趣味

2024年4月17日 (水)

音楽備忘録1706 今時真空管の得失⓬

更なる余談の嵐で暴走しちまうが、意図的にパワーコンプを得る方法で1つ温めてる知遇があるんだ。
それが前回末筆の自動録音レベル調整(メーカ称ソニオマチック)で、良く考えてみたらFairchildのコンプ・リミッタと原理がほぼ同じだったんだ。

そこ迄分かってて何故まだ実現出来てないかってば、諸事情から部品が不揃いなんだよ。
取敢えずここ迄の顛末をまんまに綴ってみたいが、件の機種は1965年頃SONYから出てたTC-357だ。

後年電子回路部だけトランジスタ化され番号の後にAが付いたが、そっちは
強いて言やUrei 1176(Universal Audio)に似てるかな。
わ兎も角当時のカタログではご家庭用の上から2番目の位置付けで、世相を反映して所謂専用のリミッタ回路なんて採用されてねんだ。

高度成長期真っ只中の日本だと言っても、実際庶民はまだまだ貧しかったん。
って皆がそうだから当時全く実感は無かったが、家庭で冷房があるのは金持ちの応接間だけだったからね。(親父がまだ3等重役になる前なので当然我が家には未設)

って何か死語連発になってるが、専用回路を使わないでリミッタ動作させようと思うとそんな方法しか無かったんだ。
それは普通のテレコだからスピーカもその駆動Ampも内臓してて、出力トランスの2次側(出力側)で規定値を超えたら入力段の増幅率を下げるって仕組みでねえ。

因みに殆どどんなコンプ・リミッタでも音声出力は交流で増幅率制御には直流が要るが、当時コンデンサやダイオードが今とは比較にならない程高価だったから交直流変換が問題になってん。
結果どちらさんでも初期にはトランス次にアナログフォトカプラなんかを利用してて、専用のトランスなんぞコスト的に到底奢れんから元から付いてた出力トランスを利用してやんの。

因みにⅡで本家はスピーカを駆動しないのにトランスを使ってたのは、球の出力がハイインピーダンスでそれだけじゃ録音業界デフォのローインピ(600Ω平衡)に整合させられなかったから。
これ等には何れもキーワードとして球とトランスが遡上に上るが、世間の大半は出力管の事を忘れてるんだよ。

コレに着目したほぼ唯一の存在としてVOXのマルチEffectorがあったが、他社に波及しないのをみると球がパワー管じゃ無くて今一効果が弱かったのかな。(回路自体は電力増幅だがパワー不要だからと電圧増幅管で代用、当然コスト都合も)
何れにしてももっとこの部分に着目せん事にゃ、今以上の進展はリアルだろうとバーチャルだろうと難しいと思うな。

わ兎も角宅には1台しか無いからステレオ(2ch)で使えないが、伯母が偶然同一機を持ってて貰える事になった時はシメタと思ったんだ。
が製造ロットが違い出力トランスの仕様が違ってて、無残にも儚き夢と散っただよ。

未だ決して諦めちゃいねんだが、ある程度以上の性能と機能のトランスを買う予算が無くてさ。
ある程度以上の周波数特性と別巻き線が必須になるんだが、仕様は違えど提示2機にはどっちにもそれがあったんだ。

スピーカって当時もインピーダンスはもう8Ωが標準になってたから、そこからそのまま失敬すると電流は大量に余るが電圧がどうにも足りない。
電力=電圧×電流だから同じパワーなら、片方が増えりゃもう一方が減る。

そこで出力インピーダンス600Ωの別巻き線が追加されてて、そこから制御電圧を得てたんだ。
具体的な相違はその出力に倍の差があり、小さい方のリミッタの深さも半減してましてん。😢

-づづぐ-

2024年3月13日 (水)

音楽備忘録1671 日常生活と音楽活動③

さて普通に暮らし乍ら音楽するのに最も壁になるとしたら、爆音系方面では演れる場所の確保じゃないかな。
我々の場合はプロなのもあって、ささやかな幸運+絶大な努力の甲斐あって防音室を持てている。

っと言っても両親が医師だった従兄以外は最初からじゃなく、その従兄にしたってドラムを演り習い始める方が先だったん。
休養君の場合バブル期は本職がバリバリサラリーマンでその後スタジオの仕事をしてたが、その際の儲けで後年リフォームの際に防音工事を併設した。

3人の中で最も狭隘なウチの場合鬼遮音のせいで只でさえ狭いってのに、そのお陰で1部屋損してんだ。
建物自体も防音室以外は脆弱な一般木造で、従兄の地下室エレベータ付鉄筋ビルとは大違いだ。(何故か地下迄EVが行ってないのはご愛敬!?)

