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2024年7月

2024年7月14日 (日)

音楽備忘録1794 Rock時代の松田優作①

証拠皆無なタイトルな上完全な憶測で語ろうとするのは無謀だが、イメージ作りとしての音楽の効果について考えて欲しくてぶち上げましてん。
ある程度意図してたのか全くの偶然かさえ知らないんだけど、少なくとも杜撰大王には絶大な効果と影響があったでがんす。

近年はTV地上波のドラマなんかじゃ内容との関連性が、これでもかって位シカトされちゃってるのもあるけどさ。
かつてTV・映画・ビデオ~DVD黎明期位迄は画質・音質に多くを望めなかったのもあってか、作品に使われる音楽は「内容」に皆かなり神経を尖らせてたん。

中でも微妙な心理や素早いアクションシーンなんかでそれは顕著で、折角役者が頑張ってもそれが全部映像には記録出来なかったからねえ。
ので例えささやかであったとしても、音楽や効果音等でアシストしなきゃどうにもならなかったんだ。

その中には実音とはかなり違うにも拘らず今では一般認識となったのもあり、拳銃の発射音等が典型ですわ。
因みに杜撰君は実銃のは訊いた事が無いけど一寸パワフルな火薬発火式モデルガンを小学高学年時に持ってたから、ありゃ嘘だったのかは比較的早く知りはしたんだけどさ。(ドギュゥン:×・パン若しくはパ:○)

昔の画にはモノホンでも著しく劣化した音よりゃマシとも思えたんで、珍しく!?ツッコミを入れる気にはならなかったよ。
さて又してもかなり側道に入ったが、効果音には一家言あるので敢えてそのまま続けよう。

典型と思しきは柳行李(やなぎごうり:竹等で編んだ直方体の被せ蓋の容器)と大豆か小豆ででっち上げた「波の音」で、先ず当時の収音レベルでは偽物の方が格段に近かったんだ。
が今でも忘れちゃならないのが収録現場での周辺雑音で、完全に人里離れた浜辺でさえ虫や動物等の声を完全排除するのが超困難だ。

観客が現場に居て主人公だったら毎度お馴染み「人耳の弁別能」で、自動ノイズキャンセリングが発動してくれっけどそうは行かないからねえ。
雑音除去だけなら今はAIデジタルプロセスで退治出来る様にはなったが、ハイこのタイミングでザッパーンなんてのがやっぱりとっても難しい。

のがそれに加えて超絶職人+↑偽物だとセリフの箇所だけ人力加減で波の音を少し抑えるなんてのも可能で、このレベルになると今のどんな高性能な機器を使うよりまだ不自然感が出ないで済むんだ。
その根底には人の記憶の印象と現実にはギャップがあるからで、こっちが大巾に変わらない限り偽物の方が本物っぽいって現象は駆逐出来んのだす。

お後が宜しい処で松田優作の映像作品には他の共演者の人的関係から、太陽にほえろ!の時点(井上堯之バンド:録音時はPYG名義)でそれっぽいのが使われてはいた。
んがこの時点での役者個人名義でのレコードは半アイドル扱いだったからかこっちからしたら、全然不似合なショボい歌謡曲みたいなので本人としても黒歴史だったのか今では中々ググっても出て来やしない。

のが次作の主演の俺達の勲章で、どうやら何かキッカケを掴んだらしいんだ。
って飽く迄邪推だけど、以降暫くは彼のアクション物に関係する音楽全部に共通する特徴が続いてるんだよ。

-続く-

2024年7月13日 (土)

音楽備忘録1793 J-POPでの無駄な苛烈サウンドに異議あり➋

この件は今迄にも再三言及したけれど、まだ語れてない部分を中心に進めてま。
っつう訳で根底原因は重複してても、別にもある副作用を掘り進めたいどす。

だば早速前回の続きを続けるが、バランスの不適切には無限のリスクがあるんだなぁ。
単純に強調したいのが引っ込んで隠し味が前面になんてもあるが、それより最近とみに深刻と思しきが演奏内容なのだ。

例えばDrumのゴーストノート、厳密にはどんなにハードコンプしたりしても音色に差が残る筈。
なんだがそのあまり大きくは無い差が認知出来るのは周りが煩くない場合限定で、やっと聴き取れる位になると鳴らしたか鳴らしてないか位しかよく
分からなくなってまう。

そう云う事が普段から頻繁に起きる様になると、心理的にホントは最適解だったのに効果が弱体化させられるヤツは段々使わなくなるのさ。
恐らくそうこうした結果が「伴奏のつまらなさ」になってるみたいで、画一化を誇るならもう打込みの方が気楽に聴けるんすよ。

俺だけか知らんが単調でも機械のならそう云う機種なのかもで済んじゃったりするのが、つい人が演ってると次はどんなの仕掛けて来るのかと期待して裏切られた気分にさ。
コレ見方次第じゃ老害と思われても仕方無いが、不幸にして面白いのもあったのを知らない側にホントは罪があるんだよ。

ので若害もあるんだと吠えたい処だが、真の原因は若者にそんなのを充分知らせ与えなかった俺言い中害のせいだ。
又も変語を編み出してるが、現役バリバリで社会の現場を牛耳ってるのは圧倒的に中年だからね。

この壺由来の分断工作が功名なのは、対比し易く正反対な老と若をターゲットにして悪目立ちさせた事。
引退寸前の年寄りが我儘言い出したら当座は表面上こそ従ったフリするだろうけど、引退した途端に後は野となれ山となれだ。

未成年が幾ら騒ぎ出したって決定権を持ってないから、これも表面上なだめてやり過ごすのも可能。
でその裏で実際に社会を動かしてるのは中害なんだが、お勤めご苦労さんなんだからつべこべ言うなってな。

