ベース

2024年7月23日 (火)

音楽備忘録1803 過小評価で忘れられつつある人々㉔

ちょいと気紛れで本題からは逸脱気味か分らんが、さっき久しぶりにある人の作品を聴いてての感想をば。
ある人なんて振っといて毎度お馴染みPaul McCartneyでスマンが、超有名曲の陰に隠れた曲で名演の多いのにさ。

彼のフレージングが柔軟で秀逸なのは周知も周知だろうが、時代が下るにつれアルバム全体にしっかり耳を通す人は減ってるんじゃないかな。
っと思ったのはフェイバリットに挙げて乍ら、一体何処を参考にしたのかなんてのがやたら増えたからなんだ。

或は聴き方より情報収集の問題なのかもだが、wiki等で「読むだけ」だと洩れる処があるんだよ。
今回追吠えしたくなった直接の動機はAnother Dayって曲のBassフレーズで、バロックからの引用が語られるのは良いんだけどさ。

他のと違って単に引用しただけじゃ無い処こそがミソで、それも音色や楽器を代えただけでも無いのがね。
上記前者にはPsychedelic時代の鍵盤に多く、後者はHard Rock時代のGuitarに多かった。

のを具体的に示すとライン自体はバロックにあり勝ちなままなんだが、時々リズムをバウンスさせてるのが凄いんよ。
毎度でちゃんと調べないから定かじゃないが、彼より先に似た様なのがあったとしたら黒人系オンリーだろう。

それも恐らくもう少し短くシンプルだったらで、曲のサビの間ずうっとあんなにするのは今だって珍しいがな。
加えてバウンスのさせ方に一寸工夫があって、他ジャンルを含め他のは大体音階も一緒に動かしてたのを敢えて止めている。

一面でこれこそがRockの真髄で、リズムの面白味を強調すべく不要に音階へ注意が向くのを防ぐ技なんだ。
とか語ってて杜撰君だって今の今迄はロクに気に留めてなくて、恐らくそんな現象が世間への周知の障害になってるんだろうな。

こう云うのって理屈で聴いてたらきっと洩らさないんだろうけど、感性で聴いてないと代わりにアイデアの稀有さが分からなかったりするんだよ。
しかも感性頼みだと無意識で聴いててある日突然おやっとかなるんで、それを唯待ってるんじゃ非効率で参るんだけどね。

だが感性に磨きを掛けるって↑みたいな作業の蓄積と、自身内で各自独自の消化で昇華されないと得られんのどす。
これに有効な聴き方として①飽きたら一旦止める、②暫く経過して飽きた感情が薄れたらもう一度聴いてみるのがお勧めね。

或は評価を全然急がないってのも良策で、少なくとも自身内で満点になってない概知過去作にはその余地があるねん。
他人より先に見つけたらプチ自慢しても良いし、皆に知ってる?って投げかけても良いけどな。

でもそれで慢心しては損で、卑屈になる必要は全くねえが傲慢になったら終いですわ。
杜撰君の殆どのは幼児が親に自慢するみたいな心境を心がけてて、アホなのに気付いたから偉いでしょ程度にしてるんだ。(実際未だ隠し様が無いアホではあるが…😢)

-つづく-

2024年7月22日 (月)

音楽備忘録1802 Rock時代の松田優作③

んだば漸く本題たるサウンドの独自固有性に、具体的に斬り込んで行きやしょう。
杜撰君身勝手設定の彼のRock時代はそんなに長く無かったから、それだけでも自然と共通性は確かにあったんだろうけどさ。

チビクソガキ当時の杜撰君にとって第1はカッコ良さに惹かれたが、当時他ではあまり望めなかったのが大スケール感だ。
視覚的には細身な分余計に長身に映ったのは確かだが、それが俺の中で妙に増強されたのは音楽が原因なんだ。

松田優作で音楽ったらBrass入りのFunkってのは俺でもそう思うが、それだけなら他国の他番組でも類例は幾らでもあった。
太陽にほえろ!は彼のお陰でよりお気に入りにはなったけど、ショーケン時代から見てたしあれはやり石原裕次郎のものな感じでもある。

