ベース

2020年5月30日 (土)

音楽備忘録297 エレキのPU選択とToneのセッティング②

Single Coilでもフロント+Toneセッティングの工夫で、一定以上に歪ませた時の使える範囲の拡大が可能な処迄来た。
だが良い事尽くめかってばそんな虫の良い話はやはり無く、パワーコードのバッキングに使える様にするには更なる工夫が要った。

ソロとメロの両方を1つで行けるToneセッティングにしてると、低い音域の方で伴奏するには大人し過ぎとなり易かった。
それで何が困るかってば、伴奏のリズムが埋もれ易くなってしまうのだ。

ここで厄介なのは伴奏パワーコードを異音色2本にしたい様な場合で、元が悪く言やおデブのハムバッキングのフロントは幾らToneを弄ったって流石に使い辛いのもあるからだ。
なるべく差を大きくしたいとなるとそれだからSingle Coilの方をフロントとするしかないが、Toneセッティングで高域を控えたり中域を多目にするとどうにも切れ目がボヤけてアカンがな。

そこで本家Char氏がどうしてるか聴いてみれば、Toneセッティング自体は殆ど高域全開な感じとなっていた。
尤もそれもJohnny,Louis&Char(Pink Cloud)時代のの話しで、3ピース故普段のLiveでは他にGuitarの音は入って無いって条件下での話しだ。

何れにしてもPUのタイプに拘わらず各位置のに対して最適Toneセッティングにしちまうと、そのままではもう片方の方は最悪許容範囲から逸脱してまう。
そのせいでも無いだろうが各位置共通セッティングで両方使えるとしたら、半ば低音域がしっかり聴こえるのを放棄しちまう手もある様だ。

実例としては’70~’80年代の所謂LAサウンドってのがそんなMixバランスとなってて、ドラム以外は低域の量を必要最低限度に抑え込んどくって方法だ。
瞬時に鳴り止まないのの低音が全て控え目になってればそれにマスクされる心配も激減するし、フロントPUでしか出せない低域も非扱いにすれば自動的にリアとの差も縮小されるって構造だ。

低域は必要以上に含有量が多いとむさ苦しくて聴き疲れし易くなったり、他パートを侵食し易いから少な目で良い程安全だし全体が爽やかになって宜しい。
けれど曲や演者のコンセプト次第では軽薄過ぎになったり、厚みに乏しいって欠点もある。

聴くだけなら嫌いじゃ無いこのサウンドも、Bassに暴力的な低音をなるべく出させたい俺には不都合だった。
だって電気の助力無しではそんな量的バランスの音は出せないもん、折角の特権ならなるべくそこはしっかり出しときたいかなってね。

それとGuitar単独でも問題化するのがAmpで歪ませる場合で、足りなきゃ困る低域も過多となれば歪み音色自体にも悪さしてしまう。
今だとPUと同時にEffector等でセッティングも変えちゃえば済みそうではあるが、2度手間を要すのには違いない。

それでも常時低域減らしをせずにフロントPU使用を放棄したくないのは、Bass音色の他にも生楽器に負けたくないのもある。
エレキの都合だけでMixの音質バランスを変えるには、時にそのままでOKの生楽器の音質バランス迄改変しなきゃなんない事も出て来て勿体無い。

もっと突っ込みゃこれ次第では各パートの低域が、どれも聴き取れる状態になる音量バランスが実演奏時と違ってしまう事すら起き得る。
Liveと録音で違う趣向を2倍楽しめますなんて言い逃れするのも手かも知れんが、録音物を耳にした時点で頼り無げだからLive行くの止そうなんて思われちゃっても嫌だしねぇ。

<つづく>

2020年5月29日 (金)

音楽備忘録296 エレキのPU選択とToneのセッティング①

前回迄の「歪ませない効能」を仮に敢えて否定するなら、今回のお題はクリア必至の案件となるのでそれを。
俺がこれを気にし出したのはフロントPUの有効化と、アンサンブル内での音域バランスだった。

耳タコ念押しになっちまうが俺がほぼ常時「アンサンブル男!?」となったのは、きっと全パートを担当する事が多いからだろう。
それは単にどれも弾くだけじゃ無く、どのパートにも自分のサウンドを堅持させたかったのが原因だ。

少し回りくどくなるがPickupの歴史から始めとくが、お題に直接関係する「数と付けられてる場所」限定だから暫しの我慢だ。
電磁Pickupの登場当初は先ずリアへの単独搭載から始まってるが、Rickenbacker独自の弦の上側にも磁石が被さるタイプのだった。

この構造では「弾かれる場所」の真ん中にあっては邪魔で困るから、弾く領域の前後どっちかへ寄せとくしか無い。
音色や拾える倍音へどれ位配慮してたかは不明だが、取敢えず弾ける場所を広く取れるせいかリアへ付けられていた。

そこから電気楽器固有の利点活用として、段々搭載PUの数が増えて行く。
っても大抵はどう頑張っても空間制約で凡そ4基程度で限界だが、多数派は2基搭載に落ち着いている。

これはネック寄りとブリッジ寄りのが音色差が最大となるのと、その間が空けてあると弾くのに邪魔にならんからと推察される。
かつてはHöfner 500/1 ’61 CavernみたいにBassで低音が必需だからと前と真ん中みたいなのも一部にあったが、上記理由が元で今では復刻版以外は両端寄せが普通だ。

