趣味

2026年2月 4日 (水)

音楽備忘録2362 実用上の楽器の耐久性➐

前回からの流れで引き続き電子楽器系統の実寿命を綴ってくが、範囲を拡大して今日はラック式デジタルEffectorだ。
宅録をする様になるとギター若しくはベース専用等のストンプだと応用性が乏しいから、Liveでの使用を無視すればより汎用なラックタイプの方が何かと好都合になって来た。

のとまだその頃はデジリバやデジタルDelayだとストンプタイプはあまり出てないばかりか、性能面で明らかに劣勢だった。
ので杜撰大王アナログなら兎も角デジタルEffectorはラックタイプから導入が始まって、自分的安定期に入れる迄はそれなりの紆余曲折があったんだ。

結局その後も予算事情からストンプタイプは未所持のままだが、一見万能そうなラックタイプでも初期のは用途が狭かってん。
のでⅡで性能に不満が無くてもほぼ単機能で場所を取られるのが仇になり、比較的早期に交代売却となったのが出たん。

1.KORG SDD2000
にしてもオッサンKORG愛強すぎねえかは決して否定こそしないが、これ等の選定にはもっと個人的裏事情がありましてん。
’80年代中盤迄宅録で使用してた残響系はギター用ストンプのGuyatone PS-006(アナログBBDディレイ)・Roland RV-100(スプリングリバーヴ)しか持てて無く、何に掛けるどんなのでもこの2つで賄っていた。

とだけ書くと悲惨臭が漂うが前者はEffectとDirect Outが独立してっから、Effect音だけMixer卓で足してやれば原音自体は維持出来た。
後者のはお馴染みHammond製3本スプリングだが、普通よりピックアップポイントが追加されてて一応擬似じゃ無いステレオ仕様になってたのがミソだ。

ってったって前者はアナログ低性能だし後者は何でもビョンビョンさせちゃうから苦し紛れには違わなかったが、ステレオカセットデッキ2台で多重してる内はそんなでどうにか事足りてたん。

の録音音質が流石に世間レベル的に苦しくなって来て、中古4trオープンマルチを導入したら今度は手持ちEffectorの音質がとうとう苦しくなっちゃったんだ。
そんな中ホントは流行としてもデジリバが即必須だったんだが、その頃は機能・性能の割に高価でさ。

そこで次善策としてDelayに目を付けたのと、当時杜撰君の趣味的にGate ReverbやShort Delayのニーズが高かったんで後者をリバーヴの代用にして凌ごうと思ったん。
そんな中当該機はサンプリング機能も持ってたのが決定打となったのと、新品定価の⅓以下の中古が見つかったからの採用だ。

して性能・機能共に一切不足は無かったが、やはりデジリバの代用にするのは荷が重過ぎだったよ。
と言っても後年念願のデジリバを購入してから明確化した話しで、残響案件が解決した後は他のEffectの充実が懸案になった。

それ等の資金源とスペース確保目的で売却となったが、他にもモノラル仕様だったのが仇になった。
当初期待したサンプリング機能も音源を自前で用意する必要のあったせいで、導入極初期を除き期待した程活躍出来なかったのも大きい。

2.KORG SDD-1200
1.を導入して暫く後にお買い得中古に出くわし、機能的にダブるがステレオ仕様だったんで導入に至った。
その時点で新たに問題化してたのがステレオEffectが得られなくなった事で、幾ら音質が向上しても代用リバーヴがモノラルオンリーでは流石に困ってたん。

だから売却も1.よりそこそこ後になってからだったが、杜撰君が購入したYAMAHA REV-7には全く期待して無くもDelay機能も付いてたんだよ。
当時の杜撰君のやり方ではリバーヴはMastering時かその直前掛けるだけで、一方Delayはパート収録時かその後ピンポンする際等だけと使いたい時が被る事が先ず無かったのよ。

当初の目的には叶ってたもののその後こっちの変化で、両方共絶対必要では無くなちまったんでゲス。
時々は持ったままだったらと思った事もあったけど、資金的に背に腹は代えられぬってのが本音で御座居。

-続く-

2026年2月 2日 (月)

音楽備忘録2360 本物楽器の本当の音聴いた事ある?➐

前回流れから杜撰大王が未だちゃんとは体験出来て無い、Ampegを今回は取り上げたい。
このメーカ’60年代前半迄は古典モデルがそこそこ使われてたが、前回述ベーアンのB15-S以外暫く有名作ではあまり使われない時期があった。

のがSVTを筆頭に時代にフィットした新大型が出揃った後、Liveや録音でもそこそこ使われたのが’70年代だ。
まだその頃は運送事情由来の地域性が強かったから欧ではそんなに使われなかったものの、米ではかなりジャンルを跨いで色んな連中が用いてたんだ。

