パソコン・インターネット

2022年9月16日 (金)

音楽備忘録1127 ネタ元⑥

和音の次は面白進行へ言及するが、原典が古かったりある程度有名なパターンのでも構わないならClassic系はやはり宝庫だ。
ここでの進行とは純粋なコード進行よりメロとルート音の関係を主に考えてて、この手のは一般的なコード進行概念だと思い付け難い面がある。

無論どっちから攻めてったって最終的にはちゃんとコード進行はあるんだが、ルート側が頻繁に動く類いのはハーモニーを後回しにした方が行ける処へ行け易いと感じている。
無論Ⅱでこの手ので古臭くないのだとJazz系が中心にはなるが、主旋律の背後でとなると複雑過ぎたり奇抜過ぎて制約の強くなるのが少なくない。

劣化現代本邦での是又偏向の1つにJazzと言えばインスト物みたいな傾向を強く感じるが、その弊害がポピュラリティと汎用性に及んでいる様でね。
Jazzでだって一般的大ヒットになったのの多くはポピュラー系歌物が主軸で、それ等は後のProg系(プログレ)やFusion系程凝ったりひねたりなんかしてない。

のこの件との関係性が歌バックでの動きで、売れ線のは歌メロがジャジーでも奇特な音列になったりするのは少ない。
つまり他の一般的なポピュラーとの差が僅少なんで、典型的な変態進行が使える場所は主に歌の無い箇所に限定されちゃってたのよ。

ので普通のに変態を取入れるサンプルとしてならインスト物は良好も、変態迄行かないが基本が一風変わった進行等のネタにはあまり向かないん。
っても前述Smooth Jazzには一部好例が含まれててそれもあっての早期推奨だったが、付加ハーモニーの影響最小でとなると元祖はBachのみたいなシンプルなのの方が参考にし易いんだ。

尤も元々Classic系を習ったりしてた人なら半分常識みたいなもんで、最終的には求めてるのと既所持の知識事情でネタの場所は幾らでも変動するんだけどね。
けどそれにしたって本国でのとこっちのではベーシックの概念や定番にかなり差がある様で、しかしどちらさんにだって外面みたいなのはあってもおかしゅうなか。

例えば外人から日本の代表的Rock歌手はと問われたら、大多数は矢沢永吉とかって答えるだろうね。
が日本在住者にとってのって在住を足してやったら、俺は永ちゃんじゃ無く忌野清志郎だと思うんだ。

存在だけに限定すりゃ内田裕也の元祖の部分の方が重いだろうし、けど歌われてた一節を思い出せるのって方向で考えると清志郎の方が有力なんじゃないかな。
俺自身は清志郎ファン成分0%なのにこう語るのは、たとえば「昼間のパパぁわぁ~」なんてのがいとも簡単に出て来ちゃうからなんだ。

私分析に依ればRockポリシーの根幹「反骨精神」を頑なに守りつつ、あんなに多岐に渡る題材を歌ってた人って他に想い出せない。
ので完全無意識で知らん間に皆が参考にしてた可能性が高く、けど対外的には清志郎やサザンより永ちゃんの方がもっとカッコイイからそっちを提示したくなったりすら~ね。

なのでどうしてもそんな部分では内と外では扱いに差が出るのも半必然で、けれど「実際に作ろうとする」となるとこの余計な壁は取っ払ってやんないと実に都合が悪いんだ。
それが今は主流じゃ無くなったジャンルので海外のとなれば、こっちが先に↑みたいな注意を払ってないと辿り着け難い側面がある。

その到達困難な俺言い「一般人用Classic系」(今日本での定番の多くは上級民様専用)の代案はっつうと、私的には所謂イージーリスニングがかなり役立っている。
厳密にはこの目的では二番煎じ三番煎じだったりはするが、例えばBachとガチンコ対決するつもりでも無ければ方法論を学ぶのに大きな不足は無いずら。

<つづく>

2022年9月15日 (木)

音楽備忘録1126 今のRock系は小音量で聴くべきもの???➎

今回は前回のの倫理面中心で続きをやるが、これにはこの方面全兼業者の威信を賭けて臨ませて頂きやしょう。
な~ぁんてその実は極限弱小がもたらした偶然の産物でしか無いんだが、人に頼めないのって逃げ場が無いだけに客観的にならざるを得ないのは確かなんす。

それなりに色々な方向性で取り組んでみたけど、意外にもクウォリティを絶対視するのと最も楽しようとしたのが結構作業内容的には近かったんだ。
 ①その時の自分なりにちゃんと弾ける状態にする
 ②なるべく本質的には不要な後加工をしなくて済む収音方法を選ぶ
 ③演奏よりも編曲段階で問題になりそうな箇所を駆逐しとく

ざっと列挙すると上記の様な感じで、劣化今本邦大手作品は素人の第一印象に反し実際にはちっともそうなってない。
これにどんな負の作用があるかってぇと、先ず不毛な作業量の増加から各担当者の誰もがパフォーマンスの低下を招く。

