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2024年4月

2024年4月30日 (火)

音楽備忘録1719 過小評価で忘れられつつある人々③

今回紹介するのは今劣化本邦では思いっきりニッチな、1965年〜1974年に活躍したカナダのThe Guess Whoざます。
杜撰君自身最初に名前だけ訊いた時ゃ、あのThe Whoの偽物かなんてどんでもなイメージしか湧かなかってん。

それと昔はカナダってこっちじゃ何となく米と一緒の扱いだったから、特徴っつうか明確な違いも良く分からなかって。
実際大雑把な思考だとそんなに相違は無く、強いて言や米より若干地味程度の印象しか…。

けれども長く色々聴き続けて来ると、米の単純明快さや安易さは時に鼻に付く事もあるんだよねえ。
エンタテイメントの王道としちゃ今だって不動の存在なんだけど、近年のハリウッド映画と同じで普及品金太郎飴的「ネタバレ感」にはもう食傷気味なんだ。

ほんじゃ米なら全部そんなかってばそうでもなくて、少しだけマイナーだとかヲタ向けのにだったら中々良いのがあったんだ。
カナダの一部アーティストとThe Guess Whoは↑の部類で、メガヒットやそれに値する曲では一歩譲るものの捨て曲が無いって感じなんすわ。

貧な杜撰君の過去の供給元遍歴はFEN→FM→ネットラジオで、これの3つ目でアーティスト名や曲名を逃したのの探索をしてたんだ。
非効率極まり無いんだけど初心に帰って、ずっと録り続けて良さげなのだけ残して保存するって段取りでさ。

そしたら何故かThe Guess Whoのが幾つか貯まってて、後継のBachman–Turner Overdrive(BTO)には懐かしい聴き覚えのあるのなんかもね。
ってメンツ的にダブってるのはRandy Bachmanだけだが、連中に共通なのがパワフルだけどそれだけに走ってない処が一寸珍しいんだ。

実は何時もかなり柔軟な姿勢でおセンチなのもありゃメロウなのも、曲がそう云うのが出来ちゃったら平気でそのまま演っちまうとな。
尚且つ欧州調で真面目なThese Eyesもあれば、Bus Riderなんて変わった視点のひょうきんなのも。

そんな具合に内容的にはかなりイケてるのに評判が今一なのは、録音を中心としたサウンド外装が当時としても少し古かったせいなのかな。
聴き専には関係無いけど自分でも演った経験のある者にとって、近代的な過剰演出のサウンドって魅力的だが嘘臭いのが頂けねんだ。

今劣化本邦のJ-POPなんぞカワイイ系ガールズBandのDrumでも、かつてのAerosmithを凌ぐ様な音色に加工されてるなんて…。
Rock系だし若くて活きが良いにしたって、ゴリマッチョの兄ちゃんみたいな音にしちまったら折角の可愛さが目減りするだろがい。

わ兎も角現代標準からしたらThe Guess Whoのは、今では逆に行き過ぎになってもうてる。
尤もそれが大きく影響するのは初対面から10回程度迄で、源音がしっかりしてると気にならなくなったり忘れてたりするんすよ。

素人にはとても分かり難いだろうが例えばBONZOのフォルテシモだと、どんなにチープや逆に綺麗に録ろうと絶望的な破裂音みたいなのが何処かしらに残ってまう。
寧ろサウンドが残念で内容が良いのって、カバーするには絶好の獲物なんだよね。

-つづく-

2024年4月29日 (月)

音楽備忘録1718 今時真空管の得失⓯

今回の話題も性懲りもなく逆説的だが、球プリ管(電圧増幅管)の雑音の実態を綴っとこう。
俺自身昔は石→高集積度半導体となるにつれ、後発の方がローノイズだと誤認してたが…。

音楽で爆音を常用したり録音の経験値が重なってくと、案外進歩なんかしてなかったのが露呈したん。
普通の人が普通に体験出来る雑音の多少っつうと極最近は未だしも、やはりスピーカから聴こえて来る音だろう。

ではスピーカにはどの様な変遷があったかったら、一番変わったのは嘘みたいだが低能率化なんだ。(太古の昔よりは高いが)
尤もその理由は能率を無視した訳じゃなく、より音質(ワイドレンジ)や小型化を重要視したからなんだ。

現行のスピーカ方式では周波数特性と能率は、残念乍ら未だトレードオフな関係にある。
それに対し駆動Ampの方は石系の登場・進化に及んで、比較的簡単に欲しいだけの出力が獲得可能になったん。

その結果スピーカさんに求められる仕事が、能率より広い周波数特性に変わったんだ。
でその今昔平均能率差は凡そ10dB位あるんだが、それだけ変わると駆動Ampの静的雑音の聴こえもかなり影響を受けるだよ。

具体的にはかつてギリで聴こえた程度の雑音が聴き取れなくなるんだが、最新のD級パワーAmpで古典スピーカを駆動するのなんてあっても極稀やんか。
だから恰も劇的にノイズレベルが下がった様に感じられてるが、大出力PAで無音状態のスピーカへ耳を近付けると未だ立派にサーっと言ってまんねん。

それ以外の殆どは旧式のは旧式・現代的なのは現代的同士ので組んでんで、正確な比較を曖昧化させてんのよ。
そしてここ数回ちょくちょく漏らした如く、一般流通の多い球回路は負帰還量がどれもかなり少ない。

結果的に仮に音色は好ましくても「球はノイジー」の自然自動印象操作となってて、殆どの皆が誤認されられてるのさ。
自然自動なんて現行メーカに遠慮した言い草は俺の本音じゃ無く、杜撰思考の心の底では意図的不都合隠蔽と信じてる位だ。

現に大出力Bass Ampでは大抵石の方が静的ノイズが気になってて、Guitar Ampですらハッキリ石はローノイズと感じられたことは金輪際一度たりともねえでやんすよ。
更にはコンデンサMicのノイズについてコンデンサタイプだからダイナミックタイプより静的雑音があるのはどれも一緒だが、実際球だとノイジーって事は一切無いざます。

楽器AmpやコンデンサMicのヘッドアンプは、音質や音色の都合で最新の凝った複雑な回路は用い難い。
尚且つ球でもハイエンドオーディオの音に触れる機会が、一部ヲタ以外は普段は途絶してっからねえ。(かつてはオーディオショップの試聴室で比較的誰でも耳にするのが可能だった)

真実は回路方式や使用量が無制限だったら突き詰めてくと石の方が勝れるが、残念乍らそんなにすると音楽的には実用に耐えうる音にはならんのどす。
ホントに石で意義があるのは測定機器の高精度化等と、消費電力と究極の小型化には貢献してるがね。

ので少なくとも上手に使えたなら、球だからノイジーになったなんてのは都市伝説でしか無いんで御座居。
そもそも石系は電流増幅が球は電圧増幅が得意な性質で、近年進境著しいMOS-FETの登場で電圧増幅時の雑音性能がやっとこさ比較対象の範囲に入った位なんだ。

色々なコスト・サイズ・重量に大部差があるから石をデフォとしてただけで(それも大問題ではあるが)、全てで凌駕したからって訳じゃないんだ。

-つづく-

2024年4月28日 (日)

音楽備忘録1717 心理的グルーヴ考➎

ここ迄来て杜撰大王自身はノリに関し、心理なんて軽視して来たのを敢えて暴露しときま。
才能に恵まれたかほぼ無意識でも足りるだけ出せてたんで…、とは何て横柄なんでせう。

しかし仮に天賦の才があったとしても、やり方が不味かったら出なかった筈なんだ。
今更でその事後分析をしてみると、どうやら多数派の人と観点が違ったみたいなんよ。

たまたま過去に技術面での劣等感が甚大な環境に置かれたからか、自動自己防衛本能が発動して皆があまりやらない部分で勝負しようとしてたんだ。
それプラス元々は結構なKYと相まったか唯のアホだったか知らんが、10の内多数派が7読み取れる処を4位しか分からなかったんだ。

何しろ同調圧力最高の日本って読み至上主義で、実際の結果より先ず読めてるかが重視されてた私感があって。
でも近年に至ってそれってもしかして実現性が低いから或は殆ど放棄してるから、理屈として理解出来るかどうかへ行ってた様な気がしたん。

本来音楽なんて非担当者にとっちゃ、何かオモロきゃ良いだけのものに過ぎない。
一部ヲタが何々技法が駆使されててどうのこうのと語り合うのはご自由にだが、一般ピープル迄そんな捉え方をする必然性は全く無いんすよ。

にも拘わらず関係者同士の親睦を深めるのなんかにも、読み案件が過大に扱われてて。
腕利きの仲間を増やしたきゃ、俺言い理屈ヲタ語りが出来なきゃ見下すみたいな悪習慣が蔓延ってやがる。

これに対しオッサン以上は体裁を若者は舐められまいと、つい余計な方に精を出しちまうんだ。
それが嫌で機械力の向上もあって意図的孤立化する人も居て
、実際杜撰君も30〜50才頃はそんな傾向だったさ。

けれど他人からの直接的影響が足りないと、少なくとも杜撰君の場合は袋小路から脱出出来なくなってたん。
グルーヴ(ノリ)なんて原始的な魅力は、誰かにその場で評価されたりしないと物足りなくてね。

それを満たすには一面で「アホに程ウケる」みたいな傾向が拭えなく、絶大なアホ自覚がある俺でさえかなり葛藤があっただよ。
因みにこの「アホ」は自他共に天然の類のなんで、意図的演出したのなんかより心へのダメージは大きい。

それを超越する一手段として、無意識下の差別撤廃っつうのがある。
通常加齢と共により大人ウケを求めるのが自然かと思うが、全く子供にウケないのだったら感性芸術の世界ではトリプルプレーのアウトで即チェンジなんだよ。

奇特比喩だが差し詰め18禁のメカニズムみたいなもんで、自然の法則の則れば本質的には若い程性への好奇心が強い。
但し知らない内はそれと分からないから強さも不明瞭になるだけで、迂闊に目覚めさせたら暴走を止めるのはきっと性質の悪い痴漢より難しいんだ。

=つづく-

2024年4月27日 (土)

音楽備忘録1716 音楽に於けるテクニックの意味⑨

曲でもコードでも繋がらんのは駄目って当たり前だけど、かと言って定番繋ぎばっかじゃ飽きられる。
ので渋滞に合わずに済む抜け道・裏道みたいなのを探すんだが、そこに感覚的・絶対的な指標が無いのが苦しい。

杜撰大王も面倒でちゃんと学んでないが、細密に掘ればホントは理論が一応揃ってるんだ。
でも完璧に学び切るのは酷く大変だし、その為に理論重視してる内に感性が鈍ったらもっと困る。

ほいだら何を取っ掛りにすりゃと来て、メロかコードか得意な方から導き出せば…。
っと言っても普通単独メロには和声が無いし、コードの並びからメロを抽出するにはテンションノートに詳しくなきゃなんない。

そんな際足掛かりとなるのが対位法で、しかしここで要るのはガチのBachみたいなのじゃ無いんだ。
この手はWiki等を閲覧すると難しい文章のオンパレードが殆どだが、原始レベルでは「唯音が2つあるだけ」で良いんだよ。

つまりメロ主導の人ならハモりを1つだけ最初から付けてみるとか、コード主導の人だったら「2音のコード」と自分を錯覚させりゃ取敢えずは宜しいがな。
ってのを提案する裏に杜撰君にはある「コードへの思い込み」が御座居まして、全く根拠は無いのに何故か3音以上じゃないととつい思っちゃってたんだ。

理屈的には一応ルート・調の短長・テンションの有無の、3要素を確定させるのに必要だべ。
んでその思いは間違いじゃなかったんだが、調やテンションは進行やメロ次第で変動するもんなんだよね。

このコードだけは使いたいとかなら最初から指定しとくのも良いけど、そう云う時以外は却って制約を作ってたリスクがある訳っすよ。
自由っつう点で2声和音は万能な感じで、上下どっちをメロとしても↑後者2要素と考える事も可能なんだよ。

因みにルートを含めなかったのは他人に聴かせた際、通常低い方の音がルートに聴こえ易いからだ。
だからそれすらも自分内でイメージがあるなら、ルートレスの箇所が生じたって構やしない。

