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2024年2月

2024年2月29日 (木)

音楽備忘録1658 楽器の異常急激高騰は誰のせい➋

どんな政治嫌いでも無関心でももう悪政を認めなきゃ病気だが、そうは言っても今劣化本邦の流行に乗ってる人達には一寸妨げになるものがある様な気がするんだ。
それは過度に詞のネタが内面的なのだったり、恋愛ばかりをテーマにして来てたからだ。

本来は色々なバランスになるとは言え、感じたままを綴るべきだったんだがね。
例え恋愛だけに生きてても日常のそれ以外にも翻弄されるもんで、例えば不慮の事故で乗り物が遅れて憧れの人と行き違いになるとかさ。

非ドキュメンタリーな歌なんてもんは所詮は絵空事だからこそ、かなり広範な周辺状況も加えてやらんと説得力が乏しくなるん。
過去名作でMr. Postmanの歌詞とかって、良く考えりゃ他力本願とか当て擦りやがな。

けれどそれ位藁にも神にもすがる程の思いなんだってのは、虫の良い話しだが誰にでも過る感情で共感を呼ぶ。
以前述Summertime Bluesにしたって原語英詞では、議員に陳情を試みるなんて場面が出て来る。

たかが若造の恋で陳情だなんてミスマッチも良い処だが、作詞者にとってそれが非常事態宣言の代わりな訳よ。
恋が生き甲斐で今の全ての人にとっちゃ、悪政より深刻って表現上の比喩なのよ。

処が今劣化本邦のJ-Popで売れてる連中にしたら壺教義に抵触したら面倒だからって、物凄く歌詞の題材を制限しちまった。
そんなのばかり書いてると僅かでも主題から外れるのの綴り方が下手になり、上手く表現したくてもすぐには出来なくなってたりするんだよ。

これは独裁政権にしたい連中には好都合だが、一作詞家としては将来性を自ら狭める行為だから大損なんだがね。
それでも恋愛ソングに悪影響が無いなら未だしも、余計な枷が付いたらやっぱり表現レベルの低下が免れないんだ。

そこで過去名作の歌詞を再度見直して欲しいんだが、そもそも古来から達人はルール違反スレスレの際どい領域で上手く書いてるんだよ。
何処でも何時でも公的には何かしら忌避ワードはあるもんで、しかし人の心の奥底にはけしからん発想が少しは常に存在するもんだ。

大体ヤバくないならそもそも忌避ワードになんかする必要が無く、要するに誰も直接的に口にはしないけどかなり意識してる証拠じゃないの。
共感を求めるのに人が意識してる部分に触れなくするって、そんなんしたらメガヒットが生まれ難くなるのは自明の理でんがな。

結局の処一見無関係な様な政治と音楽も、完全分離するなんて無理な相談なんすよ。
個人の内面だけにフォーカスすりゃ確かに政治臭は弱めれるだろうが、社会からの影響は必ず内面にも及んでるんだからねえ。

その意味で今劣化本邦の現状の方向性は行き止まりへまっしぐらで、もっと際どい領域での上手な処理を向上させてくしかねんですよ。
って全く他人の事言えた義理じゃ御座んせんが、原因を分かってて黙ってるよりゃマシかと。

=終り=

2024年2月28日 (水)

音楽備忘録1657 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅲ➋

前回は珍しく随分曖昧なのを書いたが、要は音楽内容の真偽判定ですよ。
っても個人の嗜好は様々で、人気面でならフォロワーの多い少ない程度だ。

だが例え一定以上の支持があっても、音楽的に無理がある作品もある。
そんなのが今劣化本邦ではレベッカの一部作品位から増殖中で、けれどそれでも大人向けのなら受け手が取捨選択すりゃ良いだけの話しだった。

のが杜撰大王的には一般論では名曲とされてる、米津玄師のパプリカを聴いて悪い方で愕然とされられた。
何を大問題視したかったら1番が終って2番へコード的繋がりが無く、「戻れない」のをリズムだけにして誤魔化してる様にしか思えなかったからだ。

実際俺だってどうやって戻すかで散々腐心はさせられてるが、あとひと工夫頑張ればどんなのだって戻せるんすよ。
っと言っても経路が長く必要なのもあるが、もしかしたら期限を無理強いされて未完のまま出しちゃったんだろうか?。

子供を主用顧客にしたプロ作曲家の仕事として、こう云う理論に反してて混乱させるようなのは頂けないよ。
必ずしも皆が問題視してないらしいし、個人の見解はどんなのがあっても構わんがね。

だけどそれがずっと子供達の耳に残ってて自分でもやってみようとした際、何の参考にもならない処か間違いを刷り込む事になっちゃうんだ。
良い曲の源は良いメロだとして、勿論才能・閃きその他色々な要素に左右はされる。

でも一等難しくしてるのは「繋がり」で、1曲通して良い状態を継続するのが大変なんだ。
だから俺のも含め「何だオモロイのサビだけじゃん」なんてのが、一杯あるでよう。

この面でコードの変な経路チャンピオンったらPaul McCartneyで、異常転調から戻れるののチャンピオンがJohn Lennonなんだ。
彼等は米津君のよりもっと変態的なのを出しといて、何事も無かったかの如く平然と何時の間にか振り出しへ戻せてるんよ。

そう云うのにだって才能は影響するが、これに限っては到達時間差だけで誰でも学んで慣れれば獲得出来るんだ。
その方面の才能が乏しい程苦労はさせられるが、努力で解決出来るのにね。

只努力の仕方にはコツがあり、やはり色んなコードの経路を多く知ってると時短に繋がる。
聴き専の人なら単に心地良いのだけ聴いてりゃ良いが、作る側は名曲じゃなくても「今の進行は稀有だった」みたいなのにもアンテナを向けとく必要があるねん。

音楽版勉強は楽しいばかりではないのの一典型例で、又既にヒットしたのだけが名曲とは限らんって訳よ。
とは言え当座の食い扶持は無視出来ないから葛藤するんだが、どんなに売れても俺言い「欠陥品」は商品寿命が短いんだ。

その逆にちゃんとした製品を作っとくと生きてる間に間に合う保証は無いが、何時かある程度の評価を得られる可能性が未来永劫残る。
それには各自が好み無視での評価も出来る様になるのに、足りるだけの参考例が必要なんだ。

この点で最も有利なのがClassicで、良い所が皆無の物は経過時間の長さで既に淘汰されてる可能性が高い。
但しここで俺が言うClassicってな宮廷音楽みたいなのに限らず、"Happy Birthday to You"♪みたいなのも含めての話しですぜ。

-続-

2024年2月27日 (火)

音楽備忘録1656 杜撰大王が過去モノに拘る訳③

久々出だがこの件も勝手好きずき趣味習慣なんで強要はしないし、真意を理解されなきゃ骨董趣味のそしりを甘んじて受け入れなきゃなんない。
だがしかし何も内心迄世間に変に同調すべきではなく、そんな真似すりゃ個性にマイナスにしかならないのだ。

ずっとカテゴリに加えてるLudwig Speedkingは別稿で色々長所を語って来たが、どうでも気に入らんのに使えなんて言いまへん。
人次第で相性が悪いとか、生理的に受け付けないなんてケースもあるかも知れないからさ。

けど万一合理的な理由無く避けてるとしたら、そのせいで何等かの損失が生じるのだけは伝えときたいんだ。
それと同様録音作品に限っては、音楽でも新旧を一々問題にするのは全くアホらしいん。

過去述の如く生演奏の生聴取以外のは、どれも制作時期と聴取時期に必ずインターバルがあるからなんだ。
極端な話しプロデューサの確認も取らず録れた瞬間に公開するのが最速で、普通は録れたと思っても色んな人から合格認定を貰わんと公開に至らない。

つまり例え出来たてホヤホヤの最新作と言えど、公開の時点では厳密にはもうミクロ過去作になってるん。
それを逆手に上手く利用したのが、最新アルバムに過去録のを入れたりするヤツだ。

それ等の多くは決して駄作だから出さなかったんじゃ無く、たまたま雰囲気か尺か何かがフィットしなくて入れられなかったものだ。
具体的にはStonesのTattoo Youが顕著で内部関係者にとっちゃ立派な過去ネタだが、我々一般聴者には初耳だから新作でしかなかったぞ。

他のケースではSteely Danみたいに平然と録るのに年跨ぎしたのとなると、最初に録り終えた曲なんて公開時点じゃ「数年前」の作品だ。
更に自分でも作る人に至っては最新のから何か参考を得たとして、どんなに急いでもその成果が表れるのに時間が掛かる。

親和性以外の目的で流行の後追い一択にすると本人意識では最速最新でも、実際他人から見ればそれなりに遅れてるんだ。
ではどうするなら最新の可能性があるのかってば、皆が忘れ掛けた位古いのから「新解釈」で引用をするとかだ。

元ネタにカビが生えてたってそのまま出す訳じゃないから、新解釈の部分がクローズアップされるんだよ。
先ずネタ選びが珍しくないと誰かと被り、引用方法も独自じゃないとやはり何処かの誰かと被る危険がある。

後者の方は世界規模では必ず似た人物が居そうだからほぼ制御不能だが、前者の方は個人の真の好みに頼れば何処かが誰にも似ていない。
マクロ視点では似てても組合せ迄完全に同じになるのはレアケースで、大抵はジャンルかメイン担当楽器か何か位は異なるもんだ。

仕事に注文が付けば時勢は無視出来ないけれど、即興以外それは刺身とは違うからネタの時期は不問。
それ処か個人趣味の範疇なら、世間のアホ流行後追い君に付き合ってやる必要等ないんだよ。

そして後追い君が正直だったら未だしも、裏では内緒で古いの聴いてるかも知んないぜ。
流行は話題としての共通事項なだけで、それで誰かと仲良くなれてもあなたの個人趣味はその時点で行詰まるのさ。

-つづく-

2024年2月26日 (月)

音楽備忘録1655 ドラム「手足一緒私論」③

この発想ってもしかしたらマルチプレイヤ独特なのかも知れないが、音楽演奏自体に上手くなりたきゃ近道の1つになるかも知んない。
本当に1つの楽器だけが上手くなれて、自己満足だけで済ませられるなら要らないんだろうけどね。

どんな楽器にも悪い中毒性みたいなのがあって、マルチの深度の浅さと同じ位実用アンサンブルになると足を引っ張ってねえ。
程度が軽い内はそのパートらしい思考・志向だなんて言ってられるが、重症になると1人のせいで何等の編曲パターンが使えなくなったりするんだ。

特有思想にはオリジナリティと非汎用性の両面があり、例えばHi-HatのHalf Openをどうしても使いたくなかったら事前に代用案・策を用意しとけば良いんだよ。
フォークボールは無いと思ってた対戦投手にあった場合、全く無準備だったら天才以外対応出来ないでしょ。

ので自分内では想定が厳しいのの準備をするには、外視点が皆無では厳しいんだ。
どうしたって熱愛してるパートには私情が入り易く、かと言って無理矢理排除すれば「冷めた音」になっちまうかも知れない。

熱さと冷静さを共存させるには、バーチャルで「違うパートの人」になってみるのも手なんだ。
それもなるべくなら社長がお忍びで、1日だけパートのオバチャンにでも扮する様なイメージでね。

それであれば自身の哲学みたいなのが侵食されずに、立場の違う者の気持ちが少しは知れるんじゃないかな。
で状況次第で当初は代案を作るのにかなり悩む場合もあるが、いざ見つかってしまえば僅かな変化で済む事が多いのよ。

要点はHi-Hatを踏む足を緩めなくても充分な盛り上がりが演出出来りゃ良い訳で、只奏者次第で切れるカードが違うから自身での対策案が必要なんだ。
過去達人の例を聴いてみると、そもそもHi-Hatを完全に閉じたりしない奴も居る。

しかしバランスのお陰で充分上げ下げ表現が出来てたから、そんなのでも通用してたんだろうさ。
その中で極端なのだとSnareかバスドラを大胆に全部抜いたりとか、つまりはHi-Hatを本当にメトロノームの様に扱えばね。

今はそんなの極端に減っちまったが、1970年代頃のにはそんなのも結構あったんだ。
アップテンポな盛り上がる曲なのに、バックビートのSnareが殆ど出て来ないなんてのがね。

