趣味

2021年10月19日 (火)

796 消失した個人的史跡➎

鉄道もだがこう見えてって実際どう見えてるか知らんが、かつてはそれなりのカーマニアだったんで前回後部のデザインの話しの続きをば。
この件には自動車と限らずブランド名やそのロゴ等との関係も深く、ポッと出の得体の知れない会社じゃ無いのを示すには大事な部分だ。

DysonやTESLAみたいに掃除機や電気自動車の大ヒットで比較的短期に名声を轟かせるのは稀だし、今の処良くても数年後にそれを維持出来てるかはまだ分からない。
だとすると折角長く続いてたならそれも凄い武器の1つなのに、我が国の大多数は目新しさにばかり翻弄されて平気で歴史や伝統を簡単に破棄する悪癖が多々見られる。

車のデザインには機能やサイズからの制約は確かに何時だってあるけれど、それだけで簡単に「良い形」を作れるもんじゃ無いと考えてんだ。
どんなデザインにしても長所と短所は必ず混在するんだから、「短所の場所を移動させる」だけでは質の向上なんて望めない。

故に結局は方向性や一貫したコンセプトってのが大切で、特に近年本邦ではそれを放棄したのが多いから低迷してるんだと思うんだ。
丁度新型フェアレディZが発表されたからこれを生贄として進めてくと、私的ではあるが価格とサイズの大き過ぎるのがホントは不合格なんですよねえ。

昔比だと日本でもサイズや排気量での税負担格差は縮まったが、未だ5ナンバーと3ナンバーの区分けに変更は無い。
外国では全く同じ区分って無かったと思うし、片や日本の道路の規格自体に根本的な変更は無いしね。

それからすると5ナンバーサイズで最高峰を目指すのにも大きな意義があって、幾ら一番売れるのが米だからって3ナンバーサイズにしちゃったら国内でのヒットは遠のいて当然なんだ。
で「巾だけ3ナンバー」ってんなら外車にも沢山あるから、色々不利が少なく無かっても独自の個性でもあったと思うんだよね。

3ナンバーに関しては他の多くのも含めて無謀な変更だったと感じてて、宅の車庫の巾を拡張不可能なんでより実感させられてんだ。
その上安全・快適装備の充実が必至だったにしても売値も高くし過ぎたから、他所を借りなきゃなんないとなるとユーザーには二重の負担増となるんだぜ。

大元は為替レートのご利益から安さで勝負に出てたとは言え、それだけでずっと賄えてた訳でも無いんだ。
それがかつて為替の影響の小さい地域での英国製小型車等との競争に現れてて、まあ今じゃあ部品も作り方も何処でもほぼ一緒になっちゃったけどさ。

売れて調子に乗ったか知らんがホントはその時から今迄の間にデザイン面等の研究を、もっと深く掘っときゃ良かったんだがサボっちまったのかな。
いよいよ昔みたいにゃ売れなくなって慌てて付け焼刃で弄り回した挙句、本来のコンセプトを失くしちゃったんだろうね。

Zの場合原点は車体はコンパクトカーサイズなのにエンジンはセドリックサイズってのがミソで、酷く単細胞な発想だけどそれが案外色々良かったんだ。
これって庶民が買えるスポーツカーとしては稚拙だが重要な手法で、スポーツカーとGTの両方の要素を欲張り過ぎたら駄目なのよ。

決して絶対では無いにせよGTってな基本金持ち用の車で、今だってF1カーにはラジオやフォグランプすら付いて無いでしょ。
確かに値段が近似なら装備の充実してる方が喜ばれるけど、幾ら至れり尽くせりでもあんなに高きゃそんなの当然やんけ。

海外じゃ極一部以外軽は売れないってのも俺には眉唾で、大ヒットは難しいにしても他国に作れない小ささってホントは凄い武器なのにね。
高価格でも大きくても構わんのなら日本より米等の方がその道のプロ、寧ろ燃費と壊れ難さだけで今の量を売ってるのは立派ではあるが…。

<つづく>

2021年2月11日 (木)

音楽備忘録546 魔改造悲喜こもごもⅡ-㊼

今度は自作設計する際の支援グッズを、私的だが参考に記して行こう。
近年本邦では色んなのの内装・外装等はDIYもお盛んだが、直接は見えない所のに対しては随分衰退した感じがするな。

その昔はこの手のって趣味誌や回路図集等の紙媒体以外は、せいぜい電卓とメモ用紙程度しか無かった。
それ等は今だって俺だって勿論使ってるが、PCを利用出来るかどうかの差が当初予測よりかなり大きかった。

後になって呼称を掘ってくとその片鱗が覗けて、今はパソコンでも昔はコンピュータ・大昔は電子計算機とか電子頭脳だった訳だから。
何たってシミュレーションはコンピュータの独壇場で、これが試験部材の手持ちが少ない人に程有用性がある。

大企業の開発部門とかだったら資材も資金も潤沢だろうが、一個人の趣味レベルでは成功率の低そうな実験なんてやってらんない。
その資源の貴重さもだし作業人員だって本人1人だけだから、数種類を同時に並行して実施するより時間も膨大になる。

っとそれ位は俺も使い出す前から分かっちゃ居たが、意外と手間取ったのがソフト(アプリ)の選択だった。
中には端っから有償品で行く太っ腹な方も居ようが、自分にフィットするか不明なのへ課金するのは躊躇して然るべしだろう。

