ドラム

2023年1月30日 (月)

音楽備忘録1263 そんなに詳しくないけどマイナーブランドの話し➐

この項はこれで終いにするつもりだが、そこで今日は楽器に縁がある全員に役立つ情報をお届け。
ってもあんまり直接的な効能は無さそうなのが玉に傷かもだが、俺知り海外比だとこの程度の市場規模にしちゃ日本の楽器関係はやたらと下請けとかが多かったん。

今でこそFenderにもやれJapanだSquierとか分化があるが、本国系では販売系統の他は継続的なセカンドブランドってのは殆ど無かった。
のがこっちじゃ今は寧ろ少し整理統合された位で、ブランドだけなら雨後の筍様に雨あられだったん。

だがブランド名と社名が不一致なのが多数派で、その社名(主に販売)と製造者を辿ってくと1/20程度に数が減りやんの。
それだって実際に楽器にバリエーションとしてしっかり反映されてりゃ良かったが、設計者が更に限られてて外注も少なくなかったかどうも個性の徹底が全然だった。

例えば直近ではどうなってるか知らんがYAMAHAを大喜び!?で生贄にすると、太鼓のシェルはサカエがDXブーム終焉後のシンセ等はKORGにお願いしたりしてた。
もし個性とか癖が不要なのだったらその方が良いか分からんが、設計と製造位は最低でも直リンクじゃ無いと薄まったり曖昧化するのは自明の理。

この面では下請け製造業者が、かつての自らも少しは売ってましたブランドは侮れない。
尤も令和のあざといは正義みたいなのとは程遠い、昭和の遠慮みたいなのがあったから上位機種は不扱いだったのが惜しいけどさ。

それでもスピーカユニットに比べたら遥かにマシで、これはもう40年も昔になっちまうが(オーヤダヤダ)現場の片隅に拘束!?されてたんでね。
貸間賃貸契約だけの筈が強制弟子入りがセットになってて、更にその弟子入りには強制労働がセットとタコ部屋のオヤジ(師匠:本来は唯の大家さん)はのたまわりやがった。(昭和だとそんな理不尽が通用しちゃってたんだ😓)

「分かったしゃーない、で今晩は何をすりゃ良いのっ」たら、明日PIONEERに納入するウーハを…って。
最初は又そんな大ボラ吹いちゃってこんなチンケ(わきゃっと失礼)な処でそんなの作ってる訳ゃ無…、くもなくて本当で驚いだだよ。

PIONEER納入分は俺の居た時期はほぼEXCLUSIVEとかだけだったが、カーステのALPINEのはかなり全面的にやってたよ。
今振り返ると師匠は早大出だったんで、稲門会の伝手で得られてた仕事だったのかな。

まあそれでも2Way,3Wayとかだと他社ユニットとの組合せもあるし、箱やネットワークでもかなり違う音が出せるからねえ。
しかし楽器の木部となるとデタッチャブルのならネックとボディ別会社も可能だけど、セットネックやスルーネックじゃ絶対そんなの無理だもの。

恐らくこの辺で松下工房・ESP・Moonとかが、今でも生き残ってるんだろうさ。
製造に関しちゃ先頭の1社以外は今は微妙だが、それでも企画・設計・販売は自前だからねえ。

もしそう云う方針のブランドでリッケン的思想のが現われれば俺だって興味が湧くだろうが、茶番と迄は言わんが劣化本邦のそう云う裏がモロ見えになるとそっぽも向きたくなるんすよ。
又それが録ったりすると後になって影響が出たりして、従兄との共作で思った以上にウケなかった曲が偽物使ってたから不味かったのかなんて。

流石にんな事あるかいとは思いつつも、少なくとも偽物を嫌だと思ってる俺がここに居るがね。
今の俺等みたいに顧客が超貴重品状態だと、それでのたった1人の増減だって気にするなってのがどだい無理な相談なんでい。😢

<おしまい>

2023年1月29日 (日)

音楽備忘録1262 伴奏の重要性②

さて大雑把なやり方が分かったとして、近年伴奏を劣化させるのに「それ用の奏法」があるから本日はそれを。
難易度は大した事ぁねえんだが、だからって突如演ろうとしても一寸上手く行かないのがね。

今時はDrumや鍵盤系のなら打込みのに、Guitar・Bassのならストンプにそれらしき音がするのがあったりゃする。
けど滑らかな伴奏をするには、それ等「間(あいだ)が無い」音色では充分とは言えないんだ。

