音楽備忘録1872 映画・TV等への専門家が作った音楽⑪
さて再確認で非専門家目線での映画音楽評と念押しした上で、仏の残りと英についての独断偏見感想ざんす。
ここでご注意頂きたいのが非専門っても音楽やRockには専門な処で、所謂一般聴者のとは多分相違点があると思うだす。
仏独特な美学に溢れたコードとその進行については残念乍ら、参考にこそ大いになるがおいそれと借用出来るもんじゃない。
確かに象徴的だしそこに最大の個性がある様に伺えるが、あのロマンティックなムードを成立させてるのは飽く迄総合力・複合技なんよ。
それを痛感させられたのをFrancis LaiのUn homme et une femme(A Man and a Woman)本人バージョンで例示すると、ホレあの有名なスキャット「ダバダバダバダ…」でがんすよ。
この曲にずっと入ってるエレクトーン(もしかしたらHammond)で主旋律への装飾音の付け方1つにしても、記憶や印象と実際に施されてた箇所が中々一致してくれなくてね。
Bass(この場合足鍵)のルートも摩訶不思議な辿り方をしてて、是又予測を鮮やかに裏切ってくれる場合の多い事。
こう云うのって遊びだから普通は唯の気紛れで随意なんだが、ムードに徹底的に拘ると何処か1つでもそのタイミングが違ったらああはならなさそうなんだよ。
なので当事者以外には源イメージが無いだけに、パクるより夫々が各自なりのイカした裏切りを見つける方がまだ近付けそうなんだ。
そもそも前回迄述の通りハーモニー自体はLatinと共通のも少なくなく、人に依っちゃ仏のつもりで演ったのに南米風が出来ちゃったなんて可能性も…。
では遅まき乍ら英の総評へ進めると実際にはJazz Big Bandの影響は大きいが、米のみたいにそれ臭さを感じられないのが最大の特徴かな。
強いて言うならClassicオケをJazz・Pops・Rockへ寄せた体で、それが同じスパイ物にしても007とスパイ大作戦との差別化にも繋がってる。
関連性は恐らく皆無だろうがこう云う相違って、AerosmithのHornの付加の仕方なんかに通じるものを感じてねえ。
楽曲全体への効果は他のと左程違わねんだが、彼等は自身のスタイルとして頑なにHornはオクターヴしか使わないんだよ。
因みにサンプリングSynthe登場期だったら、生アンサンブル内に初期機器のチープ音質を増強する目的で珍しくなかったんだけどさ。
生Hornで地域的に良い奏者があり余ってたのに、最初から敢えてそうしてたんだから。
と云う様な部分で他ジャンルのモノにも原料が転がってそうで、杜撰大王の狙いもそこにある。
今となってはかなり忘却の彼方と化してるが、かつてはエレキGuitarとSaxでフレーズの相互パクリ合いとか常套手段だったっしょ。
夫々の楽器毎に制約もあるから何でもそのままとは行かないが、現時点で自分内に無い物は外から導入しなきゃさ。
苦し紛れで目先を逸らすのに人力で打込みに対抗とかって、賞味期限がとっても短いんだよ。
=つづく=
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