ドラム

2024年4月18日 (木)

音楽備忘録1707 日常生活と音楽活動⑫

ここ迄様々な角度から日常生活と音楽活動を論じて来たが、知る限りの自体験以外も含めると誰にでも少なからず影響があると思われる。
人次第で度合いや箇所は千差万別だろうから断言は難しいけど、少なくともポピュラー系の範疇で居たいなら共存させるべきじゃないかな。

妄想や想像力に長けてる人でも最初の内は悪影響が無くても、長く続けてる内には僅かな綻びが全く気付かぬ内にほぼ全てを覆い尽くしてる可能性があるん。
まるでカルト洗脳に長年晒されて、正常な判断力を何時しか失くしてしまうみたいにさ。

杜撰大王は我儘だから普段の全てにはマイナスが大きいが、反面カルト耐性には優れてるらしいんだ。
モノホンカルト程じゃないけど新興宗教系の知人は古くから多い方で、中には俺様最大の弱点たるとんでもない美人から執拗な勧誘をされた事もあった。

でも結果は御覧の通りで…って見えないか、何等の特定宗教にも加わってないままだ。
その原因は上記の他に学位所持の研究者から、中高6年間「宗教学」を学問として叩き込まれたのも大きいかも。

今劣化本邦では親が何かの信者で無い限り、他国と比べると普段の生活と宗教の縁が弱過ぎる。
為に何教が以前に、そもそも宗教っつうのが何物なのか全然分かってない人が多いのよ。

幾ら私利私欲の塊でアホな壺議員共ってもある程度の学歴はある訳で、それなりにオツムが鍛えられてたのに何であんなに簡単に騙されて未だ気付けないか?。
杜撰君の上記への回答は宗教に無知過ぎたからで、内実はベタな美人局や枕営業にまんまと引っ掛かったのと同じですわ。

誰だって全然知らなきゃ初回は50%の確率で騙されるもんで、それと似た様な事が普通の日常生活と縁切りしてると起きる確率が爆上がりするねん。
当初呑んでも1日2本迄と決めてても、誰にも叱られないで居ると徐々に増えて来たりするのが人間の性。

或は叱られんでも一寸明日お米買いに行きたいから車出してよなんて乞われたら、少なくともその半日前位からは呑めやしなくなる。
呑みたい本人はその為に割高でも宅配にしようとしたりするが、同居人とかの全然呑めない奴からしたらそんなの容認しないからね。

こんな価値観の異なる人との共同作業って、アンサンブルを上手く導き纏めるスキルでもあるのさ。
何れにしても望まぬ価値観の変容を防ぐのに、必ずしもベストではなくても一般感覚を残し続けるのはとても重要なんだ。

例え全然優れてなく世俗的だったとしても、そんな普通も安定してたら比較時に何等かの基準にはなってくれる。
しかもそれが自分の中にあってありふれたものだったら、何時でも何処でも「あーそうだったな」と引き出せるから。

-おわり-

2024年4月16日 (火)

音楽備忘録1705 心理的グルーヴ考➋

今劣化本邦は何でもマニュアルに従え余計な事を勝手にすんなだが、殊グルーヴに関しちゃそんなの全く通用しねえ。
何故ならある程度傾向や法則性はあっても、グルーヴにはマニュアルなんて存在しないからだ。

以前述だがSteve GaddやBONZOでお馴染み太鼓のオカズ「タッタラコトン」、打込みで正確なリズムにすると本家みたいなキレが全然出せねんだ。
これは物理的(時隔)正確さと音楽的正確さが不一致だからで、音程の方でも平均律と純正律があるのと同様だ。

私感ではあるがかつて日本のDrummer正確さではかなり平均が低く、元はと言えばそのせいでClick過依存に陥ってるのかな。
これは昭和時代の事だけど、ウチの従兄は早期からタッタラコトンのキレが良かったからさ。

まだ本当には上手じゃなかった(スンズレイ)のに、ティーンの頃からかなりオファーが多かったんだ。
当時のアマの半分は手順・音源違いとかしてても平気で信じてたし、それは分かってても本家とは全く異なるニュアンスしか出せないのが残りの4割位。

