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2023年5月

2023年5月31日 (水)

音楽備忘録1384 適切な音楽の評価方法⑧

久々の前回補遺からになるが音源には’70年代程度の高音質!?が要って、再生装置はもっとLo-Fiって一見矛盾してるがどうしてかだ。
これはどの段階で削れるか次第で、音楽内容への影響度が異なるからなのだ。

ってもMixやMastering次第で変動し、どっちか一方だけを狙ってれば当然合わない方では惨憺たる結果を招く。
そんなのが最少数だったのが’70年代の作品で、これにはアナログオンリー末期で混沌の端境期だったって時代背景があるんだ。

後年CDでも出すのが当り前になると音質差が著しく、流石に古典チープアナログのは欠点ばかりが目立つんで特定目的の以外では使えなくなった。
一方再生環境の方では’70年代迄はメディアに大きな変更が無かったんで、’50年代の機器でもステレオレコードに対応してたら継続使用されてる所があったんだ。

そんな情勢と特に米での黒人差別の関係から、録る側にも決して望んだ訳じゃ無いが’50年代の機器がかなり残存してたのよ。
結果Hi-Fiとは一線を画したチープなのが残在し、過去述Hi Recordsの等がその典型だったん。

処がそんなレーベルからもAl Greenみたいな自国外ですらポピュラーな存在が出ちまったもんだから、当時の日本でもラジオは当然の事喫茶店等でもそんなのが平気で流れてたのよ。
その結果今劣化本邦みたいに音響的に高音質であれさえすればってのが全く通用しなくて、音楽的にかなり高水準なMix・Masteringにしとかないと相手にして貰えなかったんだ。

更に追い打ちを掛けたのがアフターBeatles直後だった事で、近似な機器(実際はかなり高度なカスタマイズをされてたんだけど)で音質・音楽両面共最高峰級の手本があったしね。
又今ならジャンル差別はほぼ無くなってるが、当時はまだまだ欧米白人以外のとかRockは相当低く扱われてるのが多かって。

かなり売れても一番良い機械やハコを中々使わせて貰えなかったんで、元々創意工夫が主軸のMix・Masteringが行われてたんだ。
結果Ⅱで再生機器のグレードを問わない様にとか、単純な音響的Hi-Fiよりパフォーマーの個性を優先させるのが主流だったん。

私体験で後から最も意外だったのが上記Hi Recordsの作品群で、小学校低学年当時ショボい機器で聴いてた時は最新でハイグレードな印象しか無かったんだ。
のが中学で初めて自分のマトモなオーディオを手に入れて聴いてみたら、魅力は全く薄れなったがこんな音悪かったっけって。

その後に及んで音響的評価は下がる一方で、けどそんな音質であんなに魅力的に出来るとはの思いがどんどん深まってるよ。
処で突然完全な余談だが最初のルパン三世の音楽観が凄く似てて、そう云やなんとなくAl Greenとキャラが被ってるなと感じたのは俺だけかい?。

<つづく>

2023年5月30日 (火)

音楽備忘録1383 ノリを育む方法➓

拙ブログでは再三Click等への過依存に警鐘を鳴らしてるが、その中に昔より便利になり過ぎたからってのもあるんだ。
その一端に♩=125のテンポが正確に得られるとかがあり、しかし125.5っつうと殆どので出来ないって大きな弱みがあるんだよ。

もし楽曲の配布がMIDIデータが主流だったら未だしも、人が演ったら125.5はおろか大雑把にはなるだろうが125.395だって不可能じゃない。
この件で影響が大きくなるのが遅いテンポの時で、まあ60のをわざと120とか数倍で打込みゃちったあ端数だって再現出来るがね。

リズム・フレーズ・奏者とその組合せ次第で、ベストなテンポはとても微妙な変化をするもんなんだ。
それも例えば1人だけメンバーチェンジしても聴いた感じを同じにするのに、微調整した方がなんて事が起きるからねえ。

その感覚の精度を養うにはテンポを唯選ぶより、自ら探せる能力が必要なんだ。
仲間に事前練習を頼むのには大凡の数字は必要だが、それすら「どの位にしとくか」には明確なガイドなんて存在しませんぜ。

又滅多に起きないけど曲が進むにつれ僅かにテンポを上げると良かったとして、それが例えば119.6~120.4だったとして一般打込みだと全部120の方が近かったりする。
純然たる音響なら何でも数値化するのも結構だが、音楽って結局は人間が「聴いた感じ」が全てなんす。

概述の如く興奮を呼び覚ます様な曲だと聴き手の心拍数が上昇してくんで、そっちに合せてかないと遅くなった様に聴こえるんざます。
その程度ってのが厄介で人次第でかなり巾があるんだが、しかし誰が聴いても「遅れてはいない」位にするのが人力だったら可能なんすよ。

特にリアルのリアルではお客の顔色伺って反映させるのもアリになって来るんで、今日は昨日より速めた方が良いとかそう云うのもね。
で録音ではClick常用がデフォでも全部人力のアンサンブルだと、Liveじゃまだそうじゃないからねえ。

何もガイドが無い中で加減する力が要って、いや例えあっても今日のお客には事前設定しといたのが全然駄目とか平気であってね。
ので訓練の一環として平時なら120ってこん位、エキサイトしてたら実際は130のが平時の120とイーヴンとか知るのにメトロノームを使う分にはオッケー。

でも自分の中の常速を120と思ってて、かなり違ったからって変に矯正したりするのは良くないんだ。
音楽教師とかだったら未だしも自身のを感覚は一切変えず、唯それが「世間では130と呼ばれて
る」位に留めとかんと。

人次第で脈拍の常速に差がある等、下手に感覚を矯正するのは最も危険なのだ。
絶対音感みたいにテンポだって分る方が便利だが、もしかしたら皆持ってはいるが気紛れな人程変動巾が大きいだけなのかも知れねえぜ。

>つづく<

2023年5月29日 (月)

音楽備忘録1382 リズム表現を手放しちゃうの?⓯

さて本日は杜撰大王ならではのエピソードを交えて綴ってくが、オーソドックスなバラ録りでは最初に何も無い処へDrumを入れるって思い込みだ。
それもワイルド系ナチュラル系ではClickなんて使わんでで、ロクに調べも確かめもせずただただ何故かそう信じちゃった。

んまっ当時Clickを使おうたって、高遮音性・高音圧ヘッドホンが無かったからどの道宅では無理だったんだけどね。
当時としては特に理由も無かったが敢えて忘れた過去を推察すると、一寸大変そうな気もするけどどうせそれ位叩けないと駄目だろうって思ってたのかな。

何しろ少なくとも内心は全く覚束ないバチ捌きしか出来なかったから、ちょいとミスりそうになってもくじけない為には曲を覚えとく必要があったん。
当時でもリズムキープするだけなら即興も苦にならなかったが、○○でだけ足をもう2つ追加したいだとか最後のオカズでは苦し紛れでも△△を出来れば決めたいとか諸々の欲がさ。

当時の腕前だと寸前になってホイ入れろじゃ、心も体も間に合わなかったからねえ。
そんなとなれば苦手な譜面や構成スケッチなんかを用意しといても、最低限しか目くばせも出来ないしで。

体裁の良いのを録ろうとしたらそんなのおバカ丸出しなんだが、曲を覚えたらそれなりに練習すれば録れるのはこれだけだったん。(Clickの実態は全然も存在だけは既に知ってたが…)
そこを始点に少し掘り下げてみると、アコギ1本でポピュラー系の歌物をやってたらDrummerじゃなくてもリズムキープ力は要るっしょ。

Classic曲でテンポその他がどんどん変化する曲だったら、多少キープ力不足でも誤魔化せるけどさ。(おっと失礼、でもホント)
尤も単にディスる訳じゃ無くて、強弱その他典型的なClassic曲には他にも色々しなきゃなんない事がテンコ盛り。

けど一定のリズムを刻む部分だけを取出すと、素晴らしいテクの割にポピュラー系初心者並の人も居たのは事実だ。
私的には6割は慣れの問題と考えているが、この件にとっては「都合の悪い癖」が付いてると少々手古摺るかも知れない。

要は自分が感じてる一定にどの程度揺らぎがあるのかなんだが、なまじ揺れに鈍感になってると矯正が難しくなるん。
今日のを比喩ると道路っ端の安普請の住人(俺!?)は、微弱な地震には無反応だったりする。(大型車通過で揺れる😢)

そう云うのがあるからには自身のリズムキープ力が、必要最低限に達する前にガイドに依存するのは危険すよ。
概述の如く一見正確無比な機械にも、少なくとも汎用品レベルでは微小でも不自然な癖とかあるからねえ。

同じ癖なら他人の(機械君の)じゃなくて、せめて自身のの方がマシなんじゃないかな。
それと教育の遅れに極大な問題があると考えてて、表面上だけ少し今に合せるのが最低なんだ。

別項過去述女児に裏声強要等と同じで、自分達の過去体験だけから紐解くのが愚なんだ。
経験が貴重なのは不動だけど、現役生徒じゃ無くなって何年経ってるかに鈍感過ぎるんだ。

盲点ってば盲点だろうが平成生まれになって来ると、生まれて初めて意識的に聴くのが打込みとかでも珍しくない。
だが昭和の内に生まれた連中は現代レベルの打込み未登場だったんで、初聴は99.9%位人力生だったのよ。

だから機械のを知ってから人のって無かったんだけど、今はそれが大いにあり得るんだよね。
願わくばなるべく早く先ず人力リズムキープ、これを教えてあげないと↑の癖事情で余計な苦しみを与えてんじゃね。

<つづく>

2023年5月28日 (日)

音楽備忘録1381 一寸変な歌の練習方法➓

前回に俺言い「喉比率」なんてのが出ちゃったんで、これをちゃんと掘っときませう。
これが正論からは裏技であり邪道なので、加減を誤れば直ちに破綻するから便利だけどリスキーなんだ。

何時の間にか自然と出来てる人も居るもんで、けれどそう云う人には少なくとも当初はどうなってるかメカニズムを自身は理解してない場合もある。
或は絶対過負荷は危険だからとロクに試しもしないでいれば、そんな方法ある訳ないとなって理解しようとしない。

ってな調子なんで中々一般には曖昧でその存在すらちゃんと語られる機会が少ない様だが、歌唱に限らず楽器演奏からスポーツ迄あらゆる分野にこう云うのはあるんですわ。
その中で最も典型的なのが「火事場の馬鹿力」なんかで、ホントに緊急事態にならないと出せない出て来ないパワーね。

先ずは論理解析から行っとくと、音の分野なら瞬間最大音圧と連続定格音圧があるのと近似だす。
別分野でもモーターとかにある連続定格出力と一定時間限定の定格出力が該当し、例えばずうっとだったら100kWが限界だが1時間以内だったら120kW迄出しても壊れないとかってヤツだ。

もっとシンプルに行けば短距離走と長距離走の違いってなもんで、距離を走り続けたくば誰でもそれなりにスピードをセーブしないとゴール迄持たんでしょ。
これがスポーツなら結果が記録に現れるし、機械だったら試験段階で異常高温になるならないなんかで明確に答えが出る。

のが音関系の人力の分は息切れするのとかじゃないとハッキリ現れず、っつうか喉だったらいきなり飛ばす飛ばないの2択しか無いから危険で気軽には試せない。
詳細には経験値を上げてくと事前兆候みたいなのが無くは無いんだが、かなりの経験値になる迄は捉えるのが難しい。

そういう際どいテクなんで初心者にはとても勧められないが、基礎を確立・堅持した上で声色を大胆に弄れるとしたら他に方法は殆ど無いんだ。
これはドラム奏法でも瞬間非合理を許容して音色目的でわざと力むなんてのがあって、考え方次第じゃ限度はあるが切り札になり得るものだ。

所謂ここぞの一打等に活用されてて、達人のそこだけ切り出して全部を模倣して腱鞘炎になる者を多数輩出してたりする。
その挙句達人の技術に否定したり疑念を持ったりする者も出る始末で、どちらも連続定格では無いのを見落としてるだけに過ぎないのだ。

例えばJohn LennonのTwist
And Shoutでの唱法は、彼にとっては1曲終わる迄は持つが次の曲で普通に歌えなくなる代物だったらしい。
結果常にLiveの最終曲に当時はしていて、しかし次の日には又普通に歌える程度の負担だった様だ。

どんな曲に遭遇したってなるべく負担は軽いのが望ましいが、かと言ってそれを本当に適用し過ぎれば声色は単色になっちまう。
悪い意味でOperaの歌色がどれでも同じでつまらないと感じたとしたら、これが原因の場合が多い。

実は声楽家の中にも知ってる人は居るんだが、伝統を守るのとMicレスが常態なので滅多に奴等は使わないんよ。
言うなれば奴等は「人間PA」も兼ねてるんで、ああ聴こえても最大出力を普段から出す訳にはいかねえんだ。

事前想定により客席が騒々しかったり際、それに対応するマージンを取っとかなきゃなんないでしょ。
するとフルパワーさえどれだけあれば足りるか分からんので、僅かでもそれをスポイルする様な真似が出来ないんだ。

>つづく<

2023年5月27日 (土)

