ギター

2024年5月29日 (水)

音楽備忘録1748 音楽に於けるテクニックの意味⑰

ここ迄続けたBassパートの話しは一応今回で締め次へと進めるが、歌物ポピュラー系では一番曲に対する影響が大きいと考えてるからなんだ。
Guitar・Drum・Keyboardだってちっともどうでもよかないが、歌のバックで演れる事に違いがあるのさ。

それが伺える例示曲としてWingsのSilly Love Songで説明すると、歌バックで特徴的な仕事をしてるのはBassリフ(パターン)だけだ。
だからBassが偉い…ってんじゃなく、気持ち良いリズムを維持するには太鼓は余計な真似はしない方が良い。

GuitarやKeyboardはコード(和声)の確定がプチフレーズより優先されるし、下手をすると歌から聴者の集中を奪ってしまう。
そして複数の音を鳴らすのが要求され続ける中で、単音でも構わないのはBassだけ。

寧ろBassが無神経に和音なんか鳴らしたら、爽やかな曲がむさ苦しくなっちまうかも知れない。
その代わり単音であるならどうするかは割と自由で、だからこそお暇な伴奏でもBassだけは居眠りなんかしてらんないんだ。

傍目には難しい事をしてるでも無いし、これと云って特別な事をしてる様にも見えないんだけどさ。
だから作曲法としてのBass・Vocalも薦めたんだが、アコギの弾き語りでも作れるならそれでも良いんだよ。

けど過半数の曲では歌より伴奏の方が先に始まるんで、Bassパート(リフやパターン)を先に作る位の方が上手く行くんじゃないのかな。
その意味でVocalistがメロを作る場合でも、鼻歌とかでも良いから↑にしないとその手の曲は生まれ難いかも知れないよ。

長補遺を終えて続いてはDrumの問題だが、概述の如く歌バックの普通の箇所で手に許されるのはゴーストノート程度が限度ですよ。
Bassが自由に振舞っても事故り難いのは、単音の他に音域が歌から離れ気味なのも大きい。

同じ様に太鼓でも通常手で扱うのは音域が歌と被ったりするから、気兼ねなく弄れるのはバスドラなんだ。
一方Keyboardの最大の武器は所謂「白玉」で、一々弾き直す事無く望んだだけ音を伸ばせる。

これの利点はBand系アンサンブルでは他のでは不可能な芸当なのと、リズムに影響を与えないで済む処。
Guitar等で余韻不足で弾き加えるとなると、その刻みを曲リズムに合わせなくてはならない。

押えさえすればOKで楽な白玉、でも侮れない部分があるのだ。
多くの奏者は割と安易に演っちゃってるけど、長く鳴り続けるって事ぁそのハーモニーを聴者に良く知られちゃう。

ので曲やその場面に最適な和声を選ぶのは、決して簡単じゃないし甘く見ちゃイカンのよ。
調が目立って芳しくない様なら3度を抜くべきだったり、逆にBassがルート以外を沢山辿る様なのだったらルートをしっかりフォローしとくとかさ。

上出Silly Love Songで控え目にコードを司ってるのがPianoなのは、ルート音とコードを常時同時に鳴らせるのもあったんじゃないかな。
Guitarだと「出せるルートの最低音」が、コードフォーム等の都合で鳴らしたいのが鳴らせない時があるからねえ。

=続=

2024年5月27日 (月)

音楽備忘録1746 杜撰流不景気対策➌

必要な物を買うのは当たり前しかもなるべく早く手にしたい、誰だってそう思うだろうしそれだけなら間違ってない。
でも本当に「必要に足りてるか」が問題で、惜しいのを買っちまったら早期の買い直しがやって来ちゃうんだ。

っと言いつつ毎度の杜撰ぶりから失敗も少なくねえんだが、単用途だけの想定でミスると潰しが利かんくて困るん。
既に使用体験が一定を超えてれば大巾な想定外は起こり難いが、1〜数回程度の体験じゃ中々そいつの全貌が
把握し切れないのもあるんだ。

先ずは打者の選球眼の如く選択スキルに磨きを掛けるのが一番だが、打者よりゃ遥かにマシでも打率10割になんてこっち分野でだって到底望めねんだ。
その際役立つのが複数用途想定で、寧ろ3つ以上の用途に叶いそうじゃなきゃ買うのを保留にするって手もあるんだ。