どんな類いのかったらDrumのSnareから行くと、タップストロークからフルショットに進んで最後はリムも掛けるなんてぇのだ。
その「リムに掛ける」にも深さ(バチの位置)とか皮との比率ってのが色々あって、実際は種類がほぼ無尽蔵にある。

それを打込みで再現しようとすれば少なくとも究極の手間とスキルが要るが、人力だと必要時は雑で出鱈目でも何となく自然と少しはそうなるもんだ。
のが本来の姿だったんだけどどうも打込みへの対抗意識からか、意図的に放棄しちまった様だ。

単に止してるだけだったらまだ良かったが、最も大きな損失となってるのが中間領域テクの衰退とマイナー化だ。
あんまり普段演らないでいるもんだから、いざ必要になって演ろうとしたらすぐには出来なくなってたってさ。

特に悲惨!?なのがLive主体じゃ無い奴等で、一時的には通用した(ホントは通用してないんだが…)劣録音での演奏法に特化しちまってやんの。
コレ日本のポピュラー以外では未だ全く通用しない方法で、音色が電気・電子楽器程変えられない生楽器等ではあり得ない話しだ。

Classicの打楽器なんかじゃ考えられない事で、と云う事は例えポピュラーでも生楽器が入るなら少しはそっちにも合わせないと気持ち悪い音になるだよ。
それが太鼓迄機械を使った無機質なテクノ(これは意図的にそうしている)とかより、人間味を出せる強みなんだよ。

結局生身の伴奏でしかも上手なのってのはそれ相当のムラはあるんだけど、それが丁度主役とシンクロしてたりするんだ。
誰だってマトモな合奏者は他人の領域を犯さない様細心の注意はしてんだが、使ってる楽器の都合その他で多少なりともムラは生じる。

或はデッドポイントかなんかで普通より強くしないと埋没するとかがあるが、そう云うのは個人の力ではどうしようもない。
でそんな一寸不利!?な時でもLeadパートは、例え伴奏の聴こえなくなる箇所が出てもあまり構わずそのまま行ったりするけどさ。

理想はずっと伴奏も聴こえるのが良いんだが、要するに伴奏の方が加減出来る巾が狭くなってる訳ですよ。
聴こえなくても聴こえ過ぎても駄目と難易度が上がるが、だからって目立たない処は聴こえなくても良いなんて安易に思っちゃいけねえよ。

あんまり聴こえなくなる頻度が高いと、その内「入ってるのを忘れられる」可能性があるからね。
或はⅡでしょっちゅう聴こえなくなっても構わないんなら、オマケで入れてるだけかなんて舐められたりさ。

時には万全を期しといても酷いプロデューサや技師に蔑ろにされる事もあるが、自ら存在価値を下げる事はおまへんで。
んでそれを実現するには伴奏にしか殆ど使わない技が必要で、技の持ち合せが無くて泣きをみるのは勿体無いんじゃない。

<つづく>

2023年1月28日 (土)

音楽備忘録1261 過音圧ミュージックはもう沢山➑

いい加減で「不毛なイタチごっこ」は卒業して頂きたいもんだが、最初始めたのには訳があった。
だが当初の効果が失せた今、何時迄も続けるのは「私バカです」と世間に知らしめてる様なもんなんだが…。

今回は珍しく切り口を変えて、音楽の内容から離れて営業等の方面から再考しよう。
仮に、仮にですよ、もし最高の作品が出来たとしても、どう聴かすかに依っちゃそれが中々伝わらない場合もあるわね。

他の作品に比べて極端に平均音量が小さかったりしたら、それこそ小音量でBGMに流してたら聴き逃すかも知れない。
だがそうやって争ってる内に限界に達しちゃって、誰が「猫の首に鈴を付けるか」で皆躊躇してるのが日本の現状だ。

こう迄頑なに誰も禁を破らないかの様な様子を見ると、或は闇談合でもしてるか知らんがね。
しかしそれに依って最早業界自体が破綻し掛ってて、経済の立て直しに見向きもせず当座の利権にしがみ付く愚政府と同じやんけ。

それでも政府の方はクーデターなる奇策がまだ残ってるが、音楽でそれやると最低向う10年間位は回復しないからそこは一緒じゃ無いんだぜ。
何せ政治は無興味でも一応成立するが、音楽ではそうは行かないからねえ。

