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2024年3月

2024年3月31日 (日)

音楽備忘録1689 Guitarカッティングの重要性Ⅱ➎

今ではCharヲタと呼ばれても平気になったが、世間主流派のヲタとは興味を持った経緯がだいぶ違った杜撰君。
普通は容姿や速弾き等から入ってただろうが、俺はカッティングの上質さにやられたんだ。

日本でも1970年代中盤迄は伴奏センスのイカした奴が散見されたが、’80年代に入ったらそんな奴が居なくなったんだ。
ここでのセンスってテクより曲に対して効果的かどうかで、自作曲なら勿論の事カバーでだって本当はこれが良否の根幹なんなんだけどなぁ。

確かに奏者としての平均テクレベルはこの時期に一気に上がったんだけど、音楽的には寧ろ劣化してっちゃったんだ。
恐らく周囲に負けじとテク自体を優先したから、曲に対して最適な選択かどうかが疎かになってったんだよ。

もっと正直に毒を吐けば所詮は欧米の追従から昇華出来なかったって処で、そこで音的オリジナリティを失って以降は歌詞の独自性へ向かっちまった。
その結果優れた歌詞が出たのは喜ばしいが、俺みたいな文学的興味が乏しい奴はまるで差別された気分だわさ。

わ兎も角Char氏で最初に「おっ」となったのは、歌謡曲時代の闘牛士のイントロカッティングだ。
この手のではThe Doobie BrothersのLong Train Runnin’ 等が既にあったが、私的にはそれ以上に聴こえたんだ。

具体的にはスライドイン・ハンマリングオン等かなり色んなてく小技が使われてるんだが、唯のコード弾きでここ迄多彩な表現をしてるのにノックアウトされたんだ。
1つ1つのテクレベルとしては難度低目も、実際「あの感じ」を出そうとすると下手な速弾きなんかより格段に難しかってん。

大袈裟に言や「何の為のテクか」を具現化した典型とも看做せ、どの部分にもかなり精度が要求される代物ですぜ。
俺的カッティング研究期は徐々に指が回りだしたんでその後小休止が長く続いたが、今度は作・編曲都合から再発掘が再開。

元から変態コードには目が無い口ではあったものの、過去に掘り切れなかったのへ漸く分析時間も取れてさ。
昔から独特な雰囲気が気に入ってたSun Goddess-Ramsey Lewis(with Earth Wind & Fire)等の他に、Char氏ソロアルバム3枚目と同タイトルのThrillって曲が俄かに浮上して来た。

彼の場合常に何かと独自アイデアをブッ込んで来るから、以前は半ば流してたんだけどさ。
コードに付加されてるテンションノートを繋げると、一寸した裏メロになってましてん。

要約するとRockらしさを全く損なわず導入出来るJazz的コードってなもんで、本当に曲の骨格を形成してるから押えるのにとっても難儀なテンションノートがほんの僅かも省けないんだ。
音楽的見地からすればこっちは和声だから、殆どのどんなそろ単音弾きよりもっと高度なんだよ。

杜撰大王がこんなのの方を速弾きより優先して苦心の末マスターしたのは、上述の如く作・編曲に大きく影響して来るからだ。
鼻歌思い付きをパーフェクト再現(つまり初期イメージを完全に残しときたい)するには、こんなのが必須になるからさ。

=続く=

2024年3月30日 (土)

音楽備忘録1688 音楽に於けるテクニックの意味②

さあもう暖機運転も終ったから、鋭く切り込み具体例をガンガン行ったろかいな。
ほんじゃまRockでは王道のエレキGuitarから参るが、一般論として目立つのはFusionやMetal発祥のかねえ。

耳を凝らさないと音程全部が聴き取れない程速くなると、取敢えず今のは何だとなるからね。
がしかし本家本元のは意外と「聴き取り不要」な用い方がされてて、混沌表現の場合とリフ等で他楽器とユニゾンで演られてるのが多い。

前者は言葉通りの意味だが後者にもっと相応しい言い方をするなら、フレーズ全体は予測がし易いとか概知に近いのが多い。
つまりもうなんとなくメロラインは分かってるから、後はどんだけそれを速められるのか見せてるみたいな。

或は弾かれた½や⅔は実は装飾・経過音で、ベーシックラインを取出せば実速の½とか⅓の速度しか無かったとかね。
そうすれば演る方は大変だが、聴く方は楽ちんだしょ。

楽ったってスピード感は、弾いた数の分だけちゃんと得られるかんね。
尤も正攻法の奏法では単純な速度なんかより、フレーズ自体の奇抜さとか普通に行きそうで突如1つだけ離れた音程にs飛ぶ等方が目立つんじゃないの。

だいいち既にJazzの全盛期でかなり消化されちゃってるしで、Rockならではのと来たら歪みを伴って美味しく聴こえるののほうが本道だろう。
でその中からタッピングを引き合いに出して来れば、勿論尋常じゃない速さは魅力にはなるが実は核心はそこじゃねんだ。

代表的なフレーズは奏法事情からトリルが最多だろうが、あれは鍵盤でなら既にClassicの時代からあったものだ。
始祖のEdward Van Halenって鍵盤も弾ける人で、Guitarになると諦めなきゃいけないフレーズを減らしたかったのも原動力だったんじゃないかな。

只そこでもし留まってたら技段階は1upに過ぎず、その先があったから・本当に歪ませてタッピングじゃないと出せないニュアンスのを早2枚目のWomen In Loveで演ってたんだよ。
そいつはちっとも爆速じゃないし当時彼独特だった深歪みでもないんだが、チャイムかカリンバか何か凡そ弦楽器から出せそうにないファンタジックな音色でさ。

きっとしっかり把握してる奴なんて10%も居ないんだろうが、エレキGuitarなのにあんな音がしたって印象だけは皆に微かには残ってんじゃないかな。
これって安易に目立ちたい人には酷なんだが、音楽的に革新性のあるのとかって残念乍ら地味で目立たないのが殆どなんだよ。

エレキGuitarの場合発音メカニズムの都合から、どんなにアブノーマルな鳴らし方をしようとEffectorレスじゃ生楽器より出せる音の範囲が限られるん。
それを逆手に取れば超変態弾きで普通の音を出せる良さはあるんだが、取敢えずは無茶しても音が破綻し難いのが取柄と思ってーな。

=続=

2024年3月29日 (金)

音楽備忘録1687 日常生活と音楽活動⑦

人間誰しも自身が未体験だと、最初はもっと没頭出来たらとかしたいと思うもんだ。
杜撰大王も40代位迄は常々そう思ってたんだが、それには普段高頻度で接する周囲の人を同好者で固めたい。

処がある程度の段階迄それが実現すると、閉塞社会の弊害が多方面に及んだんだ。
深慮すればどんなに近しくて似てても色んな相違はあるんだが、99箇所同意で1つだけ食い違った際気持ち的な処理で失敗し易くなるねん。

心情的にどうしてそこだけ分かんないのと、あれもこれもと一致箇所が積み重なってくとまさかと油断するでもないんだけどさ。
一種の警戒心が不要になるにつれ、想定外耐性が知らん間に弱まってるんだろうね。

これって権力が長く続くと腐敗するどっかの壺下僕とは程度はかなり違うにせよ、慣れに依る感覚の偏りを常人は完全には避けられない。
つまりヲタ集団は専門に関しては充実するんだけど、それ以外はどんどん明後日の方向へズレてったり平均的一般人の感覚から遠ざかってっちまうん。

↑の後者ヲタ氏自身が望んでないならその分は平気でも、世間の事や他人の気持ちに疎くなり過ぎるのが不味いんだ。
普通が分からん≒特別が何かにも鈍くなる訳で、要するに何等かの裸の王様へまっしぐらになってんの。

で結局過去に杜撰ヲタ帝国みたいな状態になってぬか喜びしたのもつかの間、様々な対立が起きたりしてあっさり崩壊しただよ。
この現象で音楽界で良く語られるのが、スーパーグループは短命に終り易いなんてのだ。

これはどんな小さな関係にも潜んでて、人間じゃなくてもAアプリを入れたらBアプリがバッティングして入れらんないとかあるじゃん。
そんな状況から脱出するのに傲慢だった俺の場合、自身が凄腕になれればなれた程相対的に他人が凡人に見えて来るって発想だった。(※単純に相手を見下すのとは違いまっせ、念の為)

いや実際は極一部を除きゃ全くそんなになんかなれてないんだが、少なくともすぐに相手に通じなくても仕方無いかと動じ難くなれるじゃないすか。
何せ分からなくて当然ってのが、心の片隅に常駐してんだからね。

のを一気に拡大解釈すれば新たな寂しさ等は少し生んじまうが、周りは全て凡人で自分だけミクロ天才って状況にも価値があるかもと分かる。
日常生活って心理的にどんなに孤独でほぼ引き籠りな一人暮らしでも、現実には何か小規模なチームみたいになってないとにっちもさっちも行かんのどす。

無人島に独りで暮らしてるんなら未だしも、想定外のインフラ故障時とかには修理屋位呼ぶでしょ。
それがエアコンなら無理に我慢したとしても、水道が止まらなくなって何処かで噴水状態にでもなったらもうどうしようもないじゃん。

-つづく-

2024年3月28日 (木)

音楽備忘録1686 今時真空管の得失➐

Micから球が良いとは言ったものの、それが選べない音源もそこそこある。
そんな際は球プリが最初の球化可能箇所になるんで、今日はそこへスポットを当ててみよう。

先ず考慮すべきが音の種類で、ここでの種類とはオーディオ的か否かだ。
デジタル音源のは殆どのが利便性を筆頭に諸状況から、平時はデジタルマルチトラッカーの音と同列に扱うのが相応しい。

ここで単純にオーディオとしないのは、マスタリング未実施のもあるからだ。
プロのマスタリングを経てるのって仮にハイレゾとか広ダイナミックレンジで取れてても、標準的記録メディアの規格に大体収まる様に処理してある。

が今では少数派だろうが好きに弄れる様未処理のだと、一般オーディオよりマージンが広く取られてないと整合しないん。
尤も今劣化本邦の主流系ではどうせガッツリ叩き潰すし、歪み容認しか頭にねえから余計なお世話かも知れんがね。😵

仮にそれを認めたとしても巧く歪んだり潰れたりしてくれりゃ良いが、そうとは限らんからそれ向きの機種なんかを予め知ってるんじゃなきゃ止した方がエエ。
基礎知識として球は石と比べると「歪んでも使える領域」はかなり広いが、限界はあるし用途次第でその範囲は随分狭くなるんだ。

電気楽器なら物理的には概歪み聴感上無歪みの、所謂リッチクリーン状態は歓迎される場合が多い。
だがオーディオでは例え好ましい傾向でも変容はご法度で、わざと細くしといた音が太っちゃったりするん。

ので許されるのはせいぜい必要なだけの軟化とか不要ピークの抑制迄で、それ以上に変化させると目的から外れるん。
翻って楽器等で意図して積極的に作りたい際は、好ましくなるのであればガラッと変わったって構わない。

この2つを統合すると録音時等の適正が明らかになって、作る段階では大胆にそれ以降は大きな改変が無い方が良いのが分かる。
故に楽器プリは大胆でも・な程良いが、それ以降例えばコンプ・リミッタ等は良さげでも大きな変容を伴うのだと用途が限られて来るん。

巷ではBeatlesサウンドの秘訣は真っ先にFairchildがよく挙げるが、あれは球コンデンサMicや球のMixer卓等もあって初めて成立するもんなんじゃないかな。
しかもPaulなんか全部では無いにせよ、「球テープ録音機」を未だ使ってもいる様だからねえ。

って杜撰君なんで数年前Youtubeで、Abbey Road Studioでの有観客公開多重録音のを見てたらそんなの使ってたって…。💦
ゴホンっまっ兎に角本当に知ってる奴等はくまなく目が行届いてて、我々浅はか模倣者みたいにピンポイント視点になんかなってねえだわさ。

何れにしても本当はほぼ全部球を先ず体験出来りゃ良かったんだが、今時ゃ特に庶民にゃほぼ無理なのが苦しい処だ。
そのお陰で中々理解が進まんのは仕方無いけど、逆張りすりゃ殆ど誰も駄目かどうかも分かっちゃいねんだから拙速な駄目判定はしないどくんなはれ。

-つづけ-

2024年3月27日 (水)

音楽備忘録1685 Guitarカッティングの重要性Ⅱ➍

このテーマ大昔に扱った気がするので、今回はより具体例を盛沢山で行ってみよう。
杜撰大王が惹かれたのは当時一般的テク習得が面倒だったのもあるが、カッティングが魅力的な作品が豊富に身近にあったのも大きいのだ。