音楽備忘録1380 適切な音楽の評価方法⑦

前回のお題「音と音楽の評価はキッチリ分離しませう」の分科会と称し、サウンドの判断指針に言及しよう。
聴者にとっちゃ只良きゃ良いんだが、音楽的貢献度に着目すればそれに反するのが多々出て来んだ。

楽器単体で一般人が皆美しいと感じるのは、やはりワイドレンジで明瞭なの等が多いだろう。
特に生の器楽音に疎いとその傾向が強く、例え奏者からしたら非現実的なのでもそう思いがち。

けれどアンサンブルに支障する様では、全体を聴いた感じに負の作用をしちゃってるんだな。
悪目立ちして他の存在を無き物にするとか、部分的にマスキングして恰もその箇所には入って無いかの様に聴こえるとかね。

一般聴者には元々興味の薄いか無い相手が多少留守になったって知った事っちゃなく、その楽器の音を辿ってりゃ未だしも他を聴いてたらどうでも良いか? 。
けれどそんな状況でも全く無事に済んではいなくて、アンサンブルの変化は少しは感じ取ってんだ。

それはサビだけ他より何か軽い薄いなとか、イントロだけかなり重かったなとかね。
提供側が意図してそうしてるのもあるからややこしく、しかし不要で聴こえなくても構わないのは入れとかないのが基本なんだよね。(隠し味やハイブリッド合成の素材になってるのは別よ)

過去述の如く、後でどんな悪さしてたのが露呈するか分らんから。
今の表面上の高音質ってなこの面では美人局みたいなもんで、ウッカリ着いて行ったら後から怖いお兄さんがパターンに陥り易い。

俺言い「分別耳」がある程度出来上がってたら聴き分けられるが、楽器の生の音さえロクに知らない段階ではハードルが高過ぎる。
聴き専経由で打込みに至った人で、生のも一定量以上の体験があれば見込みが出ては来るがね。

てな訳で音質はLo-Fiな程俺言い「音楽効果耳」育成には適してて、近年の作品になる程出逢い系アプリやインスタ盛り画像と一緒で表層と内容に差があると思っといた方が良いのよ。
又「盛り」なんて登場したが、加工度がどれ位なのかもアンサンブルの出来栄えには大いに関係があるざます。

今みたいにやたら色々可能になって来ると生合奏ではあり得ないのが、如何にもバランスしてたかの如くに誤魔化せる。
つまりリアルではバッティングするのが成立してたりして、音楽内容的にはそう云うのは低レベルなんですよ。

そんなだと大天才の集団でもリアル再現不能ですから、少なくともポピュラー系としては落第だしょ。
とは言えあまりに低音質では「サウンド耳」育成にはマイナスになり、この面でも’70年代位のが妥協点になるんだよ。

処で’70年代の音楽が嫌いな方へ一言申し添えとくと、スタンダードが豊作だったんでそれと気付かず耳にしてる可能性が非常に高いどす。
特に近年斜陽のTVでBGM等に使われるケースは多い様で、将来そんなのを回避するにもある程度知っとかないとね。

<つづく>

2023年5月26日 (金)

音楽備忘録1379 ノリを育む方法➒

続いてはノリ関連での「機械の副作用」を綴ってくが、リズム関係のトレーニングでメトロノーム等が悪さするってのも妙な話しではある。
無論全く使わないのは駄目だが、同時に必ず「何時も使う」ってのがもっと駄目なんすよ。

人が主体となるリズムっつうのを自転車やバイクとすると、機械主導リズムのは3輪以上の乗り物みたいなもんなんだ。
つまりメトロノーム等は→ガイド→補助輪に値し、常用してたら如何なる場合も倒れないと。

で最初の内は補助輪が無いとすぐ転んで仕方無いが、慣れた暁には却って「あると邪魔」になって来るっしょ。
その最たるのが曲がる時の遠心力をキャンセルし切れないとか、左右高低差の大きい処で走れなくなったりさ。

補助輪レスだったらタイヤグリップが許す限り倒せるし、横傾斜では逆に自分で立ってる時と同じ様に引力に垂直にしてバランスを取るとかね。
一定以上の横傾斜に3輪以上は非対応だが、普段は不安定な代りそんなのが2輪車の有利な処なんだよね。

んでリズムの場合でも似た様なもんで、
極緩やかなテンポチェンジだとかノリの一部にガイドがお邪魔虫になるんすわ。
私的には録音でClickを常用するのは最早「時代遅れ」と考えてて、これからはより人のリアル合奏じゃないと出来ないモノに注目してんだ。

わ兎も角あまりちゃんと試してないけど録音時Click使用に、ガイドレスで行けるかどうかの差はノリという形でだとあると思うんだ。
ここらしく珍奇な表現をすれば「ズレても合うとか平気な箇所」が、ガイドレスじゃないと把握し辛いんよ。

語弊があってはイカンので掘っとくと、音楽耳で聴けばズレてないのにガイドとは一致しないって事が多々あるん。
どうしてそんなのがあるのかったら音程の平均律と純正律の関係と近似で、リズムも機械の一定のは最大公約数なだけだからなんだ。

少し誇張するならベストなリズムにするには、テンポ・拍子その他次第で本当は色々違いがあるんだよ。
例えば遅いテンポでは○箇所は僅かでも早いと慌てた感じになって不味いとか、△は普段より早目にしとかないと如何にも遅れた感じがしちゃうとかね。

それがDrumのオカズなんかで完全に譜面通り打込んどいたのに、達人の演ったのよりどうもキレが出ないとかに現れてんのよ。
特に問題になるのがリズム主導の為にそんなフレーズになったのなんかで、そう云うのはタイミングさえ良かったら実はフレーズはどうでも良いヤツなんだな。

これが叩く人だとどうも自分のはダサくて敵わんなんて、少しは実感出来るから良いんだけどさ。
叩く気のない人だと「フレーズの意味」の理解が浅くなりがちで、どんなに下手クソでも良いから机でも何でも手で叩いてみたら良いんだけどね。

昔機械が無かった時代は鼻歌や身振り手振りでシミュレートするしかなく、口で困難なのは誰でも説明するのにそうしてたんだ。
今は打込みが手軽になったから皆そっちで…、っても打込む前段階でもし譜面が無かったら必要なプロセスなんよ。

この辺も体裁過忖度の悪い部分で、ノリ(リズム)が決まらなきゃそのフレーズを使っても意味が殆ど無くなるん。
故に上述の様な極インスタントなのでも良いし体の一部でも良いから、「動かしてリズムを取ってみる」のが凄く大事なんざます。

>づつく<

2023年5月25日 (木)

音楽備忘録1378 リズム表現を手放しちゃうの?⓮

前数回は人間のノリ≒感性優先を綴ったが、今度は逆サイドから考察してみよう。
自身がメトロノームになる際は多分鼓動がその基準になってるんだろうが、最初に単独で録る時は唯奏でるだけだ。

が何かに沿わせる場合、聴くと奏でるを並行同時進行させる事になる。
その時リズムに影響があるのは奏でるばかりでは無く、ガイドの聴き方がどうなってるかでも結果に違いが生じるのだ。

この聴くってのが実に厄介な存在で、ほぼ人体内部処理だから明確に測定するとかが出来ねんだ。
何故って普通人体にはEffectループとか、パラアウトの類は一切付いて無いからねえ。

だからその是非は兎も角「自分の聴き」をアカデミックに数値化しようと思っても、耳のレイテンシが幾らで聴神経のレイテンシは幾らかなんてのが全然分からないんだ。
普通じゃない方法例えば頭に電極を付けたり埋め込んだとしても、全神経の解析が未明な内は分別その他が釈然としない。

仕方無いから感覚で分かる範囲を考察するとして、個人のリズムの興味がこの段階から影響してるのよ。
例えばDrumは重くあるべきとか思ってたりすれば、Clickに置換されててもその鳴動頭を基準としてんじゃね。

ので逆にDrumを引っ張るべき(軽い)存在と認知してたら、鳴動尻の瞬間を「今」と解釈してたりさ。
が常に安定してそう感じられたなら良いが、「ここら辺は重くないから真ん中で良いや」とか勝手にカウントの仕方が変動しちゃうんだ普通はね。

何故ってⅡでだってそう聴こえたもんに無理して逆らっても、そしたらもうその人のノリからは外れちゃうやん。
なのでもし奏でる方で完全一致する人同士が居たとしても、聴く方の個性で必ずしも両者の音像が1つになってくれなかったりするんでやんす。

もし重なるのが多いとしたら聴く方・奏でる方は夫々別値でも、総合特性が近似な人達なんだ。
っと言っても聴こえ方その他で全部は一致しなくて、俺と従兄みたいに普段はまあまあ合ってるのにそこでそっちへ行くかなみたいなのは天然では無くせない。

昔一時期はそれに拘ってイラついたりオラついたりもしたんだが、それこそがストレスにもなるけど別の誰かと合奏しなきゃ得られないリズム・コンビネーションなのよ。
自分でも楽器次第じゃ癖や所望が異なる場合もあるけれど、「音楽の解釈」は基本単一になる。

そもそもナチス軍の行進みたいなのが良きゃ全部打込みゃ良いし、それですら殆どのでアンサンブルが単一音になって聴こえる事は滅多にありゃしない。
のでⅡでアンサンブルであれば「リズムタイミングの組合せ」がアンサンブルのノリになり、適度にバラけてる位が丁度良いんですわ。

因みにズレが少ない方が体裁的には良好だが、組合せの余地が減るから個性は出し難くなるだす。
例えるならAmpのツマミ動作がリニアじゃ無く3~7が激変するのとかで、0と1とか9と10とかの差が殆ど他人には認知出来ないみたいなね。

かと言って楽曲を脅かす程のがあっちゃ不味いが、許容限界内で最大にズレてるのが多い集団のが有利になりますわ。
のでⅢでClick常用でもそれに釣られ過ぎなきゃ良いんだけど、反射的な動作を全てコントロールしてくのはとっても難しいぞ。

それやってギクシャクしたりする位なら、Click使うの止めちゃった方が話が早いんじゃね。
但しそれには最低限リズムキープと無音の処へ叩ける、Drummerが居ないとならんけどな。

>つづく<

2023年5月24日 (水)

音楽備忘録1377 一寸変な歌の練習方法➒

幾ら声楽が根底にあってもポピュラー系で、Operaみたいな声色で歌えるかについて。
当然特例以外ではそんなの没だが、かと言って完全成分ゼロでってのも通用しないんだ。

現実は演出の仕方と割合の問題で、ベテランプロ歌手に声楽のテクを全く使ってないって人がもし居たらモグリだ。
そんな輩は恐らくLiveでは全部口パクで、歌手と言うより俳優として評価すべきだろう。

中には出自の関係や天才肌で自覚が無いケースがそこそこあり得るが、音を遠く迄届かせるメソッドの基本は唯1つしかないのだ。
一寸大袈裟に言や息をしないと人は死ぬってなもんで、要はあの水泳選手は何時息継ぎしたのかが殆ど分からなかったなんてのに近いんすよ。

近年のアニメ声優擬きだとどうか知らんが、声を作るにも自ずと限界がある。
特に声量と遠鳴りの条件が付くとそれは狭隘になり、けれどそんな自分の声が嫌いっても他人にはそうとは限らないんだ。

訓練を鬼の様に積んでも中々自分を第三者的他人として捉えるのは困難なんで、嘆くより少しでも好きな感じに近付ける努力をするだけでこの話しは終りにしとくのがお勧めだ。
正直な処俺の変な声なんて致命的で、今でもマトモに意識したら夢も希望も全く持てないんだ。

唯一の救いがあるとすれば喋り声と歌声は微妙に異なる位で、自分では歌だと欠点と思ってる部分が少しは緩和出来てるらしい。
これって全ての声が美声な恵まれた人も居るが、大抵はどちらかがマシなケースが多い。

ので喋り声の方が良好な方はラップ止まりにしといて、歌声の方が良い人はMCをやり過ぎないとかで凌ぐしかない。
のが正規の声楽の手法をマスターすると肉体由来には縛られるが、誰でも少なくとも酷い声では無くせるんだ。

他人のでそれを実感したのってば俺知りだとSteven Tylerとかで、ファーストアルバムだけかなり声質が違ってる。
私的には同系統の性質な感じがするんで着目したんだが、最初は兎に角「ちゃんと歌えるんだ」アピールの為に個性より正統派発声を重視したのかねえ。

1枚出せて自信が持てたから次からは個性重視の喉声で…、みたいに聴こえるけどそうじゃないんだよねえ。
腹声と喉声の比率こそ変えてるが、少なくとも張り上げる箇所なんかに声楽由来の発声が残ってるから。

因みに又しても日本語wikiには「喉に力を入れた黒っぽい唱法」等と勘違い記述があるが、声色は太く力強いがあれ実際には唯力めば出せるもんじゃないのよ。
完全脱力とは異なるが気道や喉を最大化すると得られるもので、その状態に力を加えると所謂「こぶし」声色になる。

興味があったら聴き込んでみるべしで、喉でも腹でもあまり変わらん箇所は腹で・大きく違う箇所だけ「喉比率」を挙げてるだけなんだ。
因みにⅡで無説明でいきなり登場させた俺言い「腹声」ってのは、体全体を駆使した喉オンリーじゃ出せない声の事よ。

