芸能・アイドル

2024年2月13日 (火)

音楽備忘録1642 他力本願な話しですが💦➊

過去モノは臆せず聴いてみ等と言われても、とっかかりの掴めてない人に今劣化本邦は最低の環境だ。
平成の途中から裏で酷い情報統制が横行して、公平・公正・中立な世相情報が国内マスゴミでは全く流れなくなっちまった。

これを又政治色濃厚とか陰謀論としか思えない人もまだ居るかも知れんが、それは概知の統制方法とは少し違う手法でコッソリやられてるからだ。
しかも大規模且つ一部世界レベルで改変を行って、例えば何故か政権が劣勢になると北朝鮮からミサイルが飛んだり有名人の麻薬・不倫情報等が大々的に流される。

これが悪い意味で利口なのは、政治・経済以外は極力嘘をついてない処だ。
財務省や政権主導の真っ赤な嘘にしても、なるべく不都合の無い点だとか僅かな利点を強調して他は隠蔽してるんだけどねえ。

現況「無理が通れば道理が引っ込む」を堂々とやってるのは閣議決定と悪税制等限定で、それも国会内だけの話しなんで政治忌避が最高潮の世情ではこっちから情報を取りに行かないと表に出ない。
で杜撰大王
らしく皮肉たっぷり吠えるが、しかし政治無興味なら政治だけの問題だったら無関心で居るのも分からなくないよ。

ぅんがぁ実際は庶民生活の節々の方でこそ悪影響が甚大で、若者が結婚や子供を持とうとすると「何か今無理そう」なんてのがその典型なんだ。
ここでこんな熱弁を振るうからには音楽でも一部忖度以外の全て、特に洋楽情報が酷い目に遭ってんすよ。

Youtube等元からグローバルな処なら未だしも、国内放送の曲解・歪曲・偏向は下手すりゃ戦前より激烈なんじゃないの?。
かつてのは単純に敵国関連だから駄目とか、ディスりOK・賛美→身柄拘束ってだけだったっしょ。

今はしつこく問い詰めればアレも良いとは辛うじて答えるだろうが、世界的スタンダードだろうと不都合だったら全然流さない方で悪事を働いてんの。
何故そんな妙ちくりんがまかり通るかったら、元締めパソナ・実行犯電通を通じてスポンサーが圧を掛けてるからだ。

今迄だったら売れ筋とは関係希薄な奴等がどうしようと影響なんか受けない筈のRockも、執拗な偏向報道のせいで後進の育成が上手く行かなくなって来てるんだよ。
平成の途中位迄だったら、1日中FMでも掛け流ししてたらスタンダードの何曲かには必ずありつけたんだ。

確かに殆どのは教育目的の放送じゃないし、そこでもサブとかカウンターカルチャー的なのはあまり正しくは流されないだろうけどさ。
けど「変な風な省き方」をされると、過去を知らない人には曲解を促す事にもなるんだよ。

更には世代間認識の分断・乖離に繋がって、恐らくどの分野でも起きてるから文化や技術の継承が上手く行ってないんだろう。
大凡50から上の洋楽趣味者なら大体殆どが知ってるスタンダードが、30から下の人だと少数派になる上世界のスタンダードとはとても思えなくなってる。

こっちとしちゃ信じられない感じがするが、そりゃあ生まれてこの方殆ど耳にして来なかったんだからねえ。
その意味では老害がもっと若者に混じって、流行りのLive Houseとかで演ると良いんだが著作権使用料が…。

-つづく-

2023年10月13日 (金)

音楽備忘録1519 Rockは反体制について➄

今日は「Rockは反体制」の自然衰退について探求するが、これには個人的特殊事情が明確化の助けになった。
そもそも俺は自我が芽生えてからは、Rockに無関係に反体制寄りではあったんだ。

の理由は1に当時の虚弱体質・2に今生の人生が終る迄続くチビ…、等のお陰で到底普通にしてたら主流派には入れて貰えなかったからなんよ。
とうに諦めては居るもののこんな資質は全く望んで無くて、せめて平均的体力と身長があったならどんなに暮らし易いだろうと勝手に思ってた
んだ。

これについては敢えて強硬に他言無用で、実体験しないとそれ等のハンデを中々理解し切れないですので。
勿論誰にでも微細なハンデは必ずあるだろうし、現実には↑が充足したからって生活が向上するとは全然限らないんだけどさ。

で思うにかつてのRockってのは、何某か標準規格から外れた者の1つの受け皿的側面があったんだ。
それが大きな儲けに繋がると知れ渡った途端、標準規格を満たした奴等も迎え入れる様になっちまった。

演ってる或は演ろうとしてる者の方も、イケメンだからもしかそこそこ行けるもなんて野心に駆られる奴が増えてさ。
ここ迄なら自然現象で寧ろ歓迎すべきだったんだが、まるで無難な大企業よろしく本来は支流派だった規格外を排斥し出しやがったのよ。