幾ら怠けたくても手っ取り早く済ませたくたって、速弾きメロの美しいのしか無かったらきっとそうは行かなかったんだ。
或は全盛期のフュージョンが好きじゃなかったからか知らんが、バカテクの登場するのでさえカッティングの出来栄えが問題となる様なのが多かった。

上記の典型がThe YardbirdsのJeff’s Boogieで、曲自体の骨格がカッティングで成り立ってるん。
但しJeff Beck初期の代表作だが後のBBAバージョンではカッティングのキレが重視されてないんで、この目的の参考にするなら古臭くても原版推奨だす。

当時の俺の魂胆は弦移動を伴う速いオルタネイトピッキングが苦手だったんで、別の方法で速く聴こえるのの参考が欲しかった。
そんなのにお誂え向きだったのがこの曲で、早速飛び付いて夢中になったよ。(無論唯ご機嫌な曲で気に入ったのも)

流石に今では当時としてはバカテクな箇所も全網羅してるが、カッティングがノリノリにならないと曲の魅力が半減するのが良く分かったさね。
過去称ギター小僧の大半はカッティングを軽視してたが、ノリが悪いとバカテクを完遂したつもりでも魅力半減に聴こえちまってたで。

その原因はリズム(ノリ)の精度で成り立ってる曲だからで、一寸でも跳ねが悪いとバカテクの意味も半減するからなんだ。
この曲でBeckが真に凄かったのは、ノリを崩さずあそこ迄演れてたからなん。

同じ16分音符でもシャッフルだと裏拍はもっと短くなり、それを弾き通すのは跳ねないのより実は難易度がかなり高いんだ。
故に理論上からもカッティングすら完遂出来なきゃ、変態技の箇所ではより完遂出来る訳ゃなかったんだ。

恐らくこんなのも原因であんなに流行ったのに、日本ではBeckみたいになれた者がほんの一握りとなったんじゃないかな。
毎度の傲慢節を噛ますなら俺様以外でハッキリ確認が取れてるのは、国内ではChar位だわさ。

そのChar氏については次回掘るとして、ここで注目すべきがBeckは殆ど歌わない点だ。
Lead Vocalを取ってれば歌のノリを良くするとかフィットさせる都合で、カッティングのリズムにも自然と注意が向くんだがね。

よく「Guitarを歌わせる」なんて誰もが語るが、彼はカッティングでさえ鼻歌と完全に同格と考えてたからなんだろうな。
DrummerやBassistだったらリズム精度は常に気にするだろうが、これ等と比べりゃ音程や表現にリソースを割かれるGuitarはリズムが疎かになり易い。

そんな中でカッティングは、「自然とリズムに気が行く」そんなに多くはない状況なんだ。
ので例えカッティング自体には興味が無くても、本当に無視しちゃうと大損の危惧があるん。

=続く=

2024年3月26日 (火)

音楽備忘録1684 音楽に於けるテクニックの意味①

拙ブログでは再三に渡り俺言い「映えテク忖度警報」を発令してるが、だからって僅かでも使ったり盛ったりしちゃ駄目なんて思って無いさ。
人間は煩悩の塊 今風に例示するなら承認欲求とか、そんなのがある限りは清濁併せ呑みで行くしかない。

但し「程度」とか↑の割合っつうのが問題だし、物には普遍的な優先順位ってのがあるんだよ。
先ずは嘘・音楽芸能的にはハッタリから考察してくが、ここで取り上げるのは宣伝効果としてどうなのかだ。

ネットが普及して以降本来は音が勝負の音楽も、視覚の影響が大きくなり過ぎてしまった。
聴いて判断するには最低でも数秒・モノ次第じゃ最後迄数分掛かるが、百聞は一見に如かずの通り見る方が早い。

無論それだけで音楽は内容が分かる筈もないが、「試聴する価値がありそうかどうか」には多少なりとも効果はある。
ので近年は以前よりゃかなり映えテクは大人しくなったが、試聴して貰えた場合&Liveでの目玉の1つとしては相変わらず有効だ。

けれども映えテクが本領発揮するのは飽く迄楽曲を始め、他の部分が事足りてたらなんだよね。
前々から他項で概述の様に、先ずは映えテクの登場する箇所迄耳を向けといて貰えないと何にもならんやろ。

ならばいきなり映えテクから始まる曲を量産すれば…って、それも一利はあるものの楽曲に大巾な制限が掛かってしまう。
更にはそんなのばかり続けてると、最悪奴等の曲が良いのは頭だけなんて悪印象を植付けちまう。

つまり便利そうな映えテクにはそこそこ大きく多種のリスクがあり、実際にはかなり使い方が難しいんだ。
尚且つ元の目的が目的なだけに、音楽的貢献があるのは映えテク中ほんの一握り。

寧ろ「使い所」に精通するとインパクトさえ十分なら、演奏難度の高さなんてどうでも良いんすわ。
但しそうは言っても音楽的に僅かでも何等の貢献があるヤツか、最低でも足を引っ張る様じゃあきまへん。

私感に過ぎんがどうもこの辺りが、’70年代頃迄のこけおどしと今劣化本邦のは質が違っちゃってんだよなぁ。
又音楽演奏中(歌唱だけの人も含む)のダンスにしても、音楽がメインならそれに加担するのじゃないとアカンですよ。

本職ダンサーと比べりゃ幾ら頑張ったって所詮はミュージシャン、良い線は行っても到底敵いっこねえっての。
マトモな神経の持ち主だったら音楽の方を最低でも半分以上優先するから、もうその時点で負けが決定しとん。

但しⅡでこっちには音楽理解度の深さ等の専業ダンサーには無い強みがあり、音とダンスのコンビネーションで立向えば一縷の望みもあるってもんだ。
それ故バレエピアニスト等一部の特殊分野では、音楽単体自体より如何にダンスへフィットされられるかで評価される。

車のエンジンに例えるなら映えテクもダンスもターボみたいな存在で、エンジン本体が存在しなきゃ唯の風車に成り下がるんでぃ。
一寸考えりゃ極基本的な構造なのだが当たり前過ぎたのか、何時の頃からか失念してる方が多数派になっとるぞい。

-続-

2024年3月25日 (月)

音楽備忘録1683 日常生活と音楽活動⑥

今回はちょっち余談がメインになるが、随時頻度極短時間練習に言及しときまひょ。
これを上手に活用出来る様になると、隙間時間でのスキルアップが可能化するんだ。

全く弾けない叩けない時期にはあまり不要だし、その段階じゃ後30分演ったら慣れられるのになんて方が多いかんね。
けどそんな初心な内でも、体制が充分整わない内でも希望のフォームが出来るかなんて部分にはちょっぴり役立ったりするん。

何事でも準備は必要且つ大切なんだけど、暖めるのにあまり時間が掛かるばかりでは都合の悪い事が多い。
その極致の1つに数時間掛けてコンディション万全になったは良いが、ほんの1曲位でもうバテるなんてのがある。

そこで準備時間の短縮化を目指すんだが、やり方に欠点があると何処かに不備が出て来るん。
杜撰大王で多いのが所謂「力み」で、ついムキになり過ぎてスタミナを損ねるって代物だ。

コレ普通に考えると数分で終りの方が力んでも平気そうだが、性格的な問題か知らんが短くて良いとなると案外平常心で行けちゃってさ。
俺のは極端にしても歩いてて前の人が落した物を拾うとか、無造作或はそれに近いシチュエーションでは余計な意識をしてないだけに必要最低限の動きになやり易いよね。

例に依って人次第でかなり程度差はあろうが、ミニミニ練習はそんな状況を呼び込み易いんだ。
但し極短時間な代わり頻度はなるべく高いのが必要で、朝飯後にやって駄目・昼飯後も駄目・晩飯後もやっぱりまだ駄目でふて寝する…じゃ救われないけどな。💦

んがすぐに出来るのより普通は長く掛かるのの方が遥かに多く、長期戦を切り抜けるには没頭し過ぎで工夫不足になると徒労製造機でしか無いんよ。
精神的緊張と肉体的疲労が重なればアイデアは出難くなるし、感覚も鈍化して来て問題点の発見もし難くなるでよ。

良い意味で余計な事を考えたりやったりする暇が無い、=頭も体もニュートラルでフラットな状態で試せた方が成功率が上がる事もあるねん。
この時気持ち的には常に留意してるが実際気にするのは数分って感じで、物事を客観視に近付ける方法の1つなんじゃないかな。

仮に体力が有り余ってて精神力も神だったとしても、限度はあるしずっと同じ水準を維持するのは難しい。
更には人の方が平気でもツールの方の事情もあって、ゼロヨン等以外ではF1でさえ何処かでタイヤを温存しないと最後まで持たなかったりするやん。

因みに長時間連続練習も同じ位必須だが大抵は機会がかなり限られるのと、ぐーたらサラリーマンみたいな悪く言や仕事してるフリみたいな姿勢じゃちっとも練習にならないんだよ。
学校や仕事はクビにならん程度にして練習は全集中みたいなのは人に依っちゃある程度可能だろうが、直接じゃ無いにしても「サボり癖」をわざわざ付ける元になるから考え物でっせ。

最短で上手くなりたいなら大きな欠点のある方法は避けるのが賢明、時間を効率良く使うのも長く安定して続けるのに必須でんがな。
ほんでこれも又普通の生活と音楽を併存させるのにも有力で、日常を普通に留めとく事でいざという時の余力が生み出せるんだ。

=続々々=

2024年3月24日 (日)

音楽備忘録1682 今時真空管の得失➏

今度はMic関連での球にスポットを当てるが、私体感的にはMic自体が球(つまりコンデンサタイプ)の方が効果が大きい。
現代ダイナミックタイプ+球Micプリだってそんなに劣りゃしないが、それで足りるなら後でどっかで1回球を通してやりゃ済む筈だ。

しかし不要ピークや固過ぎ案件に目を向けると、上記2つにはかなり差があるのがきっと分かるよ。
少し細かい話しになるがエレキGuitarの歪みを作る際、どの辺で一番歪ませるかでかなり異なる音色が得られるんだ。

文字で表現すると各自の感覚に左右されるから敢えて歪み率10%と条件を仮定固定したとして、合算歪みが同一でも回路初段で2%最終段で8%のもその逆のもある。
この時役割が全ての段で一緒なら殆ど差は生じないが、大抵はどの段も担わされた役割がかなり異なる。

又初段以外での歪みには歪んだのを更に歪ませたのも含んでるから、積極的に如何にも歪んだ音色にしたい際は有利だが逆の場合は歪み成分が悪目立ちし易くなるんだ。
んで球歪みをサチュレーションとして利用したいとなれば歪みは目立たん方が良いんで、なるべく早い段階でピークを潰せる程有利なんすよ。

故に大昔みたいにアウトボードを不使用で録るとなると、極力楽器(Amp含む)とMicで大体ピークが抑えられると歪みの少ないのが録れてたんだ。
杜撰大王はその時代のハイエンドダイナミックタイプを体験してないから断言は出来ないが、’70年代半ば頃迄は録るとコンデンサよりダイナミックの方が悪化した印象がある。

っても真犯人は恐らくダイナミックタイプより、録音機器のダイナミックレンジが狭かったせいなんだろうけどね。
今と昔じゃ目的は少し違ってんだが往年の過去作がCD化されてみたら、1965年~1975年頃のより1955年〜1965年頃の方が歪みに限っちゃ全体平均は良好だから聴いてみそ。

この辺で音の棘を減らしたいとか柔らかく聴き易くしたい場合の、物凄く基礎的で大雑把な球利用の優先順位を提示しときま。
必ずじゃないけど①足りるだけ全部球②入口に球、③何処かで1回は球を通すで御座居。

因みに現代はどんなチープな再生機器でも昔より相当ダイナミックレンジは拡大してるけど、殆どのケースで録音機器より再生機器が劣る状況になるからね。(本来はそれが好ましいが)
その意味で後から歪みが増えるのを嫌えば、初期段階で敵勢力を削いどかないとさ。

しかもそうしとかんと平均音圧を稼ぐのにも不利で、なまじピークがそのまま記録出来る様になったもんだから昔より膨大なマージンを要求されちゃうん。
幾ら事後に超高級コンプリミッタを上手に潤沢に使えても、何もせんよりゃそれ等のノイズが追加される。

し0.何%であろうと何かに通せば音の純度は必ず低下するから、躍動感や臨場感が打撃を受けるん。
球コンデンサMicってかなり値が張るんで購入意欲が湧き難いけど、後の手間と機材費を込みにすると案外安上がりになったりするんだ。

