趣味

2019年1月12日 (土)

電気楽器Ampの整流管とは 編

一口に電気楽器用の真空管Ampと言っても様々な回路方式があるが、今回は「整流管」に焦点を当てて行こう。
整流管とは真空管式のダイオードの事で、このダイオードとは交流から直流を生み出すデバイスだ。
本件で使われるのはAmpの電源部で、電灯線のAC100V(交流)からAmp回路を作動させるのに必要なDC(直流)を得る為だ。

’70年代以降は半導体の発達で趣味性の高い用途以外には使われなくなったが、コスト・サイズ・耐衝撃性等がその理由だ。
電気物理的性能でも石系(例えばシリコンダイオード)の方が高性能ではあるが、実は音関連機器に用いる場合は若干の欠点も持っている。
ここから少しコアヲタ化するので、興味の無い方は斜め読み願います。

Photo
上図が原理説明だが左の赤い波が元の交流で、右の水色が整流して取り出された直流だ。
普通直流と言われたら電池の出す電気みたいに連続で流れる電流を思い浮かべるだろうけど、途切れ途切れになってても±の極性が片方しか無いからこれでも立派な直流なのだ。

だがこんな電源電流をそのまま使ったら機器動作もブツ切りになって困るから、実際には連続且つ極力一定電圧になる様に
回路が追加されている。
更に整流の仕方にも種類があってほぼ連続させられるのもあるが、用いる素子が球でも石のでも0V近辺では動かない性質がある。
故に所謂整流回路のみでは、絶対に出力電流は「点線」状態となってしまうのだ。

電気的に正常動作範囲しか使わぬ一般オーディオ系だったら、これからの問題が出ない様に設計に余裕を持たせれば平気だ。
それでもコアなオーディオマニア達はかなり気にしたりしてて、これはデジタルだろうとアナログだろうと動かす源なだけに避けられない問題だ。
それが楽器Ampに最適な古典的回路となると、妙な表現だが「不完全じゃないとイケない」ので影響が大き目に出てしまうのだ。

Amp歪ませ音色を得る為にOverdriveさせても壊れたら困るとなると、場所に依っては敢えて余裕が無い若しくは意図的に足りなく作って置かなくてはならなくなる。
例えば電源がもし無尽蔵だったら、真空管や出力トランスを過大電流で壊してしまうからだ。
よって安全域はどんな無茶しても壊す程電気が流れなきゃ良い訳で、例え音は滅茶苦茶になっても供給限界を持たせる事で機器自体は保護されるのである。

しかしって事は楽器Ampのは貧相な回路にせざるを得ないので、用いた整流素子の欠点を排除し切るのが困難になって来るのだ。
現実的には管球式楽器Ampでも出音が途切れたりはしない様になってるが、

Overdriveさせた時にはこれが強く露呈して音色差が出て来る。
この後辺りからは電気に興味が無くても必読になるが、歪ませた音色のアタック音には露骨な差がある。

具体的には石のだとウルサさ或は無用な刺激が加わり、整流管仕様のだとそれが無く滑らかだ。
個人の好みやニーズ次第ではあるが録音のデジタル化で、昔よりそのままが拾えて音がボケ難くなってる今こそ一考の価値も高まったと考えている。
近年の
MESA/BOOGIE Rectifierシリーズが高価になっても、その名の如くわざわざ古臭い整流管仕様としてるのもこれが理由だ。

デジタルだって録音されたのを小音量再生する分にはそんなに気にならないだろうが、特にFeedback奏法等の都合もあっての爆音奏者には下手すりゃ難聴になるかどうか位の違いがある音色差なのだ。
一言でやかましいとかけたたましいっつっても、その中にだって気持ち良いのと悪い或は只辛いのの両方がある。
エレキ歪ませサウンドを使用するのも
特定ニーズ以外では、迫力等以外にも「使える」とか「美しさ」があるからだった筈だ。

この辺でまとめてみると整流管仕様では
①音色の柔らかさとナチュラルさがある
②球が1つ増えるせいでサイズ・重量・消費電力等は増えてしまう
③価格がその分上るのと選べるモデルが少ない
④管球式でも整流部が石のの方が大出力を得やすい
等、音楽・楽器的には良いが弱点もある。

先ずは機会があったら一度その音を体験してみるのがお勧めで、要るか要らんかはそれから決めると良いだろう。
その機会自体がちょっと難しそうではあるが、例え整流管無しのでもマトモな音のAmpだったらどれだってそんなにリーズナブルでは無いだろう。
うっかり使えん物に先に出費して買換えを迫られても、予算が減ってるだけなのをお忘れ無くだ。

因みに現代では様々な高度なシミュレーション機器やアプリ等で近似効果は得られるが、少なくとも眼前で吠えるAmpからの音色は全く別物にしかならない。
しかもこれら代用品は利便性には優れるが、良いのになればなる程ちっともお安くはなくなる。
そして最大の差は奏者が音色差から受ける影響で、こればっかりは無意識なだけに制御しようとしても大変そうな処だ。

2019年1月10日 (木)

エレキGuitarの歪み➄ Amp歪ませでの音色調節編

前回の続補足編だが、最初は少し珍しく感じられた参考例を提示しよう。
それはVan HalenがEddie呼びになってからの事だが、彼使用のスピーカユニットの仕様が変態的だった件だ。
普通Guitar Amp用のは周波数特性が80~8kHz位が多いが、何と50~4kHzと随分「下寄り」だったのである。
現行どうしてるかは知らんが元はスライダック昇圧はしてても、Amp・SPキャビはMarshallの大凡ノーマルだった筈だ。

この時期少なくとも対外的には
MarshallからPeaveyへ移行したが、俺的にはそこに原因アリと見ている。
Ampの英米個性傾向差は前回述べたが、更に各国の中でもまたタイプが別れている。(た!?)
丁度オーディオ系スピーカメーカと似ていて、例えばかつてJBLは「ドンシャリ」でElectroVoiceやAltec Lancingは「滑らか」みたいな棲み分けだ。