せやからソフトやアプリにはお試し期間の設定されてるのも少なく無いが、専門性が高く競争相手の少ないのになるとそんなのが中々見つからなくなる。
出た当時はそうなっててももう今は止めちゃったとか、それとWINDOWSだとxp以降のOS対応のになる程開発が鈍化して選択肢が少なくなってる。

これは他のでも同傾向にあって残念だが、古いOSを使うの自体が必然性の担保が無かったら無意味だしね。
宅界隈でxpを併用してるのも、音楽関係のソフトだとその方が使えるのが多いのを既に充分把握してたからだし。

けれどシミュレーションには規模が大き目だったり複雑目だったりする時、どう考えてもPC本体もOSも新しい強力なの程有利なのは明らかだ。
そこで俺現況では結果的にどの時代のOSでも割と使えるのが生き残ってるが、回路図描画と部品配置シミュレーションのがこれに該当している。

その一方で肝心のシミュレータの方は最早選択肢は皆無に近く、現行OSで無料で使えるのは「LTspice」のほぼ一択だ。
これは元は石屋(ったって庭とかお墓のじゃ無くて半導体の方ね)が自社製品の優秀性アピール目的で領布してるヤツで、同梱されてる部品データにこっちの使う古いのが入って無いのがご愛敬。

けどこれは「スパイスデータ」でググれば色々出て来るから、手間は掛るがどうにもならんじゃ無い。
但しシミュレータソフトの仕様がLTspiceだけ一寸特殊らしく、不足項目のありがちな上記のでやると若干精度が落ちるみたいだ。

xpでだったらもう1つ「QUCS」ってのがそこそこ行けるが、2017年頭で開発が止まってるのでこれから試すなら微妙だよ。
してこれの操縦が少々面倒ではあるけど、シミュレーションならどんなに壊しそうなのでも平気で行けちゃうから背に腹は代えられん。

勉強不熱心な怠け者なのと相まって未だ全貌把握すら至って無いが、構想初期段階で思い付いたのの実験価値の有無等がこれだけで済ませられるのは大いに助かってる。
この他私的に一番役立ってるのは部品配置シミュレーションソフトで、「PasS」ってのだ。

これは失礼乍らそんなに高度なのじゃ無いけど、後から個人で自由に部品を幾らでも追加出来るのが素晴らしい。
巷には想像を絶する様な珍部品も意外と多いんで、回路用のでも部品配置用のでもソフト制作時にその全てを網羅しとくのは不可能だからね。

こちらは基板から部品迄全てを既に持ってたら現物合わせでも行けるが、これから買う時には効果絶大ってか場合に依っちゃそうしなきゃどれ買って収まるかが分かんない。
そうじゃなくても現物合わせにも盲点みたいなのがあって、見る角度等のせい等で行けるのが無理そうに見えたりその逆も結構起こる。

残りの回路図描画は「bsch3v」ってのを使ってるが、それで作った図は既に皆さんここので見てまっせ。
回路図は手書きでも充分行けるけど、紙媒体の実物では散逸等させ易い。

それを整理保存させるのにデジタルデータ化して取込むのって意外と面倒で、かと言って汎用お絵描きソフトでは手描きより案外難しい。
手描きなら微妙に波打ったりしても直線は直線として扱えるが、バカ正直な汎用PCソフトでは却って曖昧な表現になったりしちまう。

そして何より修正や改変時の差が大きく、消しゴム不要は相手が活字じゃ無いだけに結構大きかった。
これ等は使わなきゃ駄目ってもんでも無いけれど、現代特有の文明の利器ですんで。

<つづく>

2020年12月25日 (金)

音楽備忘録498 魔改造悲喜こもごもⅡ-㉓

前回述アルミL型アングル活用法の補遺と、今後入手可能な廃品についてもひとくさりしとこう。
お題の後半こそが一面で「魔改造」の真髄であるが、時代が進むにつれて結構な変化が感じられる。

L型ってな単独だと角度的には垂直取付け、加減出来るのはアングル方向へケース・基盤のどっちかのネジ位置をズラして延長できる程度でしかない。
けれども数点組合わせるのを許容すれば、斜めは一寸難しいがそれ以外はかなり自由な構築も可能だ。

アングル断面はL型以外にもHやCもありそうだし、○や□のパイプだって使えなくはない。
けど体験からすると汎用性若しくは応用度の低いのを買っても、余らせたり転用が効かなかったりするのが多かった。

基盤取付用の製品版のでも近似で、ケース裏板と基盤の間隔が常に一緒とは中々行かなかったりする。
これが完成度の高い部品に限って微調整が利かなくて、稀にセールに遭遇して買っといてみようかと思ってもどれを幾つにするかで暗礁に乗り上げていた。

そんな中唯一統一規格が割と徹底してるのがネジ若しくはボルトの径で、電子回路関係ではかなり長らく3mmのが標準となっている。
これは自作派にとっては有難い処で、ネジに対してだけだったらドリル刃も3mm以下ので種類を幾らか持ててれば事足りる。

因みに俺が専門学校へ行くに際し買ったハンドドリルは当時の最安品で、その為刃の最大径は5mm以下となっている。
PotやJackの穴開けにはそれでは足りなく、一時期は珍しくかなり買換えるか悩んだりもしていた。

けど刃が太くなりゃ人力ではどうせ厳しくなるし、電動を使えば概述の如く勢いのせいで位置ズレが起き易い。
加えて例えば同じ標準Jack(6.3mm Phone)でも、案外取付穴の寸法はまちまちだったりした。

