ベース

2024年4月20日 (土)

音楽備忘録1709 心理的グルーヴ考➌

前回のは現代特有の事案とも看做せるが、体裁を気にするとグルーヴに大抵は悪影響しか及ぼさないのは不変。
そんで気にしてなくても体裁が崩れないのが打込みなんで、この点無加工だと最もグルーヴを出すのに向いてない。

にも拘らず今劣化本邦が唯の一定安定に走ったもう1つの原因として、昭和末期の若者が嫌うグルーヴなら沢山あったのが考えられる。
当時の俺自身民謡や演歌系とか大嫌いで、例え簡単に出せてもそんなグルーヴはお呼びじゃなかった。

だが今良く考察してみると癖が強過ぎたっつうか、リズムフェイクの登場頻度・箇所等がきっと気に入らないだけだったんだろう。(それ以外の音楽性や好みは別として)
こちとらノリはノリでも持続性のあるのを求めてたから、途中がダムだらけの川みたいなのは合わなかったんだ。

但し当時の新人類が求めてたのは物理的正確さじゃなくて、音楽的最適リズムでしたん。
何故って同じ符割やフレーズでも、そうなってると断然格好良く聴こえたからなんだよ。

言うなれば1960年代中頃から流行り出したBellbottom Jeansみたいなもんで、後年一時期に至っては恥ずかしさの象徴と化したけどな。😓
けど杜撰君昔から足太だったんでその方がまだ良くて、Slimとか履くと完全に岡っ引きの股引みたいで似合わないんだよん。😢

わ兎も角裾が広がってるかどうかだけの違いで、随分斬新で異なる印象を受けたもんだったん。
切り貼り修正でリニアに揃えるのを厚化粧とするならグルーヴはドヤ顔みたいなもんで、表情の工夫で映えUPをする様な作戦だ。

それ故単に良いグルーヴと言っても、中には癖強や下手すりゃ臭いのだってかなりあるんだよ。
上出民謡・演歌系の一部なんて正にこれで、通好みのクサヤ的存在だったんだ。

そう云った好み次第では合わん物も、自身では演らなくても全否定しちまうとグルーヴは半分死んじまうだよ。
何故なら大嫌いの対極に好きがある訳だから、望んでなくとも片方だけでもハッキリ分かる方がまだマシ。

最も致命的なのは不感症或は好き嫌いゼロの場合で、それは一種のリズム音痴なんじゃないかな。
けれど万一該当したからって、慌てて悲観する事なかれ。

その内の大多数は未体験が齎す無知って感じで、タイミング次第でどう違って聴こえるかに神経を向けりゃエエ。
今劣化本邦の昨今みたいに人力演奏でもClick強制矯正してっと、露骨に差の分かるのは僅少だ。

こればっかりは現時点では過去スタンダード名作のお世話にならざるを得ず、それがどうしても嫌ならグルーヴなんて概念から捨てちまえ。
少々投げ槍暴論だが、リズム無演出な打込みみたいなのがきっと体質に合ってるんだよ。

極論すりゃ「無いグルーヴ」もグルーヴの内で、色んなのがあるからどれもが活かされてるんよ。
杜撰君には有り難いBellbottomだって、腰に対して棒脚細さんにはそれしか無かったら不格好で地獄でんがな。

=つづく=

2024年4月18日 (木)

音楽備忘録1707 日常生活と音楽活動⑫

ここ迄様々な角度から日常生活と音楽活動を論じて来たが、知る限りの自体験以外も含めると誰にでも少なからず影響があると思われる。
人次第で度合いや箇所は千差万別だろうから断言は難しいけど、少なくともポピュラー系の範疇で居たいなら共存させるべきじゃないかな。

妄想や想像力に長けてる人でも最初の内は悪影響が無くても、長く続けてる内には僅かな綻びが全く気付かぬ内にほぼ全てを覆い尽くしてる可能性があるん。
まるでカルト洗脳に長年晒されて、正常な判断力を何時しか失くしてしまうみたいにさ。

杜撰大王は我儘だから普段の全てにはマイナスが大きいが、反面カルト耐性には優れてるらしいんだ。
モノホンカルト程じゃないけど新興宗教系の知人は古くから多い方で、中には俺様最大の弱点たるとんでもない美人から執拗な勧誘をされた事もあった。