しかし俺は世間レベルで言えば決して底辺では無いし無かったのに、個人的には今も昔も貧のまま。
それは防音室獲得の為に、一般生活にギリギリ支障しない範囲で貯蓄に精を出等してたからだ。

その結果も含めバブル絶頂期も基本的に無縁だったし、今だと旅行や外呑みがずっとお預け状態のまま。
アル中じゃないんで普段呑めなくてもそんなに困りこそしなが、これでも若かりし頃は酒に強いのがプチ自慢ではあったんだ。

流石に近頃はもう少し人並みな暮らしがしたくなってるが、それでも極力借金をしなかったからその分幾らかはマシなのかな。
極力避けるったって現金一括払いが無理な案件もあったけど、長期視野に立つと借入れでの債務増額の影響は無視出来ませんで。

後は食料・飲料等をコンビニよりスーパーで買う頻度の方がかなり高く、己は大阪のオバチャンかよってな。
けど主婦的経済観念を舐めたらアカンで、僅かな日々の節約だって積年になればそこそこの差になるん。

それともう1つの利点は大手チェーンはなるべく避ける事で、食品添加物の過剰摂取も回避出来る可能性があるんだ。
医療費圧縮にはなるべく健康で居るのが近道だが、その中で自分で自分の首を絞めるのが最も勿体ない。

この方面で理想は所謂自然食なんだろうが、そこ迄は高額になるからやってない。
こんなの何とも地味で冴えない感じなのは嫌だが、派手な暮らしをする為に時間もお金も取られてもねえ。

外を歩くとか買物をしてる姿は豪勢で良いかも知れないが、それは殆どが自身自体が向上した訳じゃ無いよね。
勿論音楽にもイメージ戦略はあるから外見も大事ではあるが、見掛け倒しになる程情けない事ぁねえですぜ。

わ兎も角楽器種次第では防音室が無くても平気なのもあるが、Drum・管楽器・Rock系歌唱にはここに書いた順で必須と思った方が良い。
地方在住で近所の農家の納屋かなんかを日常的に借りられるなら別だが、他人に迷惑の掛かる恐れがある程知らん間に遠慮癖が付いちまったりするからね。

=続々々=

2024年3月 5日 (火)

音楽備忘録1663 日常生活と音楽活動①

拙ブログでは珍し系になるが、お題の通りの問題を考察してみっべっと。
今天災や不況も然る事乍らこんな愚政に晒されては、殆どの人が理想とは程遠い境遇にありそうだ。

これはリア充を自認してる者にも当て嵌まり壺の一味を除けば、かつてならロールスロイスを乗り回せる程度の身分でもノーマルベンツ位で我慢させられてんじゃね。
世間全体が重税と愚策で余裕が乏しいから、幾ら金があっても国内に真にゴージャスに遊べる場すら殆ど無くなったぞ。

ので日本の一般社会では今嗜好品の音楽をやろうとすると、まあ何と逆風の強い事。
でも杜撰大王みたいなパーマネントチープ😢だと、苦しさの種類こそ時代毎に違いはあるが昔から綱渡りなのは変化無しだ。

他人の目には結構な幸運を持ってた様に伺えるかもだし、実際にラッキーがゼロとは思ってない。
けれど貧だからこその長期計画を粛々と続けた結果、自分にとっての最低限の環境が得られたのも又事実なんだ。

そうして来て今一番思うのが、「普通の生活をしてる中で音楽も熟してく」なんすよ。
誰だって特化した環境下ならポテンシャル以上が発揮出来そうだが、仕事の現場では色々と理想とは正反対の条件を課される場合が多い。

こないだの漫画原作者の絶望死はⅠに発注者Ⅱに脚本家等の関係者が犯人と思ってるが、シビアにみると誰が悪かろうと死んじまったら未来永劫訂正すら出来なくなるんだよ。
持って生まれた性格次第では昔ビートたけしがやったような殴り込みなんて無理だろうけど、諦めたら結局地獄発注者の思う壺で終わっちまう。

