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2024年1月10日 (水)

音楽備忘録1608 適切な帯域制限の苦悩⑦

又もや今更だが、杜撰大王がエレキの帯域制限を考える様になった訳おば。
そう語るからには近年迄は眼中に無く、ひたすらHi-Fi化やワイドレンジ化を目指してたんだ。

尤もかつてそれに至ったのは、恐らく何時も不充分な音質に悩まされてたからだと思うん。
録音がデジタルになる迄、録ると音質が必ず落ちてたからさ。(特にローエンド・ハイエンドはほぼ削れて消失!!)

只今振り返ると一面では楽だったと考えられ、少なくとも減らすとか削る方は全然頭に無くても何とかなっちゃってたんだよなぁ。
これは音楽録音のクウォリティが低くなり過ぎてて、実は特殊な状況だったのかも知れない。

音楽的に公正な状況であれば、最適化には盛る他に削るも必ず付いて回ってた筈なんだ。
市販車でレースに出るならカーステ位は外して軽量化するし、でなくても長距離行程で燃費が気になるなら不要なカー用品等は一旦降ろしといたりするべ。

万が一の万が一迄備えりゃ全部積みする人も居るかも知れないけど、それで増えたガソリン代を何時も払えるならJAFを気楽に呼べるよね。
外の世界を眺めれば何でも程々が主流なのが当り前で、録音業界がかつて特殊環境に置かれてたのに先ず気付いた方が良いだろう。

正直ずっとHi-Fi化・ワイドレンジ化を目指して来た身にはかなり勇気が要るが、良い意味での差別化には削る選択肢を常に持ってないとねえ。
又別面では音響に明るい者特有のエゴにも注意が必要で、音楽内容を聴かなきゃワイドレンジの方が音が良さげに聴こえるよなあ。

実際過去に無かったワイドレンジにしての成功例もあるんだけど、それってちっとも汎用じゃ無いんすよ。
昨今の今劣化本邦を中心とする明瞭度や高音圧の不毛競争と一緒で、如何にワイドレンジと言えど可聴帯域の限界は殆ど広げらんないっしょ。

つまりどれもが可聴帯域に到達すると、そこからは伸ばす余地がもう無くなる。
昔はそこかしこで必然的に削れてばかりいたが、中にはそのお陰で無頓着でも平気だった部分があったという訳。

だから音楽やアンサンブルに於いて如何に必要最低限のレンジ巾で上手くやるかが鍵になるが、更にこの上手くの鍵はナローに感じさせないのが肝なのだ。
エレキでも基本形のAmpで鳴らした音は、高域は可聴限界より全然低くしか出せて無い。

しかし一般にはそう云う楽器って認識があるから、それ位の帯域が確保出来てれば通常は問題無いんだ。
何々近頃はLine収音の音も市民権を得てるって?、それは間違いないけどねえ。

録音作品でならホントに誰でも聴けるけど、録る前の音だったらどうかな。
ポピュラー系生PianoのOn Micサウンド同様、大抵は最低PAを通したのじゃないと聴けない。

ので少なくともAmp出しのよりは限定的なんで、典型サウンドを1つだけ挙げるとしたらそんなの入らないんよ。
次回エレキのLine収音自体は深掘りしてみるけど、Feedback奏法等が自在にならない限りこっちをデフォにするのは厳しいですぜ。

=つづく=

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