電気

2019年8月22日 (木)

音楽備忘録⑮ Mixer卓の話しⅠ:入力Jackの実態とGainツマミ

今回からとある事情でクソガキに教えるニーズが生じたが、口頭だけでは忘れられるだろうし個人宛だけに綴るのも億劫ってんでこうする事にした。
また普通の説明書的なものならそれ自体を読めば済むので、書いて無いけど知らんと不便なのをなるべく取上げてくつもりだ。

普通なら信号経路の概略としてチャート図等から行くべきだがそれは取説に載ってるのもあるので、最初は入力Jackの実態辺りから始めよう。
その1は間違えて挿し込めちゃうヤツで、MicシールドからのPlugがPhoneタイプ(標準プラグ)の場合等。

昔は一般用のだとCannon ConectorなんてMicにも卓(ミキサー)にも付いて無かったが、最近は音楽用のとなるとPhoneの方が珍しくなった。
が完全に無くなっては居ない様でそうすると、現行卓ではLineレベル専用のPhone Jackに挿さってしまう。

他に電気楽器でもシンセみたいに出力がLineレベルになってればバッチリだが、PreampレスのエレキGuitar・BassのシールドでもPlugは全く同じのだから挿さっちまう。
が、それだと信号レベルのミスマッチ等で必要な音量迄上げられなかったり雑音がとても増えてしまう。

しかも近年は知ってる人には草臥れて知らん人にはより分り難くなったのが、CannonとPhoneの兼用Jackだ。
1つで両方扱えるのは場所を取らなくて良いけれど、Plugの抜き差しがかなり固いのが多い。

もし親切設計でどっちのPlugを挿してもMicとLineの感度切替が可能なら平気だが、誤った接続をしててもそれがとても視認し辛くなってしまった。
因みにPlug・Jackは抜挿しの固い方が接触不良が起こり難そうに思えるが必ずしもそうでも無く、固くて助かるのは間違ってケーブルが引っ張れても抜け難いのだけだ。

信号レベルミスマッチも含めその2のGainツマミへ入るが、そもそも卓にはFader(直線的に動かせるボリウム) って音量調節ツマミがあるのに何で2重装備されてるかだ。
これの意義は現代では「歪ませる心配無く音量調節が出来る」事で、完全では無いものの有無で結構な違いが出て来る。

理屈的にはGain(時々Trimとも表記・呼称)ツマミは入力感度最適化用で、Faderが音量調節用だ。
なのでどっちのツマミでも音量を変えられはするが決定的な違いがあって、Faderなら音量ゼロに出来るがGainではそれが出来ない。

この分業制度はその昔なら雑音低減にも大いに効力があったがデジタルではそれよりも、例えばソロの時に大きくして元へまた戻す場合を想像しとくれ。
音量ツマミが1つだけでも出来るけれどその場合一定値より大きくすると歪み始めるが、他の沢山のと一緒に聴いてると僅かなオーバーで僅かに歪み出しても感知し難い。

だが単独で目一杯弾いて貰って歪まない処へGAINを設定しとけば、その時Faderをフルアップにしといたなら後で歪む心配を無くせるのだ。
またこれにはもう1つ意味があって、Mixingのやり方を示唆してくれる。

もしソロパートのFaderをフルアップにしても音量不足だったらどうするか?、でも上記設定済みだったらそれ以上大きくしたらもう歪んじゃうから出来ないよね。
すると他のをバランスが取れる処迄下げる事となるが、それこそが正にMixingなのである。

この手の音処理作業では人は増やすとか加える方だけに意識が向きがちだが、機械には明確な限界があるからインフレ一辺倒なんて不可能なのだ。
必要次第で抑えるとか控えるって意識も大切で、実際の作業では盛るのと削ぐのの両方への意識が同等なのが一番好結果が得られるのだ。

因みに近年のPC USB接続オーディオインターフェイスだと、本体にはMic入力にGainツマミしか付いて無いのもあると思う。
これFaderはPC内のソフト(アプリ)に付いてるからで、ツマミの場所が実機Mixer卓とは分離しちゃってるが内容には違いは無いですから。

<つづく>

2019年8月15日 (木)

音楽備忘録⑧ Funkってどうすりゃ演れるのⅧ

今回はFunk以外にも大いに影響する「リズムの捉え方」についてで、近年は基本的に何でもピッタリ合わせるのが常識みたいになってるが…。
ポピュラー系では聴者の慣れも意識してかかなり一致一辺倒だが、民謡系や古典大編成オケなんかじゃ今だって結構鷹揚でも許されてるがどうなのよっと


今回案件は俺的には例え全く打込まぬ人でも打込みからの悪影響に流されちゃった感があるが、確かに露骨にズレてるよりゃピッタリしてる方が整った感じを受けるのは分かる。
けれどもそりゃどっちかってば「分析耳」的判断をした場合の話しで、単純に音楽とか曲を聴こうとしたらやってる事が分かる範囲でならズレの有無等大した問題でも無いのでは。