ので心の芯ではガッツリでも、対外的には少し肩の力を抜いて客観視してみるのが大事なんだ。
いや実際若い時分理不尽には常に強烈に腹を立ててたし、アホみたいに全力で抵抗してみた事もあったんだがね。

上記例みたいな無茶振りしてくる奴って、そもそも保身かその場凌ぎか泡銭程度を浅はかにしか考えてねえんだ。
だから幾らこっちが真剣勝負の格闘技と考えてたって、不遜なあっちは暇潰しのゲーム程度と埋まらない温度差があるねん。

これは一般職の人とマトモなクリエイタの間にも似た様なのがあり、絶妙な説明をして漸く気持ちを少しは理解される程度でな。
つまり分かって貰えないモノって前提が、続けてくにはどうにも必要なんすよ。

杜撰大王の場合はそれを自分の子供を持って育ててく迄良く分からなかったけど、例え独り身で家族が居なくても恐らく何処かの段階で気付けなきゃ不味い。
大昔のスター神話みたいに絶世の美女は本当にトイレにも行かなくて済むなら別も、現実は通常1日に最低1回程度は催す様じゃなきゃそりゃ何かの病気じゃん。(便秘含む)

或は自意識では3日間徹夜したつもりでも、録画しといたらほんの数分眠りに落ちてたやも知れない。
量や種類の多少とか人次第で色々はあるだろうけど、何等かの制約は残念乍ら永久に付いて回って来ちまうもんなん。

=続=

2024年2月13日 (火)

音楽備忘録1642 他力本願な話しですが💦➊

過去モノは臆せず聴いてみ等と言われても、とっかかりの掴めてない人に今劣化本邦は最低の環境だ。
平成の途中から裏で酷い情報統制が横行して、公平・公正・中立な世相情報が国内マスゴミでは全く流れなくなっちまった。

これを又政治色濃厚とか陰謀論としか思えない人もまだ居るかも知れんが、それは概知の統制方法とは少し違う手法でコッソリやられてるからだ。
しかも大規模且つ一部世界レベルで改変を行って、例えば何故か政権が劣勢になると北朝鮮からミサイルが飛んだり有名人の麻薬・不倫情報等が大々的に流される。

これが悪い意味で利口なのは、政治・経済以外は極力嘘をついてない処だ。
財務省や政権主導の真っ赤な嘘にしても、なるべく不都合の無い点だとか僅かな利点を強調して他は隠蔽してるんだけどねえ。

現況「無理が通れば道理が引っ込む」を堂々とやってるのは閣議決定と悪税制等限定で、それも国会内だけの話しなんで政治忌避が最高潮の世情ではこっちから情報を取りに行かないと表に出ない。
で杜撰大王
らしく皮肉たっぷり吠えるが、しかし政治無興味なら政治だけの問題だったら無関心で居るのも分からなくないよ。

ぅんがぁ実際は庶民生活の節々の方でこそ悪影響が甚大で、若者が結婚や子供を持とうとすると「何か今無理そう」なんてのがその典型なんだ。
ここでこんな熱弁を振るうからには音楽でも一部忖度以外の全て、特に洋楽情報が酷い目に遭ってんすよ。

Youtube等元からグローバルな処なら未だしも、国内放送の曲解・歪曲・偏向は下手すりゃ戦前より激烈なんじゃないの?。
かつてのは単純に敵国関連だから駄目とか、ディスりOK・賛美→身柄拘束ってだけだったっしょ。

今はしつこく問い詰めればアレも良いとは辛うじて答えるだろうが、世界的スタンダードだろうと不都合だったら全然流さない方で悪事を働いてんの。
何故そんな妙ちくりんがまかり通るかったら、元締めパソナ・実行犯電通を通じてスポンサーが圧を掛けてるからだ。

今迄だったら売れ筋とは関係希薄な奴等がどうしようと影響なんか受けない筈のRockも、執拗な偏向報道のせいで後進の育成が上手く行かなくなって来てるんだよ。
平成の途中位迄だったら、1日中FMでも掛け流ししてたらスタンダードの何曲かには必ずありつけたんだ。

確かに殆どのは教育目的の放送じゃないし、そこでもサブとかカウンターカルチャー的なのはあまり正しくは流されないだろうけどさ。
けど「変な風な省き方」をされると、過去を知らない人には曲解を促す事にもなるんだよ。

