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2023年1月31日 (火)

音楽備忘録1264 過音圧ミュージックはもう沢山➒

だば前回の続きになるが、そもそも歪みの深さって一般的には「何処で感じてるか」が鍵なんよ。
もしかしたら全体とか最も歪んだ時って思うかも知れないが、一般聴者の多くは「一番歪まない処の浅さ」で判定を下す事が多いんだなぁ。

ってのは生音かそれに近いのの変化なら知ってるけど、「○○の深さだと□□音が△△に変化する」なんて専門じゃなきゃ知ったこっちゃないでしょ。
それで殆ど無意識の内に「歪まない方の度合い」で予測してて、歪み前コンプが掛ってると悪く云や騙されてた訳。

それを弱くなるのを嫌ってバカ正直に深歪みさせると、上記のとは時に違いが出るんだ。
端的に言や「和音が潰れ易くなる」で、併せて明瞭度も低目になるんす。

のを昔の達人達は人力で不要な処が弱まらない弾き方をするのから始まり、後に適宣「前コンプ」を利用して切り抜けて来たん。
そんじゃあ昔の人はシビアで大変…ってまあ事実ではあるんだが、Jazzとかで生音で演ってる人よりゃ大分楽。

今だって生太鼓や生ピの人は全然変わってないんだから、それに比べりゃ全くどうって事ぁねんだ。
んで何が言いたいかっつうと生楽器入りの音源では、エレキの強弱の粗なんか殆どあってもどうでも良いってね。

流石に「フルループ」にすると生楽器でもその強弱の種類が激減するけど、それって究極はマシンドラムと「地続き」だかんね。
現在のドラムマシンでも「生音」のは、1音単位に分解しただけだ。

アタックと余韻に迄分解したのは恐らくまだ無く、ってそれもヲタ性が強くて何だけどさ。
一般論で生身の人間が演ってそうな程度にすると、完全に同じ楽器が同じ音になっちゃ駄目なんだ。

それを敢えて逆手に取ってYMOなんかは「全部機械が演ってます…風」にしてたけど、今になってみれば「人が想像する機械の音」と実際は一寸違ってた。😃
機械でも他の音の状況次第でまるでムラがあるかの様に聴こえる時があって、初めて自分で打込んだ音を聴いた時ゃ何だこんなもんなのかいって思ったよ。

それを分析しみると物理的には確かに同じだったんだけど、他の音からの影響迄「考えて同じになる」様になんて全くなって無いからねえ。
音量差がある程度以上だったらあまり影響は無いが、拮抗したり大差無いと絶大な影響を受けてたんだ。

とどのつまりは生身の人が聴く以上は人耳感覚でフラットにするには、人間が調整しなきゃ駄目だとな。
要するに邪魔が入った時ゃ聴こえが同程度になる迄、「少し盛って」やらないと同じにゃ聴こえんのよ。

それが生身のアンサンブル内では殆ど意識せずに自然と調整してて、邪魔にはなりたくないが自分の存在も堅持したいって気持ちからそうなってんの。
差し詰めロクに打てない打者には少しセーブして投げる様なもんで、そうして強敵が現われた時負けない様に余力を残しとくみたいなさ。

人力では無いけど常にフルにしちゃうってなそういう対応力を剥奪するんで、音楽が自然に聴こえる余地を残そうとすると首尾一貫フルってのは滅多に使えないの。
だからか分かんないが忙しないテンポも含め、劣化近年本邦のJ-POPは多くが何だかみみっちく聴こえるんだ
よなぁ。

<つづく>

2023年1月29日 (日)

音楽備忘録1262 伴奏の重要性②

さて大雑把なやり方が分かったとして、近年伴奏を劣化させるのに「それ用の奏法」があるから本日はそれを。
難易度は大した事ぁねえんだが、だからって突如演ろうとしても一寸上手く行かないのがね。

今時はDrumや鍵盤系のなら打込みのに、Guitar・Bassのならストンプにそれらしき音がするのがあったりゃする。
けど滑らかな伴奏をするには、それ等「間(あいだ)が無い」音色では充分とは言えないんだ。

どんな類いのかったらDrumのSnareから行くと、タップストロークからフルショットに進んで最後はリムも掛けるなんてぇのだ。
その「リムに掛ける」にも深さ(バチの位置)とか皮との比率ってのが色々あって、実際は種類がほぼ無尽蔵にある。