つまりコンテストで何かしら入賞する位の連中じゃないと、それと分かる様な叩き方が出来てなかったんだ。
まあ今みたいにネットなんか無かったから、仕方無いっちゃ仕方無い現象だったんだろうけど。

ほいで結局↑の過半数が是正されぬ内に、Click信者だから正確って訳の分かんねぇ変な宗教信者みたいなのが蔓延しやんの。
確かにタッタラコトンの筈がオンポーロロロンみたいになってた奴等にとっちゃ、タータタトトンと聴こえてもその方がマシだったがね。

だけどなぁ↑フレーズの神髄は絶妙なタイミングで、それが非成立だったら殆ど意味の無いオカズなんすよ。
なので要するにこのオカズ自体を練習するのには、メトロノームやClickに過依存しちゃいけねんだわさ。

許容範囲はこのオカズ箇所の前後でテンポが変わってないかとか、小節の全長が不用意に変動してないか止まりなん。
具体的にはピポポポ・タッタラコトンポ・ピポポポ・ピ…、ってな聴き方とか意識じゃないとねえ。

最終的に達人領域に到達出来るとグルーヴとClickの両立は可能だが、その手前迄はグルーヴは非Clickで練習しないとどんどん遠のくんや。
だから最初の内は又ズレただの何だのと、すこぶる評判は悪いでっせ。

でもそれに負けずに「いい感じ」を徹底追及し乍ら、徐々に物理的安定度を高めて行くんだよ。
これグルーヴを得点とすればズレは失点で、ミスの有無を取るか魅力の強度を取るかみたいな話しなんだ。

正確性だけなら昔の電話のベル何かでも持ってて、しかしそれは所謂音楽的なものではない。
嗜好品の音楽には先に魅力が必須で、その上で杜撰大王みたいにミスだらけで魅力半減なんかしない方がマシなのさ。😓

つまりⅡで当初はミスより魅力的かだけに気持ちが向いてないと、中々近付けないんすわ。
現代に於いてはこの心理は最早アブノーマル且つ亜流と言え、他の多くの色々ではそんなんしてたらどうにも通用しなくなってっからねえ。

-つづく-

2024年4月14日 (日)

音楽備忘録1703 日常生活と音楽活動⑪

今回は慢性疾患や中毒に言及するが、かつては杜撰大王を筆頭に貧マイナーには殆ど無縁だと思ってた。
のがいざ40年後になってみると、判明してる範囲で今ん処無事なのは俺だけらしくて動揺が隠せない。

っつうのも気は最強でも肉体的には仲間内で、体力やスタミナ面ではずっと最弱と感じてたからなんだ。
普段は殆ど意識してないけど、何しろ小学校低学年迄は虚弱・病弱で散々だったからねえ。

なのでヤバさが到来するとしたら俺が先頭と予測してたのに、それとは真逆に近い現実が何ともやるせない。
病弱な奴程意外と長生きなんて囁かれてるのも知らなかないが、カウント開始時のHPは弱者程少ないんだから何か裏がありそうだ。

そんな思考で振り返ってみると、どうも危機感知に差があったのではと推測出来るん。
こっちは常時最低限の燃料しか入ってない車で、ガス欠に怯え乍らちょくちょく残量と燃費計算をしてる。

と例えれば満タンで出発してると問題になる事が少ない代わり、燃料残量が殆ど無視になっちゃってるのかな。
勿論不意の不具合が起こらなきゃそれで平気なんだけど、何処かに穴が開いて漏れてたりしたら発見が遅れる可能性がある。

しかも不測の事態が起きる迄何の心配も無かったから、多少の異変にも必要より軽く対応しちまうかも。
それプラス非赤貧だと余裕から加減が効くんで、悪状況を覆せる術は多くなる。

要するに過信してた訳じゃなくてもまだ大丈夫と先送りしてる内に、気付いたら手遅れになってたんじゃないかな。
これは癌等でありがちだが、初期症状の軽いの程陥り易いのは確かだ。