更には世代間認識の分断・乖離に繋がって、恐らくどの分野でも起きてるから文化や技術の継承が上手く行ってないんだろう。
大凡50から上の洋楽趣味者なら大体殆どが知ってるスタンダードが、30から下の人だと少数派になる上世界のスタンダードとはとても思えなくなってる。

こっちとしちゃ信じられない感じがするが、そりゃあ生まれてこの方殆ど耳にして来なかったんだからねえ。
その意味では老害がもっと若者に混じって、流行りのLive Houseとかで演ると良いんだが著作権使用料が…。

-つづく-

2023年11月 7日 (火)

音楽備忘録1544 低知名度アーティスト㉔

The Whoの続き今回はサウンドや奏法と、曲との関係を語らせて頂こう。
杜撰大王だって若き日にはもっと激しくなんてマイブームが来たんだが、その時「やり過ぎると却って不自由になる」のを学んだんだ。

この不自由とは演れる曲の範囲で、これはウチの休養君がどうやら極めようとしてたハードボイルド一択なんかでも近似状況が起きてる。
尤も俺や従兄の書いた曲には不出来以外は文句を付けず、グループを組んでいるのでBand単位では縛られていない。

加えて杜撰にも未だ本人に確認してないんで、作るのはハードボイルドが得意なだけかも知れない。
とは言え出自がゴリゴリMetal系なんで、エレキを歪ませる時は割と常時深目だ。

今の処それがフィットしない曲は出てないっつうか出してないが、極軽い歪みじゃないと合わない曲もあるのは確かなんだよなぁ。
この事と不毛競争や無限ループに陥らん為には、各自の音楽スタイルに応じた自己規制が有効だと思うのよね。(例外は許容した上でだけど)

歪み深さが一定を越えてハッキリ差が出るのは殆どサスティンだけで、音色の著しい変容を許せば末は懐かしのFuzzに近くなるだけなんすよ。
ここでのサスティンとは一般論のじゃなく、余韻部でも歪み深さが維持されてるかってのだ。

少し又遠回りになるが歪み深さで過去私的に印象的だったのが、Larry Carltonと柳ジョージだ。
夫々のメインはGibson ES-335とFender Stratで、Van Halenなんかのよりゃ深歪みに向いてないししてなかった。

のに割と深目な印象を与えた原因はコンプレッサの使用で、最大歪みはそんなでも無いが深さがそれ迄耳にしてたのより遥かに減らなかったからだろう。
つまり鳴った瞬間はそんなに深くないが、余韻部だけに耳を傾けると当時としては未曾有の深さになってたんだ。

特に後者のは減衰の早目なGuitarだから、コンプ掛けなきゃあんな感じには縁が無い。
に加え全盛時のCharやジミヘンを模倣すると、限定時以外は思ったより随分「浅い歪み」で奏でられてたよ。

彼等ショータイムのソロ時はハウる程Gainを上げてるが、曲のリフ等ソロ以外では和音の潰れない必要があったからか今称Crunch領域だったんだわさ。
ほんでWhoの場合はアンサンブルが1人多かったものの、GuitarはPete Townshendだけしか居らん。

やはり2人以上居るBandよりゃコードを鳴らす機会が多くなるのもあって、特定時以外は「足りる最低限の歪ませ」にしてた様だ。
でアベレージの歪みが極軽いと、歪ませないエレキの似合う曲にもスムーズに入れる利点があるんだ。

近頃は割とクリーンと歪みでも2極化傾向が強い様だが、一聴クリーンに聴こえる’70年代以前に沢山あった過去作のは今のLine収音みたいな完全クリーンじゃないんだよ。
所謂リッチクリーン等と称される、電気的には既に逝っちゃってるが聴感上はほぼ歪んでないってヤツな。

ノリ跳ねの件と同じ様にエレキが音色で一番表情豊かになる領域は、クリーンから歪み或はその逆の中間領域なんすよ。
そしてトドメが浅い歪みっつうのは、純粋に「Guitarが上手」じゃないと聴けたもんじゃないんだ。

-つづく-

2023年6月30日 (金)

音楽備忘録1414 歌のコーラス⑦

コーラスには歌部の充実以外にも色んな役割があるのを指摘して来たが、インストや諸事情でそれで出来ない場合も記しとこう。
それにはやはり楽器のコードやフォームに精通するしか無いが、比較的数を増やせる時は「Onコード」の発想に頼ると簡単になるんだ。