これが特に高音を出す際腹筋の負担がハンパないんで、俺の周囲ではそんな感じで呼んでるんだ。
処でお腹だってそんなに過酷なら大変だが、喉と違って先ず壊す心配は無く唯バテるだけ。

具体的には普段運動しない人が、運動会参加でなる筋肉痛程回復は長引かない。
に対し喉は最悪治らなくなるし、ひと月程度は掛かるんでこっちの方がマシなのだ。

<つづく>

2023年5月23日 (火)

音楽備忘録1376 適切な音楽の評価方法⑥

今回のお題は「音と音楽の評価はキッチリ分離しませう」と定めて、けど音だって音楽内容に大いに影響あるじゃん…さてどうしたとな。
充分な注意と体験をしてからじゃないと、良い音でも音楽的に効果の有無が分別出来ないからなのだ。

かつてLo-Fiってのが少しブームになったのが典型例で、わざとチープな音にしたりしてた事があってさ。
当時って既にCDこそ普及してたものの、録音機器は今より劣ってたのにですぜ。

それには勿論ノスタルジーも含まれてたけど、最大の要因は差別化で併せて親近感・内容重視にしたかったからだ。
近年のしか聴いてない人には想像困難かも知れないが、ずっと昔は何もしないと酷くて聴けたもんじゃなかったのよ。

今や伝説の黎明期ストンプは達人の功名な操縦・音色だけが有名だが、凡人が初めて触った段階じゃほぼ使い物にならない音しか出てくれねんですわ。
それが繋いだだけで良い音のが出て来たら満足せずとも許容して、積極的に音を創らない奴等が出始めてのぉ。

杜撰大王流の比喩させて貰えば、それ等は「裾上げ前のズボン(ほぼ死語け)」ってな状況でして。
稀には手付かずで曲にピッタリハマる場合もあるけど、大抵は単体でどんなに良い音でも曲に沿った微調整をしなきゃいけない筈なんだ。

これを省るってな嬉しい曲でも悲しい曲でも全部同じ音で演る様なもんで、ほんじゃあそ奴等の曲は全部嬉し泣きなのかってな。
実際にはとても微細なので一般聴者には意識されない事が多いが、例えば葬式でバカ笑いしてる様な感じになっちゃう箇所があったら何とかせなアカン。

一寸逆説的だけど冴えないとかチープな音で腐心してると、せめてココ位どうにかなんねえかなんて思うじゃん。
それが第一印象が一定以上に美麗だと油断する訳じゃ無くても、こんだけ良きゃ大丈夫だろうって知らない内に兎と亀の兎に。

現金な話し美人を評価するのは目に入った瞬間が多く、外見が残念な方は深く付き合って初めて中身に惚れたりするやんか。
自然体で居たらそんな煩悩が勝手に発動するから、最初に良かった音程アンサンブル後のチェックが甘くなるんだ。

それは元来はアイドルとアーティストのニーズ差だったんだけど、アーティストだって見栄えは良い方が良い…のは確かですがね。
極論すればどんな醜悪な容姿でも音楽でやられる位のが、とても難しいけど純度100%のアーティストなんすよ。

私的には大昔一度だけ実体験したのが御座居まして、好み圏外のOno Yokoの声に下の方が反応しちゃったなんてのが…。(ご無礼&失礼)
今劣化本邦は映え文化全盛で内容が素晴らしくても、外見が不合格だと出してさえ貰えなかったりするからな。

けど時効と思ったか知らんが大昔に既に露出しちゃったのに対しては、現状まだ隠蔽はされてないから聴く事が出来る。
故にそう云う風に極度に偏る前の時代のが、基準には向いてるのよ。

<つづく>

2023年5月22日 (月)

音楽備忘録1375 ノリを育む方法➑

さてここらで一旦原点回帰してノリ育成の基盤に言及しとくと、全ての出発点は名作を聴く事にある。
にも拘らず拙ブログでは’70年代の洋楽を聴け位しか言わないのは、聴いても消化するのに時間がかなり掛かるからなんだ。

俺みたいに時期的に↑がリアルタイムであれば単にカッコイイのヤバい雰囲気のするのなんて、巷で流れてたから選ぶだけでお腹一杯になったんだけどね。
その頃ってレストランで掛かってたのが良かったとか挙句はどっかですれ違った車で掛かってたのがみたいに、音楽無関係に生活してる途中でもサンプルのヒントがあったん。

申し訳ないけど過去名作と比べると近年身近な新作は、概述みたいな事情もあって初聴には濃度が足りないのだ。
それと機械のノリを全否定こそしないけど、まだ打込み手のノリに対する個性確立が充分とはとても言い難い。

のでサンプルとしては分り難く、先ずはそんな迄になるんかいみたいな体験をして欲しいんだ。
何処迄ズラして音楽的に成立するのかを知らんと、個性の全発揮を阻むか薄味の範囲から選んで行くしか無くなる。

この俺言い「薄味の範囲」ってのは「気にしなきゃ知らなきゃ」リニアに聴こえる範囲なんで、学ぶのに分り難い癖にご利益がとても少ない。
そんなのを雛形にしちまうと真似た側って本家より控え目に終始するのが多く、下手に無理矢理それを超越させりゃ仲間からズレとるでぇと言われるのがオチだったりするんだわ。

それが即座に証拠を明確に提示出来れば救いの道もあるが、相手がノリの達人級でない限りほぼ却下されたりするじゃん。
結局ゆくゆくはサンプルだって多く必要なんだが、ほんじゃあ貯まる迄ノリを一切出さないってのも無粋やんけ。

そこで魔手だが当初はサンプル非依存の、跳ね王を目指しつつサンプル貯蓄も充実させてはって提案なんざます。
聴き専と違って演る人には再現性も必要なんで、折角理解してもそれが実行に移せなきゃ他人には知らないのと同扱いされちゃうだしょ。

これとは全く別に稀有な状況じゃない限り、音楽では跳ねないのの方が主流っつうのがあるわな。
頻度は決して高くないけど「それ用の鍛錬」を積んどかないと、いざ跳ねてと言われた時に足りるだけ跳ねさせられないんよ。

シャッフルとか跳ねるのが嫌いって食わず嫌いと似ててさ、一度克服してるかどうかで結果が両極端になり易い。
のでⅡでチトシュールだけど跳ねたくない人程跳ねられる様にしとくと、先々の跳ねる時間を減らせるんだ。

この件は基礎レベルの部分も含んでるから、なるべく歴の浅い内に最低限必要な処迄は習得しといた方がええん。
跳ねない方と完成度に乖離が出て来ると、ニーズにぶち当たったらいきなり沢山ハードルを越えなきゃなんない。

数年掛ければ日々少しで済むのが嫌いとか不得意な人に限って、いざ鎌倉となってから急遽徹底的にやらなきゃなんなくるからね。
因みにリアル昭和のド根性式体験もしてる身からすると、エネルギー消費が著しい割に「取りこぼし」の多いのも「付け焼刃」の難点ざます。

又それで例え跳ね足りる様になれたとして練習時はハイテンション気味になってるんで、僅かでも気を緩めると途端に跳ね不足になる等副作用もありまっせ。
のでⅢで「この曲は跳ねとけっと」程度の指令で卒なくこなせるには、自己内消化時間が長く取れる程良いんだ。

>つづく<

2023年5月21日 (日)

音楽備忘録1374 リズム表現を手放しちゃうの?⓭

純粋な続きでつまり機械だろうと人だろうと向こうじゃ「どうしたいか」が先にあって、そのチョイスは手段に過ぎないのをとっくに気付いてたんすよ。
これは戦争での空白期間とか戦時廃棄されたのの影響が大きく、米比だとゴジラの映画が作られる迄そこで15年位こっちは停滞しちゃってたからね。

なんつうとすぐ結び付けたがるなこのオヤジって、いやいや坊や達が気が付かないだけで未だに引きずってるんだ。
国連で「敵国条項」なるヘンテコな縛りが、戦後70年も経っても解けてないのは日本だけだ。

奇特な発想かもしれんが70年超米の忠犬やって、それでもまだ今一世界から信用され切らないのは怪しげな処があるからだよ。
Beatレスの民謡からいきなり間を全部抜かして、対極のテクノやボカロって。

こんな事言っちゃ失礼極まりないが、たまたまお隣に泣くか怒るかの二択みたいな国があるとさあ。
遠くで全然知らない奴等からしたらお隣だから似てんじゃね、日本はかつて特攻隊とかやったんだから凄い善人か非人間の二択なんじゃないかってな。

その後も燃費は良いが事故ったら即死する車売ってたとか、最近なら唯一の被爆国で地震国なのに平気で原発推進するとかね。
おっと流石に大風呂敷広げ過ぎたんで戻すと、原始人と機械の間のリズムのをもっと演るべきだと思うんだ。

両極は極ってぇ位だから唯の一点しかなく、ニュートラルとの3つがリズムの最没個性ポイントだ。
何某かの個性が必要ならその3点だけは当然の如く避けるべきで、寧ろたまに必然性が生じたとしてそりゃコアヲタアブノーマルな世界なんだよ。

それからすればClick常用に疑問を持たないって、音色かフレーズだけで世界を牛耳れる自信過剰君若しくはおバカっつう事になるな。
そんで日本の現状を見ると変な乖離があり、音楽だけ猛烈社員が残存してるかの如くの画一性ね。

長年の経済低迷で24時間戦えますかは故事になり、大体当時だって一時的なだけで続けてたら過労死しちゃってたんだけどさ。
この不景気に脳天気な奴等って程盛り上がるでも無く、敗者らしく重く悲しくけど一抹の優しさだけはあるなんてノリも無いやんけ。

本当は半分は体裁を気にして取り繕ってるだけだが、海外の人からはあんなに落ちぶれても平気な無神経かサイコパスに見えるだろうよ。
これの恐ろしいのは当初は見栄を張ってたつもりが、何時の間にか自己洗脳になって心を殺しちまう処。

そうなると壺容認に留まらず、不要な処でまで判断が狂っちまうのだよ。
又々大口になって来たから戻すが、リズムのノリが本来ならフィットしてない曲でも疑問を一切感じなくなってたら警戒信号だ。

或は何だか曲タイプのバリエーションが変に収束してるなとか、曲は無問題なのに上手く録音出来なくてお蔵入りになってるのがどうも多いとかね。
特に上記後者が残念なケースで、同期ガイド(Clickその他)にメスを入れないが為にそうなってたら本末転倒でんがな。

<つづく>

2023年5月20日 (土)

音楽備忘録1373 一寸変な歌の練習方法➑

環境面の説明が済んだので、今一度発声についてもう少し掘ってみよう。
未達な初期段階では出来れば「分かってる人」や「会得してる人」から基礎を教わるのが良く、特に変声期にスタートさせる際はマストだ。

その代わり大多数は変声期に学生であるから、教師やコーチ等からタダで教われる強みがあるのだ。
万一引き籠ってたとしても今はオンライン等もあるから、必要なだけでも良いから教わる意志さえあればどうにかなる事が少なくないんじゃないかな。

部活への強引な勧誘等を忌避すると尻込み気分になったりするが、激しい追求から必死で逃れる事になったとしても基礎中の基礎だけは知らんとヤバイ。
喉強度にも個人差はあるけれど、誰でも俺言い「中供」(ちゅうども)の時が最も喉を傷め易いのだ。

中供って又もやの変俺言いは、子供でも無いが大人でも無い時期を便宜的に表している。
ってのも子供期は強度は大した事無くても旺盛な回復力を体が持ってて、しかも回復と同時に少しづつ強度も上がる傾向にある。

一方成熟した大人なら個人差は甚大も様々な体験からの鍛錬後なので、失敗した途端にもうダメ迄至るのは稀になる。
がその過渡期には局所的な弱点があったりそれが移動してくんで、微かな危ない兆候を見逃すと間に合わなくなるん。

自身の体験では「出せそうなのにかすれて出ない高音」とかの兆候があって、その前後期と違い無理すれば無理する程かすれが酷くなってもっと狭帯域になるなんてのがあった。
今は応援団や運動部系の声出しでも喉を潰すなんてのはかなり減ったが、昭和の頃は私感で3割位の人は「普通じゃない変声」をしてたよ。💦

その典型ってば古くは大相撲の高見山関等で、片や大谷翔平なんて声までイケボでとても魅力的とかさ。
客観的にみりゃどう考えたって「潰れてない声」の方が遠鳴りさせられるんだけど、土俵は勿論球場も日本のは昔は狭かったからそれに気付き難かったのかなあ。

っつう事って天然由来のハスキーなら未だしも「喉が太くなるべく一直線に広げられる(つまり非ハスキー)」程、大きくも出せるし遠鳴りさせられるん。
それを損ねる様な真似したら大損で、論理的には非効率で訓練に堪えた割には声量を稼げなくなるんだ。

なのでもしあなたの体が未完成だったら、ここを上手く乗り切るのが最初のポイントだ。
既に大人だったり俺みたいに老けて!?たらそこ迄じゃないが、方向性は一向に変わりがなく残念だが成果が小さくなる。