それを打込みで再現しようとすれば少なくとも究極の手間とスキルが要るが、人力だと必要時は雑で出鱈目でも何となく自然と少しはそうなるもんだ。
のが本来の姿だったんだけどどうも打込みへの対抗意識からか、意図的に放棄しちまった様だ。

単に止してるだけだったらまだ良かったが、最も大きな損失となってるのが中間領域テクの衰退とマイナー化だ。
あんまり普段演らないでいるもんだから、いざ必要になって演ろうとしたらすぐには出来なくなってたってさ。

特に悲惨!?なのがLive主体じゃ無い奴等で、一時的には通用した(ホントは通用してないんだが…)劣録音での演奏法に特化しちまってやんの。
コレ日本のポピュラー以外では未だ全く通用しない方法で、音色が電気・電子楽器程変えられない生楽器等ではあり得ない話しだ。

Classicの打楽器なんかじゃ考えられない事で、と云う事は例えポピュラーでも生楽器が入るなら少しはそっちにも合わせないと気持ち悪い音になるだよ。
それが太鼓迄機械を使った無機質なテクノ(これは意図的にそうしている)とかより、人間味を出せる強みなんだよ。

結局生身の伴奏でしかも上手なのってのはそれ相当のムラはあるんだけど、それが丁度主役とシンクロしてたりするんだ。
誰だってマトモな合奏者は他人の領域を犯さない様細心の注意はしてんだが、使ってる楽器の都合その他で多少なりともムラは生じる。

或はデッドポイントかなんかで普通より強くしないと埋没するとかがあるが、そう云うのは個人の力ではどうしようもない。
でそんな一寸不利!?な時でもLeadパートは、例え伴奏の聴こえなくなる箇所が出てもあまり構わずそのまま行ったりするけどさ。

理想はずっと伴奏も聴こえるのが良いんだが、要するに伴奏の方が加減出来る巾が狭くなってる訳ですよ。
聴こえなくても聴こえ過ぎても駄目と難易度が上がるが、だからって目立たない処は聴こえなくても良いなんて安易に思っちゃいけねえよ。

あんまり聴こえなくなる頻度が高いと、その内「入ってるのを忘れられる」可能性があるからね。
或はⅡでしょっちゅう聴こえなくなっても構わないんなら、オマケで入れてるだけかなんて舐められたりさ。

時には万全を期しといても酷いプロデューサや技師に蔑ろにされる事もあるが、自ら存在価値を下げる事はおまへんで。
んでそれを実現するには伴奏にしか殆ど使わない技が必要で、技の持ち合せが無くて泣きをみるのは勿体無いんじゃない。

<つづく>

2023年1月28日 (土)

音楽備忘録1261 過音圧ミュージックはもう沢山➑

いい加減で「不毛なイタチごっこ」は卒業して頂きたいもんだが、最初始めたのには訳があった。
だが当初の効果が失せた今、何時迄も続けるのは「私バカです」と世間に知らしめてる様なもんなんだが…。

今回は珍しく切り口を変えて、音楽の内容から離れて営業等の方面から再考しよう。
仮に、仮にですよ、もし最高の作品が出来たとしても、どう聴かすかに依っちゃそれが中々伝わらない場合もあるわね。

他の作品に比べて極端に平均音量が小さかったりしたら、それこそ小音量でBGMに流してたら聴き逃すかも知れない。
だがそうやって争ってる内に限界に達しちゃって、誰が「猫の首に鈴を付けるか」で皆躊躇してるのが日本の現状だ。

こう迄頑なに誰も禁を破らないかの様な様子を見ると、或は闇談合でもしてるか知らんがね。
しかしそれに依って最早業界自体が破綻し掛ってて、経済の立て直しに見向きもせず当座の利権にしがみ付く愚政府と同じやんけ。

それでも政府の方はクーデターなる奇策がまだ残ってるが、音楽でそれやると最低向う10年間位は回復しないからそこは一緒じゃ無いんだぜ。
何せ政治は無興味でも一応成立するが、音楽ではそうは行かないからねえ。

仮にドス黒く行ったとして儲けに繋がれば投票するかもだが、「内容を気に入ったら買う」という相手ではバラマキしてもさしたる効果がおまへんやろ。
そこでおかしくなる寸前の状況を顧みると、その頃は音量も密度も両方がフルのは無かったんだ。