そもそも「数を増やせる」って歌声だって一緒で、但しコーラスと云う一塊にする事で数が増えた印象をあんまり与えてないだけだ。
その前に我々の情けない現状を参考に暴露しちまうと、歌唱力の顕著な衰えで俺は今は歌物を敬遠しててね。

ってのも歌物好きの従兄主導の自作曲、楽器はとっくに録り終ってるのにちっとも先進みしてなくてさ。
従兄は決してインスト嫌いでも無いんで、当座はインストメインで行こうと提案してんだがね。

わ兎も角体当たりコーラスでハモりのラインを策定する際って、大抵は自然と逆Onコード発想!?になってるんだ。
何せ1人あたり追加可能なのは1音きりなのと、
もし普通じゃない音(移動ドでドミソの和音基本構成音)にしようとすればその音はセヴンスとかテンションノートになるざんしょ。

↑で逆なんて付けたのは普通のOnコードはルート音が単音で、乗せる方が平均3音以上だからだ。
概述の如くOnコードって例えばルート音がAの時、上へCの3和音を乗せるとAm⁷になる。

これ実際かなり便利であちこちで多用されてるけど、普通のフォームで出来る物には限りがあるんだわ。
俺はコードについてもプチヲタってか独自性に拘ってるんで、実用になる範囲で奇特フォームになっても全然気にして無いがね。

それでも困るのが他人に弾いて貰う時で独自の変態フォームだと、ClassicやJazzのバカテク所持者ですら少し不安定になったりしちまう。
のでGuitarはコード弾きが自称神レベルであっても、賄い切れないのが出て来たら鍵盤と分担して再現してるん。

それでも出来ないよりゃマシだが、コーラスを使えたらつられたり惑わされたりしない限りは断然楽チンなんすわ。
無論同じ和声だって肉声で構築するのと楽器じゃ多少印象差もあるんだけど、俺は何であろうと先ず「そう云う響き」が得られるかどうかの方を重視してま。

小編成になってく程楽器で出来る事は減少してって、特にGuitarトリオではGuitaristのコードの腕ほぼ一択になってまう。
それですら上記の様に限界があり、俺でもそれを痛感させられたのがStevie Wonderの使ってたコードだ。

そいつには隣接音が入っててそうしないとその響きが得られないんだが、これはGuitar1本では先ず不可能だ。
なので鍵盤レスのGuitarバンドでコーラスを放棄したら、単細胞な曲しか演りませんと宣言してるも同然ったら言い過ぎだろうか。

それで近年の日本のGuitaristを蔑視してて(ホントは良くないですが😓)、仮に光る技があっても演れる曲が限定され過ぎるんじゃなぁ。
雨の日は絶対負ける剛速球投手ってなもんで、それでは名投手とは言えないじゃん。

-つづく-

2023年4月20日 (木)

音楽備忘録1343 なのに色味の話し④

続いては昔の京王が臙脂帯にした訳を行くが、恐らく安っぽさ回避と炎天下対応でそうしたんだろう。
昔だと前述京急の赤とか京阪特急車の赤黄とか類例が他にも多数で、一般認識される赤は赤より濃くしといた方がそう思って貰えたらしい。

今日陰状態の写真で見るとこんなに暗かったっけって程で、是又前述の如くフィルム感度の都合でどうせかなり明るい時じゃないとちゃんとは撮れなかったし。
ので恐らく当時は没になって死蔵してたのを、敢えて違ってた証拠も兼ねて後出ししたんだろう。

車内も照明は何時頃からか常時点灯になったけど、かつて昼間は地下鉄以外当たり前の様に消灯してたんだ。
それでは晴れの日でも手元が状況次第じゃ少し暗くなるが、今と違って日陰の方が貴重な存在だったのよ。

樹木とかは今より沿線にあったものの、何しろ高い建物が林立してないから完全な日陰は短いトンネル位しかない。
そんな環境だから窓さえ多くしとけば日中はかなり明るく、今でも陽当りの良い部屋だと電灯点けても殆ど明るさが変わらない事ってあるでしょ。