そんな中少し意外性がある私感のだとHard系ではAerosmith、Southern系ではAtlanta Ryhthm Sectionが挙げられる。
どっちも2人居るGuitaristの内Leadを多く担当する方はMarshallも併用してたが、彼等の象徴的音色形成期にはどうもAmpegの方が多かった様だ。

M君の平均音色と比べるとモアリッチな感じが、従前のM常用者との差別化に貢献してたらしいん。
飽く迄米中心ではあったが欧や日本でも一部「気付いた人」は頻用した様で、俺知りでは全盛期のオフコースなんかがそうだった。

オフコースっつうと当時世間では俺言い「女子供ウケ」の典型で、杜撰君自身も当分の間はRock道の参考になんかならんだろうと思ってた。
のが親友シンガーソングライターの1人から色々裏事情を訊いてみると、初期ポリフォニックSyntheの名機Sequential Circuits社のProphet-5の導入・常用が他よりかなり早かった。

正に表と裏の顔が全然違ったの一典型のAmp音色と容姿イメージが不一致なケースで、実は少なくとも過去にはそんなのがそこそこありましてん。
その意味でAmpegは実際は多く頻用されてたのに、世間にはそれが浸透してなかった不幸なパターンの最右翼かも知れない。

殊過去日本に於いては高価格と柄のデカかったのが致命傷で、一般楽器店の店頭等では殆ど見掛ける機会も無かった。
その結果杜撰大王は実機に触れられた機会が未だ無いが、明らかに他社Ampではどうにも出せないニュアンスがあるのだけは確認済みだ。

そう云や普段付き合いの無い知人で1人ベーアンを持ってるのが居たものの、Metal系なのに良く云やスマート・悪く云や大人しい指弾きしかしない奴が居たっけか。
だがAmpeg固有の個性が誰にでも分かる様な使い方はして無くて、本人には感触があってもこっちには今一違いが良く分からない。

っとプチケチを付けつつもHard系に使えなくないの実例には立派になってて、ワイルドさがあまり感じられない外装のせいで損してたのかな。
ってな訳で実情は’60年代のBassスタジオ作品とか、’70年代のHard系寄りギターではそこそこ一般化使用例が認められるん。

のがSVT以外国内では使用例が希少化したのもあり、若い世代ではFender・Marshall系とは何か違うと感じた際の有力候補としてもう出て来なくなってっかも知れないな。
まあ現代は音から推測する以前に動画に映って登場するから、容姿とロゴを見て確認する方が手っ取り早くなってそうだがね。

しかし音色だけを所望の際A社のBモデルをC社のDモデル(Amp)に繋ぎ、Eな弾き方をした時だけ得られるなんてのは却って分かり難くしてる嫌いがある。
一定以上のレジェンド達がずっと同一個体の楽器・Ampだけを使っててくれてたら良かったが、非公表で人目に見られない処でだけ別のを使われたのが予測し辛くなってんじゃねっと。

音楽ではこう云う処に視覚優先判定の弱点があり、最終的には音で判断しないと足元をすくわれる可能性が今だって無くなってはいないのだ。

-つづく-

2026年1月31日 (土)

音楽備忘録2358 実用上の楽器の耐久性➏

だば予告通り杜撰失敗の第2弾を早速始めるが、実はCasiotoneからこれに飛躍する前にもう少し経緯があった。
のが当時のグループメンバーから長期借用してたKORG Poly-61で、その頃の一般認識では和音で色んな音色が出せるのが優位点だった。

と言ってもアナログ音源をデジタルコントロール化しただけだったし、それでいてリングモジュレータ非搭載だから金属系音色はあんま使えなかったけどね。
でも丁度その頃から自作品の独力多重録音ニーズが本格化したのと併せ、鍵盤の奏法とその知識も猛勉強中だったん。

因みにその貸主が現役音大生だったから、もしかしたら後進育成の意図もあったのかも知れない。
その主はずっとClassicオンリーで来てたのが、ポピュラー系にも足を踏み入れた処でね。

けど何時迄も借りてばかりって訳にも行かないから、自分でも意を決して兎に角1台Syntheを買おうと考えた。
その際それなりの実績はあっても同一グループ内で同じのを持つのも何だなとなって、以下に綴る機種を選んだんすよ。

2.KORG Poly800
KORGばかりが続くとブランド選択自体を誤ったかの様に見えるがそうではなく、結局は杜撰君の要求にはチープなのを選んだのが敗因だ。
又上述にある様に自身の奏力に昔程自信が持てなかったのも災いしてて、その思考の根底には植え付けられた昭和の価値観「子供にはまだ早い」みたいなのがあった気がする。

廉価・小型・軽量且つ当時としては珍しい乾電池駆動が可能で、即席ショルダーキーボードにも出来る点等良い所も多々ある。
がコイツも基本音色の特に音源に少々難があり、DSS同様録音がデジタルになるとその弱点が問題化したん。