例えばMicで汎用だったら何処かに適合する可能性が残るが、専用ので外したら売って買い替えるしかない。
そうなると資産自体が僅かでも目減りするのが必定で、そのせいで次の候補の選択肢に新たな制限が生じる。

んだけど人間心理の事情でついこれ位安いなら、万一ドブに捨てる事になってもなんて思っちゃって誘惑に負けたりすんのよね。
その際助力になる発想が↑で、例えコスパは少し劣っても何かの足しになるかざます。

要するに基本は一発ドデカイのを狙う迄は一緒だが、三振はせず最悪でも犠牲フライにしようってね。
面白いもんで少し謙虚になれると、判断の確率は上がるし思考が柔軟になるんすよ。

丁度この「気分は高揚させつつも何処かに冷静さを残す」のって、元々盛り上がる音楽を演るには必須なスキルなんだよね。
手前味噌の一例として球コンデンサMic購入の経緯を晒せば、幾ら球好きでもそのコストにはかなり逡巡したんだ。

何しろ同一ブランド比で、石なら半分以下の価格で同等品が出てたからさ。
けど候補1を石にして駄目で少し高額の候補2の石に買い替えて、それでもアカンかったら結局…ってなるやんか。

しかも耐音圧では石の最高のと球のでは10dB以上の差があって、過去述の如く専用電源から高圧供給を受けられる球に対してどうしたって石のは不利なんすよ。(現在耐圧50V以上で適したFETがディスコンになって久しい)
流石に自称爆音自慢でもそこ迄必要そうじゃないんだけど、万一ヘッドマージン不足が何処かで出たらそれには使えなくなる。

因みに現代での球コンデンサのニーズって非爆音の生楽器や歌唱が多いが、¥1万を割込むなら未だしもそれでデカい音には使えないとなるとコスパ・汎用性が悪過ぎるぜよ。
例えば¥2万で歌やアコギにしか使えないのだとRockのDrumは当然無理だとしても、最悪は剛腕が弾くGrand Pianoなんかも駄目かも知んない。

尤も宅みたいに録音Studioもやってたりすると絶対数が要るんで、そっちも考えなきゃなんないから理想通りには中々行かなかったけどな。
ので先ずは必要最低限の本数を揃えるしかなかったが、取敢えず耐音圧が理由で用途制限が掛かるのだけは回避したよ。

実際には音色や周波数帯域の都合で全部汎用でも無いんだけど、一応どんな想定外な楽器を持込まれても困る心配はそれで無くなせたよ。
こんなのは元来不景気対策では無いんだが、今迄は考慮してなくて苦境迎えたんだったら誰にでも必要となって来るんだ。

=つづく=

2024年5月26日 (日)

音楽備忘録1745 肉体的グルーヴ考➎

グルーヴって捉え様に依っちゃ臭かったりするんだと晒した処で、それが肉体とどう関係してるかざます。
生身の肉体って機械とは対極に近い位置にもあるから、体質次第じゃかなり癖強で臭かったりするんだ。(体臭じゃないよ)

杜撰大王自身剥き出しの自分の個性を初めて思い知った時ゃ、えーこんなにダセーのかよって暫くは呆然自失になっただよ。
その頃はまだ感覚と実出音にギャップがあったんだが、それにしてもひでぇ困ったもんだってさ。

その後機械等との同期に慣れても、傾向自体はちっとも変わらんかってな。
けれど変な癖強でも音楽的理想のタイミングとしては、この変態タイミングの方がどうにも正解としか思えなかったんだ。

癖を殺せば確実に無難にはなるが、あのフレーズこのオカズとかがピッタリとは決まらなくなるん。
個性って使い方次第で毒にも薬にもなるもんで、特効薬が欲しかったら癖は取敢えず容認するべきなんよ。

望むと望まざろうとその様な存在を認める処からスタートせんと、その先になんか行ける訳ゃねえっての。
この段階でのコレは機械不所持の物であり、感覚的に微妙なタイミング差での表情変化を掴む糸口なんすよ。

