音楽備忘録1849 J-POPでの無駄な苛烈サウンドに異議あり⓰
不安症候群その3は、実体不肖なヘボマニュアルの盲信ざんす。
前回の言わば欲張り過ぎての失敗も、なるべく早期に素直にそれを認めないとド壺に嵌るがね。
↑とは比較にならん程情けないのが、初心者でもないのに全貌が明らかになってない慣習やマニュアルみたいなのに盲従してる処。
これが更に不味いのは殆ど新規の勉強にならず、自身で失敗を含む新体験の積算をしなくなるからなんだ。
幾らマニュアル高依存が流行ってるにしても、信頼性が充分確立したマニュアルが無きゃ御破算でごわす。
本来この場合個別のマニュアル制作からやらなきゃ駄目で、しかしそれに翻弄されたら現場仕事はどうしたって疎かになる。(几帳面な技師だと逐一メモ書きで残したり程度はあるが、それを系統立てて纏めるとなると…)
けどそれ位心血を注いで取組まないと、汎用なの(なるべく多くのケースでどれか当て嵌まる)なんて到底作れないよ。
そもそも音響技師ひいてはその中の録音技師人口の少なさを先ず事前了承すべきで、スポーツみたいな明快な結果とか記録データが音楽じゃ得られないのもね。
そう云う意味で機材こそ既製品があっても、実用上の加減等に関してはバラバラの部品がやっと売られてる程度のものと考えて頂きたいん。
差し詰め自製の手作りしか無い分野だったも同然で、仮にマトモなマニュアルがあっても助けになるのは個性以前の段階迄なんだ。
にも拘らず勘違い野郎を噴出させたのは、外野から眺めた打込みの簡便さなんじゃないかな。
真の打込みの意義って楽器は演れないが音楽センスなら持ってる人が、脳内イメージを例え擬似でも実音化可能になった事なんだ。
ちゃんとやろうとしたら弾けないのに各楽器固有の音域に始まって、得失とか色々を学ばなきゃなんない。
それもリアル楽器に触れても良く分からないんで(だって弾けないんだから)、文献その他からのとっても地味で地道な努力を延々と。
それだと又隣のガキが下手クソな○○を演り出しやがったみたいにならないから、実際はどれ位努力をしてるのか他人にはとても分かり難いんだ。
そりゃ今みたいに猫も杓子もとなりゃ、無知なまま滅茶苦茶にやって自分が気に入ったからOKなんてアホも居るがね。
けどそれって非打込みでも中二病の自己満Bandとか、昔は特に凄く一杯居たんだよね。
強いて打込みとリアルでの本件の差ったら、丸パクリしてもそれが判然としない処かな。
ネタ元と同一音源・シーケンス・フレーズになると、誰がやろうと寸分違わぬ音しか出て来ない。
だったら即バレだろ…って必ずしもそうとは限らず、1からの自作でも偶然一致する可能性があるからね。
同じ値段で買ったウチの初音ミクだけ何かブス、なんてなったら最悪は訴訟もんだで。
って事ぁもし細かい部分でも歌詞とメロがたまたま同じだったらそこだけは全部同じに…、となるから引用と丸パクリの区別に鈍感なのが増えたか知らんが。
閑話休題大まかな目安こそ目的毎に存在するが、意図でもせん限りずっと同じ設定・調整で中々「同じに聴こえる音」になんかなってくれないんだ。
結局極力フラットな気持ちと耳で聴いて、調整しなきゃなんない部分は無くせないんだよ。
=つづく=
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