のが黎明期廉価版な為オクターヴ違いのパルス(矩形波)を、超シンプルなデジタル制御で合成する仕組みでさ。
正直者のKORGの取説にその旨も記載されてるからその点では無問題だが、矩形波の他には「擬似鋸歯状波」しか無くコレが曲者だったのだ。

Photo_20251210044801
その概念が上図で左が矩形波・中が擬似鋸歯状波で、右に赤で敢えてやたら小さく描いたのが同じく擬似鋸歯状波の様子だ。
して棒グラフの下の数字はHammond音色調整機構由来のドローバと同じ考えから、メーカ側でオクターヴ毎にそんな呼び名が付けられてたん。

これがモノホンの鋸の歯だったら却って切れ味が上がるやもだが、矩形波固有の倍音が鋸歯状波にも混入するのが問題でしてん。
籠り目の音色にすりゃそんなに気にならないも、高域を出そうとすると↑の不要倍音が悪目立ちして来てのう。

それを可視化努力してみたのが小っちゃい赤ので、視力が悪かったら中のと比べりゃ階段上になってるのが分かり難く三角形みたいに見えやしねが?。
ってかなり苦し紛れだがこれ以上小さくしたら、多分三角形なのも良く分からなくなりそうだから。

結局基本音色に難アリとなって、ちっとも鳴らさなくなって久しい。
この様にその時点で及第点でも致命傷になる可能性を下手に見過ごすと、使用上の都合から寿命を短縮させてしまうであるぞなもし。

=つづく=

2026年1月29日 (木)

音楽備忘録2356 本物楽器の本当の音聴いた事ある?➏

さて過去名作等に実際に使われた楽器とAmp、今も昔も共通してるのは一般人が思ってるより古いのが頻用されている。
但し昔の作品になる程エレキ黎明期に近付く為、製造年と使用時のブランクは小さくなってる。

にしても’60年代には一通りのラインナップが揃ってたってのに、意外にも最新機種最多利用はBeatles達程度のもんだったんだ。
それも彼等でもLiveや斬新奇特を狙った際限定で、且つ最大理由は従前のじゃ「聴こえなかったから」に過ぎない。

そもそもVOXのモアパワー化は聴こえない対策で進み、後進のMarshallやHi-Wattだってその流れに追従しただけだ。
尤もエンタメ規模が当時から欧より大き目だった米では多少様相を異にしてたが、出力200W超の登場は↑より少し後でしてん。

しかもAmpeg SVTに至ってはRolling Stones(Bill Wyman)のLiveニーズから開発されてて、時期的な関係から太客はBritish Invasionの奴等が中心だった。
そしてそんなのの象徴的な画像が流通したもんだからスタジオでも何時もと思いきや、少なくとも杜撰大王の想像より遥かに非力で古典なのの方が頻用されてたのを後から知ったん。

流石に爆音系では過去述Purpleみたいなのの方が少数派だが、それ以外では100Wに満たないのの方が圧倒的に主流だったんだ。
私的典型例はベーアンのAmpeg B-15Sで、特に唸らされたのがローエンド等の音色だ。

一風変わったエンクロージャと38㎝スピーカユニットの威力で、コイツの全盛期は多分音色の重さでは他を凌駕してた様だ。
尤も現代の過去比でデッドなハコとOn Mic収録ではちょっち厳しくなったが、当時実は最大出力を欲張らない方がワイドレンジにし易かったん。

要はスピーカユニット1個辺りの耐入力が技術的に稼げなかったんで、SVTみたいに可搬性を殆ど無視しない限り苦しかってん。
現行のはタンス並にデカくても1箱で耐えられる様になったが、原型のは2つ繋いどかないと無理だった。

唯SVTは用途が用途なだけに全てが例外的存在で、スピーカユニット4発物では俺知りでは30㎝の迄しか出て無かったんじゃないかな。
因みに後年になってAccousticから1モデルだけ38㎝×4のエンクロージャが出てたけど、SVTのより更に可搬性が悪かったい。

そんな流れは後年のMatchless等に継承されてるが、如何せん妙なプレミア路線で高額なのが惜しい。
わ兎も角この方面でも音量と音色は必ずしもリンクして無いのと、球Ampを遠慮無くドライブさせるには却って100W級はスタジオじゃ使い難いん。

特に近年みたくギターを歪ませる為平均Gainがかつてより高まってると、100W超級では不要Feedbackやハウリングの起こり易さの点が扱い辛い。
実際ウチの休養君のAmpをリファイン後のテスト時、宅の防音室では存分にフルテンテストは出来なかったよ。

ハウリング耐性最強のギターで弾いてる最中だけどうにか無事で、それ以外の条件ではハウりっぱのパですわ。
そこで改めて再考すれば一般リスナーはそもそも録音現場と同音量でなんか聴いちゃ居ないか
ら、最大音量より「音色の迫力」がほぼ全てなん。