今身近な者に自覚があって手遅れのアル中も居るが、問題なのは本人は無自覚で他人目線で客観視すると疑惑濃厚な人がとっても心配だ。
今劣化本邦では麻薬には神経質でもアルコールには世間は驚く程鈍感で、昔から酒に溺れて自滅する奴は絶えなかったにしても一寸尋常じゃない。

明確に人生を捨てた者ならいざ知らず、いじけつつも明日を見据えてて簡単に嵌ったんじゃ堪ったもんじゃおまへんで。
全数統計を出せたならリスクが周知する程、○○中毒に陥る人は減ってく筈なんだ。

中には該当しない者も居るだろうが無理に路上喫煙するよか、今なら過去に存在しなかった何か新種のお菓子でも口にする手が増えてるじゃん。
喫煙者の俺がもしそんな気持ちになったとしたら、即座にタバコ辞めますよ。

只恐ろしいのは好みを変容させるだけじゃなく、「神経を歪曲させる」麻薬や酒の場合はそれだけじゃ済まない。
客観的判断力を段々と喪失してくんで、そもそもヤバいかもと思わなくなっちゃうんだよ。

この面からは常に嗜好が一致してる人だけで集うのは危険で、酒好きでも全く呑めない友人1人位は作っといて定期的に合うと良いんだ。
但し何時もそいつに車の運転を任せてる様じゃ駄目で、変わりばんこにハンドルを握らんとね。

-つづく-

2024年4月13日 (土)

音楽備忘録1702 今時真空管の得失⓫

今日はかなり大回りになっちまうが、音楽での人間の感覚について触れとこう。
オーディオがリニアに拘った源泉は、演奏されたままを再現しようとしたからだったよねえ。

それがかつては色々とあまりに足りなかったから、先ず物理的な損失を減らせば良くなるんじゃと考えたと。
実際途中迄はそれで行けてたんだが、一寸「機械だけの立場」に引き籠っちまったかな。

一定段階を超えたら従前より実在空間での音の振舞いとか、人耳の性質や感覚にももっと目を向けなきゃ意味無かったんだわさ。
処が人体や人間の感覚の研究がオーディオより遅れたか商魂に走った結果か、一体であるべきものが分離独立して勝手な進化をし出しちまった。

結果杜撰流論法では巷の人々が爆音御免で難聴も恐れないか、所謂○○警察ばりに昼間の幼稚園の子供の声さえやたら迷惑がる様なのに2極化しとる様だ。
この現象言わば爆音カルトに毒されたのと神経カルトに毒されたのの不毛の争いみたいなもんで、現イスラエル政権のパレスチナ侵略案件と同じで理由を誤認したままにしてるから何時迄も解決しねんだよ。

世界情勢の方はこないだ注文付けたばかりだからここでは割愛するが、私的には音の感覚的リニアと物理的リニアがかなりかけ離れてるのの周知が足りないからなんじゃねっと。
そこで肉声と電子音等の大体中間層として、生楽器の実態を挙げとこう。

人が操作はするが生楽器には機械的部分もあるから、人感覚とは少し違う反応をしてしまう。
なるべく近付けようとはしたものの、楽器種毎にどうにもならない部分ってのが残ってる。

けれどその不完全さが却って人間に似てもいるので、我儘な美人さんとどうにか仲良くなろうとする様な状況となる。
その際最もネックとなるのが、アベレージで奏でてる時の反応だ。

相手がリアルの人間なら懇意になれた後には、些細な失態はスルーしてくれたりもあるだろう。
この観点からするとあまりにバカ正直なのは扱い辛く、さりとてどう奏でても同じ音しか出て来ない程一点安定ってのも又同じ位困る。

つまり人だったら普段は大目にみてくれていざって時は叱ってくれるとか、楽器でもそんな程度が実用上は最もバディとして相応しいん。
基本そんなので音楽は構築されてるとなるとそれを再生する側も、過敏でも鈍感でも不都合が生じるんすよ。

