戯言

2020年3月24日 (火)

音楽備忘録230 この際だから政治と絡めて音楽を考察しちゃおう➄

今回は近年の呼称・ネーミングを先ず槍玉に挙げてくが、先ずは意味理解が不十分なまま外来語に置換えたのが多過ぎる問題から。
先に予防線を張らせといて貰うがどっかの「喝・あっぱれ」元選手みたいに、情緒に過依存するのは眼中に無いのでそこんとこヨロシク!?。

今は安易に横文字にすんなよと思ってる俺も、実は子供の頃は日本語ダセーの最右翼だった。
今になって漸く分かったその原因は言い回しにあり、わざわざ一番難しく大袈裟な感じになってたのが多かったからだ。

今でも時々見受けられるが終戦前に生まれた人の多くには「お前○×△□って知ってるか、分かるか?」等と、とっても上から目線で勝ち誇る様な輩が多かった。
それが昭和の頃は理系ですら非合理な方を常としてる様な処があって、例えば電気モータなら電動機とか。

意味として間違っちゃ居ないが本来なら大事な部分がこれでは欠けてて、電気力で動く物は回転するのばかりじゃ無いのに回るが入ってない。
又「モータ」の方も一面では微妙で、電気以外のエネルギーで動くのも含まれている。
モータースポーツの名が出来た頃に電気自動車のレースなんて無くて、結局はエネルギー部が略されてて「回転機」の部分だけになっている。

どうせ日本語でも拙い真似っこ英語でも不足があるなら例えば「電グル」なんて如何、ってのはポピュラー音楽に毒された者の発想かいね。
そして私的だが痛感するのは年々専門化と一般での呼称が掛離れてってる処で、そんなじゃどっちの呼称もキラキラネームと一緒やんけだ。

今や死語のギャル語とかそーゆうのは一種の暗号で、汎用呼称とは対極にあるものだ。
こうした2極化の根源の1つに思われるのが「お役所用語」で、例えば確定申告の金額項目の表現等がその典型だ。

その中でも一番可笑しいのは表現の硬軟がまちまちに混在してる処で、以下に青色申告書から例を出してみよう。
修繕費って項目があってこれは誰にでもすぐ分かるが、減価償却費なんてのは面倒でも他の適切な呼称が難しいから仕方無いかも知れん。

だが「租税公課」ってなんじゃそりゃで、実際にはほぼ固定資産税なだけだ。
徴税は法であるから税務署と税理士等はその出自からして、必然的にお友達である確率が高い。

それで忖度合戦でもって税理士雇わないと難しくしたいなら、この際全部一般人が知り得ない言語にでも勝手にしやがれっての。
恐らく忖度バレが嫌で分り易いのも少し混ぜたと俺は勘ぐって疑わぬが、コネバレなんかより「混ぜるな危険」が例え薬品じゃ無くても如何に危険かが蔑ろにされている。

これ俺知りでは何時頃からかは知らんが昔だと畏まったのはひたすら固く、一般のは分かり易さにそれぞれが統一されてた記憶しか無い。
真剣に捉えると酷い話しだが昔の「大上段呼称」は一面ではポーズで、学者でも無い平民が口ではそんなん言ってても頭の中では全然使って無かったと。

当初はベテランが初心者をからかって(ホントはけしからんが)も、それでご満悦になれたらちゃんと謎解きは何時もしていた覚えがある。
敢えてこれの必然性を考察すると一般人には失礼なゲームだが、その一言が通じるかどうかで同族かどうかの見極めに使ってたのも確かだ。

要は平成以降になって呼称の必然性が薄れちまって、その発端が政策にあったのではって疑惑だ。
何せ現政権は報道方面への下らん余計な注文が多過ぎで、本来なら無理な尻拭いで無く「決定的・象徴的な一言」を先に発するのが仕事ではないか。💢

それこそヒット曲のサビの歌詞と同じで、その為の訓練は常人より遥かに多く積んでる筈なのだ。
それがあんなのでまかり通したからか何時の間にか、歌詞の方まで決定力不足でも構わないかのようなムードになってやしないか?。

<つづく>

2020年3月23日 (月)

音楽備忘録229 この際だから政治と絡めて音楽を考察しちゃおう④

まだ是迄の記述程度じゃ充分ご理解を頂けてないかもだが、一応政治と音楽に関連性があるらしきは一端を記した。
ので今迄拙ブログではストレートに政治に触れなかったのに、どうして突然急に吠え出したかを少々ぶたせて貰っとこう。

正直個人的には今でも政治への関心は決して高く無い口で、思う処は色々あっても期待薄な上只のボヤキや僻みと思われてスルーされそうとも考えている。
ホントはそれじゃ悪しき傾向なんだが世間の同意を得られ難そうな他にも、この世相で如何にもな語り口をしてるのの中に新興宗教的な連中が多いのもある。

個人の自由は拒否しないけれどご大層なお題目を唱えるだけの方々とは、思想は言う迄も無くそもそもこんな俺とじゃ接点も殆ど無い。
これは政界に於いても近似な様で本来の実力者は低評価、商売上手(と云っても極一時的なのに限られるが)なのだけが決定権を握る有様だ。

なので低レベル乍らも内実では政治にもそれなりにアンテナは張りつつ、しかし政治臭は一切しない発想や表現を日頃心掛けて来ている。
それがここへ来て普段から政治的発信もしている従兄の方が理解が浅い疑念が出て来て、それが例のClick使用の是非に対する従兄の回答や説明にあった。

俺は昔から政治不信ではあったがそれ以上に触れたくも無くなったのは、今本邦の政治に携わってる殆どは政治家じゃ無く「政治屋」だからだ。
これって近年本邦のメジャー系J-POPの連中を勝手に卑下してるのと全く同一構造で、幾ら優秀でもビジネスマンなだけなのに一端の音楽家面するから猛烈に否定したくなるのだ。

アメリカのトランプ大統領は迷惑者以外の何者でも無いが、どうせ政治も商業だってんならまだ自然な展開ではある。
政治の理想としては前任のオバマ氏の方が適してたが、自国経済面からしたら理想論ばかりで収益ジリ貧では資本主義で経営してる以上は実際困る。