その流れは1980年頃には顕在化して、俺の世代は見事にその煽りを受けただよ。
タイミングに恵まれんかったってばそれ迄だが、子供の内はずっと夢を見させられていざ大人になって社会へ出てこうとしたらあーだからなあ。

個人事情は兎も角として、それに依って反骨精神に長けた連中が離散する事態を招いたんだ。
結果ちゃんとスピリットを持ってる奴は地下化し、業界例えばあの忌まわしきジャニーズを容認する様な金の亡者だけがメジャーに居座り続ける事にさ。

そうして無理矢理爪を切られ牙を抜かれた中には、諦めて人生自体を自ら投げ捨てたのも居りゃスッカリ封印して大人しくなっちまったのも居るけどな。
その後は実態として自主休眠させてるだけで、外には全くそのそぶりが見られなくてもスピリットを持ち続けてる奴の方が多いんだ。

にも拘わらず後から出て来る(正確には業界が供給)して来る連中は失礼乍らこの観点だと腑抜けばかりとあっちゃ、そりゃマーケット自体がどんどん縮小するのは至極当然なんですわ。
又当初は弱小だったRock系雇用者も儲かって規模拡大すると、反体制≒一々反抗・云う事訊かないのイメージ危惧から面倒な奴は敬遠と。

ってホントは必ずしもそうでは無いんだが、儲かるとその資産を今度は守るのに必死になったりするからね。
加えてそれで大金持ってるのが分かると、政治屋等が目を付けて幾らくれれば代わりに1つ我儘訊いてやるなんて持ち掛けて来る。

実際現況だと壺→自民→パソナ→電通→吉本興業・ジャニーズetcと、経路こそ少し長いが末端に至る迄関係者は壺の思う壺と化してるでないかい。
売れてる歌手が生活風景の一端でしかないからガソリン安くしてと歌ったつもりが、本来厳禁の税の2重搾取等が周知徹底したら不都合と僅かでも政治臭がしたら是又徹底排除…。

個人的にはRockと反体制はセットと考えてるが、これ等の事情もあって表舞台から勝手に排除されてるだけなんだよ。
税もガソリンも値上がりして仕方無いから歩いて行くかって、誰だって嫌だし不満≒プチ反体制が芽生えても
不自然じゃないんだけどねえ。

=つづく=

2023年8月15日 (火)

音楽備忘録1460 低知名度アーティスト③

ではAtlanta Rhytme Sectionの負の側面を中心に進めるが、先に影響度の小さかった本人達の事情を綴っとこう。
そう書くからには末期所属レーベルこそ真犯人なのだが、一般民衆にはそれすら所詮は内部事情なのが悲しい。

さてこの人達の出自が方針にも影響してた様で、おバカヒットシングル的な曲を1曲たりとも出さなかったのは真の意味での自己責任だ。
全員スタジオマンや著名人のバックを務めてたんで、自分達名義の時はその手を避けようと職人魂が熱を帯びちまったかね。

要するに安易比喩したら「Love Me Do抜きのBeatles」ってなもんで、知名度の為には決定打になり得る一発ギャグ位は必要だったんだけどね。
昭和の頃迄表向きには「人間中身で勝負」等と真顔で言ってたものの、昔だって内実は容姿の影響が絶大だ。

のであまり恵まれてなさそうならせめて面白路線に一旦振っとくとか、不足分を補う工夫がね。
実は彼等だってほぼオリジナルメンバーの最後には、そう云う曲も録ってたんだけどね。

そのアルバムが中々の出来栄えにも拘わらずレーベルの意向にそぐわないってんで出して貰えず、ずっと後年になってやっと非公式でリリースされたんだ。
その他にはSouthern Rockでは同門のLynyrd Synyrdとの対比で、不幸な事故で伝説化した様な話題が何も無かった事だろうか。

でここからは他にも影響を与えた忌まわしいのを一発行くが、かつて洋楽ヲタ界隈ではCBSに移籍すると終わりを迎えるなんてまことしやかに言われててね。
CBSがSONY傘下に入ってからはだいぶ収まったみたいだが、上記の非リリースは正にCBSの決定だったんだ。

聴いてみて決して爆売れはしそうもなかったが、それ迄の彼等の作品とは何の遜色も無かったんだよ。
その時点で本国では小ヒットと知名度を少しは得てたんで、大して儲からずとも赤字になる心配は皆無だったんだけどねえ。

まあどんな経緯であれ所詮は芸能界ですから、商業面の都合で内容に伴わない動きは色々ありますわな。
けれど趣味で良い物を探してたり自分も参加しようと思って参考を探してたりしたら、儲け第一義の業者みたいに見逃したり忘れたりしてたらアカンがな。

今劣化本邦では趣味ですら業者の言いなりのが多い様だが、だからやたら熱を上げた割に醒めて飽きて止めるのも増えたのかな。
それすら自由にしても警戒しとくべきはどっかの政教分離の原則を完全失念した壺政党じゃないが、趣味と業務の無意識下での混同だ。