折角のついでなんで久々で脱線させるが、上記は簡単に云えば前者ワイドレンジ・後者は一番目立つ中域のナチュラルさに拘ったって感じだった。
尤も当初は人の可聴帯域をロクにカバー出来て無かったせいか、兎に角重低音や超高音が聴こえる方が流行って人耳感覚的に優れた音色の方が廃れてしまったのは惜しかった。

欧州系ではドイツを除き感性最優先であったがTANNOYは低音の柔らかさからの目立ち難さ、他は物理性能面(特に能率や耐入力)が災いして随分廃れた様だ。
その中で近年ほぼ唯一の例外となったのが、楽器用特化へシフトしたCeletion位だろう。
元は売れなくなって開発費が賄えなくなってたのを逆手に取ったものだが、お陰で昔評判だったのを
割とそのまま残せている

一部弱小系ではコアなのが生き残ったり復活したりもしてるが、近年米で似た立ち位置に居るのがEminence辺りだろう。
楽器用だって新しくて悪くは無いんだが、どうも音色的に古めの素材の方が向いてる様なのだ。
だが原料価格は世相とニーズ等で左右される都合もあって、大手量産メーカではこれが扱い辛くなってしまった模様。
儲けの少ないのへ開発費は回せんよで、スピーカ屋以外で頑張ってるのが前出Peavey位が現況らしい。

そろそろ戻るが米の楽器AmpメーカではFender系がワイドレンジ・PeaveyやAmpegがナチュラル系となってるが、こっちも
御多分に漏れずオーディオスピーカのと似た状況に陥った。
本邦ではバブルの影響でBass AmpのSVTだけは妙に流行ったが、それ以外の
Ampegの名機は消えたか変貌しちまって久しい。
尤も本家たる
Fenderだってかなりの迷走・変貌があったりしてるけど…。

この点で異質なのが
元から第3勢力!?だったPeaveyで、昔からしょっちゅうモデルチェンジしてるけど音は大して変わんないじゃんってヤツだ。
本体側メーカならまるでRickenbackerみたいな立ち位置で、ある意味個性と本質を維持し続けてるとも看做せる。
けれど音色の「暖かさ」は近くても
Marshallより再生レンジはとてもワイドで、やはり英米差は歴然たるものがある。

Peaveyは最初に支持されたのがSouthernRock系だったのもあって、元のはそこそこ歪ませられるが決して歪ませ至上主義ではなかった。
それでか
Eddie君好みに深く歪ませると高域過多になるがAmpの方は極端に弄らず、スピーカの方で好みへ持って行こうとしたらしい。
要するにAmp Headででは深く歪ませ、スピーカユニットで再生音域制御と分業させてる訳だ。

電気的に並の真空管回路だけで一定から上の音域を急激に削るのは困難で、Head側だけだと少し出過ぎを我慢するか足りないのを妥協するしかない。
もし
ハーモニクス(倍音)演奏を多用しないなら平気だが、彼の場合はそれでは見事に支障しちゃうもんね。
対してスピーカは「出す」方は一苦労だが、「削る」のは簡単なのだ。

他にももう1つこれか否かで差が出るのが、低音の「質」みたいな処だ。
楽器で真空管となれば例え生音でも、オーディオ的には殆ど必ず「歪んでいる」状態だ。
これで電気的に低音を増そうとすれば、汚くなるし明瞭度を著しく損ねてしまうだけなのだ。
しかも「低音よ、お前はもう歪んでいる」であるから、音量的に増やすのだって殆どもう無理だ。

HIWATTにGuitar・Bass用の区別が無いのなんかがこれの典型例で、昔の業務用のだとそれに近い仕様の方が普通な位だった。
現に宅のこれもレンタル業者のお下がりのMusicman HD130は最初からBass用で売られてたが、2ch仕様のnormalとBassの「
normal」はTone回路が全然Bass用では無い。
寧ろ近年のの方が専用設計度が高く、応用が効かなくなって久しい。

今では音量の場所への適応性の為Amp歪ませが特にLiveでは稀有な様だが、メーカにしても昔の方が基本的性質を分かってた気がしてならない。
これも概説だが人耳同音量でも音程次第で、電気的音量はOctave下がると倍になる。
故に余程出力容量に余裕が無い限り、Amp Headで低音を出そうとするのは非合理になるのだ。

尤もGuitarのAmp歪ませでは逆に如何に余計な低域を削るかが肝であるが、Johnny Winterのセッティングも又一見極端だった。
彼は
Marshallだって使ってたが最もデフォだったのは、Musicman 410-130HD+Gibson Firebirdの組合せだろう。
Guitar PUはFrontが主で本体Toneは適宣絞り、AmpのToneは今回の俺同様Trebleだけ10で他は0だったそうだ。

今回自ら体験する迄は流石にそれは都市伝説だろうとずっと思ってたが、期せずして必要性に迫られ認めざるを得なくなってしまった。
まったく生音時と深歪ませでは同じAmpでも随分豹変するもんで、Bassの時は低音がもっと出せたら面白いのに厄介な話しではある。

過去のBass Ampの名機代表としては球ならFender BassmanやAmpeg SVT等、敢えて取り上げる石のならAccoustic辺りか。
前者は兎に角スピーカユニット数が他より多いのが特徴で、音響物理学的には振動板の面積の広さが低音再生量に直結している。

当初は偶然だっとしても
MarshallがGuitar用でもこれが4~8コで標準が続いてるのも、スピーカで低音を稼ぐ意図が汲み取れる。
その分「頭」は思い切って高音専用に持って行けるから、深歪ませに適している訳だ。

因みに
Ampeg SVTで10inch(25cm)なのは高域も出したかったからで、開発当時低音が出せる大きいのは高域が出せるのが無かったからだ。
実際Bassmanで一番人気(ベーシストに)なのは100Wクラスで
1箱に12inch(30cm)×4ので、低音のリッチさは見事だが現代で云う高域は全く出せない。
楽器本体がFender系みたいに高域豊富なら結構だが、そうでないのだったら昔の音色でも困る場合がありそうな程度だ。

