経済・政治・国際

2022年6月25日 (土)

音楽備忘録1045 定番と奇抜➋

どうせ12音階に始まって流行やら何やらに縛られるんだから、ジャンジャンパクったってどうって事ないっしょって!?。
本音だと俺はそんなの全否定だけど敢えてそこを不問としても、そんなに卑屈になる位なら今や作曲なんてAIにやらせちゃっても良んじゃねっと思うのよね。

近頃の日本の歌詞の文学的芸術度の高さには感服致しますが、前回のネタの件同様言葉に頼り過ぎですよそんなじゃ。
っつうか自分が国語とか文系が不得意だから良く分かっちゃうんだが、そんな風にされたら文学力の足りない俺の行き場が無くなるのどないしてくれはるん…。

なーんてーと老害の保身にしか聞こえなくなりそうだが、文学力のある人だけが面白いのに気付けたり浮かんだりする訳じゃないよね。
これを杜撰大王流に正しく表現させて頂くなら、折角文学力があるのに僅かな不足を汚音で補って誤魔化すのは勘弁しくとれやすとなる。

毎度乍ら他人の趣味にケチ付ける気は無いが、「音だけの価値」を損ねる様な部分があるならそりゃ立派な侵害にあたるからねえ。
何より劣化本邦の主流系に晴れない疑念は、言語主軸にしては伴奏が出しゃばり過ぎてるし無駄に長いIntroやOutroがやたらと付けられてる処。

いきなり歌から始まるとか演奏オンリー部が最低限になってるのの方が多かったらディスらんが、普通に作ろうとして物足りないのを後付けの奇抜センテンスでって舞台裏がダダ漏れも同然じゃあさ。
ってこっちが勝手に断定するのは失礼だろうが、未完成で提出して減点されるのは子供の夏休みの宿題だってそうなんだからね。

とは言え愚痴ってるだけじゃしょうがないから何故なったと掘ってくと、作詞者とプロデューサ・ディレクタの文学スキルに大差があるからなのかも知れない。
毎度の手前味噌だが30~35歳頃に居たBandが丁度そんな組合せになってて、東大出の作詞者と理系編曲者(俺)且つ俺以外は平均プラスαの国語力の持ち主で。

準屁理屈だろうが当時の関係者の中で俺だけ飛び抜けて低レベルだったから、一寸怪しくなれば誰かから助太刀があって事故には至らずに済んでたんだ。
それでも歌詞の読解に掛る時間に随分差があって、是又たまたま楽器や録音に関しては携われるのが俺だけでそれなりに時間が掛かっちゃってたから間に合ってたってな調子よ。(威張ってどうする…)

それが効率一辺倒の大手系では製作者に与えられる時間がもっと限られる上、体力的操作負担は減ったが格段に複雑化した機器操作に翻弄されてりゃ誤字脱字すら見逃しちまう位にもなり兼ねない。
↑の効率って真の意味では余裕の増加も含まれてて、無駄骨減った分を本業のミス駆逐へ回せるってのもあるんだけどさ。

雇う側がパープリンだと目先のお金でしか裁量出来んもんだから、とってもリンクの悪い分業にしちまってたりな。
プロ・ディレに歌詞読ませて中々分からんなら待ってらんないから、ほんじゃお前ら音だけさっさと仕上げろよ…なんてなってるかどうかはアタシャ全然存じませぬが。

でも命じてようとそうで無かろうと、そっちへしか行けないとか行き易い環境にしちゃってるのは確かだしょ。
んでそんなある種の内部分裂があると、夫々は自担当のだけで面白味が足りる様にとかってなり易い。

情けない話しだが双方相手の取れ高が良く分からんから、大事な一言の処でだけ刺激的な爆音を付けちゃったとか。
以上に勿体無いのが相乗効果の逸失で、俺が近年劣化J-POP系の人達にグループの魅力が殆ど感じられないのはこれもなんだ。

尤もそれでそこそこ距離を取ってるから辛うじて日常の平静が保ててる!?が、どうやら極最近はもっと状況が悪化してるらしい。
従前のはシレッとモロパクリみたいな犯罪のを除けば、間の悪さやミスマッチ程度で収まってたんだけどね。

<つづく>

2022年6月21日 (火)

音楽備忘録1041 定番と奇抜➊

俺も従兄も奇をてらっての失敗が蓄積したから基礎の重要性に圧し掛かられてるのか分からんが、そんなアホオヤジの若い頃でもビックリなのが増加中の様なので考察したくなって来ましたよぉ
我が国には過去に「精神論」なる完全に論理成分0%の悲しいのがあったが、当時そんな真っ赤な嘘をブチ上げたのは責任転嫁と悪政の都合だった。

んだけど俺の父親は学徒動員からの軍隊上がりだったからか、戦争自体は完全否定も「良かった部分」(実際は本人の感覚だけ)への愛着が強かった。
こっちとしちゃ戦争を知らない子供達であるから何を今更の、勘弁してよの恥ずかしいだろの…。

