音楽

2019年6月26日 (水)

プロの定義② 基準の内容編

前回は音楽を演る側にとっての相応しい自覚等で、世間の経済面だけの呼称に振り回されるなみたいなのを記した。
そして結局は当事者にとっては実力等の飽く迄「内容」が重要なのを少し示したつもりだが、その具体的な部分へ進めて行こう。

実際楽器演奏に必要な部分も目的次第で違いが色々あるが、プロ・アマで一番違うべきなのは上手さでは無い。
それよりもどれ位要望に応えられるかが本来の分水嶺で、リクエストに一切答えられない様ならどんな凄腕でもそれはアマチュアだ。
現実的にはどんな達人プロでも限界はあるけれど、スポーツの記録等と音楽の価値が違うのは明確な基準が音楽には無い処なのだ。

今では生演奏の仕事が激減したのとジャンルの多様化もあって、昔よりは何でも弾けるニーズは目に見え辛くなっている。
だがClassic系等より楽譜に頼れないRock系では、少なくとも世界標準のスタンダードも知らないのでは話しすら始められない。

どうした事か近年本邦でだけスタンダードナンバー軽視の傾向が見られるが、音楽だけの特権的共通言語でもあるのでこれは実に勿体無い。
山と言われたら川と答えるのと一緒なのでこれが駄目だと本来とても合う仲間と出逢えてても見分けが付けられず、仲間を作るのすら大変になっちゃうんだがね。

生楽器で基本的に楽器には音色加工をしない物なら、初見(しょけん:譜面を見ると同時に弾ける)が利けば何とか出来る。
だが旧来からの楽譜には電気楽器等の歪ませ具合等を定量的に表す規格が無く、どんなに譜面が得意でもそれだけでは音色を合せるのが不可能だ。

一方Classicやオケ系では譜面が全く読めないとアマ楽団にだって参加困難とかになるけれど、それだって「楽器が弾ける」のに「譜面が無いから弾けない」は非関係者には全く合点が行かない理由となる。
ジャンルや種類に無関係に音程が出せる楽器だったら、ドミソドミソって演ってとか言われて出来ない「奏者」は滅多に居ないんだからさ。

アマなら個人の密かな趣味だから弾ける弾けないに関わらず今ここでは嫌と言っても通るけど、プロの現場では後ででもお金を貰うんだからその分を弾かない訳には行かない。
そしてこう云う部分について近年本邦の呼称や雇用形態には、大きな瑕疵があるのが要警戒なのだ。

メジャー系のプロモータは今の流行りに合ってる連中を探して来て契約するが、ブームの続いてる間は稼ぐ面だけでは商売になるだろう。
しかし流行りが変わった時に着いて来れなかったりどこかしらが不適合になれば、アッと言う間に契約終了若しくは破棄される。

これは当初は雇う側が人権無視だっただけだが、最近では雇われる側にも大いに問題点が散見される様になって来た。
つまり余りにも演れる事が少な過ぎたのに、それを放置したり改善させる気を持ってなかったりしたからだ。
その一因にプロのプライドだとか自覚が大いに影響してるのは確かで、「稼げたからプロ」「稼げてるからこのままで構わん」って認識の過ちだ。

絶対評価基準が持てなく生活必需品でも無い音楽は、元来ロクに商売にならない分野なのは最初から判明してる事実だ。
普通に真面目にコツコツやってれば長く継続の保証がある分野とは違うんだから、同列視するのにそもそも無理があったのだ。

見掛け上一時的に巨大ビジネス化したからって、所詮は祭りの屋台が偶然大繁盛しちゃっただけなのよ。
祭りがあるよと訊いて売れる物があるのに屋台を出さん手は無いけれど、どう見たって「祭りをやってない日」の方が普通は圧倒的に多い。

そんな状況下では技術や知識等の専門性を堅持して、いつ祭りが開催されてもすぐに屋台を出せる様な継続性こそがプロなんじゃないかな。
それも将来開催される祭りがどんなのになるかはその時になってからじゃないと分からないんだから、ある程度近い未来の以外は予測して備えるのも無理になる。

それでも確実に力になるのはベーシックな実力で、それを突詰めれば簡単でも構わんから兎に角「弾けるか」が問題になるのでは。
これ等を敢えてシンプルにまとめると音楽のプロとは、何とか要望に対して納得してもらえる音を出せるかどうかって事に尽きるのでは。

<この項一旦終り>

2019年6月25日 (火)

プロの定義① 基準編

益々身分不相応拡張著しいが、一石を投じさせて頂きたい。
キッカケは認知度ではメジャー在籍経験がこれを支配するのは納得だが、専門的スキル不足のままでプロと呼んだりそう捉えて構わんとは思えない処だ。

免許証等がある分野だったら良し悪しは別として、兎に角分類は簡単だ。
だが芸術みたいに絶対評価が不可能なものだと、何らかの資格制度を設けた処で実質的にはそれすら曖昧なライセンスとなってしまう。

現代本邦は資本主義社会なのでそれに則れば収入面からの判別をするのが当然だし、英語のProfessionalを意味も含めてそのまま使ってるならこの話しはこれでお終いになる

だが日本語でのプロって言葉の中には専門家等の意味も大きく含まれてるので、幾ら儲かっててもスキル不足の者迄含めるのは本来お門違いってもんだろう。

英語を採り入れるなら知識や実力が達人ってのに対応するExpertとかSpecialistってのがあるが、現状の本邦でそれを簡略化したエキとかスぺなんてのは無いから使い辛い。
音楽でもそうだがコピーして勉強になるのは不都合でもそれも含めた場合で、都合の良い処だけ安易に失敬して来りゃこんなもんだわね。

「食えてるからプロ」で不味いのは音楽ビジネスとしてならとても立派でも、ミュージシャンや音楽家としてはアマチュアの足元にすら及ばない者迄含まれてしまうからだ。
売れたらプロの音楽家では無くそれだけだったらスターやタレントとかアイドルと呼ぶのが相応しく、全く売れて無くても人並み外れて専門性や技術力があってもそんなのはどうでも良い事になっちまう。

これは世間で職業を訊かれ会社員なんて答えるのが一般化してるのと同様で、うやむやに出来て都合が良いなんて面だけに気を取られてるのと一緒だ。
だがそれだとヤバイ会社で社名を言い辛い場合等も含まれてる訳で、相手はこっちが思ってる程何時も都合良く解釈してくれてるとは限らない。

またこれはプライド(誇り)の面でも顕著で、過去のとは違うが妙な職種差別もプンプン臭って来て臭くて堪らん。
音楽ビジネスのプロだってとても凄い事なのに、どうも音楽界だとミュージシャンの方が良く思われてる節がある。
ミュージシャンは自らが立ち上げた企業で大儲けとならん限り、世間一般で言う社長とか重役なんて呼び名とは本来無縁なものだ。

なので音楽ビジネスのプロならそう云うのを前面に出すのが本来一番恰好が付く筈で、無理して音楽家ぶる必要なんて無いんだけどねぇ。
一方プロミュージシャンの99%以上はもし晴れて社長と名乗れても、ビジネス界観点では零細企業主の域を脱し得ない。

