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2024年6月

2024年6月25日 (火)

音楽備忘録1775 過小評価で忘れられつつある人々⑰

本シリーズでの前提条件「グループ主軸で外部でも同等の活躍」から一寸逸脱になっちゃうけど、エレキGuitar演奏での現時点迄の最大貢献者はJeff Beckの自説を語らせて貰おう。
同意しない人が居ても全く無問題だし、各自の目標は誰だって一向に構わないんだけどさ。

他から圧倒的に掛離れたテク(表現力含む)があれば先ず目立つし、唯一実現可能な人としての価値は大きいよ。
けれども↑には奇抜さも付いて回ったりするんで、どんな曲・シチュエーションでも何時も使えるとは限らないんだ。

プチミスマッチ例としてMichael JacksonのBeat Itを再利用しちまうが、一度は良い方で取り上げたばかりなのにこれ如何に。
とまたもや矛盾の嵐が吹き荒ぶかの
様だが、厳密には「ハードさ」で若干難があったんだ。

Michaelは目一杯激しくと思ってVan Halen達に頼んだんだろうが、ソロと歌以外の全てがそれにしては妙に冷静っつうかスッキリしててさ。
もしかしたら人選よりMixやMasteringがタコだったか知らんけど、サウンドの流れを意識して聴くと一寸無理してる感が否めないんだよ。

こう云う風な状況は昔程大人数が携わらざるを得なかったのに、Jeff Beckの参加したのにはそんなのが一切見当らないんだよ。
今劣化本邦の世間一般評だと好みじゃないと奇抜な箇所とかだけの評価に留まってる様だが、その逆の部分でこそ彼は真価を発揮してたと思うんだ。

グループに関してはYardbirdsも長くないしその後はメンバーが流動的で、一般にはソロになってから才能開花みたいに感じられても仕方無かろう。
その上Y在籍当時は殆ど専念してたしで、それ故この項の前提条件からは外れてる。

けれど存在と名前は以前から知ってても、完全な後追いで初めて興味が湧いた杜撰大王みたいなケースも稀にあるんだ。
その立場からすると本質的な資質は殆ど変わっておらず、一面で周囲がシンプルだからより分かり易かったんだ。

何しろ後年になる程周囲がとんでもない凄腕ばかりになった結果、伴奏が高級じゃないと合わないと勘違いする人が多いんじゃないかな。
盟友Clapton等とコラボった時ゃ遠慮して弾いてるとか、良く聴き込むとそんな事は全然無いんだなぁ。

どうやら本人はまだ演ってない方をアルバムでは優先してただけで、変えた変わったつもりはサラサラ無さそうなんだよ。
唯オーソドックスなRockスタイルの人のオファーが少な目だっただけで、Mick jaguarのソロアルバムShe’s The Bossとかを聴きゃ分かると思うんだが…。

それと今の感覚じゃRock系は特に今劣化本邦のは寸分違わずが主流になってっけど、Jazzよりシンプルなだけで毎回何処かが違うって方が本来はよりRock的なのよぉ。
そうじゃなかったらあーた俺みたいな「地の人気」がほぼゼロの奴は、ノーチャンスになるからとっくにRockなんか辞めてらぁっての。

-つづく-

2024年6月24日 (月)

音楽備忘録1774 杜撰流不景気対策➓

誤認回避で久々に前回末部補遺で念押ししとくが、当時親友が求めたスタイルの都合で鍵盤からGuitarにシフトしたのは百も承知で御座居。
けれど彼が行き詰った原因に、この件が少しでも関係してたとしたら悔やみきれねんだ。

実利的な弦・皮の寿命は時間だけで計れないのと同様、憧れたスタイルと違っても却ってそれがオリジナルスタイルの構築にもなるざんしょ。
我々周辺では彼はオンリーワンでGuitarもかなり個性があったが、かと言ってそれだけで飯が食えそうと俺には思えなかったかな。

さて本題に戻って弦や皮だって音や見た目でもし判断か付かない時なら、経過時間を目安に交換するのはやぶさかじゃないよ。
それから一部お拘り氏の中には球の出力管を割と頻繁に交換する者もあるが、その行為が全て無駄っつう訳でもおまへんで。

が新品卸たての球の音が好きなんだとしたら、その過半はAmpのタイプがマッチしてない可能性が濃厚なんだ。
これは弦・皮も同様で、自身の理想より鮮度が低かったりBrightさが不足してるのかも知れない。

楽器の設計は極少数の例外を除き、消耗部のコンディションは一般平均に基づいている。
ので基本的に弦・皮は少なくとも慣らし完了以降を基準に音色調整がされており、新鮮さだけに忖度して他の部分を聴き洩らすと別の損失が少なくないんだ。

ので新品の初々しさを利用して無傷で居られるのは、せいぜい録音の一部に留めとくのが賢明なんす。
楽器以外に今劣化本邦では服飾・マイカー等で私的には行き過ぎ事例が多数散見されるが、確かに新品同様は美しいけどね。

僅かな曇りや傷程度で見劣りするってんなら、本来はデザインに問題があったんじゃね?。
直に触れないお飾りのと違って、実用品は多少消耗した状態の時間の方が新品より遥かに長い。

これ等は一面で刺身文化の弊害とも考えられ、グローバル観点に立てば常時刺身が可能な鮮度ってな特例なんよ。
故に少なくとも西洋文化発祥の実用品に、それを求めるのは厳しいだろうし一寸非現実的な訳さ。

杜撰君刺身は嫌い処か好物な方だけど、サラリーマンのスーツスタイルとか日本はちゃっかり借用してるでねえの。
体形のだらしなさを誤魔化すのにスーツは最適で、実用・常用品のデザイン例として秀逸な典型だからっしょ。

全てが美しくありたいと思う向きには一寸不都合かも知れんが、試合中のスポーツ選手だったらユニホームの汚れは寧ろ格好良く映ったりもする訳で。
要するに実用楽器をたった1枚の画像で捉えるのが間違いで、動画みたいに良い音を出してる時にどれ位映えるかが本当の勝負なんすわ。

本人の志向次第じゃ忌避事項って程にはならないけど、この件所詮はオプションレベルの域を逃れられないんだ。
ので特に予算が限られたならそんなのより悪評高い最廉価新品を、例え中古でも1つだけアップグレードする方が実益は遥かに大きいんだ。

=つづく=

2024年6月23日 (日)

音楽備忘録1773 肉体的グルーヴ考⓬

もっと気持ち良いノリをリズムをの追及心が足りなきゃオワコンだが、それを最終的に具現化してくれるのは奏者自身の肉体だ。
これで当初重要なのが体裁・映えより音で、両立させるのは音の後なのだ。

完成形では音と見た目は強力にリンクしてるし、その姿も表現したい音に対しては大体最適になるんだけどさ。
只「良い音が付いてて格好良く見える」ってぇのは、場合に依っちゃ音に依る絶大な釣り効果みたいなのもあるねん。

今劣化本邦では踊り(アクション)が妙に偏重されてて、先に見た目を整えようとする輩が横行しとる様だがね。
杜撰大王に言わせればそんなの音でグルーヴは出せませんと公言してるってなもんで、先にノレてなきゃ永遠に音自体には貢献してくれんのどす。

さてこの件で皆に再考して欲しいのが、過去達人達に居た所謂「踊り」は伴わないで極上グルーヴを紡いでた事例だ。
彼等の体の動きは俺言い「映え踊り」と比べると少々ぎこちなさがあったり、典型的な格好良いのとは少し異なる。

それで過去に疎い今劣化本邦では勘違いの元となってる様だが、本人にとっては全く無理なんかしてないし自然にそんなになってしまったもんなんだ。
確かに「奏でる作業」を抜きにしたらとても最善の動きじゃないが、それこそが踊れれば良いだけとは大違いなんすよ。

踊らされる人つまりお客さんと違って、奏者は「躍らせる音」を提供せなならんやろ。
理想としては奏者も含めそれでは皆さんご一緒にと行けりゃ尚良いが、こっち(奏者)は必要な作業が1つ多い。

その立場でもし優先しなきゃなんないとしたら、少なくとも休符時以外は「音の方」なんだよね。
そりゃ万に1つも踊りが超絶に上手きゃロクでもない音でも乗せられるかも知れんが、幾ら派手なパフォーマンスしたって「乗れない音」では今一お客はんは盛り上がれんの。

ダンサーじゃない大多数の聴衆が踊るにはその動機が必須で、それが心理的高揚とかなんすわ。
その高揚を導くのが乗れる音で、その気になれて無いのに煽られたって面倒がられるのが関の山。

因みに今だと演奏より踊りが上手な人もそこそこ居るんだろうけど、普段他人の曲で踊る時とは状況が違っとりゃあす。
その音源が劣悪だったら未だしも大抵は失点はしてないが、自らが出してる酷い音のタイミング分の損失があるからねえ。

踊りでそれを帳消しにしてお釣りが出るレベルに持ってけんと、お客はんには例えば良さげな踊りっぽいが何だかよくは分からんみたいな状態になってる訳だ。
百歩譲って踊りに自信があるなら下手な演奏を加えるのは無粋で、何の為にわざわざ無理して奏でてんのってな。😵

まあ今の流行じゃ視覚的映えが第一だし、ライバルが皆踊ってたりするとこっちもやんなきゃって強迫観念めいたのが湧いたりするだろうけどさ。
被せて効果があるのは同じ位の力量があったらで、それよか各自が自分達の最大の売りにもっと着目して磨くべきなんじゃないかな。

ひいてはそれがオリジナリティにも繋がるんだし。

=続く=

2024年6月22日 (土)

音楽備忘録1772 楽器業界の行く末③

トップバッターはエレキで、当時の人気ブランド順で提示してこう。
当時っつうからには今と勢力分布は大部違い、厳密には部分継承されてるがなんと最大ブランドが
消失してんのよ。

ここでは私感で全盛期を中心に語るんで、それ以前は極簡単に触れるに留めよう。
この私感とは一般的量産体制に入ったのが1970年代中頃で、乱立した弱小ブランドがある程度整理統合された時期だったんだ。