機械不在の大昔の人か、或は現代でも拒否してる人だったらそんな注意は要らんかも知れんがね。
そんな連中はオリジナリティは堅持出来てる代わり、ポピュラー系の一定リズムの続く楽曲では妙なギクシャク感が拭えないよ。

その典型がClassic系のナルシスソリスト等で、やたらと上手い癖にBeatのレベルだけ低くて違和感ありありなんだ。
唯そこから追加で勉強しようと思わん奴も居るのは、合わないジャンルは演らなくしちまえば大怪我はしないで済むからね。

わ兎にも角にも微細なタイミングとなると感覚としてしかほぼ体感不可なんで、脳内だけで理解するのは無理がある。
ここも含め色々語られてるのはどれも事後分析なのと、視覚に一切惑わされず音だけで違いが分かる様になるのが先決だ。

唯何となく捉えようとすれば視覚誘導が避けられず、例えばドレッドヘアにしてかっぺっぽく演りゃReggaeになると思ってたらそりゃ完全な幻想だ。
前回綴った通りその筋の大家は演じてるだけで、風貌とは裏腹に商魂逞しいは大の新し物好きだったぜ。

ので誰にも見えない録音等では、ちっとも何時ものスタイルをしないで奏でてたかも知れんよ。
だいいちその容姿にしたって流行って以降は誰もがReggaeのオッサンと認識しちまうんで、今度は音のイメージに視覚がかなり引っ張られてる可能性すらあるぞ。

確かに実力不足(グルーヴ)の段階でそれらしく演れってオファーが来ちゃったら、その場は雰囲気で凌ぐしかねえけどな。😵
自身が持ってる天然グルーヴはそれ迄の体験等に依って醸成されてるんで、その意味ではReggaeな毎日を過ごしてみたりするのは悪くないがね。

-続く-

2024年5月25日 (土)

音楽備忘録1744 音楽に於けるテクニックの意味⑯

拙ブログではお馴染み前回補遺からで、何処をどう思っての例示かから行ってみよう。
併せてガチのRock好きにしてはFusionテイストが強いのに、何故受け入れに抵抗が無かったのかもね。

実はその原因を近年になる迄は把握し切れてなかったんだが、Fusion形態のでもRock技で演ってるのだったら平気だと気付いてん。
Classic・Jazz由来ので構成されてるのと何が違うってば、それは形態的に留まらない内容的なBluesフレイバーがするかどうかだ。

Bluesは性に合ってて好きでも非ヲタを自認してるんだが、それはゴリゴリのだとリズムが俺には物足りなかったからだ。
けれどそれ以外はGuitarやHammondの奏法も含めしっくり来てて、どうやらそんな要素の無いのだと興味が向かないらしい。

それがLarry CarltonはYesでLee RitenourはNoに現れてる様で、私感では技術や知識を優先するか感性や表現を優先するかの如くに感じてるんだ。(勿論後者のは飽く迄感性の為の技術と知識なんだが)
実際には多分必ずしもそうとは限らないんだろうけど、杜撰君にはそんな風に聴こえててさ。

その関連か分からんがBassパートではそんなに色んな事を盛込めないだけに、フレーズの一寸した工夫の影響が大きいんだよ。
Jan Hammer達みたいなの以外だとJoystickは、比較的お約束箇所みたいなのでしか使われない。

のを彼はニュアンス拡張或は明示の方で多く用いてて、そのせいで音源自体は無機質なSyntheに奏者固有の人格みたいなのが付与されてるんだ。(奏者固有の癖)
いやガチのテクノとかだったら機械的な方が好ましい位だが、それしか出来ないと「普通のポピュラー曲」では使えなくなっちゃうじゃん。

日本でなら近年は失念されがちな富田勲なんかも、あれだけ昔から演れたのは機械度の高い楽器でも生楽器等と渡り合えるだけの表現巾があったからなんだよ。
何しろSynthe黎明期にはボカロはおろかテクノさえまだ無く、電気楽器でさえ今みたいな市民権なんか得られてなかったんだから。

この面で今劣化本邦みたいにボカロが珍しく無くなったのは罪なもんで、機械でも楽器として使う際のコツみたいなのが希薄化した気がするんだよ。
この事ってPianoならそうでもないけど、パーカッションとかにはそれらしく奏でないと全然それと聴こえないのが未だそこそこあるんですわ。(音色より奏法に固有性がある)