要は「反動が強く出過ぎた」だけの事例だろうが、稼げさえすりゃ真の政治力を持って無くても表面上は務まる程度に今はなったんだと考えられる。
これはどの分野でも共通で打込みの無かった昔なら、最低でも「マトモに歌える」が無いと音楽を作れなかったのと一緒だ。

コレ気付かずにすっかりその気になってる人にゃ悪いが、音楽的スキル不足のままだと完成した作品の殆どは「単なる音の羅列」の域に留まってると断言させて頂く。
なんて俺が偉そうにぶつ迄も無く、現実に世間の評価にマーケット縮小として表れてるよね。

でギリギリでもやってける様になったからもあるだろうが一番不味いのは認識の問題で、俺言い「音楽屋」と音楽家の区別の出来ねえ奴が多いからだ。
つまり野球選手だったら守備力と攻撃力は個別に見るが如く、商業性と芸術性をしっかり分離して捉えないからこんな事になるのだ。

音楽も仕事としてやるなら最低限の商業性は必須だが、「音楽」の冠を名刺に書き加えたいなら商業性以上に「先ず」芸術性が必要だ。
この点は寧ろアマチュア音楽家の存在に目を向ければ気付けると思うが、音楽家になるのにアマを飛ばしてプロと云う経路は原理的に存在しない。

仮に外野からはいきなりプロとして登場した様にしか見えない人が居たとして、単にアマ時代が非公開だっただけだ。
或はスポーツ界でもある世紀の大天才みたいなのも稀に出るが、それだってアマ時代が極端に短かっただけなのだ。

古くて悪いが俺知り例では、The Rolling Stonesの創設者のBrian Jonesのエピソードがどんぴしゃだ。
仲間が朝仕事へ出かける時部屋から道への階段に彼が腰掛けてて、ブルースハープと格闘してたそうだ。

その時点では全然マトモに吹けて無かったのが仕事が終わって帰って来るとまだ階段に居て、しかしもう自在に操って居たんだそうな。
これがもし同居して無くて丸1日会わずに居たら、突然吹ける様になってたと感じたんじゃないだろうか。

それともう1つ気になるのがある種タレントの価値で、何々家(葬式とかじゃねんだから「け」じゃ無くて「か」よ)よりもタレントの方が音楽家より恰も身分が低いかの様な世間の誤認だ。
日本なのに英語のタレントなんて呼び名がされる様になった起源を考えると、役者と呼ぶには演技力が拙いとか歌手と呼ぶには歌唱力が…等既存の尺度では適した呼称が無かった場合だろうか。

しかし役者だって世界初の人の登場時にはそんな呼称は無かった筈で、音楽家には足りなくても凄く人気で売れてる人を何故「素晴らしいタレント」と呼ばないか俺には甚だ疑問だ。
その人の能力認定をするのに誤呼称するなんて寧ろホントは失礼で、政治屋だって国会じゃ無く悪質な負債者からの借金取り立ての現場にでも携わるならかなり有能だと思うんだが…。

すべからく不適切呼称も最初の内は副作用が現われんかも知れんが、何時までも続けてるとロクな事は無い。
基準点が実態とはどんどんズレてくんだから、名ばかりの方に限らず実ばかり!?の方にもと一体「誰得」なのよってな事に。

<つづく>

2020年3月20日 (金)

音楽備忘録226 この際だから政治と絡めて音楽を考察しちゃおう①

この際ったってクーデターで軍事政権なったとかじゃ無いが、本邦の特にメジャー系音楽界の閉塞感たるやいよいよ目も当てられぬ有様となった。
ポピュラー系は失敬な表現をすれば平均的平民が顧客の中心層であるから、歌は世につれ世は歌につれの典型であって当然だ。

音楽業界は産業分野としては小規模で特殊な方なので、一端の経済人気取りの輩からは政治と無縁と決め付けられている様だ。
が実際に現場に居れば今回のコロナ騒動だって真っ先に甚大な影響を受けてるが如く、社会的にオマケであればこそ情勢が敏感に反映されている。

俺は個人的には政治にも宗教等にも興味は弱い方と自認してるが、幾ら関わりたく無くったって実害テンコ盛りでは到底無視するのは不可能だ。
万一反骨精神≒のRockが社会の主流になっても恐らくロクな事ぁ無いだろうが、少なくとも「間違ってる主流」に関しては自然と詳しくて然りであろう。

何せ1万人中のたった1人の不満でも、1千万人の被害者の為の如く先頭に立って煽ってる様な側面を持ってるからねえ。
Rockのご先祖様がBluesやSoulだもんだから、幾ら叫んで仕方無さそうでもコレじゃあどうにも黙っちゃいられないってのが根っこだし。

今回取上げるのはアホ総理も勿論だが、あれだけ阿保続けててもまだ殺されて無い様なお目出たいオッサンなんて取敢えずはどうでもええ。
気にすべきは成人君主じゃ無いからそれなり程度に留まってるにしても、まあまあ真面目にやっててある日突然マトモな明日が来なくなる様な危うい立場に追いやられ或は嵌っちまってる者達だ。

人次第ではあるが明瞭化の為に俺が一番詳しいスケベオヤジを仮の主人公に据えて、境遇に依ってどんな心理的変化が起こりそうか想像してみよう。
先ず安泰大金持ちとなれたらオネエチャン方へ大枚を注ぎ込むのは明白で、仮に凄く人格者であってもそう云う欲が全く心に浮かばない者は滅多に居なかろう。

そうして不謹慎だろうと不道徳だろうと第1の欲を満たせるとなれば、平民階級とは「したい事」の順位や内容が変動するのは間違い無い。
平民であれば夢の又夢でも一獲千金の望みも捨て切れず、労してでももっと良い音が出せないかとこねくり回すかも知れない。

だが名誉の方は無理でもそれ以外が経済で満たされれば、良い音は出したくても大多数は苦労なんてまっぴらになってしまうだろう。
名誉にしたって本当のとは違っても例えば潰れそうなレーベルに投資して再興でもさせられりゃ、経済力で獲得出来る分は確実に確保出来るから。