実際にはまだ廉価版分野では残っていたものの、それらは廉価版専門店等入手性が限られてたんだ。
その実態は雑誌にはたまに広告が出てても、大手楽器店へ行っても見当たらないって具合でね。

それ以前はメーカ直営店以外では、何処のでもそれ以降みたいに簡単に見かけたり試奏する事が一寸難しかったんだ。
で本題を続けると大体何処ででも見かける様になった中で、当時最も高頻度でモデルバリエーションも充実してたのがGreco(グレコ)ざんす。

尤もそのバリエーションの8〜9割はコピーモデルだったが、「GOシリーズ」ってオリジナルが登場したのよ。
当時の流行を大いに取り入れつつ海外名門よりは安く、出来栄え自体は中々頑張ってたんだけどさ。

だがデザインにしても音色にしても「ウチのサウンドはコレ」って個性が希薄で、良く言や簡単にFenderやGibsonの代用にはなったがね。
当時はまだ楽曲の新作が必ずしも動画じゃなかったんで、音だけ聴こえて「あっアレだ」みたいにならなかったのは中途半端っつうか消極的でビビりブランドな印象しか持てなかったな。

ブランドサイドでは最大公約数が量的に売れると思ったんだろうが、コピーモデルのせいぜい1/10でも売れたのかねって結果ですわ。
因みに当時は海外向けがあのIbanezとしてたが、そっちは形や色等にもう少し独自性を持たせられててさ。

結果的に輸出は成功して今の地位を築けたものの、国内向けはスッテンコロリンで知らん間に消失ですわ。
そうなった原因の内部事情はワシャ知らんが、国内だけ捕らぬ狸の皮算用したのがいけなかったんじゃないかな。

Beatlesの使用で世界的に有名になったって、Rickenbckerとかそれで消滅は免れたが昔も今も販量はたかが知れてるずら。
実際FenderやGibsonにしても長い年月を掛けて浸透してってて、レジェンド達のビンテージは今のリッケンより更に売れてなかった頃のヤツなんだぜ。

ってオッサン時代が違うったらそりゃまあそうだが、Piano系と比べたら絶対数では売れてねんだわ。
当りが出れば爆売れするには違いないが、売れても絶対数に限りがあるんだよ。

一般の多くの人には生活必需品なんかじゃないし、楽器の中でそれに近いのは教育や欧米では宗教現場でのニーズがある鍵盤。
にも拘らず高度成長期でイケイケどんどんだったが為に、つい甘い夢を見過ぎたんだろう。

ニッチ業界から脱却したいのは分かるが、決して必要とはしない人の方が多いのは普遍的なんだ。
で量販っても限りがあるならモノを言うのは、代替え不可な個性なんだ。

それが1つでも無い事には、楽器としての存在意義が損なわれるんすよ。
もう1つの誤算はコピーモデルが爆売れしたので、その主因が当時の庶民には本物が買えず仕方無くってのを忘れてたんだ。

-続く-

2024年6月21日 (金)

音楽備忘録1771 過小評価で忘れられつつある人々⑯

純粋な前回の続きとなるが、先ずは歴史背景の重要性について少し考えて貰おう。
例えば高速道路の時速100㎞走行、昭和40年頃と今じゃ殆ど別物なんだ。

現行モデルなら特殊用途に特化でもしてなきゃ軽でも出せないのは先ず無いが、当時は格上のファミリーカークラスでも際どいのがあったん。
そうでなくてもとても現代レベルの巡航とは程遠く、騒音・振動もとより安定性が歴然と劣ってたから出すのにかなり勇気が要ったんだ。

時速100㎞ったらその頃と今の新幹線の最高速のほぼ差で、 要するに比べる基準の他範囲迄全然違ったん。
それを加味すると今だと大した事無くなったClaptonの速弾きは、今以上に他の人と差があった事となる。

JazzやCountryでなら少し上回るのも既にあったが、単なる速度以上にRockの速弾きって定義すら定まって無かったんだからね。
これがどう云う意味かったら速弾き自体は出来ても、従前のJazz・Country等のとは明らかな違いが出せなかったら存在意義不足になり兼ねないんだ。


折角速く弾いてもそれでは他人にRockのと思われなかったり、音楽的効能も無くなるから新流行もしなくなる。
それじゃあ困るから速弾きと同時かそれ以上に、先ず使い所のアイデアが必須なんざます。

こうしたら絶対面白い→ほら見た事かの成立が先決で、変な話し物理的速度は必ずしもNo.1じゃなくても構わないんだ。
実際Van Halenの超速タッピングはエレキGuitarとしては当時絶句ものだったけど、ChopinのPiano曲とかで大昔から聴けた速度を凌駕する程じゃないでっせ。(フレーズも含め)

彼はPianoを習ってたからこそ、音的に(つまり聴者の耳が追従可能)実現性大いにありと思えたんだろうけどね。
無論最低限は実際弾けないと個人単独では提示出来ないが、それ位アイデアや概念の言わば「発明」がルネッサンスなんすよ。

となると現状からの距離感等が大きく響き、歪んでるのに美しいとか演奏内容が全て分かるとかが鍵だったん。
何しろエレキの意図的歪ませはFuzzから始まったんで、畳掛けて弾けば当初は混沌を表現するのにしか役立たなかったんだ。(何なのか分からんが何か凄そう程度)

もっと具体的に言やオモロイけどバッチイ感じで、1回聴いただけじゃほぼ同業者じゃないとちんぷんかんぷんでのぉ。
私的にはジミヘンの段階ではその域に留まってて(出現順では逆だが)、Fuzz利用で常時Claptonと同程度の明快度になったのはErnie Isley以降じゃないかな。

因みにジミヘンはワンランク上の奏力とアイデアがあったから何とかなってただけで、それも凄いけど少なくとも当時の素人や一見さんが楽に聴けた代物とはとても言えなかったで。
無論単に奏者力量としてはジミヘンの方が一枚上手と思ってるけど、それより彼は歌唱力・作編曲力等が過小評価されてるよ。

目立ったのはFuzzやアーミングだが、真に凄かったのはFuzz非依存の伴奏なんかじゃないかな。
Little Wingでは音色自体も大変美麗だが、普段よりかなり控え目な演奏で事足りたのはそもそも作曲・編曲レベルの恩恵なんだよね。

=つづく=

2024年6月20日 (木)

音楽備忘録1770 杜撰流不景気対策➒

ケチケチ作戦を2つ提示した処で、新品とノーマルと無理くり延命したのの得失に言及しときま。
所詮亜流でも意図的Lo-Fi(仕方無く必然なのもあるが💦)も表現手段の1つであり、それが成立するのは普通誰でも少しは高音質にしようとするからだ。

同様に特殊ニーズ無くば弦も皮もなるべく新しいとか、状態が良いのを使おうとするっしょ。
全てはニーズに左右されるが慣らしをしてない新品以外、一定範囲の状態がなるべく長く続く様に作られている。

けれど一般聴者には弦ならLine録り・皮なら超On Micの時位しか、新旧の明確な差は分からない事が多いん。
ってのはエレキだと前々回述!?その音色は弦のせいなのか、Ampその他のせいなのか中々釈然としないかんね。

しアコギにしてもPAを通さぬ本当の生音じゃないと、聴こえた音色の原因に他の
が増えちゃうからね。
そう云う「実質的」な面で弦や皮に新品若しくは好状態を必要とするのは、Ampその他では不足が出た場合限定なんすよ。

奏者の実感や意欲等には明らかに好状態の方が好ましいけど、例えばそのせいでLiveチケが¥500高くなったりするなら過半のお客さんは喜ばないさね。
とは言え限度ってのもあって切れてなきゃ破れてなきゃ良いってんでもねえが、比較的新しくったってコンディションが低下し過ぎてたらアウトっすわ。

それが奏者のせいで劣化が早かろうと製品不良か何かだろうと、理由不問で音が水準を下回れば駄目だよね。
なので楽器の交換可能な箇所って他分野の多くのと違って、期間とかより現時点の音で判断しないとサウンドクォリティが維持出来ないんだ。

故に他からの要望無くば自身の楽器の弦や皮の交換は、自身で設定したサウンドクォリティに従うのが何より正解なんすよ。
勿論設定が確定する迄は色んな事例を参考に試すべきだが、事故率等以外では時間はあんまり関係無いん。

プチ余談且つ大昔概述になるが今は亡き手脂が膨大だった親友は、新品に張替えて30分も経たない内に音が籠り出しててさ。
巻弦の隙間と巻弦と芯線の隙間に手脂がみっちり充満しちまうから、良く言って忽ちフラットワンドみたいになっちまう。

特例ではあるがその様なケースで音色を安定させ様とするなら、籠ってからを普通とするか超頻繁に手脂をアルコール等で除去し続けるしかない。
どっちも妥協を強いられる方策だが、手の皮膚の健康を保つには後者は少々リスキーだ。

し他人の楽器を借りて奏でる際に段々と音色が変わって困り…、こっちはそれが為だけで弦が新しい時ゃなるべく内心は貸したくなかった位だ。😓
体質の不利のせいとは可哀想なんで、流石に最後迄本当の理由は言わず隠し通したけどね。

そんな奴が18〜19の頃そこそこ頻繁に張替えてたのは、その当時録音もLiveも目白押しだったから結果的に唯々事故率低減だけの為に実施してたんだ。
この不利からすれば奴は鍵盤の方が上手い位だったから、そっちメインで行ってたら余計な苦労が無くてって今更乍らに思うよ。

=つづく=

2024年6月19日 (水)

音楽備忘録1769 肉体的グルーヴ考⓫

人が演るのに厳しい程速いのがグルーヴじゃないとは何ともご都合主義みたいだが、物理的速度だけに囚われて偏屈思考するからそうなるんだ。
やたら早いと人の鼓動との整合性や著しい聴き取り負担が生じるのが不味く、要するにそんなだと良い気分に水を差されるからなんだよ。