それでいて無理に急かされるから雑になるし、特に聴き洩らし気付き洩らしと云うミスを頻発させている。
とは言え周りが皆カッチリハッキリしてる中へそうじゃ無いのを放り込むのはかなりの勇気を要すし、特に若い人だと意図的な懐古趣味系以外は全部をマイルドにするのもキツイかも知れない。

だが相変らずの暴論寸前だろうが全曲一様に最大の自信があるとか、全曲シングルカットして同程度に売れる自信や予算が無かったら却って露出度の強弱みたいなのがあった方が良いんじゃないかなあ。
まあ最近はあまりアルバム主体で売ろうとはしないみたいだからどっちらけかもだが、注目した或は評判になったの以外は大した事無い曲の癖に聴き疲れするなんてならない方が良いのは変わんないっしょ。

ほいでチョイと脱線させるが「昔の達人程仕事が早い」印象が、当時の体験がある俺には未だ印象深くてさ。
今しか知らない人からしたら単に昔の方が、何でも大雑把で構わなかったからすぐ出来ただけなんじゃって思うかもね。

実際そう云う部分だって少しあったのは認めますけど、多方面で録る時点での完成度が高ったからそう出来たってのが真相で御座居。
例えば沢山重ねたくたってトラック数は限られてるし、ボケアナログだから予定通りそれが分かる様に聴こえてくれる保証が全然無い。

そうすっと反ポピュラー系ですら狙った音世界の構築を、なるべく必要最低限で賄うしか無いからそっち方面へ思考中心が向いて行く。
結果半自動的でそんなに大層な思想等も無いが、仕事の方法論が単純化してい易いのだ。

今昔問わず必ずしもどれもがシンプルに行かなきゃならなくは無いが、録る際のパフォーマンスへ全集中するにはなるべくプロセス数も脳内課題も少ない程有利だしょ。
のでもし昔の達人何するものぞとかで行きたいなら、そんな部分で負けると分かってる方法なんか選んじゃったら勝負にならんのどす。

はたまた僕等そんなご大層なの夢にも思って無いですってんならどうせ大して売れやしないんだら(大失礼)、売る為に劣化世間に迎合してわざわざ作品生命を縮めたり将来の評価を下げるのはアホらしいでぇ。
なので困難な部分は一旦は諦めとくにしても、少なくとも録りの実験時と本番はもっと明確に区別しといた方が良いと思うんだ。

このテーマへ最後に駄目押ししとくとってホントは真っ先に記すべきだったろうが、幾ら極小音量に忖度しといたってもしそれ以下に落されたら忽ち無効化すんねん。
どうしても今の主流の手法でやってみたいならもう止めはしないけど、割の悪い方法だってのだけは覚えといて損は無いぜ。

<おしまい>

2022年9月12日 (月)

音楽備忘録1123 ネタ元➄

って事って今日は面白和音のネタ元お勧めをテーマにするが、やはり取れ高としてはJazz系が圧倒的に有利だ。
掟を守った範囲での冒険って面でJazzは嚆矢で、ハーモニーに対する野心も凄かったからね。

だがそれをRock系やPops系へ持って来ようとすると、そのままじゃ複雑過ぎたり前後と上手く繋がらなくなる方が多い。
何せあちらは野心の為なら節操無くコードチェンジしたりするし、最初からそれ用の進行を苦心して編み出したりしてるからねえ。

それを杜撰流に換言すれば実音版コードブックってなもんで、どれ位どんな奇抜なのがあるか知るには博覧会状態は好都合。
けど楽曲自体を高める目的で引用するには、案外それ用の限られた進行じゃ無いと厳しいとか別面での制約がある。

ので妥協点っつうかこの目的に合いそうな頃合い加減をと探すと、Smooth JazzとかLatin Jazz等と少々冠を付けてやると結構行けそうなのが見つかり
易い。
実際全てでは無かったがあっち呼称Smooth Jazzのが、
昔の日本ではEasy ListeningとかAOR扱いされててね。

Fusionについて師匠はLatin Jazzの進化形と断言してて、その当時の俺はオッサン何言うとんねんと思ってたけどさ。
今になって使われてた和音・音列・リズムを少し真面目に検証してみると、確かに他のよりは被るのが多かった。

わ兎も角俺は今も基本杜撰大王らしくジャンルには鈍感!?なのを全く改める気が無いが、こう云うバリエーションって面では気に入りゃ何でもOKで助かってるのかな。
例えばどちらも時期限定ではあるが上記前者ならEarl Klughの初期、後者ではLarry CarltonのRoom 335(アルバム)は出現時からリアルタイムでお気に入りのままだ。

但し自分内部ではそうなった根拠ってのもちゃんとあって、どちらも意外とワイルドだったり大雑把な部分を残してあった感じでね。
それが当時本邦一般傾向でEarl KlughオッケーならGeorge Bensonも、 Larry CarltonオッケーならLee Ritenourもに俺は未だ全くなって無いのよ。