大して面白いと感じてなかったのを皆も買ってるからと購入してく内、自身の感性のピュアな部分は段々失われて行く。
そうしてる間に売れたが正義で塗り固められ、かつて片鱗位はあった尺度がスッカリ変形しちまって駄目になる。

爆売れと内容に直リンクが無いのは確かだが、どやっても今一売れないと内容不足は少しリンクしてるんすよ。
他人にはOKでも自分には一寸なんてのを、少しは大事にしとのくも独自感性温存の内なんざます。

-つづく-

2022年11月 7日 (月)

音楽備忘録1179 Rockと政治➌

個人のポリシーとしては今だってRockは政治とは縁遠くあるべきと思ってて、題材にしてイケナカ無いが趣味性を堅持するにはその方がってね。
これって言うなれば同じ建物を何処から眺めるかみたいなもんで、折角Rockならなるべく「裏から」にしときたいってのがあんねん。

例えば敢えて趣味性全開で行っちゃうが、今日は東京駅丸の内の駅舎を生贄に話しを進めよう。
皇居側からの姿は最早名所旧跡並なんで、わざわざ出向かなくてもネットで簡単に画像が見られるだろう。

のが裏となると中央線のホームが高架化されて陰になったお陰で、少なくとも昔みたいに全景を見るのはもう不可能になった。
ので見えた当時の体験か画像が無いと、復元工事後にどう変化したかがとても分り難くなっちまった。

のの実態を先に無神経に暴露しとくと、裏側に関しては復元はおろか以前の簡易修理時よりかなり改悪されとるで。
んでこれが一般の人にとっちゃ目に入る部分が整ってた方が望ましいが、バリヲタにとっては張りぼてキャッスル状態で萎えるんどす。

なんてこんなのが正しい趣味性と言えるか微妙だが、正面外観だけならその容姿は2次元バーチャルでも一応可視化出来るやんけ。
寧ろ表が不完全でも裏に少しでも創建当時の部分が残っててこそ、今の建物との大きな違いを実感出来たりするんだよ。

もっと初歩的なのに置換すれば例えば角ばってて表面がコンクリートだったら、鉄筋コンクリートの建物だろうと普通は思うずら。
でも昭和の一部の商店なんかにゃ、昔の木造建物の表面だけそんなのにしてるのがそこそこあったんだ。(看板建築と言うんだそうだ)

これが気分とかだったら外面・余所行きか内心・本音みたいなもんで、後者の方により興味が湧いたら「裏からの景色」じゃないと物足りなかったりするじゃん。
それには間違いが許されない政治(現状は真逆で最恥辱的だが多大😓)とは縁遠い方が向いてて、根幹は政治問題でもそれをせめて「裏からの景色」で表現したい処。

のでⅡで表面的には全く政治色が感じられなくても、壺→電通→吉本etc.のバイアスが掛る迄のは関連案件がテーマにされてたのが一杯あったんよ。
又深層的には恋愛1つとったって世情の影響は当然あるし、寧ろ盛り込んだ方が良い事も少なくない。

私的にはほぼ無興味な四畳半Folkだが、神田川-かぐや姫での銭湯通いの描写は今風に言うならディテールの鍵を握ってた。
貧しい若いカップルの純情なんで、豪華絢爛なホテルのバスルームで汚い親父とケバイ姉ちゃんになっちゃ不味いもの。

尤も最近じゃ銭湯も温泉並に高額・豪華スッカリ綺麗になっちゃったんで、今同じ歌詞にした処で昭和リアルタイムの人じゃないと(しかも当時貧)全然意味が違っちゃうけどね。
差し当たり現代版なら流行って無いネカフェで目の下の隈が酷いとかにしなきゃなんだろうが、自然のは未だしも「人工の環境」(偽とかバーチャルと限らず誰かがこしらえた物)は政治の影響がかなりある。

これ等からすれば無理に政治を避ける方が不自然で、但しその描写や着眼点にRockらしさが要るだけなのだ。
尤もⅡでそれが結構簡単じゃ無いから敬遠されたりもしてるんだろうが、今の日本での政治認識自体が珍しい社会状況が暫く続いたせいで変になってんだ。

悪い意味で好景気期に儲けだけは減らぬ様にしてた為、政治がどうなろうと当初は庶民生活への影響が曖昧でよくは分かんなかったんよ。
けど後で蓋が開いてみれば、年金制度等が崩壊寸前だったりしたんだけどね。

<しまい>

2022年11月 4日 (金)

音楽備忘録1176 Rockと政治➋

少々話が大袈裟過ぎ感が拭えなくなってるが、悪政に依る環境破壊だってそれが漁師とかだったらもっと騒然となってて普通だ。
のに音楽だとそうならんのは、収穫量に応じた収益の相場みたいなのが無いからだろう。

