ドラム

2022年1月18日 (火)

音楽備忘録887 RockのスタンダードⅡ➐

今日は一応「歌物Rock」に絞っとくが、Snare音色とバスドラのフレーズについてだ。
元は個人の趣味性から気になり出した本件だが、近年本邦でその利点迄軽視され過ぎてるのに抗いたくなっての投稿だす。

俺言い「無為なドンパン節」(つまり意図してそれが成立してるのは除く)だと音色アピール位しか余地が無くなるから、Snareを中心により目立たせたいって心理が働いても仕方無かろう。
単に流行りだとかそんな程度の事かも知んないがそんなんするより前に、RockとJazzやClassicとの違いを気にして欲しいんだ。

それは奏でられる音量とか強さの割合で、Snareって弱く鳴らせば響線(スナッピー)主体の音になるのは今昔やジャンルの影響と無関係だ。
なのでフルストローク頻度が低ければどんなに派手な音色設定をしといたって、実際に悪目立ちする部分は限定的になるだす。

ってのの裏を返しゃ歌物でバンバン沢山フルで叩くなら、目立たせ過ぎはお邪魔虫となり兼ねないのをもっと考えなきゃね。
一方でこれが第2のポイントになるが、ほぼどんな歌とでも音域の全く違うバスドラならもっと沢山鳴らしたって↑の心配は僅少だ。

これに着目した最初が個人的にはRingo氏辺りと感じられ、それ迄の「小細工するなら手が中心」から脱却したのもRock固有の特徴じゃないかと思ってんだ。
Beatlesはシンプルとずっと思ってて間違いでは無かったけど、後になってメジャーデビュー寸前の音源が聴けた時かなり違和感を覚えた。

少なくとも当時のポピュラー系としては音数は多くアンサンブルも複雑で、それを直後のLove Me Doでは極限迄単純化させてたんだね。
どうやら「盛り過ぎて失敗」かと自己反省でもしたらしく、若造の想い付きによる安直な盛りへ一遍リセット掛けたんだな。

誰だって何かやっと出来る様になったら早速使いたくなるもんで、成長期にはどんな分野でも起こりがちな現象ですわ。
処でバスドラだって音量的にはアンサンブル内で最大になってんのが多いんだから、下手に乱打すりゃ邪魔になるんじゃって疑問にお答えしときますね。

確かに曲やフレーズと合致させてなかったらその懸念はビンゴだが、他ジャンル比だとRockだったら最もそうなり難い背景ってのがあるんすよ。
それは伴奏の音域が低い方へ偏寄してる処で、低音域だからこそ少々乱暴にガンガン鳴らしてても何とか人が堪えられるんだす。

音のエネルギー量は音程の低いの程大きいんで「運動会の次の日の筋肉痛」みたいな疲労感は拭えんが、黒板やガラスを擦った「キ~」みたいに一瞬たりとも我慢してらんないのとは質が違うでしょ。
より聴者への低負荷が求められるPops等よりゃこの許容値が高く取れるのからすると、差し詰めハロウィンの日は普段より変態扱いされずに済むコスプレイヤみたいなもんなのよ。

まあだからって素質的に足より手が得意なのを無理に曲げたりゃせんでええけど、それならせめて手が悪目立ちしない様な配慮位はしといて欲しいんよ。
それと内容は次回へ譲るけど録音の仕方とも密接な関係があって、On Mic収録って現場人耳平均より余韻が長く大きく録れちゃうもんだかんね。

バスドラだってノーミュートでオープン踏みがデフォのジャンルだったら、やたらドカドカしたら訳分んなくなるけどさ。
とどのつまりは単にバランスの問題ってだけなんだがね。

<つづく>

2022年1月17日 (月)

音楽備忘録886 纏めて録るかバラして録るか?⑩

何時迄続くか分からんコロナ禍では一発録り(纏めて録る)のはより困難化してるが、分割するにも色々と条件ってのがあるんで一部概述だが今回からこれに特化してこう。
比較的簡単に気付けるのは休み部分の多いのとか、途中から登場するパートを後回しにするのだが…。

私的にには丁度今直面してるのもあって、それ以外で気になるのがバランスの問題なんだ。
技術面だけなら後加工でも補えはするが、表現やらニュアンスやらも含めると演奏以外の他力本願にはかなりリスクがあるのよ。

それ何ってアンサンブルバランスのハーモニーや、曲のコード感の維持についてなんす。
その中で複数入ってて構わん物ならどうって事ぁ無いんだが、基本的には継続して同じのを入れとかないと変になるBassの扱いがさ。

過去’70年代の米作品のMixでは堂々とFaderでバランス変えちゃってるのがあって、例えば歌バックでは控えといたのを楽器Solo部ではガクンと大きくしちゃってたとかだ。
そうして録られた作品をLiveる際にもFader弄ってたかは様々だった様だが、BassだってSolo部とかLeadを取ってる部分でだけならまだ良かったんだけどね。