皮肉なもんでロクでもない使い方をすると大凡楽器とは思えない音がする様なの程、適切に扱えると表現力MAXだったりするもんで。
Syntheやドラムマシンで言えば音色のプリセットとマニュアルの差みたいなもんで、何でも自由には本当の意味での自己責任が必ず付いて来るとな。

=続=

2024年5月23日 (木)

音楽備忘録1742 杜撰流不景気対策➋

世情に拘らず経費圧縮には無駄な出費をしないのが鉄板だが、何を無駄と考えるのかは変動するのだ。
あまりに保守的になっては必要な変革が遅れたりするし、かと言って流行を追い過ぎても想定より早期終息すると無駄になる。

これの解消には手持ちで流行に乗る知恵がものを言い、そもそも流行の発端をどうやって作ったかを考察してみると良いんだ。
流行後であればそれ用が色々売られる様になるが、誰か1番乗りした時点では○○用なんてまだ未出なんすよ。

ので殆どの場合始祖は使い方の工夫で編み出してて、ツールが新しいから出来た訳じゃねえんだ

因みにボーカロイドに関して、今では恐らく忘れられた情報を参考に披露しませう。

電子技術的には音声合成半導体が出発点となってて、杜撰大王がそのテクを最初に知ったのは1980年代中頃でPC師匠からだった。
当時師匠はまだ俺が逃げた代わりに紹介した音響の会社に在籍してて、業界内速報でYAMAHAでそんなのが出来上がったってのだった。

それから制御部や価格等で難儀してたのか次が聞えたのは2000年代になってからで、名称が単なる音声合成LSIからPCソフトのボーカロイドに変わってたんだ。
それでも当時試聴してこんな不自然じゃ使えるかよと感じたから、所謂ボカロPが台頭する迄杜撰君内ではずっとお蔵入り情報になってたんだ。

新技術の使い熟しには早期新機器の導入が有利ではあるけど、音楽での実用上は必ずしも成功する保証の無いギャンブルでもあるんだ。
だから趣味として失敗しても学費だと思えるなら良いけど、必須ツールが揃わぬ内にホイホイと触手を伸ばすのはどっちらけなんすわ。

俺の場合音楽を趣味としたPC師匠とコンビを組んでたのは幸運で、師匠の方にしても実用性は俺の状況からと相互に知己を得てたんだ。
何でも直接自身で試せないと気の済まない性分にはこれは厳しいが、全数を賄おうとするのは一面で無理がある。

楽器パート事情にしても当初自身ではGuitar・Bassだけ専門で、鍵盤や太鼓等他のは「パートの違う親しい人」から知恵その他を導入してたんだ。
ロクに弾けなかった鍵盤や叩けなかった太鼓等、仮に所持してたってその時点では充分には試せないやんか。

とは言え周囲の誰かが先に購入すりゃ、羨んだりと葛藤は今も常にあるがね。
でも誘惑に弱過ぎるといけないのは何でも同じで、只音楽関係固有のでは難聴とか腱鞘炎とか被害が他のに比べりゃ軽いんだけどさ。

が少なくとも確実に懐には影響してて、それが赤貧ででもないと自覚し辛いだけなんだよ。
初心の内は何が必要か間違えて、杜撰君なんかロスは多い方だったかも知れない。

ミスは悔しいが仕方無い授業料と諦めて、その後に似た様な失敗をしないのが肝心でっせ。
けど芸術関係は気分に左右され易く、如何に別観点を醸成して行けるかが案外簡単じゃないんだよなぁ。

=つづく=

2024年5月22日 (水)

音楽備忘録1741 肉体的グルーヴ考➍

今回は個性の強いグルーヴの実例行っちゃうが、多分現代一般に想像されるのとはだいぶ違うんじゃないかな。
主流になるのは良い塩梅のだけど、典型のとなると一部はドン引きする位濃厚な癖があるんだ。

杜撰大王が最初にグルーヴの種類として認識したのはReggaeで、そのずっと前から日本の伝統的なのにだって固有のグルーヴはあったんだけどね。
古典って万国共通なのか一定Beatの継続がほぼ無く、表現の都合でリズムを幾らでも平気で捻じ曲げちゃうから圏外判定してたんだ。