これ等からするとバリ取りの必要性も含め、結局は穴開けオンリーではどうせ賄い切れない。
因みにⅡでそのバリも小穴だったら仕上省略も可能だが、穴が大きくドリル刃が大きくなる程放置出来ない状態になる。

わこの辺で一旦終わらせといて「入手可能な…」へ進めるが、体験からは年を追う毎に金属の比率が低下している。
それが単に割合だけだったらまだ良いが、魔活用・魔転用に最適な「ある程度以上の纏まった大きさ」のが極端に減ったのは一寸痛い。

大昔のオーディオ機器から箱を転用するなら、最低限フロント・最高でもそれプラスリアパネル位を作り直せば済んでいた。
のが最近のは色んな所へプラが混在してたりするから、僅かな変更を許さぬばかりか作り直すにしても「変な複雑な形」のにしないと生き残り部分と合わさってくれなくなった。

俺としちゃそんな傾向もエコやリサイクルに実は逆行させる行為だと思うが、何しろ作って売る側最優先でどうしようもない。
若い人で廃品ストック(って変な表現だが😓
)も新しいのしか無いと、この面では可哀想だが少し厳しそうだ。

尤も今や「映え」全盛なんでケースは新品を買いたい人が増えてそうだが、それで問題になるのが「微妙なサイズ」が欲しい時。
お求め易くするには量産出来なきゃ無理だし、売れない物をわざわざ作ってくれる余裕のある人は今本邦の状況では居ないだろう。

自作するにしたって実店舗で見てから買うのが難しくなりつつあるが、たればこそ見なくたって分かる位の単純な材料を纏めて通販で入手するのが最善だと思われる。
それがアルミL型アングルであり、金属板だって大きさに余裕のある「只の板」なのだ。

因みにⅢでケースをプラにするのを否定はしないが、音響関係の特にアナログのでは電磁シールドの手間が増えてこれが案外厄介だ。
エレキGuitarのザグリ部に施すよりゃ単純な箱型は大分楽ではあるが、金属テープの重なり部分でちゃんと電気が導通してくれるタイプのはかなり割高だ。

ザグリ部シールドなんてのがひょっこり顔を出したんでそれは次回掘ってみるが、ケースで導電が途切れて一番不便なのは「何も電気・電子部品を付けない」面だ。
100均でも手に入るアルミテープ程度でザグリ部を賄えたりするのはこれが原因で、っと変なヒントだけ投下してたまには!?意地悪に店じまいしちゃっとこっと。

<つづく>

2020年12月23日 (水)

音楽備忘録496 魔改造悲喜こもごもⅡ-㉒

はてさて前回みたいなのを言い出すと、単なる批判や愚痴にしか聞こえなさそうだ。
実際手間とか面倒臭さではキッチリ設計・計画された量産品には、多くの部分で到底敵いっこ無い。

俺の場合は主に予算事情で採択してるだけだが、手作り品やオーダーメイドにだってそれでしか可能とならない利点がある。
からこそわざわざ長々綴ってるんだが、その筆頭は体験的には「惜しいの解消」だ。

EIAラック(所謂1Uとか2Uってヤツ)の規格は結構オーディオ寄りだけれど、電子回路関係のそれ以外のは特に楽器系は殆ど想定外の希少例扱いされている。
その結果「あとネジ半本分スペースがあったら収まるのに」なんて、ストンプなんかだと起こりがちだ。

この段階で素人レベルで改善可能なのは、例えばJackやPot・SW等をより小型のを探して交換するとかだ。
けれどこの方法は仮にそんなのが見つかったとしても、大抵は強度が不足気味になったりコストが跳ね上がったりする。

或は最初から最小のばかりにしてたから、もうそれでこの部分は限界とか…。
そんな際再考の価値が大いにあるのが配置や収め方で、このお題には後者と強烈な関連性がある。

本項前回で既製品利用だと基盤は基本水平、良くて垂直にしか取付けられないのを書いた。
だがもし取付部品自体を自作出来たらどうだろう、もし巧くやれたらかなり制約からは開放可能なのだ。

例えば今時この部分は金属や樹脂製が主流だが、紙や木を使っちゃいけないってルールも無い。
その時のニーズに合せられさえするなら材質の他、それが廃品からの一部活用であろうと何であろうと全くオッケーなのよ。

そんなん言うからには俺はそれが常套化してるのが露呈した様なもんだが、コスト以外の面でそうなったのの最初は概述のネジやボルトナット等の数量の差だった。
メーカ製では例えば金属板へだったら、それの穴自体にネジ山がつけられてるからナットなんて要らなくなっていたりする。

ある意味極小住宅で暮らしてるからこの方面では俺に権威でもありそうで、極限状態に陥ればネジ1本分だってそれが原因で残念でしたになる事も珍しくないのだ。
そもそもネジなんて物は数が多きゃその分組立てるに手間だし、後で緩む心配だって本数分だから少ない方が良い。

勿論極貧杜撰大王ですから当然コスト面も全肯定しやすが、必要最低限には後から何かを追設したくなった際の差なんてのもありまっせ。
それにも増してメーカ製で多数派なのがサブフレーム等の併用で、ケース本体をなるべくプラで作るにはそうするしか無い。

内蔵物が軽かったり力が掛らない分はプラに直付けで良いが、強度や耐熱性がプラじゃ足りないのは直は無理だ。
それプラス取付ネジ等を内側へ隠す事も出来るからだが、その副産物として保持位置を都合の良い処へ移動させられる様にもなる。