家で聴く分には兎も角、それをカーステで掛けると結構困らされたりするんだわ。
燃焼機関(エンジン)やロードノイズ(主にタイヤと道路の接触音)って低域が主体なんで、正規のオーディオ理念には反するが「聴こえる処迄音楽側の低域を増し盛り」しとかないと淋しくなるじゃない?。

これの面倒なのが大抵はずっと一定速で同一路面状況が続いてなんかくれんので、辛うじて聴き取れる⇔うるささや過多に耐えられるのの間を取る事となるす。
それには途中で急変されては迷惑ってもんで、録りや混ぜに関わらず再生装置・環境差に対しての究極の課題ではあるんだけども。

って随分お客さん忖度かったらそれも無か無いが、提供する側として↑の小さいサイドは最悪聴こえなくなっても構わんって覚悟をしとかなきゃなんないでしょ。
それもBassがお留守になっても和声に悪影響が無きゃの話しなんで、Rock系みたいにお留守厳禁の編曲のだとそれじゃあ不味いやね。

勿論編曲から予測して加減して弾いてはいるんだが、特にバスドラが大きく鳴る箇所で埋没するケースが後を絶たない。
って太鼓から先に録りゃ良いんだが、現況では従兄の意向でそう出来なくて。

尤もDrumファーストでも太鼓の広大なダイナミックレンジに、電楽器如きでは対応し切れない事もままあるがね。
Baasistとして努力の報われに欠損が出るのも惜しいが、それより問題になるのが和声の崩壊なのよ。

これに対する安全策はBassを大き目のMixにするのが一番だが、太鼓大き目バランスにしたいとなるとこの効力は弱体化しちまう。
故に不完全であろうと録るに際し予測精度を深めようとするんだが、リアル合奏体験抜きだとより厳しくなる。

とは言え無対策で只弾き易さにかまけててはもっと酷い事になるんで、無駄骨になるかもを覚悟してでも「曲としてのダイナミクス」は大いに意識しとかんとね。
これ確かに後加工で細工出来る様にはなったけど、「強い大きい箇所の方がヤワな音色」なんてなっちまうとやっぱ変だもん。

更に駄目押し付記しときゃ音色次第で認知度に差も出るんで、弱く弾いたのを基本的にレベルだけでバーチャルフォルテ化するには大巾な増し盛りが必要になる。
んでそんな真似すると今度は他パートを隠蔽する可能性が出て来たりするから、最低でも「弱くは弾いて無い音色」になってないとこの手は困難だ。

リアルアンサンブルで演り慣れてる曲だったら無意識でも自然とバランスさせられたりもすっけど、ホントの新曲だと非コロナ禍で頻繁に合奏出来ててもそこ迄には到達出来て無いケースも少なくないんでね。
この面からBassistは、最低でも「Band内のプチ編曲家」であるべきなのが要求されてるって寸法あるよ。

<つづく>

2022年1月16日 (日)

音楽備忘録885 Drumハードウェアへの私的妄想&現実的解決策➒

予算と根性不足から今はアイデアしかほぼ提供出来ない超低責任状態だが、ラックでのCymbal鳴り対策が色々浮かんで来たんでそれを。
その前に最近はバスドラにもラックにも「乗って無いTom」を散見するんで、それについてから。

共振の面ではCymbalと関連があると思えばこそなんだが、Drumset足回りの交通整理が一番の理由なのかな。
シンプルなセットだとラックも足の形状に依っちゃ案外無駄な場所塞ぎにもなるし、Tomの邪魔にならないCrash位置を保持するにはCymbalとの抱合せは良いアイデアっぽい。(もしズレる時ゃ必ず一緒になるんで
)

これだってもし見た目や音が嫌いだったら没だが、やるやらんは別として少しでも知識は多い方が良いと思うんだ。
その他の利点としてはゴツめのStandにし易い点で、2本だとつっかえても1本ならほぼ心配無くなるもんね。

けどこう云うのってラック使用のCymbal Standにも幾らでも余地はあるもんで、改造や魔用ほぼ不要のから記して行こう。
処で書き漏らしてたが俺が主に想定してるラックは元祖タイプので、足が縦にしかないタイプだ。

横向きがあったら駄目って程じゃ無いが、縦足オンリーで自立させられるには真上から見たらコの字型とかにしとかんと無理だからね。
逆T字型足のは囲われ感が無いのは良いが、捉え方次第ではラックじゃ無くて「大胆に横幅の広いStand」とも看做せるじゃん。(大分無理筋かも知れんが💧)

では先ず独立Standに近付ける手段としてパイプ長さに着目すると、①わざと遠くからにして長さをより稼ぐ。
ゴツ過ぎるのだとチャラになっちまいそうだが、短いよりゃ少しでも長い方が弾力が増すのは確かだ。

