日記・コラム・つぶやき

2021年9月17日 (金)

音楽備忘録764 ジャンク部品の話しⅧ

ジャンクの最大の利点は¥0なのと入手難のが得られる場合もあるのは概述だが、丁度その実例に遭遇したからそれから行っとこう。
尤もブツに依っちゃリサイクルとの兼合いも出て来っから、併せてそれも。

リサイクル若しくはゴミ問題に関しては地域差も結構あるが、電気製品は家電リサイクル法以降他のよりゃパターンが限定されている。
それだって部分的に拝借するのには昔より随分不便になって、真の意味でのリサイクルには寧ろ逆行しちゃってんだけどね。

世間知らず過ぎる上級国民(親方日の丸系)が考え足らずで作ったんだろうが、処分費が最安になるのは壊れて無いとかそんなに古くなって無い内のってどうなのよ。
そんなの立法以前からリサイクルショップが喜んで引取ってくれる訳で、単にゴミ処理代を値上げしただけじゃんか。

それだって消費税の新設や増加が無しでだったら分かるけど、無茶な注文付けて来られりゃ余計に不法投棄したくなる人が増えるだけだっての。
わ兎も角そんなのでもメルカリとかTSUYAYAとかに出さないならそこそこ取られて、上手に探せば非稼働状態のでも大して料金に差はないみたいだ。

只受け身で居ると無料引取りと謳いつつ何らかの経費をボラれるのが殆どで、なるべくなら自ら持込める方が良い様だが。
でそれが分かったんで先日壊れたウィンド型クーラーから生存部の取出しに掛かってるが、最近は知恵が付いた!?から「セットで取出す」様になっている。

市販されて無い若しくは入手難の物ってそれに関連するのも近似のが多いんで、今回のだとラインフローファンのブレード(羽根)・モータ・駆動回路辺りがこれに該当する。
かつては場所を取られるのを嫌っていきなりバラせるだけバラしてたんだが、それで後で資料が見つからなかって上手く動かせなくなったりしてたっけ。

電子制御が当り前になる以前ならコンデンサの付いてるモータなら、その部分だけ元がどうなってたか分かる様にしときゃ良かったんだけどね。
その代り最も転用が上手く行った過去例だと回路基板は弄らずに、不要部のコネクタを外しただけで使えたのもあった。

それより今昔に関わらず当初から施しといた方が良いのは清掃で、経年で汚れが落ちなくなったり保存場所の汚損を防ぐのにも必要だ。
まあそもそも昔より電圧が低くなり電流も少なくなれば接触不良に弱くなってっから、汚れだけで壊れたかの様になってるケースも少なくないんだけどさ。

時には綺麗にしてみたらこんな処が壊れてたかなんてなる事もあり、苦労して綺麗にして駄目なのは敵わんがずっと気付かずとっとくよりはマシだわね。
お金が余ってんなら「掃除をしない自由」へ対価を払うのもアリだけど、「駄目になった証拠」を確かめるにもある程度以上は綺麗にしないと分からないんだ。

因みに今回のご臨終クーラーのだと、コンプレッサ周囲の防音・断熱材に正体不明の油汚れが付いてたよ。
これは緩衝ゴム修理時には付着して無かって、面倒だから発生源の特定迄はして無いけど「その辺に変容」があったのは間違い御座居ません。

実際には動作不良の他これを確認してから正規の分解!?と清掃に着手してて、ファンブレードは取外した上で石鹸に依る水洗いでゲした。
かつてはそれ用っぽい洗剤なんかも色々使ってみてたけど、汚れの正体が余程ハッキリしてないと何かが残り易かっただす。

何れにしても「濡らしても平気」とかそんな状態に出来る物だったら水若しくはお湯と石鹸、後は根気で洗うのが一番成果が得られてるでし。
加齢と共に年々こんなのは億劫で仕方無くなってっけど、それだってプラスチックのが殆どだから可能な芸当ね。

<つづく>

2021年1月27日 (水)

音楽備忘録531 パートのリズム調節⑰

前回何時にも増して意味不な長文になってしまった反省も込めて、補遺と整頓をさせておくんなまし。
苦しい言い訳やが今日日は何でもマニュアルに従わされてるから、その呪縛や習慣から一旦開放されて欲しかったのよ。

尤も平成以降は昭和みたいに感性だけじゃ世の中渡って行けなくなってて、音楽に触れるにも機器等のマニュアルは実際全く無視出来なくなったわね。
但し良く考えて頂きたいのはそれ等は既に完成してる物だって処で、不明点が残ってりゃその部分はマニュアル化出来ないんだすよ。

これを基に音楽を演るに際して頭脳や知識と感性や体験の適正順位を分類すると、誰が弾くにも「Cコードはドミソ」みたいなのは頭脳・知識主導のだ。
それに対しノリだとか独自表現等は感性主導が合ってて、オリジナリティが高かったり類例の少ないのになる程これでしか実現不可能だ。

なんて頭の使い方を俺みたいな単細胞じゃ、本来なら語るに値しないんだろうけど。
でも究極に至ると完全な利口か大馬鹿の方がまだマシで、中途半端な小利口が一等障害になるもんなんだ。

専門の馬鹿の道!?の方から攻めてくと幾ら天然では頭使うのが苦手でも、一定以上の領域へ到達するのに必要なのが段々と出て来る。
すると苦手でも逃げ道が無いから仕方無く頑張る訳だが、それが堆積してく内にどれとどれだけは頭も無いと無理なのかが自動的に知れてしまうって寸法だ。

頭脳派の方は専門外だが一寸した例を思い出したんで、悪いけど久々で従兄に生贄になって貰おう。
これ身内では「自動販売機迄俺をバカにしやがって事件」として有名なんだが、飲料自販機で¥100入れたのに買えず返却させたら¥50しか戻らなかったって話し。

今なら価格が¥100より高いのが殆どだからそりゃ買えないって?、昭和の昔はそれで殆どのが買えてたんだよ。
ほんでそう嘆く従兄に対し仲間達は従兄の勘違い(元々¥50しか入れて無い)を半ば信じ、俺は五分五分だったけどそれは本来2の次案件なんだよね。

その時喉が渇いて飲みたいのを何とかするには、犯人が誰だろうと何とか入手しなけりゃ潤せない。
のになまじ従兄は投入金額の印象が鮮明だったもんだから、そっちへ気を取られ過ぎてしまったんじゃないかな。

従兄が間違って無かったら酷い話しではあるが、まだその頃は即座にコンタクト可能な連絡先とかは掲示されてなかった。
それでは正規の次の手の打ち様が無い訳だから、取敢えず買って飲んでその後で思いっ切り自販機を蹴っ飛ばしてでもおく位しかやり様が無い。