そんで毎度の自事後分析で何なんだけど、Bassのリフで歌を思案する状態なんかが正に上記になってたんだ。
普通経過音以外はルートを鳴らすもんだが、リフとなるとコードはGuitarその他に任せる場合も結構あるじゃん。

Rock系で一般的な最低必要編成のGuitarトリオの場合、特に歌のバックでGuitarに単弦弾きされるとアンサンブルが薄くなっちまうかんね。
かと言ってⅡで常に和音でリフ弾いたりするのは無理ゲーだしで、The Police・Johnny,Louis&Charを始めその手のがぎょうさん実在しますがな。

果ては杜撰君真似たねってそれもあるけど、過去にそんなんしてたのは単に担当がBass・Vocalだったから。
最初からそうしときゃ作るだけで、後から練習しなくても本番にそのまま行けて楽チンじゃん。😓

≢続≢

2024年4月26日 (金)

音楽備忘録1715 過小評価で忘れられつつある人々②

Three Dog Nightの2回目は、寄せ集めの悲哀に触れてこう。
って現役時には結構人気・知名度共そこそこあって、あの有名TV番組Sesame Streetにもゲストで呼ばれてたんじゃなかったかな。

そんなだったから当時は日本でも名前はそこそこ知られてたんだけど、曲のタイプが多様でこれぞ○○の曲みたいなのが無かったから後年埋没したらしい。
だが’69年〜’74年に掛けてBlack and Whiteを筆頭に、全米でBest 10圏内に9曲も送り込んでたんだからね。

時代の名曲・代表曲としても彼等を除外したらナンセンスで、聴き易く売れた他に案外政治も含めた社会的メッセージすらさり気に盛り込まれてたんだ。
恋愛テーマだったら比較的売り易いが、Popsとしても行けてテーマが色々ってな当時だって大変だったんだぜ。

の通り曲自体は王道Popsの範疇に見事に収まってたけど、サウンド的には結構Rock要素が強い方だったね。
杜撰君の記憶に残ったのは先ずは曲だけど、断片的なイメージとして大量に残ってるのが↑のサウンド面でな。

その典型がBlack and WhiteでこれはあんまRockじゃないが、イントロのメロ・曲全体を通しガレージBandみたいな当時としても立派なLo-Fi等々はとても独特だったよ。
人次第だろうが曲のインスピレーションとしては断片っつうのも結構バカになんなくて、前後無関係に応用出来るんだ。

ので中々貢献度も高かったんだが如何せん分裂症気味なのが祟って、後になってからこれも奴等のだったのねがまあ多い事。
そんな調子だから出逢いから一目は置いてたものの、その偉大さや全貌を把握出来たのはすっと後になってからだ。

因みに俺が評価してるのはオリジナルメンバーが過半数だった上記時期についてで、概述の他のも含め特記無き場合はそれ以外の時期は含めて無いからね。
何分齢の割にリアルタイムで聴いちゃってたもんだから耳にした当時の印象が強くって、つい時期に限定があったのを失念するのは許してたもれ。

それと俺は評論家とかの志向は全く無いんで、理解が浅いのにちょっち偉そうに語ってたりするのも勘弁な。
でもそれにも一応理由があって、こんなに物を知らん輩でも知ってたって処を漏らさず伝えときたいんだ。

今はネットがあるから調べりゃ大抵の事はある程度知れるけど、膨大なデータの何処から当たってきゃ良いのかが名前位知らないと判断が付かない。
そこでどうせならもっと全容を書けりゃ良かったが、不足の有無より知る知らないを兎に角優先する事にしたんだ。

結果的に一寸不親切であまり時代に合わない内容になってるかも知れないけど、ネットの有無を無視するとアーティストと代表曲名をインフォするのが古くから王道の紹介方法なんだ。
寧ろネットで懸念されるとしたら音とスペックが分離気味な処で、他人の事ぁ言えんが拙ブログでも滅多に音は聴けないっしょ。

正直な処著作権問題が弱小ブログには重く圧し掛かってて、本音では何時も音とセットで提示したいんだけどさ。
仕方無く色々語託の羅列に終始してるものの所謂文筆家では無いんで、調べればすぐ分かるのについては敢えて省略させて貰ってるんだ。

-つづく-

2024年4月25日 (木)

音楽備忘録1714 今時真空管の得失⓮

前回の流れから今回は敢えて石コンプ・リミッタの進展について触れるが、何時迄も単純動作のばかりなのはコストや調整がネックになってるんだろうか。
デジタルバーチャルのも普及して早10以上は経ってるってのに、何故か必要な進歩は止まってるんだよねえ。

杜撰大王的なその理由は「向いてない」からで、ゆがみは未だしも音色歪みから完全回避されられないからなんじゃないかな。
入力ソースに特定の傾向とかあったらそれなりの対応策もあるんだが、音色タイプ別にコンプ・リミッタも別のが要るなんて受入れ難いだろうしねえ。

今迄大抵は最少数の使い回しで賄って来てるし、マルチEffectorみたいに多用途には使えないしさ。
これ等が枷になるのは各パラメータのプリセット設定を難しめてるのと、随時マニュアル設定ではそのパラメータが大量になってしまう事。

こう云う件では過去にLEXICONのデジリバPCM45で、敢えてプリセットしか無い仕様にしてたとかがあった。
Reverbの方ではデジリバ以前のって「響かせる箇所」の都合から、どれも大して音色自体は変えられなかったから功を奏したのかな。

正直言うとコンプ・リミッタの設定は下手すりゃリバーヴに負けん位素人にはハードルが高いんだけど、大昔から自由に弄れるのが出ちゃってたからねえ。
結果現況ではプリセットが容認されるのはFairchild660・670位で、実際俺も音が分からないプリセット仕様は候補から外してたな。

しかしこの業界での体験が膨大になった後の今では、適切なプリセットだったら相当使えるのが分かったよ。
エレキGuitarの歪み系でMarshallがかなり一択化してるが如く、どれでもスイートスポットはそんなに多種多様じゃないんだ。(無論例外はあるがそんなのは普段使いには縁遠い)

百戦錬磨の技師が選択・設定すれば設定の自由度より、基本的な回路構成の方が重大な意味を持つんですわ。
こんだけサチュレーションやコンプ・リミッタの需要は増えてるってのに、球のパワーコンプレッションを誰も活用してみようとしないのは残念無念やがな。

自分も含めもう少しパワーコンプがリミッタに最適なのを、早期に大勢が気が付きゃ良かったんだげどさ。
グズクズしてる内にアナログ帯域用高圧トランスが、ニーズは減りぃの生産縮小で高騰&一層入手難になっちまった。

但し云十万以上の高額機種を作るなら、アナログフォトカプラと併せ何処か一社位は作って維持して欲しい。
ある程度の台数が出回って使って何年か経たん事にゃ、エレキAmp以外でのパワーコンプレッションってのの具体像が皆に見えやしない。

今劣化本邦で若者にバブル期のゴージャスさは年寄りのノスタルジーと誤認されるのも、当時の実体の紹介をマスメディアが意図的に避けてるからだ。
杜撰大王は悲しいかなバブルとは縁遠くて、周囲の隆盛と自分の貧とのコントラストが一寸キツかったけどな。

事実を隠蔽すると進化が鈍化するのは何でも一緒、百害あって一利無しですぜ旦那。

-つづく-

2024年4月24日 (水)

音楽備忘録1713 心理的グルーヴ考➍

身内に心理学者は居るが心理学に疎い杜撰大王なのに何故こんな切り口に挑んでるかったら、昭和の精神論とは決して混同して欲しくないからだ。
しかし現実に今もグルーヴと心理状態には、直結に近い関係があるんだよぉん。

もし無関係だとしたら慌てても寝ぼけても一定以上のキャリアを積んでたら、出音は殆ど何時でも同じになる筈だしょ。(勿論なるべく「バレない」様にはするが…)
っと又極端なのを引き合いにしちまったが、気持ちと出音がリンクレスだったら人力リアルで奏でる楽しみが殆どゼロになるんだからね。

尤も今劣化本邦では気持ちを音に乗せるのがどんどん下手くそになって行ってて、端的には体裁を気にし過ぎてるのがヤバいんだ。
実際ミスれば恥ずかしいし、程度の酷いのだと興醒めさせる事さえあるよ。

けれども魅力を犠牲にしてノーミスを標榜しても、滅多に機械みたいに予定通り事は運んでくれへん。
自分以外の音が全て機械のだったら、心を鬼にでもして挑めばまだ可能性はあるかも知らんけどな。

さて現代社会に辛うじてでもフィットしててグルーヴに悩んでるとしたら、当面は恥ずかしさをどう受け入れてくかが焦点となろう。
珍しく歯切れの悪い表現になったのは、単純に俺言い「恥センサ」をオフって図々しく演りゃ良い訳じゃないからだ。

それだと最初の内は狸寝入りに似た状態であっても、段々慣れた後に最低の末路しか無くなるからだ。
壺洗脳され既得権益に溺れ違法金だろうと度を越したエロだろうと、頑張れば正当化出来る筈と大間違いしてるどっかの政治屋みたいにさ。

ここで改めて人力リアル演奏の出来不出来を、些細なミスも全部カウントして精査してみよう。
楽器にアナログ(若しくはリアル)動作部が残ってる限り、仮に奏者が完璧でも楽器側でエラーが起きるのを完全排除は出来ない。

のを見れば悲観論に陥るしかないが、ならば達人の珠玉の名演はどうして成立してるのか。
予めミスやエラーが出るのを当然と覚悟して、その際に随時で柔軟な対応が出来てるからじゃね。

奏者が怪しくなった時ゃ楽器に助けて貰い、楽器にエラーが出たら奏者が補ったりと阿吽の呼吸の二人三脚で乗り切ってるんだよ。
鉄ちゃん的には「京急の逝っとけダイヤ」が思い起こされ、非常時には人間力も駆使して一刻も早いダイヤ正常化に即応させてんだ。

コンピュータだって事前データが全て入れてあったら万全なんだけど、全く予想外・想定外のトラブルのデータは入れとき様が無い。
人だってそれだけなら同じなんだけど、人間様には「勘」っつうのがおま。

音楽の場合「勘」はある程度「感覚」と置き換えても良い存在で、そこを鈍らせたり育成失敗したらグルーヴなんて出る訳ゃねえんすよ。
秒単位ならカウント出来てもそれ以下になって来ると、もう感覚でしかコントロール出来ないっしょ。

-つづく=

2024年4月23日 (火)

音楽備忘録1712 音楽に於けるテクニックの意味⑧

前回末尾が意地悪なクイズみたいになってたから、とっとと正解を発表しときまひょ。
無理なコード進行には流れを止めたり悪ワープさせる効能があるから、もしそうなってたらマトモな裏メロの追加なんて不可能っすよ。

万一音感に問題を抱えてたら、それすら明確には感知出来ない恐れもあるけどさ。
通常人には利き手・利き足がある様に、メロとコードのどっちにも完全無才能になってる事は先ず無いんだ。

手足ので言えば左右が完全に拮抗してると、非常時条件反射動作等が出来なくなって困るん。(どっちを出すか迷う)
訓練等を積んでけば近い方のを先になんてのも出来て来るが、無意識下で選択時間がゼロの時だってあるかんね。

当然才能自体の量的個人差はあるから、得意な方でアプローチしたって判定時間に結構な差は出るだろう。
でも幾ら粘っても分かんないとはならず、少なくとも間違って不得意アプローチをしてないか確かめた方がエエのんや。

寧ろ才能差が現れるのは「その後」で、ちょっちSな思考だが全プロセスを完遂して駄目だった時こそ無才能と宣言出来るってもんなんざんすよ。
ポピュラー系でのコード使いは年々逆行幼稚化してるみたいで、きっと上記の検証方法とかを試さなくなってるせいだと思うな。

どのジャンルにもコードの学びに弱点はあるんだけど、作曲にジャンル次第での難易度なんて本来は全く差はねえんですよ。
確かにベーシックな単独弾き語りをしようとすると、Rock・Country・Bluesは難いの押えなくて済むんだけどさ。