僅かでもズレるとヤバそうなのの筆頭ってば軍楽隊辺りが思い浮かぶが、それだって行進の足並みを乱さないなら上官に殴られはしなさそうである。
無論「合ったら駄目」とは言わぬが、さりとて常に何でも機械のみたいに一致してる必要性があるとは思えんのよ。

またリズムのみならず音程の正確性でも同様で、今でもClassic Guitarには普通はオクターヴ調整機能は非搭載のままじゃんか。
実用上取り立てて差し支え無いのもあるんだろうけど、それよりも微妙に音程に依ってズレ方が違うのがその楽器の特徴ってのの方が大きいと考えられる。

Acoustic Guitarでも金属弦のには一部で少し配慮されたのもあるが、何時まで経ってもちっとも主流にはならぬままである。
これ等は物理理論的にだと旧時代的でしかないが、音楽理論的には迂闊に排除・修正するとどえらい問題となり得る。

奏者の訓練段階で正確性を求めるのは自然だが、特例以外でまさか機械の音を目指しては居るまいね。
そっちの路線にもそっち用のスキルがあり対称的な部分が多いので、だったら今時楽器なんか弄ってる場合じゃない。

尤もより動物的にするにしろ機械的にするにしろ表現力が必要で、味方と敵の両方をある程度以上知っとかなきゃどっちだって不完全になる。
自分では機械っぽいと勝手に思い込んでても、皆の同意が得られねば下手すりゃ逆行させてんだからさ。

何気に精神論・観念論的に寄ってると思われそうだが、一旦無用な縛りを解かないと核心には到達出来ない。
そこで別視点から考察願いたいのが時代性で望んで無かった加齢を痛感させられるのは辛いが、Funkなんてもう50年も昔の古いものなのが厳然たる事実なのだ。

例えば物理量の基準変遷等にそれが現われてるが、本日の生贄はエンジン等の「馬力」でありんす。
俺が無垢な子供の頃はPS基準・生意気になり出した頃はPH基準、近年は電動物が増えたからか電気モータでも無いのにkWが基準と変化した。
これを意地悪解釈すると同一のパワーが、上記の順で段々小さい数値となっている。

これが又昔からkWがデフォだった電車なんかのモータだと逆行してて、昔の表記の方が様々な点から随分と控え目であった。
例えば昔は今以上に消費電流の増加に依って電源電圧の降下が著しかったので、その分を差し引いた値とされていた。
なので大昔の電車を今走らせると古くなってヨレた筈なのに、昔より妙に走りが元気になったりした様に勘違いし易い。

この様に背景ってか環境差等にも充分な配慮が必要で、全くの現代感覚のままで処理するとそれだけでもう再現性を悪くしてしまう。
しかしもし妙にFunkに心奪われるってんならそれって侍に憧れるのなんかと似た様なもんで、どうでも良い場面で拙者とかカタジケナイとかほざいて「なったつもり」から入れば良いのだ。

尤も受け身で良いなら本邦には得意な人の多そうな「形から入る」で構わんが、楽器を実際演奏したいとなると流石に外見の格好だけでは苦しい。
そこで上記例に従えば歩く時今の普通は手足の左右は互い違いに動かすが、侍は右手右足・左手左足を一緒に動かすなんてのがヒントとなる。

これは演奏のフォームなんかだって含まれるが、先ず第一に配慮して頂きたいのが楽器のセッティングだ。
一度マスター出来て慣れてしまえば殆ど影響は無くなるが本項ⅥでBassで触れた如く、あまりにもやり辛い状況ではまともな練習にすら中々入れないだろうから。

<つづく>

2019年8月14日 (水)

音楽備忘録⑦ Funkってどうすりゃ演れるのⅦ

ここ迄の俺の視点だと現代には少々感覚的に過ぎると思われるだろうが、しつこく感覚優先を唱えるのにはとても合理的な理屈があるからなのだ。
感性と理論はどっちかだけで成立しなくて常に両方あるんだが、状況や目的に応じて適した比率があると思うのだ。

以前スウィングもある程度数値化可能と書いたが別に俺が独力でやった訳じゃ無く、単に買ったドラムマシンにそう云うパラメータが用意されてたのが発端だ。
近年のとかPCでならビット数単位で微調節可能となってるが、件のは3%刻みって代物だった。

それでもあると無いとじゃ大違いで、それより以前のリズムボックスでは全くJazzっぽい刻ませ方が出来なかったんだから効果は認められた。
だが厄介だったのはテンポを大きく変えると同一スウィング率では駄目で、刻みが3%なのも
災いしてちっとも万能とは行かなかった。

その後従兄の処で教わったりプチ研究したりしてみればそんなの至極当然だったんだが、数量的に調節するにしても結局は耳で判断するしかないのに変わりは無かった。
この辺りが本日の要点なんであるが、打込むにしてもその人間の方が結局「分かって」無いと仕方無い処がミソなのだ。

これに関して俺が気になるのが打楽器を始める前から打込みが普及してたかどうかで、それ次第でリズムの基本的な捉え方に相違がある可能性が考えられる。
元の質問者は我々より大体20才位は若いので、感覚すら何となく数値変換して記憶してるのではって疑念が湧いた。