けれど気の持ち様で結果に差が出るとかは確かにある事で、これを今ちゃんと再分析するとどうも心理学と混同してたんじゃないかって思うんだ。
飽く迄幼少時に勝手に抱いてたイメージに過ぎないが、根性だけの日本人・合理的で冷静な米人って。

それが座間キャンプでの仕事等も含めネイティブの人との接触を重ねてくと、表面は杓子定規だが内実はだらだらな日本人に対し米人は丁度真逆な感じでね。
そんな実態に慣れる迄は束縛感僅少にして妙に熱いのに面食らってて、真面目って部分についても表裏が日米では逆転してる感じで意外だった。

そこで体格差と共に劣等感に苛まれてては舶来崇拝でしか無くなるが、だからって見るべき部分に迄眼を瞑っちゃ何にもならない。
これとJ-POPを始めとする本邦劣化音楽界との関係性として、以下の様な構造が災いしてんじゃねっと思ったん。

エンタメ性としての奇抜は有効だがそれは言わば表の顔で、お客さん視点・聴点はそっち寄りな方が娯楽としては正しい。
だが作品とその内容は夢物語であっても、実在する音にするには自然や物理の法則に忠実に従わなくてはならない。

ので工房でも厨房でも何でも良いが、内部では表とは打って変わって地道でつまらない位であって寧ろ然るべしなんだ。
一時期TVやラジオ番組で所謂「内輪ウケネタ」が横行してひんしゅくを買ってた様に、自分達だけしか楽しめないになっては放送する価値が無くなる。

身近にあったおかしなのをネタにしちゃいけなかないし、ヲタ度から来る物珍しさとしては却って独特ではある。
但しその際重要だし決して失敗が許されないのが、非専門の一般大衆が同じ心持になれる工夫等だ。

昔のギョーカイさんならドンバ用語は即分かるが、Band(バンド)がドンバと逆になってるのを知ってて慣れて無きゃ意味不に終る。
いやそんなんわーってらぁなアナタ、灯台下暗しってこう云う場面に最適なんすわ。

もし制作チームに一般人不在だと、僅かな不備はスルーされる方が多いんや。
幾ら確認の為でもクソ忙しい最中に一々毎回全部指摘されてたら気分的に沸点越えちゃったりあるし、相手が業界人の自分にだからそうなだけでお客さんの前では翻訳した方で言うかも知れない。

そんなのからすると翻訳し損ねが少しはある方が普通って認識位持って無いと、アンダーコントロールを維持出来ないんじゃないの。
この面では例えば料理の刺身と音楽制作等には違いがあり、素材をフルに活かすにしても音楽では俺言い「ネタ依存」は不可能なのだす。

トロ(マグロ)なら旨きゃ他の店のと
似てたって全く構わないが、音楽はどんなにナチュラルでもレッキとした人工物ですからねえ。
例外があるとすれば自然界の音だけを編集した様なので、だがそれでは言語を直接的に表現するのが限りなく不可能に近い。

故に音楽での定番と奇抜は所詮比較上の定義みたいなもんで、片方だけに固執するのは不可能なんだ。
なのでマクロ(曲単位)では両者が一定以上のレベルで共存させられてないと、ミソもクソも無くなっちゃうんだよねえ。

<つづく>

2022年3月27日 (日)

音楽備忘録955 RockのスタンダードⅡ㉓

今日はRock界に於ける高齢化対策と銘打ってお送りするが、先ず根幹になるのは「齢だから仕方無い」との誤った妥協の排除だ。
いや実際は加齢由来劣化は絶対避けられないんだけど、だからこそまだ大丈夫な部分を自ら放棄するのが余計に不味いのよ。

近年の若者だともしかしたらそんなイメージは無いかも知れないが、他ジャンル比だと典型的なアイドルの次に若さとの結び付きがRockって
強かったんだ。
これに際し敢えて極端な仮定として山本太郎が総理にでもなって急激に少産が改善したとして、その効果が反映するのは最低でも15年後になる。

となりゃ向う15年間は爺さん婆さんオッサンオバハンが代役を務められないと、ジャンルの消滅若しくは休止って事になり兼ねん訳だ。
既に老いちまった俺みたいなのにゃ一見有利な様でいて、下世代が僅少だと何時迄経っても中堅止まりなのは決して良い事じゃない。(本当の原因では無いって説も…)

特に集客面が深刻で是迄ずっと若年層をターゲットにして来てたのもあって、中高年層に適した店・会場が未整備同然だから救われない。
別面では配信物の問題で演る側にも多少あるが、年齢が上がる程非生を好まない傾向が未だにある処。