Classic・Jazzより「後」って事ぁ、複雑になり過ぎたコードを極力簡単にしただけなんだ。
例えばGuitarの中音域以上だけだとCに聴こえるのを、BassはAを鳴らして合わせればAm7
なんて常套手段を使って。

或はBeatlesみたいにテンションノートは極力Chorusに追いやって、楽器だけ聴くと普通のコードとかね。
これって各楽器のコードと曲のコードが、実は違ってましたって事なんですわ。

それを天才的なメロだからたまたまそうなったんだろ、なんて早合点したままにしてたら永遠に足元にも及べないぞなもし。
尤もちょっち追従者に意地悪なのは隠ぺいこそしてなくても、とても目立ち難い様には作られてるからねえ。

しかし奴等の目的は過剰装飾の一掃で、副産物として高難度テクなんか使わんでももっと色んな曲を演れるのの提示になったんだ。
何せRock前夜の名曲をそのまま演るには、先にかなり演奏力が要求される様になってたかんね。

皆に忘れて欲しくないのがココで、当時Rockを始めた連中は誰もがJazzやその名曲を概知だったんだ。
なので音楽的に幼稚な曲で構わないなんて全然思ってなく、唯演奏と聴感を単純化しただけなのさ。

考えてもみなはれ、何処も凄くも素晴らしくも無い物だったら誰が興味を惹きますかっての。
つまり演奏が単純になる分先輩のClassicやJazzより、寧ろ曲自体は良いのを作らなきゃって。

=続=

2024年4月22日 (月)

音楽備忘録1711 過小評価で忘れられつつある人々①

過去達人の発掘は何度目かだが、本シリーズではより評価の難しさのせいで半ば歴史の狭間に埋没しそうなのにスポットを浴びせてやろう。
今回初めは1960年代末から当時チャート常連になった、米のThree Dog Nightざます。

先ずこの1970年前後って少し特殊な時期でして、Beatlesの解散が多方面に渡って色んな影響を及ぼしたんだ。
シングル曲のチャートなら↑残党のソロ作が続いてたが、アルバムチャートでは4分割した訳だからね。

それで解散前迄はそこそこ良い線行ってたのに埋没気味だった連中が、Best10圏内に一気に浮上して来たんだよ。
尤も曲単位では名作はポツリポツリと評価されてたんだが、アーティストとしての知名度は実績の割に低いままだったん。

それは兎も角Three Dog Nightって色んな箇所で風変りで、俺が素直に受容れられたのは当時まだ子供だったからかも知んない。
奴等基本はRock系コーラスグループなんだが曲の扱いが非常に特殊で、外部の内容に比してまだ売れてない曲を積極的に発掘して作ってたんだ。

これがBeatlesでスッカリ流行てっ主流化したSelf Contained式じゃないのが仇になって、日本では不等低評価が続いてるらしい。
実際他所の職人の手を一切借りずに完成させる価値は揺るがないけど、一般聴者にもっと大切なのは聴いて良いかどうかだけなんだよなぁ。

ほいで今劣化本邦みたいに洋楽低偏差値状況に陥れば小林克也氏みたいな先生の存在は絶大で、世界を知りもしないで箱庭の中だけで凄いとか言ってるって外から見たらホンマアホやで。
勿論全部自前の価値を低く見てる訳でも無いし、そうしなきゃ得られないオリジナリティに人一倍興味は強い。

だから杜撰君自身も普段は全自前で熟してるんだが、そう演り続けてみるとSelf Containedって万能じゃないし固有の弱点があったのさ。
作者・演者が固定される故の狭さっつうのがあり、それが特に曲の多様性なんかにはかなりマイナス作用するんですわ。

悪い意味での俺が俺がになっちまうと、より優れた曲でも自前じゃないからと軽視する様な傾向に陥ったりね。
どんな天才だろうと今の時点に限定すりゃ、一番良い曲が自身のとは限らないのにさ。

のでPopsの王道的視野に立つなら、誰のだろうと構わんから一今番良い曲を求める方がホントは自然且つ素直な行為なんだよ。
少なくとも変な色が付いてない無垢な聴者ならそうなってる筈で、そういう人を相手にしたいなら手段なんて選ぶべきじゃないんだ。

実際その結果杜撰君の子供心には、Three Dog Nightの佳曲が多く記憶に残ってるんだ。
尤もあまりにもタイプの異なるのが多かったから、アレもコレも奴等のだったのかと思い知ったのはかなり後年になってからだったんだけどね。

=つづく=

2024年4月21日 (日)

音楽備忘録1710 今時真空管の得失⓭

前回は出力管を使ってるコンプ・リミッタを2つ提示したが、それだけで本当にパワーコンプレッションを利用してるとは言い切れない。
って何の事ぁ御座んせん、少々証拠を書き漏らしてまつたのスマソ。

自動録音レベル調整のだけ妙に自信ありげに書いたのは、スピーカからの音が割れる寸前で効き始めてたからなんだ。
ある意味正統派のリミッタで、それが歪まん限りは人が決めたレベルを弄らない設定というものなんざます。

今の音楽録音関係だとコンプとの相違が曖昧化してるけど日本の自動車のスピードリミッタは、例え速度違反でドライバーが捕まろうと180kmになる迄は知らんぷりだ。
近年の安全装備じゃ設定次第で、捕まらん速度迄に制限してくれるのが
あるか知らんがね。

もっと言えば電灯線のブレーカ(昔はFUSE)とか、言わば安全の為の最後の砦としてしか働かない。(漏電ブレーカを除く)
正直Fairchildの振舞いがどうなってるかは分からんが、あっちも元はラジオ送信での音割れ防護だから目的は同じだ。

但し音楽の場合レベルオーバーだけ防ぐんじゃ駄目で、音の流れを阻害せず音色もなるべく維持しなきゃなんないから面倒だ。
これを実現するのに音量を弄るだけでは役不足で、リアル楽器の音色変化の仕方が恰好のサンプルになったりするん。

生楽器でも飽和状態になると聴感歪みが少し検知されるが、そればかりか過去述フルートアンサンブルみたいに楽器単体では歪んでなくても混変調歪みを起こす事もある。
ので歪みを全て禁則事項とするのは行き過ぎなのと、論理歪みには音波波形の「ゆがみ」も含まれてる点に着目。

ゆがみだって過度になりゃ音色を改変しちゃうけど、純粋に歪み音色になるよりは遥かにマシだ。
これは一般音響理論には反してるが、それはオーディオでは音源に意図しない歪みは無い前提としてるからだ。

だが現実には制作過程では格闘が常で、そうなると歪みレスでゆがめられる方策を探る事となる。
処がこれが難題で何しろHi-Fiとは対極なんだから、現行音響装置の中から見つけるなんざ無理な注文だ。

その上これから使うとなると雨降りみたいに静的ノイズが多いとアカンし、となればある程度以上の出力のある出力管位しか候補にすらならないんだ。
では何故ある程度以上の出力のなのかってば、出力が大きい程静的雑音との落差が取れる可能性が高くなるからだ。

オペアンプICがローノイズに感じられるのは殆どの場合膨大な負帰還を掛けてるからで、裸特性だと増幅率こそ立派だが実は露骨にノイジーなのよ。
その面で低増幅率・高コスト故必要最低本数のが多い球回路は、実用上はかなり雑音面でも優れものなんだ。

負帰還量を増やそうにも増幅率が足りなくなるんで、雑音やリニアリティだけに忖度なんか出来ない。
確かに石よりゃノイジーだけど、そんな理想には遠い状況であの程度で済んでるんすよ。

音が不自然に硬くなるのを嫌って石でも低負帰還にすれば、素子単体ではチープなのが多いだけに球より劣っちゃうケースの方が多いんだ。
又人耳に対応させるには結構複雑なゆがみ変化の仕方が求められ、デジタルバーチャルではそこそこシミュレート可能な筈だが何故か誰も何処もやってない。

-つづくー-

2024年4月20日 (土)

音楽備忘録1709 心理的グルーヴ考➌

前回のは現代特有の事案とも看做せるが、体裁を気にするとグルーヴに大抵は悪影響しか及ぼさないのは不変。
そんで気にしてなくても体裁が崩れないのが打込みなんで、この点無加工だと最もグルーヴを出すのに向いてない。

にも拘らず今劣化本邦が唯の一定安定に走ったもう1つの原因として、昭和末期の若者が嫌うグルーヴなら沢山あったのが考えられる。
当時の俺自身民謡や演歌系とか大嫌いで、例え簡単に出せてもそんなグルーヴはお呼びじゃなかった。

だが今良く考察してみると癖が強過ぎたっつうか、リズムフェイクの登場頻度・箇所等がきっと気に入らないだけだったんだろう。(それ以外の音楽性や好みは別として)
こちとらノリはノリでも持続性のあるのを求めてたから、途中がダムだらけの川みたいなのは合わなかったんだ。

但し当時の新人類が求めてたのは物理的正確さじゃなくて、音楽的最適リズムでしたん。
何故って同じ符割やフレーズでも、そうなってると断然格好良く聴こえたからなんだよ。

言うなれば1960年代中頃から流行り出したBellbottom Jeansみたいなもんで、後年一時期に至っては恥ずかしさの象徴と化したけどな。😓
けど杜撰君昔から足太だったんでその方がまだ良くて、Slimとか履くと完全に岡っ引きの股引みたいで似合わないんだよん。😢

わ兎も角裾が広がってるかどうかだけの違いで、随分斬新で異なる印象を受けたもんだったん。
切り貼り修正でリニアに揃えるのを厚化粧とするならグルーヴはドヤ顔みたいなもんで、表情の工夫で映えUPをする様な作戦だ。

それ故単に良いグルーヴと言っても、中には癖強や下手すりゃ臭いのだってかなりあるんだよ。
上出民謡・演歌系の一部なんて正にこれで、通好みのクサヤ的存在だったんだ。

そう云った好み次第では合わん物も、自身では演らなくても全否定しちまうとグルーヴは半分死んじまうだよ。
何故なら大嫌いの対極に好きがある訳だから、望んでなくとも片方だけでもハッキリ分かる方がまだマシ。

最も致命的なのは不感症或は好き嫌いゼロの場合で、それは一種のリズム音痴なんじゃないかな。
けれど万一該当したからって、慌てて悲観する事なかれ。

その内の大多数は未体験が齎す無知って感じで、タイミング次第でどう違って聴こえるかに神経を向けりゃエエ。
今劣化本邦の昨今みたいに人力演奏でもClick強制矯正してっと、露骨に差の分かるのは僅少だ。

こればっかりは現時点では過去スタンダード名作のお世話にならざるを得ず、それがどうしても嫌ならグルーヴなんて概念から捨てちまえ。
少々投げ槍暴論だが、リズム無演出な打込みみたいなのがきっと体質に合ってるんだよ。

極論すりゃ「無いグルーヴ」もグルーヴの内で、色んなのがあるからどれもが活かされてるんよ。
杜撰君には有り難いBellbottomだって、腰に対して棒脚細さんにはそれしか無かったら不格好で地獄でんがな。

=つづく=

2024年4月19日 (金)

音楽備忘録1708 音楽に於けるテクニックの意味⑦

今回は内容の内コード進行に絞って進めるが、その前にメロの方が大事なのは念押ししとこう。
従兄等の私感に依りゃどうも今劣化本邦作には、無意味にコードだけ一寸凝ったのが多いそうなんでね。

但し杜撰大王としてはメロだけ作れりゃ良しとは考えてなく、それは歌や主旋律がお休みとなる箇所があるからだ。
とは言え凡庸なメロに従い凡庸なコードにならざるを得ない曲で、メロの影響が無いからって合わないのを差し挟むのは愚の骨頂だけどね。

だがそんな事をしれっとやらかす奴が居るって事ぁ、逆をやっちまう可能性だって同じ位考えられるんじゃないかな。
ほんでそんな曲の作りになってると、間奏等ももっとオモロくせいったって限界が低くならぁな。

尚且つこれが大きく響きそうなのがインストで、更に主旋律の登場率の低い曲ですよ。
歌や歌詞があればワードを目玉に据えて乗り切るのも可能だが、どっちも無い箇所では伴奏自体にある程度興味を湧かせられんと間が持たんがな。