それと現在はミュージシャンも経済活動の一種と認知されてるが何時の時代もそうだった訳じゃ無く、今でもマイナージャンルのみに携わってたらどんな凄腕・大天才でもそれだけからの収入では暮らせて無いだろう。
しかしそんじゃ専門家に足りないのかってばそんな苦境でも続けられてる位だから、超専門家である可能性が高い。

世間に悪影響の無い範囲でならどう称したって構わんけれど、そんなのでその立場の人が劣化する様なら考えなきゃいかん。
収入観点では本邦では役職名や企業名でもそれを表せるのでそっちにして貰って、こう云う業界のはスキルに対する呼称と是非して頂きたいもんだ。

例えば相撲とレスリングを比較すると近年劣勢のプロレスですら、実質的な業績ではレスリングの方が遥かに上を行っている。
伝統芸能などを社会で支援するのは良い事だけどこれや税制の優遇等をもし全部排除して比べたら、恐らく相撲も歌舞伎も廃線検討すべきローカル線並に成り下がると思う。

更に別視点からとするなら学校の公立・私立なんかの学費と上記を比べりゃ一目瞭然で、公立系の相撲の方が大抵観戦チケットが高額なんだから随分妙な話しだ。
俺的には国技を広め親しんで貰うには寧ろ大巾値下げして、子供が小遣いでも見られる様にする方が将来の繁栄に繋がると思うんだけどねえ。

角度を変えて格闘家としての「本質」で比較すれば相撲に他流試合が無いのもあって、現況だと恐らく相撲以外の方が平均スキルは高いだろう。
でもだからって相撲の価値が減るもんでもなく、減るとしたら今相撲をとってる力士や協会がだらしないだけだろう。

概吠えだが実際の仕事内容が何であれ就業形態のみで「会社員」って馬鹿かじゃないが、そんな呼称を最優先するのは「金持ちじゃなきゃ偉くない」とか「金持ちだったらどんなロクでなしでも偉い」と認めてる様なもんじゃんか。
それじゃあ幾ら暴対法でヤクザさんを居なくしたって、国民全員がコソ泥化しても無理無いでしょうよ。

ここで特技を持ってない只のサラリーマンでは難しいけれど、何か技的なものを持ってる人なら違う呼称が使える。
それは楽器が弾ける者だったら担当パートの呼称で、PianistだのGuitaristってのだ。
世間での呼称や認識はこちらで操縦不可だからそれは諦めたとして、上手くなりたいのに良い意味での自覚が持てる呼称を放棄するのは勿体無い。

どう名乗りどう呼ばれどう思ったとしても、それで実力が落ちなきゃ結構ですがね。
そして意識の持ち方次第でアプローチ等に後から違いが出て来るのも考え処で、少なくとも「実際にやって見せる」必要がある分野では「名実ともに」じゃないと無理みたいですけど…。

<続>

2019年6月24日 (月)

多重録音備忘録㊺ 実機Effector

暫く前に買って持ち続けられそうなのは実機の方がと書いたが、その典型例は真空管Effector等だ。
最終的には音のニーズ次第でデジタルとアナログ或は本物とバーチャルの「使い分け」となるが、それには違いをより熟知してないとね。

冒頭から少し脱線気味となるが最近凄く気になったのが、Youtubeに投稿された自作作品でのReverbサウンドだ。
動画Fileのサイズ等色々制約が掛ってるのは分かるけど、それにしても変に籠った響きのを平気で使ってる連中が随分多いったら。

これ過半数が録音スタジオでのGrand Piano録音なのに、画を見なけりゃデジタルPianoにしか聴こえん様な音になっちまってたのが実に残念だった。
主犯がReverbで共犯がEQ辺りかと思うが、特に低音側がもう「弦を叩いた音」では全く無くなってしまっていたのだ。

それが化石アナログ機だってんなら未だしも、恐らくそんなのは1つとして無いだろうに。
単に操作不慣れでプリセットを使ったならそんな変な設定のはありそうにないので、恐らく何らかの点を気にして失礼だが「下手に弄った」結果であろう。

全くいい加減な推測に過ぎんけど一寸思い浮かぶのは滑らかさとかで、或は本当の深みとは全然別物だが高音が目立たない方が「深っぽい」とでも思ったんだろうか。
低域そのものは中高域に比べると音質を作ったり変化させられる持ちカードが元から少ないってか、変えてもそれがとても聴こえ難いって方が正しいがそんな性質がある。
反対に中高域は僅かの違いもすぐ分かるので、そこを余り響かさせなきゃ安全ではあるのかも知れない。

だが低域だけが不要に響けば上記の如く明瞭度等を阻害するだけで、聴き取り負担を増加させるだけなのだ。
しかもその程度の事をするだけなら立派なデジリバなんて全くオーバースペックで、ホントの処はよく分かんないけどわざわざ作品クウォリティを下げてしまっている。

かつて録音がテープが主役だった当時は録ると元より先ず大抵は籠ったから、下を響かせ過ぎるのは駄目と皆が気付き易かったのかも知れん。
ある意味無変化デジタルの弊害なのか、確かに昔よりどんなMixしてても無理すりゃ聴き取れる率は上がったがね。

入手・状態・メンテ等多くで難があるから今更お勧めはしないけど、こうなる位だったら昔の「低機能エコー」の方がマシな結果を招いたであろう事は断言出来る。
その手の多くにはEQなんて付いちゃいねんだから、どんなに響きがチープでもあんなに迄籠る心配は皆無なのだ。

近年の多機能機とかPC内のだと操作が煩雑になるのもだが、それ以上に「見落とし」(音なんだからホントは聴き落し!?)を起こし易くなるのも大きなポイントだ。
加えてデジタル機の多くは操作部の共用化されてるのが一般的で、サイズやコストダウンにはこれは大事な要素だ。
だがやった設定が一目瞭然とは行かないし、違うページのDataを交互に調整する際にも余計に時間が掛ったりする。

近年この点についてはLive使用を意識したシンセNord Leadみたいに、割と調整部を本体表面に「全出し」するのも出て来ている。
が楽器自体じゃないからか特にマルチタイプのEffectorではスペース的にも困難だが、デジタルのは悪く言えばプログラムセレクト以外の大半は天岩戸へお籠り状態だ。

これはPC内の物では近年考慮されたのも増えてるが、それでも他機も含めてずっと全部画面に並べとくのは結構厳しそうだ。
原始人の俺にゃサッパリだが何故かやたらとミュージシャン程PCはモバイルとかノートを持ちたがってる様に伺え、それでは画面が狭く増やすのも大変なのでこんな場面ではとても不利になるがこれが現状だろう。

楽器を弾かない人には実機Effectorって敷居が高い気もするし、演奏時使えない分余計にコスパも不利になる。
だがもしかなり高頻度で使うのが分かってるのがあったとしたらものは考え様で、類型過去例を紹介しとこう。

古株さんには何だ知っとるわいそんなのかいであるが、その昔Hammond Organ用Amp(スピーカ)のLeslieでエレキGuitarを鳴らすのがちょっと流行った頃があった。
音的には独特の癖があるPhaserなだけだから、それだけだったら大した事ぁ無い。