ここから自分にとってFusion系って特に嫌ってはいないが、そんなに趣味じゃ無いのの気付きにも繋がってるみたいだ。
この様な部分的にしか好めないのを探し出すのってあまり効率は良くないけど、好きと嫌いが同居してるからこそ自分の好みの絞り込みに意外と役に立つ部分はあるんだ。

とは言え限られた時間をそんなアテにならないのに浪費してもいられないんでどうするってば、こっちの意思に無関係に耳に入って来るものへも少しアンテナを立てとくのが最も現実的だろう。
俺の場合も↑例示前者はFM放送・後者は行き付けの喫茶店で流れてたのが出逢いで、前者は当時比較的頻繁に後者は音源がLPレコードだったから確認・認識する機会が充分にあったんだ。

現在は暮らしの変化からB級アニメのテーマ等がその座にあるが、短期的には効能僅かでも即実行可能な何気ない日常に流れる音をバカにしない方が良い。
勿論俺だって意識して調べる時は好みに近い所から始めるのが多いけど、音楽的ご近所情報なら時間経過さえ我慢しときゃ何れは大体勝手に揃って来る。

んが非専門且つ気になる箇所がピンポイント的なの程、ひたすら待ちの姿勢で居ると全然進展してくんないんだ。
とは言えそれなりに普段より労力を要す事が多いんで、取敢えずは書き留めるなり一部でも良いから記録に残しとくのがコツかな。

過去の俺の場合だと所謂断片エアチェックしたテープがそれに値し、最近は滅多に聴き返したりしなくなってるけどさ。
今に至る迄には何度も聴いてたお陰で何時でも即想い出せる位脳内に焼き付いてて、超低頻度だけど幸運な偶然に遭遇した際一瞬で「みぃ~けっ」になるんだわ

<つづく>

2022年9月11日 (日)

音楽備忘録1122 今のRock系は小音量で聴くべきもの???➍

ここからデジタルに依るエレキの薄細りの具体的な対策に進むが、かつてアナログテープ時代には逆の面での苦労も無くは無かったんだ。
本項前述の偶発聴き比べでも、実際に存在感は充分だが明瞭度に少々難の残る音になっててね。

若干弾き損じて痩せた箇所を補おうとしてEQで中域をちょい盛りしたのも不味かったんだろうが、該当箇所だけあまりに音程感が希薄化してたんでさ。
結果的に音列はそれで安定化したものの、和音の部分がメタボトーン化してて明瞭度がお留守に…。

只それでも全体としては音量の下がる所だけ高域が残る感じになってたんで、再生音量への対応力は割とある方だった。
のがデジタルの物理的正直さがこの面では仇となり、特別に配慮した処理が成功しないと音量の大きい所程明瞭度が高くなっている。

って本来原理的にはそれで真っ当なんだが、音楽でアンサンブルの場合は反原理に則して無いと聴き辛くなるもんなのよ。
その例として古くはステレオのLoudness・近年ならポータブルオーディオのBassboost機能等がそれで、音量次第で人耳の対周波数感度が変動→明瞭度が変化した様に感じるのの補正用だ。

尤も音楽の音源側のは人耳性質より、所謂マスキング効果対策の方が色濃いけどね。
要するに音量余裕があるか大き目の際は、過刺激回避も込みでさらに音量を上げられてもウルサくならない様にするのが要件。

で音量余裕が少ないとか無いヤツは明瞭度最優先、そんな風に変化してくれるのが好都合なんだ。
それを実現するのに現状では真空管の飽和領域の活用が一番で、具体的には随時吠えの耳音色的には歪みを感知し辛いが電気的には既にって領域ね。

只し辛いだけで無歪みでは無いからかつて全体の歪み率が悪かった頃だと、録る前は丁度良くしといても録ったら潰れちゃって駄目だったとか。
その後は歪ませ音色不使用音との比較で、どうも濁り感が気になるとかでコンプリミッタで賄う方向へ行ったのが多い。

但しこの用途ではコンプリミッタは普通の使い方では本当は足りず、しかし理解不足のままで居る人が今も昔も悲しくなる程多くてねえ。
確かに音量の変動が減るだけだって助力にはなるが、言うなれば上述Loudnessの逆特性を付与してやんなきゃアカンのよ。

それにはコンプリミッタのディテクタ(分析・制御)部に外部ループ(サイドチェイン)のあるヤツで、そこにドンシャリ特性のEQを挟んどくんだす。
そうしとくと低高域程敏感になって掛りが深くなるから、最大音量時はほぼ中域オンリーの性質を獲得出来る。

勿論その時に中域過多にならない様な補正EQも必要に応じ別途で適宣施しとくべきだが、手間や調整がかなり大事なのと概述「石の機械は一定の単純反応しかしてくれない」ので割がよろしくない。
ので私的には先ずは何でもなるべく球、その次は可能なら最低でも何処かの段階でわざと俺言い「アナログの洗礼」を受けさせるのがお勧めなんだけどさ。