因みに今でも2コ付いてて前後どっちかへ寄ったままなのもFender系Bassでは普通だが、そのお陰でどちらも極限用途には不向きになってるとも言えなく無い。
これが俺的に不思議に感じられるのはFenderは、前・中・後とStratcasterみたいに3基搭載のも出してるからだ。

閑話休題してそれを歪ませなかったその昔は単にフロント・リアと呼ぶより、Ryhthm・Lead等と用途別呼称してるのもかなり浸透していた様だ。
今じゃ滅多にそうは呼ばなくなってるが、GibsonのトグルSWのネームプレートには未だにそう刻印されたままだったりする。

実際はどっちを何へ使ったって悪か無いがEffectorやCh切替機能非搭載のAmpしか無かった当時は、PUを切替えて使うのが伴奏とソロの適正化に一番有効な手段だったのだ。
これの訳は担当相違時に求められる適正音量と音質があり、先ず伴奏時は極力聴こえる範囲で低音の量が要求されるのに由来している。

小さくないと困るけど伴奏であるから音域次第で聴こえ難い帯域があっては不味いのと、低目の音域程多用されがちなので下がしっかり出てる必要がある。
片やソロ時は華やかに目立つ程良いのと、弾いたの全部が楽に聴こえる迄音量を大きくして構わない。

それをたった1つのAmp Toneセッティングで賄える様にしてある為、特に深く歪ませるとそのまでは不具合が出てしまった。
要はリアPUに最適なセッティングにしてるとフロント使用には低音過多で、その逆も又しかりとなってしまう処。

それで私的にはソロ時の音色が固定されるのに飽き出した頃、Johnny WinterとCharがどうしてるかが大いに参考になった。
バリエーションとしてだけなら上述前者のハムバッキングのフロントもだが、特筆すべきは後者のSingle Coilのケースだ。

歪みが浅い内はSingle Coilのリアでもそんなに問題にならないが、深まるにつれ曲に依ってはどうにも音色が刺激的過ぎる弱みについてだ。
オマケにFuzz系じゃないとその割に音が細過ぎで、音色的に最前面の癖にメロディラインは大して前に出て来ない感じになる。

こっからは半分私的だがそのせいかMustangでは何時の間にか、リア単独の使用頻度が極端に少なくなっていた。
続きは次回へ譲るとして兎に角歪ませるとませないではかなり条件が逆転したりもするもんで、電気楽器特有の現象であらう。

<つづく>

2020年5月28日 (木)

音楽備忘録295 エレキGuitar歪ませない効能⑦

折角なので(何が???)俺言い「擬似Band」式の録音方法の実態を、もう少し追記させて貰っとこう。
これを書いとかないと録音時が只のLine録りと一緒にになっちまって、手間を掛けたご利益が半減しますんで。

宅ではマトモ且つ純然たるGuitar Ampが1台っきゃ無いから半分偶然だけど、録る時は録音機の出力をAmpに繋げて弾いてるんでごわす。
普通のLine録りならマルチEffectorかPreamp、じゃないとしてもAmpのLine出力から録音機へ入力させるもんだよね。

それをわざとGuitarとAmpの「間に録音機を挟んじまうのさ」で、つまりAmpスピーカからのを録ってるつもりに自分を騙す。
こうして奏者脳内だけバーチャル化しとくと、弾き加減はほぼ普段普通にAmpから鳴らしてる時のままにな
るだろうって寸法。

余計な物を経由して無い方が音はピュアだけど、実質的には内蔵か追設かは不問でGuitarとAmpの間に所謂Buffer Ampが入ったのと似た様なもんだって発想。
厳密には先ず入力側でインピーダンスのミスマッチを起こしてるんだが、完全な結果オーイラだがこれが却って功を奏する面もあった。

それは典型的なアクティブサウンドを求めて無い場合オーディオでだったら理想的な所謂「ロー出し・ハイ受け」が、録音機の出力インピーダンスも楽器Ampには低過ぎる。
電気的に不完全でも元々の楽器Amp入力が「ハイ落ち」前提設計となってるので、どっかで適当にハイが落ちてくれないと音質が変化しちまうからよ。

この手法をそのまま本チャン録音に持込めとは思わんが、記録されるのが生音だけでもしっかり弾けてりゃ歪み加減は100%再現可能だ。
これは又以前述だがエレキ奏者が近年本邦ではあまりにもアコギを触らないのにも通じてて、どんな風に何で歪ませたとしてもその「元になる音」は「常に生音」なのは不変なのですよ。

「アコギもちゃんと弾けるエレキ奏者」とそうじゃ無い人の最大差の典型としては、必要な歪ませの「深さ」の差となって現れたりする。
その訳は「意思に反して無駄に弱くなったりしない」からで、一般的に歪ませの深さは「弾きが弱っちゃった時でも足りてるか」で調節する事が多いからだ。

そんで住環境に依っちゃアコギだってウルサくて駄目って時でも、流石に窓・扉とかが全開とか直側で誰かが寝てたりでもしなきゃ「Ampに繋がないソリッドボディのエレキ」なら文句を言われる心配は全く無い。
AmpやEffectorを上手に操縦するには実際繋いでの練習も必須だけど、只「弾くのだけ」を上達させるのには楽器本体だけでももう十二分。

録音時の音色案件も結構上記と共通部分が多く、特に音色等に関しては必ず要るのが決定してるの以外は未加工としとくのが賢明なのだ。
歪んで無くてマトモに聴けるのを歪ませてNGになる事は先ず無いし、全く未経験だと当初は難儀するだろうが慣れちまえば全くどうって事は無い。