或は異常に思われても執念深く追及・調査し、身の潔白を証明しても一向に構わんけどさ。
でも従兄は諸事情もあったにせよそうしようとするより、延々と後に至る迄嘆いて居た。

流石に今では本人も笑い話側へ一応加えてるけど、どうせそうなるならもっと早く切替えられてたら楽になれただろうに…。
これを頭主導が向かないののつもりで例示したんだけど、音楽でだったら次回じゃ無く今このLiveが終る迄に何とかしたいなんてのと似てるんじゃないかな。

本番中も幾ら頭使わんたって判断とかには必要だけど、のんびり考えるより他に優先すべきがテンコ盛りですんでね。
逆に個人での日常の練習って本番よりは良く云やリラックス、正直言ったらどうしたって漫然とし易いよね。

でもホントは練習時にこそ頭脳フル回転が必要で、一面で感性だけじゃ出来る様にならなかったのをなんとかする時間だかんね。
そのせいか分かんないけどどっちかってば俺の方が本番に強く、従兄の方が練習成果を上げるのが上手だったかな。

これが具体的にどう反映してたかったら、従兄の方が正規テクニックの習得は各段に早かった。
それに対し低テクレベルで構わないのだと、こっちの方が割とすぐに良い感じを出せてた…と思うんだけど。

結局は今になって録るのは早いが結果が雑な俺、録るのが異常に遅くなった従兄のどっちも実用的じゃ無い。😓
何十年も続けててそんな位だから中々旨い按配とはならなそうだが、各自夫々の弱点をちゃんと認識出来た分昔よりはマシになってる筈だ。

こんな時昔だったら俺は勝手に独りで全部録って出しちゃったり、従兄だったら散々待たせといてFade Outしたりしてたもんね。
今俺が延々と従兄を待ってられるのは、投げ出さなくなったのを知ってるから。

文句つけてる暇があったら溜まりに溜まってる宿題でも何とかせいってなもんで、やらなきゃイケナイのが沢山残ってるのに気付けると待つのもちっとも暇じゃ無くなるよ。
時々予測を誤ってまだ平気なんてのんびりしてると、待ってるこっちの方が大慌てになったりもあるからね。

<つづく>

2021年1月26日 (火)

音楽備忘録530 魔改造悲喜こもごもⅡ-㊴

現在苦悩中のLED照明電源案件、当初想定より大巾な苦戦を強いられている
Bass用ポータブル球プリAmpの方でも電源部で少しつまづいてるが、そっちの方が解決が早そうでも明るくなってからの方が良いしねえ…。

先ずはLEDの方での問題だが、故障機の素子要求電圧がDC100Vと一寸珍しいのが災いしている。
効率的には電源(電灯線AC:100V)からなるべく変える処が少ない程有利で、その方が回路もコンパクトに出来て良い。

だが基本的に一切何も買わずに手持ちジャンクで対応するには、そもそもそんな仕様で売られてた商品が希少なだけに何時になく厳しかった。
お得意の!?○倍圧整流回路を用いるには幾ら省エネLEDでも、照明用となると電流量の多さが懸案にもなる。

更に単に足りるだけ電力を喰らわしてやるだけでも大変だが、下手にそれをすれば過電流で折角生き残ってるLED素子を壊す危険があるのだ。
それにはどんなに効率や時代を無視して原始的になるのを許しても、何らかの電子回路を追加しないとならない。

数日色々調べたり考え続けてたりで面倒になって来て、いっその事市販のキットやスイッチングACアダプタの魔活用すら考えた。
その中で半分位の出力電圧のアダプタを、言うなれば「2階建て」にする裏技を見付ける事は出来た。

だがⅡで普段の印象では今や激安のアダプタも、48Vなんて一般的なのより高い奴はお値段も高いままだった。
高いったって2つで¥5~6,000程度だから大したもんじゃないんだけど、本体が送料も込みで¥2,000しないのを直すのにそれじゃあ何だしねぇ…。

なので普通なら殆どの人は諦めて買い直す処だろうが、まだ半壊なのと素子自体は全部生きてるのが引っ掛かる。
それに運が悪きゃってか誇れる様な過去を送って来ても居ないんで、又1年後に同じ目に遭うかも知れない。

今後も高級なのを買える見込みが無いのからもすると、この手のトラブルが今回が最後にはなりそうもない。
だとすれば一度自分なりの方策を考えとく必要もありそうなので、次善策で一時凌ぎするにしても撤退はさせて貰えなさそうなのだ。

さてLEDが長期戦になるなら球プリを先にすればと思うだろうが、状況次第じゃジャンク部品の「取り合い」になる可能性があるのだ。
どっちかを犠牲にするとか先送り出来るなら別だけど、「組合せの不味さ」で2つ出来上がるのが1つになってはたまらない。

その際たる要因は所望電圧が50Vより高いせいで、それより高耐圧なのとなるとジャンクの取れ高が極端に悪くなるからだ。
この面からすると例え電灯線を使うLED照明でも最適は内部DC12V仕様、高くても24V以下のだと部分転用等の点で遥かに有利だ。

そんなにすぐ壊れる様なもんじゃ無いし本体と電源を別にすると割高になるんで、その時はつい最安を選んじゃった。
けど今後はこれに懲りてたかだか一般照明器具如きでも、オールインワンタイプは避け気味になるだろうな。

って楽器やオーディオの方では散々遭遇してとっくにそうなってたのに、こんな風になっちゃうとは杜撰大王健在なりで参ったね。
只悩ましいのは年々コンポタイプのは減っていて、特に部屋のメインのみたいなのにも使える素材のがなぁ。

こうゆう貧富差を拡大する様な傾向は嫌なもんで、金持ちが企画して作るからそうなるんだろうか。
皆さん是非俺みたいに初期投資額に騙されないで、長期戦略を練って臨んでおくれやす。

只Ⅱでそう思ってても厄介のなのが、高価だからって必ずしも信頼性に繋がらない処。
最近じゃ商品レビューも益々さくらさん達の暗躍で、良くて話半分の信頼度だ。

もしレビューでアテになるとしたら選択肢は大分減りそうだが、買ってからかなり時間経過してからの投稿だろう。
発売後間もないとこの手は使えないが、実態が覗けるのはそう云う方だ。

例に依って全ては個人の考え次第だが、博打のつもりで行くかどうかだけは先にハッキリさせとく必要があるらしい。
覚悟不足で望むと、今回の俺みたいな事になる場合があるんだろうね。

