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2022年6月26日 (日)

音楽備忘録1046 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題➄

今回のでは又一段と前振りが重たくなっちまったが、ポピュ系でのプロデューサ・ディレクタの重要性を知って貰おうと思って。
どんなジャンルでだって有能な↑だったら居た方が有利だが、私的にはマイナスにならない限りポピュ系では居て貰った方がと考えている。

最も端的に云や1人でも多くにウケたいなら、作る時点で可否判定をする人だって多い方が良いでせう。
って余りにもバカっぽいけどコア系と違って、「価値観が特定範囲内のチーム」では見落とし聴き洩らしが避けられないだろうからね。

それに何たって配慮しとくべきなのは、一応俺言い「演り専と聴き専」の問題なのだす。
中には前回述の仙人達!?みたいに上手く両立出来てるのも居るが、沢山自演すればその分他人のを聴ける時間は必ず減るですからね。

とは言いつつプロですら最下層の俺みたいなのだと別途お雇いがほぼ不可だし、無名で低予算だとマトモな人にありつける可能性が限りなく低い。
に加え昨今の芸能界闇案件から世間的イメージは最悪で、人の作ったのにケチ付けるとか勝手に改竄するだけの人と思われがち。

けどポピュ系ではより多様な価値基準での可否判定に、コア系ではオリジナリティの確認には居て貰った方が明らかに有利なんだ。
コア系では専門には造詣深目な人が多く、それからしたら「これはまだ誰も演って無い」なんてのは分かる筈だ。

が特にテク寄りのだと関連性の弱いジャンルで既に演られてた際、当人達はキャッチし辛いっしょ。
それがヲタの中にはジャンル不問で演奏技術だけを追及してるなんてのも居るんで、そんな連中から知らん間にディスられたのが一般へも浸透した頃にはもう打つ手が無くなってるとな。

この件出版界なら校正・製造業なら完成検査とか、他分野では意識的に別人に委ねる方が普通なんだけどな。
と分かってたってそんな環境に縁遠い中からの体験を披露しとくと、独立プロデュ・ディレ不在だからって全くオリジナル開発が出来ないって訳じゃない。

けれど不確かなのの確認に割ける時間も限られたりするから、アイデアの内実施出来るのはかなり減ってるよ。
安全策で敢えて「既にどっかにある」つもりで採用するとか、一歩間違えりゃ卑屈臭を撒き散らすリスクと闘いながらね。

これが又結果的には並レベルになってるが、従兄みたいにバカ正直な人には余計難しいらしくてさ。
最初はかなり独特だったのが危険性排除が綿密過ぎたか、可も無く不可も無くとか毒にも薬にもならないなんてのが多くなってって。

しかも悲劇的なのが↑のストレスに耐えた弊害か、他人に指摘されるのをより嫌う傾向が芽生えちゃって。
音楽の作る人と確認する人を野球に置換すりゃ、作る人はバッター・確認者はキャッチャーみたいなもんじゃないかと思ってんだ。

得点の可能性を増すには失敗を恐れちゃ駄目で、けど失点を最小に抑えるには失敗こそがご法度と正反対。
単に激務だから捕手で打てる人が少ないってより、真相は培ってきた習性の切替えが簡単じゃないからなんじゃないかなぁ。

更にそんな環境下では作者・奏者が兼任も多く、作る方で高まったある種の保身傾向が演奏に迄及んでって…。
って誰でもなるもんじゃないだろうが現に従兄は、長年苦労して培養して来た「教えるスキル」から余計な影響を多大に受けてまだ苦しんでる様に俺にの目には映ってる。

って事って珍しく本日のマトメをしとくとポピュラリティとオリジナリティって一見表裏な様でいて、挑戦する上での根っこは同じだと思うんだ。
して次回は兼務の向き不向きに言及するつもりだが、どっちだったとしても落胆なんてしなくて良いとだけ吠えとこう。

<つづく>

2022年6月22日 (水)

音楽備忘録1042 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題④

字面だけだと前回迄のはどうも老害臭が強くていけねえが、唯長く虐げられて来た!?内に薄々気付かされちゃっただけで全く偉くも何とも無かったんで御座居。
それを何で上からっぽくなったかったらこんな杜撰君でも感知出来るのを、下手に同調圧力に屈したり迎合すると不感症になっちまうからなのよ。

必ずしも決まった形は無いけれどポピュラー系の人が常識人・コア系の人がヲタとは限らず、少なくとも本人の願望としては逆になってる方が多いんじゃないかな。
今劣化本邦迄来ると内容不問の強引な承認要求オンリーになってるのも散見するが、大元の構造は「隣の芝生は青く見える」だと思うんだよな。