最近は徐々に変化しつつあるものの、従来は作者が直接新曲を公開するのが少なかったのもある。
日本のアングラ時代のRockが売れなかった真因は確かに市場はささやかだったが、コンセプトが時期尚早とか技術が未熟だったからじゃない。

マスコミやプロダクション等「媒介者」が排斥してたからで、当時はアングラ君はホームページすら持てなかったんだから一般人にとっちゃコミュニケーション経路がほぼ無かった。
知り様が無い物は存在すら分からず、ましてや評価すら出来ない。

日本の悪しき伝統「村八分」(バンドじゃないよ)は益々健在でけしからんが、大昔とは全く世情が異なるのに機能不足の独占禁止法共々現況に対し手緩過ぎるのだ。
何時迄も欧米模倣ってのがそもそも情けないがそれで経済発展を試みるなら、例えば電通に最低でも同レベルの対抗馬が必須だ。

特に近年のグローバル化下で恐いのが国内無敵での油断で、今会社や不動産を筆頭に海外資本に乗っ取られ捲ってるのは知らん間に井の中の蛙化しちゃってたからでしょ。
ので例えば当時のアングラRockがA社では完全無視するがB社では歓迎される、本来はそうでなくてはいけなかった。

その様なシステムが構築されてるとRockが流行った場合拒否したA社は代わりの存在を求める様になったりするんで、テクノには積極的にとか要するに多様化と全体がスピードアップするんよ。
今Rockerには殆ど役立たなくなった国内メジャーの次善策ってばYoutubeや17live辺りだろうけど、国産がほぼ衰退著しいニコ動だけってのに危機感を覚えないなら鈍いにも程がある。

そんな状況って好戦的な外国から覗かれると、防衛ラインが穴だらけに見えると思うよ。
もっとシンプルに根源的観点で行けば、今劣化本邦とは言えまだある程度楽器等の供給があるから消滅はしないで済んでんだ。

今この国に生きてる殆どは戦後生まれなんで、俺自身他では色々疑念もあったりしたけどこんなに音楽環境と政治がリンクしてるとは中々気付けなかったよ。
何をしようにも何かケチ臭い国だとは感じてたが、プライベートな規模で演ろうとしてもこんな逆風に遭った事は今迄無かったさ。

一部には広報も得意で自前でバズってる人も見掛けるけど、本業を犠牲にしなきゃなんくなったら本末転倒よ。
再三吠えになるが生活必需品とかじゃ無く趣味性の高い分野では、どれだって長期戦を強いられるのが原理的に必然なんす。

例え運良く知って貰って気に入られたとしても、その人のとこっちのLiveのスケジュールが中々合わなかったりするっぺ。
そりゃ最初から超戦略でブームに乗れたりすりゃちったぁ時短も可能だけど、学校とかと違ってLive如きじゃ誰もが行って当り前の所じゃないからねえ。

それとチケット代を始めとする高額化も由々しき事態で、儲け率の少ない事業に賃貸料や税額がボロ儲けのと同等ってのも妙な按配だ。
そこへ不景気が重なれば不参加者が増え顧客減りするのも必然で、その売上げ減少対策で値上げの悪循環に甘んじてちゃお先真っ暗でんがな。

<つづく>

2022年11月 1日 (火)

音楽備忘録1173 Rockと政治➊

21世紀の日本の世情としては一部の差別や貧困以外では、Rockに政治的要素は好まれないし似合わなくなって来た。
そうで無くても活動家・Folk歌手みたいなのの印象が強かったんで、私的には音楽では比較的避け続けて来てた。

んが夢見がち永遠の中二病的恋愛を歌おうにも、不適切教育・経済下となるとそれすら自然なのは出来なくなりやがった。
話しが進む迄は少々独善的且つ世代特有の価値観と思うかも知れないが、恋や結婚をしたくなさ過ぎるってのは生物学的には殆ど病気なんすよ。

人の持つ色んな欲って根源的には種の保存・発展要求に由来するもんで、例えば老衰での死が迫って来ると皆一様に食欲が減退したりするじゃん。
それが成長期に不要になったりするのを拒食症とするのと同じで、近年劣化本邦の若年層の欲の不足は誤った壺教育等の影響なだけなんだよ。

そりゃ原発が被災して放射能をお漏らししたりとか色々あるから、環境ホルモン等の影響だって無視出来ないけどさ。
期末試験が迫って勉強しなきゃなんない時に限って、普段よりサボりたくなったり遊びたくなったり…。

真面目な席で誰かの表情にツボっちゃって笑いを必死に堪えたり、不謹慎なのは困るがどっちかってば人の内心理ってそっち方向の方が優勢なんじゃないかな。
これにだって本来はパニック自動回避の意味があり、脳が思考停止して危機離脱不可になるのを防止してんだ。