もしや従兄にインスト作が少ないのはそのせいか分からんが、コード以外で間を持たせられるとしたら俗称裏メロだね。
杜撰大王の場合はメロ楽器も伴奏楽器も演ってる関係から、裏メロ程度なら無尽蔵に浮かぶんだけどさ。

日本ではソリストとサポータが割と分離気味なんで、裏メロ王は若干登場し難い背景がある気がするよ。
更にその裏には伴奏軽視の風潮があり折角機会が訪れても、充分目立てるだけ好きには演れないなら何もしないみたいな…。

この点に限っちゃ昔の演歌系なんかは高得点で、演歌嫌いの俺でさえかなり色々頂いたんだけどな。
わ兎も角オーケストラ系のイントロやキメ等ではほぼコードだけで成り立ってるのも少なくなく、それは器楽演奏での面白味からは欠かすとえらいこっちゃで。

私体験ではかつてのTVや映画音楽にそれは多く、毎度古くてスマンが鬼警部アイアンサイドのテーマで解説してくよ。
知名度の高いイントロ「ちゃっちゃらっ・ちゃちゃっ・ちゃー」はメロとしても良く出来てるが、それだけだったら特段奇抜さを有してるとは言い難い。

このメロに付く和声(ハモリorコード)が奇々怪々だからこそ、あんな風に聴こえてるんだよ。
作者Quincy Jonesはピアノで作ったか分からんが、実演時殆どの奏者はフルコードなんか出す必要が無い。

しハモりを1つづつ追加してったら、変態コードになってたやも知れぬ。
のでメロの積算からでもコードからでもどっちのアプローチでも構わんが、結果的に必要な際あんな状態が作れたら良いんだよ。

変態コードと奇抜進行から裏メロを編み出すのはとても高等ではあるが、誰かさんみたく和声のセンスがあってメロの才能に恵まれん奴にはそんな経路しか残ってねんだ。
只高等とは言っても俺言い自動法則があり、勝手に裏メロみたいに聴こえる位じゃないといけないけど

=続=

2024年4月18日 (木)

音楽備忘録1707 日常生活と音楽活動⑫

ここ迄様々な角度から日常生活と音楽活動を論じて来たが、知る限りの自体験以外も含めると誰にでも少なからず影響があると思われる。
人次第で度合いや箇所は千差万別だろうから断言は難しいけど、少なくともポピュラー系の範疇で居たいなら共存させるべきじゃないかな。

妄想や想像力に長けてる人でも最初の内は悪影響が無くても、長く続けてる内には僅かな綻びが全く気付かぬ内にほぼ全てを覆い尽くしてる可能性があるん。
まるでカルト洗脳に長年晒されて、正常な判断力を何時しか失くしてしまうみたいにさ。

杜撰大王は我儘だから普段の全てにはマイナスが大きいが、反面カルト耐性には優れてるらしいんだ。
モノホンカルト程じゃないけど新興宗教系の知人は古くから多い方で、中には俺様最大の弱点たるとんでもない美人から執拗な勧誘をされた事もあった。

でも結果は御覧の通りで…って見えないか、何等の特定宗教にも加わってないままだ。
その原因は上記の他に学位所持の研究者から、中高6年間「宗教学」を学問として叩き込まれたのも大きいかも。

今劣化本邦では親が何かの信者で無い限り、他国と比べると普段の生活と宗教の縁が弱過ぎる。
為に何教が以前に、そもそも宗教っつうのが何物なのか全然分かってない人が多いのよ。

幾ら私利私欲の塊でアホな壺議員共ってもある程度の学歴はある訳で、それなりにオツムが鍛えられてたのに何であんなに簡単に騙されて未だ気付けないか?。
杜撰君の上記への回答は宗教に無知過ぎたからで、内実はベタな美人局や枕営業にまんまと引っ掛かったのと同じですわ。

誰だって全然知らなきゃ初回は50%の確率で騙されるもんで、それと似た様な事が普通の日常生活と縁切りしてると起きる確率が爆上がりするねん。
当初呑んでも1日2本迄と決めてても、誰にも叱られないで居ると徐々に増えて来たりするのが人間の性。

或は叱られんでも一寸明日お米買いに行きたいから車出してよなんて乞われたら、少なくともその半日前位からは呑めやしなくなる。
呑みたい本人はその為に割高でも宅配にしようとしたりするが、同居人とかの全然呑めない奴からしたらそんなの容認しないからね。

こんな価値観の異なる人との共同作業って、アンサンブルを上手く導き纏めるスキルでもあるのさ。
何れにしても望まぬ価値観の変容を防ぐのに、必ずしもベストではなくても一般感覚を残し続けるのはとても重要なんだ。

例え全然優れてなく世俗的だったとしても、そんな普通も安定してたら比較時に何等かの基準にはなってくれる。
しかもそれが自分の中にあってありふれたものだったら、何時でも何処でも「あーそうだったな」と引き出せるから。

-おわり-

2024年4月17日 (水)

音楽備忘録1706 今時真空管の得失⓬

更なる余談の嵐で暴走しちまうが、意図的にパワーコンプを得る方法で1つ温めてる知遇があるんだ。
それが前回末筆の自動録音レベル調整(メーカ称ソニオマチック)で、良く考えてみたらFairchildのコンプ・リミッタと原理がほぼ同じだったんだ。

そこ迄分かってて何故まだ実現出来てないかってば、諸事情から部品が不揃いなんだよ。
取敢えずここ迄の顛末をまんまに綴ってみたいが、件の機種は1965年頃SONYから出てたTC-357だ。

後年電子回路部だけトランジスタ化され番号の後にAが付いたが、そっちは
強いて言やUrei 1176(Universal Audio)に似てるかな。
わ兎も角当時のカタログではご家庭用の上から2番目の位置付けで、世相を反映して所謂専用のリミッタ回路なんて採用されてねんだ。

高度成長期真っ只中の日本だと言っても、実際庶民はまだまだ貧しかったん。
って皆がそうだから当時全く実感は無かったが、家庭で冷房があるのは金持ちの応接間だけだったからね。(親父がまだ3等重役になる前なので当然我が家には未設)

って何か死語連発になってるが、専用回路を使わないでリミッタ動作させようと思うとそんな方法しか無かったんだ。
それは普通のテレコだからスピーカもその駆動Ampも内臓してて、出力トランスの2次側(出力側)で規定値を超えたら入力段の増幅率を下げるって仕組みでねえ。

因みに殆どどんなコンプ・リミッタでも音声出力は交流で増幅率制御には直流が要るが、当時コンデンサやダイオードが今とは比較にならない程高価だったから交直流変換が問題になってん。
結果どちらさんでも初期にはトランス次にアナログフォトカプラなんかを利用してて、専用のトランスなんぞコスト的に到底奢れんから元から付いてた出力トランスを利用してやんの。

因みにⅡで本家はスピーカを駆動しないのにトランスを使ってたのは、球の出力がハイインピーダンスでそれだけじゃ録音業界デフォのローインピ(600Ω平衡)に整合させられなかったから。
これ等には何れもキーワードとして球とトランスが遡上に上るが、世間の大半は出力管の事を忘れてるんだよ。

コレに着目したほぼ唯一の存在としてVOXのマルチEffectorがあったが、他社に波及しないのをみると球がパワー管じゃ無くて今一効果が弱かったのかな。(回路自体は電力増幅だがパワー不要だからと電圧増幅管で代用、当然コスト都合も)
何れにしてももっとこの部分に着目せん事にゃ、今以上の進展はリアルだろうとバーチャルだろうと難しいと思うな。

わ兎も角宅には1台しか無いからステレオ(2ch)で使えないが、伯母が偶然同一機を持ってて貰える事になった時はシメタと思ったんだ。
が製造ロットが違い出力トランスの仕様が違ってて、無残にも儚き夢と散っただよ。

未だ決して諦めちゃいねんだが、ある程度以上の性能と機能のトランスを買う予算が無くてさ。
ある程度以上の周波数特性と別巻き線が必須になるんだが、仕様は違えど提示2機にはどっちにもそれがあったんだ。

スピーカって当時もインピーダンスはもう8Ωが標準になってたから、そこからそのまま失敬すると電流は大量に余るが電圧がどうにも足りない。
電力=電圧×電流だから同じパワーなら、片方が増えりゃもう一方が減る。

そこで出力インピーダンス600Ωの別巻き線が追加されてて、そこから制御電圧を得てたんだ。
具体的な相違はその出力に倍の差があり、小さい方のリミッタの深さも半減してましてん。😢

-づづぐ-

2024年4月16日 (火)

音楽備忘録1705 心理的グルーヴ考➋

今劣化本邦は何でもマニュアルに従え余計な事を勝手にすんなだが、殊グルーヴに関しちゃそんなの全く通用しねえ。
何故ならある程度傾向や法則性はあっても、グルーヴにはマニュアルなんて存在しないからだ。

以前述だがSteve GaddやBONZOでお馴染み太鼓のオカズ「タッタラコトン」、打込みで正確なリズムにすると本家みたいなキレが全然出せねんだ。
これは物理的(時隔)正確さと音楽的正確さが不一致だからで、音程の方でも平均律と純正律があるのと同様だ。

私感ではあるがかつて日本のDrummer正確さではかなり平均が低く、元はと言えばそのせいでClick過依存に陥ってるのかな。
これは昭和時代の事だけど、ウチの従兄は早期からタッタラコトンのキレが良かったからさ。

まだ本当には上手じゃなかった(スンズレイ)のに、ティーンの頃からかなりオファーが多かったんだ。
当時のアマの半分は手順・音源違いとかしてても平気で信じてたし、それは分かってても本家とは全く異なるニュアンスしか出せないのが残りの4割位。

つまりコンテストで何かしら入賞する位の連中じゃないと、それと分かる様な叩き方が出来てなかったんだ。
まあ今みたいにネットなんか無かったから、仕方無いっちゃ仕方無い現象だったんだろうけど。

ほいで結局↑の過半数が是正されぬ内に、Click信者だから正確って訳の分かんねぇ変な宗教信者みたいなのが蔓延しやんの。
確かにタッタラコトンの筈がオンポーロロロンみたいになってた奴等にとっちゃ、タータタトトンと聴こえてもその方がマシだったがね。

だけどなぁ↑フレーズの神髄は絶妙なタイミングで、それが非成立だったら殆ど意味の無いオカズなんすよ。
なので要するにこのオカズ自体を練習するのには、メトロノームやClickに過依存しちゃいけねんだわさ。

許容範囲はこのオカズ箇所の前後でテンポが変わってないかとか、小節の全長が不用意に変動してないか止まりなん。
具体的にはピポポポ・タッタラコトンポ・ピポポポ・ピ…、ってな聴き方とか意識じゃないとねえ。

最終的に達人領域に到達出来るとグルーヴとClickの両立は可能だが、その手前迄はグルーヴは非Clickで練習しないとどんどん遠のくんや。
だから最初の内は又ズレただの何だのと、すこぶる評判は悪いでっせ。

でもそれに負けずに「いい感じ」を徹底追及し乍ら、徐々に物理的安定度を高めて行くんだよ。
これグルーヴを得点とすればズレは失点で、ミスの有無を取るか魅力の強度を取るかみたいな話しなんだ。

正確性だけなら昔の電話のベル何かでも持ってて、しかしそれは所謂音楽的なものではない。
嗜好品の音楽には先に魅力が必須で、その上で杜撰大王みたいにミスだらけで魅力半減なんかしない方がマシなのさ。😓

つまりⅡで当初はミスより魅力的かだけに気持ちが向いてないと、中々近付けないんすわ。
現代に於いてはこの心理は最早アブノーマル且つ亜流と言え、他の多くの色々ではそんなんしてたらどうにも通用しなくなってっからねえ。

-つづく-

2024年4月15日 (月)

音楽備忘録1704 音楽に於けるテクニックの意味⑥

前5回は分かり易さ観点から目視可能な奏法上のテクを綴ったが、実はあんなの氷山の一角にも満たないもんなんだ。
音楽(音)が目に見えないものの如く、それに有効なテクの主役は透明人間みたいな存在なんすよ。