仮にドス黒く行ったとして儲けに繋がれば投票するかもだが、「内容を気に入ったら買う」という相手ではバラマキしてもさしたる効果がおまへんやろ。
そこでおかしくなる寸前の状況を顧みると、その頃は音量も密度も両方がフルのは無かったんだ。

聴き易さの為に音量に厳しい画一化のある物は密度に結構疎密があり、一方で密度が比較的均一な物には音量の変動が許容されてた。
その様な手法で夫々音楽の強弱を表現してたのが、違いは今やせいぜい楽器数とか位になってしまった。

当然それでは到底楽曲を表現し切れず、今度は仕切れないからか単調な曲が増えて行き…の悪循環だ。
これで一寸想い出したのがGuitarのコンプレッサで、それも楽器とAmpの間に噛ましてAmpで歪みを作るって時のだ。

程々にしとけば例えばCrunch設定にしてたら、弱く弾いた時は生音になる。
のが深くしとくと全く同じAmpセッティングでも、弾いた「全て」がCrunchになる。

つまり前者では大まかに1つの設定で2つのサウンドが得られるが、後者は抜群の安定感はあるが得られるサウンドが1つだけになる。
因みに’70年代中頃にこの方法がブームになったのは、今みたいに上手に深く歪ませられないのを補填出来たからでね。

歪みのピーク深さは大した事無いんだけど伸びが良いもんだから、聴感上は実際よりも深歪みに感じられるってヤツだ。
しかし今振り返るとPopな作品には寧ろお誂え向きで、今みたいに深く歪ませられると失敗すれば「歪み過剰」になるからね。

要するにMetal系と音質に差別化が図れてた訳で、近年あまり耳にしなくなって久しいかも。
と云う様にアイドルポップもゴリゴリメタルも一緒くたになっちまって、そりゃあBABYMetalみたいに分けなくて良い存在も稀には居るけどさ。

<つづく>

2023年1月26日 (木)

音楽備忘録1259 伴奏の重要性①

承認欲求が大手を振って歩き回ってる今、伴奏の重要性に気付いてない人が多い。
ソロパートは自己責任な上目立つけど、そこが来る迄聴いて貰えたらなんだよね。

例えばグループが5人だったら必ず曲冒頭にソロを演るとして、残りの4/5はじっと我慢の子。
って現実にはそれすら困難なので、長い事指を咥えて待つばかりだ。

でももし伴奏でも好印象を与える事が出来たら常にチャンスがあるし、ソロの無い歌曲でも存在感を示せるのよ。
だからこそグループのメンバーとして有名になった奴等は、どんなにソロが上手そうでも実は「伴奏の方が上手い」連中なんすよ。

具体的にはJazzよりFusion・FusionよりRock系に多く、それはパーマネントグループの割合とリンクしとりま。
更にLeadパートよりRhythmパートの人に多く、Donald ”duck” Dunn等がその典型だ。

最近じゃその殆どが死んじゃったけど彼の他にも多数居て、特に’80年代に当時はよりマイナーだった日本人と数多く演った人達がその典型だ。
中でもJeff Porcaroなんて凄まじく、当時自らのTotoも売れてたし本国で並み居る大御所のバックもしてたのにね。

Porcaroが重用された理由に流行もあったのは事実だが、自分のスタイルを維持し乍らもかなり色んなスタイルに応用が利いたのも大きい。
普通はカッチリとかルーズな感じの人だとそこは変われないもんだが、リズムの正確さだけ残してシックにも派手にも行けたのが特筆すべき点だ。

その秘密が良い意味で曲に依存してたからと考えてて、組立ての上手い投手はお任せで球だけ良い投手にはリードに専念する捕手みたいな側面があったんじゃないかな。
それでこれが「駄曲は叩かない」→「マイナー・メジャー問わず参加の是非を決定」に繋がり、ギャラが良く知名度があっても下らない作品には不参加→良い曲ばかり参加にも繋がってた気がする。

それが一般論でのテクレベルが大した事無いのに、つまり凄いソロがあった訳じゃないのに数多の名曲で叩けたんだろう。
例えば当時同じ位有名だったVinnie Colaiuta等より、オファーが多くなった理由じゃないかな。