一般論からしたら安定性を低めるだけだが、現況で最長になってなきゃ即座に少しは試せるぞ。
恐らくわざわざ最非効率にしようってんだからとってもヘンテコなルックスにゃなるだろうけど、取敢えずは長さで違うかそれがどれ位かが知れりゃ良いんじゃねっと。

②は俺言い仮称「Trombone式」でかなりアホっぽかなるが、ラックからの縦軸を一旦地面近く迄行かせてから折り返すとか。
これを試すにはパイプとパイプ連結部品の追加購入等を要すが、まだ改造や魔用(ここでは想定用途外の使用法)の必要が無い。(単に非効率にするだけだから…)

奥の手!?の③は影響が多岐に渡っちまうが、ラックの横軸位置を地を這わんばかりに下げてしまうってのだ。
発想としては地面がラックの横軸になっただけってイメージで、万一これの音に文句がある奴ぁ金属パイプ等で組まれた舞台は絶対拒否れよ…なんちゃってね。

屋外イベントの仮設舞台には現にそんな構造のが多いんで、ラックを使わなくったって「引き籠り専門Drummer」じゃ無い限り近似条件が何時か何処かでその内強要されますぜ。
続いては長さ不問でパイプの重量と硬度へ焦点を当ててくと、実は独立Standよりラック利用の方が選択肢は増えるんざんす。

宅でも経費圧縮も兼ねてMic吊下げ用の縦軸は、突っ張り棒式カーテンレールだとか本棚に付いてたヤワなパイプとかを魔用してるんだ。
これの発想元はラックとパイプを締結させる部品に軽量フリーサイズ(軸径)のがラインナップされてたので、Drum規格用のより廉価だったのが駄目押しになっただす。

現況ではパイプ強度がチープ過ぎなんでMicが無駄にプルプル揺れちゃったりしてるけど、録ってみたら俺程度の腕前では何の不具合もなかったんでそのまんまになってるよ。
まあこれは超高域を濁らす可能性が高いんでわざわざする価値は無いけど、専用のだけで買い揃える呪縛から放たれればかなり発展性を秘めてる一例としてね。

<つづく>

2022年1月15日 (土)

音楽備忘録884 録音でのプロとアマの違い⑧

オッサンしつこく球球言いはるけど明瞭度一択にそんなの要らへんなアナタ、結構そうでも無いから執拗に吠えてるのに気付いとくんなはれ。
これ確かにパート別単独で聴けばそう感じても仕方無いんだけど、アンサンブル全体で聴くと俺言い「忖度戦法」には絶大な副作用があるんでおま。

俺忌避「現代本邦劣化J-POP」で不毛の音圧競争に陥ったのにも大いに絡んでて、↑の忖度戦法は他の犠牲の上にしか成り立たない明瞭度だからなんス。
古い録音の程コピーとかの為に聴き取りするのには難儀させられがちだが、実は近年本邦のでも案外よく分からない箇所ってあったりするぞ。

ではこの件の分析を進めてくがそうなるのが昔のは主に記録洩れで、例えば非BrightなBassのローエンドがあまりにも生より拾えなかった等に起因してるのが多い。
コレ明瞭度の基準が現代と異なるのも要注意で、かつてはどのパートにも所謂「エッジ」が求められたりなんてして無かったんだ。(そもそも充分に記録・再生するのが不可能だった)

音響関係全般が未発達だとなりゃどの段階どの方法でも、先ず瞬間的な音はそのままは扱えない。
それが録音に限らず生演奏ではもっと顕著になってた訳だから、もしかしたら60年以上前の世界へタイムスリップしたら皆から「音のエッジって何?」って不思議がられるかも知れんよ。

特に生楽器では無響室で至近で耳にする以外、現代的な録音物でのエッジ音に近いのを聴くのすら不可能だから。
つまり極論しちまうと「現代的エッジ音」ってな一種の捏造物とも看做せ、今だってそれ用の少し特殊な手段を使わなければ実在しない存在なんすよ。

そりゃ「浮気は文化だ」みたいな観点に立ちゃ盛り文化の1つではあるんだが、デジタル合成等抜きだとアニメ化は可能でも実写化は無理な映像世界みたいなもんなんよ。
さてではこの時点で敢えて盛り文化発祥の謎!?へ迫ってみると、結局はリアルにだけあってバーチャルでは得られない弱点の補填なんだわ。

んわ兎も角ではエッジ以外に分別要素が無いのかったら全然で、寧ろエッジが提供出来る要素って殆ど発音タイミングだけなんだよねぇ。
共通最大の分別要素ったら何たって音域に敵う物は無く、しかし近接してたり被ってると効果が薄れたりするけどね。

キリが無くなるから本題へ戻すが、そんなだからBassだったら必然的に先ず低域の状態をコントロールしようと思う人が主流になんねん。
これへ人間味溢れるエゴ!?も追加してやりゃ、何しろBassでは低域に最も敵が少ないしね。