ほいで更に中害が厄介なのが世代差が老と比べりゃ極大では無い処で、二枚舌で夫々を相手にした時に表面上だけ理解は出来るなんてほざきやがる。
とちょいと横道エキサイトしちまったがどうしても演りたい事があったなら、本来は中害の誤指示になんか従っちゃいけなかったんだよ。

こないだ論争になった「セクシー田中さん」の件にしても、根源は論理的優先順位に抗う矛盾があるんだよ。
例えどんなチンケなのだろうとストーリーが無きゃ脚本は書けず、出発点を無くせば到底終点になんか到底辿り着けないのにね。

音楽でもメロが無きゃせいぜい唯吠えるだけ、歌詞が無きゃスキャットにするので精一杯だ。
だからどんなに横柄な年寄りだろうとクソ生意気な若造だろうと元来「不可侵領域」で、中害が横槍を入れて良いのは提言止まりなんだよ。

=続=

2024年7月12日 (金)

音楽備忘録1792 楽器業界の行く末⑧

今度はGuitar・Bass等に比べ一小個人では製作困難な、Drumに焦点を当てて行こう。
国産楽器としてはPiano系の次に、世界での実績に一応の結果を残しては居るんだがね。

販売って点では確実にシェアを獲得したが、音に関して杜撰大王的には未だ歴史では海外に劣るしどうも感心しない。
’70年代で技術的にはほぼ追い付き、販量や知名度では’80年代に確立は出来たんだけどさ。

元々好み的にフェイバリットじゃなかったにしても、今になってみると○○サウンドの印象がとっても薄くて幾らも残ってないんだ。
そこでどうしてそんな事になったか考えてみると、音に兆しのあった頃は技術的稚拙が折角それが解消したら実用になる個性や独自性が損なわれた様なんだよ。

その証拠となるのが今は従兄宅へ出戻った、’70年代中期頃のPearlの最廉価モデルのセットだ。
過去述の通り従兄のファーストセットで彼が次へ移行した際譲受した物で、当初は活動拠点が従兄宅だけだったのがウチにも拡大したんで宅へ持込んだんだ。

その頃俺は殆ど叩けなく叩かなかったから2代目の感触はまだよく分からなかったが、録音に残った結果に依れば初代の方が従兄には名演が多かったんだ。
サイズが俺の好みでは初代20inch・2代目22inchだから、それからしたら従兄にだってジャンル的に後者の方が合った筈なんだけどね。

2代目はTAMAのImperial Star初期モデルで、折角標準サイズになったのに私的にはローエンドと中低域の拡充が得られなかったんだ。
その点を除けば歴代TAMAの中では音色が最も柔らかい口で、汎用性では秀でてるかも知れないんだけどさ。

かつては柔らかさが売りだったPearl、レンジが狭目なのと併せ埋もれ易くなったのを嫌ったか何時しかカチンコチンに。
TAMAとYAMAHAは元々硬質路線だったが、未だSONORやDWみたいな音色独自性を確立出来ず。

っと散々な評価になるのも作品録音の結果比較があるからで、かつてには「アッ○○だ」と分かるのがそこそこあったからなんだ。
楽器のみならず録音では録り方や機器の流行の影響も少なくないが、1980年前後の作品ではそれと分かる典型的なサウンドになってるのがあったのよ。

Toto等でのJeff Porcaro(Pearl)・Jeff Beck等でのSimon Phillips(TAMA)、YAMAHAのSteve Goddは業界様仕様で普通のとは違うから微妙だけどさ。
でもYAMAHA業界様仕様にしたってその後に比肩する様なのは出現してない訳で、要は音色を「八方美人」の方向へばかり進めたのが原因なんじゃないかな。

拙ブログでは随時頻吠えの如く、何とか「手に負える欠点は容認」する勇気がねえ。
唯ひたすらに欠点・弱点の駆逐を追求すれば、何れは長所・独自性・個性を阻害するのは目に見えとん。

更にクドく吠えるが幾ら欠点が許容範囲内に収まっても、非生活必需品にはどうしても買いたくなる魅力の方が先に必要ずら。
既に楽器や音楽を演ってる人ばかりじゃなく、あまりにも音に惚れちゃったから今から買って叩いてみようって位じゃないとね。

だってその位を目指さないと「楽器主導で音楽人口を増やす」≒更なる量販は、目指せないやんか。
過去の海外ブランドって↑の意味も含めて、市場拡大をしてたんだよ。

-続く-

2024年7月11日 (木)

音楽備忘録1791 過小評価で忘れられつつある人々㉑

ほんだら毎度恒例で話しの流れから、「曲のバージョン」を今回からのテーマに定め進めてこう。
ネタはそこそこあるんだが思い出すのに時間が掛かりそうだから、最初は杜撰大王にとっての最新情報から行っときま。

今回の生贄は曲より数年先に話題になった映画にインスパイアされたヤツで、珍しく原題と邦題が完全同一の「愛のコリーダ」ざんす。
この曲の件を知るのが遅くなったのは杜撰大王ならではでもあろうが、盛大にヒットしたカバーと当時時点で少なくとも日本じゃほぼ売れなかったオリジナルと公開タイムラグが短かった(約1年)のもあったに違い無い。

曲を作り弾いて出したのはChaz Jankelっつう人だそうで、つい最近迄アタシャてっきりQuincy Jones自身の作かそれ用に作ったのだと思ってましたわ。
先ずタイムラグの件は↑の御仁名義では処女作且つ本国であまり話題になってなかったらしく、そうなると当時日本の発売元は予算を掛けて迄宣伝しなかったからねえ。

今よりゃ一部で活況を呈してたっても所詮洋楽のマーケットは小規模で、今ならBeatles好きの爺婆も居て何の不思議も無いが当時は基本的に一部若年層向けだったし。
するってぇと仮に何かのキッカケで浮上し出しても、ネットとか無いから浸透してくのにやたら時間が掛かったんだよ。