そんでまた後年Ian Paiceが参加したPaul McCartneyのアルバムなんかと比べると良く分かるが、絶対にDrummerが彼じゃ無かたっら駄目という感じがしないとかと違ってる。
端的に言や誰が演るかで曲が違って聴こえるか否かみたいな差があって、MG’sじゃ無いとStaxの曲じゃないみたいな現象が起きてるかどうかだ。

そうやって考えてくとバカテクソロはそれ自体は大変だが、状況が許せば何時でも大体同じのでも構わない楽さがあるかも知れない。
のが伴奏となると曲毎に微妙でも毎回変えなきゃなんないし、使える技も逐一限定が厳しいからそっちの方が実は音楽的に高級なんだ。

んで何が高級なのってば、楽器を奏でる以前に音楽に詳しい事が必要な処だ。
単独パートに詳しいのを「音楽の一部に詳しい」とするなら、自分のパート以外に一定以上の理解が要るのが違う。

ってホントは何処を受持とうと音楽するなら、少しでも詳しく分かってた方が良いんだけどね。
興味の範囲がこれより狭くても仕方無いんだが、それならそう云う人は譜面を貰って弾く方が向いてるよ。

<つづく>

2023年1月25日 (水)

音楽備忘録1258 過音圧ミュージックはもう沢山➐

伴奏案件の続きは別項を新設して続きをやるとして、ここでは隙間や休符の効能を再認識して貰いまひょ。
今劣化本邦の様な悪癖は元は退屈させない処から始まったんだろうけど、どれもがずっと鳴り続けてると「何も無い」のと結局は一緒になっちゃうんだが…。

人に依ってかなり差はあるだろうが人間ってな慣れってのがあるんで、一定以上「状態が変わらない」のが続けば「ニュース無し」と認識するんだ。
それを避けるのに予想外の展開等を模索するんで、「絶対に隙間がありそうな曲」にだったら隙間無しもある程度効果があろう。

但し「全無し」ってのが使えるのは1回こっきりなんで、大抵は半分位を中心に量の増減より場所を変えるのを選ぶもんだ。
又最も「劇的に変化」するのは無音から突然の最大音だが、これもホントに劇的に効果があるのは1曲につき1回のみなんだ。

どうでも2回以上やって悪か無いが、読まれて慣れちゃうとねえ。
だからせめて無音の方を小さい音に変えるとか、大きい方を最大迄上げないとか何処かを変えないと鮮度が落ちる。

のを殆ど放棄してるのが今劣化本邦のメジャー系ので、「ほぉ、そんなに曲に自信があるのかね」と嫌味を噛ましてやりたくなる。
それを今回は歌の迫力について論じてくが、先ず実際に圧倒的にパワフルなのと声質が迫力満点なのの2つに分れる。

この2つの違いは「Off Micに出来るかどうか」で、声質だけの場合遠ざけると歌詞が分り難くなったりする。
今の時代デシリバとかでどうにでも出来る様な感じもするし、バラ録りすればどんなにパワフルでも他へ混入したりしない。

しかしパワフル感を「演出」したいのであれば寧ろ他のMicに混入した感じとか、他楽器に共鳴した感じにするのが一番だが誰も何故かやっていない。
これは昔のチープな録音でどうしてパワフルなのが分かったかで、録りはバラす程クリアにはなるが力感を損ねるのを意外と皆知らないかスッカリ忘れちまってんだ。

かつてMicの本数とトラック数をどんどん増やしてったのは、力感を損ねても明瞭度を上げたかったからだ。
それへほぼ唯一逆行したのがZepで、暫くは明瞭度を犠牲にしても音の大きいのを分かる様にしてたな。

お陰でリズム隊を拾おうとすると大変厄介で、DrummerやBassist泣かせだった。😢
今の録音クウォリティなら両立も充分可能になったけど、それにはなるべく同時にとかリアルな響きが必要なんだ。

デジタルバーチャルで現在再現可能なのは部屋の残響迄で、スナッピーが共鳴するのだとか楽器に共鳴する分はプログラミングされてない。
この様な要素も力感にはかなり重要なのに、圧縮率を上げただけで済まそうとは片腹痛いわい。

それも含め判断すると平均音圧を上げて効果があるのは、「弱くはなくする」だけなのが分かるだろうか?。
音の強さ弱さには色々な切り口があるんで、もっと視野を広げて欲しい。

<つづく>

2023年1月23日 (月)