でReggaeは一応一定が続いてるらしいんだが、味わいと来たら↑の民謡等にも負けない位田舎臭かってん。
それが普及し出した1970年代って斬新さが渇望されると同時に、所謂レイドバックって正反対の流れも流行った時期でさ。(真の発祥は1950年代末、但し未普及)

レイドバックのそれ迄のノスタルジーとかとの違いは、現代訳するなら「キモカッコ良い」の走りですわ。
要するに一周回ったらキモい・ダサい・臭いにも、独特な格好良さを内包してるのに皆が気付き出したんだ。

でⅡでReggae自体はホントは新様式だったんだけど、やたらと味は古臭かって。
典型例としてBob Marley & The Wailersを引合いにすれば、味は古くても当時最新の機材や技術をしれっと駆使しててのう。

その端的例として宅の防音ドアにずっと貼りっ放しの’70年代末のポスターでは、彼は当時最新のYAMAHA SGをぶら下げSONYのMicに向かって歌ってる。
前者は高中正義等当時のFusionブームでの鉄板アイテムだし、後者だって新人アイドル歌手なんかがこぞって使ってた代物だで。

そんなので固めてても誰より味が古臭いのが稀有で、音色の加減も然る事乍らノリ(リズム)のせいでそんな風に聴かせてたんだ。
因みに日本でReggaeが市民権を得たのはこの頃で、ポピュラーに都合の良い一部を取出して皆がこぞってごっこったのは’80年代になってから。

でⅢでその対極にあったのがYMOので、実は当時はまだ人力演奏率が格段に高かったが如何にも機械が演った様な感じにしてあった

今バーチャルってばリアルのを機械とかで真似るもんだが、当時は機械だけじゃ全然無理で人間がロボットを演じてたんよ。

尤もこの演技は古くから映画や芝居にはあって、神仏や妖怪・幽霊・宇宙人等一応架空の存在では用いられてたんだ。
わ今日の本題じゃないからたいがいにしとくとして、それ位リズムタイミングやリズム表現には底知れぬ力のあるのが表に出た訳っすよ。

でⅣでそこ迄強烈に○○臭を漂わせると、他の要素はマスクされるん。
つまり使い方の妙で悪臭(おっつ失礼)も芳香となる訳で、グルーヴ単体は必ずしも格好良い物なんかじゃねんですよ。

かつてソリッドなRockを標榜しとき乍ら、もう古臭くなったSwingしか出来てないのなんかもあったでよ。
それすら今では時代を特定する特徴として、ヲタが喜ぶ様な変な市民権を得てるけどな。

=続く=

2024年5月19日 (日)

音楽備忘録1738 杜撰流不景気対策➊

資金難は俺みたいな貧程大打撃には違いないが、世界から遅れをとって30年ともなると金満氏にだって影響が避けられてないんだよ。
ってな事って長年に蓄積された、ノウハウみたいなのを紹介する趣旨でありんす。

但し健康を害する様では医療費その他の増加を招くし、音が露骨に劣化すりゃその分上がりが減っちまう。
ので唯単にケチりゃ良いってもんじゃなく、長期トータルコストって概念が必要なんだ。

最新半導体のデジタル機器は今や完全回避等論外だが、進化・変貌の早さと短寿命若しくは少し古くなると途端に修理不可になるのは忘れちゃ駄目よ。
その上1980年代と違って海外依存率が飛躍的に高まってるから、だらしない円安是正が進まぬ内はとってもコスパが悪いんだ。

とは言え今や出来ればPC・最低でもスマホの力を借りないと、作品アップロードやSNSでの告知もままならない。
だが基本的なデジタル音響規格に原理的革新が訪れない内は、やれハイレゾだ何だと言った処で飛躍的な音質向上は期待すべきじゃない。

それに対し完全打込み以外は微量でも残存する旧来のアナログ箇所等は、より当分は大変革の見込みは薄い。
って事ぁそれだけ機器寿命(ここでは壊れなかったら使用に堪えるかの意)は長い訳で、この部分への投資は一時的なのとは違う考え方をするのが相応しいんじゃないかな。