聴き易さの為に音量に厳しい画一化のある物は密度に結構疎密があり、一方で密度が比較的均一な物には音量の変動が許容されてた。
その様な手法で夫々音楽の強弱を表現してたのが、違いは今やせいぜい楽器数とか位になってしまった。

当然それでは到底楽曲を表現し切れず、今度は仕切れないからか単調な曲が増えて行き…の悪循環だ。
これで一寸想い出したのがGuitarのコンプレッサで、それも楽器とAmpの間に噛ましてAmpで歪みを作るって時のだ。

程々にしとけば例えばCrunch設定にしてたら、弱く弾いた時は生音になる。
のが深くしとくと全く同じAmpセッティングでも、弾いた「全て」がCrunchになる。

つまり前者では大まかに1つの設定で2つのサウンドが得られるが、後者は抜群の安定感はあるが得られるサウンドが1つだけになる。
因みに’70年代中頃にこの方法がブームになったのは、今みたいに上手に深く歪ませられないのを補填出来たからでね。

歪みのピーク深さは大した事無いんだけど伸びが良いもんだから、聴感上は実際よりも深歪みに感じられるってヤツだ。
しかし今振り返るとPopな作品には寧ろお誂え向きで、今みたいに深く歪ませられると失敗すれば「歪み過剰」になるからね。

要するにMetal系と音質に差別化が図れてた訳で、近年あまり耳にしなくなって久しいかも。
と云う様にアイドルポップもゴリゴリメタルも一緒くたになっちまって、そりゃあBABYMetalみたいに分けなくて良い存在も稀には居るけどさ。

<つづく>

2023年1月25日 (水)

音楽備忘録1258 過音圧ミュージックはもう沢山➐

伴奏案件の続きは別項を新設して続きをやるとして、ここでは隙間や休符の効能を再認識して貰いまひょ。
今劣化本邦の様な悪癖は元は退屈させない処から始まったんだろうけど、どれもがずっと鳴り続けてると「何も無い」のと結局は一緒になっちゃうんだが…。

人に依ってかなり差はあるだろうが人間ってな慣れってのがあるんで、一定以上「状態が変わらない」のが続けば「ニュース無し」と認識するんだ。
それを避けるのに予想外の展開等を模索するんで、「絶対に隙間がありそうな曲」にだったら隙間無しもある程度効果があろう。

但し「全無し」ってのが使えるのは1回こっきりなんで、大抵は半分位を中心に量の増減より場所を変えるのを選ぶもんだ。
又最も「劇的に変化」するのは無音から突然の最大音だが、これもホントに劇的に効果があるのは1曲につき1回のみなんだ。

どうでも2回以上やって悪か無いが、読まれて慣れちゃうとねえ。
だからせめて無音の方を小さい音に変えるとか、大きい方を最大迄上げないとか何処かを変えないと鮮度が落ちる。

のを殆ど放棄してるのが今劣化本邦のメジャー系ので、「ほぉ、そんなに曲に自信があるのかね」と嫌味を噛ましてやりたくなる。
それを今回は歌の迫力について論じてくが、先ず実際に圧倒的にパワフルなのと声質が迫力満点なのの2つに分れる。

この2つの違いは「Off Micに出来るかどうか」で、声質だけの場合遠ざけると歌詞が分り難くなったりする。
今の時代デシリバとかでどうにでも出来る様な感じもするし、バラ録りすればどんなにパワフルでも他へ混入したりしない。

しかしパワフル感を「演出」したいのであれば寧ろ他のMicに混入した感じとか、他楽器に共鳴した感じにするのが一番だが誰も何故かやっていない。
これは昔のチープな録音でどうしてパワフルなのが分かったかで、録りはバラす程クリアにはなるが力感を損ねるのを意外と皆知らないかスッカリ忘れちまってんだ。

かつてMicの本数とトラック数をどんどん増やしてったのは、力感を損ねても明瞭度を上げたかったからだ。
それへほぼ唯一逆行したのがZepで、暫くは明瞭度を犠牲にしても音の大きいのを分かる様にしてたな。

お陰でリズム隊を拾おうとすると大変厄介で、DrummerやBassist泣かせだった。😢
今の録音クウォリティなら両立も充分可能になったけど、それにはなるべく同時にとかリアルな響きが必要なんだ。