必ずしも誰もがすぐに出来る方法じゃ無いんで何だけど、だからって無理矢理腐心して不毛音圧競争をする位なら上記手段の方が遥かにマシなんよ。
だって「音楽を殺さずに済む」んだからさ。

それと俺みたいに弾く人と録る人が同一だったら別だが、録音面での問題解消の為に余計に沢山弾かせてるとしたら技師としてはホントは資格剥奪ものなんですわ。
まさか悪政の手法がそのまま伝染しやしてないだろうが、偽宗教や黒経済に忖度偏向のある人だけが国の運営をやってる様なおぞましい状況でんがな。

<つづく>

2022年9月 8日 (木)

音楽備忘録1119 ネタ元④

前回偶発した非効率をキーワードに据えると俺の実体験例の筆頭はコード(和声)で、初めてコードブックが手に入った時は大喜びで夢中になって一気に読破・試奏してみたんだ。
これでオイラもコードマスターなんて杜撰な事前想定してたっけ、確かに理屈は少しだけ進歩したが実用上はそれ以前とちっとも変りゃしねえでやんの。

ってこっちのその時の取組み方にも後から考えりゃ問題があったんだけど、俺にとっての難点は欲しい時に欲しい知識にはなってくれなかった処なんだ。
その問題とは特に経験値の少ない内は、好きな響きが何処にどうあってどうなってるかが未知に近い処。

今となれば結局はランダムに何にでも耳を通して、その中から地道に拾い集めるしか無いのが分かったけどさ。
その頃は少しでも早く掻き集めたかったもんだから、纏めて載ってる本って良いかと思ったんだ。

それが俺が手にした本が自分に合ってたかも疑わしいが、現実には楽器の音色や弾き方次第で各音の音量バランスとか色々変わるっしょ。
そうすると理論的には同じ和音でも響きはかなり多岐に渡り、つまり俺が求めてたのは「響き」(残響等は含まず)で理論的和声じゃ無かったんだ。

っても勿論音程の組合せでも響きは変わるんだが、要は優先順位が違ってたのよ。
この辺も無暗に譜面を嫌う!?一因で、そりゃ使用楽器やセッティングから各弦の弾く強さ迄完全に指定(つまりオタマジャクシが見えなくなる程書き込み)でもしときゃ少しはマシになるんだろうけど。

けどそんなんしたら幾ら初見が得意な人でも、流石に情報・パラメータ過多でリアルタイム処理は間に合わない。
それよりかあの曲の誰々の○○の処で鳴ってたヤツって、もし相手が知ってたらその方が遥かに簡単且つ近寄れる。

又この件で理論優先にすると問題になるのが、機材や各自の体格等だ。
その巾はかなりあるから狭隘な押えが要るのはデカいのが、広大なエリアを押えなきゃなんないのはチビには無理。

更に掘ると手の各指の長さ太さも千差万別なんで本人にすりゃ意外な盲点的に、微に入り細に入り適合・不適合がジャンジャン出て来る。
結果人に依って実用になるコードにかなり差が生じるんで、理論も不要じゃないけど実験の方が遥かに重要となっているのだ。

別面でって俺にとってより影響大だったのはこっちなんだが、○○な響き→□□コード→その和声の展開形は△△…ってプロセスの面倒さと当確率が。
音楽の他音響屋でもあるんで必要とあらば地道分析は辞さないけど、特に概知のじゃ無く新規の響きを探すのに理論主導だと遠回りになっていけねえ。

ってのもパート単体単位なら未だしも、実際の多くはアンサンブルでそう聴こえてるだからなのよ。
そんな体験からコードに関してはよりパート単体より編曲視点で考える様になったが、ミニマム編成での体験が多目だったのも影響してたかも知れない。

大体同じに聴こえたコードでも、構成人員が少ない程低ニーズの音が省かれてたりする。
それを逆手にとって考えれば仮にもっと人数が居る際に、普通だと付加し難い別の音を追加出来る可能性が上がる。

勿論無省略の良さってのもあるが、求める響きの中で最もシンプルに実現してるのを雛形にした方が応用範囲が断然広いんだ。
劣化近年本邦だと録音では昔よりかなり大した意味も無い「重ねとく」が増えてるが、独自の和声についてだと芳しくない状況とも言える。

録音音質の向上も1つの音の存在感に関しては現況負の作用の方が大きく、それで増えた隙間が気になって追加したくなるのは俺だって同じだよ。
けどそれって音響的には有効でも音楽的には殆ど無効なのと、ネタ元としては極力シンプルな方が分り易くて良いっしょ。

<つづく>

2022年9月 7日 (水)

音楽備忘録1118 今のRock系は小音量で聴くべきもの???➌

さあ困った今頃になってデジタル録音だとGuitar系(特にエレキ)が薄っぺらになると判然とした処で、環境全体がシフトしちゃってるから単純に戻せるもんでもない。
このデジタルに依る軽薄化案件、私的には太鼓や歌の方をもっと気にしてたのもあるんだけどさ。