だがそのEffect音や響きを皆はそれ迄何時もOrgan特有音色の一部として耳にしてたので、あたかも「Guitar ぽいOrgan」なんて風に感じられてたのだ。
歪ませないでGuitar Ampの内蔵スプリングReverbを深ぁく掛けると、その音を聴いた多くの人がああThe Venturesねって思うのと同じメカニズムだ。

因みにLeslieとは言うなれば管球式・機械式Phaserとでもなるか、ともすれば単調な電気Organの音に「うねり効果」を与える物だ。
上記で独特の癖としたのは少しFlangingも掛ってたからで、それは構造由来の物で開発時期が古いだけに何と再生用スピーカ自体を実際に回していたって珍品!?だ。

Tonewheel式よりはまだ入手可能性が高いLeslieだが、コストもさる事乍らそのガタイがもう殆どタンスなので今更人に勧めはしないですよ。
只俺的着目点で1つだけ特記しとくと増幅部が真空管で、Guitar Amp程じゃないけど歪ませも古くから込みで活用されてた。

ここ迄だとPhaser+真空管Amp歪ませは普通のGuitar用のでも出来るけど、その順番が逆になる事で音色に違いが出るのを忘れるべからずなのだ。
現代他の方法でこれをするには歪ませをストンプにするか、録音したのにPhaserを後掛けするしかない。
つまり現行式だとLiveだと完全再現が不可能になるのが、LeslieのPhasingは既に歪んだ音へスピーカを回して掛けてんだから唯一完全対応なのだ。

因みに俺が当ブログで「Amp歪ませ」と称してるのは主にパワーアンプ部で歪ませてるのを指してて、プリ部だけでのものだったらストンプ等でも完全再現がほぼ可能だ。
これは飽く迄ヒントのつもりなので打込みに対して即効性は低いけれど、こんな目線で探して行くと今迄に無い面白発見率を上げられるのは請合いだ。

こんな風に楽器に依っては本体音色とほぼ同列存在となってるEffect音ってのもあるんで、Effectorだけでも本物にする事で実在感を増すなんてのも大いに考えられるのだ。
そしてこれは音源自体の改変が出来ない物程有効性も高まるので、その面からは打込みにこそ効果絶大とも思えるんだが。

<続>

2019年6月23日 (日)

多重録音備忘録㊹ 打込みと編集Ⅲ

こんな俺らしく!?かリズムについては時代に全く感知せず、物理的精度は無関心それでいてキレやニュアンスそして「ノリ」にはヲタ級の拘りを持っちまってる。
が実態は認識し辛いリズムパターン等へは努力を要してるが、リズムを取る事にはたまたま余り苦労しなかったからか普段はちっとも気にしてなかったりする。

なので「リズム表現巾の狭い」打込み同居なら楽するのを優先しようとも思ったが、ご覧の通りの有様で見事に期待の梯子が外されちまったってか最初からそんなの掛って無かったか。
使用機器や求める音次第で例に依って個人差万別だろうけど、音楽性を優先すると打込みでも音響的編集プロセスの完全排除が達成されぬ場合があるのは良く分ったよ。

前々回述の従兄談みたいにその気が皆無でも対策が要ったそうだから、それだと打込みも楽じゃないってなるんだねぇ。
只従兄は太鼓の先生になった位生楽器のそれもリズムのをずっと続けてた人だから、「幾らなんだってこれは自分じゃ無くて機械の方が変」と確信が持てたんだとも思えた。

楽器が何も弾けずそれ故リズムの訓練も皆無の人だとどうだったのかで、最悪だと単にフレーズが駄目とか違う処へ原因を求めてしまったかも知れない。
打込みは編曲のアウトライン等はやってく内にスキルアップが望めるが、それ以外の多くの部分で楽器と違って音楽の実践的向上の貢献はあまり見込めないのを特記しときたい。

本邦ではポピュラー系では歌詞最重視傾向が相変わらず強いので、先ずは歌詞次にメロが成立してたら他要素の影響度は低いみたいだ。
だがポピュラー系の中でも特にRock系等では、それ以前のリズムの刻みの個性だけで成り立ってる様なのも山程あったのがその特質なのだ。

このリズム表現(フレーズより刻ませ加減等)の代わりにテンコ盛り複雑化して来たのは、ポピュラーの観点からは遠ざかってしまってる。
それで音楽が売れなくなって来たとしても至極当然で、ある意味これの打開策として「打込みなのに編集」ってのが切り札となる可能性があるかも知れない。

現代では「打込み出来る」は多くの場合「PC等を持ってる」で、それなら殆ど手間だけの問題で誰でもすぐに挑戦が始められるのだ。
そこには「それ用のスキル習得」がセットになってっから億劫に感じるかもだが、この手のは元来は「音楽する」のに必須の物だから別に方法のせいじゃ無いんだよね。

ヒット曲の実態をプチ分析するとそれが白日のもととなるんだが、結構周期的に過去にあったのの応用・活用されてるのが多く見受けられる。
先ずはパターンを拝借したのが筆頭だがサウンドだけなんてのもあって、しかしトリビュートとかパロディ要素が無い場合はかなり限定的な部分借用が大多数だ。

これは温故知新式で新鮮さを得る為の1つの戦法なんだが、元ネタは思いの外カビ臭いのが多いのも特徴だ。
だからって皆それをやれなんて言いはしないが、やはり現状打破が要る際は何処かに「新案」は必要だ。
だが純粋に新しいのだけだとポピュラーには馴染みが無い分親近感等が不足しがちになったりするので、用い方や組合せ等へそれを求める事が多くなるのだ。

今となっては打込み物もかなり普及したので、そのままでは以前の様にまた新作とは行かなくなったのではと思っている。
かと言って昨今は俺の成長期の頃みたいに新楽器がどしどしでも無いみたいなんで、単に生演奏率を上げればってのも駄目っぽい。

そこで残ってるのが打込みなのに音響編集有りとか辺りで、これだって無限では無いけれど打込みだけの範囲でこねくり回すよりは今迄出来なかったのが達成されそうだと思う。
尤も俺自身はそんなの全く狙っても居ないし、成行きの結果に過ぎないのがだらしないか


今回の因みには誤解されたら困るのでここは一寸詳しく行っとくが、元来ミュージシャンが言ってた「パクリ」は盗用とか丸々使っちゃったってのでは決して無い。
正確な文言にすれば「インスパイアされた」なんてので、近年は美術界から果てはSNSなんか迄で見られる露骨なコピペ等とは全く異質のものなのであるぞなもし。

少し利口なミュージシャンだったら特に生演奏の場合、フレーズ等を丸々そのまま演ったつもりでも奏者の差が消せないのに直ちに気付く。
もし後発の者の方が上手かったとしてもそのせいで本家より楽に弾けたりすれば、それだけでも緊張感が減ったりして「味」が変わってしまうよね。