じゃあ何なのよったら、和声・リズム等を始めとしたコンビネーション(編曲含む)こそ主軸なんだ。
秀逸なメロとか作曲にも源泉としての威力はあるし、それが足りなきゃどうしようもないのは確かなんだけどね。

例えばタッタタターのぉスッタッタとかテーテテテー・テテ・テテテテテーじゃ先ず分かる訳ないか、前者はズッコケシーンでよく使われるアレで後者はChopin葬送行進曲の主旋律ね。
みたいな世界認知度Maxのフレーズ自体は素晴らしいが、切り取り借用なだけにそれだけじゃ更なる発展性等は殆ど見込めない。

それは素材として秀逸なだけだし、刺身で食べるなら余計な調理は要らない。
ので最重要とは思ってても未知との遭遇みたいなもんで、そうゆうのに寧ろテクニックはお邪魔虫な方が多い。

強いて強弁するなら「惜しいメロ」にこそテクは必要で、単教科じゃなく3教科とかで受験を突破する様なもんさ。
ってのも全部が最高メロなら名曲になるかったら99%は否で、それじゃあ緩急が付けられなくなるんだよ。

杜撰大王の長文が分かり辛い(猛省)様に、一度にあれもこれもと来られちゃ処理し切れなくなるじゃん。
のでⅡでメロでもメイン以外は敢えて最良の脇役とする為に、良い所を極限迄限定したりする方が断然トータルでは好結果を招いたりするん。

なんて語っといて大抵は何か1つだけイケそうなのが出来たら、それを基に繋いで繋いで引っ張ってみたいな事の方が殆どだけどな。😵
わ兎も角最初から和声付きのメロが浮かばない限り、肉付けは必ず後からになるのだ。

入手した食材が鮮度都合で刺身不可な場合、煮るか焼くかどう料理するか考えなきゃなんなくなるのと一緒。
弾ける編曲家が弾き乍ら思案するケースはあるだろうが、どっちへ振るか方向性位は先に設定しないと進めない。

その場面でものを言うのが進行や和声のテク(知識)で、知識っても理屈じゃなくて感性でも構わない。
けどアイデアゼロでは迷走に陥る事が多く、そのアイデアも実現性ゼロのだったら役立たないんだ。

アイデアを具現化する才能を完璧に持ってたらあまり要らんが、滅多にそんなケースは無いから技術に依るアシストが欠かせないのよ。
これこそが杜撰君が思う音楽で最大のテクで、それと比べたら単なる演奏技術なんて足元にも及びませんって。

なんて言うと少々高度で難解だが、要は「面白いをなるべく早く見つける」手段なんすわ。
その点Classicや特にJazzの人は本来ライブラリが豊富なんだが、↑意識が希薄だと折角のスキルも宝の持ち腐れになってるのが残念乍ら結構少なくないな。

かつてはあんなに名作だらけだったそれ等が、後発ジャンル誕生以降に生み出し辛くなったのは恐らくこれが原因だろう。
わ兎も角Ⅱで次回は、徐々に具体内容に潜入してくべ。

-続-

2024年4月14日 (日)

音楽備忘録1703 日常生活と音楽活動⑪

今回は慢性疾患や中毒に言及するが、かつては杜撰大王を筆頭に貧マイナーには殆ど無縁だと思ってた。
のがいざ40年後になってみると、判明してる範囲で今ん処無事なのは俺だけらしくて動揺が隠せない。

っつうのも気は最強でも肉体的には仲間内で、体力やスタミナ面ではずっと最弱と感じてたからなんだ。
普段は殆ど意識してないけど、何しろ小学校低学年迄は虚弱・病弱で散々だったからねえ。

なのでヤバさが到来するとしたら俺が先頭と予測してたのに、それとは真逆に近い現実が何ともやるせない。
病弱な奴程意外と長生きなんて囁かれてるのも知らなかないが、カウント開始時のHPは弱者程少ないんだから何か裏がありそうだ。

そんな思考で振り返ってみると、どうも危機感知に差があったのではと推測出来るん。
こっちは常時最低限の燃料しか入ってない車で、ガス欠に怯え乍らちょくちょく残量と燃費計算をしてる。

と例えれば満タンで出発してると問題になる事が少ない代わり、燃料残量が殆ど無視になっちゃってるのかな。
勿論不意の不具合が起こらなきゃそれで平気なんだけど、何処かに穴が開いて漏れてたりしたら発見が遅れる可能性がある。

しかも不測の事態が起きる迄何の心配も無かったから、多少の異変にも必要より軽く対応しちまうかも。
それプラス非赤貧だと余裕から加減が効くんで、悪状況を覆せる術は多くなる。

要するに過信してた訳じゃなくてもまだ大丈夫と先送りしてる内に、気付いたら手遅れになってたんじゃないかな。
これは癌等でありがちだが、初期症状の軽いの程陥り易いのは確かだ。

今身近な者に自覚があって手遅れのアル中も居るが、問題なのは本人は無自覚で他人目線で客観視すると疑惑濃厚な人がとっても心配だ。
今劣化本邦では麻薬には神経質でもアルコールには世間は驚く程鈍感で、昔から酒に溺れて自滅する奴は絶えなかったにしても一寸尋常じゃない。

明確に人生を捨てた者ならいざ知らず、いじけつつも明日を見据えてて簡単に嵌ったんじゃ堪ったもんじゃおまへんで。
全数統計を出せたならリスクが周知する程、○○中毒に陥る人は減ってく筈なんだ。

中には該当しない者も居るだろうが無理に路上喫煙するよか、今なら過去に存在しなかった何か新種のお菓子でも口にする手が増えてるじゃん。
喫煙者の俺がもしそんな気持ちになったとしたら、即座にタバコ辞めますよ。

只恐ろしいのは好みを変容させるだけじゃなく、「神経を歪曲させる」麻薬や酒の場合はそれだけじゃ済まない。
客観的判断力を段々と喪失してくんで、そもそもヤバいかもと思わなくなっちゃうんだよ。

この面からは常に嗜好が一致してる人だけで集うのは危険で、酒好きでも全く呑めない友人1人位は作っといて定期的に合うと良いんだ。
但し何時もそいつに車の運転を任せてる様じゃ駄目で、変わりばんこにハンドルを握らんとね。

-つづく-

2024年4月13日 (土)

音楽備忘録1702 今時真空管の得失⓫

今日はかなり大回りになっちまうが、音楽での人間の感覚について触れとこう。
オーディオがリニアに拘った源泉は、演奏されたままを再現しようとしたからだったよねえ。

それがかつては色々とあまりに足りなかったから、先ず物理的な損失を減らせば良くなるんじゃと考えたと。
実際途中迄はそれで行けてたんだが、一寸「機械だけの立場」に引き籠っちまったかな。

一定段階を超えたら従前より実在空間での音の振舞いとか、人耳の性質や感覚にももっと目を向けなきゃ意味無かったんだわさ。
処が人体や人間の感覚の研究がオーディオより遅れたか商魂に走った結果か、一体であるべきものが分離独立して勝手な進化をし出しちまった。

結果杜撰流論法では巷の人々が爆音御免で難聴も恐れないか、所謂○○警察ばりに昼間の幼稚園の子供の声さえやたら迷惑がる様なのに2極化しとる様だ。
この現象言わば爆音カルトに毒されたのと神経カルトに毒されたのの不毛の争いみたいなもんで、現イスラエル政権のパレスチナ侵略案件と同じで理由を誤認したままにしてるから何時迄も解決しねんだよ。

世界情勢の方はこないだ注文付けたばかりだからここでは割愛するが、私的には音の感覚的リニアと物理的リニアがかなりかけ離れてるのの周知が足りないからなんじゃねっと。
そこで肉声と電子音等の大体中間層として、生楽器の実態を挙げとこう。

人が操作はするが生楽器には機械的部分もあるから、人感覚とは少し違う反応をしてしまう。
なるべく近付けようとはしたものの、楽器種毎にどうにもならない部分ってのが残ってる。

けれどその不完全さが却って人間に似てもいるので、我儘な美人さんとどうにか仲良くなろうとする様な状況となる。
その際最もネックとなるのが、アベレージで奏でてる時の反応だ。

相手がリアルの人間なら懇意になれた後には、些細な失態はスルーしてくれたりもあるだろう。
この観点からするとあまりにバカ正直なのは扱い辛く、さりとてどう奏でても同じ音しか出て来ない程一点安定ってのも又同じ位困る。

つまり人だったら普段は大目にみてくれていざって時は叱ってくれるとか、楽器でもそんな程度が実用上は最もバディとして相応しいん。
基本そんなので音楽は構築されてるとなるとそれを再生する側も、過敏でも鈍感でも不都合が生じるんすよ。

人耳って可聴限界近くでは小さい方も大きい方も程度が分かり難くなってて、個人差こそあれどんなに訓練してもその性質を完全に克服するのは不可能だ。
のでそんな領域で物理リニアにした処で殆どご利益が無く、特に大きい方で過大になっても認識し辛いのが耳破壊の危惧に繋がってんだ。

極マゾ君だと危険に晒され乍らこのアタックは凄いなんて、悦に入る悪趣味な人も居るかも知れんがね。
個人の自己満としてはアリだとしても感覚が鈍ってるから、耐え忍んだ処で実際の程度をちゃんとは判別出来ねんだ。

これに対し球のパワーコンプレッションが何故最有効かったら、俺に言わせりゃハイパーインテリジェントリミッタ的役割をしてくれるからだ。
動作だけなら今や少しはシミュレートも可能だろうが、リアルだろうとバーチャルのだろうと殆どのコンプ・リミッタには球の電力増幅回路が実装されてない。

実はあのFairchildのコンプ・リミッタにはスピーカを駆動する意図も必要も無いのに電力増幅回路があって、殆ど語られてないが俺はそこがものを言うのではと睨んでんだ。
これには細やか乍ら一応根拠があって、かつて球オープンリールレコーダに搭載されてた自動録音レベル調整の音がこれ迄の人生で耳にした中じゃ一番似てたんだよ。

-つぅづぅくぅ-

2024年4月12日 (金)

音楽備忘録1701 心理的グルーヴ考➊

ベテランの知人にノリで悩みを抱える人から相談を受けた際、何の気無しに今迄発した事の無い言葉が口から出た。
のが他の人にも役立つ可能性があるんで、少し掘ってみたい。

ノリ(グルーヴ)については以前から随時で触れて来たが、実演時の意識(心の持ち様)の影響は甚大ってか殆どはそれで決まると言っても過言じゃない。
にも拘らず杜撰大王が語らなかったのは、ノリを出す事がわざわざ音を出す動機になってるからだ。

何故って少なくとも俺には何を置いてもノリが足りなかったら楽しくないからで、楽しいから単純でアホな刻みも飽きずに続けられてんのよ。
日本じゃ民族性か高度な技や深い読み等に惹かれる方が多そうだが、俺がそれを理解したのは随分齢を取ってからだった。

そんな人も決して批難する気は無いが、年齢や歴に依って差が生じるから人を選ぶのは確か。
そこが差別的にも感じられるから嫌で、ノリやムードだったら感じ方は様々でも誰でも楽しめる余地があるのよ。

杜撰君がそうなったのはもしかしたら音楽の目覚めが幼少時だったからか知らんが、芸術ってスペックよりそっちで楽しむもんじゃね?。
ってかスペックで表せない魅力のある決して多くは無い存在で、技読み派の人だって最初に興味をそそられたのはノリやムードだったんじゃないかな。

その訳は曲が始まってから聴き続けないと、技とか読みは体感出来ないでしょ。
どんなものでも最初の最初は「何か良い・凄そう…」があって、その後も見続けて・聴き続けてみようかとなるじゃん。

その段階では「何が」の内容なんてまだ知る必要は無く、それでいて良さが瞬時(極短時間)に分かる事だけは要求されてるんだよ。
ので①に音色②にノリ(グルーヴ)となるんだが、頭の1音だけが良い音色だとその後は興味が薄れる。