今感覚でドラムパートだけを聴くと変態的だが、全体を聴いてる限りはSnare抜きの損失が全く無いのよ。
ってルパン三世TV第1シリーズ・3番目のOPの事で、かなりRockでFunkな曲なのにさ。

逆にBeatlesのSomethingでは、普通の歌バックではHi-Hatはおろかそもそも金物を全く鳴らしてなかったり。
但しこう云うのは例外的ドラム編曲ではあるんで、実際に試してからじゃないと中々行けるかの判断が付きにくい。

だがもし「ボロいリズムボックス」と考えたら、幾ら足りない音があっても他で補う事しか皆考えないじゃん。
要はなるべく不要な固定観念は捨てるべきで、それには頭を充分柔らく保っとかなきゃなんないのさ。

-続々々-

2024年2月25日 (日)

音楽備忘録1654 楽器の異常急激高騰は誰のせい➊

いよいよ本格的な不景気が末端迄行き渡ったか、とうとう中古の値段迄法外に高騰しやがった。
これでもまだあんたは政治は無関係、どうせ選挙で投票に行っても無駄と言い張れまっか?。

現政権にお世話になってる少数の方以外は、どんなジャンル・業務に携わってようとプロテストソングの1つ位は演らなかったら仕舞いやで。
だば現況高騰のからくりから簡単に説明するが、一言で言や売り手の余裕が底触したからだ。

実は杜撰大王ボロアパートの大家でもあるんだが、現時点では全く家賃を値上げ出来なくて困窮しとん。
借り手の給与が上がってないのに値上げすりゃ、退室されるだけだかんね。

正直これだけ世の中全てが値上げしてんだからこっちもあやかって罪にはならん筈だが、1月でもブランクが生じりゃ全体の収入減になるしねえ。
これはどんな業種でも既得権益や中抜きと無縁だったらご同様で、強いて批判覚悟でやれるとしたら独占的大手企業だけだろう。

つまり殆ど誰でも本業給与が足りるだけ増えたりしないんで、趣味系の中古なんかを売る時は強気価格設定を試みざるを得ないのよ。
今時珍しく儲かってる奴とか一刻も待てない奴が、何とか引っ掛かってくれないかってな。

ほんでそう云う事情があると次の様な捻じれ現象が起こり、例えば1995年に買った当時は¥15万だったのが一般中古の癖に¥30万なんて具合にね。
普通に考えたら一般中古って新品買値の半額位が基本なんだが、新品が特に輸入品は2~4倍にもなってるもんだからさ。

買値の半額じゃなくて新品の半額なんて事になってて、本来だったら間違い無くボッタくり認定だ。
だが実際売り手の厳しい懐事情からしたら、何処か可能な処で増収策を取らないとやってけないからねえ。

となれば納期不定でノルマの無い中古販売は、言葉は悪いが最も吹っ掛け易い案件なんだよ。
仕事でどうしても必要なんて人は恐らく1%に満たない場合が殆どだろうから、言い値が嫌なら買わない自由が一応相手にはある訳で。

その結果一見政治とは縁の無さそうな弱小程、実際にはモロに煽りを食わされてんだ。
こう迄されてて俺が信じられないのは、過激なジャンルを演ってる連中でも大人しくしてる処。

そりゃ何処ぞの大手所属アイドルとかだったら怪しい素振りが見えたら一発退場の危惧があるが、元々反体制側で普段世の中に文句付けるのに黙し続けるだなんて…。
そんなアンタは悪いフリして実はイエス・キリストかよ、ってさしものキリストも教会の参道で無許可屋台営業してたのには怒って蹴散らしてるで。

本当に心配なのは怒る怒らないのその先であらゆる感覚(感性)が、無自覚・無関心にしてる内いびつに歪んでっちまう事だ。
最近匿名投稿の暴言・暴論がもう滅茶苦茶な様相と化してるが、無理に我慢を強いられたストレスをぶつけてる人が相当数居るんじゃね?。

=つづく=

2024年2月24日 (土)

音楽備忘録1653 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅲ➊

今度は指向をガラッと変えて、かつて上位ジャンルの者が下位ジャンルを見下してた話しをば。
って元来はジャンルに依る優劣なんて存在しない筈なんだけど、実力の割に新参者がバカ売れすりゃやっかみたくもなるってもんだ。

中には単なる僻みやディスりもあったが、良心的に解釈すれば後へ続く人達に老婆心を発揮してた部分もあったん。
だば最初に戻して何故要らん階層みたいなのが生じたのかったら、後発は必ず先発から何某かの影響を受けて成り立ってたからだ。

どうしても比較するなら後発の人のだって、先発組と同程度の歴を重ねた後のと比べるべきだったんだけどさ。
とは言えそんな昔の老害達にも一理はあって、後発組の一部には部分的に過去の遺産を借用し乍ら発展性を廃棄してた奴等なんかも居たんよ。

そんな中最速で認められたのがBeatlesで、彼等見かけ上はありふれたコードしか使って無かったんだが内容実態は高度なのが含まれてたんだ。
メジャーデビュー寸前のを聴くと良く分かって、どうもデビューに際して極端なサウンドダイエットをしたらしい。

コードのチェンジ頻度・数・種類からそのフォームに至る迄、極限迄省いたのがLove Me Doだったと。
要するにわざとバカなふりをした訳だが、その時点では当然正体不明のアンポンタンだ。

但し曲メロに一切手抜きは無かったから、メロと歌詞とコーラスのみで勝負してみたんだろう。
でバレ難い様に少しづつ色んな要素を加えてったが、相変らず突然の変態フォーム以外は王道フォームを応用して使ってた。

それが為ノスタルジー以外でClassicやJazzの影響は無い様に伺えたが、実際には映画音楽並かそれ以上のコアヲタレベルの事をやってたのよ。
コレClassic・Jazz等の門外漢には分かり難いが、自身で携わってる連中は比較的早期に気付いたんだ。

杜撰大王は40を超えた辺りからやっと理解が進んだが、例えば摩訶不思議で複雑な音程と思ってたのが部分的にわざと唯半音ズラしてただけとかね。
50を過ぎてやっと自身でも盛込める様になったが、Rock以外のジャンルでは最初から皆が学ばされるし少しは興味も持ってて知ってる事なんだ。

それがRock系でだけ認識が遅れてたとしたら、概知のコードだけで曲を作っちまったりしてたからだろう。
実はClassicやJazzの人達だって最初はもっともぉ~と頭の中スッカラカンだったが、変なメロが偶発的に出来ちゃって
それに伴奏付けようとしたら奇抜なコード(和声)になったってだけなんだ。

最近じゃ目立ったもん勝ちで変態要素は前面に押し出して強調してるのもあるが、ポピュラリティを高めるには極力分かり難い音は避けた方が良い。
それで奏者や編曲家のエゴを最も封印したのがRock・Popsで、それ故舞台裏ではホントは全然排除なんかしてなかったんだけどね。

出来上がりのしかもコードだけ聴いて、それを安易に真似してもうマスターしたと勘違いしたらさ。
本家には遠く及ばぬ愚作ばかりとなるが、マスターしたんだから無問題だなんて思い込んじゃって…。

と迄はならずとも完全自由な筈の自作メロに、わざわざ一般コードの縛りを「最初から与える」なんて無用っすよ。
こう云うのはある意味本物のメロディに多く触れないと気付き難く、敢えてカウンターパンチを喰らわせばClassicやJazzでも必要じゃ無くても「コードだけ凝って誤魔化し」たのがありそれに見事に騙されてんだ。

-続-

2024年2月23日 (金)

音楽備忘録1652 従兄記事に勝手に便乗➍

このまま終ると不親切かと気を取り直して、フットボードガムテ貼り概知のメリットを付記しとこう。
私的には良い人と思われたい魂胆もあるが、もしあなが求めるのが含まれてなかったら無駄な寄り道をしないで済むかも知れない。

明言はしてなくても一部は既に記事中に漏らしてて、杜撰大王の最初の目論見は足指の引っ掛かり防止策だった。
ドラムペダルって洋楽のツールとして生まれ、近年迄はずっと西洋の生活様式を基準に作られてた処があるわな。

ので裸足で踏まれるなんて想定はされてなかって、古いのになればなる程今で言うローファみたいな革製の靴が基本となってるらしい。
これが日本発祥だったら草履や下駄に合わせてたかも知れんが、靴底の材質が当時のあっちじゃ革か木位しか無かった。

故にそれ等は割と硬くてツルツルなんで、車のタイヤならスタッドレスとかスノータイヤを作る感じだったんじゃないかな。
ちょっち又脱線するけど俺世代が子供の頃って、少し裏に入るとまだ未舗装の道路が結構多かったんだ。

ので所謂最低地上高ってのが全高の低いのでも結構高く取られてて、今のと比べると3〜5cmはどれも高かった。
のわ雨でぬかるんだり土が轍で掘れたりしてると、そうしとかないと亀の子状態になっちゃって走破出来なくなるん。

ってな感じで昔のフットボードの場合は、表面が細かろうと粗かろうと兎に角不要に滑るのを避けるの一択だったん。
古典器の中でSpeedkingのデザインは少し異質に凹凸が細かく、軽量化が至上命題だったからきっと深く出来なかったんだろう。

と言いつつ稀には今でも足指を時々は引っ掛けてたりするが、SWIV-O-MATICのは丁度良く使う使いたいポジションでそれが起き易かったんだ。
又FPの場合は露骨に横溝だけなんでSWIV-O程じゃないけど、やはり状況次第では縦方向の摩擦係数が過剰だ。

尤も俺の過去のは全く違う理由での対策だったが、スライド奏法かこれを使わなくても前後方向に抵抗があると困る向きには1つの救いではあるだろう。
但し気になるのは俺言い純スライドや複合スライドを不使用なのに違和感を覚える様なら、椅子の高さや位置関係の方を先に疑った方が良いんじゃないかな。

今従兄宅訪問時に持参スピキンを使う際、必要性がなかったり面倒だと廉価品ゴム底スニーカを履いたままで踏んでんだ。
足首ダブルを大体習得し終わってると、足とフットボードの位置は殆ど固定されてても無問題なんよ。

強いて言や長連続させる時だけフッボーの最奥へ移動するとか、力を使わずパワーが欲しい時は限り無く手前を踏むとかね。
この場合元からギリギリの位置を踏んでるんで、寧ろ僅かでもズレると途端に踏めなくなるんだわ。

量販品で意図的に滑りを意識したのってぇとAXSI辺り以降ので、高価で買えんからちっとも試奏すらしてないから良く分かんないけどさ。
恐らく現代ペダルの中ではスライド奏法へも配慮しての事だろうから、フットボード以外の色んな部分でハードグリップする様なのよりは演り易い可能性が高い。

現時点迄の体験に依れば古典タイプは一応奏法を選ぶ事は無く、’90年代から15年位の国産系が最も奏法をペダルから指定して来る様な感じだったな。
でとても微妙な力加減(方向や場所も含む)が可能になると、Buddy Richみたいに何時でも何処でも何でも行けそうな予感が微かにしてるよ。

-終り-

2024年2月22日 (木)

音楽備忘録1651 ドラム「手足一緒私論」②

この私論従兄との奏法技術交流に必要になって始まったが、自分内でも苦手の手の改善に少しはヒントになってんだ。
誰にでも即効性があるもんじゃなさそうな発想だけど、パニックに陥って困窮しない限り思考の視野を広げるには有効手段の1つなんじゃないかな。

そこで範囲を一気に広げて考察してみると、異なる楽器同士の間にある程度相対応したのがあるですよ。
Guitar系のハンドミュートなら古いJazzでは本当にHi-Hatを手で抑えるのなんかもあったけど、そこ迄しなくても大略3種類あるよね。

所謂Closed・Half Open・Openに対し、強ミュート・弱ミュート・ハンドミュート無しって按配にさ。
因みにここで強としてるのは例えば音程感や余韻を最小にした様なので、弱は音色だけ少しマイルドにさせた様なヤツ。

これが生ピになるとGrandでは弱める方が減るが、打弦される本数を減らすシフトペダルとかアップライトならマフラーペダルがある。
後者は人間の手こそ使わんが、代わりにハンマーフェルトと弦の間に追加フェルトが入ってアタックを弱める仕組みになっている。

楽器種次第じゃそんなの採用不可のもあるが、「同じフレーズを違う楽器で奏でる」際などに重宝するんだ。
インプロビゼーションで最も素人に分かり易いのがこれで、誰かが提示したプチメロをアンサンブルで共有してるのが楽しめる。

わ遊びの範疇かも知れんが、曲全体で強弱を表現するのに音量でしか出来ないと何かと不便でね。
ポピュラー音楽みたいにあまり音量が大胆に上下しては不都合なのだってあって、その際は音色変化に強弱を担わせるのにトーンバリエーションが最低3つ位は欲しいべさ。

この件電気楽器奏者には結構重要で、生楽器程音量大小の範囲が広くないかんね。
初期の電子楽器みたいにタッチレスポンス無し(つまり鍵盤では音量を全く変えられない)程じゃないが、Fuzzを充分掛けてて楽器ボリウムを弄る暇が無い際は他の手段しか選べない。

と来てドラムへ戻ると近年は今劣化本邦の例えばHi-HatのClose・Openが、ほぼ極端な2択化してるのなんかがオッサンはとっても障るぞ。
確かに活字表示では大凡どっちかに分類してるが、実際にはCloseでもガチガチに踏んだのからゆるゆるの迄無限のバリエーションがあるし比較的簡単に誰でも出来るんだけどなぁ。

それも打込みじゃないからその場その時の、気分・雰囲気次第で相当自由が与えられてるんだけどねえ。
Hi-Hatの「閉じ具合」1つでフォーマル版とお祭り版の演出も可能で、20世紀中はジャンル不問で誰もが当たり前の様に活用してたんだがね。(段々不機嫌になって来た?)