何れにしても喉を変に絞る様な状態にしたり口の開きが足りないと、声だって指向性が鋭くなり過ぎて効率が低下する。
って遠鳴り一択とは少し反するのはラッパやホーンスピーカと一緒だが、人は無意識でかなり動くしそれを妙に固定しようとすると脱力(リラックス)不足になる。

等歌おうとすると色々な要素が絡んで来るから、基本的には喉も口もなるべく広くしとこうとした方が好結果が得られるん。
この件の典型としては歌詞に「ん」があった際で、状況次第では完全に唇を閉じないとかがある。

音としては閉じた方が純粋な「ん」になるも音量や拡散性が極端に落ちると、場所次第で聴き取りに大きなムラを生じるからだ。
その位喉でも唇でも「細める」とか「絞る」のには弊害があり、けれど普段より太く広くしたまま声を出すには吸排気量がどうしたって少しは増える。

>つづく<

2023年5月19日 (金)

音楽備忘録1372 適切な音楽の評価方法⑤

続いてはネタの探し方へ進むと、今はある程度の段階迄はネット上の無料ので充分だ。
曲名・グループ名・奏者名等のどれか1つさえハッキリしてれば、付帯情報迄一気に得られるのは現代特有なんでっせ。

ほいで当りが出る迄はちゃんとした機器で聴く必要すら無く、GoogleやYoutubeの中の人(今はAI君?)が周囲も探して推薦してくれる。(意外とポンコツだったりはするが💦)
流石にイニシャルや頭文字だけでは途方も無い事になるが、敢えて日本語で探すと訳誤差やバリエーションのお陰で少しは近付ける確率が上がるよ。

或は所望の特定年代に疎い際、色んな人の作ったベスト曲集動画なんかが取っ掛かりの手掛かりになったりしてくれる。
ので何かワードを入力する手間さえ我慢すりゃ、幾らでもネットサーフィン(とっくに死語みたい)が幾らでもだ。

そうしといて次の段階に行けそうと感じたら、ちゃんと聴くってもいきなり作品を購入するとかじゃねんだこの場合はな。
先ずネット上で見つかった一番音質の良いヤツを、程々の音量でスピーカから聴いてみるのが先決だ。

それが困難な際は次善策として「癖弱なヘッドホン」で代用するしかないが、案外これが難しい。
オーディオ機器には嗜好機器の側面もあるんで、色々演出しちゃってるのが多いんだ。

大昔述の通り現行品でスピーカで聴くのと変化が無いのったら、旧タイプユニット搭載のKOSSしかおまへん。
そんなの知らん・何言ってんだ老害…と思う方多数でしょうが、全方位から比較すると他のは何処かで違っちゃうのよ。

のでⅡでどっちか1つに絞るよりは、ボロでもスピーカとヘッドホンの二刀流で攻める方がまだマシだ。
これを経て合格基準に達したなら、後は勝手に買うでも何でもしとくんなまし。

でそんな感じになってないと歴が深くなると買い切れず、時々思い出すのなんかは買いそびれてる内に忘れちまうんだ。
敢えて掘るならヲタにも色々細分化があって、聴き専の中にもコレクター色が強いのとか色々あるぞ。

最終的にはある物だったらテープ・レコード・CD…や、原版・各国版・リマスターなど全部手元に揃えて制覇するのが理想だけどね。
加えて音響装置も最適なのを選んで聴くとか、けどそこ迄徹底した処でリアルタイムの生とはどっかが違ってんだ。

だからどれかソースの1つ位では何れ試す価値はあろうが、音楽の内容を精査するならそこじゃないんすよ。
ソースメディアや機器等出す側より、受け手のこっち側のあらゆる状況下で聴いてみる方が大切なんざます。

1極例を挙げると絶対何も聴きたくない時に聴いてみろで、一寸Mっ気濃厚ですがね。
それでもし1曲終り迄持ち堪えたなら、きっとかなりの名曲・名演奏な可能性が高い。

この様に聴くっつうと誰でも外部に気を取られるか、聴く側は妙にコンディションを整えちゃったりするけどさ。
もっと無条件≒無意識に近付かないと、素直な評価じゃ無くなっちゃうん。

その点普段は優位な方が多い「意識高い系」な程そのままでは不向きで、常人よりアホな位の方が向いとりゃぁす。
聴くと感じるだけは存置して他全てを馬鹿になるのは高僧が悟りを開くより難しい、からこそ少しでも自分に掛かるバイアスを減らす努力をしなきゃね。

<つづく>

2023年5月18日 (木)

音楽備忘録1371 ノリを育む方法➐

ノリ命の杜撰大王でこのタイトルだと良い方の秘訣と思われるかもだが、それよりなるべく誰とでも組める様大きな欠点を潰してく方が先決なのだ。
その中から今回は跳ねさすのが苦手な人をターゲットにして、解決策を探ってみまひょ。

先ず基本的にポピュラー系では、跳ねる方が跳ねないより有利なのを知っとこう。
これは近年のアイソレート技術の向上で、アンサンブルから抜き出した音源を聴くと良く分る様になった。

Ian Paiceに関しては左利き同士だし体質に合うのもあって従兄はヲタ並みなんだが、その彼をもってしてIanが8Beatでも滅法跳ねてるのが↑を聴く迄幾らも分らなかったんだ。
その曲はあのHighway Starなんだが、Drumだけ聴いてると良くこんなに跳ねて他と合うよなと俺も思った位。

その原因はどうやらRitchie Blackmore以外の皆が「跳ね気味」だったからっぽいんだが、全体を聴いてる限り勢いは素晴らしいが凄く直線的にしか聴こえない。
それに対しシャッフル系の曲で下手に跳ね足りないと、何か調子が今一なんじゃねと誰にでも途端にバレてまう。

曲想の都合次第じゃ意図的に「跳ね切らない」のもありはするが、混在を許容する曲以外では割とシビアだ。
そのレアケースってばJohn LennonのI Found Outみたいに、太鼓だけわざと一部を跳ねなくしてるのがハッキリしてるヤツだ。

「跳ねの少ない」Funkや4Beatアンサンブルはその意味で上級編で、「ズレて構わない領域」が普通のより狭隘になるんすよ。
で今日の俺変言い「ズレて構わない領域」の分水領は、シャッフルとそうで無いの若しくは3拍子と4拍子の境目ざんす。

アンサンブル単位でどっちかに聴こえる為にはこれが必須で、さもなくば誰かが拍子を違えてる様に聴こえちまう。
コイツが中々切ないもんで、跳ねさそうとしても足りないとそんな風に聴こえちゃうんだ。

一方跳ね過ぎたらってば↑に加え、JazzからRockが枝分かれしたのに端を発してるのかも知れない。
過去述過渡期に曲や目指すのはRockだが、演ってる人の前職は皆Jazz屋って例のアレっすよ。

ロカビリーの多くにはGuitarだけ8Beatで、他の伴奏者はまるっきり4Beat JazzのまんまでSwingしてるなんてのがザラだったっしょ。
それを全く耳にしてなかったら或はだけど、今でもロカビリー風ってのは幾らでもあるからねえ。

なのでClassicとかの狭い範囲限定だったら未だしも、それ以外のを演ろうとしたら「跳ねられない」のがとっても困るんよ。
理屈的には跳ねる基本は3拍子の中抜きして頭と後ろなだけなんだが、3拍目と次の1拍目の間が短くなるんでテンポが速くなると結構大変だ。

これは4拍子系には無い性質
で、2拍目が付いて行けりゃ大抵は何処迄行っても大丈夫なのにね。
故にリズム王を目指すなら先ず3拍子系・次にハーフタイムシャッフルをモノにするのがお勧めで、跳ね損ねた際それがタイミング調節の一例にもなってくれっから一粒で二度美味しい。

跳ねたのが嫌いな人には少し酷だろうが、短い音符にはそれで慣れられるから我慢してーな。
3拍子系が得意な人も居るだろうけど、それでも
跳ねさせる方が難しいんじゃないかな。

>つづく<

2023年5月17日 (水)

音楽備忘録1370 リズム表現を手放しちゃうの?⓬

機械と人間の関係はストイックに追及すると、人側の慣れの問題の方が多い。
ので人に依っちゃ忍耐の問題と映る向きもありそうだが、音楽する為の道具と考えたらツールの不備でしかないんだ。

感性を具現化するには一定の理論等が付き纏うのは仕方無いが、なるべく直感のみで行けるのが相応しい。
あんまり手間取るとその間にイメージが薄れたり忘れたりして、でもそれを保存しとく機能が機械に現況備わってるとは言い難いじゃない。

強いて言やハンディレコーダ等メモ録りするのが↑に該当するが、それが果たされるのは一発で大体イメージ通りの音が出せたらだ。
けどそれが出来る時は最早音楽支援ツールは不要で、唯録れさえすりゃ良い。

ので俺言い「無駄な我慢」なんぞするのは百害あって一利無しで、何となく何があっても黙ってる方が格好良いを適用させちゃアカンよ。
幾ら寡黙が魅力的でも「必要な事も言わない」訳じゃ無く、それは単なるコミュ障の方に分別しませう。

それと昔みたいにスタジオミュージシャン(あまり人前に出ない録音専門の奏者)のニーズがあって、どんな非人間的なガイドでも何時も通り演奏出来たりしてたら良かったんだけどさ。
今や僅少な指定席は達人の生き残りで満席となって来ると、人力演奏にはより個性が無いと駄目になったんだよ。

と言っても個性が強過ぎりゃマッチするアンサンブルが減るし、逆に足りないと機械や打込みでも良いやとなっちまう。
そこで再考して欲しいのが個人の独自のノリ、リズム表現なんざます。

個性の基本3要素を音色・フレーズ・ノリとすると、今劣化本邦だとノリだけが弱まってないかい?。
本邦以外のだって機械化率が高いと少しは弱体化してるのもあるが、PCとそのソフトを主軸にしてても案外「音は人の生演奏」のが多い気がするのは俺だけか。

それを解析すると歴史経過に一寸違いを感じるんだが、人種・主義・宗教・習慣とかそう云うのは無関係。
個人的にアッと思ったのはシーケンス併用の有無で、こっちじゃいきなりオール人力からテクノの機械化率の高いのに移行してるじゃありませんか。

っても当初は機械のフリをして誰かが演ってるのが多かったんだけど、非人間的ノリを狙ったのは確か。
対極に振った方が思いっきり差別は図れただろうが、実際主流になるのは中間領域の方なんすよ。

例えばロボットの癖に悲しくて涙がこぼれたを表現するとして、基本は機械ノリも涙部分だけはちょっぴり人の匂いがする様にしたりするやん。
それが今式のだとこっちは涙を流したつもりでも、只の油漏れみたいに見えちゃうやんけ。

匂いを嗅げたり手で触れられれば違うのも分かるが、色だけだったらどっちも薄黄色っぽいから確定出来ないよ。
色→音色・流れ落ちる→フレーズで表現すると、涙と油の質感差をリズムで表現出来たら良いよね。

戻ってあちらの機械導入黎明期のは飛び道具としての登用は同じも、Bandに変な奴が入ったみたいな使われ方が殆どだったんだ。
映画やドラマで宇宙人サウンド!?のニーズが生じた頃まだ人力演奏しか無くて、そっちはそっちで既に一応方法論が確立しちゃってたし。

>つづく<

2023年5月16日 (火)

音楽備忘録1369 一寸変な歌の練習方法➐

生楽器に簡単にやられるな迄来た処で、この国だと問題になるのが練習場所だろう。
最も身近な存在はカラオケルームとかになろうが、困った事にそこには先ず生楽器が置いてない。

アコギ程度だと持込み可能な場合もあれど、なるべくならもう一寸大音量のPianoの方が良いんだよねえ。
処で誰でも弾けるとは限らないのを推奨するのは、最大音量と音域の広さが理由だす。

俺自身今だって随時で自由になるのは簡単なコード程度で、Guitar系の方が遥かに扱いやすいよ。
なのにこう云う考えに至ったのは、Grand Pianoだと自分自身でさえ声量不足だと「歌が聴こえなくなる」からなんだ。

ここが案外重要でエレキだとAmpから遠ざかれば聴こえちゃうし、アコギでは自身の内部では足りてても外の他人には思ったより小さい場合があってね。
要はどの程度「遠鳴り」させられてるかなんだが、極論すれば歌の最大音量時に器楽音がマスクされる位じゃないと絶対安全圏じゃないのよ。

何しろ声だけが「体の中」から発せられてるもんだから、それだけで本人にだけ大きく聴こえてるからねえ。
この件は音量イーヴンの3声コーラスとかしてみてそれを録ると分り易いが、歌ってる最中の「本人内部音量バランス」では自分の声だけ大い位じゃないと外ではバランスしてなくてさ。

その状況を単独で疑似的に得ようとすると、アコギや音量が自由になるエレキだと紛らわしい。
面倒を厭わなきゃエレキでもその状況を作れ無かないけど、本気で取組むと瞬間最大音量と平均音量だとか音響の知識だって必要になって来る。

