音楽備忘録1983 楽器音色一般のイメージと実際の違い⓯
実際影響は小さくないし必須だが又抽象方向へ行き過ぎたんで、例示を含めた具体的な方へ回帰させよう。
そもそも一般と実際の差が生じる原因に限度は無いが、幾つかは起き易い現象に左右されてんだ。
1.マスキング
端的にはチビがノッポのガリがデブの後ろに回り見えなくなる系統だが、俺言い「目立つ倍音」が半分以上重複しても並立・併存は困難化する。
Guitarも鍵盤も煌びやかに行きたいが、精細にバランスを加減してもずくにどっちかが埋没するなんてケースだ。
尤もアナログ録音時代だとこれを魔用して、エレキGuitarとクラビをわざと紛らわしく使ったなんてのもあった。
今だとクラビの超ハイインピーダンスでの早期高域頭打ちを解消させたら、良くも悪くも相違は分かり易くなるかなぁ。
尤もⅡでハイインピに依る変容が大きいからこそ、あああの聴き慣れたクラビだと感じられてるんだけどね。
俺の杜撰な私記憶ではStratoハーフトーンのクリーンとクラビの競演してるのが思い出せず、自身も含めクラビっぽいのの代用に前者を用いる事も少なくないな。
2.違うジャンルで常用されてる楽器の併存
ポピュラー系でもClassic由来のStrings等は良く導入されてるが、本当にClassicのままのダイナミックレンジで演られたらとっても整合性が悪くなる。
音色・表現にはらしさ全開でも演奏自体からダイナミクスはかなり圧縮しないと、出過ぎたり聴こえなくなったりするだよ。
今では極気楽に演られてる様に感じられるが、Rock系での成功にはあのGeorge Martinの築いた方法論や加減のお陰か大きい。
時にはBeatlesの誰か自身がタクトを振ったりしてて、纏まる迄には両者でプチ論議なんかもしてた様だ。
こればっかりは主役と脇役の立場をハッキリさせて、どちらかがどちらかへ全面的に寄り添う姿勢を作らないと厳しい様だ。
のでゲストで呼ぶ場合最高の腕の持ち主より、最高の「協力者」を求めなくてはならない。
3.意図的じゃない音質的時代性の不一致
私感では近年になる程熟慮が要る処で、何故なら大昔はどれも分け隔てなく超Lo-Hiになってたかんね。
これは高音質とか現代性とかの定義にも左右され、幾ら単曲単位で聴かれる事が多くなっても整合性の問題が残ってん。
極論すりゃ全然サウンドが違ったら別人の作品と思われたりするからで、そこ迄差を出すとAが好きな人はBを・Bが好きな人は頑なにAを拒絶なんてのが起きる。
結局は高音質化一辺倒に走らず、自身の曲に合うサウンドを選び抜くのが大切なんじゃないかな。
だがそれこそが現実には中々難しく、なまじ何でもアリなだけに全数選んで決定するのがねえ。
サウンドを音色と捉えれば新旧融合は有効だが、音質と解釈すると例えば1発録りなのに期せずしてリモートみたいな感じを与えたりするだよ。
Guitarはひなびた三畳間で弾いてる感じがOrganは大教会堂でみたいな、同一アンサンブルなのにまるで時空が歪んだ様な異空間が…。
更に厄介なのはそれをワープ中の宇宙戦艦ヤマトの船内みたいと容認するのも居りゃ、出入り口が崩落した洞窟様で受容れ難いとかさぁ。
=つづく=
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