趣味

2022年12月25日 (日)

音楽備忘録1227 Gibsonの貢献度➌

今回は非ソリッドボディのへ焦点を当ててくが、近年本邦ではJazz系や懐古趣味目的ででもないとあまり用いられなくなって久しい。
でもエレキの音源部がアナログなのの利点を活かすには、ソリッドより複雑な共鳴の得られるのは大きな武器なんす。

価格・サイズ・取り回し等の都合もあって絶対必要では無い際マイナー化するのは分かるが、だったらもっとボディが小さいとか無いに等しいのが流行っても良さそうなもんだ。
まあ現実には操作性の点で小さ過ぎると必ずしも便利じゃなくなったりするからだろうが、アコギのサイズに文句言う者がそんなに多くないのからすると単に慣習が主因だろう。

わ兎も角エレキ以前は無理だったソリッドにも大いに意味はあるが、エレキはソリッドボディにした処で所詮は半生楽器なのには違いないのよ。
今ではメンテ費と所持してたのが偽物だったから手放してそれっきりになってっけど、俺自身楽器の選択肢としては今でもセミアコ・フルアコは結構な位置に残存してたりする。

実際問題として歪ませる方が多くなるとボディ空洞の有無差は、その分縮小するのも確かだ。
けれどStratoハーフトーン以外の生音が使われなさ過ぎになってるのは、流行だけじゃ無く楽器の生音の魅力が薄まったのが増えたからと俺は考えてんだ。

Guitarって一部のを除くと音源がPianoとかと違って「単弦」なんで、筐体共鳴で化粧してやらんとそらみすぼらしいもんでんがな。
っても大元は音量増大だけが目的だったんだけど、大昔の天然素材の弦は不安定な代わりそれなりに複雑な音が出たからねえ。

要するにエレキ楽器本体の音色構成要素の電気の方ばかりで、本来半分を司ってる筐体共鳴を無視しては50%しか弄れないから勿体無いんだ。
俺がセミアコ・フルアコで一定以上の期間実体験したのは偽物は3つ本物は4つと大した数量では無いが、Violin Bassとリッケン330は真偽の両方をってのが強いて言や特徴か。

その中で最も時間数が少ないのに印象に深いのがGibson ES-175Dで、ボディサイズ以外極一般的な弾き味でいて音色の深みが凄かった。
俺みたいなRock屋にはリッケンのがソリッド共々弾き心地が良いが、標準的ソリッドから持ち替えて違和感の無いのはG君オンリーかもしれない。

ってそもそもG君の弦周りの仕様、元はエレキ以前に構築されて全方面へ普及してたからでもあるんだろうけどね。
楽器自体の出来栄えとしてはGretsch Tennessean・Rickenbacker 330も同等に良く出来てたが、この2つは現行主流系ソリッドのに慣れ過ぎてるとブランド固有の独自性が災いする可能性がある。

もし現物に触れる機会が持てればすぐ分かるんだが、余程G君系の感触が苦手でない限り見た目に反して弾き易いんだ。
又これが今劣化本邦で浸透して無いorどんどん忘れられた一因として、張られてる弦の違いが大いに考えられる。

実はかのLes Paulモデルだって当初は今よりずっと太い弦がデフォで、そんなのがほぼ体験不可になってっから楽器のせいだと勘違いしてんのよ。
ジャンル毎に最適なゲージが無くなった訳では無いが、Rock黎明期でもチョーキングを多用する人の多くは当時なりになるべく細いのを張ってたんだ。

ついででサービスしとくと巻弦がフラットなのも今では稀で、自ら試したのはたった1回だが借り物330は新品時はメーカの出荷時仕様からフラットが張ってあった。
只どちらも言うなればロカビリー系仕様の細さだったのと、普段Bassで頻繁にチョーキングしてるから全然気にならなかったけど音色のみならず感触も同じじゃ無かったのは確かよん。

<つづく>

2022年12月22日 (木)

音楽備忘録1224 Gibsonの貢献度➋

一般視点ではGibsonったら先ずはハムバッキングPUだろうし、それで間違ってはいませんよ。
けど部品製造業者じゃ無く楽器ビルダー目線だと、初回述の如く木部を軽視しちゃアカンのどす。

実際特許も市販も最初でその価値が揺らぎはしないが、位相活用に依るアイデア自体は当時でもその筋の技師の間ではオンリーワンでは無かっただろう。
この手の新規物の最大の峠は実用化で、敢えてR君のHorse Shoeを生贄にビルダーとしての底力がものを言ったであろう点へ進めよう。