のでもしかしたら例えば関西とか一部ローカルでは知られた存在だったとしても1年以下じゃこっち迄届かんし、一方でQuincy Jonesのは出た途端に毎日ラジオからガンガン流れてたからさ。
更に次の件が最大原因の気がするんだが、当該曲はガチのDiscoナンバーなんで黒人が演ってそうだったん。

ってかさっき調べる迄原版のは別人でも黒人だろうと思ってたのに殆どが白人で、しかも分かる限りでは作詞とTrumpet以外皆英国人だったからおったまげーだわさ。
確かに考えてもみりゃ米とか黒かぶれの英人ってもっと昔から居はしたんだけど、Bassのスラップはせいぜいプルの方だけばかりだったさね。

それが当該曲ではサムピング主体で、尚且つLarry Grahamばりのごっついオールドスタイルなんだよ。
海溝迄掘り下げて考察すれば真実の意外パターンも少しはあったんだけど、白さ英らしさが微塵も無いと来たもんだ。

さて文句無しのレジェンドで巷ウケでは圧勝のQuincyだが、当該曲のオリジナルを聴いちまうとそっちの方が少なくとも俺には完勝だったんだ。
私感としてQuincyはIronsideの頃は勢いも良かったんだが、その後はどんどん大人しくなったってぇか小奇麗なだけになってった感じがしてねえ。

これ大元のネタが阿部定事件な上映画は一応ポルノだったんだから、本当は止められない衝動感みたいなのに欠けてたらおかしかったんだ。
日仏合作名義で折角ノーモザイクで撮ったのに、こっちじゃ一大騒動を経て大量に修正とカットされて公開されたいわく付きの代物でごぜーましてなぁ。

そうしてみるとバージョン違いが「愛の」は日本語だからQuincyのは差し詰め映画の処理後版、Chaz Jankelのがスケベオヤジには一択の原版って位の差がありましてん。
政治的意図も疑う程の商業上の都合があったか知らんが、このままじゃ
2次元の女でしかイケない坊やばかり生みそうで恐。

=つづく=

2024年7月10日 (水)

音楽備忘録1790 杜撰流不景気対策⓮

従兄だけ何時も生贄になって貰うのも流石に気が引けて来たんで、1回間が空いたが杜撰大王のこの方面での失敗も晒とこう。
珍しく躊躇してたのは種類があらゆる分野に及んでるのと、それでいて時期的には若かりし頃程集中してたからなんだ。

今ようやっと思い出したのが齢15での「最初のエレキBass」で、体格と趣味性からヴァイオリンBassの最安の真っ赤な偽物をそそくさと買っちまった。
このタイプは元々小型のセミアコなのでAmpのアシスト不足だと低音が足りなくなるが、それにしてもどうにもBassらしい音が出せなかったねえ。

購入から半年位でBass Boosterを追加購入してみたんだが、ローエンドは元が全然出てないから少し肥満化しただけでオワコンですわ。
結局2年と持たず学友に転売して、高校時代迄の失敗購入は全数そんな方法で処分しただよ。

無知で未体験な処からしたら必ずしも失敗認定は出来ないんだけど、音楽的に成長したら玩具としてでも練習用としてでも全く役立たなくなったのが従兄より致命的だったん。
セミアコってばエレキGuitarの方でも同じ失敗をしちゃってて、こっちはネックとボディのジョイント位置でアカンくなった。

当該器はGretsch Country Gentleman、のGrecoのコピーモデルで出来栄えは結構良かったんだ。
がなまじ忠実にコピーされてたのが災いして、一般的な335タイプみたいなハイポジションアクセスが不能だったのよ。

ボディがセミアコにしちゃ厚い上、流石に15フレットで結合となりゃこれぞホンマの「手が回らん」でんがな。
俺がJazz系なら良かったが、一番やりたいのがRockでそれじゃどうにも無理でやんした。

因みに最初からジャンルは厭わない主義だったけど、それだからこそ応用・転用の利かない楽器は自分には不向きだったんだな。
Beatlesに強烈に感化されてたにしても、もう少し汎用性を考えられてたらどうなってたのかな。

実際Bass弐号機の偽リッケンは今でこそモノホン借用中だからずっとほったらかしてるが、未だに手放しては居ない。
その後偽Gretschと偽リッケン等の後、幸運にもヘッド折れ修理品だがGibson SGを格安で入手出来たのが色んな懸案での転機なったみたい。

新らしい方でVan Halen自作のゼブラ君位の迄のは、本物と偽物で一番の違いは私体験では「守備範囲」。
音質・音色・各種奏法対応力等々、限界はあるにしても実用領域が大部違ったんだ。

逆に偽物でも概述偽リッケンみたいにローエンドでも出来の良いのだと、価格程の差は無いのもあった。
それからするともし偽物で凌ぐなら本物入手の時点で第1の楽器は人生が終るんで、代用品はなるべく安く上げとくのが資金貯蓄にも繋がって良い。

好景気だったら失敗も勉強代とか呑気に言ってられるかも知れんが、やはり無駄な投資をなるべく少なくするのが倹約の鉄則ですわ。
強いて例外があるとすりゃ貰い物だが、それとてメンテ費用はゼロにはならないかんね。

=おわり=

2024年7月 9日 (火)

音楽備忘録1789 J-POPでの無駄な苛烈サウンドに異議あり➊

杜撰大王の今劣化本邦J-POP嫌いはガチだけど、一般世間に向けては滅多に理解は得られないんで普段は齢だからと煙に巻いている。
けれどもしあなたが聴く耳を持ってくれるなら、確たる原因があるのだ。

その中から今回は「無駄な苛烈サウンド」を取上げるが、恐らくその原因に打込みがあるんじゃないかな。
1に生演奏に対し圧倒的に不利なのが生のみが持つ熱量で、それがあると並の音色でも逞しく聴こえたりする。

