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2024年5月17日 (金)

音楽備忘録1736 音楽に於けるテクニックの意味⑭

Synthe Bass今も時々普通に使われてるが、過去の名演みたいなのは影を潜めて久しい。
のは残念だが、恐らくはアナログSyntheをあまり使わないせいなんじゃないかな。(ここではデジタルバーチャルは一応除外)

決してデジタルを否定はしないが、音色の美麗さだけじゃBassパートにはなり切れんのどす。
小難し気なディテールより骨格的流れが・複雑さよりシンプルでもそそられるのが望まれるのも、全ては音域の低さからであろう。

処が面白い事にシンプルなラインになる程表現面の比重は重くなるもんで、僅かな強弱や音の長さの違いが俄然影響して来んの。(鍵盤タッチレスポンスに依る強弱とは少し別物)
その意味では最も鼻歌に近い存在とも看做せ、「○○な感じ」等はこの部分に左右されるん。

それ故適切なタイミングや音色変化等も厳し目に要求され、それには音源の変化巾が大きいの程向いている。
音楽自体には万能な生PianoもBassパートには不向きと思ってて、低域のファンダメンタルに対して倍音が多すぎるのもある。

が杜撰大王としてはそれより、音量と音色がリンクし過ぎてるのがアウトなんだ。
Classic等と違いホピュラー系では非リスニング環境下での聴取想定が必須なんで、マイルドにしたからって音量が激減しちゃあ都合が悪い。

この面で純粋な生楽器は用途が限定され、電気楽器以上の対応力が相応しいんだ。
なのでFolkも初期はウッドベースだったのが、エレキが主流になってったのにも流行以外に理由があったんだ。(但し一般向けポピュラーの場合)

さて音量(強弱)と音色を別に操縦するには、普段殆どので便利なタッチレスポンスは却って邪魔となる事が多い。
それ故ⅡでSynthe Bassの名演にはデジタルより、アナログの方が多くなるのは半ば必然かも知れない。

私体験でデジタルSyntheでBassパートを演った際、可能ならタッチレスポンスを敢えて殆ど殺してJoystick(又はWheel)での手加減をメインで使った事しか思い出せない。
更にはCrescendo・Decrescendoも折角のタッチレスポンスを使わず、無意識に出力ボリウムツマミで演ったりしてたよ。

コレ杜撰大王の場合はアナログ時代の習慣が出ただけなんだろうが、可能だから・楽だからって何時も何でも利用するのが最適・正解とは思えないんだ。
機能は有効活用出来るなら喜び勇んで使うけど、不要なら思い切って不使用とする勇気が今の時代に慣れてるとどうなのかな?。

超久々の鶏玉子話しだが音色はデジタルのも欲しくても、操縦面ではタッチレスポンスはあまりBassパートにゃ向いてねんじゃ…。
鍵盤指令でBassパートを鳴らすなら大抵は片手だけで足りるのが、他楽器より有利な箇所なんすよ。

管では口が弦では開放弦以外弦では両手が塞がり、鍵盤Bassでは必要とあらば古のマウスコントローラだって使えるのに勿体ねえ。
何て思うのは俺だけかな、知らんけど。

≣続≣

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