実は太鼓では1に奏力2に楽器が俺の場合は主犯だったが、アナログテープ時代は明瞭度はおろか他パートを邪魔しない音にするのすらとっても困難だったんだ。
これが妙な話しだが要するに一面でそんな図々しい音だったから、存在感の弱体化を気にする必要が無かったんだろう。

歌にしても自分のじゃなく他人の図々しくない声質!?の場合限定で、こんな杜撰大王と組んでも平気な連中には弱体化の心配を要す人は少数派だった。
と色んな御託が一通り済んだ処で、個人的には今は大してGuitar音色に太さは求めて無いなんて言ったら大目玉喰らっちゃうかな?。

だが他人が聴いた際に自分の想定より存在感が弱過ぎたら色々副作用は少なく無さそうで、この手の問題にはやはりリアル合奏の日常的体験が不可欠だと思うんだ。
録音では一発録りじゃ無い限り、本来は音質の問題でも後からバランス補正で補えるでしょ。

それも箇所次第で増減させられるんだけど、リアル合奏で実用上許されるのは取り敢えず大体常時全部が聴こえる状態だよね。
それも観客(聴くだけの人)じゃ無く奏者同士の都合となるから、実音量よりも音楽的な過不足の方が絶対条件になる。

例えば大昔年長の知合いにやたらと無暗に超高域を盛りたがるGuitaristが居て、美しくないしウルサくて辛いしで周りは皆ホトホト参っててさ。
何がよりによって厳しいかって何せ中域すら極限迄削いじまうから、かなり大き目バランスを許さないと演奏内容(音程や和声)がサッパリ分からないんだ。

尤もかなり後になって熟考してみると当時彼は既にかなり難聴が進んでて、極端に劣化した本人の耳にはそうでもしないと全然聴こえなかった可能性が浮上したんだけどね。
これは相当特殊極例だがそんな風に、物理的音量と合奏適正音量ってかなり乖離するケースもままあるんすよ。

因みに↑極悪例では他パート侵食被害は最大級で、しかしLeadパートだったから辛うじて成立しただけでね。
そんでも元々アンサンブル限界を著しく超越してるから、例えばもっと音量を上げたいとかには全く非対応だった。

あな恐ろしや実際弾いてる最中のみギリギリセーフで、それ以外の時はハウリングしっ放しだったかんね。
技術面からの錯誤としては楽器倍音より高い帯域を盛大に盛ってたから、リズム的輪郭には多少貢献があっても真の明瞭度に効果が無いのも敗因だったろう。

って事ぁその逆を施せればもっと全然小音量でも良く聴こえる様になる筈で、それには俺言い「目立つ倍音」が鍵にはなるが周囲との連携はかなり流動的な面がある。
故にこの手の案件ではリアル合奏を連呼してるんだが、極小音量だけにフォーカスすると本来正しいバランスでは通用しなくなる。

しかし音楽自体が超ポピュラー系のでもある程度はダイナミックレンジの巾がある物なだけに、アナウンス等と違って適正より小音量で再生すれば聴こえない箇所が出て来るのは仕方無いもんなんすよ。
そのアナウンスですら俺言い「らしい米英語」だと実際には子音は殆ど聴こえて無かったりして、アクセントとの関係性で単語を想像してる事の方が多いって本国の人から訊いた事がある位だからねえ。

これも含めやはり悪環境対応にはシンプルなのが最適だが、デジタル由来の薄さ細さでこれが避けられちゃってんのかな。
いざちゃんとしようとしたら意外と困難だったからってのは分からなく無いが、ポピュラー系で聴き疲れするのを平気で作っちゃうなんて本末転倒だと思うんすがねえ。

<つづく>

2022年9月 4日 (日)

音楽備忘録1115 ネタ元③

前回好みのネタにありつくには(全くその様な表現を使って無いが😓)、こっちの要件をなるべくハッキリさせとくのが大事なんて呟いた。
これって演る人より寧ろ聴き専の人にこそ重要なんだけど、誰だって最初から絞り込みなんて出来ないから何処から手を付けてくかですわねえ。

知人や専門家からの紹介はあると百人力だが、非リアル交流の比率が高まった今は昔よりは期待薄になったと感じてん。
相手の仕草・表情・その他諸々達人になる程そんな部分から、その人の波長みたいなのを察したりする方が高確率になり易いからなんだ。

今だって例えばドルヲタ系とかにだったら頭にうさ耳付けてる方へ興味が強くなったりするけど、当節何しろ変化球全盛で容姿と内容がストレートにリンクしてるのが少数派になっちゃったかんねえ。
いきなり飛躍比喩にはなるが昔より格段に「画付きニュース」が増えたにも拘らず、劣化今本邦の大多数は壺洗脳に引っ掛かっちゃってたじゃん。