2に必ずしも全員ではないが打込み手にはリアルの合奏体験が無いか不十分なせいで、皆で合わせると個別単体でひ弱でもその弱点を消せる事があるのを知らない。(残念乍ら現況の音源では音色面で生リアルに再現・追従困難)
ってそんな人を卑下する気は微塵も無いが、体験の学びが少ないからにはもっと知識で補わないのがイカンのよ。

打込みのみで有効な技を安易に生リアルに導入したか、はたまた妙な対抗意識を持ったか。
知らんけど録音での収音方法の不適切も加わって、不毛な無い物ねだりに陥っとん。

ここで「足りてる音楽」って仮説を設定してみれば、好みや才能以前に何か要素不足があったら不味くなるんだ。
又この不足には余剰も含まれてて、足りないと困るからって肥大化させると新たな欠点を生んじゃうんだけどな。

わ一旦置いといてもっと幾らでも盛上げたい心情こそ分かるが、闇雲に平均音圧上げに走り出したら終りの無い闘争に没入しちまうんだよ。
更に諸懸案の中からミスマッチについてひとくさり、今時はミスマッチにすら市民権が与えられる様になった事自体は悪くない。

例として大型ダンプのタイヤを履かせた軽トラを、生贄にして考察してみよう。
先ず可能かどうかについては逆だったら普通は無理で、軽のタイヤでは大型車の重量に耐えられず破裂しちまう。

そりゃ異常にタイヤ本数を増やせば別だけど、ノーマル時と容姿が変わるから明らかに摩改造したのがバレてまう。
のがタイヤヘヴィーだったら傍目にはせいぜい車軸を延長した程度と映るから、改造と名乗る程の改造はしないで済むかの様な印象かも知れない。

もし走らせないならそれで持つだろうけど、車軸を延長するとサスペンションに掛かる応力が増加しちまうんだわ。
ので外見は収まり切らないホイールハウス外へタイヤを追いやっただけに見えても、実際はサス強化ばかりか大径化で変化する回転数対策でギア比も弄る等改造箇所は多岐に渡ってるんだ。

それと近似でアンサンブルは飽く迄集合体なんで、何処か1箇所だけ僅かに変えるにも常に全体のバランスを取り直さなきゃなんないんすよ。
バランスっつうと皆音量や強弱はすぐ意識するだろうが、下手すると音色の方が大問題なんだわさ。

ってのは音響的に歪みを許す程大抵は音量の性質が変化して、ピークの突出が減り平均音圧が高くなってくん。
歪まさぬ音色のを録る時点からコンプで潰せば寄せられはするけど、迂闊に先に掛け過ぎたらダイナミックレンジが過狭隘になって特に生楽器は個性が損なわれてまう。

又昔の歌謡曲等の様に主役の歌だけが大きくて構わんなら良いが、バランスの小さくないダイナミックレンジレスの伴奏とするには歌の強弱も犠牲になっちまう。
お客に聴き易い歌い方してるとピークこそ太鼓等みたいにゃならんが、表情豊かにしようとすると曲調次第じゃ平均音圧のダイナミックレンジはかなり広大になってるんだよん。

そいつを否定した時点でもう名歌手と呼ばれる可能性が失せ、もし生歌唱より窮屈に録れちゃってたら大損害でっせ。
幾ら毒舌な杜撰君でも、歌が下手だから誤魔化しでそんな風にしたとはあまり思いたくないな。

-続-

2024年7月 8日 (月)

音楽備忘録1788 楽器業界の行く末⑦

待避線から本線へ戻ってまた走り出すが、今度は概述以外の弱小や個人ビルダーの当時の状況だ。
個人ビルダーにニッチブランド等も含めると、この時期(’70年代中盤)には今やプレミアム化した様なのもあった。

何等かの新開発があった点で先ずは
ESP(Navigator)が思い浮かぶが、私的にそれはFlickerってSynchronizedタイプ発展形のアームだ。
このタイプのアームで軸回転(蝶番)を採用したのは恐らく世界初で、当時の類型では最も操作力が軽く可変巾が飛躍的に大きかった。

んが残念な事に登場当初からプレミアム価格だったんで、俺は買えなかったし世間への浸透を妨げちまった。
商売の都合も分からなくもないけど、充分な名声・定評を得る前にあんなにボッちゃアカンがね。

初期型にはFloyd Roseみたいな弦の固定機能とか、音程微調整機能みたいなのは一切付いて無かったんだから。
是又私的にはシンプルで好ましかったけど、どう考えたって前者の方が少なくとも材料費は安くなる筈なんだよ。

価格設定さえ適切なら有効な選択肢になり得たし、かなりのシェアが期待出来たと思うんだがね。
尤もこの辺が一般的量産とは異なる悲哀で、内部事情は分からんがそう簡単に値下げ出来ない処だ。

続いては奇抜なデザインで印象深い、
Moon Sault(ボディが三日月形)の春日等だ。
ニッチ市場では好評だったが、これも当時日本のご多聞に洩れず重量過大が仇だった。

横倒しにした三日月形にも拘らず座って弾いても無問題で、この辺はSteinberger同様良く考えられていた。
んが米のS君に対し箱庭文化の日本の方が重いってな大矛盾で、俺には未だに理解不能だ。

他の殆どのは軽量化を売りとしてるのに、どうして楽器だけ重さを気にしなかったのか何とも不可解だ。
不可解と言えば当時の流行もあったにせよ、弦長(スケール)やネックの太さ巾広さも大いに疑問の残る処だ。