駅のホームだって今より屋根無し部が断然多くて車内ですらそんな調子だから、車体外部は圧倒的に日なた時が多かった訳よ。
強烈な日差しを浴びると発色が良くなって、まるで暗くて肝心な所が良く見えないエロビデオを意図的に明るくして見る様な状態で…ゴホンおっと失礼。

だから元が臙脂色位にしといて快晴下では赤になるんだが、アイボリーの方はそれより多分退色が原因でせう。
これが音楽界なら私的には明瞭度に値すると思ってるが、流行はあるにせよ明るい方に必ずシフトするってな考えものなんでごわす。(最近これを打破したのが相鉄の横浜ネイビーブルーか)

現実世界と違って環境を自由設定出来るのが強みなのに、標準値を上げ過ぎるのは損失の方が少なくないんすよ。
その典型は主役を目立たせ難くなってるってので、特に必要以上の刺激が癌。

それで特に愚なのがコントラストを弱めてるだけのヤツで、相対的には混んでない車内で次駅の階段付近だけ激混みになってる様な状態ね。
分散してれば誰が何処に居るか、少し暗くったって判別出来るのにさ。

幾重にも重なった影になると一瞬の隙間チャンスを逃せば、ド派手な金ピカラメスーツを着てたって見えやしない。
最初は安易に先頭を目指すのもアリだけど、それが無理と分かったら敢えてしんがりに下がるのもちゃっかり目立つ手なんだな。

Bandみたいな小編成ではバラけるだけで被りは殆ど解消するし、どっかの隅っこに寄ってたら他がお淋し空白地帯の出来上がりになっちゃうよ。
視覚に比べるとステレオでは2次元の音になっちゃうけど、左右と中心のその間つまり最低でも5ポジション位はハッキリ分離してくれっからね。

特にインナーイヤータイプで聴かれる頻度が高くなると、意図的に拡げとく位しないと余計閉塞感が酷くなるしさ。
纏まり感も捨て難いけど意図的にモノラルにするとか以外、やはり普段は小編成ならハードルも低いんだから分散配置がお勧めだす。

>サッサと閉店<

2023年4月12日 (水)

音楽備忘録1335 なのに色味の話し②

筆者はこの件先ずは元の色味を知るのが基本と考えてるが、周囲との比較だって決して無視は出来ない。
周りは全替えしてるのにポツンと残しても、記憶にある印象とは程遠いもんね。

けれど何でも現代に合せりゃ良いってもんじゃなく、実はターゲットの色味より背景の色味の方が大事だったとしてもそれに気づけ難くなったりするからだ。
例えば昭和の今よりくすんだ背景に白はコントラストが大きいが、カラフルな令和にクリーム色では遥かに小さくなる。

だから私的には京急の暗かった赤が明るくなったのはセーフで、小田急の濃くなったケープアイボリーはアウトなんだ。
京王のアイボリーは多分殆ど変わってないけど、昭和の頃みたいに色白美人にハッとするみたいなの随分薄れた。

まあそんでも各社の意向とかあるから勝手に可否判定してもしゃーないが、イメージを保つのならハッキリ成否が分かれてるんじゃないかな。
しかも生贄にするつもりは無いが小田急はもう1つ失敗してて、専門家に言われたからって独特の青線を比較的ありきたりな色に変えちまいやがった。

この白系に青系帯って後から真似した(かどうかは知らんが)のが主に2つあって、東武とJRでもやってたけど本家より安っぽかった。
のは地色の白だって影響はあったが、帯の色味に絶妙かどうかの違いがあったからなんだ。

かつての小田急のロイヤルブルーってかなり珍しい色味だったのに対し、後発2社のは割と何処にでもある青だったん。
単体で見比べると今じゃ大して鮮やかじゃないんで専門家はケチ付けたんだが、周りにどんな色が来ようと印象変化は独特なだけに僅少だったのよ。

ので例えばトイザらスのチープなプラ製オモチャと被ったりせず(後発2社のはある!)、阪急マルーン同様似ている様で差別化が図れてたんよ。
因みに唯のマルーンは紫がもっと弱く茶色はもっと暗く、昔の人は殆ど焦げ茶色と思ってた人も居ただろう。

ついででディスっちゃえば近鉄のレッドマルーンってな、名前は格好良いしそんなに悪い色でもないけどさ。
長年自分で自宅鉄部なんかのペンキ塗りをして来た身からすると、どうしても唯のサビ止め塗料に見えちゃって。