この位置をある程度自由に選択可能になる点がミソで、ギチギチに狭いヤツでも良く探すと別の場所に案外少しは余白があったりするからだ。
では誰もが適当な廃品を持ってたりゃしないんで、比較的身近な材を使っての基盤取付部品の自作方法から行っとこう。

コレ大昔だったら木の角材だとかもあったが、今ならアルミのL型アングルが最適だ。
最近の俺はそれを買うのすらケチって廃品からの鉄のの方が多くなってるが、鉄より柔らかいアルミだと加工が楽だしかなりワイルドだが更なるご利益!?だってある。

開けた穴へネジ山を作るタップダイスを持って無くったって、上手くやればネジ自体で山を作ったりも可能だからだ。
その際専用タイプのネジが無くても、木ネジでも
丈夫なのだったらアルミの方が負けてくれるからね。

一方木切れの利用については小さいのだと強度面では不利だが、ケース内側へ木片を貼り付けときゃホントに取付けネジは1ケ所たったの1本に減らせるよ。
細かい位置決めをするにも木なら削るの簡単だし、絶縁物質だから少々変な処で接触したりしても短絡の心配が無い。

この2つは日曜大工の店で必ず入手可能で、電子部品関係の専門店に行く必要すら無い。
尤も高廃品活用度のでも所謂ユニバーサル基盤位は、通販ででもその筋の店へ注文しなきゃなんないけど…。

<つづく>

2020年12月21日 (月)

音楽備忘録494 魔改造悲喜こもごもⅡ-㉑

本項前回迄のはケース及びフロント・リアパネル等のを想定してのだったが、ここから内部部品の取付けに関するのへ特化して行こう。
電子機器では今なら基盤・昔でも所謂ラグ板等の固定が必須で、これが案外色んな面倒を連れて来るもんなのだ。

先ず見栄えからするとサブフレーム若しくはそれに類するのを使わないと、外部にネジやボルトの頭だけは露出してしまう。
近年のメーカ製では極力これを避け工数も減らす為に基盤にポットやスイッチをハンダ付けしといて、それ等のパネルへの固定を基盤ののと兼ねてしまうのが常套化している。

けれど素人がそれをするのは困難な場合も多く、位置ズレや入手可能部品の問題がある。
加えて自作ならではのプチ随時変更が、これを採用してると著しい制約を受ける。

又体験的にはこの構造になってるのの修理を受けた際、完全に同じ大きさ仕様の部品は先ず手に入らないから難儀させられる。
それとパネル固定部品の数量も関係があり、少ないポットやスイッチだけで大柄な基盤を安定維持させるのが厳しい。

メーカ製のでのもそんなのだと別途「後部支え」が併設されてて、これを一般人が実現するのは尚更大変だ。
これは使う回路基盤の仕様にも関係があり、ケースの穴と基盤銅箔パターンの両方に許容マージンが要る。

だが個人が極少数しか要らないのを上記の為に、所謂「エッチッング加工」で基盤制作するのは効率・コスト面の他環境負荷の面でも難がある。
俺自身専門学校の卒業制作でエッチッングを唯の1回だけ採用したっきり、以降は「蛇の目基盤」と称する汎用品しか使っていない(廃品強引活用を除く)。

しかしそうなると常に基盤固定の案件が付いて回り、結局はネジやボルトで締結するんだがそこをどう処理するかが課題となる。
ってのも回路基板のハンダ付け面
が金属製ケースとは直接触れたら駄目だから、何等かの手段で浮かせられる様に下駄を履かせなきゃなんない。

それに対し市販されてるのが金属や樹脂の短い筒状のだったり、プラの円柱の両端にネジ穴を埋め込んだのなんかがある。
これ等はコスト的には超廉価なんで買っても負担は皆無に等しいが、別面で不利な面が幾つかある。

ネジやボルトナットを強く締めようとすると、それが正反対に向き合ってるんで他方が緩んだりする事がある。
それからこの手のは基本的に直線なので、基盤ネジ穴直下でしかケース側に固定出来ない制約がある。

機器内基盤配置として最適位置にしたくても、そこを丁度ケース自体のだとかケース足のネジとかに占拠されてたら諦めなきゃなんなくなる。
その他上記のはベーシックではあるが、例えば基盤を立てて取付けたいなんてのには当然だが非対応だ。

昔よりゃそれ用品も大分充実して来た様で、この部分を90°変えたかったら少し割高だが垂直取付用ブロックってのも売られてる様だ。
けれどこれは大抵は他の部品と併用しないと普通の感じには持ってけそうになく、コストの割に自由度は低そうだ。

この部分量産品だと予めケース内部に金属柱を溶接とか打ち込んであったりしてて、それを参考に考えるとホントはもっと少ない部品点数で固定が可能なのが分かる。
そして数は空間占有率にも直結してるんで、特に小さくしたい時は結構問題にもなったりする。

更に実用上から考えるとナットよりネジ固定の方が便利で、基盤ネジ穴の至近に部品があったりそれが大柄なのだった場合は大きな差が出るのだ。
ナットをナメずに回すには、工具は必ずナットより外側に空間が要求されるからだ。

過去に修理品でメーカ製の癖に、ここの配慮の欠如してるのに遭遇した時ゃ酷く難儀させられたっけね。
それが又固着してて全力を振り絞っても、ラジオペンチで掴んだ位じゃビクともしない。

ボックスレンチを使おうにも隙間が足りなくて入らず、モンキーレンチでは横空間が足りないからそれも駄目。
それ以来手持ち品があったら未だしも、これから作るのにわざわざそんなリスキーなのは選んじゃ損だとスッカリ懲りただす。