それって「無い物ねだり」の一種かもだが、人間のバランス感覚としては寧ろ↑みたいな俺言い「逆追い」で正常だと思うんだ。
どんな小食家でも何十年も飲まず食わずは無理だし、どんな大食漢だって毎食大食い大会ってのは生きて行くには出来ない相談でしょ。

こんな人生を歩んで来た位だから俺の感覚なんて信用に足りんかもだが、周囲の人のポピュ系作品で長く印象に残ったのは作者が普段対外的にはヲタ系の人のに多かったな。
ポピュ系の人作のポピュ作品だって決して劣ってはいないんだけど、オリジナリティっつうか想い出させるキッカケみたいな部分が弱くてね。

一般の聴き易さに関しちゃポピュ系の方が専門なんだから勝るんだが、ヲタよりゃ他人の顔色伺いをし過ぎ易い。
それって基本的な方向性としては正しいんだが、どう頑張っても通用しない相手が一定数は出ちまうもんなのよ。

特に今劣化本邦って非共産主義では恐らく同調圧力最高点で、しかし案外建前だけで本音は仰天する様なのを秘めてる人も少なくないからねえ。
ので私的には今大手の顧客リサーチって最低で、本当は一々ケチ付けて来るのとか毛嫌いする様な連中をもっと分析しなきゃ駄目なんだ。

何等の価値観へ寄せたとしてそれがヲタ対象なら徹底出来るが、一般相手だと流行位はあっても決まった形ってのが存在しない。
つまりは「一般が許せるプチヲタ」を、制作側で先ずは編み出さなきゃ始まんないのよ。

BeatlesやStonesも当初は英白人なのに音は米黒っぽいを掴みにしてたし、Michael JacksonはSoloistとして最初のスタイルは↑の逆を採用してたっしょ。
彼等は自らのヲタ性を敢えて完封しないで、わざと少し漏洩させる事で他との差別化を図ってたんす。

その具体一例として今日はGeorge Harrisonのあるカバー曲を取上げるが、当時あちらでは大ヒットとなったGot My Mind Set On You(Cloud Nine)ね。
俺はかなり好きでも少なくとも当時は黒系ヲタじゃ無かったから気付かなかったが、親友のその方面の権威は完全に意表を突かれたと驚いてたんだ。

その権威ヲタ君自前の膨大なレコードライブラリ(杜撰の親友だから勿論中古中心!?)のお陰でそんな曲があったのは概知だったが、マイナーだったし全然パッとしなくて潜在的ヒットの可能性無しと判定してたんだって。
George先生は原版リリース時にリアルタイムだったにしても、先ずそんなのを知ってて覚えてて即座に演れたってのが尋常じゃない。

尚且つ曲自体は一切改竄せずに全米No.1に押し上げたって神業の極みだが、それ以上に原作者以外では恐らく地球上で唯一潜在ポテンシャルを見抜いてたって一体どんだけ―って。
この面に関して日本版にしたら山下達郎みたいなもんで、異常に詳しく且つ日常的に触れ続けてないと不可能な芸当やがな。

<つづく>

2022年6月18日 (土)

音楽備忘録1038 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題③

さて根っこが水っぽいヤツでも事業化するには矛盾の処理が第一関門となるが、私的には楽器屋と同じく大規模ってのが馴染まないもんなんだと考えている。
流動性が高いとなるとその平均値で計算するのが相応しく、けれどバブルや一時的なブームに浮かれてつい堅実な業種の大企業と肩を並べたつもりにでもなっちゃったんだろう。

筆者は戦前(第二次大戦)の実情に暗いんで戦後ので記してくと、当初は敗残兵とかがヤクザに流れてそんなのが芸能界の裏側を取り仕切ってるのが多かったらしい。
最近話題になってる映画界の闇なんも多分↑からの負の遺産みたいなもんで、そんな部分は全く褒められたもんじゃない。

けれど流動性への対応力の点では学歴だけのサラリーマンとかより、ヤクザ上がりの方が遥かにマシだったんじゃないかな。
何せ何時殺られるか殺りに行かなきゃならんか、全く分からんのやさかいな。

その後は家電や音響メーカが言うなればパトロン状態となり、この時点でも経営決定権を持ってたのはまだ音楽が本業では無い
側だった。
恐らく感覚的には常設では無く仮設店舗に近く、無暗に成果なんて信用して無く言うなればⅡで半分は金持ちの道楽同然の扱いで。

それが本業が低迷して変に副業に依存し出した結果、商売的にも芸術的にも使い物にならない処迄堕ちちゃった。
本来なら初心に戻り固定店舗を売っ払って、また屋台からやり直しゃ済む話しだったんだけどね。

大会社になってから入って来た上級民からすりゃ、例えば頑張って東大出てこんなオヤジになってから屋台曳くのなんてまっぴらって…。
俺だってもし自分がそんな目に遭ったら敵わんが、実は↑の方々って新規社員の人選を誤ってたんとちゃうか。

