経済・政治・国際

2019年6月26日 (水)

プロの定義② 基準の内容編

前回は音楽を演る側にとっての相応しい自覚等で、世間の経済面だけの呼称に振り回されるなみたいなのを記した。
そして結局は当事者にとっては実力等の飽く迄「内容」が重要なのを少し示したつもりだが、その具体的な部分へ進めて行こう。

実際楽器演奏に必要な部分も目的次第で違いが色々あるが、プロ・アマで一番違うべきなのは上手さでは無い。
それよりもどれ位要望に応えられるかが本来の分水嶺で、リクエストに一切答えられない様ならどんな凄腕でもそれはアマチュアだ。
現実的にはどんな達人プロでも限界はあるけれど、スポーツの記録等と音楽の価値が違うのは明確な基準が音楽には無い処なのだ。

今では生演奏の仕事が激減したのとジャンルの多様化もあって、昔よりは何でも弾けるニーズは目に見え辛くなっている。
だがClassic系等より楽譜に頼れないRock系では、少なくとも世界標準のスタンダードも知らないのでは話しすら始められない。

どうした事か近年本邦でだけスタンダードナンバー軽視の傾向が見られるが、音楽だけの特権的共通言語でもあるのでこれは実に勿体無い。
山と言われたら川と答えるのと一緒なのでこれが駄目だと本来とても合う仲間と出逢えてても見分けが付けられず、仲間を作るのすら大変になっちゃうんだがね。

生楽器で基本的に楽器には音色加工をしない物なら、初見(しょけん:譜面を見ると同時に弾ける)が利けば何とか出来る。
だが旧来からの楽譜には電気楽器等の歪ませ具合等を定量的に表す規格が無く、どんなに譜面が得意でもそれだけでは音色を合せるのが不可能だ。

一方Classicやオケ系では譜面が全く読めないとアマ楽団にだって参加困難とかになるけれど、それだって「楽器が弾ける」のに「譜面が無いから弾けない」は非関係者には全く合点が行かない理由となる。
ジャンルや種類に無関係に音程が出せる楽器だったら、ドミソドミソって演ってとか言われて出来ない「奏者」は滅多に居ないんだからさ。

アマなら個人の密かな趣味だから弾ける弾けないに関わらず今ここでは嫌と言っても通るけど、プロの現場では後ででもお金を貰うんだからその分を弾かない訳には行かない。
そしてこう云う部分について近年本邦の呼称や雇用形態には、大きな瑕疵があるのが要警戒なのだ。

メジャー系のプロモータは今の流行りに合ってる連中を探して来て契約するが、ブームの続いてる間は稼ぐ面だけでは商売になるだろう。
しかし流行りが変わった時に着いて来れなかったりどこかしらが不適合になれば、アッと言う間に契約終了若しくは破棄される。

これは当初は雇う側が人権無視だっただけだが、最近では雇われる側にも大いに問題点が散見される様になって来た。
つまり余りにも演れる事が少な過ぎたのに、それを放置したり改善させる気を持ってなかったりしたからだ。
その一因にプロのプライドだとか自覚が大いに影響してるのは確かで、「稼げたからプロ」「稼げてるからこのままで構わん」って認識の過ちだ。

絶対評価基準が持てなく生活必需品でも無い音楽は、元来ロクに商売にならない分野なのは最初から判明してる事実だ。
普通に真面目にコツコツやってれば長く継続の保証がある分野とは違うんだから、同列視するのにそもそも無理があったのだ。

見掛け上一時的に巨大ビジネス化したからって、所詮は祭りの屋台が偶然大繁盛しちゃっただけなのよ。
祭りがあるよと訊いて売れる物があるのに屋台を出さん手は無いけれど、どう見たって「祭りをやってない日」の方が普通は圧倒的に多い。

そんな状況下では技術や知識等の専門性を堅持して、いつ祭りが開催されてもすぐに屋台を出せる様な継続性こそがプロなんじゃないかな。
それも将来開催される祭りがどんなのになるかはその時になってからじゃないと分からないんだから、ある程度近い未来の以外は予測して備えるのも無理になる。