<つづく>

2020年12月17日 (木)

音楽備忘録490 魔改造悲喜こもごもⅡ-⑲

前回から自作機器ケースの話しを始めたが、ここで今一度「見栄え」の問題にも触れとこう。
技術や努力等次第では良い線迄持ってけるのもありはするが、残念だが「魔改造」なのは忘れる訳に中々行かない。

貴方がもし機器外見を気にするなら、迷わず入れ物だけは新調するのを強く推奨しとくよ。
この件には単なる見た目だけじゃ無く、使用状況に依っては雨水の侵入等の面でもかなり違いが出易いからだ


又それがストンプ等耐久性も要求される場合、加工が楽でもアルミ板の曲げ加工のよりダイキャストタイプのが良い。
俺が悪戯し出した頃はアルミでも鉄のでもケースは板のしか殆ど売られて無かったが、今だったら何処ぞのマニアックなブランドのコピーでもしたい以外はお止しになっといた方が宜しい。

アルミ薄板のでも決して不可では無いが、長年使ってみたら以下の様な弱点が気になった。
①ネジ穴をナメ易い
②変形し易い
③軽過ぎて安定性に劣る

例に依って順に詳説してくが①はやはり薄さが原因で、ナメる他にもネジが緩み易いとか強く締められない等がある。
②に関しては今の処致命傷にはまだ遭遇して無いが、最悪だと曲げ箇所が破断・分離するなんてのもある。

実用上最も気になるのは③で持運びには良いが、肝心な時に足から逃げられて切替損ねそうになったりした。
こればっかりは現況の方が格段に有難い状況で、昔比で板曲げ系は値上がり・ダイキャスト系は物にも依るが単に売られる様になっただけじゃ無くどんどん値下がりしている。

そんな中ケース案件で一番問題になりそうなのは半端なサイズので、都合に合ったサイズ・材質のが見つからなかったり超高額だったりした際だ。
体験からはこれに悩まされるのは正規電圧駆動の真空管ので、その元凶はトランスの大きさだ。

現在製作中の球Bass Preampでもポータブル以前の配慮点がサイズで、ハラワタ総量は1Uハーフサイズ(巾が半分)程度でも何とか押込める。
しかし熱くなるってかさせるんだからプラは論外となると、例えば巾は0.5U・厚みは1.5Uのが良いなんてったって中々そんなのありゃしない。

概述過去に作った電気楽器用2ch球Preではツマミ数がそれなりになるから、少なくとも巾の正規1Uは無駄にならんってかそれ位無きゃどうせ足りない。
のでそん時ゃトランスの方を入り切る組合せにして乗切ったが、鉄製廃1Uケースが手元にあったのとラック内に設置したいのもあったからだ。

今回のは(ホントは「も」?)見栄えには目を瞑れるが、可搬性とそれに伴う安全強度だけは無視出来ない。
今はコロナでずっと休止してるが、それが明けたら最低週1で持ち運ぶ予定なのだ。

そこで過去に色んな転用先を思案しつつ死蔵となっていた、テープエコーのケースを云10年振りに目覚めさせる事となったのだ。
元は高校時代に友人が買った代物で、コストの都合で使われるテープが何と「8トラックカートリッジ」って変り種。

ストンプよりゃ随分大きい割にテープがそんなのだから、正規性能を出すには短寿命って不思議な存在だった。
それでいて入れ物だけは所謂球のAmp Headと近似な作りがされていて、概知のブランド製ではあったがなしてそないなと思ってた。

今更で調べ直すとMIRANO echo machine ME-32ってので、テープエコーのメーカとしてはそれなりに定評があった様だ。
只その中でも最廉価版且つ登場時期も遅く、それ等と相まってかなり売れ残ってたんだろう。

使用テープの選択はアイデアとしては悪く無く、オープンリール用のを適宣切って繋いだのを頻繁に交換するよりゃ素人でも使い易そうではあった。
とは言え本格的なの程の音質は望めないのに、テープ交換や大きさの手間が敬遠されたんだろう。

結局俺ん処へ来て暫く使いはしたもののカセットと違って交換テープのグレードアップ選択肢が無いのとかで、テープ交換するより前に使わなくなっていた。
狭小に暮らしててそんなのの残骸をまだ持ってただなんて、それだけだと「捨てられん人」と誤解され兼ねない。

完全否定は厳しいかも知れないけどそうしてたのはケースの作りがある面良かったのと、作ろうとしたらとっても大変そうなのが分かってたからだ。
特にサイズに対しての手間等が筆頭で、普通ならこの程度の大きさと重さのにここ迄の重装備は不要な事が多いしね。

<つづく>

2020年12月 9日 (水)

誤った合理性⑥

私的肝入りなんでも少し連接車のメリットを続けさせて貰うが、その根幹にあるのは連結車より進歩的で有利な原理だからだ。
かつては検査や修理時に1両単位にバラせないからとか、ご都合主義的でも無視出来ない面もあったが…。

それを工場でやるならバラす自体は少し手間が増えるだけだが、車両に依って検査や修理に時間差があったのだ。
連接では直った分だけ先に走らせるのに柔軟性が低く、それじゃあ所望運用数が不足するから勘弁してって。

これだってその分余計に作っときゃ済む話しだが、置き場所は?その分の増加コストは?と迫られて断念させられた様だ。
それ以上に問題だったのが所謂「軸重」ってので今程軽く作れなかった当時は、下手に車輪を減らすと1軸当りの重さが規定をオーバーしたからだ。