このヒューマン的自然現象を音楽製作現場で見てみると、どんな大御所でも経済規模は実業家等と比べると格段に小さい。
アメリカのメジャースポーツ界ではもう少し儲かりそうだが、それでも投資家等と比べるとリアル実務の実力が稼ぎたい内は常に必要だ。

自由民○党の党首だからとかあんなのは実力必須じゃ無い業界(ホントはホントに困るが)では平気でも、こっちの世界じゃジャニーズやAKB程度のご利益で精一杯なのよ。(それだって私的には迷惑千万だが💢)
んでこれ読んでくれてる人には多分そんな処に所属出来てる人なんて居なさそうだから、戦わなきゃいけなくなったのに武器が全く無い状況とでも想定しないと危ない。

なのでサラリーマン根性大帝国の現代本邦では面倒な側面があるが、演る方は内容勝負を心掛けないと最大限に幸運でも命短しになっちまうのだ。
歌う内容やテーマはサラリーマン的なのの方がポピュラリティが得られるのに、制作サイドの取組み方はその真逆位じゃ無いと上手く行かせられんって訳。

まあしかし今音楽屋をそう捉える人は皆無に近いだろうが、大衆にとって娯楽の一部だとすりゃそれを提供する側は「サービス業」の特殊な一形態でもあるのよ。
つまり音楽屋以外の皆が休みの時にこっちはお仕事タイムなる処からしても、逆になるってのはもっと誰にだって簡単に気付けそうなもんなんだが…。

<つづく>

2018年11月27日 (火)

パソコン自前修理①

Speedkingよもやま話⑫と前回の⑬に間が空いたのは、宅の家庭用PCの不具合に翻弄されたからだった。
従兄には君ん処は頻度が高いねと言われる始末で参るが、貧民としては機器類を一度に全更新は厳しいので仕方無いのか…。


経済事情は大いに関係するけれど深夜に突如となったりすれば、専門家を呼ぶにしたって少しは時間も掛るだろう。

そこで参考事例としてを含め、是迄に体験した苦闘の歴史!?を少しづつ紹介して行こうと思う。

齢か柄かは不鮮明だが本シリーズ含め、万一の重複等はスルーして貰えると助かります。

最初に簡単に俺PC歴から行くが、大凡40代以降とかなり遅い口だった。
第一理由は経済だが個人的にはブラインドタッチ不可なのもあったかもで、PC使用の実情に無知だった昔はそこへ目が行ってたのもありそうだ。
20歳過ぎには専門校を出て既に電気屋だったが、そんなこんなで導入は子供の教育目的で親戚からお古をいただいたのが始まりだった。

この最初が「お古」だったのと電気屋だったのが、苦闘の歴史を紡ぐ原因となってしまった気がしないでもない。
機器トラブル初体験は内臓Hard Diskの老衰で、それを期に普通なら機種替えも選択肢にあるんだろう。
だが貧民かつ頂き物なので先に他の方法を模索し、その筋の専門家になっていた親友へ相談を持ち掛けた。

その彼は専門校で出会って以来の付合いだが、我々の専門は電気の中でも音響であった。
俺はそのまま来てるが彼は紆余曲折を経て、その頃には専門がPCの方へシフトしていたのだ。
元は音響屋
ミュージシャンだった筈が何時の間にかブラインドタッチやらコマンドプロンプト(文字で操縦する方法)等一通りマスターしていた。

で彼の勧めは
Hard Diskの交換で、依頼者が電気に疎ければ自身のみで施工しただろう。
が俺は電気屋なので教えりゃ分かるだろって事で、そこから「PC虎の穴」が始まったのだ。
こっちの本来の要望は虎は虎でも穴じゃなく巻の方だったが、身内で儲けにならないのに翻弄されては敵わんと思ったかどうかは不明である…。

何分当時俺は利用経験が無いからPCの魅力も知らず、齢の他にも意欲が薄かったからそう感じたのもあったかも知れない。
この修行!?は約10年後に彼が倒れて以降まだ復帰してないのもあり、キツかったけれど今はとても感謝している。
もし「教わりそびれ」があったらどれだけ困ってたかと思うが、それより倒れずに済んでる方が本来の希望ではある。

何れにせよしかし人に託すとなれば時間の猶予は必須で、冒頭に記した如く救世主到着迄は本人が対処するしかないのは確かだ。
当然適性もあるから幾らでも深入りするのを推奨はしないが、少しだけ知恵を持ってれば素人でも対処可能な事態が多いのも実情らしい。
PCは正に精密機器だが開発時期が新しいせいかモジュール化が進んでて、その点では昔の純然たる機械よりは手に負えるだろう。

で今回のはLCD Displeyの電源部死亡と、OSの起動不能である。
LCD電源部は内部部品の早期劣化で過去に自前修理歴ありで、保障期限が丁度過ぎた頃の発症は若干怪しさも伴うが…。
ネット検索で電解コンデンサが原因の場合があると知り、当時経年も浅かったのでダメ元で挑んだのだった。

運良く手持ち部品への交換で延命出来たが、今回も先ずはそこを対処してみたが駄目だった。
今のだって画面を光らせるからには必ず発熱を伴うが、バックライトがこれみたいにLEDでなく蛍光管だと中々のもんだ。
電解コンデンサは内部に電解液って液体が入ってるので、どうしたって熱に弱いし熱いと劣化は早まる。

実際2個程妊娠してた(不具合で原型より膨張)のを交換してみたが、他の部品も逝ってたらしく無反応に終わった。
一説に液晶の寿命は7年とも訊くし日本の法定耐用年数も6年、
新品購入だったがもう6年以上経ってるので修理は諦めた。
老眼対策もあるとタダで直せれば別だが、
近年の低廉化を受けてサイズアップに出費するのが得策かと心得た。
痛いに違いないが相手に寿命がある以上、結局は決断のタイミングの問題か。

未だ完全緩解未確認で格闘してるのが
OS起動不能で、まだ原因がハッキリしていない。
色々やって駄目で再インストールになり、その後
現況では何とか可動してはいる。
本事例で師匠の教えに依れば真っ先に怪しいのは
Hard Diskだが、現時点迄の調査ではシロと出ている。