いや別にポリシーとかスタイル都合で固定してるんなら注文は付けないけど、エレキGuitarだったらハンドミュートが出来ない奴に果たして誰も文句は言わないで居られるのかな。
普段滅多に要求されない・使わないだったら上手くは無いにしても、こんなのが障害になってドラムが叩けるのに擬きですら非専門ジャンルのは一切演れないとかなったらそりゃおかしいって。

-続々-

2024年2月21日 (水)

音楽備忘録1650 他力本願な話しですが💦➌

これだけ密かに長年の洗脳を浴びてりゃ、洗脳前の世の中を知る世代じゃないとされてる事すら分からなくても仕方無い。
それ以前に最早老害臭すら漂う洋楽Rockに、今更大きな興味を抱く若者がどれだけ居るのかすら
定かじゃない。

けれどアイドル系だろうとボカロ系だろうと現時点での伴奏スタイルは、その基本がほぼ洋楽Rock Bandのままなんざます。
これについて年寄ならではの知識の押し売りをしとくと、1970年代一杯位迄は小規模Band形式よりJazz由来のオーケストラの方がポピュラーでは主流だったのよ。

近年では体制不変の超ベテランの一部とか、とっておきのバラード曲でしかオケは付かないやろ。
昔より娯楽の種類が増えた→一分野での儲けが減った→必要最低限がデフォ、の流れもあったんだろうけどね。

ポピュラーつまり「含むRock」と巾広い曲を扱うにはオケスタイルの方が対応力が高く、Rock≒不良が嫌いなお客にもオケだったら大丈夫だったのさ。
一方でRockスタイルのアンサンブルに精通してた職人ミュージシャンもまだ限られてて少なく、例え当時から既にサンプリングシンセがあったとしても今みたいにゃ出来なかったろう。

何れにしても小規模Band形式以外に盤石の伴奏アンサンブルが先に存在してた訳で、本当のRock Band以外の人達迄わざわざそうしなくても構わないんだな。
にも拘らず小規模Band形式が伴奏様式の基本となったのは、予算事情の他に「出来る人」が飛躍的に増えたからっすよ。

但しそれは今劣化本邦の「失われた30年」に入る迄の話しで、最近は聴いてるとかなり切迫した状態になって来てんじゃね。
因みにClassic・Jazz等のオケだったら、今でも吹部やアマ楽団に入って修行すりゃある程度の基礎は確実に学べる。(つまり誰でも参加可能)

処がRockだと元々少人数で小規模だったもんだから、スタンダード曲を既に抑えてる者同士じゃないとジャムセッションすら出来ない。
年寄(異世代)と交流を持てればとっかかり位は掴めるだろうが、若い程先ず同世代だけで試したいと思うのが自然だよね。

世帯が小さいのってローカルな個性を段違いに発揮出来るが、それには近しいメンツで固まる必要があるじゃん。
他人はどうか分からないけど俺達ならこうって、グループ自体の色を最初から打ち出せる。

それは最短最小準備で本番に望めるのに繋がって、若い時程焦りもあるにせよ「若い内に」の価値は実際大きいかんね。
オッサンになっちまえばジジイになる迄ジジイになっちまえばくたばる迄に何とかなりゃ大差無いが、臭いセリフだが青春の輝きは過ぎてみると瞬く間に幕を下ろす。

加えて歴を重ねれば意外な曲をマスターしてたりするが、だから若い程スタンダード曲(共有)だけは先に知っとかないと支障が大きいんじゃないかな。
にも拘わらず明確な指標を喪失した今劣化本邦の現況って若者に程厳しく、本来は逆じゃないといけないんじゃないかな。

-終-

2024年2月20日 (火)

音楽備忘録1649 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➓

パートⅡの最後を飾るのは、培って来た個人感性の上手な処遇の仕方ざます。
人間は容易に勘違いもするけれど、だからって独自の感性を自らゆがめるのはお止しなせー。

誰かと見解の相違が発生した際、その過半数は認定と表現違いが原因なんだ。
これは食べ物の味が一番分かり易そうだが、絶妙に美味しいのって大抵は各要素が複雑に絡んでるよね。

甘さが際立つ印象が客観視したら塩味の方が強いだとか、そのどっちを先に取り上げて語るか次第で言葉は正反対に近くさえなる。
身内で共通認識を持ちたい時は条件設定を明確にして、時間を掛けて整合性を見出さねばならない。

が特にそんなニーズの無い殆どの場合は、○君のは○語・□さんのは□語なんて風に捉えた方が手っ取り早いん。
或はもっと範囲を拡大して、○国文化・□地域文化ではそう云う解釈になるなんて仮定をしてみたり。(自論の正当化に悪用しちゃあきまへんで)

その真相可能性として前々回リッケンベースがデカいと言った人、もしかしたらその人だと体の何処かが支障してたのかも知れないんだ。
それか既体験のは軽目のばかりで、リッ君の割と角ばってて少し重いのが堪えたのかも知れない。

俺は筋肉マンの方だからあまり食い込みは気にならないが、もっと体表が柔らかかったら角が当たると痛そうだ。
この面で万能プロデューサを目指すなら、俺言い「感性の翻訳力」が必要だしモノを言うんすわ。

↑例の様に100人中99人が不細工っつうのを、ある誰かが見たら最高の美形って事は水面下では案外頻繁に起きてる筈だ。
のがちっとも表に出て来ないのは同調圧力大国だからで、独自性を最高と考えるフランス等なんかじゃ寧ろ必死に探して語ろうとしてんじゃないかな。

但しどちらの両極でも求められて無いのに発揮したら、唯の迷惑か我儘なのは一緒。
この点寧ろ今劣化本邦の泥酔者等、特に白昼だったらEU圏なら即逮捕・連行される。

つまり自説を他人に強要しないのなら、心でどう感じてどう思ってても何も問題は無いのだよ。
寧ろ自分は常識的だから大きな問題は無い等と浅はかに考えるのこそ害で、酔っぱらえば無礼講が大抵は許されると思ってるのなんか酷い勘違いだ。

しかし同じ勘違いでも個人で勝手に思い込んでて、他人に一切害を及ぼさないなら後は羞恥心だけの問題だ。
実は勘違いにも少しは効能があって、創作の分野ではそれで盗作疑惑から逃れられる事だってあるのだ。

馬鹿と鋏は使いようの一種で、手前味噌ではSnareのゴーストノートを間違えてバスドラの3連打と思い込んでたのなんかがさ。
スピキンに慣れる迄そんなイカレたのは実現こそしなかったが、結果的に3連打の使い方の源になってるんだよ。

してこんな柔か頭に一役買ってくれるのが、本物に触れた経験なんだ。
ほら「想像の斜め上を行ってた」なんて語句があるじゃん、その「上」次第じゃ程度差っつうより次元が違ったって方がマッチしたりするっしょ。

一口に良い・凄いと言ってもその内容は様々だし、本物は大抵何処か予測不能箇所に余力を持ってたりもするんだ。
世界観が広がる・刷新される等、実利以上に思考の範囲拡大が最も重要なんすよ。

-続-

2024年2月19日 (月)

音楽備忘録1648 従兄記事に勝手に便乗➌

この短編の最終回は実演の感想と、実施する際の留意点をお届けしませう。
もしあなたにフィットするなら、当初はガムテ貼りはそこそこ良好な感触だす。

けれどどんなテープを選ぼうと素の状態より必ず感触変化量が大きく、それがかなり随時で起こるんだ。
奇特な話し金輪際貼られてるのしか踏んだ事が無い奏者が居たらどうか分かんないが、ほぼ皆の基準は「貼って無い」方だよねえ。

ので裸足から超ゴツイ靴迄日替わりで踏む様な人ならいざ知らず、状態安定度が低いのは誰にでも損失にはなるんじゃないかな。
手とバチの関係でも感触変容はあるんだけど、手に比べりゃバチの方はまあまあ安定してるよね。

人に依っちゃ足の方が気にならんとしても、足裏(履物等含む)とフットボードの両方が常に変化するんじゃ少なくともきっと楽じゃないよ。
ってな過半数の失敗体験から実施するとすれば、かなり色々注意しないと後で泣きを見るかもよっと。

①ガムテ自体を厳選
かなりテープの状態と質で寿命に差があって、普通に段ボール箱等に使うのとは別世界でんねん。
尤もミュート等で多用してるとそこそこ概知だろうが、皮みたいに交換出来ないし普通はそ
の習慣が無いのが異なる。

 先ずなるべく製造から日が浅いのが望ましく、糊の軟化時期を遅らせられる。
 表面感触はお好み次第だが、あまり薄いのは耐摩耗性に乏しいんで不向き。
 新品時で糊は固目の方が良く、軟らか目だとすぐにズレて来る。

②貼り替え頻度
恐らくこれが最も厳密さが要求され、だからこそ大雑把な杜撰大王は挫折ったんだ。

 膨大な私体験に依りますと多少の汚損は厭わない条件で、俺みたいなゴリ足で2~3日・普通の人で1週間・繊細足でも1ヶ月程度が確実に無事で済む限界やね。
 しかもこれは①の要件を満たしてた場合で、糊の劣化が酷いガムテだと1曲演ってる途中でズレて来た事も。

極力汚損を避けたいとなったら随分神経質な話しだが、もう演る都度貼って剥しといた方が良か。
今晩はこれで終りの又明日の朝から叩くから…って普通はほっといたりするが、夜間温度・湿度の変動が多いだけでももう状態が結構変わるケースもおま。

踏み心地変化だけで済みゃ良いが、それより接着状態とか硬度の方が変わっちまうん。
んな事情なんで個人的にはあまり勧められなく、俺の場合は自身の足裏コンディションの安定化に主軸を置いてるよ。

足裏皮膚って個人差は相当あろうが、適度に乾燥してれば結構丈夫なもんでね。
履物は床等次第ですぐ濡れたりするけど、足裏だと普通はプールや風呂以外では露骨に濡らしたりしないでしょ。

現況在宅時は敢えて靴下を履かない事で、大凡所望の乾燥度が得られてましてん。
尤も足裏以外の皮膚は弱い方と自認してるんで、体の外に解決策を求めるのも分からなくない。

人夫々で最適解は千差万別で参考にこそすれ自ら探索してくしかないが、何か適切なのが掴めたらそれこそが独自スタイルの一部なんだ。
ドラムの足元って近付いてまじまじ眺める機会も少な目になり易いんで、その分リスクを知っとかないとこんな筈じゃになり易いかも。