身長の割にかなり手足は大きい杜撰大王だが、西欧人の平均と比べれば明らかに小さい。
体格もやたら骨太でゴリマッチョな方だから、重さ耐性も体躯の割には平気な方だ。

そんな輩でも当時の日本のエレキの標準値に厳しさを覚えた位で、これなら何とか行けると見つかったのが皆米製とは俺の口より皮肉タップリでんがな。
又電気的な方でも色々Effectorを内蔵させたのとか、この時期の末期にはGuitar Syntheも世界初登場させてはいたんだけどね。

既にアフターALEMBIC辺りが原理段階開発のひと段落後だから、全世界的には停滞期に入ってた不利はあったけどさ。
そう云うオプションレベルで幾ら捏ね繰り回しても、基本的な裸のサウンドに新規の独自性は与えらんない。

ユーザー開拓も技師発掘も、全ては新しい価値観提示が発端として必要なんじゃないかな。
それ故学歴不問で3度の飯より好きな奴なんかを採用してかんと、新価値提示から定着する迄の言わば空走時間を持ち堪えらんないんだよ。

-続く-

2024年7月 7日 (日)

音楽備忘録1787 過小評価で忘れられつつある人々⑳

さて前回の自説!?の補強を兼ねて、さしものJeff PorcaroとSteve Lukatherでも楽曲に対して最適人選では無かったかもを提示しよう。
先に断っとくけど趣味嗜好が千差万別なのは先刻承知で、彼等の参加バージョンの方を好んだからって何も問題は無いからね。

正直杜撰大王が直ぐに思い出せるのだってたった1曲しか無いし、当時の米国でのウケを狙えば的外れじゃなかったのかも知れない。
が初めて聴いた直後のインパクトっつうか心の高揚で、別バージョンとの温度差が凄かったんだ。

の曲はChar氏のアルバムU.S.J.収録のSmokeyで、今で言うセルフカバー第1弾ってな処だ。
そんでこれの何処が見劣りしたのかったらRockテイストが薄くなり過ぎてた処で、飽く迄独断と偏見だがChar氏の最大の特徴が損なわれてると感じたんだ。

杜撰君の認識で氏はジャンルに対し万能だが、それでいて全くRockじゃ無くならない処が稀有なんだよ。
似てる人が居なくも無いものの例えばJeff Beckも聴き込めば同類だが、ファーストインプレッションではとうとう向うへ行っちまったかと思わせる処があった。

又氏はかなり早期からLatin要素をふんだんに盛り込んでたが、それでいて当時としては特に珍しく殆どAORやSantanaみたいにはなってなかったんだ。
因みに流行りからは寧ろ一寸なってくれた方が好都合で、当時殆どの皆は何かしらでサウンドが少しでも大人っぽくなればと思ってたんだ。

個人的には↑まだ老け込みたくは無いと思ってたが、杜撰君にしても今とは真逆で早く大人になりたいとは思ってたっけ。
わ兎も角↑には落ち着きとか普通のより整ってる利点はあるが、若さとか勢いの点ではストレートなRockに明らかに劣ってたんだけどな。

それと有名無名に拘らず個別楽曲では、作者本人のとかオリジナルバージョンの方が最終的にBestなのが多かったりするよ。
個人の想い出・思い入れ等の関係で他人に強要するもんじゃないが、コンセプトやスピリットに関しちゃ原理的にカバーは不利だ。

故に初回じゃないので最低でも拮抗させるには、編曲か演奏等何かで明らかな+αが必要なんじゃないかな。
オリジナルのSmokyヒットしたのかってば否で、当時の世間一般にはアルバムからシングルカットした
気絶する程悩ましいが歌謡Rock路線でブレイクしてた。

因みに杜撰君がChar氏を知ってその実力を認識したのは次のアルバムので、是又シングルの闘牛士からだったよ。
もしラジオで頻繁に掛かってたなら早々に喰い付いただろうが、掛かるのはほぼシングルだけだったからクソガキが知るには厳しかった。

縁が生じたのは高校に入った直後で、学園祭BandでJohnny,Louis & Charを演りたがった仲間が居たんだわ。
因みにⅡで普通は学園祭って秋にあるもんだが行った学校の歴史とかの都合で、ウチでは4月末だったと言ったら分かる人には出身校がきっと分かっちゃうね。

-つづく-

2024年7月 6日 (土)

音楽備忘録1786 杜撰流不景気対策⓭

今劣化本邦では頓珍漢な著作権法もあってか、過度のオリジナル依存が横行しとるみたいだ。
それに依る私感での最大の欠点は「音」で、どうやら音の知識不足→色んなのをちゃんと聴くのが足りない様なんだ。

人と歌う・奏でる・作る楽しさは何物にも代えがたいが、本来それを円滑に進めるには個人の力量が必要なんすよ。
良く知らない同士だと即座の感動こそ難しい反面、それは嫌だ・駄目だ等ハッキリ否定する場面は少なくなる。

大した事の無い物でも大きな誤りが無きゃ、ロクにウケないだけで済むからまだ良いがね。
攻めた和声・進行等とギリでアウトは紙一重か、場合に依っては許せる時と許せない時が出て来るんだ。

最近従兄はAfter Beatの件で色々語ってるが、杜撰君は旧来からのRock好きだからどうせ一辺倒になるなら裏が強拍の方が好きだ。
わさて置きどっちでも取敢えず曲にマッチしてりゃ良いが、最悪なのは全部・或はパート単位でミスマッチを起こしてるヤツだ。

全く音楽ツールを持ってなきゃ先ずは何か入手するしかないが、そこから先は色々実践してみるのが良い。
とは言え何の指標も持たず闇雲に試す中から、良いのを集めるんじゃ果てしないし最悪は何も生めないかも知れない。

でこの自分なりの指標を作るには、随時で色んなのを聴き続けてく必要があるんだ。
その効能は知識の充実も勿論だがもっと重要なのがあって、自身の感覚を自覚したり磨いたりに必須なんざます。

