも私的にも事情の無いヤツは、なるべく「本家の最初の」ヤツから取組むのがお勧めだ。
処で「事情」って何ったら、ワイルドに云やその後の知名度を得るには未完成だったなんてのだ。

例えばGuitarがああの時Bassがこうだから最高なんてので、最初のバージョンのには片方がまだ入ってなかったとかそう云うの。
これの判断は若干厄介だが単純な売上げより、登場後暫くの期間でのインパクトに主眼を置けば何とかなるよ。

これをThe Rolling Stones-Jumpin’ Jack Flashと、Deep Purple-Highway Starでご説明致しませう。
では前者から行くが本家Studio版と俺知り唯一のカバー以外のでは、厳密には曲のコードが一寸変わっちゃってんのよ。

見かけ上の相違点は主にあのリフへBassがお付合いしてるかどうかだけなんだが、これ次第で和声的にはリフ部分の響きが別物になるからだ。
一緒に動くと只のユニゾン・付合わなかったら所謂「Onコード」になるが、どんな曲どんなリフでも使える手法じゃないんだよ。

せやからユニゾンるなら他に幾らでも候補曲はあるし、ムード的にもサンプル的にも勿体無いじゃありませんか。
因みに唯一のカバーってのは特に今本邦じゃドマイナー超ヲタの、Thelma Houstonって黒人女性歌手のだ。(個人的には曲想に基づくと最も正統な進化形と自負してるで)

俺もそれなりに長く深くやってっから一般人には程遠かろうが、1970年前後にラジオでFENを聴いてたら音は知ってる人が沢山いた筈だ。
1曲全部では無いが大昔のエアチェックしたカセットに残ってたのからすると、当時はそれなりの頻度で放送されてた証拠に繋がってるね。

続いて後者のはStudio版とLive版の相違の典型的なので、前者も少し含まれるが厳密には曲の構成が違ってるんだ。
と言ってもパット聴きではIntro・Endingが僅かにってだけなんだけど、Bassistにとってはこれがかなり大きく響くんだ。

具体的にはSの方ではちょっとしたオカズが入ってるのが、Lで演られるとどんなに無理してもそれをタイミング的に押込められなくなっちゃうのよ。
こっちこそ少しヲタ臭くはあるが、「選べなくする」ってのはその分汎用性を損ねてんの。

手前味噌体験では結構大事な部分に聴こえたから折角習得してったのに、上記のでパーにされちゃってね。
それだけだったら未だしも無理に押込もうとしたもんだから、ヨレたかミスったかと誤解されたんだから堪ったもんじゃなかったさ。

えーこの様な悲劇を未然に防ぐには「バージョン違い対応」をしとくのが最良だが、網羅するには手間暇掛かるから原版を優先しとくのが最初には向いてると思うんだ。
人夫々最も印象深いのが違ったりするのは当然だし分かるけど、冒頭に記した事情の無い限りは原版としといた方が食い違わないで済むですよ。

したら事情のあったのとしてThe Yardbirds-Train Kept a Rollin’で記しとくと、Rock用スタンダードとしてならこれが原版で差支えないと思うが曲としてなら何と3番煎じなのだ。
1951年にTiny Bradshawが歌物Jazzとして出し、 それを1956年にJohnny Burnette & the Rock & Roll Trioがロカビリー化してた様だ。

ロカビリーだって大枠ならRockなのに何で本件にはそぐわんかったら、2番目のまでは「リフが未開発」だったからだ。
この曲は他にも実に色々あるからそれは次回とするが、歌メロのポテンシャルがそこ迄高かった感じが俺にはしないからそこは一寸不思議。

<つづく>

2021年10月15日 (金)

音楽備忘録792 他を出し抜く音創り②

前回少々クドくやったのの具体例へ進めてくが、スタンダード曲に関しては別項でやってるからこっちではパスして楽器のへ
これに限ってはClassic系生楽器の人は断然有利で、ポピュラー系の人より大きく道を踏み外す心配が少ない。

筈だったんだけど最近はそうでも無くて、他ジャンルの録音音色に下手に対抗しようとして身を持ち崩し掛けてるのが少なくない。
過去作との差別化を図るには何処かがハッキリ違ってた方が良いし、世間一般の耳慣れてる音色に近付けて親和性を持たせたいってな分かりますよ。