のでもしかしたら無理に抑圧して猛勉強した結果、超高学歴な程カルトなんかにコロッと騙されてるのかも知れない。
とは言え円滑な社会を構築するには本能は制御すべきだししなきゃいけないけど、気付かなきゃその方が楽だからって殺しちゃ絶対いけねんだ。(上手に付き合うのは死ぬ程大変だけど😓)

がこんな按配が蔓延した原因に、例えば理科や社会の授業の大巾削減なんかも超関係アリなんじゃね。
生物DNAからしたらヤリたくなるのが至極当然だし、単独では他の種より脆弱な人類は徒党を組みたがるのが自然。
で異現状でこれが矛盾した形で発揮されてるのが、勉強しない子程エロに素直な処。

深層では英雄色を好むは不変だとしても、セクハラでの解消が主軸になるのは完全に病的だしょ。
資本主義下で運良く財力を持ててるなら、権力なんかに頼る必要性は全く無いのにさ。

これって結局教育を受けなかった程本能が原型を保ててるも同然で、学問適性に恵まれない人がより何も学ぼうとしなくなる副作用も付いて来てるがね。
折角豊富な知己を持ててても使い方が成って無きゃ無知同然、その逆も然りになる様な教育をわざわざ推奨して施すのは愚の骨頂でんがな。

最近の与党議員は主要3教科忖度で得られた国語力を、嘘の為にしか使わないなんてのは道徳(倫理)や社会の学びが著しく足りてないんだろう。
ほんでこれは作詞したりそれを聴く人にも以下同文で、その様な使い方をすると体裁や単語選択に秀でてる割に説得力・共感力に乏しいのになっちまう。

仕事なんだからそんなのニーズに合せりゃはご尤もだが、そうした場合の難点がタイムラグと作品寿命だ。
インスタントにやりゃ世相反映自体は可能だけど、世間が「正常化」したらそんな変なのは「恥ずかしい過去」でしかなくなる。

政治自体を批判するのなら当時そんな酷かったんだと理解されるかも知れんが、プライベートな恋愛でそんな偏狂なのをやっちまうとねえ。
っつうかそもそも世代間断絶だの分断だの、共通の理想が持てなさ過ぎてるのが顧客減少に繋がってるんじゃないかな。

幾ら頑張って上手く行ってもメガヒットが期待出来ない環境って自体、全くふざけた話しじゃ御座んせんか。
こんなのちゃんと払って借りてるスタジオで、まだ時間になって無いのに変なのが乱入して来て強制中断させられるのと実質的には同じなんじゃないかな。

<つづく>

2022年9月17日 (土)

音楽備忘録1128 不当低評価の是正⓭

今回は珍しく内輪ネタじゃ無いんだが、アニメの実写映画化の記事で違和感を覚えたのからの話しだ。
それはTake Me Home,Country Roads(曲)の件で、その記事としては必須じゃ無さそうもオリジナルが省かれてたのに引っ掛かったんよ。

当該曲が最初に世に出たのをリアルタイム体験してたからこそなのかもだが、恐らく海外でも有名なCountryの人John Denverの代表曲なのに一切触れられて無かったんだよ。
今劣化本邦ではジブリでの本名陽子さんのカバーの方が歌詞が日本語なのもあって馴染みがあるのも分からなくは無い。

が英語版でも日本ではしばしばOlivia Newton-Johnで止まっちゃう、ってのはどうにも頂けんがな。
この曲自体が出て直ぐにワールドスタンダードになってたし、本家John Denverに他にもそうなってる曲が幾つかあるのがそんなじゃきっと洩れちまう。

日本限定でも少なくとも当時の洋楽ファンには本家のイメージしか無く、尚且つそれでヒット歌謡曲と近似な捉え方がされてたんだけどねえ。
英詩ってもBeatlesとかと近似で外国人に最も親しみ易い部類で、近年なら英語圏の人にとってのBabymetalの日本語詞みたいな感じだったんだ。

それにOlivia Newton-Johnってったらなんてったって、そよ風の誘惑(Have You Never Been Mellow)の方が圧倒的に印象深い。
確かにDenver氏の様に程々の時点で早逝してると、本人不在なだけに多少なりとも存在感が薄れるのは仕方無いけどさ。

けどジブリアニメで「平成初期の団地住まいの庶民の娘」が関わって、全く違和感が無いものとして選曲された程スタンダードな訳っすよ。
尤もジブリので例え日本語詞で歌が変なリズムになったカバー(おっとスンズレイ)にせよ、それでリバイバルされなきゃ劣化本邦では曲自体が埋没してた可能性が否定出来んがね。

わ兎も角普段相当Rock系を標榜しといて何で持出したかっつうと、CountryがRockの直接のご先祖様だからなのだ。
無論Rhythm&Bluesと共にこれ等のみでは無いけれど、近年の日本人がRockを演ろうとして躓いた場合Countryに疎いのが原因多数派だからなん。

