文化・芸術

2024年2月28日 (水)

音楽備忘録1657 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅲ➋

前回は珍しく随分曖昧なのを書いたが、要は音楽内容の真偽判定ですよ。
っても個人の嗜好は様々で、人気面でならフォロワーの多い少ない程度だ。

だが例え一定以上の支持があっても、音楽的に無理がある作品もある。
そんなのが今劣化本邦ではレベッカの一部作品位から増殖中で、けれどそれでも大人向けのなら受け手が取捨選択すりゃ良いだけの話しだった。

のが杜撰大王的には一般論では名曲とされてる、米津玄師のパプリカを聴いて悪い方で愕然とされられた。
何を大問題視したかったら1番が終って2番へコード的繋がりが無く、「戻れない」のをリズムだけにして誤魔化してる様にしか思えなかったからだ。

実際俺だってどうやって戻すかで散々腐心はさせられてるが、あとひと工夫頑張ればどんなのだって戻せるんすよ。
っと言っても経路が長く必要なのもあるが、もしかしたら期限を無理強いされて未完のまま出しちゃったんだろうか?。

子供を主用顧客にしたプロ作曲家の仕事として、こう云う理論に反してて混乱させるようなのは頂けないよ。
必ずしも皆が問題視してないらしいし、個人の見解はどんなのがあっても構わんがね。

だけどそれがずっと子供達の耳に残ってて自分でもやってみようとした際、何の参考にもならない処か間違いを刷り込む事になっちゃうんだ。
良い曲の源は良いメロだとして、勿論才能・閃きその他色々な要素に左右はされる。

でも一等難しくしてるのは「繋がり」で、1曲通して良い状態を継続するのが大変なんだ。
だから俺のも含め「何だオモロイのサビだけじゃん」なんてのが、一杯あるでよう。

この面でコードの変な経路チャンピオンったらPaul McCartneyで、異常転調から戻れるののチャンピオンがJohn Lennonなんだ。
彼等は米津君のよりもっと変態的なのを出しといて、何事も無かったかの如く平然と何時の間にか振り出しへ戻せてるんよ。

そう云うのにだって才能は影響するが、これに限っては到達時間差だけで誰でも学んで慣れれば獲得出来るんだ。
その方面の才能が乏しい程苦労はさせられるが、努力で解決出来るのにね。

只努力の仕方にはコツがあり、やはり色んなコードの経路を多く知ってると時短に繋がる。
聴き専の人なら単に心地良いのだけ聴いてりゃ良いが、作る側は名曲じゃなくても「今の進行は稀有だった」みたいなのにもアンテナを向けとく必要があるねん。

音楽版勉強は楽しいばかりではないのの一典型例で、又既にヒットしたのだけが名曲とは限らんって訳よ。
とは言え当座の食い扶持は無視出来ないから葛藤するんだが、どんなに売れても俺言い「欠陥品」は商品寿命が短いんだ。

その逆にちゃんとした製品を作っとくと生きてる間に間に合う保証は無いが、何時かある程度の評価を得られる可能性が未来永劫残る。
それには各自が好み無視での評価も出来る様になるのに、足りるだけの参考例が必要なんだ。

この点で最も有利なのがClassicで、良い所が皆無の物は経過時間の長さで既に淘汰されてる可能性が高い。
但しここで俺が言うClassicってな宮廷音楽みたいなのに限らず、"Happy Birthday to You"♪みたいなのも含めての話しですぜ。

-続-

2024年2月27日 (火)

音楽備忘録1656 杜撰大王が過去モノに拘る訳③

久々出だがこの件も勝手好きずき趣味習慣なんで強要はしないし、真意を理解されなきゃ骨董趣味のそしりを甘んじて受け入れなきゃなんない。
だがしかし何も内心迄世間に変に同調すべきではなく、そんな真似すりゃ個性にマイナスにしかならないのだ。

ずっとカテゴリに加えてるLudwig Speedkingは別稿で色々長所を語って来たが、どうでも気に入らんのに使えなんて言いまへん。
人次第で相性が悪いとか、生理的に受け付けないなんてケースもあるかも知れないからさ。

けど万一合理的な理由無く避けてるとしたら、そのせいで何等かの損失が生じるのだけは伝えときたいんだ。
それと同様録音作品に限っては、音楽でも新旧を一々問題にするのは全くアホらしいん。

