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2022年6月

2022年6月30日 (木)

音楽備忘録1050 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題⑥

今回冒頭は補遺っぽいし続きでしかないが、今日のテーマと密接な関係にあるから臆せず綴ろう。
それは杜撰大王流従兄の敗因分析だが、これには俺自身が体験してるから変な自信があってねえ。

基本的には従兄の示唆は中々良いんだけど、時々サッパリ分からないのもあるんだ。
けど過去例から考えて従兄のドラム教師のスキルに疑念の余地は一切無く、きっとパートタイム生徒のこっちがよっぽど無茶苦茶な奴なんだからだろうって。

自ら大手を振って杜撰大王と自称するのも不幸中の幸いで、どんなに鈍感でも自覚せざるを得ない様な特異性があるらしいからでさ。
気付き初めの頃は別の親友の指摘通り絵に描いたように卑屈になった時期もあったが、従兄でも苦労する様なイカレポンチには案外俺のいい加減な一言が効果があったりもしてね。

つまり従兄は立場的にもその方が一般論では正解だろうが、俺より常識的に行ってたんだと思う。
レッスン100回に1回しか来ないイカレポンチに合せてたら、後の99回で生徒が困窮しちまうもんな。

それが人と違う事をしようとすれば真逆が要るが、メンバーが付いて来れない程になっちゃとかって心理が暗に働いてるのかも知れない。
但し常識が分かる方がアイデアの採用率では多分効率的で、俺みたいに人がどう感じるかに疎いと下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる式しか選択出来ない。

だから常時出任せが出せなかった時分にはかなり淋しい想いも味わったが、それなりに学んだつもりでもこの面での「KY寄り」は体質だから大して改善出来んかった。
ので仕方無くどんなに雑で出鱈目でも良いから「他の何かを」と意識してる内に、取敢えず水質はロクなもんじゃないが枯れない井戸みたいな風に何時の間にかなってたん。

ってのが適性を超越と迄は行かなくても補填する方法の一例だが、こんな恐い物知らず的でも少なくとも現時点ではアッサリ放棄してるのだって幾らかはあるんよ。
金の凄く要るのは無理だから良いも悪いも無いが、どうも管楽器の自演は駄目っぽい。

作る・演る・録る・検証するみたいな部分ではマルチで大丈夫だし、楽器だってかなりどれだって何とか手懐けられたんだけどねえ。
それでも例えばイチローや大谷翔平みたいにマルチの上に神レベルなんてのが目に入ると、憧れつつも心中穏やかじゃ無かったわ。

けど何かの記事でイチローが極度の方向音痴と知って、変に元気が出て来ちゃっいまし。
先ずは神並でも人だったんだの安堵が来たが、そこから疑問も湧いてのぉ。

長嶋茂雄は試合に遅刻とか球場に一茂置き忘れたとかあったけど、イチローの遅刻って訊き覚えがあらへんねん。
恐らく何等かの対策を講じて回避してるんじゃないかと、具体的にどんなかは知らないけども。

↑のレジェンドはレベル的には大差無いと俺は思ってるが、自覚の有無って違いは時代背景とかもあって真逆に近かったんじゃないのかな。
そりゃ己を知れたってそれだけで何も即座には解決しないが、自分だけで何処迄どうにかやれる様になるかには随分影響するんじゃないかな。

強大なプロデューサだけの力で辛うじてデビューなんてのは情けないけど、かと言って全部自力だからこの程度でも凄いんだってのも俺は感心しないよ。
尤も今劣化本邦でアマチュアミュージシャンにプロデューサのイメージが悪いのって、素人を食い物にする紛い物が多過ぎたり無規制だったりしたせいだとは思う。

<つづく>

2022年6月29日 (水)

音楽備忘録1049 定番と奇抜➌

俺は性格と共に目指す方向性もあって学術的・論理的観点からだと、大手主流系の基準では赤点になる事も多分少なくないだろう。
なので形を重視する日本の価値観からしたら、正しく杜撰大王に違いない。

だが幼少時から色んなジャンルを耳にした中から洋楽Rockに特別な気持ちを抱いたのは、「実際に聴いた感じ」を他のよりとても大切にしてる様に聴こえたからでね。
脳内段階では体裁を整え理論に忠実な方が想定通りの音になる筈だが、僅かなアンサンブルバランスの差や音色の差で事前想定の困難な現象が現実では色々起るんよ。

歪み迄は滅多に行かないが混変調的要因等で、いとも簡単に印象は大きく変わったりするんだよ。
久々で脱線になるが以前Fluteの発表会で20名弱が一斉に合奏した際、音量自体はLive houseとかより全然小さいのに(勿論PAレス)「耳の中で歪んで」一寸辛かったけか。

その会の主催者はメジャー系の仕事もバンバンやってるプロだったから、合奏したお弟子さんや生徒さんだってかなり上手な集団だったのにですよ。
なので最初はとうとう俺の耳もヤキが回っちまったかと不安が過ぎったが、演奏した知人の1人に尋ねてみたら「うん、皆歪むの知ってるしそんな風に聴こえてるよ」で胸を撫で下ろした次第。

それ迄の比較的豊富な体験ではド下手の汚エレキGuitarが2本で熾烈な争いを繰り広げててすらそんなになった試しが無かったから、いい齢して変に勉強になっちゃったよ。
これを引合いにしたくてした回り道から戻るが、そんな位だから無限に近い体験値でも無いと事前完全防止なんて不可能なんす。

何がって聴者に意図せず負担が掛ったり、心地良さに邪魔が入ったりするのをさ。
そしてこれになるべく拘りたいとなると効率はかなり悪化しちまうが、体当たりで可能な限りリアルで試す位しか確実な発見手段が無いんでごんす。

けれど割は悪くても儲けがゼロかったらそうでは無く、偶然頼みにゃ他ならないが理論を凌駕する現象に遭遇する事もあるんだ。
↑で特にご利益のあるのが俺言い「引きの美学」的なヤツで、例えば普通に想像すると3パートは無いと足りないと思ったのが実際は1個半でもお腹一杯になるとかそんな類いの。

音要素に対する聴感の効率としてはこっちこそが大正解で、Rockやポピュラー系ではココが生死を分けるポイントなんじゃい。
大昔の俺みたいなアホガキでもすぐ理解出来て常人同様かそれ以上に楽しめてとか、上の空気味で耳にしてただけなのに強く記憶に残って忘れられなくなるだとかさ。

音楽に於ける奇抜・独特ってのは本来こう云うので、突如変な音を挟んで目立ったりしても悪目立ちだったり楽曲自体にはロクに貢献してくんないんだけどな。
一方音楽での定番の意義は親和性由来の安心感で、こっちもホントは必要性に迫られてかなり苦労してでもそうする行為でね。

「自分から動く意思の足りない」クリエータに不向きな人だと「楽ちんな物真似」で済むだろうが、個性的で創作意欲に満ちてる人だと無意識で居ると大抵何処かが「普通と違って」しまうもんだからねえ。
なので日本では認知度の低いメロやコード進行は国内専用(これを大抵は隠蔽)でバレ難いから丸パクリ、編曲や演奏は面倒だから定番の組合せを変えるだけ。

歌詞は人気ゲームやアニメからこちらは賢く失敬して来て、で当然そんなんしてりゃそれだけじゃ物足りないから俺言い「毒音」を随時で突然噛ましといてやれば何とかなる…訳ゃ無いだろオイッてね。
ここでの毒音ってのは奏法・音色・音量等が唯々ミスマッチなだけで、その手の手法は生の演劇の舞台で位しか思った通りには使えねんだけどよー。(次回ご説明させて頂きま)

<つづく>

2022年6月28日 (火)

音楽備忘録1048 音質の硬い柔らかいの真実➎

今日は嫌味を言わせたら世界一!?かも知れない俺様が、音の硬さで危険な楽器を紹介してまうでぇ。
何だって?遂に老害かって?いえいえご心配無く、口が良くないのは単なる生れつきですから。😢

悪ふざけはたいがいに一部には使う側の工夫で足りないのもあるが、全体としては用途だとか趣味と不一致だと暴徒化する様なのがあってもある程度迄なら仕方無いさ。
只初心者や特定嗜好の弱い人向けでそんなのが売られてるのは、俺としてはずっと疑念が晴れないままでな。

最悪時は楽しもうとしてて体を壊す危険が放置されてるも同然で、我が国だと某Y社については教育関係のも多いからどっちらけだ。
決して悪意があるとは思ってないが一寸理想論に束縛され過ぎなのか、素人の子供でも絶対的に言う事を訊かせられる自信があるのか分からんが。

こっから杜撰流大雑把過ぎる仮定論ではあるが、何時何処で誰だろうと楽器に対して節操無い乱暴なんて許される余地は無いよ。
でも生れて初めてだったら楽器って概念が無くて唯の物だし、実際に1つでも壊しそうにならないとどの程度迄ならセーフなのかだって分からなくても仕方無いよねえ。

っとアタシャ少なくとも今は教育方面とは縁が無いから次へとして、硬さリスキー楽器群が問題なのは硬さ面での使用上のルールなんて無いからなのよ。
ハッキリ表出してるのだけを見れば道具も使うスポーツとか、刃物類なんかよりは確かにリスクは頻度も含め低い。

でも私的には限界把握の点では硬過ぎ楽器は分かり難さじゃチャンピオン級で、音量が控え目ならとか短時間だとその危うさすらも感じ取り難い。
そこで私的にⅡで気付かされたのが製造時期でかなり偶然性も高そうではあるが、1960年代以前に作られた物にはそんなのが見当たらない処。

それって真空管増幅に依る音を望まなかろうと世間の誰もが聴かされてた時代で、私的にⅢでと一応留めとくが天然より硬い音ってのが聴けない世の中だったんだ。
エレキのFuzzは刺激度満点だしトランジスタ(石の半導体)で出来てるが、楽器Amp~再生装置に至る全てで球レスってのはほぼ困難だった。

或はプチ遠回りで具体的な時期はもう忘れちゃったけど、FM東京(今はTOKYO FM)の送信機が信じられない位後年迄真空管式だったってご存知でしたか奥さん。
って事ぁ送信機更新迄はFM東京で聴いたのは少し邪道も、漏れ無く全てが管球サウンドだったんですよ。

厳密に考察すると大昔球はあっても石は誕生前夜だったんだから、あまり安易に「石の音は人工的」と烙印を押すべきじゃないだろうけどね。
細部ディテールなんかだと近年のは盛り過ぎなのも少なくないが、明らかに球の方が劣ってると俺でも思う。

けど「硬さ」≒不自然な不快さに絞ると議論の余地は無く、だからつまり1970年代以降は「石の硬さに飼い慣らされた」挙句の失態なのではと考えてん。
それと何時の世も本来は不正な方向でも、変な競争が流行ってそれに乗らないのは蚊帳の外扱いされたりするのがあるじゃん。

更に柔らかいのは既にあるから新規に作るなら今迄に無かったのをって考え自体は自然で、けど万一行き過ぎててもそれがハッキリ分かるのはずっと後になってからだしねぇ。
↑みたいな変容を遂げるのって良くある事例だけど、自然界の一部でしかない人間の癖に原点を軽視し過ぎたとしか思えないんだ。

その証拠一例としてエレキの骨董トランジスタAmpのその後が、一部のレア物ヲタ氏以外に見向きもされず消息不明なのが多いぞ。
経年的に絶滅するには早過ぎるからきっと何処かに眠ってるのがある筈なんだが、しまったのもまだ持ってたのも記憶から消えてる人が多いからなんじゃないかなぁ。

<つづく>

2022年6月27日 (月)

音楽備忘録1047 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし④

この項は珍しく今回で一旦店仕舞いさせるが、充分なストロークにばかり拘ってたら速度を上げるのには向いて無いがの件を。
だからこそホントに自然体で上手に演れてる人の程「とっても小袈裟」に見えたりするんだが、根っこは速度に執着してるのが俺には裏目になってたらしいん。

足・脚の動作完成前に速度に気を取られると、要するに毎度の古っだが「慌てる乞食は貰いが少ない」になるんだねえ。
是又俺にはスピキンのご利益だってあったけどそれはキッカケがメインで、踏みの軽さのお陰で以前には無かった継続させる欲が湧いたのが
少しは効いたか。

それで少し挑戦し出してみると幾ら最大が強くても、より問題になるのは最弱っちまった箇所の弱さでしたん。
なまじまあまあパワフルに行けてると一寸の弱さが際立つもんで、先ずはそれを如何にして駆逐してくかが課題になったんだ。

速度と爆音に深入りしてく程継続力がものを言うのを痛感しちゃって、それは実際の楽曲中で好きな時に好きなだけ入れるのに必須でさ。
杜撰式の奇怪な視点かも知れんが高速化すると1回の時間ってどんどん短くなってって、幾ら凄くてもホントに一瞬だけで終っちゃうじゃん。

ゆっくりだったり1回りがそこそこ長いフレーズだったら良いんだが、幾ら手とのコンビネーションを交えてもバスドラって手みたいに音色のバリエーションは持たせらんないっしょ。
何しろ手と違ってぶつ場所は、一旦セットしたら途中ではほぼ変えられないんだから。

この面でフレーズ以外に際立ったインパクトを与えられんとなると、戦艦大和の主砲より機関銃的戦法を取らざるを得んのですよ。
実は杜撰と脚には絶大な自信の揺るがない拙者にもその筋ので苦手なのがあって、Philip Baileyは’84年のアルバムChinese Wallの8曲目Time Is a Womanの終りの方であのPhil Collinsが踏んでたヤツだ。

それが「(ドド)タドッドド タドッドド タドッドドタンド」でなってたので、技術的には超速ダブル裏拍入りの3連ちゃんって俺麻雀は全くわっかりっましぇーん○×△□。
じゃ無くってタドッドド1つだったら本家より全然速くても平気なんだけど、続くと2つ目の途中から怪しくなって3つ目には破綻してたっつう。

稚説明じゃする意義が怪しいが一応:冒頭の()は前の小節だが演奏技術上は連続してるので付記、タ=Snare,ド=バスドラ…のつもり。
今はもう1つから6つ位迄は連続しようとどうしようと随分自由になれてるのに、ちっさい「ッ」の給付が…なら入った方が良いが…休符が入るとどうも調子が狂うみたいでねえ。