なので推奨案としては最低月1周期程度でも良いから、どうせ何処かを借りるなら中型以上のGrand Pianoが使える部屋が良い。
そうすると少なくとも恥と外聞を捨てられたなら、そんなのがガンガン演れる遮音性があれば肉声にはそっちも足りてるよ。

万に1つも安カラオケだと隣の部屋から苦情を貰う可能性があって、ポツンと一軒家状態で外部には平気だからと遮音性が不十分なケースも。
ので上手に選べば普段の歌だけの練習にはリーズナブルだけど、声量チェック等をキチンとやる時にはあまり向いてない。

それから初期段階では俺も人の迷惑顧みず自宅その他で平気で歌ってたけど、最低限のマナーを守れてないと無意識下で遠慮したりする悪癖が付く可能性がある。(杜撰大王+近隣の暖かい目のお陰で難を逃れられたが😓)
歌と限らずこの手の案件は普通なら他人の迷惑を考えた段階で終るが、実際にはやろうとするこっちにも中々の副作用が働くんすよ。

それだって太鼓やラッパと比べたら全然軽負担なんだから、つまらん処で姑息にケチっちゃいけねえよ。
倹約も深く追及すれば予算の掛ける場所が違って来るもんで、何より悪癖は一旦付くとその呪縛を解くのは手間も費用ももっと掛かって大変。

出せるなら思いっきり声量を上げられるとか、前よりもっと大きく出せる環境っつうのもかなり重要なファクターなん。
トドメとしては厚顔無恥でもない限り、下手な歌がダダ洩れしちゃうんだから他人も自分損するざます。

<つづく>

2023年5月15日 (月)

音楽備忘録1368 適切な音楽の評価方法④

聴き方の要領を覚えたら、好きなの気になるのを早速行きたくなるだろう。
それで一向に構わないんだけど、なるべくなら同時並行で少し挑戦して欲しいのがあるんだ。

それは各サウンドでの象徴的なのとか最も極端なので、世の中にはどの位の迄あるのか知る為だ。
今歴の浅い人だと過音圧や過硬質な音を普通と捉えるかも知れないが、もっと柔らかくても明瞭なのとか大して圧縮してないのにとんでもない迫力のある作品を耳にする機会が乏しいからなのだ。

差し詰め今劣化本邦のは壺・電通…式池ってなもんで、半分意図的に作られた人工池に一般リスナーは幽閉されてる様な状態なんだ。
井の中の蛙大海を知らずここに究まれりで、比べる尺度が曖昧なのを悪用してるんだ。

世の中にはこんな音楽がありますみたいな番組でも、過去の洋楽は小林克也位しかロクに掛けねえじゃんさ。
昔日本ので世界的知名度のあるのったら古くは坂本九だがそれは単発で、アルバム単位且つ継続性のあるのだとこないだとうとう残り1人になったYMO位だ。

人種差別や言語の問題もあったにせよ世界的知名度となると、昔のになる程必然的に洋楽率が高くなるのが当り前なのにな。
それ処か相変わらず人気のYOSHIKIですらMetalってのが馴染み難いにしても、XJapanの旧作は全然掛からんだろがい。

NHKでものど自慢の生伴奏辞めるなんてアホな真似しよってからに、そんなメディア側からの偽供給じゃちっとも正しい学びなんか出来ねえっての。
昭和のリアル体験がある身からすると今からだと随分大変で済まなさすら覚えるが、その代わり昔はネットとか諸々は無かったからなぁ。

なので受身で居ると壺洗脳のそれこそ思う壺になっちゃうが、今ならまだ自ら取りに行けば悪状況を打破出来るんす。
政治色が強くて済まねえがこのまま壺自民なんかの支持が続くと、もうすぐ完全な独裁政権になって今よりお上に不都合な存在は一切アクセス不能になるからな。

万一そうなったら概所持の年寄を頼るしか無くなるが、どの爺さんがそんなの持ってるかなんて良く分らないぞ。
現況は俺だと頭の天辺が怪しいだけだが、将来皆禿げちまうと長髪でそれっぽいなんてのが居なくなるからねえ。

そうなったら勇気を出して片っ端から声を掛けたって、当確立が滅法下がるがね。
それと昭和リアルの人はメディアが扱ってくれたっても、一寸マイナーなのになると中古にしろレコードを買うとかその筋のヲタと懇意になるしか手は無かったんだ。

つまり昔は入口は近かったが奥はやたら深かって、今は入口が見つかり難い代り一旦入れば奥まで割と全部見通せる感じに変わっただけなのよ。
せやさかい受身主体で知ったつもりになると愚で、概知のだけで判断するのがより危険になった訳。

っと言ったって個人の力はささやかだから網羅するのも骨が折れるが、その暫定手段としては「今迄聴いた中では」と常に付け加えとくのだ。
これが最も現実に近く、気分は最高峰で実際はNo.1じゃなくても問題の起きない妥協点だろう。

我々「演る人」は時間割の都合で、所詮聴き専のハイパーヲタには足元にも及べない。
但し聴いた内の幾らかは再現出来るのが強みで、全てに劣りはしないのだから相手を尊重しつつおごり過ぎない様に。

<つづく>

2023年5月14日 (日)

音楽備忘録1367 ノリを育む方法➏

今日は個人所有のノリのタイプに言及するとして、先ずは天然でどんなのがあるかだ。
この解析の利点は現在地を確認する事で、限界はあるにせよ目指す方向へ近付ける為だ。

先に限界について綴っとくと極端な才能の場合、前ノリや後ノリになりたくても最悪はニュートラル止まりなケースもある。
もし自分がそうだったら落胆するだろうが、決して投げ槍になったり不貞腐れてはいけない。

上記前者では「絶対慌てない落着きがある人」とか、後者なら「常に快活で重苦しくならん奴」なんて称号が与えらるんだ。
尚且つ独奏を常とするならノリは何時も「自分比」で良いから他人と比較不要だし、他力本願にはなるもののアンサンブルとして足を引っ張らなきゃ良いのだ。

私体験では自分が幾ら頑張っても皆が着いて来てくれない方が多かったが、アンサンブルに入りゃ個人の力なんてどうせそんなもん…。
っと愚痴っぽいが真実でその内の何割かは、相手からしたらこっちを自己中な奴なんて感じてたかも知れない。

この上記2つを踏まえるのが駆けっこの「よ~い」に値し、仮自己分析が終了するといざ「スタート」となる。
では何故「仮」なんてしてるかったら、完全な自己分析となるとほぼ終わりが無いからなのだ。

それが冒頭述のタイプで一般論としてはせっかちとかグズなんてなるけど、実際はとても複雑なパターンが無限にあるからなんだ。
その中で良くあるのが高速だとグズなのが、低速だとせっかちになるとかだ。

この場合は癖よりも努力不足や主体性不足の方が多いが、要するに凄く速くとかゆっくりってのは普通より演奏が難しいかんね。
そんなになる位ならフレーズ等を一寸変えりゃ良いんだが、エゴが邪魔したりしてモタって無い・慌てて無いフリをしてやり過ごそうとか…。

コイツが曲者なのは状況次第じゃある程度は通用しちまう処で、それで柳の下の2匹目のどじょうとして己の中で定番化しちゃったりさ。
戻ってその逆に誇張表現が好きな奴ってか、一寸速目だとより速く・遅目だとより遅くしたがるのなんかも居る。

前者は印象としてサラリーマンタイプ・後者は自営業タイプってなもんだが、それが無意識で勝手にそんな傾向が出てる場合も少なくないん。
そこへもってきて勤め人にも官民の差があって、テンポ変化を最低限に抑えたい公務員タイプと窓際族なんかの最低しか働きたくないのなんて分類が。

これ悪態突いてっけど前者は安心感最優先で、後者は家では大変な介護をしてるとか訳アリかも知れねんだ。
斯様に夫々の「ノリの理由」も様々で、それは地の性格等からの影響だってあるんだ。
たっての願いと違うと厳しいのは他のと一緒も、どうしてもってんならリズムに関しては合わせ技を使えば抜け道がある。

愚直で最単純な方法だと、例えば録ってからトラック毎僅かにタイムシフトするなんてベタなのがある。
遅らす方ならごく短いDelayを噛ましといて、Effect音のみ出力するとか。

尤もそんな邪道には副作用も付いて来るから、それより現実ありのままを受容れて何とか上手く料理するのがお勧めですがね。
それでも嫌だったら弾かなくて打込みでもよろしで、弾ける最大の利点は弾くか弾かないかを選べる処なんざます。

>つづく<

2023年5月13日 (土)

音楽備忘録1366 リズム表現を手放しちゃうの?⓫

色々考察してくと最早Click依存は時代遅れな感じがして来て、いい加減で次のフェーズに移行する時期がとっくに到来してるのではと痛感させられる今日この頃だ。
我々の処ではまだ具体的代案は確定してないが、Click使用の是非と併せそのまま行く事は無いだろう。

打込みでも人力併用のは当初は物珍しさも手伝って許容されたが、それで曲数を重ねてくと弱点がハッキリ見えて来た。
その1は曲の進行に従いテンポが徐々に上がってく等、何処かに変動のある方が向いてる物だ。
中でもポピュラー系が譜面非依存な特徴に関する物で、アイコンタクトする迄次へ入らない様なヤツな。

コレ相撲の立会いなんかと同等で相撲ではたった2人だが、当事者集団の感性を優先させるシステムだ。
その中の誰か1人分なら工夫すりゃClick使用でも似た様なのは可能だが、バーチャルでは全員同意のタイミングを洗い出すのが困難だ。

打込み・人力併用の場合大抵は機械に強い人と弱い人の2群に分かれるもんで、後者はリアルじゃないと自分の思うタイミングを見つけられなかったりするからね。
テンポの上げ加減にしても本音では意見の割れてる方が多く、例えばDrumは行きたがってるがBassが抑制しつつなんて状況が良くあるじゃん。

コレⅡでそれを誇張すれば曲としては単一テンポっぽくても、実情は「人数分のテンポ」があって駆け引きしてる訳よね。
そんな俺言い「人数分のテンポ」が現行打込みでは普通には再現不可で、表面上は揃っててもそれで快適な人と不快な人の格差が拡張してんじゃねえかい。

更に拡大解釈してけば「大胆なノリ」を持ってる人程不利で、持ち味が薄い人との分断を生む元凶にもなっとるがな。
わこの辺で勘弁してやるとして、その2の分解能の諸問題へ進めよう。

奏者に依って欲しいカウントってなまちまちなもんで、最も細かい音を聴く例えばHi-Hatに合せるのか色んな人が居るやん。
少し不思議な現象なんだがそれがリアルだったら俺言い「我儘弁別能」を最大発令すると、自分の聴きたい音以外を疑似圏外にするのがそんなに難しくない。

のが人より身分の低い!?機械の音に限って、何故かご丁寧に全部公平に耳に入っちまう。
のは今俺に分かってる範囲の推測だと、音が「安定し過ぎてる」からなんじゃないかな。

実は並のポピュラー音楽如きにそこ迄の正確性は不要で、しかしホントは雰囲気は最大に必要なんすよ。
理屈より情緒に訴える音楽にするには理論的確度より雰囲気を重視しないと…、ってそれを屁理屈で解説するのも何で御座居ますがねえ。

ほらDrummer次第で全体では大体ニュートラルなノリでも、人に依ってSnareが重いだの軽いだのって個別音のタイミングは色々だしょ。
のがⅡで機械の特にオールデジタルのだと夫々に僅かなほぼ不変の癖はあっても、基本的に相関関係が働かない。

良く言やどれを目印にしても同じ様に同期させられるけど、例えば遅れがちな奏者が一番タイミングの早いのを聴いて補うとかそう云うのが出来なくなる。
その具体例として従兄の場合は、ガイドを現状のよりもっと音楽的に聴こえるのにして欲しいそうだ。

<つづく>

2023年5月12日 (金)

音楽備忘録1365 一寸変な歌の練習方法➏

人に依っちゃ無駄にデカい声の要るRock系ってアホッぽいかも知れないが、大本は楽器の所望音色の都合もあったのだ。
音色と音量がかなり自由独立した今、改めてこの件に触れとこう。

Vocal Amp程度のPAしか無かった内はどんなジャンルでも今より逞しかって、静々と演るジャンルでもここぞの音量は皆結構出せていた。
その典型が完全PAレスのClassic系で、Effectorも使えなかったから音量の増減は今より死活問題だったんだ。

その流れは徐々に改善されてったものの、ウィスパーボイスを爆音でドームに響かせられる近年迄は変わらなかった。
それですら器楽爆音音源に近けりゃ俺言い「最低必要声量」は大して変わっちゃいねえんだが、過度の盛り加工技術発展のせいで惑わされてる奴が出だした。

そんな環境下でも留意して欲しいのが、単にBandが集まって合奏してる状態ね。
特例を除けばその段階では最小Effectな場合が多く、Liveでもあらゆる条件下を想定すると声量の足りてるのが一番良い。

何等の事情でどうしても無理なのは例外扱いするしかないが、それ以外の全てでは声量由来での音量制限は望ましくないし不便でしょーがないよ。
コレ要は程度の問題で例えばFolkグループでも、「普通の伴奏」をしてるのに声が聴こえない様じゃアカンがな。