かつて電車は鉄製だったから多少サビが出ても汚くならないのは良いんだけど、合理的な様でいて早期発見・修理には向いてないからねえ。
尤も最近は俺もコロナ以降すっかり塗り替え無精してるんで、他人の事ばっか言ってらんないんだけど…。

わ兎も角音の記憶でも象徴的なのは主役が多いけど、世界観を重視すると脇役全体が醸し出す音色の方が本当は重要だったりするんすよ。
主役の音色が真に独特だったら↑例の色味みたいに周りがどうあろうと無事で済むが、それ以外の場合は印象に薄かろうと所詮は多勢に無勢なんだわ。

例えば’60年代後期を目指すなら、私的に一番のサウンドアイテムは「セミアコ・エレキBass」でんがな。
それとDrumサウンドもかなり重要な位置を占めてて、主に録り方ではあるんだけどさ。

是又私的にはミュートの有無が大きくて、Off Micのほぼノーミュートと直後期のOn Micミュート有は結構紛らわしいんだけどね。
これ等は些細っちゃ夫々についてはそうなんだけど、束になって掛かって来られると世界観は別物になるんだ。

>つづく<

2023年4月 8日 (土)

音楽備忘録1331 なのに色味の話し①

人の感覚は鋭い様でいて曖昧だったりするが、今日はその中から趣味の電車の色を取上げよう。
こんなの非ヲタにはどうでも良さげっぽいけど、景色の中の電車の色は印象に大きな影響があるですよ。

ほぼ無限にある建物や服の色を特定するのに、例えば阪急みたいにほぼ不変なのと比べると一発で想像が付くから便利だったりするざます。
古株さんならご存知なかつてメーカ次第でカラーフィルムでも色傾向っつうのがあって、フジカラーなら青が強くサクラカラーなら赤が強いなんてのがさ。(超ベタまんまだけどホントの話し)

半分は都市伝説だったろうが、実際際どい色味のを撮るとそれが露呈してたんだ。
↑の阪急は阪急マルーンってのを採用してて、少し独特だけど古い表現ではえび茶色だとかの一種だ。

こいつがフィルム写真には曲者で、全く唯の茶色っぽく映ったり濃紫になったりしやがってね。
肉眼で実見すれば紫と茶色を濃い目にしたブレンドなんだけど、光の加減や↑なんかで片方が飛んじゃってさあ。

そこで鉄っちゃんは雑誌の過去カラー写真を真逆の方法で想像してたんだが、最近それが通用しないのがあったのに気付いたん。
その1群はコッソリ色の変更されてたので、杜撰大王な俺は京急の赤はずっと同じと思い込んでた。😓

尤も大勢に無影響だったんで大々的に宣伝しなかったって言い訳も一応あり、世の中全体の色がくすんでた昔と鮮やかになった今の景色比では距離感は変わらないってか印象を維持する為もあって「時代に合せた」のかも。
小田急の青い線等はしっかりインフォメーションがあったから把握してたが、今日問題にするのは無変更な筈の「白」の方なんだ。

アイボリーとか薄い色って紫外線で退色し易いらしいんだけど、兎に角小田急のケープアイボリーも京王のももっと白かった記憶があってね。
この内特に前者の疑惑が深くって、例え名前や規格は不変でもあんなに今みたいに黄色っぽか無かったんだ。

京王のは塗りたてだとかなりピンクっぽくって、それが割とすぐ抜けちゃってたのは知ってたんだけど。
疑惑の真相を自分なりに考察すると、昔はフィルム感度の都合で今より「明るい日」に撮られてたからっつうのがある。

この影響は他でも沢山あって国鉄の特急の赤なんかが典型で、写真だと赤なのが室内で模型に塗装してたりすると死人の血!?かって位暗い。
所詮はオッサンの大昔のアテにならない記憶に過ぎないが、小田急の白だけはどうにも同じとは思えないんだ。

等とゴネたって殆ど無益かも知れないが、散々実物を見てたからこれは譲れない。
のが洋楽の音色となると生聴きしたのが少ないし、その時期の音となると機会皆無だからチト困るであるぞなもし。

けれども敢えて「人間力」を抜きにすると、楽器は大体本物に何処かで触れる機会があるんだ。
種類の少ない原始的な生楽器だとかなり苦しいが、個性豊かな楽器なら幾ら人間力の絶大な達人でも出音の人の分は半分程度には多分なってくれる。

