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2024年1月24日 (水)

音楽備忘録1622 行き過ぎた自作自演➊

タイトルからして自身の行動と反してるかの如くだが、カバーを甘く見てるとロクな事は無いのだ。
近年の今劣化本邦では壺直結の著作権法のせいで、セミプロ以下の者がカバーをとても演り難くしてる。

何故一々壺だの何だの絡めてるかってば、芸術的観点からしたら大きなマイナスにしかならないからだ。
では誰得なのかったら「予定通り儲けたい悪商」で、本当に良い音楽を世間で目立ち難くすれば仕方無くある程度は買ってくれるだろうって稚拙な作戦なんだ。

政界でも与党や存在安定野党の腐敗があんなに酷く進んだのは、民衆に「見える」対抗馬を隠蔽して正当な競争を回避したからだ。
病院が100あったら誰も行かない様な酷いヤブでも、島に唯一の病院だったら仕方無く頼る式であるぞなもし。

そんな真似したら地盤沈下するのは目に見えてるが、中でも深刻なのは音楽水準の退化を招く件だ。
ヒット≒売れる・儲かるのにはタイミングも重要で、幾ら良い曲でも条件が揃わないとそこ迄売れない。

だからって世相ばかりを追い求めてては、面白い解釈や新しい考え方を提示するのが難しくなるんだ。
結局商業目的オンリー以外の音楽家はある程度は逆算もするが、良い物を作っといてウケたらラッキーって長い待ち時間に堪えられなきゃ仕方ねえの。

他分野でも努力が報われるとは限らない、要領の良さこそ全てなんて勘違いしてるのが増えてるが…。
有効な努力っつうのは機会が訪れた際に力をフルあわ良くばそれ以上に発揮させる準備で、どんな美人に言い寄られても受ける気が無い人だけに不要なものなんだ。

まあ現実的にはブスな人の友達の美人を紹介して貰おうと思っても、似た者同士で集ってたりし易いからそんなの宝くじ並の低確率になるけどさ。
でも大抵はこっちが全盛時のキムタクかそれ以上なんて事ぁ滅多にねえんだから、凡人が正攻法で攻めた処で獲得率は↑より更に各段に低いざます。

その代り生鮮食品とかと違ってこっちのには賞味期限があまり存在しないんで、水準超越さえ心掛けて作っとくとある日突然爆売れの可能性を残せるんだ。
又演奏する側にとっては曲の不作時期に過去の発掘で水準を維持可能って手があって、っつうか演奏だけの人って必ず常時「過去作」しか演れないんすよ。

何しろ自身で曲作ってないんだから、誰かのが出来上がってからじゃないと演れないやんか。
ならば曲さえ作れりゃ良いのかったら、編曲や演奏もかなり結果を左右する。

極端な話し音痴が歌えばメロは分からず、リズム音痴が叩きゃ何拍目なのか表か裏かサッパリ分からなくなる。
少なくとも曲を「分かり難くする」のは必定で、苦労して作った曲は分かり易い上出来ればなるべく素敵に聴こえて欲しい。

良い曲なのに当らなかったのって当然タイミングもあるけど、編曲や演奏に何らかの難のあったケースも多いんだ。
その内例えば当時Rockが無かったが為に複雑なJazzアレンジをするしかなかったのなんかは、今だったらカップラーメン並に簡単に料理出来る可能性があるよね。

そうしてもし今の曲の平均水準より遥かに高かったらどうするの、それでもカバーは絶対演らねえのかってな。
作曲者にとっても今と異なるアプローチから生まれたのって、かなり勉強になると思うんだけどねえ。

=つづぐ=

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