音色的には馬蹄君の方が汎用だし、馬蹄形磁石を向かい合わせにして磁気的にある程度シールドされてたのも中々だ。
だが磁石が弦の上に被さった部分は弾けないし、磁石とコイル・ポールピースは固定なんで弦振幅を自由に変えられなかった。

のがSpanish Guitar系で様々な奏法をするのにお邪魔になったが、元はラップスティールやViolin族を想定して開発された面もあったからだろう。(今のエレキみたいに何処ででも掻き鳴らしたりは殆ど無かった)
この奏法の自由度についてはF君でも古典のには、ブリッジカバーやPUカバー(※除くPU本体の)の付けられてるのが少なくなかった。

雑音低減や汚損・破壊防止にはあった方が良かったが、それじゃあハンドミュートとか弾く場所の自由選択が出来ない。
今風映え的には付いてる方がオサレな感じもしなくないが、かつてプチブームになっても一切余計なのを付けなかったのは大手ではGretschとGibson位だった。

この差はメーカにどれ位音楽若しくは奏者達人が関与してたか近かったかに依るんだろうが、これ等カバー有無の初期設定次第でデザインも部品もと実はかなり広範に色々影響が出るのよ。
と言いつつ実は俺初心な頃はあった方がカッケ―と感じてて、不要カバーレスの容姿に慣れるのにそこそこ掛かっちった。😅

その過程には色んなのを弾こうとする内障害になるので育ってって、今では後付け選択仕様にしとくのが音楽を奏でる道具としては親切と感じる様になったんだけどさ。
この辺そこそこ経験が無いと実感出来ないもんで、価格等以外の面で上記2つのG群団に高級感を覚える一因なのかも知れない。

いや邪魔なら取りゃ要るなら又付けりゃエエやんってそりゃそうなんだけど、素手だけじゃ取れなかったり取ったら独立してて紛失したりとかさ。
ストンプのフットSWとかSnare SW並にワンタッチになってないから、大抵は付けっぱか外しっぱのどっちかになっちゃうじゃん。

そんな見た目以上に差のあるのがブリッジ汚損で、F君系のは弦高調節6角ボルトが簡単に錆びついたりするのがG君では発症しない。
その原因はネジの位置とそれへのメッキの有無差で、昔は今よりも非専門家の手が触れる箇所にはメッキしとくのが定番だった。

なまじ非メッキで錆び易いF君式に限って、タイプや調整次第じゃブリッジ駒で最も突出したりするんだから堪らんよ。
調整自由度ではかなりF君系式の方が有利だが、ナット側は随時調整が不可なままなので見方に依っちゃ過剰かも。

この差はF君は工具寄り・G君はより楽器寄りとも看做せ、職人の仕事が主に舞台裏なのに対しパフォーマ―は舞台上なのへ呼応させた感じなのかな。
一概に簡単に優劣を付ける様な話しじゃ無いが、メカ音痴さんや不精者に優しいのは明らかにG君の方だ。

<つづく>

2022年12月20日 (火)

音楽備忘録1222 Rickenbackerの真の姿⓮

この項も終盤に差し掛かり、より具体的に出来る事と出来ない事等を提示してみよう。
先ずはGuitarでハード面から参るが、より考えとくべきは改造の対応範囲だ。

個人的な過去体験で色はA・音色はB・機能はCのが好みなんだが、それが揃ってるのが出て無いなんてのがあった。
今では魔改界にすらドップリな杜撰大王も、当初は改造スキルなんて皆無に等しかったからそれなりに逡巡させられてね。

そんなのが楽器っつう趣味性の高いアイテムだと、割と頻繁に起きるもんだと思うんだ。
そこで自前か外注かは別として、もしやりたくなっても構造上不可能な部分が結構重要だと思ったん。

リッケンで注意を要すのはソリッドタイプではボディの薄さで、一部例外を除きそれが為にSynchronizedタイプのアーム追設がどんな不格好を許した処で先ず無理。
最近はGibson系用の近似タイプが出現してんで、弦間隔等の問題をクリアすりゃピッチ変化の大きいのが載せられる可能性は出て来たけどさ。

ロックナットについてもナット巾とその弦間隔狭さの他、ネックの形状とトラスロッド調整ネジのザグリが大きい点で難易度が高そうだ。
しかし特殊タイプは選択肢も少な目だが何よりお高いのが難で、アームを重視すると少なくとも別のと併用OKじゃ無いと買わない方が良いかもね。

只この辺が気にならないなら2大主流派じゃ無いからポン付けは無理でも、魔改アリならかなり幾らでもカスタマイズ出来まっせ。
決して無理強いはせんけどそもそも独自性を追及すると、Van Halenみたいに従前は誰もしてなかった組合せになる方が多いんじゃないのかな。