誰かさんみたくもっとベテランになって来ると、最終的には「何か弦の張ってあるの」があれば最低限の確認にはそれで十二分となる。
因みに宅ではそんな際小音量なのの方が思い立った瞬間に弾けるので、防音室の外で今これを書いてる席から手の届く処に何時も偽物Stratが立て掛けたままになっている。

こんな風な方向へ慣れて来るともし弾けなきゃ音色をどうするもへったくれも無いんだから、ひたすら弾けそうかどうかの確認の嵐となっている。
それでちゃんと弾ける様になってると演出面等以外では、歪みは無関係なのが自動的により理解出来る。

もう1つ不要深歪ませには欠点があるが、それは和音を弾くのが音色的に苦手となる点だ。
歪ませない時には無かった倍音が出たり増えたりして、本来ハモる音程同士に不協部分が生じ使える和声に著しい制限が掛る。

これは和声を単音パートに分解して重ね録りすればほぼ解決可能なものの、人員補充が出来ないとLive時の再現性を損ねる。
それ以前に当初から「オーケストレーションするんだ」って意思を余程強く持ってでもいないと、使っても淡泊な和声を優先的に選択するのを助長し兼ねないですから。

<つづく>

2020年5月27日 (水)

音楽備忘録294 エレキGuitar歪ませない効能⑥

前回は忘れ掛けてたののせいで失礼仕ったが、今回こそ予告してた聴こえの違いの実態へ具体的に参りまする。
若干クドくも念の為
ここでの前提条件を再掲させといて頂くが、楽器単独では無くアンサンブルした場合についてを中心としている。

録音がアナログテープからデジタルになって一番神経を使わされるのが混在させる時だが、これは歪ませない音色の録音や音源の方式の違いも大きいのは既に述べた。
ここで本来のスピーカ収音とLine録り各々の得失を、整理して纏めとこう。

1.スピーカ収音
①周辺雑音等に対してと、演奏環境の制限の厳しさでは不利
②音色の自由度(加減巾)は機材に依る制限もあってそんなに広く無い
③特に生楽器も含めた他楽器との整合性では有利若しくは安全

2.Line録り
①電磁気雑音等にさえ気を付ければ演奏環境はほぼ無制限
②使用機材次第で音色は自由になるが、その楽器らしさを損ねる危険も高い
③Mic収音された音との整合性に劣り、多くはそれ等より存在感で負ける

Line録りがマトモに出来なかった昔と比べると、昔じゃ不可能だった場所でも録れる様になったの自体は大きな進歩に違いない。
これも爆音系生楽器なら今だって無理なままで、電気楽器ならではの利点ではある。

けれども生楽器比で実際に空間へ音を出す部分をAmpへ移行してるので、この部分を無くしてしまうと「半人前」となってしまう。
そして歪ませるのに当初はAmpだけでは不足する事もあったせいか、歪ませない時の補填機器が現況では不充分に留まってるのが実情だ。

漸く本筋へ入ってくがLine録りや打込みのを生系へ混在させて苦労させられるのは、音量バランスの割に聴こえ難かったり埋もれ気味になる処だ。
加えて厄介なのが再生装置や再生環境に依ってもそれが大きく左右される処で、これ位にしときゃ誰が何処でどう聴いても大体同じに聴こえるMixってのが存在しない処なのだ。

ここで注目すべきがBassでならGuitarよりLine録りが許容される点で、滅多に歪ませないのも大いに関係している。
そう言うとああ確かにMarshallの歪みを欲しがるとか少ないもんねとなりそうだが、本件に関してはそこが理由では無い。

電気楽器の「音色的歪み」は概述の如くオーディオ的には既に結構歪んでいて、けれど低音になる程歪んだのが分り難い性質がある。
「歪んだのが分り難い」ってのは境界領域が広いとも看做せ、これは更に楽器Ampの特に真空管式の出力段も似た性質を持っている。

Ampの方がそうなったのは意図的と偶然の半々だが、この境界領域こそが器楽音としてはとても「使える」性質に富んでいるのだ。
近年はモノホンの球のでもシミュレートのでも「真空管サチュレーション」等と呼ばれるEffectがあるが、音色的には無歪でオーディオ的にはプチ歪み状態を意図的に作り出そうとする機器だ。

しかし現況存在するのではスピーカに依る作用の分がまだ全然不足してて、作者や愛用者には申し訳無いが正直に吐露すれば「無いよりマシ」と云う状態だ。
追加でこれを用いても残りそうな問題点もあって、それは録った後でこれを掛ける場合だ。

仮にとても良くシミュレートされてても、その音を聴いて弾きに加減が加わる事が無いからだ。
Ampで鳴らして録る際は殆どは誰も無意識だが、聴こえた音に対してより所望へ近付く様に自然と手が動いちまうもんだからねえ。

そこで俺推奨としては低出力でも全然OKなので、スピーカの大きさだけなるべく本格的なのに近いAmpで鳴らして録るのだ。
それだってそれなりの音量は出ちまうから無防音では、夜中の住宅街ではとても無理だ。

けれど歌やタンバリン・マラカス程度とか生のUplight Piano位なら、昼間なら弾ける場所はそこそこあるでしょう。
少なくとも音響技師の立場からするとこれ位は頑張って欲しい処で、それだけそうじゃ無い録り方をされてる上打込みのなんかと上手く混ぜろと言われるとしたくても中々そう出来ないのよ。

ってか、どう頑張っても完全には混ざってってくれんのよ。
因みに後からもし必要性が出て歪ませるのに、必ずしもEffectorだけが候補じゃ無いのよ。
以前お薦めした「擬似Band」よろしく記録されてるのはGuitar出力だけで、鳴らす時に楽器Ampへなんてのもアブノーマルでも不可能じゃ無いんだからね。