静か目のFolkでも小型オルゴールよりゃ遥かに音量アベレージはデカい訳で、もしそんなだとエレピを小さなAmpにも繋げないよ。(つまりエレピの癖に微かな生音!?)
てな事って具体的指標に進めると、ホピュラー系を標榜するなら普通のアコギのフルストローク程度には対応出来ないと明日が来ないさね。

Piano系ではアップライトの凌駕は至極当然として、非静音系のジャンルなら出来れば中型グランド位迄はMicレスで対応させときたい。
ってのもClassicのOperaでは最低でもフルコンサートグランドへの対抗が必要で、近年若手ではそれに満たない情けないのも増えてるがね。

一寸↑で気を付けて欲しいのが、聴いた印象では大した音量じゃないと誤認し易い処。
シャウトとかしないしMicも無いし、何より普通はそんなに至近で聴く事も少ないからねえ。

上記後者は例えMicで拾ってても、源音の音量を分り難くしてるから要注意だ。
つまりとっくの大昔にフルコングランド程度の音量には、肉声も到達させてたんだけどね。

爆音系を標榜するなら大昔のOpera歌手に全敗する様では情けないので、フルコングランドガンガン鳴らして鍛錬しましょうね。
幾ら高性能PAがあるからって上記例程度は出してくれないと、マトモな合奏は出来ないですよ。

又今日の劣化に生楽器の伴奏頻度の少なさは考えもので、普段エレキでしか演ないから良いやって油断してるとやべぇんだ。
絶対必要じゃない時も常時電気のアシストを受けっ放しにしとくのは、カラオケを筆頭にこの国の悪しき伝統なんじゃないの!?。

>つづく<

2023年5月11日 (木)

音楽備忘録1364 適切な音楽の評価方法③

さて前回客観性なんてこの件では危険なワードが出たが、人次第で程度差こそあれ少しでも分られたいと思ったら必須の要素なのだ。
その他コイツは表裏一体で、上手く立ち回ってより好き度を上げるのにも使えるんだ。

他人が理解するのに必要な要素をコンパクトに出来る程、残りを存分に個人の好みに振れるっしょ。
又曲だけor演奏だけとか限定部分にだけしか興味が無けりゃ兎も角、そうじゃなけりゃ曲の良し
悪しの原因が何処にあるか分かった方が良いよね。

それで言うと俺が忌避してる近年J-POPだって全てが駄目ってんでもなく、部分的には耳に止まったのがそこそこあるんだ。
音自体の美しさでは過去を凌駕してるのが多いし、歌詞の単語や言い回しにやられたと感じるのなんか山程あるわ。

にも拘らず皆駄目判定になるのは、トータルだと加点になるヤツが無いからだ。
例えば自分だってあんまり得意じゃない凄く短い曲、これが近年だとピコ太郎位で全然出て来ない。

ポピュラーで万人ウケを目指せばアイデアも音もシンプルな程良く、そうすると寧ろ長大な曲にする方が大変な筈なんだ。
にも拘わらず3分以下のもヲタ向けとかの10分以上のも、滅多に現れない行き過ぎた画一ぶり。

っても無理に尺を合わせただけのが殆どなんで、曲自体にはマイナスになっちゃってるのが多いんだよなぁ。
そんな具合なんで曲・演奏が合格でも、一機会に繰り返し聴くのが自分には耐えられない。

基本的には音圧過密なのが過労をもたらしてんだが、一聴音は美麗でも’70年代の洋楽と比べるとげんなりする。
のは音響的に満点に近くても、音楽的に及第点にも及ばないからだ。

結果「音楽パーツ」的には参考にしたりするがそれ止まりで、アイデアには感服させられる事もあるんだけどねえ。
音質的原因はどれでも高音質だけを優先してる風なのが不味く、曲にマッチしてるかが蔑ろになっとん。

楽器の音を変えなくても録り方でほんの一寸変化させるとか、案外そんな些細なのが明暗を分けるんすよ。
ので曲単位ではとてもお勧め出来ないが、AのBだけは良かったなんてのが無くはないんだ。

けどそこ迄細分化しちまうと「それならアレはどう」って言える機会がほぼ皆無で、しかも良さげと思ってもアンサンブルに溶け込む保証も無いから尻込みよ。
そんでも今の部分のメロは秀逸だったとか、非常に消極的ではあるにせよ決して無視はしてまへんで。

けどⅡでかつてはそんなのは分らなかったのが受信可能になったのも、自分の中で基準が確立したからなんだろうな。
まあまあ長いキャリアの中には気乗りしないのもあって、それを何とかしなきゃならない時もあった。

当時は半ば無理やりだったけど、客観的な成否と好き嫌いを分けて考えなきゃならなくなった。
趣味性の高いプロジェクトなら好みだけ追求しても何とかなるが、理解され難い作りにしちゃうとこっちのアピールしたい「好み」迄埋没する可能性がある。

結局は目指す地点次第で比率変動はあろうが、誰にでも好き嫌いと良い悪いを別に捉える力が必要なんだ。
それには色んなやり方があるだろうが、好きを充足させて心に余裕を持たせとくのが私的にはお勧め。

万に1つもマゾ体質の方だと不要かも知れないが、鬱憤が溜まってる程心理的影響は大きい。
のが確たる存在をゲットしてたら失礼乍らそれ以外のは絶対劣ると予測されるんだから、期待し過ぎて裏切られるなんてのを完封出来るのよ。

>つづく<

2023年5月10日 (水)

音楽備忘録1363 ノリを育む方法➎

重要なんで回り道させ続きを綴るが、同期物のLiveには生演奏に無い苦労が色々あるんざんす。
って俺自身は実施経験僅少なのが如何にも杜撰大王だが、Live用テンポアップに色々工夫しといても正解が無かったんだ。

今劣化本邦メジャー系では曲限界迄テンポを早めてるのが多くてオッサンやんなっちゃうも、↑の消極的自衛策とも見做せるんだよね。
そこ迄来た時点で業界さん達は壺洗脳で思考停止してるのか、いきなり最高速を出すデメリットっちゅうもんが分っとらん💢。

特にRock系の多くでは勢いが命なのに、そんなにしちゃっちゃ追加の増し盛りが不可能になんよ。
勢いを死守するにはなるべくマージン取っとくのが最善手で、それは如何に「遅いテンポで勢いを出す」かが決め手になるんだ。

これに最大の影響力を持つのがノリで、それからすると今J-POPにドップリ漬かっちまったら逆行するかも知れねんだ。
一聴快活な今J-POPはテンポの速さがそれを殆ど担ってっから、実はノリの悪い奴が演ってても殆どバレない。(あっごめんよっと、でも紛れも無い事実なんで)

そもそもノリってテンポが早くなる程「余地」が減ってて、だから32分音符の連打なんかさせると大体誰でも似た様な感じになるんだよ。
って弾けたら叩けたらの話しだけど、それ故「早いハーフタイムシャッフル」って足りるだけ跳ねさせるのが大変だで。

ので上記を逆手に取って、なるべく遅いテンポで「退屈しない」リズムを出そうとすると良い訓練になるんだな。
そのコツの1つとして「目立つ箇所では絶対遅れない」ってのがあり、これは聴者のカウントの取り方を魔用してるんだ。

米黒人の中には16Beatを聴くと「ちゃんと16で体を揺する」なんて人も居るが、日本人の多くなんかは自らは4分音符でカウントしてるのが多い。(昭和当時の年寄なんか恐ろしい事に何と1でんがな)
のでⅡで16刻んでる内4と被る箇所には鋭敏だが、それ以外の箇所ではグンと注意力が落ちてんだ。

前回述の甲斐バンドでもテンポが上がるのは「主にHi-Hat」からで、Snareはパンクみたいに突っ込んじゃいない。
恐らくそれで急いでる感じが全然しなくて、どんどん速くなってるのが気になり難くなってんじゃないかな。

要するに各拍の重要度に差があるんで、先ずはそのポイントさえ抑えられりゃ「絶対遅れはしない人」になれるん。
逆にポイントだけ何時も遅めだと重い奴もしくはウザい奴となって、他が幾ら前ノリになってても分かって貰えないっつうか勢いには効果が無いん。

実際にはそんな作業は感性主導で頭なんか不使用な方が良いんだけど、苦手意識がある人だと少しは理知的に考えた方が良いんだ。
なまじ「ノリは感性」だから感性で悩んで、卑屈になったり諦めたりしがちなのでね。

のでⅢで成功はなるべく感性だけで行くのが良いが、失敗した際は理性で解決が必要なんだ。
と言いつつ実はアタシャそれがかなり最近迄とても苦手だったんで、始終不満で怒り気味だったりしたっすよ。😓

けどその怪我の功名のお陰で取組み方が改革されたんで、60寸前になっても技術的には若い頃よりどんどん上達する様になったですよ。
但し「練習すれば」でそれがかなりしんどくなって来てるんで、大勢に変化は無いんだけどさ…。

<つづく>

2023年5月 9日 (火)

音楽備忘録1362 リズム表現を手放しちゃうの?➓

前回マシンにもかなり色々あって相違もなんて書いてたら、こないだ従兄宅へ行った折TR-606の話が出たぞい。
それを少し晒して行くが、現在も海外著名Drummerに録音等で日常的に使ってる人が居るんだってさ。

その人の場合はClickより「音楽的」だからだそうで、リズムボックス以前にはメトロノームしか無かったから一定以上の世代は特にそう感じるのかな。
は一旦置いといてそもそもの発端は、従兄が共通の友人から借りたままの当該機の生存確認だったんだ。

別にもし壊れてたら治せとかそういう話しじゃなかったけど、取敢えず出しとくかしまっとくかの判断に迫られたんだと。
んで当時の状況はっつうと太古の昔から入れっ放しになってた乾電池、ご多分に洩れず見事な液漏れぶりだった。

その処置をして点検した処、幸いにも動作に大きな影響しそうな不具合は無かった。
っても電池のマイナス極を受けるバネはかなり大変な事になってたけど、今みたいに巻数をケチって無かったから腐蝕で折損して短くなってもまだ大丈夫だった。😵

と言いつつたまたま従兄宅に同ブランド・同規格のACアダプタがあったんで、そいつでいざ試運転。
してみりゃ目立つSWの接触不良も無く、場合に依っては今後Clickの代用にする案も出ましたよ。

俺も従兄も大昔の自作曲の録音に使った事があって、その後従兄宅に置きっ放しになってたんだ。
ほいで数十年ぶりで聴こえたその音はったら、やっぱり打込みのより何もしなくてもなんか生き生きしてたのよ。

理論的には恐らく専用機と、打込みだと汎用機って違いがあるからだと思うんだがね。
PCとかのランダムなレイテンシと違って、曖昧でも大袈裟に言や人格みたいなのが感じられたん。

癖の有無等では明らかに劣勢なんだが、傾向の有無とその方向性が実用上はより大問題なのよ。
どんなに僅かでもズレがあると、楽曲と合う時ゃ良いけど合わん時ゃやっぱNGだ。

が癖強になる程曲は選ぶが、人力で演る分には無意識下自動修正機能が働くじゃん。
って実際は御大層なもんじゃなく、なんとなく良い感じになる様にしちゃうだけなんだけどね。

人次第でその意識度合は違うだろうが、最低半分位は無意識でするのが多いんじゃないかな。
なので気持ちでは無く心理的に、ガイドの雰囲気・タイミング・出音の感じがどうしても影響するもんなんすよ。

因みにガイドとはメトロノーム・Click・ドンカマ・リズムボックス・ドラムマシン等々、ここではあらゆる機器が想定されるのでそう表現してるよ。
論理的理想としては少なくともプロなら何になっても大差は出ない筈なんだが、無意識下の心理的影響迄排除するのは困難且つ望ましいとは限らない。

人の心に訴える作品にしようとすれば、自身の心≒感性に部分的にでも蓋しちゃ良くないからねえ。
それで冒頭の海外著名プロは自分ではなく、機器選択って手段にしたんだろう。

もしかしたら尋常じゃない想像力があれば影響は下がるかもしれないけど、感性の豊かな人程影響を受ける可能性が考えられるん。
今時機械でも可能なものをわざわざ人力で演るのを考慮すると、もっと心理的影響も考慮した方が得策なんじゃないだろうか。

>つづく<

2023年5月 8日 (月)

音楽備忘録1361 一寸変な歌の練習方法➎

さてまだ大して上手でもない上に、ド直球唱法のみでやり過ごすのは大変な勇気が要る。
どうしたってビブラートを始めとした華麗な技が使えた方が格好良いし、その方が確実に一般人の評価が
高い。

けれど何にでもあったりするが、そういった所謂「過渡期」を甘んじて受け容れられた者だけが獲得出来るスキルってのがあるんすよ。
それで又厄介なのは人に依ってその時期が必ずしも一致してない処で、幼くから始めれば最初は肉体的成長度合いの影響が回避出来ない。

次に訪れるのが半分は成長度合いからの影響で、技の訓練に入れる時期にも差があるんだ。
当時から薄々気付いてはいたが俺はそれが辛くて、天に向かって唾を吐きたくなる様な心境でつた。