東大出て博士になってたなら、デカい研究所クビになれば仕方無くだが小規模でも研究室位に移るしかない。
それを幾ら従順で立派だからって音楽のおの字もロクに分かって無いのなんか入れれば、いざって時にはアカンくなって当然なのにさ。

故に俺自身がジリ貧だからって珍しく僻み成分0%で、儲け率や安定収入が欲しいなら絶対来ちゃ駄目な業界なん。
等と何時にも増して随分政治色が濃くなってるが、如何にビジネスが絡んだとしても所詮は趣味系の分野なのに「余計な影響」を受けてるのが多過ぎるからじゃい。

政治はああで経済がヘッポコなんで大手の会社のはもう諦めるとしても、個人で自前でやってて不必要に迎合したら大損なのでありまする。
流石に大衆に認められるのを完全に捨てちゃ厳しいが、いきなりプロのポピュラリティスキルが獲得出来る訳ゃおまへん。

やはり身近な処とか同好の士にだけはある程度納得して貰えるのから始めて、レベルも範囲も「塵も積れば山となる」式でだうぞ。
俺自身がどっちかったら一発大逆転なんて方が好きだけど、それだと喉元過ぎれば熱さ忘れる式でどうも蓄積がいい加減になっちゃってね。

脳内保存データベースに欠損や錯誤が多目になって、折角得られてた筈のスキルの応用範囲が狭くなってさ。
これからすればポピュラリティを求めてるのにプチヲタに先になっとけってなもんで、至る処で「急がば回れ」が入用なんす。

王道とか売れ線に興味があると大抵はそれ中心に触れたくなるが、それって視点を変えりゃ単に歴深目の一素人さんと持てる知己は殆ど同じなんだよね。
活用頻度はすこぶる低いのにかなり周辺の広い範囲迄知ってるのが、こう云うお仕事には必要なの。

<つづく>

2022年6月14日 (火)

音楽備忘録1034 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題②

さて前回述のクドさ満点のが一体ポピュラリティやオリジナリティにどう関係してるかったら、個別ニーズへの対応に大差があるんでやんす。
例えばClassic系であれば基本的に歪みは僅かでもご法度だが、Rockではひ弱な方が生死に関わる一大事!?になり兼ねんとか。

更に掘ってくと上記2ジャンルでも楽曲や表現に依っては例外も突如出現し、相当な微調整を強要されるのだってあるんでゲス。
これが嗜好品で無いならば利用者の方でアジャストするのも許されるが、ヌードと銘打っといてマスクを外しただけなんてやったら訴えられるレベルっしょ。

ってのももしそんなのがあったとしても手間掛かるから微妙だが、マルチトラックのままバージョンのとか普通は売って無いしくれないじゃん。
それやと各自で潤沢な機材&スキルすら持ってたとしても、好みの調整をしようにも不可能やんけ。

せやさかい所詮は最大公約数だとしても、なるべく大勢に対して完成品状態にしとかなアカン。
加えて個の趣味嗜好に対しては再生装置のトーンやボリウムツマミ程度で、なるべく臨んだ変化をさせられる様な神Mixになってるのがよろし。

んで↑がプロの水準を越えられてるかどうかが、理解のし易さやどれ位個性を出せるかにかなり直結しとるん。
前者は概知の割が多いのが何より安全ではあり、定番のとか流行のなんてのが含まれる。

だきんどもそれを追及すると殆どが流用も同然となって、だったら今からわざわざ新たに聴くよりパクリ元の本家で間に合わせる方が楽チンだ。
いやあのねぇ目に見える技としては簡単でも、それでオモロかったり飽きないのを編み出すのがポピュラー系の最大の仕事でしょ。

それが広く万人ウケするのなんかだったら死ぬより苦しくたって至極当然で仕方無いんだが、楽しようとか最低限だけでも確実にしようとかって見果てぬ夢を誤信してるのが増えちまいやがった。
私的推察でコレの発端としては過度な保身と忖度だろうが、具体内容としては「機械の使い道を誤った」の辺りなんじゃないかな。

俺様からすると劣化今本邦では教育や社会通念の瑕疵から、小利口なのばっか増やしちまっててさ。
極度な歌詞重用とか高度な技の有無とか殆どは無意識下でであろうが、世間全体がつい感性より理屈で聴いてるのが主流になってんのかな。

それに対し無理に良く云や「素直にニーズに応じました」ってつもりなんだろうが、制作側はお客さんがどんな聴き方をしようと理屈で作るととっても限界が低くなるん。
ってのも現行ポピュラー系の手法って相当歴史が深いんで、安易な知見で見つけられるのなんてとっくに出尽くしてるんよ。