<つづく>

2020年4月27日 (月)

音楽備忘録264 バスドラペダルとフレージングⅨ

今回又しても適正バネ強さの検証であるが、奏法と言ってもかなり毛色の違った観点からの考察だ。
ドラムだけの範疇で充分な理解が出来ない人向けに、他の楽器系の「踏む物」とも色々比べてご覧あれ


最初はRock系でエレキのEffectorのスイッチの踏み替え等の際で、スイッチが板状になってるのだったら軟らかいゴム底の靴でも何ら問題は無い。
が金属の円筒が出てるだけので固めのだと靴底が薄いと足裏が痛くなるし、足自体はスイッチを切替えられるだけ動かしたつもりがまだ動いて無かったなんてのもある。

だからってあんまり簡単に動かせる動いちゃうスイッチだと、足をスイッチ上に構えてる時に僅かによろけただけで勝手に切替わって困ったりもする。
これと比べたらドラムだって全身を使ってるから揺れはあるけれど、ドラムスローンってしっかりした基準点があるからEffectorスイッチより敏感でも平気だよね。

そもそも「構えぇつつぅ」の位置に両者では違いもあって、エレキでは触ってても重さは掛って無い位のが正規位置だ。
対して太鼓の方は特例を除くと足は「完全に降りた状態」で良く、寧ろバスドラの不要共鳴を防止するにはこうでなくちゃ駄目な位だ。

Effectorフットスイッチの「固さ」は体格差等で最適値はかなり変動するので難しい面があるが、瞬時タイミングを取るのには「身構えられない」(上述)のはもっと困る。
となると限度は当然あるけれど動かすのに要る力は弱過ぎるよりゃ、多少切替騒音を発してでも強過ぎる方がまだマシだ。

ドラムペダルの方では特にClosed踏みを常用してるんだと、全く踏んで無い時にOpenになってたら音的によりあべこべになってしまう。
言わば足に依る「無意識ミュート」であるがこれの負担を最小にするのにも、ペダルバネの強さは強いより弱い程向いてる事になる。

或はOpenでしか演んないしミュートなんてしないよって貴方へ反論、強くったって平気その方が楽っても結局は「踏める強さ」で限界なんですよねえ。
となるともし何かの間違いで足がフットボードの奥深くへでも乗っちまったりしたら、その程度の強さじゃ人間の方で避けないとビータがヘッドに触っちゃうかも知んないよっと。

その昔は様々だった「鳴らさない時のミュート」の歴史も一寸見て行きたいんだが、近年本邦ではバスドラはOpenの方が多いらしいが…。
昔様々と記した基にはミュートの仕方が大きく関わってて、Ringo StarrがBeatlesのLive休止後にし始める迄基本的に奏者が常設ミュートをする事は殆ど無かったからだ。

人力以外で施されるとすれば楽器内臓のとか皮とリムか胴との間へフェルトの帯を挟むとか程度、且つ最大の差は主目的で演奏会場の音響に対する補正で今みたいな積極的な音色創出では無い。
んでわざわざ遠回りさせたのはその時代の方がバネ張力の平均が弱かった処で、人力ミュート時の利便性に配慮したとも取れるが今よりしなくても構わない時代で今より弱かったのには最大の注意を払うべきかと思う。

で少し戻るがこんな現行タイプのでもバネは「何とか踏める程度の強さ」しか無いんだから、足・脚の脱力のみでは大抵はビータ位置はニュートラルよりヘッドに近くなってる事だろう。
そこからもし準備動作無しで踏んじまったら、キチンと脚を自分で持上げてから踏むよりStrokeがShortして多分弱く小さい音しか出せなくなってるぞ。

となるとバネ強は脚上げアシストになるっても、せいぜい足首筋力を活用して脚上げに勢いを付ける時に僅かに貢献する程度の効能しか実際には無い。
それも余程タイミングが良かったらの話しで、テンポやフレーズ等で「踏む間隔」が一寸でも最適値からズレたらアッと言う間も無く味方から敵に変身する。

この脚上げをするのには他にもっと確実に何時も安定させられる状況があり、それは脚が上がり始める迄は常にフットボードが同じ位置にあって動かないってのだ。
支点が安定固定されてれば後は奏者の腕次第(足・脚)で、訓練さえすれば何時もほぼ思った通りの動きが保証される。

んで足が触ってたらフットボードがほぼ動かないってったら、バネがとても弱いと自然とそうなるがね。
故に科学的分析等をこうしてしてやってみても、やっぱり不要強バネなんてぇもんは百害あって一利無しなのだよ。

<つづく>

2020年4月17日 (金)

音楽備忘録254 「一億総ベーシック失念化」現象!?⑬

解決策も交えながら前回の続きをもう暫し、今迄出来なかったからって出来る様になりゃ良いがな。
は真っ事ご尤もだが一部だけでもある程度以上の領域に到達出来ちゃってると、人間様には無意識下に余計なバイアスが掛っててそれが邪魔をする事が多い。

端的表現をすれば部分的でも「初心忘れました・放棄しました」ってなもんで、既に出来てる事に迄マイナスが及んではと神経質になったり新しいのを嫌ってしまったり。
例えば「Micが目障りになんなきゃ弾くのだけはバッチリなんだから」とかで、本人無自覚だがそりゃ税金は払わんが年金は貰うみたいな理不尽に陥ってる。