現実的には周囲音質の変化からも高域は無視出来難いが、優先順位は不変のままと感じている。
私感としては顔立ちみたいなのはエッジ音の方が貢献してくれるが、「居るか居ないか」では低域に支配されている。

「エレキBassはどれだ?」と探せばエッジ音が無いと見付けにくいが、「ルート音は何?」って聴き方をすると少なくとも「低域の予想が付く」音が入って無いと分からなくなる。
差し詰め個人の特定とアンサンブルとしての配役のどっちを優先するかみたいなもんで、最近のは誰が何を奏でてるかに拘り過ぎてるのかも知れない。

Cymbal等の元から高域主体系のと比べると、所詮Bassなんて音色的には目立ち難い存在なんだ。
だから個性も単体音色より先に内容に求めるのが相応しいし、その方が効果的なんすよ。

強いて他の解決策を挙げとくとすれば、他パートの低音過多を駆逐する事かな。
単体聴きするとローもハイも忌憚なくワイドレンジな方が美麗だが、実際にアンサンブルになるとその全部なんて聴こえなくなってんだ。

流石に私的には’70~’80年代のLAサウンドみたいに低域を必要最低限迄絞る気にはなれないけど、高域だってそうだが楽器が一定数を超えると全員常時主役ってのは無理がある。
こんなの他力本願みたいで情けなっぽいが、アンサンブル全体のバランスの為には元々必要且つ重要な視点なんすよ。

<つづく>

2022年1月14日 (金)

音楽備忘録883 RockのスタンダードⅡ➏

では前回の続きだが最後部のボヤキを、より分かり易く変換するのから行ってみよう。
私感ではあるがDrummerって内容がキャッチーな人が、
他パートの人と比べると 割合が少ないなとずっと感じてたんだ。

特に小編成だとDrumのみが殆ど音程を扱わない特殊性からかもだが、確かに安易にキャッチーさへ振ると他のよりチープで浅はかな雰囲気に陥り易い。
俺自身Drummer耳の成長するにつれ、昔評価してたのの中に今だと稚拙さを感じる様になったのが出て来たりもしている。

しかしこう云うのってその世界固有の価値観に過ぎず、アンサンブル全体の観点からすると一種のナルシズムとなり兼ねないんだ。
お前兼業だからそこだけの評価が低目でも耐えられるんだろう、こっちはコレしか無いんだからそれじゃ困るんだって?。

確かに特に日本じゃそんな側面は無視出来ないが、表面上深みには優っててもそっちへ振った時の副作用への認識不足は大問題でもっと深刻なんすよ。
独自性とか個性の生成にはベーシックが複雑なの程不利で、どうしたって柔軟に弄れる箇所が減るからなんだ。

にも拘わらす何故技術至上主義みたいになってるかったら、一時期わが国は世界一の工業国だったからなのかな。
世間の関心事で新しくて高度な技術で儲かったみたいなのが主流になってると、音楽だってそんな部分の目立つのの方がウケが良かっただろうからね。

けどポピュラーミュージックってな系統的には「アイデア商品」方面の代物で、本質的にはこんなのとは逆の面に優れててそこがウケないと仕方ないもんなのよ。
極論しちゃえば「幾らでも平気でバカのフリが出来る人」にしか、Rockをやれる資格が無いとでも言っちまおうか。

この件の象徴としてもCharlie Watts氏の本邦での誤評価は致命傷で、彼はプロのJazz Drummerとして最低でも平均以上の技術を持っていた処だ。
Ringo Starr,Al Jackson Jr.,Mel Taylor他も完全にこの口で、実は技に余裕があったから思い切って切り捨てる事が出来た人達だったんよ。

コレ単純でテクレベルは低目のフレーズでもその精度を突詰めようとすると氷解して来るんだが、16分音符が叩けん奴だと正確な8分音符は叩け辛いとかに表れてんだ。
単なる練度とかより分解能が高かったら、ズレた際にそれがいとも簡単に分かっちゃうでしょ。

人間シーケンサの分解能が8だと今のと次ののどっちに近いかで判定が下されるんで、16分音符1個分にギリギリ満たなかったらセーフになっちまう。
だがもし脳内カウントが無意識下で32分音符だったりしたら、どんなにいい加減に取り組んでたって32分音符未満のズレじゃないと認可が自然と降りなくなるやん。

コレⅡで例えば16Beatの曲で正確な4分音符を叩こうとすると分かる筈なんだが、叩くのは4分でも脳内カウントは最低で16分にしとかないと合せるのエライ大変やでぇ。
つまり肉体的には細かく多く鳴らす方が負担が多いが、どのタイミングで鳴らせば良いかに関しては真逆になってんだよね。

↑で挙げた中でRingoは特にガードが堅くて!?未だに尻尾を全く出してくれんが、その正確さからすれば少なくとも頭は超ハイレベルできっと前か後ろかどの位どっちにズレたか常に認知出来てるんだと思うんだ。
又この件は誰かがとても細かい音符を弾いてるのとどれ位余裕でシンクロさせられてるかに表れるから、オーディション時等にはそれで判断を付けられるよ。