それでも確実に力になるのはベーシックな実力で、それを突詰めれば簡単でも構わんから兎に角「弾けるか」が問題になるのでは。
これ等を敢えてシンプルにまとめると音楽のプロとは、何とか要望に対して納得してもらえる音を出せるかどうかって事に尽きるのでは。

<この項一旦終り>

2019年6月25日 (火)

プロの定義① 基準編

益々身分不相応拡張著しいが、一石を投じさせて頂きたい。
キッカケは認知度ではメジャー在籍経験がこれを支配するのは納得だが、専門的スキル不足のままでプロと呼んだりそう捉えて構わんとは思えない処だ。

免許証等がある分野だったら良し悪しは別として、兎に角分類は簡単だ。
だが芸術みたいに絶対評価が不可能なものだと、何らかの資格制度を設けた処で実質的にはそれすら曖昧なライセンスとなってしまう。

現代本邦は資本主義社会なのでそれに則れば収入面からの判別をするのが当然だし、英語のProfessionalを意味も含めてそのまま使ってるならこの話しはこれでお終いになる

だが日本語でのプロって言葉の中には専門家等の意味も大きく含まれてるので、幾ら儲かっててもスキル不足の者迄含めるのは本来お門違いってもんだろう。

英語を採り入れるなら知識や実力が達人ってのに対応するExpertとかSpecialistってのがあるが、現状の本邦でそれを簡略化したエキとかスぺなんてのは無いから使い辛い。
音楽でもそうだがコピーして勉強になるのは不都合でもそれも含めた場合で、都合の良い処だけ安易に失敬して来りゃこんなもんだわね。

「食えてるからプロ」で不味いのは音楽ビジネスとしてならとても立派でも、ミュージシャンや音楽家としてはアマチュアの足元にすら及ばない者迄含まれてしまうからだ。
売れたらプロの音楽家では無くそれだけだったらスターやタレントとかアイドルと呼ぶのが相応しく、全く売れて無くても人並み外れて専門性や技術力があってもそんなのはどうでも良い事になっちまう。

これは世間で職業を訊かれ会社員なんて答えるのが一般化してるのと同様で、うやむやに出来て都合が良いなんて面だけに気を取られてるのと一緒だ。
だがそれだとヤバイ会社で社名を言い辛い場合等も含まれてる訳で、相手はこっちが思ってる程何時も都合良く解釈してくれてるとは限らない。

またこれはプライド(誇り)の面でも顕著で、過去のとは違うが妙な職種差別もプンプン臭って来て臭くて堪らん。
音楽ビジネスのプロだってとても凄い事なのに、どうも音楽界だとミュージシャンの方が良く思われてる節がある。
ミュージシャンは自らが立ち上げた企業で大儲けとならん限り、世間一般で言う社長とか重役なんて呼び名とは本来無縁なものだ。

なので音楽ビジネスのプロならそう云うのを前面に出すのが本来一番恰好が付く筈で、無理して音楽家ぶる必要なんて無いんだけどねぇ。
一方プロミュージシャンの99%以上はもし晴れて社長と名乗れても、ビジネス界観点では零細企業主の域を脱し得ない。

それと現在はミュージシャンも経済活動の一種と認知されてるが何時の時代もそうだった訳じゃ無く、今でもマイナージャンルのみに携わってたらどんな凄腕・大天才でもそれだけからの収入では暮らせて無いだろう。
しかしそんじゃ専門家に足りないのかってばそんな苦境でも続けられてる位だから、超専門家である可能性が高い。

世間に悪影響の無い範囲でならどう称したって構わんけれど、そんなのでその立場の人が劣化する様なら考えなきゃいかん。
収入観点では本邦では役職名や企業名でもそれを表せるのでそっちにして貰って、こう云う業界のはスキルに対する呼称と是非して頂きたいもんだ。

例えば相撲とレスリングを比較すると近年劣勢のプロレスですら、実質的な業績ではレスリングの方が遥かに上を行っている。
伝統芸能などを社会で支援するのは良い事だけどこれや税制の優遇等をもし全部排除して比べたら、恐らく相撲も歌舞伎も廃線検討すべきローカル線並に成り下がると思う。