過去述の如く生演奏の生聴取以外のは、どれも制作時期と聴取時期に必ずインターバルがあるからなんだ。
極端な話しプロデューサの確認も取らず録れた瞬間に公開するのが最速で、普通は録れたと思っても色んな人から合格認定を貰わんと公開に至らない。

つまり例え出来たてホヤホヤの最新作と言えど、公開の時点では厳密にはもうミクロ過去作になってるん。
それを逆手に上手く利用したのが、最新アルバムに過去録のを入れたりするヤツだ。

それ等の多くは決して駄作だから出さなかったんじゃ無く、たまたま雰囲気か尺か何かがフィットしなくて入れられなかったものだ。
具体的にはStonesのTattoo Youが顕著で内部関係者にとっちゃ立派な過去ネタだが、我々一般聴者には初耳だから新作でしかなかったぞ。

他のケースではSteely Danみたいに平然と録るのに年跨ぎしたのとなると、最初に録り終えた曲なんて公開時点じゃ「数年前」の作品だ。
更に自分でも作る人に至っては最新のから何か参考を得たとして、どんなに急いでもその成果が表れるのに時間が掛かる。

親和性以外の目的で流行の後追い一択にすると本人意識では最速最新でも、実際他人から見ればそれなりに遅れてるんだ。
ではどうするなら最新の可能性があるのかってば、皆が忘れ掛けた位古いのから「新解釈」で引用をするとかだ。

元ネタにカビが生えてたってそのまま出す訳じゃないから、新解釈の部分がクローズアップされるんだよ。
先ずネタ選びが珍しくないと誰かと被り、引用方法も独自じゃないとやはり何処かの誰かと被る危険がある。

後者の方は世界規模では必ず似た人物が居そうだからほぼ制御不能だが、前者の方は個人の真の好みに頼れば何処かが誰にも似ていない。
マクロ視点では似てても組合せ迄完全に同じになるのはレアケースで、大抵はジャンルかメイン担当楽器か何か位は異なるもんだ。

仕事に注文が付けば時勢は無視出来ないけれど、即興以外それは刺身とは違うからネタの時期は不問。
それ処か個人趣味の範疇なら、世間のアホ流行後追い君に付き合ってやる必要等ないんだよ。

そして後追い君が正直だったら未だしも、裏では内緒で古いの聴いてるかも知んないぜ。
流行は話題としての共通事項なだけで、それで誰かと仲良くなれてもあなたの個人趣味はその時点で行詰まるのさ。

-つづく-

2024年2月26日 (月)

音楽備忘録1655 ドラム「手足一緒私論」③

この発想ってもしかしたらマルチプレイヤ独特なのかも知れないが、音楽演奏自体に上手くなりたきゃ近道の1つになるかも知んない。
本当に1つの楽器だけが上手くなれて、自己満足だけで済ませられるなら要らないんだろうけどね。

どんな楽器にも悪い中毒性みたいなのがあって、マルチの深度の浅さと同じ位実用アンサンブルになると足を引っ張ってねえ。
程度が軽い内はそのパートらしい思考・志向だなんて言ってられるが、重症になると1人のせいで何等の編曲パターンが使えなくなったりするんだ。

特有思想にはオリジナリティと非汎用性の両面があり、例えばHi-HatのHalf Openをどうしても使いたくなかったら事前に代用案・策を用意しとけば良いんだよ。
フォークボールは無いと思ってた対戦投手にあった場合、全く無準備だったら天才以外対応出来ないでしょ。

ので自分内では想定が厳しいのの準備をするには、外視点が皆無では厳しいんだ。
どうしたって熱愛してるパートには私情が入り易く、かと言って無理矢理排除すれば「冷めた音」になっちまうかも知れない。

熱さと冷静さを共存させるには、バーチャルで「違うパートの人」になってみるのも手なんだ。
それもなるべくなら社長がお忍びで、1日だけパートのオバチャンにでも扮する様なイメージでね。

それであれば自身の哲学みたいなのが侵食されずに、立場の違う者の気持ちが少しは知れるんじゃないかな。
で状況次第で当初は代案を作るのにかなり悩む場合もあるが、いざ見つかってしまえば僅かな変化で済む事が多いのよ。