音楽備忘録1256 楽器Amp同士の組合せの話し㊷

さて前回はPAの「被害」!?に言及したが、極限状態では思いの外影響が大きいのだ。
バスドラしか出せない低音の有無について、先ずはその影響から続けよう。

普段はそんな低い処等録音されたものをLiveじゃヘッドホンで聴く訳じゃあるまいし、聴こえたって聴こえなくたって大して変わりゃしない。
処が極限状態になるとそんな僅かな要素の差が突然顔を出し、死活問題に迄至ったりするんですよ。

何しろBass等の低音とバスドラのそれが同じレンジから出る訳で、良く云や「纏まりのあるサウンド」になるけどさ。
単独の時は未だしも両方が鳴ってる時、低音の量だけしか変わらなくなるんだ。

いやいやPA通した方が録音の音に近くなるじゃんなアナタ、そりゃ「劣化した音」にスッカリ慣れちまったからなんすよ。
確かに量的にはその方が低音が多目になってるのが多いんだけど、実際は量は少な目でももっと下迄伸びてるもんなんだ。

Rock系のバスドラって何かで代用しようと思ったら、音じゃ無くても何かの振動でも良いじゃん。
それ位下迄出せりゃ良いんだがそうも行かないんで、その分「少し上の帯域」を増やして誤魔化してんの。

因みにメータとかで殆ど分からないのはその時間が凄く短いからで、生本物だと圧が来るのにスピーカを通すとそれが無くなったりするのはこのせいだ。
それを補う為少し上を増やすんだが、その領域は本来Bassパートのもの。

へ言わば「越境」するんだから分離度は悪くなって当然で、大抵は更にそれを補おうとしてレベルを上げる。
結果的に混雑してる処へ突入する様なもんで、地獄の一丁目じゃないが負のループへまっしぐらなのだ。

これだけ損失が色々と大きいんで、聴こえる限りは楽器のPAレスを強く主張してるんですよ。
只それにはバスドラへフロントヘッドを装着する等して、夫々の楽器が「本来の音」が出る様にしとかないとね。

Bass Ampにしても人次第じゃ10や12inchで足りるかも知れないが、ほぼ全ての人を網羅しようと思えばそれじゃあ足りない。
本当に不要な際はCutするとしてそうじゃ無い場合、15inch以上なら量を減らしてもGuitarより下の音が出てくれる。

バスドラの方でもBassより下が出てくれ、部分的だか低域の棲み分けが出来る。
勿論その上の中低域は輻輳があるが、だからこそ少しでも空いてるルートを辿れると渋滞せずにスムーズに流れるんだ。

そしてその状態が作れると今迄とはうって変わって、ダチョウ倶楽部の「どうぞ、どうぞ」宜しく今度は逆の競争が始まるからオモロいでぇ。
それを経てバンドのアンサンブルが落着く訳だが、北風と太陽の太陽の方を皆一度でも良いから実感して欲しいネ。

日本ではPAは何でも扱うんだからと予算に優先権を持たせたりして、中々肝心の楽器に充分回ってなかったりする。
ので楽器全部が良い処は見つけ難いかも知れないが、例えば○○のBass Ampは良かった□□のDrumsetはゴキゲンなんてのを集めてみると良いかもね。

<その内つづく…だろう>

2023年1月22日 (日)

音楽備忘録1255 過音圧ミュージックはもう沢山➏

こう見えて表面は悲観的でも根は楽天家なので、今日は上手な伴奏法についてひとくさりと洒落込もう。
日本人の場合今のその第一歩は、一旦「映え」を放棄する処だな。

昨今の映え文化って第一印象に特化してるんで、第2,第3…と進むと大抵は落ちて行く。
それでも主役であればまだ良いんだが、脇役は下手すると「第一印象が無い」んですよ。

こと音楽のそれも歌物に於いては1回目なんて、歌詞とメロを拾うだけで精一杯だからね。
そらまあ歌の無い箇所で悪目立ち!?でもさせりゃあちったあアレだけど、それだと歌に間の無い曲だと諦めるしか無いやね。

そこで例えば聴いて3回目以降に印象に残るのを目的として、つまり曲は大体把握出来たが何か他に面白い処は無いか…みたいなのに焦点を当てるんざます。
そんなのはウケるのに時間が掛かるし、もし曲がヘボだったら3回目があるかどうか…。

