音楽備忘録1508 低知名度アーティスト⑮
Isleysの2回目と参るが、やはり彼等の躍進には楽器隊がテクニカルだったのが大きい。
と言っても楽器自体のアクロバット的なのじゃ無く、編曲を大きく左右する様な部分でね。
さて一般的にグループミュージックでは専属の凄腕プロデューサが居なかったりしたら、歌の担当者が作詞作曲に携わる率が高い。
のがIsleysでは音を出す頻度が高い者程、曲作りをしていたのが一寸珍しいんだ。
これがもたらす特質として勿論曲もだが、フレーズ段階からオリジナリティが盛込み易くなるん。
手前味噌だと従兄発案のギターリフは実際なぞる程度には本人も弾くが、主軸は口伝なので楽器特有の細部処理は未確定だ。
ので俺が実像化するんだが、そうするともし本人が弾けたら加える加工が消失したり。
或は本人だったら付加しないのが、俺の判断で追加してたりする。
一応どんな駄目出しも受付けてるが、俺が弾くなら付加されてた方が良い感じと彼すら感じる事もある。
等々で本人由来の細部の個性が出辛くなったりするが、弾く当人が作るのならそう云う欠損は一切起らないんすよ。
これは作編曲果ては作詞に入る方言やその言い回し等、全部自前じゃないとイメージを寸分違わず盛込むのは困難なんだ。
それが彼等の場合だとそんなに奏でるのが大変ではないが、従前は誰も演ろうとしなかった曲・編曲・演奏を具現化するのに繋がってたんだ。
それの目立つ部分ではラッパの出て来ないバリバリFunkとかだが、世間の大多数は気にして無さそう&Al Greenと共通な「アコギでの作曲」が多そうなのが杜撰大王の注目点なのだ。
これには時代性も無関係ではなさそうで、’70年代前半位迄は本番ではエレキのをアコギで作るってのが案外沢山あったんだ。
だが黒人系ではジミヘン亡き後所謂ギターヒーローみたいなのが途絶えてたからか、エレキは未だしもアコギじゃないと作れそうにない曲はあまり出て来なかったんだ。
んでそれが具体的にはどう影響したのかったら、黒っぽさはふんだんに残しつつ当時は白人の牙城と思われてたRock系のバリエーションを網羅しやがった。
も少し詳述すればエレキが弾き捲られるHard Rockみたいなのとか、Bluegrass・Folk的なの迄な。
その原因が後年各自のソロが出てハッキリしたんだが、GuitarとDrum担当のErnie Isleyが実質的に心臓部だった様だ。
ソロデビュー前のジミヘンがIsleysに在籍した関係からしたら、Ernieは直系の後継者なんだが日本ではほぼ無視されとるがこれは重大な過失ですよ。
それにとっとと気付けた俺は彼を模倣したら黒っぽく出来るのかなと思ったっけ、1%位しか黒っぽく出来なかった杜撰大王ならではでしたが…。
要するに曲から違うから黒っぽかったのであって、それ故Guitar Band化させて「無駄な黒っぽさ」を廃せたのが彼等だったですねん。
Michaelみたいに意図的に白人に寄せなくたって、普通のポピュラー曲として聴けるのを幾らでも作れるんだって。
-つづく-
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