今だってSubwoofer用のユニットは低域再生限界を低くすると、超高耐入力は可能でも低能率のしか作れていない。
SVTが1箱に8コなのは能率以上に耐入力の都合からで、かつては小口径で大入力ってのが難しかったせいだ。
あたかもまるで昭和の日本の人海戦術みたいになってるが、ここ迄大量で箱も巨大なら前出
音響物理学理論で低音も大幅増大って寸法になっている。

敢えて取り上げの石のについても出力・キャビサイズとも巨大で、ユニットは最大でも4コだが箱自体は結局Ampeg並大きさとなっていたからだ。
バスドラムでは大小があるにしてもその差が、例えば26と18でも2倍迄は行っていない。
それもあるので音域よりも最大音量の差が大きくなるが、こう云う例外以外は基本低音を出したきゃ「デカくしろ」しかないのだ。

2018年12月28日 (金)

ドラマー用ヘッドホンⅣ やっぱり、でも違った!?

昨日従兄の処で試し録りで使ったVIC FIRTH SIH2の、その後のインプレだ。
全くヘッドホンテストをするつもりも無かったんだが、期せずして一通り被る事となったのだった。
ま、しかしある意味実戦使用であるから、只の試聴より場合によっちゃ価値があるかもで記して行こうか。

元はと言えば事前連絡を受けてた、彼の作りかけの曲へGuitar・Bass入れの要請であった。
「デモ録りだからテキトーで」っても曲の事前情報が殆どコード進行とテンポだけだったので、
俺要望で彼には口によるガイドメロを入れて貰うとした。
先ずClickと一緒に俺がCD900STモニタで、自作バッファ経由でBassをLineで録った。

BassとClickが録れた段階で音程とテンポは確定したので、彼が先の
口ガイドメロ入れをしようとした。
この口ガイドメロ時モニタに最初はSIH2を彼は被ったが、歌い辛い為録音用モニタスピーカへ切り替えた。
だが低音残響多め環境の悪影響でこれも音程が取り辛く、先に彼自ら鍵盤ストリングスを入れる次第となった。

これで環境改善効果があって、口ガイドメロも無事録り終えられた。
このメロがちゃんと聴けてみると結構エキセントリックで、残り時間も多く無かったので宿題にさせて貰った。
課題は無いよりゃあった方が幸せだが、最悪は正月が無くなるであろう。

そして昨日の録音最後はGuitarバッキングをストラト+球Amp使用と決まったが、PUの拾う誘導雑音の最小化の為に立ち位置を移動した。
すると
CD900STのケーブルが届かなくなったので、それがより長かったDirect Sound EX-29へお取替えとなった。
体験済みで音色概知なのと爆音手前の音量だったのもあったか、これと云って両ヘッドホンに違和感等は一切感じなかった。

これの何処がインプレかと慌てなさんなダンナ、後出しで悪いが彼がSIH2被った時途端に「うわーホワイトノイズが凄いわ」と漏らしたのが今回の要点だ。
俺はMic録音はゲインが大きいからんなもんじゃねと返答しちまったが、実際自分で被ってみたら「あらホント、こりゃ失礼」であった。
本項前回の俺疑念は半分当り半分ハズレとなったが、硬さは小音量だったからか気にならなかったがどうもf特がフラットじゃなかった様だ。

持ち主の彼曰く「小さ目音量向き」はこっちも先刻解読済みだったが、まさかこんなに高域を持ち上げてたとは気づかなんだ。
うるささの原因が硬さじゃなくこんなのとは、正しく想定外とはこれを指すって感じだ。
俺様程の者が(何処が!?)騙されたのは、多分持ち上げられてる帯域が高域限界域近辺だったからではと今では思っている。

現代環境で普通にオーディオ再生する場合、音源はほぼデジタルだ。
これは無音時にテープだったらあったヒスノイズ等が無いし、プリアンプ部も大抵デジタルだからホワイトノイズは極少。
それが録音で久々にアナログプリアンプを使ったので、漸くハッキリ見えたって寸法だ。

それともう1つはSIH1が言うなれば「高音だけヘッドホン」だったのと比べて、今度のは低音が聴こえたって印象が増幅されてた様な気もする。
また普通の多くの楽音は音域が上がるに従い、物理的音の大きさは減少している。
なので目立たない処を持上げられてたんだが、そこを非爆音ででも聴き取りたい時等は重宝するかも知れない。

だが俺的には「後から個人で加減が出来る」部分に、最初から「癖」を持たせた物はお勧めし兼ねる。
特に「それしか持ってない」や「殆どそれしか使わない」場合に、知らぬ間に癖のあるのに耳が慣れ過ぎる懸念があるからだ。
人耳にはメータ等客観的判断が出来る何かが付いていないから、もし洗脳されててもとても把握し辛いのだ。

フラットな特性のヘッドホンで必要に応じて、低音上げるとか高音上げて聴くのは別に難しくないからね。
尤も「元から出せない・出ない」のだと論外で、その面でSIH1等はこれに該当してそうだが。
SIH2だって「その分高域下げて使えばいいじゃん」は間違いじゃないけど、「その分」の分量を素人では正確に測るのが困難だ。
兎に角「何もしてない時」は「そのままの音」が出てくれた方が、不安定な人耳には安全なのだ。

それからドラマー用としてについてもまだ残った疑念があるんだが、太鼓生演奏時奏者にうるさいのは確かに高域だろう。
それだけを単に取上げれば奏者装着時のSIH2は、あたかも「音量だけ下がった普段の音」になってるとは言える。
しかし他の奏者や聴者等へは、元からそうは聴こえていない!。
Guitar・Bass等「移動できる奏者」は「近くて駄目」と感じた時は離れて出音確認を取ったりしてるが、ある意味そのチャンスがあったのにドラマー耳に固執し過ぎて放棄しちまったと言える。