昭和の昔にだって博士チックとかアカデミックなのが一々好きな奴も居たが、普通Band内でテンポを示唆するには誰それの○曲より気持ち速い位とかそんな言い方じゃないと通じなかった。
最近では俺等も誰かさんの要望でClick使用・打込み併用だから♩=123でとかになってるが、少なくとも俺自身は未だに数値指定出来るメトロノームは不所持である。(スマホも無いので大😓…)

なので帰宅すればドラムマシンでもPCででも正確なテンポは把握出来るが、出先で個人ではその手の物差しは無い。
だが「幾つが曲に最適か」の判断が付いてからじゃないと、数値化しても全く無意味なのである。

感覚を磨くのにメトロノームはとても有意義で、誰それさんの場合興奮すると凡そ♩=5とか速まるなんてのは知っとくべきであろう。
しかし順番を間違えたらいかんぜよで、上記のも人が刻んだのを計測してるだけなんだよねぇ。

んで又ベーシックなのだと只打込んだだけじゃ4拍子系は跳ねたりうねったりはしないから、幾らそんなの聴いて練習したって跳ね・うねらせ系だと絶対ゴールになんか到達せんのじゃ。
加えて近年本邦の俺言い「無駄なハイテンポ」にも触れとくが、体験からはこれを含め過去に2度程そう云う時期があったのが思い起こされる。

1回目は’60代アメリカンPopsやロカビリー系の全盛時で、2回目がJ-POP台頭から今日辺りだ。
前者はJazzやCountryを極度に単純化したのが恐らく原因で、例えばRideからレガートを排除すると只の4つ打ちとなって隙間だらけになるからよ。

後者の場合もフレージングバリエーションが極端に狭く少なく、やはり隙間がとても生じ易くなっている。
本日の暴言1と先に予防線を張っちまうが、ローテクでアホでもシャカリキに速くすりゃ何とか間延びは誤魔化せるとな。
暴言2としてそれ故近年J-POPの全てに違和感を全く感じられぬのなら、どうせ無理だからもうFunkなんて諦めちまえってね。

飽く迄誇張した暴論ですので真に受けて落ち込む必要は御座居ませんが、それ位意識とか方向性が反対向きなのにお気付き頂きたいのでありんす。
万一Funkには適正に恵まれて無くても他にも面白いのが一杯あるし、どんなのが好きでも全然OKね。
けれどどうしてもFunkりたいってんなら、それにマイナスな感覚からは一旦離れないと厳しそうですぜ。

<続々>

2019年8月12日 (月)

音楽備忘録➄ Funkってどうすりゃ演れるのⅤ

前回具体的にはAl Jackson Jr.とRingo Starr辺りから始まってると書いたが、それでは彼等は一体何を参考に思い付いたんであろうか。
それで思い出したのがChuck Berryで、Guitarはジャジャじゃジャ…のRockの典型的8Beatなのに、太鼓のRideが只の4Beatのレガートになってたあれだ。

曲としてはJohnny B. Goodeなんだがレコードではそうなってたのが、発売後のLiveではThe Venturesみたいな叩き方へ変わっていた。
何でそうなったかホントは調べるべきだろうが今回趣旨から若干ズレてるし、調べなくても察しは付くのである。

何しろ当時Rock’n’Rollを演ってた人なんて数名しか居なかったんだから、発明者以外つまりバックの伴奏者はプロとなると大方はJazz系等の人しか居なかった訳だ。
8Beatとしては太鼓が跳ねない方がらしさってか疾走感には優れるのでより適しているが、ミスマッチな筈のレガートの方にも独特な魅力があったのも確かだ。

Bassは4分音符主体なので除外するにしてもPianoもスウィングで弾いていて、これも理論的にはGuitarとズレて当たってる筈だが何故か気にならなかった。
Rideのスウィングしちゃってる処は当然Guitarと譜割り的にはミスマッチなんだけど、完全一致してなくても一々気にし無けりゃ問題無く聴けちゃう不思議があった。

全部がユニゾンだと明確・強力にはなるけれど、リズムパターンに対してアンサンブルのバリエーションが基本的には無くなってしまう。
そこへ配慮すれば聴ける範囲内なら全部を一致させなくったって構わなく、しかし一部のJazzみたいに全く各々が自由に振舞っているのとも一味違う。

これと質問者がホーンに拘ったのは薄々気付きかけてた可能性が高いが、当時の管楽器奏者となればよりJazz系の人しか居なかった処だ。
白人系のPopsではホーン不要なのが大多数だったから近年なら未だしも、Jazzが吹けないと食べて行けるだけの仕事量が無かったのはもう明白だ。

’60年代末になってグループの固定メンバーって席を獲得出来る迄は疑いの余地が無い話しで、それ位普段がJazz寄りだったのだから余計跳ねるなってのは無理だったと考えられる。
また聴き手にとってのFunkyホーンはとてもリズミカルで歯切れが良いが、管楽器自体は決して出音のタイミングを加減するのが楽な方では無い。