又こうなる少し前から起動時のBIOS画面が出ない症状があったが、最初はバックアップ電池の消耗を疑った。
実際減り過ぎてたので交換したが、その経過を診る前にLCDご臨終と間が悪いったらありゃしない。
こうなると疑うべくは本体のATX電源辺りか、これも前出同様
電解コンデンサ使用で普段の健常時から発熱ありだ。

<つづく>

2018年10月14日 (日)

Hi-HatとそのStand⑭Closed失敗体験

前回別項でClosed Hi-Hatの部分で「負の無限ループ」と書いたが、実際自分が結構な期間それにハマってたのを後から想い出した。
内容は以前にも少し触れてたので鮮度を欠いて何だが、奏者としての俺の当時の心情はまだ言ってないと思うんでその辺を。

今回から読む人向けにあらすじを示しとくが、根本原因は目的に適さないHi-Hatを強引に適合させようとして挫折しただけの情けない物語である。
当方の貧民事情で当時中古購入したのがPaiste 602 
Mediumの14のセットで、Old Style Jazzには最適だがRockには…って代物だ。
選択理由は勿論価格だが、本貧民(俺)は一般人とは若干思考が異なるのだ。

たまには少しリッチになる者なら買換えチャンスが再来するが、清水の舞台から飛び降りれば死ぬから次はもう来ない。
そうなると当時買うまでの時間的猶予が無かった中、後で後悔の心配がある安物へは絶対に手出し不可となるのだ。
ロクに叩けなかった当時からそれでいてハナから録音利用するつもりもあったから、その点でも音がオモチャでは困るのが原因だ。

実際にこれで少なくとも10曲以上は録って、他人様のお耳に入れている。
太鼓に腕も無いが知識も全然だったから今からするとCymbalだけのせいでは無いが、初めに苦闘したのはClosed時の余韻過剰であった。
Old Style Jazzよりどうしても強く大きく叩いたりするので余韻過剰になるが、強引に踏み付けるので切り抜けようとした。
当然無理なので、これが「失敗1」である。

そこで雑誌等からの即席学習でガムテミュートを試みるが、当時はそれで妥協したつもりになってたが今にすれば「失敗2」である。
余程の熟練者が施すなら或はもあるが、単に俺言い「目立つ倍音」を減少させてたのが実態だ。
それに伴う音量低下と輪郭低下を余韻短縮と「誤聴」してたんだから酷い話しで、不慣れな太鼓の大音量下での聴き分け経験不足が原因か。

集音・録音機材も太鼓に適切ではなかったから、ヘルプ無しのアホでは救われる見込みが無かった訳だ。
この誤ミュートの為に一層「無茶踏み」も増長したが、Hat自体の特有音より只の打撃音としての余韻に耳が行ってしまいゴールから遠のいていた様だ。
その結果求めてるのは「ツ」とか「チ」なのに、短余韻だが「コ」や「カ」を無理加工で変身させようとしてしまってた。

マトモなMicがあったら「叩いて無い時」に聴き比べが出来るが、それが無い内は「ドラマー耳」の育成は難しいのかも知れない。
今は把握出来た全貌からだと寧ろ当時の行為は逆効果で、先ずは極力ブライトな音色を得られる様に持って行くのが正解だったろう。
そうしてたら少し無茶踏みしててもハイが残って、お盆サウンドじゃなくHi-Hatの音を出せてた事だろう。

極め付けはStandフェルト劣化の見過しで、これ等認識出来たのすら約1年前の体たらく。
これが為Top Hatの位置保持に難が出てたが、それもClosedには大きく響く処だ。
Hi-Hat Cymbalの「適正位置」については俺は未だ知識不十分だが、ズレが大き過ぎると余韻過剰になるの等は把握済みだ。
尤もこれも近年になってからで、「失敗3」であろう。

それで生来の阿保を除きこれらの「あ~ぁ勘違い」の源を顧みると、俺的には自覚がもたらした様に思える。
かつてはドラムのそこそこ行けるベーシストの自認だったが、それがドラムサウンド分析にマイナス作用をしたらしいのだ。
今は他楽器の成否に無関係に片足だけギネス級の下手なドラマーの自覚を持ってるが、なってみると目・耳の付け所が自然と変化していた。

良し悪し・好き嫌いの他にちゃんと「その楽器の音がしてるか」を確かめる様になって、これ迄の見・聴き落としが続々判明中だ。
近年従兄と再度組んだ処から楽器の修理・改造等の相談も増えたが、彼はドラマーなので今迄少なかったそれも俄然増加した。
従兄は俺に最初は主に物理科学面を期待しての事だろうが、結局は音が分からないと仕方無いとなった。

近年俺言い「音の為の物理」は只の物理学とは反する場合も多々を痛感してるので、セットで進めて行かない事には適切処理が施せないのだ。
マトモなプロドラマーが叩き出した良い音若しくは正しいと単体では思えた音が、アンサンブル内で埋没・不適切化変身する近年の体験も役立っている。
従兄で文句が出る位なら俺が叩いてたら殴られる位になりそう等、専門的感性は本人がその気になってからじゃないと得られぬものらしい。

2018年9月 6日 (木)

Speedkingよもやま話①SWIV-O-MATICショック

本シリーズでは基本的には体験談ですが、幅広く緩~く語って行こうと思います。
初回の主役はお題にある如くRogers SWIV-O-MATIC(一体型フットボードタイプ)だが、
実はショックを受けたのは俺じゃないとのっけから怪しげだが…。
そもそもこのペダルは今やStudioliteの太鼓の先生たる
従兄からの譲受品で、俺にとっては一応初のマイペダルだ。

従兄にとっても最初に「自ら選んだ」物で、その前はデパートで売られてたPearlの一番安いセットに付属のペダルだった。
’70年代末当時本邦の初心者向け楽器の大多数と来たら、今と比べたらホントにいい加減な代物で正規の練習等殆ど無理な有様であった。
それに毎日悩まされ散々な目に遭わされてたので、大いに奮発して安心なのをゲットした訳だ。