更に別視点からとするなら学校の公立・私立なんかの学費と上記を比べりゃ一目瞭然で、公立系の相撲の方が大抵観戦チケットが高額なんだから随分妙な話しだ。
俺的には国技を広め親しんで貰うには寧ろ大巾値下げして、子供が小遣いでも見られる様にする方が将来の繁栄に繋がると思うんだけどねえ。

角度を変えて格闘家としての「本質」で比較すれば相撲に他流試合が無いのもあって、現況だと恐らく相撲以外の方が平均スキルは高いだろう。
でもだからって相撲の価値が減るもんでもなく、減るとしたら今相撲をとってる力士や協会がだらしないだけだろう。

概吠えだが実際の仕事内容が何であれ就業形態のみで「会社員」って馬鹿かじゃないが、そんな呼称を最優先するのは「金持ちじゃなきゃ偉くない」とか「金持ちだったらどんなロクでなしでも偉い」と認めてる様なもんじゃんか。
それじゃあ幾ら暴対法でヤクザさんを居なくしたって、国民全員がコソ泥化しても無理無いでしょうよ。

ここで特技を持ってない只のサラリーマンでは難しいけれど、何か技的なものを持ってる人なら違う呼称が使える。
それは楽器が弾ける者だったら担当パートの呼称で、PianistだのGuitaristってのだ。
世間での呼称や認識はこちらで操縦不可だからそれは諦めたとして、上手くなりたいのに良い意味での自覚が持てる呼称を放棄するのは勿体無い。

どう名乗りどう呼ばれどう思ったとしても、それで実力が落ちなきゃ結構ですがね。
そして意識の持ち方次第でアプローチ等に後から違いが出て来るのも考え処で、少なくとも「実際にやって見せる」必要がある分野では「名実ともに」じゃないと無理みたいですけど…。

<続>

2019年2月 3日 (日)

音楽をやる上での上手なお金の使い方①

最近は誤った二極化一辺倒の様で、金持ちは何でもするし貧民は何もしたがらなくなり気味だ。
けれど人間必要に迫られてやらないと成果は不充分となり勝ちで、現状に問題のある者程頑張れれば良い曲を生み出せたりもするもんなのだ。
この矛盾をどうするかってば工夫しか無いんだが、どんな大金持ちだって要るのを買い忘れれば一文無しと同然ってのに着目されたい。

人それぞれ様々な手法があるし、俺の仲間には先鋭的に音楽最優先の生活を実践してるヤツもいる。
元手は何より重要ではあるが「兎と亀」よろしく、配分を誤れば効果が低下するのも確かだ。
そこで俺体験的に、それぞれの必要度を挙げて行くとしよう。
先ずは消耗品とそうじゃないのの仕分けで、個人差はあるが分けて於くのがお勧めだ。

俺現行バンドの休養中Guitaristはメンバー内で一番それらしいプロ活動体験をしたからか、例え弦やシールド1本ですら一切妥協をしない。
少しでも良い音を求めるにはそれが理想だし、
実際差が小さくても音が違った。
だが機材のコンディショニング等に難があり、能力がフルに発揮されてるとは言い難い感じだった。
そうこうしてる内に体調の方を崩してしまい、現況へ至ってしまっている。

頭の中が音の事で一杯になってれば誰だって自らの姿が見え難くなったりするが、弾くのが人間である以上「体も機材の一部」なのを見落してたか。
これは一例としての掲載だが結構想定以上に広範囲への投資が、避けられないし覚悟してた方が対応力が上がるだろう。
そうなると余程の金余り君以外にとっては、やはり配分が大事になって来ると考えられる。

消耗品判定で難しいのは寿命とコンディションで、これが偶然一致する人は三国一の幸せ者って位稀だ。
かつての仲間で手が脂性の奴が居たが、張りたてのラウンドワウンド弦が30分も弾けばまるでフラットワウンドみたいな音になっちまってた。
こんな場合はどうしてもの必要性が無ければ却っておろしたて時は避け、敢えて音が籠ってからのを使う方が出音が安定するってもんだ。