純粋な音圧のデカさを何とか録ろうとするなら、他楽器や収録場所の他物体の共鳴とかを拾うっきゃない。
そこ迄した処で爆音本体では無く、脇役で想像させるだけなのよねえ。

=つづく=

2026年1月28日 (水)

音楽備忘録2355 FM放送よもやま話➋

さて放送文化的側面から我が国FMステレオ放送の立場を見ると、ラジオDJ自体はもうAMオンリー時代に既に一応は確立していた。
が音楽番組の枠数の増加は、それ迄あまり人前に呼ばれなかった人達への出演機会増加に確実に貢献したん。

そんな中当時から賛否両論はあったものの、趣味誌関係者の声見せがエポックだった気がする。
又そんな以前より踏み込んだ論調の者が出て来れば、少なくともメディアでは専業DJの人達だって黙っちゃいない。

更に激変したのがアーティスト自身の出演で、今では全く珍しく無くなったがそれ迄は殆どTV・雑誌等のインタビューに応じるだけだったん。
尤も中にはそれが行き過ぎてX(旧Twitter)等での暴言に繋がったりゃしてっけど、どんな思いでパフォーマンスをしたか等以前はロクに知り様が無かったんだ。

杜撰大王は偶然世代的にFMステレオ実用放送開始期を経験して、洋楽の中でも死語称「外タレ」の情報量と親近感が一気に変貌した覚えがある。
これでも将来のグローバル化進展も意識してか幼稚園時代途中から英会話教室を少しはかじってみたが、主に実になったのは発音だけ。

のわ欧米との文化ギャップが今より当時は大きく、日本語すらあやふやだった杜撰君には今一言葉とのリンクが難しかったからだ。
又Ⅱで当時の写真は全てフィルム依存だったからか、現像や焼付けの味付けが海外と国内ではかなり異なっていた。

そのせいで同じ温帯地域であっても画像からの世界観がかなり異質にしか見えなくて、勝手に余計に考え込んじまってたかも。
そんな場面で強力な味方となるのがバイリンガルや通訳氏だが、そもそもRockに暗いと訳し方がヘンテコになってサッパリだったんだ。(名アナウンサーだが失礼乍ら故逸見政孝辺りがそんなのの最後と感じてる)

例えばBeatles来日当時時点で星加ルミ子と湯川れい子のはマシだったが、他の少ない理解者だった加山雄三や内田裕也の見識はずっと後になる迄封殺されちまってた。
要するに細かいニュアンス等パーソナリティの重要部が殆ど伝わって来なくて、令和感覚では信頼度の低い訳で恰も宇宙人はかく語りきみたいな状態が続いてたんよ。

のがFM放送開始で番組枠が増え、その中でも当時FMステレオ方式の利点を活かして特に洋楽枠が結構突然急増。
のに対し新人材の補充は従前の慣例を破りもっと広範な分野からとなり、新しい切り口・視点からの語りが登場した。

そんな潮流もあっての充実は、後に小林克也と云うモンスターを生む。
世間の一般認識ではTV番組で浸透したが、バイリンガル司会者が直にアーティストから逸話を訊き出すスタイルが定着するのに繋がった。

因みにTV出演以前の印象が今一薄いのは、先達名DJ諸氏の存在が大きかったからだと思っている。
本放送開始の1970前後以前から活躍してた糸井吾郎氏を始め、FMでは新参者でも他分野で既に知名度を持った連中も参画してたかんね。

加えて初期は音楽ファン中心に対してだったから、庶民に知れ渡るのにかなり時間を要したんじゃないかな。
浸透に時間が掛かると言や杜撰君ルパン三世は初回から大喝采だったが、世間的にはロクに広まらず普通に打ち切り扱いされてましたな。

ネットが無くYoutubeも無くまだ家庭用VTRも普及前となると、もしかして面白かったかと思っても即座の再確認が出来ない。
のが音だけならラジカセの普及でエアチェック(放送を録音)は割と簡単に出来たから、その面ではもっと早期にDJ氏も認知されて可笑しく無かった。

が杜撰君等一部の貧はテープの使用量を少しでも節約しようとして、アナウンス部分はリアルで聴いては居たが意図的にその間はテープを止めたりなんかしていた。
ので後になって誰さんだったっけと思っても、短い番組だと新聞の番組欄に一々出演者名が出て無かったりしたのよ。

放送局へ直電すれば教えては貰えるが、電話代と手間を掛けて迄知りたいとは思えなかったんだよね。
これを今再考してみると手間レス有償か手間だけ無償だったらやる気も湧いたのかなと思え、毎回ダブルパンチを喰らうのは勘弁と思ってたんだ。(我儘と言われれば反論の余地は微塵も無しだが)

=続く=

2026年1月27日 (火)