広義のRock内でもロカビリー系の人は大部マシだろうが、近年のサウンドやアンサンブルへ上手に取り込むには「Rock登場以降のCountry」の重要性は計り知れんのどす。
劣化近年本邦ではもしかCountry→田舎→長閑だけのイメージかもだが、暴れ馬や怒った牛を何とかするとか厳しい自然に対峙するなんてのも主要テーマになっとりゃあす。

静的とか非暴力的ってんなら心は激しくてもFolk系の方が上だしネタとしても向いてて、開拓時代の他人の迷惑顧みない粗野なカウボーイが馬でって今だと≒ルーレット族や暴走族同然だかんね。
ってJohn Denverにはそんな曲が殆ど無いのに語ってるのが、杜撰大王ならではになっちゃってっけどよ。😅

けどロカビリー黎明期って乗り物を馬からバイクや自動車に替えたも同然で、変な例えだが子供番組のヒーローで鞍馬天狗の後の月光仮面はとっちゃんバイク(ぉおっと失礼)ってのも同じ流れどした。
因みに’60年代当時は今のスポーツバイクみたいな容姿のはまだ無かったからそうなっただけで、然るに’70年代に入ると変身後のキカイダーのはレーシングタイプ・ワイルド7のは白バイと暴走族御用達魔改造の合の子みたいなのにちゃんと!?変化しとったよ。

とっとと戻ってスピードやパワー感ではこっちにはあまり参考にならんDenver氏のも、コード進行や伴奏の小技に関しちゃ結構秀逸なのが少なくない。
それとこれは彼に限定されないがChorus(歌)の音程間隔の取り方等で、Guitarのパワーコードみたくメジャーマイナー感を殺したのについてはCountryはその宝庫なのだ。

これでCountryがユニークなのは伴奏はメジャーマイナー感が明確にあって、Chorusのだけそれが無いのが頻出したりする処でさ。
強いて言うならこれに依ってFolkとの差別化を図ってるとも看做せ、RockでありながらPopさも併存させたいとかその逆にしたい時にとってもタメになるのよ。

<つづく>

2022年8月17日 (水)

音楽備忘録1097 不当低評価の是正❹

本邦の業界劣化は想像を絶する様相を呈して来ちまったが、それ等の根源の1つに本件も含まれてると考えている。
誰だって富も名声も得られるなら欲しいもんだが、魂を簡単に売ってしまえるのは本質の理解不足に他ならんのじゃ。

どうせ真面目に頑張っても収穫が少ないなら…俺だってそんな気持ちには常に苛まれてるが、中でも最もバカバカしいのが基礎レベルでの「あ~ぁ勘違い」なのよ。
努力の方向を誤ってりゃ運良く周りに金の亡者が居なくても高評価が得られぬのも当然で、教育の瑕疵責任はあるにしてもこっちも自分で学ばなきゃアカンよそりゃあ。

こんなに偏狭資本主義化しちまうと雇う側は金勘定しかせんが、雇われるこっちは実務遂行上真実を知らないままでは済ませられない。
要は「立場が違う」から世相がどうあれ理解出来て無いと、ある日突然首切りされてそれっきりに追いやられる訳ですよ。

貰いが少ないのに苦労が減らんとは理不尽そのものだが、「実際に演れる」為の代償みたいなもんだからしゃーないねん。
かなりワイドな脱線になるが亡き安倍元総理は最期迄自宅警備に数億をつぎ込んでたらしいが、嘘ばっか付いたのを本人は自覚があったからビビリ捲っとったんちゃう?。(そのお金すらも敢無く無効化しちまった)

一見突然こっちへ戻す呈だが、そんなのって音楽家でも役者でも経営者でも大泥棒でも基本構造は全部一緒なので御座居まし。
それが口だけ番長でも居られる現政治屋なら、失言が酷くなってってもスルーされるだけで今の処は済んでいる。(ホントはそんなじゃ実に困るがね)

だが作品なり本日の表現なりで内面を出さなきゃなんない職業だと、人が逝かれると仕事もイカレて段々お義理でしか使って貰えなくなる。
それを避けるには例え今は家族の膨大な療養費の為とかで悪の軍門に下ってたとしても、裏では日々修正・矯正をしとかんと後で困るんだ。(上記の可哀想なオジサンも利用したつもりが利用された挙句…)

とプチ久で長前置きになっちまったが、こう云う根源的誤認がRingo Starrみたいなベーシックな存在の誤評価に表出してると思うんよ。
無理に好きになる必要も無いし、興味を抱く必要は無いすよ。

けどだからって不当に低評価するってな、例えば「魚は畑で獲れるもの」なんて誤認するのと一緒でさぁ。
脳内物差しの目盛が1cmの次が10cmと記されてて、それでいてその次が2cmってなってる様なドエライ状況なのよ。

だから誰に心酔して誰に興味が薄かろうとそれだけなら構わないんだが、歴史や経緯を誤認して後で損するのは間違えた本人の被害が最大になるのを知っといて欲しいんだ。
決して最初から完璧を目指せとは思わないし、ちょくちょく間違えるのも仕方無いし杜撰大王ですから全く否定なんて出来ないっすよ。