-終り!?-

2024年2月18日 (日)

音楽備忘録1647 ドラム「手足一緒私論」①

何時もの様に従兄宅訪でドラム奏法談義をし、帰宅後暫くして又変なのに突然気付いた。
のがRingo Starrの象徴の1つ、Hi-Hatのダブルが普通の縦動作しゃなく横動作が混ざるのに纏わる話しよ。

「手足一緒私論」って従兄は手技・俺は足技にヲタってるが、その従兄に足脚変態奏法を説明するのに「手で言えば」比喩をし出したのが発端。
実際演奏するには適性・修練が必須だけど、頭で理解困難・具体的イメージが湧かなきゃ試す以前の難問になる。

杜撰大王って従兄と比べるとより理系な癖に、演奏や創作では案外勘とノリが先行しちまっててね。
だから既に似た様な野心を持ってる相手なら伝わるんだが、そうじゃない人に説明するのが下手なんだ。

結果未だ事後検証・分析の方が圧倒的多数だが、そこから適した置換・比喩をすればって少し知恵が付いたのよ。
それがどんどん発展してってみると、ダブルストロークの方法等に共通事項の多いのが炙り出されて来たんすよ。

そこで大胆に手に相当する足脚技をあたってたら、Ringoのアレって足脚でのスイベル奏法なのではってね。
手ヲタの従兄に依ればRingo Hi-Hatの超速シャッフルやPaul HumphreyやJeff Porcaroの片手超速16って、普通のダブルだけじゃ絶対追っつかないって言うんだよ。

確かに足脚だって凄く速くしたきゃスライドしなきゃ間に合わないのと同様、手の方では俗称プッシュプル動作を最低でも交えないと不可能だって。
外見上2人とも如何にもな動作はさせて無いが、どんなに速い競歩の選手だって普通は本人が走るよりゃやっぱ遅い。

でそんなのがマスターしてて実用してるとなると、大抵はその前段階をクリアしてなきゃ到達出来ないと。
それが足脚では足首ダブル(トゥヒール)→スイベルか複合スライド→純スライドって高速化手段になってるが、手でも2番目のに相当する奏法があるのでは…。(↑の複合とはトゥーヒールが混ざってるの意)

と来てあーそーかぁあの8の字みたいな動きって、正式名称は知らんが要は「手のスイベル」って事なんじゃね?っとね。
因みに昔にスイベル奏法なんて呼称は無かったんだが、フットハットの速いのを演る時に何となくスイベル成分の混ざってる人は結構居たんだ。(踵が左右に交互に振れてる)

だからスイベル率は今とは違うにしても、多分最近になって突如見つかった技じゃ無いんだ。
そもそも足首ダブルって手技からの輸入で、ってのはペダルの登場がバチより後だったからよ。

でその手技ならバズ(球技で言えばドリブル)みたいな一寸狡っぽいのでも行けちゃうが、ペダルだと体験からはSpeedking等極一部の以外リバウンドは殆ど利用不可な程弱まっちまう。
以前述要らん時にゴルフのダフるみたいなアタックゴースト現象ならそこそこ起きるけど、如何せんバスドラを通常もっと大きく強く鳴らすのには不向きだ。

この点でHi-Hatは近似状況で、強さや継続時間の長さが加わると非リバウンド依存の方策も必要になって来る。
現に俺言い「Ringoの8の字」はHatがハーフやオープン状態の時も使われてて、少なくとも発想の原点は完全に足のスイベルと同じだよ。(バチのショルダーでヒット)

-続-

2024年2月17日 (土)

音楽備忘録1646 他力本願な話しですが💦➋

スタンダードだって少しは時代で変動するもんだが、鉄板・定番の周知が不十分なのは誰にとったって損なのだ。
チョイ誇張表現するなら標準語みたいなもんで、コミュニケーションや比較の上でも大切な基準なんだからさ。

なので杜撰大王如きでもなるべく布教活動をしたいんだが、現行の一部業者以外全く益の無い悪辣著作権法に阻まれては個人レベルでは焼け石に水だ。
だからこそ公共性の高いマスコミが率先してやるべきなんだが、今劣化本邦ではスッカリ愚政権や電通に頭を抑えられたとは言え言語道断の体たらくだ。

アホなマスゴミ等と断定するのも、このまま続ければ幾らも経たぬ内に業種自体が衰退消滅するからなんだよ。
俺は是又超悪法の受信料は端っから払いたくなかったが、それ以上に内容の劣化が酷いからNHKは全く見なく聴かなくなって久しい。(かなり前に見られる状態自体を捨てた)

それが民放でも同傾向が加速したんで、昭和には典型的「テレビっ子」だったのにTV視聴からは自室では完全撤退になったわよ。
ラジオのFM放送は現況↑程の内容凋落はしてないみたいだが、ディスクジョッキーの劣化は凄いから音楽的に面白い番組は全盛時と比べたら消失したと言って良い。

んっま何れにしても↑は普段の生活に縁遠くなってるが、年寄だと過去の知識の蓄積があるから自分で情報を取りに行くのも手間以外は左程苦にならない。
がこれから基礎を知りたい若者にとっちゃ、最初は全くの手探りになるんだから只事じゃ済まないんだよ。

Classicなら既に学術的体系等の裏付けがあるから、例え1個人が主催しても間違えない限り骨格は統一される。
だがRockだと特に日本で学術的研究が著しく遅れてる処か、他と比べりゃ短いなりに70年位の歴史があるってのに相変らず蔑視が続いてる。(国内限定でも内田裕也の存在からすると60年にもなるんだが…)

実は今50以上の世代ってRock系に限っては、ハイパーガリ勉君でも学校や塾の先生からは殆ど教われてねえんだわ。
糸居五郎氏を筆頭に現況では最後の砦たる小林克也氏等、民間の伝道者しか全容把握出来てなかったから程度差はあっても必ずお世話になってたんだ。

今感覚だとピーター・バラカン氏等の方が馴染みがあるだろうが、上記の超人と比べると若干深度が浅く範囲も狭い感じかね。
っつってもそれは好みや本人のせいじゃなく、Rock系全盛期の現業リアルタイム体験値の差がそう感じさせるんだと思うんだ。

要は日本でなら徴兵で戦地に行った事があるかどうかみたいなもんで、本来なら糸居氏存命中にその筋の学者が徹底的に聞き取りしとくべきだったんだ。
それを基にバイブルみたいなのを書き残しゃ良かったんだが、学会(宗教じゃなく本物の)の姿勢が旧態依然だったからか論文にして発表しても教授へ出世する目なんて皆無だったからかみすみす逃しやがった。

こんな事情があったればこそ、ラジオか何かでもっと専門家を登用して流すべきなんだけどねえ。
壺が電通がスポンサーが等と屁理屈を並べてる内に、案の定この方面でも日本だけここ30年位の間に世界から完全に遅れちまったじゃないかい。💢

=つづく=

2024年2月16日 (金)

音楽備忘録1645 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➒

百聞は一見に如かずって言葉は今も死んじゃいないが、杜撰大王自身段々と自分から見分しに行く足は遠のいている。
学生時代迄と違って年々どんどんニッチな仕事になってってんで、ついでに寄るってのが困難になっちゃったんだ。

しかし探索の門は依然として全開のままで、そんな意識を持ってると感覚の鈍化を多少なりとも防げるんだ。
従兄宅での100年Snareの一件では見事に計られてしまったが、それもこっちの行動予測が明確だったからだろう。

俺が叩く方のDrumsetに無造作にセットされてて、最初は又何か変なのが置いてあるなとしか思わなかった。
どれどれと叩いた瞬間に何だか楽で具合が良いだけは即座に分かったが、名前は2の次で普段から感性重視になってるからだろう。

本当の真価を知ったのはその日後で正体を明かされてから、2回目の訪問時だった。
もしかしたら初回の反応が従兄に物足りなかったのか、深胴じゃないのに大胆にピッチを下げてあったんだ。

そして出て来た音が、杜撰大王が人生で初めて深胴じゃなくても良いやと思う程のものだったん。
具体的には中低域が、今迄体験したどんなSnareより芳醇だったのよ。

で俄然興味が沸騰した処で値段を訊いて他人事となるオチが付いたが、知識としてはあの世迄持って行く事にしましたわ。
実は今迄に入手出来た本物も、貧には当然乍らすぐにゲット出来たのは殆ど無いんだよ。

何気ない日常ですれ違った絶世の美女と、忘れた頃になって何かの縁で同席した際に猛アタックしたみたいなのに近いんだ。
今Ludwig 3ply ReinforcementとSpeedking常用の伏線として、杜撰大王版ドラム三つ子の魂百迄となる体験が遠い遠い昔にあったんだ。

正に中二病の真っただ中の頃に、友人宅で弄らせて貰った最初のDrumsetがそれだったんよ。
自分で叩くのは全くのお初だから、その時点では予習ゼロにつき感性だけの想い出だ。

だからそんなに詳細には分からなきゃ覚えても居なく、写真等で見てて好きそうな音なのが当りだったのと稀に上手くぶてるとRingoみたいな音が出るんだな程度だったよ。
その後ずっと経って他のどれもであまり似た様な音が出ないなってのと、今一痛快じゃないなっつうのが十数年続いた。

が獲得チャンスが巡って来た際先ず安かったからが主因にしても、そんな古くて大丈夫かの自問に↑体験から何とかなるだろうと答えを出したんだ。
でⅡで真価を理解したのはセットで常用15年後、ペダルでは5年後だったんだ。

要はそこ迄を理解出来る奏力がまだ無かったらしく、ほぼ同じ物なんだから人の方さえ頑張ってスキルアップすりゃ似た様な音が出る筈と思ってずうっと暗中模索を続けてたんだ。
これを他人目線では所謂「勘が良いね」と思って貰えると嬉しいが、その根底には恐らく感覚体験を風化させなかったからだと思うんだ。

でも特段注意をしてたでもなく、唯理屈で駆逐せず存置しといただけなんだ。
確定する迄途中経過では数多の俺言い「屁理屈攻撃」を内外共に喰らったが、そうかなぁ何か違うんじゃないかなぁそんな音じゃなかったけどなあってのをね。

-続-

2024年2月15日 (木)

音楽備忘録1644 従兄記事に勝手に便乗➋

ほんだらお待ちかねドラムぺガムテ貼りの具体実態と参るが、杜撰大王の発端はもしか大昔述「異形フットボード」対策だった。
その次が「変形したフットボードの補填策」で、どっちもその根底には日本住宅の慣習があったのだった。

もし昔から専業Drummerだったら何らかの室内専用履物を用意したかもだが、こちとらマルチだった&貧だから出来ればそのままで行きたい。
ほんで最初期ドラムぺは従兄から譲受のRogers SWIV-O-MATICだけで、後に開花した俺様の才能には相応しいかもも初心者には何とも不釣り合いだったけどさ。

こいつのフットボードデザインだと足指が時々穴に嵌りやがって、靴下ですらスイっと滑る時と少し引っ掛かり感がある時とがあって困ったんだ。
俺の場合極初期から速いスライド奏法だけが売りだったのもあって、滑るだけならあまり困らなかったんだけどね。

そんでボード表面ガムテ貼りで凌いでた処今度はYAMAHA FP-702を又頂戴して、その当時の自分の志向にはこっちの方が合ってたんだ。
但し幾ら気前の良い従兄でもミントコンディションだったら手放す訳も無く、こヤツの場合はフットボードが横から見たら直線の筈がそこそこ盛大に真ん中下がりに湾曲(変形)してたんだ。

俺も知ってる巨漢のド素人に従兄が踏ませたっけ、昭和の田舎の中坊だから一発で凹ませちゃってね。
以来どうにも踏み辛いってんでウチに来て、大凡20年位はガムテ&プラ板の積層小細工で何とか平板状態を得てたんだ。

こっちの最初期はガムテオンリーだったんだが、如何せんそれだと表面が柔軟過ぎたり平にしといてもすぐ凹んで来ちゃったりで。
僅かな中下がり湾曲なら何とかなるが、露骨に凹んでてはスライド奏法に向かない。