人耳って可聴限界近くでは小さい方も大きい方も程度が分かり難くなってて、個人差こそあれどんなに訓練してもその性質を完全に克服するのは不可能だ。
のでそんな領域で物理リニアにした処で殆どご利益が無く、特に大きい方で過大になっても認識し辛いのが耳破壊の危惧に繋がってんだ。

極マゾ君だと危険に晒され乍らこのアタックは凄いなんて、悦に入る悪趣味な人も居るかも知れんがね。
個人の自己満としてはアリだとしても感覚が鈍ってるから、耐え忍んだ処で実際の程度をちゃんとは判別出来ねんだ。

これに対し球のパワーコンプレッションが何故最有効かったら、俺に言わせりゃハイパーインテリジェントリミッタ的役割をしてくれるからだ。
動作だけなら今や少しはシミュレートも可能だろうが、リアルだろうとバーチャルのだろうと殆どのコンプ・リミッタには球の電力増幅回路が実装されてない。

実はあのFairchildのコンプ・リミッタにはスピーカを駆動する意図も必要も無いのに電力増幅回路があって、殆ど語られてないが俺はそこがものを言うのではと睨んでんだ。
これには細やか乍ら一応根拠があって、かつて球オープンリールレコーダに搭載されてた自動録音レベル調整の音がこれ迄の人生で耳にした中じゃ一番似てたんだよ。

-つぅづぅくぅ-

2024年4月12日 (金)

音楽備忘録1701 心理的グルーヴ考➊

ベテランの知人にノリで悩みを抱える人から相談を受けた際、何の気無しに今迄発した事の無い言葉が口から出た。
のが他の人にも役立つ可能性があるんで、少し掘ってみたい。

ノリ(グルーヴ)については以前から随時で触れて来たが、実演時の意識(心の持ち様)の影響は甚大ってか殆どはそれで決まると言っても過言じゃない。
にも拘らず杜撰大王が語らなかったのは、ノリを出す事がわざわざ音を出す動機になってるからだ。

何故って少なくとも俺には何を置いてもノリが足りなかったら楽しくないからで、楽しいから単純でアホな刻みも飽きずに続けられてんのよ。
日本じゃ民族性か高度な技や深い読み等に惹かれる方が多そうだが、俺がそれを理解したのは随分齢を取ってからだった。

そんな人も決して批難する気は無いが、年齢や歴に依って差が生じるから人を選ぶのは確か。
そこが差別的にも感じられるから嫌で、ノリやムードだったら感じ方は様々でも誰でも楽しめる余地があるのよ。

杜撰君がそうなったのはもしかしたら音楽の目覚めが幼少時だったからか知らんが、芸術ってスペックよりそっちで楽しむもんじゃね?。
ってかスペックで表せない魅力のある決して多くは無い存在で、技読み派の人だって最初に興味をそそられたのはノリやムードだったんじゃないかな。

その訳は曲が始まってから聴き続けないと、技とか読みは体感出来ないでしょ。
どんなものでも最初の最初は「何か良い・凄そう…」があって、その後も見続けて・聴き続けてみようかとなるじゃん。

その段階では「何が」の内容なんてまだ知る必要は無く、それでいて良さが瞬時(極短時間)に分かる事だけは要求されてるんだよ。
ので①に音色②にノリ(グルーヴ)となるんだが、頭の1音だけが良い音色だとその後は興味が薄れる。

それと比べたらノリだって少し聴き続けなきゃなんないけど、多くの場合技や読みを理解するよりゃ短時間で全把握出来るんだ。
この2つで大きく異なるのが事前知識の有無で、聴いて楽しむだけなら拍子や拍すら認知不要なんだ。

唯々何かズンタカズンタカ言ってるのに、我が身を委ねて浸れりゃ良い。
ノリってなそれ自体が感覚的・原始的な存在なんで、考えたり恣意的手加減で出そうとするのに無理があるんじゃい。

実際に奏でてる最中には頭も使ってるんだけど、ノリに関しては唯ひたすらキレとか気持ち良さしか念じてないんだ。
せいぜい予め自分がモタり易い箇所に注意を払う程度で、次の音符は125mSec後みたいな数学・物理的な具体的発想等は一切していない。