けど視点を一寸変えてみれば情報が増えた分、受け手側の取捨選択スキルが昔より要求されてたのは自明の理なんすよ。
実際俺みたいな昭和生まれの大雑把なオッサンにとって、一々wiki通いするのは面倒だけどさ。

心理的には雰囲気伝わりゃ一寸位情報に錯誤があったってって気分になるが、確かめたい際はネットが24時間使えるのって有り難い事なんだよね。
尤もwikiって必ずしも本職や専門家が書いちゃいないから、昔からあった現物メディアに比べると若干粗相が多目だっりゃするがね。

それでも関係者の談話に辿り着くのにも多少の利はあるし、特に古目の洋楽の場合は英語のページへ行くのが有効なケースが多い。
俺自身英語は決して得意じゃ無いけど、録音に参加した人等の面で本家ページの方が大抵は詳しいんだ。

そんでこの差は単に本国の人の方が拘りが強そうだからってんじゃなく、どんな人・目的でWikiを見るのが多いかの違いがある様な気がするんだ。
日本では好きな人だと本人のは割と全て知りたがる傾向がある様だが、あっちじゃ唯のファンはそこ迄スペックに関心は無さそうで。

それが分析目的となると豹変して結果の可否は個人の完全自由な代わり、何時・誰が・何処でどうみたいなのには途端にウルサクなるらしい。
或は昔から近くに本屋やレコード屋・レンタル屋が無いからとかそんな環境差からも来てるのかも知れないが、類例を辿りたくなった時にそれ等の情報量の差は大きいんだ。

体験的にはかつてはレコードの山中で暮らしてた聴き専親友からしか、大体同じメンバーが録音に参加してたとかの情報は得られなかった。
ジャケットにメンバーが印刷されてたから、そりゃ少量なら買わないでも立ち読みで覚えて帰るのも不可能じゃ無かったけどさ。

手元に無いと随時確認は出来ないし、影響が低いと思ってた人が後からキーマンだったと判明したりしても非対応になるじゃん。
っとここ迄のは好みのを深掘りする際のプチ知恵みたいなもんだが、自分らしい個性の醸成にも好きを最優先するのは自然な事だろう。

けれど既にある物を既にある形で使う限り、既存品の劣化版の域を脱するのは困難だ。
そこで次回は普段あまり興味の無い中から好みのを抽出するのへ言及するが、私的にはアイデアより音楽技術面でその効果は絶大と考えている。

つまり好みへの影響率が低い部分でなら、その分こっちの個性への悪影響の心配も少ないからね。
その手のも完全網羅しときたいなら時間と労力を惜しまず専門的に学んだ方が良いけれど、欲しいのだけピックアップするにはあまりに非効率だ。

<つづく>

2022年9月 2日 (金)

音楽備忘録1113 お気楽に電気楽器を楽しむ方法⓯

コロナ第7波の影響でPC師匠宅訪問を自粛中な為、新展開の見込みが暫く途絶えてしまった。
そこで過去述との重複も少なくないが、俺が今迄に実体験して来た代用の色々を前より多角観点で記してみたい。

それに際し体験実情から唯の演奏と録音時に分別するが、案外録りの方が実はハードルが低かったんだ。
そりゃ正規録音にだったら異形としてしか使えないけど、メモ録りとかだと録っとけないよりはかなり酷くったってマシだかんね。

俺の場合作曲時に特に昔程鍵盤よりGuitarの方が多かったのもあって、音程が同じでも何弦で弾いたかみたいな情報が結構必要だったんだ。(極最近はメモでも記録は打込みが増えたが)
ってのもそうしとかんと後で続きをって時に、最悪移動し切れない距離とか直後に繰り出すのが困難な指なんて問題が起きるからだ。

ので流石に今は頻度こそかなり減ったけど、どんなミスマッチ接続になろうとも忘れて困りそうならハイパー魔臨時でも躊躇わず録っちまうのよ。
それとは別に上記で正規には異形扱いって書いたけど、その扱いが実現したのは正規に堪え得る機器が揃ってからでさ。

俺の場合は単に懐事情だけだったが、初心者の内だと自分には最低何トラック必要か等色々未判明な処があったりすんじゃん。
人夫々で新規機材の導入方法は自由ではあるが、ある程度実際に試してからでないと自分に合った形とか中々分かんない。

って事もあるんで初期には手持ち機材の魔用主体で、道具を揃えるより魔でも録る方が先になってたんだ。
その時点で楽器Ampは未所持で…って、正確には当時としては小型のBass Ampは買った後だったんだけどさ。

そっそれが録りを始めるより前にブッ飛ばしちまったもんだから、兎に角無い訳さね。
そこへ持って来て当時の外での普段の担当はBassでGuitarはサブだった関係もあって、歪み系ストンプすら持って無かったん。

過去述の通り球のオープンリールテレコで一応の代用になってたのと、他所で試奏した石の拙さが自分には到底堪えられない位は気付いていた。
のが今と違ってその時点では球のストンプが未発売だったんで、結果的に電気楽器の音色生成をする機器がほぼレス状態になってたん。