いきなりお下劣だがカレー好きがそれを堪能してる最中に、下痢の音なんかが聞えたらつい変にイメージがリンクしちゃってオエッってなったりするやんか。
或はレアステーキか中トロを食してる際に出血を伴う傷が目に入るとか…、悪趣味に過ぎるからもう止そう。

悪意皆無な偶然でも両者に何処か共通項が容易く見つかると、つい望まぬ想像力が勝手に発動して悩まされるパターンですわ。
テンポやリズムでこんなのを回避するには、何処かに安心出来る要素を常駐させとく必要がおま。

それにはせいぜい鼓動の½〜2,3倍速程度に抑えとかんと、自然体のままカウントするのが難しくなるさね。
さて打込み等完全機械生成の音楽では、恐らく当初はローテクのままで速度感を演出するのにテンポを極端に上げたのかな。(レコードやテープで間違えて早回した時の滑稽さとかも)

次には生演奏では不可そうな速さにして、機械の特質を使って非日常感を狙ったとか。
それも一利あったのは確かなんだが、飽く迄他の多くにそんなの無いって前提が必須なんすよ。

感覚・比較芸術たる音楽では物理速度なんて屁の河童…って程無力じゃないにしても、リスナーが楽に聴けて物理的に高速な領域はとっても限られてる。
それは大多数が遅さを感じなくなると追従困難な人が現れ、今度は充分余裕を与えりゃ全く速さを感じなくなる人が噴出するってな具合でね。

だいいち一番最初に演った人は良いが、次からはああアレと同じ速さねと慣れのせいで速度感はもう感じて貰えない。
残念乍ら21世紀以降今劣化本邦では歌詞に注力し過ぎたか生演奏を舐め過ぎたか、テンポを変えずに速度感を変えられるのを忘れた輩が多いらしいんだ。

これで一等問題なのは「肉体のテンポ」との乖離で、自然体でつい乗せられてまうリズムってのが失われた事だろう。
仮に脳内では爆速にどうにか追付けても、リアルの肉体の方はそうは行っとらんがね。

仮にⅡでそれが成立するとしたら幼稚園の掛けっこで、園児の平均速度がオリンピックメダリスト並に進化してるのが必要じゃないの。
でも現実はったら最速記録ですら、何十年経っても倍に伸びたりゃしとらんやんか。

不慣れだとコツを掴むのにそこそこ苦労させられるだろうが、先ずは「全く普通のテンポ」(♩=120)とかで速度感を可変出来るように目指すん。
或は言い換えれば「特に遅さは感じない」とか、退屈で飽きはしなそうを目指すだけでも良いんだ。

今後絶対生演奏をしないと決めたなら良いが、そうでないならこんなのが人力演奏の特権なんだ。
どんなに上手く行かなくても少しは違いを出せる筈で、万一全く同じだったらそれはそれで特殊能力保持者なのが判明したってもんよ。

=続く-

2024年6月18日 (火)

音楽備忘録1768 楽器業界の行く末②

ここから個別に論じるがその前に、恒例の前回補遺ざんす。
愚政府は言うまでも無いが近年子供と縁の無い人が増えたせいか、子供を産み育てる意義とか必要性を忘れた連中が多い様だ。

生物の種の保存・継承の原理に従えば、余程人余りにならない限り放棄したら大変だ。
今劣化本邦では既に老々介護等問題が噴出してるが、たまたま自分が今直面してないからって他人事にし過ぎてんだよ。

歩けなくなるとか起き上がれなくなるのって健康なら滅多にならないけど、一寸間違えりゃ誰でも明日はおろか今晩にもそうなる可能性が誰にでもあるんだ。
今はどんどん機械やAI等で代替えが可能化して来てるけど、もし遊んで暮らせたら親しい身内をホントに皆そんのなに任せたいんだろうか?。

年老いてより面倒になった老害君(俺なのけ?😢)なら兎も角、熱愛真っ最中のうら若き恋人なら出来る限り自身でケアしたいんじゃね。
でこの件との関係はったら子供に本物に触れさせ世界の一端を知らせるだが、日本の過去ではずっと民間の善意に丸投げ依存して来てたんだ。

昔語りで小僧を内緒で映画館の裏口からただで入れてやったなんてのがあるが如く、各分野が夫々自前で後進の育成をしてたんだ。
が世の中が世知辛くなったりコンプライアンスがどうのこうの、万一でも事故や怪我のリスクがあったら駄目等でそれが出来なくなっちまった。

ならば纏めて公共でそれを補填しなきゃいかんのだが、何しろ最悪の政府と金の亡者が威張れる有様じゃあね。
経済を中心に西欧の模倣をするなら、金持ち程真剣に社会貢献に精を出さなきゃ完コピじゃねえっての。

幾ら売れ行きが悪化したってったって有名メーカは俺より潤ってんだから、せめてその分は啓蒙活動をしなきゃドン詰まりになるんだよ。
にも拘わらず一般経済理論ばかりに媚びて、当座の自己の利益だけに走っては明日は来ねんだな。

さてこんな風になった経緯は割と他分野と似てはいるが、同じ轍を踏まぬ為にも何処で道を外れたかおさらいしときまひょ。
敗戦でそれ迄の歴史が一旦潰えた日本は、先ず兎に角諸外国へ追付こうと必死になりどうにか達成された。

があまりに猪突猛進で一部以外の者は考えが浅くなってしまった為、1980年代に入った処で油断しちゃったんだ。
電車では折角2軸台車連接車を成功させてたのに、それを軽視した挙句半ば放棄した。

後発の仏TGV等ではデフォルトスタンダード化してるが、源はと言えば国鉄→小田急の山本利三郎ってエンジニアが実用化したもんなんだよ。
その小田急すら一番人気のフラッグシップロマンスカーを引退させるんだから、本当に皆に乗って貰いたい気が失せたと俺は断定させて貰ってる。

では楽器業界はったらオリジナルモデルの普及・確立に失敗してて、巾広いユーザーの声に深く耳を傾けなかったからだ。
折角だから次回からこれについて少し深く掘ってくが、惜しい処まで行ってたのに粘りが足りなかったんだよなぁ。

-続く-

2024年6月17日 (月)

音楽備忘録1767 過小評価で忘れられつつある人々⑮

気になる音は絶対逃さない代わり人名・曲名確認は絶望的に甘い杜撰大王、こんな悪癖から抜け切れないのは当初聴ければ良い専だったから。
それもヲタが芽生えたのが幼児期だった等でより言葉・理屈不要、そんな暇あるならもっと音よこせだったからかなぁ。

昭和の幼児にとってソースはラジオかTVのみ、仮に大人にレコードをねだろうにも難しい名称や内容の説明なんて殆ど出来なかったからねえ。
それ故音としての記憶が記録として残せる迄にタイムラグを要し、未だエアチェックしたのに未解明のがそこそこある有様。

なので即座に提示出来る人は一通りとなった処で、普通の情報収集では解明出来なかった場合の方法を少し綴ってみよう。
ここでの普通情報収集とは個人単独の範囲を指し、やはり王道は時代無関係でヲタ氏を頼る事だ。

但しかつての俺みたいに未成熟だったりすると期待薄で、学問・文化・歴史等に興味の強い人が良い。
前者は興味の対象は掘れるだけ掘るが、僅かでも外れると途端に興味喪失となって見えててすら覚え様としない。

実際過去にこれでやらかしたのが数知れず、せめてメモだけでもしとけばと後悔先に立たずでがんす。
のが後者の場合ゴールへは辿り着けなくても、今後調べるべき領域が絞り込めたりするんだ。

のはターゲットの最低でも隣接してるの程度は記憶に留めてるからで、特に遡って掘ってるとその当時の普通からどの位革新的だったかも見えて来るん。
わ一旦置いといて調査領域が縮小するっつうのは、例えばA〜Cの内AとBはハッキリ違う等と判明するからだ。
違った以外のにしか可能性は残ってないから、完全なしらみつぶし捜索から逃れられる。(無論例外はあるが)

加えてある程度以上の範囲を概知の人って特に古いの程レーベルの個性を知ってて、この手があるとしたら多分○と△位しか無いなんて示唆を得られるんだ。
処がとても残念なのが今劣化本邦のベテラン聴き専の状況で、何処かの恥知らずと違い古い知識を晒けて加齢臭を漂わせるのを嫌い過ぎててね。

本当は貴重な情報を誰にも伝えないのが多く、どうせ新しぶったってすぐバレるのにさ。
ので洋楽に関しては英語圏の情報アクセスが欠かせなく面倒だが、それより深刻なのが自国の過去逸話等だ。

この事を分かって乍ら誠に申し訳ないが国産洋楽に当時は失望(今の方がもっとだが💦)してて、ネットが無くより入手困難な本国の情報収集に全集中してたんだ。
実は後から良いのもあったのを知ったんだけど、当時それ等はヲタ専用的扱いでクソガキには縁遠かったん。

その理由の1つにその類のは当時レベルでは過激な歌詞等が障害となって、日本語なだけに子供に迂闊に訊かせられなかったんだろう。
今再考すれば英詞の方がより露骨でダイレクトなのがあったんだが、何故か外国語だと刺激が緩和されるって誤認が世間にあったのよ。

=つづく=

2024年6月16日 (日)

音楽備忘録1766 杜撰流不景気対策➑

さてスピキンオリジナルビータってば格好の比較対象が居て、毎度お馴染みDrum講師の従兄ざんす。
ペダル本体の方は彼の場合レギュラー化してないが、ビータだけはほぼどのペダルでも継続使用中なんだ。

本人談に依れば音色の他素直な特性がレッスンに最適だそうで、数年前迄は俺からすればかなり頻繁に新品に交換してたよ。
それへ珍しくケチ付けなかったのはお下がりを頂戴してたからで、こっちにゃより
都合が良かったんだ。

んが増税や緊縮財政やらでか、1〜2年前から急に更新が止まってもうた。(当然お下がりも途絶😢)
変な自己弁護を喰らわすとスピキンでは速度反応型の最右翼なんで、摩耗の影響は小さ目なんだけどさ。