-つづけ-

2024年3月23日 (土)

音楽備忘録1681 Guitarカッティングの重要性Ⅱ➌

続いては楽器固有の特性の観点からだが、弦楽器で特にエレキその中でもGuitarには他より優れた点がある。
のが意図的に明確な音程を殺したプレイで、大袈裟に言や色んなパーカッション擬きに変身可能な処。

アコギやBassでだってそれなりには出せるが、音量大き目で出せる倍音の種類が少ないんだ。
と言いつつ杜撰大王は殆どのGuitarのギミック奏法に対応するのを網羅して頻用してるものの、効果の程度がGuitarには一歩及ばないんだ。

この手に限っては歪んでもOKなエレキGuitarだけ、感度を任意に変えられるから断然有利なのよ。
ってそのまま暴走すると本題から又外れそうだが、この様な奏法のリズムネタとしてもカッティングはとても重要なんだ。

ってのもそんな領域になると打楽器観点が必要で、非音程メロでリズム自体をメロ化させる必要があるからだ。
ハッキリ「ドミソ」等と認知されちゃうと、大抵人間は音程の方に注意が惹かれてしまう。

そうじゃないと、どんなフレーズかを逃しちまうからさ。
故に敢えて音程が不変か不明瞭にしとかんと、リズムの方へ耳を傾けて貰い難いん。

それが歌の入らない箇所のみならず、歌のバックでも結構大切なんざます。
和声≒ハーモニーは雰囲気程度に留めとかないと、肝心の主旋律の邪魔になったりする事があるからね。

歌の伴奏の盛り上がらない盛り上がっちゃ不味い箇所って、結構リズム隊と歌だけにしてるのがぎょうさんおま。
悪く言やお寂しやも良く言や純粋なメロは歌だけになるから、メロや歌詞を際立たせるには最適な手法の1つあるよ。

その延長で混沌表現以外では演っても比較的シンプルな裏メロ程度が、通常の伴奏に許される範囲なんじゃないかな。
でそうなると音程では下手に小細工は出来なくなるんで、リズムの方へ活路を見出す事になるん。

無論歌(メロ)と全く共存しないのは論外だが、邪魔せず何処かでリンクしてたらOKだ。
それは分かるがリズムだけならDrumやBassでも演れるでしょなアナタ、どっこい傍が思うより案外色んな縛りがリズム隊にはあるんだよ。

例えば頭が休符で裏から入るメロの特徴を活かすには、他の誰かが頭に鳴らさなきゃ裏なのが釈然としなくなるべ。
決まったリフのあるのだとGuitarでも演れるが、ハーモニーが希薄になるのを嫌ったりすればBassがそれを演なきゃいけんくなる。

その点リズム隊以外の楽器なら最低限のリズムリンクさえしてれば、ポリリズムを形成する等かなり自由に刻めるん。
無論Guitarオンリーで入る時とかは曲の基本形にするのが求められるが、一旦DrumかBassが入ってしまえば開放される。

その意味では最も「リズムで遊ぶ余地がある」と言え、まだまだかなり可能性を秘めてんすよ。
確かに定番の刻みをして曲調を定めるのも悪か
ないが、少なくとももっと個性的であっても平気なんだよ。

だからBeatlesでJoker的役割も担ってた、John Lennonの奇想天外なアイデアに満ちたカッティングはその筋の宝庫な
んだ。
日本人の一般傾向としてリズムよりメロに敏感なのは上手く使えば武器になるが、あまりにもリズムに無頓着では折角の利点も殺されちまうぜ。

=続く=

2024年3月22日 (金)

音楽備忘録1680 独自称一筆(ひとふで)弾きの功罪➌

さて初回にオルタネイト等普通に行くのと一筆で行くのと適正があると書いたが、速度次第では物理限界があるんだ。
超高速だとオル弾きは無理だし、低速だと一筆じゃタイミングを取るのが難しくなる。

但し慣れや体質次第で切替ポイントは誰でも一緒ではなく、ある程度巾があると考えている。
只一応の目安があってオルタネイト系で追付くのに余裕が無い様だったら、そのまま練習を続ける前に一筆を試してみた方が良いんじゃないかな。

1音1音のタイミング等は通常オルタネイト系の方が確実になるも、全体がアンサンブルの後ろ髪を引く感じになっては何にもならんからねえ。
奏者本人はギリギリ追付いたどうだ凄いだろうなんて悦に入ってても、周りからすれば変な処だけ重くするなよなんて思われてるかも知れないんだ。

その逆にタイトさが重要な箇所で誰かさんみたく平気で一筆にしてると、時に周りは何か曖昧だなあなんて…。
さてⅡで鍵盤では近似現象は起きないと思うかも知れんが、「指使いの意識」次第じゃ結構頻繁に起こり得るんだ。

知人に良く指の回る(速く動かせる)奴が居るんだが、そのせいで俺言い兎と亀現象を起こしてるんだよ。
どゆ事ってば一々指1本づつ順番にって意識しなくても、速度的には楽勝で行けちゃってんだ。

奴は普段がClassicのソロが多いから、聴者に俺みたいなウルサ型が居なきゃ問題にならなかったんだろうな。
雰囲気だけを聴くには却って打込みと正反対で結構なんだが、フレーズをちゃんと把握したいって要求が蔑ろになってるんだよ。

具体的には伴奏が連続して鳴ってたりする等で、孤立気味で比較的シンプルなフレーズだったら問題とはなり難いんだがね。
これはジャンル・アンサンブル(独奏含む)で程度が変動するんだが、Classicだからって全く雰囲気だけとか同期物のテクノだから完全リニアにすりゃ良いってもんでもないんだ。

正味な処状況次第で優先順位があるってだけで、ホントに有耶無耶で構わんならグリッサンドにしちまったってエエやんけ。
尤もヲタ掘りすりゃ「グリッサンドのニュアンス」だって、無限にあるんだけどな。😵

さてⅢで最後にカテゴリーにずっとPC・ネットを加え続けてるのは訳ありで、打込む際に数学的視点だけでやるとどうも感じが出ないなんてのがあんの。
打込みはそのままだと音的にはほぼオルタネイト系になるが、ネタが人力演奏ので一筆系のだとそりゃ違ったニュアンスになって当然なんだ。

譜面通り打込んだらパッとしなくなるのが、レゾリューション最細で雑なリアルタイム入力でもその方がまだマシって事があったさね。
因みに杜撰君の雑っても、自分で現物を奏でてるイメージが本人脳内にはあってだけどね。

高度な特殊訓練でもしたら奏法と出音の差を縮められる可能性はあるも、生身の肉体を駆使する限りは得失を活用した方が良いと思うんだ。
そうすると当然奏者次第で異なって来るが、それこそが個性(パーソナリティ)の1つの源泉
なんじゃないかな。

=終り=

2024年3月21日 (木)

音楽備忘録1679 日常生活と音楽活動⑤

普段からとってもアウトドアなリッチマンだったらどうか分からんが、音楽では個人の活動拠点は自室になるのが基本なんじゃないかな。
さりとて以前述の如く防音するのは中々色々厄介で、賃貸等の制約もあるので大変だ。

なので当座は学園祭に出るだけ等しか演らないなら、楽器も場所も借りて凌ぐのもアリかな。
でも継続的に特に期限が未定なら、長い目でみると最低でも並行して進めた方が早いんだ。

そしてそれは本題の日常生活との共存にも必須で、これを経済的側面から少し考察してみよう。
ハコを借りるには安カラオケでは遮音不足な場合、最低でも1時間¥500程度は取られるだろう。

そこへ行くのに歩きかチャリだけで済めば良いが、殆どの場合はハコは商業上繁華街等にあるから往復の交通費も掛かる。
これ等は1回あたりの額は大した事無いが、週3だと毎月の経費だけで凡そ12倍にも膨れ上がる。

仮にハコ代¥1,000・足代¥1,000と安く見積もったとして週なら¥6,000で済むが、月ならもう¥24,000。
それが年間となれば塵積もで、何と¥28万8千にもなるんだよ。

って事ぁ1年分を楽器購入に回せば中古ならモノホン1台程度、2年分で最廉価な市販防音カプセル(室内に据置きするヤツ)に手が届くんだわさ。
確かに外の方では色んな機材に触れられたりの利点はあるし、そこでの発見や楽しみも捨て難いものはあるがね。

けれど弄れれば良いって趣味じゃない限り、練習に没頭するには外はやっぱ少し不利なんだな。
その最たるのが「時間の区切り」で、一般的にはせいぜい30分単位位が多いでしょ。

待機時間を減らすと学校やバイト・仕事が一寸伸びたら借りた最初の時間に食い込んで、その分の費用は無効化する。
しその逆に充分な余裕を与えてやれば、今度は1日のスケジュールの終了時間が遅くなる。

ある程度キャリアが長くなると超短時間練習も有効になって来たりするが、多忙な日に1曲だけ練習するとかが外利用では殆ど無理だ。
因みに練習時間って長く連続のも必要だが、筋肉の張りや疲労・集中力が低下したまま続けると意義が著しく損なわれるんだよ。

新技習得でそこそこ力加減の難しいのなんかだと、一定以上にバテてたり筋肉が張ってたら不適切なんだ。
その場合適切なインターバルを取るのが効率的だが、それがどの位になるかは状況次第で不定。

そんなのだと練習時間の枠が固定されれば非効率で、費用・腕向上・習得時間のとれかが必ず割を食うだ。
人に依っちゃかなりハードルが高いだろうが、この辺りの周辺問題を疎かにしてるのも今劣化本邦の弱点なんじゃないかな。

日本の一定数のプロは核心を隠してこの先は教室へ来てなんてやってるが、海外のレジェンドはそんなケチな真似してる奴は居らんで。
っつうのも理解出来た処でそこから先モノにするのこそが本当に苦労する箇所で、秘訣の公開は寧ろちゃんと分かってる先生の証しみたいなもんなんだ。

練習環境もこれと似た様なもんで、一部スポーツ界では漸く是正が進んでる様だがね。
何より大きいのは暫くの間はそんなに差は付かないが、後になればなる程大差が出る処なんざます。

=続々=

2024年3月20日 (水)

音楽備忘録1678 今時真空管の得失➎

続いてはエレキGuitarの球ストンプに絞って綴るが、効果はあるものの使い方に難があったのを。
わざわざ過去形とするからにはずっと使い続けてて、尤も最近は殆ど球Amp本体での歪みし使わなくなってんだけどさ。

歪み系と比べると他用途のは差がかなり縮小し、その歪み系でさえも回路方式や出来不出来で結構な差があった。
前者はリッチクリーン迄の音色も含めてそう感じられるが、真犯人はストンプじゃなく球以外のAmpなんすよ。

特に救いの無いのが演奏場所に合わない出力不足の時で、普通に聴こえる様にすると石Ampでの歪みが避けられない。
この時の歪みってのは音色的に露骨なのじゃないのも含まれ、エレキAmpって元々どれもオーディオのより歪み率が悪い代わり目立ち難く作られてはいるんだがね。

けどそれがこの件では悪助力してて、少し汚れっぽいけど大体生音かななんて時点でもうそこそこ逝っちゃってんすわ。
音質アウトライン的には生であっても、こうなると石の悪い癖は既にかなり出ちゃうんよ。

雑に捉えりゃどうせ球でだって歪ませてるんだからと思うだろうが、球でこしらえた歪みの良い部分がスポイルされてしまうんだ。
それとリッチクリーンを意識したモードが現行球歪み系ストンプではほぼ存在せず、これを気にし出すと大柄で高額なPreampタイプにしなきゃなんない。

そう迄しても根本解決しないのは、リアルAmpのパワー段でのナチュラルコンプと歪みが入らないからだ。
又球でも低電圧駆動のはそれ同士や石のと比べるとセーフだが、今や希少になった正規電圧駆動のと比べたら差は歴然なんざます。(それが希少なんで中々分からなくなってるが😓)

にも拘らずこうなったのは小容量高圧出力で小型の電源トランスが、入手難になったのが恐らく根底原因だろう。
典型的ストンプサイズより大きくなって構わなきゃ今でも作れるが、ケースだってサイズアップすりゃそれだけで価格が上がる。(尤もトランス漏洩磁束由来のハムノイズにはとっても不利)

これ等諸事情から真に有効なのは条件付限定となり、それは以下の様なものだ。
 ①非球Ampなら所望音量時に無歪み
 ②歪ませ音色だけ球のになりゃ良い
 ③Amp出力段のパワーコンプは妥協出来る