尤もここ迄のは世間の影響力が強大なのである程度は仕方無いとして、だからこそ本当はまだ可能なのにもう無理だと勝手に思い込んじまうのが最大の危機なのだ。
そこでここから体験も交えて誤諦めへ至る経路を上げてくが、筆頭は自意識と現実の乖離だろう。

と言ってもホントに感覚と音が以前よりズレるのは少数派で、記憶の自動美化のせいで衰えたと思い込むのが少なくない。
中でも音響条件の全く違う過去のと比較する際に起き易く、今より細部や粗の目立ち難いのを聴き込んだ印象に難が多いんだ。

要は若さ全盛時だって実はそんなにちゃんとなんか出来て無かったのを、その当時は勢いで封印してたのにたまたまバレ難かったから「無かった事」にしてただけってのが…。
確かに実際耳に入った時の第一印象は結構違ったりするんだけど、肉体の衰えを技術で補うにもここはとても重要だ。

耳での印象の次に考えられるのが頭と体の成長の乖離で、完全に離れない限り手足は劣化するが頭の方は少しは勝手に進歩しちまってる処。
つまりかつてより何時の間にか合格基準が上がってたり、以前は聴き洩らしてたマイナーミスが簡単に把握可能化してたりとかさ。

気分的には欠点が良く分かる様になる程厳しいが、いい齢して気付かずに不完全過ぎるまま垂れ流すよりゃはるかに幸せなんすよ。
齢を取る程一旦手放した演奏感覚を取り戻す時間は長くなるけれど、肉体的神経的に大きな故障が無かったならばキチンと出来てた分は必ず戻せるもんなんでやんす。

少々気の早い話しだが痴呆の予防や進行具合の把握にも1つの尺度となってくれ、気付かぬ内に重度化するのを結構防げそうなんだ。
人間って何らかの事情で偏りの生じてる方が普通な位で、所謂痴呆では無いにしても劣化ってかなり若い時から始まっちまうもんだしね。

<つづく>

2022年3月10日 (木)

音楽備忘録938 魔改装のドタバタ➍

表面的な刺激で他人を釣るのは趣味じゃないし、クレーマー爺にだってなりたかない。
のに前回後部で吠えちゃったのは、あまりにも脳足りんなお粗末さだったからなんだ。

特に海外に本社のあるメジャー系の、日本支社に最近はそんなのが横行しとる。
何がったら翻訳の仕方・箇所があべこべなのが何しろ酷く、幼児でもすぐ簡単に覚えられるYes/No迄ご丁寧に「はい/いいえ」とした癖に肝心な処が…。

少し特殊だったり独特な機能のには当然の様に説明文が付いてるが、肝心なそこだけが英語のままなんすよ。
せめてネーミングが一般多数派のなら良いが、過度自己アピールの為か見た事も訊いた事も無い様な珍妙なのになっててだもの。

でそんな命名がされてるから上手く訳せなくてもしょーがないが原語のままで、それを普及させたいか理解促進を図ろうとして説明文付けたんだろうに。
つまり余計なお世話を焼いて要らん処は全部訳されてて、肝心な処だけ放置されてんだわさ。

それが一流企業の仕事ととしてまかり通るのも、結局は今本邦の民度の低さが許してるんだろうか。
これBandmanだったら歌バックでだけガンガン掻き鳴らしちゃって、ソロの時にゃ視線が明後日へ行っちゃって只佇むだけみたいなもんでっしゃろ。

自分で訳し切れないからってとお思いの貴方、確かにそうでは御座居ますが独特なローカルな言い回しは関係者しかそのものズバリは知らねんで。
こっちの業界裏側程じゃ無いにしても、IT界も結構ヲタ度は低くありませんので…。

とここでこれ以上遠吠えしてても埒が開かないから先へ進むが、最初に試したのは長年愛用してる音楽再生プレーヤだった。
それがここでは随時述のFrieve Audioってので、最終更新があな恐ろしや2008年だから普通ならブラックカジノより望みの無い挑戦だろう。

確かに大昔はオーディオ・電気・乗り物等にはバリバリのヲタだったが、今は基本的に「低音」以外はほぼ卒業したし。
けど私的事情(スピーカの特性補正)を現況でクリアしてるフリーのはこれしか無くて、Winが8.1に上がった時に偶然些細な手間で行けちゃうのを発見しててね 。

そこへサウンドカード若しくはインター君の問題があったんで、期待値最低で試したら驚くべきかな動いちゃったんだ。
ならばと手持ちサウンドカードの流用を画策してPCI-e→PCI変換カードを注文したは良いが、最悪はダブルの勇み足になりそうな雲行きになっちったよ。

サポート外の新OSへの対応は多分過去述の本体フォルダーに「msvcr71.dll」ってのを追加するだけでOKだが、サポ外形式の再生については鮫印のCodec投入の方で賄って来た。
コーデックは音より動画の方で当初ニーズが生じてだったが、その環境が構築されるとかなり何でも掛けられてたのよ。