でも結果は御覧の通りで…って見えないか、何等の特定宗教にも加わってないままだ。
その原因は上記の他に学位所持の研究者から、中高6年間「宗教学」を学問として叩き込まれたのも大きいかも。

今劣化本邦では親が何かの信者で無い限り、他国と比べると普段の生活と宗教の縁が弱過ぎる。
為に何教が以前に、そもそも宗教っつうのが何物なのか全然分かってない人が多いのよ。

幾ら私利私欲の塊でアホな壺議員共ってもある程度の学歴はある訳で、それなりにオツムが鍛えられてたのに何であんなに簡単に騙されて未だ気付けないか?。
杜撰君の上記への回答は宗教に無知過ぎたからで、内実はベタな美人局や枕営業にまんまと引っ掛かったのと同じですわ。

誰だって全然知らなきゃ初回は50%の確率で騙されるもんで、それと似た様な事が普通の日常生活と縁切りしてると起きる確率が爆上がりするねん。
当初呑んでも1日2本迄と決めてても、誰にも叱られないで居ると徐々に増えて来たりするのが人間の性。

或は叱られんでも一寸明日お米買いに行きたいから車出してよなんて乞われたら、少なくともその半日前位からは呑めやしなくなる。
呑みたい本人はその為に割高でも宅配にしようとしたりするが、同居人とかの全然呑めない奴からしたらそんなの容認しないからね。

こんな価値観の異なる人との共同作業って、アンサンブルを上手く導き纏めるスキルでもあるのさ。
何れにしても望まぬ価値観の変容を防ぐのに、必ずしもベストではなくても一般感覚を残し続けるのはとても重要なんだ。

例え全然優れてなく世俗的だったとしても、そんな普通も安定してたら比較時に何等かの基準にはなってくれる。
しかもそれが自分の中にあってありふれたものだったら、何時でも何処でも「あーそうだったな」と引き出せるから。

-おわり-

2024年4月16日 (火)

音楽備忘録1705 心理的グルーヴ考➋

今劣化本邦は何でもマニュアルに従え余計な事を勝手にすんなだが、殊グルーヴに関しちゃそんなの全く通用しねえ。
何故ならある程度傾向や法則性はあっても、グルーヴにはマニュアルなんて存在しないからだ。

以前述だがSteve GaddやBONZOでお馴染み太鼓のオカズ「タッタラコトン」、打込みで正確なリズムにすると本家みたいなキレが全然出せねんだ。
これは物理的(時隔)正確さと音楽的正確さが不一致だからで、音程の方でも平均律と純正律があるのと同様だ。

私感ではあるがかつて日本のDrummer正確さではかなり平均が低く、元はと言えばそのせいでClick過依存に陥ってるのかな。
これは昭和時代の事だけど、ウチの従兄は早期からタッタラコトンのキレが良かったからさ。

まだ本当には上手じゃなかった(スンズレイ)のに、ティーンの頃からかなりオファーが多かったんだ。
当時のアマの半分は手順・音源違いとかしてても平気で信じてたし、それは分かってても本家とは全く異なるニュアンスしか出せないのが残りの4割位。

つまりコンテストで何かしら入賞する位の連中じゃないと、それと分かる様な叩き方が出来てなかったんだ。
まあ今みたいにネットなんか無かったから、仕方無いっちゃ仕方無い現象だったんだろうけど。

ほいで結局↑の過半数が是正されぬ内に、Click信者だから正確って訳の分かんねぇ変な宗教信者みたいなのが蔓延しやんの。
確かにタッタラコトンの筈がオンポーロロロンみたいになってた奴等にとっちゃ、タータタトトンと聴こえてもその方がマシだったがね。

だけどなぁ↑フレーズの神髄は絶妙なタイミングで、それが非成立だったら殆ど意味の無いオカズなんすよ。
なので要するにこのオカズ自体を練習するのには、メトロノームやClickに過依存しちゃいけねんだわさ。

許容範囲はこのオカズ箇所の前後でテンポが変わってないかとか、小節の全長が不用意に変動してないか止まりなん。
具体的にはピポポポ・タッタラコトンポ・ピポポポ・ピ…、ってな聴き方とか意識じゃないとねえ。