又楽器等を使うとメンテや弦・皮等を含む消耗の問題が必ず付いて回るが、対処の仕方次第で末はかなり色々な差が生じる。
比較的入手性の良い物なら多少外しても被害が軽いが、本来なら10年以上交換不要な箇所だとダメージは快適性と費用対効果のダブルで打ちのめされる。

ので杜撰君今では弦や皮等の消耗品は殆どスピキン用ビータ以外は、最廉価品かそれに次ぐ程度のに何時の間にかなってもうた。
無論あまりに粗悪品だとGuitar系のフレットや、太鼓胴のエッジの消耗を早めたりするからご法度だけどね。

過去体験では確かに良い弦・皮のご利益は捨て難かったが、酷く劣化すると多くは最廉価の新品とどっこいどっこい位迄性能低下する。
使用頻度が低く消耗し難い使い方なら未だしも、遠慮なくガンガン演れば如何に負荷の掛らぬ奏で方をしようと相応の劣化は避けられない。

↑の奏法の件は後で纏めて綴るとして、心理的に惜しい物程状態が悪化しても使用を引き延ばす傾向があるよね。
加えて消耗品だと品質が若干劣るのが多くて、儲け率が低きゃメーカだってコストカットに邁進するのは当然だ。

ならばと最高級グレードを選択した処で、価格に見合うだけ信頼性が上がる事は滅多に無い。
無論限度のあるのは言わずもがなだが、最も困窮させられるのは予備の欠乏でんがな。

無い袖は振れぬ同様、無い弦は弾けんし無い皮は叩けないからね。
処がそんな時に限って奏力向上期だったり、新規アイデアを試す意欲が最高潮だったりすんのよ。

それを単なる巡り合わせとして済ます人も居ようが、客観分析すればある傾向のあるケースの方が多いんだ。
練習等が熱を帯びてて自身の感覚では普段通りのつもりでも、消耗品のそれこそ消耗が大抵は増加してるんだよ。

一般論としては気分より状況を優先すべきかも知れないけど、殊芸術方面の修練には気分の影響は絶大なものがある。
場合に依っちゃ気分が乗れないで無理に続けてると、思わぬ悪癖が付く事だってあるんだよ。

=つづく=

2024年5月18日 (土)

音楽備忘録1737 肉体的グルーヴ考➌

今日は体が動いてるからグルーヴがあるに違いないの嘘から参るが、しなやかに動いてたら必ず良いグルーヴになってるとは限らんのだ。
見掛けで騙されてくれる人が一定数居るから厄介で、しかし真のグルーヴとは心の中の物なんだよ。

紛い物ケース1
体自体のうねりは良さげでも、よく観察すると音と不一致なヤツ
紛い物ケース2
一見体が微動だにしない風なので、大してグルーヴが無いと浅はか断定してるヤツ

と代表的な処じゃ2つありこれ等の誤認は、聴者側が音より視覚で判断するからだ。
そんな劣化客は当座は騙されてくれるが、それも至近に比較対象が無かったらの話し。

もし直前・直後にオリジナルメンバーのIsleysに
でも出て来て演られた日にゃ、一聴歴然の差がサルにだって分かるってもんだ。
まあグルーヴの感知の仕方については他で綴るとして、体質次第では他人にとっても分かり難い人も居るんざます。

詳細に観察すれば微妙な動きがあるんだが、全タイプの半数は音>体の動きなんすよ。
グルーヴに自己陶酔してくのは悪か無いし必要でもあるんだけど、他人にグルーヴが足りない(自己満足に陥ってる)事だってままあるんだ。

これベテラン程要注意で、何時からかグルーヴは薄まってるのに見落とす事が非常に多い。
やはり一定期間毎にグルーヴマスターと並べて音で比較してないと、人の感覚なんざ自分の都合の良い方に簡単に傾倒してくもんですわ。

因みに杜撰大王は人一倍グルーヴには拘ってるが、それでも↑を暫くサボってると少なくとも切れ味は低下するよ。
要するに板前の包丁と似てて、少しでも違和感があった研いでみなアカン訳やね。

