音楽備忘録1900 映画・TV等への専門家が作った音楽⑱
Rock専攻!?な上杜撰大王なんで完全網羅には程遠いが、今回は今ではかなりニッチになっちまったヤツを1つくれてやろうかねっと。
っと言いつつ本来は米西部劇のスタンダード、真昼の決闘(1952年 原題:High Noon)の主題歌ざんす。
さて現代で西部劇っぽい音楽っつうと煙草のMarlboroのコマソンみたいな、荒野を馬が疾駆する様なのなのかな。(ってもせていぜい2010頃でオワコンか💦)
それすら嫌煙権の猛威で昔程耳に出来なくなってるが、何れにしてもアップテンポで勇ましいのが王道じゃないかな。
そんな中この映画のは一寸風変りな口で、ミディアムテンポのガレージCountryとでも言えば良いのかな。
にも拘わらず妙に味があったんでずっと憑りつかれたみたいになってて久しく、けれど長~い事その原因を掘って無かったんだ。
のに重い腰が上がったキッカケは、Drumパート(多分実際には太鼓なんかじゃない!)のアナライズを従兄に依頼してみた件だったん。(今一番近いのはカホンか?)
現時点では残念乍らさしもの従兄でも不明との回答しか得られなかったが、そこからリズム(ノリ)の変な癖にも独特な雰囲気の醸成に一役買ってるのに気付いたん。
それプラス今調べてみたっけ作曲者のDimitri Tiomkinがロシアからの移民だとかで、却ってミステリーが増幅しちまったい。
尤も当時の西部劇には一般的には縁遠そうな人が結構携わってたそうで、まあ良く考えてみりゃ居住区に半隔離されたインディアン(ネイティブ ・アメリカン)以外は全員どっかからの移民だわな。
わ兎も角この作曲者は映画以外にそこそこTVドラマのも扱ってて、ロシアっぽさがすぐに感じられるのはあの名作Rawhide位でそれより晩年はClassic調のが多かったそうだ。
それにしても歌い手が何故俳優なのに多分出演してないTex Ritterなのかも不可解だが、今様のオンBeatで歌ってないのが却って功を奏してるみたいだ。
アコギは彼が弾いてるのか歌と大体合ってるが、この2つ伴奏とは微妙にズレてんだよねえ。
っても決してアンサンブルが破綻してる訳じゃ無く、何つうかズレてるのに合ってるとでも言うか…。
それを「昔の人だから」で片付けちまえばそれでも良いんだろうが、昔のアメリカンイングリッシュの歌詞の内容からすると寧ろ当時の口調には彼の方がドンぴしゃりなんすよ。
今劣化本邦じゃこの手が残存してるのは民謡程度で、せいぜい演歌レジェンドの所謂歌のリズムフェイク位にしか聴かれなくなって久しいがね。
1960年代頃迄のには「ズレてるのに合ってる」のが普通に結構あって、私感では森繁久彌の歌唱が印象深かったかな。
Popsでは打込み普及以前から現時点迄、年々ジャストなリズムタイミングやノリの方が好まれて来た。
杜撰大王自身もかつては古臭い曖昧なのよりカッチリしたのを好んで来たけど、メロ・リズム・編曲等を一切弄らずとも変化や独自性を付与可能なんだよねえ。
強いて難点を挙げるとしたら再現性で、程良く微妙なズレっつうのにはそれなりに熟達を要する処か。
だがこう云うのは半ば人力演奏の特権でもあり、完全に一掃するには惜しい手法なんじゃないかな。
わ兎も角今回提示曲ではそれ以外にも、シンプル乍ら数学的には均等割じゃない第3のパターンがあったりする。
全般のコード進行も極簡単だがプチ転調みたいなのがあったりで、たった1箇所変えるだけで在り来りとは一線を画すのの好例だ。
パッと聴きには今となっては古臭くも至って普通なのに、音楽的に内容をアナライズすると…こんなのが正に職人芸なんじゃないかな。
=つづく=
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