音楽備忘録1443 代用出来るか否か➍
続いては音楽での球機器の代用について…の前に、今シリーズ記事での代替基準を説明しときま。
って最初に言わんかいの体たらくでスマソだが、机上スペック的な話しなら知識オンリーで未体験の人でも書けるんだ。
今ではこんなな杜撰大王だって若かりし頃は、自身が無知なだけに↑みたいなのを参考にして色々酷い目に遭ってたんだ。
当時も本当に知りたかったのは「実際」なのに、理論的に可能かどうかじゃ役に立たない。
っと愚痴りつつ商売の出版物では感覚≒主観は載せ難いし、スポンサーとの関係もあるから核心には中々触れられる訳ゃ無かったんだけどさ。
けど楽器すら「音楽ツール」と捉えると所望イメージ(音の雰囲気)こそ全てなんで、そっちを軸足に展開しとりゃあす。
で球(真空管)でごんすが典型的なのが所望の際は、安易代替はハッキリ言って無理ざます。
強いて言やMarshallが欲しかったのにFenderとかならプチアリで、但し代替機はオールチューブに限りやす。
一般論だとそんなブランド違いの方が没判定だろうが、それは恐らくターゲット機種が石とのハイブリッドになってっからすよ。
M君がF君由来の発祥なのはここではスルーするとして、元々は球とスピーカユニットが米製か英製かの違いが主因で外装を除き回路その他はほぼデッドコピーだったんだから。
さてこっから一見屁理屈っぽいが他例を参考にしてくと、パッシブタイプのが欲しい時ゃ状況次第じゃ完全同一モデルでもアクティヴのは避けたりするよね。
パッシブ所望の理由が俺みたいに反応だったら、アクティヴだと言葉が全く通じない異国みたいに環境が激変しちまうからねぇ。
このシリーズで大いに考慮ポイントになるのが↑みたいな「所望の正体」で、そもそもの読みが外れてると頓珍漢な答えが導き出されたりするのよ。
何分大抵は「パーソナルな感性」で判定を下すから、状況次第では「その気になれる」なら確かにOKだ。
んが問題は本人だけ悦に入れても第3者にはサッパリが頻繁に起き得る処で、実際に音をどうにかしたい場合はそれ等は極度に弱体化するんだ。
奏者のご機嫌取れるだけで足りるなら少しは効果もあろうが、聴者にとっちゃ録音現場とかはどうでも良いんですわ。
そこで判断基準の基礎に相応しいのは、望まぬ機器で散々弄り回して駄目だったが先に要るんすよ。
幾ら球ヲタの俺でも最も資金力の無い口でっから、他で代用出来たなら一番助かる張本人なんだよね。
ので今でこそ気が遠くなる苦闘の歴史を経たんで球なら球と断言出来てるだけで、他人が訊いたら驚く様な代替手段だって試してきたんだ。
最終的な判断は個人に委ねられるが年寄りの愚痴も少しは覚えてると、期待大外ししてガッカリ位は防げるん。
兎に角球に関して杜撰大王が責任を持って通告出来るのは、音色等より「反応差」にご注意あれですな。
因みに部分限定シミュレーションなら抜きん出て秀逸なのはあの老舗VOXで、唯有難迷惑な独自テイストを何時も強烈に付加しちゃうんで世間に気付かれ難いみたいよ。
=つづく=
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