只悲しいかな本邦では習い事で習慣化させられただけで、ホントに他のより明らかに好きだからClassicってのが多くないからなのかな。
自分が弾く時ゃChopinでも普段聴きは鬼滅の刃なぁんて調子だからなのかな、或いはポピュラーにもClassicの楽器が出て来るからなのか…。

これもし逆だったら誰でも一瞬できっと笑い転げる筈で、例えばギンギンFuzzのエレキでクールにナルシソ・イエペスなんてどうよ。
そりゃ上手い事アレンジでもすりゃ案外行けるかも知んないが、完全に譜面通りにだと多分流石にねぇ。

生Pianoだとあらゆるジャンルで使われてるし、中には全然違うジャンル同士ので結構似てるのがあったりはするよ。
でも「やり過ぎ・寄せ過ぎ」ちゃったら↑のと内容的には同じで、意表突かれた程じゃなかったからって無事で済む訳ゃないっての。

この際だから特定ジャンルを攻撃する意図は無いのを断った上で煽っとくと、万に1つも音色のせいでChopinをBilly Joelだと思って聴かれたりしてなwww流石にんな事ぁねえか。
またこのオヤジ突拍子も無いのをってお思いのアナタ、Billy Joelって限定的ではあるれけどClassicからの引用もあるから絶対無いとは限らんのよ。

楽器が完全ベーシックですらこんななんだから、ポピュラー系楽器だったら気を付けてたって元々危なかったんだ。
過去の実例としてLine録りブーム初期のBassの音程感や太さの喪失とか、On Micブーム初期のDrum Setブランド個性の望まぬ逸失とかね。

どちらも単体の新味に傾注し過ぎてたせいで、特にアンサンブル内でのらしさを殺し過ぎちゃってたな。
そう云や丁度その時期の1980年頃に音楽業界関係者の口からはやたらと「新しい」ってフレーズが乱発されてて、個人的にはとっても違和感があったのを思い出した。

提供側の意識は前のと全然違って初めてのだから新しくて良いでしょも、こっちからすりゃ新しくたって面白く無きゃしょーがないんだけどな。
近年本邦の乗物のデザインが一般用途対象のでも妙に挑戦的なのばっかになったのと似た様なもんで、全否定こそしなくもユーザー全員が奇抜さを求めてるとは到底思えんのだが。

冷徹に断罪しちゃうと「流行と云うプレッシャーに完敗した」+「デザイナーのエゴ」で、結果的に模倣だけでオリジナリティが欠落とね。
それでも生活必需品だったら使って貰えるかも知んないけど、ある意味プラスα部分だけが売りの音楽ではそうは行きませんよ。

その代りシートベルトの付いて無いクラシックカーじゃ危なくて高速道路に入れて貰えんのと違って、音楽だったらベルト無しの車やノーヘルのバイクが制限速度を無視して高速を爆走してる様なのを今でも何時でも演れちゃうんだ。
その代りⅡでクラカーはどうせ高速入れねっから100km出なくても困らんが、音楽の方ではそれじゃ表現し切れなくなるからOut。

で 楽器音色ならワイルドなのに細密過ぎたら、爆速は確かに出てるけど万全の安全対策施してるみたいになって↑は遂に達成されずってね。
Popsで音圧高過ぎるのって、街歩いてたら暴走車が歩道に突っ込んで来たみたいに感じるのは俺だけかい!?。

<つづく>

2021年10月14日 (木)

音楽備忘録791 Rockのスタンダード➏

今日はここ迄の補遺から入るが、その1はパートに依ってもルーツに時間差のある問題だ。
お次のその2は世代等に依る認知度の差で、この2つのどちらもクリアしてるのが生粋のスタンダード!?となる筈なんだが…。

概記の如く一度に全部の様式が固まったケースは少ないんで、集った全員に公平にとなるとジャンル的ルーツのよりは後年のの方が相応しくなる。
俺の場合は受け身の趣味となったのは1960年代終盤・自ら演り出したのは1970終盤だったんで、テクノやフュージョンにはまだ完全なスタンダードは存在しなかった。

たまたま当時その方面へは興味が無かったから苦労しなかったが、その代り自分の興味よりも古い方へ付合わされる事は少なく無かった。
世代的には聴き初めが早かったから趣味は古い方だったのに、相手が親に感化された様な連中だとロカビリーやGSもやりたがるからこっちは食傷気味なんて事も。