続いてBassの方へ移るが、基本的にはFender系のタッチ感の一部を除けば音色シミュレートは万全に近い。
無理なのはスラップのサムピング時の打撃感で、原因は構造的にフロントPUをF君程弦に近付けられないからだ。

これを除けばフロントだけでそれらしく指弾きするとかなりウッドBassっぽく出来るとか、フロントオンリーはその他Gibson系やHöfner等の代用にはなる。
リアだけでコンデンサをバイパスさせるとかなりF君系に近い感じに出来るが、リッケンは前後ミックスサウンドがあまりにも有名で浸透したせいか意外とこれが知られていない様だ。

因みに4003のリアPUは一々全てがジャズベのと違っちゃいるが、ジャズベでもBartoliniのパッシブタイプでスープアップさせたとの電磁気的には同等だかんね。
ここで大雑把な杜撰大王ならではかも知れんが私的には珍現象と考えてるのが、聴こえた感じと実際が結構色々違ってたケースだ。

その生贄に今日は大胆にもSir Paul McCartney様に犠牲になって頂くが、Wings時代のの方が聴いた印象ではリアPUオンリーっぽかったんだけどなぁ。
記録された画像に依れば寧ろBeatlesお籠り時代の方がそれがあって、しかもB時代のにはHöfnerに聴こえたのがリッケンでその逆もってのがかなりあっただよ。

Billy Joelでも全盛期は中盤迄Bassはリッケンだったんだが、後にF君テレも使われ出したんでその過渡期のがとっても紛らわしい事になっとるがね。
そもそもプロモVでどっちが映ってようと、どっちで録ってたか確実な情報が無い曲の方が多かったしさ。

だがこれ等は裏を返せば独自サウンドの印象が強過ぎただけで、それ以外のポジションを選べばかなり普通に広範囲なサウンドが得られる証拠になってんよ。
だからってF君サウンド命の人がわざわざリッケンだけで押通す意味は無いけど、ヤンキーギャルちゃん嫁に貰ったから極普通の夫婦は無理みたいな事ぁ全くねえんでやんす。

<つづく>

2022年12月17日 (土)

音楽備忘録1219 Rickenbackerの真の姿⓭

今回は主題に対してかなり広範な話しになっちゃうけど、前回後部でそれ用の道具をそっちで用意してで思い出したのがあってね。
過去述従兄がJazz Bassのサウンドが好きで、でもロクに弾けないからって中途半端なのに浪費した話し。

本人も含め言い過ぎではと思われ兼ねない断言ぶりだが、それ位本物と亜流では拘りポイント次第じゃ全く別物な差があるからなんだ。
Fenderファンの皆には半分無礼になっちまうが、年々不具合が駆逐された代わり独自個性の部分がとっても弱まってっててねえ。

もし現行品のを聴いて恋に芽生えたなら未だしも、’70年代以前に作られたのの音に惚れてるなら生身の人間とロボット位大差な部分があるですよ。
しかも厄介なのが感触にも相当な違いのある処で、それがパフォーマンス自体に少なからず必ず影響するんでさ。

故にモノホンでの一定以上の経験値を持って無いと気付け難く、知ってる者にとっては違うの二乗になるから無理な注文勘弁してちょになっちゃうんだ。
実はリッケンでも4001より4003ではネックグリップがマッチョ化してて、偽物でも寸法は忠実だったのから借り物モノホンへの移行期にはそこそこ慣れるのに時間を要したんだ。

尤も強度向上の他スラップへの適化での変更だったんで、スラップの特にプルは改良後のの方が楽になったけどね。
些細っちゃ些細な差だが俺だってチビだから大した余裕なんて無いけど、もっと手の大きさが旧型のでギリギリだった人には悲報でしかなくなるじゃん。

より明白な例えを出すと乗用車の最大巾が、宅みたいな無余裕車庫だと死活問題になるんざます。
たまたま隣家が塀の改築をする際お願いしてあちらの境界線内に収めてくれたんで、5ナンバーサイズなら限界一杯のでも何とか押込める様にはなったがね。

で楽器でも演奏の何処かにギリギリ成立させてる様なのが含まれてたりするんで、そう云う部分を変えられて代替品が用意されてなかったらそんな都合なんかで封印されちゃうんだ。
まあ諸事情で例えばその時知らなくても、スリムで良いとしか思ってなかったのが運悪く1ヶ月分位の強度しか無いヤツだったりすると次の手を考えるしか無いんだけどさ。

そこら辺りがリッケンだって深掘りすりゃ微妙な音色差なんかは、年式次第であるにはあるんだけどね。
単体聴きでは分かっても、アンサンブルに入って感知可能な程の音色変化は無いんだ。