なので唯の砂なのにその中から鉄や金を抽出する様な作業でしか、ポピュラリティとオリジナリティを共存させるのは不可能なんす。
プロレベルに達してる大勢がこぞって探したりしてる訳やから、確実に見つけられる程度のでは他を出し抜けなくて当り前。

如何に例外や特例をあぶりだせるかとなって、相手が正体不明なだけにマニュアルみたいなのは全く通用しないんですわ。
つまり世間からは安定の大御所と見えてる人程その実際の作業内容は、全くアテの無い大博打になってるって寸法でして。

同じものづくりでも芸術系のが水商売に分類されちゃうのって、芸能界が胡散臭いからじゃ無く内実が↑の様な状況だからなのよ。
確かに平均よりゃチャラかったり我儘っぽいのも少なかねぇが、勤勉にやっても成果が不安定ってのが本質なんだす。

<つづく>

2022年6月10日 (金)

音楽備忘録1030 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題①

Rock黎明期には不可能だった多重録音から今じゃボカロ活用で完全打込みも可能となって、その面からは誰でも何でも自由に創作が出来る様になった。
のにオッサン(俺)としては↑の進化と楽曲やパフォーマーの質が、特に日本ではどうにも反比例してるようにしか感じられない。

今迄にも折に触れその原因となる可能性のあるのへ言及して来てるが、少なくとも大手系のだと結局は有能なプロデューサやディレクターを喪失したからじゃないだろうか。
昔だって消極的過ぎてご機嫌伺いしか出来ないのとか、積極的過ぎて勝手に自分個人の作品みたいにしちまう輩は居たけどな。

でも過半数は必要条件とか知恵を授けるのを主としてて、○○サウンド(プロデューサの名前)等と謳ってても今のとは相当毛色が違ったんだす。
そりゃ人間のやる事だから好み無添加ってのは少ないが、そんなのより何かの価値観に対して一定以上の水準に持ってってるのが核心だったんだ。

さて少し戻って多数派のプロデュ・ディレさん達は何処に価値があったかったら、トータルでの作品クウォリティが紛れも無いプロのだった処でね。
かい摘むと買い手が払った額に相当するだけの「楽しめる箇所や量」が足りてるかどうかって話しで、だから限度はあるにしても今本邦みたいに装丁だけ完璧なんて事ぁ無かったん。

この項ではその具体内容を個別に掘ってこうと思うが、最初はミスについてだ。
基本的には今昔問わず「プロ=ノーミス」が不文律には違いないが、音楽での正解は数学はおろか国語のテストより固定していない。

なので素人耳で「ん?今の何か怪しくなかった?」なんてのだけで判断しては愚ってもんで、極論すりゃどんなに酷い稚拙なミスがあっても聴くに耐え得るかみたいな方が鍵を握っておるのじゃ。
杜撰大王流では素人の感知し易いミスの残存したままのを、クウォリティ次第で「勇敢なリリース」と唯の失敗に分別している。

さてどうして又もやミス案件に固執してるかってば、人が満足出来るのって理論的なミスの有無とは一寸違ってっからだ。
生活必需品とか安全装置とかだったらオプションだって多い程嬉しいけど、基本機能が確実に働いてくれなきゃ役に立たんし不安で仕方無い。

つまり如何に「失点が少ないか」で勝負してる様なもんで、しかし嗜好品でもある音楽では失点より獲得ポイントの方が大事なんすわ。
大した美人でもイケメンでも無いのに何故か妙にモテる人なんてのと同類で、単に理論的な粗を完全駆逐したいならもう曲や詩からして今更人間なんかが作ってる様じゃお話しにならんとです。

処がそうして作るとホントにオモロイのとか長持ちするのってちっとも出なくて、例えばけしからんが他人の失敗を笑うなんて心理は誰にだって少しはあるからなんじゃないかな。
かと言って笑う人の意識には必ずしも悪意なんて無く、単なる条件反射みたいなのだけで敗者の気持ちに迄気が及ばなかったなんてのはありがちやん。

↑みたいのが正に不謹慎の1つの典型だろうが、汚れ無き者程眼前の滑稽に素直に笑えるってのも確かっしょ。
只直にその人の人格に影響する様なのだったら、感心しないし今だとアウト。

だからこそ失敗しても害が他のより格段に少ない音楽では、それを外して考えるのは勿体無いんじゃないかな。
っと言っても聴き手に過負荷となり得る汚音色・音質は言語道断で、近年本邦の特に大手系でこれがあべこべになってるのがオッサンはどうにも許せんのよ。

メロ・ハーモニー・コードとかだって良否は勿論あるが不協和音等を不適切乱用しない限り、これ等はどんなに酷くたって只下らんと評価されないだけ。
でも音自体の悪さはそれをもう遮断しない限り、必ず誰かの耳や神経を傷め付けるんだからよ。

<つづく>

2022年6月 2日 (木)