最終的に達人領域に到達出来るとグルーヴとClickの両立は可能だが、その手前迄はグルーヴは非Clickで練習しないとどんどん遠のくんや。
だから最初の内は又ズレただの何だのと、すこぶる評判は悪いでっせ。

でもそれに負けずに「いい感じ」を徹底追及し乍ら、徐々に物理的安定度を高めて行くんだよ。
これグルーヴを得点とすればズレは失点で、ミスの有無を取るか魅力の強度を取るかみたいな話しなんだ。

正確性だけなら昔の電話のベル何かでも持ってて、しかしそれは所謂音楽的なものではない。
嗜好品の音楽には先に魅力が必須で、その上で杜撰大王みたいにミスだらけで魅力半減なんかしない方がマシなのさ。😓

つまりⅡで当初はミスより魅力的かだけに気持ちが向いてないと、中々近付けないんすわ。
現代に於いてはこの心理は最早アブノーマル且つ亜流と言え、他の多くの色々ではそんなんしてたらどうにも通用しなくなってっからねえ。

-つづく-

2024年4月14日 (日)

音楽備忘録1703 日常生活と音楽活動⑪

今回は慢性疾患や中毒に言及するが、かつては杜撰大王を筆頭に貧マイナーには殆ど無縁だと思ってた。
のがいざ40年後になってみると、判明してる範囲で今ん処無事なのは俺だけらしくて動揺が隠せない。

っつうのも気は最強でも肉体的には仲間内で、体力やスタミナ面ではずっと最弱と感じてたからなんだ。
普段は殆ど意識してないけど、何しろ小学校低学年迄は虚弱・病弱で散々だったからねえ。

なのでヤバさが到来するとしたら俺が先頭と予測してたのに、それとは真逆に近い現実が何ともやるせない。
病弱な奴程意外と長生きなんて囁かれてるのも知らなかないが、カウント開始時のHPは弱者程少ないんだから何か裏がありそうだ。

そんな思考で振り返ってみると、どうも危機感知に差があったのではと推測出来るん。
こっちは常時最低限の燃料しか入ってない車で、ガス欠に怯え乍らちょくちょく残量と燃費計算をしてる。

と例えれば満タンで出発してると問題になる事が少ない代わり、燃料残量が殆ど無視になっちゃってるのかな。
勿論不意の不具合が起こらなきゃそれで平気なんだけど、何処かに穴が開いて漏れてたりしたら発見が遅れる可能性がある。

しかも不測の事態が起きる迄何の心配も無かったから、多少の異変にも必要より軽く対応しちまうかも。
それプラス非赤貧だと余裕から加減が効くんで、悪状況を覆せる術は多くなる。

要するに過信してた訳じゃなくてもまだ大丈夫と先送りしてる内に、気付いたら手遅れになってたんじゃないかな。
これは癌等でありがちだが、初期症状の軽いの程陥り易いのは確かだ。

今身近な者に自覚があって手遅れのアル中も居るが、問題なのは本人は無自覚で他人目線で客観視すると疑惑濃厚な人がとっても心配だ。
今劣化本邦では麻薬には神経質でもアルコールには世間は驚く程鈍感で、昔から酒に溺れて自滅する奴は絶えなかったにしても一寸尋常じゃない。

明確に人生を捨てた者ならいざ知らず、いじけつつも明日を見据えてて簡単に嵌ったんじゃ堪ったもんじゃおまへんで。
全数統計を出せたならリスクが周知する程、○○中毒に陥る人は減ってく筈なんだ。

中には該当しない者も居るだろうが無理に路上喫煙するよか、今なら過去に存在しなかった何か新種のお菓子でも口にする手が増えてるじゃん。
喫煙者の俺がもしそんな気持ちになったとしたら、即座にタバコ辞めますよ。

只恐ろしいのは好みを変容させるだけじゃなく、「神経を歪曲させる」麻薬や酒の場合はそれだけじゃ済まない。
客観的判断力を段々と喪失してくんで、そもそもヤバいかもと思わなくなっちゃうんだよ。