弾き味については特定奏法に限定すれば今のじゃ厳しくなったのもあるが、旧型を持ってたって奏法ニーズ等で不都合が大きくなったらモディファイとかするっしょ。
冒頭の方で半ば生贄にしたFenderでも、Stratoの5点切替えSWだけは普通は昔の3点のより有難がったりさ。

ので操縦性と音色で許容範囲的に判断してくと、他社の多くのは年式にも細心の注意を払わんと払ったお金の元が取れない状況があるざんす。
その一端として最も簡単に分かるのが重さ等で、F君やG君では1.3倍位の違いがあったりするよ。

リッケンではソリッドタイプはF,G君が軽かった頃には重い口だったろうが、今や良くて拮抗・下手すりゃリッケンの方が軽い位だ。(因みに近年F,G君ので軽いのは材が原型とちゃうで😓)
そんな感じなんで常に最新のを追い求めこっちが幾らでもアジャストする気なら別だけど、音楽の道具として用いるだけで音楽の内容の方へ注力したい場合は基本の無変更はかなり助かるですよ。

見た目は結構変化があるからコスヲタ系だとキツイけど、知ってる何時も通りに弾けて何時も通りの音が出りゃ良いならね。
他にも少数の候補はあるけどなるべく1本だけで色々演ろうとすると、最早一択に近い位に俺には感じられるよ。

<つづく>

2022年12月16日 (金)

音楽備忘録1218 新興ブランドの正体③

前2回に渡り惜しむらくも劣化今本邦ではその社会構造から、普通の楽器屋の店頭に陳列される様な新ブランドには期待薄と悲報した。
では俺は単なる日本嫌いかってばそうじゃなく、こんな環境下では探すのが少し手間だが個人製作家へもっと期待すべきと考えている。

ほぼ看板のみ更新の新ブランドを低く見るのは、販量を気にして大胆な改革を幾らもしてくれないからなのだ。
元来趣味性の高い分野なので多少欠点が多かろうと、今迄に無かった特徴を持たせる事に新規の価値があるんだけどね。(秀才タイプのは大手に適わない)

仕事で使うにも冗長性が最重要に違いないが、さりとて差が少ないならわざわざ珍しいので冒険する意味が無い。
当初から一定以上の売上げを狙えば無難なのしか出せなくなるが、本質的には他の商品と比べれば大して売れないもんなのにね。

それからすると木工部分は別として、それ以外の部分は組立ての妙を売りとするの等が相応しい。
んだけどどうも日本ではこれの理解が中々深まらんらしく、松下工房等一定以上の知名度があって継続させられるのが育ち難い様だ。

只そうなるのも本業で人を雇ってればで、副業で個人でだったらもっと可能性は高くなる。
一部では既に実行してる人が居るだろうが、独自性の不足が定着を阻んでる。

又近年の日本固有の問題点として林業の衰退も障害になっていて、副業でやるにしても接点があったり本業が近い業種である程ハードルが下げられるんだけどさ。
本当は次善策だったっぽいが、リッケン(元金属加工業)が出した世界初の量産エレキはアルミダイキャストだったやろ。

その昔怪しさ100%の山梨発祥の「宝石画」ってのも、実際は大した石は使ってないが色はとても綺麗な欠片の応用だった。
なので出来れば町工場や小規模材木屋なんかには、是非目を付けて欲しいんだけどねえ。

それと海外に比べて小規模地方都市でLivehouse等の展開が進まない為、作る方の環境が整ってると今度は音楽的な環境が無いのが仇になってんのかな。
片や町場では俺自身今も自分のニーズからもいい加減である程度工具を揃えるべきとは思ってんだが、現時点では作業空間が確保出来ないんで二の足を踏んだままだ。

現代は世界的に資本主義の悪い面から規模拡大ばかりなので昔話じゃチト厳しかろうが、この手のはお家芸化した「形から入る」は全く通用しないのだ。
因みに手前味噌ばっかで何だが作業空間で腐心してるのは、塗装や接着剤の乾燥を待つのが特に難点でね。

自分のだったら誤って触れても納期も無きゃ、被害僅少だったら杜撰大王のだからそれでヨシとも出来るんだ。
過去に休養君のを請負ったのも彼が不具合ツールのままでも、俺が多忙でもどっちでもバンド活動が停滞するのは一緒だったんで。

ので如何に杜撰野郎と言えども修理・調整みたいに、ケースに収めとけないとなると苦しいのよ。
のでⅡで今の日本の状況下では素材と考えるなら新興ブランドも有力候補になり得るが、自分で世話するのが苦手な方は慎重になった方が良いんじゃないかな。