それと比べたらノリだって少し聴き続けなきゃなんないけど、多くの場合技や読みを理解するよりゃ短時間で全把握出来るんだ。
この2つで大きく異なるのが事前知識の有無で、聴いて楽しむだけなら拍子や拍すら認知不要なんだ。

唯々何かズンタカズンタカ言ってるのに、我が身を委ねて浸れりゃ良い。
ノリってなそれ自体が感覚的・原始的な存在なんで、考えたり恣意的手加減で出そうとするのに無理があるんじゃい。

実際に奏でてる最中には頭も使ってるんだけど、ノリに関しては唯ひたすらキレとか気持ち良さしか念じてないんだ。
せいぜい予め自分がモタり易い箇所に注意を払う程度で、次の音符は125mSec後みたいな数学・物理的な具体的発想等は一切していない。

杜撰大王はこれを感性で演る考えると捉えてて、対極にあるのは理屈で演る考えると仮定している。
そうしてある意味で天然状態に無いと、途端に勢いが失せたり流れがギクシャクし出すんだ。

-つづく=

2024年4月11日 (木)

音楽備忘録1700 音楽に於けるテクニックの意味⑤

今回はウケ度合と表面的凄さをガン無視して、Kieth Moonの特にツーバスを取上げよう。
正直聴き出してからかなり年月を経る迄は、杜撰大王には彼の真骨頂なんて分からなかったよ。

他にもそんな人が多そうで、何せ現役バリバリの当時でもちっとも速くなかったもん。
その上乱れ打ちの手や演奏以外のパフォーマンスもあんなド派手と来りゃ、遅く目立たない部分はそもそも印象に薄くなっても仕方無いよ。

尚且つ彼のフレージングってハチャメチャな様でいて、よくよく聴き込むとClassicオーケストラ的アプローチでさ。
結果バスドラに関しては人を食った様なフレーズも登場し難かったから、余計に印象が薄く感じられるんだ。

のがDrummerとしてちゃんと勉強しようとしてみたっけ、バスドラフレーズの柔軟性できっと2つの方が好都合だったんだ。
上述クラオケを土台に思案してくと、本家は独立した人が手で叩いてるよね。

殆ど片手だから速さは大した事ないにしても、セットDrummerみたく肉体コンビネーションには縛られない分随分自由になる。
それでか分からんがThe Whoでのバスドラには、任意タイミングの3連打がそこそこ多くあったんよ。

但し前述の如く飽く迄曲に添わせるアプローチだったから、全く目立たないし例えばRLRと踏んでるとさえ殆ど気付かれなかったんだ。
それでもかなり後年になって、手と足が完全に「シンクロしない」ドラムソロの音源が見つかってねえ。

これ比喩るなら歩き乍ら話してる状態に近く、普通話してると一々足を左右左右とやってる意識なんてしないっしょ。
のがリズム楽器となると元々合わせるのが使命なだけに、中々そう簡単にはいかねんですわ。

で実現可能性の高さでは、片足より両足の方が歩いてるつもりに自分を騙し切れれば光明が射して来るとな。
こんなの一般的音楽性には殆ど貢献してないけど、恐らく最も単純な疑問に対して答えられた唯一の存在なんじゃないかな。

前衛的な意味で2人居て夫々が勝手に叩いたのを、たった独りで実現可能にした価値は褪せないからさ。
それもこれも速さとか奏者ナルシズムじゃない理由で、ツーバスを選択してたからこそ湧いたアイデアだと思うんだ。

そんな価値観は一部黒人系で手で32分音符が叩けるより先に、片足バスドラで16分音符を制覇した人達と一寸似てる気がするん。
手の32は俺言い奏者ナルシズムには絶好の獲物だが、曲に対してのご利益はポピュラー系では皆無と言って良い。

しかし足なら16の方がフィットする箇所は幾らでも出て来ると、言うなれば曲盛り上げにはとっても実用性の高いテクなんじゃないかな。
所詮は後追い推察に過ぎないけど、こんな部分に俺様ありきなのか曲ありきと考えてるのかの差が漏洩してんじゃねっと。

-続-

2024年4月10日 (水)

音楽備忘録1699 日常生活と音楽活動⑩

本項ここ迄色々押し付けがましかったかな、とも思うけどそこには杜撰大王なりの悔恨が色々詰まってんだ。
実際には若い時分には頭は器用でも精神的にバカの1つ覚え的だったんで、知識として先に知っててもどれだけ改善出来たか分からないんだけどさ。

唯そんなひたすらムキになってた中で、そう感じてた前提状況がポッカリ抜けてたのは痛恨の極みですわ。
1時間しか練習出来んのが2時間あったら、更には半日位費やせたらきっと無敵だろうなんてね。

具体的には↑の心情って、体や心のスタミナに限界があるのを完全に無視or失念した発想なんだよ。
初志貫徹に絶大な自信があったって、人並みの体格・体力すら無かったってのにさ。

尤もこの件はアマの内には試せる機会も無く過ぎちゃったっけ、その後プロ化してから徐々に大きな壁となって来たん。
兎に角本番を増やしたい処へ機会が訪れれば嬉々として引受け続けてたら、段々練習時間が捻り出せなくなって来たんよ。

自分の周辺では最も遅くに
初め遅くに成長した(少なくとも本人自覚では)んで、突然スカウトか何かされて生活が180°変わる様な事が無かった。
その結果常時本番では意識上は2~300%の力を掛ける癖が付いちゃってたんだけど、スケジュールがタイトになって来りゃそんなで続けられる訳も無い。

一方で生活する上で例え一点集中式であろうと前述の如く、絶対に省けないのも色々あるやん。
猛烈サラリーマンとは違ったから過労死こそ無関係で居られたが、生活の質がどんどん下落してっちまったんだ。

そうして苦しんだり嘆いたりしてる最中に、プライベートで有難くないのが幾つか被さって来て。
今客観視すりゃそんな「煙たい感じの奴」じゃ敬遠されても当然なんだが、兎に角困ったのが体内時計の故障なんだ。

極簡単に言や時間の感覚や制御を殆ど喪失したもんだから、練習処か本番を追い掛けるだけで一杯一杯になってねえ。
こっちも今にしてみりゃ病気と迄は行ってなくてもその前段階か、何とか症とか症候群位にはなってた様な感じだ。

それが平成の初期頃迄この国じゃ真剣に考えられてなかったし、何しろ昭和の負の遺産闇雲精神論・根性論も根強かったし。
従兄がパニック障害やHSPで苦しみ続けるよりゃ遥かにマシだった代わり、原因把握がより後回しになったん。

チトどぎつい言い回しになるが自他共に明確に不具合が出りゃほっとけないが、万一気付き損ねてそのままを継続してたら深刻な人格障害とかに至る恐れもあったんだよ。
又症状が曖昧だと解決策も見つけ難く、この怪我だと大体一月で完治するとかの予測が付かない。

俺の場合限定かも知れんがその時点では全く望んで無かったが「普通の生活」が糸口となって、殆ど負の遺産無しに復活出来たんだよ。
呑み過ぎてアル中になったりすると、それ自体は寛解しても一滴も飲めなくなったりするじゃん。

アル中の場合元は呑み過ぎが一番の原因だろうが、普通の生活をするには一定以上の「しらふタイム」が必要。
音楽以外の色々も毎日熟そうと思うと案外時間を割かれたりするんで、少なくともアル中になる迄の時間延長位は可能になるんじゃないかな。

-つづく-

2024年4月 9日 (火)

音楽備忘録1698 今時真空管の得失➓

球のパワーコンプレッション第3段は、実際の具合でごんす。
これがかなり弱いのも強いのもあるんで、理解周知の妨げになってるかも知れない。

一般傾向としてはオーディオ用のハイエンドのになる程出難くしてあり、楽器用でフルドライヴを売りにしてるの程強い傾向がある。
為に聴感上の歪みを伴わずコンプってるのが分かり難く、体験機種が適切じゃないと都市伝説と誤解されたりするんだわ。

この問題の一助となりそうなのが球の基本動作実態で、端的には石リニア・球非リニアだが実際はもうちょい複雑なのだ。
最初に指摘しときたいのは球にだって実用上は、全く問題にならないほぼリニアな領域を持ってる点だ。

確かに物理的基本特性は球を曲線とすれば石は直線的で、ほぼリニアな領域は石と比べりゃ球は半分以下だ。
但し石でもアナログで歪み率等全ての要素を含めると、完全にリニアな領域なんて未だ存在しない。

ヨタ余談として今ではとってもレアになっちまったが、貰い物Guitar石Ampの中に出力段が歪んで良いなら強烈なパワーコンプの掛かるのが1つだけあってん。
ほれ大昔述でとっても「みみっちい音」がして、3分と持たず疲労で堪えられなくなると綴ったアレだ。

これが典型的石のスッピンの性質で、実は石も少しはパワーコンプの掛かる領域を持ってんだ。
しかしその境界域がコンプ・リミッタで言えば超ハードニー特性で、突然掛かり始めたら後はずっとほぼ一定に強烈に叩き潰してくれる。

普段球の100Wフルドライヴでへっちゃらな杜撰君が、たかだか30Wしか出てないのにそうなるんだから尋常じゃないのよ。
石のこれは程度の酷さもあるが一番辛いのは、人耳の性質と全然合ってないからなん。

個人差もかなりありそうだがウルサイと感じ始める位から、徐々にパワーコンプが増えてくと人間様にはとっても好都合なのだ。
日常爆音家の感覚的に耳感度が全開になると、その先は僅かなピークでも「ウっ」っとなって来る。

そんな場合だけ少し前よりお手柔らかになってくれるのが、疲労を軽減して有難いし極端に感じが変わらないから冷静さも維持出来るんだ。
すると奏者や調整技師の立場にあると、より良い微調整が可能になるだよ。

と言うからには球のだと知らん間に何時の間にか掛かり出すのと、掛かり始めより音量を出せばもっと強く掛かるん。
そして石と球のこの件での最大差はパワコと聴感歪みの関係で、石はほぼ同時だが球は聴感歪みが最終段階近くになる迄来ない処。

それじゃあ歪み率の話しと一見矛盾してる様だが、電気物理的歪み率には相対的に音楽には比較的無害な「ゆがみ」も含まれてるんだ。
拍手が揉み手みたいな音(実際にはあまり音が出ないけど💧)になったらアウトだが、他音にマスクされる程じゃなかったら多少マイルドになったって実用上は問題にならない。

が音色的な歪みは、元音がクリアなのだったらご法度だよね。
これ等からアナログ回路の石で求めるのが非実用的となり、球のそれも電力増幅管(パワー管)固有のメリットなんざます。

今の技術水準を持ってすればデジタルバーチャルでも行けそうと考えがちだが、そもそもパワーコンプレッションの徹底分析があまりされてないしデータ不足のままなんだ。
或は密かにやってはみたものの石の悪癖が邪魔して挫折ったか、リアルより高価になって頓挫したのかも分からんがね。

-つづくで-

2024年4月 8日 (月)

音楽備忘録1697 Guitarカッティングの重要性Ⅱ➐

すごろくの3つ戻るみたいでスマンが、Charの闘牛士のカッティングについて見所の追記ざんす。
ダイレクトに言い訳するなら杜撰大王はカッティングに慣れ過ぎてるせいか、却ってポイントを提示するのが下手になってましてん。😢

身勝手に気を取り直して続けるとイントロが最印象的なのは不変だが、他にも沢山独自アイデアと割と高度な演奏技術が散りばめられてたんだ。
この曲はイントロ・間奏・サビ以外をパターン分類するとA〜Dの4つあって、夫々どれもがタダじゃ済まなくなっててねえ。

Aは裏拍中心・Bには高速2拍3連!?が入り・Cはジミヘンコードからのプチユニゾンフレーズ、Dではアルペジオと伴奏のデパート状態になっとりま。
ここ迄になると弾くだけでもかなり大変なのに、歌謡曲時代だから基本的にはほぼ歌に神経を集中してる有様で…。

だからってここでは単に褒め称え様ってんじゃなく、そんな部分に本当は俺Rockなんだの片鱗を感じただよ。
スタイルや編成次第で必ずじゃないが、曲の骨格形成の一端に責任を持ってるのは歌謡界ではあまり無い。