この面からは常に嗜好が一致してる人だけで集うのは危険で、酒好きでも全く呑めない友人1人位は作っといて定期的に合うと良いんだ。
但し何時もそいつに車の運転を任せてる様じゃ駄目で、変わりばんこにハンドルを握らんとね。

-つづく-

2024年4月13日 (土)

音楽備忘録1702 今時真空管の得失⓫

今日はかなり大回りになっちまうが、音楽での人間の感覚について触れとこう。
オーディオがリニアに拘った源泉は、演奏されたままを再現しようとしたからだったよねえ。

それがかつては色々とあまりに足りなかったから、先ず物理的な損失を減らせば良くなるんじゃと考えたと。
実際途中迄はそれで行けてたんだが、一寸「機械だけの立場」に引き籠っちまったかな。

一定段階を超えたら従前より実在空間での音の振舞いとか、人耳の性質や感覚にももっと目を向けなきゃ意味無かったんだわさ。
処が人体や人間の感覚の研究がオーディオより遅れたか商魂に走った結果か、一体であるべきものが分離独立して勝手な進化をし出しちまった。

結果杜撰流論法では巷の人々が爆音御免で難聴も恐れないか、所謂○○警察ばりに昼間の幼稚園の子供の声さえやたら迷惑がる様なのに2極化しとる様だ。
この現象言わば爆音カルトに毒されたのと神経カルトに毒されたのの不毛の争いみたいなもんで、現イスラエル政権のパレスチナ侵略案件と同じで理由を誤認したままにしてるから何時迄も解決しねんだよ。

世界情勢の方はこないだ注文付けたばかりだからここでは割愛するが、私的には音の感覚的リニアと物理的リニアがかなりかけ離れてるのの周知が足りないからなんじゃねっと。
そこで肉声と電子音等の大体中間層として、生楽器の実態を挙げとこう。

人が操作はするが生楽器には機械的部分もあるから、人感覚とは少し違う反応をしてしまう。
なるべく近付けようとはしたものの、楽器種毎にどうにもならない部分ってのが残ってる。

けれどその不完全さが却って人間に似てもいるので、我儘な美人さんとどうにか仲良くなろうとする様な状況となる。
その際最もネックとなるのが、アベレージで奏でてる時の反応だ。

相手がリアルの人間なら懇意になれた後には、些細な失態はスルーしてくれたりもあるだろう。
この観点からするとあまりにバカ正直なのは扱い辛く、さりとてどう奏でても同じ音しか出て来ない程一点安定ってのも又同じ位困る。

つまり人だったら普段は大目にみてくれていざって時は叱ってくれるとか、楽器でもそんな程度が実用上は最もバディとして相応しいん。
基本そんなので音楽は構築されてるとなるとそれを再生する側も、過敏でも鈍感でも不都合が生じるんすよ。

人耳って可聴限界近くでは小さい方も大きい方も程度が分かり難くなってて、個人差こそあれどんなに訓練してもその性質を完全に克服するのは不可能だ。
のでそんな領域で物理リニアにした処で殆どご利益が無く、特に大きい方で過大になっても認識し辛いのが耳破壊の危惧に繋がってんだ。

極マゾ君だと危険に晒され乍らこのアタックは凄いなんて、悦に入る悪趣味な人も居るかも知れんがね。
個人の自己満としてはアリだとしても感覚が鈍ってるから、耐え忍んだ処で実際の程度をちゃんとは判別出来ねんだ。

これに対し球のパワーコンプレッションが何故最有効かったら、俺に言わせりゃハイパーインテリジェントリミッタ的役割をしてくれるからだ。
動作だけなら今や少しはシミュレートも可能だろうが、リアルだろうとバーチャルのだろうと殆どのコンプ・リミッタには球の電力増幅回路が実装されてない。

実はあのFairchildのコンプ・リミッタにはスピーカを駆動する意図も必要も無いのに電力増幅回路があって、殆ど語られてないが俺はそこがものを言うのではと睨んでんだ。
これには細やか乍ら一応根拠があって、かつて球オープンリールレコーダに搭載されてた自動録音レベル調整の音がこれ迄の人生で耳にした中じゃ一番似てたんだよ。

-つぅづぅくぅ-

2024年4月12日 (金)