もしかしたら従兄の苦悩を俺版にしたらそんな感じなのかなって思ってんだが、盲点っつうかピッチャーの球種次第で投球時に出ちゃう癖みたいなのか分からんが。
しかし非利き腕が表拍だと練度か足りる迄は少々違和感を覚えるとか、もっと典型的なのだとギターのカッティングで拍の表裏がダウン・アップになるのを逆にしようとしたら相当大変だってのはあるよね。

最近漸く克服の兆しが射し始めてるがここ迄の自己分析をしてみると、ダブルは並速のでも完全な連続か独立してるのが殆どになってた様でね。
その中間領域(少しだけ間が空いてる)のは幾らもやって無くて、それが「予備動作寸前」の状況不備に繋がってたみたいなんだ。

体質から来る癖としては個人のスタイルとも看做せなく無いが、もっとバリエーションを増やしたいとか先へ進みたいとなると取敢えず不慣れなアプロ―チも試しといた方が良いかなって。
そうした処で適性が無ければ頭打ちになろうし、出来る様になったからって日常的に活用する様になるかは分かんないけどさ。

只例えば「あのお方なら流石にこの程度のだったら朝飯前だろう」で依頼を受けたりした際、無自覚なままで居ると迷惑を掛けたり評判を不要に落す懸念はあるよね。
とかく音楽界ではメニューはシェフお任せみたいなのが多いが、出来るのと出来ないのが最初から分かる方が頼む方も頼まれる方も良いと思うんだ。(何でも出来ちゃうのがベストではありんすが…💦)

<おしまい>

2022年6月26日 (日)

音楽備忘録1046 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題➄

今回のでは又一段と前振りが重たくなっちまったが、ポピュ系でのプロデューサ・ディレクタの重要性を知って貰おうと思って。
どんなジャンルでだって有能な↑だったら居た方が有利だが、私的にはマイナスにならない限りポピュ系では居て貰った方がと考えている。

最も端的に云や1人でも多くにウケたいなら、作る時点で可否判定をする人だって多い方が良いでせう。
って余りにもバカっぽいけどコア系と違って、「価値観が特定範囲内のチーム」では見落とし聴き洩らしが避けられないだろうからね。

それに何たって配慮しとくべきなのは、一応俺言い「演り専と聴き専」の問題なのだす。
中には前回述の仙人達!?みたいに上手く両立出来てるのも居るが、沢山自演すればその分他人のを聴ける時間は必ず減るですからね。

とは言いつつプロですら最下層の俺みたいなのだと別途お雇いがほぼ不可だし、無名で低予算だとマトモな人にありつける可能性が限りなく低い。
に加え昨今の芸能界闇案件から世間的イメージは最悪で、人の作ったのにケチ付けるとか勝手に改竄するだけの人と思われがち。

けどポピュ系ではより多様な価値基準での可否判定に、コア系ではオリジナリティの確認には居て貰った方が明らかに有利なんだ。
コア系では専門には造詣深目な人が多く、それからしたら「これはまだ誰も演って無い」なんてのは分かる筈だ。

が特にテク寄りのだと関連性の弱いジャンルで既に演られてた際、当人達はキャッチし辛いっしょ。
それがヲタの中にはジャンル不問で演奏技術だけを追及してるなんてのも居るんで、そんな連中から知らん間にディスられたのが一般へも浸透した頃にはもう打つ手が無くなってるとな。

この件出版界なら校正・製造業なら完成検査とか、他分野では意識的に別人に委ねる方が普通なんだけどな。
と分かってたってそんな環境に縁遠い中からの体験を披露しとくと、独立プロデュ・ディレ不在だからって全くオリジナル開発が出来ないって訳じゃない。

けれど不確かなのの確認に割ける時間も限られたりするから、アイデアの内実施出来るのはかなり減ってるよ。
安全策で敢えて「既にどっかにある」つもりで採用するとか、一歩間違えりゃ卑屈臭を撒き散らすリスクと闘いながらね。

これが又結果的には並レベルになってるが、従兄みたいにバカ正直な人には余計難しいらしくてさ。
最初はかなり独特だったのが危険性排除が綿密過ぎたか、可も無く不可も無くとか毒にも薬にもならないなんてのが多くなってって。

しかも悲劇的なのが↑のストレスに耐えた弊害か、他人に指摘されるのをより嫌う傾向が芽生えちゃって。
音楽の作る人と確認する人を野球に置換すりゃ、作る人はバッター・確認者はキャッチャーみたいなもんじゃないかと思ってんだ。

得点の可能性を増すには失敗を恐れちゃ駄目で、けど失点を最小に抑えるには失敗こそがご法度と正反対。
単に激務だから捕手で打てる人が少ないってより、真相は培ってきた習性の切替えが簡単じゃないからなんじゃないかなぁ。

更にそんな環境下では作者・奏者が兼任も多く、作る方で高まったある種の保身傾向が演奏に迄及んでって…。
って誰でもなるもんじゃないだろうが現に従兄は、長年苦労して培養して来た「教えるスキル」から余計な影響を多大に受けてまだ苦しんでる様に俺にの目には映ってる。

って事って珍しく本日のマトメをしとくとポピュラリティとオリジナリティって一見表裏な様でいて、挑戦する上での根っこは同じだと思うんだ。
して次回は兼務の向き不向きに言及するつもりだが、どっちだったとしても落胆なんてしなくて良いとだけ吠えとこう。

<つづく>

2022年6月25日 (土)

音楽備忘録1045 定番と奇抜➋

どうせ12音階に始まって流行やら何やらに縛られるんだから、ジャンジャンパクったってどうって事ないっしょって!?。
本音だと俺はそんなの全否定だけど敢えてそこを不問としても、そんなに卑屈になる位なら今や作曲なんてAIにやらせちゃっても良んじゃねっと思うのよね。

近頃の日本の歌詞の文学的芸術度の高さには感服致しますが、前回のネタの件同様言葉に頼り過ぎですよそんなじゃ。
っつうか自分が国語とか文系が不得意だから良く分かっちゃうんだが、そんな風にされたら文学力の足りない俺の行き場が無くなるのどないしてくれはるん…。

なーんてーと老害の保身にしか聞こえなくなりそうだが、文学力のある人だけが面白いのに気付けたり浮かんだりする訳じゃないよね。
これを杜撰大王流に正しく表現させて頂くなら、折角文学力があるのに僅かな不足を汚音で補って誤魔化すのは勘弁しくとれやすとなる。

毎度乍ら他人の趣味にケチ付ける気は無いが、「音だけの価値」を損ねる様な部分があるならそりゃ立派な侵害にあたるからねえ。
何より劣化本邦の主流系に晴れない疑念は、言語主軸にしては伴奏が出しゃばり過ぎてるし無駄に長いIntroやOutroがやたらと付けられてる処。

いきなり歌から始まるとか演奏オンリー部が最低限になってるのの方が多かったらディスらんが、普通に作ろうとして物足りないのを後付けの奇抜センテンスでって舞台裏がダダ漏れも同然じゃあさ。
ってこっちが勝手に断定するのは失礼だろうが、未完成で提出して減点されるのは子供の夏休みの宿題だってそうなんだからね。

とは言え愚痴ってるだけじゃしょうがないから何故なったと掘ってくと、作詞者とプロデューサ・ディレクタの文学スキルに大差があるからなのかも知れない。
毎度の手前味噌だが30~35歳頃に居たBandが丁度そんな組合せになってて、東大出の作詞者と理系編曲者(俺)且つ俺以外は平均プラスαの国語力の持ち主で。

準屁理屈だろうが当時の関係者の中で俺だけ飛び抜けて低レベルだったから、一寸怪しくなれば誰かから助太刀があって事故には至らずに済んでたんだ。
それでも歌詞の読解に掛る時間に随分差があって、是又たまたま楽器や録音に関しては携われるのが俺だけでそれなりに時間が掛かっちゃってたから間に合ってたってな調子よ。(威張ってどうする…)

それが効率一辺倒の大手系では製作者に与えられる時間がもっと限られる上、体力的操作負担は減ったが格段に複雑化した機器操作に翻弄されてりゃ誤字脱字すら見逃しちまう位にもなり兼ねない。
↑の効率って真の意味では余裕の増加も含まれてて、無駄骨減った分を本業のミス駆逐へ回せるってのもあるんだけどさ。

雇う側がパープリンだと目先のお金でしか裁量出来んもんだから、とってもリンクの悪い分業にしちまってたりな。
プロ・ディレに歌詞読ませて中々分からんなら待ってらんないから、ほんじゃお前ら音だけさっさと仕上げろよ…なんてなってるかどうかはアタシャ全然存じませぬが。

でも命じてようとそうで無かろうと、そっちへしか行けないとか行き易い環境にしちゃってるのは確かだしょ。
んでそんなある種の内部分裂があると、夫々は自担当のだけで面白味が足りる様にとかってなり易い。

情けない話しだが双方相手の取れ高が良く分からんから、大事な一言の処でだけ刺激的な爆音を付けちゃったとか。
以上に勿体無いのが相乗効果の逸失で、俺が近年劣化J-POP系の人達にグループの魅力が殆ど感じられないのはこれもなんだ。

尤もそれでそこそこ距離を取ってるから辛うじて日常の平静が保ててる!?が、どうやら極最近はもっと状況が悪化してるらしい。
従前のはシレッとモロパクリみたいな犯罪のを除けば、間の悪さやミスマッチ程度で収まってたんだけどね。

<つづく>

2022年6月24日 (金)

音楽備忘録1044 音質の硬い柔らかいの真実➍

この辺で1回確認を入れとくがこのテーマを論じるに際しては、個人の好みはこう見えて完全に封印しとります。
もし簡単に異論が過ぎる様なら、大変失礼乍らそれは未体験で知らないからに違いないッス。

いきなりで気分を害されたら申し訳ないすが、殊日本に限ればそうなってしまった原因は殆どの貴方自身にはありませんからそこはご安心を。
何しろ本人の本物の音を聴きたくても、そんな場が今は99%用意されてねんだから。

只真実を知らないままでは作るのにはとても困るんで、自らの創意工夫で何とかして手繰り寄せなきゃなんないんだ。
って事って今日は生楽器で生音が爆音なのを中心にお送りしますが、喧しいヤツはやはり前回エレキの同様「距離」が焦点になるずら。

PianoでもGrandで奥行きが180cmを超えると、昭和の昼間の応接間でも窓を開けるとお隣から叱られる程度にはなる。
管楽器も教育用のリコーダ位でギリギリで、打楽器ではほんの極一部以外は爆音出るだす。

これ等で要注意なのは普段から奏者と聴者では聴こえてる音が「違ってる」点で、奏者へのそれは本来の理想とは異なった音色や硬さになってる処。
唯でさえ憧れのお方の音を奏でてる本人と同じ位置でなんか聴けないのに、録音やPAでも変わっちまってんだから。

んでそんな俺言い爆音系楽器の多くは当り前だが奏者耳破壊が目的じゃなく、その殆どは遠く迄聴こえる様にした結果なだけなのだ。
しかも楽器らしい音となるには離れたからってボケたりしちゃ駄目で、種類にも依るが設計提供エリアは数m以上のが多いと思うん。

特にプロの常用を狙った高級なのなら尚更で、例外があるとしたら録音専用等と銘打ってるの位じゃないかな。
にも拘らず「本来の聴取位置で狙った音色になる様修練を積みましょう」とか滅多にお目に掛れず、教える側(プロ)にしてみりゃ当然過ぎる最低条件だから却って盲点になってんのかな?。

何れにしても殊「硬さ」に関しては距離の影響は大きく、しかしBeatles後期以降のポピュラー系はOn Mic収録が主流になったから関係無い…と思うのは早計ってもんだ。
Ringoがやりだしたのにはステレオ効果の更なる活用意図も含まれてたが、主目的は当時の普通で録ると当時の普通で聴いた時に想定より「音が遠く」なってたりしたからなんだ。

その後の録音がデジタル化する迄のだって一部には盛り過ぎたのもあったが、やはり「録ると変わっちゃう」のを補おうとしてでね。
だから奏者に聴こえてたのが録れてた訳じゃなく、では奏者耳には記録されてるのよりもっと硬かったかったら否だ。

特に打楽器系ではアタック音がとても短く、かつてののろまな録音機材じゃそんな瞬間的なのは全然反応が追付かない。
ので「録れない」のにわざわざ苦痛に耐える理由は無いし、録れる範囲の音の何かで工夫するしか無かったん。

最近では著しい音響機器の性能向上とインナータイプでの聴取が増えたから昔とはかなり違って来てるが、それで聴こえる様になったっても瞬時の硬い音は鳴ったかどうかが分かる程度なのは一緒のまま。
んで上記をご理解頂けてれば俺言い「不要パルス攻撃」には遭い難くなるが、1970年代以降の楽器には一部にこの面で「裸の王様設計」されちゃった残念なのも散見される。

これについては次回に詳述するが、楽器自体が人耳に攻撃的過ぎたら別の手段を講じなくてはならない。
この手で厄介なのは俺からしたら選択ミスとは言え大抵は明快さを求めてだから、パルスを隠蔽しようとミュートしたり高域を削ると所期の要素が反故になっちまう処。

最悪耳を犠牲にしてでも苦痛を耐え抜くか望みとは正反対の寝ボケた音色を甘受するか、最も嫌なの2つから選べって訳だからかなり苦しいぞ。
何せ今は昔と打って変わって音はマイルドにするのがとっても大変になってっから、この面からも希望よりゃ柔らかいのを選んどいた方が無難だと思うんだけどな。

<つづく>

2022年6月23日 (木)

音楽備忘録1043 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし③

さて如何に無礼講不問に近い間柄のドラム講師の従兄と言えど、最初から生贄目的だけで終らせるつもりは無いんでその後の成長もちゃんと綴っときませう。
杜撰大王は雑で粗野だけど行為や錯誤には激怒しても、人自体を延々ネチネチ恨んだりするのは大嫌いなんすこれホント。

ってかどっちかったら自分がやらかし易い口なんで、仏の顔も三度が一度になっちゃったら困るだけって説も…。
さてさて要約すれば従兄の低迷は体調不良と「自分じゃなくて生徒にさせる」に特化し過ぎたせいだったみたいだが、結果的に何時の間にか実践不向きになってたそうだ。(それで今録り待ちさせられてる~ぅ)

だからこの件についてでも脚だけとか・前後にこれをやり難いシチュエーションの無い状態が多かって、学びたい人に分かり易い試技には最適でも実用に難だらけになっとったん。
低迷期の従兄がトゥ→ヒールで難があったのは、兎に角トゥ時の爪先の上りが不足気味且つ不安定だった処。