で最初期にはMixerもEQも無かったが、幾らも弾けやしなかったんで魔代用多重録音機たるステレオカセットデッキ×2に搭載されてた左右別録音レベル調整ツマミだけでなんとかしちまったんだ。
但し再生レベル調節ツマミは2台とも付いて無かったんで、パッシブ型のバラックMixerだけは割とすぐに自作したけどね。

そこから必要に応じてストンプグライコとか徐々に増えてったんだが、Ampについてはその爆音が障害となってマトモなのを買ってからも中々本式には使えなくて。
加えてそんな日常では付随して本格的なMicだって無く、そうするとリアル収音では好みや所望の音色にするのがとっても困難でさ。

でインピーダンスのミスマッチングを無視して、特にBassはかなり後々迄Line収音にしてたんだ。
その音はってばそりゃ幾らも冴えないもんだったけど、Line正規のBuffer→DI→デジタル録音機のでも変になっちゃった時のよりゃマシだった。

そんなの音響的には明らかにプアなんだが、弦楽器の音じゃ無くなる事は決して無くて。
今再分析するとその原因は俺言い「ハイインピ反応」だけは堅持されてたらしいからなんだが、シビアに見れば低レベルの音だから細部なんてちっとも気にならなかったとも看做せなく無いがね。

只何れにしても音色の楽器らしさ不備に翻弄される事は無く、作品や内容に集中し易かったのは確かだった。
んまっ今更わざわざ変で劣った真似する事ぁねえが、オーディオと音楽では良い音の条件がかなり違うんだってのだけは誰にでも…。

<つづく>

2022年8月31日 (水)

音楽備忘録1111 ネタ元②

意図的に探すならジャンル等「門外を中心にあたる」のが基本で、やはり従前から飛躍するには限られた範囲だけを彷徨って居ては苦しい。
けれどもたまたま○○のエッセンスを加えたいとか、□□風味にしたいなんてのが無い時ゃ何処へ行くべきか途方に暮れるかも知れない。

ではどうしたらそんなお困りを避けられるかったら、普段から許せる限りで巾広く色んなのを聴いとくのがほぼ唯一の道なのだ。
所詮嫌いなジャンルとかだと長時間継続して聴いたりは出来ないが、居合わせた誰かが見てるTV・ラジオ(最近はYoutubeとかの方が多いか)や駅のホームに流れるメロディとか完全回避困難な音源ってのがある。

そんな際鳴った瞬間から全否定してまうか堪えられる間だけでも一応耳を傾けてみるか、案外その程度の些細な違いも年月を重ねると結構な差になるもんなのだ。
個性の育成としては嫌いなのを我慢して聴いても失点になり易いが、但しそれもあまりに拙速に遮断するとより大きな損をする可能性がある。

一寸自虐的或はMっ気の強い印象を受けるかも知れんが、嫌いにしてもなるべく何処がどうってのを他人に容易に説明可能な位には把握しといた方が良い。
受け身オンリーだってソースチョイスの正確さに響くが、自分から編出して演ってやろうとするなら必要な箇所が足りるだけ理解出来て無いとね。

まあ気分的には嫌だから駄目なのを洗い出すより、好きなのに浸る時間が多い方が良いだろうけどさ。
人に依って必ずしも好きなのの方が嫌いなのより敏感とは限らんし、要はなるべく好き嫌いを具体的に明確化するのが目的なんすよ。

一口に嫌・駄目にしても、その内容は誰でもちゃんと分析すると結構多岐に渡ってる筈。
そこで感性を磨く訓練の一手法として愚痴の大家?野村克也っぽいが、好みのソースに恵まれない際にとっても具体的な駄目出しをしてみるのだ。

そうしてある程度他人に分かる形で自分の好みを表明可能になると、何かお薦めはなんてねだった際の当選確率が高まるのよ。
例えば俺がリッケンBassの音色で好きなのはローエンドがちゃんと出る処だが、Fender系のだって収音方法やEQ次第では出せなくはない。

そこでちっとも完璧じゃないけど「重い音色」なんて言う方が多く、それプラス歪み始めても破綻しないなんてのを良く付け加えてる。
コレF系君+EQでローを充足させてた場合感度が下程高くなってるんで、下の方から歪み始めて潰れるのも早くなるの。

そうなってぐちゃぐちゃ訳分らんになると困るから、F系君でGain高目のは必然的に大抵はロー控え目にしてあるんだ。
実際には破綻し難いからって俺は常に高Gainで使ったりゃしてねんだが、そう云う系統の音色の楽器が自分にとっては使い易いんだ。

と語っといてそんな風に告げられる様になったのは比較的最近と、又もや顔出す杜撰大王振り。
んがそれも昔よりどんどんどんな楽器でも色んな音に変身可能となったのもあってで、過去述Live時に必要音量確保の為に好みの音色を諦めさせられたり等あったんでね。