要点はHi-Hatを踏む足を緩めなくても充分な盛り上がりが演出出来りゃ良い訳で、只奏者次第で切れるカードが違うから自身での対策案が必要なんだ。
過去達人の例を聴いてみると、そもそもHi-Hatを完全に閉じたりしない奴も居る。

しかしバランスのお陰で充分上げ下げ表現が出来てたから、そんなのでも通用してたんだろうさ。
その中で極端なのだとSnareかバスドラを大胆に全部抜いたりとか、つまりはHi-Hatを本当にメトロノームの様に扱えばね。

今はそんなの極端に減っちまったが、1970年代頃のにはそんなのも結構あったんだ。
アップテンポな盛り上がる曲なのに、バックビートのSnareが殆ど出て来ないなんてのがね。

今感覚でドラムパートだけを聴くと変態的だが、全体を聴いてる限りはSnare抜きの損失が全く無いのよ。
ってルパン三世TV第1シリーズ・3番目のOPの事で、かなりRockでFunkな曲なのにさ。

逆にBeatlesのSomethingでは、普通の歌バックではHi-Hatはおろかそもそも金物を全く鳴らしてなかったり。
但しこう云うのは例外的ドラム編曲ではあるんで、実際に試してからじゃないと中々行けるかの判断が付きにくい。

だがもし「ボロいリズムボックス」と考えたら、幾ら足りない音があっても他で補う事しか皆考えないじゃん。
要はなるべく不要な固定観念は捨てるべきで、それには頭を充分柔らく保っとかなきゃなんないのさ。

-続々々-

2024年2月25日 (日)

音楽備忘録1654 楽器の異常急激高騰は誰のせい➊

いよいよ本格的な不景気が末端迄行き渡ったか、とうとう中古の値段迄法外に高騰しやがった。
これでもまだあんたは政治は無関係、どうせ選挙で投票に行っても無駄と言い張れまっか?。

現政権にお世話になってる少数の方以外は、どんなジャンル・業務に携わってようとプロテストソングの1つ位は演らなかったら仕舞いやで。
だば現況高騰のからくりから簡単に説明するが、一言で言や売り手の余裕が底触したからだ。

実は杜撰大王ボロアパートの大家でもあるんだが、現時点では全く家賃を値上げ出来なくて困窮しとん。
借り手の給与が上がってないのに値上げすりゃ、退室されるだけだかんね。

正直これだけ世の中全てが値上げしてんだからこっちもあやかって罪にはならん筈だが、1月でもブランクが生じりゃ全体の収入減になるしねえ。
これはどんな業種でも既得権益や中抜きと無縁だったらご同様で、強いて批判覚悟でやれるとしたら独占的大手企業だけだろう。

つまり殆ど誰でも本業給与が足りるだけ増えたりしないんで、趣味系の中古なんかを売る時は強気価格設定を試みざるを得ないのよ。
今時珍しく儲かってる奴とか一刻も待てない奴が、何とか引っ掛かってくれないかってな。

ほんでそう云う事情があると次の様な捻じれ現象が起こり、例えば1995年に買った当時は¥15万だったのが一般中古の癖に¥30万なんて具合にね。
普通に考えたら一般中古って新品買値の半額位が基本なんだが、新品が特に輸入品は2~4倍にもなってるもんだからさ。

買値の半額じゃなくて新品の半額なんて事になってて、本来だったら間違い無くボッタくり認定だ。
だが実際売り手の厳しい懐事情からしたら、何処か可能な処で増収策を取らないとやってけないからねえ。

となれば納期不定でノルマの無い中古販売は、言葉は悪いが最も吹っ掛け易い案件なんだよ。
仕事でどうしても必要なんて人は恐らく1%に満たない場合が殆どだろうから、言い値が嫌なら買わない自由が一応相手にはある訳で。

その結果一見政治とは縁の無さそうな弱小程、実際にはモロに煽りを食わされてんだ。
こう迄されてて俺が信じられないのは、過激なジャンルを演ってる連中でも大人しくしてる処。

そりゃ何処ぞの大手所属アイドルとかだったら怪しい素振りが見えたら一発退場の危惧があるが、元々反体制側で普段世の中に文句付けるのに黙し続けるだなんて…。
そんなアンタは悪いフリして実はイエス・キリストかよ、ってさしものキリストも教会の参道で無許可屋台営業してたのには怒って蹴散らしてるで。