それでも何とか20年は我慢してたんだが、経年劣化・摩耗も酷くなって来てレストアを考える時期が来ちった。
ここから又過去重複になるが工事失敗or工事中の代用が必要となったが、ずっと使ってなかったスイボの存在を完全に忘れててね。

それでその当時お買い得だったLudwig Speedkingを買ったんだが、そうして3つを比べてみるとガムテ貼りは超臨時以外は邪道な感じだったんよ。
湾曲が運良く直せたFPでも昔は横溝に抵抗感があったけど、平らになってくれりゃガムテ貼りよりそれだけで好感触でね。

そんな経緯があって2つともガムテ残骸の撤去となったんだが、これが新旧の糊の残骸がランダムにこびり付いてたからもう悪戦苦闘ですわ。
軟化してる分は根性で他の新品テープにくっ付けてまあまあ対処出来たが、硬化してるヤツはその程度じゃビクしもしない。

で最初は一切傷付けたくねえから廃ピックを流用して丹念にこそぎ落したものの、アルミダイキャスト表面の僅かな目地に入り込んでる分がどうしようもない。
最終的にはカッターナイフでより丹念にとなったが、俺比で気になる程は傷付けずにやっとの事で剥離作業を終えれたよ。

因みに1つにつき断続的作業ではあったが、大体1週間位は掛かったで。
ずっと連続でやればもう少し早くに終えれたかも知れんが、その場合肉体的にも精神的にもより疲労耐性が必要ざます。

-続く-

2024年2月14日 (水)

音楽備忘録1643 Paul HumphreyというDrummer③

では余談から戻ってPaul Humphreyの続きと参るが、ノリは絶品もBernard Purdieみたいな目立つものではない。
この点でもJeff Porcaroの始祖に値し、特に今劣化本邦では見落され易い。

アンサンブルのリズム(ノリ)を牽引してのはどっちも一緒だが、他者に与えられる自由度に大きな差があるんだ。
Humphrey達のは自己主張が強くないから、酷くズレない限りどんなのでも許される。
のがPurdie達のだと半ば強引に参加させられる感じがあり、ビッグマウスとは無関係に少し相手を選ぶんすよ。

なんて言うとディスってるかの様だが、杜撰大王自身はPurdieタイプの強烈なのの方が好きだ。
尤もそんな我儘こいてられるのは従兄の存在があるからで、んな事ある訳ゃねえがもしこの世でDrummerが俺独りしか居なかったらもっと真剣にHumphrey氏を参考にするだろうね。

そのノリと併せて特に稀有なのがフレージングで、常に何処かしらで聴者の裏をかいてる処。
その特徴は聴いてるだけだと完全に溶け込んでるのに、いざ真似して叩こうとすると音が普通ある場所に無くて無い場所にあったりするのよ。

と言ってもこれはある程度Drummerになれてる人にはで、Drumって楽器を無視して鼻歌でフレーズを作ったりすると多分Humphrey先生みたいな方のが多く思い浮かぶんじゃないかな。
これこそが「歌えるフレーズ」ってなもんで、叩けない叩かない内だったら誰しもが少しは持ってたものなのだ。

Drumの性質に慣れるにつれ、段々と演り難いのより演り易いのの方を無意識下で選ぶ様になるもんでさ。
それを好意的に捉えれば専業らしさ等となるが、そんなのは曲に対して何時もベストとは限らないよね。

確かに人力演奏には打込みより不可能なのが多いけど、出せない音程を強要されるのとかとは違う。
簡単な処では右利きの奏者が必ず右手始動に束縛されると、Ringoの一部は不可能化する。

逆にRingoが左手始動に固執してたなら、右用セットじゃロクに何も出来やしない。
俺はまだ従兄みたいにほぼ左右を自由には選べてないが、そんなのPianistだったら全く許されないよね。

だからもう少しDrum演奏はPianoとかの親戚と思うべきなんだが、実際Drummerの副業に鍵盤の入ってない人は少ないんじゃない?。
只Humphrey氏の場合はそれより頭の段階での柔軟性が凄く、既成概念・固定観念に全く捉われていねんですわ。

左右手足どれで鳴らそうと普通ここはバスドラと習慣で思ってしまう箇所でSnareを鳴らしたり、Snareの箇所で安易にバスドラを省略するってのが無い。
どうやら全体のフレーズを考える前に、個別楽器を鳴らす最適箇所を洗い出してるみたいなんだ。

つまり例えば曲とバスドラだけを聴いても、それで曲として既に完全に成立してるんすよ。
その結果かどうかワシャ知らんが、小節の頭以外バスドラが全部裏拍なんてのも多い。

それ処かSnareのBackbeatが入ってるのに、裏拍でしかバスドラを鳴らさないのなんかが…。(つまり重なる箇所は同時併鳴)
単純Drummer頭では勿体無いからそんなのしないが、曲の要求に依っちゃ実はその方が良いのもあったんだよねえ。

と斯様に所謂Drummer視点では少々変態的なんで、世間の一般Drummerからの支持が少なくなってしまうんだろう。
けど実際の楽曲中での名演を目指すなら、もっと彼やPorcaroみたいな視点にしないと曲を劣化させちまうんだよなぁ。

=終り=

2024年2月13日 (火)

音楽備忘録1642 他力本願な話しですが💦➊

過去モノは臆せず聴いてみ等と言われても、とっかかりの掴めてない人に今劣化本邦は最低の環境だ。
平成の途中から裏で酷い情報統制が横行して、公平・公正・中立な世相情報が国内マスゴミでは全く流れなくなっちまった。

これを又政治色濃厚とか陰謀論としか思えない人もまだ居るかも知れんが、それは概知の統制方法とは少し違う手法でコッソリやられてるからだ。
しかも大規模且つ一部世界レベルで改変を行って、例えば何故か政権が劣勢になると北朝鮮からミサイルが飛んだり有名人の麻薬・不倫情報等が大々的に流される。

これが悪い意味で利口なのは、政治・経済以外は極力嘘をついてない処だ。
財務省や政権主導の真っ赤な嘘にしても、なるべく不都合の無い点だとか僅かな利点を強調して他は隠蔽してるんだけどねえ。

現況「無理が通れば道理が引っ込む」を堂々とやってるのは閣議決定と悪税制等限定で、それも国会内だけの話しなんで政治忌避が最高潮の世情ではこっちから情報を取りに行かないと表に出ない。
で杜撰大王
らしく皮肉たっぷり吠えるが、しかし政治無興味なら政治だけの問題だったら無関心で居るのも分からなくないよ。

ぅんがぁ実際は庶民生活の節々の方でこそ悪影響が甚大で、若者が結婚や子供を持とうとすると「何か今無理そう」なんてのがその典型なんだ。
ここでこんな熱弁を振るうからには音楽でも一部忖度以外の全て、特に洋楽情報が酷い目に遭ってんすよ。

Youtube等元からグローバルな処なら未だしも、国内放送の曲解・歪曲・偏向は下手すりゃ戦前より激烈なんじゃないの?。
かつてのは単純に敵国関連だから駄目とか、ディスりOK・賛美→身柄拘束ってだけだったっしょ。

今はしつこく問い詰めればアレも良いとは辛うじて答えるだろうが、世界的スタンダードだろうと不都合だったら全然流さない方で悪事を働いてんの。
何故そんな妙ちくりんがまかり通るかったら、元締めパソナ・実行犯電通を通じてスポンサーが圧を掛けてるからだ。

今迄だったら売れ筋とは関係希薄な奴等がどうしようと影響なんか受けない筈のRockも、執拗な偏向報道のせいで後進の育成が上手く行かなくなって来てるんだよ。
平成の途中位迄だったら、1日中FMでも掛け流ししてたらスタンダードの何曲かには必ずありつけたんだ。

確かに殆どのは教育目的の放送じゃないし、そこでもサブとかカウンターカルチャー的なのはあまり正しくは流されないだろうけどさ。
けど「変な風な省き方」をされると、過去を知らない人には曲解を促す事にもなるんだよ。

更には世代間認識の分断・乖離に繋がって、恐らくどの分野でも起きてるから文化や技術の継承が上手く行ってないんだろう。
大凡50から上の洋楽趣味者なら大体殆どが知ってるスタンダードが、30から下の人だと少数派になる上世界のスタンダードとはとても思えなくなってる。

こっちとしちゃ信じられない感じがするが、そりゃあ生まれてこの方殆ど耳にして来なかったんだからねえ。
その意味では老害がもっと若者に混じって、流行りのLive Houseとかで演ると良いんだが著作権使用料が…。

-つづく-

2024年2月12日 (月)

音楽備忘録1641 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➑

続いては基準たり得るブランドか、若しくはそれに準ずるのでも内包してる弱点行っときま。
但しその弱点の殆どは、モデルタイプ固有の事情に依ってるんだ。

最初は簡単に予測が付きそうなのから軽く噛ましとくと、弦楽器でブリッジ溝の浅いのは激しいプレイにゃ向いてない。
これはブリッジ以降の弦の角度とも関係してて、物に依っちゃそれがナット側ですら稀に逸脱が起きるのもあった。

全体的な傾向は見た目通りだったが、実際に試奏してみると結構程度の開きはあったで。
杜撰大王の場合色々試奏後に気付いたのが第3の要素、弦の太さや張力だ。

普通に弾いてる分にはこの差は現れ難いのに、一定以上激しくするとセーフとアウトに結構ハッキリ分かれるん。
Fender系で古典テレキャスはブリッジ駒が溝無しのでも平気なのに、プレべ・ジャズベでは溝が浅いと予想外に外れ易かった。

Rickenbackerでは真逆傾向があり、4000シリーズBassでは今迄唯の一度もどんなにワイルドに演っても外れた試しが無い。
その一因はスケールとテンション差にあって、同一ゲージだとリッ君はF君より少しヘビーで大変だ。😅

但しプチ余談で日本で世間的にはF君よりR君の方が大柄イメージがあるみたいで、チビの俺がそんなの常用するのに否定的な意見すら昔はあった。
だが実際にはネックは細く・ボディも薄く、スケール(弦長)もたった½inchだがR君の方がコンパクトなんよ。

日本語カタログにスケール数値が記載される様になったのが、一寸遅くなってからだったのも誤解の一因になってるかも知れんね。
流石に36inchになると苦しそうだが、伊達にベテランやってないから今は30位~35inch程度迄はどれでもそんなに滞りなく扱えてる。

エレキGuitarって以前は大抵俗称Fenderスケール(25½inch)とGibsonrスケール(24¾inch)のどっちかと思ってたっけ、この2大ブランドですら結構例外が沢山ありやんの。
コレ興味ある全モデルのスペックを事前学習出来たら別だが、それだってカタログより現物に先に遭遇したら無効化すんねん。

又近年はコンピュータや機械力等を駆使して仕上がり寸法が均一化傾向にあるが、それでも実際に握ってみるとかなり俺言い「握り径」は様々だったよ。
それがグリップシェイプ次第で随分印象が異なったりして、受注生産の以外はやはり現物に触れてみないと詳細は良く分からんよ。

そんな具合で現行品はビンテージよりゃ手に取らなきゃ不明な点は少ないが、熟練職人の感覚で微妙に仕上られた状態等はどんなにネットが発達しようと全貌把握は出来ねんだ。
制作側の意識としては例えば仕上げに使用したサンドペーパーの番数とか、沢山作れば全部は一々覚えてられまへん。

ってのも俺言い「感覚上のスペック」の方を物理的数値より優先しないと、妙な感触の楽器が出来上がったりしちまうからねえ。
過去述重複だが杜撰大王が最も印象に残ってるのは、当時はレジェンド認定前だった’50年代後半製のStratoとLes Paulだ。

訊いてた以上に音が元気で弾き易く、何より断然軽かったんだよ。
実測しなかったから全重量はどの程度軽いか分からんが、少なくとも持った時のバランスが未体験ゾーンだったのは間違いないよ。

-続々々々-

2024年2月11日 (日)

音楽備忘録1640 従兄記事に勝手に便乗➊

今回からこの際露骨に乗っちゃうとして、初回はドラムペダルのフットボードのガムテ貼りの件おば。
図々しさとちゃっかりは杜撰大王のお家芸と勝手に思ってるが、それよりこれには豊富な過去体験があるからなんだ。