ってさぁハッキリ言って曲が駄目だったらどう弾いたって駄目で、演奏が良いのに曲がって聴こえたとしてもそれはソリストとして幾らか有能なだけよ。
要するにホームランとかゴォールゥは不要で、その代り何時も満塁とか幾ら枠を外しても絶え間なく次が来るなんて状況を作るのが必要なんだ。

言うなれば曲が良くて、それよりちょっぴりだけ落ちる演奏!?ってのがbestなの。
コレ話しは単純明快で曲は誰もが聴いてくれるけど、各パートになると例えばGuitarにしか興味の無いヤツはBass聴いてくれねえだろ。

そんな際でも「曲を通して」だと少しは「聴いちゃう」訳で、考え様に依ったらこれは楽器の特権なんだ。
歌唱の場合厳しい事に、もし生理的に声質を受付けなかったらお終いだものさ。

んな事言ったってせっかちなお姉ちゃんは1回でも駄目だと…昔結構苦しめられたが、そんな相手でも常に一期一会とは限らない。
今景気が悪くて余裕が無いから一発で承認欲求を満たすのばっかに走ってるけど、所詮はその時の受け手の気分次第で色々変わっちまう。

確かに何か1つインパクトは必要なんだが、音楽で本当の勝負になるのは何回も聴いてからなんだ。
又ミスの有無だけを問題にするのが流行ってる様だが、本当はミスだらけでも売れる位魅力的じゃないとね。

今ミス撲滅っても修正で何とかしてるのが殆どなんで、何度も聴いてるとその不自然さに気付くかも知れない。
その様な「減点は少ない演奏」では飽きてしまい、減点があっても「加点の多い演奏」じゃないと持ち堪えられない。

ただ曲を尊重してればそんなに難しくは無くて、「曲からヒントを貰える」のが大きいんだ。
仮歌すらレスで録ると問題があるやもだが、歌える人だったら「ハモりを付ける」のと殆ど一緒だ。

そう言えばAKBやSMAP以降複数人居ても軍歌よろしく馬鹿みたいにユニゾンするのが普通になったが、それを楽器で演っちゃうと更に最悪だ。
そんなに皆戦争したいのか知らんが、平和を愛するなら教会の讃美歌みたいにユニゾンじゃ無くハモれよってか。

ユニゾンだってハモりのバリエーションの1つと考えられなくもないが、曲にフィットするかどうかを精査しないで乱用する様なもんじゃない。
あと「間」(隙間、空白≒休符)の使い方も問題で、一様にルート連打になってるのは「曲をロクに聴いて無い」証拠だ。

<つづく>

2023年1月19日 (木)

音楽備忘録1252 過音圧ミュージックはもう沢山➎

今日は音楽から「弱い処」を全て無くしちゃったら、どうなるかについて綴って行こう。
特に電気的に画一化しても、音的には平準化しないのなんかを。

音楽ってぇのには元々強い音と弱い音ってぇのがあって…っつうと一寸分かり難いんで、全く異なる音で同じレベルにしてみた時を考えてみよう。
先ずピーキーなのとそうで無いのでは、ピーキーなの程大きくした割にそうは聴こえない。

これは平均音圧の相違が原因だが、ならば例えば鋭いSnareをコンプすりゃ良いか?。
すると太くはなるだろうが最早鋭さは影を潜め、最後は鈍い音!?になってしまう。

只Snareは通常バスドラなんかより音程が高いんで、そこまてしなくても何とか聴こえるだろう。
と云う事で鋭い低音程聴こえなくなる訳だが、特に同じ音域に別の音があると最悪だ。

それからすると最も聴こえ難いのはピチカート奏法のウッドベース辺りになるが、それ故昔の録音だと先ず全部聴こえた試しが無い。😵
恐らくパルシブな他に低域が削れるののせいもあったんだろうが、それでJazzをRockより軽いものと勘違いしてる人も居るかも知れないな。

その悪弊として最近「バスドラをRockみたいにハッキリ踏むJazz擬き」が蔓延してる様だが、Drumパターンがハッキリしちゃうと駄目なんだよねえ。
言うなればJazzではウッドベースがバスドラの仕事の多くを担ってるから、Rockとの明確な違いを生み出せてんだよ。