出そうとしてから管の長さ分だけ必ず音は遅れて出て来てて、素手で叩く太鼓や弦楽器みたいに触れたらその瞬間に音が鳴るのとはかなり違う。
しかも吹くには予め先に息を吸っとかなきゃなんなくて、かなり予測してタイミングを図らないと合せられない。

それを少ない体験で完全に8Beatにしろったて当分時間が掛った筈で、しかも上述の如くでそこ迄そんなニーズも恐らく余り無かったと思われる。
これからするとホーンは一番遅い時期までスウィングしてた事となり、音色も明瞭なのでリズムタイミングのサンプルとしても分かり易いだろう。

だがRock系にホーンは必須でも無いし、ホーンがRockらしさの部分を担うのは今だって少ない。
なので「Funkのホーン」と思うよりそれなら入門レベル程度でも充分なので、回りくどい事を言うよりJazz自体を少しかじっちまった方が手っ取り早いと俺は思う。

それより今回例示した初期のChuck Berryみたいなのの方が、これはJazzと名乗ってたのには無かったパターンだから重要だと思われるのだ。
加えてBooker T. & the M.G.’sは至極当然の如くJazzも難なくこなせる連中ではあるが、太鼓だけがスウィングなんてケースも見受けられる。

なので少々厳しいがドラマーが訓練見本とするのには、却って最適なのではと考えられるのだ。
場合に依っちゃ他パートには一切頼れず、ドラマーがそれを出来ない限り「あの感じ」が得られないんだからねぇ。
分かり易さでは彼等のでもSam & Daveのなんかが良いが、自分達だけの以外だとホーン等が入っちゃってるのが多いので。

<つづく>

2019年8月11日 (日)

音楽備忘録④ Funkってどうすりゃ演れるのⅣ

さて本項執筆のキッカケだった「ファンクにホーンセクションの入ったバンドって、最初にやったのは誰」、随分経ったのに結局答えんのかと思った貴方。
この後に一応記しとくけどあまり効果的では無いとの判断からここ迄引っ張らせて頂きやした、無論従兄には即答したけれどやはりしっかり但し書きは付けてね。

まだまだ全体説明の途上ですが兎に角Disco等の様な定型がFunkにゃ無いのを先ずご理解頂きたかったからで、Funkyさは共通でもかなり多岐に渡るテイストのがあるんでやんす。
もし具体的にJB(James Brown)のあの曲みたいにしたいとか明確なヴィジョンがあれば適したのも紹介可能ですけど、所望次第でバイブルは全く違うのなんてのが大いにあるからなんス。

取敢えず上記告知に従って例示へ行きやすが、一応基準としては’70に入る前から演ってた人達はこんな具合。
1.意図的にJazz Big Bandの流れも取り込んだもの:ChicagoとBlood, Sweat & Tears
2.ジャンルとして意図したもの:James Brown
3.スラップBass入りのもの:Sly & The Family Stone

しかし全面的では無く部分的Funkyでも構わんとなるとBooker T. & the M.G.’sが絡んでた人達のが非常に印象的で、もう彼等のデビュー曲Green Onionsに既に片鱗が隠され!?ておったのじゃ。
これの太鼓ってRideが基本4つ打ちなので良く誤解されんだけど、実際にはスウィングさせてるのでありんす。

だがRideをチィンチッキしちゃうと唯のJazzと一緒だし4Beatだと誤認されてもつまらんからか、ドラマーのAl Jackson Jr.氏は一捻りしよりました。
それは右手足のフレージングを入れ替えていて、手は4つでも実は足(バスドラ)の方で音符で言えば16分を踏んでるんでゲス。
但し手のチィンチキチィンチキ…をそのまま足にしたんじゃ喧しいし芸が無いので、ドンタンドンタァドドンと半分に減らしてみましただと。

当時の音響のプアさにこの回数の少なさも相まってとても気付き難い仕上がりになっちゃってるけど、もし無スウィングで叩いてたらオカズなんかを入れた時に他パートとズレる筈でありんす。
もしそうしてたら16分音符の時にズレる分却って聴き取り易くなって、最初から誰でも気付く按配で御座居ます。

これ以前のJazz界にも一部のキチガイBuddy Richなんかは、曲毎のバスドラフレージング何ぞをとうにやらかして居った様です。
しかしウッドBassではフルに踏まれてはBassパートが聴こえなくなっちゃうから、世間一般の人々には中々気付いて貰えず仕舞いだった様だす。

この点で相方がエレキBassの特有のドラムパターン(特にバスドラ)を開発したのがほぼ同時期に2名、それがAl Jackson Jr.とRingo Starrだったんですわ。
エレキBassならバスドラをフルに踏んでも聴こえる様になったじゃん、を活用し出したんですな。

Booker T. & the M.G.’sはRyhthm & Bluesのそれこそ核心ですから、例えスウィングしてても基本的には4Beatじゃ無く8Beat。
跳ねる8BeatってそれFunkの源泉じゃ御座んせんか、ねぇ。