それでもプチ失礼乍らもっと昔みたいに単打でも非力だったら良かったんだが、そっちだけ先にパワーが出せる様になってたのがこの件では多分不味かった。
従兄は膝・腿・腰より俺言い足首優勢タイプだったんで、ベタ足とか他の方法でも可能な単打でも足首依存度が低くなかったらしいん。

しかも生来の左利きを親に矯正された(昭和頃迄日本じゃそれが常識だった!)せいで神経に無理が掛ったか、一般比(この場合は生来が右利きの人)だと一切合切が逆転してる傾向が未だ少なくないんだ。
なのでダブルもヒール→トゥの方が得意で、俺にしてみりゃ良くそれで2発目を大き目に出来るもんだと驚愕ものだったん。

尤も暫く経ってから分析したら「彼の出せる最大」を出して無かったから、そんなバランスも可能だったんだけどね

わ兎も角技も凄いがその使い方が更に上手なもんだから、最適じゃなくてもどうにか切り抜けられちゃってたんだろうな。

で大過去述だが脚だけ膝だけでも可能なのを殆どので足首主導で行く癖が付いちゃってたんで、バネ最弱スピキンみたいのになるとペダルの予備動作がかなり不足になっちゃってたんだ。
俺はゴリ脚が健在なのでずっと先にならないときっと体感不可能だろうが、筋肉のどれかへの最大負荷を抑制するには複合動作の方が明らかに良い。

具体的には爪先支点で足首に依る蹴りを脚上げの初動に利用してて、脚力に恵まれて無かったらそうでもしないとたちまち草臥れそうだからねえ。
従兄は必須な程弱脚では無いんだが、長く安定した演奏をするにはエコな方がそりゃ絶対良いからね。(達人限定)

けど「最初がトゥ」 じゃんけん…じゃ無くっ
て…に限っては、脚よりビータの返り(ペダルの予備動作)→フットボードの所要上昇を最優先にしなきゃ無理だべ。
原始的ベタ足(アシモ君のとかじゃ無く大昔の玩具のゼンマイロボットみたいな単動作)主体の俺ですらバネ力と音量のせめぎ合いで腐心させられたりしてたんだから、幾ら超絶達人従兄でも2つも不利があっちゃそりゃしゃーないって。

これで最近痛感したのは実際の動きの本人への見え難さで、ビータがバチ位の長さがあったらもう少しは視確認出来るんだろうけどねえ。
いやさバチだってBuddy Richみたいな超速になると、大昔の漫画表現みたいに1コマに1本が10本近くに増えたかの様になっちゃったりするけどさ。

なのでそりゃ音量も音色もどうでも良かないが、先ずはフルスイングを心掛けるのが大切なんじゃないかな。
最大ではどれ位足・脚のストロークが必要なのか、色々技に入るより先にしっかり体に覚えさせられてたらね。

そしたら文字通り「二の足を踏まされる」様なのは、かなり減らせると思うんだ。
それからすると習得にはフットボードの割に沢山ビータが動いてくれちゃう様なのは不向きで、欧米人よりゴツイペダルを好む人が多いってのも実にナンセンスでんな。

っと嫌味の1つも漏らしたくなる位、結構その筋のあちらの本家って案外今比じゃ華奢でちっこいの使てたんだ。
全くDrummerじゃ無かった頃は全然感じなかったのに、今はSpeedkingに狭っ苦しさを覚えてたりして。

<つづく>

2022年6月22日 (水)

音楽備忘録1042 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題④

字面だけだと前回迄のはどうも老害臭が強くていけねえが、唯長く虐げられて来た!?内に薄々気付かされちゃっただけで全く偉くも何とも無かったんで御座居。
それを何で上からっぽくなったかったらこんな杜撰君でも感知出来るのを、下手に同調圧力に屈したり迎合すると不感症になっちまうからなのよ。

必ずしも決まった形は無いけれどポピュラー系の人が常識人・コア系の人がヲタとは限らず、少なくとも本人の願望としては逆になってる方が多いんじゃないかな。
今劣化本邦迄来ると内容不問の強引な承認要求オンリーになってるのも散見するが、大元の構造は「隣の芝生は青く見える」だと思うんだよな。

それって「無い物ねだり」の一種かもだが、人間のバランス感覚としては寧ろ↑みたいな俺言い「逆追い」で正常だと思うんだ。
どんな小食家でも何十年も飲まず食わずは無理だし、どんな大食漢だって毎食大食い大会ってのは生きて行くには出来ない相談でしょ。

こんな人生を歩んで来た位だから俺の感覚なんて信用に足りんかもだが、周囲の人のポピュ系作品で長く印象に残ったのは作者が普段対外的にはヲタ系の人のに多かったな。
ポピュ系の人作のポピュ作品だって決して劣ってはいないんだけど、オリジナリティっつうか想い出させるキッカケみたいな部分が弱くてね。

一般の聴き易さに関しちゃポピュ系の方が専門なんだから勝るんだが、ヲタよりゃ他人の顔色伺いをし過ぎ易い。
それって基本的な方向性としては正しいんだが、どう頑張っても通用しない相手が一定数は出ちまうもんなのよ。

特に今劣化本邦って非共産主義では恐らく同調圧力最高点で、しかし案外建前だけで本音は仰天する様なのを秘めてる人も少なくないからねえ。
ので私的には今大手の顧客リサーチって最低で、本当は一々ケチ付けて来るのとか毛嫌いする様な連中をもっと分析しなきゃ駄目なんだ。

何等の価値観へ寄せたとしてそれがヲタ対象なら徹底出来るが、一般相手だと流行位はあっても決まった形ってのが存在しない。
つまりは「一般が許せるプチヲタ」を、制作側で先ずは編み出さなきゃ始まんないのよ。

BeatlesやStonesも当初は英白人なのに音は米黒っぽいを掴みにしてたし、Michael JacksonはSoloistとして最初のスタイルは↑の逆を採用してたっしょ。
彼等は自らのヲタ性を敢えて完封しないで、わざと少し漏洩させる事で他との差別化を図ってたんす。

その具体一例として今日はGeorge Harrisonのあるカバー曲を取上げるが、当時あちらでは大ヒットとなったGot My Mind Set On You(Cloud Nine)ね。
俺はかなり好きでも少なくとも当時は黒系ヲタじゃ無かったから気付かなかったが、親友のその方面の権威は完全に意表を突かれたと驚いてたんだ。

その権威ヲタ君自前の膨大なレコードライブラリ(杜撰の親友だから勿論中古中心!?)のお陰でそんな曲があったのは概知だったが、マイナーだったし全然パッとしなくて潜在的ヒットの可能性無しと判定してたんだって。
George先生は原版リリース時にリアルタイムだったにしても、先ずそんなのを知ってて覚えてて即座に演れたってのが尋常じゃない。

尚且つ曲自体は一切改竄せずに全米No.1に押し上げたって神業の極みだが、それ以上に原作者以外では恐らく地球上で唯一潜在ポテンシャルを見抜いてたって一体どんだけ―って。
この面に関して日本版にしたら山下達郎みたいなもんで、異常に詳しく且つ日常的に触れ続けてないと不可能な芸当やがな。

<つづく>

2022年6月21日 (火)

音楽備忘録1041 定番と奇抜➊

俺も従兄も奇をてらっての失敗が蓄積したから基礎の重要性に圧し掛かられてるのか分からんが、そんなアホオヤジの若い頃でもビックリなのが増加中の様なので考察したくなって来ましたよぉ
我が国には過去に「精神論」なる完全に論理成分0%の悲しいのがあったが、当時そんな真っ赤な嘘をブチ上げたのは責任転嫁と悪政の都合だった。

んだけど俺の父親は学徒動員からの軍隊上がりだったからか、戦争自体は完全否定も「良かった部分」(実際は本人の感覚だけ)への愛着が強かった。
こっちとしちゃ戦争を知らない子供達であるから何を今更の、勘弁してよの恥ずかしいだろの…。

けれど気の持ち様で結果に差が出るとかは確かにある事で、これを今ちゃんと再分析するとどうも心理学と混同してたんじゃないかって思うんだ。
飽く迄幼少時に勝手に抱いてたイメージに過ぎないが、根性だけの日本人・合理的で冷静な米人って。

それが座間キャンプでの仕事等も含めネイティブの人との接触を重ねてくと、表面は杓子定規だが内実はだらだらな日本人に対し米人は丁度真逆な感じでね。
そんな実態に慣れる迄は束縛感僅少にして妙に熱いのに面食らってて、真面目って部分についても表裏が日米では逆転してる感じで意外だった。

そこで体格差と共に劣等感に苛まれてては舶来崇拝でしか無くなるが、だからって見るべき部分に迄眼を瞑っちゃ何にもならない。
これとJ-POPを始めとする本邦劣化音楽界との関係性として、以下の様な構造が災いしてんじゃねっと思ったん。

エンタメ性としての奇抜は有効だがそれは言わば表の顔で、お客さん視点・聴点はそっち寄りな方が娯楽としては正しい。
だが作品とその内容は夢物語であっても、実在する音にするには自然や物理の法則に忠実に従わなくてはならない。

ので工房でも厨房でも何でも良いが、内部では表とは打って変わって地道でつまらない位であって寧ろ然るべしなんだ。
一時期TVやラジオ番組で所謂「内輪ウケネタ」が横行してひんしゅくを買ってた様に、自分達だけしか楽しめないになっては放送する価値が無くなる。

身近にあったおかしなのをネタにしちゃいけなかないし、ヲタ度から来る物珍しさとしては却って独特ではある。
但しその際重要だし決して失敗が許されないのが、非専門の一般大衆が同じ心持になれる工夫等だ。

昔のギョーカイさんならドンバ用語は即分かるが、Band(バンド)がドンバと逆になってるのを知ってて慣れて無きゃ意味不に終る。
いやそんなんわーってらぁなアナタ、灯台下暗しってこう云う場面に最適なんすわ。

もし制作チームに一般人不在だと、僅かな不備はスルーされる方が多いんや。
幾ら確認の為でもクソ忙しい最中に一々毎回全部指摘されてたら気分的に沸点越えちゃったりあるし、相手が業界人の自分にだからそうなだけでお客さんの前では翻訳した方で言うかも知れない。

そんなのからすると翻訳し損ねが少しはある方が普通って認識位持って無いと、アンダーコントロールを維持出来ないんじゃないの。
この面では例えば料理の刺身と音楽制作等には違いがあり、素材をフルに活かすにしても音楽では俺言い「ネタ依存」は不可能なのだす。

トロ(マグロ)なら旨きゃ他の店のと
似てたって全く構わないが、音楽はどんなにナチュラルでもレッキとした人工物ですからねえ。
例外があるとすれば自然界の音だけを編集した様なので、だがそれでは言語を直接的に表現するのが限りなく不可能に近い。

故に音楽での定番と奇抜は所詮比較上の定義みたいなもんで、片方だけに固執するのは不可能なんだ。
なのでマクロ(曲単位)では両者が一定以上のレベルで共存させられてないと、ミソもクソも無くなっちゃうんだよねえ。

<つづく>

2022年6月20日 (月)

音楽備忘録1040 音質の硬い柔らかいの真実➌

今回は達人達の録音とTour Liveでの機材差を副題とするが、かつての洋楽では本国での録音時の情報が僅少だったのとも関係が深い。
それでも日本でエレキBandが珍しかった内は全て持込んでたのが、世界的時代傾向も伴って途中から徐々に違いが増えてったのがある悲劇の源となっとるん。

人に依っちゃ信じ難いだろうけど日本ではその幻影を未だ引き摺ってると思しきがそこここに見受けられ、奏者が創造した音色が欧米比だと極端に少ないのとも関係アリと踏んでんだ。
楽器メーカ側で創造した音色だって開発時期の関係なんかで、日本発は一時期の電子楽器系統のが主体になってけどさ。

そんでもRolandのTR-808みたいな世界標準になったのだってあったのからすると、エレキでは俺言い「音色創作での勘違い」が大きな影を落としてるとしか思えねんだ。
この件で体験から印象深いのは「音色的歪ませ」をする前迄は日本もそんなに遜色無かったのに、特にAmpでの歪ませがやたらと下手なのがね。

歴異的経緯では歪ませ音色の流行や市民権獲得が遅れ、国産Ampも過大入力させても平気な仕様になるのが遅れたのもあっただろうけど。
でも最大の原因は何たって著しい実体験不足と考えてて、過激発言しちゃえば「モノホン知らねんじゃしゃーねー」となる。

さて今回は単純な音色の良し悪しじゃないのに相変わらずのを吠えてんのは、爆音を出せる場所だと特に昔ならかなり広くなるのが当然だったからでね。
中には例外もあろうがそんな環境なら、音の出口から耳迄の距離だって大抵は遠目になるもんじゃん。

それへ手前味噌のも一寸加えさせて頂いとくと屈強なAmpってその多くは本番仕様だから、遠くで聴かないと本来の音色になってないん。
すると例え過去ゴリ押しした整流管仕様のじゃなくったって、間の空気が多くなるからその分必然的にマイルド化されたのが耳に入っとるん。

ここでは随時頻吠えの硬めだと耐えられる限界音量が下がるのと相まって、爆音時特有の現象や性質はリアル体験しないと中々理解が難しいん。
なので老害扱いされ兼ねないが先ずは元はどうだったとか、現場ではああのながレコードやCDになるとそう聴こえるをご理解願いたいん。

そして今のサウンド傾向に興味の強い人に最も関係してるのが、真の明瞭と単に無駄に硬いのの分別能力で御座居。
邪魔が入んなきゃどっちもそれなりに前へ出て来てくれるが、硬さ依存だと言うなれば内弁慶サウンドになってるんすよ。

又最近じゃ滅多に無くなってるだろうが、かなり低性能な再生装置で掛けると硬さなんて殺されちゃうからね。
何時如何なる時でも目立つ為に生耳には少々ウルサイのを我慢したのが、まったく無効化して無駄になっちゃうんだ。

まっ功罪の続きは又後でとして、どんな音がどんな箇所で変質されてたか本題の方へ戻ろう。
電気楽器のは上略述の如くAmpの増幅素子の影響が先ずあるが、昨今ではPAレスのLiveはほぼ皆無だからその方面でのも無視出来ない。