けど近年は余程特別な事情や状況が無い限り、車両は編成単位で扱うのが当り前になっている。
かつて国鉄で合理的と思って1両単位で扱ってた処、所在不明になったり要修理車を間違えたり等目茶目茶になっていた。

その挙句新しいのを古いのより先に廃車しちまって、傷みの程度差があったとしても無駄なのへ修理費を掛けちまったりと大変だった。
結局「1両単位思想」は機関車以外、客車は殆ど同じのも多かったから成立するもんだったと。

電車ではかなり古くから連結させて使う前提のだと、各車で役割分担をさせていた。
例えば食堂営業を廃止したのにその後長らく食堂車を繋げたままにしてたのは、それ抜いちゃうと冷房用電源の供給不能になるからとかあったねぇ。

過去にはどうあれ今はもう上記2つの足枷はとっくに消滅してて、なのに今度はホームドアに不都合だからとわざわざ新たな難癖を付けて来やがった。
この先キリが無くて長くなるから割愛するが、そんな欠点も利点を上回ってたらの話しなんですよ。

近年多くの自家用車は昔のに比べて巾広になってと愚痴ってるが、トレッド(タイヤ左右の間隔)が可能な限り広げられたのは良い事だ。
ホイールベース(タイヤ前後間隔)を伸ばしてるのは乗り心地や安定性には良いが、内輪差が拡大するので微妙に感じている。

スポーツカーで無くてもそっちへ向かったのは少しでも客室空間を広げようとしてだったろうが、実際前後も左右もタイヤ間隔は大きい程乗り心地にも安定性にもかなりな差があった。
それが何故か鉄道では規格や慣習を盾に古過ぎるのに固執してて、これは安全やサービス面からしたら酷い怠慢とも言える。

ってのも鉄道のレール巾って車体巾の良くて半分、本邦で1番ポピュラーなのだと何と⅓しか無いんだぜ。
自動車よりずっと重たいから何とかなってるだけで、大地震が来たら必ずコケろって位不安定な寸法だがや。

けど流石にレール巾の変更は凄く大変だから我慢するとしても、せめて前後方向だけでももう少し「隅っこに車輪」を付けられないのかって話しなのよ。
航空機の場合車輪は確かに今も中心部にかなり寄っていて、乗り物の全てが隅っこ配置になっても居ない。

只航空機の場合機体強度の事情もあるし、飛んでる時の支えの翼はちっとも縮こまっちゃ居ないでしょ。
この面で鉄道で連接車にして一番変わるのは、曲線時の重心位置だ。

台車が車体端にあるって事は曲線部にある時、車体中心線が必ず台車のそれより曲線の内側になるんですよ。
遠心力に対抗させるにはうってつけでそれ故例え所謂「振り子装置」なんか付いて無くても、曲線外方へ車体が傾斜し難くなる。

すると先ず脱線し難くなるのが嚆矢だが、「支えの位置」が連結車より適切なんで乗り心地も自然と必然的に良くなるって訳。
長い棒を振り回そうとしたら端っこを持つと大変だけど、動かない揺れない様にしようと思ったら先端を抑えた方が確実で楽なのと同じでさ。

<つづく>

2020年12月 1日 (火)

誤った合理性④

最近は車を持たない人も増えてるけど、だからって道路巾を考えずワイドなのばかりしか作られないのには辟易している。
それへこんなのを加えると世間を敵に回し兼ねないが、民度低下の影響もあるとしか俺には思えないのだ。

本件の一番端的な例示をさせて頂くと、所謂3ナンバーで抜け道的狭隘路を通りたがるお方。
それもミリ単位と迄は言わずとも、せめてセンチ単位の「寄せ」位は自在なんだったらまだ許せるよ。

更に進めてそんな運転技術を持って無いなら、常にお先にどうぞってやってんなら認めてあげますわ。
けどこの手のの典型的なのはそもそも状況や事情が分かって無いのが多く、本来はルート選定ミスなのに「チェッ、ボロい対向来やがった(多分俺とか)」なんて態度がありありなのは流石にねえ。

さて巾が気になるならいっそ軽にすればって意見も出そうだが、悪税のお陰てもう昔みたいな大差は無くなってる。
将来的に遠出しなくなるとか、機材車としての機能が不要になったら選択肢に入るだろうけどさ。

これで積載量や広さ以上に問題になるのが、エンジン若しくはモータの「トルク」だ。
後タイヤサイズについてもなんだが、国の遅れた誤った規定のお陰で実情に合ったカスタマイズが出来ない。

しかしこれ等も例えば5人乗りだったのが4人乗りになるとか、所謂「車格がどうのこうの」なんてのに振り回されてるのも事実だろう。
自家用車に限らないけど何でも普及が進むと、認識が低下するのは仕方無い面もあろう。

だが車が売れなくなったのは行き渡ったからとか人口減少・不景気、そんなのも間違いじゃ無いがニーズからズレてるのを無視するのは愚の骨頂だ。
実際その不適合な大きさ等のせいで軽が多くなったが、そしたら税収確保が予定通り行かないからって小さいのを高く・大きいのを安くしたのは国の無責任な愚策に他ならない。

だって安くなった大きいのが楽に通れる道が、幾らも増えて無いんだからよっと。
では先ずは乗車定員の件から看破してくが、これを陸のライバルの内鉄道の1人分座席巾から検討してみよう。

敢えて一番狭い通勤車の所謂ロングシートのでだと、近年製造のは大体最低でも45cm以上となっている。
なので3人並ぶとそれだけで135cmになるが、これは座席中央部分での場合。