音楽備忘録1022 中古楽器 整備の苦悩編⓭

少し久々で前回補遺入りになるが、中古楽器の範疇にPCを登場させたのはそれなりの訳があったん。
若干自虐臭の漂う話しIT界で11年以上も前のとなると、そんな用途位にしか使えないからなんだ。

わが国でこんなのが最も顕在化してるのは乗り物辺りで、ATS(自動列車停止装置)未設の電車・バックミラーの無い自動車は普通の処じゃ今はどうあっても走らせられない。
そんなのに例外があるとすりゃ「私有地内」で、ネットへ繋がず個人の作業に供する分には役立つ場合がまだ残ってん。

とは言えそれは球レスPCM方式である限り俺がハイレゾに無興味だからで、貧にとっちゃ費用対効果は決して看過出来んからだ。
をこの辺で切り上げて本日のメニューへ早々に進めるが、アコギ×2の実態が判明したんでそこから記そう。

所謂フォークタイプ(全金属弦)とガットタイプ(Classicタイプ若しくはナイロン弦)ので、前者は’70年代後半の普及器・後者は時期不詳のハイグレードのだった。
尤もちゃんと調べたのは暫く試奏した後になってからで、どちらもかなり鳴りが良かった。

っても俺現有のがどっちのタイプのも貰い物の安物だから微妙だが、普及器の方でも現有比では低域の豊かさが中々で。
どちらも基本的にはブリッジ以外には問題が無く、これならどうにかして2つ共現有のと更新交換と洒落込みたい。

っとその前に機種としてはガットのがASTURIAS STEREO PU-Cってので、メーカが手作り工房なのは分かったがそこそこ昔のらしくラベルの型番の情報は終ぞ出て来なかった。
現行品で最も似てるのはJazz Mates Roseって名称ので、もしかしら主に電装部の刷新で結婚したから姓が変ったみたいな感じなのかな。

これの試奏体験での収穫は音の良さ弾き易さもだが、Earl Klugh氏はどんな風に弾いてあんな音になってるのかが実感出来た処。
現有器では爪を掛けると音程感が喪失するんで意図的にそうならない様気を付けてたが、ちゃんとしたのだったら寧ろ掛けた方がアンサンブル内で通りが良くなりそうでさ。

音源の様子から薄々感じては居たんだけど、現有器ではそうはなってくれんかったん。
かつては兎も角今はもうGuitarだって本職だけどそれはエレキで、バカ高いClassic Guitarをまだ半端な腕前で試奏する気にゃなれなかって。

只前オーナーから伺ってた通り全く無事だったでもなく、圧電PUになってるブリッジ部に工夫が必須な状態だった。
原形は知る由が無いが6連の圧電素子部とブリッジ駒部が何故か分割になってて、同じく6個ある駒の位置決めをする黒いプラの枠がある。

でその「枠」が低音弦のより強い張力に負けて捩れてて、しかし良く観察すると枠を保持すべきブリッジの木製基板部の溝が何だか斜めに広がってるぞっと。
文面だけだと分かり難そうなんで次回図化するつもりだが、これがもたらしてる最大の難は弦長の短縮に依る音痴だ。

現時点で弦支持は一応保ってるし音痴もそんなに酷か無いががかなり傾いてるんで、PUの動作等にも影響がありそあで。
根本原因は俺の見立てでは設計的に木部が薄過ぎたと思われるが、エレキブランドでは無いので当時はまだデータの蓄積が足りなかったのかな。

<つづく>

2022年5月31日 (火)

音楽備忘録1020 中古楽器 体験的実情編⓭

並行連載中の別項にも述べた如く保存や消耗程度にも依るが、やはり電子-電気-生楽器の順に平均寿命は短い様だ。
原理的には可動部の少ない方がホントは長持ちさせられるのに、色々事情があるとは言え現状は口惜しい。

尤も21世紀に入って前世紀よりゃ電子楽器の進歩は鈍化してる様なので、水面下では既に変化が始まってるのかも知れない。
それと↑の順位傾向があるとは言え、物次第で修理に困窮する場合もあるのは注意点だ。

滅多にそんな事ぁ無いだろうが例えばOvationのプラ製のボディ裏が割れたりしたのは、普通の方法では直せない。
樹脂でも小さいのとか単純な形状のだったら手間等が大変でも、いざとなれば削り出しとかで作ったり出来るが。

コレ金属部品でも近似で、最もハードルの低そうなのがエレキBassのブラス(真鍮)ナットとかだろう。
Bassと言ったのは溝の数がGuitarより少ないのもあるが、溝の巾が広く非専用のヤスリでもどうにか掘れるから。

Guitarの場合弦の細さで臨時で乗ってるだけ様な極浅で良いなら未だしも、一般的な状態をこしらえるには専用若しくは少し特殊な極薄のヤスリが要る。
但し楽器の型がスタンダードなのでナット巾が定番サイズピッタリだったら、予め溝堀加工済みのも売られてるからそれと交換するって道はある。