音楽備忘録1701 心理的グルーヴ考➊

ベテランの知人にノリで悩みを抱える人から相談を受けた際、何の気無しに今迄発した事の無い言葉が口から出た。
のが他の人にも役立つ可能性があるんで、少し掘ってみたい。

ノリ(グルーヴ)については以前から随時で触れて来たが、実演時の意識(心の持ち様)の影響は甚大ってか殆どはそれで決まると言っても過言じゃない。
にも拘らず杜撰大王が語らなかったのは、ノリを出す事がわざわざ音を出す動機になってるからだ。

何故って少なくとも俺には何を置いてもノリが足りなかったら楽しくないからで、楽しいから単純でアホな刻みも飽きずに続けられてんのよ。
日本じゃ民族性か高度な技や深い読み等に惹かれる方が多そうだが、俺がそれを理解したのは随分齢を取ってからだった。

そんな人も決して批難する気は無いが、年齢や歴に依って差が生じるから人を選ぶのは確か。
そこが差別的にも感じられるから嫌で、ノリやムードだったら感じ方は様々でも誰でも楽しめる余地があるのよ。

杜撰君がそうなったのはもしかしたら音楽の目覚めが幼少時だったからか知らんが、芸術ってスペックよりそっちで楽しむもんじゃね?。
ってかスペックで表せない魅力のある決して多くは無い存在で、技読み派の人だって最初に興味をそそられたのはノリやムードだったんじゃないかな。

その訳は曲が始まってから聴き続けないと、技とか読みは体感出来ないでしょ。
どんなものでも最初の最初は「何か良い・凄そう…」があって、その後も見続けて・聴き続けてみようかとなるじゃん。

その段階では「何が」の内容なんてまだ知る必要は無く、それでいて良さが瞬時(極短時間)に分かる事だけは要求されてるんだよ。
ので①に音色②にノリ(グルーヴ)となるんだが、頭の1音だけが良い音色だとその後は興味が薄れる。

それと比べたらノリだって少し聴き続けなきゃなんないけど、多くの場合技や読みを理解するよりゃ短時間で全把握出来るんだ。
この2つで大きく異なるのが事前知識の有無で、聴いて楽しむだけなら拍子や拍すら認知不要なんだ。

唯々何かズンタカズンタカ言ってるのに、我が身を委ねて浸れりゃ良い。
ノリってなそれ自体が感覚的・原始的な存在なんで、考えたり恣意的手加減で出そうとするのに無理があるんじゃい。

実際に奏でてる最中には頭も使ってるんだけど、ノリに関しては唯ひたすらキレとか気持ち良さしか念じてないんだ。
せいぜい予め自分がモタり易い箇所に注意を払う程度で、次の音符は125mSec後みたいな数学・物理的な具体的発想等は一切していない。

杜撰大王はこれを感性で演る考えると捉えてて、対極にあるのは理屈で演る考えると仮定している。
そうしてある意味で天然状態に無いと、途端に勢いが失せたり流れがギクシャクし出すんだ。

-つづく=

2024年4月10日 (水)

音楽備忘録1699 日常生活と音楽活動⑩

本項ここ迄色々押し付けがましかったかな、とも思うけどそこには杜撰大王なりの悔恨が色々詰まってんだ。
実際には若い時分には頭は器用でも精神的にバカの1つ覚え的だったんで、知識として先に知っててもどれだけ改善出来たか分からないんだけどさ。

唯そんなひたすらムキになってた中で、そう感じてた前提状況がポッカリ抜けてたのは痛恨の極みですわ。
1時間しか練習出来んのが2時間あったら、更には半日位費やせたらきっと無敵だろうなんてね。

具体的には↑の心情って、体や心のスタミナに限界があるのを完全に無視or失念した発想なんだよ。
初志貫徹に絶大な自信があったって、人並みの体格・体力すら無かったってのにさ。

尤もこの件はアマの内には試せる機会も無く過ぎちゃったっけ、その後プロ化してから徐々に大きな壁となって来たん。
兎に角本番を増やしたい処へ機会が訪れれば嬉々として引受け続けてたら、段々練習時間が捻り出せなくなって来たんよ。