しかもKOSS QZ99等と比べて
SIH2は低域遮音性が劣るのを加味すれば、昔風の高域が殆ど無いBassの聴き取り等は結局今度のバージョンでもまだ不足となってしまうだろう。
良くも悪くも真にドラマー用ヘッドホンなんだろうが、アンサンブル観点で見るとかなり「危険な代物」に思える。
俺的には「パート分断促進機」となり兼ねないので、少なくとも他のヘッドホン無しで使うのははばかられるかな。

この
SIH2も本来は物が悪いんじゃなくて必要な説明が足りてないだけなんだが、使用者側で簡単に見つけられそうにないから不親切だ。
いっその事ど素人全開の大阪のオバチャン辺りに、あらゆるシチュエーションで試してでも見て貰ったらどうか。
簡単単純でも基本的な処については、案外素人感覚ってのもバカにならないもんなんだが。

2018年9月28日 (金)

Speedkingよもやま話⑦従兄のペダルその後

従兄のStudioliteのTwitterに本人談が掲載されたのを勝手に受けて、傍目からはどう映ったのか等を少々。
現時点では彼自身の総合判断で、第2次ツーバスチャレンジ中だ。
左足奏法面で好結果を産んだSWIV-O-MATICだが、1つしか無いのと今の彼好みの音色が得られなかった為だ。
そこで従兄第1次
ツーバスチャレンジ当時使用してたペダル、掲載の如く(TAMA HP60+Ludwig L-1286[SpeedKingの純正ビータ])x2となっている。

音色については俺の好み・バンドギタリスト要望・録音屋観点からするとペダル本体もSpeedkingが単独首位なんだが、従兄は太鼓にもっと鋭さを求めてるのもあって回避されてしまった。
彼の手の音は俺と違って太くない(かと言って細くは無い)ので、足だけ太過ぎるのも少しバランスがよろしくないのかも知れない。

音でも太いのだと巧く使えばマッチョだが、失敗すればただのメタボになるのは何処の世界も共通だ。
また彼は太鼓のミュートは最低限が好みだが、「鋭く出せる」と軽ミュートでも音色的キレが保てるみたいだ。
アタックが太過ぎるとそれに連れ余韻の頭部分の音量も大きめになるみたいで、ある意味で瞬間芸の権威たる生太鼓の個性が減るともとれる。

療養中の
バンドギタリストが容認してくれるか、或は従兄が「これが俺の音だから」と無事説得出来るのかが心配ではある。
従兄の立場に立つと奏法上の都合で片足より両足なのもあるので、最終的には「仕上がり具合」が物を言いそうだ。
長い目でみれば他との整合性が持てるなら、個人のスタイルがより確立されるに越した事は無い。

だが俺の場合は音の太いのに体の重さ由来が含まれるとなると細くするのは困難で、生来の骨太はわざと骨粗しょう症を誘発でもさせない限り軽量化が不可能だ。
こっちは偶然だがそれでか俺の方がデフォルトのミュートを強めにしたがってて、でも従兄にそれを求める気は起きていない。
どうやら叩け方にも左右されたらしく表現巾の広さの点では、普段の音が俺より癖が少ない従兄に軍配と流石本職は違うわだ。

音色面でも俺の場合は元から太いから、太いのなら気にならなかっただけかもだ。
Speedkingになったそもそもが奏法上の一択なので、音色がもし不的だったらとても困っただろう。
但し従兄にとっても今後の課題になりそうなのが、バスドラチューニングを限界域Low Pitchとした場合だ。
彼は足音色もSimon Phillipsが好みだそうだが、俺分析では
限界域Low Pitchのをワイドレンジコンデンサマイクで拾う事でもたらされてると思ったからだ。

現在の従兄の足はClosedになってるので低音を確実に得るには、ペダルの押圧が極力少ない方が適すのだ。
どんな達人とて巨大スティックで繊細な音を出し続けるのが大変の如く、適した道具を用いる程安定度が高くなるのは確実だからだ。
ビータはSpeedkingのでってのもこの辺の影響が大きそうで、それならいっそウールビータはどうなのともなる。
だが鋭さにウールは無縁なので、原理的には
Speedking+ウッドビータとかの方が近付けるんだろうか!?。

話は変わってほぼ毎週従兄の所で隙!?を見つけては体験させて貰ってる
ツーバス、俺現時点での感想を以下に挙げる。
発音体が倍増するのと同じフレーズがシングルストロークで得られる範囲なら若干音量増加もする場合があったが、必ずしも「細かい音符」が楽にはならなかった。
慣れの問題もあろうが例え
シングルストロークでも自然体より速め様とすると、段々フルストロークじゃ無くなって来る。

単体物理的には左右で足は半分ずつの受持ちとなるのだが、だからって頭は右脳・左脳でとはならない様で脳内速度が元のまま。
末端(足)に余裕が出て不都合は無いけれど、肝心の指令が高速化出来ないのでは宝の持ち腐れとなっている。
訓練次第で変化があるのかも知れないが足・脚のアクションはその絶対値が手より数段大きいのは自明の理だ。

そして継続性には優れるものの足の左右+手との連携が中々難しく、基本的には音色が同一なので今鳴ったのがどっちかでこんがらがり易かった。
俺現況の片足で賄える範囲ではその方が頭が簡単・楽なのと、何時の間にか習慣化してしまったフットハットに依るメトロノーム機能が無くなる方が辛かった。
妙な言い回しかも知れぬが片足で行けるのは両足に不向きな証なのかも知れず、その逆もありそうな気がしている。

2018年4月14日 (土)

車載Sub Wooferに思う事

スピーカが小型になって来て便利になったが、手放しで喜ぶのはまだ早かったか!?。
本職がBass屋の俺としては場合によって不満で、それが却って昔よりなのだ。
スピーカの性能は今の方が進化してるのは間違い無く、低音だって今の方が出てはいるのに。
だけど条件等如何では何か質と云うか量と云うか、「低音出てるけど違う音」みたいに感じてしまう。