デジタルバーチャルで現在再現可能なのは部屋の残響迄で、スナッピーが共鳴するのだとか楽器に共鳴する分はプログラミングされてない。
この様な要素も力感にはかなり重要なのに、圧縮率を上げただけで済まそうとは片腹痛いわい。

それも含め判断すると平均音圧を上げて効果があるのは、「弱くはなくする」だけなのが分かるだろうか?。
音の強さ弱さには色々な切り口があるんで、もっと視野を広げて欲しい。

<つづく>

2023年1月19日 (木)

音楽備忘録1252 過音圧ミュージックはもう沢山➎

今日は音楽から「弱い処」を全て無くしちゃったら、どうなるかについて綴って行こう。
特に電気的に画一化しても、音的には平準化しないのなんかを。

音楽ってぇのには元々強い音と弱い音ってぇのがあって…っつうと一寸分かり難いんで、全く異なる音で同じレベルにしてみた時を考えてみよう。
先ずピーキーなのとそうで無いのでは、ピーキーなの程大きくした割にそうは聴こえない。

これは平均音圧の相違が原因だが、ならば例えば鋭いSnareをコンプすりゃ良いか?。
すると太くはなるだろうが最早鋭さは影を潜め、最後は鈍い音!?になってしまう。

只Snareは通常バスドラなんかより音程が高いんで、そこまてしなくても何とか聴こえるだろう。
と云う事で鋭い低音程聴こえなくなる訳だが、特に同じ音域に別の音があると最悪だ。

それからすると最も聴こえ難いのはピチカート奏法のウッドベース辺りになるが、それ故昔の録音だと先ず全部聴こえた試しが無い。😵
恐らくパルシブな他に低域が削れるののせいもあったんだろうが、それでJazzをRockより軽いものと勘違いしてる人も居るかも知れないな。

その悪弊として最近「バスドラをRockみたいにハッキリ踏むJazz擬き」が蔓延してる様だが、Drumパターンがハッキリしちゃうと駄目なんだよねえ。
言うなればJazzではウッドベースがバスドラの仕事の多くを担ってるから、Rockとの明確な違いを生み出せてんだよ。

普段表拍で行っといて時々裏拍を鳴らすが、全体の流れは止めないってのにはその方が合ってんの。
こう云うの1つとっても今劣化本邦の録り方は最悪で、まるで雑魚はかり全員で主役を張ってる様なもんだ。😞

人数(≒音数)が極限られてりゃまだ良いが、誰が主役なのかサッパリ分からんですぜ。
この件目立つにもどんな風にしてが相応しいのかとも関係してて、それが今劣化本邦じゃ幼稚化・単純化したのとも大いに関係がありそうだ。

例えば歌物バックのBassが格好良いってのは、どんな状況だろうか?。
音量が大き目なら単純にフレーズが良いとそれでついOKと思ったりするが、LeadパートやVocalと同じ位前面に出てては「バックとして格好良い」を満たさない。

これは古今東西積年の悩みにもなり兼ねないが、「目立って当り前」時だけ良くたって駄目なんだ。
その点チームスポーツだと未だ正直なもんで、各自の責任の果せ具合で試合の勝敗が決まっちまう。

実は音楽でも一緒かより一層で、「バックとして格好良い」を満たせないと主役との共存が成立しないんだ。
そうしなけりゃ相乗効果は得られず、単なる主役が交代するソロの集合体になるんだ。

Jazzの一部にそんなのがあるが、主役は良くても脇役の一部につまらない箇所が残る。
「音楽として無効な箇所を無くす」方が当然「何処から聴いても良い」になるが、その為にもバッキングの成否は重要なのだ。

歌物のVocal等は主役を演じる時間が殆どだけれど、ソロの後ろに僅かに入る「掛け声」等でバッキングを担う事もある。
それ以外のパートでは実質的にバックを演る時間の方が長く、つまりそんな表立たない処でこそどれだけの物を提供出来るかが勝負なんだ。

<つづく>

2023年1月13日 (金)

音楽備忘録1246 過音圧ミュージックはもう沢山➌

是又恒例化しつつある「ついででシリーズ」と銘打って、コンプリミッタのレシオを掘っとこう。
機器の表示に依れば2:1,4:1等とあって、最後は∞:1等とあるが果たしてその真相や如何に。