恐らく長所短所ともほぼ既に実体験済みなのと、裸足+ガムテ貼りの実情迄と他に類を見ない充実ぶりってね。
では先に短所から進めるが目的は、リスクを知った上でトライする為だ。

それがかなり面倒なんで俺は20年程続けてたのを止めていて、ガムテ最大の欠点の糊と布地の摩耗がねえ。
さていきなり余談になるが俺はそもそもテープでの補修は色々やってて、現在継続中なのは割れたプラ製便座の簡易対策だ。

現用のは2代目で初代時には瞬間接着剤を使ってみたんだが、耐衝撃性に劣るのが便座に向かなかったんだ。
わざとバァンと降したりゃしねえが、手が滑ったりすると陶磁器の便器へガタンと落しちゃったりしてさ。

ほいで部品買いして交換したんだけどそれから10何年も経ったのと、一時期デブって体重が重くなったのも災いしてるのかな。
体重超過状態から今は戻ってるんだが経年劣化も加わってそれ迄持たなく、最初に入ったヒビがじわじわ拡大してって最後は泣き別れに。😢

こいつはプラで表面ツルツルなんで敢えてガムテを使わず、宅配段ボール箱なんかに良く使われる透明テープを使ったら何とか凌げてるん。
残念乍らこのテープにも糊の劣化があるんで、随時で時々張り替えは必要だけどね。

けどフットボードのガムテみたいに摩耗で変質する事が無いから、起きても2次災害が軽微なのが良いんだ。
って何時の間にか本題に入っちゃってるが、この摩耗劣化が中々に厄介なんだ。

奏者次第で相当差は出そうも表の布が擦り切れる前に貼り替えしないと、裏の糊の影響が出るねん。
しかもある程度ズレただけでも近似の害が出て、生足ならまだ良いが靴下とかに付着しちゃうと根本的な解決策が無いんすよ。

セロテープや養生テープ等の糊と違ってガムテのはまるで誰かさんみたくしつこくって、当初から徐々に軟化してくのに最後には乾燥してパリパリカチカチになる。(もっと長期間になればどのテープも最後は乾燥するけど)
意図的に剥したい時ゃわざと乾燥を待つ場合もあるが、中々全体が同じ状態になる事は少ない。

貼った相手に吸湿性がありゃまだ良かったが、フットボードは殆どがアルミの塊だかんね。
具体的な苦労話しは長くなるから次回へ譲るとして、癖糊問題の他に状態安定度が低いのも難点なんざます。

ガムテは布でも紙その他のでも大抵表層はビニールコーティングか何かが施されてるが、それでも温度・湿度次第でかなり滑り具合その他が変わる。
生地の厚みに依ろうが必ず何時かは擦り切れて来るもんで、そうなると一番摩耗した箇所から裏の糊の影響が出て来んだ。

それが起きる前でも足や靴下の湿度で摩擦係数が変化して、まあ裸足だとガムテの有無に無関係に足裏皮膚の状況はダイレクトに響いちゃうんだけどね。
これは素手とバチの関係でも同じだが主に影響するのは手の方だけで、両方から影響があるとそれだけ感触は変わるし加減は余計し難くなるんじゃないかな。

-続く-

2024年2月10日 (土)

音楽備忘録1639 知られざる?Billy GriffinってDrummer

只今Paul Humphreyの記事を執筆中だが、②の文末で触れた人の事を忘れぬ内に記述させとくれ。
概述では有名になり出した時にと書いたが、正確には所属グループはとっくに有名だったが本人の名は殆ど残ってなかったんだ。

さてバスドラヲタが高じて探し当てたのが、私感全盛期のThe ImpressionsのDrummerだ。
彼はどうやら’66年からと2代目Drummerらしく、オマケに実働2年弱でこの世を去ってるから中々分からなかった。

今でも日本語に拘ればググっても出て来ず、米での雑誌の事故記事の切り抜きか何かにやっとの思いで行き付き真相の一端に届いた。
グループの存在自体はかなり昔から一寸面白い曲がFENで掛ってたから知ってたが、レコードヲタの親友からWe’re A Winnerってのを借りる迄はバスドラヲタの虫は寝てたんだ。

そのアルバム同名曲のドラムを聴いたらあら大変、典型的なコーラスグループの「歌の後ろ」なのに何やらバスドラが大変な事になってねえかって。
それもアフターBonzoだったらまだ理解も出来なくないが、こっちのが1年位早いでぇ。

もしかしたらBonzoの方がこんなのからインスパイアされたのか、皆とっくに死んじゃってるから今となっては確かめられないけどね。
俺はあからさまなの以外はワンバスで演ってると考える癖があるが、これを綴ろうとして再確認してる内にあまりにも音数が多いから心配になって来た。

らYoutubeに叩いてみました動画が1つだけあって、動画で足元は見えないが足首Doubleで熟してる様だった。
仮にツーバスだろうと約10後年のCozy Powellじゃあるまいし、よくもまあ歌の兄さん達がそんなのを許可したもんだ。

ユニークだからもしかしたらと考えたのは慧眼で、しかしそれもあんなの踏める奴がそこに居たからなんだよね。
Ringoが有名化する以前はあんなにドカドカ強く踏んで歌の邪魔になりゃせんかと心配してたのが、歌バックで太鼓で弄れるとしたら実はバスドラってのに徐々に皆が気付き始めた頃なんでしょう。

処が大丈夫なんだそれしか無いんだと分かった処で、いきなり実践出来るとしたらBuddy Richが足脚の制限解除でもする位が関の山だ。
沢山鳴らすっても昔のHard系の脳筋ツーバサーみたいに、唯左右交互に連打したんじゃあまりに芸が無い。

しそんなのは普通の歌のバックでは到底フィットしないから、技術的ハードルをクリアしてもフレージングが大問題ですわ。
それをこの御仁は弱冠23歳で一遍に纏めて片付けちゃったんだから、もっと誰もが知って尊敬しなきゃアカンがな。

所詮は裏方職人なんで本国ですら注視する人は一握りに過ぎないけど、音だけで判定してけば誰にだって少しは気になる存在である筈なんだ。
確かに探索初心者にとっては名前や情報量は多い程楽だが、音より名前で参考にしてくと本当はもうその時点で自身の本来の好みから少しづつ逸脱する可能性があるんすわ。

仮にどんなのでも丸1日で完コピ可能なら流行りを追っかけても間に合うが、普通はもっと時間が掛るもんだからね。
半ば時系列なんか無視して自らの感性にフィットするのをピックアップしてった方が、掘り出し物に出逢える確率が上がるんじゃないかな。

-了-

2024年2月 9日 (金)

音楽備忘録1638 行き過ぎた自作自演➎

今度はコピーとカバーでの功罪について論じてくとして、その最大差は頭をどれ位使うだ。
何言ってんのコピーだって難曲だったら分析に四苦八苦…そりゃそうだが、その殆どは受け身に過ぎないのよ。

それがオリジナリティ構築にどう影響するかったら、スピリットより形態模写になり易いん。
コピーならなるべくモノホンクリソツなのが目指す先だが、楽器その他も完璧に同じのを揃えた処で奏者が別人なのはどうしようもない。

折角苦労して同じ様に奏でても他人が見れば容姿等の差異のせいで、音の印象も少し釣られて違った印象になったりするん。
ではどうゆうのが最高級かってばオリジナルとは「殆ど全てが違ってる」のに、印象が「正にあの感じ」になる事なんじゃないかな。

要は外国語の翻訳の要領と近似で、状況次第で意訳が必要になるって事。
個別フレーズを単語に見立てると元ので頻発するのの中に、普段自分では全く使わないのなんかがあったりすらぁね。

それは差し詰めこっちの言語には存在しない単語同然だから、急に無理して演った処で手慣れた感じは到底出せない。
ので学習目的での完全トレースは別として、別人コピー奏者が演って同等印象になるのを選択すべきなのよ。

演奏ヲタには完全トレースが称賛されるが、それ以外の膨大な一般聴者には印象の同一性が全てなんすわ。
純粋な好きなだけの人ってフレーズ全把握なんかより、「印象の全把握」の方が多いし大切やんか。

そうしとかないと好きなレジェンドのでも、新曲に敏感に反応・察知する事が出来なくなるからねえ。
奴等は顧客を飽きさせない為に、いい意味で裏切って来たりするからさ。

その一部に普段の癖の完全封印があり、過去に奏でたフレーズは一切不使用にしたりする。
けどどんなにそうしたって音色かタッチか盛り上げ方か、何処かにその人の志向がかいま洩れるもんだ。

この志向は指向や思考にも深く関係してるから、侍や職人の世界で言えば「流儀」に精通するのこそ登り詰められる唯一の道なんだ。
そのポイントを獲得し易いのはコピーよりカバーの方で、わざとじゃない限り悲しい曲なら悲しさだけは残すじゃん。

これを言い換えるなら「曲を学ぶ」で、曲の理解度が低いままだと幾ら超絶な演奏をしても唯のナルシス君認定されて盛りを過ぎると散るんだよ。
演奏以外一切しませんと宣言した処で、結局は曲を理解する程度の「曲に対するセンス」は必須なんざます。

奏者専業でも本当のレジェンドならそれが作曲にも実際現れてて、数こそ少なくても皆無って奴はとっても少ないから調べてみそ。
まあコピーとカバーの境界なんてあって無い様なもんで、強いて挙げるなら誰かがオリジナルと全然違うのを奏でてもそのまま合奏を続行可能なのがカバーかな。

前述の通り今劣化本邦のカバー忌避は全く下らん理由に基づいてるんで、そんな幼稚な商業施策なんかに惑わされたら一生の不覚でんがな。
少なくとも悪辣プロデューサの感知が及ばん処で、こっそりやっちまえば良いのさ。

=終わり=

2024年2月 8日 (木)

音楽備忘録1637 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➐

続いては年代及びFender・Gibson以外のブランドについてだが、私感では原設計が凡そ’80年以降のにはトキメかされたのが無い。
印象としては優等生になったは良いが、反面どうも俺言い「
鬼の対応力」が失せてしまった感じなんだ。

最大公約数的にジャンルにフィットしてりゃ、
新しいのの方が当初は音色も含め扱いが楽なんだけどさ。
メタラーだったら□しか弾かんから、こんなで良いべみたいな何か奏者をナメてる感じがするんだよん。

杜撰大王世代でRock系だとエレキGuitarはピックで弾くのか当り前で、ってゆう風にずっと見えてたんだ。
それは間違いじゃ無かったけど一寸視野を広げてみれば、王道ではあっても常識という程じゃなかったんだ。

私推察では楽器に関しちゃ俺も中の人側なんで、↑位から以降は殆ど皆ピックで弾くと想定して作る様になってたんじゃないかな。
弦のゲージ(太さ)についても↑以前の多くは、今の感覚じゃ異常な位太いのが張られる想定もされてたんだよ。

太鼓でも上下が一体になったラグって、分厚いのをパンパンに張っても持つ様に開発されたもんだしね。
ってSnareでは昔からあったが、Tomやバスドラに登場したのはさ。

実際色々な奏法への汎用性も含めりゃそんなに太い弦は適してないけど、ボディやハードウェアと違って張替えでの手間ったらブリッジのオクターヴ調整位で済むやんか。(厳密にはナット溝も要調整だが)
しかし最初から全体をゴツく作っちまうと、か細い弦を張ったってなんかメタボな感じが音に残るさね。

この様な傾向がどうしてもあるんで’70年代位迄に登場したブランドしか、私的には全幅の信頼を寄せるには厳しいんだ。
用途限定ならそんな事は無いが、基準とすべきスタンダードとなるとね。

さて例外的な存在としてはH.S.Anderson MAD CAT(Prince:HOHNERブランド)みたいな、俺言い「部分オリジナル」タイプのはあった。
だが似てるとか共通部品を除き基本コンストラクションがオリジナルとなると、新材質や形態に活路を見出した程度で音色的に本当に新規なのは大凡’70年代でほぼ出尽くしている。

今ではいや昔から知ってる人は少なかっただろうが、あのALEMBICですら開発者談に依るとサウンドは超Hi-FiなFender系を標榜したんだそうだ。
どうせ貧には無縁とは言え、どうりで杜撰大王にはあまり興味が湧かなかった訳だとそれを知って勝手に納得?。

