音楽

2023年1月31日 (火)

音楽備忘録1264 過音圧ミュージックはもう沢山➒

だば前回の続きになるが、そもそも歪みの深さって一般的には「何処で感じてるか」が鍵なんよ。
もしかしたら全体とか最も歪んだ時って思うかも知れないが、一般聴者の多くは「一番歪まない処の浅さ」で判定を下す事が多いんだなぁ。

ってのは生音かそれに近いのの変化なら知ってるけど、「○○の深さだと□□音が△△に変化する」なんて専門じゃなきゃ知ったこっちゃないでしょ。
それで殆ど無意識の内に「歪まない方の度合い」で予測してて、歪み前コンプが掛ってると悪く云や騙されてた訳。

それを弱くなるのを嫌ってバカ正直に深歪みさせると、上記のとは時に違いが出るんだ。
端的に言や「和音が潰れ易くなる」で、併せて明瞭度も低目になるんす。

のを昔の達人達は人力で不要な処が弱まらない弾き方をするのから始まり、後に適宣「前コンプ」を利用して切り抜けて来たん。
そんじゃあ昔の人はシビアで大変…ってまあ事実ではあるんだが、Jazzとかで生音で演ってる人よりゃ大分楽。

今だって生太鼓や生ピの人は全然変わってないんだから、それに比べりゃ全くどうって事ぁねんだ。
んで何が言いたいかっつうと生楽器入りの音源では、エレキの強弱の粗なんか殆どあってもどうでも良いってね。

流石に「フルループ」にすると生楽器でもその強弱の種類が激減するけど、それって究極はマシンドラムと「地続き」だかんね。
現在のドラムマシンでも「生音」のは、1音単位に分解しただけだ。

アタックと余韻に迄分解したのは恐らくまだ無く、ってそれもヲタ性が強くて何だけどさ。
一般論で生身の人間が演ってそうな程度にすると、完全に同じ楽器が同じ音になっちゃ駄目なんだ。

それを敢えて逆手に取ってYMOなんかは「全部機械が演ってます…風」にしてたけど、今になってみれば「人が想像する機械の音」と実際は一寸違ってた。😃
機械でも他の音の状況次第でまるでムラがあるかの様に聴こえる時があって、初めて自分で打込んだ音を聴いた時ゃ何だこんなもんなのかいって思ったよ。

それを分析しみると物理的には確かに同じだったんだけど、他の音からの影響迄「考えて同じになる」様になんて全くなって無いからねえ。
音量差がある程度以上だったらあまり影響は無いが、拮抗したり大差無いと絶大な影響を受けてたんだ。

とどのつまりは生身の人が聴く以上は人耳感覚でフラットにするには、人間が調整しなきゃ駄目だとな。
要するに邪魔が入った時ゃ聴こえが同程度になる迄、「少し盛って」やらないと同じにゃ聴こえんのよ。

それが生身のアンサンブル内では殆ど意識せずに自然と調整してて、邪魔にはなりたくないが自分の存在も堅持したいって気持ちからそうなってんの。
差し詰めロクに打てない打者には少しセーブして投げる様なもんで、そうして強敵が現われた時負けない様に余力を残しとくみたいなさ。

人力では無いけど常にフルにしちゃうってなそういう対応力を剥奪するんで、音楽が自然に聴こえる余地を残そうとすると首尾一貫フルってのは滅多に使えないの。
だからか分かんないが忙しないテンポも含め、劣化近年本邦のJ-POPは多くが何だかみみっちく聴こえるんだ
よなぁ。

<つづく>

2023年1月30日 (月)

音楽備忘録1263 そんなに詳しくないけどマイナーブランドの話し➐

この項はこれで終いにするつもりだが、そこで今日は楽器に縁がある全員に役立つ情報をお届け。
ってもあんまり直接的な効能は無さそうなのが玉に傷かもだが、俺知り海外比だとこの程度の市場規模にしちゃ日本の楽器関係はやたらと下請けとかが多かったん。

今でこそFenderにもやれJapanだSquierとか分化があるが、本国系では販売系統の他は継続的なセカンドブランドってのは殆ど無かった。
のがこっちじゃ今は寧ろ少し整理統合された位で、ブランドだけなら雨後の筍様に雨あられだったん。

だがブランド名と社名が不一致なのが多数派で、その社名(主に販売)と製造者を辿ってくと1/20程度に数が減りやんの。
それだって実際に楽器にバリエーションとしてしっかり反映されてりゃ良かったが、設計者が更に限られてて外注も少なくなかったかどうも個性の徹底が全然だった。