それ以上にRockに絞ると元は海外にしか無かったし、国内のでもベテランになるとメンバーも機材も変更が多く各自の象徴だったそのものズバリの音色をそもそももう出してなかったりする。
のでやはり「その時」の
録音物がより重要になって来るが、流通メディアがアナログ中心時代のでCD化されたのだと次の様な懸念が付き纏う。

オールアナログでの劣化補填を見込んだMixing・Masteringのを、当時の担当者若しくは関係者でデジタル向きに修正してあるか。
それが不可能なのを聴く際に極力当時同等のメディア・再生装置で聴けてるか等で、そうしないと製作者の意図した通りのは聴けて無いんだ。

<つづく>

2022年6月19日 (日)

音楽備忘録1039 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし②

今日はトゥ→ヒールのやり始めで気になったのを綴ってくが、俺の場合はSlideに対する足首のパワー不足が看過出来なかった。(筋力じゃなくて音よ)
これには個人的志向の伏線もあった様で、奏法不問で「聴こえる様に踏んだのは何時も同じ様に聴こえる」の拘りが強かったからなのかなぁ。

最近は16分音符のダブルが使われてる機会が減ったし、録音の向上もあってか昔みたいに「2つ鳴らしてるらしいのに1つしか聴こえない」ケースは激減したみたいだ。
でも’80年代途中頃迄のでは当り前な程頻繁にそんなのがあって、個人的にはそれがとっても嫌だったんだ。

意図的にアホっぽくしたのだったら別だが、俺言い「ドンパン節」(日本の曲じゃなくてDrumパターン)は単調さと知能レスっぽさがどうも…。
それが是又俺言い「大人っぽ系16」の基本パターンでは通常はバスドラパターンがシンプルなだけに、2回に1回しか出て来ないドドッがドッになっちゃうと唯一の特徴が無くなるじゃんか。

って時代も違うんで念の為に俺想定のパターン自体に触れとくと、Hi-Hat(稀にRide)は8部連打・Snareは在り来りの2拍4拍でバスドラがドッ・・・ドドッ・・・でありんす。
この手のって録音やPAより実音を重視すればドドッの1個目は小さ目な方が良い位で、もしピンと来ない様なら試しにわざとドドッ
ってしてみりゃよか。

ってもヒール→トゥが得意でもないと厳しいかも知れんで、そんな時こそドラムマシンや打込みでシミュレートするんでがんす。
言い出しっぺの癖に過去に↑を自ら試したかもう完全に記憶が無いが💦、何れにしても1つ目の方が大きくなると変だとは思うんだ。(但し強(表)拍の前に16分が追加の場合)

この様な用法ってSnareのゴーストノートと同系統で、本質的にはオプション・オマケ・隠し味的存在のケースが多いだろう。
から小さい分には確かに迷惑は掛けなくて済むけんだど、かと言ってあまりにたまにしか聴こえないってのもジャンルやパターン・フレーズ次第じゃどうかと思うんよ。

私的分別としては演られた過半数が聴こえりゃ可・それ以下なら否で、それは解釈次第じゃ基本パターンが違っちまうからだ。
前者に比し後者みたいになっちゃうとドッ・・・ドドッよりドンパン+遊びと捉えられるのが自然で、リズムの粗次第じゃ16Beat感が殆ど損なわれるんじゃないかな。

ので私的にはなるべく音量差の出難い方を夫々がデフォにしとくのがお勧めだが、かと言って何時迄もかつての俺みたいに避けて通ると苦手領域が出来ちゃうんだ。
それが昔だったらClassicやJazz畑出身なら足首踏み(今のトゥ)は最初から必須だったが、学園祭に一寸だけ出られればいい程度だと縁の無い方が多い奏法だかんね。

テクヲタ系の人だったら当初から挑み続けるだろうが、今度は単純な一発だけでお客さんを満足させるのがそっちへ寄り過ぎると遠くなる。
ある意味それの成れの果てがトリガー常用で、けど俺様にすりゃそんなんで構わんならもう足首じゃなく足の指だけでも良いじゃんなんてな。😅

わ兎も角奏者の脚が足首優勢か膝優勢かにも依ろうが、脚でも力じゃ大きく鳴らせず足首でも暫くは試し続けられるペダルに出逢って漸く道が開けたんだ。
尤もSpeedkingもL-201から20になって、付属のビータL-1286も世界情勢や為替の影響で超高価になっちゃったから微妙なんだけど。

けど俺みたいに脚が重目で膝優勢だとスピキンやPremier 250(S)みたいな、足首踏みするのも当り前時代の設計のか裏技を使ってでも現代平均よりかなりバネが弱められないと厳しか。
段々慣れて板に付いて来りゃ他のどんなのでも全く不可では無くなってくが、突詰めてくと最初と最後(多分大体体験済み)へ目を向けるとその方が明らかに好成績だす。

<つづく>

2022年6月18日 (土)

音楽備忘録1038 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題③

さて根っこが水っぽいヤツでも事業化するには矛盾の処理が第一関門となるが、私的には楽器屋と同じく大規模ってのが馴染まないもんなんだと考えている。
流動性が高いとなるとその平均値で計算するのが相応しく、けれどバブルや一時的なブームに浮かれてつい堅実な業種の大企業と肩を並べたつもりにでもなっちゃったんだろう。

筆者は戦前(第二次大戦)の実情に暗いんで戦後ので記してくと、当初は敗残兵とかがヤクザに流れてそんなのが芸能界の裏側を取り仕切ってるのが多かったらしい。
最近話題になってる映画界の闇なんも多分↑からの負の遺産みたいなもんで、そんな部分は全く褒められたもんじゃない。

けれど流動性への対応力の点では学歴だけのサラリーマンとかより、ヤクザ上がりの方が遥かにマシだったんじゃないかな。
何せ何時殺られるか殺りに行かなきゃならんか、全く分からんのやさかいな。

その後は家電や音響メーカが言うなればパトロン状態となり、この時点でも経営決定権を持ってたのはまだ音楽が本業では無い
側だった。
恐らく感覚的には常設では無く仮設店舗に近く、無暗に成果なんて信用して無く言うなればⅡで半分は金持ちの道楽同然の扱いで。

それが本業が低迷して変に副業に依存し出した結果、商売的にも芸術的にも使い物にならない処迄堕ちちゃった。
本来なら初心に戻り固定店舗を売っ払って、また屋台からやり直しゃ済む話しだったんだけどね。

大会社になってから入って来た上級民からすりゃ、例えば頑張って東大出てこんなオヤジになってから屋台曳くのなんてまっぴらって…。
俺だってもし自分がそんな目に遭ったら敵わんが、実は↑の方々って新規社員の人選を誤ってたんとちゃうか。

東大出て博士になってたなら、デカい研究所クビになれば仕方無くだが小規模でも研究室位に移るしかない。
それを幾ら従順で立派だからって音楽のおの字もロクに分かって無いのなんか入れれば、いざって時にはアカンくなって当然なのにさ。

故に俺自身がジリ貧だからって珍しく僻み成分0%で、儲け率や安定収入が欲しいなら絶対来ちゃ駄目な業界なん。
等と何時にも増して随分政治色が濃くなってるが、如何にビジネスが絡んだとしても所詮は趣味系の分野なのに「余計な影響」を受けてるのが多過ぎるからじゃい。

政治はああで経済がヘッポコなんで大手の会社のはもう諦めるとしても、個人で自前でやってて不必要に迎合したら大損なのでありまする。
流石に大衆に認められるのを完全に捨てちゃ厳しいが、いきなりプロのポピュラリティスキルが獲得出来る訳ゃおまへん。

やはり身近な処とか同好の士にだけはある程度納得して貰えるのから始めて、レベルも範囲も「塵も積れば山となる」式でだうぞ。
俺自身がどっちかったら一発大逆転なんて方が好きだけど、それだと喉元過ぎれば熱さ忘れる式でどうも蓄積がいい加減になっちゃってね。

脳内保存データベースに欠損や錯誤が多目になって、折角得られてた筈のスキルの応用範囲が狭くなってさ。
これからすればポピュラリティを求めてるのにプチヲタに先になっとけってなもんで、至る処で「急がば回れ」が入用なんす。

王道とか売れ線に興味があると大抵はそれ中心に触れたくなるが、それって視点を変えりゃ単に歴深目の一素人さんと持てる知己は殆ど同じなんだよね。
活用頻度はすこぶる低いのにかなり周辺の広い範囲迄知ってるのが、こう云うお仕事には必要なの。

<つづく>

2022年6月17日 (金)

音楽備忘録1037 ギター・ベースのネックの話し➄

今度はBassの指板巾へ行った後総括へ進もうと思うが、近年は長さには敏感なのに巾には鈍感な風潮を感じるな。
音域の低さからすると長さの方が本来は妥協し難い処で、一寸スケールを綺麗に押えてなぞれるのだけに気を取られ過ぎちゃってんのかな?。

確かに若番フレットの辺りではスケールへの影響は小さく無いが、丈を詰めて解消するのは同一弦の場合だけなんす。
オクターブフレーズ等になると指間隔は三角関数状態になるんで、巾だって詰めたら結構貢献してくれるんだよ。

もしFender系原典音色じゃ無きゃ嫌なんなら、概述の如くPUの都合で受容れるしかないけどさ。
近年の主流タイプではコンストラクションはほぼそのまま踏襲してても、PUは新規独自のも少なくないよねえ。

となるとスラッププルの指入れさえクリアしてれば、もう少し狭巾に出来る筈なんだ。
これで検討すべきが是又概述だがGuitarだと弦の単独押えが不可だったStanley Clarkeですら、必ずしも特に広巾のなんか使ってないのにご注目。

私的には特に劣化本邦のが解せんのだが、道路が狭いままなのに広巾な車を皆平気で買っちゃうのとかと似てんじゃね。
つまり世界標準の「感覚」からしたら、Bassであっても「もっと狭い中で頑張る」もんなんじゃって思うんよ。

コントラバスがあんなサイズになってんのは1に共鳴だが、弦間隔は最も激しいbowing時に隣接弦に接触しない様にってのがある。
更に概述の久々再出になるがだからあっちじゃ「Bass Guitar」って呼称があって、用途はBassだが楽器自体は「Guitarのバリエーション」って認識がバカにならんのどす。

その観点からだと一般感覚からは外れてる様でいて、亡きLemmy Kilmisterの「4弦全使用のコード弾き」もGuitarだから出来たしアリだったんや。
試した事がねえから全く断言出来ねえが、コンバスのキツイRで果たして普通のコードフォームが使えるかってな。

並行別項で述べた想像よりSteinbergerが弾くの楽と感じたのって、指板巾が狭目なのが最大要因だったんじゃないかな。
そりゃ小柄な俺にはボディサイズだって影響はあるだろうが、これは楽器と体の位置関係の調節でもかなり賄えるんだ。

手だって指だって楽器との角度や距離でかなり状況変化はあるけれど、両者共絶対値の部分は補い切れんからのぉ。
ベテランだからか分からんが事情があってどうしようもない部分は受容する覚悟は出来てるも、簡単に解決出来るのにそうしてない・なってない部分には昔より腹立たしく感じる様になったかね。

漸くで総括だが音事情でそのものズバリじゃ無きゃ困る時はあるが、折角拘るなら楽器のみならずそれと「組み合わされる体とのコンビネーション」にもっと目を向けて頂きたいのでありんす。
実際に音楽演る上で楽器は所詮道具の域を脱しませぬので、そこだけ達成しても完成度は50%。

体が違う分楽器にその反対の性質があった時、ドンズバな音になるんじゃないでせうか。
それを見つけるのはとても骨が折れやすが、その根本原因は各自の体が千差万別なのだから仕方ありまへん。

それが本件では指板巾が広過ぎんじゃねで、道幅ギリギリの車じゃドリフト走行無理っってな按配でして…。
けれど似た体格の人の中で好みに近い音を出してるのってな結構参考になるもんで、全く手掛かり無しって訳でもないんどす。

<その内つづく、かも>

2022年6月16日 (木)

音楽備忘録1036 音質の硬い柔らかいの真実➋

初回に「体験」とハンコを押したが如くとしたのは、誰だって極限かそれに近い実体験をすりゃ分かるんだけどね。
僅かでも踏み外せば忽ち聴覚や神経の破壊に繋がるから難しい処で、その点私的には自分でわざわざ出す音で体験するのが一番マシだ。

聴く方で被害者が圧倒的多数になってるのは、追加操作をしなければ過大音が継続するからでさ。
かなり苦労しないと出せないのだったら、前回述の「平常時」じゃ無くなれば少しは自然音量低下を期待出来るからね。

とは言え個人差も小さくないんでノーリスクでは試せないから、なるべくならこの年寄の言葉で躊躇って欲しいんだけどなぁ。
で毎回「体験」とアピールするのには電子回路・環境・録音システム等、どれも黎明期近似のから今に至る迄のを全くフラットに体験させられて来たからなんだ。

例に依って少々ひねた話しだがどの時代でも割と望みとは裏腹な状態の方が多く、まだ何処にでも真空管があった頃はもっと最新の半導体ので聴きたかったんだ。
幼少時虚弱で思いの丈を肉体で解消出来なかったからか唯のマセガキだったからか、物心付くよりRockへの憧憬の方が早くてよ。

まだジャンルとか何処の国のとかろくすっぽ分からないのにそうなったのは、リズムのノリとキレにご執心だったからなんだ。
だからRockだってタルいのとかには全然興味は無く、そんなだから当時の平均的ご家庭用球機器の寝ボケた様な音質じゃ物足りなくて仕方無かったんだ。

にも拘らず世間の大人達は子供に強い刺激は尚早、生育上よろしくないからそんなので丁度良いだなんて…。
そりゃ今の過激なのみたいだったら確かに危惧するのも納得だが、あたかも20代の兄ちゃんの耳が50・60のおっちゃんのみたいになって聴こえたんじゃ堪ったもんじゃない。

んじゃ今「球絶対教」なんてほざいてるのはおかしいってチョイ待ち、球でもLo-Fiで良いとか音源の再生装置が低レベルのアナログでも構わんとは一切言ってないでっせ。
超高級機だったらそれで全球が理想だけど、要はトータルでのバランスの問題なんよ。

大昔のご家庭用レコードプレイヤとかテレコでは音源に記録されてるのから大巾な欠落や変容が避けられなかって、だからもうこれ以上Ampで迄削られ変えられるのは勘弁してってさ。
そんな処から始まってある程度納得出来る装置が持てた頃には、自分で演る方にもいよいよ熱が入って来ててね。