現代ペダルではあまり速度反応型じゃないから数倍の負の影響があり、以前のはやり過ぎとしてもスピキンよりゃビータ更新周期は短い方が良いんだけどね。
只強く押し付けて止めるのをしなければ、消耗も影響もそんなに酷くはならないんだ。

ここ迄既に2回出てる「速度反応型」ってのは、元々押し止め力があまり強くは出来ない構造でな。
それ故ビータ自体の仕様差を除けば、スピキンは打面皮もビータも消耗は遅い方なんだ。

貧な俺にはこれも最適なんだが、どうやら従兄は現代ペダルでも踏んだ結果をそれに近付けたらしくてね。
押し付け止めのタイトさでは元々スピキンオリジナルビータは不向きな方で、けれど真に瞬時に打面をミュートすると典型的なバスドラサウンドにはなり難い。

音色で選んだからには強烈押し付け止め奏法自体が奏者に合ってないから、交換周期延長はそれを改良した副産物だったのかも知れない。
但し比較的短期間で成立したのは従兄の豊富な経験と奏力あってこそなんで、ここからはビータだけでの総合コスパを掘ってみよう。

実は過去の修理でヒントは既に頂いてて、フェルトのみの交換可能な形状がこの点では有利だ。
それが古のSwiv-O-Maticのオリジナルビータで、角が丸められたプラの1面にだけフェルトが貼られてたアレだ。

今ではTAMAが全面的にその方向へシフトしてて、ビータヘッド(プラ製台座と打面フェルト部のみ)を交換部品として売ってるのは中々賢い商売の仕方だ。
音色案件をクリア可能なら家具用等の「唯のフェルト」って、入手性もコストも最も有利。

ので厚みが一様なフェルトを貼ってあるヤツでそこだけ貼り換えるのが、交換コストでもエコ観点でも恐らく最良だ。
それなりに理由はあっただろうが今迄のビータって、消耗・故障個所だけ取替えられない方が意地悪っつうか悪辣だったんだよ。

もしGuitar系の弦交換でブリッジとかナットを、
セットで交換を強要されたら皆黙ってらんないでしょ。
コレも北風と太陽話しの1つと数えられ、勇気を出して全部バラ売りした方がホントは将来のメーカの儲けだって増えるんじゃないかな。

=つづく=

2024年6月15日 (土)

音楽備忘録1765 肉体的グルーヴ考➓

多少脈動感は残ってもなるべく滑らかにならなきゃ駄目…、なんてまたぞろ揺り戻しみたいな事吠える杜撰大王。
その心は電気モータとかじゃないけど、生身のグルーヴはロボットダンスとちゃうからだ。

最初の比喩SLで考えてみると良く分かり、牽引力にムラがあってもずっとガクガクし乍ら走ったりしてないでしょ。
寧ろ昔電車が抵抗制御だった頃の加速中に、制御段数が少な目だとクックックッと注意するとかなり僅かだがショックがあったんだ。

SLの速度調節メカは全てバルブとかレバーでアナクロで曖昧だが、調整に段階は無かった。(つまり無段変速)
のが昔電車は少なくとも低速の内はハッキリ○△段と決まってたから、その間の加減が欲しくなっても無理だったんよ。

因みに鉄ヲタ布教側面からは○は直列・並列・界磁等で、△は数字が入る。
要はモータと電気回路の接続方法を変えたり、抵抗器を何個挿入するかを選べるだけだったん。(界磁はコイルタップと同等)

そう云や宅で未だ常用中の60年物の扇風機が2速しか選べなくて、低速だと一寸弱っちいが高速だと喧しくてどっちにするかで何時も悩まされてる…のはどうでも良いか。
無段階調節がお得意な今全盛のインバータならいざ知らず、昔の電気を伴う機械は折角どアナログの癖に人間より微調整は苦手で。

機械にしても反応のタイムラグがあったから、よっぽどその性質に熟達しないと中々制御し切れなかった。
人体でだって訓練が要るのは一緒なんだが今よりゃ程度差があったのと、曖昧な代わり感性を反映するのも不可じゃないんすよ。

但しそれには条件もあって、前述の如く心臓の鼓動と極端に乖離した速度域では難しくなる。
のわ感覚の段階で分析し切れなくなってるからで、やたら高速だとカウントするだけで精一杯でタイミング調整の余裕なんて消滅する。

だけどそれで良いのだ、実速が限定されるのを補うべくしてグルーヴがあるんだから。
音楽を聴く≒体感であるから、体感が遅きゃ幾ら実速が速くったってスピード感はにゃー。

全球160㎞超が放れてもその内慣れられちゃうが、70㎞の次にいきなり140㎞と倍速になったら中々感覚が追い付けない。
打者だったらそれで打ち辛くなるがリスナーは別に打ち返せる必要はなく、速さだけ感じられれば良い。

そのテンポやリズムでの緩急技の1つにグルーヴはあり、タイミングをリニアから意図的微妙に早めたり遅めたりして得てるんだ。
但しⅡで小節単位のテンポが変わったのが分かる程とか、曲全体の長さが明らかに変わるのはグルーヴでは無く楽譜にそれ用の記号・固有単語とかあるよね。

これは主にClassic時代迄に用いられた手法で時に大袈裟に聴こえたり、気楽に耳で音を追えなくなったりする弱点があった。
わ兎も角野球の「打てそうで打てない」に価するのがグルーヴで、テンポの早さだけで勢いを感じる程のはグルーヴとは別物なんだ。

-続く=

2024年6月14日 (金)

音楽備忘録1764 楽器業界の行く末①

業界貢献度が限りなく低い杜撰大王だが作って売ると使うの両方を知ってる処から、将来展望を一寸想像してみたい。
私的には現況の停滞に危機感を
覚えてて、他分野で既に起きてしまった様にこの国から消失しやしないかと心配なのだ。

例に依って一般論では関係無さそうな安楽椅子を、敢えて例に挙げてみよう。
って何の事ぁない今普段最も座ってるのがイタリア製の安物で、こいつがどう考えても本国じゃ鉄パイプの耐荷重が足りなさそうな代物でね。

パッと見は国産や他国のと何も違わないし、設計アイデアとデザインはそこそこ良かったんだけどさ。
少し前迄人生で最も肥えた10年間に、何度も鉄パが曲がったり折損したりしてオシャカになったんだ。

折角ビニールレザーの摩耗や経年劣化を我慢してたのに、フレームに逝かれられちゃ万事休す。
で何時もの如く修理や再利用を狙って調べてみた処、どうやら「鉄の質」に難があったらしいん。

要するに劣化著しい今の日本でさえ信じられん位、外見・肉厚・重量からは想像を絶する位脆弱でさ。
最近で似たのってば中華製のに少しあって、きっと成分配合とか製鋼プロセスで劣ってるんだろう。

この件にはヲタ度全開も思い当たる節があり、鉄道用最新の80㎏レールっつうのは現在日本のたった2社だけで全世界のニーズに答えてるんだと。
因みに80㎏ってのは1mあたりの重量で、従来の標準は50㎏程度だ。

素人考えでは唯太く大きく重くすればと思われがちだが、カーブに合わせて曲げても折れない様にするのが難しいらしいん。
他でも宅の車は約15年落ちの中古だが、そう云や大昔と違って屋根無ガレージにも拘らず未だサビは殆ど出てなかったっけ。

その他木材の加工技術のみならずそもそもの質だとか、今迄は大して気にしてなかったけど外国とは何時の間にかかなりの差になってたらしいん。
にも拘らず新自由主義なんて幻想と今からすれば期間限定だった円高期に、中小企業を過剰に冷遇したりで材料製造業をかなり海外にくれてやりやがった。

その結果折角円安になってもレールみたいな特殊なの以外、普通の鉄鋼や普通の木材の輸出は大して増えてない。
っと随分又遠回りな話しだがそれと楽器の関係はったら、普及価格帯の海外製へ日本の得意があまり活かされないって事なのよ。

人件費の高騰でかつては盛んだった米等の下請け製造も中韓等へ移り、実質的な精度は低下したにも拘らず為替の事情で日本では昔みたいに捨て値にはならない。
流石にPiano世界シェア1,2のヤマハとカワイは余程経営をしくじらなきゃ何とか残るだろうが、他は特にRockやPops向けのメーカはねえ。

かつての隆盛を肌で知ってる身からしたら、もう何時無くなってもおかしくない位元気が無い。
そうなって最も被害を被るのが音楽をやってる人達で、更には子供達全てに損失が及ぶのだ。

我々年寄りは手持ち生残りに延命を施したり、いざって時は過去体験の記憶を辿る術がある。
が未体験の者との分断を促進するばかりか、本物はこんな感じってのの「知る権利」が強奪されちまうんだよ。

-続く-

2024年6月13日 (木)

音楽備忘録1763 過小評価で忘れられつつある人々⑭

話しの流れで偶然Guitaristの提示になったのを、セコくも盗用する杜撰大王。
には違いないんだけど、それだけ量も含めるとこのテーマでは
Guitarはレジェンド認定が困難なんざます。

さて約束したVan Halenの証拠だが、アルバム5枚目Diver Down(’82)のBig Bad Billだ。
この曲はJazzの古いスタンダードのカバーで、ゲストにClarinetの実父を迎えて録ってる。

Bandのアルバムとしても例外的存在だろうし、彼のサウンドって実は元々巾は広い方だ。
とは言え敢えて彼独特な奏法は一切封印して、音色以上に当時の様式で弾いてるんだ。

カバー自体はDavid Lee Rothの強硬な意向で以前からずっと続いてるが、これ以外のは出だしは史実に忠実でも途中から独自ので盛り上げたりになってんだ。
実際本職のJoe Pass等と比べるとGuitarの出来栄えは凡庸で、パート単体では大して評価にも値しない。

が曲やアンサンブル全体に対しては的確な措置で、偶然か知らんが彼の真の伴奏力の凄さが暴露されてんだ。
俺個人の好みとしてはVan HalenやLukatherより前の時代の方が好みだが、前回述と併せ実は2人共下手すりゃ伴奏の方が達人なのを思い知ったんだ。