自分の周辺では最も遅くに
初め遅くに成長した(少なくとも本人自覚では)んで、突然スカウトか何かされて生活が180°変わる様な事が無かった。
その結果常時本番では意識上は2~300%の力を掛ける癖が付いちゃってたんだけど、スケジュールがタイトになって来りゃそんなで続けられる訳も無い。

一方で生活する上で例え一点集中式であろうと前述の如く、絶対に省けないのも色々あるやん。
猛烈サラリーマンとは違ったから過労死こそ無関係で居られたが、生活の質がどんどん下落してっちまったんだ。

そうして苦しんだり嘆いたりしてる最中に、プライベートで有難くないのが幾つか被さって来て。
今客観視すりゃそんな「煙たい感じの奴」じゃ敬遠されても当然なんだが、兎に角困ったのが体内時計の故障なんだ。

極簡単に言や時間の感覚や制御を殆ど喪失したもんだから、練習処か本番を追い掛けるだけで一杯一杯になってねえ。
こっちも今にしてみりゃ病気と迄は行ってなくてもその前段階か、何とか症とか症候群位にはなってた様な感じだ。

それが平成の初期頃迄この国じゃ真剣に考えられてなかったし、何しろ昭和の負の遺産闇雲精神論・根性論も根強かったし。
従兄がパニック障害やHSPで苦しみ続けるよりゃ遥かにマシだった代わり、原因把握がより後回しになったん。

チトどぎつい言い回しになるが自他共に明確に不具合が出りゃほっとけないが、万一気付き損ねてそのままを継続してたら深刻な人格障害とかに至る恐れもあったんだよ。
又症状が曖昧だと解決策も見つけ難く、この怪我だと大体一月で完治するとかの予測が付かない。

俺の場合限定かも知れんがその時点では全く望んで無かったが「普通の生活」が糸口となって、殆ど負の遺産無しに復活出来たんだよ。
呑み過ぎてアル中になったりすると、それ自体は寛解しても一滴も飲めなくなったりするじゃん。

アル中の場合元は呑み過ぎが一番の原因だろうが、普通の生活をするには一定以上の「しらふタイム」が必要。
音楽以外の色々も毎日熟そうと思うと案外時間を割かれたりするんで、少なくともアル中になる迄の時間延長位は可能になるんじゃないかな。

-つづく-

2024年4月 9日 (火)

音楽備忘録1698 今時真空管の得失➓

球のパワーコンプレッション第3段は、実際の具合でごんす。
これがかなり弱いのも強いのもあるんで、理解周知の妨げになってるかも知れない。

一般傾向としてはオーディオ用のハイエンドのになる程出難くしてあり、楽器用でフルドライヴを売りにしてるの程強い傾向がある。
為に聴感上の歪みを伴わずコンプってるのが分かり難く、体験機種が適切じゃないと都市伝説と誤解されたりするんだわ。

この問題の一助となりそうなのが球の基本動作実態で、端的には石リニア・球非リニアだが実際はもうちょい複雑なのだ。
最初に指摘しときたいのは球にだって実用上は、全く問題にならないほぼリニアな領域を持ってる点だ。

確かに物理的基本特性は球を曲線とすれば石は直線的で、ほぼリニアな領域は石と比べりゃ球は半分以下だ。
但し石でもアナログで歪み率等全ての要素を含めると、完全にリニアな領域なんて未だ存在しない。

ヨタ余談として今ではとってもレアになっちまったが、貰い物Guitar石Ampの中に出力段が歪んで良いなら強烈なパワーコンプの掛かるのが1つだけあってん。
ほれ大昔述でとっても「みみっちい音」がして、3分と持たず疲労で堪えられなくなると綴ったアレだ。

これが典型的石のスッピンの性質で、実は石も少しはパワーコンプの掛かる領域を持ってんだ。
しかしその境界域がコンプ・リミッタで言えば超ハードニー特性で、突然掛かり始めたら後はずっとほぼ一定に強烈に叩き潰してくれる。

普段球の100Wフルドライヴでへっちゃらな杜撰君が、たかだか30Wしか出てないのにそうなるんだから尋常じゃないのよ。
石のこれは程度の酷さもあるが一番辛いのは、人耳の性質と全然合ってないからなん。

個人差もかなりありそうだがウルサイと感じ始める位から、徐々にパワーコンプが増えてくと人間様にはとっても好都合なのだ。
日常爆音家の感覚的に耳感度が全開になると、その先は僅かなピークでも「ウっ」っとなって来る。