本当に心配なのは怒る怒らないのその先であらゆる感覚(感性)が、無自覚・無関心にしてる内いびつに歪んでっちまう事だ。
最近匿名投稿の暴言・暴論がもう滅茶苦茶な様相と化してるが、無理に我慢を強いられたストレスをぶつけてる人が相当数居るんじゃね?。

=つづく=

2024年2月24日 (土)

音楽備忘録1653 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅲ➊

今度は指向をガラッと変えて、かつて上位ジャンルの者が下位ジャンルを見下してた話しをば。
って元来はジャンルに依る優劣なんて存在しない筈なんだけど、実力の割に新参者がバカ売れすりゃやっかみたくもなるってもんだ。

中には単なる僻みやディスりもあったが、良心的に解釈すれば後へ続く人達に老婆心を発揮してた部分もあったん。
だば最初に戻して何故要らん階層みたいなのが生じたのかったら、後発は必ず先発から何某かの影響を受けて成り立ってたからだ。

どうしても比較するなら後発の人のだって、先発組と同程度の歴を重ねた後のと比べるべきだったんだけどさ。
とは言えそんな昔の老害達にも一理はあって、後発組の一部には部分的に過去の遺産を借用し乍ら発展性を廃棄してた奴等なんかも居たんよ。

そんな中最速で認められたのがBeatlesで、彼等見かけ上はありふれたコードしか使って無かったんだが内容実態は高度なのが含まれてたんだ。
メジャーデビュー寸前のを聴くと良く分かって、どうもデビューに際して極端なサウンドダイエットをしたらしい。

コードのチェンジ頻度・数・種類からそのフォームに至る迄、極限迄省いたのがLove Me Doだったと。
要するにわざとバカなふりをした訳だが、その時点では当然正体不明のアンポンタンだ。

但し曲メロに一切手抜きは無かったから、メロと歌詞とコーラスのみで勝負してみたんだろう。
でバレ難い様に少しづつ色んな要素を加えてったが、相変らず突然の変態フォーム以外は王道フォームを応用して使ってた。

それが為ノスタルジー以外でClassicやJazzの影響は無い様に伺えたが、実際には映画音楽並かそれ以上のコアヲタレベルの事をやってたのよ。
コレClassic・Jazz等の門外漢には分かり難いが、自身で携わってる連中は比較的早期に気付いたんだ。

杜撰大王は40を超えた辺りからやっと理解が進んだが、例えば摩訶不思議で複雑な音程と思ってたのが部分的にわざと唯半音ズラしてただけとかね。
50を過ぎてやっと自身でも盛込める様になったが、Rock以外のジャンルでは最初から皆が学ばされるし少しは興味も持ってて知ってる事なんだ。

それがRock系でだけ認識が遅れてたとしたら、概知のコードだけで曲を作っちまったりしてたからだろう。
実はClassicやJazzの人達だって最初はもっともぉ~と頭の中スッカラカンだったが、変なメロが偶発的に出来ちゃって
それに伴奏付けようとしたら奇抜なコード(和声)になったってだけなんだ。

最近じゃ目立ったもん勝ちで変態要素は前面に押し出して強調してるのもあるが、ポピュラリティを高めるには極力分かり難い音は避けた方が良い。
それで奏者や編曲家のエゴを最も封印したのがRock・Popsで、それ故舞台裏ではホントは全然排除なんかしてなかったんだけどね。

出来上がりのしかもコードだけ聴いて、それを安易に真似してもうマスターしたと勘違いしたらさ。
本家には遠く及ばぬ愚作ばかりとなるが、マスターしたんだから無問題だなんて思い込んじゃって…。

と迄はならずとも完全自由な筈の自作メロに、わざわざ一般コードの縛りを「最初から与える」なんて無用っすよ。
こう云うのはある意味本物のメロディに多く触れないと気付き難く、敢えてカウンターパンチを喰らわせばClassicやJazzでも必要じゃ無くても「コードだけ凝って誤魔化し」たのがありそれに見事に騙されてんだ。

-続-

2024年2月23日 (金)