今だと多様化の恩恵で少しは緩和されたけど、何しろ昭和の昔は小さいだけで≒子供っぽいだったからねえ。
いやさ正確には大きいと大人っぽいと感じられた反動なんだが、こんなに平均寿命が延長されると若い幼い要素が残ってる期間が長い方が本当はプレミアムだったん。

只そんな状況が無くても早く大人になりたい欲求は、成長意欲の一部でもあるから少な過ぎても不健康かも知れないよ。
歌の練習如きで一々忍耐を要求されるのも酷なもんだが、それを乗り切る栄養になるとすれば先達の顛末を知る事なんじゃないかな。

我々世代の頃と比べりゃ今は少しは失敗談も語られる様になったが、劣化本邦では「為になる失敗談」の公表があまりにも少ないすよ。
漸くスポーツ界ではボチボチな位で、他分野では相変わらず成功体験ばっかり闊歩しとるがな。

なので今からすれば大昔はどうか分らんがかつて(恐らく日本では主に明治期以降)は、失敗しなくて済んだ筈の大勢が辛酸を舐めさせられてたんじゃなかろうか。
そんな境遇で自分達が難を逃れられたのは、過激なのが好きなのにたまたまBeatlesに嵌ったかららしい。

っつっても最初からベストだった訳じゃなくて、聴き専時代はもっと複雑なのとか演奏難易度の高いのが中心だったんだ。
それなのにどうしてシフトしてったかってば、勿論最高峰なのもあったろうが「演れそうなの」って処で大きく引っ掛かったからだ。

我々界隈では変声期でもまあまあ高音の出せる人が多かったんで、高難度なビブラートやシャウトを全面的に要求されるのよりゃ挑戦のし甲斐があったん。
そう云や従兄はIan Gillanの十八番「裏声シャウト」を短期間でマスターしちゃって驚かされたが、もしかして変化球の導入が俺より早かった分今になって余計なビブラートが付加しちゃうのも俺より早まったのかな。

兎に角楽曲に依っちゃB様のは直球オンリーのもあったんで、初心者には親近感が湧き易かったんだ。
本気で真似てあわよくば凌駕してやろうと思ったら、習得に時間の掛かりそうな技が多くては萎える。

性格や体質その他も影響しただろうが、普通の声色だけどなるべく強い大きい声を目指してみる事となったん。
その背景には当時だって特に日本人は器楽に比べ歌が弱かったっつうのがあって、歌曲の楽器で無遠慮に爆音出すには声量が最重要事項だったんだ。

<つづく>

2023年5月 7日 (日)

音楽備忘録1360 適切な音楽の評価方法②

今回は敢えてレビューの人気度を一旦拒否って始めるが、それは音で応えたのなんか1つとして無いからよ。
楽音を伴わなくて良いなら誰でも意見出来、しかしそれが唯の個人か工作員又はステマかの明確な区別が不可能だからだ。

ので良心的顧客の投稿を拒否る訳じゃ無くて、他の商品に比べたら所持してなくてもある程度語れちゃうんで一層アテにならないってのよ。
今劣化本邦メジャーでは言わばこの騙しのテクニックで売ってて、仮に佳作があったとしても売る側が既にそれを分らなくなってる節がある。

っと言っても他に有益な情報も多く無く、一般大衆は上手に探す術を失いつつある。
だが投稿(言葉・文章)でもそれなりに信頼出来るのがかなり時間経過があってからの、そう拙ブログでの吠えみたいなヤツだ。(酷いのになると既に本人はとっくに他界してたりするが💧)

上記冒頭の手法は有効期限がとても短く、オマケに10年後にツィートしてってお願いしても先になる程頼りにならないでしょ。
極例を上げりゃ80,90の爺さんが引受けたとして、その頃まだ存命か誰にも分らんやろ。😖

この面からも真の評価を下すには時間経過が重要で、当初嫌いだったのが後に好きになるのなんかも込み込みだ。
或は一発屋が存在するのも単にヒットが単発の他、大した作品でなくても時流にピッタリ合致してたのなんかもあるからだ。

その意味で「恥をかかない寸評」としたいなら、時間経過の浅い内は好き等に留めといて名曲とは言わないのも手だ。
まあこれは若干詭弁臭いが、そんな感覚が音楽評価に必要なのよね。

実際俺推し’70年代洋楽だって、当時から15年位は唯好きで個人的に良いと思ってただけなんよ。
今だって時々吠える「’73年ベスト説」も、まだ個人の趣味的領域に留まってる位だ。

その代わり新作の探求を自身でやるのは停止中で、友人・知人から紹介された中から選ぶ程度になっている。
但し後ろ向きでもアニソンとか暮らしてる中に新作は含まれてて、それ等に耳を塞いだりはしていない。

俺みたいにリアルタイムで’70年代を経験しちゃってると、それより以外の時期は当りが少なくて非効率だからそうなっただけなんだ。
あと経歴で関係するとしたら元は聴き専だった処で、聴くだけじゃ足りなくなって自ら弾き出したからねえ。

と聴きたいを弾きたいが上回って今日に至ったからかも知れないが、良いものに出会える率が低いと最悪聴く興味が薄れるだろうからね。
良さそうと分かってるのから聴くのがお勧めで、先にそれで自己内に基準が出来るとすぐ飽きそうなのとかに惑わされない点でも時間効率が良い。

更には好き嫌いと良い悪いの区別が可能になり、客観性を育むのにも助力になる。
つまり大して得こそせずも損する人が居ないからゴリ推してて、杜撰大王でも相手の好みが分れば多少リスクがあっても相応しいのを紹介してまっせ。

>つづく<

2023年5月 6日 (土)

音楽備忘録1359 ノリを育む方法➍

先ずは参考ネタの収集がと再三綴ったが、それには唯模倣してみる以外に知見が広まる効能があるん。
そして古くてスマンがオーソドックスJazzの4Beatが好例で、あのスイングってのがミソなんだ。

これはJazz風味を求めてなかったら、概念だけでも構わない。
し寧ろ最初は打込みで再現する方が良く分るんだが、そのソフト・アプリもSwing機能なんて付いてないチープなのが良い。

でどうすりゃ良いかってば何ともいい加減な話しだが、一旦普通の4拍子でタンタタと入れて最後のタを「テキトーに後ろにズラす」のだ!!。
折角機械を使ってるのに定量値を挙げらんないのは、奏者に依って「スイング加減」(別解釈:跳ね具合)が凄く色々あるからなんだ。

しかも同じ人ので曲やテンポ次第果ては日に依って変わっちまうから、○年□月△日の◇奏者の▽曲の☆の1個目だと位に絞らないと「720を800に」とか全然言えないんよ。
そんな出鱈目で大丈夫なのかと心配になるかも知れないが、音楽的にはその方がスムーズになったりするん。

これ以外から体験しても一向に構わないが、それ位「生きたリズム」は数学的等分とは疎遠だったりもするんすよ。
その背景の1つに聴者の気分変化が考えられ、人って大抵は興奮するとテンポは上がって来るもんっしょ。

もしその観客と「一緒に盛り上がろう」とするなら、お客はんの次拍予想と同じか僅かに早くないとアカンやろ。
興奮を忘れて!?夢中になってるお客はんは、自身のカウントがテンポアップしてるのに気付いてなかったりするからね。

せさかい奏者が沈着冷静で自身のテンポを守ったりしても、「醒めた奴だ」とか「なんだもうバテたのか?」なんて風にしか思ってくれんかも。
って処で本日の生贄は又してもマイナーでスマンが、甲斐バンドの三つ数えろって曲。

これにしたのはどんどんかなりテンポが上がってく中で、私的に最も印象が強いからだ。
手前味噌のオンパレードを平気で晒せば、高1の時放送部の先輩に誘われたコピーバンドが発端だ。

甲斐バンドの存在こそ知ってたが何せ’70年代洋楽信者だから、結構急いで音を拾わなきゃなんなくてさ。
その時に出だしで追付くのがギリギリだと、このバンドの曲はちゃんとは弾けないなってね。

で一体一般聴者のどの位が気付いてたか知らんが、聴くだけなら特に違和感を持つ程のじゃなかった。
当時そこそこ売れてたからもし音楽的に欠点になる様だったら、口うるさい奴にディスられてもおかしくなかったがそんな声は耳にしなかった。

どれ位意図的なものなのか自然発生的なのだったかは不明だが、そんな彼等も全曲どんどん早くなってた訳じゃなかったんだよねえ。
陽キャな曲でもヒーローとか殆どテンポが上がらんのもあるしで、要するに「聴いて変じゃなきゃ良い」をもう少し進めて「こうするのが曲に最適」だったからええねん。

若い方で機械リズムに慣れ親しんでると当初は違和感を感じるかもだが、機械リズムで「普段より盛り上がるLive」をやろうとしたら中々大変なんだぜ。
上述の如く観客は無意識で鼓動が早まる→基準テンポ上がるに最低フィットさせるだけでも、どの程度テンポを上げときゃ良いのかから始まって…。

>つづく<

2023年5月 5日 (金)

音楽備忘録1358 リズム表現を手放しちゃうの?➒

前回例え無興味でも個人のノリは存在しそれが露呈するのを示したが、それは人力だけに限ったもんじゃないんざます。
人間様のとは大部様相を異にするも、各機器・ソフト・アプリ特有の癖みたいなのはあるんよ。

欲を言えばそれがなるべく個人の個性にフィットしてると良いんだけど、まあそりゃあかなり難しいでしょうな。
けれど昔のアナログのだったら比較的「美味しい癖」のも無くはなくて、Rolandの八百屋(TR-808)辺りにはそんな要素も少しあった気がするよ。

今デジタルのは設計の計算がほぼそのまま出て来るが、アナログの場合色んな部品も大雑把だったからそうは行かない。
ほんで組立てたら出来上がりにならず「調整箇所」ってのがあるんだが、最終的には聴感依存でそれをしてたんだ。

当時だって既に計測器はあったんだけど、何分回路の安定度がデジタルみたいに高くない。
ので折角測ってもすぐ変わっちゃったりするから、初期調整の目安位にしかならなかったん。

これは音源迄含めオールデジタルになる迄続いて、それ故「音楽スキル所持者」が調整したのは聴感上タイミングが寧ろ今デジタルのを凌駕してた可能性があるのよ。
っと言っても楽曲次第でベストタイミングは違うから、何々向きみたいな傾向は残っちゃってたんだけどね。

のでⅡでそれ等はちっとも万能じゃないけど、一般には音色魅力でHip-Hop系に今も重用されてるがタイミングの都合も裏にあるんじゃないかと見てるんだ。
「音楽スキル所持者が調整」しなきゃなんないと誰でもは出来ないんで、品質の安定には今デジタルの方が何かと有利なんだけどさ。

もしあなたがそんな強者だったら、楽曲に応じて再調整するなんて余地もあるずら。
だからノリ観点からだともしアナログ部を含有する機器を持ってたなら、安易に手放さない方が良いかも知れないな。

ってんで又もや私体験感ではあるが全デジタルのドラムマシンや打込みと、アナログ部残存迄のドラムマシン・リズムマシンではノリに関しては差があったと今に至って感じてるんだ。
状態如何で必ずしも昔のが優れてるとは限らないけど、これで大丈夫なのか等と少なくともノリを考えさせらるだけでも人間には意義があった様な気がするねえ。

確かに今の機器にそんな心配は不要になってるが、それって「アウトじゃない」だけで音楽的ベストとは程遠いかも知れねんだぜ。
物理的に絶対的正確さがあるからって、大抵は確認もしないんで今はノリが悪化してる恐れがあるねん。

この様な変遷を経てるんで決して軽視したつもりが無くても、こちらから獲得しに行かないと駄目になったんだ。
それは何もノリノリを売りにしてるのとは限らず、少しでも動きが欲しいと思ったら検証してみるべき。

厳正に捉えるなら今デジ君のは正確でも商品化前とも見做せ、大した美人でもないのに撮影会にスッピンで気楽に登場しちゃったモデルみたいなもんだ。
体裁を気にするならこんな欠落があってはお間抜けってなもんで、もっと吠えちまえばそのフレーズを採用した意味さえ無効化しまんがな。

日本の音楽界が勢いを失ってるのは色んな理由があるだろうが、この件に関しては選択を誤ったり放棄しなきゃ確実に息を吹き返すんだ。
どうもパッとしないなともし感じたら、早々に諦めたりなんかしないでこう云うのも試してみ。

>つづく<

2023年5月 4日 (木)

音楽備忘録1357 一寸変な歌の練習方法➍

なるべくなら声楽の正規の発声方法は知ってた方が良く、喉を絶対に潰さない為にはそれが一番だろう。
だがそれで得られる声質が時にはジャンルと相容れなかったりするし、習うにはお金も時間も必要だから誰でもすぐ試せるもんじゃない。

かと言って体質(主に喉)の影響で、負荷に弱い場合もあるからどうするか?。
そんな場合の挑戦方法が概述「なるべく綺麗な声で大声にする」だが、これ自体の詳細をもう少し掘っとこう。