予め差別意識皆無なのをお断りの上で申せば、当時は正直な処地域的な時間軸のズレがかなり感じられたりもしたんだ。
これは主に供給側の事情に依るもので音楽と限らずドラマでも何でも、昔は全国同時配信出来るのはNHK位しか無かったからね。

そうなるとハスッパな新参物は取上げてくれても民放の方が先になるが、当時は首都圏と地方で局数(若しくはチャンネル数)からして違うんだからミュージシャン側は完全無罪なのだ。
これから何処のどなたとでも即Jamりたかったら、かなりレパートリーに巾を持たせとかないとって学ばされた。

今では全く状況が異なるからこれはもうチャラかと思いきや、よく良く考えるとスタンダードには別に重大な側面があったのよ。
例に依って馬鹿みたいに原始的レベルの話しだが、昔からあったの程知ってる人が多いってのは動かせない事実だわね。

なので演り出したばかりの若い人には一寸酷かも知れないけど、許容出来る範囲でなるべく古いのを知っとく程効果的なんだ。
近年のだって大流行したのだったら知れ渡るのはかなり早いけど、流行に興味の薄い人が居たって罪じゃ無いんだからさ。

続いて世代間等案件については無関心過ぎちゃ芳しく無いが、やたらと気にしても仕方が無いと最近腹をくくった。
又々とか言っといて30代40代の頃は結構悩んで無理し掛かったりしてた口なんだが、○○何年に○○歳なのが違うだけでも厳密には溝は埋めらんないだよなぁ。

これって年寄りにしか実感出来ないのの1つで、体験量が積もって来るとどうしたって新鮮に感じられる物は減ってっちゃうんだ。
どぅわがぁしか〜ぁし他の様々な分野での状況も見ておくんなまし、どんなに自分から遠くにあっても骨格を成してる部分を省いて先には進めないでしょ。

年上が年下に向けて提示するからとっても誤解され易いんだが、この件に限っては年寄りのご都合主義なんかじゃないんだすよ。
例えば自動車のタイヤってかなり進化して巾広にはなったけど、ゴムの代わりにウレタンとかに置換えられてるのはあってラジコンカーの一部とか位でしょ。

コンピュータですら本邦過去称では電子計算機とか電子頭脳とか言ってただけで、一般人が直接触れられる機会は皆無だったものの俺が生まれるよりずっと前からあった物だ。
大昔のビル丸毎1棟とスマホじゃ姿は似ても似付かないし主用途だって随分違うけど、今だってスパコンみたいに極限性能を求めりゃ広い部屋丸々位は場所取ってんのよ。

<つづく>

2021年10月12日 (火)

音楽備忘録789 他を出し抜く音創り①

従兄がTwitterで過加工録音の事をドーピングだなんて、絶妙な表現してたのから着想!?を得た。
余の辞書にはそもそもがほぼ原始人であるからドーピングなんて概念すら皆無だが、積極的に攻めるのと何時から何処でどう取り違えちまったんだろう。

なんて考えたのは罪の意識があれば無いよりゃ少しは加減しそうだからで、あんなに誰もが平然と盛れるのは意識が全く無いからなんじゃないかってさ。
私的にはそれを更に後押ししてるのが楽器音色の劣化で、現行の多数派のは俺にすれば「やり過ぎて失敗」としか思えないんだ。

近年みたいにサプリメントなんて一面で微妙なのが蔓延して来ると、薬をお菓子か何かと無意識下で混同し易くなってそうだ。
音楽界でも音加工が操作上は簡易化したのを、加工自体が簡単になったと是又無意識下で勘違いしてる人が増えたのかな。

プロ野球界(特に米)でもイチローの登場寸前迄はルールの遅れもあったがドーピング全盛で、罪の意識が希薄化したのはアル中・ヤク中同様精神神経面にも何らかの中毒症状をもたらしてたのではと疑っている。
結局これ等は全て「旨過ぎる話しにゃ気を付けろ」の典型だっただけなんだが、スポーツや音楽で道具も使うものだとそちらの悪進化もあって主犯の特定が困難だったのもありそうだ。