何れにしても手始めは万一駄目にしても惜しくない程度の中古を弄るのがお勧めで、そうしとくと大胆な実験もやり易くなる。
一方で演奏に集中したいならアフターケアが最重要で、新しいのにすぐに消える様なのだと一番始末に困るんじゃないかな。

<しまい>

2022年12月14日 (水)

音楽備忘録1216 Rickenbackerの真の姿⓬

今日は私的ではあるも「録りで良かった」の、内容を少し細かく披露しませう。
取敢えずかつての業界標準だった、Fender Precisionとの比較形態で。

1.楽器自体の低音生成量が多い
2.同じく高域生成量も多い
3.繋ぐ相手のインピーダンスの影響を受け難い

主な処を羅列するとこんな感じで、今回は比較対象が1PUなので音色バリエーションの優勢は一旦封印しときま。
では1.から参るが近年ではそのご利益はほぼ消滅したが、好みに足りるAmpが使えない時等は一大事だったんだ。

F君は基本設計が中域と超高域を楽器本体、低域と中高域を主にAmpで作るって設計思想になってる。
ので楽器本体以外で低域増幅量が不足すると、アンサンブル内での低音域の量的響きにBassらしさが出せなくなってまう。

近年はAmpの調整範囲の拡大されたのが多いし選択肢も大いに増えたんでかなり解消されてるが、「相手を選ぶ」のに変わりはない。
2.については実は超高域はF君の方が出せてはいるんだが、一般的な楽器Ampでは扱ってない領域なので効果が得難い。

そしてこの楽器の所謂「素性」ってのが、今主流のLine収音だとその影響はより拡大するん。
これが3.とも大いに関わって来るんだがアンサンブル内に入れちゃうと↑の帯域が乖離して聴こえるんで、籠ったBass+何かのタッチノイズみたいになっちゃったりしてさ。

のでⅡで丁寧で大人しいスタイルの奏者なら未だしも、ワイルド命の人にはLine録り時だけ普段より乱暴になったかの様に誤聴されるリスクがある。
そうなるのを最も簡単に回避出来るのが超高域のCutだが、楽器Ampスピーカの様な急峻なCutが案外困難でね。

結果多くの場合多少ノイジーなのを我慢して出すか、それを完全に削除する為に籠り気味になるのを我慢するかの2択を迫られるんだ。
って実はかつてはリッケンで録ってて色々方法を変えても、思った程大胆な変貌を遂げられないのに腐心してたんだけどね。

自作録音作品が蓄積してってそれを再現する機会が増えてみると、「何時も通りのし易さ」の方がより重要なのが見えて来たん。
録音とLiveを別物に分離するスタイルとか、Liveではほぼ絶対演らない曲と定義しちまえればどうって事無いんだろうけどさ。

こっちも中々気紛れなのもあるが、顧客が何に興味を持つか完全に計算出来ると考えるのは稚拙と思ってて。
もっと簡単に言やなるべく余計な制約なんて持たずに済む方が良いんで、少なくともいざその気になったら再現可能になってる方がね。

奏者次第ではあるがどれだけ余計なプロセスレスで所望音が手に入るか、ってのって一面でその人に楽器がフィットしてるかでもあるんじゃないかな。
故に例えば普段はスラップもリッケンでしか演ってないけど、典型的ないにしえのあの感じをともし
請われれば平然とFender持って来てって俺は言っちゃうよ。

<つづく>

2022年11月16日 (水)

音楽備忘録1188 Fenderと偽物の差➋

初回から後部で悲観的な愚痴みたいになってたが、大枚叩いてヒストリックモデルとかを選べば限られたモデルでは原型維持率の高いのもあるでよ。
だどもそれを例え試奏だけでも挑戦しようと思えるのは、既に知ってる人主体になるから少々罪なんや。

んで本物と偽物がテーマなのに言うなれば「本家の偽物」に言及したのは、そんなのじゃ本来の魅力が良くは分からないからなんだ。
過去プチディスり従兄の日本製短尺ジャズベの件も、彼自身のモノホン体験不足の賜物ではと思っててさ。

人次第だとは思うけど場合に依っちゃ求めてるのがBassなのに、原形率の高目のだったらGuitarでも構わないと感じてる。
ってのも原設計の古いのって、モデルタイプよりブランド個性の方が遥かに強烈だったからなんだ。

FenderやGibsonではリッケン程パーツの「強引な使い回し」は無いんだが、今より設計者や製造者の人数がやたら少数だったりしたからなのかな。
或は材料や製造の制約から完全な別物が生み出せなかったか知らんが、俺の過去体感ではFenderが最もブランド色は強かったよ。