斯様に素人考えだと耳に単純な程演り易そうに感じられるが、実際にはシンプルにする方が大変な事も少なくないんだ。
他パートでも限られた音数で魅力を出すのに腐心する事があるが、Drumの場合はそれ処じゃ無かったんっすよ。

<つづく>

2022年1月12日 (水)

音楽備忘録881 纏めて録るかバラして録るか?⑨

さて今回のは若干本項⑦の蒸し返しっぽくなっちまうが、グループ(若しくは録音時の人数)と必要パート数の問題についてだ。
少ない目なら補填に多い目ならお休みの宣告に苦慮させられたり、中々常にジャストフィットとは行かないもんだ。

俺は小編成の特に最小のトリオ体験が多かったからかはたまたコロナ禍のせいか、或は加齢でか分からんが最近は大編成に対する羨望が強まったりもしてる。
だがコロナ禍じゃ無くても資金も含めた運営が難関で、その中から私的気付きの幾つかを提示させて頂こう。

1.作編曲者が全員か否か
実際の負担割合は変動があって然りにしても、全員で作ってたなら単に演奏だけお休みって事で済む。
或は真逆に1人の天才を他の皆で支えようって趣旨なら、幾らも弾かなくて均等割りの経費を払う事となっても抵抗は無いかも知れない。

だが一定以上の人数でチームを組むと必然的に分担が細分化するんで、文句の出難い状態を維持し易いのは下世話だが結局は財力に帰結したりもしてしまう。
上記後者のも考え次第では才能を一種の財産とも看做せる訳で、打算的に過ぎるかもだが人の心の欲に自然に対応させるには必要な際も少なくないと思うんだ。

自称貧キングが突然妙なのを言い出してる様に思われるかもだが、急遽の出費が非対応だと先に考えとくしか解決策が無かったんよ。
この件本質は気持ちの問題であってお金じゃない筈だが、少なくとも資本主義社会では何を実行するにも先ずは「先立つもの」だし。

気持ち重視であればこそ飽く迄個人の見解やが、せめて金銭面での不平等感位は退治しときたいと思うんだ。
曲の出来栄えを最優先にすると出来た曲次第でパートや編成の人数の方は、弄れないし弄るべきじゃなくて融通が利かせらんないんだから。

2.本邦Rock系では編曲に対する認識が希薄
これは手前味噌でずっと虐げられて来た!?からちょいとナーバスにもなるが、演奏力と編曲力を分離して捉える力に劣った輩のなんと多い事か…。
小編成且つ低力量の内は演れる手段に乏しいんで気付け難くても仕方無い側面もあるが、カバーをする際にはとてつもなく大きな影響が露呈する。

近年本邦では不適切な著作権の事情もあって他人の曲を演るのが激減してるが、編曲を学んだりその力量を上げるには由々しき問題と考えている。
それ以前から概知の曲だと編曲や演奏のボロが露呈するのを嫌った面もあったかも知れんが、カバーから逃げ捲った処で「バレるタイミングを一寸遅らせる」効果しかおまへんでぇ。

悪い意味で自作曲に拘り過ぎてる方に是非お伝えしときたいのが、こんな一種の過剰保身って却ってブーメランになったりもする処でゲス。
実は曲はそこそこの出来なのに、劣編曲のせいで低評価されてたら勿体無いしね。

まあ曲自体への興味が強いとどうしたってそれ以外の部分のは薄くなるもんだけど、作曲・編曲・演奏と場合に依っちゃその録りってのは全部表裏一体でセットになってる物ですんでね。
不特定多数に対して最も有効なのは一点豪華主義では無く、各要素のレベルバランスの良い物の方だ。

上記2点の解決策の1つとして、不要人員の追放にバラ録りもある訳だ。
只弱点としては活動初期のLive時に苦労させられる処や、リアルのアンサンブル経験値が殆ど稼げなかったりする。

しかし又々私的ではあるがそもそもたった1つので、各スキルアップを賄おうってのも虫の良過ぎる話しなのよね。
上述の如く作品尊守にはバランス優先になるが、どれか1つだけを追及するにはそこのレベルは高い程良いやんか。

それからすっと録るののバラのみならず各分野のレベルアップの取り組みにも、ある程度バラして考えるのがどうせ要るんじゃないのかな。
大体に於いてどの世界でも兼業で失敗とか弱点が露呈するのって、本業じゃないんだからこの程度で良いやなんてするからだろうから。

<つづく>

2022年1月10日 (月)

音楽備忘録879 RockのスタンダードⅡ➎

続いてRock Drumのスタンダードへ進めてくが、昔に比べると多様化した分選定に異論が出易くなってそうだ。
テクレベルは連綿と向上してってるがポピュラリティを考慮すると、実用度の高い新技は随分少なくなって来てると思うんだ。