さてここからRock界を中心に掘ってくが、例えばGuitaristだったら過去よりアコギに触れる機会が減り過ぎてるのが1つの危機を招いたと考えている。
Drummerだったら音色を創り過ぎてくれるバチやセット、Keyboarderなら生のより動作不良の出ない電子楽器の頻度が高過ぎたとかさ。

電子機器にだってエラーはあるんだけど、機械部分でたまたま運悪く引っ掛かっちゃったみたいなのは殆ど起きない。
かつて野球界では圧縮バットや飛ぶボールなんかで打ち損じてもホームランなんてのがあったが、それを普通にしちまうとアスリートの技は低下するんだよね。

極端例で比較すりゃ一目瞭然なんだが、もしバットが空を切りゃ全く効果は無いっしょ。
つまりアシスト量が多いだけで多い程助かるし楽にはなるけど、俺だとどんな凄いの使ったって三振の山にしかなんないって。😢

なのでその手の明確なルールが無い音楽界でも、本番にならスーパーアシスト君を使っても練習時だって何時もじゃ腕が退化して当り前でんがな。
それプラス人間の感覚って習慣の部分も少なくないから、聴くものに偏りがあるとそっちへ知らん間に引きずられてるん。

これを好きなのに没頭して特化するのと勘違いしてる奴が多くて、特に近年本邦では世間一般人にもこの傾向が強く伺えるから事態は深刻じゃい。
働かない某与党に洗脳されてコロナで死にそうになっても盲信してるのと似た様なもんで、興味が無いから余計に騙されてるのに気付けないってロジックね。

結婚したい人だったら浮気性じゃないか確かめたいが、無興味の赤の他人だったらどっちだろうと知るかってさ。
そりゃ確かにこんなの取っ掛かりは自然現象なんだけど、その時点では無事でも絶対に未来永劫無縁で済むって保証迄は無いんじゃね?。

故に大したリソースは割く必要は無いが、折角知った最低限の情報迄スルーしてわざわざ消去せんでもええやんか。
拙ブログではこの方面過去にも知らんで最新のが出来たと思ってて、後でもっと色々聴いてみたら最古のにクリソツだった悲劇とか話したしっと。

だから何でも一通りは…ってのを大袈裟に考え過ぎるから尻込みしたくなるだけで、取敢えずは大ヒットしたのだけでも新旧に捉われず一通りを流して聴こえときゃ良いんです。
楽器に関しても同様に色々制約や限度はあるが、最もベーシックな奴に適宣で随時触れといて「そもそもはこんなの」ってのを完全失念しない様にさえしときゃOKよ。

<つづく>

2021年10月11日 (月)

音楽備忘録788 Rockのスタンダード➎

今回はBANDセッション向け共通認識曲の概念に触れてこうと思うが、その分類がとっても大変だ。
そもそも一口にRockと言っても、ロカビリーやRock ’n’ Roll迄含めるのかがそれだけじゃ曖昧だ。

しかも普段どんなのを演ってたからって、気紛れで他ジャンルの曲で遊んだって構わないんだしね。
最終的にはジャンルも担当パートも無制限で何でも知ってりゃ最強で、だけどそんなの幾ら頑張ったってかなり時間を掛けなきゃちっとも近付けやしない。

そこで提案したいのは合奏専用のと各自の専門のを分けて考えとくってので、非専門のは滅多な事で本職さんには敵わないだろうしね。
それでも非専門曲でもエッセンスだけはなるべく押えられとくと、センスの良さはアピール出来るだろうしより合奏し易くなるんじゃないかな。

その際大切なのは細かいフレーズの正確さより全体のイメージとなるんで、取敢えず音を全体として覚えとければそれで良い。
たまたま興味が湧いたら少しだけコードを探すとかもアリだが、分析脳では無く飽く迄感覚中心としとくのがコツだ。

もっと凝縮表現にすりゃ「聞いた事あって知ってりゃOK」で、原版忠実へ拘るならアンタがそこで弾いて無い限り演っちゃ駄目ってなもんだ。
弾き手が違って「同じ雰囲気を得る」には調整が必須で、体も心も違ってんだからそのままトレースする方が元からは大抵却って遠のくでしょう。

奏法技術等の習得の為にならトレースだってアリだけど、原典の人は何の為にそんな技を駆使したのかよう考えてみなはれ。
例えばその曲のその部分に「甘じょっぱい」のが欲しいと感じたとして、理想に近い「味」を出す為に選んだり加減したに過ぎないんですよ。