もう10年も昔だがそれまで粘りに粘って乗ってた機材車!?(只の2Boxバン)を、寿命で買換えた時
の話し。
カーオーディオは友人の廃車からの貰い物から始まったが、グレードアップの最初は少し高級なドアスピーカだった。
確かに音質自体は向上したが、如何せん「低音」が無理感満載な上に帯域がどうにも足りなかった。

そこで最終的に荷物空間の広さを活かし!?、貰い物の普通の家庭用オーディオスピーカを
リア用として追加しメインで鳴らしていた。
荷物満載時は後ろスピーカは家に置いてけぼりにするしかないが、そこまでじゃない時は割と傾斜のキツイ側窓のお陰で隙間が出来てそこから聴こえた。
その代り商用車のせいか車室の割に後席が狭く、特に背もたれの角度が不自然に立っていた。
2人+荷物とかなら案外快適だったが、一応5人乗りなのに後席ではエアコンの効きも悪かったりしていた。

それで現車は子供が生まれた後で大きくなってくのも目に見えてたしで、機材には少々劣化するが乗用タイプ5ナンバーにした。
元からのだけだと4つあっても
ドアスピーカだけで低音が貧相だったが、旧車の様な空間が無く丁度手頃になり出した小型Sub Woofer追加を考えた。
今度の環境では余裕のあるのが前席の下で、これが広目だったのでそこへ収まるのを選んで購入した。

もしかしてそろそろまた失敗談かぁと思ってるアナタ、えーえーどうせご名答ですよ。
確かに聴こえなかったバスドラは分かる様にはなったけど、ボワンと響くだけで音程も何もあったもんじゃない😢。
しかも「加減」がとても難しくて、下手すりゃ曲単位で再調整しないと駄目。
でも妙なのは車室の残響は商用→乗用もあって減ったし、そもそもかなり静かになってるのにだ。

珍しくサッサと結論に入ると、聴こえると「聴ける」は違うんだって事でした。
大昔から個人的に低音には興味と拘りがあったけど、経済事情で経験機材が古過ぎたのね。
大昔のは当時裏技的技術使用は困難だったので、今思うと見た目と音が割と一致するのしか無かった様だ。
それがいきなり最新のへ飛んだもんだから、実情をサッパリ知らなかったんだね。

今の車内は大昔の高速道路走行中等より格段に静かになったが、それでも住宅街の夜の室内よりはうるさい。
近年の電気自動車では知らないが内燃機関(エンジン)のあるヤツは、どうしたってそれ由来の低域雑音は無くせない。
だから低音に限ると案外そこそこの音量も必要で、こうなって来ると前述PAの場合に条件が近付いて来る様なのだ。

Rock用PA程では無くとも「出せさえすれば良い」ユニットサイズでは役不足で、これも前述の理由で音量を要求すると音色的に破綻するからだ。
ここで若干脱線するがドアスピーカ自体の研究!?はどうなったかと云うと、庶民車では20cm以上のユニットを搭載する空間が取れない。
しかも衝撃吸収と軽量化の為に、「低音迄扱えるエンクロージャ」としてはその剛性確保も不可能の様だった。

しかも側窓隙間対応での水抜穴は「外部」に向かってるので、折角漸く鳴った低音が残念にも「車外だけ」へ行ってしまうのだ。
ドア内に「別箱」とも考えてはみたものの、それだと容量が凄く減少してしまう。
窓開閉が必要な限りドア厚み方向の真ん中ら辺に、窓ガラスが下がって来る時があって分断されるからだ。
更に箱内吸音も同理由で制約のオンパレードと来りゃ、低音を出せた処で聴ける音にはなり得ないので追及中止。

結局の処最新Sub Wooferと云った処で音響の原理自体は大昔から不変なので、やはり「正規の低音」だとそれなりの大きさは未だ必要らしい。
又特定の環境や条件下ではそれなりに小型Sub Wooferも存在意義はあるが、
条件が不利で厳しいのもある。
貧民代表!?としちゃ短寿命は追加出費を要するから問題で、理に反した小型ではスピーカエッジにゴムやウレタン等劣化必須の材を用いるしか無いのも苦しい。

修理の手間は経費削減に繋がるなら厭わぬ構えで居ても、部品供給とその価格が割高では消費者サイドは実質無策化する。
物にもよるが音程に対して無理の無いサイズのユニットでは、エッジ部が紙や布等長寿命且つ低コスト材で充分な性能が得られる。
しかも車内の様に気温が瞬時に乱高下する環境では、一層劣化に拍車が掛るから尚更割が悪い。

だから場合によっては、「只の並のスピーカ」利用は案外良かったみたいだ。
但し呉々も注意されたいのは固定方法とその強度で、これを誤ると凶器と化すから誰にでも勧められた物では無い。
尤も経費が賄えるなら現代では手段は無数に有ると言って良く、わざわざこんな妙な真似をする必要は無いのだ。

因みに順序が前後するが小型低音用スピーカが特別「柔らかいエッジ」を要するのは、唯でさえ狭い振動板(音を出す所)の広さをなるべく保ち乍らストロークを稼ぐ為。
もしエッジ材料を優先すると能率が更に下がり、その分も大入力に耐える様にしたりと又別の問題が発生して来る。
寿命が延びても物凄く高出力なAmpだって入用になって、普通の車では電源の対応が厳しい上にコストも掛ると堂々巡りだ。

2018年2月23日 (金)

Hi-HatとそのStand⑨「録音屋的観点から3」

それじゃあ Paiste 602 Medium  (過去)と The Line Soundedge (現行)での、長年の使用経験を綴ってみるとしよう。
Zildjian と比べると体験談等が少なくその点も、何かの参考にでもなればと思う。(実際俺もそれで結構苦労してる)

先ず 602
Medium だが昔からあった Paiste の中では一番らしくなく、大してピッチも高くなく地味と云えば地味だ。
Medium なせいもありそうだがそれでいて A Zildjian みたいな音に重さや太さがあるでも無いので、渋く静か目 Jazz なら未だしも大凡 Rock には向かなさそうだ。

なので生では「マトモなサウンド」なんだが、とても頼り無くも感じていた。
だが録ってみると決して逞しくは無いが、危惧してた程では無かった。
やはり華やかさ等は足りないのだが、それでも埋もれてどう仕様もなくなりはしなかった。