曲の途中で不本意な音色変化が起きても彼はリードボーカルだったから、逐一Ampのツマミを弄れはしなかったからだ。
片や俺は生れ乍らの貧乏性か手は乾燥気味で、コンディションより弦自体の寿命の方が先に来ると彼とは正反対だ。
その俺も太鼓となると皮の持ちが従兄の先生よりかなり悪く、良く言えばパワーヒッターの宿命か。

しかしそこ迄音色自体がパワフルでも何でも無いので、恐らく叩き方がまだまだ下手なだけなんだろう。
これが厄介なのは上手くなる為に練習する程皮が消費されるので、俺太鼓の場合は当分の間皮はコスパ最優先にしないと練習が捗ら無さそうだ。
けれど最近バチの消耗の方は穏やかになりつつあり、その面では前より少しは上手く叩け出したんだろうね。

バスドラに関しては以前記した通り比較的上手く踏めてそうでも音数膨大のせいで結局消耗が早く、実験の結果から①ビータより皮保護優先・それでいて最近記した如く②ビータ裏技無茶延命で凌いでいる。
GuitarやBassのピックにしても更新の程度は様々だろうけど、極端な新品崇拝は俺は支持しかねる。
だって弾いてる最中にどんどん削れてってるんだからさ、厳密に言ったら2音目以降は必ず中古で弾いてるも同然なんだよねぇ。

かと言って元は涙型のがオムスビ型に迄変形してたら、もう別物化してるからお取替えすべきだけど。
また前出「
それらしいプロ体験」君はケーブル類にもとても拘ってて実際それなりの効果を上げてたが、電源ケーブルについては彼も含め大抵多くの者が考えに不足がある。
「自分の見えてる場所」をハイスペック化すると精神衛生上は効果があるが、発電所から各戸のコンセント迄の配線グレードが大問題だ。

ケーブルスペックアップで効果が大きいのは「始めが肝心」で、末端へ行く程効果はどんどん小さくなってしまうものなのだ。
だからBufferやPreampの入って無いGuitar等へ突っ込むシールドケーブルとは違って、
送電系統中では電源ケーブルは「最末端」なのでコスパ最悪なのだ。
少なくともそれ以外の部分に不足が残ってる状態なら、
電源ケーブルより先にそっちへ投資しないと全く意味を為さなくなるのである。

Guitar等へ突っ込むシールド案件で意外と差が大きく出るのはハイインピーダンスだからで、要するに出力が物凄く脆弱だから超強力な登山ガイドを付けないと遭難しちまう訳だ。
但しこれにも注意点があって、幾ら高性能でもケーブル自体の衝撃による雑音を良く調べないといけない。
往々にして高伝達特性のケーブルは軽く触れただけでも、タッチノイズが出易いからだ。

行儀よく椅子に腰掛けて動かないなら無問題だが、躍動感が求められると録音でもじっとしてなかったりするから悪影響が出てしまう。
何れも最終的には各々が実験して確かめるしか無いが、思考の視野が狭過ぎると副作用に苦しめられる事が多くなりそうだ。
しかもケーブル類は弦等よりは長寿命だが、基本的に何時も「動かされる」物(変形)なので大抵は半永久とは行かぬ。

Guitar本体でも俺の身内系はハードに弾くのでフレットの減りが無視出来ないが、それでも弦やケーブル等よりは長寿命なのに変わりが無い。
Ampともなれば消耗部は殆どが部品交換可能なので、この手の物は極力ケチらない方が後で割安に付く。
「隣の芝生は青く見える」で種類が欲しくなったりもするが、半端物を沢山持っててもどれも音が今一となれば行く行くは買換えたくなるに違い無い。

この様に音に対する実質的な効果度で判定すると、結構両極端に近い状態が高効率となったりする場合が出て来る。
また面白味に乏しいかも知れんが、ディテールより本質的な部分に主眼を置くのがお勧めだ。
部品は後からでも換装可能だが、本体部はそうは行かないのを忘れないで欲しい。

<つづく>

2018年12月25日 (火)

真実の音質とは⑭ 音量と音質の関係性 オマケ編

前回の今更Bee Geesもかなりだが、今はその呼称でなくなって久しいFEN等を出してしまった。
概知の方には退屈かもだがその場合懐かしんででも貰って、一応これらのプチ用語解説みたいなのを開催しますだ。