合奏相手が自分以外皆本職だったら「良く拾ったね」と褒められるかもだが、門外漢の人には「聞こえた感じ」が違ったらそのせいで何の曲かすら分かって貰えん場合も少なくない。
持合せてる才能の如何に依ってはこの限りでは無いが、物真似上手とオリジナリティは共存させ難いもんだ。

それを可能化するにはアンサンブルのアプローチから変える位じゃないと厳しく、大昔の「のど自慢」で伴奏は全てアコーディオンの独奏みたいな切り口とかね。
なので私的にはJam Session(即席合奏)では、各自の個性がなるべく発揮された方が価値が高いと考えている。

加えて他流試合とか道場破り的要素も含まれりゃ、歴やスキル差が大きくても合奏出来た方が良い。
となるとそれ用の素材たるスタンダード曲はシンプルなの程相応しく、この面では「聴き専」の人達とは真逆の価値観が必要だとも思う。

高度な曲を難無くこなせると羨望を得られたりもするが、それで自慢出来るのは作れるかは不明なんでせいぜい技術面の一部のみだ。
勿論必要時になら演っても良いが、音楽で先に要るのはテクより個性や表現力とかだからねぇ。

然も無い曲を素晴らしく奏でられたりするのが「真の演奏力」で、他人が書いた曲を演るならチョイスやアレンジのセンス以外は意味を為さない。
弾かないんであれば寧ろ選択以外にやれる事が無くなるから、その凄さを誇示しても問題無いんだけどさ。

とは言えRock内でもジャンル次第じゃかなりテクの要る有名曲も少なくないが、一部例外を除くと曲自体をやるだけならハードルの高いのは少数派だ。
ここでの例外とはEdward Van Halenが独奏してる様なヤツで、尤もこの手の多くは合奏にはどうせ使えないよね。

そりゃ折角の見せ場ならどんなのでも期待通りかそれ以上に演れるに越した事ぁ無いが、殆どの場合今やってるセッションが「本家のオーディション」じゃ無いのを忘れん方がええで。
有料Liveでカバー曲やると著作権使用料が掛るし本家を凌ぐのも中々大変、それからすると他人の凄いのよか「自分独自の凄いの」の方が遥かに求められてるんでっせ。

おっとついプロ志向の前提で行っちゃったけど、至上のコピーを目指してるんなら上記とは当然真逆になるよ。
只これも上記に倣えば差し詰め「分家のオーディション」みたいなもんだから、本件だとレアな方に入るんじゃないかな。

アマだって決してオリジナリティが不要では無く、プロとの違いは腕不足でも活動が続けられるだけなんじゃない。
寧ろそんなに売れなくても構わんからこそ、とびっきりコアヲタなスタイルにも出来るんだら。

<つづく>

2021年10月 8日 (金)

音楽備忘録785 Rockのスタンダード➍

続いてはエレキGuitar以外のRock的始祖へ進めるが、肝心な歌唱法については敢えて後回しとさせて頂く。
人の肉体って楽器より進化がとても遅いのもあって、革新的なのが現われたのが大分後になってからだったんでね。

本日のトップバッターは生Pianoで、Jerry Lee Lewis,Little Richard,Fats Dominoの3名を提示しとこう。
記した順に奏法への影響が強くその逆がヒット曲の数となってるが、元はClassic用に作られた楽器をそのまま使ってるのにってのが凄かった。

但しRockルーツのや黒人系のジャンルでは既に近似なのは登場済みで、後の電気・電子鍵盤楽器みたいにサウンドからして別物って程の特異性には恵まれていない。
けれども弾き語り形式で演っても、ちゃんとRockに聴こえる点が看過出来んからの選出だ。

処で前回迄ちゃんとRollが付くのは選外にしてたのになしてったら、Rollが取れた後もPiano奏法には大した変化が無かったからだ。
確かにCombo Organのの多くやPianoでもBeatles位以降からもっとシンプルなのも増えたが、更に後のシンセみたいに鍵盤は片手でしか弾かないみたいな違いは基本部分には生じて無かったんでね。