俺の場合は概述の通り偶然教育と時期的に同時進行になったが、声楽以外で最も参考になった・したのはBeatles初期作品だった。
Metal系等では終始一貫シャウトしか出て来ないのもあるが、少しでもPops系の要素が加味される物は必ず「シャウトしてない部分」が大抵はあるもんだ。

その上初期Beatlesのだとビブラートさえ排除されてて、恐らくは意図的(誰でも即座に鼻歌に出来る)にそうしといたんだろうけどね。
彼等みたいなメジャーデビュー時に百戦錬磨だった本人達は気付いてなさそうだが、「最もピュアな歌唱方法」だけにそれを追求するとご利益が最大級なのだ。

先ず音程面でビブラートレスだと、僅かな狂いがあると次の音程に進む迄それがずっと続いてしまう。
声量についても近似同様で、途中で変えられないから最初からドンズバを出さなきゃなんない。

って実は当時の俺はビブラートは難易度が高過ぎてほぼ制御不能だったんで、その頃はビブラートレスの方が大変なのにちっとも気付いて無かったんだけどね。
今になってみると無変化純正ってのが最高難度で、変えて良い≒修正が自由の方が断然楽だったんですわ。

音色に関しても近似同様で、やはり無変化純正は年寄りにはかなり難しいんだ。
ほら例の従兄の「強制ビブラート」等が生贄にうってつけで、かなり強硬に意識しないとすぐに声が震えちまう。

ドラム講師であり乍ら物静かで、何より夫婦喧嘩が絶えないウチと違って円満だからなのかなぁ。
かく言う俺ですらちゃんとシャウトをせず何十年も経ってしまうと、かつてはあれだけあった「Vocalのスタミナ」は知らん間に消失してて高音は出ないしものの2~3小節で息切れが…。

そうなってみて初めて体感する「Vocalの基礎力」で、体力とも密接な関係はあるが直結はしていないのにも気付かされた。
っと年寄りの愚痴は置いといて、ビブラート他「小細工テク」は今の方が格段に向上してるんだけどね。

けどそれ等の華麗な!?技をフル活用しようにも、事前想定した吸気量で小節終端迄息が持たないのでは使えない。
仮に声量や音色がウリでは無い人でも、小手先の技に溺れて駄目になる野球の投手と同じでんがな。

今時はド直球な歌い方をする人がほぼ皆無になってるが、基礎を甘く見てると手痛い目に遭うんざます。
しかし体面・体裁は特に盛り文化全盛下では中々封印し辛く、少年野球ですらカーブ位は投げられないと「その時点」では厳しい。

でもそんな眼前の誘惑に負けてると、少なくとも将来に「プロ不向き」になっちゃうんだ。
俺の歌唱力に復活はあるか全く不明も、かつての訓練量の差が従兄の「常時勝手に掛かるビブラート」は回避出来てるみたいなんだ。

>つづく<

2023年5月 3日 (水)

音楽備忘録1356 適切な音楽の評価方法①

アさて拙ブログでは執拗に’70年代の洋楽を聴けと吠えてるが、趣味とは無関係にそれが最もリアルの音に近いからなんだ。
何ゆうてんねんこのオッサンリアルはもっとFi-Hiやろ、ハイご尤も…でやんすがね。

ヘッドホン・インナーイヤホンとか雑音の殆ど入らない部屋で聴きゃそうだけど、一般平均的環境でスピーカとか生で聴きゃ色々音の不純物が入りまんねん。
その中から随時述「人の弁別能」を発揮して聴き分けると、雑音酷似の楽音はマスクされて聴こえてねえんだわ。

今劣化本邦のMixは現代的劣環境には対処してっけど、飽く迄そこそこの音が出る機器と環境の想定になっとん。
それがどゆこってすかってば、特定の邪魔者にしかあんまり耐性が無いんすよ。

それに対し’70年代っつうのはデジタルこそ無かったが、アナログのメディアや機器等の格差が最もバラけてた時代だったんだ。
今だとAMラジオで歌や曲を聴くのは年寄ばかりだが、まだFM放送すら全国には普及してなかったんだ。

処か日本じゃ’70年代初頭だと首都圏ですら機器が普及してなくて、小遣い足りなくレコード買えないとAMかモノラルのTVで我慢するしか無かったんだ。
だからレコード買えて㊎さん家のHi-Fi機器で聴けた日にゃ大層喜んで…わ置いといて、極力機器を選ばないMixにしとかなきゃなんなかったんすよ。

途中で登場したインスト物の中には↑を放棄してよりHi-Fi志向のも出たが、それをボロイので聴くとほぼ完全にBassが居なくなったりとかしてね。
そんなのと比べると今劣化本邦のMixは俺言い「同調圧力強要Mix」ってなもんで、確かに聴取環境の9□%には良くても残り数%は無視してるんですわ。

でそいつの対応巾をもっと拡げようとすると、かなり現代感覚のHi-Fiは逸失しちゃうんだなこれが。
一般論の高音質が何でも良くしてくれると思ったら大間違いで、もしそうだったらどんなに楽だったろう。

残念な上に残念なのが今日本では機器の方でも音楽的高音質に特化したのがとっても少なくて、該当するとしたら一部ヲタが使ってる球の位だ。
そんでそんなので聴けば反強制的に化粧落としされるだけなんだが、音楽じゃなく音の印象で判断されると劣ってるから球の何処がそんなに良いのなんて…。

主題に帰るが音じゃなく音楽の評価ですからオーディオ的とか音響的な高音質とは、録音も機器も異なる基準のじゃないと正確に判定出来ないんすわ。
そんで理想は音源も聴取機器も向いてるのがベストだけど、かなりコストが掛かっちゃうよね。

万人に即座に試せるとなると音源選択を先にするのが得策で、それは「1曲の値段」が旧作でも新作でも同じだからだ。
寧ろ古いのはバーゲンしてるのも少なくなく、私的にはなるべくそれを狙ってライブラリを充実させてるよ。

’70年代洋楽激推しのもう1つの大きな理由が、各バージョンの基本形が確立された時期だからだ。
ホントは名曲率が高いからと言いたい処だが、一応好みもあるから珍しく言い切らないで置こう。

更には内外問わずあらゆるアンサンブル形態があって、そのどれもが最も充実してた時期でね。
当時リアルタイムではそんな意識は無かったんだが、もっと良くなると思ったっけその頃ので限界だったらしいんだ。

他に方法が無いと仕方無く資金も人員も投入するが、次第に小人数・ローコストで近似なのが出来る様になったからなぁ。
何処ぞの半公共放送局でものど自慢の生伴奏を止める位のご時世じゃ、幾ら本当は本生の方が良くても「だったらお前が金出せよ」て言われても困るし。

>つづく<

2023年5月 2日 (火)

音楽備忘録1355 ノリを育む方法➌

達人「素のノリ」の件の続きだが、日本を筆頭に最近はLive音源でもこの用途には向かないのが増えてしまった。
若い世代の方には親近感等で酷だが、ノリに拘ると人工的・人為的作為のあるのは価値が無い。

それも含めだから’70年代物をゴリ押ししてんだが、洋楽程で無いにせよ邦楽でも同傾向だ。
なので万一ほぼ死語だが横文字アレルギーだったとして、サンプルの年代には気を付けた方が良か。

処で打込みや機械のだって結構ノレるのもあるが、それ等はフレージングとテンポの妙であってリズムタイミングが原因じゃないんだ。
ノリの良い奏者との差はっつうと、ロボット君のは応用力で大きく劣るのが違っててさ。

人であれば限界域に近く無きゃテンポが5とか10位上下しても聴感には殆ど無影響なのが、ロボ君だと下手すりゃたった1上下してももう駄目なんだ。
のでテクノや一部アンビエント系みたいに先ず「リズムありき」で、更にテンポが最初に決定してそれが一番美味しくなるフレーズを追求するんだと行けるんだがね。

又それ等を成就させるには適応フレーズがかなり限られる んで、フレーズより音色が重要となって来る。
その為音色可変巾がほぼ無限のSynthe奏者等が中心になり、例に依って個人的には大嫌いだが小室哲哉等が小狡くやっている。

彼の場合フレーズと呼ぶには足りないのが多いからつまらなくて嫌なんだが、それ位に留めとかないと機械的リズムに対応し難くなるのは確かだ。
そんなこんなでSynthe奏者や打込みの人以外にはあまり有効手段で無くなるが、打込みでノリを出す苦労に比べたらそれ以外の方が格段に楽なんすよ。

上述の通り制約だらけだし、僅かでも人間臭さを加味しようと思うとフォーマットから逸脱しなきゃなんない。
極上のノリを求めると正直適性差が人にも現れるが、それをスポイルはしない程度だったら訓練で必ず誰でもノリをゲット出来るんだす。

ほいでこれは機械や打込みでノリを出すのにも必須で、先ずはノリの良し悪しが分る様になってないと偶然に頼るしか無かっぺ。
小室氏とていきなりSyntheに行った訳じゃ無くて、Classic PianoからエレキGuitarを経てSyntheや同期物に至ってんだ。

その過程では結果は全く出せなかったがノリの概念位は思い知らされ、けれどGuitarではノリもテクも思いのままにからなかったからポジションチェンジしたそうな。
因みにノリもテクもとはどっちかに長けてたら、それを元手に発展させられたって意味ね。

前者最典型例は少々旧聞だがMarc Bolanで、そう云や彼のリフって小室君のみたいにリズムリフのも多かったな。
がGuitarでそれを成立させるには天性のノリが必須で、音色がSynthe等より限定される分をノリ自体で補わなければ事足りない。

一方後者は国内だと渡辺香津美氏辺りで、弾けないフレーズがほぼ無いのでそれだけでも曲に一応最適化が図れる。
その応用系が打込みの一部とも見做せ、常人は手に負えないが気持ち良いとか面白いフレーズってのを可能化している。

そして後者でもフレーズ王になるには適性が要って、こっちは感性だけの鍛錬では到達出来ないからより時間が掛かる。
何より厳しいのはかなり時間が経たないと適性があるか分らない処で、香津美氏の様に早くから才能が開花するのはノリの人以上に稀なのだ。

<つづく>

2023年5月 1日 (月)

音楽備忘録1354 リズム表現を手放しちゃうの?➑

近年の状況を鑑みノリの概念に少し触れとくとして、先ずはここらしく物理的メカニズムから行っとこう。
それには前提になる各楽器の出音に言及せねばならないが、端的に言ってまちまちバラバラなんでごんす。

撥弦・打撃系の音であればド頭にアタック音が来るけど、それ以外のは「頭が一番デカい」とは限らないんだ。
そうすると何処かの時点を音楽的に「音の先頭」として扱うんだが、単独であれば周囲雑音より大きくなった処と認定すれば良い。

がアンサンブル内に入ると周囲音の音量が違うから、単独時より大きくならないと既に鳴り始めてるのが分らない。
尚且つ周囲音が大きい程音量が上がってからとなるんで、結果的に大抵は鳴らし始めから聴こえ始め間のタイムギャップが拡大傾向にあると来らあ。

又明確なアタック音のあるのでもその鋭さは千差万別・変幻自在で、つまり聴こえ基準に立つとスタートポイントがそもそも殆どので変動してるんですよ。
それ故現行の打込み如きじゃ音楽的にはちっとも正確とは言えず、物理的には絶対一定の筈なのに時々遅くなったり早くなったりした様に感じる事があるん。

でそれは実際耳で聴いた通りの方が多く、発音タイミングが楽器種に依ってズレちゃってるんだ。
それを人力では変になると不味いから、殆ど無意識下で皆微修正が自動で入ってんすよ。

そこから一歩進んだ状態が、絶対に遅れないとか突っ込まないになるん。
この段階迄は余程体質に合わない限り、現代でも合奏水準をクリアしてる人だったら既に獲得済みでごわす。

でないと大事な箇所で、何時も1人だけズレちまうかんね。
それでオケなんかだと指揮棒から楽器音の出るのが遅れてるのなんかがあって、けれどそのタイムラグは大体一定なんだそうな。

これって指揮者が逆算してタイミングを出してるんで、素人目にはどっちかが酷いタコと思ったりしちまうんだが…。
Bandみたいに人数が少なきゃ「せーの」でも大体は何とかなるが、大勢で場所すら遠い人(音も僅かだが遅れる)も居るとなると「前振り」が無いと厳しい様だ。

絶妙なノリとなると正直才能も大いに影響するが、「絶対に遅れないとか突っ込まない」ってノリの登竜門なのよね。
ので苦手な人でも「終始一貫良い感じ」がキープ出来ないだけで、全く操縦不能って事ぁ先ずねえんでやんす。

してそれは無自覚でも何等かの「ノリを持ってる」事を意味し、例えこれ迄のパートナーが機械君オンリーでも人間側には何某かが勝手に育まれちゃってんのよ。
だからこそ「ノリなんて興味無い」から知らんってのが無意味で、今アンタがどう思って様と一応考えに含めとかなきゃしゃーないんや。

お題では「リズム表現」なんてぇと「する方ばっか」を思うかも知れないが、意図的に味無しにするにも概念と基礎実践位は必要なんす。
寧ろこれ等を放棄した状態の方が、他人耳には「癖がある」等と聴こえてるんだから怖いでっせ。

<つづく>

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