尤も売られてるのでナットが割れたままなんてのは非ジャンク扱いでは無い筈で、それよりフレット摩耗の方を気にするべきなんじゃないかな。
この件のポイントは若番フレットの「弦直下」の状態で、そこそこ掘れてても弦の影になって見え難い処。

ナットから近いと弦の振幅はとても小さくなるので、自ずと削れる領域も限定される。
5フレット以上になって来っと全然チョーキングとかをして無くても、少しは影にならない部分迄削れてくんだけどね。

今時はWeb画像を頼りに選ぶのが主流なんで、売り主にもこっちにも全く悪意や杜撰さが無くても見落とし易くなったかな。
非専門家の見立てだとその段階で隠れてて気付けないってのもどんな善人だってあり得るし、なるべく鮮明な画像を提示しようとしたらご丁寧に各部の真正面から撮ったりしそう。

ってのも体にブラ下げられる弦楽器って全長がせいぜい1m位だから、写真としては接写の方に入るんじゃないかな。
確かに今だとスマホの自撮りなんてもっと近いけど、狡猾な人なんてわざと輪郭がひしゃげるのを魔利用したりしてんじゃん。

それが楽器の売り物画像としては実際どんなシルエットかが分かり易い方が望ましく、この面では極力明るくして正面からってのは正解だわね。
因みにデジカメ(スマホその他の内蔵のほぼ全て含む)では普通自動調整で撮るのがデフォだから気付け難いが、暗いと画素数が減って粗くなるだけじゃ無く被写界深度だって浅くなんねん。

わ過去述なんで理屈はここではスルーするとして、リアルで現物を眺める時に偶然でも斜めからになるってのが無い。
リアルでも触れられる高額品の扱いには最新の注意は要求されるが、美術館で厳密に警備された絵画を極限られた場所からしか眺められない様な事はまず無いよね。

しかも一寸追及しちゃえば照明光の当り具合・光源の角度や方向等々で、影の濃さとかが随分違う印象になるっしょ。
っと言ってもキリも無いし状況次第じゃリアル接触困難or不可もあり得るからやたら拘っても仕方無いが、その代りもしかしたら見た印象より逝っちゃってるかもって覚悟っつうかマージンは取っといた方が良いと思う。

あと個体差の大きいのだと通用しないが、共通性の高い別の現物を別件で見といてそこから推察したりするのは悪くないよ。
例えば○○ブランドで使われてる塗料はモデル不問で共通とかだったら、□□色ってのは大体こんな感じなんだぁって。

このテーマからはかなり遠いし個人的なヲタネタでスマンが、一例として昔の京急電車のフロントガラスでそんなのがあったなぁ。
普通に撮られたのだと窓枠や縁が無いからか、車体と殆ど同一面でガラスが嵌め込まれてる様に見えた。

のが現物や写真でも特定角度からのクローズアップだと、全く予想と相容れない位かなり窓自体は凹んでるし隙間を埋めてるゴムの分厚い事ったら。
事後分析としてはゴムの反射が激少だから分かんなかったんだろうが、毎日乗ってた人とたまにの人ではかなり印象に差があったんじゃないかな。

<つづく>

2022年5月29日 (日)

音楽備忘録1018 中古楽器 整備の苦悩編⓬

と云う訳で(前回後部参照)段々日中が夏の様相を呈して来たんで、珍しく待った無しで重い腰を上げやした。
その主役はフォークとガットのアコギ×2で、エレキより少数でいて嵩張るから後回しになっとりますた。

現在車中にあるのは作業保留にしたウインドシンセと鉄製折り畳み式キーボードスタンドのみで、前者は作業空間確保の為の退避でありんす。
おっと↑より先にエレキ類の後は別項拙ブログ1012のとPC類の持ち込み・様子伺いもしてて、現時点ではウインド
シンセも含めその第2弾のが最も成績が芳しく無かった。

IT寄りのヤツってどうも寿命や耐久性に対する考え方が、楽器よりも電気機器寄りなんだろうな。
個人的には中身がアナログだろうとデジタルだろうと、SWとか実動部品は汎用で定番のを使った方が交換性等が高いんでそうすべきと思うんだけどね。

恐らく馴染みから来る習慣みたいなのに翻弄されてる節があって、音楽の道具としては何とも迷惑な話しなんやが…。
でPC類は本体は2つ+LCDとマザボ用メモリ多数で、LCDは幸い健全だった。

本体のは普通のフルサイズタワーと特殊小型ので夫々マザボもフルATXとMini-ITXだが、残念乍ら低性能の小さい方しか息して無かってん。
デカい方が仮死状態なのか等は第3弾の持ち出し運び込みを優先したんでまだで、その他Dynamic Mic2本等もそれ程場所を取られないんで先送り中。