電車の過去写真では舗装道路や屋根瓦が色が安定してるからそれから逆算するが、過去達人の音はほぼそのもの楽器から逆算推定するんだ。
それを抜きに現代的楽器で近似な音を求めるのも悪かないが、限り無く本物に近付いて体験するには一度位やってみた方が良いんじゃないかな。

<つづく>

2022年12月25日 (日)

音楽備忘録1227 Gibsonの貢献度➌

今回は非ソリッドボディのへ焦点を当ててくが、近年本邦ではJazz系や懐古趣味目的ででもないとあまり用いられなくなって久しい。
でもエレキの音源部がアナログなのの利点を活かすには、ソリッドより複雑な共鳴の得られるのは大きな武器なんす。

価格・サイズ・取り回し等の都合もあって絶対必要では無い際マイナー化するのは分かるが、だったらもっとボディが小さいとか無いに等しいのが流行っても良さそうなもんだ。
まあ現実には操作性の点で小さ過ぎると必ずしも便利じゃなくなったりするからだろうが、アコギのサイズに文句言う者がそんなに多くないのからすると単に慣習が主因だろう。

わ兎も角エレキ以前は無理だったソリッドにも大いに意味はあるが、エレキはソリッドボディにした処で所詮は半生楽器なのには違いないのよ。
今ではメンテ費と所持してたのが偽物だったから手放してそれっきりになってっけど、俺自身楽器の選択肢としては今でもセミアコ・フルアコは結構な位置に残存してたりする。

実際問題として歪ませる方が多くなるとボディ空洞の有無差は、その分縮小するのも確かだ。
けれどStratoハーフトーン以外の生音が使われなさ過ぎになってるのは、流行だけじゃ無く楽器の生音の魅力が薄まったのが増えたからと俺は考えてんだ。

Guitarって一部のを除くと音源がPianoとかと違って「単弦」なんで、筐体共鳴で化粧してやらんとそらみすぼらしいもんでんがな。
っても大元は音量増大だけが目的だったんだけど、大昔の天然素材の弦は不安定な代わりそれなりに複雑な音が出たからねえ。

要するにエレキ楽器本体の音色構成要素の電気の方ばかりで、本来半分を司ってる筐体共鳴を無視しては50%しか弄れないから勿体無いんだ。
俺がセミアコ・フルアコで一定以上の期間実体験したのは偽物は3つ本物は4つと大した数量では無いが、Violin Bassとリッケン330は真偽の両方をってのが強いて言や特徴か。

その中で最も時間数が少ないのに印象に深いのがGibson ES-175Dで、ボディサイズ以外極一般的な弾き味でいて音色の深みが凄かった。
俺みたいなRock屋にはリッケンのがソリッド共々弾き心地が良いが、標準的ソリッドから持ち替えて違和感の無いのはG君オンリーかもしれない。

ってそもそもG君の弦周りの仕様、元はエレキ以前に構築されて全方面へ普及してたからでもあるんだろうけどね。
楽器自体の出来栄えとしてはGretsch Tennessean・Rickenbacker 330も同等に良く出来てたが、この2つは現行主流系ソリッドのに慣れ過ぎてるとブランド固有の独自性が災いする可能性がある。

もし現物に触れる機会が持てればすぐ分かるんだが、余程G君系の感触が苦手でない限り見た目に反して弾き易いんだ。
又これが今劣化本邦で浸透して無いorどんどん忘れられた一因として、張られてる弦の違いが大いに考えられる。

実はかのLes Paulモデルだって当初は今よりずっと太い弦がデフォで、そんなのがほぼ体験不可になってっから楽器のせいだと勘違いしてんのよ。
ジャンル毎に最適なゲージが無くなった訳では無いが、Rock黎明期でもチョーキングを多用する人の多くは当時なりになるべく細いのを張ってたんだ。

ついででサービスしとくと巻弦がフラットなのも今では稀で、自ら試したのはたった1回だが借り物330は新品時はメーカの出荷時仕様からフラットが張ってあった。
只どちらも言うなればロカビリー系仕様の細さだったのと、普段Bassで頻繁にチョーキングしてるから全然気にならなかったけど音色のみならず感触も同じじゃ無かったのは確かよん。

<つづく>

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