普段表拍で行っといて時々裏拍を鳴らすが、全体の流れは止めないってのにはその方が合ってんの。
こう云うの1つとっても今劣化本邦の録り方は最悪で、まるで雑魚はかり全員で主役を張ってる様なもんだ。😞

人数(≒音数)が極限られてりゃまだ良いが、誰が主役なのかサッパリ分からんですぜ。
この件目立つにもどんな風にしてが相応しいのかとも関係してて、それが今劣化本邦じゃ幼稚化・単純化したのとも大いに関係がありそうだ。

例えば歌物バックのBassが格好良いってのは、どんな状況だろうか?。
音量が大き目なら単純にフレーズが良いとそれでついOKと思ったりするが、LeadパートやVocalと同じ位前面に出てては「バックとして格好良い」を満たさない。

これは古今東西積年の悩みにもなり兼ねないが、「目立って当り前」時だけ良くたって駄目なんだ。
その点チームスポーツだと未だ正直なもんで、各自の責任の果せ具合で試合の勝敗が決まっちまう。

実は音楽でも一緒かより一層で、「バックとして格好良い」を満たせないと主役との共存が成立しないんだ。
そうしなけりゃ相乗効果は得られず、単なる主役が交代するソロの集合体になるんだ。

Jazzの一部にそんなのがあるが、主役は良くても脇役の一部につまらない箇所が残る。
「音楽として無効な箇所を無くす」方が当然「何処から聴いても良い」になるが、その為にもバッキングの成否は重要なのだ。

歌物のVocal等は主役を演じる時間が殆どだけれど、ソロの後ろに僅かに入る「掛け声」等でバッキングを担う事もある。
それ以外のパートでは実質的にバックを演る時間の方が長く、つまりそんな表立たない処でこそどれだけの物を提供出来るかが勝負なんだ。

<つづく>

2023年1月17日 (火)

音楽備忘録1250 楽器Amp同士の組合せの話し㊵

今日は前回述指向性ミスマッチから来る、失敗談から行ってみよう。
失敗なんだから皆から批難轟々…とはならず、たった1人からクレームを頂くって珍現象でもあったのだ。

それはかつて従兄のLivehouseで閉店間際、最後のLiveでPAを任された時だった。
エレキバンドで途中にアコギが登場する場面があって、メンバー達は一寸志向を変えたい風だった。

が結構エレキがワイドレンジな音色だったんで、唯普通にアコギを拾うだけでは区別が付き難かったんだ。
そこでエレキでは出せない超高域を幾らか盛ってやったんだが、唯1人を除いては皆それで満足して貰えてたんだけどさ。

では唯1人の旧友だけどうして文句が出たかっつうと、たまたま彼のみがPAツィータの正面指向軸上に居たんだわ。
全体を優先し妥協すると要するにそこだけホットスポットにならざるを得ず、でも彼にしてみりゃキンキンシャリシャリうるさいからそんな事に…。

さてこの時は全部PAを通すのが半ばお約束だったんで無理だったけど、もし歌とアコギしかPAしなくて良いんならかなり話は違ってた筈なんだ。
観客に楽器もPAスピーカも程良く!?近かったから、何も盛らなくても「音の出て来る場所が違う」だけでも区別が出来ただろう。

これは小規模空間の場合2人のGuitar Ampを「縦積み」にでもしない限り、少しはAのは左でBのは右とかって結構分かるでせう。
Live録音の作品では掛け合い感を演出する為に、実際の会場でのよりわざと左右に振ったりするずら。

ならば何故実際の会場ではそんなに振り分けられないのかってば、そりゃお客さんの場所次第じゃ片方しか聴こえなくなっちゃうからねえ。
そらぁ普通はPAスピーカの方がより観客に近くなってんだし…、って事ぁそれよか奥にある楽器Ampだったらもう少し分離してても大丈夫なんだ。

そう云う「近目の時」ってのは1mやそこらの遠近が馬鹿にならず、それで指向性の範囲に入るか外れるかの分け目になったりするじゃん。
つまりPAするってのは元々夫々が別の場所にあった物をわざわざ2つの箱に入れる様なもんだから、パンを振ろうとどうしようと分離度は下がって当然なのだ。

奥行きならReverbとかで少しは補填可能だが、2chじゃ高さの違いは完全無視。
音だけだと全部完全に「横に並べたDrumset」になってる訳で、どうだい変だろう!?