実際それが功を奏して急激に腕前が上がって行ったが、それで人と演る機会が増えたら今度は別問題が発生した。
当時学生の彼にとって外のスタジオへ持参して使うのに不都合だったからで、フープへの装着の仕方がちょっと特殊なのだ。
一旦先にフープ側にアダプタ金具を取付てからそれへペダルを装着しなきゃなんないので、普通の倍以上の時間と手間が掛ってしまう。

もし何時も付けるのが「マイバスドラ」だったら何の不便も無いが、貸しスタジオの太鼓が例えRogersの
(過去一度だけ経験)でも半ば当然だがアダプタは付いていない。
ここが当時のニーズに合わなくて養子に出されたが、付け外しが直接じゃないのでフープを痛める心配が無い利点は持っている。

日本では大金持ちかド偉いプロ以外はドラムセットを
所持してても持参は録音時位だが、車社会でもあるアメリカではそうじゃないとこの辺が文化の違いと推察される。
今や伝説のモリタ楽器のオヤジさんの勧めで従兄は購入したが、この辺も本邦では災いしたか普及はしなかった様だ。

宅に来てからは当時の俺は初心者だったから良いも悪いも無かったが、それでも幾つか困り事を抱えていた。
フットボード自体はヒール部迄一体のの方が当時からフィットしたが、ヒール部が分厚く高さがあるのに不自由した。
Hi-Hat Standが他社製のヒール部が別に固定されてて薄く低いのな為に
右脚だけ高くなってなんとも不安定になってしまってた。

それと後に見つけた裏技を使えばかなり解消出来るがフットボードの傾斜が緩く、只でさえ分厚いヒールが邪魔してスライド奏法がやり難かった。
お揃いのHi-Hat Stand(本来こっちが有名だったのね)が出てるのさえ良く分って無い等、当時俺に技術も知識もロクに無かったので良い印象が持てなかった。
尤も知ってたっておいそれと買えはしなかっただろうけれどね。

結局それから5年後位だったか従兄がメインペダルを買換えた際、前例の如く今度はYAMAHA FP-702がやって来て交代となった。
その頃丁度一緒にバンドを組んでてそれの活動場所が出来たばかりの宅のスタジオだったが、手ぶらで来ても済む様に彼の旧ドラムセットも宅に常設していた。
お陰でこっちも家で太鼓練習が出来る様になって大いに助かったが、彼が全替えした訳では無かったから不足機材は中古で購入する。

そこから後は以前に述べた通りだが、中古購入の
Hi-Hat Standが偶然YAMAHAの同列シリーズのだったのでスイヴォ君は冬眠期に入ったのだった。
その後近年の珍騒動!?でバネ強さ比較の際にエキストラ出演はあったが、俺はSpeedkingにモロにハマってしまったので
スイヴォ君はまたお休み。
それが今回どうして急遽出動したか
は次回へ続く。

2018年8月26日 (日)

Bass Drum Pedalの踏み方Ⅱ⑯奏法によるミュート編Ⅱ

所詮は何事も考え方次第だし理想と現実に差はあるもの、何処を妥協するかの選択だろう。
にしても余りにも俺とは反対の考え方ばかりが蔓延し、その欠点に誰も触れないのでちょっとばかり意地になってしまった。
それと気掛かりなのはもしこれが原因で音量が間に合ってても、音色の事情でPAを用いたがってるとしたら終点は難聴なのだ。

今の音は必ずしも生と違ってても美味しければ良いと、長い格闘の末に至っている。
でもそれを必ず何時も誰もがとしたのでは、当り前なだけで当初の目論見はもう果たせなくなっている。
経緯は自然で偶然でも音は不自然な訳だし、悪い意味で音色が固定されてしまっている。

そして万一何処かで生が聴こえてしまった時、「なんだ実際はそんなショボイのか」と見捨てられてしまうのだ。
「造られ過ぎた音」にどうしても依存しがちだったら、そのしがらみからの脱却には歴史を学ぶのが良い。
Ringo辺りがやり出した音作りを、今の多くの一般的な日本人が聴けば「盛ってる」かの様に捉えそうだ。

だがここが第1の落し穴で、生でも低音が良く響く会場だったらどうなんだろう。
これは本邦には少なく聴き取りも悪いからRockでは余り使われないし、広さ平均が欧米より皆狭いので響き方も異なる。
あちらでは広さのせいで響いてるのが、こっちでは風呂場の様な状態でだから似て非なるものだ。

Beatlesは「目の前だと誰も聴いてくれない」のでこもっただけで、ライブの迫力を放棄してはいない。
それまで困難だった録音でも同等の迫力を出すのが大元で、あんな小細工を始めたんだからね。
勿論それが発展して遊び要素が強まった非日常的なのも出したが、これは飽く迄オプションでメインでは無かった。
前述の如く頻繁に聴こえては日常になってしまうから、飛び道具でなくなっては困るのだ。

第2の落し穴はライン録りのリニアな低音と戦うかどうかで、過去にわざとやった最初の分はそれなりに面白くはあった。
だがこれも電子ドラムを持出して対抗するのが
必勝法で、生で無理するのは海軍と陸軍が空で戦ってるみたいなお門違いに見える。
どうせ空軍がお出ましになれば、後の連中は足手纏いになるだけなんだ。
どうせそこ迄執着するなら機械だけでは他人と一緒止まり、結局は出音の低音が人より多い程ドスが効かせられる。

第3の落し穴は倍音への影響で、既論の如く基音によって変質する。
量やバランスだけならイコライジングでも変えられるが、鳴らし方のせいで欠落した分は後からではもうどうしようもない。
たまたま誰も出せなければ無事でいられるが、もし対バンに1人でも出す奴が居たら一巻の終わりだ。

古代Micのクジラで低音をより出したがってる者が居たりするが、それも度を越せばもうあの「クジラ」とは違う音になってしまう。
しかも「違ったの」が気に入れた上に、派手なイコライジングが可能な場合に限定されるので常用するには向かない。
結局は奏者・楽器・機材のどれもを、なるべく無加工でも想定に近い音が出る様に持ってくのが安心確実なのだ。