例えば直近ではどうなってるか知らんがYAMAHAを大喜び!?で生贄にすると、太鼓のシェルはサカエがDXブーム終焉後のシンセ等はKORGにお願いしたりしてた。
もし個性とか癖が不要なのだったらその方が良いか分からんが、設計と製造位は最低でも直リンクじゃ無いと薄まったり曖昧化するのは自明の理。

この面では下請け製造業者が、かつての自らも少しは売ってましたブランドは侮れない。
尤も令和のあざといは正義みたいなのとは程遠い、昭和の遠慮みたいなのがあったから上位機種は不扱いだったのが惜しいけどさ。

それでもスピーカユニットに比べたら遥かにマシで、これはもう40年も昔になっちまうが(オーヤダヤダ)現場の片隅に拘束!?されてたんでね。
貸間賃貸契約だけの筈が強制弟子入りがセットになってて、更にその弟子入りには強制労働がセットとタコ部屋のオヤジ(師匠:本来は唯の大家さん)はのたまわりやがった。(昭和だとそんな理不尽が通用しちゃってたんだ😓)

「分かったしゃーない、で今晩は何をすりゃ良いのっ」たら、明日PIONEERに納入するウーハを…って。
最初は又そんな大ボラ吹いちゃってこんなチンケ(わきゃっと失礼)な処でそんなの作ってる訳ゃ無…、くもなくて本当で驚いだだよ。

PIONEER納入分は俺の居た時期はほぼEXCLUSIVEとかだけだったが、カーステのALPINEのはかなり全面的にやってたよ。
今振り返ると師匠は早大出だったんで、稲門会の伝手で得られてた仕事だったのかな。

まあそれでも2Way,3Wayとかだと他社ユニットとの組合せもあるし、箱やネットワークでもかなり違う音が出せるからねえ。
しかし楽器の木部となるとデタッチャブルのならネックとボディ別会社も可能だけど、セットネックやスルーネックじゃ絶対そんなの無理だもの。

恐らくこの辺で松下工房・ESP・Moonとかが、今でも生き残ってるんだろうさ。
製造に関しちゃ先頭の1社以外は今は微妙だが、それでも企画・設計・販売は自前だからねえ。

もしそう云う方針のブランドでリッケン的思想のが現われれば俺だって興味が湧くだろうが、茶番と迄は言わんが劣化本邦のそう云う裏がモロ見えになるとそっぽも向きたくなるんすよ。
又それが録ったりすると後になって影響が出たりして、従兄との共作で思った以上にウケなかった曲が偽物使ってたから不味かったのかなんて。

流石にんな事あるかいとは思いつつも、少なくとも偽物を嫌だと思ってる俺がここに居るがね。
今の俺等みたいに顧客が超貴重品状態だと、それでのたった1人の増減だって気にするなってのがどだい無理な相談なんでい。😢

<おしまい>

2023年1月29日 (日)

音楽備忘録1262 伴奏の重要性②

さて大雑把なやり方が分かったとして、近年伴奏を劣化させるのに「それ用の奏法」があるから本日はそれを。
難易度は大した事ぁねえんだが、だからって突如演ろうとしても一寸上手く行かないのがね。

今時はDrumや鍵盤系のなら打込みのに、Guitar・Bassのならストンプにそれらしき音がするのがあったりゃする。
けど滑らかな伴奏をするには、それ等「間(あいだ)が無い」音色では充分とは言えないんだ。

どんな類いのかったらDrumのSnareから行くと、タップストロークからフルショットに進んで最後はリムも掛けるなんてぇのだ。
その「リムに掛ける」にも深さ(バチの位置)とか皮との比率ってのが色々あって、実際は種類がほぼ無尽蔵にある。

それを打込みで再現しようとすれば少なくとも究極の手間とスキルが要るが、人力だと必要時は雑で出鱈目でも何となく自然と少しはそうなるもんだ。
のが本来の姿だったんだけどどうも打込みへの対抗意識からか、意図的に放棄しちまった様だ。

単に止してるだけだったらまだ良かったが、最も大きな損失となってるのが中間領域テクの衰退とマイナー化だ。
あんまり普段演らないでいるもんだから、いざ必要になって演ろうとしたらすぐには出来なくなってたってさ。