<つづく>

2021年1月24日 (日)

音楽備忘録528 魔改造悲喜こもごもⅡ-㊳

先日新たなトラブル発生💦、今書いてる部屋のLED照明器具が突然半分消えてしまった。
まだせいぜい1年しか使ってないのに、最安品を選んだのが不味かったか。

又してもちっとも音楽では無いのになっちまったが、何をするにも真っ暗闇になっては困るからねえ。
元がオーバースペックつまり明る過ぎだっんで
、半減ならそんなに慌てる必要は無い。

とは言え何処が逝かれたのかは調べとかないと、最悪はそれこそ風前の灯状態に陥ってる可能性もある。
ので兎に角一旦少しバラして故障個所を探してみると、LED素子本体は幸い全て健全だった。

これには所謂スイッチング電源回路が2つ内蔵されてたが、その内の片方の制御ICがお亡くなりになっていた。
依ってそれさえ交換すれば元通りになるのが分り、手に入りさえすれば価格もせいぜい¥100程度なので少し安堵。

っと思ったのも束の間、何と売られて無い処かデータシートや画像すら全く見つからないやん。
それで修理は暗礁に乗り上げて、ちっとも望んで無かったが魔改造コースで解決してくしか無くなっちまった。

口惜しが丁度ギリギリで保証期限は超えちゃってるし、仮に昨今割高な修理費を甘受してもこの手の廉価品ではそもそもサービス体制なんて最初から無いだろうしね。
それでも宅内の他の多くのと違って程々に新しいのだから、まさか部品面で簡単に窮するとはなあ。

処で前出明る過ぎになった原因は、それ以前に買ったどれもが予想程の明るさが無かったからだ。
宅では割とLED照明装置が出てすぐから注視してたが、電気代は勿論の事ノイズ面でも蛍光灯より明らかに有利だからだ。

昔はエレキを録る時は蛍光灯はOffって白熱球スポットライトに切替えてたが、室温上昇が凄かった。
それに弾き終る度に再切換が要る事が多く、機器操作をするには全体の明るさが必要なんでね。

只黎明試行錯誤期の体験印象が強過ぎて、安定量産期に入ってからの性能を低く見積もり過ぎちゃってたんだろう。
それは兎も角全点灯ではちとオーバーでも、半減だとやはり明るさが足りない。

ってのも素子の載った基板が山形2列に配置されてる片方が点かなくなってるから、消えちゃった側半分が余計に暗くて苦しい。
そこで代用になるICを探そうかとも思ったが、ここで枷になったのがスイッチング周波数の不明だ。

周波数計測可能なデジタルテスタなんて持って無く、かと言って高電圧(この機種ではDC100Vだった)なので測る手段が宅には無い。
これが俺にとって何を意味するかったら、駄目になった方の電源回路は丸々諦めろって事なのだ。

割高な送料を圧縮する為に従兄に頼み込んで共同購入したから、元が合計¥1,000程度の代物だ。
もし電圧がもっと低かったら半完成品等で下回れる可能性も残るが、回路全体を刷新するとしたら元の価格より遥かに高価になってしまう。

この期に及んでこんな目に遭わされるから益々半導体不信が促進されるが、何時になったら俺言い「マージン不足」は是正されるんだろうか?。
ってのも最初天井から取り外した段階で、一寸した異変が見られたからだ。

本体は放熱ニーズもあってアルミの所謂型鋼になってるが、両端とカバーはプラ製だ。
そのカバーの片方に回路基板の入ってたが、カバー裏側に熱劣化の変色・変形が視認されたのだ。

これが某国の安物だったからったらさに非ずで、以前別の部屋で使ってた本邦一流メーカ製インバータ蛍光灯器具では割損迄行った位だ。
一部の業務用では平気らしいが、基本的に素人・ご家庭用の基準の甘さは何時まで経っても是正されんらしい。

最近は本邦以外のでも電子機器関係はどれもこの面が雑になって来てるが、物余りで壊れんと買って貰えんからって迷惑な話しだ。
コロナ自粛が無くても実売店舗や取付作業の人員も減り続けてて、幾ら安くなってワンクリックで買えるったって復旧までの「待ち時間」はどんどん長くなってとるがな。

それからすると魔改造なんかが無縁だったとしても、色んな機器の予備が昔より必要になってるのかも知れない。
尤も例えば使用数が10コとかだったらそれに対する予備の1コにそんなに負担感は無いが、1:1だったりすると保険措置でも一気に費用倍増だから二の足を踏みたくもなろう。

そんな場合仮設が可能なクリップライトと汎用LED電球とかだったら用途が広く、宅でも現に今それで暗闇を回避している。
宅の場合クリップライトに予備のつもりは無く、単に作業灯のニーズがあっただけだが…。

<つづく>

2020年11月28日 (土)

誤った合理性③

今回は最近の電車が昔より不便になった処へ言及するが、これも国の計画の杜撰さが響いている。
表面上の効率を追及したら、規模が大きくなり過ぎてそこが不便を生じてしまった。

鉄道はレールに縛られて自由に走れないんだから、その分駅構内でのアクセスの良し悪しは本来は大問題な筈だ。
混雑対策は必須だけれどそれにもやり方があり、先ずはプラットホームへの通路や改札口の数についてだ。

最大の理由はコストだろうが他にも管理や人手の都合があるが、それでも人数に対して数が足りないのが不味い。
少ない数で大人数に対応させるには、どうしたって大規模になる。

大規模は見掛けは立派で良いかも知れんが、実際にそこを縦横無尽に移動しようとしたら不便だ。
人1人分の巾しか無いエスカレータで追い抜きを考える人は殆ど居ないが如く、広い程経路の種類が人夫々で増える分だけ錯綜し易くなったりする。

何より規模の為の大きさのせいで、半強制的に距離が延びてしまうのを問題視すべきだ。
バリアフリー化で幾らエレベータが付いたって、足の悪い人に距離が延びるのはとても負担になるんだよね。

車内混雑にしても降車駅の階段位置に左右されたりしてるから、駅での経路がもっと多彩だったら程度は様々にせよ必ず緩和される。
と云っても今時儲からんのに金は出せんのだろうが、改札口箇所増加には新たな儲け話しがホントは付いて来るのだ。

極端なのだと駅の南にしか改札が無かったら、そのままでは北口には駅直結の商業施設は誘致出来ない。
それが今迄は超駅近では無かった処も新たに参入されるんだから、商圏が拡大されるのだ。

現実で例えば小田急とJR東の横浜線の町田駅を例にすると、元々は小田急の駅は低予算のせいで町外れの場所だった。
のが開通して割とすぐからずっと急行を走らせてたからかそっちが街の中心になり、横浜線の駅は改築時に少し近くへ寄せられた位だ。