しかも本家は前から演ってたのをこっちは今始めたばかりの模倣品となれば、そんな真似したらわざわざこっちの拙さを宣伝するだけになっちまうんだからさ。
これも本家の方が下手だったとしても慣れてると大胆に行けるが、後発は上手くて慎重さを隠せても勢いでは完全に負けるだろうからねぇ。

昔業界に蔓延ってた「Band用語」(我々はこの時点でもうドンバと言っていた)は、一寸スカしてヤサぶった言い回しをしてたが案外「照れ隠し」も内包されてたって按配だ。
正確にだとあの偉大なお方の思想や発想から学ばせて頂きましたなんてなるけど、それじゃ特にRock系とかだと馴染まんから悪ぶって「パクった」なんてうそぶいてただけなんよ。

そしてフレーズの引用もあったけど「パクリの核心」は、そんな表面じゃ無くアプローチだとか発想なんですわ。
フレーズだけだと元ネタが出尽くしたらもうお終いだが、手法を解明・理解出来たのなら後で幾らでも類型を作り出せるからね。
そもそも音楽なんてもんはどっかで耳にした音がその人なりに変身して後から出て来る様なもんで…、キリが無いからこれはまたそのうちに。

いやぁ~しかし最近過ごし辛い気候にもなって来たから、そんな風にでも思ってないと億劫になって来ちゃったよ。
作品の完成度って普通は大事だけど、それを充分追求出来るだけの下地があったらの話しだと思うんだよねぇ。
そりゃ紅白歌合戦とかオリンピックの式典とかで「やらかしちゃった」ら人生に響くだろうが、医者と違って失敗しても直に誰かが死んだりせんのが音楽の特権だかんね。

それを思うと職業音楽家の場合は普通に日常的に演ったのが、なるべくそのままで使える様に持ってくのが合ってると考えられるんだわ。
こう云うのを鍛えるには録音なら「本チャン」てのが大切で、失敗したら「今のは練習でした」なんて白々しいけど後から平気でそんなんしちゃう位が良いのかなってね。

<つづく>

2019年6月22日 (土)

多重録音備忘録㊸ 打込みと編集Ⅱ

打込みストリングスサウンド編集修正は何とかなったの続きだが、それなのに問題になったのは打込み別パートの音色変更から発生した。
今回のはマリンバ音色で打込んだ裏メロので、従前は単に鳴らして録っただけで別に平気だったヤツだ。

問題点とは実際の発音タイミングが打込んだそれに正しく呼応して無かった処で、変更後の音色が「短い減衰音」系だったのも関係したかもだった。
実は他にシンセベースも入れててこれもAudacityの波形画面で見ると怪しげだったが、それは「打込んだ」Clickに対して必ずしも同じ距離感(タイミング)では無かった処だ。

それでも音域の低さ=波長の長さのお陰だったのか、シンベの方は耳には特に違和感が出なかった。
のが音色差と音域差(こっちのは高くて短め)のせいか、意識しなくてもあからさまに分かる不具合を2つ発症したのだ。
これに際し別録りトラックの現行同期方法を先に記すが、それは各トラックの先頭部に「共通の音」を入れて目印(耳印!?)としてるのとClick自体も打込んで作ってる処だ。

基本となるClickトラックすら録音機とMidi同期不可の都合で音声ファイル化してるが、最初は生楽器用のカウント分だけを開始部に追加していた。
処がそれだとMidiの再生ボタンの他に録音ソフトのボタンを押したり、それをしたマウスから楽器演奏の体制へ移ったりするのにかなり慌ただしくなっていた。

それで時間稼ぎだけなら単に助走期間を長くすりゃ良いが、それだと今度は長大になってカウントをカウントするのに数が増え過ぎて紛らわしくなってしまう。
そこで対策として敢えて再生開始位置に1音鳴らした後、わざと空白域を設ける事としたのだ。

Midiソフトには別個でメトロノーム音機能が付いてるが上記等のカスタマイズと、昔からの習慣のこっちがより大きそうだがそれが理由でわざわざ作るのがデフォ化している。
この習慣ってのは俺の場合ドラムだけ機械の時代が由来で、今と同様な理由で只のClick音では使い勝手が悪かったからだ。

もし機械操作と演奏が必ず別人とか、コンダクターやディレクターが録音現場に常駐だったら違った可能性が高い。
だが俺みたいなのの場合ベーシックを録るのに足りる頭数が揃ってたらClickはほぼ不使用なので、結構両極端な場合が多いからであろう。

んで結果的に現況は録音開始時に先ず1つだけ「ピッ」と鳴る様にしてたので、各トラックにも同じ様に入れとけばこのピッのタイミングだけを揃えればそれで同期が取れるって算段なのだ。
当初俺はPCを多重には不使用としてたので懐疑的だったが、この筋では先輩格の従兄がデジタルでは非同期でも大体行けてたってんでやり始めた。

因みに従兄からはピッを入れたとは訊いてないが音色に依って様々な発音タイミングのを、感性頼みじゃ無く理屈で合せられたらってのが入ってる。
これはデジタルの打込みの特権だから、どうせだったらそれで省力化が図れればって狙いだった。

実際それで曲の頭と最後で32分音符1個分すらズレもしなかったのですっかり安心しちゃってたが、それとは別なのが今回お目見えしたのだった。
先ずは折角のピッで合せると今迄のではどれもOKだったのに今回のだけは却ってズレちまい、それを今更過ぎる手加減で克服してもまだ別の不具合が…。

それは曲全体長では特に問題は無いが途中で譜割り(タイミング)がチョイとオカシクなるみたいなヤツで、例えば1小節目頭をピッタシにすると何故か2小節目の中頃が露骨にズレるなんて様相だった。
結局はデジタルで打込みなのを敢えて「忘れたフリ」をして、最大公約数式で全体で一番マシなタイミングを探して調整する羽目になった。

これの犯人を見付けるべく過程で前述の如くシンベでも不完璧だったのを思い出し、従前録音トラック迄捜査範囲を広げる次第となった。
結論的にはClick自体の精度にも疑惑を持ったが、確認した処で逮捕権が無きに等しい立場なのでそこ迄やっていない。

しかしPCの動作構成を考えるとこれは起こり得るケースで、それは内部信号伝達が「時分割式」になってるからだ。
恐ろしく高速なので通常人が感知出来る領域を超えてるが、擦れ違い不可な狭小トンネルや工事個所等にある片側交互通行なんかと似た原理に依っているのだ。
つまり外見と違って内部では、ずっと定速で連続走行はしていないのである。

これは専用機でもコントロール部にCPUが使われてれば影響の可能性が残るもので、実用上問題にならん場合が多いしなるべく不具合が無い様に作られちゃいるが完壁を望むには難しい構造手法だ。
これって非打込みのClickやメトロノームにもデジタル回路のだと適用されるんだが、近年テクを持ってしても一般レベルのだと想像よりは実は不正確でしたってね。

確かに普及品機械式メトロノームとかアナログ電子回路のよりゃ格段に高精度なんだけど、少なくとも全くズレが無いんじゃないのは知ってても良いかもと思った次第。
そして構造面からだと一面では機械やアナログ回路の方が、安定度の高い部分があった可能性も浮上して来た。

