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2024年6月22日 (土)

音楽備忘録1772 楽器業界の行く末③

トップバッターはエレキで、当時の人気ブランド順で提示してこう。
当時っつうからには今と勢力分布は大部違い、厳密には部分継承されてるがなんと最大ブランドが
消失してんのよ。

ここでは私感で全盛期を中心に語るんで、それ以前は極簡単に触れるに留めよう。
この私感とは一般的量産体制に入ったのが1970年代中頃で、乱立した弱小ブランドがある程度整理統合された時期だったんだ。

実際にはまだ廉価版分野では残っていたものの、それらは廉価版専門店等入手性が限られてたんだ。
その実態は雑誌にはたまに広告が出てても、大手楽器店へ行っても見当たらないって具合でね。

それ以前はメーカ直営店以外では、何処のでもそれ以降みたいに簡単に見かけたり試奏する事が一寸難しかったんだ。
で本題を続けると大体何処ででも見かける様になった中で、当時最も高頻度でモデルバリエーションも充実してたのがGreco(グレコ)ざんす。

尤もそのバリエーションの8〜9割はコピーモデルだったが、「GOシリーズ」ってオリジナルが登場したのよ。
当時の流行を大いに取り入れつつ海外名門よりは安く、出来栄え自体は中々頑張ってたんだけどさ。

だがデザインにしても音色にしても「ウチのサウンドはコレ」って個性が希薄で、良く言や簡単にFenderやGibsonの代用にはなったがね。
当時はまだ楽曲の新作が必ずしも動画じゃなかったんで、音だけ聴こえて「あっアレだ」みたいにならなかったのは中途半端っつうか消極的でビビりブランドな印象しか持てなかったな。

ブランドサイドでは最大公約数が量的に売れると思ったんだろうが、コピーモデルのせいぜい1/10でも売れたのかねって結果ですわ。
因みに当時は海外向けがあのIbanezとしてたが、そっちは形や色等にもう少し独自性を持たせられててさ。

結果的に輸出は成功して今の地位を築けたものの、国内向けはスッテンコロリンで知らん間に消失ですわ。
そうなった原因の内部事情はワシャ知らんが、国内だけ捕らぬ狸の皮算用したのがいけなかったんじゃないかな。

Beatlesの使用で世界的に有名になったって、Rickenbckerとかそれで消滅は免れたが昔も今も販量はたかが知れてるずら。
実際FenderやGibsonにしても長い年月を掛けて浸透してってて、レジェンド達のビンテージは今のリッケンより更に売れてなかった頃のヤツなんだぜ。

ってオッサン時代が違うったらそりゃまあそうだが、Piano系と比べたら絶対数では売れてねんだわ。
当りが出れば爆売れするには違いないが、売れても絶対数に限りがあるんだよ。

一般の多くの人には生活必需品なんかじゃないし、楽器の中でそれに近いのは教育や欧米では宗教現場でのニーズがある鍵盤。
にも拘らず高度成長期でイケイケどんどんだったが為に、つい甘い夢を見過ぎたんだろう。

ニッチ業界から脱却したいのは分かるが、決して必要とはしない人の方が多いのは普遍的なんだ。
で量販っても限りがあるならモノを言うのは、代替え不可な個性なんだ。

それが1つでも無い事には、楽器としての存在意義が損なわれるんすよ。
もう1つの誤算はコピーモデルが爆売れしたので、その主因が当時の庶民には本物が買えず仕方無くってのを忘れてたんだ。

-続く-

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