ほんでここ迄来られてたら後は何時も通りだからと気が緩んだか、11の超君ではよもやまさかのそれが普通には通用しなかったんだ。
今回の一連のではことごとく読みが外れてるが、これがボケ始めだったら恐いし悲しいわあ。

<つづく>

2021年10月 1日 (金)

音楽備忘録778 Rockのスタンダード➋

何時にも増して独断の混入率が高いかも知れないけど、例え俺だけだったとしても実際そんな環境に置かれてたんだ。
敢えて当時の雰囲気とか様子を知って貰う為に、アイツの場合はそんなだったらしいと思って貰えると幸いだす。

改めて断りを入れたから言うでも無いが、私的には日本のRockの系譜からはロカビリー・GS(グループサウンズ)等は外しておきたい。
正確に音楽の変遷を辿るなら外すべきじゃないんだが、俺言い「部外者・門外漢の干渉率が高い」のがその理由だ。

俺の世代では幼少期が大凡GS
全盛期だったってのに、わざわざ分からん早口!?英語のFENの方へ興味をそそられたのは多分このせいだ。
これを今になって再分析するとどうも「黒い成分」の希薄過ぎたのがいけなかったみたいで、具体内容としてはノリやリズム自体の面白味が足りなかった様だ。

その代りちっともRockっぽく無くてもすぐに好きになったスタンダードも少なく無く、欲求が直ちに満たされなかったのは功罪相半ばだったのかな。
それは兎も角本場と比べるとRockのスタンダードナンバーって演る前から概知ってケースが少なくて、少し上の世代の人達には一寸した劣等感もあったりしたもんだ。

俺がもっと成長が早かったら少し違った可能性も否めないが、当時の子供の大半は自力で日常的にレコードを買うなんて無理だったんでね。
上の兄弟か誰かがヲタとかででも無いと、ラジオで掛からん限りノーチャンスに等しかった。

尤も今は今でYouTubeを筆頭に膨大に過ぎるから、「探せないと出会えない」点では一概にどっちが良いってんでも無いけどさ。
強いてだと過去は独力が困難だった分、知ってる人から示唆を受けられる機会は多かった印象がある。

敢えて欠点に目を瞑って人から人伝達の利点を挙げとくと、共通認識の醸成に勝ってたと思うんだ。
上手に紹介するには一定以上の知識の蓄積と的確さが必要で、この部分で今の「唯知ってるだけの人」と結構違いがあったんだろうな。

具体的には同じ有名でも誰のがどんな人達によりウケてたかとか、ソロならA・グループで演るならBの方が向いてるとかそんな面もね。
これが尋ねる相手が生身の人間とネット言語検索で大差の出るのが、質問者が例示を鼻歌ででしか出来ない時だ。

一時期よりPC経由だと選択肢が激減して不自由してるが、そうなる以前でも「データの蓄積」はかなり希薄と感じていた。
人間訊かれれば即答出来ても、ヒントレスで知識を全部晒すのって難しいよね。

この様な一種の教育方面の類のだとリモートで充分だから、まだ現時点では人が対応する方が向いてると思うんだ。
マニュアル全依存式よりゃメールでのやり取りの方がマシだが、活字オンリーが不向きな案件だって少なくないからねえ。

ついでの脱線になるけど今鉄道界とかじゃひたすら人員削減に走ってて、公的援助が無さ過ぎるから仕方無いのは分かるけどさ。
列車がワンマンで駅も無人ってのは俺は失策だと思ってて、状況に応じてどっちかだけにした方が色々良いと思うんだ。

カードや切符関係の扱い不慣れの対応とかだと大したスキルは要らないし、現場に居合せたら代わりにタッチしたりボタンを押してあげるだけで済むのがインターホンでの押し問答になったりし兼ねんもの。
これってBand編成に置換するとG×2+Drs.かG,B,Drs.1人づつかみたいなもんで、私的には何でこんな初歩レベルのに気付けないのか不思議でならない。

<つづく>

2021年9月28日 (火)

音楽備忘録775 Rockのスタンダード➊

近年になる程所謂懐メロに洋楽ポピュラー系が無視されてるんで、ちっとも相応しそうでは無いがそれを体験から綴っとこうと思う。
個人的には地上波TVは元々期待薄だったが、それなりに頼りにしてたFMラジオ放送すら聴く頻度がほぼ皆無になったのに由来する。

確かに昔と違って自ら調べれば簡単に情報獲得が可能になってるが、それが出来るのは名前を知って興味が湧いてからの話しだ。
本来紹介が必要なのは僅かしか耳にした事が無くその名も当然未把握で、けれど何だか気に入ってる様な段階の人達だと思うんだけどねえ。

現に幼少期に耳にした中に未だ未解明のが残ったままで、長年探してても見つかっていない。
かつてはヲタ性の強い番組でそれが分かる事もあったのが、令和になって完全に途絶えたですわ。