PUの音色に限定すりゃ先ずR君次にG君の方が均一な感じで、何しろR君なんかBassのフロントPUがGuitar用のの完全流用だかんね。
だが全体象となるとR君はソリッドは重量級なのに、セミアコは相当な軽量級だとか。

G君ではネック太さや指板巾が宅のSGみたいにリッケン並のから、超ド級の迄様々だ。
勿論F君にだって過去のは結構個体寸法差はあったんだが、実演時の感触差は最も感じられなかったんだ。

スペック上はネックに大昔のVとそれ以降のUシェイプなんて違いもあるんだが、断面外形周長さが近似とかなのかVだUだと感じるよりああモノホンFenderだわってな調子でさ。
ではどうしてF君だけそんな風になったのかってぇと半分は推測だが、エレキに乗出してから随分な期間セミアコに手を出さなかったのがヒントになりそうなんだ。

それは開発時の環境が第2の鍵で、まだRockは生まれてなかったからなのよ。
米本国ではCountryだって負けてなかったが、当時は何たってJazzの大全盛期だったからねえ。

その証拠ってんでもねえがジャズベがあるのに、カントリベやロックべってのはラインナップに登場してないっしょ。
Guitarにしても同じく、Jazz Masterがあるのにさ。

つまりLeo Fenderはソリッドボディに拘った様で、只それが可能なのもエレキだからじゃないスカ。
エレキ元祖のR君なんていきなりアルミダイキャストボディだからもっとぶっ飛んでたっちゃそうだが、楽器を作る以前は金属加工業者だったからね。

それに対し楽器屋としてはもっと先達のG君は生時代からなんで、良くも悪くも従前からのGuitarらしさの点では色々勝ってた。
そんな状況から木製だがソリッドボディの本家を目指した様で、G君の所でもLes Paulが同じ様に頑張ったんだけど以前からの顧客の都合もあったんで徹底出来なかったんだろう。

しかし特化方針が原動力となりエレキとしてではスタンダードを多く生み、電気楽器の普及に多大な貢献をしたんだと考えられる。
只やり過ぎたのか後発の勇気が足りないのか、特にBassの基本仕様で未だに皆が捉われてるのは私的には感心しないねえ。

実際現場で使ってみると想像以上に本物と偽物の差が大きいんで、結果的に選択肢を少なくしちゃってんのよ。
劣化今本邦でこの事を把握出来てる人がどれ位居るのか分からないが、エレキ導入期の日本の音楽環境の影響も大きかったのかな。

<つづく>

2022年11月 7日 (月)

音楽備忘録1179 Rockと政治➌

個人のポリシーとしては今だってRockは政治とは縁遠くあるべきと思ってて、題材にしてイケナカ無いが趣味性を堅持するにはその方がってね。
これって言うなれば同じ建物を何処から眺めるかみたいなもんで、折角Rockならなるべく「裏から」にしときたいってのがあんねん。

例えば敢えて趣味性全開で行っちゃうが、今日は東京駅丸の内の駅舎を生贄に話しを進めよう。
皇居側からの姿は最早名所旧跡並なんで、わざわざ出向かなくてもネットで簡単に画像が見られるだろう。

のが裏となると中央線のホームが高架化されて陰になったお陰で、少なくとも昔みたいに全景を見るのはもう不可能になった。
ので見えた当時の体験か画像が無いと、復元工事後にどう変化したかがとても分り難くなっちまった。

のの実態を先に無神経に暴露しとくと、裏側に関しては復元はおろか以前の簡易修理時よりかなり改悪されとるで。
んでこれが一般の人にとっちゃ目に入る部分が整ってた方が望ましいが、バリヲタにとっては張りぼてキャッスル状態で萎えるんどす。

なんてこんなのが正しい趣味性と言えるか微妙だが、正面外観だけならその容姿は2次元バーチャルでも一応可視化出来るやんけ。
寧ろ表が不完全でも裏に少しでも創建当時の部分が残っててこそ、今の建物との大きな違いを実感出来たりするんだよ。

もっと初歩的なのに置換すれば例えば角ばってて表面がコンクリートだったら、鉄筋コンクリートの建物だろうと普通は思うずら。
でも昭和の一部の商店なんかにゃ、昔の木造建物の表面だけそんなのにしてるのがそこそこあったんだ。(看板建築と言うんだそうだ)

これが気分とかだったら外面・余所行きか内心・本音みたいなもんで、後者の方により興味が湧いたら「裏からの景色」じゃないと物足りなかったりするじゃん。
それには間違いが許されない政治(現状は真逆で最恥辱的だが多大😓)とは縁遠い方が向いてて、根幹は政治問題でもそれをせめて「裏からの景色」で表現したい処。