線路より道路の方が交差する数が多いから鉄道側が高架・地下化されたりするが、これにももっと考えるべき点がある。
道路でも自動車専用の分は歩かないんだから、坂があってもへっちゃらだ。

それに対し鉄道で線路が地平じゃ無い駅だと、そこで乗降する人はプチ登山を強要されるのに軽視され過ぎだ。
現実的にはどれも全ての交通量が膨大では、どうやってもどれにも不便が生じるの自体は仕方無いけどね。

でも大会社になる程乗り換え利便性を低く見てるのは明らかで、気前の悪さがとっても目立つ。
そんなにデッカイの作れるんなら異常な光景になるけど、例えばエレベータを2~3台なんてケチらず思い切って10〜20台とか付けちゃったらどうなんだろう。

これ現時点では奇想天外だがこれから高齢化社会がそのまま進むと、それ位でも最低必要数になったりしそうだからね。
それが無理なら高架にしちゃった所は、これからとっても面倒を引き起こしそうだ。

年寄りの車の運転が危険と騒がれてるが、それを減らすにはもっと鉄道やバスだと楽にしないと片手落ちだ。
駅やバス停迄の近さもだが、これは住んでる場所に依っちゃどうにもならない。

だったらせめて駅の中の移動距離を、昔より増やすなんて言語道断じゃないですか。
って強く思うんだけどどうしたもんか、誰もこの点を大して気にして無いみたいなんだよねえ。

こんな無駄な大規模化の陰には未だ欧米への幻想も感じられるが、その欧米人からしたら旧来のアジアのコンパクトさに魅了されてたらしいんだけど。
俺的にまだ日本のは「下手な真似」なんで、結局は遠くなっただけで広さに依る余裕等の面で全然追付いて無い。

近年は巾の広い車しか売られて無いのにしたってそうで、基本的な道路巾は車社会になって以降幾らも拡大してないのにさ。
その一方で平成時代に小田急で導入した新車の巾、コストの為とは言えそれ迄のより狭くしたのなんかは全くちぐはぐだったな。

自動車の巾の件は次回に吠えるとして、2.9mのが通れる所へわざわざ2.8mのを作るのって…。
たかだか10cmの差ではあるが、お隣の京王なんかじゃ元が路面電車
だっただけに今でもそれが走らせられない。

しかも最高に格好悪かったのは複々線工事完了と少子化が進んだ今頃になって、新車を広巾のに戻した処。
間違いを認めず突き進むよりゃマシだけど、一番混んで困ってたのはこうなる前だったのにさ。

地下鉄の方もこの点おかしくて幾らコストがったって、相互乗り入れ前提で新設した路線でもこの10cmの差を放置しちまった。
そのせいで巾の限界の違う路線では、乗り入れるのだけ狭く作り続けて…。

<つづく>

2020年3月26日 (木)

音楽備忘録232 この際だから政治と絡めて音楽を考察しちゃおう⑦

前回最後で無根拠なのに雰囲気だけで、「自分に罪は無い」意識の蔓延へ到達した!?。
実際に逮捕等程遠いんだから幾らも悪くないのは確かだが、だからと言ってずっと放置してて平気かは定かでは無いのだ。

最近変なブームの煽り運転の案件も煽る側だけの話しに誘導されていて、では無煽りだったらホントに故意や重過失の交通事故は無くせるのかだ。
これは誇張英国人的イメージで想像すると自ずと答えが見えて来るが、英国人は言葉や態度はとても紳士的だがキレた時の行動はとっても暴力的且つ短絡的だ。

飽く迄傾向なだけで実際英国人全員がそんなに極端な訳じゃ無いが、私的にはテレビ人形劇サンダーバードのパーカー(執事)の様子が印象深かった。
只一点を除いては常に落ち着いてて紳士そのものなんだが、表情一つ変えずに何か行動を起こす時だけ異常に過激なのだ。

これを昭和の日本のヤクザと比較すると、ヤクザは先ず散々脅してくれる!?。
本来は脅されちゃ敵わんが例えば言う事訊かなきゃ最終的に殺されちゃうなら、命を守る為の選択を考えたり想像したりする時間はタップリ与えられてるとも云える。

処が誇張典的英国紳士の場合は最良で軽く静かに注意されるか、最悪なら無告知のままいきなり殺されるとなる。
殺す側には正当な理由があるにせよそれだと殺される側は理由を知る暇すら与えられず、テロに遭遇したのと似た様なもんで成仏するのさえ難しそうだ。

つまり誇張典型的英国人がもし煽り気を起こしたなら、散々追い回しゃしない代わりいきなり突っ込んで来そうとなる。
依って俺的にはいきなり殺されても平気なら、やだねぇ煽り運転なんて恐い怖いって呑気にほざいてろよだ。

これ関係で最近ある世直し格闘家ユーチューバ―の煽られたのについての動画を見てて、「こっちは普通に走ってただけなのに」に嫌悪感を抱いてしまった。
ってのは無意識下に普通=無罪って認識しか持って無さそうに見えたからで、普通は聖人君主じゃ無いんだから何か相手に対して過失があったっておかしく無いのだ。

その「こっちは普通」君にとっては煽られる程の過失は無いと思っても、完璧で無いのなら程度が軽重にせよ相手に何らかの負担を強いてる可能性があると考えるべきじゃないのかなぁ。
こう云うのを社会心理学では「自己奉仕バイアス」と呼ぶんだそうで、悪意無くば潔白ってな少々虫が良過ぎるって訳だ。

今の煽り側で問題なのは「謝られても全く許す気が無い」処であって、これは本来「煽り」では無く嫌がらせor八つ当たり運転とでも称すのが相応しかろう。
こっちも恐らく上記バイアスか何かが働いてて、こんなひどい仕打ちに対しては許さなくて構わないなんて思ってるんだろう。

俺がこの件で最も問題視してるのは構成人員割合で、現況煽る者の方が少数派で大多数の無認識な不完全運転者が野放しにしになってる処だ。
どんな微小な過失でも例えば10台の車列で先頭から全員が少しずつブレーキが遅れた場合、最後尾の車には遅れは10倍になってる可能性が高い。

故にこう云うのは質と量の問題で、安全値を超えたら危険なのはどっちであっても最終段階に至れば同等だ。
直ちに問題視する必要の無いミスは許容され無きゃ殆どの人が困るけど、これ実は無条件では無いのを皆が忘れてるのは大変危険な兆候だ。