実際どの程度政治とか業界の圧力等が作用してこんなになってるか俺は知らんが、アホガキだった俺が今に至れてるのはかつては「目立つ所に親切なオジサン」とかが居てくれたからだ。
具体的には海外ならWolfman Jack・国内なら糸居五郎から小林克也辺り迄が俺には先生で、これは音楽に限らず他に興味のあった分野でも同様だった。

鉄道なら小田急ロマンスカーを作り出した人達、自動車ならかつてテレビ神奈川(TVK)で「新車情報」って番組に出てた三本和彦氏なんて下手なお笑い番組より遥かに痛快だった。
これの前者は実務と平行しての趣味誌への寄稿で「現場の本人の声」そのものなのが貴重で、後者も開発者を呼び付けてユーザー目線で無遠慮に毒舌を浴びせてたのが特筆ものだった。

何れも単なる一方的な批判で無いのが近年のと大違いで、取敢えず不満はぶつけてみるがそうせざるを得なかった真相が明かされたりしてたからね。
案外出来るのに見落してたのに対しては素直に謝ったり、改善の約束をしたりと中々建設的だったな。

音楽の方は小林克也氏以外のは殆どがラジオだったが、何れも郵便投書に依って市民と直接繋がってたのも見過ごせない。
今だって無くなっちゃいないものの変な忖度や選別がどれも多過ぎで、ありのままに正直にやってるのったら俺知りだとダルビッシュ有のTwitter位しか無くなっちゃてるよ。

これについては是非皆にも猛烈に違和感を覚えて欲しいんだが、専門性が高いと最終的には当事者本人じゃ無きゃ無理故ド素人への対応こそメジャー系メディアが担うべきなのにさ。
そりゃ携帯ショップへ自らは学ぶ気が皆無の年配者が押し掛けて我儘放題なんてのが蔓延してると、「知らぬは罪」みたいな感じに見えて来ちゃうけどさ。

投稿だってネットが主流になって以降は全くイカレタのも増えちゃったから何だけと、おかしいのが多いからってマトモなの迄封殺するのはやり過ぎだしょ。
今試しに「洋楽スタンダード紹介」でググってみたら出て来るのは有料のの宣伝ばかりで、無負担で行けるのは個人ブログがちらほらってのはあべこべだと思うんだよねえ


初めの一歩を知るのすら有料にするってのは、新規顧客開拓を放棄するって事なんじゃない?。
幾らネット上に文字だけでご託を並べた処で、魅力的な音の一端すら聴けないんじゃ誰が分かるか気付けるかっての。

とひとしきりほざいといて何故俺じゃ相応しく無いと考えてるかったら、渡米経験も無きゃ昭和47年以前の沖縄出身者でも無いからだ。(第二次大戦後から上記の間は「沖縄はアメリカ」だった)
黎明期の色々がこっちじゃ既に伝説化し過ぎの状態になってから入って来てそうで、しかし時間の経過で原体験をお持ちの方々はどんどん減ってそうだ。

これに輪を掛けて末端ブログじゃ波及力が脆弱過ぎるんで、誰かたった1人にたった1つ役に立つ程度でも御の字と覚悟して乗り出すとしよう。
又世界と共通のの方が多いが、ここでは敢えて「日本でのスタンダード」にも少し拘ってみたい。

ってのは現地での黎明期の1950年代に活躍した言わば第一世代が、’60年代には死亡・引退・徴兵等で業界最前線に居なかったのに端を発する。
それへこっちでは敗戦や占領の影響も手伝って1970年頃迄は音楽ムーブメントは戦勝国より10年遅れが続いてたんで、一部で興味を持つ者が出だしても大物達となると幾らも呼んで来られなかったんだ。

俺の生まれるかなり前なんで何故ロカビリーだけはすぐに入ったのか分からんが、黒人系を中心としたそれ以外のはBeatlesの武道館迄だと有名処ではThe Ventures位。
結果的にRockってよりゃ「エレキブーム」の方が先みたいな事になってて、欧米の60’sはPops寄りのが中心になってたのがこっち固有の現象だった気がするな。

<つづく>

2021年9月11日 (土)

音楽備忘録758 ジャンク部品の話しⅥ

今回もヲタ性が必ずしも低くないのはお許し願うとして、PCパーツに触れとこう。
これに関連してIT機器を、なるべく長く使いたかったらから始めるとしよう。

今でも完全に興味を失くしては居ないが、かつては俺もノートパソコンだのモバイル系のへの憧れは中々強かった。
それがPC体験を重ねてく内にかなり様変わりしたんだが、貧+初心者(最初は誰だって当然やが💦)にとって機種変はなるべく避けたいハードルでもあった。