タワーPC本体ってば従兄宅で不要になったのと処遇保留のが他にもあるからそろそろ片付けたい処だが、不要のは古過ぎるし今回デカいのも売る方が大変そうだから多分バラすしかないだろう。
只全面的に死んでは居ないんで幾ら狭くて苦しくても、直ちに自動車内へ移動するのははばかられる。

何れににしても内部や動作確認はまだでも外部清掃は地道にこなしてて、キーボードスタンド以外は一応弄ったり置いたりしても汚れない程度にはしてある。
因みに親友実家から車へ移動する際今回は特に時間が無かったんで、例えば極度にベタ付きの出てたのは一応ビニール袋に入れたりして最低限だがカードしますた。

その辺の事情から持ち込みと清掃はほぼ同時が要求されたんで、杜撰でちっとも勤勉じゃない俺っても油を売ってばかり居た訳じゃ御座んせんの。
そうして後で孤独な闘いがかなり続いてて中々厳しいけど、全ては親友実家での作業時間短縮の策だったんす。

事情があって親友本人は一切携われなく、要するに俺が影武者を演じた様なもんだったん。
わ兎も角↑デカいのの初期診断としてATX電源の簡易診断(先ず電源が入るかどうか)と、HDDの生存確認は既に終えている。

後者は取外して別機へアダプタを介して外付け様にして読ませてみたが、再フォーマットを要求された。
当初はOSの調査とDataサルベージが狙いだったが叶わず、フォーマット後は正常に振舞ってるもののどんな原因でそんな状態に至ってたのか不明なんで現時点では信頼性は確立していない。

最低でも11年は休眠させられてたから経年劣化も当然あろうが、BIOS画面にすら到達出来なかったのは残念だった。
技術の進歩自体には俺は推進派の口だが、脆弱な電子化が進むのには危機感を強く覚える。(つまりそれなりに逞しきゃ歓迎)

楽器等習熟や慣れ(意のままに操れる様になる事)に長時間を要す物にも電子化が著しいんで、資産価値の継続も勿論だがそんなののせいで「普通に取り組めなくなる」のは遠慮願いたい。
もしかしたらそれが原因で電子楽器リアルタイム奏者が失速してる気もするんで、電子機器でも楽器にはもっと長い寿命を与えて欲しいもんだと思った

<つづく>

2022年5月27日 (金)

音楽備忘録1016 中古楽器 体験的実情編⓬

前回のから範囲を拡張し電子楽器全般のへ言及するが、かなり昔にDigital Delayとかを買った位で中古の導入は殆どしていない。
のに語っちゃおうとは厚かましいが、新品購入した色々なので無償自前修理に窮したのが多かってさ。

メーカに依って少しは差もありそうだが、KORGのデジタルシンセの鍵盤接触不良がねぇ。
これがPCキーボードのみたいな基板にSW接点部がプリントされてるタイプなんで、例えジャンクの流用を辞さなくても「買わずに直す」が殆ど無理なんす。

不調初期には清掃や添加剤等で何とか手に負えてたが、専用部品なだけに生贄レスではどうにもならんと。
デジタルのでも物理的可動部が汎用部品で組まれてればそうはならんが、中々外からだけじゃその判定は困難やから。

ので経年や消耗度が明らかに低いのだったら兎も角、鍵盤やドラムマシンみたいなのだと程々に古い中古ってのが最も危険そうだ。
「程々」なんつったのは大昔のは専用部品で作れる程売れなかったからで、別項で預かり品の状況を述べた如くなんよ。

又タッチレスポンス等SW部が単機能じゃ無いのも修理時は厄介で、部品自体が複雑だったりやれ感度がどうのと似た様なのが見つかっても流用不可だったりするからだ。
故にデジタルであればもう思い切ってバーチャル、つまりPCやスマホとかのソフトやアプリの方が不具合からの寿命を迎えなくて済む。

そりゃ現役OSへの対応を含めたら、独立した電子楽器より短命になる方が多いだろうけどね。
リアルタイム配信で弾こうとかじゃ無きゃ、或は配信機と音源機を別のにすりゃ済むかんね。

なので鍵盤と音源を別々且つ音源部はPC内にと画策するも、俺にはリアルタイム合奏ではレイテンシがネックになっててつっかえとん。
ほんで電子楽器専門だったら未だしも他パート(楽器)の消耗品の経費も払い乍らとなると、纏まった出費ってのは無い袖なんで宅での進歩は停滞しちゃってん。

時々演奏にブランクが開くのもその際ケースとかへしまって無いのも不味そうだが、折角生や電気楽器に比べて物理的可動部が少ないのからすると何とも残念な実態だ。
現時点迄はデジタルシンセ系統のだと純然たるお仕事用(あるんかなァ?)未体験なんで分からんが、高価なNord辺りだったら少しは違うんだろうか。