音楽備忘録2354 実用上の楽器の耐久性➎

今度は想定より短命に終わったのの私体験例を提示してくが、一般傾向として安物程短目になってるのは確かだ。
が上記に該当しないのもあり、先ずはそれから行ってみよう。

1.KORG DSS-1
杜撰大王は弦系がメインなのもあってか、長らくキーボードに回せる予算は限られていた。
そんな中サンプラーは既に世に出てたも鍵盤と一体型のサンプリングシンセが登場し、当時としては出せる音色が最多なのに目を付け清水の舞台から飛び降りたんだ。

今より昔程奏力の拙さも然る事乍ら用途の狭さが問題になってたのと、Syntheはアナログのは中古でギター用の・デジタルのは次回執筆予定の新品廉価品を持ってたしね。
この内上記後者で既にプチ失敗を感じてたのは、それ迄自作品に利用してたCasiotone MT-65の方が案外使い出があった事。

アンサンブルの足しになったとは言え半分玩具みたいなもんだし、ずっとミニ鍵盤にしか慣れられなくてもって思いはあった。
又その時期に思いの外自作品に鍵盤系が要るのも判明したんで、以降はもう少し予算面も含め力が入る様になりましてん。

処で俺等世代で杜撰君はテクノに迎合しなかった希少な口で、その原因は熱さに乏しく感じてたからだ。
そうなるとSyntheでも典型的な音色より、持って無い生や電気楽器の代役としての使用が多くなる。

ほんで録音がアナログテープの内は何とか妥協点に達してたんだが、adat導入後はボロが隠し切れなくなってピアノ代役以外には殆ど使う気になれなくなっていた。
とは言え買値が買値だしいざって時ゃ頼みの綱なのは変わらなかったんだが、最初は鍵盤の接触不良・その後は右ch出力が出なくなって放置プレイ状態となってもうた。

まだ完全に修理不可状態には恐らくなって無いだろうが、手間・費用に対し使用度を考慮すると是又2の足を踏まざるを得ない。
のわ復調すれば無問題で使えるなら一考の余地もあるが、現代レベルだと12bitでは意図的Lo-Fiでしか使えなくなったからだ。

もう少し具体的に言うと生Grand Pianoの音にメーカ側が一番拘ってたのは、多数派ユーザーの実情には合致してたと思う。
実際宅でも本物導入以前は某社Electric Grandのと併せしばしば使ってたが、エレピだけは先に本物を持ってたので音域の広さ以外では最初から微妙だった。

後から思い返すと実はここにも予兆が露呈してたんだが、最も惜しかったのはHorn系が杜撰大王ニーズには全く不足だった事。
黎明期サンプラーで世間での使用例を伺うとオクターヴアンサンブルでのプチメロ程度に留まってて、古のメロトロンと比べて音質では勝ってたものの存在感では負けていた。

その一因が12bitの限界由来の高域成分煌びやかさの致命的不足で、Jazz Big Bandのゴージャスさの一主要因でもある。
アンサンブルとして楽器種以前にサウンド全体での、高域含有量でHorn系の有無は大きな相違を生むん。

そもそもギター中心のアンサンブルではViolin族や管系と比べて、音域自体の狭さが時に枷になるしね。
ので’90年代固有のサウンドにしたいなら役立つも、杜撰君みたく本物の代打で出場させるには無理があった。

未来予測が得意とは思ってないにしても、こんなに早くに使える場が無くなるとは思いもしなかったでよぉ。
実際音色お拘り氏達には以後の進展が限定的な実装単独電子鍵盤より、PCの高級ソフト音源にシフトしてる。

けど杜撰大王がそれで困るのは価格とかより、リアルタイム生演奏に使おうとすると致命的弱点が露骨に出るからなんだ。
ノリの良さを信条とする立場だと、やっぱレイテンシが気になっちゃうん。

-つづく-

2026年1月26日 (月)

音楽備忘録2353 未だスピーカの重要性㉑

’70年代以降上昇志向の強目な国産ブランドは、武道館やドームで大御所に使われるのを夢見て追及し出した。
宣伝費が限られる中知名度を上げるには、過去例の様にそんな方法しか無かったしね。

けれど変にアピールしたせいで、図らずも素人やアマチュアにそれこそ変な憧れを植え付けちゃったんだよ。
その残像の1つにMetal系ならMashallの3段積みなんてのがあるが、本来はツール(Amp)なんより遥かに存在自体の知名度の方にじゃないと不味かったん。

これが皮肉なのは見た目が立派で非力なのを作ればそんな層にはホントはピッタリマッチなんだが、性能対価格・場所取られ量の割高感でロクに売れねんですよ。(音色がどんなに激しくても😢)
杜撰大王的典型例がFender Bassmanシリーズの50Wクラスで、最終的には70W迄上積みしたんたが杜撰君自身買う気が全く起きなかった。