Clapton等だって良く聴くと中々だけど、その他大勢と比べて伴奏時でもかなり攻め込んでるのが異なるん。
Guitarでの私的伴奏神はJohnny WinterとCharだが、こちらはソロと伴奏での個性や使用テクがもっと近い。

のに対し↑の2人は結構落差のあるのが興味深く、ソロ時はほぼ使わない恐ろしく古典的な奏法も伴奏だとしれっとちゃっかり演ってやがるんだ。
それが何を齎すのってば曲調と伴奏の組合せがより豊富になり、それ迄聴かれなかった組合せなんかが実現してるのよ。

但し程度差はかなりあってLukatherには節度が感じられるが、Van Halenには限界が感じられない。
原因は恐らく所属グループでのカバーの有無にあると思われ、誰かさんのお陰で最初から想像を絶する守備範囲の広さが要求されたからなんじゃないかなぁ。

上記の如くRock黎明期はおろか、その前のJazzの初期の曲なんか演らなきゃなんないんだからねえ。
さて今回のは名前としては超有名人だが伴奏スキルについては、知ってる人の一体どれ位に認知されてるのかな。

私体験では世代・時代的にVan Halenを知らぬとか無評価の人は皆無だったけど、伴奏が凄い(≒曲が良い)からカバーしてみたいと言ってくる奴は今迄唯の1人も居らんかったがな。
等とこぼすのは俺個人では古くから伴奏だけでもコピーしたりしてて、結果的にソロの方が数曲しかマスター出来ねえでやんの。😓

尤もロクに弾けなかった最初の頃はまだ微かに残ってたRhythm Guitarとの自覚があったからで、そんな概念が見つからなかったら杜撰君だって気付けてないかも知れない。
呑み込みや成果が早い人だからって、必ずしもずっと続けたりプロになったりして行かないのはこんな処かもね。

-つづく-

2024年6月12日 (水)

音楽備忘録1762 杜撰流不景気対策➐

俺自身はずっと貧が続いてるから大きな変化はなく、勝負所が訪れた時だけ平時より交換基準を厳しくするタイプだ。
もう少し詳述するなら新品の音が必須の録音の際等で、それでも若い一時期は全力を注いで交換周期が短くなった事はあった。

但し↑の時期っつうのはオファーが連続的に輻輳してた時で、基準どうこうより実際に消耗量も多い時だったんだよね。
基本的に活動量・練習量共絶対値は体力に準じて低下してて、しかしかつてより要領が得られたのだってちったぁある…かなぁ。

それとは別で40過ぎ以降当初はメインGuitarのフレット摩耗を極小化・長寿命化する目的で、自衛隊の戦闘機じゃねえが練習器の制定が始まった。
これは余剰品を引き取った際その処遇を持て余した挙句なのと、標準的楽器から自分の奏力が遠のくのを防止する意図もあった。

から特にそれでは切れても継ぎ接ぎ可能なら何回かは継いで凌いで、本当に駄目にならん限りはやたらと交換を避けてんだ。
因みに杜撰流弦の継ぎ接ぎにも触れとくと宅ではエレキの場合、ブリッジ駒の頂点から切れるケースがとても多い。

個人的趣味で元々余剰弦長の切断は最低限としてて、理論上はあまり良くないがストリングポストに巻けるだけ巻いてたんだ。
その発端はってば巻き損ねた際や弦長を間違えた際、ギリギリにしといたら1回も使えずに廃棄になるのを恐れてだった。

わ兎も角上手く継げる様になれれば弦の「巻かれはしてたが弾いてない箇所」を使うだけだから、長く弾かれてた箇所より疲弊してないんだよね。
尤も巻弦(ワウンド)の元の巻加減や構造に依っちゃ、上手く行かない事もそこそこあるでよ。

但しⅡでケチはケチでも唯のケチに非ず、比較的両極端になったのは本番をより万全にする為でもあるん。
又楽器の正規の正常状態の把握が終ってれば、忘れない限りは却って悪条件な方が練習には良いんだ。

宅の現行練習器は偽Stratなんだがメイン器より少しスケールが長く、それに伴ってテンションも強めだ。
それ+ボロ弦でも大体弾けたとなりゃ、本チャン時の負荷は大抵軽くなる。

これが緊張対策とか本番時のマージンとなってくれ、実際確実性がそこそこ向上したんすよ。
一方太鼓では無遠慮に叩く口なんで皮もだが、今懸案化してるのがSpeedking(ペダル)のオリジナルビータだ。

概述の如くこヤツは音の良さも勿論だがそれは好みもあるから別として、皮の寿命が長くなる半面どんどん摩耗してっちまってね。
処がどっこい最大の犯人は為替相場だが、それを差し引いても年々高額化してんのよ。

多様化して数か出なくなった分、レジェンド化が進んだからって値上げしやがってけつからに。
貧としての対抗策として練習時は極限迄使い倒す決意を固めてて、なんと大凡フェルトの直径が半分程になる迄粘りに粘ってんだ。

そうでもせんと自身の演奏スタイルの都合上、3倍踏んで人並みより倍位消耗が早いんでさ。
常識や一般論に盲目に従ってたら、演りたいだけ演るなんて論外になっちゃうんだよ。😓

=つづく=

2024年6月11日 (火)

音楽備忘録1761 肉体的グルーヴ考➒

人が醸し出すグルーヴでは往復動作が最初の鍵だが、それだけだと全タイプの網羅には一寸遠い。
第2の鍵があってそれは往復動作から回転への変換なんだが、元が往復由来なのがミソなんだ。

SLに乗ってて脈動を感じる事なんて先ず無いが、電車のモータみたいに牽引力が安定してはいないんだ。
幾ら回転に最高効率で変換してもムラが残り、視覚化するなら真円じゃなく楕円って感じでね。

けどその楕円が音楽では却って好都合で、前回述のOneの位置が容易に分かるんだ。
もしずっと真円だったら、どのタイミングが小節頭なのか見当も付けられへんやろ。

視覚を伴ってたら一番手前に来た時とかで判別出来っけど、純粋な音じゃそんなの見えんからねえ。
それはもし打込みのチャートに縦線が無かったらってな感じで、頭から一々数えなきゃなんなくなるからえらいこっちゃで。

しかも休符の処は空欄になったりもするから、数えるの自体がこんがらがって又大変。
それ故楽譜では音の無い処も休符で記譜しとく訳で、音で言えば空ピックとかがそれに価する。

が何時も空ピックを入れられるとは限らんから、脈動感とかOneが無いと困るんだ。
わざと意図した場合はこの限りじゃないけど、奏者の合奏都合の他に聴者の都合だってあるですよ。

やはり普通は区切り等が明解な方が、純粋に楽しむだけの聴き方をするには欠かせないでしょ。
グルーヴって一般聴者にとっちゃ原理は分からなくても心地良いものであって、どんなアホにでも理屈抜きで感じだけで察知出来るべきもの。

それには誰が見ても(聴いても)同じ様に認知されなくては駄目で、あの一等ノッポな奴が先頭ってな按配が要求されんねんな。
その目的の為なら多少臭かろうとダサかろうと厭わずってなもんで、なるべくスマートな方が良いかも知れんがハッキリしなかったら一巻の終りなんすよ。

その点Click同期や打込みの安定感に慣れ過ぎてると、当初は癖が強過ぎて閉口するやも知れないね。
けれど何某か普通の機械では得られないタイミングの癖を、先ず許容する処から始めないと永遠に近付けないのさ。

となれば完成前には当然ギクシャク感があったり、妙ちくりんな癖が出て皆に疎まれたりするかも知れない。
でもそんな欠点を隠蔽せず素直に認めて、それを少しでも良い方向へ持ってく様じゃないと獲得出来ないんだ。

それ故これは完全な個人の自説だが、恥じらいや体裁を気にする者程苦労するみたいだね。
幾ら厚顔無恥っぽい杜撰大王にだって恥じらいが無かった訳じゃねえんだが、どうにも隠し切れない程酷かったから次なる手段を徹底追及するしかなかったんよ。

だから未だにフィットしない癖が顔を出した時ゃ、それなりに結構凹むんだぜ。
けど上述の如く他に方法が無いから、ジャストにならない邪道を無視してフィットさせる様にしてるんだ。

それからしたら自称グルーヴマスターだなんてのも、実際は苦肉の産物でしかないのかも知れない。
けど自分だけカッコ良いを少し諦めりゃ、皆で楽しめるからそれで良いのだ。

-続く-

2024年6月10日 (月)

音楽備忘録1760 音楽に於けるテクニックの意味⑳

鍵盤を弄れろったって苦手な人はどうすりゃ…、いやそんなちゃんとなんか弾ける必要は無いんだ。
そりゃ少しでも上達するに越した事はないけど、この件での目的はハーモニーの確認だからね。

それよか鍵盤を使えても厳しいのが、近接音や重複音だ。
尚且つ実際には極端な音色違い迄含まれるんだから、厳密にはリアルの試し録りが最適なんだけどさ。

因みに試し録りってもあんまりいい加減で、雰囲気が違ったりしたら駄目でっせ。
って事ぁ試しでも本気でやんなきゃとなるが、それで悪結果ばっか続くと嫌んなっちゃうよね。

そんな心身両面でのロスを減らすには理論も助けにはなるが、あらゆる和音を全把握するのは至難だ。
そもそも音楽って心理効果なんで、人次第で○○和音はセーフ・アウトと判定の分かれるのもあるんだ。

尚且つⅡで前後の和声との繋がり等にも左右されるし、意図的に不協和音を利用する事だってあるし。
なので杜撰大王的にはどうしても使いたいなんて時ゃ徹底的に掘り下げるとして、普段は大きな過ちの炙り出し程度と思ってんだ。

けれどその場の感覚だけで安易に行っちゃうと、後で思わぬ事故に遭ったりするんすよ。
和音(ハーモニー)って各音のバランスとかで恐ろしく異なる聴こえ方をしてくれちゃうから、何時もの練習で平気と思っても他所でLiveしたらギャーなんてのがあるん。