裕次郎に拮抗こそすれ凌駕する大物不在で惹き込まれたのは俺達の勲章が最初で、これの音楽はCountryテイストでHorn Sectionは殆ど出て来ないんだ。
にも拘らず印象普遍って事ぁ、どうやらそこに鍵があった訳じゃないらしい。

で俎上に上ったのは無駄にパワフルな指弾きされたエレキBassで、恐らくはDuck Dunn→Gordon Edwardsの系譜が源流なんだろうね。
エレキBassの音色で太さ・雄大さを最もアピール可能なのがそんな奏法で、時代追随性としては当時でももう少し古くなった手法だ。

そもそもCountryテイストにゴツイBassってのは一寸変な組合せで、これは間違い無く演奏したトランザムってグループのせいだ。
wikiを眺めるとカテゴライズは一応ロックバンドとしてあるが、「バンド名は米大陸横断鉄道に由来」との記述があるからつまりはCountryじゃなく和製亜流Southern Rockだった訳だ。

因みに初回放送当時杜撰君はまだ小坊だからBassを演るはおろか、Southern Rockの存在自体完全に未認識だったよ。
けれど既に当時時点でやけにBassの音色とフレーズが脳裏に焼き付いてて、イメージ設定の土台と化してたらしい。

彼のRock時代のアルバムではどんな楽器でも一度たりともひ弱なのは無かったが、Bassの逞しさが一寸でも不足するとどうもイメージに合わなくなるんだなぁ。
恐らく原因は彼の声質とのコンビネーションにあると見てて、幾ら繊細に歌ったって到底さだまさしみたいにゃ聴こえん代物だからね。

ので画的にも癖の強い共演者の方が向いてる気がするし、伴奏が良い子過ぎると何だか歌声だけ異質で浮いてる感じを受けるんだ。
特別強い声を上手くサポートするには真っ先に匹敵するBassが必要で、そうしないとアンサンブルの重心が頭でっかちになるだよ。

尚且つ歌手が色んな声色を使うとなると、可能な箇所では動き回ってないと是又フィットしない。
それをどの程度本人が分かってたかは不明だが、彼のNew Wave時代突入迄は実際最も不変な要素だ。

-続く-

2024年7月21日 (日)

音楽備忘録1801 J-POPでの無駄な苛烈サウンドに異議あり➍

杜撰大王個人としては今劣化本邦J-POPの自滅は誠に結構だが、この国の人や業界を考えるとそうも言ってられない。
そこで今日は随時頻吠え「音楽は比較芸術」の理念に則って、現状を大いに憂いてやんよ。

いきなり下品で済まんが男の最大派閥にとっちゃ、やはり女の胸は限度こそあれ少しでも大きい方がそそられる。
って何でこんなの持ち出すかったら、我欲は必ずしも表面化しないからだ。

第一印象のウケ狙いで何処もかしこも盛り文化全盛ではあるが、馬鹿の一つ覚えは当然何時迄も通用するもんじゃない。
目鼻立ちをクッキリ見せる・胸を盛る等はもうとっくに飽和状態に陥ってるとなると、次世代戦略を企てて実行するしかないんだよ。

それを上記例で考察するなら、本当に心底男共が濃い顔・デカパイを追求してるかなんだ。
これはオッサン世代か俺固有か分からんが、昭和の昔の同世代女子に貧乳が多かった(命取りの放言になるか💦)からなんだ。

迂闊に格好付けて胸のサイズ不問なんて言うと、全く圏外の洗濯板さんに声掛けられても困る。(そもそもは掛かる前提の発想が男尊女卑思想の重症厨二病なんだが…)
のである意味自衛策で他人に訊かれたら小さいより大きい方がと答えてただけで、胸囲や○カップで答えても全体のバランスで実際は好みから外れたりするしねえ。

中には実寸で求めてるのも居るんだろうけど、こっちの体格も含め現実は物凄く色んなパラメータに支配されとんのよ。
つまり強引に一言に纏めりゃ目・乳デカとなっても、そもそも各自が何を基準にしてるかとかかなり重要な情報が欠落してるんだ。