さてここ迄が大凡1950年代スタートので残りのパートのは’60年代になってからのになるが、その訳は概述と上記等が原因だ。
この手の話しは基準の設定次第で様々な分類があるが、本項では「根本的な使い方」に着目している。

例に依って若干遠回りアプローチになるが、最近のJazzだと無遠慮にバスドラをドカドカ踏んでるのも散聴される。
Jazzは自由至上だから無しと迄は言えないが、俺にはそんなやり過ぎ君のは無粋な印象を受けてしまう。

Bassも含めたリズム隊で積極的にバスドラを鳴らした開祖のRingo Starr、彼等のは従前比だと数は増えてるが意味無く鳴らしてるのは皆無なのが違ってんだよ。
それ迄のとの最大差は「リフ化」させてた処で、しかもそのパターンが無尽蔵(実際は奏力その他で色々制約もあったが)だった処だ。

ClassicやJazzとRockや近代PopsでのBDの使われ方の違いって、前者はダイナミクス・後者はフレーズの変化に特徴がある。
Ringo以前のRock系ではこれが曖昧ってか定まっておらず、視点を変えりゃ脇役から主役級に昇格したとも看做せなく無い。

Drumパターンだけでどれくらい曲が特定出来るか、なんて聴き方をして貰うと理解し易いんじゃないかな。
そりゃ音程面で不利な分太鼓単体では他パートには及ばんのも少なくないが、Bassとセットで聴けば特定出来ないのの方が僅少だ。

んでそのBassの方もPaul McCartney以前にだってそれなりにパターンはあったが、Bassだけでこれはあの曲しかあり得ないなんてのは一寸思い当たらない。(リフやメロを弾かせてるのは除く)
杜撰大王だから失念がありそうな気もするが、同じ人が何曲もとか多彩なバリエーションってのは無かったのを保証出来る。(基本的な伴奏時に於いて)

このリズム隊の革命はRockよりPopsへの影響が大きかったとは思うが、Bassが何らかのメロディを担ってもOKって部分はRockにとっての方が一大事だったと思うんだ。
エレキでだって例えば可愛らしいリフを奏でられなくは無いが、それをオルゴールにやられたら勝ち目ゼロ。

その代りRockみたいにかなり歪ませるのも許して貰えれば、音色面でワイルド方向では圧倒的に有利だ。
但し歪ませればその分総体的には細部の聴き取りが悪化するから、比較的シンプルなリフでも構わないジャンルじゃ無いと活用し切れない。

現実的には上記事情からリズム隊の歪ませはRockでも少数派に留まってて、Guitarの歪ませ方の工夫でかなり聴き取り改善が図られてる様な訳にも行かない。
処で英ばかりじゃ無く米でも同時進行でThe Booker T & MG’s辺りからこれが顕在化し出してたが、Beatlesでのこの手法のルーツは米の黒人系のにあった。

だが上記2団体!?以前のは以前からの手法のと混在してたし、意図的にグループのアンサンブルのスタイルとして打ち出しては居なかった様だ。
なので深く追及したかったら例えばRay Charlesとか、昭和日本式ならソウル・今ならRhythm&Blues系等のを聴かなきゃ足りないが黒さ不問なら必須では無い。

但し近年本邦のR&B(アールアンドビー)は名称とは裏腹に内容差がかなりあるんで、教材としては個人的には非推奨だ。
単に聴いて楽しむのに問題がある程じゃ無いが、ルーツの継承とか伝統の維持等の面で重大な欠落が見られる。

かつてBlue-Eyed Soulなんて俗称があったのと似た様なもんで、この呼称が生まれたのも当事者の人種差のみならず違いが内容にも及んでたからだ。
なので俺言いに翻訳すりゃR&BよりYellow-Eyed Soulとでもしといて貰いたい処だが、英語圏に顧客が居ないから叱られずに済んでるのかな。😅

因みにどう考えたって俺じゃ非ウルサ型には入れて貰えんだろうが、こんな風に呼称へ少し拘るのは「ガッカリ防止」に繋がるからだ。
どうせ勝手に略す位なら前例に倣って頭に追加して、せめてJ-R&Bとかにしといてくれたら助かったのに。

<つづく>

2021年10月 7日 (木)

音楽備忘録784 風変りなMic位置➏

前回は愚痴だけ宜しく傾向と対策が分離しちまったが、Mic位置での補填について記してこう。
低音以外の拾い方は基本的にノーマルで、注意点があるとしたらスピーカユニットの指向性位だ。