因みに初期Beatlesは優等生ぶってたが内実はとんでもない曲者で、それを最後に例示しときやしょう。
All My Lovingってリズムパターン的には何Beat!?、Bassを聴くと4分音符のランニングしてるけど…。
太鼓もツッタッタツッタって演ってからやっぱ4Beat!?、の筈がハイパーキチガイJohn Lennonの異常なカッティングのせいで全くの別物になっちまったねぇ。

普通の歌のバックで3連符を全部掻き鳴らしちまったもんだから、スウィングより跳ねさせなきゃ合わなくなっちまたぞい。
だどもこう云う変なハイブリッドこそが跳ねない筈のリズムで跳ねちゃう訳で、一旦理屈を封印して感覚だけの発想をしないと到達出来ないんだよね多分。

<つづく>

2019年8月 7日 (水)

多重録音備忘録Ⅱ㉓ 楽器の構造とらしさⅣ

続いてはFloyd Rose等がテンコ盛りのGuitarを半生贄と捧げるが、今回は珍しく弱気な予想で御座居ます。
ジャンルや求める奏法に依っちゃ助かるし無かったら困る物だが、死ぬまで皆そんなGuitarだけでは満足出来ないのではと思ったのが発端でやんす。

非常にローカルな事象であるがウチのGuitaristの愛機変遷にそれが現われてて、未だに奏法の基本はMetal系のままなのに妙に普通のGuitarを近年欲しがったのがそれだ。
これはMetal発祥以前を知ってる身からすると実に簡単に合点が行くんだが、道具に依って出来たジャンルなんかじゃ無かったからなのだ。

Van Halenでもその音色が独自性も込みで一等印象的な初期の作品では、未登場の為Floyd Roseなんて一切使われていない。
KissのPaul StanleyのGuitarも形状と外装が少し突飛だっただけで、内情はごく一般的な唯の2ハムバッカーだ。

風貌的には掛離れてるがその気になればオーソドックスなJazzだって演れそうな仕様で、逆にデビュー当時金欠のJoe Passは名前こそJazzmasterでもソリッドボディとフルアコとは程遠かった。
中学生になるかどうか頃にFMで耳にしてずっとお気に入りの彼のHang Toughって曲、最近迄ずっとフルアコで演ってたと思い込んでた始末なのはお粗末であった。

ドラムに至ってはもっとえらい状況で概出させたとは思うが、Ludwig全盛時はホントに口径と組合せの違いだけでClassicからサイケやMetal迄基本的には全部同じ型の太鼓だったのである。
無論革・バチの選択やミュートの有無や仕方は千差万別だったが、これ等はどっちかってば道具自体より使い方の範疇と考えられる。

見栄えは初級観客に対しては絶大な要素だが、だからって内容まで限られた事しか出来ぬ様にしちまう必要は無いのである。
寧ろ奏者として危惧すべきは今はMetalしか演らなくても、年取ったらJazzを演れる才能があるかも知れんのにそれが無理な楽器と云う不親切ってどうなんって話しやね。

まあそれでも勝手好きずき趣味習慣でありまするが、次の点に関しては楽器選択のせいで大きなスキル差を生む可能性がとても高い。
それは奏者側のジャンル適応度とでも申しますか何時の間にか気付かん内に、弾き方のレベル等にどんどん大きな差が広がって行く処だす。

道具頼みでギリギリ合格してたりした場合何かの事情でその道具が使えなくなったら、途端にボロが出て紛い物奏者に成り下がっちまうので御座居ます。
それがもし人間力だけで達成されてたなら例えアコギしか無くても流石生粋のメタラー、Folkとは全然違うわいなんてのも可能となりそうだよね。

現実的にはわざわざ不適切な楽器を用いて失敗ばかりでもしゃーないけど、楽器は所詮お手伝いさんで音の責任は奏者の演り方にあるんだからね。
これに加えてハードルはかなり高いが普通の楽器で普通じゃない音が出せちゃったらどうよで、これに近付く程奏者の個性や力量がより分かり易くなるのだ。

そして近年だと特に考えるべきは打込みだったらどうなるかで、弾けない人は流通してる以上の過激な音が先ず絶対使えない処だ。
正確さや安定度で手弾きは機械にゃ敵わん代わり、こう云う部分が強みなんだからさ。

<つづく>

2019年8月 6日 (火)

多重録音備忘録Ⅱ㉒ 楽器の構造とらしさⅢ

楽器らしさの定義が最近ではとても幅広くなってるとは思うが、ここでは前2回も含め俺の好みは実は排除しているつもりだ。
とてもそうとは思えない様な例示が多いけれど、その辺を少し丁寧に紐解かせて頂こう。

楽器メーカの件については組織規模を問題視していて、もしFenderやGibsonも百均でも売ってくれるならもっと大企業になっても構わんだろう。
だがYAMAHAやGretsch等より扱い品種が少ない、例えば太鼓はやってないんだから幾ら流行ったってそんなに売れないのはちょっと考えりゃ分かる事だ。

だから製造よりも経営を誤っただけなんだろうが、あたかもウチでは絶対にぶつからない車しか売ってません的無理・矛盾なのである。
もしもっと作り続けたいとか未体験の人に知って貰いたいなんて気持ちが強かったなら、あんな酷い処迄落ちはしなかったんじゃと悔やまれる。