最後第4の落し穴は周囲の状況で、アンサンブルや会場等の都合でこっちの理想を弄らなければならない場合がある処。
前回の昔の一流の話しと同じで、マージンが少ないと自分の音色がもう保持出来なくなってしまう。
そこで諦めるか周りを強権発動ですげ替えるかは人によりけりだが、そんなリスクは無いに越した事がない。

無理な近道で早着しても例えば一通逆走とかして何時捕まるかとびくびくするのか、遠くても到着後に何の心配も残らないのとどっちがってこった。
若い内(必ずしも人の齢じゃなく)は多少焦るのも仕方無いが、何時までも無理を続けてたら最後は飽きてしまうだけだろう。
「踏み方・奏法」と題にあるのに精神論みたいになってるが、気持ちが足りないと「加減」には露骨に影響がでるものなのでの結果です。

2018年8月20日 (月)

楽器の欠点と使用者の立場

ここんとこSpeedkingを筆頭に色んな楽器に振り回されてるが、楽器屋としては心が折れ気味だ。
例えどんな欠陥・弱点があろうと克服してみせたくなるので、それが叶わなかった時は罪の意識にも似たブルーになる。

でも落ち込んでても解決には繋がらないから気持ちの整理となるが、何処迄が開き直っても良いのかとなる。
なまじ中年ともなると図々しくなり勝ちで、却って無神経になるのを嫌悪してしまう。
ここは1つ理性で仕分けして、白黒付けてみようと思った。

1.Speedkingの左右ポスト開きは引き分けで、時間の悪戯で暗黙の了解みたいなのがどっかへ飛んじまったと解釈。
太鼓の基本設計がペダルのそれと乖離してなければ大きな問題が起きず、設計者が太鼓がこんなに固くなるのは予測不能だったろう。
使う側もそれなりの常識には準じて居たのだから犯人不在、よって誰も責任を感じる必要無し。

2.固定が弦ポストのナットのみのダイキャストペグ、これはやはり構造的欠陥と見做すべきだろう。
なので扱い者側に非は無く無罪放免。
只特異な条件下では不備があってもあると助かる場合も出て来る。

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図の左側は欠陥ペグで右側は改良ペグを同じヘッドへ配置するとこうなるが、もし図よりヘッドを小さくしたかったら改良ペグでは入り切らなくなりそうだ。
こんなのは所詮邪道な裏技に過ぎないけれど、小型のダブルネックにでもしようとしたりすると他の条件を優先しなきゃなんない場合もある。
楽器も物としては部品の集合体である以上、バランスの都合で中々全部をベストには持って行けないもんだ。

3.Rickenbacker Bassのテールピース捲れ上がり、これは前出Speedkingのと同様で引き分けだ。
メーカーからちゃんと専用弦が供給されてるし、必要に応じて改良・改造もありと一時期のカタログに記載があった程だ。
それどころか最初からテールピースにネジが追加されてたのも出てたが、買う側が「あのお方達のと違う」って理由で落選してしまった模様。

楽器は最初は只の道具としてスタートしてるんだが、ひょんな事で歴史・文化○×△□等と別の存在に変貌してしまう。
こうなると道具として改良すべきでも「違ったら駄目」圧力ばかりが幅を利かせてしまって、進化を大いに阻害されてしまったりするものらしい。
文化遺産に近くなったりすると演奏目的では無く、コレクションや展示目的と楽器より美術品要素が高まるのだろう。

だがそこで俺が不思議に思うのは現在資金枯渇でお休みの、鉄道模型での例との比較だ。
模型の方では数が売れなくどうしても高価になるので、鑑賞専用のはモータを省略する等してお求め易いバージョンも出されている。
そして場所が無く走らせられないとか眺める方が好きな人等に大歓迎されてるし、そうでない人達からもほぼ文句は出ていない。

それなのに楽器となると脳天パーの成金供が、
弾けもしないしないくせにちゃんと音の出るのじゃなきゃヤダと駄々捏ねる始末。
どう考えても玩具が高級になった電車を走らせるより、マトモな演奏をする方が遥かに難しいし膨大な訓練期間が要る筈なのにだ。

加えてそれを助長してるのが儲かれば良いだけの「偽の楽器屋」で、欠点等はひた隠しにして派手な売込みをしたりしてる処。
例え真実でも地味なのと派手なのでは後者が知名度を得るもんだが、そうしてる間にちょっと不都合だか必要な情報が世間から排除されて行く。
内容に注力すればどうしても宣伝は疎かになるから、作る人・弾く人はどうしたって売るだけの人・買うだけの人よりいつもマイナーサイドだ。

誰のせいだろうと楽器の扱いに失敗して、出費が増したり手を焼くのは実に痛い。
でもこんな状況を目の当たりにすると、一々気にするのなんてバカバカしくなって来るね。

2018年8月17日 (金)

<緊急速報>Ludwig Speedkingポスト開きの原因と対策

やらかしちゃいました~ぁだと😢だけど、Speedkingユーザー4年目にして初のその場では凌げない事態に遭遇。
今週もいつもの様に従兄の所へ行って実演付きドラム談義をしてたら、右カムシャフトがベアリングから脱落しちまったい。
簡単に外れたんだからすぐ嵌められると思いきや、どっこいそうは問屋が卸してくれない。
帰宅後世間様のお知恵を拝借とネット上を彷徨ったが適したのが見つからず、それならばとまだ作業途中だが緊急速報発令だ。

今にしてみたら実は予兆はあったのだが、
Speedkingの左右ポストの事は俺的太古の昔に誰かが語ってた微かな記憶があった。
「だんだん使ってる内に開いて来て○×△□」と冒頭だけしか覚えてなかったが、それでよくある現象なんだとスッカリ思い込んでいた。
2号機購入時にその写真でポストと
ロッカーシャフトに隙間があるのも分かってたが、従兄所持のも似た感じだったのでちっとも気にしなかった。