なるべくシンプルじゃなきゃイカンとなると、今後活路を見いだせるのはより「何処をどう抜くか」みたいなのが鍵になりそう。
だがそれすらCharlie Watts氏やAC/DCのPhil Rudd氏等が古くからやってるし、近年のRingoみたいに個性の発揮はオカズ(Fill-In)限定ってのも俺にはつまらない。

これって根底にはどんな段階のを個性と考えるかにも依るもんで、ポピュラー系の殆どので頭(1拍目)のバスドラと裏(2,4拍目)のSnareは省けん方が多いわね。
そもそも違う楽器に聴こえた方が良い時だって少ないしで、誰かと被ったり似た部分があるのを全て排除しようって方が無理な相談だ。

しかし半分は私的乍ら俺忌み嫌いの「ドンパン節」がこうも横行するのは考えもので、かつてDiscoが流行った時って他がどれも以前より複雑化したのが殆どだったって背景があったのを忘れてんじゃねっと。
しかもDiscoの中で主流を占めたのはフル編成のゴージャスアンサンブルで、昨今みたいな「引き算主体」だった訳じゃ無いんだよね。

ポピュラー系でも売上げから録音予算が増大し、それ迄やりたくても出来なかったのが可能になったのもあるしさ。
それが後に電子楽器の発達で形だけにしても低予算・少人数でも可能化し、現在はこれも珍しく無くなったんでブームはスッカリ鎮火したって処かねぇ。

それだって録音ハードルの低下からシンプル系のでも、過去比だとオーバーダヴは倍増位にはなってる感じだ。
そんなら太鼓はシンプルなだけだって良いやんってのは早計で、割と一杯重ねてあるったって太鼓のオーバーダヴは随分めっきりされなくなってんだぜ。

Rock系だと小編成のではRingoが大々的にやりだして以降、特に米では最初からグループの編成がツインドラムなんてのに迄発展。
その後これはほぼ消滅したがDance系の台頭もあって、Rock系としてはパーカッションも入ってるのはかなり増えたって実感があるよ。

Bassにしてもどんどん高度・複雑化したのが一旦ルート弾きへ回帰したのだって、Synthe Bass等との併用が大いに関係してたんよ。
なのでこれ等からするとシンプル系でも音が増えたってもそれが殆ど上物だけなんだから、リズム隊を淡泊にし過ぎるのって考えが足りないとしか思えないんだ。

これを何時もの変態比喩へ持ってくと華奢なのに胸だけ豊かな少女ってなもんで、個人的には現在そんなのが好みではありまするが…。
けど誰が見てもセクシーってのにはそれじゃ不足で、引っ込むべき所・出るべき所全てがそうなってないと「相手を選ぶ」魅力になっちゃうよね。

それが具現化したのって例えば曲も歌も良いんだけど、リズム隊が予定調和的だから飽きるんだとかそんなのにわざわざしちゃうって事なんじゃないかな。
それと概略としはシンプルっても長く生き残ってるのって、量的には僅少でも他で見つからない何かも入ってるのが殆どなんだ。

寧ろそうなった経緯としては例えささやかでも、これさえ手に入りゃもう他は無くても良いやってなったのが多かったんじゃないかな。
Ringo以前のポピュラー系Drumを聴いてみるとこれが良く分かるんだが、基本は単調でも随分小技は雑多に入れられてたんだよね。

その結果Drummerとしては有名でも、Ringo等以前にRock系として高名なDrummerって居なかったぞ。
今だって他パートと比べると内容でなったスターが少な目なのは何時も気になってるが、どうも楽器の性質からそう云う発想がし辛い様ではあるんだけど
さ。

<つづく>

2022年1月 8日 (土)

音楽備忘録877 Drumハードウェアへの私的妄想&現実的解決策➐

今日は今更感満載ではあるが、関節部の無段階式とギア式を敢えて再検証してみたい。
概述の如くその発端は「壊れないと思い込んでた」のが逝ったのに依るが、なまじ大昔よりDrumハードウェアが丈夫になって
油断したのかもって思ったんだ。

先ずは夫々の得失の羅列から行ってみるが、俺自身も近年は長い事失念してたのが少なくなかった。
では今は恐らく主流の無段階式の方から進めるが、思った通りに出来るのから来るストレスフリーにはどうやら功罪の両方があった様だ。

1.角度調整に妥協不要
2.位置保持力確保の為単純化・小型化の限界がギア式より一般的には低い
3.同グレードであれば価格は割高
4.一部のを除きそのままだと位置の再現性はほぼ無い

単体部の機能の根幹としてはこれが理想ではあるが、半ば私的乍ら他の調整可能部との心理的混濁から弱点を失念し易いと感じている。
他の…って何ったら例えばパイプ同士の結合部の角度等で、PearlとかのTomにパイプが突き刺さる若しくは類型のの角度調整部みたいなのだ。