そんな場合だけ少し前よりお手柔らかになってくれるのが、疲労を軽減して有難いし極端に感じが変わらないから冷静さも維持出来るんだ。
すると奏者や調整技師の立場にあると、より良い微調整が可能になるだよ。

と言うからには球のだと知らん間に何時の間にか掛かり出すのと、掛かり始めより音量を出せばもっと強く掛かるん。
そして石と球のこの件での最大差はパワコと聴感歪みの関係で、石はほぼ同時だが球は聴感歪みが最終段階近くになる迄来ない処。

それじゃあ歪み率の話しと一見矛盾してる様だが、電気物理的歪み率には相対的に音楽には比較的無害な「ゆがみ」も含まれてるんだ。
拍手が揉み手みたいな音(実際にはあまり音が出ないけど💧)になったらアウトだが、他音にマスクされる程じゃなかったら多少マイルドになったって実用上は問題にならない。

が音色的な歪みは、元音がクリアなのだったらご法度だよね。
これ等からアナログ回路の石で求めるのが非実用的となり、球のそれも電力増幅管(パワー管)固有のメリットなんざます。

今の技術水準を持ってすればデジタルバーチャルでも行けそうと考えがちだが、そもそもパワーコンプレッションの徹底分析があまりされてないしデータ不足のままなんだ。
或は密かにやってはみたものの石の悪癖が邪魔して挫折ったか、リアルより高価になって頓挫したのかも分からんがね。

-つづくで-

2024年4月 6日 (土)

音楽備忘録1695 日常生活と音楽活動⑨

さてこのテーマを考察してくには原点とか、初期にはどうだったかも省くべきじゃない。
突飛な例えも敵弾雨あられの最中ではどんな音楽好きだって、小康状態時にせいぜい鼻歌を歌うのが精一杯だしょ。

最適環境とは掛け離れてても、楽器を始めて誰かとグループを組む辺り迄の状態を想い出してみよう。
恐らく多数派は10代位から始まってると思うんだけど、学校や親等の束縛を当時は殆どの人はとてもウザいと感じた事だろう。

でも特に日本ではその時期が最も熱くノリが良い様で、社会に出て数年経つと学生時代とは真逆にリズムの死んでる奴が随分多くなってた記憶がある。
Rockの場合俺が思う原因の1つに、「敵が見え難くなった」ってのがある気がするんだ。

幾つかのケースを半分は想像で挙げてくと、不満爆発方面では鬼親や鬼教師失墜しろとかとても具体的な対象があった。
人次第で名指しでクソヤローと絶叫出来たなら伴奏不要かも知れんが、心理の根底に何かしらその当時リアルで抱えてた問題はあったんじゃないかな。

夢を見る方面なら技も度胸も足りなくて、好きな人に告れない思いを密かに歌に託したとかさ。
こいつが一寸矛盾もあるんだが、自信家且つ強運なのは即告ってOK貰えるから音楽なんかに託すニーズが生じ難い。

音楽にしか僅かな取柄の無い誰かさんみたいなのが必死に絶叫するんで、内面外面共真のイケメンがバンドマンには滅多に居なくて残念ってか。
うぉっつ危うく脱線し掛けたが、そんな場合恋の歌のターゲットが心理内ではとても明確に具体的に居るからね。

そんな幾らでも夢を抱ける→夢見がち→典型的中二病であっても、実際就職先も伴侶も未定だから微かな希はまだ残ってたんだよ。
大体の合否結果が出揃った後と比べりゃ、どんなに低確率だろうと僅かな余地だけはあった訳だ。

創作に於いては例え0.
1%でも夢がリアルで見られるってぇのの重要性は、人生の終焉が近付く程実感が強まるもんでね。
その為なら唯の普通の学生という身分を、今になると引換に甘んじて受容れても良いと思うようになったな。

これは老害の後悔に近いかも知れないが、下手に身分が高くなると妙な制約が増えてったりするのは確かだろう。
実際どんな分野でも金満に溺れたら、行動や判断が可笑しくなって駄目になる人が後を絶たないよね。

