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2024年1月 6日 (土)

音楽備忘録1604 適切な帯域制限の苦悩⑥

今劣化本邦人はホントに非科学的になったよなぁ、これじゃまるでガキ時代イキってた時の俺みたいだ。😅
ハイ前回述の「非合理」って実は表層的なもんで、深掘りすると実は科学的なご利益があったりするんざます。

削ってから増やすが本当に理論通り作用してたら無駄のみだが、エレキはハイインピーダンス接続の場合それだけにはなってないのだ。
のわLCR共振現象ってのが、本体Toneツマミがどの位置でも起きてるんだす。

音響的には本来迷惑でしかないが、ハイインピで最低限の部品しか使えないと避けられない現象なんだ。
で何が迷惑って音がツマミ通りに変化してくれなくなったり、余計な癖が付加されちゃったりするの。

これに対する最初の不満は例えば超高域だけ削って高域は残したいのに、高域迄何時も道連れにして削れちまうなんてのだ。
ならばとエレキ本体内のコンデンサ値を換装すれば、少しはニーズに近付けたが今度は効きが悪くなって困ったとかね。(電気的には共振のQが鈍化:付加される癖は弱まるが同時に効果が浅くなる…)

のわⅡで部品定数を変えると「共振の状態」も変わるからで、しかしこの変態性格はエレキらしい音にも密接な関係にあったんだ。
のわⅢでこの共振ってのにはその周波数だけ音が大きくなる性質があり、所謂カットオフ周波数付近で起きている。

具体的には超高域を絞るとそのすぐ下の、残した高域の一番高い箇所だけ盛られるんだ。
この性質が籠った音色にしても全体としてのバランスを極端には変えない事に貢献してて、そのお陰で籠らせても耳を手で塞いだ様な感じにはならないで済んでるんですよ。

但しこの珍奇現象エレキ本体では盛んに起きてるが、Ampでは厳密には最低セミアクティブ回路となるので帰還と併せないとそんなに顕著になってくんない。
結果楽器本体のToneツマミは本来の意味からはズレがあるも、Ampのとは異なる作用もしてたんだ。

個人的にはToneツマミ以外の理由からハイインピーダンスに拘りを持ったが、↑の「すぐ下だけ山が出来る」はAmp類の魔改造等で大いに活用させて頂いてま。
とは言え現代のデジタルでならかなりシミュレートでも近付ける様になってるものの、何処で山が出来たか何処で削れたか迄は元が不鮮明なだけに中々困難なんだ。

そりゃ地道に微細に測定でもしてきゃある程度は数値化出来るが、今日はこんな音色で行きたいとなってからやたら手間暇が掛るんじゃねえ。
それやってる内に好みが気分で変動しちゃったりして、何処かのプロDrummerみたいに遅々として録りが進まなくなったりすらぁね。

って毎度の如く奏者自体を批難してんじゃなくて、方法論が適切じゃないと指摘してるんすよ。
リアル楽器固有の利点として直感的操縦が可能なのって物凄く大事だし、打込みも可能化した今はもっとそれが増してると思うんだよね。

こんな考え方や価値観の置き方が、杜撰大王が唱えてる楽器音響学でしてね。
一般音響理論を音楽にそのまま持ち込むのは、大変危険な部分があるんですよ。

=つづく=

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