そして女性で体格が様々っても範囲に限度がある訳で、ある時間で切り取ると最も大柄で目乳デカの唯独り以上のは実在し得ない訳さね。
のが音楽如きとなるともっと狭隘で、音響機器やシステム上の最大音圧は厳密に決まってる。

アナログとか生演奏なら未だしもデジタル化以降絶対最大値は0dBのみで、+0.001dBですら存在が許されんのどす。
故に皆が一斉に0dBに張り付くと、少なくとも音量面では全ての独自性・個性が消失するんすよ。

いやそれだって音圧にはまだピークとアベレージ(平均)がある…のも、マキシマムコンプしちゃえば殆どチャラになるでがんす。
膨大な構成要素がある中で↑たったの1つでこんな有様じゃ、ガラパゴスな画一化は成されても差別化なんて夢の又夢。

っと相変らずのこき下ろし振りだが、何故こんなになっちまったのかの考察は欠かせない。
今でこそ壺の手先や金の亡者に成り下がったにしても、そこに至る原因は必ず何かあった筈だからね。

判明してみりゃ戦後すぐから自民の壺汚染は始まってたけど、アベシ以前は一応演説力なんかでも政権を奪取出来てたんだから。
軍国主義や敗戦のブランク等で後進国だったポピュラー音楽の方でも、1980年頃には一旦は海外に追付けてたんだぜ。

=つづく=

2024年7月18日 (木)

音楽備忘録1798 Rock時代の松田優作②

ブログに書く必然性でも無いとちゃんと調べないのは、杜撰大王毎度の悪癖だがやはりの感慨は一層強化されただよん。
大元は彼固有では無く多分時代の影響が大きかったんだろうが、当時のスター俳優は今からすれば随分音楽にも真剣に取り組む者が多かったよ。

っつうか更にその発端は昔のエンタメ現場にありそうで、国内TVも黎明期から暫くは芝居も音もそれ以外全てが基本的に全部リアルタイムの「生」でしか出来なかったん。
それ+国内Bigband Jazzの衰退と共にミュージシャンに余剰が発生した為、経歴的に音楽家出身の役者やタレントが当時は珍しくも何ともなかったんだ。

それでいて「常時生で完遂可能な人」となるとグッと絞られたからか、案外業界の世間は狭かったのだ。
そんな処から結構同じチームで色々賄うケースが増え、その上彼は初期の頃から音楽と役者の二刀流の仲間が多かったらしい。

その一端としてデビュー前の文学座研究生の同期にあの阿川泰子女史が居た程で、余談だが女史の方はとっくにJazz歌手だったのに何故か芝居に手を出したが役者デビュー後割とすぐに挫折ってる。💦
わ兎も角そんなだから自身のアルバム当初からかなりイニシアチブを取ってたみたいだけど、最初の2作はゴージャスだが音的内容としては凡庸と言わざるを得ない。

一面で今のJ-POPと似てて歌詞とコンセプトはかなり凝ってるんだが、ヲタ氏にゃ悪いが音の印象と彼のキャラクターが今一バラバラな感じ。
私感と念押しした上で改善の兆しの見えたのが3作目TOUCHで、この前年から始まった映画金狼シリーズからSHŌGUNのメンバーと出逢って何か感じる処でもあったのかな。

そしてRock路線では完結編とでも言うべき4作目HARDEST DAYで、当時アクションスターだったイメージと音楽がガッチリシンクロした。
この2作と同時進行の名作探偵物語とヨコハマBJブルースにはトータルでの独自の世界観が明確に打ち出されてて、特に探偵物語は彼が親しい仲間だけを集めて本音でやりたい放題をした代物だ。

その後私的には残念乍ら1作だけNew Waveに挑戦した後、再度言葉に頼ったReggaeへ行っちまって2度と帰って来ないでやんの。
まあ役者としてアクションだけじゃってのと同じく音楽もRock系だけじゃと思ったんだろうけど、我儘リスナーとしてはそっち系ならもっと似合う人が居るのを知ってたからねえ。

処で所詮歌は役者業が多忙なのもあってか下手ウマタイプだったが、それだけにしちゃ妙にシャウトは上手いしSoulがこもってたんだ。
不確実情報だが一説に依れば役者デビュー以前に横浜のLive House界隈で彼は歌ってたらしく、その時に4作目で一緒に演ったクリエイションと親交が始まったそうだ。