杜撰大王はこれを感性で演る考えると捉えてて、対極にあるのは理屈で演る考えると仮定している。
そうしてある意味で天然状態に無いと、途端に勢いが失せたり流れがギクシャクし出すんだ。

-つづく=

2024年4月11日 (木)

音楽備忘録1700 音楽に於けるテクニックの意味⑤

今回はウケ度合と表面的凄さをガン無視して、Kieth Moonの特にツーバスを取上げよう。
正直聴き出してからかなり年月を経る迄は、杜撰大王には彼の真骨頂なんて分からなかったよ。

他にもそんな人が多そうで、何せ現役バリバリの当時でもちっとも速くなかったもん。
その上乱れ打ちの手や演奏以外のパフォーマンスもあんなド派手と来りゃ、遅く目立たない部分はそもそも印象に薄くなっても仕方無いよ。

尚且つ彼のフレージングってハチャメチャな様でいて、よくよく聴き込むとClassicオーケストラ的アプローチでさ。
結果バスドラに関しては人を食った様なフレーズも登場し難かったから、余計に印象が薄く感じられるんだ。

のがDrummerとしてちゃんと勉強しようとしてみたっけ、バスドラフレーズの柔軟性できっと2つの方が好都合だったんだ。
上述クラオケを土台に思案してくと、本家は独立した人が手で叩いてるよね。

殆ど片手だから速さは大した事ないにしても、セットDrummerみたく肉体コンビネーションには縛られない分随分自由になる。
それでか分からんがThe Whoでのバスドラには、任意タイミングの3連打がそこそこ多くあったんよ。

但し前述の如く飽く迄曲に添わせるアプローチだったから、全く目立たないし例えばRLRと踏んでるとさえ殆ど気付かれなかったんだ。
それでもかなり後年になって、手と足が完全に「シンクロしない」ドラムソロの音源が見つかってねえ。

これ比喩るなら歩き乍ら話してる状態に近く、普通話してると一々足を左右左右とやってる意識なんてしないっしょ。
のがリズム楽器となると元々合わせるのが使命なだけに、中々そう簡単にはいかねんですわ。

で実現可能性の高さでは、片足より両足の方が歩いてるつもりに自分を騙し切れれば光明が射して来るとな。
こんなの一般的音楽性には殆ど貢献してないけど、恐らく最も単純な疑問に対して答えられた唯一の存在なんじゃないかな。

前衛的な意味で2人居て夫々が勝手に叩いたのを、たった独りで実現可能にした価値は褪せないからさ。
それもこれも速さとか奏者ナルシズムじゃない理由で、ツーバスを選択してたからこそ湧いたアイデアだと思うんだ。

そんな価値観は一部黒人系で手で32分音符が叩けるより先に、片足バスドラで16分音符を制覇した人達と一寸似てる気がするん。
手の32は俺言い奏者ナルシズムには絶好の獲物だが、曲に対してのご利益はポピュラー系では皆無と言って良い。

しかし足なら16の方がフィットする箇所は幾らでも出て来ると、言うなれば曲盛り上げにはとっても実用性の高いテクなんじゃないかな。
所詮は後追い推察に過ぎないけど、こんな部分に俺様ありきなのか曲ありきと考えてるのかの差が漏洩してんじゃねっと。

-続-

2024年4月10日 (水)

音楽備忘録1699 日常生活と音楽活動⑩

本項ここ迄色々押し付けがましかったかな、とも思うけどそこには杜撰大王なりの悔恨が色々詰まってんだ。
実際には若い時分には頭は器用でも精神的にバカの1つ覚え的だったんで、知識として先に知っててもどれだけ改善出来たか分からないんだけどさ。

唯そんなひたすらムキになってた中で、そう感じてた前提状況がポッカリ抜けてたのは痛恨の極みですわ。
1時間しか練習出来んのが2時間あったら、更には半日位費やせたらきっと無敵だろうなんてね。

