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2025年9月26日 (金)

音楽備忘録2231 自身の興味の対象の見分け方 番外編Ⅰ

今はもう直接は関係無くなったが、昭和アナログ全盛時の「聴く為の苦労」をここらで纏めて綴っとこう。
年寄りには懐かしみを若者には過去の実情をの狙いで進めるが、散々苦渋を舐めさせられてた筈の年寄りさえ最近は忘れたか隠したいか正直に書く人が殆ど居なくなっちゃったなあ。

杜撰大王自身キッカケレスだと即答出来ないのが爆増してんで、こっちの勝手な事情だがどんどん忘れて行きそうでヤバい。
さて今だと可能な範囲はほぼデジタル化とネット常用化が昔との最大差だが、過去述の如く簡便性では現代の独り勝ちだが質に関しては予想してた程実は向上しとりまへん。

一般ニーズで99%の人のニーズには現状が合ってっけど、残りの1%に参加する機会がほぼ完全に失われちまったのが大きな懸念点だ。
今でもかなり限られた業務用スタジオにはハイエンドアナログ機器も残って使用されてるが、公開イベントでも実施されないと一般人には体験不可だ。

過去述の通り現行デジタル音規格が完全な「連続記録」では無い為、ハイエンドアナログの音質にはそもそも対抗すら出来てねんですよ。
それを問題視するしないは人次第にしてもロクに実体験比較もしてないのに、机上理論だけで今の方が格段に良いなんて語るとは間抜けな話しだ。

これはかつて各地に存在したオーディオ専門店の影響も大きく、杜撰流比喩をするなら差し詰め訪問者を誰でも歓迎してくれる総合外車ディーラーに近い。
基本高額商品しか置いて無いから庶民には高値の華なんだが、ロールスロイスに触れさせといてそこでは最安値のフォルクスワーゲンを買わせる様な販売作戦が取られてたんすよ。

先ず外車の魅力に存分に浸って貰うのが第一段階で、何社の何車種だろうと昭和の日本庶民の殆どはほぼ未知だったんでね。
そんな調子だから当時下北沢駅南口至近にあった今は無きサウンドエースって小規模ローカルチェーンの支店でも、モノホンJBLスタジオモニタやTANNOY Super Red Monitorって名器が試聴室に鎮座してたん。

そこは小坊時代に散々お世話になってたんだが、磁気テープやレコードも一緒に販売してたのが特徴でね。
その店で何枚かやっとの思いでRockのドーナツ盤(45回転シングルレコード)を買うに際し、クソガキに対しても何か不具合でもあったらいけないから確認してと試聴室に招かれたん。

杜撰大王はもう当時から秋葉原通いはしてたんだけど、そうじゃないノーマル小坊だったら近所にそんな店が無い限り「本物ハイエンドの音」になんか先ず触れられなかったよ。
だいいちアキバに行くにしたって当時の専門店ではRockが掛かるのは稀で、偶然金持ち長髪ドラ息子でも来てないとノーチャンスでしてん。(つまり小僧が主客では無く便乗同席させて貰う)

だからハードルの高さ自体はそんなに今とは違わないが、体験機会に関してだと雲泥の差があるんすわ。
そして場所に依らず割と共通してたのは販売店なのにファン育成意図が明確にあったが、それは当時ブームが到来したっても顧客絶対数が限られてたからだろう。

バブル期を除けば愚政府の怠慢で為替のせいで欧米輸入品は決して安くは無いが、まだレートが固定で1$=360円だったからもっと全然庶民には高値の華でしてん。
ので簡単に飽きたり諦めたりされたら購入資金が貯まる前に断念されるし、寿命の長いスピーカなんかじゃ1度買ったら当分買いに来ない。

それ故将来買ってくれそうな人の培養は、商い的にも至上命題だったんだろうね。
何れにしても巾広く本物を体験するのはもう感性的財産とも言え、今でも随分とそれで助かってるんだ。

=つづく=

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