機械やアナログはデジタルみたいに複雑なのの同時進行は不可だから、動かしたらずっと大体同じ調子で連続で動いている。
これ等は温度等諸々の環境条件等に左右されるので、♩=120になる様に設定しといても寒いと121とか暑いと119とかの変動は確かにある。

だが小節の途中でとか例えば5拍目だけが微妙にモタるなんてのは起き難く、とても大雑把だけど逞しいってか雑だが頼り甲斐があるってな感じにもとれる。
音楽的に必要な正確性は寸分違わぬテンポかってぇとそっちじゃ無く、始まったらリズムの流れに不要な凹凸の無いのの方が必須なのだ。

この点に着目するともしかしてデジタルばっかでリズムトレーニングすると、アナログでやるより上記部分に鈍感症となる懸念が芽生えて来ましたよ。
近年過去比だとノリに秀でた者の出現が減った様に感じてたが、こんなのがその原因の一翼をもし担ってたとすれば滑稽な話しだわねぇ。

<続>

2019年6月21日 (金)

多重録音備忘録㊷ 打込みと編集Ⅰ

タイトルだけだと変な話しで、打込みだと録ってからの編集なんて普通は不要だもんね。
だから若干レアケースだとは思うんだが、現実的に今の俺ん処じゃ必須なんですわ。

さて前回告知の画の前に(もうすぐ下に見えてるが)、打込みでも一筋縄ってか素直に入れても駄目な話しを訊いたのでそれ本日の前菜。
昔従兄がYAMAHA QY-20だかを使ってた時、音数が多いとその所だけモタったんですって。
それで仕方無いからモタる拍のだけ、わざと前倒し打込みしたんだそうな。
昔から余所でもそんなの結構あったらしく、さりとて近年の立派なPCやなんかじゃあんま起んないんだろうけど。

Photo_20190621031901
唐突に出ました久々概念図、折角なので!?唐突に図説行きやす。
上の表みたいなのと鉄橋みたいなの(それ言ったら下のもだが😓)都合4段は「打込み前ズラしの必然性」とでも命名しとくかで、その下の丸囲み数字の付いてるのが概述の裏技的編集のだす。

上4段は我々現用中の「Music Studio Producer」って古いソフトので、表擬きのはこれでは「ピアノロールウインドウ」と称されるのの概念略図だ。
鉄橋擬きと書いたのは俺称超簡易音量グラフで、打込んだ結果出た音の様子を色毎対応で表してみた。

こっちを続けるが表擬き内の色の長方形が打込んだ様子で、黄色のは聴いて問題を特には感じなかったもの。
但し最上段最左最巾広みたいに単純に音の欲しい分を打込むと、今回のみたいな限りなく持続音に近い減衰音の音色だとレガートになり過ぎたりする場合も出た。
そこで後ろをわざと少し短く詰めといてやったら、上記の様な心配が不要になった。

だがオレンジ色位の短さとなると最大音量到達遅れが気になり出し、場合に依っちゃ16分音符の裏みたいに聴こえたりもし出した。
そこで窮余の策でその下の段の青・紫・赤・緑等の様にわざとズラすと、アンサンブル内では辛うじて許容出来る迄となった。

この中で紫だけ「突っ込み度」が高くなってるが、「その箇所だけ都合」ならそれ位が良かった。
紫みたいに割とすぐ前に前の音があれば直下のグラフみたいに、前の音の余韻(青線)とターゲットの音の立ち上がり(紫線)交差点がほぼ「音符頭」と一致してビュウティフォーだ。

だが直前がもぬけの殻だとそれでは立ち上がり部が早過ぎて、前拍後部に濁りを生じたりの懸念が出て来る。
又そこ迄突っ込ませるとズラし不要音との「間隔」不揃いも気になって来るので、青・赤・緑の長方形位の程度で我慢しとくのが無難だった。
因みにグラフの山高さ(実際は音量)で言うと幾らバランス小さ目でも、流石に半分位の高さになれば鳴ってるのが分り出した。

続いて丸囲み数字のへ進めるが図示したのは「2音毎にクレシェンドしたい」のケースで、打込みサイドではそれが出来なかった場合の方策だ。
①は同じ音色なので素直に1トラックへ収録した状況で、②はそれをPCのAudacityの付属Effectで加工した様子だ。

求める音は最下段⑦の緑線の状態なんだが、この手順では赤線で示した第1グループの余韻部に不要な変な挙動が加わってしまう。
要するにPCでも前後音の重なり部分がある状況だと、一緒に居るから共犯者と断定される仕組みなのだ。
尤も因みにⅡで当初からそうなると予測が付いてたから俺は試すの自体を省略したが、少なくとも全くの無問題じゃ済まないのは責任保障とでもしときやしょう。

そこで無問題の第2グループの余韻部と同状況を作る事を手順1とし、個別にEffect加工してから両者を合体させるのを手順2としてみた。
で③④が別トラックに収録した様子・➄⑥がそれを加工した様子だが、これを可能にするには打込み自体を別トラックとしとく必要がある。

因みにⅢでこんなのはMixer卓のFaderでも、実機シンセのボリウムでだって似た真似は簡単に出来る。
がそれも1トラックだと同じ問題が起き、使う道具やシステムが違っても手間としては似たり寄ったりとなる。
更に第3の手としてシンセなら予めこれ用に専用音色を作っとくのもあるし、実際Liveなんかじゃ常套手段ではある。
しかし前に出た音はそのままにしといて指令が来てからの音だけ新しい別挙動をさせる、「モーフィング」機能が搭載されてないと録音ではボロ出ましたと聴かれる場合有りだ。

MSP(Midiソフト)もAudacityも2ch迄なら同時に使えるし、再生トラックのを左右一杯に振切っとけば一応音は独立する筈だ。
だがPC内部は通常ハイエンドオーディオや独立型マルチトラッカーみたいに完全独立とはなってないので、クロストーク等の心配を無くす為にモノ再生でモノ収録とした。

又MSP+S-YXG50だと無操作時は常時Effect Onとなってるが、モノ音にステレオ感を与える為に左右のEffectは「別物」となっている。
なので音源音は綺麗に分離出来ても2ch同時にするとこれに不要差異が生じるので、これもOffにしている。

ここまでやって概述の様に合成して何とか単体音としては許容範囲に収まったが、これをAudacityにマウントして従前に録音済みのトラックとで並べてみたら!!!の!。

<それ次回>

2019年6月20日 (木)

多重録音備忘録㊶ PC編集での利点

先日半ば愚痴ってた打込みストリングス案件、結果オーライの真骨頂かPCならではの編集作業をする事になった。
そのキッカケはフレージングのプチ改良で、新しいフレーズだとどんな感じになるのかを手っ取り早く聴きたくなったのが原因だった。

先ずは現在進行形のの段取りってか全体の手法を前提として記しとくが、この録音は打込み+生演奏・デジタルマルチトラッカー収録の多重録音と迄は決定事項となっている。
今回は従兄と2人だけなのでClickなんか止そうよと懇願するも敢無く却下、俺が最初に打込みを作ったのも曲のアウトライン説明や検討目的なだけだった。