更には感覚や自アンサンブルではセーフでも、外注のストリングスが加わったら無理が出るなんてケースも考えられる。
なのでもっと皆にも冒険はして欲しいけれど、植村直己曰くの如く本当の冒険には周到な準備があってこそなんだ。

寧ろ和声確認手段が持ててないから、奴等はあんな稚拙なのばっか演ってると舐められてるかも知れない。
知識面に於いてClassicやJazzに対し学校等の不備の点で、Rockはどうしたって不利な傾向にある。

それを覆すには感覚的に色んなハーモニーがあるのをある程度は知る必要もあるが、確認手段をゲットとしといて補うのが近道だと感じてるんだ。
杜撰大王なんで数回目にしてもコードネームは中々覚えなかったりしてっけど、聴いてこんな感じのがあるんだと記憶するのは簡単ってか勝手に残ってたりする。

知識が足りないからって感覚的に掴んでるのに、それを放棄するのは勿体無いし折角の感覚をフイにしちまう。
体験的には知識豊富な人程凝ったコードは使えても、個性溢れる使い方は出来難くなってる傾向がみられる。

どっちでもいい箇所ではオサレな方を使えてる癖に、肝心な箇所が案外凡庸なんてのがね。
Jazzならそれでも構わんかも知れんが、Rockでは普通の箇所に過剰装飾なんか要らない。

ここぞって時に意表を突けるのは、感覚頼りで確認だけ自前で出来る状態の人なんじゃないかな。
尤も真の大天才なら幾ら学んでも、感覚を温存出来るのかも知れないけどさ。

感覚は一旦失うと戻し切れぬ恐れはあるし戻せても一苦労、もし損ねずに行ける方法があるなら…。
うーんもしかしたら既存の音楽の学びの方に欠陥があったのかな、何れにせよ余計な処で回り道するより新たなものをこしらえる方にリソースを割いた方がお得なんじゃね。

-つづく-

2024年6月 9日 (日)

音楽備忘録1759 過小評価で忘れられつつある人々⑬

続いては他のパート特にRock系でGuitaristの提示がまだなのは変だろうが、極少数を除き伴奏メインじゃない人は意外と質・量共にグループ内外で大活躍したのが居ないんだ。
有名度や印象では色々あったと思うだろうけど、解散宣言前でも実質グループが停止期間中だった等ホントにこの件での2刀流だったのとなるとねえ。

ってのもそれが可能な位なら3刀流はおろか、全く楽器も立場も不問で参加してたのが多いんだ。
Jazz系であればほぼアルバム毎に新メンバーなんてのも普通だし、数グループ同時在籍なんてのもザラなんだけどね。

ポピュラー系の中でRockは最もグループの独自性が売りとなると、主役を過半担う立場の人はその間は外で演り難いって側面が元からあるのさ。
んっまそれより何より有名人の電撃コラボは鳴り物入りで紹介されるから、一般論で地味なリズム隊みたいに注意してなくても向うから情報が勝手にやって来んねん。

その他で考えられるとしたら録る「トラックの長さと本数」の影響で、リズム隊の瞬間招請は滅多に起り得ない処かなぁ。
例えば至高のタッピングがどうでも欲しかったとしてもし健在だったならVan Halenを無理にでも呼ぶが、難度が下がるそれ以外の箇所は自前で頑張るとかね。

実例としてMichael JacksonのBeat It、Van Halenはほぼソロだけに対しSteve Lukatherは確か頭から終り迄入ってるっしょ。
更にはグループが別グループ所属のゲストを迎えると、パート被りの生じる確率が上がるからねえ。

ソリスト若しくはグループでもフルBand構成じゃなくてDrum・Bass担当が居なけりゃ、外注量が多くなる訳さ。
手前味噌の過去体験からしても趣味が共通の点で同パートは友人こそ多かったが、共演となると当たり前っちゃ当たり前だが殆ど他パートの人ばっかだったよ。

この上記の自然現象が「各パートだけにしか通用しない」価値観を悪出させてる可能性が濃厚で、ある種の浦島太郎増産群団でんがな。
杜撰君がキャリア途中からそうなるのが自然と回避出来たのは、奏者兼編曲家としてのオファーが多くなったからだ。

尚且つ可能なら作家としても食込みたい意欲が満々だったから、良い意味で自担当パートのナルシスエゴを自然と封殺する事になっただよ。
要するに自身個人パートの成績より曲やアンサンブルとしての成績を上げなきゃならんし上げたいしで、曲に効果が低いのは容赦無く切捨てられたんだ。

Van Halenが名声を獲得したのもキッカケは彼のバカテクだが、それを継続させられたり他ジャンルからも支持されたのは曲と編曲が原因なんだよ。
長くなるからその証拠は次回に綴るが、その曲では普段のスタイルを捨ててるっつうかなんと全く拘ってねんだ。

-つづく-

2024年6月 8日 (土)

音楽備忘録1758 杜撰流不景気対策➏

本来は全然不景気対策案件じゃないけど、消耗品の交換頻度・期間・程度について潜ってってみよう。
その内今回は表に出てて直に触れられる物限定として、電子・IT方面はこれが終わってからにしませう。

上記前者と後者の相違は目視判定・状態等の確認がし易いかどうかで、それ次第では一般論の寿命とはかなり異なるケースも少なくないん。
尤も舞台や録音最中のリスクを低減するには、世間に流通してる常識に従う方が安全だがね。

けど製品ムラやアクシデント等予測不能な障害もあるんで、より安全なのは弦や皮じゃなく楽器自体のスペアを用意しとくのが望ましい。
貧故のケチで無神経に近い杜撰大王とて、かつて遠隔地へ出向いてのLive時にはスペア用Guitarを友人に借りて迄持参したさね。

その時は備え万全なのに何も起こらずだったが、地方の町の公民館で周辺に楽器屋なんて当然無かったんだよ。
又別の状況では複数の楽器が使える状態で舞台上に設置されてたら、弦が切れたら鍵盤に移動すりゃ良いやなんてのも…。

上記は極例として非本番の普段とか期限の切迫してない宅録だと、杜撰君近年は切れる迄無交換な方が多い。
奏者本人には弦の新旧が音でも触感でも明らかに分かるが、本人以外では詳しい人とか直近に体感してるの以外は案外良くは分からないもんなんだ。

同じパートの人でもないと一々本体やAmpのツマミ位置をつぶさに観察してなかって、アコギでさえ弾き手の位置が紛らわしいと微妙なハンドミュートみたいなのはやってるかどうかでさ。
強いて俺知りでバレ易いのったらリッケンBassで、バカ正直なのか弦の状態迄律儀にその程度差を露骨に出しやがる。

私感では弦より太鼓の皮の方が状態差が表出し易いが、まっさらな時と破れる寸前以外は本人以外にはそんなに分かるもんでもない。
それより桁違いに影響するのがピッチで、単なる音程以外にチューニングが悪いのは多方面に影響があるんだ。

Pianoでは大胆に音色と音量が変わり、太鼓では共鳴がまるで別物みたいになっちまう。
無論音が変で状態如何では要交換な時もあるが、9割方は調整や微調整の方がイニシアチブを握ってるんだ。

その他に新品でも張り方の良否の影響も中々で、これ等を妥協し過ぎてたり一部を省略してたら結局は自己満でしかなくなったりすんねん。
と言いつつ億劫になって重々承知でもサボったりもしてるし、実際に音を出して大きな問題がなきゃ一切不問の時もあるけどな。😵

まあでも杜撰大王程酷ずぼらじゃなくても、ホントに必要な以上に交換しても結果的にはほぼ気休めにしかならないんよ。
奏者次第で拘りや気になる箇所は色々だろうけど、最低限各要素のバランスは考慮しとかんと実効性は損なわれるさね。

次回は電方面へ行く前に、身近な処での実例を提示しときま。
併せて過去と近年の比較も。

=つづく=

2024年6月 7日 (金)

音楽備忘録1757 肉体的グルーヴ考➑

一説に依れば日本人は1拍子が得意とか拍子が無くても平気だそうだが、グルーヴを出したきゃそれでは苦しい。
グルーヴには「周期」が必要で、間に拍が入ってないと多様な表現はし辛くなるん。

頭拍については米黒人の間で有名な「One」ってのがあって、小節の頭拍がハッキリしてないと合奏するのが気楽じゃなくなっちゃうんだ。
気楽じゃないと乗るよりか、合わせる方に神経を取られるからねえ。

因みにこのOneは主に8Beatや16Beatでの事だから、他の表拍が3つとか7つあるんだ。
ので頭拍との差別化が可能で、2拍子以下だとこの技は使えない。

でそれをHi-Hatで演る時ロキュモーション(ダブルストローク)を使うと、一々意識しなくても勝手に強弱が付いてくれるんだ。
弦の場合はアップダウンとか使う指を指定して、例えば表は親指で裏は人差し指でなんて按配でさ。

前者は片手だが一種の往復動作・後者は二足歩行と近似で、人体には割と都合の良いやり方だ。
もしムカデみたいに足が沢山あったら数小節程度なら、次々に送り出す事も出来たんだけどね。

そしたら打込み並に安定して滑らかだろうけど、ある意味2つしかない弱点を長所に変換したのがグルーヴなんだよ。
でⅡで裏拍の存在しない1拍子やOneと表拍が被る2拍子では、こう云う芸当自体が不可になる。

因みにⅡで2拍子以下でもそれを仮想4以上と捉えれば可能になるが、それをすると今度は2拍子以下固有の特徴が薄まる。
わ兎も角これ等からグルーヴには往復動作が大きな鍵を握ってるんだが、かと言って必ずしもシングルストロークで演ったら駄目って訳でもない。

尤も
の多くにはそれこそ裏があって、16Beatなのに殆どは表しか鳴らさないなんてのなんだ。
杜撰君に印象的だった例がAl Jackson Jr.のHi-Hatで、ダブルの時とシングルの時があったん。