人の感性には流動的な部分があって昨日は地味と感じたのが、一晩寝て起きて聴いてみたら派手だとかね。
体調・気分・環境次第で違って聴こえるのは優柔不断とかとは限らず、随時頻吠え「音楽は比較芸術」だからなのさ。

自分のリソース割合が演ると大体同等の聴くをしてないと、ライバルの存在を知るのが遅れたり最悪はパクリになって苦労が水の泡になるねん。
ネット接続デバイスを持ってたら簡単に音声検索こそ出来るが、パクリに底触しなくても明らかな紛い物判定迄はまだ出来ない。

なのでトリビュートやパロディのつもりだったら良いが、新規独自のつもりでそんな風に思われる可能性のへ頑張っちゃってもねえ。
まあそんでもスタイル定着前だったら修正可能かも知れんが、大体に於いてやっちまったが発覚するのは漸く完成した位のケースが多いのよ。

一意専心してると課題に対してはベストだけど、それ以外に対しては鈍感になってたりするじゃん。
のが一応出来上がると肩の力が抜け、初めて視野が広がり出して気付くってな。

万一方向性の誤りが発覚したら、音楽ツールの刷新が必須になるかも分からん。
そうなっては唯でさえ逼迫した予算がより圧迫され…、そんな行き詰まりを避けるには先に少しは考えとくしかないって訳っすよ。

まあⅡで人間って簡単に飽きる生き物で、ついすぐに新しいものを求めちゃうんだけどね。
でも探せば買えば全部手に入るもんじゃなく、例えば前回聴いてから1年のブランク後に聴くなんてのも効果があるんだ。

=つづく=

2024年7月 5日 (金)

音楽備忘録1785 肉体的グルーヴ考 番外編

グルーヴ獲得について杜撰大王の強力推奨は音ファーストに相違ないが、僅か乍ら例外の可能性もあるのでそれもこの際掘っとこう。
何事も客観的に公平に分析出来てればこそ、安心して好みに向けてまっしぐらにもなれるからね。

さてグルーヴ自体が基本音楽由来の概念なんで音楽家サイドから論じたが、稀には舞踊等を通じて会得する者も居ないとは限らない。
但しどんな天才だろうと↑が成立するには、最低限「ダンサーとして必要な音楽知識と感覚」は身に付いてなきゃなんないんだ。

個人的に今劣化本邦現況のミュージカルを忌避してるのはこれが原因で、芝居や演技を音楽よりかなり重視してるのしか殆ど無いからなんよ。
ミュージカルであっても殆ど踊りや演技を伴わない歌唱シーンだったら、音楽だけの歌手とその間はほぼ同じになるよね。

にも拘わらず旧態依然で誰でも大体共通な歌唱法と、ロクに役者個人の個性を活かしてないパフォーマンスばっか。
そんなで音楽にしか興味の無い奴も取り込もうだなんて厚かましい…、本来なら芝居だけ音楽だけ舞踊だけよりか多様な観客を虜に出来る可能性を持ってるのにさ。

っと愚痴はたいがいに私的には音楽理解への浅さや不足が原因とみてて、凡庸なダンサーも又しかりなんすよ。
仕事で過去に劇バンを演った時の事、指揮は休みで役者と伴奏の俺の1対1でタイミングを合わせるシーンがあってさ。

音楽を分かってる奴は4つ以内の前振りしてやるとバッチリなのが、感覚的に不理解な奴だとせーのの方がまだマシだったん。
別にえばる訳じゃねえが「音楽の付いてるシーン」は、歌わなくてもそれが一応ガイド(物差し)になってるんだよ。

そのお陰で個人の持つタイミングの異なる集団でも、1つに合わさって歌ったり踊ったりが可能化してるってのに。
テキトーな勘だけで雑に合わせてるのが紛れ込んでると、カッチリ合う筈のがどうもバラけていけねえ。

って事って音楽付きシーンに出演するならカウント程度は、楽に正確に拾えないといけないもんなんだ。
緊張マックスでも勘だけで表面的には着いて行けるからイカンのか、自分からは学ぼうとしないけしからんのが居るがね。

翻ってって事ぁダンス向上の為に音楽家に負けない位音楽を習得してるダンサーだったら、踊りを通じてグルーヴを理解しマスター出来る可能性もあるんすよ。
尤も自身の立場が舞踏家が本業なだけでプロセスとしては、ココに限ればきっと音楽家に遜色の無い修行を経てるから実現してるんだ。

となりゃ体質的に器楽演奏が合わないだけで音楽には興味もあるし、そこそこ詳しくなれてたりするダンサーには唯一の獲得手段たり得るかも知れない。
但し上述の如くダンサーだから音楽家とは違ったって構わない、なんて思ったらもう駄目だ。

実はこれが中々克服困難だからお薦めしてなくて、例えば文化部の人は運動部の人より息が上がる辛さの耐性が低かったりするっしょ。
何処迄一時的に苦しくなっても平気なもんなのか、普段の体験が無いだけにそりゃあおっかねえと思っても当然だからね。

-終り-

2024年7月 4日 (木)

音楽備忘録1784 楽器業界の行く末⑥

ほんだら一寸寄り道で国産の金属関係のリライアビリティだが、確実に安定したのは私感では2000年代に入ってからだ。
時期的には分野次第で前後もあっただろうが、傾向としては20世紀中のには隠れたっつうか目立たない弱点があった感じ。

加工精度は既にお釣りが来るレベルに到達してたが、材質も然る事乍らどうも俺言い鋳物(ダイキャスト)神話に憑りつかれてたのがいけなかったらしい。
日本って古くから鋳造技術は秀でてて昔埼玉の川口で有名な如く、町工場レベルでその域に達してた。

只Guitarのペグみたいに小型で色んなベクトルの応力が掛かるのに迄、全てそうしたのは杜撰君としちゃ浅はかだったと言わざるを得ない。
確かに変形耐性はブリキ細工様のプレス鋼板なんかより高いし、緩み・ガタを生じ難く見た目にも高級感がある。