これは後付け妄想の伝説かも知れないが、火のない所に煙は立たずで以前から歌ならBlues系だったのかねえ。
もしそうだったとしたら、何となく合点が行くわいな。

=続く=

2024年7月14日 (日)

音楽備忘録1794 Rock時代の松田優作①

証拠皆無なタイトルな上完全な憶測で語ろうとするのは無謀だが、イメージ作りとしての音楽の効果について考えて欲しくてぶち上げましてん。
ある程度意図してたのか全くの偶然かさえ知らないんだけど、少なくとも杜撰大王には絶大な効果と影響があったでがんす。

近年はTV地上波のドラマなんかじゃ内容との関連性が、これでもかって位シカトされちゃってるのもあるけどさ。
かつてTV・映画・ビデオ~DVD黎明期位迄は画質・音質に多くを望めなかったのもあってか、作品に使われる音楽は「内容」に皆かなり神経を尖らせてたん。

中でも微妙な心理や素早いアクションシーンなんかでそれは顕著で、折角役者が頑張ってもそれが全部映像には記録出来なかったからねえ。
ので例えささやかであったとしても、音楽や効果音等でアシストしなきゃどうにもならなかったんだ。

その中には実音とはかなり違うにも拘らず今では一般認識となったのもあり、拳銃の発射音等が典型ですわ。
因みに杜撰君は実銃のは訊いた事が無いけど一寸パワフルな火薬発火式モデルガンを小学高学年時に持ってたから、ありゃ嘘だったのかは比較的早く知りはしたんだけどさ。(ドギュゥン:×・パン若しくはパ:○)

昔の画にはモノホンでも著しく劣化した音よりゃマシとも思えたんで、珍しく!?ツッコミを入れる気にはならなかったよ。
さて又してもかなり側道に入ったが、効果音には一家言あるので敢えてそのまま続けよう。

典型と思しきは柳行李(やなぎごうり:竹等で編んだ直方体の被せ蓋の容器)と大豆か小豆ででっち上げた「波の音」で、先ず当時の収音レベルでは偽物の方が格段に近かったんだ。
が今でも忘れちゃならないのが収録現場での周辺雑音で、完全に人里離れた浜辺でさえ虫や動物等の声を完全排除するのが超困難だ。

観客が現場に居て主人公だったら毎度お馴染み「人耳の弁別能」で、自動ノイズキャンセリングが発動してくれっけどそうは行かないからねえ。
雑音除去だけなら今はAIデジタルプロセスで退治出来る様にはなったが、ハイこのタイミングでザッパーンなんてのがやっぱりとっても難しい。

のがそれに加えて超絶職人+↑偽物だとセリフの箇所だけ人力加減で波の音を少し抑えるなんてのも可能で、このレベルになると今のどんな高性能な機器を使うよりまだ不自然感が出ないで済むんだ。
その根底には人の記憶の印象と現実にはギャップがあるからで、こっちが大巾に変わらない限り偽物の方が本物っぽいって現象は駆逐出来んのだす。

お後が宜しい処で松田優作の映像作品には他の共演者の人的関係から、太陽にほえろ!の時点(井上堯之バンド:録音時はPYG名義)でそれっぽいのが使われてはいた。
んがこの時点での役者個人名義でのレコードは半アイドル扱いだったからかこっちからしたら、全然不似合なショボい歌謡曲みたいなので本人としても黒歴史だったのか今では中々ググっても出て来やしない。

のが次作の主演の俺達の勲章で、どうやら何かキッカケを掴んだらしいんだ。
って飽く迄邪推だけど、以降暫くは彼のアクション物に関係する音楽全部に共通する特徴が続いてるんだよ。

-続く-

2024年7月13日 (土)

音楽備忘録1793 J-POPでの無駄な苛烈サウンドに異議あり➋

この件は今迄にも再三言及したけれど、まだ語れてない部分を中心に進めてま。
っつう訳で根底原因は重複してても、別にもある副作用を掘り進めたいどす。

だば早速前回の続きを続けるが、バランスの不適切には無限のリスクがあるんだなぁ。
単純に強調したいのが引っ込んで隠し味が前面になんてもあるが、それより最近とみに深刻と思しきが演奏内容なのだ。