但し「きつく締めて」しまうと埋もれてしまい、
セッティングで物凄くタイトな感じにするはどのみち無理だった。
通常演奏で「強く踏み付ける」のが特に苦手で、露骨にピッチも変わっちまう。
柔らかい=良くしなるのもあるからか倍音が Mute されるだけで響きは短くならなく、ある意味「諦めが肝心」と悟った。

用途が不適切なんだから当然なんだが経済事情で仕方無い、そもそも他の殆どの Cymbal が借物だったんだから。
只当時の太鼓が 20 からの安物(音はそんなに悪くないが)で小音量なお陰で、バランス的には却って丁度良かったみたいだ。

また当時中古購入 Stand を無メンテでフェルト類も全て中古のせいか不明だが、エアーロックも頻発していた。
当時俺が Foot Hat が苦手目で、開閉頻度が少ないのも余計それを助長してたかも知れない。

その後太鼓もそれなりに本腰を入れる様になって、自分の意向で選んだ現行のセットへ移行する。
ここから金物も現行のになるが、上記の例とキレへの評判から Hat は Soundedge を選択。

最初は 14 にしては随分ハイピッチに感じたが、実際はそれより「目立つ倍音」の帯域が高い様だ。
確かにエアーロックは Bottom が帆立貝だから皆無だが、運悪くピッタリ合わさり過ぎれば「鳴らなく」なったりはしてる。

Hat が鳴らなくなるのがエアーロックだけじゃないのを初めて確認出来たが、勉強にはなるも勝手なのだが期待が外れてちょっとがっかり。
だからって上下の相対位置をズラし過ぎれば、今度はルーズにしかならなくなった。
まだこの時点では録りに入ってなかったから、余計気になって仕方無かった。

それで締め具合についてはどうかっつうと、並の厚さ位になったんで影響は 602よりは随分少なくなった。
だが締める=タイトには全くならなく、締め過ぎるとだんだん目立つ倍音が引っ込んでこもって来るだけだ。

「踏み」の方も同傾向だがとりたてて硬い Hat ではなくむしろ厚みの割には柔らか目みたいなんで、やはり通常時は踏み過ぎ厳禁で「余計な Mute」が増加するだけ。
その後の経緯は以前記したが俺的に Hi-Hat は、最近良く目にする Crash 系2枚重ねより大幅にセッティングに繊細さを伴うと感じている。
録ったのを聴くとそれ程じゃないんだが、欲しい感じになるのがピンポイント的らしい。

録音用の Mic 自体は別項に譲って飽く迄個人的感想だが、Paiste は音は素晴らしいが少し録音には難しさを感じる。
大した経験数は無いが A Zildjian だと
生と録ったので大差無い感じなのが、それと比べたら変わってしまい易い。

またそれが On Mic になる程顕著で、Cymbal と Mic の角度次第でもかなりな変化がみられた。
生と比べなければ問題になるレベルに無いが、奏者耳としては必ずしも気持ちの良い現象じゃないのは確かだ。

でも俺の音の好みもあって今後も格闘するしかないが、主な Cymbal ブランドの中では一番「それ特有の成分」が多い様に感じる。
つまり「目立つ倍音」の含有率と量が圧倒的に多く、華やかさと如何にもな「らしさ」に秀でている様に感じる。

この特徴が録音にとっては少し手が掛るが、上手く拾いさえすれば「埋もれ」の心配が僅少になるのに繋がる。
A zildjian 等では生:Mic 差が無くて俺が油断してるのか「大丈夫だったからそのまま録った」のに、全体で聴いたら埋もれさせちゃってるよがある。

どの Cymbal にだってそれぞれ長所と短所があり全体としての優劣は無いが、音色以外にもこう云った差異が存在するみたいだ。
Paiste はブランド比だと華やか目だが、軽過ぎて若干チャラいとも取れなく無い。

Hi-HatとそのStand⑧「録音屋的観点から2」

前回は太鼓屋としての自己紹介みたいになっちまったが、俺自体は「音響屋」のキャリアの方が「それ以前」からで全然長い。
だからこそ「録る価値」が認められる迄はお休みになってて、こんな順番になった。
しかし他
(弦や唄)のとか Band 等のはずっと継続して録ってた。

趣味としてのオーディオは生まれてすぐからだったので、真空管やオープンリールのテープが常識だった。
それで「録音とは生より音が劣化するもの」意識が染着いてるせいか、「先ず生音自体を何とかして」が勝ってる。

しかし究極的にはどんなに僅かでも今でも差がある訳だし、太鼓録音の初期には当然「それ用 Mic」等不所持だったので却って役立った。
まだこの頃も「録音はテープ」で生よりボケるのが当たり前だし、ロクなエフェクタだって無いから「音の通り」とか「良かった聴こえた」で苦闘してた。

それだと今なら気にならない差が結構ものを言う場合が出て、寧ろ生で只演ってる時より気にしないと上手く行かないのだ。
良く言えば人間的で柔らかく録れるが、当時の楽器は生には心地よくてもそんな録音には明瞭度が不足しがち。

今は明瞭に拾える様になったので楽器は「音の甘さ重視」とかが望ましいが、いらんお付き合いでガチガチになっちまって「生並みに和らげる」のに一苦労だ。
不自然に硬いから明瞭なのは当然だが、それじゃ音楽ってより J アラートとかサイレン(又々後者は死語!?)と一緒だ。

そこで俺なんかよりずっと昔はどうしてたのかと色々考えると、倍音成分へ行き着くのであ~る。
低性能なら倍音だって沢山欠落するんだが今との最大の差は、「例え基音であっても大幅な欠落」が起きてるからだ。

つまり音の高さ(周波数)が拾える範囲内でも拾いきれて無いので、結果基音の一部と「目立つ倍音」だけが漸く拾って貰えてるのだ。
この「目立つ倍音」を演る方で上手く扱えれば、当時のチープな機材でも「それらしい音」を再現出来る。