いきなりの処でだが近年はダクトの他ユニットが2Wayのも少なく無く、それへ素直に対応させるなら机上理論からは更にツィータ専用のMicを追加すりゃ良い。
尤も現況俺自身はそんなの試す気すら起らず、将来他に手段が枯渇でもしたら考えるかもって感じだ。

その訳はたかが3つでもそこ迄細分化すると、後で正確に混ぜるのに耳依存では困難になるからだ。
前回述の如く楽器Ampスピーカはリスニングポイントの設定が遠目のが多く、狭いハコではそれだけ離れて聴くのが厳しい。

その上分割数の多いのに限ってより遠距離用のが殆どなんで、本来の音が把握し切れないんじゃ正確もへったくれも無くなると。
体験的には所謂ステージ用のだと最低でも4〜5mは離れたいが、定在波回避の為に長方形のハコの短辺側へ向けて設置されてる事が多いので中々苦しいのだ。

尤も最近のはエンクロージャをより小型化出来るバスレフタイプの方が増えた分この件は緩和してるが、ツィータが高能率の為に指向性が鋭い分でそれが付いてると大分キャンセルされてしまっている。
とは言えそれでも何とかしたいのも少なくないんで具体内容へ進めると、ダクトへ構えるMic特有の注意点は先ず「吹かれ」だ。

ホーンでもポートでも断面積が狭くなる程、そこからの風は勢い良くなっている。
それに対し低域用Micでは例え爆音対応のダイナミックタイプでも、Vocal用みたいなLowCutは出来ないから元々吹かれには弱ってるんだ。

なので一般的なOn Micは比較的振動面に対し垂直にするのが普通だが、横迄は行かずともせめて斜めにして中心点が直接重なったりしない様にしとく必要がある。
これの安全確認の方法としては「ダクトの共振周波数」でテストするのが相応しく、共振帯域を外れると途端に音量が低下するんで普通のスピーカユニットと違って低音ならなんでも平気って訳には行かない。

一方大断面のホーンとなるとOnでも吹かれの心配はほぼ無くなる代わり、点収音では必要量の確保が困難化する。
こっちは過去に宅で体験があるからそれ例に進めてくが、「出てはいるが小さ目」ってのに色々と煩わされた。

宅のはバックロード式としは最小のだが、そうでなくてもユニットとホーンの距離って大して離れて無い。
これがバスレフだったら背面ポートのもあるが、ホーンだと裏で拾っても前から出すのしか殆ど無いからね。

そうすっとホーン開口部でもユニットからの音の方が大抵大きいんで、不要な中低域が盛大に混入しちゃうんだ。
どうせ混入するならそれを逆手にとって1本で賄おうとしたっけ、中域迄は良くても今度は指向性の鋭い高域が全然拾えなくなって駄目だった。

この時点で後は2本でホーン用のの混入を減らす策を講じるしか無くなったが、その時はホーンのかなり「奥深く」へMicを突っ込む事で何とか切り抜けたんだ。
尤もダクトが「折り曲げ型」なんで外部スタンドでそれをするのはほぼ不可能で、一旦スピーカユニットを外してエンクロージャ内部にクリップ式のホルダでMicをマウントするって大掛かりなのになっちゃったよ。

どうだいここ迄来りゃタイトルに全く偽り無しだろ、ってそんなに手間が掛るんじゃ実用性に乏しいよね。
その点ホーンでもフロントロードだったら出所は一致してくれるが、ローエンドと限界高域では指向性が極端に異なるからもしかしたらもっと大変になるかも知れない。

指向性って点収音だとそれ次第で音量差が表れるんだが、それは密度の分散度合いが違うからだ。
揺すられた空気を全部集めて拾えりゃそうならないが、バウンダリタイプのMicだって振動板面積の広さなんてタカが知れてるっしょ。

昔みたいにBassに高域が無くても良きゃ、後面開放型の裏から拾うなんて文字通りの裏技も使えたんだけどね。
今だと裏を使うにしても表にも1本無きゃ駄目で、それをやるには裏Micの位相を意図的に反転させなきゃなんなくなるから結局昔より面倒になっちゃうか。😅

<更に何か思い出したらその時つづく>

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