当時はド素人のロクでも無い音色とは言え聴者として無改変再生装置のが聴けるより、楽器や音楽現場の「実際の音」の方を先に知っちゃったん。
全ては偶然のタイミングでもたらされたんだが、もし↑が逆だったら15~25才のイケイケ時代にヤバイの使ってヤバイの出して耳を最低でも半殺しにしてた公算が濃厚ね。

では何故回避出来たかの具体的構造だが、「現場で△△な音が聴者一般環境下では○○に聴こえる」を知ったからだ。
完成品でかなり硬質で刺激的に感じられる音でも、現場の人間が無理して不快さに耐えた結果なんかじゃ決して無かったんだってのをね。

健全思考に則れば至極当り前の事なんだけど、仮に命知らずで演ってたとしても体が壊れりゃそれ迄と同じ様には続けられなくなるっしょ。
聴き専で普段現場リアル音量になんかしないとか自演もするがたまにのアマチュアだと、「プロよりその時間が極端に短い」から気付け難いのは仕方無いだろうけどね。

尤も最近の本邦だとプロでも本番時以外は非リアル小音量ばかりの人も少なくないだろうから、意識的に学んで気を付けてないとリスクは上がってるかも知れない。
これ逆アプローチで述べるなら、人より大音量にしたきゃその分音色に工夫が出来ないとって事ですがな。

<つづく>

2022年6月15日 (水)

音楽備忘録1035 バスドラ 足のダブル奏法書き漏らし①

何時も通りドラム講師の従兄のTwitterからのインスパイア始めだが、ワンパターン承知で敢えて綴ってこう。
直接的な動機は「トゥ→ヒールが…」が目に入って、自分が挑戦当初に意識上でした工夫を思い出したからなんだ。

彼曰く「ワンモーションで力を使った感覚無しで出来るという前提がないと、その先のどこかで必ず行き詰まる」、に対してへえーそうなんだなんて天才!?のおごり丸出しの俺。💦
がその直後に意識過剰になってると確かにリズムや強弱の制御が悪くなるよねっと、からのそれを克服するキッカケで従兄には過去に一度位は話したつもりでいるが定かでは無いのがひょっこりとな。

もし又ここで記録しとかんともう次は無いやも知れぬので、正に備忘録ついでで何かの助けになる様ならって趣旨でごんす。
前置きはこの辺で一般的な一応「踏めるようになった」ってのは単打なら足に負える状態になってるんだろうが、慣れてないのにもう1つ追加しろとなれば元の出来てた分も不安定になったりするよね。

俺の場合天然状態ではSlideの方に適性があったのと、足と脚(つまりはトゥとヒール)の音量差が過大…でも当たらずも遠からずだが課題でずっと先送りしてたんだ。
その宿題にヒントをくれたのもLudwig Speedkingで、バネを極端に弱く出来る事で試すのが自分の通常領域に入ってくれたんだ。

何しろ爆音命君としては「んがーっ」と踏めなきゃ将来性が無いから、酷い話しだがある程度は力任せに応じてくれるのに喜びを感じちゃったりしてね。😅
処が未体験の軽さになって来ると踏み込み側は良いが、従前の方法だと自分でちゃんと上げないとゴリ脚の重さで全然ペダルが戻らねえぞっと。

そこから良く考えりゃ「先ずちゃんと上がってなきゃ、しっかり下せる筈もないやん」とプチ意識改革が起き、俺の踏む前の足・脚上げって一体どうなってんだって初めてちゃんと観察してみただよ。
そこから自分なりに得られたのが例の「手と一緒」論で、大体は鳴らしたい寸前の裏拍タイミングでバチを振り上げてたりするじゃん。

これビジュアル的には微動だにしない次の瞬間にいきなりガツンの方が恰好良さげな気もしなくもないが、一々意識しないでタイミングを安定させるには所謂「予備動作」は必要ですわね。
タイミング取るのに「いち,にっ,さん,ハイっ」よりゃ「…ハイっ、ジャーン」の方がシビアだけど、ノーカウントよりゃ万一の小失敗だったら修正する暇があるじゃん。

それがトゥ→ヒールの際どうやら当初は、単発の時の予備動作をそのままトゥに変えようとしてたのも不味かったらしくって。(完全無自覚)
楽するアイデア的コース最優先でコケてるって、ねぇほら杜撰大王の真骨頂でしょ…。

でもねえ万一それで行けちゃうなら良い意味での単純化は好ましく、そんなでも常に失敗してる訳じゃ無いんでね。
けど単発&Slideに半端に慣れてると、もし頭が全く杜撰じゃなくても体には癖になってたりしたんじゃないかな。

ので体の動作は「各部1回のみ」でも、人に依っちゃ手始め時は2打は2打って思ってた方が良いらしいんだ。
こんなの文章だけだと初歩的に過ぎ今更感噴出だが、そんなに常に瞬時に頭と体がシンクロさせられるんなら方法を知ったらきっと即完成してるっしょ。

して最終的には「ワンモーション」感覚はとても大事だし半ば必須なんだけど、2打意識が希薄過ぎると1つ目の予備動作がお留守になり易いらしくって。
ダブル奏法を持出すからには間隔が短いからで、実際の予備動作開始タイミングは単打の時と変わらないのが多いんだけどさ。

でも僭越乍ら以前の従兄の実動作を見せて貰うと少なくともスピキンみたいに無忖度ペダルでは、1打目の予備動作が小さ過ぎるし一寸曖昧な印象だったんだ。
今は現況の彼にはスピキンより他のの方がフィットするのも分かったし、予備動作も大分キビキビする様になってるらしいけどね。

<つづく>

2022年6月14日 (火)

音楽備忘録1034 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題②

さて前回述のクドさ満点のが一体ポピュラリティやオリジナリティにどう関係してるかったら、個別ニーズへの対応に大差があるんでやんす。
例えばClassic系であれば基本的に歪みは僅かでもご法度だが、Rockではひ弱な方が生死に関わる一大事!?になり兼ねんとか。

更に掘ってくと上記2ジャンルでも楽曲や表現に依っては例外も突如出現し、相当な微調整を強要されるのだってあるんでゲス。
これが嗜好品で無いならば利用者の方でアジャストするのも許されるが、ヌードと銘打っといてマスクを外しただけなんてやったら訴えられるレベルっしょ。

ってのももしそんなのがあったとしても手間掛かるから微妙だが、マルチトラックのままバージョンのとか普通は売って無いしくれないじゃん。
それやと各自で潤沢な機材&スキルすら持ってたとしても、好みの調整をしようにも不可能やんけ。

せやさかい所詮は最大公約数だとしても、なるべく大勢に対して完成品状態にしとかなアカン。
加えて個の趣味嗜好に対しては再生装置のトーンやボリウムツマミ程度で、なるべく臨んだ変化をさせられる様な神Mixになってるのがよろし。

んで↑がプロの水準を越えられてるかどうかが、理解のし易さやどれ位個性を出せるかにかなり直結しとるん。
前者は概知の割が多いのが何より安全ではあり、定番のとか流行のなんてのが含まれる。

だきんどもそれを追及すると殆どが流用も同然となって、だったら今からわざわざ新たに聴くよりパクリ元の本家で間に合わせる方が楽チンだ。
いやあのねぇ目に見える技としては簡単でも、それでオモロかったり飽きないのを編み出すのがポピュラー系の最大の仕事でしょ。

それが広く万人ウケするのなんかだったら死ぬより苦しくたって至極当然で仕方無いんだが、楽しようとか最低限だけでも確実にしようとかって見果てぬ夢を誤信してるのが増えちまいやがった。
私的推察でコレの発端としては過度な保身と忖度だろうが、具体内容としては「機械の使い道を誤った」の辺りなんじゃないかな。

俺様からすると劣化今本邦では教育や社会通念の瑕疵から、小利口なのばっか増やしちまっててさ。
極度な歌詞重用とか高度な技の有無とか殆どは無意識下でであろうが、世間全体がつい感性より理屈で聴いてるのが主流になってんのかな。

それに対し無理に良く云や「素直にニーズに応じました」ってつもりなんだろうが、制作側はお客さんがどんな聴き方をしようと理屈で作るととっても限界が低くなるん。
ってのも現行ポピュラー系の手法って相当歴史が深いんで、安易な知見で見つけられるのなんてとっくに出尽くしてるんよ。

なので唯の砂なのにその中から鉄や金を抽出する様な作業でしか、ポピュラリティとオリジナリティを共存させるのは不可能なんす。
プロレベルに達してる大勢がこぞって探したりしてる訳やから、確実に見つけられる程度のでは他を出し抜けなくて当り前。

如何に例外や特例をあぶりだせるかとなって、相手が正体不明なだけにマニュアルみたいなのは全く通用しないんですわ。
つまり世間からは安定の大御所と見えてる人程その実際の作業内容は、全くアテの無い大博打になってるって寸法でして。

同じものづくりでも芸術系のが水商売に分類されちゃうのって、芸能界が胡散臭いからじゃ無く内実が↑の様な状況だからなのよ。
確かに平均よりゃチャラかったり我儘っぽいのも少なかねぇが、勤勉にやっても成果が不安定ってのが本質なんだす。

<つづく>

2022年6月13日 (月)

音楽備忘録1033 ギター・ベースのネックの話し④

こっからはGuitarの方へ先に専念して綴ってくが、Bassよりは短いからその分指板巾もあまり気にしない人が多そうだ。
それとアームでシンクロナイズドトレモロが1人勝ちな処があるんで、現況だと昔よりブリッジ側の巾をあまり選べなくなっている。

だが私的にはシンクロの硬さは一寸気にせずには居られず、いい加減で根本的な構造の進化を期待したい。
これでも本番では殆ど使って無いけど宅練等では頻繁にシンクロナイズドのお世話になってんで、MustangのDynamic Vibratoとの公平な!?比較体験が積めてるつもりだ。(他にも過去に色々それなりに)

SGに前オーナーがMaestro Vibrola(残念乍ら短い方のだった)を追設してあって、最初はアーム握りのプラ部分が割れて無くなり最後は湾曲した板バネが折れて…。
となる迄入手後5~6年位は使ってたし、多分偽物だがBigsby付きのセミアコも同じ位の期間持ってて使ってたんだ。

これ等からの感想としてはどうせならなるべく音程可変巾は広く欲しいが、アームが短目で硬いとそれを充分駆使出来る場面が限られるってのでね。
して↑の短目ってのには「何処からアームが生えてるか」も問題で、シンクロでロングアームのご利益にフルにあやかろうとしたら前の方でしか弾けなくなるじゃん。

一般認識としてシンクロ以外のは軽い印象があるだろうが、Mustangのだって可変巾を最大に調整すると結構重目になるのをご存知?。
只弾く位置がシンクロと同じだとシンクロのよりアーム先っぽで操作出来るから、やっぱ軽いやんってなってるだけなん。

わネック巾が主題なんでこの辺で勘弁しといてやらぁ!?だが、全演奏時間中のアーム使用率って大抵は使って無い時の方が多いじゃない。
それからすると幾らアーム様シンクロ様の為っつっても、最適巾の方を犠牲にし過ぎてんじゃねってね。

これが負に作用するのとして例えば指1本で1度に弦何本押さえられて、場合に依っちゃそのままチョーキング出来るかなんてのに如実に表れるんですわ。
究極的には狭くったって広くったって夫々に長短はあるんだけど、演れる事が減ってしまう様なのは将来性や独自性には特に損でやんす。

そして何より勿体無くなってるのが指板巾があって弦間隔に余裕があるのに、1,6弦が端へ寄り過ぎになってるヤツだ。
これが又そんなのに限ってフレット先端の加工の不適切なのが多く、左手(右利きの場合)でクラプトン式ハンドビブラートをしたりすると色々不具合を生じる。

因みに↑のクラプトン式とは指では無く手全体を上下に揺すってビブラートを掛けるもので、指依存のより長周期・大き目変化のにしたい時こちらの方が安定度に勝る。
と言いつつ絶対的必要時以外俺自身はそんなに使ってないが、複数弦を複数指で押さえてる或は1つの指で欲張って!?3本同時に押さえてる際等では指本願では苦しい。

概述ウチの宅練君(偽Strato)ではフレット端と指板の間に1弦が引っ掛かって演奏継続不可になったり、感触は良好でもフレット端が丸め過ぎてあるせいで弦落ちしたり振動が止まっちまったり等々。
ので視覚的にOKで単純に押えただけなら平気でも、俺言い「実用有効指板巾」が指板巾の物理的最大値と不一致なのもそこそこ見受けられる。

取敢えず貰い物の宅練君は実演してみてあまりに酷かった箇所は、フレットの角(平面的な)を削って丸めはしたが。
特に指板が広巾だったでも無いが宅内比では最大だからか、全数処理するのが気持ち的に億劫と感じて未施工じゃい。😓

<つづく>

2022年6月12日 (日)

音楽備忘録1032 音質の硬い柔らかいの真実➊

掘るでぇ掘るでの掘ったるでぇで、このテーマは徹底的にやらせて頂きまひょ。
俺は健康保全の為にも一世一代の爆音家!?にも関らず、無為にウルサイとか喧しい音は避け続けている。

最初に重大な体験からの知見を提示しとくが、どんなにデカいとか刺激の強い音が好きでも個人差はあれど肉体には限界がある。
極度の老眼になったりしても他と比べて耳だけ元気で、たまたま俺はどうやら耐性に恵まれてる方らしい。

が肉体は壊れなくても度を越すと神経や精神に悪影響が出て、それより手前の段階の時より判断力や加減力がかなり削がれてしまう。
そうなると例えばfortissimoにしたつもりが自己防衛本能が作動してforteになってしまったりして、その場では過去最大の迫力と感じられてもお客さんには…となったりする。

ちょい久の「音楽は比較芸術」なんで大きいのへ拘れば小さいのへも、強い刺激に拘ればこそその逆のと対極にも神経を使わないと成立しないので御座居ます。
別項で近回例示のJohnのMixer卓深歪み、あれだって幾らエモさを求めたにしても当時の卓が真空管式だったから通用したんじゃねっとな。

コレ球の他にもMic Inputに繋いだって事ぁ、恐らく「Mic入力トランス」も経由してんのよ。
他の音響機器でも当時の殆どのは球とトランス経由な上、記録媒体もアナログテープだったしさ。(しかもテレコも球の)