とっととバラしちゃうと無限大なんて事ぁ、少なくともアナログの世界ではあり得ない。
それ処かデジタルでさえ本当に無限大を作ったら、スレッショルドを下げるとどんな音を入れても無音になるのだ!。

普通スレッショルドを下げるってな「入って来た音全部に掛る」んだが、実際には無限に圧縮する訳では無いから小さくなっても聴こえるんだ。
と云う事は無限ってのは比喩なだけで、その値がキッチリした数字にはなり難いからちょっち盛っちまったんだ。💦

具体的には球やディスクリート(石だが個別部品)の時代で20〜100、集積回路になってそれが1000位迄だ。
但し40:1位を越すと音が露骨に変容して、使えない音になる場合が多い。

真空管の又はそれをシミュレートしたのが最も音楽的であるが、その様な性質を持たせると歪まずに扱えるのは20位迄だ。
ので一般的に耳にする殆どは深くても20〜40で、しかしリミッタでは無く「コンプらしい音」にするだけならそんなに深いレシオにしなくても充分だ。

それが↑のスレッショルドで、小さい処から掛ると圧縮感が目立つんすよ。
その逆に「理想リミッタ」ってのは全く音の印象を変えずに、レベルのピークだけを抑える。

尤も理想とはデジタルでも程遠い現況なんで少しは音が変っちまうが、少なくとも純粋なコンプよりゃ音色は変わらない。
因みにBeatlesの時代には圧縮率も低く、その為リミッタをコンプの代用としてがね。

その頃のコンプじゃRockのパルシブなピークにゃ遅くて追付けず、リミッタを使ってもコンプの動作しか無かった。😓
が今や速度だけならデジタルの威力で間に合う様になたったんで、音色の改変(主にマッチョ化)にはコンプが使われる。

今仮に高性能なリミッタだけを使った場合、原音と比較しなければ分からないだろう。
その場合オーバーする分だけが抑えられ、それ以下の部分はそのまま出て来る。

それは場合に依っては極強の部分だけ取ってしまうんで、プロセス後の音は寧ろ大人しくなるんだ。
なので折角ダイナミックレンジが拡がっても、弱い処を盛るコンプが頻用されてわざわざ狭くしてだんけどね。

確かに貧弱過ぎては印象に残らないし訴求力も欠けるけど、強さは「必要なだけあれば良い」んだ。
リズム隊は弱いより強い方が良い・それならGuitarだって…の挙句、肝心の歌はそれより強く元気に出来るのかよってな。

何なに歌を強化出来ねえからせめて伴奏だけでもってか?、そりゃアンタ歌の弱さを強調するたけでんがな。
要するに音の強さだけに元気さを求めるからアカンので、リズムの躍動感の方が元気さが出せるんだ。

それにはClick常用ってのが又最低で、調子の良い若者に正確さなんか大して求められてねんだ。
ってベテランの凄腕に比べたらの話しだが、若い時のつい興奮し過ぎて浮足立ってしまう感じとか齢取ると中々出せないから結構貴重なんだぜ。

音程感だってもっと欲しいのは山々だが、どれもこれも無理くり修正してボーダーラインを越えたって駄目なんだ。
要は曲次第で重要素は変動するんだから、その曲を再現するのに足りてりゃ良いんだ。

<つづく>

2023年1月 9日 (月)

音楽備忘録1242 ubuntuトライ:結果=微妙②

以前にも触れたがどうして「音楽用はWindowsなら8.1が最終」で、尤も汎用なのは未だxpなのかをこの際だからもっと詳しく掘っとこう。
私的発端は実は前述勝手にリミッティングではなく、手持ちサウンドカードが11機に載せられなかったのに始まる。

マシンリソース的に画の無いヤツにゃそこ迄のスペックは不要なものの、音楽の普段聴きや動画でも音楽物の視聴には音は少しでも良い方が良い。
処が①宅の貰い物11機にはPCI-eスロットしか無いのに手持ちカードは全てPCI ②仕方無く変換アダプタを買って試すも認識せず、でその時点(以降停滞)では八方塞がりになったんだ。

これとは別に気付いたのが所謂タワー型の癖に、ショボイけど今時珍しく!?スピーカが一応内蔵されてたの。
それで思い切って11機では本式に音を扱うのを止める事として、その代り8.1を余計残せなくちゃ困る様になったんだ。