こんな按配なんで杜撰大王の主目的は当初から「好ましい歪み」(深さも含む)と、他所へ出向いた際の最低保証程度だったんだ。
その他では非力歌手のグループとか爆音不可の場所での音量抑制位で、例外以外で録音に使ったのは球Amp購入前の短期間ざんす。

現実はこの程度の効力でも無いよりゃ大部マシだが、全球Ampを持てる様ならどんな小出力のでもそっちを先にした方が良か。
石とで目立つ差は確かに歪ませ音色なんだが効きがじんわりで目立たなくても、球って露骨な歪ませ以前の状態時の方が実際は効力が大きいのだ。

-つづき-

2024年3月19日 (火)

音楽備忘録1677 Guitarカッティングの重要性Ⅱ➋

私体験の事後検証をし乍ら具体内容に進めてくとして、先ずはアンサンブルに於けるGuitarの役割だ。
インスト物で他に和声伴奏可能なのが入ってる場合を除き、実は本質はソロ等のメロより伴奏なのだ。

その分水嶺は
和音が出せるかどうかで、物理的に不可なのの他音域上適合頻度が低い物も含む。
そりゃ単音楽器だって物量作戦に出りゃ和声も可能だが、アンサンブル規模が小さい場合は重複するより異なるのが優先になるからね。

ほいでRock系となるとGuitarだけで最大3人位のもあるけど、ミニマムだとたった独り且つ他に中音域のが無くなる。
通常BassとDrumは省けないんで、GuitarだろうとKeyboardだろうとその音域は専業になる。

そんな状況でJazz系であれば伴奏和音とメロを一緒に奏でる場面もしばしばあるが、歪みが深かったりチョーキングやビヴラートが頻出する様なのだとJazz弾きは幾らも出来ない。
がTrio Band系には別の優位点があり、最多では全員が弾き乍ら歌える事だ。

それで不足するのは俺言いコード伴奏で、歌でハモれれば和声は作れるが別のリズムは出せない。
メロに添わせる都合上あまり掛離れたリズムでは融合してくれず、和声数が不足するか歌詞の聴き取りが妙な按配になっちまう。

処で歌嫌いの人には少々酷だが、必要最低人員で最大の和声を得るには他の方法なんて無いんすよ。
管楽器だと吹鳴中は口をそっちに取られちまうが、それ以外のだったら変に欲張らなきゃ楽器と歌は同時に演れるっしょ。

さてそんな状況でなるべく色んな曲を演ろうとすると、コードカッティングのバリエーションが一番左右するんですよ。
加えて上記は常時メロがある状況での話しで、イントロ・間奏・アウトロにはメロの無い曲も結構あるでよぉ。

そんな箇所では最大に許されて目立たない裏メロ程度が限界で、下手にメロっては折角休みにした意味が無くなるかんねえ。
コードに関しては曲に支配されてるしとなると、残された自由はリズムアレンジメントなのだ。

かつてRock ’n’ Rollの祖はRhythm & BluesとCountryと言われて久しいが、それ故従前ジャンルよりリズム面に重きが置かれてるんだ。
アフター
RockではJazz・Countryでもリズムが多様化したが、特に小規模編成の場合はRockですらRockabilly当時は割と単調だったじゃない。

Bo Diddley登場頃から漸く本領発揮となって、それ等はGuitarだとカッティングリズムのテクな訳よ。
Guitarで作曲を手掛ける者にとっちゃこれ如何で、作れる曲の巾にも大いに影響するんだで。

=続く=

2024年3月18日 (月)

音楽備忘録1676 独自称一筆(ひとふで)弾きの功罪➋

俺言い一筆弾きは飽く迄亜流奏法だが迂闊に全否定しちまうと、過去にはそこそこ多用されたフレーズで演れないのが出て来ちゃうんだ。
それで可能化するのは主に短時隔の装飾音的なので、メロ自体に必須のものでは無いんだけどね。

でも簡単なプチメロでこそ装飾音の有無の差は、間が持つか飽きないか等込みで雰囲気の創出に大差が出るんすよ。
最近でも鍵盤系では普通に用いられてるが、Drum→Guitar→Bassとなる程何時の頃からか殆ど使われなくなっちまった。

尤もBassでは使用頻度が元から高くなかったけど、音程のあるリズム刻みには絶大&他に有効手段が無いんだよね。
俺の場合ピック弾きがメインだからGuitarの所謂空ピックみたいなのも演れるけど、スラップでこれを否定すると近似なのは出せなくなるん。(厳密には一筆時だけ指弾きにはなるが)

で具体的にはドラム奏法ならフラムとかラタマキューみたいに聴こえるヤツで、音程よりリズム装飾に効果が大きい。
簡単プチメロの物足りなさ不安に対し、他の音程を追加したら複雑に聴こえて駄目かも知れない時なんかにお誂え向きなんだ。

と言いつつ俺が追及してるのは音程付きの方で、起源は恐らく古典奏法の伴奏とメロを同時に鳴らす弾くのから来てるんじゃないかな。
これがチョーキング不要のフレーズだったらそのまま導入も可能だが、一部の音程だけチョークさせるのはほぼ困難だ。

ストリングベンダーを装着すれば似た様な真似は出来るが、決まった弦だけしかベンドさせられない。
又和音チョークは同時3音程度が限界なので、チョーキングの寸前か直後にほんの僅かに和音を鳴らすってのが現実的なんすよ。

分数コードみたいな発想に基づけば、要するにボロリン+プチメロ(チョーキングのあるのも含む)ね。
俺知り具体例だとCharがそこそこ使ってるが、最も印象深いのはAtlanta Ryhthm SectionのBarry Baileyだ。

今は亡き彼はこれをトレードマークとしてて、随所要点で用いる事に依ってリズムに躍動感を加えていた。
実は俺本家が居なくなったのを良い事に、勝手に後継者を狙ってるからあまり皆に真似されたら都合悪いんだけどね。😵

何れにしても音楽表現の一手段としてはメジャーで、特に鍵盤で作ったフレーズを弦で再現するにはほぼ必須ざんす。
因みに余談としてはエレキが時代の寵児だった頃、SAX等とフレーズのパクリ合いが盛んでね。

恐らく起源は同じフレーズを異なる楽器で順に奏でたりするのからヒントを得たんだろうが、どの楽器でもそうしてフレージングのバリエーションが拡充してったんだ。
何れにしても真の思い付きを具現化しようとしたら、万人共通で最も自由になるのは鼻歌等。

その段階では各楽器の制約なんてあまり配慮されてないのを鑑みると、例えば「ウンギャラボッパッピ」なんてのでさえ奏でられると良いじゃない。
そんな場合は石頭で生真面目な対処で応じられるとは限らず、少々アブノーマルだろうと変態的だろうと再現可能な手段が最適解なんすわ。

=続く=

2024年3月17日 (日)

音楽備忘録1675 日常生活と音楽活動④

さて防音室が必要としても、ほんじゃあ楽器の方はどうするのかについてざます。
これは今時分だと太鼓の爆音具合を分かってる人の方が多そうだが、従兄が始めた頃は親達はあまり分かってなかったんだ。

ってのは昭和40年代一杯位迄色んな店での生演奏がそこそこあって、そこでは夫々の場所にマッチした音量で演奏されたりしてたからだ。
尚且つJazzでは状況次第で力任せにぶっ叩く様な無粋な真似はして無かって、要するに爆音系の色々なんて世間一般には全然認知されてなかったんよ。

しかも早期に本職がJazz Drummerのジミー竹内先生の教室へ通わせてたもんだから、まさかあんな事態になるとは想像も付かなかったんじゃないかな。
それで最廉価な楽器本体が先になり、防音の方が後手に回っちゃったんだ。

身近に金管奏者が居なかったんで釈然としないが、学校の吹部へ入るのに楽器を買い与える以外の状況だとどうだったんだろうか?。
まあ今だって他人の迷惑顧みない不遜親だとか自宅敷地が広大な人だったら、強引に押し通してたりするのも一定数は居そうだがね。

何れにせよ子供の方は昔と比べ何処かの傍若無人な連中は殆ど居なくなり、表面は兎も角内心は酷く大人のご機嫌を皆気にしてるみたいだよ。
で本筋へ戻すと今でもチープな楽器本体が先になるのが普通だろうが、親も子も次の段階へ進めるなら何らかの防音対策でしょうな。

今劣化本邦って文化遅延国家でもあるんで、例え親が全然分かってなくても演る人はそう思っとかないと大きな障害になるでよぉ。
以前述の通り防音が最も初期から必要なのは爆音系生楽器で、それは近年流行りの所謂サイレントタイプでも実用上は少しは要るんだ。

生楽器って演奏の熱が高まると俺言い「発音司令部機構」だけでもそこそこ騒音を発するもんで、ピアノなら鍵盤・太鼓ならバチと打面(パッド)の衝撃音とかだ。
それ等はフルに鳴らしてるとほぼ気付かないが、弦や皮の発する音を除外したら案外結構な大きさになったりするん。

これで今恐らく本人は気付かず迷惑を掛けてるのが、電子バージョンの鍵盤や太鼓なのよ。
スピーカ付属の有無に関わらず、思いっきり演ったろうって時ゃヘッドホンを被るべ。

でそのヘッドホンである程度以上の音量を出してたら、奏者にだけ生で出てる騒音は感知出来なくなるやん。
これが又昔のキーボードみたいなタッチレスポンスも無きゃ俗称ペコ鍵ってチープなプラのと違うから、音だけじゃ無しに衝撃(振動)が意外とあるんだわ。

コレ騒音観点だと上階で子供が室内を走り回るのとか、金槌を使った工作や修理をしてるのと近似なんだ。
でⅡでこれからも匂う様に、低音程それを遮断するのが至難なん。(1打の振動≒音波的には1Hzの超低周波とも解釈可能)

遮断するのが困難って事ぁ殆ど減衰せず、振動成分は近隣に殆どそのままに伝わっている。
為に演ってる人なら全然ウルサイと思わないのが、演ってない人には何ガタガタしとんとなるだよ。

簡単に外へ持ち出せて演奏場所も確保されてるなら良いが、そうじゃない内は楽器は買っても眺めて楽しむだけのアイテムと化すんですわ。
勿論ホントに何も無いんじゃ練習すら支障があるけど、楽器を借りるより場所を借りる方が普通は難しいんじゃないかな。

=続=

2024年3月16日 (土)

音楽備忘録1674 今時真空管の得失➍

今時皆が何でも寿命の長さを気にする訳じゃないが、その人にとってどんな存在かに依っちゃ誰にも大影響があるんだ。
杜撰大王の場合資金状況から高額なのはロングライフ・廉価なのは使い捨ての傾向になってるが、その他に代用レベルの問題も忘れてはならないんだ。

その中で音楽ツールの特殊性ったら、○楽器を☐弾きすりゃ△な感じの音になるっつうのなんかだ。
上記の△に微妙なのが入る際、ニュアンスや雰囲気は少しでも違ってしまったらもう役に立たない。

に対し100均で買うウェットティッシュ等は、機能面が大体同じだったら普通に使うのには全然困らない。
音楽なんて短期間しかやらないと決まってたなら別だが、大抵は特に趣味の場合先の見通しは不明な事の方が多いもんだ。

それと以前述の如く止めた際の資産価値は考えとくべきで、急に飽きて次へ行きたくなったらその資金はすぐに入り用になる。
使い捨てで構わないの以外は、買って持つなら長寿命な方が何かと有利になるですよ。

とは言え球の欠点が容認出来ぬとなりゃ二の足を踏むのも当然で、それには過剰な期待を寄せるのがお邪魔虫になるんだ。
ここでの過剰とは主に緻密さ繊細さ等で、腹黒く言や石はその外面的魅力を全面に出して広告してる。

外面ってもホントの外装等ではなく、耳に入った瞬間の音の印象の事。
お馴染みヘンテコ比喩れば球は史実の通り昔の石は現代人ってなもんで、時代が下る程画像じゃなくても髪型や化粧は上手になってるよね。

すると見た瞬間のタイミング次第じゃ、昔のスッピンの人は実際より劣って見えたりするケースがあるやん。
口が悪くてスマンが化粧のお陰で良く見えてる人って、最悪スッピンになったら家族でさえ分からなかったりするべ。

それでも敢えて石を擁護すれば通常は常に一定以上のルックスをキープ出来てるが、既に盛れるだけ盛ってるんで第一印象を上回る事が皆無なんだ。
初対面時に最悪状態を想定・再現して試せりゃ良いが、それって素敵な女性に出逢って直ちに「悪いけどスッピン全裸になってくれる?」と乞うに近いんじゃね。