間違っちゃったら御免なさいは本来礼儀として基本だが、もし略し過ぎた場合それ以上に思考面でのマイナス作用が実は甚大だ。
時間経過と共に不充分な現状を何時の間にか不問としてしまい、そうなると未来永劫改善される可能性を逸しちまう。

平成以降のアヤマンJapanもとい謝んないJapanキャラの代表として、どっかのアホ総理とエセ大横綱を今日の生贄に捧げよう。
たったこれだけ程度だってあんな偉い人も一々謝罪しなくていい時代なんだから、みたいな世相・風潮を蔓延させるにゃ充分過ぎる。

<つづく>

2019年4月 5日 (金)

音創り⑬ ドラムスローンⅡ 使用経過と本施工!? 編

前々回の俺言い「グラつき半古典スローン」 改良のその後だが、この呼び方にしたのは従兄所持のだけがグラつく訳でも無いからだ。
また近年迄ドラムスローンに俺誤認があったみたいだが、それは回せるんだから多少グラついたってしゃーなかろうである。

かつての俺の素人印象では丸椅子でも安食堂とかのと違って、太鼓用等のは回転可能なのが利点と思っていた。
只の丸椅子は脚が4本パイプで座面直付けに対し、流石に少し高級なのは違うわなんて…。

だが従兄の先生曰く太鼓用だと本来は「回っちゃ駄目」だそうで、確かに考えてみりゃBuddy Rich御用達の大昔の筒の上に座面の付いてた様なヤツなんかだと回せなかった。

もう少し掘ると「座面上で腰が動く」のは可だが「座面自体が動く」のは不可だそうで、要は自らの体だけの動きでは「元の位置」へ戻れないからだ。
実際従兄の所のでも近年の座り心地満点クッションのは決して弾力を損なわないが、それ+座面表面が滑らか過ぎるのと相まって座面とお尻の位置関係が仲良く無かった。

もっと良く探せば適したスローンが見つかるか知らんけど俺的懸念がもう1つあって、近年のはどれも座面の大きいのしか無いのも気になっていた。
俺はチビでも腰は結構大きい方と自認してるが、座面過大だと腿が傾く高さにした時その動きに制限が掛るからだ。
Piano用での座り方の如く端へ寄る手もあるが、クッションが良過ぎるとそれでは安定を欠いてイケナイ。

だいいちなるべく必要に応じて360°方向のサポートを得るのと座り心地も含めると、重心位置が下の軸と合致してる(つまり真ん中に座る)のがどの方面からも適してるってのが俺見識だ。
例に依って個人差千差万別だろうが、クッションの厚みや質以上に座り位置の影響は大きいと実感している。

そんな中で慣れの問題も無きにしも非ずだが昔のはグラグラ・今のはデカボヨンと、どっちもそのままでは具合が悪い。
これが本案件に至った経緯だが、暫定措置のアルミテープ重ね張りは想定より寿命が短かった。

その原因は件のスローンがパイプ側にネジ部用の溝があるせいで、接着面積が小さいのもあったみたいだ。
しかし従兄としては古いの改良式が演り易いってんで、今週は本施工をやりに行って来たので例によって図へ。

Photo_4
暫定時のアルミテープをかなり薄手の鉄板(黄緑表示・実際は古くなって曇ったメッキ)巻きへ交換したが、今回は接着しないのでネジの通路を切り欠き上下分割はしなかった。
また平らな板を丸めて用いたのもあって、軸に巻き付けるってよりゃ座面側穴の壁に沿って押し込んだ感じだ。
これは切り欠きとネジの位置合わせの意味もあるし、押し込む際(完全な形状合わせ加工も困難だし)所望の位置を維持し易いのが狙いだ。

予めそうしといてから最初は座面を床に裏返しに置いといて脚の方を上から徐々に押し込んで行くが、この方が状態監視に良いし「挿み物」のズレる心配が少ない。
大凡8割方入ったら天地を正規に戻して最後に一押し、座面に重さも掛けられるしグラつき具合も確かめられるって寸法に御座居。

この追加板はプロの板金屋なんかだったらいざ知らず、綺麗且つピッタリの円筒へ加工するのは至難に近い。
それより使ってる間に勝手に馴染んで貰うのを期待しようって魂胆で、故に軸挿入時はかなり硬くて少し大変だ。
そうかって最初が楽に入る位だと暫く使用後にガタが出るのが必定なので、欲しがりません馴染む迄はで我慢しませう。

取敢えずの段階ではガタは感知領域外・ネジを緩めてれば回転可能に収まったが、後で隙間埋めが不足な感じになったら随時追加のつもりでいる。
また当初想定では大昔に買ったトタン板から切り出すつもりだったが、しまった場所が思い出せず時間切れで廃電子機器内のシールドケースを加工して用いた。

もしイスが手元にあれば現物合わせが出来るが従兄が常用中なので、板厚が隙間を超えればアウトだ。
そこで極力薄目のを探し万一厚さ不足だったら重ねる算段だったが、運良く1枚のみでジャストフィットしてくれた。

もし真似しようかなんて奇特な方が居られたら材料に関しては1に薄さ2に材質に注意されたしで、特に手持ちジャンク等が無い場合に買うならもし不適合だと無駄になってしまうので。

薄さ加減は食品関係の缶程度が良さげだが、近年は飲料系等だと殆どがアルミなのであまり勧められない。
かと言ってステンレスより硬いのも「相手を削る」懸念があるし加工も大変と、アルミやブラス(真鍮)より鉄が推奨だ。
余り物利用のお試しなら鋭利な切断面での怪我にさえ注意すれば何でもOKだが、鉄以外のだと摩耗時に出る「粉」に少し懸念が残る。

因みにアルミテープ重ね張りの約1週間使用後の劣化状況だが、最大の弱点はテープの糊とテープアルミの接着力不足の様だった。
順番としては先ずテープの位置がズレて、そのせいで「変な当たり方」となってテープが欠損・部分断裂した様相を呈していた。

施工したイスの軸端は鋼製・座面軸受穴部はアルミダイキャストっぽいが、どちらも表面は完全なツルツルでは無い。
対してテープの方が表面が円滑だったのでテープ残骸より糊残骸を剥がすのがそれなりに労力を要したが、テープやシールの類は往々にしてどれもこんなもんだ。

2018年12月 1日 (土)

パソコン自前修理③部品編

専門は音響だし経験値の高いのは電気楽器だが、長年電気屋をやっててPCに特異な部分を感じた処がある。
それは部品のチャチさで、実用に足りてるとしてもかなり独特だ。
工業技術の基本が出来上がった後からの開発だからか、どうにも貧相に見えて仕方無いのだ。