音楽備忘録1652 従兄記事に勝手に便乗➍

このまま終ると不親切かと気を取り直して、フットボードガムテ貼り概知のメリットを付記しとこう。
私的には良い人と思われたい魂胆もあるが、もしあなが求めるのが含まれてなかったら無駄な寄り道をしないで済むかも知れない。

明言はしてなくても一部は既に記事中に漏らしてて、杜撰大王の最初の目論見は足指の引っ掛かり防止策だった。
ドラムペダルって洋楽のツールとして生まれ、近年迄はずっと西洋の生活様式を基準に作られてた処があるわな。

ので裸足で踏まれるなんて想定はされてなかって、古いのになればなる程今で言うローファみたいな革製の靴が基本となってるらしい。
これが日本発祥だったら草履や下駄に合わせてたかも知れんが、靴底の材質が当時のあっちじゃ革か木位しか無かった。

故にそれ等は割と硬くてツルツルなんで、車のタイヤならスタッドレスとかスノータイヤを作る感じだったんじゃないかな。
ちょっち又脱線するけど俺世代が子供の頃って、少し裏に入るとまだ未舗装の道路が結構多かったんだ。

ので所謂最低地上高ってのが全高の低いのでも結構高く取られてて、今のと比べると3〜5cmはどれも高かった。
のわ雨でぬかるんだり土が轍で掘れたりしてると、そうしとかないと亀の子状態になっちゃって走破出来なくなるん。

ってな感じで昔のフットボードの場合は、表面が細かろうと粗かろうと兎に角不要に滑るのを避けるの一択だったん。
古典器の中でSpeedkingのデザインは少し異質に凹凸が細かく、軽量化が至上命題だったからきっと深く出来なかったんだろう。

と言いつつ稀には今でも足指を時々は引っ掛けてたりするが、SWIV-O-MATICのは丁度良く使う使いたいポジションでそれが起き易かったんだ。
又FPの場合は露骨に横溝だけなんでSWIV-O程じゃないけど、やはり状況次第では縦方向の摩擦係数が過剰だ。

尤も俺の過去のは全く違う理由での対策だったが、スライド奏法かこれを使わなくても前後方向に抵抗があると困る向きには1つの救いではあるだろう。
但し気になるのは俺言い純スライドや複合スライドを不使用なのに違和感を覚える様なら、椅子の高さや位置関係の方を先に疑った方が良いんじゃないかな。

今従兄宅訪問時に持参スピキンを使う際、必要性がなかったり面倒だと廉価品ゴム底スニーカを履いたままで踏んでんだ。
足首ダブルを大体習得し終わってると、足とフットボードの位置は殆ど固定されてても無問題なんよ。

強いて言や長連続させる時だけフッボーの最奥へ移動するとか、力を使わずパワーが欲しい時は限り無く手前を踏むとかね。
この場合元からギリギリの位置を踏んでるんで、寧ろ僅かでもズレると途端に踏めなくなるんだわ。

量販品で意図的に滑りを意識したのってぇとAXSI辺り以降ので、高価で買えんからちっとも試奏すらしてないから良く分かんないけどさ。
恐らく現代ペダルの中ではスライド奏法へも配慮しての事だろうから、フットボード以外の色んな部分でハードグリップする様なのよりは演り易い可能性が高い。

現時点迄の体験に依れば古典タイプは一応奏法を選ぶ事は無く、’90年代から15年位の国産系が最も奏法をペダルから指定して来る様な感じだったな。
でとても微妙な力加減(方向や場所も含む)が可能になると、Buddy Richみたいに何時でも何処でも何でも行けそうな予感が微かにしてるよ。

-終り-

2024年2月22日 (木)

音楽備忘録1651 ドラム「手足一緒私論」②

この私論従兄との奏法技術交流に必要になって始まったが、自分内でも苦手の手の改善に少しはヒントになってんだ。
誰にでも即効性があるもんじゃなさそうな発想だけど、パニックに陥って困窮しない限り思考の視野を広げるには有効手段の1つなんじゃないかな。

そこで範囲を一気に広げて考察してみると、異なる楽器同士の間にある程度相対応したのがあるですよ。
Guitar系のハンドミュートなら古いJazzでは本当にHi-Hatを手で抑えるのなんかもあったけど、そこ迄しなくても大略3種類あるよね。