処がグズグズしてる内にOS期限の都合でそそのまって訳には行かなくなったが、只でさえOS代は端折れないってのにハードに迄お金が掛るのが苦しかったのだ。
んで楽器や音響機器で中古にはたまたま慣れてたんで、中古でも行けるのはそっちへ軸足が行っちまったんだ。

では先ず新品の方が良いのと中古でも平気なのの仕分けへ進むが、ハードディスク・ATX電源・OSは新品側だ。
SSDでも売値にも多少左右されるとは言え、大抵はマザボ等よりゃ短寿命になるからね。

OSはWin xpみたいにスパンが長きゃ中古もアリだったが、最近は認証問題やら騙し売りやら物騒になったのと相まって期限切れの以外は中古は圏外。
電源については冷却ファンの摩耗や電解コンデンサの劣化が、やはり他の部分より短寿命なんでね。

中には劣化部だけ自前で交換する人も居るだろうが、他は健全だって確たる保証が無いと手間と部品代がペイしなくなる可能性がある。
で って事ぁ上記以外は比較的中古でも賄え易い訳だが、ノート等のモバイル系だと部品交換のハードルが色々と高いのだ。

又デスクトップ型でも本体形態がどんなのかがこの件では大問題で、要はちっこいの程駄目なんで御座居やす。
私的推奨はマザボがフルサイズ規格ので、それはスロットが豊富に付いてるから。

マザボの壊れ方次第ではこの利点に浴せない場合もあるけれど、最も多いのは部分的な旧態化や劣化・故障だ。
そんな時駄目になった機能だけスロットのカードに移転出来たら、まだまだ使えるんですよ。

してそれには汎用規格のスロットの他に、ケース自体にも余裕が無いと追加カードの制約が厳しくなるっしょ。
そうしてなるべく「使い切ってやろう」と思うと、モバイル系は何とも不利だったんだよね。

まあそれ以上に問題化するのが充電池で、小型化の為に殆どのが機種毎にバラバラ。
すると年式が行って来ると本体内に収まるのが無くなって、モバイル型の癖にAC電源のある場所でしか使えなくなるとはナンセンスじゃあ~りまへんか。

ハードなビジネスユースで寿命より消耗が激しきゃ別だけど、使えてる内はコンパクトな代わり処分頻度が高くなるだけだからちっともお得なんかじゃ無かったのよ。
世相としてはオサレなカフェか何かでノートをスッと出してなんてのは、絵面としては美しいんですがね。

何処の差し金か知らんがドラマとかでデスクトップ型だと故障や不調のシーンが出て来るのに、何故かモバイル型のだとそれが出て来ない印象があるんだけどホントに俺の気のせいなの?。
この件の生贄として従兄宅の涙ぐましい現状を提示しとくと、キーボードが不調になったからノートなのにUSBキーボードを外付けして粘ってんだってさ。

どうせそうなるら最初から外付けだったら、不要部分だって処分出来てたんだぜ。
中にはジャンクから探して挿げ替える人だって居るけれど、スロットや外部に追加するより明らかに専門スキルが要るし。

仮に頑張ってスキルを獲得出来たとして、万一探しても良いのが見つからなかったら諦めるしか無いんじゃ随分割の悪い話しじゃねっとね。
つまり時間経過で部分的に不適合箇所が出て来たとして、それの対策がかなり大変になるだろうってね。

<つづく>

2021年9月 8日 (水)

音楽備忘録755 ジャンク部品の話しⅤ

今回は電子部品の採収に特化してお送りするが、昔比だと年々作業に難しさが伴って来てはいる。
その原因の8割方は小型化・機械製造に依る事情で、残り2割は専用集積半導体化だ。

又デジタル回路の割合が増えたのも汎用ICの減少に繋がってて、タバコの値上げみたいに年々厳しくなってるのは残念だ。(後生だからお前だけとは言わへんといてーな)
売り値が下がっても処分費がかつてより上がってるのを含めれば、これは由々しき問題だが俺如きでは社会的には殆ど無力に近かろう。

こんな状況下ではジャンクって今更感がかなりになってそうだが、敢えて取上げるのにもそれ相当の理由があるからだ。
その際たるのは「ネットで誰でも調べられる様になった」ので、次点はディスクリート部品販売が暫時減ってるのだ。

かつては真空管機器のだと壊れてるとハッキリしてるの以外全部バラしてとっといたり、逆に期待薄な石のだと知ってるのだけ取外したりなんてしてたんだけどね。
正体不明のままでは何時までもタンスの肥やしになってたり、逆に当時知らなかっただけで惜しい事をしてたなんてのも少なくなかったな。

その他にも一般では入手難のが採取出来たりってのがあって、私的には小型の抵抗器がその筆頭だ。
因みに抵抗器って単機能な代わり比較的数を使うもんだからか、纏め買いに依るコスト圧縮率が高い口だ。