例えばDrumのゴーストノート、厳密にはどんなにハードコンプしたりしても音色に差が残る筈。
なんだがそのあまり大きくは無い差が認知出来るのは周りが煩くない場合限定で、やっと聴き取れる位になると鳴らしたか鳴らしてないか位しかよく
分からなくなってまう。

そう云う事が普段から頻繁に起きる様になると、心理的にホントは最適解だったのに効果が弱体化させられるヤツは段々使わなくなるのさ。
恐らくそうこうした結果が「伴奏のつまらなさ」になってるみたいで、画一化を誇るならもう打込みの方が気楽に聴けるんすよ。

俺だけか知らんが単調でも機械のならそう云う機種なのかもで済んじゃったりするのが、つい人が演ってると次はどんなの仕掛けて来るのかと期待して裏切られた気分にさ。
コレ見方次第じゃ老害と思われても仕方無いが、不幸にして面白いのもあったのを知らない側にホントは罪があるんだよ。

ので若害もあるんだと吠えたい処だが、真の原因は若者にそんなのを充分知らせ与えなかった俺言い中害のせいだ。
又も変語を編み出してるが、現役バリバリで社会の現場を牛耳ってるのは圧倒的に中年だからね。

この壺由来の分断工作が功名なのは、対比し易く正反対な老と若をターゲットにして悪目立ちさせた事。
引退寸前の年寄りが我儘言い出したら当座は表面上こそ従ったフリするだろうけど、引退した途端に後は野となれ山となれだ。

未成年が幾ら騒ぎ出したって決定権を持ってないから、これも表面上なだめてやり過ごすのも可能。
でその裏で実際に社会を動かしてるのは中害なんだが、お勤めご苦労さんなんだからつべこべ言うなってな。

ほいで更に中害が厄介なのが世代差が老と比べりゃ極大では無い処で、二枚舌で夫々を相手にした時に表面上だけ理解は出来るなんてほざきやがる。
とちょいと横道エキサイトしちまったがどうしても演りたい事があったなら、本来は中害の誤指示になんか従っちゃいけなかったんだよ。

こないだ論争になった「セクシー田中さん」の件にしても、根源は論理的優先順位に抗う矛盾があるんだよ。
例えどんなチンケなのだろうとストーリーが無きゃ脚本は書けず、出発点を無くせば到底終点になんか到底辿り着けないのにね。

音楽でもメロが無きゃせいぜい唯吠えるだけ、歌詞が無きゃスキャットにするので精一杯だ。
だからどんなに横柄な年寄りだろうとクソ生意気な若造だろうと元来「不可侵領域」で、中害が横槍を入れて良いのは提言止まりなんだよ。

=続=

2024年7月10日 (水)

音楽備忘録1790 杜撰流不景気対策⓮

従兄だけ何時も生贄になって貰うのも流石に気が引けて来たんで、1回間が空いたが杜撰大王のこの方面での失敗も晒とこう。
珍しく躊躇してたのは種類があらゆる分野に及んでるのと、それでいて時期的には若かりし頃程集中してたからなんだ。

今ようやっと思い出したのが齢15での「最初のエレキBass」で、体格と趣味性からヴァイオリンBassの最安の真っ赤な偽物をそそくさと買っちまった。
このタイプは元々小型のセミアコなのでAmpのアシスト不足だと低音が足りなくなるが、それにしてもどうにもBassらしい音が出せなかったねえ。

購入から半年位でBass Boosterを追加購入してみたんだが、ローエンドは元が全然出てないから少し肥満化しただけでオワコンですわ。
結局2年と持たず学友に転売して、高校時代迄の失敗購入は全数そんな方法で処分しただよ。

無知で未体験な処からしたら必ずしも失敗認定は出来ないんだけど、音楽的に成長したら玩具としてでも練習用としてでも全く役立たなくなったのが従兄より致命的だったん。
セミアコってばエレキGuitarの方でも同じ失敗をしちゃってて、こっちはネックとボディのジョイント位置でアカンくなった。