1.FEN(Far East Network)
現在はAFN(American Forces Network)と呼称が変わったが、要するにアメリカ進駐軍兵士向けに始められたAMラジオ放送だ。
俺が生まれた時点ではまだ
正規FM放送開始前で、幼少時にタダで日常的に洋楽を聴けるのはこれしか無かった。

俺の親父がセンスに乏しい大正生まれの軍隊上がりだったからか、舶来指向は無かったが本邦音楽にダサさを感じていた。
その当時の俺的にオシャレさと親近感を抱いたのはRock系だったが、本邦のラジオ・テレビでは取扱いがほぼ皆無。

本土在住の一定以上の世代で幼少時から洋楽に親しんでた者には、恐らく例外は無いと思われる。

2.ラジカセ(ラジオカセット)
名前の通りラジオとカセットテープレコーダが一緒になってるだけだが、これが出る前後で使われ方に結構違いが出たのだ。
オープンリール時代は取扱い難易度の他に高価なのもあって、一般人が使うのは必要時中心であった。
カセットテープが出て誰もが用いられる様になったが、録音には別の手間も掛ったのでまだ誰でもでは無かった。

自動録音レベルが付く様になるとこれもクリアされたが、チープ音質のラジオを同じく低性能の内臓Micで録れば音が悪いし周辺雑音も入る。
かと言って当時の素人に有線接続は困難かつ面倒だったのが、これの登場で簡単になったのだ。
個人的には幼少時よりヲタだったから手間や知識には困らなかったが、お金の掛かる接続ケーブル購入がネックだったのだ。

それにラジオは一方向通信で個人の都合に合わせて放送されてはいないので、聴いてて録りたくなってから線を繋いででは間に合わなかったりもしたのだ。
これを予め録っても良いテープを入れて置けば、ボタン一押しでいざ鎌倉が可能になった。
今なら無知の新曲はネット経由が多いから取敢えずブックマークしとけば済むが、昔はこんなのじゃないと一部概略保存すら出来なかった。

3.昔の一般向け音機器の性能実態
音響とかオーディオと呼ばないのは主に性能面からで、応接間に置かれてた管球式ステレオですらミニコンポに届くかどうかであった。
真空管物は人耳馴染みの良さ等では今よりずっと秀でてたが、シビアにだと良かったのは雰囲気だけとも言える。

石(半導体)物だと今の百均のにも負けそうに貧相で、今だったら音切れだけ起きない携帯電話とでも比喩出来るかだった。
そんな時代でも業務用や専門家向けオーディオならそれなりの性能を持ってたが、如何せん超高価でVIP専用状態だった。
レコードも洋物は高価且つ入手難だし、子供にとってはたまにのシングル程度で精一杯だった。

だがしかし平民が音楽を軽く楽しむって観点に立つと良い面もあって、頼れないだけにしても物理的音質以外がもっと重視されていたのだ。
音質は良いに越した事無いし、誰でも知ってしまって入手負担が軽ければそっちへ行きたがるだろう。
でもオーディオマニアじゃない人には、それよりホントは「感性的」性能の方が大切な筈なのだ。

幾ら高音質でも作品の持ってる雰囲気や世界観が、少しでも違って聴こえたら印象が違ってしまう。
音と云っても分析や解明では無く
食べ物じゃないのに味ってのも何だが、味だとか匂いだとかを連想したり出来る方が大切だ。

鉄道ファンなら電車を見てあれは強制空気圧振り子付の50000形VSEだのと認識するが、普通人は小田急の特急かとかせいぜいロマンスカーと思う位だろう。
でも実質的に乗り間違えせずに済むならその程度で充分事足りるし、それより忘れ物や食事等の心配の方が旅には大事だ。

嘆かわしき本邦現況に「雑音の気にし過ぎ」もある気がするが、そいつぁデジタルの奴隷になった様なもんだ。
誰にでも雑音が感知し易くなったのは確かだが、雑音皆無でも音楽自体が魅力不足ではちっとも楽しめないではないか。
乱暴に言ったらつまらん聴きたくならない物にだと、聴かないんだから雑音の有無等無関係となる。