それが超小型のとなると電力容量も小さいんで、何処にでもは使えない分大量買いに難がある。
半導体だったら100コ程度で最高割引になるのも少なくないが、抵抗器みたいな雑魚(おっと失礼)ともなると1000を越さないとそうならないのもザラ。

なので比較的壊れ難く健康診断が外見や抵抗値測定で簡単なのは、所望数が半端なのだとジャンクの方が遥かにお得になるのだ。
これの具体的ご利益としては楽器内蔵回路等で、現況ではまだ割高な表面実装タイプにしなくてもかなりそれに接近したサイズに纏められる。

因みにⅡでデジタル回路なら大抵のは面実装の方が有利だが、アナログ回路では銅箔パターン面積等の「狭過ぎ」が音質劣化の源となるケースだってある。
加えてクドくも再出させとくが面実装の氾濫は製造工程の事情が主で、パートのオバチャンのハンダ付けに頼らず機械で一気に行けるってのが真相!?だかんね。

全く同じのを1000コ作るんなら機械の圧勝だが、たった数個しか作らんとか後でどっか変えるかもなんてのには今だって面実装は不向きなままなんだ。
ここから若干ヲタ度が上がるが本件で最重要なのは製造中止部品のニーズで、一例として楽器関係で最も有名なFETの2SK30を取上げとこう。

この石ってそもそもが最もベーシックなヤツだから、過去には「取敢えずFETが要る」って処には何処にでも使われてたんだ。
現時点ではまだ代替品は何とか入手可能だが、それでも完全な互換性があるじゃ無し音色にも少し違いがある。

これが過去には凡そ30年の長きに渡って定番だったんで、15年以上昔のからだったら発掘が比較的容易なのだ。
個人的には球と違って石には無頓着なんで固執はして無いが、最も汎用性に富んでるのは確かだ。

なのでわざわざジャンク機器を買って迄とは思わないが、たまたま家に何か転がってたりする様なら中を覗いてみる価値はあると思うんだ。
何しろかつては定番だったんだから、オークションとかで必死に少しでも安いのを探したりするより当選確率が高い筈だ。

こんなケースも内包してるんで、直接携わる気が無くても方法論の1つとして知識に加えとくのがお勧め。
以前述と重複するが「弄れる」のと「見付けられる・持ってる」は、共存して無い方が多いんでね。

<つづく>

2021年9月 5日 (日)

音楽備忘録752 ジャンク部品の話しⅣ

ジャンクはスキルもだがそれ以上に原資との縁等もあるから誰にでもでは無いだろうが、それで無いと入手困難なのがあるから参考にそれを。
現代は何でも売ってはいるけれど完成品比率が高過ぎになったからか、案外規格に縛られてそれから外れるのだと見つからなくなっちまった。

宅でその典型となってるのが概述デスク周りの冷却送風機で、物の規模としては只の小型扇風機程度で構わない。
だが小型ので静かなのって案外中々無くって、常時回すのには動作音がはっきり聞える様じゃ困るんだ。

ここで扇風機自体にも一寸触れさせといて貰うと、特殊なのとか高級機を除くと近年になる程静かなのが無くなってるよ。
昔とはニーズが変化してるのは分かるんだけど、半端に最大風量ばっか追及されてもねぇ。

ウルさいのを我慢しても所謂ジェットファンとかにゃ到底及べて無いんだから、静音性は重要だと思うんだけどなぁ。
これがDC(直流)駆動のならPC用の大口径のとかに糸口を見出せなくは無いが、それだと大抵はモータの仕様の都合でAC(交流)駆動のより短寿命になるから微妙なんだ。

それが原因で電車の制御装置がインバータの一本鎗になった位で、電源がDCなのにACモータを使いたかったからそうなってんだ。
走らせる都合としてなら旧来のDCモータの方が性質的には向いてたが、消耗部品交換の手間とコストが凄いからあんな高度なシステムに迄してるんですわ。

例外的なのを除くとモータってDC用のにだけ付いてる部品があって、電磁石の極性を切替えるのに整流子(ブラシ)ってのが必須なんだ。
こいつが現況構造的に「擦り付けとく」しかないもんだからどんどん擦り減って、無交換でいられる期間を縮めてるんだ。

ほんで又例に依って普及品では部品代+交換人件費の方が高く付くってんで、擦り切れたらお終いのの一択が強いられてんだ。
それでもモータだけ交換出来る様にしてありゃまだ良かったが、それすらも同じ理由で「1人死んだら全員殺処分」式を強要されるんだから本質的には余計な費用を払わされてんだ。

これ家畜や農産物だったら病の蔓防で已む無しだが、折角それが無い機械の利点を反故にしろってんだぜ。
まあこの辺は考えの違いもあるんでこれ位にしとくとして、兎に角結果的に中間層的な用途に適した部品が出なくなったんだよ。