最初は単に曲調やテンポの都合かと思ってたんだけど、自分でも叩いてみようとしたら真の理由が分かったんだ。
表面上はどっちも唯の8分音符のなんだが、シングルで演ってた方が実は曲が16Beatだったのよ。

杜撰大王ですから間抜けな話しかも知れんけど、全部表拍になるから余計な強弱等は付かない方が良いって訳。
勿論わざと曲のBeatより細かくとか大きくするケースもあるが、↑曲ではそうしといた方が他の箇所が断然叩き易かったよ。(っつうかダブルにしちゃぅと上手く叩けなかった)

そう云うのを除けば往復動作させてるのが多く、単に楽に奏でる他に強弱やグルーブの事情があったんだよ。
この件で分かり易いのが片手16Hi-Hatで、先ずシングルじゃ厳しいから打込んでみると良い。

元のにあったアダルトな雰囲気が消し飛んで、唯うるさいだけになるし大きなうねりみたいなのも無くなっちゃう。
のでかつてドラムマシンに打ち込む際は、面倒だけど裏拍の箇所を一々弱めたり音色を変えたりしてただよ。

尤もⅡで俺はグルーヴがあっても美味しいノリが出なきゃ満足しないが、それもグルーヴを得るのに大して苦労してない前提があっての事。
グルーヴ無くして良好なノリは得られず、グルーヴ獲得には往復動作がほぼ必須らしい。

=続く=

2024年6月 6日 (木)

音楽備忘録1756 音楽に於けるテクニックの意味⑲

曲の真のコード把握コツを提示するにあたり、その注意点を先に綴っとこう。
小編成Guitar BandやChorusグループ(死語!?:常設の歌い手が3人以上)で、特に見逃し易いんだ。

又感性の打込みでそこそこ行けちゃった人なんかは、楽器や楽譜に詳しくないケースも少なくないから微妙なんすよ。
無論知らなくても音が合ってりゃ構わないんだが、リアル演奏を実行する苦労っつうか過程が無いだけに自ずと確認時間がかなり短くなるんでさ。

例えば30回聴いたらもしかしてヤバいかなとなるのが、そこに至り難くなってるからねえ。
では徐々に本題へ入ってくけど、鍵となるのは「独りでなるべく全部の音」を出せる事。

該当箇所で鳴ってる音の把握から始まるが、個別箇所の確認目的であっても通常は歌を含めとくのがコツ1ずら。
本来当然である筈なんだけど、コードの個別確認って歌い手はあまりやらないんだよなぁ。

特に作・編曲をしないとかそれはやっても楽器演奏力の低い奴だと、自信は無いし手間も億劫がったりしてさ。
因みにマトモな歌手って白玉程度にしろ、一応自身で鍵盤鳴らせるの知ってまっか。

歌唱音程の修正にこの程度は必要だし、歌メロを考案するのにも必要なんざます。
作曲者を標榜する者で初期段階にはコード策定は他人依存も許すべきだが、何時迄も人にお願いするのも一寸無理があるねん。

同じメロでも複数のコードパターンがあるんで、延々それじゃないヤツお願いなんて言ってると終いにゃ呆れられる。
自身のイメージがメロだけで、後をどう料理されても文句無いんなら別だけどさ。

過半数ではきっと不明な伴奏らしきものが何か付いてた筈で、閃きは大事だがイメージを具体的に音にするのこそが作曲って作業なんすよ。
編曲でも同様で結果の良し悪しは別として、作業プロセスに問題があっては才能があってさえ宝の持ち腐れなんだ。

わ兎も角楽器と歌が比較的別物に聴こえる事も少なくないんで、つい楽器隊だけで構成しちまって合わなきゃ歌手にメロ変えろなんて横暴も…。
Rock等一部ジャンルではスタイル的格好良さの為に、楽器群の流れだってかなり大事なんだけどさ。

その場合「伴奏があるとメロを思い付く」誰かを連れて来るべきで、メロが先に出来ちゃって良さげな場合は弄っちゃいけねえよ。
それもこれも全体音で「合ってれば」の話しになるんで、そこを確認しないと先に進めても無駄になったりするん。

でその「合ってるか」論理的な裏を取るのに、真のコードを知るのが先決且つ必須なんざます。
万一鍵盤白玉が駄目だったら手間でも打込でみると良いが、打込みの無かった時代だったらもっと大変だったんだよ。

その方面の才能が有り余ってない限り、想像の領域で全部の音を同時一括で鳴らすのって究極に近い位ハードル高いんだ。
実はそんな才能を杜撰大王は持ち合わせてて、曲が浮かぶ際はいきなり全体像で来る事が多い。

そんな自信満々の杜撰君ですら、分析(確認)は鍵盤等でと尽くづく思ってるよ。
だって幾ら分かったってそうしないと、良否判定の方に全集中出来ないもん。

=つづく=

2024年6月 5日 (水)

音楽備忘録1755 過小評価で忘れられつつある人々⑫

万一何か想い出したら言及するとして、基本はDrummerの続きを行かせて頂きやす。
Bassistや他のパートでもつい失念・誤認が多いが、私感では今劣化本邦のDrum愛好者に特有の変な価値観が感じられる。

それは悪い意味での個別奏者だけで価値判定してる処で、それ故過去にはあんなに奉ったSteve Gaddすら今では過小評価になっとるがな。
その一因に「何処のSteve Gadd」なのかの欠落があると考えてて、この何処のっつうのは出生地とかじゃおまへんで。

確かにStuff(所属グループ)結成以前から活躍は始まってるが、奏法は別として例の独自音色を完成させ常用し出したのはStuff以降だ。
ってか他所様の処じゃ必ずしも自身の理想の音色に出来ない事も多いし、ビフォーS当時は音色に確固たるステータスもまだ無かったしね。

処でプチ知恵として過去達人の世間普及度合を知る一手に、模倣の多少ってのがあるで。
Gadd流行全盛時は猫も杓子も「タッタラコトン」、Porcaroの時は世界が一斉にDrumのオカズは「タタトン」になってたんだよ。

特に後者は技術的に低難度なんで、演歌や童謡とか常識では無縁な筈のジャンルでまで「今はこうだから」で前へ倣えだったずら。
又この方法には第2の効能があり、元祖の知名度は左程で無かっても音に証拠が残ってるんだ。

ので当時の日本のDrummerに支持があったのと判別し易く、これから外れてた人に
例えば世界的レジェンドには違い無いがVinnie Colaiuta等が居る。
尤も俺的にこの議題でそれを挙げる位ならRick Marottaが先ってなもんで、更にはグローバルで通用する鉄板ならEd Greenざます。

決してヲタの価値観にケチは付けないけど、そう云うのは個人奏者としての目標に留めとくのが相応しい。
千差万別個人の勝手とは言えニーズと違えば検討議題にならないし、今劣化本邦では真の貢献者・実力者に対する声があまりにも少ないから不公平だよ。

っつうか実世界でのバランスを見誤るのは確実で、人気だけ欲しかろうと実力だけ欲しかろうと基準が間違ってたらどっちでも損するよ。
さて余談から戻って上掲S氏P氏には他にも共通項があり、それは相棒の存在だ。

決して常時では無かったがP氏は前回述の通り、S氏ならGordon Edwards(Bassist)の存在は無視出来ない。
Gおじちゃんは一見無駄に強く弾いてるだけみたいで所謂バカテクにも縁が無いが、Fender系Bass指弾き最大の特徴をそれに依って極大化させてたんだ。

それはデフォルトセッティングで異例に弦とPUポールピースが近い為、タッチの再現性で他の追随を許さない事でごんす。
彼の活動全盛期の他人の作品で何だかやたらとBassが逞しいなと思ったら、真っ先に参加を調べるべきおじちゃんだ。

=つづく=

2024年6月 4日 (火)

音楽備忘録1754 杜撰流不景気対策➎

本来今劣化本邦の30年に渡る不景気は失政が根本原因だから、最大の不景気対策は全分野に於いて政権交代だ。
が袖の下等誘惑に負けた奴と無関心層が一定数居たからこの有様で、他人が絡む問題は個人での完全解決は不可能だ。

がⅡで個人レベルでの投資の仕方は他人に直接は左右されないんで、対処療法に過ぎないがこんなテーマで綴って来たん。
尤もバブル好景気当時でも失敗した人はかなり居て、バブルが弾けた途端破算した連中が居たのも想い出しておくんなまし。

景気がどうだろうと先を読み違えたり見通しが甘きゃ結果は殆ど同じ破綻で、強いて言や負債額が違う程度だ。
私的には破産は音楽活動に影響が出るから反対だが、その方面の勇者だったり気にしないってんなら強固に止めはしない。

但し経済以外でも破綻した場合予定が大幅に狂うとか、一定期間予想外の停滞を招いたりするのは確実だ。
その一端をマクロなので例示すれば、弦が切れたり皮が破けるのは予測は可能でも厳密には何時になるかは誰にも分からない。

例えば災害等が起きない平時でも、冠婚葬祭や懇意の人から突如クラファンのヘルプ要請とか来るかも知れない。
もっと言や車のタイヤがパンクしたとか、気持ち的にはありえない想定外の出費は突然やって来るんだ。

それは音楽以外でも音楽関係内部でも起きる事で、給料日迄後数日・昨日新品交換したばかりだから数日間は予備費ゼロでもなんてのはアテにならんのですよ。
尤もⅡで自然災害多発国に居るとそんなのが来りゃ、庶民レベルじゃ準備するにもどうせ限界があるんだけどね。

けど音楽自体への精神的ダメージには大抵は大差が出て、それは失敗に関係する近いのに携わる時程悪夢が蘇り易いんだ。
事が起こる迄は完全に忘れてたり意識圏外になってたのに、アクシデントに見舞われたら途端に頭を過るあの何とも忌々しい感覚。😖

たまにはと何時もの倍額のを買ってて切れたり破けたりすれば、気まぐれな冒険なんて封印しときゃ良かったと後悔したりさ。
まあそれもこれも人生だけどね、余程人間が出来てない限り最低でも内心少しは動揺もするさね。