そして是迄の表現ではオーソドックス=らしさみたいなの
だけの様に誤解されそうだが、俺が問題視してるのは本質的な部分限定だ。
例えば「普通のGuitar」の範疇に収めるには弦の本数が違っちゃ無理で、変えても良いのと悪い場所の見極めが足りるだけ為されているかなのである。

近年では譜面を常用するClassic系の奏者の方が仕事でやってるなら、電子楽譜つまりi-pad等を大抵は持ち歩いている。
日本ではまだそれ程でも無いが欧州では第1目的が実は利便性では無く、資源保護→温暖化対策の一環なんだそうだ。

こう云うのはテクノロジーの上手な活用例であるが、反面生Pianoが要るのにデジタルPianoの方が日本より現場で多かったりするのは諸事情があるにせよ喜ばしくは無い。
俺は国外へ行った事が皆無なのもあって実感ゼロだけれど、それだけあちらでは木がこっちよりかなり貴重なのの現れかとも察せられる。

もしかしたらまだ日本では木なんて幾らでもそこらに茂ってるからかも知れんが、楽器用の材となると昔よりは色々苦しくなってしまっている。
太平洋沿岸地域でも材料に対する意識がもう少し高かったら、どんなのを作るかにも影響がありそうな気がして止まない。

また楽器の耐久性にしてもどこを重視するかが近年ではズレて来てる気がするが、壊れ難くするにしても何処をどんな場合にってのが忘れらてはいまいか。
運ぶ時に壊れやすいのは実際面倒だし心配し切りだけれど、一番困るのは弾いてる最中だってのがどっかへ飛んじまってないかだ。

例えばかなり以前に書いたGuitarのダイキャストペグの件等、鋳物は丈夫だが脆いって点では壊れる時は突然となる。
充分な大きさが取れる物だったらそんなに心配無いが極力軽く小さいのが要求されているんだから、その観点からだと不適切な製法とも思えるのだ。

薄い鉄板を折り曲げて組み合わせたのより精度が出せるし緩む心配も無くなるが、演奏続行の可能性からだと不調より突如の破断の方が困るのである。
またこの違いは不具合発見の機会にも影響すると考えられ、不具合発生から破断迄の時間が長い程発見・修理のチャンスが増えるのである。

壊れる心配が無きゃそんなの確かに不要なんだが、奏者の優先事項は機材温存よりパフォーマンスでしょ。
この面で奏者側にカーレーサーと似た様な責務だってあるけれど、万一失敗しても生命が脅かされたりしない分思い切った行動が要求されてしかりなのだ。

となれば平常心感覚で万全を期してもあまり意味を為さず、他の物より絶対に壊れないを目指すのがベストとは言えなくなって来る。
レーシングカーですら壊れにくくはするが壊れない想定なんてしてないんだから、楽器みたく人が感情を直接ぶつける物に対しては寧ろ壊される前提位の考え方が適してると思うのだ。

<続>

2019年8月 5日 (月)

多重録音備忘録Ⅱ㉑ 楽器の構造とらしさⅡ

今回は俺言い「アクティブ過ぎるエレキBass」を生贄とするが、厳しく捉えるとそんなのを作るのは最早楽器屋の恥である。
これ大いに訳ありでかなり楽器にハイスキルな奏者でも、最初からじゃないと変更・改良出来ない部分を疎かにしているからなのだ。

部品を交換すれば達成される物なら後からでも出来るが、本体部分に関しては作る時点で考えなけりゃどうにも出来ない。
そんな製造者じゃないと手に負えん場所こそが作り手の腕の見せ所である筈で、材料入手等も素人では中々手に負えぬ部分なのだ。

この面で個人的に敬意を払ってるのがRickenbacker等で、失礼乍ら現代レベルでは搭載部品はBestには届いて無いとも思える。
それでもある程度使えてしまうのは本体部が良く創り込まれてるのと、本体材質のあらゆる面をずっと好評時のに近く維持させてるからだ。

Fender系の大多数みたいにネックとボディがネジで分離可能なら未だしも、スルーネックでは取替えるとしたら木部は全替えしか道が無い。
尤も過去に目にした文献では「交換用ボディ(無論ネック部含む)」すら用意があるらしいが、そこ迄に至ると楽器自体が別物になるに等しい。

どんなに高度なエレクトロニクスを搭載しようが所詮エレキは「半生楽器」、その事をあまりにも皆忘れ過ぎているのでありんす。
この件も御多分に漏れず基本的な歴史認識が足りてると回避出来るので、僭越乍ら少しそれを記しとこう。

そもそも弦楽器のエレキ化(電気武装)は音量不足が発端で、所謂エレキサウンドを得る目的では全く無かった。
近年ではより見掛なくなったが日本式にはフォークギター(ドレッドノートタイプ)と少し風貌は異なったが、ホントに只のアコギに電磁Pickupを追加しただけのが原形だ。