そんな売って無いのが欲しくなる事も少しはあったりするんで、それに「無理無く対応」させられるとしたら流用・転用しか方法が無いんだ。
これの初級編の例だと2つある扇風機の片方はモータが・もう片方は羽根が壊れたんで、生き残りを組合わせて捨てるのを1台に減らすなんてのも。

必ずしもどんなの同士でもフィットしてくれはしないんだけど、今は捨てるのだって有料だしね。
こんなのにはジャンクなんて言葉は相応しくなさそうだが、「不用品から予備を確保しとく」基本理念には何ら差は無いんであるぞよ。

尤も細かいのなら未だしもある程度以上のサイズのになると保存場所の問題等もあるんで、各自夫々に限度はあると思う。
けど大昔に場所取るからって捨てちゃって後になってから同等品が見付けられず、しまった取っときゃ良かったって経験が何度となくあったですよ。

俺の場合は経済事情の比率が無慈悲な位高いけど、それより入手の可能性でどうするか決める方がよっぽど重要ですぜ。
どっかのドアホウな政治屋供よ、何でも金だけで解決出来るなんて思うなよってんでい。

<つづく>

2021年8月27日 (金)

音楽備忘録743 ジャンク部品の話しⅠ

何かを直したり作ったりする時、その部品は新品の方が良いのは言う迄も無い。
けれど全てを何時もそうは出来ない場合も色々あり、本邦では未成立の様だがジャンクも一種の文化と見做すべきとも感じている。

今の一般人の身近ではせいぜいたまに「再生品」のご厄介になる程度だろうが、高額だとか歴史的価値の高い物等では再使用は極普通の選択肢の1つのままなのだ。
尤も俺が関るジャンクはちっともそんな高尚なのでは無いが、頭ごなしに否定すると修理不能になるのも少なくなかった。

1.作られなくなった部品:特に製造中止後から時間が経ってると在庫も無くなってる。
2.元々市販されて無い部品
3.代用可能なスペックの現行品が皆無な場合

上記は唐突だが新品部品が入手不可の代表的なのを列記してみたが、経済事情以外にもジャンクのニーズが残ってるのを示したつもりだ。
俺自身の近年は単に無費用で切り抜けようって魂胆なだけだが、実際やってみると費用の大小(ゼロも含む)は他方面への影響もかなり大きかったのが見過せない。

過去比では通販等の恩恵で買うのは随分簡便且つ迅速化してはいるが、先日の宅のクーラー騒動みたいにタイミングが悪ければ結構待たされる事だってある。
そんなのに限って時間の取れる休日中に作業が出来なくなる訳だから、他人依存度が高い程こっちの時間の自由を召し上げられるって寸法なのだ。

っとここ迄はジャンクの悪イメージの払拭に腐心したつもりで、古い世代だと「ジャンクって外国語にしただけで結局は屑屋お払いだろ」なんてのが大昔の一般認識だったもんでね。
この「くずや~、おはらいー」っな昭和位迄のリサイク回収の呼込みのセリフで、胡散臭く小汚い身なりのオッサンがリヤカー引きながら住宅街を回ってたヤツのだ。

当時の大人達の無自覚差別もあったんだろうが幼少の俺には兎に角最悪イメージで、押し売りより下手すりゃ恐怖感を抱いたりしてたもんだ。
だが滑稽なのはそうして表面的に恰好付けとき乍ら、実際には昔の一般の大人の方がもっと日常的に色々流用・転用・再用してたんだからねぇ。

まあそんなのはこの辺にしといて近年はリサイクルって崇高感すら漂わせてるんで、本件最劣勢だったバブル期よりはかなり改善している。
んがその代り個人レベルで完結させられるのは却って減っていて、「ジャンクの供給源」の無賃確保が難しくなりつつあるのは残念だ。

一部のヲタ氏は有料でジャンクを確保してるのも居るが、俺の場合は今でも身近で発生した故障品から発掘してるだけだ

手元にあるの以外へも拡張した発端は、「治せる様なら治して、駄目だったら捨てちゃって」と頼まれたのだった。

こんなご時世になったから捨てるのは所持者自身にお願いしたいとは思ったものの、そこ迄届ける手間と費用を考えるとどっちらけ。
修理と云う成果が出て無いから手間賃を請求し辛いんで、そのままでは無駄働きになる。

それで依頼を断ったら断ったで小金の稼ぎ口を1つ損うんで、ジャンクだが「部品と云う資産」の形で少しでも補填しようとした結果に過ぎないんだ。
そんなのが20代半ばから成行きで続いてるんだが、そのお陰で買わなきゃならない物が減ったのは確かだ。

こんなのはレアケースだったんだけど今は処分に経費は付き物となったので、実質上その出費を軽減する手段の1つとして手に負えるならそのまま捨てない方が良さそうじゃない。
本人としては50を過ぎて面倒になってるものの、貧であると逃げてられないのであるよ。

<つづく>

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