内容的にはかなり高度なのだが、あたかも使用条件に甘えたかの如くヤワなのだ。
普段素人の触れる可能性が無いのもあるだろうが、どうも他のより悪い意味での消耗品意識が高い様に感じられてならない。
大変な仕事をしてる程消耗が激しいからか、他のより必要最低限となってる場所が多いのだ。

しかし何時壊れるか分からん物に頑張ったってコストが張るだけだろうで、用いる側が俺言い「独自の変な文化」に合せるしか無さそうだ。
このPC界とでも云うヤツは楽器界とは正反対で、それらはかなり両極に近い。
使用者の立場としては一度覚えりゃ一生ものが有難いし、使い方の習得意欲だって湧き易い。
将来は不明だが現状では
楽器と違い10年経てば確実に性能が桁違いともなると、実用枠から完全に離脱するから仕方無いのかも知れない。

個人的には高頻度の買換え等はとても苦手なんだが、現実は余程幸運な時か性能的に魅力が消滅した程古いの以外生き残っていない。
出た当初から低性能だったから消耗が少ないのか分からんが、長持ちして欲しいの程サッサと逝っちまうもんだ。
俺はまだPC界に充分詳しいとは言えないが、兎に角他の電気製品等への感覚は通用しない感じだ。

となれば何でもケチりたくなる処だが、ケチり過ぎては不味い処も幾つかある。
偽物・不正コピー物回避にはOSは純正でないと危ない(サポート期限内の物)がハードじゃないので置いといて、先ず気にすべきは電源だ。
多くのPCでの所謂ATX電源についてだが出力容量が重要点で、寿命を気にするならかなり余裕を見ないと危うい。

一部の超高級機は体験が無いので程度が分からないが、例えば500Wと書いてあってもそれは瞬間合計の値だ。
なので特定の電圧のだけ沢山使用とかになると、実際は限界スレスレになってたりする場合がある。
少し電力の知識があれば予備計算で確かめるだろうが、これが他のと違って頼りに出来ない側面もあるのだ。

ってのは使用途中での部品追加・変更の可能性が高く、余裕が小さいとその時に合わなくなって「壊れてないのにお取替え」となったりするからだ。
それと熱問題の都合上「熱くならない程延命」なので、コストとの兼合いはあるが余裕はかなり大きく取っといて損にならないのだ。
これも仕方無くも残念な現実だがメーカー製の多くはかなりここをケチってて、極論的には安全第一なら「何も足すな」って位際どいのもある感じだ。

また
電源は「Mr.中古マン!?」の俺が言うのも何だが熱劣化が不安な処で、他のどの部品より動作時間が必ず長いのに着目されたしで新品推奨だ。
表示出力容量が大きいと消費電力を不安に思うかもだが、これの心配はほぼ皆無と断言出来る。
PC用の電源回路はスイッチングって方式で、簡単に言うと電気は「出る分しか入れない」構造だからだ。

そして最早スマホ全盛だがPCもデスクトップよりノートが人気だが、小さい物程部品交換が不利で寿命は期待しない方が精神衛生上宜しい様だ。
金満様はご自由にだが俺みたいな貧民はなるべく弄れるのと、中古から探し始めるのがデフォルトになっちまってる。
が、ここにも注意点があって、消耗品度の高い部品に限っては適応する新品が売られてる内は中古の方が損をし易い。

具体的には「機械的に動く部分のある物」が主体で、Hard Disk等その筆頭だ。
また近年ではDisplayも低廉化が進んでるので、この類のはジモティとかのあげますを貰うとかどっかに捨ててあるのを拾って来る以外は新品の方が得になりそうだ。
他との比較で元から寿命の信頼性が低い上保障期限も新品より短いとなると、支払った経費の回収不安が拭えない。

では中古でも比較的安心なのはってぇと、ケースとか本体である。
外観ではかなり劣る場合も多いから気分的には沈みそうだが、PCは画面やキーボードを見るのが主で本体を目にする頻度はかなり低い。
良く分らない訳あり品だと工作が得意でないなら後で難儀するかも知れないが、それ等を避ければそんなに心配はいらない。

また先に記した新品推奨物は完全では無いが規格品なので、本体より寿命が長くなっても無駄になる率が低目だ。
何時もの様に個人の主義・指向の否定は一切無いけれど、PCは多数部品の複合体だ。
だから超高級な代わりたった1台って考えはリスクも大きくならざるを得ず、特に自前修理が全く不可なら僅かな故障に泣かされそうだ。

スマホ等を含めこれらのコンピュータ系機器は対応力が高いので、心理的には「これさえあれば」に陥り易い。
だが「何でも出来る」と「幾らでも使える」は全く別物で、高負荷の頻度や時間が長ければ寿命が縮むだけなのだ。
だから一定以上割合で固有の用途に用いるなら、「用途別機器」って発想も持った方が安全度が上がる。

俺自身も今では体験から理解しつつあるが、これの源は俺より20年程古くから体験のあった師匠の進言だ。
師匠の親友は専門家として、俺は主に自作CDの大量焼きと子供の動画編集でPCの蛸部屋体験をした。
しかし通常は高負荷の継続経験する機会は多くないかもで、最悪のパターンは「壊れる寸前で終了」だろう。

電子機器はその消耗が外部からとても把握し辛く、使用者側には「こないだまでOKだったのに、何で突然」としか思えない場合も多そうだ。
しかもなるべく「ギリギリまで機能する」様に作られてて普段は有難いが、それ故「寿命の兆候」はとても表れ難い。
要するに全てがデジタルチックで○か×しか無い世界なのである。
これらの感覚は使うのにも重要だが、相手の性質を知らないと修理はおろか故障診断に難儀させられるだろう。

2018年11月28日 (水)

パソコン自前修理②汚れ編

今頃言うとホントは順番がオカシイが、本稿で扱う「修理」は必ずしも高度なのではありませぬ。
仮にも電気屋が専門家から教わったけれども、俺自身としては「歴の浅さ」を日々感じているのです。

PCはその昔電子計算機等として世に出たので、最初は専門家相手の純然たる電子機器でした。
一般人に縁をもたらしたのは本邦では「マイコン」(マイクロコンピュータ)辺りと感じるが、当時のは今比較だとガタイが小さいってよりゃ機能が極少って感じのだ。
少機能だと弄れる箇所もほぼ無いので、操作とか扱いはやはり専門技師だの博士が最初の経験者だったと思う。