特に悲惨!?なのがLive主体じゃ無い奴等で、一時的には通用した(ホントは通用してないんだが…)劣録音での演奏法に特化しちまってやんの。
コレ日本のポピュラー以外では未だ全く通用しない方法で、音色が電気・電子楽器程変えられない生楽器等ではあり得ない話しだ。

Classicの打楽器なんかじゃ考えられない事で、と云う事は例えポピュラーでも生楽器が入るなら少しはそっちにも合わせないと気持ち悪い音になるだよ。
それが太鼓迄機械を使った無機質なテクノ(これは意図的にそうしている)とかより、人間味を出せる強みなんだよ。

結局生身の伴奏でしかも上手なのってのはそれ相当のムラはあるんだけど、それが丁度主役とシンクロしてたりするんだ。
誰だってマトモな合奏者は他人の領域を犯さない様細心の注意はしてんだが、使ってる楽器の都合その他で多少なりともムラは生じる。

或はデッドポイントかなんかで普通より強くしないと埋没するとかがあるが、そう云うのは個人の力ではどうしようもない。
でそんな一寸不利!?な時でもLeadパートは、例え伴奏の聴こえなくなる箇所が出てもあまり構わずそのまま行ったりするけどさ。

理想はずっと伴奏も聴こえるのが良いんだが、要するに伴奏の方が加減出来る巾が狭くなってる訳ですよ。
聴こえなくても聴こえ過ぎても駄目と難易度が上がるが、だからって目立たない処は聴こえなくても良いなんて安易に思っちゃいけねえよ。

あんまり聴こえなくなる頻度が高いと、その内「入ってるのを忘れられる」可能性があるからね。
或はⅡでしょっちゅう聴こえなくなっても構わないんなら、オマケで入れてるだけかなんて舐められたりさ。

時には万全を期しといても酷いプロデューサや技師に蔑ろにされる事もあるが、自ら存在価値を下げる事はおまへんで。
んでそれを実現するには伴奏にしか殆ど使わない技が必要で、技の持ち合せが無くて泣きをみるのは勿体無いんじゃない。

<つづく>

2023年1月28日 (土)

音楽備忘録1261 過音圧ミュージックはもう沢山➑

いい加減で「不毛なイタチごっこ」は卒業して頂きたいもんだが、最初始めたのには訳があった。
だが当初の効果が失せた今、何時迄も続けるのは「私バカです」と世間に知らしめてる様なもんなんだが…。

今回は珍しく切り口を変えて、音楽の内容から離れて営業等の方面から再考しよう。
仮に、仮にですよ、もし最高の作品が出来たとしても、どう聴かすかに依っちゃそれが中々伝わらない場合もあるわね。

他の作品に比べて極端に平均音量が小さかったりしたら、それこそ小音量でBGMに流してたら聴き逃すかも知れない。
だがそうやって争ってる内に限界に達しちゃって、誰が「猫の首に鈴を付けるか」で皆躊躇してるのが日本の現状だ。

こう迄頑なに誰も禁を破らないかの様な様子を見ると、或は闇談合でもしてるか知らんがね。
しかしそれに依って最早業界自体が破綻し掛ってて、経済の立て直しに見向きもせず当座の利権にしがみ付く愚政府と同じやんけ。

それでも政府の方はクーデターなる奇策がまだ残ってるが、音楽でそれやると最低向う10年間位は回復しないからそこは一緒じゃ無いんだぜ。
何せ政治は無興味でも一応成立するが、音楽ではそうは行かないからねえ。

仮にドス黒く行ったとして儲けに繋がれば投票するかもだが、「内容を気に入ったら買う」という相手ではバラマキしてもさしたる効果がおまへんやろ。
そこでおかしくなる寸前の状況を顧みると、その頃は音量も密度も両方がフルのは無かったんだ。

聴き易さの為に音量に厳しい画一化のある物は密度に結構疎密があり、一方で密度が比較的均一な物には音量の変動が許容されてた。
その様な手法で夫々音楽の強弱を表現してたのが、違いは今やせいぜい楽器数とか位になってしまった。

当然それでは到底楽曲を表現し切れず、今度は仕切れないからか単調な曲が増えて行き…の悪循環だ。
これで一寸想い出したのがGuitarのコンプレッサで、それも楽器とAmpの間に噛ましてAmpで歪みを作るって時のだ。

