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2022年9月 5日 (月)

音楽備忘録1116 不当低評価の是正❿

ここから本邦マイナーの紹介も兼ねて広大に雑多に例示してくが、俺は正規の評論家とは程遠いから一応独断・偏見・その他諸々でとしておこう。
故に読者諸君には全く圏外のも顔を出すだろうが、好きだからブスが美人!?みたいなのは流石に掲載しないからそこは参考にして欲しい。

概述個人的に現在迄ではRock全盛期を1970年代と思ってるが、恐らく好み等の混入はあるにしても聴いて来た中で最も印象が深いし色褪せなかったのが原因なんだ。
その要素として録音音質の影響もかなり甚大で、明らかに現代より劣るのが多くても自然の範疇に収まってるのが殆どだからなんだ。

ここでの自然とは食品だったらレトルトや冷食じゃないみたいなもんで、一部Effectを除き生でも再現可能ってのがポイントだ。
少々クドくなるがその生ってのは純然たるLine収録等を除外した感じで、聴き手が聴き用アイテムほぼ不要って意味だ。

↑の純然たる…を実現するには聴取空間の響きが勝手に付加されたりしたら駄目で、楽器→メディア→ヘッドホンなんてのが実行出来た際Ampを使ったりスピーカから流したのと最大の差別化が図れるでしょ。
聴く時ヘッドホンを使ったって収録時がMicなら、その逆にLineで拾っててもスピーカ再生だと空間残響が必ず盛られちゃうじゃん。

尤も俺基準は全部がって程では無く多数派がそんなならまあOKで、しかし例えばSyntheとかBassだけでも露骨にLineのだったら圏外になり易いけどね。
でそう云う俺言い「普通の音」である方が、長く聴き続けた際の疲労や変なストレスが小さいからなん。

又その方が各自の個性や表現の反映率が高い様で、それは各音源の成立構成の関係が原因だ。
生楽器ならPhil Collinsみたいな手法となる以前は、奏者自身は電気系部分を直接は弄れなかった。

故に電気加工度が生のより高くなると、↑みたいな例外系以外奏者の個性は大抵薄れる方へ働く。
一方電気楽器等本体とAmpで成立してるのだと、Ampの調整等が奏者毎に微妙に違う方が多い。

その部分を省けばやはり薄まり方向へ行き易いのは至極当然で、これ等を鑑みると音質や面白味には劣っても「普通の方法」で作られた音の方が訴求力が強いと感じられたんだ。
俺自身俺にとっての普通じゃ無いのだって決して駄目じゃあ無いんだが、アブノーマルの個性はそれが日常的になったら損なわれるからねえ。

んで散々聴き続けて来たら「普通で面白い」とか「普通でも飽きない」のの方が、後々迄劣化せずにそのまま印象に残ってたんすよ。
それと聴き手の評価し易さとして、’70年代一杯迄のは「打込みで誤魔化し」が不可だったのも大きいのかな。

その後’90年代以降の俺言い「デジタル誤魔化し」が可能になると、音の素材さえ提供出来ればアルバムが作れる様になった。
のに対し’70年代は例えお飾りアイドルの宴会芸的歌唱だろうと、最低限の音程・リズム・合奏スキルが無ければ録れなかったからさぁ。

そんな状況だから伴奏の方ともなれば所謂職人が必要で、かと言ってRock系は当時まだ歴が浅かったから演れる人が少なく比較的「特定の集団」が担ったのが多かった。
特に少数派でも本業の自前グループなら未だしも、ポピュラー系やPops系でRockっぽいのなんてな境界線上のでそのニーズは甚大だったんよ。

↑の視点を変えると紛い物の入り込む余地がほぼ無かったとも看做せ、俺がその時期のの平均クウォリティが高いと感じる一因なんだろうね。
本業系の人達にしても今みたいにEffectorだけでそれらしい音色なんて作れなかったから、俺言い「素の音の逞しさ」の点でそれ以降のよりハズレが少なかった。

<つづく>

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