↑等の欠点を敢えてスルーして音色改変の内容に目を向けると、どれにも共通なのは音波のスパイク成分を減らしてる処でね。
だば「スパイク成分」って何ったら、爆発・破裂・衝撃等の望まぬ災厄時以外に普通なら耳にしない音なんよ。

言い換えりゃそんなになると音てっより過剰な風圧だとか、「空気の犯罪」みたいなもんと思って貰っても結構。
この手のは演出的に利用する場合だってありはするが、実際に火薬を爆発させると色々無理があって問題も残った。

The Who-Pete Townshendの難聴は日本では長らく爆音被害と誤認されてたが、実際は本番時にDrum台に仕掛けた多量の爆薬が原因。
番外編としてはWings(Paul McCartney)は親友の悲劇から学び設置位置を工夫したものの、今度は消防を中心にクレームが付いて飛躍的に減量させられたなんてのも。

ってかそもそも不要な音を出す為にやたらと丈夫にしたりマージンを設ける普通の音響機器なんてあり得ず、昔だったら騒音規制とか一切無くたってそんなの作れるかってんでぃべらぼうめだったからなぁ。
つうかそもそも常に実音より鈍くトロくなるのにずっと苛まれてて、それが世間一般で変り出したのはデジタルPCMが出て来てからだ。

その直後から基本線の誤りが何時迄も改まらず続いてるのが、楽器やMicがちっとも↑の「新方式」に最適化されてない処でして。
これって私的には誤振込で俎上に上ったフロッピーディスクの件と近似で、既成概念だの習慣だのを変えるの毛嫌いしたに他ならない…と思うんだがね。

お上のマシンなら必要とあらばかなり迄高騰しても予算が降りるが、一般社会じゃ当然そんなの通らんぜよ。
セキュリティ面で一理あるのは承知だが、何しろお上と違って平民の財源は必要に応じて徴収可能な悪税なんかじゃないからねえ。

「これ」すら連発で悪いがこれが罪なのは使う側は従前通りで済むが、それを享受する側にはかなり痛みが強要される処。(極論すりゃ不要古美術品の維持で増税を呼び込む様なもん)
昭和の親が我が子に使った常套句、「まだ子供なんだから最初位一番安いので我慢しなさい」ってのと似た様なもんだ!?…。

そんなで育って来たのに育てる番が来たら、子供>奥さん>旦那の順位で予算配分される時代なんかになりやがって…。
わ置いといて、要はずっと悪い姿勢で居た子供が側弯症になっちまうみたいなもんなんだよ。

<つづく>

2022年6月11日 (土)

音楽備忘録1031 電気楽器の出力インピーダンス⑪

半ばゴリ押しのハイインピ話しもそろそろ閉店させようと思うが、ここ迄粘ったのは前回後部述の如く一種の特権だからだす。
ので普段アクティブオンリーでも、せめて「そう云う物」ってのだけは忘れて欲しく無くてなんだ。

さて拙ブログにしては珍しく球との関係を出さずにいたんでそれから行くが、球自体はどれもほぼ皆ハイインピーダンスのしかありまへん。
これは原理的な都合からでトランジスタ等石の半導体と比べると、高電圧・少電流で動作してるから。

流石に基本中の基本なんで久々に計算式を提示しとくと、R=V÷I:抵抗値は電圧を電流で割ったもの。
なんで低電圧・大電流になる程、抵抗値小さくなるだす。

概述「ロー出しハイ受け」の原則からは楽器出力がローインピになって困りゃせんが、受けが高過ぎると折角のロー出しの威力が実はかなり削がれる場合だって
あるのよん。
Fender原形系AmpのInputだと2番(低感度)に繋げば68kΩに下げられるが、1番(高感度)とか1つしか無いのだと大抵は最小で470kΩ・標準だと1MΩになっとるよ。

オーディオ系機器の10kΩとかのに繋いだ時より、それだけ抵抗器の値が大きいと電流がちょびっとしか「流れられない」のだ。
この件BassやKeyboard Ampでなら近年のには「ロー様専用」が用意されてる方が多いが、Guitar用のだと滅多にお目に掛からんどす。

未だそうなってるのはAmpで歪ませた際の音色と反応が、現時点では満足させられるのが作れないからでもあるんだ。
特に上記後者の「反応」に拘ると未だストンプよりAmpの方が上級で、今更球も含めた「電気的には欠点」なのをフル活用しちゃってたからなのじゃ。

↑で上級だなんて断言してるのは反応の種類が遥かに多いからで、必ずしも万人が必要とはしてないからって勝手に出せなくしちゃって良いのかってのからざます。
ストンプみたいに小型で廉価であれば、不都合が生じてから他を買い足すのもそんなに大変じゃない。

けどAmpでそんなに用途が狭いと、あまり買って貰えなさそうとかでも不味いやん。
ではBassや鍵盤では何故割とローが「許されてる」かったら、音色的歪ませが少数派なのと録音の都合からであらう。

個人的にはハイローの両方を沢山経験してきたからこそ最近はハイへ意固地気味になっとるが、鍵盤では電子バーチャル率も高まってるからこそ今更わざわざ手弾き電気ならと思うとる。
一方Bassの方では独自観点に依りますと、エレキを使わない非生楽器Bassist!?に上手な奴が少ないからと考えてんだ。(ややこしスマソ)

その昔ならBassパート用のって殆どコントラバスしか無かったが、今ならシンセだろうと打込みだろうと色んなのでBassは弾ける。
のにどうした訳か(実際には色々あるだろうが)本職がBassの人って弦バスが殆どで、バーチャルBassの専門家で弦のと近似周知されてる人
が見当たらない。

ので↑の分のだと仕方無く人力で演ってるだけだから、却って人工的な方が望ましいかも知れん。
それが恐らくまだ劣化本邦じゃ少数派だろうが、俺みたいにシンせの方が良いと思や自らシンベを好き勝手に弾いちまうとさ。

昔より少しは鍵盤に自信が持てるようになってみると、エレキにするならその特徴は最大限に生かしたくなって来たんだ。
電気楽器だと絶対値的には鍵盤や打込みのみたいなクリーンさは不可能とも悟ったしで、けど上手い按配を見つけられると多少歪んだりしても特権をフル活用出来た方が思った表現に近付けたんで…。

<一旦終了>

2022年6月10日 (金)

音楽備忘録1030 Rockでのポピュラリティとオリジナリティの問題①

Rock黎明期には不可能だった多重録音から今じゃボカロ活用で完全打込みも可能となって、その面からは誰でも何でも自由に創作が出来る様になった。
のにオッサン(俺)としては↑の進化と楽曲やパフォーマーの質が、特に日本ではどうにも反比例してるようにしか感じられない。

今迄にも折に触れその原因となる可能性のあるのへ言及して来てるが、少なくとも大手系のだと結局は有能なプロデューサやディレクターを喪失したからじゃないだろうか。
昔だって消極的過ぎてご機嫌伺いしか出来ないのとか、積極的過ぎて勝手に自分個人の作品みたいにしちまう輩は居たけどな。

でも過半数は必要条件とか知恵を授けるのを主としてて、○○サウンド(プロデューサの名前)等と謳ってても今のとは相当毛色が違ったんだす。
そりゃ人間のやる事だから好み無添加ってのは少ないが、そんなのより何かの価値観に対して一定以上の水準に持ってってるのが核心だったんだ。

さて少し戻って多数派のプロデュ・ディレさん達は何処に価値があったかったら、トータルでの作品クウォリティが紛れも無いプロのだった処でね。
かい摘むと買い手が払った額に相当するだけの「楽しめる箇所や量」が足りてるかどうかって話しで、だから限度はあるにしても今本邦みたいに装丁だけ完璧なんて事ぁ無かったん。

この項ではその具体内容を個別に掘ってこうと思うが、最初はミスについてだ。
基本的には今昔問わず「プロ=ノーミス」が不文律には違いないが、音楽での正解は数学はおろか国語のテストより固定していない。

なので素人耳で「ん?今の何か怪しくなかった?」なんてのだけで判断しては愚ってもんで、極論すりゃどんなに酷い稚拙なミスがあっても聴くに耐え得るかみたいな方が鍵を握っておるのじゃ。
杜撰大王流では素人の感知し易いミスの残存したままのを、クウォリティ次第で「勇敢なリリース」と唯の失敗に分別している。

さてどうして又もやミス案件に固執してるかってば、人が満足出来るのって理論的なミスの有無とは一寸違ってっからだ。
生活必需品とか安全装置とかだったらオプションだって多い程嬉しいけど、基本機能が確実に働いてくれなきゃ役に立たんし不安で仕方無い。

つまり如何に「失点が少ないか」で勝負してる様なもんで、しかし嗜好品でもある音楽では失点より獲得ポイントの方が大事なんすわ。
大した美人でもイケメンでも無いのに何故か妙にモテる人なんてのと同類で、単に理論的な粗を完全駆逐したいならもう曲や詩からして今更人間なんかが作ってる様じゃお話しにならんとです。

処がそうして作るとホントにオモロイのとか長持ちするのってちっとも出なくて、例えばけしからんが他人の失敗を笑うなんて心理は誰にだって少しはあるからなんじゃないかな。
かと言って笑う人の意識には必ずしも悪意なんて無く、単なる条件反射みたいなのだけで敗者の気持ちに迄気が及ばなかったなんてのはありがちやん。

↑みたいのが正に不謹慎の1つの典型だろうが、汚れ無き者程眼前の滑稽に素直に笑えるってのも確かっしょ。
只直にその人の人格に影響する様なのだったら、感心しないし今だとアウト。

だからこそ失敗しても害が他のより格段に少ない音楽では、それを外して考えるのは勿体無いんじゃないかな。
っと言っても聴き手に過負荷となり得る汚音色・音質は言語道断で、近年本邦の特に大手系でこれがあべこべになってるのがオッサンはどうにも許せんのよ。

メロ・ハーモニー・コードとかだって良否は勿論あるが不協和音等を不適切乱用しない限り、これ等はどんなに酷くたって只下らんと評価されないだけ。
でも音自体の悪さはそれをもう遮断しない限り、必ず誰かの耳や神経を傷め付けるんだからよ。

<つづく>

2022年6月 9日 (木)

音楽備忘録1029 ギター・ベースのネックの話し③

ネック巾ってば現在親友の預かり品が、整備の都合で更なる実体験を与えてくれたばっかでやんす。
長らく身近な存在なんでお初のは多くは無かったけど、長いブランクを経て再度触れてどう感じるかには中々貴重でやんした。

預かり品のは主が長身だったのもあってかFender系のフルスケールのが殆どで、それより短いのはジャパフェンのミニテレ・長いのはMoonのJJだけどした。
Guitar類はミニテレ以外は皆シンクロナイズドタイプのアーム付きな都合で、ブリッジ側の弦間隔は皆ほぼ一緒。

なので本件に関する部分では大凡ナット側の巾違いだけで、ネックの厚みもそんなに違うのは無かったっす。
一方Bassの方はSteinberger以外は電気系の基本コンストラクションがF系だけど、PUの違いからしてもう少しバラけとりゃす。

尤もスラップのプルのし易さが意識されてるんで、全体的にブリッジ側の巾は広目の方へ寄ってっかな。
ほんでも俺様位の凄腕になって来っと(とても怪しい)、ってか強引に自由にしちまう性質もあってかMoon以外は直ちに大体何時も通りに操れた。(つもりなだけで実際はどうか知らん)

処でMoonのネックって実は大昔交通事故に遭って折られたプレべ(Fernandes)のを、交換蘇生させた時にしっくり来たんで買って暫く使ってたからブランドの特徴には慣れてるんだけどねえ。
杜撰大王だからか加齢で鈍くなったかサッパリ分からんが、実はスケールが1inch長いのなんかかなり後になって本家サイトで見て初めて気付いた位で…。

にも拘らずマトモな5弦仕様の為の巾広の違和感だけ未だ払拭出来て無く、普段リッケンばっか弾いてるのの後遺症みたいなもんなのかな。
それに対しSteinbergerは主の購入直後に触らせて貰った時より、余計な意識一切無しで弾けちゃった。

そうなったのは恐らく俺の手の形状と関係がある様で、指の長さはあるが手の甲自体は大きくも無く全体の太さ・厚み・巾は決してビッグやワイドじゃないからっぽい。
誰だってスラッププル時は弦間隔は広目な方が楽ではあるが、俺言い「指先太さ」の影響ってかなりあると思うんだわさ。

これはGuitarのナット巾にしても重大な関係があり、指先が太かったらナット巾は42mm以上ないと特にオープンコードを綺麗に鳴らせない。
そこがたまたま俺の場合は細目なんで、ギリギリになればその分楽では無くなるけどトータルで考えると「無駄な巾」は無い方が良いらしいん。

このオッサン洋楽ヲタの成れの果てだからかその方面では随分探求したんだが、日本人って世界的に見りゃ俺じゃなくったってやっぱ小柄なんだよな。
故に勿論個人千差万別だから該当しなくても不思議じゃないけど、外人の多くって多分もっと「狭っ苦しさ」と格闘し乍ら奏でてたんだと思うんだ。

それからすると体格の向上・好み・奏法上の都合等色々あるにしても、現行の日本の平均サイズって乗用車の巾と共にずっと大き過ぎなんや。
中でも私的に最も気になるのがネックの巾で、過去の一部の米製より広いのが普通ってのはもう異常なんじゃないかな。

今常用してる弦楽器エレキは全部米製なのも、当初はモノホンやってな憧れとかもあったけどね。
それがずっと継続しちゃったのは無駄に広く無かったからで、預かり品や貰い物のどれよりも無理無くコンパクトだからなん。

因みに貰い物偽Stratoは巾に余裕があるのに1,6弦が端っこに寄り過ぎてる上に、指板が経年で痩せたか当初から処理が悪かったか油断するとすぐフレット端に引っ掛かったりする。
自分のデフォがそれよか余裕の無い巾のだからより強く感じるのかも知れないが、必要最低限の巾にして無い分作り込みが甘くなってる可能性が拭えないよ

<つづく>

2022年6月 8日 (水)

音楽備忘録1028 中古楽器 整備の苦悩編⓰

プチお久しで普通の続報だが、前回手掛けたMoon5Bassとエレガットはどうやら軌道に乗ってくれた様だ。
他の多数のも含め最低11年メンテレスだったんで、状態が落着くのに暫く掛ったのはやむを得ない。