更に別観点からの例外と言えばGuildで、中々しっかりしてるがどれも全てデカくてゴツイんだ。
系統的には私分類ではGretschに近いと思うが、それ以上にネックが太く指板が幅広い。

ピッコロBass登場前は巨体氏には一縷の望みだったかも知れないけど、日本人では特別大柄な人以外にはとてもフィットしそうにないよ。
って処で一寸脱線させるが昔の俺なら「ギリでも届けばOK」と考えてたが、今は寧ろこんな狭っ苦しい場所で如何に上手く演ったかの方がとっても気になってるんだ。

俺程じゃないにしても日本人の大多数は肉体が楽器にオーバーサイズで悩まされるのは稀だが、向うの奴等は兎小屋の狭小車庫へ軽を押込む様な思いも同じ位してんじゃねっとね。
ので大体普通の成人なら誰でも扱える程度のが標準と考えといた方が良く、その意味でもデカいのに憧れるばかりではよろしくないんすわ。

-続々々-

2024年2月 7日 (水)

音楽備忘録1636 杜撰大王が過去モノに拘る訳②

どうせ杜撰大王の事だからこの件でも心臓強く図々しく…も少しはあるが、決して歴女とかじゃないが今に始まったんじゃないんだ。
自分内では音楽みたいに人生途中から興味が出たのと、最初からヲタだった鉄道では追及の仕方に違いがあったん。

鉄道は文字通り当時最新のに惹かれて、過去モノはそれ等の網羅がひと段落した後と至って普通の進捗を遂げた。
鉄道に限らずメカや乗り物全般に対してそんなだったのに、ある条件の差が音楽にはあったんだ。

鉄道→殆どのは公共交通だと昔は博物館等極限られてたから、過去モノは国鉄の有名なのの一部を除いて現物を拝むのすら不可能だった。
写真にしてもネットが無かったから、今みたいに個人が趣味で撮っといたのの公開なんて極めて少なかった。

乗り物で最大の実感が得られるのは試乗だが、そんなの更に限られてたしさ。
ので風貌と伝説だけで途端に興味が湧くの以外、そもそも興味の対象となり難かったんだ。

処が音楽作品だと当時は昔のも平然と普通にラジオで流れてたんで、その面ではずっと現役継続同然だったのよ。
中には聴いただけで古そうなのもあったが、当初はこっちも詳しくないから良く分からない。

尚且つなまじ英語がロクに分からないのに洋楽に惹かれたんで、当時日本が欧米より遅れてたのと相まって時系列が半ば無効化してたん。
なので自分内では不明な新旧は他所に、単純に興味が湧くか好みかだけでマイリストが形成されてったんだ。

その結果まだ最新ジャンルではあったがRockが自分向きなのと、Rockの勃興期のが興味の対象として定着。
例えばChuck Berryに関し俺の世代は普通はBeatlesやStonesのカバーから入るが、俺はラジオから直で始まってるんだ。

当時ガキの確実にありつける良い洋楽ったら家族にヲタでも居ない限り、FEN(AFN)ほぼ一択でさ。
あとはせいぜいTVの輸入番組程度で、これも時系列を無効化させるのに一役買ってたさね。

これ等の環境が自分では得したと考えてて、お陰で新旧不問で純粋に面白さで選別可能になったと自負してんの。
そして俺の場合自分に最もインパクトを覚えたのが、たまたま1955年頃のから1980年位のだったって。

故に今でこそ「古い」って意識もあるけど、昔のだから評価してるって訳じゃ全然ねえんだ。
流石に近年は新規への興味が少しは衰えてるだろうが、本質的には女性と一緒で!?何でも若いのが大好物なままでっせ。😖

ついでだから女性に対する興味の本音を曝露しとくと、かつて若い時分には齢と共に変化すると思ってたんだけどね。
少なくとも俺の場合齢を重ねる程若さの価値が高まって、昔なら圏外だったコでも若いだけで興味を持つ様に変化してるよ。(でも小児性愛とかでは御座んせん、念の為)

但し理性も分別も弁えてるつもりなんで、余程金満に恵まれでもしない限りパパ活すらする気にはならないがね。
だが音楽作品だったらメディアのデジタル化以降、それ自体の劣化や老化とは無縁だ。

生身の人間だと加齢でしわやたるみが避けられんが、元から「聴くだけしか出来ない」相手で一切老けないんだからさ。
結果個人にとっての真の新旧って、本当は聴いた事の有無とか順番とか
なんじゃないのかな。

-つづく-

2024年2月 6日 (火)

音楽備忘録1635 Paul HumphreyというDrummer②

昔の人な上既に亡くなってるんで、普通に語っても若い世代には分かり難いかも知れない。
たまたま今還暦の杜撰大王だって、聴き始め時期が早かったから実感が持てるだけだ。

’60年代末からがギリギリリアルタイムで、Rock全盛の’70年代前半に間に合った。
そこで育まれた感性からすると’80頃からもう下り坂で、前みたいに次から次へとはオモロイのが来なくなったから遡ってみる事にしたんだ。

もしそうなってなくて世代平均で推移してたら、前回後部に登場させたJeff Porcaroの「1つ前の人」と思えないと感覚的に実感が掴めなかっただろうな。
更にそれより新しい人となると杜撰情報網も怪しいが、無理に挙げるとしたらドラムマシンか打込みってぇのが俺の答えだ。

ハッキリ言って達人職人より大部落ちるが、プログラミングを誤らない限り曲に対して大きなミスマッチは起こらないからね。
彼等みたいな稀有な存在を除き巾広く手掛けてると、どんな偉人でもたまにはミスマッチや黒歴史作が少しは残るもんだ。(身内認識具体例:Vinnie Colaiuta、俺個人は嫌いじゃないが…)

何でも演って曲に対し少なくとも減点が無い人ったら、一般的な評価よりかなり絞られて来る。
更に面倒なのは絶大な加点をしててもそれが目立たなかったり、素人では中々その秘密を見抜けない場合だって多々ある。

だからJeff PorcaroだってTotoに参加してヒットしてなきゃ、一般大衆には知れずその筋の人にしか評価されなかった可能性大なんだ。
確固たるパーマネントメンバーになってなくて名が残ってるのは、せいぜい色々と話題豊富なBernard Purdie位じゃね?。(未だ健在なのも大きい)

だけどさぁ昔の名作時代劇なら名うての殺陣師とか、結局腕利きのスタッフが足りるだけ揃ってないとああはならなかったからな。
つまり一般への有名度は運次第で、業界に残れるかはやっぱ実力次第の部分があったんすよ。

大口を叩くならPaul Humphreyの価値が正統評価出来ないってんなら、Drummerとしての才能があなたには無かったと言っても良い位。
わアレとしても彼の何処かには「オッ!」程度になる筈で、それだからこそこんなに杜撰で鈍い俺がやるなぁと思ったんだわさ。

って流れから想像される様に、俺の場合早期からバスドラの16のダブルを頻発してたのが耳に残ってたんだ。
私感比喩をすれば1980年以降に登場したエレキGuitar達人踏み絵がタッピングとして、’70年代前半のDrummerでは足の数と速さだったんだ。

手の方に関してはJazzの時点でかなりの人が出てたし、まだJazz
からの転向者がそこそこ居たんでね。
厳密には足脚だって手も含めBuddy Richみたいなのが既に居たけど、全体はシンプルで足脚だけ増え出したのはこの時期だったんだ。

これもRingoに触発された極一部では、’60年代後半には出だしてたんだけどさ。
当初はGinger Bakerみたくツーバスでそこそこマニアックなのだったり、黒人で全国的な知名度を得掛った時に交通事故死しちまったとかね。

=つづく=

2024年2月 5日 (月)

音楽備忘録1634 行き過ぎた自作自演➍

又もや今更で決定打を噛ましとくと、自前曲だって仲間の自分以外の作品を演る時ゃ実質カバー状態なのだ。
その中の特異例を挙げるとしたら、録った時とその後の生演奏では違う人が演るケースざます。

これは多忙な連中に比較的多く生じてて、やっと曲が出来た→一刻も早く出したい→でも直ちには全員揃えられないなんて状況だとね。
アマの場合上記とは異なる理由のが多いけど、例えばメンバー募集中に作った曲なんかでは新加入の人にとっちゃ「既に誰かが演った曲」でしかないんだよ。

或は今劣化本邦で恐らく多数派の歌手+歌詞・奏者+メロ・編曲なんてコンビの場合、前者は常時メロは実質カバーで後者は何時もカバーされてるのと同じ状態だ。
ので単独シンガーソングライターで自作品しか演らない以外は、仮にカバーを嫌った処でどうせ避けて通れてはいねんですわ。

その意味で少しでもグループ体制で演ってるなら、結局作曲者を良く知ってるか全然知らないか程度の差でしかないんだよん。
寧ろ最初は全く未知の作者でも、何曲も取り上げてくと曲を通じて少しはどんな奴か見えて来たりするじゃん。

逆に旧知の人のだって数が少ない内は不明点も少なくなく、増えてく過程で多かれ少なかれ予想外の一面とかが大抵は出て来るで。
その意味でⅡでは外面からは窺い知れない箇所に限定すれば、誰の曲でも何の差も無いんすわ。

では翻ってカバーを回避したくなる理由も考察しとくと、ビジネス面からは作曲の著作権料が目減りするからだ。
尤もそれはプロダクションと作曲を手掛ける者限定で、ユニット内の作曲者数が少ない場合は他の大勢にとっちゃどうでもエエ話しやがな。

せいぜい「俺たちの歌」と気分的優越感を少し味わえる程度で、杜撰大王が問題視してる本命はズバリ「ボロ隠し」だ。
他の作家と自作品のレベル差がバレると不利だから、危ない橋は渡りたくないんだろうさ。

これマネージメント側・本人側両方共にカバーを避けるって事ぁ、余程自信が足りないまま出しちゃったんだと裏読みも可能ですなぁ。😵
最初は不完全なコピーから誰でも入るだろうが、自作曲が出来出したからってカバーを拙速に全面撤退なんかするからそうなるんだよ。

ずっと続けてりゃ曲レベルは向上してくし、カバーの解釈面でも秀逸さが得られるかも知れないのにね。
↑の後者って編曲も大いに関わって来るから、もしメロ作るのが無理でも編曲家への道が開けるかも知れないんだよ。

それを他人に気付いて貰うのに常にオリジナル曲だけだと、他の編曲家との比較が困難だから中々知って貰えない。
のが皆が知ってる曲で良い感じになってたら、忽ちオファーがガンガン来る…可能性が出て来る。

曲の水準についてカバーは残酷な位丸裸にしてくれるが、自身で回避したつもりでもラジオやYoutubeで直後に流れりゃアッサリパーになるんだよねえ。
今劣化本邦でのカバー忌避って結局は脆弱なもんで、思考の視野狭窄に陥ってるのに気付いて無いも同然でんがな。

=つづく=

2024年2月 4日 (日)

音楽備忘録1633 何はともあれ本物に触れる必然性Ⅱ➏

前回の残りに続いて、海外と国産ブランドについても言及しとこう。
各人の所持スキルに依って臨時カスタマイズにも違いは出て来るが、余程の事情無くばメインの楽器は比較的簡単に原型復元可能な範囲に留めるのがお薦めだす。

そしてもし大胆な実験をしたいなら、最初は失敗しても痛くも痒くも無い別器でお試しあそばせ。
この方法にはもう1つ裏の意義みたいなのがあって、改造結果の良否判定等がリアルで比べられるんだ。

余程百選練磨にでもなってないと、分かってたつもりでも何か忘れたりするもんでね。
と言われたって人間は失敗したり忘れたりする生き物なので、新実験に集中するにもなるべく考える事を減らせた方が楽だし確実なんだ。

明日の朝は絶対○時に起きるぞって数回位心の内で唱えるのは悪くないが、あんまりずっと気にしてたらリラックスして熟睡出来なくなったりするやん。
要するにPCや電卓のメモリ機能を、原型器で代用しよっうて事っすわ。