だが逝く時ゃブリキ細工のより一気に破断したりひび割れし、それが交換以外の修理方策を否定してるのよ。
本来の金属の利点に僅かな変形なら、運が良きゃ押し戻せるってのがあったんだがね。

↑が入手性や代替え等が簡単じゃないのではかなり重要で、楽器部品は近所のDIY店なんかじゃ手に入らんやろ。
加えて相対的に人件費の安かった下請けに作らせてたからコスパが良かっただけで、当時の日本固有の特殊条件下でなかったら同価格なら内実はチープになる訳よ。

等と吠えつつ杜撰大王が明確に悟らされたのは2010年以降だから、偉そうに語れる身分じゃ御座んせんが…。
最初に疑念を抱いたのはドラムハードウェアで、それはPearlのアルミダイキャスト製のパイプ3本を連結させるヤツだった。(こっちは’90年代の事)

こいつは見るからに薄くて弱そうな気がしてて、アルミは鉄の大凡3倍位肉厚にしないと強度に劣るのは電車の車体で知ってたんだけどね。
国産メーカがどんどんダイキャスト化させてったのに対し老舗のLudwigやGretschは20年位遅れてて、プレス鋼板主体のは当時画像では旧態依然で弱っちく見えたよ。

処がずっと後年になって自身で持てて使ってみると、鋼板でも意外に厚みがあってかなり丈夫だったんだよ。
とは言えそれ以前に従兄所持の中古Ludwig LM402のプレスリム変形とかがあったからイメージはショボかったんだが、その時点では巧くやれば治せる可能性があるなんて全然考えてなかったんだ。

適材適所ではあるにしてもエレキみたいにぶら下げて弾くのがデフォの場合、強度・精度以上に重量増加は大問題っすよ。
それを当時は今以上に小柄だった国でやるってんだから、何かを忘れてたか暴挙としか思えませんわ。

一過性だったら良かったがスッカリそんな路線で固めちまったもんだから、今になって行き詰って困ってるんじゃないかな。
何れにしても確実性を重視し過ぎて、職人・達人の感性より理論で作り過ぎてたんだよ。

バブル到来で本物へ皆が手が届く様になったり、崩壊後に中韓等が価格破壊で追い越すとは夢にも思わなかったんだろうけどさ。
やはり商品寿命が尽きない代名詞を何か1つはぶち上げて、それから量販だの経営拡大・合理化等へ進めば良かったんだ。

-続く-

2024年7月 3日 (水)

音楽備忘録1783 過小評価で忘れられつつある人々⑲

ってな事って前回後部ではバスドラの鳴らし場所で語ったが、こう云う一面で盲点になるのは留まる処を知らずなんだ。
他のどのパートにもあるが脇役になる程情報が少なく、そもそも誰なのかに迄及んでるんだ。

それを実体験から披露すると、Jeff PorcaroとSteve Lukatherが大人気だった当時の参加諸作品だ。
以前から定評はあったが1980年頃には全く内外問わず引っ張りだことなってて、高騰してくギャラのせいか運悪く先約があったかで招請が叶わぬケースが続出してたんだ。

そんな際先ずは同郷LAでの彼等の友人に望みを託すのもあったけど、大多数は関係性が薄いか全く無い別人に真似て貰って凌いだりしてたん。
中でも特に参加・不参加の影響が出易かったのが、本人達が参加した前後のアルバムだ。

彼等風の路線で大好評を得てると、意図が無い限り下手にサウンドを変えたくないし変えらんない。
その結果所謂「紛い物」が続出し、杜撰君ばかりかかなり詳しい者でも騙されたり(正確には誤認でしかないが)してたんよ。

後になって判明してみりゃ確かに本物とは少し違うし、本物である事の良さの点では到底及んで無かったんだけどさ。
んが個別曲に対しては紛い物でもよりフィットしてるのがそこそこあって、結果的に本物達へのレジェンド化に全く意図せず貢献しちゃってるのもあったんだ。

如何に彼等だろうと異常な多忙スケジュールでは、曲やアーティストの理解に時間が足りない場合も当然あっただろう。
となれば本体Totoとか以前から懇意で結成にも助力してくれた、BOZ SCAGGSのみたいな完成度に必ず到達出来たかどうかは分からんよ。

勿論彼等の事だから、どんな苦境でだって流石な部分を見せはしただろうけどね。
に対し雇われ影武者君には余裕が持て易かっただろうし、雇い側にしても偽物だからこそ出来栄えにはより一層注意を払い状況次第じゃ期限の方を延ばしてたかも知れない。

尤もこう云うのは人生一度切りみたいな状況だったりするから、柳の下の2匹目の泥鰌は先ず居なくて単発が多かったんだろうけどな。
だからこそ非効率だし語られずに過ぎたりするんだろうが、時にはそんなのが唯一の手掛かりになるかも知れねんだ。

誤認自体は恥と思った方が良いに違いないが、彼等のだったら何でも最高と思う追っかけみたいな人以外は恥だけで終らせたら勿体ない。
追っかけじゃねえって事ぁ幾ら好きでもきっと100%じゃないし、自身で演る時ゃ少ない嫌い或は苦手を除いて他のも何かも少しは加えたいだろう。

それこそがオリジナリティの夜明けってなもんで、紛い物でも好サンプルになるケースがあるんだ。
わざわざ探すと見つかり難いけど、音楽にはこんな埋蔵プチお宝もあるのよねえ。

=つづく=

2024年7月 2日 (火)

音楽備忘録1782 杜撰流不景気対策⓬

自分にも失敗歴があるのに惜しげも無く従兄を生贄にするとは杜撰だが、こっちはマルチ歴が長い為にその経緯は複雑怪奇で記憶にも自信が持てなく例として相応しくなかったんだ
その上一般と違うと思われるのが、杜撰大王は目算が無けりゃ買いもしないスタイルなんだよ。