当該器はGretsch Country Gentleman、のGrecoのコピーモデルで出来栄えは結構良かったんだ。
がなまじ忠実にコピーされてたのが災いして、一般的な335タイプみたいなハイポジションアクセスが不能だったのよ。

ボディがセミアコにしちゃ厚い上、流石に15フレットで結合となりゃこれぞホンマの「手が回らん」でんがな。
俺がJazz系なら良かったが、一番やりたいのがRockでそれじゃどうにも無理でやんした。

因みに最初からジャンルは厭わない主義だったけど、それだからこそ応用・転用の利かない楽器は自分には不向きだったんだな。
Beatlesに強烈に感化されてたにしても、もう少し汎用性を考えられてたらどうなってたのかな。

実際Bass弐号機の偽リッケンは今でこそモノホン借用中だからずっとほったらかしてるが、未だに手放しては居ない。
その後偽Gretschと偽リッケン等の後、幸運にもヘッド折れ修理品だがGibson SGを格安で入手出来たのが色んな懸案での転機なったみたい。

新らしい方でVan Halen自作のゼブラ君位の迄のは、本物と偽物で一番の違いは私体験では「守備範囲」。
音質・音色・各種奏法対応力等々、限界はあるにしても実用領域が大部違ったんだ。

逆に偽物でも概述偽リッケンみたいにローエンドでも出来の良いのだと、価格程の差は無いのもあった。
それからするともし偽物で凌ぐなら本物入手の時点で第1の楽器は人生が終るんで、代用品はなるべく安く上げとくのが資金貯蓄にも繋がって良い。

好景気だったら失敗も勉強代とか呑気に言ってられるかも知れんが、やはり無駄な投資をなるべく少なくするのが倹約の鉄則ですわ。
強いて例外があるとすりゃ貰い物だが、それとてメンテ費用はゼロにはならないかんね。

=おわり=

2024年7月 9日 (火)

音楽備忘録1789 J-POPでの無駄な苛烈サウンドに異議あり➊

杜撰大王の今劣化本邦J-POP嫌いはガチだけど、一般世間に向けては滅多に理解は得られないんで普段は齢だからと煙に巻いている。
けれどもしあなたが聴く耳を持ってくれるなら、確たる原因があるのだ。

その中から今回は「無駄な苛烈サウンド」を取上げるが、恐らくその原因に打込みがあるんじゃないかな。
1に生演奏に対し圧倒的に不利なのが生のみが持つ熱量で、それがあると並の音色でも逞しく聴こえたりする。

2に必ずしも全員ではないが打込み手にはリアルの合奏体験が無いか不十分なせいで、皆で合わせると個別単体でひ弱でもその弱点を消せる事があるのを知らない。(残念乍ら現況の音源では音色面で生リアルに再現・追従困難)
ってそんな人を卑下する気は微塵も無いが、体験の学びが少ないからにはもっと知識で補わないのがイカンのよ。

打込みのみで有効な技を安易に生リアルに導入したか、はたまた妙な対抗意識を持ったか。
知らんけど録音での収音方法の不適切も加わって、不毛な無い物ねだりに陥っとん。

ここで「足りてる音楽」って仮説を設定してみれば、好みや才能以前に何か要素不足があったら不味くなるんだ。
又この不足には余剰も含まれてて、足りないと困るからって肥大化させると新たな欠点を生んじゃうんだけどな。

わ一旦置いといてもっと幾らでも盛上げたい心情こそ分かるが、闇雲に平均音圧上げに走り出したら終りの無い闘争に没入しちまうんだよ。
更に諸懸案の中からミスマッチについてひとくさり、今時はミスマッチにすら市民権が与えられる様になった事自体は悪くない。

例として大型ダンプのタイヤを履かせた軽トラを、生贄にして考察してみよう。
先ず可能かどうかについては逆だったら普通は無理で、軽のタイヤでは大型車の重量に耐えられず破裂しちまう。

そりゃ異常にタイヤ本数を増やせば別だけど、ノーマル時と容姿が変わるから明らかに摩改造したのがバレてまう。
のがタイヤヘヴィーだったら傍目にはせいぜい車軸を延長した程度と映るから、改造と名乗る程の改造はしないで済むかの様な印象かも知れない。