おやおやこの時点で上記に一寸矛盾してなくもないが、それは主にマシンスペックの事情なんすよ。
宅では壊れるまで使うスタイルになってる都合、今xpが入ってる古物は余裕が無いのが殆どなんだ。

それに加え8.1で今回ubuntuを入れようとしたPCは半端に新しい(又私感…)ので、前に試したけど何とxpが入らなかったんだ。
手持ちOSには7が無く後は魔のvistaだけで、これは多分入るだろうが災厄並なので論外とな。

因みに当該機はAMD A10-6700って4coreのグラフィックが内臓のヤツで、AMDでは一応一世代しか前のじゃないんだけどね。
尤もPCヲタ氏からしたら随分古いねとなるやも知れんが、64bitだしメモリだって16Gもあるからさ。

あれからもう何時の間にか10年位経ってるから仕方無いんだろうが、当時AMD機ではハイエンドに近いのを珍しく奢ったんだ。
家族用の10機もCPUは同じだがメモリが4Gしか載ってないんで、つまり現宅内では2番目に高性能なんだ。

今迄はOS更新期に2番目が無理だった事は無く、たまたまかも知れんがそれでデュアルOSが苦しそうとなると中々に厳しかと。
こうなるといよいよPC新調の覚悟も必須だが、個人事情から春頃迄は一段と懐が苦しい。

本当の最終手段としては期限切れをお構いなしにするのだろうが、それより多分一時的にサブ機レスになる方を選ぶだろう。
残存するネットに繋いでる8.1は大したシェアも無いが、モラル崩壊したご時勢では以前より安全とは言えない。

政府や大手企業すらちょくちょく情報流出させる始末なので、個人レベルでの保安度がより必要となる。
電子化が進む程「途中のプロセス」はブラックボックス化するんで、旧来のセキュリィティ概念では不足だ。

尤もこちとら流出してさして困るものも無いし、却ってそれで僅かでも知名度が上がってくれりゃなんて腹もあるんだけどね。
そう云うのに限って迷惑メールすら滅多に来ないもんで、社会的に圏外の人なのかも…。

とは言え思いもよらない遠くから誰かが辿られる可能性は上がってるんで、もし自分さえ平気ならと思ってた人は認識を改めるべきですぞ。
コロナもそうなんだがこの手のは10人中1でも粗相があると全滅パターンで、お互いが相手を守ろうとするのが最も自分の守りに繋がるんだ。

<つづく>

2023年1月 6日 (金)

音楽備忘録1239 ubuntuトライ:結果=微妙①

久しぶりのPCネタで新発見!?があったのでって、事前プチ調べでウェブ上に心配な記事は散見されたんだけどね。
それは兎も角何で今更ってば、Win8.1のサポ期限切れに起因してるのだ。

宅の現況ではWin8.1×2の他10と11が夫々1つなんだが、この内10は家族用なので滅多に俺は使えない。
このままだと安全にネットへ繋げるのが1つになって、予備機が無くなるので対策が急務だった。

が8.1には音楽を扱うのに大きなメリットがあって、割と最近知ったんだが出力される音声に勝手にリミッタが掛らない処。
10以降ではOSが「勝手に掛けてOffに出来ない仕様」なのだそうで、これは到底承服出来ない。

そこで何時もの様にデュアルOS化を画策したんだが、多少覚悟はしてたものの問題が噴出した。
因みに現用8.1機の1台はマシンスペックから10にも上げられず、もう1台はまだそんなに古くなって無いのに(私感…)セキュアブートの関係で11を受け付けてくれない。

先の見えてる上音的に駄目となるとWin10は選外で、新たなローコストのOSが必要となったん。
それで準備に入り先ずは新OSの搭載エリアを作る為、SSDの新調から作業を進めた。

ここで希望としては諸事情からSATA数を節約したかったんで、容量アップとパーテーションを2つ割りにしてみたんだが…。
インストール時にちゃんとは読み込めず、今はここで挫折している。

実は嫌な予感は一寸あったんだがWin OSとは別ドライブじゃなきゃ迄は分かってたんだが、パーテーションを分けても駄目かどうかの情報が無くて一縷の望みを抱いた次第。
ってもこれだけならSATAをケチるのを止しゃ前のSSDもあるから済んだんだが、インストールせずに少し使ってみた結果色々とヤバイ兆候が表れたんだ。