その格好は今でならフルアコから電気系統を取り去った様な物で、大昔はGibson等から実際に「そんなアコギ」が売られていたから興味のある人はググってみ
るべし。
Bassの場合も世間ではOld Fender Precisionが原典と誤認されてる様だが、実際はロクに流行らなかったがRickenbackerから第二次大戦前に既に売られてたのの方が本家本元だ。

Precisionを原典と看做せるのは「現代標準の」の但し書きを付けた場合のみであって、それにも大いに意義はあるが元祖なのはエレキじゃなく「フレット付きBass」の処だ。
俺的に今回案件ではこの差は大問題で、それはAmpに繋がずに使えるか使えないかの大きな違いがあるからだ。

誤認の原因は恐らくその風貌がPickup付きのコントラバスそのものだったからで、これにはシリーズ化されててViolinやViolaもあった。
肝心の!?Guitarの方は上記のと時期的には一緒だったが、当時のジャンルニーズと工作技術等の関係でラップスティール型のしか作られていなかった。

それが有名なFlying  Panであるが、恐るべきは最初なのに全アルミ製だった処か。
しかしその後リイシューがロクに登場しない処をみると、駄目では無いがわざわざ再生産させる程の魅力が無かったと考えられる。

特にオケ弦楽器のPickup付きと同時に並んでたんだから、前出Ampの有無で使える使えないに音量の他音色的にも大差があっただろうからねえ。
阿保臭いから試しゃせんけど金属胴のSnareへアルミホイルかなんかを革にして、鉄の菜箸かなかんで叩いて頂きましょう。

そんなんしたら良くてスチールドラムの出来損ないみたいにしかならんで、きっとSnareにはもう聴こえんくなりそうだし。
でもこれFlying  Panは殆どそれに近い事になってた訳で、スライドバーはガラスの他金属製もデフォだからその場合非金属はピックだけだったんだよなぁ。

今はエレキ系を本番でAmpレスになんか誰もしないだろうから無関係だけど、音色の源は電気系統より先に木部(一部金属)が司ってるんだよねぇ。
故にアクティブ(Preamp等が内臓されてる物)なだけで罪にはならんが、そこへ頼って木部(必ずしも木に限定はされんが)を疎かにしてるモデルにお金を払うのは勿体のう御座んス。

<つづく>

2019年8月 4日 (日)

多重録音備忘録Ⅱ⑳ 楽器の構造とらしさⅠ

技術は低いより高い方が良いし、脆弱より強固な方が楽器だって良い。
ばってん闇雲にそれをしちまうとその楽器固有の特性はどんどん損なわれ、最終的には超高級な音響発振器となってしまう。

1.丈夫過ぎる胴の太鼓
理想の皮振動特性だけを追及すると、太鼓の胴はどう叩かれたりしても微動だにしないのが宜しい。
胴が皮と共鳴した方が「良く鳴る」場合も
出て来るが、共鳴が何時も都合の良い方向に作用するとは限らない。

だから理屈だけならそれぞれが個別に黙々と仕事してくれるのが最良となるが、これが実現される程「太鼓らしくない」音に実際にはなってしまう。
これ極端に言うと「胴の音」が無いも同然になるからで、胴の材質や構造の違いがお留守となってしまうのだ。

最近は少し持ち直した感があるが、それでも俺的にはまだ丈夫過ぎる物が多過ぎると痛感させられている。
思想や実用的強度にも依るとは云え、「胴が出す音」が余りにも軽視されていると思っている。
そんなら胴なんて無くしたって大差無いじゃん、乱暴だがそれが本音だ。

2.丈夫過ぎる電気弦楽器の各部
こっちは太鼓よりは近年はマシになったが、一頃の国産の勘違いした豪華競争は最悪だった。
重くて高価の泣きっ面に蜂もだが、それより何より丈夫過ぎるボディでは弦に対する反応が減り過ぎていたからだ。

部品でもStratのブリッジの駒等が典型例で性能面では丈夫に越した事ぁ無いが、それでは変な癖を伴ってたが独自の個性が弱まってしまう。
元は鉄板を折り曲げただけだったのが立派な鋳物が主流となり、確かに音色の安定度は上がり余韻も長くはなった。

けれど使い易くはなっただろうが響きは単調になり反応の癖も弱まり、個性は大巾に減ったからそれなら他のでも構わんじゃんってね。
相手に依っちゃかなりの失礼となるが「チャラいからこそStrat」で、ろくでなしと知ってても優しいイケメンが人気なのと同じ事なのだ。

ここから後半は上記への反対意見を(あった場合)勝手に喝破させて頂くが、最初は変な正義感による公平性維持の為に上記の欠点を挙げて行こう。

1.についてはそれを避けると耐久性を気にしなきゃなんなくなったり、余韻長さが縮まったり鳴るポイントが限定される弱点が強まる。
なので楽器固有の反応や音色を無視すりゃ使い勝手が悪化するが、それでも平気な皆さんにはもっと安価に提供すべきだと考えている。