肩幅のある俺みたいなのが気を使ってドア脇に陣取ったりしたとすると、昔と違って板で仕切られてるっても大抵は客席側から見ると少し凹ませてあったりする。
なのでその場合は肩部限定だと更に増えて、それを仮に5cmとすれば最大巾は145cmとなる。

で車で横方向衝突からのクラッシャブルゾーンを仮に10cmとすると全幅は165cmになるが、全員を通勤電車のドア脇と同条件とすると170cmと5ナンバー枠に収める限界になる。
となれば枠一杯(例えば1,695mm)に広げて、やっと通勤電車のドア脇と同程度しか取れてないんだよね。

確かにいざって時にゃ1人でも多く乗れた方が良いけれど、上記比較からするとそれは短距離ビジネス専用って感じだ。
どうせバブリーに行きたいなら最近は電車やバスですら、高級な席は「3列」にするのがデフォだ。
電車・バス等は通路の分が要るとは云え、最大巾が1m位広くてそんななんだよな。

因みに昭和の昔にゃ子供用として新幹線みたいに巾広じゃ無いのに、修学旅行用と称して横5列なんてのもあった。
今は子供だって体格が向上してるから直接比較には値しないが詰込みでも構わんってんなら、真ん中の人の肩を前へズラしたりすりゃもっと狭くったって座れん事は無い。

車の方で妙なのが誰もが前席なら2人分でOKと思ってる処で、なるべく乗せたいなら昔のみたいに所謂ベンチシートにしたら座席条件だけなら後ろと何の差も無いんだけどね。
運転手の環境的には余裕のある方が確かに良いが、余程大きなマージンが取れん限り規格外の体格の人も必ず存在するわな。

現実的には関取に2人分取るななんて言うのはナンセンスで、その逆に小柄な子供が余ってるのにここは自分の領地だって他の人との負担差を容認し過ぎるのも考えもんじゃないの?。
なので幾らも広がらない道巾を考えると、現状のは何とも中途半端で時代遅れな考えとしか思えないんだ。

<つづく>

2020年11月22日 (日)

音楽備忘録472 ○○のせい?⑦

ここ迄蛇行して来た処で結論が曖昧だったんで、初回へ戻って「齢のせい」の件に始末を付けちゃおう。
考える迄も無く分ってるのは、ゼロはあり得んだろうってのだけ。

幾ら気を付けたって人なら容姿に気を取られるのとかって、根底では本能に支配されてんだから。
それからすりゃ最後の最後は完全に孤立しても已む無しなんだけど、知らない内に変に成長した既成概念に振り回されたくは無いん


寧ろこんな事を気にするのが齢のせいならではってもんで、若い時を思い出すと周囲と趣味が違うのをちっとも気にして無かったわ。
そもそも全然分からなかった英語の歌詞の方へ、臆せず猛進してたんだしね


今だってあんまりちゃんとは理解しないまま放置してるのがあるのは杜撰だが、最初から全て分かるモノだったら懐古趣味でしか興味は湧かないとも。
なのでチャレンジ精神みたいなのの衰えが著しいとヤバイんだが、幾ら仕事でも好みを変え過ぎるのも又リスキーだ。

好みを殺すには理屈なんかに頼る事となるが、流行ってのは文字通り変動する。
すると固定の理屈は僅かしか無いから、常に猛烈に刷新しとかなきゃなんない。

でも誰かが演って流行ってからでは必ず2番煎じ以降となるから、賞味期限ギリギリのばかりを買って来る様なもんになる。
そこでベテランの達人達で上手く振舞ってる人達を眺めてみると、最低限だけ巧く取り入れて凌いでるのなんかが見受けられる。

しかしそれでもその人本来の魅力が薄まると表向き相手にしては貰えるが、たちまち蔭では劣化しちゃったねなんて囁かれ出したりする。
その局面での選択肢は最終的にだと続ける止めるの2つしか無く、有名な人程原形維持しなきゃなんないから大変かも知れない。

そんな中確証のあるのがオリジナリティで、但し他人が見て聴いてその人らしいとか「アレが良かった」って思われてる部分だ。
失敗作や全く受けなかったヤツはどんどん刷新して然るべしだが、近年の特に本邦ではどんな分野でも闇雲に変え過ぎる。

作る側・売る側としちゃ同系統のばかりのにもう飽きたとか、俺だって我が社でだってもっと他のだって出来るんだい…。
って気持ちは少しは分からんく無いけど、んなお子ちゃまの承認要求じゃあるまいし。

決して何か1つでも当りが出たらそれにしがみ付けとは言わん思わんが、どんな経緯で次の違うのを出そうとしたかでかなり明暗が分かれる。
出すタイミングはとても大事で極力2番煎じにならないのが良いが、それ以上に大きいのは元から構想があったかどうかだ。

幾ら急いだつもりでも何らかの事情で先を越されたり、そんなのを皆無にするのは不可能に等しい。
でも例えば1番手さんのは「唯の」だが、ウチのはそれを1段進化させた完成形ですとか何とか謳って認められたら話しは違って来る。

でそんな風にも持って行けるのは、発表は2番でも構想自体は1番はおろか0番って位昔からあったなんて場合だ。
幾ら作業が速く要領が良かったって、熟成不足・成長不良では苦しいのよ。

果物を1週間分纏め買いするんだったら、6日後に食べ頃を迎えるのが入ってたら丁度良い位だ。
でも音楽じゃ滅多に「来週の分を今買っとく」なんて無いからねぇ、食べ頃になって無いのを出されりゃそんなに美味しいと思われなくて当り前やん!。