それで変わんなかったら気のせいで、その手間は直接的には無効だが随時確認は取れるんだ。
あっ但し求めるだけのグルーヴが未達だったら、ひたすら感覚を研ぎ続けなきゃ駄目でっせ。

故に単純な肉体の柔軟性ってより、必要時必要なだけ無造作に体を動かせるかって事なんすわ。
勿論現在アナタの体が持つグルーヴに満足出来なかったら、訓練で変えて行くのはアリだけどね。

けれど体質由来のがその奏者にとって最高に得意な事実は動かせないんで、それは基準点として守って行くべきなんじゃないかな。
土台が不安定ではその上に構築した物だって砂上の楼閣の如く、定着(固定)させる事は出来ねんですよ。

その意味で今劣化本邦の多くは動くは良いが、ちょっち見当外れなのが多いんだよなぁ。
それでもせめて現況が死守出来りゃ良いんだが、このまま進んだらもうグルーヴってのが正体不明になっちまうよ。

次回はグルーヴのダサい・臭いと体裁が良いってのを書くが、どんなグルーヴにも紙一重の欠点ってのがあるんざます。
無味乾燥も無理やりグルーヴの一種と捉えられん事はねえが、そんなのは人が育んだグルーヴじゃないんだけど…。

=続く-

2024年5月16日 (木)

音楽備忘録1735 過小評価で忘れられつつある人々⑦

続いてはAl Greenの勃興期にAl Jackson Jr.が作曲に迄携わってた繋がりで、Booker T. & The MG’sを取上げよう。
但し今回の狙いは、多重録音等が恐らく最少だった例としてね。

ハッキリ言って多分今時の厚みのあるアンサンブルを聴き慣れた耳には、少なくとも暫くはスカスカでお寂しやと感じる人が後を絶たないだろう。
尚且つ昔の隙間のあるのに慣れてる人でさえ歌物曲から歌を省いただけにも近いから、悪くないのは分かっても物足りなさを覚えるかも知れない。

実際ウチの従兄にその現象が一時期出てて、同じ曲の歌入りバージョン(つまり彼等がバックを務めてた
)を大抵は先に聴いちゃってたからね。
処でミニマム編曲と言えば弾き語りとか独奏が思い浮かぶだろうが、競合する存在の無い点では難度最高では無いんだ。

3〜4パート以上あって各々が自由な際の方が案外熟考しないとユニゾンが多くなってたり、逆に夫々が何時も違ってるせいでグループの色が曖昧になったりさ。
でそんな時普通は前者だったら異質な何かをオーバーダブしたり、後者の場合はユニゾン若しくはそれに準ずるのを加えて調整する。

音色の脆弱性や基本パターンの増強でもオーバーダブを使えると、録音時の編曲は飛躍的に楽になる。
んがそんなのに悪慣れするとLive時に困ったり、最悪は重ねないと存在感の希薄な音色とか演奏の悪癖が付いたりもするんだ。

そんな面で最も変化・変容の少ないのが彼等で、注目すべきは曲調の巾の広大さだ。
初期BeatlesやAl Greenでは歌のコーラスだけは少し贅沢に奢ってたから、伴奏は必要最低限に近くてもまだ間が持った。

そのVocalパートを根こそぎ削いでシンプルってのは、確かに奏でるだけなら簡単だけどさ。(実際には1音の比重が重くなるから究極的には最難関)
又殆どがインストなのにソロパートも少な目で、飽きさせないとなると尋常じゃねんですよ。

これを実現するには映えテクは排除して音楽的に意味の深い、独自のとか小技は目立たぬ様にしかししれっと要所には効かさなくてはならない。
それを一番多く演ってるのがDrumのAl Jackson Jr.で、Ringo同様聴いた感じではちっとも難しそうじゃないんだけどさ。

実際に挑戦してみると寧ろ必要最低限にシンプル化してるが為に、却ってタイミングを取り辛くて高難度なんだ。
わ兎も角ほぼ失念されてるのが唯聴くには「一寸お寂し」で、これは用途目的もあって意図的にそんな調合にしてたんだ。

それはダンスミュージックっても他のと違って、全くダンススキルの無いズブの素人を躍らそうとしてたんよ。
現にYoutubeに当時のゴーゴーのハコバン状況で盛り上がってるのがあって、ソロになってからのMichael Jacksonみたいに特定の振りをすべきみたいな決め事は一切不問のヤツでね。