何しろ打込み用の音源もソフトもかなり古いしフリー物で細かい事は余り出来んしで、その面からも俺的には本チャン使用がためらわれるのが元にあった。
だが今頃気付くお間抜けオジサンで、ちゃんと考えてみたらドラムとBassを一遍に録るには従兄のマルチトラッカーじゃ同時録音数が足りなかったのねぇ~ハラホレヒレハレ…。

で本編に入ると俺は最近結構コンスタントに鍵盤を弾いちゃいるが本職じゃないので、とてもじゃないが弾き乍ら全貌把握するのはチイとばかし無理がある。
弾いて録って聴く手も無くは無いが他のパートにも試したいのがあったので、時間的に考えると打込みの方が早い。
そこで本チャンに耐えうるかは度外視して、兎に角打込んでみたのだった。

立ち上がりの遅い音色で新案フレーズの刻ませるのだと露骨に遅れるので、概述した裏技でわざと前の小節に食い込ませる様に「発音指令」のタイミングをずらして行ってみた。
当初は前小節の後部に余計な「濁り」が生じるのを懸念してたが、アンサンブル内での音量バランスが小さ目なのと元からこの音色はリリースも長かった関係で取敢えずはセーフとなった。

チョビ解析を述べると立ち上がり部よりリリース部の方が音量が大きかったから、ノッポの背後のチビが隠れた状態に偶然収まったらしい。
と一山超えたってもう1つFade Inってかクレシェンドさせたいのは打込みの方で試すも駄目で、Midiソフトにパラメータとしては「ノートオフベロシティ」が付いてたが音源の方が受付ちゃくれんでした。

そして冒頭に書いた通り打込みと生両方で普通ならMidiとマルチトラッカーを同期させて鳴らす処、我々の所持機材ではそれが出来ないっ!

ので面倒だがMidiを一旦PC内で再生・録音してWAV(音声)ファイル化し、それを従兄のオールインワンマルチやPC内のAudacityへマウントって事となっている。

また現用Midiソフトは出力は2ch Stereoのみ・個別Effectを掛けたきゃプラグイン対応(元から少しは入ってたが)と、「好きにする」には役不足なのもあった。
ホントは妙だがこの手のVSTを始めとするプラグインはご多聞に漏れず、PC専売特許!?の相性問題に引っ掛かるのも暫しである意味確証が持てない。

もしそれで不都合が出たら歴の古いオヤジ供はEffectorは独立機も既に持ってるので、PC内だけで済ませられるか分からない。
っつうかプラグインの好みのと合うのを探す手間・時間等を考えると、古めかしくても年寄りには手慣れた従前の方法の方が多分安全なのだ。

結局は半端もんの寄せ集め的域なのか何でもかんでも総動員って、もっと小袈裟にしたいけど昔みたいにやる前に諦めなきゃなんなかったよりゃマシと気を取り直すのだ。
宅では録音の仕事もやってる(現在諸事情でほぼ過去形😢)のでアナログMixer卓でも本案件はやれるが、元音がデジタルなのでそれを活かそうとPC内(Audacity)で加工するとした。

ここらで漸く核心へ辿り着くんだが、今回はトラック数無制限を活かす事となった。
加工対象が上述の通り始めも終りも間延びした音色であるから、当然前後のが重なる時間もそこそこある。
すると前の音はそのままで次の音だけ弄りたいったって、同じトラックに録ってたらそれは無理だ。

また普段俺はどうしてもの必然性無くばEffectの掛け録りはしないが、今回は別理由で後掛けでないと駄目な条件が付いた。
それは残響・空間系の物で、これ等は楽器音より当然遅くまで僅かにせよ響き続けるもんだ。
もし掛け録りしたのへ加工すると「その直前の音に掛ってる」Effect音まで変動するから、その部分だけが変なGate Reverbみたいになっちまうからだ。

そこで面倒手間のバーゲンセールになるがEffectは忘れずにOffにして(そのままだと最初から掛る仕様)、「続くとマズい部分」を敢えて別トラック収録させて加工後に合成するのを考え出した。
Audacityの音声ファイル書き出し機能にこんな用途の想定があったか不明だが、これを利用して一気に纏めてしまおうって作戦だった。

結果的にAudacityでの作業はあっさり滞り無く終わったが、雑音が加わるとかソースに何らの改ざん等も一切無しに行くのは流石PCか。
どっこい今回の用途ではギリギリ許容範囲に収まりそうではあるが、別の点でとんでもない事が発覚。
これと今回の詳細は言葉だけじゃ苦しいので次回図示かなんかもするつもりだが、Midiの杜撰さかPCの欠点かそれとも…。

<つづく>

2019年6月18日 (火)

多重録音備忘録㊵ 実態編集と仮想編集

近年のデジタル化は編集の自由度等を格段に向上させて有難い限りだが、音色やニュアンスの点では若干の後退も感じられる。
Micやスピーカ本体の電気⇔音変換部は未だ完全アナログなのを一例として、音自体の研究は電子回路程まだ進んでいないのが実情だ。

それでも普通に音楽を聴く分にはそんなに問題にならないが、音楽製作となると便利さだけでデジタルを盲信するには時期尚早と考えている。
よくブラインドテストで選別不可だったから同じだなんてやってるけど、その場ですぐに分かる違いは無いってだけで完全同質と見做すのは慌てん坊さんですぜ。

では何処に影響があるのかっつうと、それは「音を創る」場合だ。
もう少し丁寧な表現をすれば特定条件下だけの音になら大差無いが、「変化して行く」等の時にその様子や反応にはかなりの違いが実際残ったままなのだ。

俺がどうなんて当てにならんのは外して実情を眺めれば答えは明確に出ていて、ホントに同じなら例えばエレキGuitar用の真空管Ampなんて1台だって売れっこ無いでしょ。
勿論視覚や匂い(あんまり焦げ臭かったら只の故障で危険ある)等の差はあるが、それだけに出費出来る人が昨今の不景気にあんなに居る訳無いんざんす。

とエキサイトモードに誤進入するとお題がこなせんのでこれ位にしといて、編集でのアナログとデジタルの適正と使い分けについてぶって行きましょう。
アナログと比べるとデジタルは音を変えるのは得意とは言い難いんだけど、お馴染み!?の逆視点でいくと音を「変えたくない」時には寧ろ好都合なんですわ。

毎度の化石体験の例示行っちゃいますが、大昔オープンマルチで作ったので配布用カセットテープを量産した時でありました。
磁気テープはアナログな上に磁気⇔電気信号変換の為、磁気ヘッドがテープに押し付けられてずっと擦って行く。
現況こんな如何にも擦り減りそうな事をやってるのってったら、電車の架線とパンタグラフ位なもんで特にテープスピードが速きゃその分どんどん減って行きます。

なのでコピー数が2~3なら未だしも元Dataのマスタテープを死守する為に、マザーテープって1次コピーを先に作ってそこからカセットへなんてするのが常識でした。
配布品の数に依ってはそれでも初期と後期でコピー品に差が出る場合もあるので、我々身内では更にパパテープ・ママテープと称するのなんてのを作った事すらあったでやんす。

