音楽備忘録1090 不当低評価の是正❷
続いてRingo Starrの具体内容へ踏み込んで行くが、歌・曲・演奏の順で記して行こう。
3つに分別しても共通なのは分かり易さで、しかも本人の体裁等よりメロ・リズム・歌詞の内容が例外無く最優先とされてるのはかなり特筆ものだ。
歌に関し大多数の人がすぐ分かるのは多分「癒し系」位だろうし、声域は広くも無く・特別音程感やリズムが良くも無く並の凡庸な歌手っぽくしか聴こえないだろう。
だがそれは表面的歌唱技術だけを抜粋して吟味した結果で、それで誤評価が起きないのはアカペラ等の限定なんだ。
歌だけ聴くと最高っぽくても、大抵の曲には伴奏も付いてるよねえ。
すると歌音量が僅かに小さくても途端に聴き取りが悪化するし、それを嫌って伴奏を小さ目にし過ぎると今度は逆の不利益が起きる。
コレ俺は随時吠えしてるが例えば5人で演ってるなら、特例時を除き「4つしか聴こえない」になったら失格なんすよ。
編曲家観点からしたらそれって実に簡単な話しで、だったら「聴こえなくて構わなかった箇所」は休符にしとかにゃアカン。
どうせ影になって見えないら平気さなんてズボラをしてると、TVなら所謂放送事故の原因を用意しとく様なもんじゃん。
の裏を返せば何らかの意図があって5つ鳴らしてたなら、今度は技師観点からすりゃ全部が聴こえる様にしなかったら職務怠慢なんす。
但しパフォーマー側に補填不可能な瑕疵があれば別で、だからこそ「アンサンブル内の歌手」って認識が本来はかなり必要なんだ。
処が主役向きな歌手に限って個人主義が強いってのかハイパーナルシス君ってのか、常に「歌に伴奏が合せるもの」なんて意識が過剰でね。
なぁんて皮肉るのはそれで楽曲的に大丈夫かが欠けてるからで、伴奏→脇役→奴隷みたいなロジックが短絡思考過ぎるんですわ。
もしホントにそんなに伴奏の貢献度が低いなら、少なくとも歌が始まったら全休符・終った途端に演奏し出しゃ良いんじゃねって。
実際に何かのイベントとかでアナウンス開始前に注意を惹くのに先にBGM鳴らしといて、喋り出したらFade Out・喋り終わったらFade Inなんてのあるずら。
要するに少なくとも「グループミュージックの歌手」だったら、唯の一歌手とは伴奏との共存の部分が段違いに上手じゃないと存在意義が無くなるっしょ。
そんな風に「曲の中の歌手」として聴くと、実はかなり究極に近いレベルに彼が居るのが分かると思うんだが。
プチ余談になるが日本でこの手ので不可解なのが、F1レーサーとかだったら単純な速さよりレース成績をやたら重視する風潮でさ。
道具依存度の高いのの勝利にはお金や政治の影響も強いんで、レーサー自体の評価をするには速さや技術にもっと比重を置かなきゃなんだけどな。
それが音楽とか表面的にスポーツよりエンタメ寄りのになると、容姿や主役のパーソナリティとかがってあべこべもエエ加減にしとくれっての。
音楽って音にバラしちゃったら大した威力は無くなるもんで、全体俯瞰を差し置いて何処を評価しても意味が無いねん。
そしてこの部分が恐らく後のBeatlesメンバー内で、最も早期に歌唱力が評価されてた原因でもありそうだ。
その昔はPAは無くボロいVocal Ampしか無かったから、全部聴こえる様に歌えてるかが他のどんな要素より基本でそこで抜きん出てたと。
是又特に劣化今本邦ではほぼ失念されてるが、他の3人が今みたいな評価が得られたのはBeatlesが売れた後でなんだよなぁ。
っと上記も含めBeatlesも含め、その後のスタンダードやポピュラー系の開祖だったって事なんすわ。
基本過ぎて凄さも何も全て普通と感じられてしまうのは仕方無いが、聴くだけなら兎も角演る側に回ろうとしてて何時迄も気付けない様では灯台下暗しの典型でみっともないとワイは思うで。
<つづく>
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