と云う様な第一印象差を球と石では差し引いて評価すべきで、半導体デジタル全盛の今は恐らく正しい評価を出来てない人が多いんじないかな。
実は今は老いぼれた杜撰大王でも幼少時は原子力なんかに大きな魅力を抱いてて、しかし蓋を開けてみたらガッカリなんて経緯があって今に至ってんだ。

その証拠ってんでもねえが大昔悪ガキの頃は路傍に捨てられたTVから真空管を抜き取って、乱暴に投げ付け爆弾爆発だなんて悪ノリしてた事もあったんだわさ。
世代的に球が身近な最後の方の世代ではあるんだろうが、今程重視はしてなかったん。

オーディオと音楽に長く携わってみたら、球の方が深刻なトラブルに遭い難かっただけなんだ。
当然音質や音色は一番大事だが、新作が思い浮かぶのを自然に任せてると全く何時になるかは分からない。

前のが5分前の時もありゃ、長いブランクの方になると何年後になるか分かりゃしない。
だからこそ思い付いたら早速試したいのが人情ってもんで、その時に稼働してくれないのが最も辛いさね。

-つづく-

2024年3月15日 (金)

音楽備忘録1673 Guitarカッティングの重要性Ⅱ➊

昔に比べたら唯コードでジャカジャカ演るだけ…なんて考えられてはいないだろうが、今劣化本邦ではまだまだ正しい評価がされてないと杜撰大王は思うのだ。
日本人でカッティングがずっと印象に残ったのはCharだけで、布袋寅泰のアイデアは秀逸だと思っても単純な気持ち良さの点でどうも物足りない。

意見や感じ方は様々だろうがそうなるにも原因があって、John Lennonのを頂点として海外にはカッティングだけで飯が食える様なのが沢山あるからなんだ。
それで解せないのが日本人のご飯好きで、本当に旨いご飯だとオカズ要らないなんて人が沢山居るのにさ。

食文化で海外比較するとこっちは薄味・シンプルで、その点では凝ったフレーズを延々演るのなんかよりカッティングの魅力だけで攻めるなんてのに最適だと思うんだがね。
自分も音楽を演ってみようとした原動力はBeatlesだったが、洋楽に興味を抱いたのは彼等じゃないし聴き出したのも他の人だった。

先になった洋楽ヲタとして初対面から面白興味を惹いたのは、ガキにとっちゃ何たってオモロイのとか変なのだ。
その中には生まれて初めて聴くコードやリズム等が含まれてたから、掛かっては居た筈のBeatlesに興味が湧くのが多分後回しになったんだろう。

では何が突破口となったかと思い返してみると、親和性だったんじゃないかとね。
当時の欧米人の中では彼等が貿易港の街の出身だったからか、感覚的に最も親近感が得られたんだ。

今にしてみりゃグローバルだっただけで英国人らしさを捨ててなんか居なかったんだが、他のはもっと国や民族のローカリティ臭がぷんぷんしてたんだよ。
聴くには楽しい偏屈コードも、初心者が弾くとなったら大変だ。

歌にしても高度なビブラートは素晴らしいが、やはり初心者には殆どすぐになんか出来やしない。
ヲタになって10年位経ったある日、上記の様な技を一切使ってなくても面白いのがあったんだと知ったのが初期Beatlesだったん。

ほのかにはベーシックの重要性を感じては居たものの、そんなのとは無関係に追っかけ出した。
っても所謂アイドルの追っかけじゃなく、音とその内容をね。

その結果今となってはJohn Lennonが杜撰大王の源泉となってるが、最も貢献したのがお題のカッティングなんすよ。
時々突如チラ見せする超変態コードを除けば、Guitar単体での和声(コード)は至って平凡。

しかしそんなでも刻みの方ではドエライ事になってて、曲次第でかなり差があるも刻みだけ取り出したら難解Jazzよりもっと複雑怪奇なんだよ。
一応パターン化されてても毎回何処かが異なってたりしたから、全部覚えてからじゃないとロクになぞれもしない。

只当時時点では譜面読むのが面倒なのと買う資金が乏しいしで、初心者だから必要だっただけと思ってたんだ。
そんな中最初からハッキリしてたのは、唯のジャカスカだけでも全然飽きの来ないのもあるんだなってね。

=つづく=

2024年3月14日 (木)

音楽備忘録1672 独自称一筆(ひとふで)弾きの功罪➊

他に上手く思い付かなくてのヘンテコ呼称だが、GuitarやBassで指なら同じ一本だけピックならダウン若しくはアップだけで賄っちまうアレだ。(これだけで理解出来たらあなたは天才😢)
と言っても今回のは特定前提条件付きで、異なる弦への移動がある際のヤツだす。

なんか初めて遭遇した宇宙人の発言みたいな意味不明で済まないが、例えばオクターヴ上のド→ソ→下のドなんて比較的短間隔で鳴らす時ざんす。
前後のフレーズに支障しないなら多分普通は指なら2本以上、ピックならオルタネイトで行くのかな。

それを無精独特杜撰大王ったらロクに他人のを観察もせず、ずっと冒頭みたいな弾き方してたんだ。
確かにオルタネイトが不可な程速い例えばボロリンなんてするんなら、誰でも俺言い一筆弾きをしてるけどさ。

頑張れば間に合いそうでも億劫がって、いやそこそこタイミングが取れたのもあったからそんなんしてたんだけどね。
だが厳密にタイミングを制御しようとすると、そんなのじゃ精度の限界が低いのに漸く気付いたんだ。

つっても長年染み付いた癖だから中々全数解消となってなくて、今思い出したのが上記例の最後が16を2つになってるヤツでまだ直してなかった…。
最大にネタバラしすると山下達郎のBomberって曲のBassでメロパターンを3分割すればB、サビ前の箇所で出て来るフレーズだ。

私感では従前変態奏法だと今一ノリが劣化してた感じなんだが、今の今迄偏屈頭が邪魔したかちっとも改善案が浮かばなかったでよ。
なまじ40年もそうしてたからどん位掛かるか、果たして慣れられるかすら分かんない。

Butこんなの以外の箇所では正論からは外れてても、時には最適解となるケースも恐らくあるんすよ。
それが前後のフレーズ事情等で他には指の長さ違いや、アップダウンに差があって最適強弱にならないとかかな。

ドラムに興味が無い人には脇道になるが、太鼓でも実はそんなだったってのがあるんだわ。
多分有名なのだとTotoのRosanaのイントロで、Jeff Porcaroの手順が非常識なん。

両手交互でも片手でも演れる速さだし勿論本人もどっちでも可能なんだろうが、何かの事情で片手で賄っちゃってたんだ。
当然音や強弱の都合に従った結果だと思うが、奏者が違うと最適選択が変わる可能性大なんすよ。

なのでGuitar・Bassでだって全数変更するつもりじゃないが、きっと本来は先に両方を試してから選ぶべきだったんじゃないかと。
ってのも幾ら風変りだろうと細密コントロール可能ならさして問題にならんも、物理的適正ってのがあるんだな。

例示フレーズでも2つ同じ音を連続で鳴らす箇所だけ、元から指2本を使ってたもんねえ。
但し感覚より理論優先で解析・実行するのは杜撰君としては非推奨で、ホントの最初は取敢えず感覚に任せた方が良か。

深掘りするならもしかしてそこに君の体質が顔を出した可能性があり、先行きはそれが個性や誰々独自の奏法に繋がってるかも知れないからだ。
何処の世界でも共通度が上がるのは良いが、年を追う毎に独自性が損なわれてってるのはこういうのの影響もあるんじゃね。

=続く=

2024年3月13日 (水)

音楽備忘録1671 日常生活と音楽活動③

さて普通に暮らし乍ら音楽するのに最も壁になるとしたら、爆音系方面では演れる場所の確保じゃないかな。
我々の場合はプロなのもあって、ささやかな幸運+絶大な努力の甲斐あって防音室を持てている。

っと言っても両親が医師だった従兄以外は最初からじゃなく、その従兄にしたってドラムを演り習い始める方が先だったん。
休養君の場合バブル期は本職がバリバリサラリーマンでその後スタジオの仕事をしてたが、その際の儲けで後年リフォームの際に防音工事を併設した。

3人の中で最も狭隘なウチの場合鬼遮音のせいで只でさえ狭いってのに、そのお陰で1部屋損してんだ。
建物自体も防音室以外は脆弱な一般木造で、従兄の地下室エレベータ付鉄筋ビルとは大違いだ。(何故か地下迄EVが行ってないのはご愛敬!?)

しかし俺は世間レベルで言えば決して底辺では無いし無かったのに、個人的には今も昔も貧のまま。
それは防音室獲得の為に、一般生活にギリギリ支障しない範囲で貯蓄に精を出等してたからだ。

その結果も含めバブル絶頂期も基本的に無縁だったし、今だと旅行や外呑みがずっとお預け状態のまま。
アル中じゃないんで普段呑めなくてもそんなに困りこそしなが、これでも若かりし頃は酒に強いのがプチ自慢ではあったんだ。

流石に近頃はもう少し人並みな暮らしがしたくなってるが、それでも極力借金をしなかったからその分幾らかはマシなのかな。
極力避けるったって現金一括払いが無理な案件もあったけど、長期視野に立つと借入れでの債務増額の影響は無視出来ませんで。

後は食料・飲料等をコンビニよりスーパーで買う頻度の方がかなり高く、己は大阪のオバチャンかよってな。
けど主婦的経済観念を舐めたらアカンで、僅かな日々の節約だって積年になればそこそこの差になるん。

それともう1つの利点は大手チェーンはなるべく避ける事で、食品添加物の過剰摂取も回避出来る可能性があるんだ。
医療費圧縮にはなるべく健康で居るのが近道だが、その中で自分で自分の首を絞めるのが最も勿体ない。

この方面で理想は所謂自然食なんだろうが、そこ迄は高額になるからやってない。
こんなの何とも地味で冴えない感じなのは嫌だが、派手な暮らしをする為に時間もお金も取られてもねえ。

外を歩くとか買物をしてる姿は豪勢で良いかも知れないが、それは殆どが自身自体が向上した訳じゃ無いよね。
勿論音楽にもイメージ戦略はあるから外見も大事ではあるが、見掛け倒しになる程情けない事ぁねえですぜ。

わ兎も角楽器種次第では防音室が無くても平気なのもあるが、Drum・管楽器・Rock系歌唱にはここに書いた順で必須と思った方が良い。
地方在住で近所の農家の納屋かなんかを日常的に借りられるなら別だが、他人に迷惑の掛かる恐れがある程知らん間に遠慮癖が付いちまったりするからね。

=続々々=

2024年3月12日 (火)

音楽備忘録1670 今時真空管の得失➌

如何にも直情型の様でいて変なところが冷静な杜撰大王、前回末筆の如く今だと石でピュアサウンドを得る方が高くつくからの球推奨でげした。
なので自作じゃなくても滅多に居ないだろうが、例えばあのNeve等がたまたま手元にあるなら慌てて球なんか買わんでもよろし。

但し単に良い音を求めてたらの話しで、俺や休養君みたいに球自体の音が欲しい人には石じゃ先ず無理ですがね。
それと真っ先にサチュレーションに拘り(要するに不要ピークにお悩みの方)があったら、半導体(IC以上)はほぼ論外・ディスクリートでも石は望みがとても希薄だす。

っと結構条件は色々付くものの、それ等がクリアだったら石系も全然駄目って訳じゃ無いんだ。
けど唯でさえ上記みたいな条件がある上、電子回路に詳しい者じゃないと大抵は機種選定で躓くん。

今劣化本邦では回路図が当初から一般に公表されてるのは皆無だし、誰だって値段が同じ位なら機能が1つでも多い方に惹かれる。
それプラス前回迄述の如くディスクリート部品の供給が年々衰え、価格高騰もこの先止まる見込みはほぼ無い。

現況ディスクリートの石はどんな逸品でも再生産は商業ベースに乗らなく、ってのは部品単体での性能が実は球より劣るのが多いのもあるねん。
その為幾ら伝説のとうたっても球程高額設定は出来ず、尚且つ製造側の最大のメリット「量産向き」も活かせなくなるからなん。

更に厄介なのが互換性で物理的互換性なら球に勝る位だが、音質・音色の互換性は無きに等しいん。
これにはディスコンの影響も大きく、元が球より精度が高いのも仇になってんだ。