幾らバブルとは無縁でも僻み根性以外では、周囲が平和で余裕があった恩恵は少しはあったさね。
その中で一番大きかったのが借用で、楽器研究に専念出来たなら研究費として扱えたんだけどね。

俺の場合研究は飽く迄自身のサウンドの為でしかないから、全数自分で所持してじっくり試すなんて夢のまた夢なんだ。
ので借用の他に通販が主流になる以前は、あちこちの楽器屋へ出向いての試奏もやたらとやってたよ。

その体験で今にも通じるメリットとして、自分以外が奏でてどうなるかってのがあった。
どんな天才ですら完成前は出来ない奏法・楽器はあるもんで、ましてや凡人には到底くまなく試すなんて非現実的だ。

実際未だFluteでは音が出せないままで、その他に直接触れる機会が訪れてない楽器だって結構ある。
人にも依ろうが学生時代が終ると近年は唯で借りるのが困難になったし、楽器店へ出向いても達人と遭遇する機会も減っちまった。

かと言って有力候補なら未だしも、得体の知れない物へリースの費用を掛けるのも…と中々ねえ。
残った頼みの綱はネット上の達人の動画だが、私的には完成作品の中での使用状況の方が有用かと思うな。

近年はかつてとは比べ物にならない程、録音作品等のクレジットが充実したからね。
寧ろ場合に依っちゃ映像と実際使ったのは違うのもままあるから、ちゃんと読まないと危ない位だ。

昔から画と音が違うケースは幾らでもあったが、その動機には多少の変化があるかも知れない。
今は音楽でもなまじ「画付き」が多いんで惑わされ易いが、音の問題は音自体で解決するのがやっぱ基本だと思うんだよ。

そりゃあ現物に触れる機会は多い程良いけど、情報分析・収集能力に難があったら必ずしも全数把握が出来る訳じゃないのよね。
かなり古い例になるがStratoのハーフトーン、元々はPU切替SWは5ポジションじゃなく3つしか無かった。

ので意図的に中間で止めるかその状態を試してみないと、最悪このGuitarじゃ出ないわと勘違いする場合もあったんだ。
限られた時間での試奏で全部を漏らさず試すのって案外難しく、予め綿密に脳内シミュレーションしといても何か忘れたりするねん。

そんなのを極小化するには時間制限の無いのが良く、原点のもう一回試聴してみるの音源が手持ちだったら発見の可能性は未来永劫続くんざます。
貧は何かと辛いけどこう云った面では有利に働き
、仕方無く何回も聴いてる内に意外な発見があったりするん。

=つづく=

2024年7月 1日 (月)

音楽備忘録1781 肉体的グルーヴ考⓮

早速間髪入れずに、ゆっくりテンポで間欠動作での欠点の件行っときま。
安定した間欠を取るにはリズムに添わす必要があるが、大抵はリズムをわざと倍の細かさと仮定するんじゃないかな。

タイトさが要ったり、8Beatに感じられてもホントは16だったらそれで良いんだけどさ。
もっとおおらか(大きい)ノリ(グルーヴ)が必要だったら、それじゃ細々余計な緻密感が出ちゃうからアカンのや。

だからそんな状況ではパワーは極普通以下で良くても、視覚的には妙に大袈裟な動作を許容するしかないん。
これが「奏でない」純粋なダンスだったら、そんな不似合or不格好な真似せんでも済むんだがね。

俺言い「奏でる制約」は一般人が思ってるより結構面倒で、奏者にしか分からなかったりするから厄介なのよ。
その根底には体験からすると速度とパワーの関係があって、特にDrumみたいに大柄な楽器だと世間想定とのズレ巾が大き目になってるんだ。

何を隠そう杜撰大王自身がかつては思いっきり勘違いしてて😓、少なくとも「程度」ってのを全然分かって無かったんだ。
楽器の中でも西洋由来のって、その大多数は基本設計が極端な位「速度反応型」になっててねえ。

にも拘わらず白人連中はオーバーアクションで大袈裟なアピールするのが主流だもんだから、こっちはついそれに騙されちゃっててな。
ってか大袈裟の理由を学べば、奴等は騙す気なんて毛頭無いのが分かるんだけどね。

要するに地域的に広大→人口密度低目→人と人との距離が遠目となりゃ、ゼスチャー1つにしてもこっちより明確じゃないと分かり難くなるやろ。
せやさかいオーバーアクションの根源理由は表現じゃなくて、言わば単なる遠距離対応だったんすよ。

それを知らないこっちのアホなディレクターとかがもっとアクションは大胆にとか指示しちまって、何の疑問も持たずにそうかそうせんと売れんのか伝わらんのか…ってアホかいな。
挙句の果てにお客の視線ゼロだったらチマチマ奏でて、当て振りの場合は1曲ギリで持つ位大袈裟に…ってワシャ呆れてモノも言われへんがな。

誰がどう語って様とも↑な誤認は論外だが、グルーヴとは音で他人を乗せるものと分かっただけでは根本解決には至らない。
当初は完全に映えを捨て、求める音で判断してかんと。

だがしかし案ずる無かれ本当にグルーヴを獲得出来てたら、視覚だけではぎこちない動作も音の強力なアシストが付くと様になって来るんだわ。
最終的には音楽を知らないor無興味な人には奇異に映っても、「乗れてる人」にはその動きがかいま見えるだけで鳴ってない音が聴こえた様なファンタジーすら起きるん。

でその音(ノリ)をスッカリ気に入った後には、それを醸し出す動作すら憧れの対象になって来たりするんよ。
それからするとグルーヴに関する映えに問題を抱えてるとしたら、音(ノリ)の方にこそ重大な難点があるからなんだな。

=終り=

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