所謂Closed・Half Open・Openに対し、強ミュート・弱ミュート・ハンドミュート無しって按配にさ。
因みにここで強としてるのは例えば音程感や余韻を最小にした様なので、弱は音色だけ少しマイルドにさせた様なヤツ。

これが生ピになるとGrandでは弱める方が減るが、打弦される本数を減らすシフトペダルとかアップライトならマフラーペダルがある。
後者は人間の手こそ使わんが、代わりにハンマーフェルトと弦の間に追加フェルトが入ってアタックを弱める仕組みになっている。

楽器種次第じゃそんなの採用不可のもあるが、「同じフレーズを違う楽器で奏でる」際などに重宝するんだ。
インプロビゼーションで最も素人に分かり易いのがこれで、誰かが提示したプチメロをアンサンブルで共有してるのが楽しめる。

わ遊びの範疇かも知れんが、曲全体で強弱を表現するのに音量でしか出来ないと何かと不便でね。
ポピュラー音楽みたいにあまり音量が大胆に上下しては不都合なのだってあって、その際は音色変化に強弱を担わせるのにトーンバリエーションが最低3つ位は欲しいべさ。

この件電気楽器奏者には結構重要で、生楽器程音量大小の範囲が広くないかんね。
初期の電子楽器みたいにタッチレスポンス無し(つまり鍵盤では音量を全く変えられない)程じゃないが、Fuzzを充分掛けてて楽器ボリウムを弄る暇が無い際は他の手段しか選べない。

と来てドラムへ戻ると近年は今劣化本邦の例えばHi-HatのClose・Openが、ほぼ極端な2択化してるのなんかがオッサンはとっても障るぞ。
確かに活字表示では大凡どっちかに分類してるが、実際にはCloseでもガチガチに踏んだのからゆるゆるの迄無限のバリエーションがあるし比較的簡単に誰でも出来るんだけどなぁ。

それも打込みじゃないからその場その時の、気分・雰囲気次第で相当自由が与えられてるんだけどねえ。
Hi-Hatの「閉じ具合」1つでフォーマル版とお祭り版の演出も可能で、20世紀中はジャンル不問で誰もが当たり前の様に活用してたんだがね。(段々不機嫌になって来た?)

いや別にポリシーとかスタイル都合で固定してるんなら注文は付けないけど、エレキGuitarだったらハンドミュートが出来ない奴に果たして誰も文句は言わないで居られるのかな。
普段滅多に要求されない・使わないだったら上手くは無いにしても、こんなのが障害になってドラムが叩けるのに擬きですら非専門ジャンルのは一切演れないとかなったらそりゃおかしいって。

-続々-

2024年2月21日 (水)

音楽備忘録1650 他力本願な話しですが💦➌

これだけ密かに長年の洗脳を浴びてりゃ、洗脳前の世の中を知る世代じゃないとされてる事すら分からなくても仕方無い。
それ以前に最早老害臭すら漂う洋楽Rockに、今更大きな興味を抱く若者がどれだけ居るのかすら
定かじゃない。

けれどアイドル系だろうとボカロ系だろうと現時点での伴奏スタイルは、その基本がほぼ洋楽Rock Bandのままなんざます。
これについて年寄ならではの知識の押し売りをしとくと、1970年代一杯位迄は小規模Band形式よりJazz由来のオーケストラの方がポピュラーでは主流だったのよ。

近年では体制不変の超ベテランの一部とか、とっておきのバラード曲でしかオケは付かないやろ。
昔より娯楽の種類が増えた→一分野での儲けが減った→必要最低限がデフォ、の流れもあったんだろうけどね。

ポピュラーつまり「含むRock」と巾広い曲を扱うにはオケスタイルの方が対応力が高く、Rock≒不良が嫌いなお客にもオケだったら大丈夫だったのさ。
一方でRockスタイルのアンサンブルに精通してた職人ミュージシャンもまだ限られてて少なく、例え当時から既にサンプリングシンセがあったとしても今みたいにゃ出来なかったろう。

何れにしても小規模Band形式以外に盤石の伴奏アンサンブルが先に存在してた訳で、本当のRock Band以外の人達迄わざわざそうしなくても構わないんだな。
にも拘らず小規模Band形式が伴奏様式の基本となったのは、予算事情の他に「出来る人」が飛躍的に増えたからっすよ。