初期のOS(オペレーティングシステム)は上記要素が含まれてたので、その時代から触れてたらもっと原理的理解が高かっただろう。
残念乍ら俺が触れ出したのは丁度それが無くなった時期で、かと言ってプログラミングの勉強も皆無なので多少の知識もハード寄りだろう。
太鼓の先生の従兄は俺よりそれが早かったので、PCハード・システム面では未だしもコマンドプロンプト等では今でも俺より上と感じられる部分もある。

本職にするなら今でも必修と思うが手も回らないし、操作やソフト(プログラミング等)では今からじゃ到底上り詰められそうにない。
その代りっちゃ何だが電気面と両方とか平民の使用感性と専門知識の両方を持ってる人は多くない様で、俺的にはそっちを向いてるつもりだ。
師匠の親友もそこが傑出してて、最初からコンピュータの人じゃ無かったのが功を奏したのかも知れない。

個人主観では本邦では高度な機器は多いが、使いこなしてる人の割は少ないと感じている。
太鼓の話しでもそうだがどうも「間が足りない」のがイケナイ様で、皆一緒が良いと唱え乍ら変な処で二極化が激しい国だ。
前回触れた俺が瀕してる問題も使用者が「とんでもない素人」なので厄介だが、一般人向けを標榜するからには本来は機器や操作解説の不備が主因だろう。

ユーザーサイドにも瑕疵は多々あるだろうが、訊く耳を持とうとしても全く理解出来ない様だと放棄しちまう。
今世間で騒がれてる「煽り運転」にしても目立つ処をそれこそ煽ってるだけで、本当に危険なのはペダル踏み間違い事故等の方ではないだろうか?。
煽るのは褒められないが意思表示があるとも取れるので、防護・解決の道が少しは残されてるとも云える。

だが何の前兆も無しに突然襲って来るものには対処のしようも無く、加害者の悪意の有無に拘わらず必ず被害を被るのだ。
悪意やそれに伴う攻撃を受けたくは無いが、例え痛みを感じる間が無く悪気が無くとも一発で殺された方がましな訳も無いやね。
どれも結局は他人無視で自分本位オンリーが根底にあると思うが、それが簡単に見抜けない相手こそ一番質の悪い脅威だと思う。

これらも正に「分断」の表出例なんだろうが、経験値の「狭さ」も関与してそうだ。
散々苦労しても失敗したりしてたら、それを簡単に巧くこなす人には自然と敬意が湧きそうだ。
なので必要最低限の「一通り」の体験があれば少しは他人の気持ちも分かりそうだが、接点ゼロでは理解は困難だ。
出来ないかも知れん奴にやらせて手間暇経費が掛かると非効率だが、それをケチり過ぎれば今度は教育は出来なくなる。

過大な中置はこれ位にしてその感覚へ移るが、先ずはPCの汚れについてだ。
一言で表せば結構すぐに汚れるもんで、強制空冷と電磁誘導が原因だ。
高効率なコンピュータはその為の小型化の弊害で、自然冷却だけでは放熱がとても追い付かない。
そこで電動ファンで冷やしてて機器の目的は違うが、電気掃除機みたいに外部のものは埃でも何でもガンガン吸っているのだ。

吸ったのを漏れなく吐ければ無関係だが、内部が狭く複雑な形なのでご丁寧にもわざわざ埃だけ残ってしまいがちだ。
冷やすには風が良く当たると良いので「風通しの良さ」が大事になるが、何にも触れずに素通りしたら冷やせない。
なので外部観点では風通し良好でいて、内部では風が一々あっちこっちにわざわざ引っ掛かる様になっているのだ。

意地悪に見れば埃が溜まる様に出来てると云え、それでいて多くは外からは殆どそれを感知出来ない構造だ。
最近では吸気口にフィルタが付いてたり後付け用のも売られてるが、見栄えもあってか大抵は一番外側には付いていない。
素人なら精密機器は開封しない方が良いけれど、それではもし折角フィルタが付いててもそれの掃除が出来ないのは考えものだ。

またPCは電磁波の宝庫だが、電磁波で最も有名なのは電波だ。
この電磁波は上記の様に電線の外へ飛び出し易い他、名前の漢字に含まれる如く微弱だが磁力も持っている。
それが只でさえ様子が見えない内部で、肉眼では見えづらい微小な塵を吸着させているのだ。
とても小さいと空気抵抗も小さいから、冷却風より磁力に反応して機器内に留まるのも出て来るのである。

これらの害は先ず冷却性能低下を起こすがその他に、内部接続部の接触不良も引き起こす。
常時の抜き挿しが無いので小型化が優先されるのも仕方無いが、PC系のコネクタは他用途比ではかなりヤワでちゃちいのが多い。
これは微小な力等で簡単に動いてしまったりもするので、防塵性能はとても低く塵の影響も受け易くなっている。

環境差は不明だが宅では2年以上不清掃だと何らかのマイナートラブルが出易く、
修理と題しといて清掃ってのも何だけど知っといて損は無いと思うよ。
只知識等が無ければ中を開けない方が良いし、頼む相手を間違えれば法外な経費請求をされる懸念もある。
PCは他のと比べてOSや技術進歩のサイクルも短いので、一般事務的利用が多いなら買換えもアリだろう。

不慣れなトラブルに始終翻弄されては大変だろうし、だがそれでもまだ素人にも少しは改善の余地が残っている。
先ず誰にでも出来るのは外部清掃と設置場所選択だが、冷やす都合だけだとなるべく「低い所」が優位だ。
けれど有引力空間では低い程埃や塵は多く、床が絨毯敷きなら直近は危険度が高いだろう。

これも本来一般汎用を標榜してるなら本来製造側で解決すべきだが、価格とニーズ等の絡みもあって現状ははかばかしく無い。
業者サイドに期待が薄いから諦めるかってばまだだで、ユーザーサイドの使い方も様々な違いを生んでいる。
例えばこれも師匠からの入れ知恵だが、1台限りのPCに何でもさせるのは賢明では無いんだそうだ。
売る方はその都合で「これさえあれば何でも出来ます」と推すが、自由度が高いってのは裏読みすれば個別適正度は低くなってるって事だ。

場所的問題等で今は低性能複数より高性能単機が主流みたいだが、幾ら性能差があったって30分掛る作業を1秒に出来る様な事例は稀なのだ。
もし急ぐのが「他のが出来なくなるから」だったりしたら尚更で、せめてもう1台独立して持ってれば全く気にしなくて済む様になる。
それと人がずっと張付いて無いと無理な作業は少ない筈で、少し時間が掛っても寝てる間にとか出来るのが只の機械とコンピュータの差なのだ。