のは私推察ではJazz・Country等がRockの影響を受け、従前より大音量で演るのが増えたからなんじゃないかな。
日本でもGSの途中位迄はメインの歌手声量に合わせてドラムはフルショットしなかったりしてて、歌以外PAレスだと却って50W位の方がアンサンブルバランスが良好だったりしたんだ。

けど今みたいにポピュラー系全般でドラムフルショットがデフォとなって来ると、大は小を兼ねるも含め50Wじゃ心許無い。
そんな流れから巨大業務舞台とマイルーム用途のは潤沢だが、小規模舞台兼個人用に適すモデルが僅少化してるんだ。

加えてお手頃価格で音色に優れた機種が殆ど消失したもんだから、場違いの大袈裟なのにしないと音色目的でも望み薄になったのも確かだ。
が巨大業務用のは小音量で狙った好音色が得られる様には設計されておらず、この点ではちっとも大は小を兼ねるになってねんですよ。

のが最も顕著に表れてるのがスピーカサイズと搭載ユニット数で、生ピ等のサイズ感からも大いに影響を受けた様だ。
アップライトタイプだとどんなに小型化してもデジピよりゃ嵩張るから、今劣化本邦では生Grandかデジピの2択化が以前より色濃くなった感がある。

だが電気楽器では本来「半身はAmp」で成立してっから例えばビンテージをご家庭用廉価Ampに繋ぎゃ、極論すりゃ弦6本のうち半分の3本しか張らないも同然と言ったら大袈裟か。
と何時にも増して前説が超ロングになっちまったが、スピーカユニットとエンクロージャは環境に合ってないとかなり酷い事になったりするん。

最も極端な例はあまり広く無い喫茶店BGMに表れ、指向性の鋭いスピーカだと着席した場所如何で別個のサウンドになるねん。
低・中・高音のどれかしか聴こえなかったり、良く聴こえる帯域が喧しかったりさ。

楽器Ampでは最悪自分の耳には全然煩くないのに、騒音を撒き散らしててドヤされたりが起り得るん。
勿論なるべく指向軸上に居ようとはするんだけど、部屋の形状や他の物との配置の関係で中々ベストポジにするのが難しい。

茶店が過去の物になりつつある今殆ど目にも耳にもする機会を失ったが、それ故全盛期には黒い球体型のスピーカが天井からぶら下げられたりしてたんだ。
そんな形になったのは物珍しさとかじゃ無く、無指向性(全方向へ同じ音を届ける)にした為だ。

現況楽器用じゃそんなのは残念乍ら存在しないが、音の広がり具合や残響を逆算して各帯域の出方はそこそこ調整されている。
更にはこれもほぼ過去帳入りしてるが、チープな方法でスピーカが耳へ向けらける様な工夫も追設されてたんだ。

これもあまり世間で語られて無い様なので、折角だから次回に一寸掘ってみよう。

=つづく=

2026年1月25日 (日)

音楽備忘録2352 本物楽器の本当の音聴いた事ある?➎

2回程前回を振り返ってから主題に入るのが続いたんで、敢えて本項ではそのスタイルを貫こう。
そんで自身が所持してても全容を把握するのは結構大変なのを例示したが、コレクター的趣味なら別にサウンドの真骨頂を知らないままでも構わないかも。

けれど鳴らして味わおうってんなら、同系統の音色でもっと適してるのが大抵はあるんだ。
仮に高度な防音室があったとしても基本個人でしか楽しまないなら、そんなパーソナルユース向けのがあるねん。

欧球サウンドなら例えばVOXとMashallにはかなり共通項が多く、誰にでも即座に目に入るのが筐体外装の「モール」だ。(外装カバリングビニールレザーの途中に金や白の線が入ってて、板に掘られた溝にレザーもろとも押し込んである)
コレ開発当時時点では英流カバリングの流儀が源で、もしかしたら米より劣った性能の接着剤しか無かったからなのかな。

それ以上に量産販売するとなると部品流通の影響が甚大で、運送の発達度や地域電源電圧の相違等はどうにも無視出来なかってん。
その頃って欧・米・露・日で真空管規格や名称が夫々異なってて、上記の影響がこんな所にも伺知れたんだ。

素人に最も分かり易かったのが電灯線電圧の違いで、非輸出専用モデルでは各自国の電圧仕様になっている。
今ではグローバル展開とスイッチング電源ってののお陰で、90~250Vならそのまま繋いどくれなんてのが増えたがね。

で基本路線としては先発のVOXは個人仕様がずっと基本なんだが、誰かさん達のせいで初の100W級を出したりゃしてたけどさ。
一方Marshallの方は漸く電気楽器が世間に認められ始めた時期で、当時殆ど存在しなかった本格派大舞台用を主軸に据えたんだ。

とは言え使える部品はかなり限られてたのもあって、結果的に望むと望まざると音色系統は近くなっちゃってたんだ。
何処の国でも一部例外を除けば輸入品は割高だったから、各国で国産スピーカが優先して用いられる等ね。(当時英ではCelestionのほぼ独占状態)