具体的には↑の心情って、体や心のスタミナに限界があるのを完全に無視or失念した発想なんだよ。
初志貫徹に絶大な自信があったって、人並みの体格・体力すら無かったってのにさ。

尤もこの件はアマの内には試せる機会も無く過ぎちゃったっけ、その後プロ化してから徐々に大きな壁となって来たん。
兎に角本番を増やしたい処へ機会が訪れれば嬉々として引受け続けてたら、段々練習時間が捻り出せなくなって来たんよ。

自分の周辺では最も遅くに
初め遅くに成長した(少なくとも本人自覚では)んで、突然スカウトか何かされて生活が180°変わる様な事が無かった。
その結果常時本番では意識上は2~300%の力を掛ける癖が付いちゃってたんだけど、スケジュールがタイトになって来りゃそんなで続けられる訳も無い。

一方で生活する上で例え一点集中式であろうと前述の如く、絶対に省けないのも色々あるやん。
猛烈サラリーマンとは違ったから過労死こそ無関係で居られたが、生活の質がどんどん下落してっちまったんだ。

そうして苦しんだり嘆いたりしてる最中に、プライベートで有難くないのが幾つか被さって来て。
今客観視すりゃそんな「煙たい感じの奴」じゃ敬遠されても当然なんだが、兎に角困ったのが体内時計の故障なんだ。

極簡単に言や時間の感覚や制御を殆ど喪失したもんだから、練習処か本番を追い掛けるだけで一杯一杯になってねえ。
こっちも今にしてみりゃ病気と迄は行ってなくてもその前段階か、何とか症とか症候群位にはなってた様な感じだ。

それが平成の初期頃迄この国じゃ真剣に考えられてなかったし、何しろ昭和の負の遺産闇雲精神論・根性論も根強かったし。
従兄がパニック障害やHSPで苦しみ続けるよりゃ遥かにマシだった代わり、原因把握がより後回しになったん。

チトどぎつい言い回しになるが自他共に明確に不具合が出りゃほっとけないが、万一気付き損ねてそのままを継続してたら深刻な人格障害とかに至る恐れもあったんだよ。
又症状が曖昧だと解決策も見つけ難く、この怪我だと大体一月で完治するとかの予測が付かない。

俺の場合限定かも知れんがその時点では全く望んで無かったが「普通の生活」が糸口となって、殆ど負の遺産無しに復活出来たんだよ。
呑み過ぎてアル中になったりすると、それ自体は寛解しても一滴も飲めなくなったりするじゃん。

アル中の場合元は呑み過ぎが一番の原因だろうが、普通の生活をするには一定以上の「しらふタイム」が必要。
音楽以外の色々も毎日熟そうと思うと案外時間を割かれたりするんで、少なくともアル中になる迄の時間延長位は可能になるんじゃないかな。

-つづく-

2024年4月 6日 (土)

音楽備忘録1695 日常生活と音楽活動⑨

さてこのテーマを考察してくには原点とか、初期にはどうだったかも省くべきじゃない。
突飛な例えも敵弾雨あられの最中ではどんな音楽好きだって、小康状態時にせいぜい鼻歌を歌うのが精一杯だしょ。

最適環境とは掛け離れてても、楽器を始めて誰かとグループを組む辺り迄の状態を想い出してみよう。
恐らく多数派は10代位から始まってると思うんだけど、学校や親等の束縛を当時は殆どの人はとてもウザいと感じた事だろう。

でも特に日本ではその時期が最も熱くノリが良い様で、社会に出て数年経つと学生時代とは真逆にリズムの死んでる奴が随分多くなってた記憶がある。
Rockの場合俺が思う原因の1つに、「敵が見え難くなった」ってのがある気がするんだ。

幾つかのケースを半分は想像で挙げてくと、不満爆発方面では鬼親や鬼教師失墜しろとかとても具体的な対象があった。
人次第で名指しでクソヤローと絶叫出来たなら伴奏不要かも知れんが、心理の根底に何かしらその当時リアルで抱えてた問題はあったんじゃないかな。