こうすれば比較的品質の均一は保てるんだけど、そもそも1回ダビングしただけで音質は落ちちゃってんだよねえ。
これは不足トラック数補填策でピンポン録音するのも同じ事で機械から見たら単なるダビングで、普通は再生機と録音機が別なのが只同一機になっただけなんですわ。

何か少しでもやりぁ必ず劣化するシステムで、それ故ダビングせずにテープ自体を切り貼りする編集方法も普通だった。
尤も例え神業切り貼りが出来ても接続部は摩耗し易くなるので、マルチ用の巾広高価テープでそれをするのは貧民には切り辛いカードでやんした。

この手の類ではデジタルは夢の妖精さん以上で、幾ら煮ようが焼こうが劣化の心配なんぞ皆無で御座居ます。
なので音色等は弄らず全体の体裁を整えるとか、曲の尺をFade In・Out等で合せるのなんかには最早一択でありませう。
単純な曲全体の音量上げ下げ等にしても「やり直し」が簡単に出来るので、最終決定前の状態は言うなればバーチャルみたいなもんでがんす。

しかしこの「バーチャル」(仮想)がもしかしたら音加工には弱点で、それは以下の様な現象が起きないからだ。
楽器の音色で部分的不足を感じた時には例えば「低音だけ」増やしたいとかなるもんだが、実は全く同じ音で低音だけが増えるって状況は存在しないんです。

例え電気的にそれを完全達成しても聴く時は只の空気の振動でしかないので、様々な周波数の空気の震え同士が干渉して少し変質してしまうんですよ。
故に変な言い方だが寧ろ電気的に多少不完全な位の方が、出て来る音との差が縮まる事が多いんでやんす。

これ空気は自由なのでもしスピーカが揺するのを止めても、さっき揺すられた風が収まる迄音はそのまんま等と反応が若干鈍いんだよね。
依って電子機器の操作で音を変える場合上記の差が少ない程、思い通りの音が作れたり操作が楽になるって寸法だす。

社会性がも少しありそうな別表現をするなら積極的に音を弄りたきゃアナログ、なるべく音の質を変えずに加工したい時はデジタルが優勢って感じっしょっか。
因みに登場時一大革命だったデジタルリバーブですけど、金に糸目を付けぬ等なら残響装置としてデジリバはちっとも一等賞じゃありません。

雑音の無さや響きの種類を半ば無限に選べるのは秀逸だが、響きの質そのものに関してはかつての高額業界用にあった様な深みは御座居ません。
例えばルームエコーならとても綺麗ではあるが「どの部屋」みたいな部分がデジタルでは曖昧で、Lexiconみたいにかなり頑張ってるのもあるけど気紛れ要素の完全再現は困難だ。

これすら技術的には不可能じゃなくなってるだろうけど、もし偽物にそこ迄やらせると多分本物より高額になってしまうだろう。
なのでもし価格や大きさメンテ面でハードルが低い物だったら、積極的音創りの為だと例えアナログでも現物を持って
来ちまった方が話が早いのだ。

また俺体験ではPC内のは有償本格派は未体験なので断言は出来ぬが、これ迄の処では独立機の方が2~3枚上手と感じられた。
現行は25年位前からのLexicon PCM-80 がメインだが、それ以前初めて買ったデジリバのYAMAHA REV-7もまだサブで使っている。

後者は設計時期は古くグレードだって低いが、そこを逆手に取ってPC内のプラグインの等との比較はこっちを基準としてみた。
このREV-7は古いのでEffectへの内部の送りはモノラルと、今の常識からしたらGuitar用のコンパクトタイプよりショボイかもな代物だ。

しかしそれでもPC内のよりはまだ音に奥行等が感じられて、痩せても枯れても専用機たる所以の様だ。
これも柔らか頭思考すれば当然かもでPCは他の何にでも使えるが、専用機はそれしか能が無いんだからポジションを死守するべく作られてて当然なのだ。

なので選べるとか迷ったりした様な場合だったら、デジタルのでも実機を優先した方が高打率が狙えると思う。
尤も昔と比べたら兎に角ツール性能は底上げが著しく、真の意味での使う人の腕次第割合が上がってそうだ。

<つづく>

2019年6月17日 (月)

多重録音備忘録㊴ 編集悲喜こもごもⅠ

早速展開させるがもう1つの課題とは、打込んだストリングスの音の立ち上がり遅さの問題だ。
フリーソフト故音色の限りがキツく、今の曲に合うのだと遅いのしか入って無かったのが事の始まりだ。
白玉系(全音符とか2分音符)を鳴らす分に全く無問題だったが、後から8分音符で刻ませようとしたら酷い遅れ感が出てしまった。

楽譜的理屈では音符分の長さ内の何処で最大音量になってもOKな筈だが実はここに落し穴があって、それは打込みでも同発想に基づいてるが最大音量地点が極力音符の頭に近くないと駄目な処だ。
他パートが減衰音で音量が結構落ちた処へストリングスの音量ピークが来るもんだから、聴いた感じでは遅れてる様にしか聴こえなくなってしまうのだ。

こんなの昔からあったけれど何が違うってば、俺言い誤魔化し芸が少し通用しなくなっちゃった処である。
録音がアナログ時代はそのダイナミックレンジは良くて凡そ70dB程度だったのが今デジタルでは悪くても90dBはあり、この20dBの差が上記裏技を無効にしてしまった。

どーゆー事かっつうと遅れる音の所だけわざと少し本来の位置より早める(前にずらす)だけなんだが、それだけを単純思考したら寸前の拍に変な音が混じったりしそうだよねぇ。
処が立ち上がりの遅い音の初期部分は小音量なんで、録音するとその機器の雑音に負けて隠れてくれたのである。
限度はあるしちっさな裏技に過ぎないけど、それでもギリギリ惜しい処でなんて時には重宝するんだよね。

特にアンサンブル内でのバランスが小さければ最大音量がMaxよりかなり下回るから、その分誤魔化せる領域も広がるのである。
それが録音だけじゃ無しに音源もデジタルであると、基本的に音量如何に拘わらずまず音があるか無いかがくっきりハッキリと出ちまうんだから切ないもんだ。

更に壁となってるのがFade In奏法擬き案件で、当初想定ではシンセでそう云う音色を作っといて凌ぐ算段だった。
処が俺的には仮として選択したソフト音源の音色を、従兄が妙に気に入ってしまったのだ。
従兄からの借り物FM音源シンセはソフトと同時期・同メーカの物だが、ちょいと弄った限りでは何だか同じ音が見つからなかった。

FM音源シンセの音創りは現Bandになってから必要に迫られてなので、実歴はまだ1年にも満たない有様だ。
これも音源・ソフト・俺のスキル等の複合原因からだが、では何とかして打込んでその音を編集でFade In加工したらってぇと以下の懸念がある。

以前述べたがデジタルは基本的に論理回路内では整数が最小単位で、今回使用ソフトを筆頭に128段階の物が一般的だ。
そして設定最大音量が例えば127中の80だとすると、加減巾がそれに連れて80段階に減ってしまうのだ。
因みに128段なのに最大値が127となるのは、音量ゼロの0に1つ取られてるからその分減っている。