もし走らせないならそれで持つだろうけど、車軸を延長するとサスペンションに掛かる応力が増加しちまうんだわ。
ので外見は収まり切らないホイールハウス外へタイヤを追いやっただけに見えても、実際はサス強化ばかりか大径化で変化する回転数対策でギア比も弄る等改造箇所は多岐に渡ってるんだ。

それと近似でアンサンブルは飽く迄集合体なんで、何処か1箇所だけ僅かに変えるにも常に全体のバランスを取り直さなきゃなんないんすよ。
バランスっつうと皆音量や強弱はすぐ意識するだろうが、下手すると音色の方が大問題なんだわさ。

ってのは音響的に歪みを許す程大抵は音量の性質が変化して、ピークの突出が減り平均音圧が高くなってくん。
歪まさぬ音色のを録る時点からコンプで潰せば寄せられはするけど、迂闊に先に掛け過ぎたらダイナミックレンジが過狭隘になって特に生楽器は個性が損なわれてまう。

又昔の歌謡曲等の様に主役の歌だけが大きくて構わんなら良いが、バランスの小さくないダイナミックレンジレスの伴奏とするには歌の強弱も犠牲になっちまう。
お客に聴き易い歌い方してるとピークこそ太鼓等みたいにゃならんが、表情豊かにしようとすると曲調次第じゃ平均音圧のダイナミックレンジはかなり広大になってるんだよん。

そいつを否定した時点でもう名歌手と呼ばれる可能性が失せ、もし生歌唱より窮屈に録れちゃってたら大損害でっせ。
幾ら毒舌な杜撰君でも、歌が下手だから誤魔化しでそんな風にしたとはあまり思いたくないな。

-続-

2024年7月 8日 (月)

音楽備忘録1788 楽器業界の行く末⑦

待避線から本線へ戻ってまた走り出すが、今度は概述以外の弱小や個人ビルダーの当時の状況だ。
個人ビルダーにニッチブランド等も含めると、この時期(’70年代中盤)には今やプレミアム化した様なのもあった。

何等かの新開発があった点で先ずは
ESP(Navigator)が思い浮かぶが、私的にそれはFlickerってSynchronizedタイプ発展形のアームだ。
このタイプのアームで軸回転(蝶番)を採用したのは恐らく世界初で、当時の類型では最も操作力が軽く可変巾が飛躍的に大きかった。

んが残念な事に登場当初からプレミアム価格だったんで、俺は買えなかったし世間への浸透を妨げちまった。
商売の都合も分からなくもないけど、充分な名声・定評を得る前にあんなにボッちゃアカンがね。

初期型にはFloyd Roseみたいな弦の固定機能とか、音程微調整機能みたいなのは一切付いて無かったんだから。
是又私的にはシンプルで好ましかったけど、どう考えたって前者の方が少なくとも材料費は安くなる筈なんだよ。

価格設定さえ適切なら有効な選択肢になり得たし、かなりのシェアが期待出来たと思うんだがね。
尤もこの辺が一般的量産とは異なる悲哀で、内部事情は分からんがそう簡単に値下げ出来ない処だ。

続いては奇抜なデザインで印象深い、
Moon Sault(ボディが三日月形)の春日等だ。
ニッチ市場では好評だったが、これも当時日本のご多聞に洩れず重量過大が仇だった。

横倒しにした三日月形にも拘らず座って弾いても無問題で、この辺はSteinberger同様良く考えられていた。
んが米のS君に対し箱庭文化の日本の方が重いってな大矛盾で、俺には未だに理解不能だ。

他の殆どのは軽量化を売りとしてるのに、どうして楽器だけ重さを気にしなかったのか何とも不可解だ。
不可解と言えば当時の流行もあったにせよ、弦長(スケール)やネックの太さ巾広さも大いに疑問の残る処だ。