夢を見る方面なら技も度胸も足りなくて、好きな人に告れない思いを密かに歌に託したとかさ。
こいつが一寸矛盾もあるんだが、自信家且つ強運なのは即告ってOK貰えるから音楽なんかに託すニーズが生じ難い。

音楽にしか僅かな取柄の無い誰かさんみたいなのが必死に絶叫するんで、内面外面共真のイケメンがバンドマンには滅多に居なくて残念ってか。
うぉっつ危うく脱線し掛けたが、そんな場合恋の歌のターゲットが心理内ではとても明確に具体的に居るからね。

そんな幾らでも夢を抱ける→夢見がち→典型的中二病であっても、実際就職先も伴侶も未定だから微かな希はまだ残ってたんだよ。
大体の合否結果が出揃った後と比べりゃ、どんなに低確率だろうと僅かな余地だけはあった訳だ。

創作に於いては例え0.
1%でも夢がリアルで見られるってぇのの重要性は、人生の終焉が近付く程実感が強まるもんでね。
その為なら唯の普通の学生という身分を、今になると引換に甘んじて受容れても良いと思うようになったな。

これは老害の後悔に近いかも知れないが、下手に身分が高くなると妙な制約が増えてったりするのは確かだろう。
実際どんな分野でも金満に溺れたら、行動や判断が可笑しくなって駄目になる人が後を絶たないよね。

甲子園で脚光を浴び過ぎてプロで泣かず飛ばずとか、世間では性格が原因と言うが俺はそうは思ってない。
実際性格の影響もありはするんだが、最大要因は「普通」を続けなく続けられなくなったからなんじゃね?。

どんなにスターになろうと凄く腹減りゃ何時もよりは上品に食べられなくなるだろうし、その後には下品だが必ず排泄っつうのがやって来る。
この様に変えられないとか変えるべきじゃない部分、生きてる上で不変で普遍な処が必ずあるんだ。

そんな箇所で自ら「普通じゃなくする」なんてのは自殺行為も同然で、少なくとも自らやってしまうのは知恵不足でんがな。
なるべく楽したいしサボりたかったりするけど、一般生活に必要な要素は最低限でも残しといた方が良いんじゃないかな。

-つづく-

2024年4月 2日 (火)

音楽備忘録1691 日常生活と音楽活動⑧

前回の迄で専門家程非専門家との共存が必要と指摘したんだけど、少しは分かって貰えただろうか。
一般日常生活には俺言いベーシック汎用スキルが要るのに、専門に特化してく程それ等には縁遠くなったり習熟する機会が減ってくん。

となれば身勝手な理想は音楽以外の全てをやってくれて、音楽や自分には一切干渉・妨害しないパートナーが得られると良い。
がそんな都合の良い話しなんて先ず無く、超高額報酬でも払わなきゃメイドさんだろうと執事だろうと彼女か奥さんだろうと決して誰も引受けてくんない。

となりゃ原資を効率良く稼がにゃならんが、拘束時間ゼロってのは存在しない。
ここでちょっち尺度を変えて一般日常生活の恩恵を考えてみたいが、直接的貢献はゼロでも間接的には本業にプチプラスになるのが案外多いんだ。

又もや遠回りになるが昨今の幼児の安全対策、家具とか何でも鋭利撲滅ってのがあるよね。
それ等へ触れても不用意な怪我をしないのは良いんだが、完全温室育ちになるといざって時の対処法は全く学べなくなっちまう。

これは肉体的損傷のみならず精神面の用心にも大きな影響が考えられ、要するにあまりにも痛い思いが少ないと慢心若しくは危機管理意識希薄になるやんか。
それの大人バージョンとして大谷翔平選手を例示すると、投手で下手に指を怪我したら命取りになるにも拘らず普段包丁を握ってるんだってね。

今の彼の立場からするとおっかない気もするけど、グラウンドにも色んな危険は一杯あるんだ。
注意しないと痛い目に遭うと常時思ってたらそんなに危なかねえが、あんまりボヤっとしてたら誰かの打ち損ねたボールとか飛んで来るじゃん。