のでⅡで表面的には全く政治色が感じられなくても、壺→電通→吉本etc.のバイアスが掛る迄のは関連案件がテーマにされてたのが一杯あったんよ。
又深層的には恋愛1つとったって世情の影響は当然あるし、寧ろ盛り込んだ方が良い事も少なくない。

私的にはほぼ無興味な四畳半Folkだが、神田川-かぐや姫での銭湯通いの描写は今風に言うならディテールの鍵を握ってた。
貧しい若いカップルの純情なんで、豪華絢爛なホテルのバスルームで汚い親父とケバイ姉ちゃんになっちゃ不味いもの。

尤も最近じゃ銭湯も温泉並に高額・豪華スッカリ綺麗になっちゃったんで、今同じ歌詞にした処で昭和リアルタイムの人じゃないと(しかも当時貧)全然意味が違っちゃうけどね。
差し当たり現代版なら流行って無いネカフェで目の下の隈が酷いとかにしなきゃなんだろうが、自然のは未だしも「人工の環境」(偽とかバーチャルと限らず誰かがこしらえた物)は政治の影響がかなりある。

これ等からすれば無理に政治を避ける方が不自然で、但しその描写や着眼点にRockらしさが要るだけなのだ。
尤もⅡでそれが結構簡単じゃ無いから敬遠されたりもしてるんだろうが、今の日本での政治認識自体が珍しい社会状況が暫く続いたせいで変になってんだ。

悪い意味で好景気期に儲けだけは減らぬ様にしてた為、政治がどうなろうと当初は庶民生活への影響が曖昧でよくは分かんなかったんよ。
けど後で蓋が開いてみれば、年金制度等が崩壊寸前だったりしたんだけどね。

<しまい>

2022年11月 4日 (金)

音楽備忘録1176 Rockと政治➋

少々話が大袈裟過ぎ感が拭えなくなってるが、悪政に依る環境破壊だってそれが漁師とかだったらもっと騒然となってて普通だ。
のに音楽だとそうならんのは、収穫量に応じた収益の相場みたいなのが無いからだろう。

最近は徐々に変化しつつあるものの、従来は作者が直接新曲を公開するのが少なかったのもある。
日本のアングラ時代のRockが売れなかった真因は確かに市場はささやかだったが、コンセプトが時期尚早とか技術が未熟だったからじゃない。

マスコミやプロダクション等「媒介者」が排斥してたからで、当時はアングラ君はホームページすら持てなかったんだから一般人にとっちゃコミュニケーション経路がほぼ無かった。
知り様が無い物は存在すら分からず、ましてや評価すら出来ない。

日本の悪しき伝統「村八分」(バンドじゃないよ)は益々健在でけしからんが、大昔とは全く世情が異なるのに機能不足の独占禁止法共々現況に対し手緩過ぎるのだ。
何時迄も欧米模倣ってのがそもそも情けないがそれで経済発展を試みるなら、例えば電通に最低でも同レベルの対抗馬が必須だ。

特に近年のグローバル化下で恐いのが国内無敵での油断で、今会社や不動産を筆頭に海外資本に乗っ取られ捲ってるのは知らん間に井の中の蛙化しちゃってたからでしょ。
ので例えば当時のアングラRockがA社では完全無視するがB社では歓迎される、本来はそうでなくてはいけなかった。

その様なシステムが構築されてるとRockが流行った場合拒否したA社は代わりの存在を求める様になったりするんで、テクノには積極的にとか要するに多様化と全体がスピードアップするんよ。
今Rockerには殆ど役立たなくなった国内メジャーの次善策ってばYoutubeや17live辺りだろうけど、国産がほぼ衰退著しいニコ動だけってのに危機感を覚えないなら鈍いにも程がある。

そんな状況って好戦的な外国から覗かれると、防衛ラインが穴だらけに見えると思うよ。
もっとシンプルに根源的観点で行けば、今劣化本邦とは言えまだある程度楽器等の供給があるから消滅はしないで済んでんだ。

今この国に生きてる殆どは戦後生まれなんで、俺自身他では色々疑念もあったりしたけどこんなに音楽環境と政治がリンクしてるとは中々気付けなかったよ。
何をしようにも何かケチ臭い国だとは感じてたが、プライベートな規模で演ろうとしてもこんな逆風に遭った事は今迄無かったさ。

一部には広報も得意で自前でバズってる人も見掛けるけど、本業を犠牲にしなきゃなんくなったら本末転倒よ。
再三吠えになるが生活必需品とかじゃ無く趣味性の高い分野では、どれだって長期戦を強いられるのが原理的に必然なんす。