一部のを除き現代のならコンピュータ制御のロボット制作(若しくはそれ並の精度)だとかだが、
Speedkingは某大国のデタラメ君主みたいにいい加減な作りだ。
見掛けよりはズレてる様で一応合ってたりはするが、今の日本のみたいに0.9mm~1.2mmなんてのとは程遠い。
しかも現時点の不勉強な俺ではあるがそんな事例を全く目にしなかったから…。


実際今迄は何ら無問題で絶好調だったのに、この突然の仕打ちとは。
だがパッと見どっかがヒビ入ってるとか所謂壊れた箇所は何処にも無いので、単にビータ飛ぶの似た様なもんだろとたかをくくってた。
帰宅後分解点検してみるがやはり決して壊れてはいなかったのだが、嵌め直してもちょっとの事で簡単にまた外れてしまう。
そこでそもそも何故ポストが開いてたのかの検証に入ったが、中々決定打は発見出来なかった。

ポスト自体は曲がってなくて上が開けるには下が曲がってるしか残って無いが、あらゆる角度から眺めても特に変形は見当たらない。
そこで真直ぐな鉄のL断面棒をフレーム裏面に当てて、何処かに変な隙間が出来てないか見て行った。
隙間があったら反ってる証拠って按配で進めて行ったらば、
フープクランプの軸受の下だけ向う側の光が見えるじゃありませんの!!!。

これが全く大した野郎で、フットボード側とバスドラリム受けの2本のツノ状部は全く平ら。
件の箇所だけが反り上ってて、これじゃあ一周したって外側は完全に平らなままなんだから分りっこないわな。
しかし健気なポスト君は素直に下板の歪みに追従した為、上が開いたのだ。
だからって何故抜けるのかってえと現代のみたいに「何処でもネジ・ボルト」じゃなく、嵌め込んでるだけだからなのだ。

Photo_2

チョイ久々で略図だが上段左2つがポストの正常・異常(誇張表現)で、上段中2つがカムシャフトとベアリングのそれ。(フットボードの形は決して気にしてはなりませぬ??)
上段右2つが所詮対処療法に過ぎないが経験のある方法で下段2つがポスト開き原因の解説用、下段中2つが後述ステンレスベルトだ。

下段左はフレームを裏から見た処で今回は耐久力主眼なので板部分は半ば省略、左から2番目は側面図で
フープクランプの力がどう掛って来るかを想像してちょ

早速上段左2つからだが異常側のベースフレーム真ん中が持ち上がってるが、実際はこれは部分的でかなり発見が困難だった。

これの大元の原因は生産設計上の不備と言えなくも無いのだが、下段左の赤で示した穴が問題なのだ。

専門家のブログを参照すると最初は無かったもので、当初はフチ以外に全く無かった補強リブを沢山追加したから平気だろう感満載だ。


確かにリブに無影響なら目論見は正しかったのだが、穴がリブに食い込んでるせいでそこは半分位に薄くなっちまってるぞい。

それでも全体としてだったらまだ平気だが、問題はフープクランプの軸位置との兼合いだ。
この「穴」はそもそもクランプ軸受の真裏で、「表に一杯あるからその分空洞にしても同じだよね」と間違えちゃってますよ~ぉっと。

で物に不備があるにしても激務の初号機が無事なのに何故2号機が先にか考えたら、Speedking君としてはクランプネジの締め過ぎと原因特定。

実際今回だけ今迄より増し締めしてたのもあったんだが、それ位にしないと動いて行っちまうからだったんだが。

そこで太鼓のリム自体についても考察が必要になって来たが、手っ取り早く云うと初号機は昔ので2号機は「今の」に付けてた。


そもそも宅では太鼓とペダルが同じLudwigだが、これのリムはかなり柔らかく少しの力で変形する。

尤も柔軟なので力が掛らなくなれば簡単に元に戻り、表面はサーフェイサー不使用のペンキ(細かい凹凸有)と真ん中はカバリング仕上げだ。

一方従兄のStudioliteのはウッドと鉄プレスのの2種あるが、どちらも固くほぼ無変形で表面はスケートリンクには負けるがスベスベだ。


今回は鉄の方のへスペーサ無しで固定を締め付け力に頼ったのがイケなかったらしく、やはり柔軟な
Speedkingの方が太鼓に合わせてしまったらしい。
Speedkingは一時的な力には牛若丸対応で却って実用上は丈夫なのだが、同じLudwigでも金属製且つ板じゃないので継続的な力には復元力が無かった訳だ
今の下手に固い「絶対動かない設計」だと全く応用が効かず、一定までは微動だにしない代わり一瞬でも限界を越すと一気にもげたりするもんだ。


ここで漸く図の上段右に入るが、過去使用初期にオッカナかったので右の左の様な自作アダプタ(ったって只のコの字形の簡易加工鉄棒・黄緑)を取付けていた。

少しはマトモに踏める様になった頃試しに思い切って外してみたが全然平気で、「演奏に対して」はかなり丈夫な部類であるのを知る。

これを付けてた時の様子は最初のデモ動画に一応映っていて、今回も最初はこれの復活を考えた。


だが当時はスライドご執心でトゥヒール系は不使用だったので良かったが、トゥヒール系をフルに駆使すると邪魔になって駄目なのである。

妙に!?優れた設計の為
ロッカーシャフト周囲に全く余剰空間が無く、ベアリング近辺で挟むのを一旦諦めて別の道を探った。
色々
余剰空間を探した処フットボードとリムクランプの間だけは「埋まらない」のを発見、今度はここで「締める」方法を模索する。

そこでフと浮かんだのがステンレスベルトなる物で、以前使用した残りがあったのを思い出す。

手動でステンレス薄板の帯をラチェット式で締め上げる物だが、他の樹脂製荷造り用のより余計な伸縮も無く強度が高い。

そして後から緩むのも全く無いのでこれを図の上段右々の様にして、隙間を無事退治しましたとさ。


で普通はめでたしなのがならないのが俺ってか、これの締め上げレバーが邪魔になっちまったのだ。

ちゃんと寸法は按配してからなので収まる筈(図下段中左)がどうしてか!?、想定位置にレバーを持って行けなかったからだ。

手持ち余剰品のこれはもっと大きい物を扱う想定なので、レバーを動かした途中の位置がポストに都合の良い位置になってしまったのだ。(図下段中右)