俺的にはこれ系って程度の問題だと思ってて、裁断機とかは流石にヤバイが包丁とかカッター位なら許容しといた方がって思うんよ。
手前味噌例を1つ挙げとくと水洗いの仕方っつうのがあって、金属弦楽器奏者からするとなるべく指先は濡らしたくない。

がトイレに行って洗わん訳にも行かないんで、洗い物はなるべく手を洗う必然性が生じたら一緒に纏める様にしてんだ。
極度に溜めちゃうと長時間でふやけさせるのも困るけど、取敢えずそうしとくと濡れる回数を減らせる。

ってな風にやたら避ける事を考えるより、その人なりに上手に付き合おうとする方が現実的だし実現性も高いんだ。
尤も今一仲の良くない家族との怒鳴りあいは、ロクすっぽシャウトの練習にはなってくれんけどな。😓

それですら歌唱時以外ずっと大きな声を出さないよりゃ、幾らかはマシなのかも知れない。
こんなのは杜撰大王ならではの最低の例だろうが、何が刺激になってこっちに反映するか分からないのは確かですぜ。

-つづく-

2024年3月29日 (金)

音楽備忘録1687 日常生活と音楽活動⑦

人間誰しも自身が未体験だと、最初はもっと没頭出来たらとかしたいと思うもんだ。
杜撰大王も40代位迄は常々そう思ってたんだが、それには普段高頻度で接する周囲の人を同好者で固めたい。

処がある程度の段階迄それが実現すると、閉塞社会の弊害が多方面に及んだんだ。
深慮すればどんなに近しくて似てても色んな相違はあるんだが、99箇所同意で1つだけ食い違った際気持ち的な処理で失敗し易くなるねん。

心情的にどうしてそこだけ分かんないのと、あれもこれもと一致箇所が積み重なってくとまさかと油断するでもないんだけどさ。
一種の警戒心が不要になるにつれ、想定外耐性が知らん間に弱まってるんだろうね。

これって権力が長く続くと腐敗するどっかの壺下僕とは程度はかなり違うにせよ、慣れに依る感覚の偏りを常人は完全には避けられない。
つまりヲタ集団は専門に関しては充実するんだけど、それ以外はどんどん明後日の方向へズレてったり平均的一般人の感覚から遠ざかってっちまうん。

↑の後者ヲタ氏自身が望んでないならその分は平気でも、世間の事や他人の気持ちに疎くなり過ぎるのが不味いんだ。
普通が分からん≒特別が何かにも鈍くなる訳で、要するに何等かの裸の王様へまっしぐらになってんの。

で結局過去に杜撰ヲタ帝国みたいな状態になってぬか喜びしたのもつかの間、様々な対立が起きたりしてあっさり崩壊しただよ。
この現象で音楽界で良く語られるのが、スーパーグループは短命に終り易いなんてのだ。

これはどんな小さな関係にも潜んでて、人間じゃなくてもAアプリを入れたらBアプリがバッティングして入れらんないとかあるじゃん。
そんな状況から脱出するのに傲慢だった俺の場合、自身が凄腕になれればなれた程相対的に他人が凡人に見えて来るって発想だった。(※単純に相手を見下すのとは違いまっせ、念の為)

いや実際は極一部を除きゃ全くそんなになんかなれてないんだが、少なくともすぐに相手に通じなくても仕方無いかと動じ難くなれるじゃないすか。
何せ分からなくて当然ってのが、心の片隅に常駐してんだからね。

のを一気に拡大解釈すれば新たな寂しさ等は少し生んじまうが、周りは全て凡人で自分だけミクロ天才って状況にも価値があるかもと分かる。
日常生活って心理的にどんなに孤独でほぼ引き籠りな一人暮らしでも、現実には何か小規模なチームみたいになってないとにっちもさっちも行かんのどす。

無人島に独りで暮らしてるんなら未だしも、想定外のインフラ故障時とかには修理屋位呼ぶでしょ。
それがエアコンなら無理に我慢したとしても、水道が止まらなくなって何処かで噴水状態にでもなったらもうどうしようもないじゃん。

-つづく-

より以前の記事一覧

フォト
2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