程々にしとけば例えばCrunch設定にしてたら、弱く弾いた時は生音になる。
のが深くしとくと全く同じAmpセッティングでも、弾いた「全て」がCrunchになる。

つまり前者では大まかに1つの設定で2つのサウンドが得られるが、後者は抜群の安定感はあるが得られるサウンドが1つだけになる。
因みに’70年代中頃にこの方法がブームになったのは、今みたいに上手に深く歪ませられないのを補填出来たからでね。

歪みのピーク深さは大した事無いんだけど伸びが良いもんだから、聴感上は実際よりも深歪みに感じられるってヤツだ。
しかし今振り返るとPopな作品には寧ろお誂え向きで、今みたいに深く歪ませられると失敗すれば「歪み過剰」になるからね。

要するにMetal系と音質に差別化が図れてた訳で、近年あまり耳にしなくなって久しいかも。
と云う様にアイドルポップもゴリゴリメタルも一緒くたになっちまって、そりゃあBABYMetalみたいに分けなくて良い存在も稀には居るけどさ。

<つづく>

2023年1月27日 (金)

音楽備忘録1260 そんなに詳しくないけどマイナーブランドの話し➏

今回はAmpのについて記してくが、楽器本体の方とは少し様相が異なっていた。
今だってGuitar・Bassは本数持ってても、Ampも同じ位複数所持してる人って滅多に居ないっしょ。

量が少ないってなあマイナーにとっては逆風そのもので、特に中型以上のを一般人が触れる機会を奪われるんだ。
ので俺みたいなベテランのその筋の者でも実物を知らないのが多く、評価自体がとても難しい。

それでも1つだけ断言出来るのは日本での開発時期で、世の電化製品が球から石へ移った後だからか正直英米のと比べるとハッキリ劣る面がある。
これには他にも楽器用スピーカメーカの関係も重く、こちらでCELESTIONやEMINENCEみたいなのが育たなかった・育てなかったのが敗因だ。

楽器用スピーカは紙を使わざるを得ないのが殆どなんで、気温・湿度等の環境差の影響を受け易い。
だからこそ太鼓でPearlがシェルにファイバーと木のハイブリッドで成功した様に、世界的汎用のを作り易い環境だったんだけどね。

その頃はなまじオーディオに凄いシェアがあったもんだから、そんな量の出ないのなんてって軽視されてたのかな。
それで野心的なオリジナルサウンドのが得られないとなると、新参者には厳しい。

もし長い年月中々売れなくても凌げりゃ別だが、音が少し珍しいとか良いだけじゃ指定席は獲得出来ない。
やはり従前に無い高能率であるとか高耐入力とか或はやたらと軽いのに丈夫とか、何か機能・性能面でもアピール出来ないとさ。

結果的にお子ちゃま用とか玩具としてならまあまあのはあったけど、それすらPignoseみたいに定着させるとか歴史を作るには至らずに終わった。(※ジャズコーラスこそ定番化したがコーラス抜きでの評価じゃない)
それと私感違和感としては今でもだけど、どういう具合かあまりにも日本では継承が無さ過ぎんのよ。

例えば師匠の倒産した会社にあったスピーカ製造用のマグネタイザー(着磁機)、あんなの要る処なんてとっても限られてるのに行方が全く不明。
企業なんて潰れるのがありゃ始めるのもと常に新陳代謝はあるんだから、こんな狭い業界だとそれっきりじゃ無かったら何は何処へ行ったって割と簡単に分かる筈なんだ。

多分そう云う部分も含め回り道が多いから、何時迄経っても追い付けもしないんじゃないかな。
それは鍵盤の方でも似た様なもんで、石ではあるがキーボードAmpではコスパの悪くないのがそこそこあったんだ。

もう30年位全く使ってないけど大昔俺のバンドに居た鍵盤奏者が置いてった、FIRSTMAN INTERNATIONAL FK-30ってののロータリーEffectが秀逸でね。
Leslieのシミュレート自体は今やデジタルで身近になってるが、速度切替した際の反応が込みになってるのは本家以外じゃとっても少ない。

それが過去名作の実状を聴いてみると、単にホワンホワン言う以上に切替時の変化が徐々にってのがかなり重要みたいでさ。
中を開けてみたらそれをアナログディスクリート回路だけで組んでたもんだから、モノラルの癖に規模はやたらとデカいしコストもかなりだったんじゃないかな。