これってパイプ式Stand類ではどれにでも大抵あるんで、長さ設定と同等に最も親しみ深いんじゃないかな。
DrumハードウェアのStandでは振動等に依る緩み対策として、かなり昔からメモリーロック等と称する補助部品が普及・一般化してて勿論俺も多用して来たよ。

但し相対角度に関しては保持位置が重心近くにある場合は、緩み防止より殆ど位置記憶の方しか機能してなかったりする。(だから↑みたいな名称のがあるんでせう)
長さ方向に対しては位置記憶も然る事乍ら、安心感からして最早必須だけどね。

一方ギア式の方はコストと保持力(主に寿命)程度しか勝ってないし、ギアの段数を増やそうとすりゃ利点の殆どは消滅しちまう。
これと上記Standの件とが相まって原理を軽視してたっぽく、だが良く考えてみれば保持力の大小と「条件の厳しさ」に今だって大きな違いは残ったままだったんだよね。

個人事情として滅多に大きなセッティング変更が無い…ってか狭隘なんでそんな余地がほぼ無かったのと、マイDrumを持って以降外で叩く機会が激減してたのもあったのかなぁ。
重いのを保持するったら大口径のRideがすぐに思い浮かぶが、傾けが45°程度以下だったら完全に軸の片側だけに荷重が掛ったりゃしてねんだよね。

それに対し薄胴で軽量でもTom類の大抵のは一方向だけに常に荷重が掛ってて、尚且つ叩いたり押されたりするのもほぼ同じ方向に加算されてんだもの。
Cymbalの重さで只では済まなくなるとしたらJohnny吉長氏の「垂直Ride」とかで、これの場合関節保持力以前にStand自体の「倒れ止め」対策を大抵は講じないともうどうしようもない。

↑の通り割合は様々も通常完全に片側にしか重さが掛からなくはならないんで、下部の脚の方がそんなのにゃ非対応だかんね。
少しセッティングに興味が芽生えた頃本家のを良く眺めてみたら、Standの足に鉄アレイが乗っけてありやんの。

因みにプチクドイが自分が使ってるからって特に勧める気は無いが、こう云う変化やアブノーマルに対してはラックの方が対応力は高いだす。
尤も今日のテーマには殆ど無関係で御座居ますが、強いて云や位置関係とパイプの長さを変えて「ギアの段の間」相当へ持ってける可能性は孕んどりゃあす。

<つづく>

2022年1月 4日 (火)

音楽備忘録873 Drumハードウェアへの私的妄想&現実的解決策➏

では前回他所の世界での工夫が、Drumハードウェアのどんな所に及んでるか行ってみよう。
只惜しむらくはプラスよりマイナス作用面の方が勝ってるのも少なく無く、プロ奏者兼任の設計製造者が
もっと増えるのを強く望みたい。

Photo_20211119172501
先ずは3D画像の作製と掲載が厳しいんで、Snare Standでの状況を生贄としてみま。
毎度の限界域デフォルメ描画なのは諦めて!?頂くとして、どれも左側を奏者・右側をバスドラその他のつもりとしてある。

色分けは上方から順に白と肌色の棒状で示したのが受止めと固定の為の箇所で、傾ける時の関節部は実際は滅多にこんな形にはなって無いが緑の丸とした。
今回ののハイライトとなる俺言い「訳あり横ズラし」の部分を赤くしてあるが、メカ同士の干渉を避けたり操作性を高める為の結果だ。

さてセッティングの自由度或は汎用性の点からだと最左みたいなのが良さげだが、深く傾けた際はどうせ倒れ易くなっちまう。
それもあってか操作性等の方を優先してか、赤の部分の付いてるのが多数派になっている。

これ等一般的なのは傾けとくには好都合だが、左基準で2,4番目のタイプだと水平時は却って不安定になる。
特に4,5番目のみたく赤部分が長めなのだとOffset量が多いんで、軸を180°反転させないと上図には描きそびれた「前下がり」なんてとてもじゃないが不安で一杯。

実際にはこの他に主流の3本脚の角度・位置等で安定性が変動するが、私的に重心からズレてるせいで困らされてるのがあるんだ。
俺が無固定な上に比較的滑りの良いパンチカーペットに置いてるのも悪いが、↑のお陰で一方向にだけどんどん滑って行っちまったりしてんのよ。

最も身近にあって重量も然程じゃ無いから、その点では演奏中の修正は簡単な方だけどね。
だどもメカ的には設定自由ったって、実際にはペダルや足との干渉等の都合を優先しなきゃなんないかんね。

どうせフル調整を目指したりするなら、私的には上図赤部分の長さを変えられる様にしといて貰いたいんだ。
しかしDrumハードウェアは他の色んなのと比べると、何時までも北風と太陽の北風式に固執してる様でけしからん。

この際敵を徹底的に叩くつもりでブラック仮想をしてってみるが、客には見栄えのみ提供し少しでも余計に使用者から金をせびろうとしてる様にも思えなく無いのだ。
傾斜の殆ど無い場所では重い方が動き難くはなるが、可搬性ゼロには出来んのでその効能は高く無い。