一時的とは云え劇狭から開放されるにはとっとと販売予定のの撮影に取り掛かるべきだが、更なる若干の手直しの覚悟は必要だろうね。
それもあって又腰が重くなってるが、取敢えずエレガットの電気出力の件を記しとこう。

端的に言えば結局は接触不良が原因だったんだが、その箇所が多岐に渡ったのと全く通じなくなってる箇所があったのが一寸レアだったかも知れない。
エレガ君の電気系統は未説だったんでそこから始めるが、基本形はPIEZO PU(圧電)3×2群+9V電池駆動のPreampって構成だ。

そして多少個性的なのがPUは1~3弦・4〜6弦と偶数奇数の割振をSWで選択可能なのと、出力ステレオでJackがch毎に1つづになってる処が一寸珍しい。
で電池があるからそのOn/Off片方だけステレオ/モノ兼用になってるののステレオ⇔モノの切替機能がJackに要求され、その接点に全く導通しなくなってるのがあったん。

このSW付きJackって複数接点のが複数あるのだと少し面倒な処があって、SW接点の清掃がかなり困難な癖に全く密封されてないのが殆どでさ。
パッシブタイプのリッケンでは単細胞!?な古典的Switchcraftのオープン型で用が足りるが、それであればアクセス性が良いのに加え接点バネ力が強いからまだ良いんじゃけぇ。

けどStereoで2つそれへSWが2つとなると、バネを↑より弱目とかなきゃとてもじゃ無いが普通に抜き挿し出来なくなっちゃうからね。
しかも単細胞君のSWはOn/Offだけなのが高機能プラ君のはOn/Onタイプので、Jack部と絶縁した別構成にする為に実際に使われてるバネ接点数は合計6枚もあんねんから。

コイツが大昔には大層大柄な代わり絶縁部以外丈夫な全金属製だったんだが、コスト・サイズの優位性から今はほぼコンパクトなプラ筐体のだけになっちまって。
一般的大多数の用途では確かにその方が何かと好都合なんだが、楽器みたいに長く使い続ける事も少なくないのにとっては有難くねんで御座居。

尤も最初原因箇所の特定が全く出来て無かったから結局全部開けたんだけど、それでPreamp部のアルミケースをボディに固定する部分にも1箇所問題があるのが発覚。
これボディサイドの湾曲したのへほぼ直方体の箱をネジ4点で固定する式になってて、その内の1本が長さ不足で殆ど箱に届いて無かったん。

当初気になったのは内部配線が無固定で力木に自由に接触し放題になってた処で、もしかしたら大元はテープか何かで少し縛ってあったのかも知れないが…。
現時点迄の試走試奏では特に悪さはしなかったが、必要とあらば後で対策するつもりでは居たんだ。

してこう云うのってエレキだってGainを上げりゃ問題化するが、基本形が生楽器だと「鳴り」自体からしてもっと悪影響が出る場合が多いかんね。
最低条項として固定するなら微動もしない・動くなら他を全く干渉しないのが基本だろうから、幾ら表皮の柔かいケーブルでもどっちもそのままじゃ不味かったん。

きっと現行品ではここのだってノウハウの蓄積で進化してるだろうが、どうも純然たるアコギ工房としては電気武装の黎明期の作だったらしい。
んで杜撰流Jack愚痴へ戻ると完全密封では無くても、電子機器ならケースで大体塞がれとるがな。

んが例えば昔の管球式とかだと放熱の為に通気性を持たせてるのも少なくなかって、アコギボディはサウンドホールがあるから現行主流のより古典式の方がマッチしてたんだ。
そりゃJack部の内側にカバーでも付けときゃ少しはマシになるが、そうすると伝送専用設計にしないとボディ内容積が減って今度はそっちの悪影響も考えられるからねえ。

<つづく>

2022年6月 7日 (火)

音楽備忘録1027 電気楽器の出力インピーダンス⑩

取敢えずプチ纏めし、項目毎の説明スタイルで行ってみよう。
かなり独特かも知れないがプロセスは理屈で、その答えは数量では無く音の具体的な影響でね。

①エレキPUに共振周波数がある理由
電気的共振って複数素子(コイル・コンデンサ・抵抗)では必ず存在するが、コイル(PU)だけなのに何故あるか?。
っつうと凄く微小でも電線には抵抗値があるし、巻かれてると隣接した線同士の間に是又極僅かだがコンデンサの作用が生じちまうからだ。

②PUの接続方法・ボリウムポット・繋いだAmpで共振が変化する理由
ハイインピ接続では通常「直に繋がる」事で全体のパラメータが変化するからで、ローインピ(アクティブタイプ)では間に入る電子回路で共振は一旦「縁切り」されるので後からは変化しない。

③共振周波数と音色の関係
当然音色自体も変わるがその他に周波数毎の感度も違って来るんで、奏でたのに対する反応の仕方も大きく変化する。
本項ではこの部分を重視してて、楽器として使う時の都合に影響が大いにあるからだす。

のメカニズムへ進めるが電気的な事は他所で良い記事が公表されてんで、敢えて計算式等は省く。
比較目的で大凡の標準値を用いるがシングルコイルのインピ:300kΩ・共振周波数:7kHz、ハムバッキングのは夫々200kΩ・6kHzとする。

既にこの時点で人に依っちゃ疑問を持たれそうなのが、直流抵抗値とはインピが逆転してるのと常用されてるボリウムポットの値と
の関係だ。
通常コイルの線の総延長がハム君の方が長いから、直流抵抗が大きくなるのは自明の理。

だがインピは逆転してるとなるとシン君の方が大きい値のポットにしとかんと籠るのに、何故現行では大凡ハム君のの半分の250kΩがデフォなのか?。
これも例に依って歴史を学べば氷解するんだが、Telecasterではちゃんと!?1MΩ(=1000kΩ)のが搭載されてるで。

それに対しハム君の方で昔のGibsonのは元は330kΩのポットがデフォだったのに、今は500kΩの方が多数派になったのはより高域が欲しくなったからだろう。
結局は電気的常識に反してでも「実際出て来る音の都合」を優先してて、普通の音響理論と音楽音響とか音楽電気理論で真逆の答えになる典型の1つなんす。

テレキャスのリアってCountryになら良くたって、当時の大人のJazz!?には刺激的過ぎてとてもじゃないが不向きだしょ。
この面からだとシングル君でポットの増量を試さず高域の為にアクティブ化するのはアホってもんで、特に元回路の後ろにBufferだけを付加しても「削れてる」のをそれ以上減らさないだけと効率が悪い。

ここ迄の様子からすると高域出過ぎのシン君は最早不要かとなるが、そうならないのはハム君より「共振の鋭さ」があるからだ。
勿論ポットや繋ぐ相手の影響は受けるが、PU自体の特性の方が殆どの場合で凌駕しててね。

ほいで↑の影響って変化はしない程扱いは楽になろうが、アクティブ化(ローインピ)で固定しちまうと今度は変えたくなった時がもっと大変になるんだわ。
PUコイルの容量値以外は巻線抵抗値はポット値で・線間容量値はトーン回路のコンデンサ値で少しは外からでも弄れるが、アクティブPUではPU直後でインピ的には縁切りされるからこれが不能化する。

何へ繋いでも何時も通りの音になる点ではアク君は優秀だが、視点を変えると「分割してる電気楽器」(一般的には本体とAmp)の利点をかなり殺してしまう。
相手を変えればそれ自体の変化があるのは他でも同じだが、「相手次第でこっちも変わる」のは電気楽器ではほぼパッシブ型だけの特異性なのよ。

<つづく>

2022年6月 6日 (月)

音楽備忘録1026 中古楽器 整備の苦悩編⓯

さてこの項の前回語りのその後から行くが、エレガットのブリッジの状態はこないだの方法で今ん処平静を保っている。
↑の経過を観察しつつ宿題となっていた5弦Bassの壊れてたToneポットの交換、部品は暫く前に届いていたが漸く着手した。

上記後者のについてもネック順反り修正中だったから、経過観察にかまけて気持ち的には一寸サボっちまってたかも知れない。
ってのも本家本元からちゃんと同じ仕様のポットが売ってたのは良かったが、仕様変更があって取付穴の寸法が以前のより大きくなってん。

そもそも配線からしてアクティブ回路の都合で結構面倒で、尚且つそれ等がピックガードでは無くボディとそれ用ザグリに直接マウントされてる仕様でして。
ボディ厚がそこそこなのに加えザグリが言うなれば「深めの溝」状態なんで、作業性がすこぶる悪いん。

ったって1つ1つはそんなに難儀じゃないけれど、他にも幾らでもやんなきゃなんないのがあったからで今になったん。
一方前者のだって出来たならとっとと電気出力の方もテストすべきなのがまだだったのは、戦力としては「生」の方を重視してるのとStereo出力なのが是又少々面倒かったんだ。

そうこうしてて電気出力テストの要るのが2つ溜まったんで漸くやってみたっけ、結果は見事に二分したある。
Moon5Bassの方は予定通り且つ快調だったんだが、ちっとも心配してなかったエレガットの方が殆ど音が出なかったじゃありませんか。

尤も前オーナーの親友から「○×□△を直せば…」の内容は元々不詳だったんで、こっちが勝手にブリッジ倒壊だけと思い込んでた節はあった。
不味いと知ったら直ちに取り掛かる、少なくとも調べる位はしといた方が良いんだけどさ。

Bassネック順反りの追加修正やサウンドチェックをしつつ、演奏上の都合で少々ムキになって久々で弾き倒しちまってん。
この5弦は昔のリッケンのとかと違ってネックが「ちゃんと弦の本数分の巾」があり…ってその方が至って普通なんだが、別項で記した如く指板巾は狭目のには慣れてるが広目のには不慣れだかんね。

もし暫く弾き続けて慣れられない様なら販売を考えなきゃで、比較的直近の処遇が正反対になるからチャレンジしてたん。
と言っても別に1回こっきりとか1日だけで判定する必要は無かったんだが、小一時間ばかり弄ってる内に何だか妙に調子が出てきちゃってね。

最初の方は反りとそれにつれて弦高の微調整なんかもあって、ポット交換の方も安定度診断が要ったしさ。
んでけどそれで僅かでも感触や反応が変れば、こっちもそれにアジャストしてかなきゃなんなくなるやん。

んでⅡで「今日はこの辺で勘弁しといてやらぁ」と思った頃には、何時の間にか結構汗だくになってたって幼いのぉっと。
これへ半分真っ当な理由のある言い訳を添えとくならば、自分はこの先基本的にはリッケンBassオンリーでと割合最近に決心したのがあったんよ。

真に美味しく使いこなすには短所にだってより明るくなっとこうと思って、それには敵(俺にとってだけですが)の事もちゃんと分かってないと駄目でしょう。
なのでスケジュール的には滅茶めちゃになったけど、私的収穫は結構あったんだ。

<つづく>

2022年6月 5日 (日)

音楽備忘録1025 ギター・ベースのネックの話し②

前回後部で人にケチ付けたからには責任を持って説明を…、って程大袈裟な話しじゃないが補遺入りから。
一言で音色を気に入るってもどれ位視覚要素が含まれてるかも分からんが、典型タイプFender系Bassに肯定的なら含有量は少な目でも大抵ローエンドの伸びを感知してるからと思うん。

低音ヲタの俺にとっちゃ含有量の時点で選外な部分はあるが、完全に軽い音色好きじゃ無い限り「少な目だけどちゃんと入ってる」のってかなり重要なんじゃないかな。
それが典型Fender系の場合スケール(弦長)がかつての中では長目なのの貢献度が高く、近年ではフルサイズの34inchより長い35inchなんてのの登場にも繋がってると思うんだ。

きっと全世界的に平均体格は向上してるんだろうけど、それだって長くて不便なヤツを更に伸ばすには余程の理由が無いとさ。
恐らく従兄は購入当初将来的には練習して腕を上げる予定だったんで、演奏性の方を気にしちゃったんだろうな。

でも体験からするとFender系って広範な部分の僅かな相違の影響が最も大きく、原形音色に拘りがあるなら製造国が違っても「あの感じ」はたちまち削がれるん。
のでどうしても短目ってんならせめて米製であるべきだが、少なくともその頃本家に短目のは無かった気がする。

アレも駄目コレも駄目じゃ厳しいけど、求める音色次第ではどんなに弾き辛かっても妥協すべきじゃないケースもあるんで御座居。
俺からするともしかしたら音色が原因で従兄は手にする機会が減ってる様にも伺え、大変失礼乍ら奏力に乏しい時こそ唯ブーンと鳴らすだけでも充実感が得られるのって大事なんす。

流石にルートノートの白玉も奏でられない程演奏困難じゃアカンけど、生活必需品でも無い物へお金を払うからには確かな理由はあるべきなんじゃない。
って前回中頃迄は小さ目推奨だったのに矛盾してるが、彼等はもっと長い大きいのも持ってて併用してたからね。

そこで勝手に従兄の選択ミス(認定自体が独断だが💦)を分析するならば、買う前の色んなのの体験が足りなかったとなるある。
演奏性の面からはジャズベってショートの方が楽にゃなるが、他のタイプのと比べると決して最も弾き易い訳じゃない。

厚みはそんなでも無いがハイポジションの巾は結構あって、スケールを短くしても音色事情からブリッジ側の弦間隔は殆ど変更出来んのよ。
PUポールピースが1列に並んでると少々妥協してズレを許容しようにも 、プレべみたいにPU自体が2分割になってるのより幾らもズラせないじゃん。

だからってPUやポールピースの間隔を変えようもんなら、只でさえ短くなって少し音が違っちゃってんのがもっと離れてっちゃうし。
もしスケール違いのが全体の縮尺に反映してたら確実に弾き易くなるだろうけど、原形に持たせてたそれなりのバランスの良さは崩されちゃってんのよ。

なのでそれであれば必要時だけモノホンを何処かから借りて来るとして、普段はHöfnerみたいなもっと負担の軽いのの方が弾くについてはエエ。
これの参考としてはPaulがリッケンを貰ったのは’64年の米公演時で、お籠りさんになる迄常用はして無かったなんてのがある。

一方音色を尊守するなら自分で手に負えないフレーズが要る際、俺を始め誰かに弾かせるって手もあるぜ。
んでこっち側から追及すると当時従兄の身近にジャズベを持ってる人って確か皆無だったんで、物さえ自身で確保しときゃ「あの音」にありつける確率が上がっとったん。