それをステレオ化出来れば常用する確信はありつつも、例に依って面倒で棚上げしたままと杜撰道まっしぐらじゃしょーがないんだけどね。
ってのを逆手に取ると↑のせいか30Wで当時¥5万になったんだったら、せめて何処ぞのストンプとかみたいにステレオアウト位付けといたらプチ伝説程度にはなってたんじゃないかな。

今はそう云う処はとっても狡猾になった代わり、「素の音」がノイズとかは減ったけどより没個性になっちゃったな。
販売もする個人製作は少し増えてるか知らんが、そもそもマイナーブランド自体が悪政のお陰かスッカリ影を潜めちゃって淋しい限りだ。

<つづく>

2023年1月26日 (木)

音楽備忘録1259 伴奏の重要性①

承認欲求が大手を振って歩き回ってる今、伴奏の重要性に気付いてない人が多い。
ソロパートは自己責任な上目立つけど、そこが来る迄聴いて貰えたらなんだよね。

例えばグループが5人だったら必ず曲冒頭にソロを演るとして、残りの4/5はじっと我慢の子。
って現実にはそれすら困難なので、長い事指を咥えて待つばかりだ。

でももし伴奏でも好印象を与える事が出来たら常にチャンスがあるし、ソロの無い歌曲でも存在感を示せるのよ。
だからこそグループのメンバーとして有名になった奴等は、どんなにソロが上手そうでも実は「伴奏の方が上手い」連中なんすよ。

具体的にはJazzよりFusion・FusionよりRock系に多く、それはパーマネントグループの割合とリンクしとりま。
更にLeadパートよりRhythmパートの人に多く、Donald ”duck” Dunn等がその典型だ。

最近じゃその殆どが死んじゃったけど彼の他にも多数居て、特に’80年代に当時はよりマイナーだった日本人と数多く演った人達がその典型だ。
中でもJeff Porcaroなんて凄まじく、当時自らのTotoも売れてたし本国で並み居る大御所のバックもしてたのにね。

Porcaroが重用された理由に流行もあったのは事実だが、自分のスタイルを維持し乍らもかなり色んなスタイルに応用が利いたのも大きい。
普通はカッチリとかルーズな感じの人だとそこは変われないもんだが、リズムの正確さだけ残してシックにも派手にも行けたのが特筆すべき点だ。

その秘密が良い意味で曲に依存してたからと考えてて、組立ての上手い投手はお任せで球だけ良い投手にはリードに専念する捕手みたいな側面があったんじゃないかな。
それでこれが「駄曲は叩かない」→「マイナー・メジャー問わず参加の是非を決定」に繋がり、ギャラが良く知名度があっても下らない作品には不参加→良い曲ばかり参加にも繋がってた気がする。

それが一般論でのテクレベルが大した事無いのに、つまり凄いソロがあった訳じゃないのに数多の名曲で叩けたんだろう。
例えば当時同じ位有名だったVinnie Colaiuta等より、オファーが多くなった理由じゃないかな。

そんでまた後年Ian Paiceが参加したPaul McCartneyのアルバムなんかと比べると良く分かるが、絶対にDrummerが彼じゃ無かたっら駄目という感じがしないとかと違ってる。
端的に言や誰が演るかで曲が違って聴こえるか否かみたいな差があって、MG’sじゃ無いとStaxの曲じゃないみたいな現象が起きてるかどうかだ。

そうやって考えてくとバカテクソロはそれ自体は大変だが、状況が許せば何時でも大体同じのでも構わない楽さがあるかも知れない。
のが伴奏となると曲毎に微妙でも毎回変えなきゃなんないし、使える技も逐一限定が厳しいからそっちの方が実は音楽的に高級なんだ。

んで何が高級なのってば、楽器を奏でる以前に音楽に詳しい事が必要な処だ。
単独パートに詳しいのを「音楽の一部に詳しい」とするなら、自分のパート以外に一定以上の理解が要るのが違う。

ってホントは何処を受持とうと音楽するなら、少しでも詳しく分かってた方が良いんだけどね。
興味の範囲がこれより狭くても仕方無いんだが、それならそう云う人は譜面を貰って弾く方が向いてるよ。

<つづく>

2023年1月25日 (水)

音楽備忘録1258 過音圧ミュージックはもう沢山➐

伴奏案件の続きは別項を新設して続きをやるとして、ここでは隙間や休符の効能を再認識して貰いまひょ。
今劣化本邦の様な悪癖は元は退屈させない処から始まったんだろうけど、どれもがずっと鳴り続けてると「何も無い」のと結局は一緒になっちゃうんだが…。