だば話は変わって海外と国産ブランドについてだが、正直に吐露すると極一部を除くと未だに格差が残っとりゃあす。
全体の仕上げ等は廉価品でも、国産の方が全体平均は既に20世紀中に上回ったがね。

前述の如く苦境での演奏性・信頼性とか、アブノーマル奏法への対応力で結構問題を抱えたままなんよ。
楽器でも弱小規模でならイケてるのも散見されるけど、企業が作るには経済の倫理に背くのはとっても困難だ。

実は欧米由来のこの企業経済観念、本国では悪く言や二枚舌な処があったんだよ。
多分最も分かり易いのがRickenbackerみたいなので、形態的には会社の体をなしてるけど向うの大多数はそんなの企業じゃなくてデッカイ個人商店か何かだと思ってるんだよ。

こっちで例えるなら古くから家族経営で続いてる、町の食堂とかそんな感じね。
今辛うじて残存出来てるのの殆どは、とっくに子育ては終って第二の人生(職場)みたいな状況のさ。

つまり老夫婦2人が殆ど生きがいの為に続けてる様なので、普通の企業で他人を雇ってたら絶対給与額等でクレームが付く様なね。
その位儲けに対して鷹揚じゃないと、中々挑戦的だったり奇抜なモデルなんて確実には売れないから作れない。

だからって革新性ゼロでも不味いってんで、理屈頼みの新技術しか導入しないんだよ。
尚且つそう云った会社には例の100年Snareみたいなサンプルは殆ど無く、仮に折角あったとしても真の価値を読み取れる人材が先ず居ない。

更には居たとしてもそいつを合理性を欠いた偏屈扱いして、何せ同調圧力最高峰国家だからねえ。
それもこれも愚政のせいで誇りを無くしたのが不味く、↑の100年君だって出来立てホヤホヤ当時はどんな評価だったか怪しいよ。

金属加工に関して全然途上期だったから、酷い話しだが当時の中では一番駄目なヤツだった可能性すらあんねん。
木製のは経年劣化や状態維持が難しく、今残ってるのの状態が製造時点のどの程度か確実には分からない。

更に追い打ち駄目押しとなるのが、マトモな録音って出来なかったし無かったからねえ。
ほいでもって「稀代の名工」の作品なら未だしも、一町工場で無名に等しい職人が作ったのだったらノウハウが洩れ無く正確な伝承は恐らくされてない。

個人レベルの骨董品としてなら僅かに残ってても、企業が業界の歴史をつぶさに学ぶ努力も全然足りてない。
それが証拠に以前述の如くOEM主体とは言え全盛期にはそこそこのシェアがあった、我が師匠の経営してたANSWER ACOUSTIC LABの情報は「正体不明の中古」が2つ3つしか出て来なかったで。

-続々-

2024年2月 3日 (土)

音楽備忘録1632 杜撰大王が過去モノに拘る訳①

齢食ったから遠い過去のになっただけで、出逢った当初は最新のだったんだ。(これだけなら完全な過去の栄光!?)
っても今は大昔何時迄も執着してたら、他人はきっと唯の老害認定するだろう。

ってのは重々承知なんだが、内心は単純に凄いと思えるのが古いだけなのだ。
流石に還暦ともなればノスタルジー0%では無いんだろうが、無理に若ぶったり新しぶる気にはなれないんすよ。

それは大袈裟に云や近年の殆どのは、「感動量」が足りないからなんだ。
例えばこないだ家族の都合で紅白歌合戦の最初の方だけ見させられたが、非ベテランは唯の1つを除いて歌詞の聴き取りに聞き耳を強要
された。

そんなに良くは知らないが、彼彼女等の録音物ではそこ迄聴き取りが悪くなかった。
根底には歌唱力(発声や声量)不足が原因だろうが、私的には取敢えずMic選択ミスと感じられたんだ。

大定番のShure SM58系って原設計がそれこそ大昔なんで、歌唱法も含め今劣化本邦の若者にベストフィットなんかする訳ゃねーっての。
これが又妙なもんで20世紀末頃迄の歌謡番組では、もっと歌手次第で色んなMicを夫々が使ってたんだよ。

PAのショボかった昔は歌唱力の水準が必然的に高かったのに、Micの相性にも皆が注意してたのかな。
実際現況は58のLiveでの定番度合はより高くなってっけど、録音物より数段歌詞聴き取りが悪くなってるのに…。

そんな箇所だけを注視しても、実は新しい人程目立たない処にカビ臭いのが多いんだわ。
そりゃ商業的観点からしたらコスパは問題だが、良い部分の良さのピークが↑等で昔より落ちちゃってんじゃないかな?。

例えばそのⅡで電気楽器での真空管の使用・不使用、エレピやHammondのリアル・バーチャルの差。
普段曲全体を気楽に聴いてれば、大差が無さげに聴こえる。

リアルを用いた処で特別上手く行かなけりゃ、手間暇掛かるだけ面倒だ。
んが幸運に良い感じになった際、リアルでなければ得られない特別固有な雰囲気ってのがあるんだよ。

確かに昔の機材って大失敗した時は目も当てられぬ状況に陥るから、大事故だけは避けたいならド素人にも親切な感じの今のの方が良いかも知れない。
けれど音楽なんて一般にとって非生活必需品には、失点が○点迄なら合格って事ぁねえんだわ。

昔でもスポーツに興味の無い人でも大体皆知ってたのって、野球なら王・長嶋とか相撲なら大鵬とか。
今なら大谷翔平の様にバカみたいに突出してると、無興味でも無視出来ないじゃん。

つまり失点より得点が毎回2桁越えとか、そっちの方が遥かに必要なんだよ。
特別音楽好きでも無い一般人ってシビアなもんで、悪くないじゃなく飛び抜けて良いじゃないと興味なんか持って貰えないんだ。

だから伝説の超人でも今がパットしなきゃ興味喪失だし、機材環境が劣化したと感じられたら以前通りの評価なんて俺には無理なのさ。
っと多小理屈武装はしてみたが、内実は年寄りだから古いのが好きと思われるのを気にしてないだけ。

-つづく-

2024年2月 2日 (金)

音楽備忘録1631 Paul HumphreyというDrummer①

杜撰大王昔から興味はあっても途中まで本職Drummerじゃなかったから、特にテク魅力のDrummerに自分からは興味が無かった。
だが曲・編曲や全体を気に入った作品では、一応どんな人達が演ってるのかは一応目を通してたんだ。

その後レコードヲタの親友と出逢ってある知恵を授けられ、人物と音の関連から好みを探したりする様になったんだ。
その最初の頃に覚えたのがAl Jackson Jr.で、該当者が非一発屋の場合かなり当確率の高いのが分る。

で段々と好みを演ってそうなDrummerの名前が顕在化して来て、Ed Greeneだの今回スポットを当てるPaul Humphreyの存在を認知したとよ。
その為無茶叩き捲りするKieth Moonみたいなのより、オーソドックスなのにアイデアや個性に長けた人達が自然と増えてったんだ。

更にその後本気でDrummerに取組み出したがその時点では自分に向いてそうな足脚に秀でた人達が中心で、上記の人達にはまだ大きな興味も無きゃ分析して実践しようとはあまり思わずに居た。(尤もAl Jackson Jr.とPaul Humphreyは当時としては足脚テクも優れてたが💧)
少なくとも手に関しては未だ全然大したレベルに到達してねえが、以前より「実際の曲中で効果的なDrum」への興味がどんどん強くなったんだ。

何でも演ってみたい杜撰大王にはバカテクを要す様な曲は少な目で、けれどノリや個性では妥協しない方が良い状況にあってさ。
それで数年前から好みのDrummerの、ソロ作品とかイニシアチブを司ってる作品の洗出しと試聴をし出したんだ。

Ringo等シンガーソングライターやAl Jackson Jr.みたいなAl Greenの大ヒットを作った兼業の人は以前から結構知ってたけど、彼等は「音楽が上手な人」であって「Drumの上手な人」では無い。
って器楽演奏にも音楽全体の才能があった方が有利だが、曲が良いから演奏は2の次となり過ぎては同好の士には時に物足りなくもなるってもんだ。

その点演奏にしか携われない人だったらどんなにシンプルに演っても、細やかなの1つ位は存在証明代わりに何かしら工夫を追加したりするもんだ。
尤も有名・高名になると一部の者は俺に合せろ的傲慢さの出るのも居て、そうなるとミスマッチ迄は行かずとも真の最適解とは異なる演奏になったりする。

この点で本当の職人はずっと柔軟さを維持してて、その中で俺が一等凄いと感じたのがPaul Humphreyなのだ。
だから余計な事(曲をスポイル)は一切しないがそれでいて個性発揮は遠慮せずと、常に面白い事を追加してるのよ。

それと良作への膨大な参加実績が凄く、昔のを聴く者であれば恐らく無自覚でも誰でも既に聴いてる筈なんだ。
それこそ前項Carol KayeとかJeff Poracroみたいに、先ず避けて通るのが不可能。

にも拘らず前者は過去の男尊女卑の影響か後者は人々の記憶に上書きされたか、特に今劣化本邦じゃPaul Humphreyは名前が上る事すらとても
少ない。
だが当時は海外で舐められてた日本のPearlを’70年代初頭から常用してくれたのを、全員忘れた訳でもあるまいしこの点に限っちゃ「不当低評価」と言わざるを得ない状況だ。

=つづく=

2024年2月 1日 (木)

音楽備忘録1630 行き過ぎた自作自演➌

自作自演の理想的良さはオリジナリティの高さだが、それを実現するには多彩な努力と才能が必要だ。
この点が運良く満たされてればカバーは前回後者理由でしか要らなくなりそうだが、自身の奏力や知見UPにはやはり少しは必要なのだ。

これの顕著になるのは例えば既存のスタイルから飛躍する時等で、特に自身の演奏で曲を作るのがデフォの人はね。
既に弾けるので作る事がどうしたって多くなるんで、色んな意味で苦手なのの練習には殆どならない。

天才でさえそんななんだから仲間の力を合わせても何等かの弱点があれば、やはり外の世界との比較で切磋琢磨せん事にゃ埒が明かないよ。
そんな際身勝手な練習をするより、カバーの方が高効率なんだ。

無論基礎力に著しい不足があったら、そこだけは地味でつまらない基礎練で克服しなきゃなんないけどさ。
してそんなのはコピーすりゃ良いって意見もあるだろうし、間違いでは無いんだけどね。

けど応用面等で「唯のコピー」は、少し不親切な処があるからなんだ。
ってのはもっとシンプルなのでも曲には間に合う場合のあるのが、その時点ではハッキリとは分からないからだ。

それがカバーつまり最低限は曲が分りゃ良いとなれば、早い段階で簡略化可能な箇所は判明しちまう。
これはオリジナリティ構築にも役立ち、奏者次第で重要視したり省く箇所が大抵は違うだろうからね。

それも個人でなら兎も角アンサンブルになると、誰かの苦手を補うのに別の誰かが頑張ったりとかのニーズが出て来るじゃん。
それは時に結構難題となったりもするが、今度はアンサンブルのオリジナリティ構築に貢献してくれる。

要は独自性を追及する者にとってこそ、カバーって急がば回れ案件なんすよ。
演奏も技術習得にはコピーの方が効果的だけど、それ以外にはカバーの方が短時間で多くを学べるん。

コピー冒頭でテクで躓くとそれに釣られて他要素も停滞するのを、カバーだったらテクを保留・先送りに出来る訳。
だから個人的に最低限必要な演奏技術だけ先にマスターしたら、以降はカバーの方に軸足を置いた方が進化が早まるんだ。

これが大昔は誰かとじゃなきゃ合奏不可だったから自然とそうなってたが、バーチャルアンサンブルが簡単になった今だと意識してないとそうなり難くなってんのよ。
又ジャムセッションの衰退は特に楽譜を重用しないジャンルでは深刻で、ってか所謂ノリってそもそも譜面には反映されてないしねえ。

符割のシンプルなの程ノリがどうなのかの重要性は高まる傾向にあるが、それを感覚的に学ぶのが機械じゃ酷く大変だ。
杜撰大王は以前「擬似バンド」なるのの勧めをしたが、それだって豊富な体験を経てどうすりゃ良さげなのかが分かってるからなんだ。

=つづく=

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