っつうか入れないなら試す気は無かったんだが、インストールを拒否すると自動で「入れずに試す」モードに入ったのよ。
そこでそもそもパーテーションの認識がどうなってるかだけ、ついでで確かめてみると普通にマトモに読んでる。

元の状態と唯一違ってたのは勝手にubuntu用のゴミ箱が生成されてたが、もう一度試すのに敢えてWinの方のゴミ箱を一旦削除してみた。
結果は一切好転せずでそこから判明したのが、パーテーションじゃなくて物理的に別ドライブじゃ無きゃ駄目らしい。

そう云う訳で取敢えずハードが現状のままでは中止にしたんだが、Winを再度立ち上げてみたらその時点で2つ程やらかしが判明した。
1つは時計が狂った事で、けどこれだけならインストール時にネット接続する都合上やむを得ないだろう。

こちらは再同期させて旧に復したんだが、アクション センターに何やら未読のメッセージが…。
それに依るとMicrosoftアカウントでログインしろってんだが、OS立上げ時にそれは済んでる筈。

指示に従ってみてもログイン画面に行かないし、Webではちゃんと繋がってたのでこの件は先送りにした。
にしても大昔xp時代に試した時ゃそんなの一切起らなくて、どうやら昔より両者ともより一層仲が悪くなったらしい。

別ドライブにしてもこの部分あんまり解消しそうに無いんで、こりゃ困ったぞっと。
現在余剰気味になってる他のったらxp機は1台あるが、流石にそのスペックじゃネット接続はもう厳しかろう。

現在の環境を構築した理由にPC同士の接続も込みになってて、その為8.1機の片方がxpとのデュアルOSになってんだ。
ので何かしらのWindowsを残したままで、新OSをどれかに入れたいんだけどなあ。

<つづく>

2023年1月 4日 (水)

音楽備忘録1237 音を柔らかくする方法➊

現代のデジタルのサウンドは、物次第じゃ生より「硬くなってる」のを皆さんはご存知だろうか?。
それだから俺なんかは和らげるのにとても腐心してるんだが、何と言ってもその害悪は過刺激に依る聴き疲れだ。

只それが案外感知し辛かったりするのは大してリニアじゃない再生装置(失礼)を常用してたり、どんなに音が硬化してても問題とならない位小音量で聴く機会が増えたからかもね。
その上そんな音のままでは何より不自然なんだが、最近はリアルに幻滅して2次元の女性にばかり走る者も居るんでねえ。

なので一概にバーチャルでは駄目と断言すべきでは無いんだろうが、音って元々単独では2.5次元位のもんだから視覚とは一寸違うんだ。
不特定アイドルを例にとってその差を比べてくと、お下品極まりないが排泄シーンが分り易い。

視覚ではほぼ明らかに分かってしまうが、音のみの場合だと「付随音」が無かったら全く分からない場合も出て来るんだ。
その付随音とは例えばトイレの水を流す音とかで、それ以前にドアの開閉音とか普通なら色々入るから何となく分かるだけなのよ。

もし何処ぞの原始的なのでドアも付いて無きゃ水洗はおろか貯留槽も無いのだったら、それ等の音は全部しなくなるから何のシーンかさっぱり…。
って幾らリアルの為でもそう云う類のは普通は表には出さないもんだが、画的にだけなら可能でもフィギュアには出せない音には違いない。

それが楽器等の音となると普段は邪魔な付属音でも、それが僅かでも残ってるから人が実演したのが分ったりするんだ。
それと同じ様に現実空間よりも硬い音というのは、例えあまり気にならなかっても様々な副作用の宝庫なんざます。

ってか音自体がリアルのそれも空気等何等かの伝達媒体がある処でしか存在し得ず、その意味では3.5次元的存在とも言える。
2.5次元と3.5次元を兼ね備えるなんてぇと益々不可解になっちゃうけど、極当り前に聴こえていながら時々変な作用を起こすのはそのせいなのだ。

中でも自然現象に反した音ってのが問題で、それは電気の利用度が高まったのに関係してる。
厳密には今だってスピーカなりイヤ・ヘッドホンだけは無くちゃ聴けないが、それ等の半分位はある理由で強引に自然より速い音が出せる様にしてあったりするんだ。

それは「音より速い電気」と言えども、様々に複雑なプロセスを経ると塵積で遅くなる事もあるからだ。
実際シンプルな球Ampより複雑な石Ampだと、石なのにどうも反応が鈍いなんてのがそれが現われた例だ。