人に依ってかなり差はあるだろうが人間ってな慣れってのがあるんで、一定以上「状態が変わらない」のが続けば「ニュース無し」と認識するんだ。
それを避けるのに予想外の展開等を模索するんで、「絶対に隙間がありそうな曲」にだったら隙間無しもある程度効果があろう。

但し「全無し」ってのが使えるのは1回こっきりなんで、大抵は半分位を中心に量の増減より場所を変えるのを選ぶもんだ。
又最も「劇的に変化」するのは無音から突然の最大音だが、これもホントに劇的に効果があるのは1曲につき1回のみなんだ。

どうでも2回以上やって悪か無いが、読まれて慣れちゃうとねえ。
だからせめて無音の方を小さい音に変えるとか、大きい方を最大迄上げないとか何処かを変えないと鮮度が落ちる。

のを殆ど放棄してるのが今劣化本邦のメジャー系ので、「ほぉ、そんなに曲に自信があるのかね」と嫌味を噛ましてやりたくなる。
それを今回は歌の迫力について論じてくが、先ず実際に圧倒的にパワフルなのと声質が迫力満点なのの2つに分れる。

この2つの違いは「Off Micに出来るかどうか」で、声質だけの場合遠ざけると歌詞が分り難くなったりする。
今の時代デシリバとかでどうにでも出来る様な感じもするし、バラ録りすればどんなにパワフルでも他へ混入したりしない。

しかしパワフル感を「演出」したいのであれば寧ろ他のMicに混入した感じとか、他楽器に共鳴した感じにするのが一番だが誰も何故かやっていない。
これは昔のチープな録音でどうしてパワフルなのが分かったかで、録りはバラす程クリアにはなるが力感を損ねるのを意外と皆知らないかスッカリ忘れちまってんだ。

かつてMicの本数とトラック数をどんどん増やしてったのは、力感を損ねても明瞭度を上げたかったからだ。
それへほぼ唯一逆行したのがZepで、暫くは明瞭度を犠牲にしても音の大きいのを分かる様にしてたな。

お陰でリズム隊を拾おうとすると大変厄介で、DrummerやBassist泣かせだった。😢
今の録音クウォリティなら両立も充分可能になったけど、それにはなるべく同時にとかリアルな響きが必要なんだ。

デジタルバーチャルで現在再現可能なのは部屋の残響迄で、スナッピーが共鳴するのだとか楽器に共鳴する分はプログラミングされてない。
この様な要素も力感にはかなり重要なのに、圧縮率を上げただけで済まそうとは片腹痛いわい。

それも含め判断すると平均音圧を上げて効果があるのは、「弱くはなくする」だけなのが分かるだろうか?。
音の強さ弱さには色々な切り口があるんで、もっと視野を広げて欲しい。

<つづく>

2023年1月24日 (火)

音楽備忘録1257 そんなに詳しくないけどマイナーブランドの話し➎

ここからはほぼニーズレスではあろうが蔵出しと銘打って、過去の国産マイナーブランドで比較的良質だったのを幾つか記してこう。
中には断続的に現存してるのやメジャー化したのもあるが、より情報が枯渇してそうなのを中心に。

トップバッターは本物を長期借用する迄15年強使い続けた、リッケンベースコピーモデルの前出Fresher。
概述の通り最安だから買ったに違いはないが、妥協点にはメーカにもこっちにもかなり拘りがあった。

’70年代後半期はリッケンべが今より人気があったんで多数のブランドから模造が出てたが、その内容はかなり多岐に渡っていた。
その中でスルーネックは原材の長さが要るんで、価格がどうしても高くなってしまう。

のでネックの接続仕様は諦めるとして次に調べたのが材だったが、そこで意外!?な事情が発覚。
リッケンタイプではそれ程でも無かったがメイプルの代わりにパーチの合板が使われる等、随分と材の選択が野心的だったんだ。

低価格帯の中で音色配慮込みで最も攻めてたのがFresherで、他社のは代替材の場合音色より映え優先の方が多かった。
因みにその頃は元締めの影響がとても大きかった様で、ブランドのFresherは超マイナーだが元締めの共和商会はかなり有名な問屋だった。

一方見た目の忠実度ではHEERBYってのが突出してて、これは三日月型ボディで一世を風靡した春日楽器の別ブランドだった。
リッケンタイプのでだと本家で’60年代末~’70年代初めの一時期だけ使われてた、他所では見掛けないチューリップ型ツマミのペグが再現されててね。