基音と倍音については他の当ブログで扱ったと思うので面倒でもそれ等で把握して頂くとして、基音の欠落の理由から述べる。
極端に低いとか高い音程の音だと録音機の扱える範囲から逸脱して洩れるが、それ以外で当時に一番多かったのが「器楽音のスピードに追い付けない」だ。

大昔であるだけに Buddy Rich の演奏とか以外は世の全てが、今とは桁違いの遅さなのだから。
それなのに彼の昔の録音が「音質の高級さ」以外は同じに聴こえる、やはり倍音の事を熟知してたから以外考え様が無い。

Rock 系でも黎明期は歌以外は PA レス、楽器も会場の音響も録音機材のどれもが「大ボヤ」で「普通に聴こえる」までにさぞかし苦労させられてただろう。
それで物凄く大変なんだけど演奏家のスキルとしては良い傾向で、どんな環境でも自分の表現が確実に可能になる。

悲しいかな年寄りのヒガミかも知れんが当節どちらさんも異様な「ガチガチ競争」全盛で参るが、ホントは今だって常に理想状態が維持出来てはいない筈。
そうなると昔より頻度は格段に少なかろうが、「最後は地がお目見え」となるのだ。

俺も最初はなるべく「動かない」 Cymbal の方が叩き易そうで好んだが、いざ録ってみたらばどうにもあきまへん。
仕方無く「違う部分」で求める物の獲得を画策したら、打楽器系の多くは「目立つ倍音」が肝なのが見えて来た。

実際人の生耳にも弁別能と言って「必要部に絞って聴く」処があり、「聴こえてたって聴いて無い」ってのがあるからね。

実際的には前回記した Paiste 602 Medium では、
①奏者には少しルーズでも目立つ倍音を巧く出せてると
②録ったら結構タイトで
③奏者のつもりがベリータイトでも倍音を出せてないとグダグタでしたよ。

で、どうすれば割とそうなるかの物理面では、なるべく Cymbal に「自由を与えとく」しかそうなって呉れなかった。
当時こっちの手加減は殆ど利かないし他のを買うのも無理だったから、これは半ば死活問題だったのだ。

だからアホだろうが何だろうがそりゃもう必死に追及した訳だ。

<またつづく>

2018年2月22日 (木)

Hi-HatとそのStand⑦「録音屋的観点から1」

今度は録音を任さる側の立場から、Hi-Hat とその Stand について考察してみる。
時として奏者とは異なる要求をせねばならぬ事も多々あるが、やはり「演り乍ら」と聴くだけでは目の付け所も違って来るからなんだろう。
なるべくその差を小さく出来てたら、「録ってみたら違っちゃった」を避けられそうだ。

条件設定の説明不足やら文章力の欠如のせいでかなり偏屈に思われるかも知れないので、鬱陶しいが今回は是迄のも含め少し補足も述べたい。

①俺:60年代終りから洋楽 Rock に目覚め、70年代終盤から自分でも演り出す。
②太鼓歴は他よりは短い(楽器の本職はエレキベース)が、人前で稀にお金を頂ける様になって30年位は経った。
③本人希望の本職は Rock 系音楽家だが出た学校は音響工学で、世間的にはこちらの方が信用があるかも知れない。
④ウツケ者なのでロクに稼げてないが、それでも昔はプロの登竜門だった米軍座間キャンプにも出演経験があると云う半端な立ち位置。

⑤太鼓は少しは真面目に取組む様になった25年前以降は、ずっと昔の Ludwig の 3Ply レインフォースメント付きので Snare は 402。
⑥金物は新品の Paiste The Line シリーズ(今はSIGNATUREらしい
)で、以前述べたが太鼓と同時購入の際に高過ぎとは思ったが店の人の説得に負けた。
今思うと本来の好みは古臭い野郎なので同じ Paiste でも Giant Beat がもっと合ってそうだが、当時はまだ未発売だった。


⑦サイズは 22 からの 2Tom 1Floor と金物も大体それに沿って標準的。
⑧スティックはずっと TAMA ヒッコリーの 2145P ってので、伝統的チップ・普通の長さだが微妙に太い感じの。
個人的に昨今主流の「短いチップ」より「平らに当てられた」時の出音が太目を気に入ってだが、「打ち損じ」るとたちまちボヤける。
腕に見合わず「常に一応明瞭」より加減が利くとか、「最良時はより太い」を優先した格好。

恐ろしく長くなって済まぬし本来プロフィール欄への記述が正しそうだが、手広く色々携わってるのできっと全部は入り切らないだろうでした。
音楽の好みは70年代 Rock 至上主義だが、こちらも自分ので構わなければで俺側では節操無く無制限で演ってます。

基本的に残念だが若くないのから来る部分も否定仕切れないが、単に「良い音」だとか貧民には最重要点の「安さ」(少なくとも音の割に)の都合の結果です。
所謂ビンテージヲタには憧れも無くは無いが、俺には
経済的にとても無理な相談です。

これ以前の言わば「太鼓は趣味」時代は従兄のお古を捨て値で強引に譲って貰った、Pearl Rock'n'Roller の 20 からのセットや借物。
金物も借物中心だったが壊れたり(ホントは壊しちゃった!?)不足のだけ、中古を漁って補充な具合だった。

ある意味ここからが今回の本番なんだが、買い直す予算が無いから後で使えなくなりそうな物には出費したくない。
それで当時全く不人気で格安だった Paiste 602 Medium Hi-Hat を入手、本来の好みには薄過ぎ柔らか過ぎだが「紛い物」とは違うのでだ。

今思えば野蛮な初心者がよく割らなかったもんだ、完全に予備化してるが未だ健在だ。
しかしそもそもニーズにフィットしてないしこっちのオテテも頼りなかったから、そりゃもう偉く苦労しましたよ。

その代り期せずしてその手の Cymbal の性質にはスッカリ詳しくなり、「揺れられる」とか「動ける」を与えないと「音が駄目」なのが実体験出来たのだ。
そしてこれは余程の厚物とかで無い限り、度合いは違っても影響があるのに気付けたんだねぇ。

<つづく>

2017年10月 1日 (日)

Rock において新しいとは!?