球は構造上石みたいな精度を求めるのは無理な代わり、大雑把でも何処かに良い点が出来ちゃうもんでね。
交換したら高域の繊細さは影を潜めたが、低域の量感は以前より良くなったとかさ。

それも好みや目的合わなきゃ駄目だが、多少コツは要るが最初から抜き挿ししなきゃいけない!?設計に助けられるん。
一部の低電圧管を除くとハンダ直付けがほぼ不可能な代わり、交換は比較的容易なんざます。

ICでも汎用オペアンプ等にはソケットの用意されてるのもあるが、必須アイテムじゃないから不慮の接触不良を嫌えば基盤にハンダ付けされる。
加えて球は放熱に必ず配慮が要るが石はそうとは限らんので、交換時のアクセス性に大きな差が勝手に付いてんだ。

だから電子回路趣味が無い人にとっちゃ、修理難易度にも余計に差があるん。
今時ゃ球なんて骨董は楽器や一部オーディオ以外では無縁なんで、正体不明の怖さもあるだろうがね。

でも実運用上はリモコン付き高機能LED照明と唯の裸電球みたいなもんで、故障時素人でも手に負えるのは後者の方なんだよ。
実は杜撰大王専門家の癖に面倒がりで、特に自身の機材修理はお金にもならないからなるべくやりたくなくて…。

わ半分おふざけにしても単純明快な程修理は楽に完全に施せるのもあって、球に信頼を寄せてるんだ。
それとこれは飽く迄私推察だが、電子回路自体が貴重だった球時代の程長持ちする様に作られてた実感があってさ。

以前別述宅の扇風機「新しい順に壊れた」みたいに、マイナートラブルこそ多目だけどね。(大抵は清掃稀にハンダ付け直し)
致命傷に至る確率・期間が明らかに、少なくとも宅比では球の方が長寿命なんだよ。

-つづく-

2024年3月11日 (月)

音楽備忘録1669 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅲ➎

今日最初は若干揺り戻し感が拭えないが、典型的なJazzのエレキGuitar音色から。
所謂ウーマントーンと別物なのは分かってたんだけどお恥ずかしい事に、今の今迄そのマイルドさの理由を杜撰大王はずっと勘違いしてたんだ。

何時もの様に苦しい言い訳を添えとけば、俺が聴き興味最高潮だった時分がRockの全盛期だったからだ。
加えて音響的に飛躍が始まった時期とも重なってて、Jazzでも既に少数のフェイバリットはあったもののじっくり聴き込む暇が無かったんだ。

当時は再生機器性能に過大な期待は寄せられず、録音音質が1年でも後になると段違いに良くなってたし。
主因が杜撰なのは認めたうえで、それらの事情もあってせいぜい「籠らせないウーマントーン」位にしか思ってなかったんだ。

のが今頃になってRock新作の地盤沈下で余裕が生まれ、再生段階でのロスがほぼ無くなった状態で聴いてみればですよ。
中域中心には相違ないが高域抑制が効いてるってよりゃ、印象と違って低域抑制がかなり効いてたんだ。

加えて重要なのがFlat弦が主役な処で、それだと元々俺言い「高域の下品な成分」は殆ど出ない。
で脳筋短絡思考ではボディの厚み≒音色の太さ・厚みなんてなってたけど、実際にはどっちかたら逆だったんだ。

センタブロックの入ってるセミアコでも、ソリッドよりゃ高域は多少大人しくなるけどさ。
そっちより低域が肥満になり難くなる方が大きくて、内部空洞の多いフルアコなら尚更だ。(但しAmpに繋がなきゃボディ厚と音色太さは比較的正比例)

そして誰にも当て嵌まる可能性のある言い訳第2弾を追加すりゃ、低域の高い方若しくは中域の低い部分は確かにフルアコが一番豊かだ。
自分で脳筋短絡思考等としてて一寸矛盾気味だが、昔の庶民がありつけた低音質・狭帯域ではあながち間違いとは言い切れのんさ。

もし生で聴く機会があったらそんなの簡単に吹っ飛んだだろうけど、当時じゃチビクソガキはタバコと酒に溢れた所へは入れて貰えんからね。
って顛末は長い時間が経過してから気付くケースの一例で、どんなに聴き古した作品でも新発見が突如訪れる事があるんよ。

んっ何だって?最初から冷静に聴き込んでりゃそんなの起きないだろって?、そりゃそこにだけ焦点を当てりゃそうだけどね。
でも往々にして何時もそんなだと、「感性だけで聴く」のが中々難しくなっちゃうんだよ。

今頃こんなのボヤくのは自身で少し演る意欲が出て来たからで、聴いて楽しめる限りに於いて必ずしも真実はどうかなんて不要なんだわ。
それが俺言い「理屈で聴き過ぎるデメリット」で、しかし体質次第じゃ超越するのが意外と難しかったりするんだ。

凄い美人だがあのホクロがどうしても気になるとか、細部が先に見えるのが常に悪い訳じゃない。
だが芸術の分野でそっちが勝っちゃうと、出逢いの感動みたいなのはどうしても希薄になって損するんだよ。

のを覆してくれるとすると、圧倒的な魅力のある作品なんじゃないかな。
やろうと思えば分析不可じゃなくも、兎に角何かでドえらい事になってたりしたならね。

-続々々-

2024年3月10日 (日)

音楽備忘録1668 杜撰大王が過去モノに拘る訳⑥

クドイ念押しになっちまうが一口に過去モノと言っても色々で、時系列的厳密には昨日リリースされたのだってもうプチ過去なのだ。
結局基本は最初は時系列を一々気にせず、聴いてみて興味の湧いたのをもっと聴いてみてるだけなんざます。

故に老害杜撰大王でも偶然気に入ったのが今流行のだったら、稀には暫く嵌って聴き続けるケースもあるだよん。
只惜しむらくは近年現役のでアーティストやアルバム全体がイケるのが先ず無く、飽く迄私感に過ぎないが大き目のブランクが生じてるだよ。

それ等の中には新作が出たら試聴しようと思ってるのもあるんだが、メンバーチェンジしてポイントから外れちまったり活動休止とか解散しちゃうのばっかでさ。
結果日常的に追うとなると、過去作で聴き逃しや聴いた事が無い方が圧倒的にメインになってんだ。

世間の評価は別としてRock系では’73年がピークと感じてるが、当時まだ小坊だったから全然聴きたいだけ聴けてないんだよ。
限られた時間となけなしの予算じゃ王道をなぞるとか、当時既に大のお気に入りなってたの程度で精一杯。

本来ならもう少し周辺のもリアルタイムで試聴したかったけど、色々と忙殺されてる内に還暦を超えちゃったんだ。
これでも今更って気も少しはあるんだが、今際の際にイントロを気に入ってて
もきっと全部は聴けずで悔いが残るかも。

なんて考えると、やっぱり良い物だったらなるべくコンプリートしときたくてね。
なので歴女ならぬ歴音男はおろか全く大したもんじゃなく、唯単に’70年頃から始めたのが未だに追い着けてないだけなんだ。

っても演ったり作る方もとなると聴き専の達人には遠く及ばないし、真のコンプリートなんて日に日に作品数が増えてるんだからどだい無理な相談だ。
だからこそ自分にとって根幹となる様な物位は、なるべく知っ抑えときたいんすよ。

もし現代作品が一番フィットするなら或はコンプリート可能かも知れないけど、それで満足する様なら趣味で奏でる程度でわざわざ命を削って迄作ろうとはしなかったんじゃないかな。(杜撰君の場合に限る)
っと考えると他人からはどう映ろうと、音楽制作に携わってたら多少なりとも「今のじゃない作品」に皆多分触れてるんすわ。

せいぜいそれが目立つか目立たないか位とか、時代性が強く感じられるか感じられないか程度の差だよ。
只あまり抵抗感が無くても発掘が下手だと当りが中々訪れず、砂金採りか油田掘りみたいになって挫折しちゃうのかな。

を逆転発想すれば、ある程度発掘の要領さえ獲得出来りゃ解決する訳だ。
杜撰大王の嗅覚は天然で耳に入れば逃す事が少ないが、この辺に好みがありそうみたいなセンスは残念乍ら持ち合わせが無かった。

そこでレコードヲタの友人から20代の頃に法則みたいなのを教わったんだが、それがスムーズに実行可能になれたのは結構最近なんだ。
だから自身にとっちゃ人生初の挑戦でもあり、そこで何か見つかった作品は俺には真っ新な「新作」なんざます。

=おわり=

2024年3月 9日 (土)

音楽備忘録1667 日常生活と音楽活動②

音楽活動で実演を伴うのなんかには一種のストイックさも必要だが、杜撰大王的にはセンシティブになり過ぎは感心しない。
美学的には一点集中は素晴らしいし、美談も生まれ易いからとても魅力的。

だが何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」で、視野狭窄に陥り易く見落とし見逃しが生じちまうんだ。
ずっと昔最も信頼してた仲間が絶望して自死したんだが、どうやら夢の世界にのめり込み過ぎて現実とのギャップにやられたらしいんだ。

チョイと奇特な言い回しになるが、↑は夢の見方が下手なのがいけなかったん。
悪い意味で現実主義になると夢を見難くなり、創作の世界ではそうなったら終いだ。

が夢だけを見てても或は現実を無視してはリンク不能となるんで、人次第で程度差はあるにせよ自身内部では併存を維持しないとね。
俺は音楽家って立地条件の悪い個人商店みたいなの思ってて、因みにこの論法だと駅前大規模量販店はアイドルやスターだな。

後者は音楽性やそのレベルはだって高いに越した事ぁねえが、大衆は人自体に興味を持ってる≒生活必需品に近いと。
ので歌わなくても踊らなくてもひと目見たいとか、会いたいとかのニーズもある。

のが前者は気に入った作品を出した時だけ強い興味を持たれ、大した活動をしてないとヲタ以外にはほっとかれるもんだ。
で良かった後に数曲以上パットしたのが出ないと見限られ始めたりするが、交互に佳作を出してたりすると一応次のリリースを待っててくれたりする。

故に殆ど客が来ない店でもなるべく何時もやってる姿を見せといたら、正月三が日とかで他の何処もが閉まってる時に来店してくれるかも知れない。
とるなると瞬発力のインパクトだって少しは要るが、それより継続やポテンシャルの安定が大切なんざます。

この先が二手に分かれててアマチュアだったら調子の悪い時は休むが得策も、プロだったら底の時にこそどう凌ぐかが重要なんすよ。
って自分だって昔は大して打てないのにホームランだけ狙うバッターみたいに、良い時良い状態ばかりを狙ってたんだけどさ。

今になって振り返れば気持ちはイケイケでも、実際には苦境の時もそこそこあったんだよね。
一時期は↑を強引に押し切ってたのを悔やんでたが、完全に止まっちまうともっと悪いんだよ。

アマと違って顧客から曲数分のお代を頂いてる訳だから、何より演り切らないのが罪になるねん。
それって無理やりトイレを我慢しろとか、赤ん坊に泣き止めってのと内容的には殆ど一緒。

又コンディショニングの面で生活はかなり大事で、飲まず食わずでも弾きたいなんてのは気持ちだけで現実にはあり得ないんだ。
睡眠や疾病に関しても不治のケースは例外としても、続ける為には最低限のケアを怠っちゃねえ。

=続々=

2024年3月 8日 (金)

音楽備忘録1666 今時真空管の得失➋

では早速例外でおじゃるが、それは大元がテープで録音された作品だ。
録音での劣化・欠損を露骨に逆算して録られたのは別として、当時の多くのは希望よりディテールの欠損が多かったからね。

ので単純思考だと昔のソース程ハイスペック機で再生すると高音質化するが、それは少しでも再生時に劣化すると細部がもう不足するからよ。
対して近年の特に国内産のソースでは過剰な盛りもしてあるから、杜撰大王的には却ってショボいので聴いた方が好印象なのが多かった。😵

歌の1番とせいぜいサビを聴くだけなら第一印象は結構良いんだが、先に進むにつれ音質的やり過ぎがとっても鼻に付いて来てさ。
まるで最低の再生環境に最適化したみたいで、いざ買ってみたらガッカリの典型コースでんがな。

となりゃ1つは買っても以後は無料のYoutube等で賄おうとするのも当然で、アーティスト自身はそれなりに頑張ってるのに本気で売り続ける気迫が全く感じられんわ。
この件とリンクしてるかは不明だが今頃になって若い世代にカセットやレコード、一部では球に興味が湧くのも自然かも知れんね。

わ兎も角そう云う偏狂サイドストーリーが無いと仮定すれば、一時期は石(ディスクリート)全盛期には球と良い勝負になってた時もあったんだ。
それは電子部品の素性をオーディオ的に向上させるのに注力し、敢えて回路構成は極力シンプルで行こうとした頃な。