って実際はMichaelも必ずしも指定なんてして無かったんだけど、Thrillerだとやっぱ皆でゾンビダンスした方が共有感に勝るじゃん。
けどその振りを知らんとか出来ない人は参加し辛くなる面があって、夫々が思いのままに体を揺らす自由は減ってるんだよなぁ。

わ兎も角Ⅱでつまりはオカズの提供だけに留めて、主食は自由に選べる余白をわざと残した音楽なのさ。
なので最低でも心の中では踊り乍ら聴いてるつもりで居ないと、そりゃ物足りなく感じるだろうよ。

-つづく-

2024年5月14日 (火)

音楽備忘録1733 肉体的グルーヴ考➋

柔軟体操サボっててからの続き、やった方が確実に色々に良いけどね。
グルーヴ目的では現状次第では必須と迄行かないケースも多々で、けれど大抵ある程度のしなやかさは必要だ。

グルーヴを視覚置換するとダンスになるが、唯の踊りでもなきゃ特別凄い踊りでもないん。
振付け見栄え・力・速度等への意識は必要最小限度で構わない代わり、なるべく疲れ知らずで延々やれる様なヤツだ。

グルーヴでの踊りと音楽の関係はココではお馴染み鶏卵話しで、どっちが先でも同時進行でもエエのんや。
現時点で非音楽家なら音の調子の良さに乗せられて、踊りと思えない様な変な動きでも音に合ってりゃ何か楽しい。

逆に伴奏者だったらキャストが踊り出したのを盛り上げるのに、それに合った音を奏でてやるとかさ。
この時どっちも理屈で考えてたら大抵は間に合わないし、そのフィーリングをダイレクトに反映させるには最初は変な決め事があったら邪魔でしかない。

それには先ず体の姿勢が問題で、負荷が高い程体の何処かの緊張度≒筋肉に力が入った状態になるから都合が悪い。
但し外見がどうかより、本人にとって自然体に近くなってるかだで。

これで要注意なのがドラムの椅子高さ等で、弦や鍵盤と違って両足が空中に浮く瞬間があるからなぁ。
単純に座り疲れたからって任意のタイミングで座り直す訳にも行かないし、中腰になるとか立ち上がる(逆に何処かに軽く腰掛ける)とかリズムの流れの安定を考えたら途中で下手には動けない。

又体をガチガチに固めてるのは論外だが、さりとて無駄に体を動かすのもマイナスになる事の方が多いんだ。
特に近年は映えを気にして格好良いアクションをしようとしてるけど、見た目を先行させるとねえ。

達人のアクションが映えるのって音やパーソナリティにガッチリ嵌ってるからで、動画の音を消して今ならAIで別人に置き換えてみろっての。
多分過半数は奇怪で意味不明で、滑稽な動きに見えるから。

更に要点となるのが良いグルーヴが既に出せてるかどうかで、ノリが悪いからそれにピッタリ合った動きをしたら可笑しく見えてんじゃねっとね。
全てはより良いグルーヴの為なんで、その意味ではひたすら音先行でやってかんとアカンのよ。

強いて例外があるとすりゃダンスの方が既に入賞レベルの人で、その場合は楽器に慣れられれば踊りの時のノリが音でも何れは出せる様になるけどな。
それでってんでもねえが近年の映え踊りの為のダンス、杜撰君は音楽でやるのは大反対だ。

音を全く出さないなら良いが、普通音楽の舞台で正規メンバーで舞台に上がるメンツにそんな奴は居らん。
バックコーラス程度にしろ「何か音を出す」為に、舞台上に居るんだからさ。

でそれだからこそ非演奏者の踊りとは、一味も二味も異なる振りとかになって独自性が生まれるんだよ。
極端な場合音無しだと恥ずかしさしか無いヤツが、あら不思議音が付いたら正反対になるのすらあるんだ。

それこそがグルーヴが可視化されてる一例で、個性的なグルーヴになってる程個性的な振りになったりもするさね。
体を柔軟に使えててもそっち方向に行ってないと、きっと何処かしらが不自然なグルーヴになってんじゃない。

-続く=

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