今だとそんな迄の妥協を強いられるケースはほぼ無くなってるだろうが、自由が増えた分こちらの意思と実現力の影響はより大きくなってるんじゃないかな。
個人の内心では至ってシンプルに唯△△な感じであればOKと認知してても、実際にそこへ辿り着くのにはもっとパラメータ値の指定が要るってな感じでせうかね。

例えるなら大昔町に駅が1つしか無い時代だったら、タクシーの運ちゃんに「駅」っ言うだけで連れてって貰えた。
のが街に4つも5つもとなるとお客も運ちゃんも慎重にならざるを得ず、しかし独りで音を作る場合お客と運ちゃん兼業同一人物になるからその場での他人のアシストが望めない。

<つづく>

2022年8月30日 (火)

音楽備忘録1110 今のRock系は小音量で聴くべきもの???➊

こないだ迄ここでやってた「音質の硬い柔らかいの真実」と多少重複するが、近回別項で披露したB級アニメのテーマを暫く聴き続けたら妙な疲労に襲われてさ。
幾ら俺が本来の対象年齢から大分上にズレてるにしても、元々年寄りでも大丈夫なセレクトになってたんだからねえ。

それにもし音楽家オンリーだったらどうか知らんが、録音屋・音響屋兼業の俺には音質や音色が駄目過ぎるのは選外になってるのに。
そこで改めて分析し直してみると…って、実際はたまたまその後に自作品の幾つかを聴いただけだったんだけどさ。😓

してどんな差があったかったらそらあなた俺様のとそんなのじゃ…は無関係で、先ず気になったのが「隙間」だったん。
良く云や近年本邦のは「息付く間も与えぬスリル」満点だが、商品詰め放題セールじゃあるまいしやり過ぎちゃってんだよなぁ。

その結果俺様みたいに音楽には従順な聴き方をすると、息を吸うの連続で吐く場所が見つからないとでもいった感じでさ。
編曲家・プロデューサ観点で分析しても特に問題は見当たらず…、っと思いきや時間的聴野を拡大してみたら難有どした。

最近耳にしたので↑の対極にあったのっつうと頭脳警察のハイエナなんかが典型的だが、悪く云や多少の退屈感を強要する様な箇所があった。
歌の2番と3番の間の伴奏小節数が他の倍になってるのに、半分の1番と2番の間よりこれと云った遊びとかが何も入ってねんだ。

そもそも基本楽器パートはGuitar3ピースな上、そのGuitarはリフしか弾いて無いしねえ。
だから次に何が飛び出すかなんて期待してるとかなりスカされちゃうし、劣化今本邦J-Popに挟まれて掛ったら実に淡泊な事この上無い。

但し良く聴くとDrumとBassには地味目で短時間のばかりでも、随意の遊び要素はあるし歌にはそれなりに奇声等も入ってる。
なので遊び追放って訳でも無いが、隙間が生じるのは全く気にして無い風なのだ。

実際聴き回数の少ない内はその淡泊さに若干違和感を覚え、或はこっちが隠し味を聴き洩らしたのかとも感じてたんだけどさ。
回数が二桁を越し始めると見事な迄に形勢大逆転、詰め過ぎ君の大きな弱点がハッキリ見えて来たん。

折角の退屈させない工夫も聴者がすぐに過労になるんじゃ、逐一拾ってなんか居られなくなるんだよ。
俺言い「分析耳」で聴いててすらあそこってどうしてたっけみたいなの以外は、眩しくて目瞑っちゃったからもう何も見えんみたいに聴けなくなっちゃってんの。

今の詰め過ぎ君単体の初耳時とマクロ比較では、明らかに今のの方が良さげな印象だったんだけどねえ。
あっても平気な隙間を全部埋めるとか必要以上の明瞭度をどのパートにも与えたせいで、全体のコントラストが強い方にだけ偏っちゃってん。

多分かなり前に提示したthe peggiesの「君のせい」って曲では、第一印象はどの楽器も音色も中々良かった。
どれもそんなに硬くも無いしRockらしいし…、けど悪い意味でパワフル過ぎるのが段々引っ掛かって来てさ。

Drumのサウンドが全盛期のAerosnmithクリソツなのも好みにはドンピシャなものの、ガールズバンドで本人もしなやかな叩き方をしてるのにその方面の良さは完全に殺されちゃってる。
更に聴き進むとGuitarもどうも近似な処があって、一歩間違うと若き日のBruce Springsteenがヤケクソになってクドくなったみたいな…。

わざわざガールズバンドスタイルでやってる位だから決して本人達は女を捨てたりゃして無いんだろうし、多分プロデューサやエンジニアに恵まれなかったんだとは思うんだけどね。
一口にパワフルっても質その他に色々バリエーションがあるもんだし、独自性や個性を反故にしたんじゃ意味ないと思うんだけどなぁ。

<つづく>

より以前の記事一覧

フォト
2022年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