今回の曲ではそれが設定的に80にも達しないので、もし悪戦苦闘してプログラムしても音量上昇に「階段感」が残る確率が高そうだ。
上昇率が時間的に短きゃそれでも平気な場合もあるが、今回のはテンポもゆっくり目だしそれが2小節弱に渡っているので試す元気が湧かない。

試しに改良前の波形を拡大して眺めてみたら、タイミングはClickから微妙に遅れてるし直前音との切れ目が聴感以上に随分曖昧になっていたのだ。
これだと上記裏技やaudacityでEffectを掛けた場所とそうでない場所の、繋ぎ目部分の処理と仕上がりが普通に単トラックへ施すのは危険そうだ。

結局は何でも色々試してみるしか無さそうだがこれはこっちの内部事情なのでこの辺で一旦閉店しとくとして、打込みでも只ちょっとこんな風に表現を変えようとしただけでこんな騒ぎになる場合もあるのを提示したかったのよ。

なので楽器に自信が無かったりすると打込めばと思うだろうけど、もし音楽的に妥協を排すとなると手間や苦労は方法には一切無関係だったってね。
単に苦労する場所やタイミングが変わるだけで、まあ本質的に良ぉ~く考えたら当然なんだけどさぁ。

そこで本日の格言!?みたくまとめると、「録る時楽すりゃその分編集がご苦労さん」だ。
現実的には各々が得意な場所に面倒仕事を割り振ると宜しいが、その前に是非気を付けて熟慮して欲しい処がある。
俺的にはそれが近年本邦J-POPを筆頭に負の効果をもたらしている様に感じられてるが、打込みで演り難い音や表現を避けてるかもな処だ。

機械で音楽を作るのが目新しかった内ならそれもアリだろうが、今みたいにとっくに当り前になっててまだ機械に振り回されてんじゃ余りにみっともないじゃないスカ。
何ででもどうとでも音楽が演れる様になった今だからこそ、手段を選ばず求めたままを演れる様になったのにって。

美術界なんかじゃ水彩にするか油絵にするかは得手不得手よりモチーフに合せるのが昔から当り前なのに、何で音楽界だけそんな見すぼらしい状態で平気なのか俺には分かんないや。
録音での編集だって本来は同じで現実的には色んな制約も掛って来るけど、基本は求める音の結果からの逆算だかんね。

<続>

2019年6月16日 (日)

多重録音備忘録㊳ 理論的正確と音楽的正確の違い

近年では機械の演奏した音にすっかり飼い慣らされてる感満載なので、特に平成以降に生まれた人だったりすると気にならんかも知れない。
だがメトロノームやClickの有無で弾いたのを比べたら、恐らく全く同じタイミングになってる人は稀な筈だ。
余程のリズム音痴さんじゃなけりゃ、それがある意味お題の一部の証拠ですよ。

本案件は本来音楽自体の問題なんだが、近年生演奏だけの人達でも録音ではClickってんでここへ登場させやした。
そしてこれにはLiveと録音で演る側だけじゃ無く、聴く側にも色々違いがあるのに関係ありと踏んだからだ。
聴くのが一回こっきりなら流せるレベルのヨレも、何回も繰り返されれば誰だって無視出来なくなるのは当然だろう。

それが分かってるから誰だって録音の方が丁寧にと思うのは間違いじゃないが、だからって自動車教習所の修了試験みたいに「事なかれ」となっては余計苦しくなるのが録音だ。
Liveではあった視覚・MC・音量等の武器は使えない戦いに挑むのだから、理想的には最低でも音の抑揚だけは録音の方が上回ってないととてもじゃないが対抗出来ん筈なのよ。

けれど上記の如く聴き手の環境如何で音量ってカードは当てに出来ん等、使える手段が録音ではかなり限定されてしまうのだ。
特に低域爆音に依る振動等は普通の再生装置では望むべくも無く、明瞭度や綺麗さは確保できてもそれ以上を音色に求めるのは困難だ。

正に消去法的だがとなればこそ自由になるのがリズムで、それも微妙なタイミング等の相違である。
使わなくても録れる物へのClick使用を俺が嫌な理由の1つがこれで、例えば曲の進行に従って僅かづつテンポが「自然と」上がるのなんかが困難化してしまう。

手間暇掛けて分析シミュレートすれば全く不可能ではないけれど、そのData収集の為の元演奏はどうせClickレスなのだ。
大体に於いてそうして散々捏ね繰り回してるとそれをやってる内に腕が上がったり、Clickレスにもすっかり慣れてリズムが安定して来たりするのが落ちであろう。

対Classic系比だとポピュラー系はそんなにテンポが変わらんもんではあるが、それも飽く迄「感覚的には」の話しなのだ。
近年ではClassic系の打込み物も多数見られるが、俺的に実はClassicの方がリズム面ではまだ打込みに向いてると思っている。

Classicはテンポの上げ下げは頻繁だが、割と小節単位とかその適用範囲がポピュラー系より広いのが多い。
だがポピュラー系で癖の強いのになると例えば8Beatの7拍目だけ微妙にショートなんて、瞬間芸的になのが実に多いのだ。
しかもそれが今回お題の音楽的正確が原因の、特例だったりするのである。

フレーズや音色・テンポ等多要素による音の化学変化のせいで、紙の上の理論のままとは実際出してみると音がズレる現象があるからだ。
こんな事言うと嘘臭く感じるだろうが少なくとも小節の頭等を除けば、音楽的正確を優先したら九分九厘はClickとズレて当り前なのだ。

ピッタリ合って構わない1%とは無機質な「ダダダ」みたいな連続音の場合で、それ以外のは聴いただけでは判断困難な程度だが音の感じをマトモにするとズレている。
では例に依って例として今俺が手掛けてる曲の編集で、先週Intro小節数半減が決まった作業での出来事がある。

これは打込みと手弾きが構想としては半々の物で、抑揚の要る要らないで大体打込みと手弾きに分けている。
実作業では打込みソフト・スキルとも俺がだらしないので構想に反するのも現れ出してるが、必然的に手弾きのは抑揚表現の責務が重くなっている。

その結果フレーズフィーリングを保たせると、厳密にはClickとはズレる場所と箇所が多くなっている。
これが聴くだけなら無問題だしそうなるべく弾いたんだが、Clickを存置したまま編集しようとすると只の打込みの様に簡単には行かなかった。

打込み分は取り去る分の時間を計って単純に抜けば良いし、寧ろそうしないと音だってズレて聴こえる。
だが手弾きので同じにやっても元は合ってたタイミングが微妙にズレるので、波形を拡大して見てみたら正に本案件を目の当たりにしたのだ。
折角見えてるのでそれで合わせると音は変な感じになり、仕方無いから計った時間は目安としてしか用いず音で判断して漸くさっき縮め終えた処だ。

若干案件からはズレるがもう1つ課題を抱えてて、それを次回のネタとして何となく編集の話しに進んでるのである。

<続>

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