実際あまりストイックに行くとそのストレス処理は大変になるんで惑わされるが、「金の掛かる自由」なんて本当の自由なんかじゃないのだ。
散財由来のストレスの甚大さが失念されれてて、商売上不都合な真実だから世間で大っぴらには語られてないだけ。

多くの依存症はこんなのが発端になってて、しかし杜撰君みたいな凡人には完全排除は無理筋だ。
でもだからこそ少しでも減らすべく、「金の掛からん楽しみ方」をなるべく多く見つけるのも1つの策なんだ。

俺の場合これがジャンクから機器の自作で、中々完全コストレスと迄は行かないんだけどね。
それでも価値があるのは元が「ゴミ」な処で、それに依って失敗リスクが殆どチャラになるんだよ。

捨てる前のお試しなら実質損失はほぼゼロだから、何の躊躇も無く冒険の旅に出られる。
それこそ無課金のネトゲみたいなもんで、少々手間は掛かるが接続料すら取られんがな。

=つづく=

2024年6月 3日 (月)

音楽備忘録1753 肉体的グルーヴ考➐

フォームチェック(姿勢)が整ったら、次に考えるべきはグルーヴの物理的成立条件だ。
ずうっとほぼ一定で続かせるとなると回転運動が思い浮かびそうだが、残念乍ら人体は殆どが往復動作で成り立ってる。

感覚的に往復より回転の方がフィットするのもあろうが、鉄道で言や動力がモータの電車よりピストンの蒸気機関車に近い。
弦楽器のピック弾き1つとっても誰かさんの風車奏法(本人はボウリングからアイデアを失敬したそうだが)以外、基本ダウン・アップの交互だ。

太鼓のバチでもcymbalをゆっくり連打する時等以外基本的には振り下ろし・振り上げしかなく、鍵盤に至っては言わずもがなだよね。
でも落胆する事ぁねえ俺が鉄ちゃんだからSL比喩したんじゃなく、往復を回転に変換する代表的メカニズムを持ってるからなんだ。

色んな乗り物ソングはあるけれど、ピストンのシュッポッポやレール継ぎ目のガタンゴトンをシミュレートしたのは鉄道ものだけ。
後は強いて言や船が波に揺すられるのかオール位で、そう云やあのバナナボートのリズムはゆったり漕いでる感じだったな。

グルーヴを無関係にしても速度や周期が急変するのだと、曲の頭から終り迄引用するのは困難だ。
その点ラリーやモトクロスを音楽化するのが最も至難で、目まぐるしく変化する感じは一定Beatではどうする事もでけん。

それに対しSLではそのものズバリLocomotionって名曲があるが如く、歌詞・リズム(Beat)はおろか踊りの振付けに至り出た当初からもう付いてやがった。
童謡にも日本でなら誰もが知ってる汽車ポッポがあり、昔の幼児は誰でも小さく前へ倣えに似た両腕を動かしてピストンの真似をしてたよな。

音(リズム)と人体動作の例としてはこれが典型で、万一それで上手く行かん人は一度SLを見に行って乗ってみとくれ。
それでももし駄目なら最強のリズム音痴だろうけど、だからって自転車の空気入れポンプが漕げないなんて事ぁないんじゃない?。(パワー不足を除く)

こんな時代にSL Beat自体はあまりお呼びじゃないんだろうが、グルーヴの登竜門としては具体的な絵面も明確なだけに外せない。
因みにこれが新幹線だと元祖に「はしれちょうとっきゅう」ってのがあったが、警笛のドップラー効果の模倣に留まってるよ。

それも断続的な登場で、SLの方が心臓の鼓動にマッチしてんだよね。
この件で最重要なのは鼓動は時代に拘らずほぼ普遍な処で、やれIT時代だの何だのと言った処で人間の内部構造はとってもクラシカルなままなんだよ。

=続く-

2024年6月 2日 (日)

音楽備忘録1752 音楽に於けるテクニックの意味⑱

これ迄綴って来た通り音楽に於けるテクニックの神髄は、作・編曲の中やそれに類する部分にあったのだ。
但し一般認識的には作・編曲とは大凡思えない様なマクロ部分にも含まれてて、それだからこそ才能の有無だけに縛られてないんすよ。

で上記と比べたら演奏技術は従で、フレーズの出来栄えが冴えない事にぁどんなに盛ってやってもたかが知れちゃうんだ。
だからって低く見てる訳じゃないが、どこから手を付けるべきかは明白なんだ。
例え人が驚く様な凄そうなのにならなくても、良いフレーズを思案するのはとっても大切。

その証拠の一旦として、過去に登場したジャンルで完全消滅してるのは少ない。(但しその時代固有の呼称は過去帳入りの場合あり)
又音楽や曲に役立つ演奏技術じゃないと、一過性のパフォーマンスになっちゃって多数の継続的フォロワーを得るのは難しくなるんじゃない。

と来た処で皆に問いたいのが、奏者オンリーでもどの程度編曲家の指示通りに奏でてるかだ。
ポピュラー系では小規模編成が多かったり、専業編曲家の居ないケースが多い。

実際私過去体験でも完全スコアを要求されたのは極稀だし、方向性や完成度を高めるアドバイスだけに留まったのが殆どだ。
それからすると各奏者に自パートの編曲はある程度任されてて、折角僅かでも与えられてる著作権についてどう思ってるのかな。(今劣化本邦の著作権ではガン無視と酷い状況にはあるが💦)

得意技で塗り固めて目立とうとする気持ちも分からなくないが、それが適用不可能な箇所はおざなりで平気なの?。
そんな箇所にこそ編曲視点はとっても重要だし、みすみす手放しては勿体無い事この上無いんすよ。

Classic・Jazz等のオケ団員でアドリブが無いなら兎も角、そんな時代の奏者習慣が一部に残っちまってるのかな。
極論吠えしちゃうならその意味で無才能を自覚してたなら、弾けても「弾くな」ってなもんだわさ。

だって試してみたら何か出来るかも知んないのに、編曲的フレーズの工夫を一切しないなんて。
正直この方面だって才能差は出てしまうが、随時頻吠えの如くそれは最終段階近くに到達してからなんざます。

然も無いプチフレーズ程度では基本条件の適合等が先ず先で、どんな天才だろうとバットが届かない様な悪球じゃマトモにぁ打てる訳ゃねえよってね。
或は誰も打てない程の威力があったって、全くストライクが取れないんじゃ仕方無いのと一緒でんがな。

こう云う粗相とか不注意の類の根絶が相当誰にでも大変なもんで、単純な演奏ミスよりなまじ分かり難い事が多いだけに問題なんざます。
不協和音は禁止とか厳しいルールがある時は未だしも、制約が少なかったり曲の該当箇所の「真のコード」に気づいてなかったりするとやらかし易いん。

処がGuitar Bandでは頻繁に省略系で奏でられてるから、案外これが紛らわしいんだ。
それには真のコードの把握が要点となるが、次回にそのコツを綴ろう。

=つづく-

2024年6月 1日 (土)

音楽備忘録1751 過小評価で忘れられつつある人々⑪

グループのBassistは他にも居るが一般への説得力に自信が無いんで、ここからはDrummerを提示して行こう。
私感ではDrummerが両方で成果を上げた最大派閥で、原因は奏者絶対数が他パートより少な目だからなのかな。

この方面で現時点迄での杜撰大王的絶対王者はお馴染みJeff Porcaroで、理由は生涯を通じて並行して演ってたからだ。
歌唱や作・編曲等も含めればRingoとAl Jacksonを筆頭にPhil Collins等の功績は大きいが、彼等の場合Drum以外の加点の多いのが含まれちまう。

参加した事で音楽全体が向上してるならホントは何処で貢献してても不問なんだが、演れる事が少ない人にとってそれは参考にならないので。
さてPorcaroがそうなったのに何やら人間力みたいなのがあったらしく、彼が加わってるとアンサンブル全体が何時もよりどうも活性化してたみたいなんだ。

前回述の如く単純にレジェンドが参加しても絶大な効果を得られぬ場合があり、それが全く起らなかった処が稀有なのだ。
しかも本人は普通の米白人なのに初期には黒人、後には国も違う黄色と組んですら何時もの調子で全体が活気に満ちるんだからこりゃてえへんだ。

レジェンドが来たら誰だって張り切ったりするもんだが、反面で少し方肘張ったり力み気味になったりしても珍しくない。
のがPorcaroだと何故かそうならなかった様で、それは自身主催のTotoでも殆ど変わらなかった。

まあTotoは全員が外注も並行して受けてたし、あっ私的には最も大事な人の事書き洩らしてたのを想い出した。
冒頭宣言早くも撤回して杜撰君の恥を差し置いてで
も提示したかったのは、初代BassistのDavid Hungateでやんす。

彼最大の特徴は曲に応じて指・ピック・スラップ(併用含む)と使い分けが出来た処で、それ故外部の他人とも合わせられまるで杜撰大王みたい(ホントは順番逆!?)。
最重要事項にも拘わらずずっと書き洩らしてたのは自己主張が弱い感じだったからで(他人のせいにするな💦)、俺以上に世間では余計過小評価が続いている様だ。

それと彼はジャンル・スタイルは不問でも相手はかなり慎重に選んでたみたいで、有名度を全く無視してたのも大きいかも知れない。
何れにしても一般的有名度と音楽的な実質貢献度はズレてるケースが多く、良好なサンプル程自らゲットする姿勢が無いと逃し易いんだ。

俺は杜撰君なだけにそんなには影響を受けてなさそうだが、日本の悪癖の1つレコードクレジットの無表記・未表記が未だ多分禍してるね。
かつてなんか過剰な主役忖度で、伴奏メンバーから酷いのになるとプロデューサすら非表示だで。

流石に作詞・作曲者位はレコードメディア本体のレーベルには載せてたりするものの、その場凌ぎの仮名だったりするんだからその方面の知り合いでも居なきゃ中々正体が分からない。
制作側に覆面要望等あったら仕方無いが、こう云う時だけ隠蔽しといて著作権も何もあったもんじゃねえわ。

-つづく-

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