現にConga等パーカッション系では樹脂系胴を用いてそれが常套化してるが、本来ならドラムセットの方が悪影響が少ないんだが。
ドラマーに偏屈が多いのか妙な事にアクリルは残ったがファイバーは壊滅的で、木で分厚く作って機械的なのは許すってあべこべちぐはぐとは恥ずかしい限りだ。

2.についてはソリッドボディの変遷を追うと良く分るんだが、初期の物程分厚かったり削り込みやザグリが少なかった。
材質にしても後年のになる程柔らかいのの方が増えていて、硬いのを使ったのだと薄かったり極端に小さくしてあったりだ。

それでも使用弦の特殊性もあったにせよ一時結構なブームになったSteinberger等、現在本邦では入手が酷く面倒になった位廃れている。
所謂変形Guitarは元からニーズは少ないが加工性の良さとそんなに大きな材が要らないのもあってか、デザインは奇抜でも材質はオーソドックスが主流の様だ。

弦系はその揺さぶるエネルギーが太鼓等よりかなり小さいんだから、共鳴側がヘヴィ過ぎちゃ厳しいのだ。
機械の権化の様なアナログシンセを自在に操る様な達人も居るけれど、だからって楽器が機械っぽ過ぎても良い訳じゃない。
特に近年では「現物の苦労」等を避けたけりゃ、打込んじまえば済む話しなんだからさ。

<続>

2019年8月 3日 (土)

多重録音備忘録Ⅱ⑲ 電子素子速度と音の関係Ⅲ

本線復帰して速度案件へ戻るが、素子動作開始時の性質が急激だと音に悪さをする件の続きだ。
このある意味逆転現象はMicのダイナミックとコンデンサの関係と似た処があり、今回はそこから攻めてこう。

この比較ではダイナミックが真空管等でコンデンサが高速半導体に対応してるが、全体性能では後者優位だが収音したアタック部の純度では前者が優位だった。
理論的波形の変形度では従って後者の方が全体では少なく、それが広帯域だとか微小音に対する感度の高さとなって表れている。

だが含有量は少なくても後者のはアタック部の頭にその弱点が集中しており、その変形のさせ方が極端なのである。
故にダイナミックのリニアリティが不完全でそれが全体に及んでいても、極端な改変が無い部分で音のシルエットが別物になったりはせずに済んでいるのだ。

但しこれが顕著に表れるのは音源とMicがかなり近い場合で、ここでは最近頻出のエアクッション「後」であるとMic到達時点でアタック部がマイルドとなっているのであまり問題にならなくなる。
けれど離れるとコンデンサは高感度故録った場所の響き等もタップリしっかり拾うので、録った場所に左右されない音源だけの音が欲しい場合はちょいと厳しくなる。

因みに開発者はコンデンサの弱点を当然分かっていたので真空管を半導体へ置き換えた際、なるべく電流増幅型のトランジスタは避け電圧増幅型のFETを選んで欠点の拡大を防いでいる。
それでも素子の耐電圧が球は大体300V位あるのがFETでは50V位しか無い為、電源電圧の低い分ダイナミックレンジが狭まったりしたので球のも生き残ってるのである。

それともう1つ重要なのが各素子に対する基本的な回路構成の違いで、これも音響電子回路理論と楽器音響理論では真っ向から対立してる部分があるのだ。
これもかなり以前に触れたが「負帰還回路」って技が争点で、一般理論と電気的性能面では使った方が良い技術だ。

だが出力からその一部を入力へ戻して回路動作を修正するものなので必ず「修正遅れ」が生じ、音色の質を一切改変したくない場合にはとても不向きな方式なのだ。
それで楽器系に特化させるのにトランジスタでもわざと極単純な回路構成にしてるのがあるが、音色面には実際ある程度効果があるがかなり音響的にはチープな性能となってしまう。

この原因も素子性質の不一致の他に前出電源電圧の低さが災いしてて、歪み易くなるか雑音が割と目立つ様になるかの苦しいせめぎ合いとなっている。
小型化は省エネ等にも直結してるのでその点では素晴らしいが、小さくして全く何の不利も生じてない訳では無かったのだ。

音楽(楽器)ってのは一面でかなり特殊性のある世界で、例えば物凄く立ってられない程揺れるトラックの荷台ではマトモに演奏出来なかったりするわな。
これを思えば他の多くの用途よりは振動に弱くたって構わないし、スマホみたいに肌身離さず常時携行しはせんのだからそこ迄小さく軽くなくても大して困らないのだ。

省エネ・高音質等が不要ではないけれど、最終的には唯一点「絶対に譲れない」或は譲るべきではない使命があるのだ。
演ったままとか得られるべき音色やニュアンスを出せるのがそれで、どんなにノイズレスで綺麗だろうと求めた音にならないんじゃ使い物にならんのである。

次回楽器自体の作り等へも言及するが技術が進歩し過ぎたか安易に取入れ過ぎたか、物理的・電気的に完全なのが楽器としてはマイナスに作用するのが近年では殆どとなっている様だ。
正確に言えば技術の適用法を間違えてるだけなんだと思うが、まだ今は機械化し過ぎた楽器ばかりでは無いので選び方次第で救いの道は残っている。

<続>

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