因みに今でも傾向は一緒だけど当時はRockに飢えてたから、歌謡曲臭がするともうその段階で避けててさ。
だから色んな名曲は知らずに居られなかったも、ちゃんと真面目に聴いてみたのはかなり後年になってからなんだ。

そんな反抗期マインド全盛だったのに、彼の曲は何だか耳に止まっちまったんだ。
その原因こそが所謂歌謡曲の伴奏Guitarには出て来ないカッティングで、当時でRock以外で出て来るとしたら斬新Jazz系位だったよ。

因みにⅡで敢えてフュージョンと書かないのは、俺世代では一寸後に国内カッディングのスタンダードだったのと同一扱いされたくないからだ。
それはカシオペアの朝焼けとかで決して悪くはないんだけど、アプローチ自体は海外込みにすると10年落ちな上何も独自性が追加されてないんでね。

老害御免で今更この曲闘牛士を取り上げたのは、その後ずっと明確に似てると感じたのが未登場だからなん。
因みにⅢでSun Goddess-Ramsey Lewis(with Earth Wind & Fire)のは近似なのは前から既にあったけど、曲コードに対してGuitarのが奇抜なのとそれに依って得られる独特な雰囲気は他ではやはり現れてないんだ。

所詮は多少足掻いた処で今の音楽には疎いけれど、敢えて旧作を半ばゴリ押すのは重大な訳ありなんすよ。
少なくとも杜撰君内では例示曲で面白くなって来やがったと感じてたのに、後が続かないっつうか皆違うつまんない方向に行っちまったんだ。

確かに当時と比べたらもう随分は少なくなってるだろうが、この辺を頑張らん事にゃRock Bandスタイルの未来が減るやんか。
そう云う流れから次回からは、音楽に於けるテクニックの意味を深掘りしてみようじゃないの。

=おわり=

2024年4月 7日 (日)

音楽備忘録1696 音楽に於けるテクニックの意味④

Effectorとの複合映えテクの続きで、Effectorの進化と共に色んなのが続々生まれた。
Reverbの次がDelayの魔用って現代感覚だと逆と思うだろうが、そうなったのは当時の機器事情があったん。

前者は固定設置型で良きゃとっくにチャンバはあったが、移動可能のだとスプリングのしか無かった。
今では却ってその独特な響きも少しは尊重されるけど、アタックの目立つ音源にはバネがボヨンボヨン言っちゃって不向きだったんだよ。😢

The Venturesのだって欠点を意図的利用したもので…わ兎も角、Delayの方でもハイエンドテープエコー以外は低性能過ぎて魔用の余地が少なかったよ。
Echoの音色としては好ましい部分もあったが、Effect音は確実に劣化・変容してたからねえ。

結果Delay魔用で恐らく大多数が最初に考える、分身の術が庶民に実用レベルになったのはデジタル登場以降だ。
だからEdward Van Halenの色んなのやU2のThe Edgeのみたいなのを良いなと思う人は多くたって、一部ヲタを除くとアマチュアレベル迄普及したのは’90年代以降だったよ。

ので敢えて再現性を無視して進めれば、私的にはEdward Van Halenの「トリプル複合技」のが印象深い。
これの恐ろしいのは時系列の混濁で、’50年代には既にあったAmp内臓のVibrato(実際の効果は音量トレモロ)とデジタルDelayを共存使用しやがった処。

Delayは割とありふれた使い方だが、Vibratoは「アタック音を消す」為に使っててな。
要するに音量ゼロの瞬間にピッキングすれば、速め細か目の擬似バイオリン奏法になる訳。

今ならそんな真似しなくてもピッキングアタックを消すEffectorがあるし、テクノ並に正確なリズムで弾かなきゃなんないから酷く大変なんだがね。
尤も弾くのは楽な専用Effectorだと最大音量にムラが出たり、これの速度だと安定して音量減衰ゼロにするのが難しい。

って稚説明のせいで良く分かんないかも知れんが、同じニュアンスにするにはこの変態コンビで演るより多分難しいと思うよ。
何れにしろEdward Van Halenは他にも当時考え得る様々な奏法を使ってて、それ等は例えこけおどしでも音楽的に僅かでもプラスになる様な按配になってたさね。

かと言ってここでは奉ろうってんじゃなく、非ヲタには気付かれ難い工夫が満載なのだけ知ってくれゃ良い。
彼は自認師匠を問われると何時もEric Claptonと答えてたが、傍目表面的には共通項なんて見当たらない感じだろう。

だが曲最優先・歌があれば歌優先で、その際Guitarは飽く迄脇役アプローチって面ではクリソツかも知れない。
独自の変態アイデアをてんこ盛りしたせいでまさかになっちゃってたが、寧ろそれだからこそあんなにアイデアが湧いた可能性が濃厚なんすよ。

必ずしも技術的に合理的なのばっかじゃなかったし、音は面白くても一見地味で大した事無さそうなのの方が多かったからねえ。
尤もⅡで全貌を感知出来てない人の方が、未だに多いから分かんないんだろうけどさ。

≣続≣

2024年4月 6日 (土)

音楽備忘録1695 日常生活と音楽活動⑨

さてこのテーマを考察してくには原点とか、初期にはどうだったかも省くべきじゃない。
突飛な例えも敵弾雨あられの最中ではどんな音楽好きだって、小康状態時にせいぜい鼻歌を歌うのが精一杯だしょ。

最適環境とは掛け離れてても、楽器を始めて誰かとグループを組む辺り迄の状態を想い出してみよう。
恐らく多数派は10代位から始まってると思うんだけど、学校や親等の束縛を当時は殆どの人はとてもウザいと感じた事だろう。

でも特に日本ではその時期が最も熱くノリが良い様で、社会に出て数年経つと学生時代とは真逆にリズムの死んでる奴が随分多くなってた記憶がある。
Rockの場合俺が思う原因の1つに、「敵が見え難くなった」ってのがある気がするんだ。

幾つかのケースを半分は想像で挙げてくと、不満爆発方面では鬼親や鬼教師失墜しろとかとても具体的な対象があった。
人次第で名指しでクソヤローと絶叫出来たなら伴奏不要かも知れんが、心理の根底に何かしらその当時リアルで抱えてた問題はあったんじゃないかな。

夢を見る方面なら技も度胸も足りなくて、好きな人に告れない思いを密かに歌に託したとかさ。
こいつが一寸矛盾もあるんだが、自信家且つ強運なのは即告ってOK貰えるから音楽なんかに託すニーズが生じ難い。

音楽にしか僅かな取柄の無い誰かさんみたいなのが必死に絶叫するんで、内面外面共真のイケメンがバンドマンには滅多に居なくて残念ってか。
うぉっつ危うく脱線し掛けたが、そんな場合恋の歌のターゲットが心理内ではとても明確に具体的に居るからね。

そんな幾らでも夢を抱ける→夢見がち→典型的中二病であっても、実際就職先も伴侶も未定だから微かな希はまだ残ってたんだよ。
大体の合否結果が出揃った後と比べりゃ、どんなに低確率だろうと僅かな余地だけはあった訳だ。

創作に於いては例え0.
1%でも夢がリアルで見られるってぇのの重要性は、人生の終焉が近付く程実感が強まるもんでね。
その為なら唯の普通の学生という身分を、今になると引換に甘んじて受容れても良いと思うようになったな。

これは老害の後悔に近いかも知れないが、下手に身分が高くなると妙な制約が増えてったりするのは確かだろう。
実際どんな分野でも金満に溺れたら、行動や判断が可笑しくなって駄目になる人が後を絶たないよね。

甲子園で脚光を浴び過ぎてプロで泣かず飛ばずとか、世間では性格が原因と言うが俺はそうは思ってない。
実際性格の影響もありはするんだが、最大要因は「普通」を続けなく続けられなくなったからなんじゃね?。

どんなにスターになろうと凄く腹減りゃ何時もよりは上品に食べられなくなるだろうし、その後には下品だが必ず排泄っつうのがやって来る。
この様に変えられないとか変えるべきじゃない部分、生きてる上で不変で普遍な処が必ずあるんだ。

そんな箇所で自ら「普通じゃなくする」なんてのは自殺行為も同然で、少なくとも自らやってしまうのは知恵不足でんがな。
なるべく楽したいしサボりたかったりするけど、一般生活に必要な要素は最低限でも残しといた方が良いんじゃないかな。

-つづく-

2024年4月 5日 (金)

音楽備忘録1694 今時真空管の得失➒

前回触れた真空管の俗称「パワーコンプレッション」について、他所ではあまり多く語られて無い様なので今更だが綴っとこう。
今杜撰君が別の呼び名を考えるとしたら、勝手に掛かってしまうリミッタとでも言えば良いのかな。

実はそれ故大昔にオーディオ界ではこれがなるべく出ない様腐心してて、リニアな石(半導体)の無かった頃は害でしかないと考えられてたんだ。
当時の高級オーディオもご多聞に洩れず、高級なの程複雑な回路とそれに依って増加する球の本数なんかがプチ自慢だったりしたよ。

1960年代の広告では「5球スーパー」等と「○球△
」の文言が並んでて、前の○に球の本数が後ろの△に回路方式なんかが誇らしげに踊ってたんだ。
因みに前半は唯の本数だから分かるとして、後半は主にラジオ受信に用いられた高感度のスーパーヘテロダイン回路の事ね。

そんなの一般人にあまり分かりそうにないが、スーパーは凄そうだからそうしちまえ…と思ったかどうかはワシャ知らんけど。💦
でそんな風に何段も球を通せば球の癖は強まるもんだから、癖退治に躍起になったとな。

これには他にも事情があって音源は物理的に今より格段にショボいし、スピーカのリニアリティだって劣ってたからねえ。
つまり現代の機材にどれか1つだけを混ぜたって、音波波形のピークを勝手に潰しちゃう位の有様で。

ので何処でも良いから出来る箇所はひたすら物理的モアリニアを追求してて、今みたいに自然音を超過する心配なんて全く不要だったん。
処がトランジスタが開発されICからLSIへと発展してってみたら、何時の間にか音楽耳にはやり過ぎになってたって顛末で御座居。

ってのも自然環境の性質と人間の耳の性質を失念してたからで、空気の緩和効果や人耳のf特や感度はちっとも物理的にはリニアじゃねえんすよ。
「聴いた感じに真っ直ぐ」にするには、音響機器の方にその逆の性質を持たせとかなアカンかったと。

小音量側の限界近傍領域ではディテールが拾い難く、大音量側のそれはホントに僅かでもう感知出来ると。
その意味では現代石系は小音量側に、伝統的球系は大音量側に恰も忖度してると看做せる。

つまりⅡで「自然かどうか」で聴けば球は素直に聴こえて、物理的検査耳で聴いて初めてパワーコンプは掛かってるのが分かるって寸法なんざます。
又中音量位迄は石のリニアさには負けるものの大して劣りはしないので、一般的な試聴環境ではこの性質は現れ難い。

そのせいかMetal系爆音奏者ならそこそこ皆が知ってるが、非変態なオーディオヲタにはロクに知られてないor実態が掴めて無い様だ。
更に掘っとくと音圧自体は大した事無くても、インナーイヤーは言わずもがなスピーカでも耳迄の距離が1m未満となると過刺激は考えないと危ない。

音量では距離減衰が・過刺激に対しては空気の緩和効果が激減して来るから、現況では「実際より大袈裟で刺激が強過ぎる」音を聴いてる公算がとっても高いんだ。
耳に突っ込んでも部屋で遠慮して鳴らすのと同程度の聴こえにしときゃあまり心配無いが、他人から怒られない(迷惑掛からない)となりゃついグワッと音量を上げたりするやろ。

-つづいた-

2024年4月 4日 (木)

音楽備忘録1693 Guitarカッティングの重要性Ⅱ➏

んだば続いて今回は「カッティングに必要なテク」を連ねてくが、今時はなまじ指の回る人が多くなっただけにおざなりにされがちで悲しい。
弾く方の手でのハンドミュートは何とか存続って感じだが、反対側の押える方の手での状況が…。