同じく’70年代初め迄採用されてた一寸だけ豪華なチェッカーバインディング、両方が備わってるので現物を拝めたのはこれだけだった。
この手のマイナー系必ずしも地域限定では無かった筈だが、何処の店もが仕入れてくれはしなかったんだろう。

Joker的存在としてはPrinceの常用したマッド・キャットのH.S.ANDERSON(米ではHOHNERから販売)等があるが、完全なオリジナルでは無くテレキャスのバリエーションタイプだ。
中には好む人も居るだろうがどうも国産のオリジナルは個性不足で、タイミングも悪かったのかも知れない。

’60年代一杯迄は完全オリジナルの方が寧ろ多かったんだが、如何せん性能面での劣勢が隠し切れなかった。
それが’70年代にコピーから学べたかコツが分かって来たら、今度はFusionブームの煽りを受けたか優等生的に過ぎるのしか作らなくなっちまった。

ここでは随時吠えの如くエレキって不完全だからこその魅力も重要な楽器なんだが、同調圧力大国の日本で生き残ったブランドは駄目では無いにしてもどうしても○○じゃ無きゃ的価値が無い。
私的にはYAMAHAを筆頭にARIA PROⅡ,Guyatone、GRECOに至ってはグリコのオマケと卑下してたのは↑を重視してたからなんだ。

それが近年ではビザールヲタには’60年代物の方が評価される形で表れてて、けど音楽の道具としての質は’70年代のが一番マシだったから残念だ。
全体平均では’90年代一杯迄僅かづつ下降し乍らも維持されてたが、加工精度が飛躍的に上がっても材の低下した分現行品の特にエントリーモデルは色は随分綺麗なのもあるけど一寸厳しくなってる感じだねえ。

<つづく>

2023年1月23日 (月)

音楽備忘録1256 楽器Amp同士の組合せの話し㊷

さて前回はPAの「被害」!?に言及したが、極限状態では思いの外影響が大きいのだ。
バスドラしか出せない低音の有無について、先ずはその影響から続けよう。

普段はそんな低い処等録音されたものをLiveじゃヘッドホンで聴く訳じゃあるまいし、聴こえたって聴こえなくたって大して変わりゃしない。
処が極限状態になるとそんな僅かな要素の差が突然顔を出し、死活問題に迄至ったりするんですよ。

何しろBass等の低音とバスドラのそれが同じレンジから出る訳で、良く云や「纏まりのあるサウンド」になるけどさ。
単独の時は未だしも両方が鳴ってる時、低音の量だけしか変わらなくなるんだ。

いやいやPA通した方が録音の音に近くなるじゃんなアナタ、そりゃ「劣化した音」にスッカリ慣れちまったからなんすよ。
確かに量的にはその方が低音が多目になってるのが多いんだけど、実際は量は少な目でももっと下迄伸びてるもんなんだ。

Rock系のバスドラって何かで代用しようと思ったら、音じゃ無くても何かの振動でも良いじゃん。
それ位下迄出せりゃ良いんだがそうも行かないんで、その分「少し上の帯域」を増やして誤魔化してんの。

因みにメータとかで殆ど分からないのはその時間が凄く短いからで、生本物だと圧が来るのにスピーカを通すとそれが無くなったりするのはこのせいだ。
それを補う為少し上を増やすんだが、その領域は本来Bassパートのもの。

へ言わば「越境」するんだから分離度は悪くなって当然で、大抵は更にそれを補おうとしてレベルを上げる。
結果的に混雑してる処へ突入する様なもんで、地獄の一丁目じゃないが負のループへまっしぐらなのだ。

これだけ損失が色々と大きいんで、聴こえる限りは楽器のPAレスを強く主張してるんですよ。
只それにはバスドラへフロントヘッドを装着する等して、夫々の楽器が「本来の音」が出る様にしとかないとね。

Bass Ampにしても人次第じゃ10や12inchで足りるかも知れないが、ほぼ全ての人を網羅しようと思えばそれじゃあ足りない。
本当に不要な際はCutするとしてそうじゃ無い場合、15inch以上なら量を減らしてもGuitarより下の音が出てくれる。

バスドラの方でもBassより下が出てくれ、部分的だか低域の棲み分けが出来る。
勿論その上の中低域は輻輳があるが、だからこそ少しでも空いてるルートを辿れると渋滞せずにスムーズに流れるんだ。