身長の割にかなり手足は大きい杜撰大王だが、西欧人の平均と比べれば明らかに小さい。
体格もやたら骨太でゴリマッチョな方だから、重さ耐性も体躯の割には平気な方だ。

そんな輩でも当時の日本のエレキの標準値に厳しさを覚えた位で、これなら何とか行けると見つかったのが皆米製とは俺の口より皮肉タップリでんがな。
又電気的な方でも色々Effectorを内蔵させたのとか、この時期の末期にはGuitar Syntheも世界初登場させてはいたんだけどね。

既にアフターALEMBIC辺りが原理段階開発のひと段落後だから、全世界的には停滞期に入ってた不利はあったけどさ。
そう云うオプションレベルで幾ら捏ね繰り回しても、基本的な裸のサウンドに新規の独自性は与えらんない。

ユーザー開拓も技師発掘も、全ては新しい価値観提示が発端として必要なんじゃないかな。
それ故学歴不問で3度の飯より好きな奴なんかを採用してかんと、新価値提示から定着する迄の言わば空走時間を持ち堪えらんないんだよ。

-続く-

2024年7月 7日 (日)

音楽備忘録1787 過小評価で忘れられつつある人々⑳

さて前回の自説!?の補強を兼ねて、さしものJeff PorcaroとSteve Lukatherでも楽曲に対して最適人選では無かったかもを提示しよう。
先に断っとくけど趣味嗜好が千差万別なのは先刻承知で、彼等の参加バージョンの方を好んだからって何も問題は無いからね。

正直杜撰大王が直ぐに思い出せるのだってたった1曲しか無いし、当時の米国でのウケを狙えば的外れじゃなかったのかも知れない。
が初めて聴いた直後のインパクトっつうか心の高揚で、別バージョンとの温度差が凄かったんだ。

の曲はChar氏のアルバムU.S.J.収録のSmokeyで、今で言うセルフカバー第1弾ってな処だ。
そんでこれの何処が見劣りしたのかったらRockテイストが薄くなり過ぎてた処で、飽く迄独断と偏見だがChar氏の最大の特徴が損なわれてると感じたんだ。

杜撰君の認識で氏はジャンルに対し万能だが、それでいて全くRockじゃ無くならない処が稀有なんだよ。
似てる人が居なくも無いものの例えばJeff Beckも聴き込めば同類だが、ファーストインプレッションではとうとう向うへ行っちまったかと思わせる処があった。

又氏はかなり早期からLatin要素をふんだんに盛り込んでたが、それでいて当時としては特に珍しく殆どAORやSantanaみたいにはなってなかったんだ。
因みに流行りからは寧ろ一寸なってくれた方が好都合で、当時殆どの皆は何かしらでサウンドが少しでも大人っぽくなればと思ってたんだ。

個人的には↑まだ老け込みたくは無いと思ってたが、杜撰君にしても今とは真逆で早く大人になりたいとは思ってたっけ。
わ兎も角↑には落ち着きとか普通のより整ってる利点はあるが、若さとか勢いの点ではストレートなRockに明らかに劣ってたんだけどな。

それと有名無名に拘らず個別楽曲では、作者本人のとかオリジナルバージョンの方が最終的にBestなのが多かったりするよ。
個人の想い出・思い入れ等の関係で他人に強要するもんじゃないが、コンセプトやスピリットに関しちゃ原理的にカバーは不利だ。

故に初回じゃないので最低でも拮抗させるには、編曲か演奏等何かで明らかな+αが必要なんじゃないかな。
オリジナルのSmokyヒットしたのかってば否で、当時の世間一般にはアルバムからシングルカットした
気絶する程悩ましいが歌謡Rock路線でブレイクしてた。

因みに杜撰君がChar氏を知ってその実力を認識したのは次のアルバムので、是又シングルの闘牛士からだったよ。
もしラジオで頻繁に掛かってたなら早々に喰い付いただろうが、掛かるのはほぼシングルだけだったからクソガキが知るには厳しかった。

縁が生じたのは高校に入った直後で、学園祭BandでJohnny,Louis & Charを演りたがった仲間が居たんだわ。
因みにⅡで普通は学園祭って秋にあるもんだが行った学校の歴史とかの都合で、ウチでは4月末だったと言ったら分かる人には出身校がきっと分かっちゃうね。

-つづく-

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