音楽技術面でも現況の方向性は大きな誤りで、ありのままが記録出来る様になったからこそ加工は要らなくなった筈なのだ。
音質の問題で聴き取り補填がどうしても必要だったから、昔は弄らざるを得なかっただけ。
尤もかつては思った程は弄れなかったんだが、だからって猫も杓子もで弄り倒しても仕方無かろう。

そしてデジタルはそのまま記録の他に、音色加工機器の超小型化(低廉で)ってメリットがある。
よりもっと聴者の好みで弄れる様にするのが簡単に可能なので、元ソースに掛けとく必然と価値はもう無い。

後から出来るのに先にやっちゃって、聴者の弄る余地を無くすのに変な訳でもあんのかなぁ?。

もっと一般的なのに置換すれば、昨今では腕時計をしてる人が随分減ったのと類似例であるべき処なのだ。
ガラケーやスマホに時計が入ってるから腕時計をしなくても平気だが、だからと云って手首に何も付けられなくなっちゃいないよね。
何でJ-POPだけそうなってんのかなぁ、可笑しいなぁ、不思議だなぁ?。

2018年5月11日 (金)

COMODO Internet Security Premium 10 Update Error

ネット検索で記事が皆無だったので、勇気を出して記すとした。
宅ではWINDOWS 10と8.1とXPでこれを利用中で特に問題無かったのが、
8.1とXPで5/10(木)になって突如Update Errorが出た。
現状まだXPの分は未解決だが、8.1は最新版のインストーラを本家から入手・上書きで何とか機能が復活した様だ。
フリーソフトなのでこれ自体も微妙だが、タイミング的にはMicrosoftの更新後なのでこっちもかなり怪しい。

今回のMS更新がNetframework4のなので、ネット通信に大いに関係してるから怪しい。
Error内容としてはCOMODOのDatabase Siteへの接続が不可になったと出てて、当初はサイトのメンテナンスも疑ったので暫く様子を見ていた。
しかし日が暮れても一向に改善しないので、PC内の「プログラムと機能」からの修復を試したが宅では不可だった。

COMODO自体は前日も使用してて確実に「最新の状態」になってたが、どっちのせいにせよどうやらアドレスが不作為に書き換わったか消されたみたいだ。
詳しい人なら「その部分の修正」でも対処可能かも知れないが、残念乍らこっちはそこまで詳しくないので上書き入れ直しとなった。

因みに
XP機ではWeb閲覧等は一切しないが、PCネットワーク上の都合で10や8.1と共通のLANルータへ繋いでいる。
それと色々な更新関係では例えサポート終了OSでも、ほぼネット経由となるので
COMODOを入れている。
尤もそもそも
XPの内の1台は、8.1とデュアルブートになってるが…。

こちらの欲しい記事では無かったがMS更新の実情レポートみたいなのによれば、「外部からの安全優先」でまだ不完全なのでも取敢えず更新通知が来たりしてるらしい。
でも変な菌にうっかり感染しては手遅れなので、気乗りしなくても更新は躊躇しない事にしている。
「後の手間」に対しBeta版ならそう明記して欲しい処でMSの「悪いプライド」のせいと感じるが、敵に不完全なのがバレても困るのは確かだ。

今これを書いてるのが上記のデュアルOS機なので未だ未確認だが、これのXPへ何故か
Netframework4関連の更新通知があって一応実施はした。
確かXPへは3までしか入らないとどっかで読んだけど、兎に角一応は成功の表示が出ていた。
単独OSのには通知が来てないので、或はこのPC内に8.1関係のファイル等があったせいなのかも知れない。

この単独XP機にはネット接続の問題で本家最新
On Line版インストーラが不稼働で困ってるが、後日スタンドアローン版を試す積り。
デュアル機もまだ再投入は出来て無いのでどうなるか不明だが、出来れば無事に稼働して貰いたい処。
そう云えば以前COMODOはプログラム自体の大幅更新時に、やはり類似トラブルがあったのを思い出したよ。
あの時も結局「入れ直し」でしか解決しなかったっけねぇ。

フォト
2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

最近のコメント

最近のトラックバック