音楽やってる奴って妙に「新しさ」を気にしてるのが多くないか、じゃあその新しいって

一体何なのさ。

俺は「何かイイもん」とか「面白いの」ってな意識はするが、一々もっと「新しく」とは滅多

に思った試しがないんだよなぁ。

だって Classic や Jazz 程の歴史が無いっても、Rock だってもう全然新しいジャンルで

も何でもないのにって。



「今迄に無かった」って意味での新しさは全く否定しないし自分だってそれは目差した

するけど、面白くも何とも無かったら新しくったって誰に見向きもされやしない。

人間って簡単に飽きたりするから変化を訴求はするんだが、それだけなんだったら

「一度聞いたらもう二度と聞かない」になる訳だ。

いや、実際はそうはなってないよね。誰だってお気に入りは何度も繰り返し聞いたり

してる。



この手の類の「新しい」は「今は新しい」じゃなく、「何時迄経っても、どっかが新しい」と

かなんじゃない!?。

世界初 Rock 曲を例に検証すると、作・奏者共当然だが「Rock 以前」に生まれてる。

そして使用機材だって「先に生まれ」のみならず、「他ジャンルでの使用を想定した

設計」の物ばかりだ。

でも俺には「チョビッとしか新しくなかった」のが、かえって良かった気がするのだ。



人が認識するモノの新旧ってのはある意味比較で成立してるんだから、全部が片方に

寄ってたら「違い」が分りにくい事この上ない。

旧側はともかく新側に占められてる場合「新世界」だの「別世界」感は満載だが、それ

しかないならまず当分誰も理解不能だろう。

辞書・通訳無しで初めて聞く外国語、みたいな感じ。



ここで少し脱線気味るが俺は音楽では普段は、言葉より音への興味の方が大きい。

昨今の本邦では「言葉が先」集団が主流の様で、こっちは淋しい亜流だ。

そんな連中にとっては昨今の「いつまでも J-POP サウンド」ばかりなのも、非常に厳し

い面がある。

悪い意味で保守的になり過ぎた「大手」に採り上げて貰う為かも知れないが、少なくと

も「音が先」者はとっくに客じゃ無くなってるだろう。



一時期 Rock も商売になった時期はあったがどんなのでもブームはあったりする訳で、

元々しがみ着けなものでも無い。

「儲け」たいなら大変でも「今迄になかったモノ」のブームを作るしか無く、「今迄にもう

あるモノ」だとそこの「元締め」にそこそこ持ってかれるから稼げてもあまり儲からない

だろう。



原点がアウトローの Rock が好きなんだったら、それだけでずっと食えると思っちゃ

いけない。

でもだからって辞めなきゃいけない筋合いは無いんだよ、難しい事を必ずこなさなきゃ

なんないジャンルじゃないんだからさ。

2017年4月14日 (金)

ハンダ付② 熱から守る方法編

大昔は電気・電子部品は大きかったのもあってハンダ付の熱の心配は余り無

かったが、最近のは小さく熱に弱くなってるから対策無しだと壊す場合が多い。

電線もその被膜の大多数がビニール製になってるから、やはり少しは気を付け

ないと何かと不具合が出たりする。

これを比較的楽にこなすには、放熱クリップの活用がお勧めだ。




放熱クリップ(商品名では
ヒートクリップ等とも)はアルミ製で、洗濯バサミを平べっ

たくした様な形で値段も安くそれなりのDIY店なら大抵売ってる

部品や線の本体側とハンダ付する所の間にコレを咥えさせると、熱がクリップの

方へ先に多く導かれる(アルミは熱伝導がとても速い)ので本体が過熱から守ら

れる寸法だ。



もう1つ利点があるが、それはハンダ付の「確実度」が上がる点だ。

一般的な概念ではハンダ付は「コテでハンダを溶かし、コテを離して熱がさまると

固まってくっ付く」であるが・・・。

実は理想的なハンダ付は溶けたハンダを部品等に流すのでは無く、その逆であ

る事が重要なのだ。



専門的表現では「ハンダを流し込む」等と言うが、言葉だけでの意訳では理解に

不足が生じ易い。

ハンダを付けたい部分もハンダが充分溶ける温度まで上げて置かないと、「部

品の常温」が「ハンダの高温」に勝ってくっつく前にハンダが固まる・・・。

鶏と卵の順番みたいでゴチャつく話しだが、要するに「うまくくっ付かないよ」だ。



それでハンダより先に部品等を熱するとなると熱の加わる時間もその分長くなる

から、過熱破壊の危険度も鰻登りだ。

放熱クリップも小さくて放熱量が左程多く無いから全面的に頼れる訳では無い

が、小さい部品程一瞬で過熱するからそれを守るのには有効なのだ。



ビニール被膜電線のハンダ付で特に有効なのは、シールド線の場合。

その外側の
シールド部分の線の熱によって、芯線のビニール被膜が溶けて内外

の線が接触する事故の防止だ。


これは内側に隠れて見えない所で起こるから発見・確認しづらいし、今迄平気と

思ってたのだって実はギリギリセーフなだけだったかも知れない。



あとプラグ・コネクタ類にもそれが最近の物なら
プラスティック製で熱に弱いから

使用した方が良い。

大昔のは柔軟性に劣りプラより割れや欠けに弱い材質な代わり熱には
割と強

かったが、ハンダ付以外の使用時には今の材質の方が壊れにくくて良いのだ。



コレのハンダ付での問題点は熱でのプラ部分の変形だ、特に金属部の量が多

いタイプ・プラ部が極小なタイプは過熱の悪影響が出易い。

キャノンプラグの足等は見た目に変化を感じなくても、実は少し角度が曲ってた

りする可能性がある。

ハイ「ハンダ付無事終了」と思ったのに後で上手く挿さらないのが分って御覧な

さいよ、もう第一線級の悲劇に他ならんですから。

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