音楽でそんな先物買いがあるとしたらLiveチケットとかで、そっち方面だったら宣伝は早くから程良いやね。
って新作発売予告なんかはそっち側だがチラ聴かせはあっても、「音の全貌自体は発売日を迎えて以降」ですんでそこをお忘れなく。

そんで私的結論としては興味が長く楽しめる物へどんどん移行し、世間での新旧より個人にとっての新旧を重視する比率が上がったとね。
尤もそれにはかなりの時間の経過も必要だろうから、やっぱりホントに若い時とか興味が湧き出した当初とは少し違ってんだろうけどさ。

只一定以上そんな領域に
到達してたら、実年齢に左右されるのとは違うんだわ。
友人の中には変な表現だが「聴くプロ」の人も居て、彼はハタチそこそこで既に今の俺より遥かに目利きならぬ耳利きを有してたよ。

<つづく>

2020年11月21日 (土)

誤った合理性①

筆者の独断ではあるが、日々世間を眺めてて感じた疑問を綴って行きたい。
音楽に直接関係するのは幾らも出て来なさそうだが、「物の考え方」は大いに影響するとの観点からだ。

当初は趣味から鉄道関係のを幾つか提示して行くが、先ずは近年JR車両に代表されるクラッシャブルゾーンについてだ。
これって車とかにならかなり昔からあったヤツで、安全性の為にはあった方が良い無駄!?だ。

無駄って言ってもそれは安全面を抜きにした空間効率に対してで、衝突時の衝撃吸収等が主な大切な役割を持っている。
世界の潮流からしたら日本の電車に取入れられたのは遅きに失した位だが、コロナで多少空いたとは云え大混雑の客室空間が減らされたのはたまったもんじゃ無い。

これへ第1弾として昭和的暴論で対抗するなら、金を貰ってる乗務員がゆったり広々で払ってる客がムギュウなのはとんでもない事だ。
尤ももし衝撃吸収ゾーンが無かったら車体は幾らも潰れなくて済むにしても、衝撃で吹っ飛ばされて大怪我をし兼ねない。

そこで第2弾の対抗論としたら追加ゾーンの分車体を延長すべきとなるが、車庫の線路有効長等の兼合いで簡単には行かない。
それでも本来なら支払者の権利を優先すべきだが、車庫の拡張完了を待っていては当分は危ない車両!?に乗せられる事になり兼ねないから微妙か。

で今の世相と鉄道会社の認識はここで止まっちまってるんだが、それが俺にはとっても気に入らないのだ。
それなりに正当な事情があるにせよ、何時までも乗客だけに負担を強いるのは本末転倒だ。

本邦の場合これは鉄道会社より政治問題的色合いが濃いけれど、政府が駄目だからってウチの会社じゃ無理なんて皆が言い出した結果が今のみすぼらしい社会だ。
負の連鎖が一定以上の勢いをもってしまうと実に厄介で、物理面以上に人身の荒むのがヤバイ。

そこでⅡで先ずは車両工学面から解決策を模索してくが、第1の疑問はフロントガラスの位置だ。
危なく無くす為に「鼻を伸ばす」んなら、どうして電車のフロントガラスだけ前端に付けてるのかだ。

ガラスが割れるのは避けられないんだから、もし窓と運転士の距離が遠くなってるんならそれでも合点が行く。
がそんなのは殆ど無くて、今迄のに慣れ切った乗務員からの要望に負けてか手の届く位にあるのが変だ。

確かに窓が遠いと視野角が狭まったりする不利はあるが、乗用車でそんな文句を付ける奴は今はもう居ない。
又JRで東は運転士席と客室の間・西は先頭屋根部分を潰れる場所としているが、追突された際に車掌さんは大抵立ってるしその場所も違うんだからそれじゃあ見事
な差別だ。

それからしたら乗務員室だって生存空間なのは客室と一緒だしで、潰れる場所はもっと前に持ってくのが筋なのだ。
それからしたらⅡで要は所謂ボンネットを付けとくのが有効で、実際昔の特急電車はこの件も含めてそんな形のが多かった。

それが高度成長期に安易に少しでも詰込もうとする内、安全性等より空間効率だけを優先させた歴史がある。
ここで再考すべきがクラッシャブルゾーンの意図があったかどうかの差で、恐らくそれが足りなかったが為に過去のは今のより大した成果が得られなかったんだと思われる。

なので見た目はなつかしいのとそっくりになったとしても、今構造・強度計算をしっかりやって作ったら中身は別物が出来上がる筈なのだ。
加えてコレに新たな利点が生まれるのが、後付けやデタッチャブル化も可能な点だ。

後付け可能化となれば古いのにも付けられるし、デタッチャブルなら車庫に入れる時に外せば良い。
勿論手間とその為の設備は必要になるけれど、踏切を全て廃止させるよりは時間も費用も遥かに掛からないのは明白だ。

兎角保守的な鉄道業界は安全性由来も多いから一概に批難は出来ないけど、最短で安全レベルが上がる可能性に目を向けないのは考えものだ。
今迄は旧態依然でもそれなりに商売を辛うじて成立させてた様だが、ホントはそんなの偶然な幸運が長く続いてただけなんだよ。

これって今本邦じゃ音楽も然りで、大多数がそんな傾向に陥ってるね。
でも俺言い「割高なその日暮らし」程、不安定で損なのは無いと思うんだけどな。

<つづく>