20m離れれば50cm程度の高低差は殆ど無きに等しいが、数mなら分かるでせう。
わこの辺で勘弁してやるとして、Bassエンクロージャの向き不向きも中々のもんなんだ。

過去体験の苦しい例では閉店しちまった新宿Jamでは、舞台左端に横向きの方が近い位斜めに設置してあったな。
件の舞台は巾に恵まれぬ特徴があった故、普通なら太鼓が真ん中辺の処かなり左に寄せてあった。

では右奥は何の為の空間ったら、鍵盤類が昔は今より場所を取ったんでそれで一杯だ。
そんな際にBassエンクロージャが分割出来りゃ、前向いてたって舞台上の全員にまあまあ聴こえだんだけどね。

Guitar・BassのAmpはビルトインよりセパレート、その上スピーカだけで2段あったりBassならホーンが付いてた方が格好良いよ。
けどそれは遠くに音を飛ばさなきゃなんない時の「仕方無い姿」でもあって、生楽器に対しコンパクトでもかなり大きな音の出せる方を売りにしたって良いのにね。

<つづく>

2023年1月16日 (月)

音楽備忘録1249 過音圧ミュージックはもう沢山➍

さて楽曲を再現するのに「足りてれば」良いと言ったが、その足りるが案外難しい。
フルプロセスで保険を掛ければ足りる様なもんじゃなく、全体としてはそんなレベルは必要じゃ無い。

例えばリズムの躍動感が重要な曲なら、他を差し置いてもそこだけは「生きたリズム」が必要だ。
それには多少不安定になってでもClickを使ったら死んじまって、しかしそれがあったならそんなに強い音で無くても構わない。

のを猫も杓子もClickを常用するから、物足りなくなって色々加工したくなるんだわ。
結局は「そこじゃない」から幾ら盛っても不充分なんだが、及第点は取っておきたい心境なのかな。

では思い切って要らない処の盛りを止めたらどうなるか?、確かに部分的には見劣りする作品になるだろう。
内容で判断せずパッケージングだけで聴き比べりゃそうなるが、何と自信の無い事か!!!。

しかし音楽の基本は減点では無く「加点法」で、悪くないなら今掛ってるのを止めはしないがわざわざ買ったりはしないですよ。
電通様を本流とする威力のみで頻繁に流した処で、大してヒットする訳ゃ無いんだよ。

それだって見た目で買うから良いんだって、音楽が出来なくても構わないならもっと良いのが居るんじゃないの?。
案の定若い女子は未だしも男はサッパリで、さしものジャニーズが誰の目にも勢いを無くしてるぞ。

それで困るのはラジオやTVの番組が成り立たない処で、面白いヤツを路頭に散在させたが為に忙しい現場じゃ見つけられなくなってる。
ミュージシャンの方はこれを熟知して「世を忍ぶ仮の姿」でリリースしてると、CDよりもLiveを儲けの主体にしている。

中堅処になれれば海外のエージェントと契約し、酷い音を我慢しなくてよくなる寸法に御座居。
これが何とも憐れなのは’90年代に向うでJazz系の人達があぶれた時、こぞって国内メジャーが契約した事だ。

そういうのを上手く育んで行けたらもっと産業として成長出来るチャンスだったんだが、道半ばでバブルが崩壊すると同時に手間を掛けるのを止めやがった。
今日本には目に見える形でのRockの市場は無くなったが、先々続けたいのであれば本邦メジャーの手法なんか真似する事ぁねえぞ。

ジリ貧メジャーがこのまま持つとは思えないんで多分過渡期なんだろうが、今現在一定以上の収入が得られてないなら将来に掛けた方が良い。
そればかりか今売れてるのが壺パワーに全依存してないなら、何時でもマトモな音にスイッチ出来る準備をしといたがエエがな。

と云う具合に今マトモな音で苦戦してるならご愁傷様だが、それがまだ身に付いて無い人にとってはこのブランクは一大チャンスだ。
今はClick・ループ・修正を常用しなきゃ無理でも、それ等を使わなくても録れる様になれるさ。

因みに現時点でだって全く加工不要な音が出せてたら、あんなにフル盛り加工なんかされないんだぜ。
幾らご時勢とは云え充分テクをマスターし切れて無いのに使おうとするからで、何処かで一度又Beatlesのデビュー当時みたいに「ベーシックオンリー」で売れるのを目指さないと現状打破出来ないかもな。

<つづく>

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