懐具合を不問とすれば確かにフルコンGrandとかTone Wheel式Hammondと比べりゃ、お高いったって電子楽器のはタカが知れてらぁね。
けど使える状態に戻したり維持するのがお金以外の部分で困難さがあるとなると、楽器=音楽用の道具としてはまだまだひよっ子なのかも知れない。

ので何かのキッカケでこれはどうしてもずっと持っていたいって音色にでも遭遇しなきゃ、俺の場合は当分は二の足を踏むんだろうと思うよ。
↑の具体例としては一寸取出し難い場所に収めちゃったのもあってまだ修理に取り掛かって無いが、言う迄も無く中古入手したRoland SPV-355ってのはある。

これ専用PU不要のGuitar Analog Syntheで、今となっては普通の鍵盤タイプの方がとも思わなくもないが暇が出来たら蘇生させるつもりで居る。
音自体は極在り来りなAnalog Syntheでしかないが、Analog Syntheで構わないって状況でなら将来に渡っての使用に堪え得る音色と感じてんだ。

例に依って少々妙な表現にはなるが、Analog Syntheとしてなら少なくとも全然Lo-Fiではおまへん。
んじゃ結構Hi-Fiなのかと問われれば、口籠っちまって…○×△□すが。

<つづく>

2022年5月18日 (水)

音楽備忘録1007 電気楽器の出力インピーダンス➄

再三の念押しになるが筆者は決してローインピ否定派では無いし、一時期は頻繁にこれからだって適してると思えばローインピも使うだろう。
だが「電気楽器の表情の癖」等としては別物との認識が要ると考えてて、尚且つ方式的特徴が顕著なのはハイインピの方だってのを是非周知して欲しいんだ。

と言いつつ今回は敢えてローインピ信奉者へ助け舟みたいなのを出してみようと思うが、決め手になるのは「常時アクティブタイプ」(つまり常にローインピ出力)であるかどうかだ。
別項で掲載中の預かり品整備の中でエレキBassにそんなのがあり、そいつはPUの他アッセンブリ全体がbartolini製のセットになっていた。

この様な設計のは絶対値としてはらしさではハイ仕様のには及ばないが、設計主想定がパッシブのPUでローにしてるのとはそこそこ違う。
元々の設計思想が逞しさとかよりゃ美しさへ振ってるとは言え、俺言い「相手を選び過ぎる表現力」しか持たせられないのでは汎用性に難が出過ぎる。

そこで音質自体は兎も角強弱や音色変化の巾等については、なるべく一般的なローの淡泊さが露呈しない様に作られてんだ。
のでハイインピのマイブーム中!?でも多分無理にハイ化すれば劣化の方が大きいだろうから、そんな設計のはローからハイへ変えようとは思っていない。

理想としてはハイのローインピのより豊かな反応や表現力のままで雑音を減らしたいが、残念乍ら現時点でそんな都合の良い話は存在しない。
でこの先道が二手に分かれるんだが1つは多少の淡泊さを容認して常時アクティブタイプにするのと、もう1つは例えばSingle Coil音色のハムバッキングPU等を利用するってのだ。

俺が常用してるリッケンみたいなのだと音色存置タイプハムバッカーが未出だが、昔に比べると随分種類が増えたからね。
しかもローインピでもSingle Coilのままのは確かに雑音耐性は上がってるが、運悪く拾ちまったら↑と違ってそれをキャンセルしてくれる機能は無い。

なのでもし超ワイドレンジ化の為にローインピにしたいんなら、先ずPUがハムキャンセル機能付きのにしとくべきなんじゃないかな。
近年の常時アクティブタイプはほぼ当然の如くそうなってるが、古いのの場合は一応確認が取れてからの方が良いかも。

そして私的には更にそれ以前に吠えときたいのが、PUやコントロールのキャビティがキチンとシールドされてるかだ。
これ電気楽器界特有の悪癖典型の1つってなもんで、ローインピのですら音響機器で回路部をシールドしきって無いのって雑音を気にするのだと他じゃ滅多にありゃしない。(確かにハイのの方がより必須ではあるが)

因みに実用上問題になる事は必ずしも多いとは限らんが、ローインピっても電気楽器のは概述スピーカみたいな俺言い「真性ロー」には全く及んでいない。
故に電気楽器の程度のロー位じゃ、原理的にシールドの方が遥かに効果が大きいんですわ。

要は雑音耐性には優先順があって、シールド→ハムバッキング→ローインピとなってんのさ。(実際にそう云う順番で進化して来てるね)
別に公道とかじゃねえから追い越し禁止とかねえが、幾ら抜いても簡単に抜き返される隙だらけじゃ勝てねえぞって話しずら。

<つづく>

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