只問題なのは概知のものへ一切の疑念を抱かず放置するとか、好みのへ忖度し過ぎて欠点まで丸々受け継いじゃうとかがやべえんだ。
Ringoに関して必要な予備知識としては当時の環境等も重要で、過酷な長時間演奏や劣悪なMic関係等現代では想像を絶する酷さだった処。

当時そこそのLive houseでレギュラーを張ろうとすれば、レパートリーは今の10倍は最低必要。
Jazz系ならまだ長い曲とかアドリブで引っ張れるけど、ホピュラー系はロカビリー・アメリカンポップスの全盛期だから1曲がどれもやたらとすぐに終わっちゃうし…。

Beatlesデビュー後ですら当初はブームスタンドも無かったりで、Snareの手前にストレートスタンドを立てて叩き乍ら歌うとか!。(当然の様にコロガシモニタとか一切無し)
必ずしも本人が偉い訳でも無いだろうが、恰も次元が異なる程の中で編み出し演り続けて来たのはどうにも外せないんじゃないかな。

<つづく>

2022年8月 6日 (土)

音楽備忘録1086 不当低評価の是正❶

好みや人気が反映する分野では、数字的絶対比較が出来ないからある程度は仕方無い。
だが表面上の印象のみとか商業性だけで芸術を勝手に判定しては、最終的には手放しで心の底から楽しむのを阻害するだけなのだ。

さて冒頭の「ある程度」とは積極的に売ろうとはしてないとか、販売より製造に注力してる様な作品の事だ。
そう云う姿勢だと万人に分かり易くはならなかったりするから、内容の割に今なら「いいね」が少なかったり定評を得るのに時間が長く掛ったりする。

この件で俺の近辺では最近の日本の稚拙さが嘆かれてて、その酷さが海外の比じゃ無いんで又吠えたくなった。
さてⅡで今たまたま個人的にRingo Starrのソロアルバムに一寸嵌ってたんで、先ずは彼のハイパー不当低評価に徹底的に抵抗してやろうじゃありませんの。

Beatlesのソロになってからので俺がリアルタイムで最初に気に留まったのは、彼のBack Off Boogalooって曲だった。
曲全体の音世界の格好良さと奇特性に惹かれたんだが、彼のソロの他のがラジオで掛かる事が殆ど無かったからずっとそこで停滞したままだった。

それが今頃になって漸く自分的には聴ける時間が訪れたんだが、やはりシングルのチャートでの受けとかRockとしてどうかってば他の3人よりは少し物足りなさがあった。
しかし歌物Popsとして聴くと最も捨て曲!?が少なく、聴き手の知識等に左右されない出来栄えなのには感服させられた。

最初に世間で有名になった当時はDrummerを最もやってたから、どうもそれに俺も含め皆縛られてる節があってね。
個人のアルバムを順に聴いてくと、本人はどうも外野が思ってるよりPops歌手に力を入れてる風なんだ。

Drummerとしては売れただけで駄目じゃ無いがまあまあ、歌手としては上手な人と一緒に歌って迷惑掛けない程度ってのが今本邦の世間認識かねえ。
実際は当初はそうでも沢山聴き続けて↑のままってのは、知能指数マイナスって位恥ずかしい事なんですがね。

正直俺だって真の実力よりは低めに捉えてたが、その訳が最近ハッキリ分かっちゃったんだ。
↑で「Pops歌手」としたのは超意味アリで、演る側からは聴き手を選ばないのを重視してるらしい。

先ずPop Musicに拘ると聴き易さ最優先になるから、不要なパーソナリティのアピール等は邪魔になってしまう。
歌に関してもタレント性を楽しむんなら、素人が真似出来ないのをやって見せ付けるのもアリだろう。

が聴き手が気楽に即座に参加出来るようにと思えば、意図して「誰でもすぐ歌える」様にしとくのも大切。
その様な姿勢で取り組むと「楽しいけど凄く無い」と感じられるのが大多数となるもんで、しかし飛び道具一切無しで勝つのってホントは最も困難なんだけどねえ。

俺の中にもある演奏ヲタ的には今1つ面白味に欠けはするが、音楽全体は常にハイエンドレベル且つ新規物の導入が異常に早い。
只ここ迄のほぼ全てには大変重大な「裏」があって、近代の「ポピュラー系の普通」ってそもそもは彼等(Beatles)が作り上げた物って処でさ。

Beatlesより少しでも後の人にとっては単なる普通だが、本家にとっては「自分達オリジナルの流儀で演ってる」だけなのよ。
これは他に類を見ない現象なので皆失念してる様だが、彼に限っては先ずこの特異性その1を含めないと正しい評価なんて出来っこないのよ。

<つづく>

2021年9月28日 (火)