具体的にこれを私体験したのだと、ジャンク部品で作ったヘッドホンAmpにそんなのがあった。
まだ宅にネット環境が整う前オープンリールのヘッドAmpが故障し、当時は回路図入手・メーカ修理が不可だったんでバラしたんだ。

その残骸を
ヘッドホンAmp自作時に使った処、外見・評判とも平凡なあるトランジスターにはオーディオ的に好ましい音質を持ってたのが初めて露見されたのよ。
職業・趣味柄ある程度は部品の名器は知ってたがそれ等には一切該当してなく、どうやら隠れたお宝だったらしい。

只それも制作と予算レス事情から必要最低限の回路構成を選択しての話しで、元の回路ではそんな素振りは露とも感じられなかったん。
でその他にも石にも良いのはそこそこあったんだが、物理性能を追求するあまり回路を複雑にしたせいで折角の個性を台無しにしてるのばかりとなっちまってね。

石回路の複雑化にはもう1つ重大な理由があって、手間は掛かっても廉価な部品でまあまあの物理スペックが得られちゃったからなんだ。
石って専有面積も消費電力も球より圧倒的に少なくて済むんで、多少回路を複雑にした処で最低限球回路より大きく大飯喰らいになる心配は無い。

勿論コストもだから商売的にそっちへ行っちゃったが、物理スペックを完全排除した音楽性能にはかなりマイナスに作用したんだ。
のでもし手持ちに名ディスクリート部品があったなら、高名な伝説のシンプル回路なんかを組んでみると結構行けるで。

-つづく-

2024年3月 7日 (木)

音楽備忘録1665 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅲ➍

ラテンもシャンソンもその筋の年配者を除くと、今劣化本邦の大衆には恐ろしい位無縁となった。
その上酷過ぎるのがマスゴミの超偏向提供で、世界的に鉄板のナンバーすら滅多に掛けやしない。

そう云やと想い出したからの冒頭余談だが、軍備増強が喫緊の課題とかほざいてる割にゃ軍艦マーチは全然掛からないな。
ってホンマに戦前の軍国主義に回帰されちゃ堪らんが、スタンダードを流さずして若年者の音楽的育成はあり得ない。

全然聴けねんじゃ好き嫌いも不明ってもんで、良し悪し以前に世界の広さを誤認させてるがね。
等とブツクサ言ってもすぐに相手は変りそうにないんで、取敢えず↑2つで有名人の有名な曲から聴いてみなはれ。

但し杜撰大王としては、あまり新しいのは参考には不向きと考えている。
ここでの推奨対象は基本ポピュラー系の範疇にあるんで、他ジャンルの影響を受け過ぎたり取入れ率が高いと本道がボヤケるのよ。

すると例えば同じコードから移るのにRockなら○のところシャンソンなら□・ラテンなら△と処理するのが王道だったのに、段々それが出難くなってんだよ。
夫々の本職現役の立場からすりゃ、全く以前のと同じじゃ存在意義が示せないけどな。

だから誰も悪かないんだが、鉄板メソッドを知るのには究極は創始者の方が良いんだ。
んがそれだと必ずしも親和性が高いとは限らないんで、初心者には少し難解で厳しかったりする。

ので結局は第一期ブームが到来した全盛時のが最適で、ひとしきりそれ等を聴き終ってから次はルーツへってのがお勧めだす。
尤も俺でさえ身近に感じられるものがどうしても自然と耳に入り易く、今でこそ結構な齢になったからその分昔のが平気で聴ける様になったがね。

そんな俺言い「個人バイアス」は普通は掛って当然のものたからこそ、意識だけは上記みたいに念じてないと何時の間にか何処か遠くへ行っちまうのさ。
それで面白いと感じなくても少しは聴かないと勉強にならんが、全く興味が芽生えない様だったらきっとアナタの感性にはフィットしてないんだ。

そうすっと例えコード進行のネタ漁りのつもりでも、きっと適した収穫はあまり得られないんじゃないかな。
好きから順に当ってく方が表面上は高効率だけど、自分にとって全く駄目なのはアレとコレ程度は先に知ってた方が迷走しなくて済むんよ。

選好みせずの請負い作曲家を目指すなら何でもひたすら吸収だが、下手にそれをやり過ぎれば没個性寄りになっちまう。
かと言って既存のだけが好みと拘れば、究極的には何も自分要素を添加出来なくなる。

本来個性は自然と育まれるものではあるが、完全な俺言い「自分語」のままだと先ず他人には上手く伝わんない。
そんな俺言いⅡで「個性の翻訳」をするのには、やはりある程度世間を知らないと難しいんだ。

杜撰大王は少なくとも若い頃はそれが苦手で、自らのみならず周囲にもかなり負担を掛けちまっただよ。
稀にはどうにも相容れないって人的組合せもあるけど、殆どの場合は誤解で仲違いになるから勿体無い。

もう1つ尽くづく思ったのが、昔ネットの無かった時の苦労だ。
カバー曲で準備期間僅少・音源不所持のせいで学園祭で力を発揮出来なかった事があったが、どんなにわかでも前夜に「あっ、そっちへ行ってたのか」と知れたら雲泥の差だったんだけどなぁって。

-続-

2024年3月 6日 (水)

音楽備忘録1664 杜撰大王が過去モノに拘る訳⑤

今回は過去作の誤認とリマスターの致命的欠陥を主軸にお送りするが、そもそもリマスターでの不始末は本来は立派な著作権侵害の一形態でんがな。
過去に低音質が原因での音色不備を感じたとしても、安易に勝手に想像して改変しちゃヤベエんだ。

今の感覚でどう聴こえようと、モノ次第じゃ俺言い「逆算調整」が施されてるのも少なくないからだ。
その中で私的に最も深刻なのが前回後部で例示した様な、安易で一様な「高域忖度」だ。

少し良く考えりゃ昔程「再生機会での」高域損失は甚大な筈で、それを踏まえててもあんなに低域豊富にしてたんだってな。
そんでその動機として考えられるのがその当時に至って、漸く芳醇な低域が得られる様になったのもあったんじゃね?。

因みにここで杜撰大王が昔と称してるのは1950年代末〜1970年代末頃迄ので、LPステレオレコード登場後メディア主役の時代だ。
それ以降はCDを始めデジタルが主流になるし、それ以前はレコードでもEP未満だったりSP盤の方が主流かなって分類ね。

ほんで汎用オーディオの開発発展は戦前から既に始まっては居たんだが、主に米を除いては世間に普及する前に大戦でそれ処では無くなってたからさ。
実際には東西冷戦や一部地域での紛争は今も絶え間ないものの、一応世界の人々の多くが戦争はもうこりごり平和が一番となった時期と重なってんの。

ので技術的側面の他に雰囲気や味に以前にも増して拘った時期とも看做せ、それは理屈より実際聴くと面白いとか心地良いサウンドにも通じてんだ。
もっと後の時代でデジリバとかドラムマシン・サンプリング等が流行ったのと同じで、過去に不可能だったのから中心に流行るのは自然現象だわさ。

でその様な少なくとも明確な意図のある可能性がある作品は、低域及び各パート間のバランスは極力変えない様にするのが最低限のお約束な筈なんだけとねえ。
死人に口無しで文句言われないと思ったか、作品の魅力を台無しにする様な真似しやがってけつからに。💢

これが更に罪深いのが後世の者へ誤解を与える事で、普通はリマスター盤の方が高音質だなんて言われればそっちに誰でも飛びつくわな。
するってぇと何だよ変なのが聴こえた暁にゃこの昔のは大した事ねえわとなり、もうこの段階でオリジナルミックスを試聴する意欲も萎えるとな。

お馴染み黒思考をすればわざと旧作はバッタもんを掴ませて、本当は不出来な現行新作を買わせる作戦かってな。
わ兎も角こんな状況が横行してると、オリジナルミックスを先に耳にしてない大多数は誤解させられてる公算が高いんだよ。

要は多方面に渡り音響的にそこそこ高音質でも「音楽的には酷い低音質」のが今は紛れ込んでるんで、リマスターや新作はそんなの不可能だった時代のより悪いが信頼性が低いんだ。
つまり還暦オジサンにとっちゃ、昔のみたいに安心して聴けないのだよ。

-つづく-

2024年3月 5日 (火)

音楽備忘録1663 日常生活と音楽活動①

拙ブログでは珍し系になるが、お題の通りの問題を考察してみっべっと。
今天災や不況も然る事乍らこんな愚政に晒されては、殆どの人が理想とは程遠い境遇にありそうだ。

これはリア充を自認してる者にも当て嵌まり壺の一味を除けば、かつてならロールスロイスを乗り回せる程度の身分でもノーマルベンツ位で我慢させられてんじゃね。
世間全体が重税と愚策で余裕が乏しいから、幾ら金があっても国内に真にゴージャスに遊べる場すら殆ど無くなったぞ。

ので日本の一般社会では今嗜好品の音楽をやろうとすると、まあ何と逆風の強い事。
でも杜撰大王みたいなパーマネントチープ😢だと、苦しさの種類こそ時代毎に違いはあるが昔から綱渡りなのは変化無しだ。

他人の目には結構な幸運を持ってた様に伺えるかもだし、実際にラッキーがゼロとは思ってない。
けれど貧だからこその長期計画を粛々と続けた結果、自分にとっての最低限の環境が得られたのも又事実なんだ。

そうして来て今一番思うのが、「普通の生活をしてる中で音楽も熟してく」なんすよ。
誰だって特化した環境下ならポテンシャル以上が発揮出来そうだが、仕事の現場では色々と理想とは正反対の条件を課される場合が多い。

こないだの漫画原作者の絶望死はⅠに発注者Ⅱに脚本家等の関係者が犯人と思ってるが、シビアにみると誰が悪かろうと死んじまったら未来永劫訂正すら出来なくなるんだよ。
持って生まれた性格次第では昔ビートたけしがやったような殴り込みなんて無理だろうけど、諦めたら結局地獄発注者の思う壺で終わっちまう。

ので心の芯ではガッツリでも、対外的には少し肩の力を抜いて客観視してみるのが大事なんだ。
いや実際若い時分理不尽には常に強烈に腹を立ててたし、アホみたいに全力で抵抗してみた事もあったんだがね。

上記例みたいな無茶振りしてくる奴って、そもそも保身かその場凌ぎか泡銭程度を浅はかにしか考えてねえんだ。
だから幾らこっちが真剣勝負の格闘技と考えてたって、不遜なあっちは暇潰しのゲーム程度と埋まらない温度差があるねん。

これは一般職の人とマトモなクリエイタの間にも似た様なのがあり、絶妙な説明をして漸く気持ちを少しは理解される程度でな。
つまり分かって貰えないモノって前提が、続けてくにはどうにも必要なんすよ。

杜撰大王の場合はそれを自分の子供を持って育ててく迄良く分からなかったけど、例え独り身で家族が居なくても恐らく何処かの段階で気付けなきゃ不味い。
大昔のスター神話みたいに絶世の美女は本当にトイレにも行かなくて済むなら別も、現実は通常1日に最低1回程度は催す様じゃなきゃそりゃ何かの病気じゃん。(便秘含む)

或は自意識では3日間徹夜したつもりでも、録画しといたらほんの数分眠りに落ちてたやも知れない。
量や種類の多少とか人次第で色々はあるだろうけど、何等かの制約は残念乍ら永久に付いて回って来ちまうもんなん。

=続=

2024年3月 4日 (月)

音楽備忘録1662 今時真空管の得失➊

これまで杜撰大王は再三球を進めて来たが、安定性や性能面に不安の残ってる人もきっと少なくないだろう。
ってんで球忖度無しに、得失について語ってこう。

最終的には音楽性がモノを言ってくるが当座はそれさえも抜きで、但し最新半導体やデジタルにも無忖度でね。
実は知る人ぞ知る真実最近の雑誌等にはスポンサーの圧力が凄く、正直な単純比較すら掲載されてねえんでぃ。

向こうがそんなだからついこっちも負けじと熱くなってたが、どっちかが冷静にならないと世界各地の紛争みたいに終りが来ないんじゃと思ってね。
俺は球真理教の自称教祖と化してるが、球が売れても儲けゼロはおろかホントは少しでも値上がりしたら困るんだ。

だから個人益の為には不人気なままの方が助かるが、それで酷い音が益々増えて浴びさせられるのは勘弁ってな具合どす。
つまり革命的な事が起きない限りどのみち不遇箇所が残るんだが、それならせめて実際の状況を知って貰おうって趣旨ざんす。