そしてその状態が作れると今迄とはうって変わって、ダチョウ倶楽部の「どうぞ、どうぞ」宜しく今度は逆の競争が始まるからオモロいでぇ。
それを経てバンドのアンサンブルが落着く訳だが、北風と太陽の太陽の方を皆一度でも良いから実感して欲しいネ。

日本ではPAは何でも扱うんだからと予算に優先権を持たせたりして、中々肝心の楽器に充分回ってなかったりする。
ので楽器全部が良い処は見つけ難いかも知れないが、例えば○○のBass Ampは良かった□□のDrumsetはゴキゲンなんてのを集めてみると良いかもね。

<その内つづく…だろう>

2023年1月22日 (日)

音楽備忘録1255 過音圧ミュージックはもう沢山➏

こう見えて表面は悲観的でも根は楽天家なので、今日は上手な伴奏法についてひとくさりと洒落込もう。
日本人の場合今のその第一歩は、一旦「映え」を放棄する処だな。

昨今の映え文化って第一印象に特化してるんで、第2,第3…と進むと大抵は落ちて行く。
それでも主役であればまだ良いんだが、脇役は下手すると「第一印象が無い」んですよ。

こと音楽のそれも歌物に於いては1回目なんて、歌詞とメロを拾うだけで精一杯だからね。
そらまあ歌の無い箇所で悪目立ち!?でもさせりゃあちったあアレだけど、それだと歌に間の無い曲だと諦めるしか無いやね。

そこで例えば聴いて3回目以降に印象に残るのを目的として、つまり曲は大体把握出来たが何か他に面白い処は無いか…みたいなのに焦点を当てるんざます。
そんなのはウケるのに時間が掛かるし、もし曲がヘボだったら3回目があるかどうか…。

ってさぁハッキリ言って曲が駄目だったらどう弾いたって駄目で、演奏が良いのに曲がって聴こえたとしてもそれはソリストとして幾らか有能なだけよ。
要するにホームランとかゴォールゥは不要で、その代り何時も満塁とか幾ら枠を外しても絶え間なく次が来るなんて状況を作るのが必要なんだ。

言うなれば曲が良くて、それよりちょっぴりだけ落ちる演奏!?ってのがbestなの。
コレ話しは単純明快で曲は誰もが聴いてくれるけど、各パートになると例えばGuitarにしか興味の無いヤツはBass聴いてくれねえだろ。

そんな際でも「曲を通して」だと少しは「聴いちゃう」訳で、考え様に依ったらこれは楽器の特権なんだ。
歌唱の場合厳しい事に、もし生理的に声質を受付けなかったらお終いだものさ。

んな事言ったってせっかちなお姉ちゃんは1回でも駄目だと…昔結構苦しめられたが、そんな相手でも常に一期一会とは限らない。
今景気が悪くて余裕が無いから一発で承認欲求を満たすのばっかに走ってるけど、所詮はその時の受け手の気分次第で色々変わっちまう。

確かに何か1つインパクトは必要なんだが、音楽で本当の勝負になるのは何回も聴いてからなんだ。
又ミスの有無だけを問題にするのが流行ってる様だが、本当はミスだらけでも売れる位魅力的じゃないとね。

今ミス撲滅っても修正で何とかしてるのが殆どなんで、何度も聴いてるとその不自然さに気付くかも知れない。
その様な「減点は少ない演奏」では飽きてしまい、減点があっても「加点の多い演奏」じゃないと持ち堪えられない。

ただ曲を尊重してればそんなに難しくは無くて、「曲からヒントを貰える」のが大きいんだ。
仮歌すらレスで録ると問題があるやもだが、歌える人だったら「ハモりを付ける」のと殆ど一緒だ。

そう言えばAKBやSMAP以降複数人居ても軍歌よろしく馬鹿みたいにユニゾンするのが普通になったが、それを楽器で演っちゃうと更に最悪だ。
そんなに皆戦争したいのか知らんが、平和を愛するなら教会の讃美歌みたいにユニゾンじゃ無くハモれよってか。

ユニゾンだってハモりのバリエーションの1つと考えられなくもないが、曲にフィットするかどうかを精査しないで乱用する様なもんじゃない。
あと「間」(隙間、空白≒休符)の使い方も問題で、一様にルート連打になってるのは「曲をロクに聴いて無い」証拠だ。

<つづく>

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