そう云う事もあるんで「主犯になりたくないスピーカ」は、ここで遅れる事は御座居ませんって作りにしちゃうんだ。
しかし自然より速くって無理をさせてるんで、それが実際より硬いって副作用になって出て来ちゃう。

全くバカみたいな比喩なんだけど、音も急かされて慌てると険しくなるんよ。
正規の音速から何等かの原因で速度変化すると、有名なドップラー効果が起きたりするじゃんか。

これ等は肉眼では目視困難でも「実際に空気が動いてる」からで、空気は相当速いけど光よりゃ遅いし瞬間移動とか出来ないですから。
それとスピーカ自体の反応速度は一度作ると無理をさせなきゃ変えられないんで、環境適応力が低くバッチリ合うのはピンポイント的になるんどす。

<つづく>

2022年12月30日 (金)

音楽備忘録1232 楽器Amp同士の組合せの話し㉞

今劣化本邦では音楽界でも歌物だと評価は歌詞90%みたいな悪癖が蔓延してるが、本質的に音の件は実際の音でしか提示する事がでけまへん。
んが時流にも少しは沿わせて、敢えて言葉だけでも通じそうなケースを先に提示しとこう。

物凄く表現や比喩が上手だったりしたらあまり不要かも知れんが、頼みの綱となるのは奏者・技師間共通のサンプルだ。
しかもなるべくなら第一印象・後味や、最良点・最個性点等諸々の認識の合致が望ましい。

なんてのがあるとしたら例えば同世代とか昔の仲間同士とかの時で、現実的には相当稀となるだろう。
っうのも半脱線例示するが恐らく最有名なBeatlesでも、どんなメディアでどのバージョンのがその人の基盤になってるかなんて相違があんねん。

コレ毎度乍ら少し前に従兄のTwitter内で出てた話しなんだが、とあるヲタ氏に依ればレコードでしかもモノラルバージョンのじゃないと本人達が認めた音じゃ無いんだってさ。
令和の今だと一寸拘り過ぎみたいに感じる方が圧倒的多数だろうが、彼等の現役当時の世情を込みにするとかなり基礎的な案件なんだ。

世間一般でステレオだったのはそれこそステレオだけで、当時はTVは当然・米の一部を除きラジオもモノのしか無かった。
のでつまり無条件で誰もが聴けるのったらモノオンリーで、相手を選ばず聴いて欲しきゃそっちへ全力を注いで当り前だったん。

そんな段階から色々意表を突かれた相違が生じるのも珍しく無いんで、確実且つ安心出来る条件がかなり限定的になっちゃうんだ。
ほんでこの辺から今日本固有の悲報になるが、こう云うケースで頼りになる筈のスタンダードが曖昧化・希薄化が著しい。

故に私的には余計に「音の件は実音で」をついゴリ押しちまうんだが、実音主体にした処で人夫々受け止め方の違いってのは当然ある。
ので一切語るなってんじゃ無く、要するに言葉を主体にする段階が早過ぎんじゃねって事のなのよ。

そして↑に則ると楽器Ampは良い意味でPAと異なるのの方が相応しく、こんな風に語ると怪しい新興宗教のお題目みたいに聞える危惧はあるんだけどね。
けどその内容は至極単純なもんで出せる音の選択肢をなるべく自由にしたいなら、どれで鳴らしても似た様なもんじゃない方がお得でしょ。

個人的にはLive環境ってリスニングルーム等よりかなり落ちる点から、Line録りのをヘッドホンで聴く様な音はLiveじゃ求めて無いがね。
万一どうでもそんなのが楽曲事情で欲しくなった際、今みたいにPA常用が常套化してるとその時だけPAから出しゃ良いんだからさ。

これ等とは別で近年危惧されるのが、らしさの足りない楽器Ampの増加だ。
私的には内部関係者として単に売る為の誤魔化しと考えてて、製造コスト・販量・利益率の都合で球で作り辛くなったのも根底にあろう。

↑プラスDrumを中心とした生楽器の進化との方向性差も問題で、本来ならもっと音量より音質を優先すべきだったんだけどね。
Ampより更にマーケットが小さいDrumでは、音量不足が原因で用途限定が掛ると確かに苦しいからねえ…。

<つづく>

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