但しそれは今劣化本邦の「失われた30年」に入る迄の話しで、最近は聴いてるとかなり切迫した状態になって来てんじゃね。
因みにClassic・Jazz等のオケだったら、今でも吹部やアマ楽団に入って修行すりゃある程度の基礎は確実に学べる。(つまり誰でも参加可能)

処がRockだと元々少人数で小規模だったもんだから、スタンダード曲を既に抑えてる者同士じゃないとジャムセッションすら出来ない。
年寄(異世代)と交流を持てればとっかかり位は掴めるだろうが、若い程先ず同世代だけで試したいと思うのが自然だよね。

世帯が小さいのってローカルな個性を段違いに発揮出来るが、それには近しいメンツで固まる必要があるじゃん。
他人はどうか分からないけど俺達ならこうって、グループ自体の色を最初から打ち出せる。

それは最短最小準備で本番に望めるのに繋がって、若い時程焦りもあるにせよ「若い内に」の価値は実際大きいかんね。
オッサンになっちまえばジジイになる迄ジジイになっちまえばくたばる迄に何とかなりゃ大差無いが、臭いセリフだが青春の輝きは過ぎてみると瞬く間に幕を下ろす。

加えて歴を重ねれば意外な曲をマスターしてたりするが、だから若い程スタンダード曲(共有)だけは先に知っとかないと支障が大きいんじゃないかな。
にも拘わらず明確な指標を喪失した今劣化本邦の現況って若者に程厳しく、本来は逆じゃないといけないんじゃないかな。

-終-

2024年2月20日 (火)

音楽備忘録1649 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➓

パートⅡの最後を飾るのは、培って来た個人感性の上手な処遇の仕方ざます。
人間は容易に勘違いもするけれど、だからって独自の感性を自らゆがめるのはお止しなせー。

誰かと見解の相違が発生した際、その過半数は認定と表現違いが原因なんだ。
これは食べ物の味が一番分かり易そうだが、絶妙に美味しいのって大抵は各要素が複雑に絡んでるよね。

甘さが際立つ印象が客観視したら塩味の方が強いだとか、そのどっちを先に取り上げて語るか次第で言葉は正反対に近くさえなる。
身内で共通認識を持ちたい時は条件設定を明確にして、時間を掛けて整合性を見出さねばならない。

が特にそんなニーズの無い殆どの場合は、○君のは○語・□さんのは□語なんて風に捉えた方が手っ取り早いん。
或はもっと範囲を拡大して、○国文化・□地域文化ではそう云う解釈になるなんて仮定をしてみたり。(自論の正当化に悪用しちゃあきまへんで)

その真相可能性として前々回リッケンベースがデカいと言った人、もしかしたらその人だと体の何処かが支障してたのかも知れないんだ。
それか既体験のは軽目のばかりで、リッ君の割と角ばってて少し重いのが堪えたのかも知れない。

俺は筋肉マンの方だからあまり食い込みは気にならないが、もっと体表が柔らかかったら角が当たると痛そうだ。
この面で万能プロデューサを目指すなら、俺言い「感性の翻訳力」が必要だしモノを言うんすわ。

↑例の様に100人中99人が不細工っつうのを、ある誰かが見たら最高の美形って事は水面下では案外頻繁に起きてる筈だ。
のがちっとも表に出て来ないのは同調圧力大国だからで、独自性を最高と考えるフランス等なんかじゃ寧ろ必死に探して語ろうとしてんじゃないかな。

但しどちらの両極でも求められて無いのに発揮したら、唯の迷惑か我儘なのは一緒。
この点寧ろ今劣化本邦の泥酔者等、特に白昼だったらEU圏なら即逮捕・連行される。

つまり自説を他人に強要しないのなら、心でどう感じてどう思ってても何も問題は無いのだよ。
寧ろ自分は常識的だから大きな問題は無い等と浅はかに考えるのこそ害で、酔っぱらえば無礼講が大抵は許されると思ってるのなんか酷い勘違いだ。

しかし同じ勘違いでも個人で勝手に思い込んでて、他人に一切害を及ぼさないなら後は羞恥心だけの問題だ。
実は勘違いにも少しは効能があって、創作の分野ではそれで盗作疑惑から逃れられる事だってあるのだ。