これの根本的解決には弾き語りと思うんじゃ無く、楽器と歌がたまたま1つづつ入ってる音楽を1人で演るって基本認識が宜しい。
或は俺みたいなマルチプレイヤだったら当初は「○○の曲を演ろう」としか思わない等々で、例え事実だったとしても間違っても得意なのと苦手なのを同時にとか意識しちゃ駄目よ。

客観視すると例えば単純な意味でのPianoの名手とは、一般的にはホントは「Pianoだけを弾くと」が名手の前か後ろに付いてるのだ。
最一般的認識では誰にでもすぐ分かる歌唱が突出して有名なのでもし弾き語りの文言を不使用とするなら、弾いても弾かなくても弾けても弾けなくても歌手となる。

上記基準で呼称してけば楽器名が出で来るのは仮に歌っても楽器より出て来る割合が少ない人に対して等となり、分類の仕方は多種多様で厳密にはかなり省略部分の多い呼称がまかり通っている。
又例え半分は既に完璧に近くても何か2つを同時にやろうとすると、単独時には分からなかった初めてが色々出て来たりもするのだ。

次に誰だって不得意若しくは不慣れな方をより練習しようとはするだろうけど、得意な方を完全に無視するのは中々難しそうだ。
次善策の急場凌ぎとしちゃ拙い歌を器楽演奏力で補おうとするだろうが、練習時に僅かでもこれが顔を覗かせる様では非常にお邪魔だ。

不得意不慣れは歌唱自体のみならず歌手耳が、大抵はかなり楽器奏者耳にレベル的に劣っている可能性が高い。
「いやいや歌自体は前から好きで聴き込んでるから…」、いえいえそうじゃ無くて「歌おうとして聴く」耳の事ですねん。

音楽の実演ってな①音出す②それを聴く③気に入らん処を変えて出してみる、このサイクルを繰り返すのが練習だ。
なので①②③のどれか1つが弱いと、その影響は無限ループ状態となってるだけにずっと付き纏うのだ。

そしてこの3つの中で一番練度が低い状態からでも向上させ易いのが②で、勿論ある程度は慣れも要ろうが取敢えずは尺度を変えたり録音したのだったら再生音量を様々に変えるのなんかは即座に実行可能だからだ。
俺言い奏者耳はリアルタイムのの方が基本形なのは未来永劫不変だが、一度に複数タスクを確実に実行可能となるのは習熟後だ。

そこで自転車の補助輪宜しく補填策として、弾くのと聴くのを録音する事で時間差攻撃化しましたって訳だ。
現代ではこれがご利益も多く一般化してるが、薬品の用法みたいに若干の副作用が生じる場合もあるので付記しとこう。

実演奏時は最少のタイムラグで或は同時進行で聴かなきゃなんないが、余りにも手ぶらで集中し易い環境下での聴き方にだけ慣れ過ぎてしまうと後で困る。
これを避けるには演ってる時にAに聴こえたのが録ったら大凡Bに聴こえるなんて、聴き比べの意識を持っとくのが良い。

「A」の方はスポーツ選手での頭の良さと近似で、残念乍ら俺はスポーツの方はかなり齢を取る迄気付けなかった。
何がってぇと体に余裕がある内は誰だってそれなりに頭は働かせられるが、スポーツで一番知恵を要するのはピンチの時だったのだ。

体が一杯一杯になっちゃったらそっちではもう今以上の対処は不可能で、それでも何とかしたかったら残ってるのは敵との知恵比べしか無い。(敵は競技次第で様々)
すると静止時のでは無く息が上がってたりした時等に、体が苦しい中でどれだけ頭を回転させられるかって事になる。

演奏・歌唱だって演ってる最中の音楽家的聴力が最終的には同じくモノを言うんだが、演者とお客さんが完全に同位置に居るのは不可能だ。
すると場所の差のせいで必ず少しは違って聴こえてたりするので、上述の仮俺言い「AB比較聴き」!?みたいな作戦も要るって寸法だ。

<つづく>

2020年4月15日 (水)

音楽備忘録252 「一億総ベーシック失念化」現象!?⑪

今回は前回のピコ太郎からの流れで今話題のテレワークをお題とするが、何にでも適用出来るもんでも無いし平時に戻ったら改めて適正を考えるべきだろう。
リアル実施に問題が無いの迄バーチャル化しては益々本質を損ねるので、それには「何がリアル」かの再考が要る。

我!?音楽界ではLivehouse等の閉鎖は大問題となっちゃいるが、実は音楽界はテレワークに関してはかなり先端を行ってる方だ。
ここで現行本邦のLivehouseの業種について触れとくが、その殆どは法的には飲食業扱いとなっている。

アメリカ等と違って実際は演奏会場としての比重が重くても、劇場としての認可の大変さのせいでこんな事になっている。
それならもっと飲み物や料理が充実してて美味しく無きゃ可笑しいんだが、非実用的な法のせいで却って最低の状況を招いているのだ。

近似環境の一部を除くと諸外国より日本で不利なのが騒音問題等で、借りたビルの1室へ防音を施せばその分狭くなる。
隙間があったら音漏れするからそれを無くしと、コロナ禍が無くても元々良好な居住性とは縁遠い。

その一方で迷惑飲食店として酒場だとLivehouseより野放しなのも妙な具合で、しかし酒場も自前の建物の方が少ないのを考えると問題の根源は建築や環境基準の方にあるのが分ろう。
それでもこれ等の内極一部の性悪を除くと脆弱な規模で少しでも自前で改善しようとしてるからまだ良い方で、大企業や役所の無駄な旧態依然な接待や会議はもっと低次元だ。