音楽備忘録775 Rockのスタンダード➊

近年になる程所謂懐メロに洋楽ポピュラー系が無視されてるんで、ちっとも相応しそうでは無いがそれを体験から綴っとこうと思う。
個人的には地上波TVは元々期待薄だったが、それなりに頼りにしてたFMラジオ放送すら聴く頻度がほぼ皆無になったのに由来する。

確かに昔と違って自ら調べれば簡単に情報獲得が可能になってるが、それが出来るのは名前を知って興味が湧いてからの話しだ。
本来紹介が必要なのは僅かしか耳にした事が無くその名も当然未把握で、けれど何だか気に入ってる様な段階の人達だと思うんだけどねえ。

現に幼少期に耳にした中に未だ未解明のが残ったままで、長年探してても見つかっていない。
かつてはヲタ性の強い番組でそれが分かる事もあったのが、令和になって完全に途絶えたですわ。

実際どの程度政治とか業界の圧力等が作用してこんなになってるか俺は知らんが、アホガキだった俺が今に至れてるのはかつては「目立つ所に親切なオジサン」とかが居てくれたからだ。
具体的には海外ならWolfman Jack・国内なら糸居五郎から小林克也辺り迄が俺には先生で、これは音楽に限らず他に興味のあった分野でも同様だった。

鉄道なら小田急ロマンスカーを作り出した人達、自動車ならかつてテレビ神奈川(TVK)で「新車情報」って番組に出てた三本和彦氏なんて下手なお笑い番組より遥かに痛快だった。
これの前者は実務と平行しての趣味誌への寄稿で「現場の本人の声」そのものなのが貴重で、後者も開発者を呼び付けてユーザー目線で無遠慮に毒舌を浴びせてたのが特筆ものだった。

何れも単なる一方的な批判で無いのが近年のと大違いで、取敢えず不満はぶつけてみるがそうせざるを得なかった真相が明かされたりしてたからね。
案外出来るのに見落してたのに対しては素直に謝ったり、改善の約束をしたりと中々建設的だったな。

音楽の方は小林克也氏以外のは殆どがラジオだったが、何れも郵便投書に依って市民と直接繋がってたのも見過ごせない。
今だって無くなっちゃいないものの変な忖度や選別がどれも多過ぎで、ありのままに正直にやってるのったら俺知りだとダルビッシュ有のTwitter位しか無くなっちゃてるよ。

これについては是非皆にも猛烈に違和感を覚えて欲しいんだが、専門性が高いと最終的には当事者本人じゃ無きゃ無理故ド素人への対応こそメジャー系メディアが担うべきなのにさ。
そりゃ携帯ショップへ自らは学ぶ気が皆無の年配者が押し掛けて我儘放題なんてのが蔓延してると、「知らぬは罪」みたいな感じに見えて来ちゃうけどさ。

投稿だってネットが主流になって以降は全くイカレタのも増えちゃったから何だけと、おかしいのが多いからってマトモなの迄封殺するのはやり過ぎだしょ。
今試しに「洋楽スタンダード紹介」でググってみたら出て来るのは有料のの宣伝ばかりで、無負担で行けるのは個人ブログがちらほらってのはあべこべだと思うんだよねえ


初めの一歩を知るのすら有料にするってのは、新規顧客開拓を放棄するって事なんじゃない?。
幾らネット上に文字だけでご託を並べた処で、魅力的な音の一端すら聴けないんじゃ誰が分かるか気付けるかっての。

とひとしきりほざいといて何故俺じゃ相応しく無いと考えてるかったら、渡米経験も無きゃ昭和47年以前の沖縄出身者でも無いからだ。(第二次大戦後から上記の間は「沖縄はアメリカ」だった)
黎明期の色々がこっちじゃ既に伝説化し過ぎの状態になってから入って来てそうで、しかし時間の経過で原体験をお持ちの方々はどんどん減ってそうだ。

これに輪を掛けて末端ブログじゃ波及力が脆弱過ぎるんで、誰かたった1人にたった1つ役に立つ程度でも御の字と覚悟して乗り出すとしよう。
又世界と共通のの方が多いが、ここでは敢えて「日本でのスタンダード」にも少し拘ってみたい。

ってのは現地での黎明期の1950年代に活躍した言わば第一世代が、’60年代には死亡・引退・徴兵等で業界最前線に居なかったのに端を発する。
それへこっちでは敗戦や占領の影響も手伝って1970年頃迄は音楽ムーブメントは戦勝国より10年遅れが続いてたんで、一部で興味を持つ者が出だしても大物達となると幾らも呼んで来られなかったんだ。

俺の生まれるかなり前なんで何故ロカビリーだけはすぐに入ったのか分からんが、黒人系を中心としたそれ以外のはBeatlesの武道館迄だと有名処ではThe Ventures位。
結果的にRockってよりゃ「エレキブーム」の方が先みたいな事になってて、欧米の60’sはPops寄りのが中心になってたのがこっち固有の現象だった気がするな。

<つづく>

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