それでいて演奏中Guitarみたいにずっとぶら下げたりゃせんから、ある程度は重くたって許される。
んが↑「ある程度重い」ってのが最悪で結局はその程度じゃ少しはズレるのに、修正するのが重くて大変になるだけなんだ。

それからすればもっと↑の「太陽式」の方を追及するのが妥当なんだが、見た目の安定感に劣るし作るのに知恵が要る割にそんなだから高値を付け辛いとな。
そりゃビジネスとして儲け率は無視出来んが、生活必需品とは最も遠くに位置してっからね。

道具としての優位が薄れれば、マーケット自体をどんどん縮小するだけなんだわ。
俺はそんなの作って無いから対岸の火事で済むならほっとくけど、規模縮小は全ての関連製品の値上がりに繋がるからねえ。

欲しいのを作って貰えん上に、大妥協しても高く取られるんじゃとても黙ってられまへんとね。
一々何にでも首突っ込んでなんか誰だって居られんが、第一印象や初期段階だけで無関係だから無関心で構わないって思い過ぎてると危険なんだぜ。

現段階では政治・選挙の無関心戦略に騙されてても、超上げ底弁当や空気大量入りスナック菓子位しか目立たんけどな。
本質的には非生活必需なの程悪影響を受けてる筈で、色んな面で過無関心ってのは恐ろしいんすよ。

<つづく>

2021年12月31日 (金)

音楽備忘録869 Drumハードウェアへの私的妄想&現実的解決策➎

この処どうも文章の〆が悲観的でいけないが、加齢からか無意識下でそんな編曲になってるだけで心は攻め一辺倒なのだ。
只どう考えたってこっちは弱小・劣勢なんで、正しく分析するのを恐れて無いだけなのさ。

なぁ~んつうと如何にも心細げだがどっかの弁護士崩れみたいに、勝手に都構想をブチ上げといて旗色悪くなったらサッサと尻尾巻いて逃げる様な真似だけはしたくないんでね。
等と突然異世界の話しなんかも登場させるのは、ずっと普通にやって来てたつもりで埒が開かなくなったりしたらそんな例も必要だと思うからなんだ。

↑の情けないオッサンはTV人気に乗じて、つい「俺が言えば何でも通る」と勘違いしちゃったんだろうから。
成功と失敗って原始的レベルで考えたら半々の確率のものなのに、失敗想定が皆無だったから撤退するしか無くなったに他ならんのよ。

只これは今俺が事後に外野から目一杯冷めた目で眺めてるから即気付けたんであって、当事者で渦中にあったら眼前の敵だけで精一杯だったかも知れない。
この辺で本題の方へ漸く進めるが例えばDrumsetって、諸事情から角度だけ変えたくても少し位置も狙ったのよりズレたりするじゃん。

Drummerからすると半ば常識だろうけど、かと言って端から無抵抗で受容れてる人が多過ぎる気がするんだ。
この不便を軽減するのって実はそんなに難しくは無くて、例えば扉の蝶番なんかには幾らでも参考例が巷に溢れてるんざんす。

そうするニーズは様々だが例えば宅のクローゼットの扉がこの件無配慮のヤツなせいで、3つくっ付けて並べたら一寸した悲劇に見舞われてん。
薄くても木製扉には厚みがあるが、開いた時にその厚み分が全幅より外側へハミ出る構造になっとる。

その結果隣のクローゼットと隣接した扉を両方同時に開く事が出来なく、この問題を全く考えもしないでデザインとかで選んだ俺が悪いんやけど…。
これが食器戸棚・下駄箱・サイドボード等他のでは蝶番に施された工夫のお陰で起きて無く、「先に買ってたの全部セーフ+杜撰大王脳=無根拠に気にしなくても平気だべ」って自然発生!?ロジックにやられたんですわ。
Photo_20211119225801
いよいよ杜撰拙文だけでは苦しくなったから久々に図を登場させるが、極限迄デフォルメさせて頂いた。
肌色っぽいのが木製の扉と側板で、水色っぽいのが金属製蝶番のつもりだ。

左2つが宅のクローゼットの右2つはそれ以外のので、夫々の左が閉扉時・右のが90°開扉時の状況だ。
上図の以外にもハミ出させない方法は色々あるが、何れも単体だけでならあまり気にならんのが外部環境を込みにすると激変する部分なのだ。

今ここで活字化すると高純度な言い訳にしかならんが、少なくとも生活者としては凡人かそれ以下の俺に見落としゼロを求めるのって非現実的だと思うんすよ。
Drummerにしても本分は演奏だし、後になってセッティングの変更に迫られる事もあり得るでしょ。

だからこそ一定以上の経験値を持ててる作る側の方で、配慮対策済みにしといて欲しいと思うんだす。
Drumsetって名前が付いてる位、必ず色んなのと隣接させるのが最初から分かってんだからさ。

<つづく>

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