その典型として今回案件での首相出席の会議が最悪の見本とは情けないが、やってますポーズの為だけにコロナが無くても会う必要も無いのをやってるのは愚の骨頂だ。
首相は医師でも宅配屋でも無いが社会運営の責任者なんだから、会議しても良い知恵が浮かばんなら寧ろ実地調査へ出向くべきだろう。

会議よりゃテレワークに不利な配信Liveを芸能者は既に演っていて、Lineすら使うのが勿体無い様な下らん会議は実際顔つき合わせてとは恥ずかしいったらありゃしない。
特に規模の大きい処程この不適切実行に依る損失は大きく、部屋・移動・スケジュール調整等と手間も経費も全くバカにならない。

何時迄もそんな非効率な事やってっから不景気から抜け出せないんだと思うが、不景気でもまだ余裕が残ってるのが災いしてる可能性大だ。
これじゃあ前回述「男子中学生のお母さん理論」のケースと完全に一致してて、それからすると無自覚でも実は引き籠りヲタより普通の正規雇用者の方が「中2病重傷者」と云う事らしいね。

残業代は出せないが会議で遅くなった分、残りの仕事を片付けてから帰ってねってか。
負の連鎖の結果なんだとしたら残業代支払いを厳正化すりゃ良いのに、それが困難なのは不要会議の無駄に何時までも気付かないで居るからか。

そんな「働いてるフリ」共に鉄槌を下したろうじゃないの、多忙は「見掛けじゃ無いのよ」ってな。
慌てて失敗したり本番前に力を浪費出来ないから、こっちは無理してでも外では割と大人しくしてるだけなんだって。

こうしてみると純粋な経済理論のみでは何でも大規模な程高効率ってぇけど、実はもうその理論が古くなってしまった可能性が高い。
昔は今みたいな世界規模の企業なんて皆無だったから小さくて大変な処へばかり目が向いてたが、いい加減で「大き過ぎる損失」ももっと考えて頂きたいもんだ。

大規模楽器メーカで辛うじて安泰だったのは最早YAMAHA位だけで、昔だとFender・最近ならGibsonがこれに依る憂き目を見ている。
自動車メーカにしても今は日産のゴーン騒動が悪目立ちしちまってるが、もうずっと昔にアメリカの所謂3大メーカが何度も破綻している。

結局一時の隆盛なんかにゃ合せず、長期視点の市場規模に合致してる範囲がその世界での最大規模だったんだよな。
偶然趣味的都合でVOXやRickenbackerみたいな怪しげな小規模の動向を知っちまったが、小さい癖にそんなに人気でも無い癖に何だか彼等は妙にしぶといお陰でこっちは助かっちゃったなもし。

<つづく>

2020年4月11日 (土)

音楽備忘録248 「一億総ベーシック失念化」現象!?⑦

俺言い「せめてちゃんと確かめもしないでチープReverb安易にかけるのやめてぇ~」の、補遺を暫し続けさせとくれ。
どうして皆がそうしたがるかはこれでも一応分かってるから、それ以外努力を台無しにして欲しくない一心だ。

そこで生楽器のベーシックな音色を今一度確認して貰いたいんだが、先ずは極力演奏状態の可否を無視しとくれ。
奏者だとどうしたってどう弾けたかが気になっちゃうけど、初めて耳にするお客さんは聴く前には取り立てて興味なんか持って無いかも知れないんだからね。

例え偶然聴こえた一発だけでノックアウトされる様な場合でも、その前から鳴ってたのかどうかは大抵は殆ど記憶に残って無かったりするでしょ。
良い意味での自意識は向上に役立つけれど、自分とお客さんの聴きたい場所は一致してくれる事の方が少ない。

例えばひたすらマイルドを狙ってたとして、そうすっと演る側は先ずウルサイとかキツイ処が無いかへおもむろに耳をそばだてるだろう。
それで間違いではないけどそれだけじゃ不足があって、真のマイルドとは楽に全部が聴き取れるのにウルサイとか尖った処が無い物を指してるのだ。

もし著しく明瞭度が不足してたりしたらそりゃマイルドじゃ無く、ピンボケとか籠ってるだけってヤツですから。
それだからこそ聴き取れないのは困るってんで、現代本邦はけたたましかろうと何だろうと音色無視の明瞭度忖度が主流になってんだろうけど…(;´д`)トホホのホ。

要は好み等を排除したニュートラル耳でどう聴こえるかなんだけど、生楽器の音は他比較だと一見地味目でも随分と色んな音が入ってるもんですよ。
ここから耳チューニング話しともリンクさせられるから生Pianoを例にすると、Reverbなんて掛けなくても全然響かない部屋でも相当良く響いて居るので御座居ます。

特にダンパペダルを踏むとおびただしい数の弦が共鳴して、これはスプリングReverbのバネが弦になって更に本数が大増量したのと同じだ。
因みにスプリングReverbのバネ本数は3本位のが多く、豪華なのでも2桁になってるのに俺はお目に掛った事が無い。

俺は普段Guitar系の方が接する機会が多いからよりそれが分り易いっぽいが、その他に簡易調律で沢山鳴って響いちゃっててもターゲットの音程だけを聴こうとするから余計そう感じるのかも知れない。
実際Pianoは音程の高い方は鍵盤1つに対し弦は3本あるから、調律初期段階ではわざわざターゲット以外の2本をミュートして鳴らない様にする。