甲子園で脚光を浴び過ぎてプロで泣かず飛ばずとか、世間では性格が原因と言うが俺はそうは思ってない。
実際性格の影響もありはするんだが、最大要因は「普通」を続けなく続けられなくなったからなんじゃね?。

どんなにスターになろうと凄く腹減りゃ何時もよりは上品に食べられなくなるだろうし、その後には下品だが必ず排泄っつうのがやって来る。
この様に変えられないとか変えるべきじゃない部分、生きてる上で不変で普遍な処が必ずあるんだ。

そんな箇所で自ら「普通じゃなくする」なんてのは自殺行為も同然で、少なくとも自らやってしまうのは知恵不足でんがな。
なるべく楽したいしサボりたかったりするけど、一般生活に必要な要素は最低限でも残しといた方が良いんじゃないかな。

-つづく-

2024年4月 5日 (金)

音楽備忘録1694 今時真空管の得失➒

前回触れた真空管の俗称「パワーコンプレッション」について、他所ではあまり多く語られて無い様なので今更だが綴っとこう。
今杜撰君が別の呼び名を考えるとしたら、勝手に掛かってしまうリミッタとでも言えば良いのかな。

実はそれ故大昔にオーディオ界ではこれがなるべく出ない様腐心してて、リニアな石(半導体)の無かった頃は害でしかないと考えられてたんだ。
当時の高級オーディオもご多聞に洩れず、高級なの程複雑な回路とそれに依って増加する球の本数なんかがプチ自慢だったりしたよ。

1960年代の広告では「5球スーパー」等と「○球△
」の文言が並んでて、前の○に球の本数が後ろの△に回路方式なんかが誇らしげに踊ってたんだ。
因みに前半は唯の本数だから分かるとして、後半は主にラジオ受信に用いられた高感度のスーパーヘテロダイン回路の事ね。

そんなの一般人にあまり分かりそうにないが、スーパーは凄そうだからそうしちまえ…と思ったかどうかはワシャ知らんけど。💦
でそんな風に何段も球を通せば球の癖は強まるもんだから、癖退治に躍起になったとな。

これには他にも事情があって音源は物理的に今より格段にショボいし、スピーカのリニアリティだって劣ってたからねえ。
つまり現代の機材にどれか1つだけを混ぜたって、音波波形のピークを勝手に潰しちゃう位の有様で。

ので何処でも良いから出来る箇所はひたすら物理的モアリニアを追求してて、今みたいに自然音を超過する心配なんて全く不要だったん。
処がトランジスタが開発されICからLSIへと発展してってみたら、何時の間にか音楽耳にはやり過ぎになってたって顛末で御座居。

ってのも自然環境の性質と人間の耳の性質を失念してたからで、空気の緩和効果や人耳のf特や感度はちっとも物理的にはリニアじゃねえんすよ。
「聴いた感じに真っ直ぐ」にするには、音響機器の方にその逆の性質を持たせとかなアカンかったと。

小音量側の限界近傍領域ではディテールが拾い難く、大音量側のそれはホントに僅かでもう感知出来ると。
その意味では現代石系は小音量側に、伝統的球系は大音量側に恰も忖度してると看做せる。

つまりⅡで「自然かどうか」で聴けば球は素直に聴こえて、物理的検査耳で聴いて初めてパワーコンプは掛かってるのが分かるって寸法なんざます。
又中音量位迄は石のリニアさには負けるものの大して劣りはしないので、一般的な試聴環境ではこの性質は現れ難い。

そのせいかMetal系爆音奏者ならそこそこ皆が知ってるが、非変態なオーディオヲタにはロクに知られてないor実態が掴めて無い様だ。
更に掘っとくと音圧自体は大した事無くても、インナーイヤーは言わずもがなスピーカでも耳迄の距離が1m未満となると過刺激は考えないと危ない。

音量では距離減衰が・過刺激に対しては空気の緩和効果が激減して来るから、現況では「実際より大袈裟で刺激が強過ぎる」音を聴いてる公算がとっても高いんだ。
耳に突っ込んでも部屋で遠慮して鳴らすのと同程度の聴こえにしときゃあまり心配無いが、他人から怒られない(迷惑掛からない)となりゃついグワッと音量を上げたりするやろ。

-つづいた-

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