馬鹿と鋏は使いようの一種で、手前味噌ではSnareのゴーストノートを間違えてバスドラの3連打と思い込んでたのなんかがさ。
スピキンに慣れる迄そんなイカレたのは実現こそしなかったが、結果的に3連打の使い方の源になってるんだよ。

してこんな柔か頭に一役買ってくれるのが、本物に触れた経験なんだ。
ほら「想像の斜め上を行ってた」なんて語句があるじゃん、その「上」次第じゃ程度差っつうより次元が違ったって方がマッチしたりするっしょ。

一口に良い・凄いと言ってもその内容は様々だし、本物は大抵何処か予測不能箇所に余力を持ってたりもするんだ。
世界観が広がる・刷新される等、実利以上に思考の範囲拡大が最も重要なんすよ。

-続-

2024年2月19日 (月)

音楽備忘録1648 従兄記事に勝手に便乗➌

この短編の最終回は実演の感想と、実施する際の留意点をお届けしませう。
もしあなたにフィットするなら、当初はガムテ貼りはそこそこ良好な感触だす。

けれどどんなテープを選ぼうと素の状態より必ず感触変化量が大きく、それがかなり随時で起こるんだ。
奇特な話し金輪際貼られてるのしか踏んだ事が無い奏者が居たらどうか分かんないが、ほぼ皆の基準は「貼って無い」方だよねえ。

ので裸足から超ゴツイ靴迄日替わりで踏む様な人ならいざ知らず、状態安定度が低いのは誰にでも損失にはなるんじゃないかな。
手とバチの関係でも感触変容はあるんだけど、手に比べりゃバチの方はまあまあ安定してるよね。

人に依っちゃ足の方が気にならんとしても、足裏(履物等含む)とフットボードの両方が常に変化するんじゃ少なくともきっと楽じゃないよ。
ってな過半数の失敗体験から実施するとすれば、かなり色々注意しないと後で泣きを見るかもよっと。

①ガムテ自体を厳選
かなりテープの状態と質で寿命に差があって、普通に段ボール箱等に使うのとは別世界でんねん。
尤もミュート等で多用してるとそこそこ概知だろうが、皮みたいに交換出来ないし普通はそ
の習慣が無いのが異なる。

 先ずなるべく製造から日が浅いのが望ましく、糊の軟化時期を遅らせられる。
 表面感触はお好み次第だが、あまり薄いのは耐摩耗性に乏しいんで不向き。
 新品時で糊は固目の方が良く、軟らか目だとすぐにズレて来る。

②貼り替え頻度
恐らくこれが最も厳密さが要求され、だからこそ大雑把な杜撰大王は挫折ったんだ。

 膨大な私体験に依りますと多少の汚損は厭わない条件で、俺みたいなゴリ足で2~3日・普通の人で1週間・繊細足でも1ヶ月程度が確実に無事で済む限界やね。
 しかもこれは①の要件を満たしてた場合で、糊の劣化が酷いガムテだと1曲演ってる途中でズレて来た事も。

極力汚損を避けたいとなったら随分神経質な話しだが、もう演る都度貼って剥しといた方が良か。
今晩はこれで終りの又明日の朝から叩くから…って普通はほっといたりするが、夜間温度・湿度の変動が多いだけでももう状態が結構変わるケースもおま。

踏み心地変化だけで済みゃ良いが、それより接着状態とか硬度の方が変わっちまうん。
んな事情なんで個人的にはあまり勧められなく、俺の場合は自身の足裏コンディションの安定化に主軸を置いてるよ。

足裏皮膚って個人差は相当あろうが、適度に乾燥してれば結構丈夫なもんでね。
履物は床等次第ですぐ濡れたりするけど、足裏だと普通はプールや風呂以外では露骨に濡らしたりしないでしょ。

現況在宅時は敢えて靴下を履かない事で、大凡所望の乾燥度が得られてましてん。
尤も足裏以外の皮膚は弱い方と自認してるんで、体の外に解決策を求めるのも分からなくない。

人夫々で最適解は千差万別で参考にこそすれ自ら探索してくしかないが、何か適切なのが掴めたらそれこそが独自スタイルの一部なんだ。
ドラムの足元って近付いてまじまじ眺める機会も少な目になり易いんで、その分リスクを知っとかないとこんな筈じゃになり易いかも。

-終り!?-

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