外から見てると例えば「動画の編集しかしてないのに」と、単一作業に思えるだろう。
だが動画には音も付いてたりで、PC内部では複数の作業を平行同時進行で行っているのだ。
もし画と音を別々に作業してたら、
単純計算で云えば倍の時間が掛るのだ。

じゃ音だけだったらっつうと、昔の録音機だって複数トラックの同時処理自体はとうに達成されている。
Effectorを掛けるのだって時間的になら同時も可能だが、機械の数へ目を向ければ1つじゃ無理で2つに増えてるね。
概知の余談だが初期のマルチトラック録音では録音機のトラック数が足りず、4トラックのを3台同期運転させたりしてたよね。

決して何が何でも複数台持てとは言わないけれど、大昔の俺の誤解も含め意外と知られてないみたいだ。
それとちょっとブラックだがどうも日本のはどれも冷却性能の余裕が低く見積もられてて、只でさえ熱に鈍感なPC業界(機械より人の感覚)なのにだ。
なのでフル運転の時間が長いとその場で壊れなくても、寿命はかなり短縮される事となる。

2018年11月27日 (火)

Speedkingよもやま話⑬1足3連余談Ⅱ

前回の補足プラス図説主体になるが、その前に少々。
俺は割と強めの表現が多そうなので何だけど、実際誰がどうするかに対して固執はありませぬ。
少なくとも求める音に対して過不足等が無くて、結果が得られるなら一向に構わないと実は思っとりますです。

けれども只単に何でもOKって言っちまうと、時に「後で不具合」が出たりもするのを避けたいんですわ。

復唱になっけど太鼓は個人的には体格・体質差等からの影響大と感じてて、俺に良くても他人に駄目とかその逆があっても不思議じゃないと思うんです。
とは云えこの紙上では各個人の個性は不明なので、論理的観点からの優先順位で吠えてるのでありんす。
何せ外見と本人意識が正反対なんてのもあるんで、最適値を求めるにはマンツーマンじゃないと難しいと思います。

Photo
久々でいきなり出ましたが、題して「押出し踏み」と命名させて頂きやす。
先ず黄緑の線が膝より体側からの力の向きで、青線が
カカトを「支点」にした時の足首からの位置関係を示したつもりだす。
足各部の距離関係は人次第でまちまちだが、そこが正に個人差なので一例としての概念図と思われたしざんす。

で現実的な力には膝で前へ押す分もあるが、上から下へのそれと比べたらかなり非力だと思われる。
脚の重さは「作為的な動作」が無ければ近い方中心に掛り、つまりくるぶしから爪先・カカトそれぞれへの距離割合で大凡分配されるだろう。
加えて基本的にカカトは固定なので、他の奏法よりどうしても動作範囲は狭くなる。

だから俺的には絶対的必要性が無ければ用いて無いが、単純原始的な爪先踏みよりはパワーが出せるのも確かだ。
上図左は踏む直前で右は直後を描いたが、カカト固定の癖に足が何故か前へ少し移動してるのに着目されたしある。(描画は誇張気味)
これの度合いもまた人次第でまちまちだが、余程極端に「カカトが長い!?」主で無い限り押出さないと爪先へ重量モーメントを持って行けないからなのだ。

こんなんでどうして「
Slide」意識を持たぬかっつうと、それをすると「カカト支点」が機能し難くなり易いからだ。(移動しなけりゃSlideじゃないので)
それと「踏む前」に爪先がしっかり上がってないとビータストローク不足→パワー不足となって、唯の
慌てた爪先踏み」に成り下がっちまう。
よって目一杯勢いを付けようとはするが、
Slideと思わぬ方が大抵はベタ―なんじゃないかと思われる。
一番単純な思考では「目一杯威勢の良い爪先踏み」をしようとしたら、近い状況が得られる場合もありそうだ。

欠点は是迄に綴った通りだが、では利点は何か。
奏法的には大きな動作が不要なんで、「何か演った直後」に用いるのには有益だ。
それと他の奏法と足・脚の動作箇所と向きが少し異なるのも、複数ストローク用として有利だろう。

複数ストロークと称する多くは手足の基本の「振り」が一回で複数音を出すと解釈してるが、それを可能とするのは大抵は「違う場所を動かす」ので得ている。
だが増やせる数に限界と制約があり、パワーを要する場合個人的には3つ位が限度と感じられている。
工夫の余地は無限かも知れぬがそれ故、現状俺では4つは2+2で賄う等となっている。

基本手足一緒論の俺と云えどペダルとバチの相違を無視はせずで、ペダルは最低でもフットボードの分がバチより多いとなっている。
その影響はやはり応答性に現れてて、手より脚では複数ストロークの数的限界が下がってると感じられている。

またRock系では常時フルのバスドラサウンドが要求されがちなので、「パワーを伴わない速さ」だとご利益僅少だ。
こうなると手で言う処のバズ系の技法は、もし足で出来ても用途不一致だ。
もしツーバスとかでバズロールが出来たとして、使い道が少なそうなのも確かなのである。

これ等から俺言い「押出し踏み」の適正を考察すると、最適なのは「Slide Double直後」って判定になっている。(つまりSlide Triple)
個人差で極度に足首が非力とか遅いとか、何らかの事情で
Slideが不可な場合だったら採用に意義は出て来る。
けれども物理的に最適解で無いのが検証済みなので、特に「これから脚のDoubleに挑戦」ってんなら非推奨なのだ。

もし試すなら他の方法を暫く訓練した後、もし余りにも結果が芳しく無かったらそれからにするのが良いんじゃないかと思う。
尤も
高純度のSlide Tripleに挑戦するなら必須となるだろうけど、それはSlide Doubleを充分習得後での話し。
因みにこの高純度と称してるのは、速度・パワーが得やすいのが「全部違う動作」の組合せだからだ。

体自体もだがそれだけでは限界が近く、前に述べた通り「指令速度」も大事だ。
「頭を楽にする」のにも同じのを繰り返すより、
「全部違う動作」を順番にやるだけの方が普通は低負荷だと思うのだ。
既に目一杯押してるのに更にもっと押せったって無理な相談でしょ、でも「違う注文」だったり「前のは気にしなくて良い」となったら余地も出て来るんじゃない。

ドラムの神様ってばBuddy Richだと思ってるが、従兄の先生の分析では今のが違って聴こえても
技術面では越せてる者は見当たらないそうだ。
その
Buddy Rich実際に途方もないレベルだが案外「簡単な意識」で演奏してた様で、複雑なHi-Hatでのアクセント等を主にバチの「当てる角度」だけで実現していた様だ。
どうやら高度な演奏をしたい程、不要な際は「簡便化」が重要らしいのだ。