それでもGuitarで言えばナットやブリッジから外側の部分迄は、手間暇的にも一々ミュートなんてしてらんないししてるのを見た事も聴いた事も無い。
ご参考の因みにⅡでPianoは打弦ハンマ側をGuitarのブリッジ側と捉えると、昔のSteinbergerのヘッドレスタイプみたいにペグはブリッジ側となる。

とちと遅延気味だったが要するにたった1つの鍵盤を叩いただけでも、勝手に一度に沢山の弦の色んな場所が鳴り響いちゃってるのである。
但しハンマで叩いた箇所以外は共鳴する分しか鳴って無いから、叩かれた弦のよりはかなり小音量だ。

上述の如く構造的に弦のハンマで叩かれる区間以外の多くが未ミュートなので、寧ろ音響的には個別弦だけを拾うのが全く無理な状況にある。
なのにこれがどうして一般的にはあまり浸透して無いかってば、置かれた部屋の響きのせいと思われる。

要するに楽器自体が出した響きか部屋の残響かの区別が困難で、実際それなり以上に響く場所だと残響に更に弦が再度共鳴したりもしてるからね。
しかし要するにⅡである意味生Pianoは物理的残響装置内蔵型と見ても良く、Reverbを掛けなくてもその音は決して無エコー状態では無いのだ。

なので良質なReverbを上手に掛けるなら結構だが、チープなのを下手に掛けると最悪は楽器自体の残響と掛けたReverbが大喧嘩になってるのすら散見される。
その失敗時の具体的な音としては所望程高域は広がらず、低域だけ妙にボヤけてなんてなってるのが多い。

因みにⅢで若干私的だが生Pianoの超低域の使い易さとして、音程と輪郭の良好な明瞭度がある。
原因は豊富な倍音に依っているが、基音を幾らも損なわずにそうなってるのが他とは圧倒的に違っている。

尤も楽器全長が2m位以上のじゃないと充分には体感出来ないが、それでも大径バスドラムよりも基音が感知し易いのは確実な処だ。
もしそうならない場合は収音Micの性能が真っ先に怪しく、量的にバスドラより低域が少なくても周波数範囲は全然負けていないからだ。

いたいけな努力が無駄になるとは可哀想でもあるけれど、すべからくもしMicのショボさを補おうとしてチープReverbを掛けたらそれはわざわざ最低音質にしちまってるのである。
高品位音質化を図りたいならエコーより先に、高級な広帯域Micが必要だし効果絶大なんだけどねぇ。

<つづく>

2020年4月 7日 (火)

音楽備忘録244 「一億総ベーシック失念化」現象!?③

折角だからついででチューニング話しの続きをしちまうが、機械依存で合せると他にも沢山弱点がある。
当り前過ぎるけど出音が短過ぎたり倍音過多だったりして、打楽器系ではメータを使うのはまんず無理だが
や。

当り前過ぎるのにわざわざ出したのは、耳でだったら少し慣れればかなり音程が分かったりもするからだ。
BeatlesのRingoのSnareには曲のキー(調)にチューニングしてるのも多かったが、楽器もしっかりハモってますってコーラスグループの心意気みたいなのが感じられる。

これを実践した効果としてはSnareの悪目立ち防止が感じられたが、原始的ではあるがその曲固有のSnareサウンドって点でも意味があったと思う。
尚Snareの目立たせ度に関しては従兄と俺は意見が対立してて、もしかしたら担当が太鼓中心であるか無いかが影響してるかも知れない。

編曲家の観点としては曲次第で太鼓の配役は自由でありたいし、Snare以外のの方が目立って欲しい事もある。
尤も実際に演ってみて問題が無きゃ好みの範疇かもだが、何れにしても太鼓の音程が比較的簡単に把握出来無いとそもそも話がここへは到達しない。
或は最悪録音時に気付けずに、完成後に発見(発聴!?)して後の祭りなんてのも…。

脱線と言えば数ヶ月前に出したBluepopsって曲のLead Guitar、チョーキングが一寸上がり切って無い処があったね。
そうじゃないので出せて無いんじゃ意義が下がっちゃうけど、それだってホントはもっとと気付けてた方が次は少し多分恐らくきっと…少しはマシになる予定!?。

これは関係があるから持ち出してて、楽器チューニング以外にもコーラスでとれだけハモれるか等にも直結だ。
上記例で云や腕に問題が残ってるが、分かっちゃいるから改善の見込みはある。
が耳の段階でもし挫折してたら、今の俺より遥かに上手に弾けても変なチョーキングから脱せない可能性が高いのだ。

それとPianoの簡易調律をする様になって気付いたのは、幾ら耳を鍛えても純粋な音程の高低判定だけでは幾らも微調整は出来ないって事だ。
これはPianoよりずっと前から弦楽器を扱ってたのもあったと思うが、音源部が生の楽器では鳴らす毎に微妙な音程差が出たりするのを事前に知ってたからだ。

エレキGuitarではチョーキングやアーミングのせいで、少なくともこれ等を派手にやった直後は弦位置はまだニュートラルへ戻って無いのも多い。
しかし楽器とその調整がマトモになってる物であれば、暫く他の弾き方を続けた後にはチューニングで設定した位置へ戻ってたりするもんだ。

チョーキングとかが無いからPianoでは全然ズレないかと思ってたらそうでも無く、強く弾いた直後だけ少し低目になる等の現象が実際には起きていた。
この点は太鼓等でも特にローピッチにしてると良くありがちで、しかし機械過信して今聴こえたのに疑念が持てなくなってたら聴き逃してるであろう。