のを有効活用した一例がDeep Purpleで、これは一応私感としとくが後年の作品では使い分けをしなくなったが為に正直音色は劣化してると感じたよ。
ほいで電気・電子回路の技術が今比じゃプアだったから、よりアコースティック(音響)の方で色々マッチングを取ってたん。

と言いつつ個人的には密閉型エンクロージャの方が好みではあるが、遠方に飛ばすより限られた空間ではなるべく周囲全域に広がり且つ近似音色となってくれた方が何かと便利なんだ。
要するに基本音色は変えずに環境変化に合わせてあったから、環境に応じたタイプを選択してこそブランドの想定した音色が得られるんすよ。

過去比だと近年のは汎用性が高まってるが、簡易防音では最大出力がせいぜい30W位じゃないとフルアップが堪能でけへん。
石のAmpなら未だしも球のだったら↑を試せん事にぁ本質理解はままならず、現時点迄の使い方がどうだろうとフルアップサウンドを知らないままで居たら大損でんがな。

でもし試せて大して気に入らなかったとしたら、その分のコストを掛けるのがその人には不要だったと明確化する。
いや別に自己満だけで構わないならそれ自体はお好きにだが、せめてもう少しあーだったらこうだったらと呟くのは待ってぇな。

口走る側に悪気は皆無でも、作る・売る・直す立場には殺生でやんす。
用途外の使用法も無くは無いがあれは綱渡り的手法で、幾つかの偶然が重ならないと厳しい。

顧客ニーズに応えようと必死になっても、根底がマッチしてなきゃ雀の涙的成果を上げるので精一杯。
ってな処で次回は主に’60年代海外スタジオでの、名作録音に使われた機材の実態に迫ろう。

-つづく-

2026年1月24日 (土)

音楽備忘録2351 FM放送よもやま話➊

今ではネット普及で一部ヲタしか普段は聴かないだろうが、それ以前非金満氏にとってはとっても貴重な音楽供給源だったのだ。
経済面での今昔比をすると自家用車はほぼ倍額になったが、音楽メディアソフトはそんなに値上がりして居ない。

って事ぁ諸物価と比べると昔は高額で、レコードはそんなに簡単に手を出せなかったんだよ。
CDは発売当初当然の様にレコードより高額設定されたし
、どっちも主流はカセットにダビングするのが関の山でしてん。

著作権は今より緩めだったにしても、それはコピーが売り物になる程の音質にならなかったのも大いに関係している。
わ兎も角そんな状況下でカセットよりマシな音を聴こうとしたら、少なくとも一般庶民にゃFMステレオ放送しか御座居ませんどした。

そもそもカセットデッキはおろかラジカセでも長らくモノラルのがデフォで、ステレオラジカセが一般家庭にあっても珍しく無くなったのは1980年以降だ。
それですらほぼテキトーな自動録音のみで、録音マニュアルレベル調整スキルを持たぬ者にはレコードとは程遠い強弱感覚のしか聴けなかった。

因みにステレオでもラジカセではスピーカを始め回路に劣る点があったが、スピーカ原因の劣化ならヘッドホンで聴けばある程度は補える。
がテープに依る音質劣化以上に、録音レベルを勝手に弄られる分はどうしようもない。

その対策としてはデッキ所持者に頼んで録って貰う等他力本願しか無く、身内や仲間内にそんな人が居なかったら自分では打つ手が途絶える。
そんな中唯一の救いがFMステレオ放送で、今比では再生が狭帯域だし放送の都合でリミッタも少し掛かってたけどね。

尤も当時放送のレベルではFMのリミッティング量は最少で、TVやAMラジオの方が遥かにガッツリ掛けられたのが殆ど誰も語ってない様だ。
それ処か今劣化本邦J-POPなんかじゃ大半のにまるでAMかよって位盛大にリミッティングされてて、下手すりゃトークより音楽ソースの方が深かったりしてらぁ。

何れにしても私感では当時のカセットテープのテープコンプよりFMのリミッティングは浅く、音源に対する悪影響は軽重だった。
余談だがトークの悪環境下聴き取りに限れば未だAMの優勢で、FMだと例えばイケボだとその良さは良く伝わって来るが言葉自体はAM比だと若干聴き取り難い事がある。

当時としては技術的制約からそんなバランスに為らざるを得なかったが、自然とトークはAM・音楽等はFMの棲み分けが出来てたん。
のが杜撰君みたいにしゃべくりより音楽を聴きたいヤツには好都合で、語るなら音楽ファンに有用な知識に長けた者が重用されてたのもミソだ。

ネットやWikiが存在しない当時情報源は限られてたのに、DJ氏が実話エピソードや客観論より私感ばかり語られては堪ったもんじゃ無い。
結果的に名を馳せたDJや司会進行役にはなるべく音楽スキルに長けた人が登用されて、ロクに知らん奴が身勝手な持論を展開する事が少なかった。