さて球の方が音が太くなるって一般評から参るが、これは必ずではおまへん。
球に適した条件が整えば実際太らせられるんだけど、これは球ってよりアナログ回路固有の特性を活用した場合が多いんだ。

アナログSyntheの方が一般に音は太いが、それもバーチャルとリアルの間にはそこそこ格差がおます。
その主因はリアルの比較的古いのだと歪むのを否定せず、「歪んでも聴ける音」になるようにしてあるからなんだ。

実際はサウンドバリエーションは無限でも何でも無かったが、設計上は一応出せないサウンドは無い様に考慮されていた。
処がそんな大きな自由を与えると、アナログ回路では歪むのを完全回避するのなんて困難だったん。

一々各用途毎に専用回路を設けりゃもう一寸は行けたが、それではより大規模で超高額になって算盤勘定が成り立たん。
尤もこれは物理領域の話しで苦心惨憺はさせられるが、聴感上のあからさまな歪み位だったらそこ迄しなくても無くせたん。

なので無歪みで鮮やかで精緻なサウンドには最新半導体の方が向いてるが、空気中の実音より言うなれば「電子の音」は最早ハイスペック過ぎるのだ。
聴ける範囲で最も近付けるとしたらデジタルハイエンド機器のみで、更に最高峰のインナーイヤータイプを使った時位か。(それが聴けても多分あまり音楽的にはならないだろうと語っとく)

となると折角あからさまに優れてても、そんな音は極度に打たれ弱いん。
録って纏める迄なら専門職がやるからキープ出来ても、一般再生環境で再生劣化を避けるのが非常に困難なんす。

わ究極なので兎も角、実際杜撰大王でもそんなキメ細やかなサウンドにはかなり魅了されまっせ。
只現行のデジタルシステムでは不要ピーク成分がどうしても過多なままになるんで、一瞬だけ美味しくて直後からはずっと過刺激に苦しめられる。

これ自体は全てが石(半導体)のせいでは無いんだけど、理論レベルからの改善がされない内は球でしか緩和する事が出来ないんだ。
次回はこれの例外と続きを綴るが、現行デジタルでは物理性能忖度ばかりで音楽忖度が殆ど不可能なのが致命傷だ。

-つづく-

2024年3月 3日 (日)

音楽備忘録1661 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅲ➌

さて前回末で例示した誕生日ソングはスタンダードとしては鉄板だが、コード進行のサンプルには殆ど役立たない。
のでそんなのにお勧めなのはと問われれば、杜撰大王的にはラテンとシャンソンだ。

その訳は変態的なメロをふんだんに使う癖に、それを如何にも斬新に聴かせようとはしてないからだ。
全く不慣れだと少しは斬新に聴こえたりしちゃうけど、所謂前衛やプログレみたいに変態部位を大々的にアピールなんかしてないんだよ。

但しこっちからしたら普通じゃ無いのに余りにも普通で当り前の様に演られるんで、特異な箇所に気付くのに少し時間が掛るのが難点か。
又歌があるのでは言語としてしか聴けないんだと苦しく、楽器と同列に「何かの音」として聴ける様になる必要がある。(但しメロやコード研究の際のみ)

俺が洋楽に抵抗が無い処か却って楽なのは、分からん言語なら当座は無視出来るからなんだ。😵
最初から言葉として聴こえちまうと、気に入らん歌詞のせいでついメロが実際より悪く感じたりもしちゃうじゃん。

逆に歌詞研究については言葉だけ聴けると良いんだが、俺みたいに不向きな奴だとせいぜい個性的な単語程度で中々いきなり文章としては入って来ねんだ。😓
わ兎も角ラテンでは特徴的なコードの響きに先ず気を取られて、意外と高度な展開の方はスルーしてたりするもんだ。

この件でとても惜しまれるのがAORの不要な衰退で、演奏誇示じゃなくムード音楽としてのFusion或はSmooth Jazzはもっと維持されたら良かったんだけどな。
昭和の隆盛を知る身からすると平成迄は何時も拡大・高級化志向で、誰しも世界中からお洒落なのを探す風潮があったんだ。

それが壺や政治屋の失策で、特に若者が夢を全く見られなくしちまった。
こう現状維持もままならぬ厳しい日々が続けば、音楽だって夢の世界に憧れる者は殆ど居なくなってしまう。

仕方無い現象だがしかし、夢要素を音楽から取上げては庶民にとっての存在意義が無くなるんだよ。
又Popsや更にRock系標榜者に強く吠えたいのは、大抵今のは多少なりともルーツにBluesが含まれてる点だ。

現代でのBluesの魅力ったら味がある・渋いとかもの悲しさだろうが、見られそうにないけど楽しい夢を見てみたいなんてのが最大のテーマだと思ってるんだ。
その証拠にマイナーコードを避けブルーノートでほぼやり過ごしたり、演歌ののみたいな典型的お涙頂戴パターンは出て来んやろ。(俺言い日本の似非のは除外)

でそこからSoul・Pops・Rockに発展し掛かる段階で、以前より欧州調(シャンソンが含まれる)のとか南国調(ラテンが含まれる)の方向へ既に拡大させてたんだ。(BeatlesだとMicheleやMr.moonlight)
それ故プチ失礼乍ら「音楽が分かってる人」が聴くと、その頃のより今のの多くの方が展開等ではめっきり衰退しちゃってるのよ。

では何故そんな逆転現象が起きたかってば、音色や音質が限られてた昔はそんな部分でしか何も新しい事が出来なかったからだ。
闇雲に昔は良かったって言いたい訳じゃなく、寧ろ苦し紛れでそんな処までしなきゃなんないなんてご苦労さんな事ったてね。

それ故学習目的に対しては惜しむらくも、あんまり目立たぬ取入れ方がされててね。
こっちに勝手にニーズがあるからには砂金採りみたいな覚悟も必要、けど色々何となく聴いてればある程度の時点でおっとこんなお宝が隠れてたと見つかるもんなんだ。

-続々-

2024年3月 2日 (土)

音楽備忘録1660 杜撰大王が過去モノに拘る訳④

さて過去作を嫌がるにも色々理由はあって、音質が嫌とか音色が嫌な人も居よう。
現に杜撰大王だって何か今迄聴いたのと異なる点が無きゃ、音色は全く参考になんかしてねんだ。

音質なんてもっとで意図的ノスタルジー演出でもするんじゃなきゃ、昔みたいなLo-Fiにするなんてとっても困難だからねえ。
だから良い処取りで新旧のハイブリッドを狙ってて、そう簡単には成功はしないけどさ。

大昔作でムード満点で味わい深いのなんかにゃ感銘こそ受けるが、部分的例えば歌のサビだけAMラジオ音質(過去に結構使われてた)に似せる程度で関の山。
ほんじゃあ場合に依っちゃ段違いな音質差があるのに、何で杜撰大王は平気で新しいのと同じ様に聴けるのか。

ってば今ではかなり低頻度にはなったものの、全然良くない音質のを耳にする事もあるからだ。
例えば隣室や隣家から洩れ聴こえて来たのに俄然興味をそそられたが、その時ラジオ・TV・Web等ではやってないし曲名も人名も全く不明。

となれば取敢えずその場で聴ける限りを、終わる迄聞耳を立てて粘っとくしかない。
利口且つスマホを持ってたら、可能なら録っといて知人等に訊いて回るかも知れないが。

それすら久々出「人耳の弁別能」があるせいで、折角録っといても周囲雑音の方が大きくなってて聴かせた人達から叱られるかも知れないよ。

加えて過去から現在に至る迄高音質だと音色や内容が残念、音色や内容が良いと音質今一なんて思いを散々させられて来まつた。
この手の拘りを完璧に実音化したいならそもそも他人頼みが間違ってて、音源から再生装置の全てに至る迄自ら新理論・新発明等手掛けない事には見込が無いと悟らされましてん。

けどそんな思い・願いが音響技術者のエネルギーになったり、音楽部分なら音楽家としての目標になったりしてるからなぁ。
これとは別に目から鱗だったのが、当時最高音質だったのも時間が経つとそうじゃなくなる処


それでも出逢った頃と同じ様な感動が残ってたのって、音質より音色に惹かれてたからだと思うんだ。
至近過去述例ではJazz GuitarのJoe Passが、
何とFunkに挑戦してるアルバム(Better Days)があるのを知ってね。

中でもSlick Catって曲にマイブームなんで、こないだ従兄宅PAの代用ウーハ増設後のテストに使おうとしたのよ。
事前にデータを送っといたんだけどそれはすぐには掛けられないっつうんでYoutubeので掛けてみたっけ、最初はリマスターの方でオリジナルとは全然違ってテストになりゃしない。

なしてってば高域忖度で低音がごっそり削られちゃってて、雰囲気・楽器間バランスは目茶目茶・何より低音域の試験に適したソースとして選んだんだから。
ほいで良く見てみたらもう1つ同曲があって、もしやと思ったらそっちがオリジナルミックスのだった。

早速そっちを掛けたら正に段違いで試験結果も良さげだったから、間髪を入れず本来の目的「BassがPAから聴こえて生で叩けるか」を2人して演っただよ。
これはリマスターした奴がド阿呆だっただけだろうが、期せずして音質より音色やバランスが大事なのの証明になったわさ。

=つづく=

2024年3月 1日 (金)

音楽備忘録1659 ドラム「手足一緒私論」④

こんな杜撰大王でも各楽器奏者特有の流儀には、格好良いから未だに羨望の眼差しで眺めてる。
しかし真の職人は一切他パートに迷惑を掛けずに押し通せるからそうしてるだけで、それが出来てなけりゃ唯の傲慢になっちまうんだ。

そう云や過去に友人自作曲の録音でそんな輩が居たのを想い出したが、商業上の力関係の都合でそいつに忖度してくれって言われててさ。
最初から自分に来たオファーだったら即座に断ってたが、酷い態度に音を上げた別の親友のトラで入ったから表面的には珍しく大人しくしてたんだ。

したっけ曲に全く不似合なロカビリー風の間奏フレーズを弾けと言い出して、埒が開かなさそうだからわざと弾き損じてやったんだ。
あっちとしちゃそれに乗せて得意のGuitarソロでも展開するつもりだったらしいが、結局自身のソロフレーズが作れなくて↑をGuitarで弾きやんの。

そんな調子だから本音は決して明かさず、チッとか舌打ちして俺のせいにして誤魔化してたけどな。www
因みに不似合ってのは作者は「さわやかなPrince」みたいな感じを意図してたからでって変だけど、サウンドの毒成分は完全排除して歌詞の方で一寸凝った事をしてるのをアピールしたかったらしい。

その凝ったっつうのはタモリ倶楽部の「空耳アワー」よろしく、全英詞でいて実は日本語にもなってるってアイデアだったん。
わ兎も角結果的に提案者自身が責務を果たせなくて没になったが、どんなに偉い奏者でどんなにヘボい作者でも参加するなら曲の方が優先順位は
上なのだ。

ので本来ならこのケース輩君は俺の出番じゃないと断って代わりに適した奴を紹介して恩に着せるとか、どうしても参加したいなら勝手が違っても極力合わせるべきだったんだがね。
まあ恐らくコネだけでしがみ付いてたりしたんだろうから、そもそも合う合わんすら分かんなかったのかな。

何れにしてもアイデアが想像の域に留まってると、実演してみたらありゃ全然違ったなんてのはあり勝ちざんす。
この面からも何かしら他パートへ負担や依存のあるのは流儀なんかじゃなく、本人にそんなつもりが無くても唯のはた迷惑に
しかならないんだ。

と言葉の上では簡単明瞭なんだけど長く特定の事だけに従事してると、普段殆ど扱ってない事象には人間どうしても鈍感になってたりするもんなのさ。
それで俺がドラムに対して一番感じるのは、他のより音程を気にしなくて構わない部分からの悪影響かな。

ホントはそれじゃ駄目なんだけど、取敢えず歌が音痴で気持ち悪いって程の事態にはならないじゃん。
何しろ音程があまりハッキリ聴き取れず、鳴ってる時間も短いからねえ。

結果的に先述Hatの開け具合等、強弱(大小)以外の音色調整が他パートより疎かになってい易い。
のでせめて手のこれが足のアレ位思考変換出来ないと、どんどんガラパゴスになってっちゃうかも。

苦手克服が最良だが、それが無理でも代案が用意出来れば当座は凌げる。
肉体的にも頭脳的にも、変換だの翻訳だのがピンチには助けになるんじゃないかな。

-おわり-

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