例え運良く知って貰って気に入られたとしても、その人のとこっちのLiveのスケジュールが中々合わなかったりするっぺ。
そりゃ最初から超戦略でブームに乗れたりすりゃちったぁ時短も可能だけど、学校とかと違ってLive如きじゃ誰もが行って当り前の所じゃないからねえ。

それとチケット代を始めとする高額化も由々しき事態で、儲け率の少ない事業に賃貸料や税額がボロ儲けのと同等ってのも妙な按配だ。
そこへ不景気が重なれば不参加者が増え顧客減りするのも必然で、その売上げ減少対策で値上げの悪循環に甘んじてちゃお先真っ暗でんがな。

<つづく>

2022年11月 1日 (火)

音楽備忘録1173 Rockと政治➊

21世紀の日本の世情としては一部の差別や貧困以外では、Rockに政治的要素は好まれないし似合わなくなって来た。
そうで無くても活動家・Folk歌手みたいなのの印象が強かったんで、私的には音楽では比較的避け続けて来てた。

んが夢見がち永遠の中二病的恋愛を歌おうにも、不適切教育・経済下となるとそれすら自然なのは出来なくなりやがった。
話しが進む迄は少々独善的且つ世代特有の価値観と思うかも知れないが、恋や結婚をしたくなさ過ぎるってのは生物学的には殆ど病気なんすよ。

人の持つ色んな欲って根源的には種の保存・発展要求に由来するもんで、例えば老衰での死が迫って来ると皆一様に食欲が減退したりするじゃん。
それが成長期に不要になったりするのを拒食症とするのと同じで、近年劣化本邦の若年層の欲の不足は誤った壺教育等の影響なだけなんだよ。

そりゃ原発が被災して放射能をお漏らししたりとか色々あるから、環境ホルモン等の影響だって無視出来ないけどさ。
期末試験が迫って勉強しなきゃなんない時に限って、普段よりサボりたくなったり遊びたくなったり…。

真面目な席で誰かの表情にツボっちゃって笑いを必死に堪えたり、不謹慎なのは困るがどっちかってば人の内心理ってそっち方向の方が優勢なんじゃないかな。
これにだって本来はパニック自動回避の意味があり、脳が思考停止して危機離脱不可になるのを防止してんだ。

のでもしかしたら無理に抑圧して猛勉強した結果、超高学歴な程カルトなんかにコロッと騙されてるのかも知れない。
とは言え円滑な社会を構築するには本能は制御すべきだししなきゃいけないけど、気付かなきゃその方が楽だからって殺しちゃ絶対いけねんだ。(上手に付き合うのは死ぬ程大変だけど😓)

がこんな按配が蔓延した原因に、例えば理科や社会の授業の大巾削減なんかも超関係アリなんじゃね。
生物DNAからしたらヤリたくなるのが至極当然だし、単独では他の種より脆弱な人類は徒党を組みたがるのが自然。
で異現状でこれが矛盾した形で発揮されてるのが、勉強しない子程エロに素直な処。

深層では英雄色を好むは不変だとしても、セクハラでの解消が主軸になるのは完全に病的だしょ。
資本主義下で運良く財力を持ててるなら、権力なんかに頼る必要性は全く無いのにさ。

これって結局教育を受けなかった程本能が原型を保ててるも同然で、学問適性に恵まれない人がより何も学ぼうとしなくなる副作用も付いて来てるがね。
折角豊富な知己を持ててても使い方が成って無きゃ無知同然、その逆も然りになる様な教育をわざわざ推奨して施すのは愚の骨頂でんがな。

最近の与党議員は主要3教科忖度で得られた国語力を、嘘の為にしか使わないなんてのは道徳(倫理)や社会の学びが著しく足りてないんだろう。
ほんでこれは作詞したりそれを聴く人にも以下同文で、その様な使い方をすると体裁や単語選択に秀でてる割に説得力・共感力に乏しいのになっちまう。

仕事なんだからそんなのニーズに合せりゃはご尤もだが、そうした場合の難点がタイムラグと作品寿命だ。
インスタントにやりゃ世相反映自体は可能だけど、世間が「正常化」したらそんな変なのは「恥ずかしい過去」でしかなくなる。

政治自体を批判するのなら当時そんな酷かったんだと理解されるかも知れんが、プライベートな恋愛でそんな偏狂なのをやっちまうとねえ。
っつうかそもそも世代間断絶だの分断だの、共通の理想が持てなさ過ぎてるのが顧客減少に繋がってるんじゃないかな。

幾ら頑張って上手く行ってもメガヒットが期待出来ない環境って自体、全くふざけた話しじゃ御座んせんか。
こんなのちゃんと払って借りてるスタジオで、まだ時間になって無いのに変なのが乱入して来て強制中断させられるのと実質的には同じなんじゃないかな。

<つづく>

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