その頃はそれが当たり前と思ってたけど、今になってみると文化的には特別恵まれた時代だったと痛感させられる。
そこでここではまだ綴ってない文化面を中心に展開してくつもりで、世間や当時のリスナーにどんな影響を及ぼしてたかで行ってみよう。

但しレコード各レーベルの路線や個性等、現在は希薄化した様な部分はそのままじゃ参考になりそうにないがね。
その代わり歴史的経緯等Wikiではそこそこ欠落があっても殆どのは音源を伴わない為、誤認し易い等は今より避けられたんだ。

-続く-

2026年1月22日 (木)

音楽備忘録2349 未だスピーカの重要性⓴

ステージモニタ3回目は色んな意味での規模で、至れり尽くせりの大規模にすれば全てOKとはならない件だ。
ここでの規模にはモニタch数も含まれてて、最大出力音圧とかの意味じゃ御座んせん。

ならば最大出力音圧の条件設定はったら、狭小日本で真っ先に遡上するのは騒音規制だ。
近年それで問題化してるのが遠方への超低音で、根本原因は低音固有の変態性質に依っている。

屋外Liveの低音は客席最深部程度になら指向性をある程度は定められるが、それより遠距離になると思わぬ反響・共鳴を起こしちまうんすよ。
っと言ったって本質的な低音の性質は指向性が酷く鈍いんだが、巨大ホーンを使えば一応の方向性は持たせられる。

がホーンのターゲット距離を超すと放し飼い状態になるから、解放空間ではかなり音圧を抑え気味にし運に恵まれない限りはやらかすのが既定路線なのだ。
近年になって悪化した環境要素として大規模高層ビルの増加があり、何も音や日照だけの問題に留まらない。

手前味噌ショボ例では隣地に7F建てマンションが建って以来、電波障害の他風向きと風速が大きく変わった。
また距離が離れてる場合でも太陽光とこっちの目線位置次第では、露骨な反射で幻惑させられたりする。

眩しいと言えば山の斜面の大規模太陽光発電所なんかかなり酷く、田舎では経済(収益・利権)と環境悪化の板挟みであちこちで議論が紛糾してる様だ。
わ兎も角閉塞空間(屋内)であれば事前計算出来るしそれなりの対策も可能ではあるが、根本的には絶対必要じゃない音・音圧を出せばロクな事ぁねんですよ。

但しこれを実行するには自らの機材を含むアンサンブル自体にスキルが必須で、ある程度経験値を要する。
その障害となってるのが機材のミスチョイスで、会場に合わない機材・使い方をしていてはスキルアップを阻んでまう。

昔なら多方面の貧しさや適したモデルが無い等の事情もあったが、近年の駆け出し期の誤解は主に憧れプロの動画や画像の副作用だ。
過去述Deep PurpleのMarshall使用の件・今述Led ZeppelinのBONZO作エンクロージャの件等が典型例で、前者後年は未だしも絶頂開始期時点ではスタジオ録音では3段積みは不使用だった。

それ処かRitchie Blackmoreはトレードマークの筈のMarshallすら不使用で、収録がホテルの廊下だったのもあってかVOX AC-30しか使ってない。(レコード・CD等にその証拠画像が付属)
キーボードも上記を使用の他BassはブランドこそMarshallも、多分50Wクラスのコンボ(後面開放一体型)と皆の印象にあるのとは違ってた。

ここで疑問となるのが太鼓がバカデカいままだとそんなじゃ聴こえないが、22インチのSetを用いて音量を抑えてたんだ。
ってか彼等は大舞台でのインプロビゼーションの為に巨大AmpやDrum Setを使用開始してて、少なくとも当時時点で音色が最大理由で使い始めた訳じゃねんですよ。

後者に至っては4発入りエンクロージャを1箱スピーカユニット1台で4個に増やしただけで、多分低域特性は向上してただろうが音量はちっとも上がって無いのだ。
差し詰め昭和版インスタ映えってなもんで、どれ位当時時点で本人達が見栄えを意識してたかは不明だがね。

所詮推察の域を出ないもののBONZOが爆音だから流石に並のグループとはワンランクは異なってたが、幾ら広いスタジオでも3段積みでは低域が不足しただろう。
是又概述3段積みは「低域がやたら響く大舞台」をターゲットに作られてるから、設計想定と異なる場所ではやたら大音量ですぐハウリングを起こすが殆ど高域だけのチープな音色にしかならない。

この様に実際は状況に応じ最適化してたんだが、晴れ舞台での象徴的絵面が印象深く刻まれついそればかりを追っ駆けちゃうんだ。
アマチュアの場合少ない好機位好きで埋め尽くしたくなるのも分かるが、それなら無理してでも大会場もレンタルしないと。

-つづく-

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