これについてBassistの立場から苦言を呈すと、ホントにバッと音を止めたい際片手ミュートじゃ止め切れねんだ。
Bassの低音弦ともなりゃ振幅がデカいから、片手じゃ変な余韻が少し残ったりしちまうんだよ。

その点Guitarではどっちか片方だけで間に合う場合が多く、弾き手ミュートだけに慣れてるとカッティング中のミュートで困っちゃうんだ。
弾き手はずっと動かし放しになるケースが多々なんで、オープンコードですら押え手ミュートが自在に出来ないと障害になるのよ。

それがもし何時でも何処でも押え手ミュートが楽勝になれてると、カッティングでのリズムパターンを完全自由選択出来るだよ。
ハンマリングオン不使用時音を出す方は弾き手・止める方は押え手と、役割分担が単純化するんでさ。

又そのハンマリングオンにしても単音より同時に幾つかの音で演るケースが多いんで、つまり箇所は違うが案外押え手が達者じゃないと美味しいカッティングなんて出来ねんだなこれが。
タッピングや複雑なスケールみたいに目立たないからって、舐めてる奴が多いのかな。

あと弦を押え音を鳴らし乍らのスライド(グリッサンド)にしても、フルコードでどの音も均一に演ろうとすると中々難しいんだぜ。
人の手指は5本しかねえから全部指先で押えられても1本足りんし、コードフォームの都合で指の腹で押えなきゃなんないのも多い。

且つ厄介なのが例えば指先で2弦・指腹で3弦・第一関節の裏で4弦をなんてなっちまったりで、そうなると4弦グリスで音を弱めず切らさずなんて最高難度になるでよお。
コレそれを避けようと指3本にした処で弦間隔の狭さから同じ様には押えられなかったりするんで、押えるだけで精一杯で更にスライドしろなんて殺生で御座居。

杜撰大王の場合そんな壁を解決してるのが、指1本で纏めて弦3本を押えとくって方法だ。
これのネタ元が前出Char先生で、最大親指と人差し指だけで弦5本押える処まで行ってるし!!。

指1本・弦3本押えのままあろう事か、チョーキング迄やっとりまんがな。(3弦同時チョーキング)
まあ好みと違ったり不要だったらそこ迄演らんでもだが、少しはそういったアプローチがコードカッティングには必須なんざます。

そしてこんなのはJazzやソロプレイ等でも登場する物だが、オルタネイトピッキング等が不要な代わり押え自体の精度・安定度がこっちの方がより必要なんだ。
それ故杜撰大王は奏者の力量を測る際、ソロよりカッティングのレベルを見る(聴く)事もある位だ。

=続く=

2024年4月 3日 (水)

音楽備忘録1692 音楽に於けるテクニックの意味③

ここ迄の記述で派手にするなら正攻法は不向きなのが少しは伝わっただろうか、それと同時にこけおどしにしても音的に面白いのを諸君は幾つ即答出来るかな?。
等と言うのも杜撰大王はヲタ性も込みで、こけおどし奏法には一寸詳しい自信があるんだ。

何せ未だに正攻奏法には大した自信が無いんだから、邪道だろうと変態だろうとこけおどしに必死になんなきゃヤベエのよ。😓
尤もレジェンド達を見渡すと本道と同じ位邪道系にも長けてる人が多く、その原動力は恐らくエレキGuitar音色の限界を広げたかったんじゃないかな。

こけおどしっても上記を基準に要約してくと主に2つに分類出来、片方は純粋に奏法と称せるか怪しいがEffector等との複合技だ。
こちらの方が多岐に渡るんで基本弾くだけで可能なのから行っとくと、普通の空ピックを除けばピックスクラッチ等がある。

これは大昔に概述なので最低限に留めるが、技術的には擦り付ける速度・相手・手の摩擦音を含めるかどうか等がある。
↑で公言した如く掘り捲った中で最も印象的だったのは、Pete Townshendの弦と一緒にフレット毎擦り付けるヤツかな。

普通弦楽器って例えフレットがあっても高速スライドすると音程の階段感は薄れるが、鍵盤のグリッサンドをシミュレートしたのかねえ。
これで特筆すべきは非巻弦でも多少の効果がある処で、表面ツルツルのを擦って鳴らすにゃトーキングドラムみたいに湿り気が最低必要だからね


まさかその為その度に指に唾付けるのも面倒だし、なんかバッチイ感じも…いや誰か挑戦しても批難はしないけどさ。
っと威勢良く始めたがヲタはヲタでもストレートの限定でSE利用には関心が低いんで、きっと他にもあると思うけどパッとは思い付かないや。(無責任だなぁ)

しれっと後者複合技へ強引に進めると、多分The Venturesが開発した巻弦擦り+Reverb辺りが初めですかね。
今更感満々だけどこれで忘れず語るべきは、状況次第で水滴の落ちる音(俺は最初そう思った)みたいに凡そエレキGuitarっぽく無かった点だ。

当時は全く今とは比較にならない程Effectorは僅少で、その中から苦心して編み出した頭の柔軟性は今でも見習う価値があるんじゃないかな。
その次ったら多分フィードバックの意図的利用で、次々はここに含めるべきか微妙だがジミヘンのGuitarに向かって怒鳴るヤツ。

Fuzzで感度がやたら上がってると肉声での弦共鳴振幅如きでも聴き取れる音量になるのを発見し、後年のボコーダ紛いの音を一応出せてたね。
但しそんな御大層なのじゃなくても過去述The Peggies北澤ゆうほがかつて頻発してた、休符時わざと変な所を押えて「ブギィ」みたいな音を出す程度でも行けちゃうケースもある。

奏者本人の感性に合致してトレードマークになる迄ゴリ押せば、決して高級では無いがもう没個性とは言われなくなるんだ。
この手の優れた点はゆくゆくは「手癖を隠さなかっただけ」みたいなもんだから、一度嵌ってしまえば普通に弾くより簡単な位でんがな。

≅続≅

2024年4月 2日 (火)

音楽備忘録1691 日常生活と音楽活動⑧

前回の迄で専門家程非専門家との共存が必要と指摘したんだけど、少しは分かって貰えただろうか。
一般日常生活には俺言いベーシック汎用スキルが要るのに、専門に特化してく程それ等には縁遠くなったり習熟する機会が減ってくん。

となれば身勝手な理想は音楽以外の全てをやってくれて、音楽や自分には一切干渉・妨害しないパートナーが得られると良い。
がそんな都合の良い話しなんて先ず無く、超高額報酬でも払わなきゃメイドさんだろうと執事だろうと彼女か奥さんだろうと決して誰も引受けてくんない。

となりゃ原資を効率良く稼がにゃならんが、拘束時間ゼロってのは存在しない。
ここでちょっち尺度を変えて一般日常生活の恩恵を考えてみたいが、直接的貢献はゼロでも間接的には本業にプチプラスになるのが案外多いんだ。

又もや遠回りになるが昨今の幼児の安全対策、家具とか何でも鋭利撲滅ってのがあるよね。
それ等へ触れても不用意な怪我をしないのは良いんだが、完全温室育ちになるといざって時の対処法は全く学べなくなっちまう。

これは肉体的損傷のみならず精神面の用心にも大きな影響が考えられ、要するにあまりにも痛い思いが少ないと慢心若しくは危機管理意識希薄になるやんか。
それの大人バージョンとして大谷翔平選手を例示すると、投手で下手に指を怪我したら命取りになるにも拘らず普段包丁を握ってるんだってね。

今の彼の立場からするとおっかない気もするけど、グラウンドにも色んな危険は一杯あるんだ。
注意しないと痛い目に遭うと常時思ってたらそんなに危なかねえが、あんまりボヤっとしてたら誰かの打ち損ねたボールとか飛んで来るじゃん。

俺的にはこれ系って程度の問題だと思ってて、裁断機とかは流石にヤバイが包丁とかカッター位なら許容しといた方がって思うんよ。
手前味噌例を1つ挙げとくと水洗いの仕方っつうのがあって、金属弦楽器奏者からするとなるべく指先は濡らしたくない。

がトイレに行って洗わん訳にも行かないんで、洗い物はなるべく手を洗う必然性が生じたら一緒に纏める様にしてんだ。
極度に溜めちゃうと長時間でふやけさせるのも困るけど、取敢えずそうしとくと濡れる回数を減らせる。

ってな風にやたら避ける事を考えるより、その人なりに上手に付き合おうとする方が現実的だし実現性も高いんだ。
尤も今一仲の良くない家族との怒鳴りあいは、ロクすっぽシャウトの練習にはなってくれんけどな。😓

それですら歌唱時以外ずっと大きな声を出さないよりゃ、幾らかはマシなのかも知れない。
こんなのは杜撰大王ならではの最低の例だろうが、何が刺激になってこっちに反映するか分からないのは確かですぜ。

-つづく-

2024年4月 1日 (月)

音楽備忘録1690 今時真空管の得失➑

続いては最も効果が分かり難く、それでいて本当はご利益の大きい球の出力段(パワーアンプ)の事をば。
その理由は聴感上の歪み以外の恩恵が大きいからで、特に再生音量が大きくなる程大差が現れるのだ。

楽器Ampでも石の方が歪ませないなら勝るとも思われてるが、宅実例では微小音量時にパワートランジスタのミスマッチング歪みの酷いのがあったりする。
概述楽器用ではオーディオ用みたいな歪み率を気にするより他が大切だが、だからって原音に変な歪みが付帯して来る様なのは食えたもんじゃない。

これの何が変ちくりんかったら、楽音と歪み成分が分離してるからなんだ。
何せ微小音量時だから楽音自体は歪みとは無縁なのに、まるで楽器と一緒に小っちゃくカズーでも吹いてるみたいなのが加わるん。

この一例はAmpが大昔の貰い物なんで多分経年劣化のせいだろうが、何かの事情で過大入力以外で歪んだ際に比較的歪み成分が分離して悪目立ちするのは石ならどれでも一緒の現象なんざます。
この現象自体は逆に最大限界音量に近付いた際も同様で、更に爆音時には硬過ぎや過刺激に石はなりがちなんだ。

つまり石って小音量から中音量に掛けてはディテール再現性が素晴らしくても、それより小さくしたり大きくしたりすると性格がガラッと変わり易い性質を内包してるん。
コレ電気・電子物理的はこっちが正直(リニア)なんだけど、天然空間での音の伝播の性質には反してんだ。

随時頻吠えの如く実空間には空気の介在があるんで、距離を始めとした空気の干渉が必ずあるんだよ。
ので机上理論より実在空間での自然現象を基準にすると、優れてる筈の電気的なリニアには実はそんなに価値は無いん。

とは言え録音時のモニタ等には上記ディテールがとても気になるが、Rock系で割と世間的には不謹慎な爆音でずっと浴びてると石の疲労度はハンパ無くてな。
聴いて調整するのがAIロボだったら常に正確な音を供給してくれれば良いが、人がやるには蓄積疲労が度を越すと判断力にダメージがあるからねえ。

長い体験からすると正確性と言っても、過労にならない範囲に収まってないと無効化する事がしばしばあったんだ。
だから一般人で常に隣から叱られない程度の音量で再生してるなら未だしも、欠かせない趣味であったり仕事で爆音環境が続く者にとっちゃ石の欠点は大問題なのよ。

ってのも長く周囲の様子を伺ってたら忍耐力に優れた人でも、積年ダメージに依って偏頭痛や果ては難聴に至るケースもあった様だからなんだ。
野球で投げ過ぎると肩肘がやられたり、ボクサーが打たれ過ぎるとパンチドランカーになるのは周知の通り。

音だってエネルギー量が過剰なら何かしらの不具合を起こすが、現況世間では過剰音量だけだと思い込んでる奴があまりにも多過ぎでんがな。
小音量時に丁度良いディテール再現具合だったとしても、そのまま音量と共に増加する様では体に毒なんすわ。

今ん処球の出力段以外に人間様に都合の良い性質の物は無く、コンプ・リミッタ等で調整可能と言っても音量に依って適正値は随時変動する。
のに音量変化毎に微調整して聴いてる奴なんか居らず、まあ将来賢いAIが登場して調整を任せたらどうか分からんがね。

-つづいた-

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