こんな風なんでメータが凄い精度を獲得しても楽器の方に気紛れが残ってる限り、実用的に音程が合った状態を作るには1に耳で2に手が結局は必要なのだ。
デジタル音源のを除いてどうせ人力が必要なんなら、それをなるべく簡単にこなせた方がチューニングは楽になる。

これはメータを使うなってんじゃ無く何処をどうだったら使えるのか、その用途範囲を正しく認識するとも言い換えられ様。
そしてこれがお題へ帰結してくんだが古典的でも耳で合せるのを常若しくは主としていたなら、一々考えを巡らせたりしなくても割と自然に身に付くのである。

近年は科学分析に何でも頼り過ぎな傾向が強いが、定量的な回答が得やすいからより便利に感じられてるのかも知れない。
だがそれなら素人が簡単に理解できる様な範囲だけでは足りない場合も多く、研究者は概知でもそれを実証する為だけの実験にも時間と手間を惜しんでいない。

ここで研究者等と称したのは客前で実演しない分析だけをする人を想定しての事で、前述の如く演奏時にも耳の影響は大きいから尚更だ。
して究極は曲に応じて下がってる時が多いのには敢えて少し高目に等、耳主体にしてればより最適チューンが可能にもなり得るのだ。

<つづく>

2020年4月 6日 (月)

音楽備忘録243 「一億総ベーシック失念化」現象!?②

道具過依存危惧とはマルチEffectorの乱用も含まれはするが、もし真っ先にこれが思い浮かぶ様なら既にステージ3とか4の病気に掛かってるとも言える。
今回のお題は楽器のチューニング(音程合わせ)で、これこそが第一段階に他ならないのだ。

そしてこれが第一段階である為には「耳で合せる」のが必定で、もしチューニングメータが無いと合わせられなくなってたらステージ2と少し重症化しているのである。
先ず理論段階で想定されるのが音律の平均律と純正率の問題で、並のチューニングメータには平均律モードしか無い処。(因みにそれしかないなら一々表記なんてされてないのが殆ど)

これは特に単音楽器や歌のコーラスの場合平均律だとキチンとハモってくれず、しかし本番演奏中にメータを睨めっこし乍ら音程調整してる奴なんて居ないだろう。
尤も極初心者で「正しくハモった音の感じ」(響き)を知らないと調整のしようが無いが、ある程度経験を積んでたら全く無意識下に誰でも感覚で合わせてる筈だ。

それにも拘らずチューニングとなるとメータだけで終らせる奴を時々見掛けるが、メータに余程の高精細モードでも付いて無きゃそれでは道半ばの合い具合しか得られてないのよ。
加えてお間抜けをやらかす一例として持参のじゃ無く、例えば会場に設置されてるPiano等の調律の基準が何Hzになってるかを未確認のままにしてる人とか。

極最近の事情に疎いのが毎度杜撰ではあるが、明るめの音色狙いで基準周波数を442とか443Hzとしてる場所が「お外!?」(自宅以外のそれよりは公的な空間)では多いのだ。
俺個人は特定目的が無い限り余計な色付けは要らんので440Hz基準でやっててって、宅のエレピがたまたまそうなってたから変えるのが大変なだけってばええそうかもねっと。😅

昔のチューニングメータは基準周波数は440Hz固定だったから、それだと禁断の裏技でも使わないとこんな場合はもう使えない。
が今のは大抵基準周波数可変機能が付いてるからそうはならんが、それには先ず常設楽器の周波数にアジャストさせるのが必要だ。

んが多忙で忘れちゃったりデジタルピアノだからと油断して勝手に合ってると思い込んだり、理屈(機械・道具)に頼るんならせめて考えられる全ての確認は面倒でも怠るべきじゃない。
又例えばGuitarだけのBandだから不要と決込むのも残念で、予定に無かった急遽飛び入りのPianoなんてなれば対応に時間が掛っちまうか諦めるかとか。

と散々ほざきつつPianoの簡易調律にすらチューニングメータを常用する俺だが、その利用目的は是非知っといて貰いたい。
特にPianoみたいに調整箇所が膨大となると勘違いを誘発し易く、自分の音感が戸惑った際の修正策としての位置付けなのだ。

だから調律初期段階では大枠はメータを使って合せるが、それだけだと幾ら頑張ってもちっとも綺麗にはならない。
加えて所持メータの仕様事情もあるかもだが、メータ表示に頼るとどう頑張っても幾らも合わせられなかった。

なのでチューニングメータを使うってもメータの方じゃ無く、殆どの場合は電子音叉機能の発振音の方ばかりを使っている。
この方が発振音(基準音)とPianoを同時に鳴らした時、その「うねり」を無くす様に合わせた方が簡単に精度が得られたからだ。

これには次の原因も想定されるが生楽器専用の高級機だったら未だしも、メータの表示精度もだがそれ以上に搭載Micの性能に不安がある。
発振音だってアナログ式だったらこの手の用途にゃ頼りに出来んが、デジタルで得られた周波数だったら余程酷いのじゃ無い限り誤差なんて出ないからね。

ってな事ってメータ使ったって結局は「耳でしか合わせて無い」訳で、しかし自耳を過信してる訳でも無い。
単にやってみたら耳頼みの方がまだ音程が合ったし合せ易かっただけの話しで、とどのつまりはお客さんは音を聴くのであってチューニングメータを眺めて楽しむんじゃ無いからってなもんですかね。

<つづく>

より以前の記事一覧

フォト
2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

最近のコメント