して例の如く仕方無く今後不要なレバーを切断するとして、これの上側はさっき漸く鉄鋸で切り終えた。

でも下側はペダルフィンが被るしポストやクランプに取り囲まれて、ちっさな道具しかアクセス出来ない。

更に仕方無く目立てヤスリの一番小さいので正に地道な道へ突入、只でさえステンレス製で切り難いが他に術無し・やむなし・体力残り無し。


こんなんなら手抜きせず過去のフットボード反り治し同様、板金屋の方がマシに思えて来る。

ところがどっこいしょお完全分解するにゃ打込みピンを打つ「専用の棒」みたいなのを持って無いッ、ここは他ので代用すると再組立に明らかに支障しそうなので結局却下。

作業から一時逃避して執筆した次第で御座居。

2018年7月22日 (日)

エレキギター修理の話し①

割と原始的ではあるが意外と知られてない、或は忘れられたコツというか注意点を挙げて行こう。
最近拙ブログ更新頻度低下の原因は預かり修理のこれで、俺も危うく忘れてしまいそうなのを色々思い出した。
本邦の特に一般人ではエレキ楽器を永く継続使用する者が少ないせいか、経験してたらどうって事の無い知識が意外とマイナーなままと感じている。

今回のケースはFender系或はStratcaster等で起こりがちな故障で、厳しい表現をすれば誤った調整による破壊とも言えるものだ。
何処迄を使用者のせいにするかは論の分かれる処だが、メーカー側としては弱点を晒したくないせいか注意書きが不十分だとは思っていた。
量産品では使用者特化率が低いんだから単に弄るなと言うより、本来は弄るなら「こうしろ」と示すのが適切だと思う。

第1点はペグで多くのロートマチックタイプの場合。

1


図の左2つがそれで中が壊れた状態とその場所、一番右は固さ調節のないタイプの例。

左のはクリーム色とオレンジ色の本体部分が一体鋳造(ダイキャスト)になってて、ピンクのワッシャと特殊6角ネジでネックヘッドを挟み込む様になっている。
左3番目は90°向きを変えて眺めた様子で転動防止用のツノ(緑)が付いてるが、俺言い親切設計のだと右2番目の様にそれが普通のネジ留めになっている。
右のの場合はどれも大抵はネックヘッド裏側から小ネジで固定され、表側のシャフトの支えは打込み式だ。

理屈としてはこの「ツノだけ式」で足りる筈だが、現実はそう甘くない様で近年では殆ど右2番目のタイプのしか売られてない様だ。
それは相手が木だからでツノの入る穴が経年の圧力で拡がってしまったり、気候による収縮で隙間が生じて固定が甘くなったりする。
僅かでも弦ポスト回転方向へ動ける様になってしまうと、それで特殊6角ネジがどんどん緩んでしまうのだ。

左のタイプは例によって機械物理的には優秀な方法で、「壊れなければ」正確に精度が維持出来るし取付方法も一見スマートでよろしい。

だが木は温度・湿度で金属より伸び縮みがあるが、左の方式では縮んだ時に原理的に固定が緩む欠点も持っている。
一方右の方式は一方向からだけの固定なので気分的には若干心細いが、「木を挟んで無い」のでこの理由で
緩む欠点は無い。

どんな方式だろうと何処かが緩んだりすればチューニングに影響が出るが、複数箇所で固定してたら全部が緩まなければ影響は小さい。
ので奏者が気になる事は少なそうだが左の方式で1点締めのだと、スグに気付かれ締め様とされる。
しかもしょっちゅう簡単に緩まれては敵わないから強めにされるが、それで壊してしまうのだ。


メカ的に格好イイ鋳物も小ささの関係もあって強度が不十分で、一体型ゆえに柔軟性も殆ど無いからだ。
普通のネジやボルトナットを締める感覚が通用しない程脆弱なのは、構造的欠陥と見做せなくも無い。
俺経験ではネック材がマホガニー等柔らかければ左程でもないが、メイプル等堅めだと木にも柔軟性が少ないので不具合を起こし易い模様。

第2点はピックアップでポールピースにコイルが直接巻かれてる場合。

Pickup_2


図説は上段が直巻きタイプで下段はコイルはボビンに巻かれてる例、左から順に小さくなる○は弦の積り。
上段左3つが主なポールピースの位置例で、一番右は不完全だが各弦の感度調整を試みた状況だ。
上図上段のは全てポールピース自体がアルニコ磁石で、Fender式合理的シングルピックアップ。

これも製造上合理的だし空間効率が良く、コストや感度等に有効な手段だ。
だが是又使用者側への融通性が低く、使用弦を違うのにした時等にあまり美味しくないシステムだ。
生音でなら未だしも高ゲインで歪ませてる場合等に「感度不一致」は気になり、多くは演奏の都合上何とかしたくなる。

厳密には磁石の長さが違うので高さだけ弄っても仕方無いんだが、実際弦との距離の影響は無視出来ないレベルではある。
それでポールピースの高さを調整するのだが、余程運が良くない限りは極細のコイルの線を切ってしまうのだ。
ここで厄介なのはハイインピーダンス仕様な処で、切断面が近接してると一応音が出てしまうので
断線してるのに気付き辛い点だ。

実際はパワー低下・音質変化等色々な変化が出てるんだが、それが磁石と弦の距離変化のせいと区別が付き難い。
それもあってホントは失敗してるのに成功したと誤解し易く、つい「使える方法」と思い込まれてしまう。
しかし振動や気候の変化等で
切断部の状態が僅かに変っただけでも、「切れてる」ので急に非力になったりして後で慌てる羽目に陥る。

楽器奏者も専門家になって来ると自分の道具が人任せだけでは済まなくなって来るが、その場合は「それ用の知識が必要」なのがちっとも周知されてない事からの悲劇とも言えよう。
今迄の工学とこれだけ相容れない部分が多いとなると、海外事情等は存ぜぬがそろそろ「楽器工学」として確立させるべき気がする。

※ペグ画像改良に伴い
追記 2018/7/23

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