最近じゃちっとも訊かなくなったけど昔のBandだと、結構メンバーの誰かが全員の機材の管理だとか選択を示唆してたなんてのもだから少なくなかったんじゃないかな。
って事って次回は「ネックの巾案件」の特集!?にしますかね。

<つづく>

2022年6月 4日 (土)

音楽備忘録1024 中古楽器 整備の苦悩編⓮

したっけ前回告知の図解からの後半はフォークの方の話しへと向かうが、実用上では比べ物にならない程フォークの方が深刻だった。
後者は国産最有名ブランドのだったんで情報は幾らでも転がってて、一寸不可解だが設計上の弦高が不当に高いヤツらしい。

だばとっとと図解から行くがエコ精神を尊守!?して、何時もの様に最低限の概念図なのはお許しを。
ブリッジ部の基板周りを6弦側から眺めた断面的様子で、左が原形想定・中が対策前・右が対策後のだ。

Photo_20220510183301
各部の説明として茶色:表板に貼付けられたブリッジ基板・水色:圧電素子・クリーム色の変なトンガリが各弦毎に分割されてる駒で、半透明の灰色のがその駒を保持する6っつの角穴が開いたプラ製の枠だ。
茶色が図では泣き別れにしか見えないがこれは弦を止めるピンの穴のつもりで、穴のある個所の断面にしたからこんなになっちまってるだけよん。

そしてこのページのままの倍率では見難くてスマンが、右のにだけある赤と緑の線が追設した隙間塞ぎと倒れ止めを兼ねた薄い鉄板だ。
加えて図では省略してるが水色の左右と上面にはアルミホイルみたいなのが付けられてて、もしかした雑音対策で一体型だったのを分解してそうしたのかも知れない。

そのせいかどうかは全く不明だが4〜6弦部分の保持枠が捻れて↑の真ん中の様になってて、溝上部が斜めに広がったからか枠の右下部分が引っ掛からなくなって余計倒れ易くなったのかな。
最も簡単な方法としては接着剤か何かで固めてしまうのが楽だが、駒交換の必要が生じたとかエレアコを止めたくなった際それでは後で面倒になる。

是又省略しちまったが既に赤・緑の位置に薄いプラ板が挟んであって、しかし柔らかいので倒れ止めとしては機能してなかった。
隙間にしても溝の拡張が斜めで開口部側程広がってたんで、理想としては「クサビ型」のがベストっぽかったんだけどね。

削り出すのは大変・何かの拍子に抜け易そう…等と材料の事情から、押込む板をプラよりゃ硬い2枚にする事とした。
こうしとくと圧電素子に余計な圧は掛り難く、枠には強い固定力を加えられる。

そうしてから数日経過の段階ではこれで行けそうで、その癖電池確認はとっくに済んでるのにPU出力だけ未確認なのは杜撰大王の面目躍如か。😅
もしかしたらPUのテストで何か不具合が見つかるやもだが、基本的には位置保持さえ出来れば良いので他にもやり様はある。

それに対しフォーク君の方は既に骨板は限界近く迄低くしてあって、追加で削っても適正値には全然届かない。
そこでWebで調べてみたところ大胆にもブリッジ基板を削って下げた例が散見され、面倒だがネックの仕込み角度を修正するよりゃマシだから挑戦してみようかと。

ってのもエレキの方がメインってもフォークタイプはそこそこ弾いて来てるし、並の太さの弦のBassで平気でチョーキングする俺に弾き辛い程だったからなん。
体格の割に筋力があるっても握力はほぼ平均だろうが、こちとら厳しい暮らしで鍛えられた根性は並じゃねえ。(勝手な自負に過ぎんが…)

低域の鳴りの良さを生かすには弦を細めちゃ台無しとなれば、弦高を下げられん限り万一売るにしたってクレームを貰うだけになるやも知れない。
因みに現在張られてる弦は杜撰大王だからちゃんとは確認して無いが、感触としては普通の範疇にあるのでテンションも強過ぎになってるのかも知れない。

<つづく>

2022年6月 3日 (金)

音楽備忘録1023 電気楽器の出力インピーダンス⑨

したらばエレキPUミックスポジション(並列接続)の件の続きだが、前回ワイドレンジになるったのは「PUがハイインピ」限定の現象なんす。
EMGのアクティブPUみたくPU毎に増幅回路が付いてると、単独でも複数でも殆どインピが変動しなくなるから起きまへん。

そのローインピ化の程度次第では例え複数PUを直列接続したとしてもで、これ自体は俺言い「ハイインピ特有の表現性能」を除けば寧ろ扱い易くなるとね。
私的に昔から少し苦労してるのが「低高域の出方」で、トリオ編成が多かったのもあってGuitarでもなるべく低域を出しときたいからでさ。

Soloパートじゃ無くてもBassがメロ担当時、他にルート音のある伴奏が無くなっちゃうからね。
勿論PUの位置が違うんだから元から当然含有量はかなり違ってんだけど、それへ更に組合せ変更で拍車が掛るとAmpのTone設定を変えなきゃどうにもならなくなる。

それがアクティブPUだったら少なくともフロントオンリーか、フロントと何かの組合わせ時では設定変更無しで行けちゃう様になる。
ので低雑音・音響的安定度の高さの他に、こんな部分ではアクティブ(ローインピPU)だと楽だろうねぇ。

これも含めオーディオ的にはアクティブ率の高いの程普通は美しくなり、使う場所が適してれば良いもんだとは思ったしそうしてたよ。
けれど強弱は未だしも例えばピックや指の「触れた角度の差」とか、弦の「はじかれた方向の差」等に依る音の違いはローだとハイより随分出難くなるんだ。

それを良心的に解釈すりゃ非バーチャルなのに電子楽器に近付けるとなるが、電気・電子の力を借りてても「生身の人間が実際に操縦してる」感じをちゃんと出すにはマイナスなんよ。
これ本件からは余談になっちまうが、この頃日増しにエレクトーンとHammond Organの違いがやたら気になっちゃってね。

Hammondの原典仕様の鍵盤ってSWが沢山付いてるそうで、鍵盤をとてもゆっくり押込んで行くとそれが「順番にOn」になってくんだってね。
すると鍵盤に触れた時間の長さ次第で「何個Onになったか」が違って来るそうで、音色の設定や切替えでは無く「奏で方」で音を変化させられてたんだわさ。

それでか最初の頃はどっちにも魅力が感じられたし、音色種の豊富な方が勝ってる位だったんだけどね。
長年耳にし色んな人のを聴き続けて来ると、一部例外を除いて「誰がどう弾いたか」だけに帰結しちまってのぉ。

↑の例外にしても代表格のJon Lordを始め、Hammond原典鍵盤仕様の楽器のが殆どで。
概述&大脱線になっちゃうが、どうりで大昔日本の普通のオルガン教室に俺が
三日坊主になった訳だと勝手に納得してたりして…。😓

もし所謂正統派の技術だとか奏力に興味があったらどうか知らんが、こちとらもっと「原始的な部分」から音を楽しみたい口だったんでね。
エレクトーンはおろか昭和の普及版「電気オルガン」じゃ、エレキだったら1PUで繋ぐAmpにToneツマミすら付いて無い様なもんだからねぇ。

と来といて唯では転ばん杜撰大王だからってんでもねぇが、Hammondとエレキじゃ発音源こそ違うけど他山の石と思っても行き過ぎじゃ無いんじゃないかって。
安定や扱い易さではかなり不利になろうとも、電子楽器(音源バーチャル)のとの「決定的な違い」は大切にした方が良いんじゃないかって。

<つづく>

2022年6月 2日 (木)

音楽備忘録1022 中古楽器 整備の苦悩編⓭

少し久々で前回補遺入りになるが、中古楽器の範疇にPCを登場させたのはそれなりの訳があったん。
若干自虐臭の漂う話しIT界で11年以上も前のとなると、そんな用途位にしか使えないからなんだ。

わが国でこんなのが最も顕在化してるのは乗り物辺りで、ATS(自動列車停止装置)未設の電車・バックミラーの無い自動車は普通の処じゃ今はどうあっても走らせられない。
そんなのに例外があるとすりゃ「私有地内」で、ネットへ繋がず個人の作業に供する分には役立つ場合がまだ残ってん。

とは言えそれは球レスPCM方式である限り俺がハイレゾに無興味だからで、貧にとっちゃ費用対効果は決して看過出来んからだ。
をこの辺で切り上げて本日のメニューへ早々に進めるが、アコギ×2の実態が判明したんでそこから記そう。

所謂フォークタイプ(全金属弦)とガットタイプ(Classicタイプ若しくはナイロン弦)ので、前者は’70年代後半の普及器・後者は時期不詳のハイグレードのだった。
尤もちゃんと調べたのは暫く試奏した後になってからで、どちらもかなり鳴りが良かった。

っても俺現有のがどっちのタイプのも貰い物の安物だから微妙だが、普及器の方でも現有比では低域の豊かさが中々で。
どちらも基本的にはブリッジ以外には問題が無く、これならどうにかして2つ共現有のと更新交換と洒落込みたい。

っとその前に機種としてはガットのがASTURIAS STEREO PU-Cってので、メーカが手作り工房なのは分かったがそこそこ昔のらしくラベルの型番の情報は終ぞ出て来なかった。
現行品で最も似てるのはJazz Mates Roseって名称ので、もしかしら主に電装部の刷新で結婚したから姓が変ったみたいな感じなのかな。

これの試奏体験での収穫は音の良さ弾き易さもだが、Earl Klugh氏はどんな風に弾いてあんな音になってるのかが実感出来た処。
現有器では爪を掛けると音程感が喪失するんで意図的にそうならない様気を付けてたが、ちゃんとしたのだったら寧ろ掛けた方がアンサンブル内で通りが良くなりそうでさ。

音源の様子から薄々感じては居たんだけど、現有器ではそうはなってくれんかったん。
かつては兎も角今はもうGuitarだって本職だけどそれはエレキで、バカ高いClassic Guitarをまだ半端な腕前で試奏する気にゃなれなかって。

只前オーナーから伺ってた通り全く無事だったでもなく、圧電PUになってるブリッジ部に工夫が必須な状態だった。
原形は知る由が無いが6連の圧電素子部とブリッジ駒部が何故か分割になってて、同じく6個ある駒の位置決めをする黒いプラの枠がある。

でその「枠」が低音弦のより強い張力に負けて捩れてて、しかし良く観察すると枠を保持すべきブリッジの木製基板部の溝が何だか斜めに広がってるぞっと。
文面だけだと分かり難そうなんで次回図化するつもりだが、これがもたらしてる最大の難は弦長の短縮に依る音痴だ。

現時点で弦支持は一応保ってるし音痴もそんなに酷か無いががかなり傾いてるんで、PUの動作等にも影響がありそあで。
根本原因は俺の見立てでは設計的に木部が薄過ぎたと思われるが、エレキブランドでは無いので当時はまだデータの蓄積が足りなかったのかな。

<つづく>

2022年6月 1日 (水)

音楽備忘録1021 ギター・ベースのネックの話し①

筆者が現時点迄にちゃんとした体験が無いのは外すが、生のも電気のもそれなりに色々触れて来たのでそこからの話しおば。
最初は指板のR(湾曲度合い)をテーマにしたいが、發弦系ではガット(Classic)系は大抵フラットなのでここでは比較対象のみの扱いになりそうだ。

近年は奏法の都合から全世界的には手が小さ目な日本でも、指板は平らに近く巾広目なのが主流化してまんな。
例に依って人夫々・勝手好きずきでは御座居ますが、丸まってても巾狭めでも許されるエレキでそっちへ行っちゃうのが何か勿体無い感じがするですよ。

今の処擦弦系みたいな程丸めろとは思って無いけど、機会があったら發弦系でも密かにそんなのに触れてみたいとは思ってんだ。
わ兎も角巾を狭めても極端に丸っぽくすると、物理的な弦の間隔はその分遠のいちゃうんだけどさ。

それにピック弾きだと真ん中ら辺が出っ張り過ぎてるよりゃ平らっぽい方が、印象的にはスムーズなカッティングがし易そうではあるよね。
けど少なくとも自体験からだと少々丸かろうと全体の弦間隔が
超ワイドじゃ無きゃ、真っ平らでは無い方がコントロールし易かったん。

と来てから押える方とはじく方に分けてってのも段取りが悪くてスマンが、一面でそれを強く意識してるのがナット部とブリッジ部の巾差の大きいヤツだ。
初回から右往左往みたいになったのはそれだけ検討範囲と条件が、大抵はその場で思い付けるのよりずっと多いのを指摘しときたかったからなん。

現況特にエレキでは子供とか小柄な女性以外あまりサイズフィットの意識が見受けられないが、Classic系Pianistであれば演る曲の都合で大多数が気にせざるを得ない状況となっている。
確かにエレキでは他人の曲を完璧に弾きこなせるニーズがクラ系ピアノよりゃ低目だが、無頓着過ぎれば出来る事が減っちまうのに違いは無いのだ。

人次第でニーズや優先事項に差があるから一概に言うべきでは無かろうが、自身で自由にコードを選択したりフレージングをしようとする程可能性を狭めるのに直結している。
手前味噌にゃなるが俺がこの類の件を掘らなきゃなんなかったのはチビだったのも大きいが、リーチと手の大きさは同世代の平均身長の人のそれを上回っている。

にも拘らずだったのは例えばPaul McCartneyのHöfner 500/1
・CharのMustang、John LennonのRickenbacker 325等は体格的にだけなら不要な小ささだったのから来ててさ。
昭和の日本のチビ(俺)からすりゃ彼等は皆デカいが、彼等からしたらもっと大きい奴が身近に居たんだよねえ。

先ずは体格から問題視するか否かが決まるのは確かだが、届きさえすりゃ良いとは限らないのの参考になってさ。
↑の例は偶然弾くだけじゃ無く同時に歌わなきゃなんない人ばかりにはなってるが、何人たりともわざわざ同時歌唱し難くなる楽器にする必要はないっしょ。

吹く楽器とかだったらサイズ無関係に普通には同時にゃ出来ねんだから、その特権を放棄したり可能性を減らしちゃ損やがな。
してこれが全てじゃ無くもっと色々あるんだが、ここらしく最後に真逆のケースを1つ。

ウチの従兄はJazz Bassの音色が大好きなんだが、手の大きさの他に非専門だからと正規のより短い日本製のを買いやがった。(チビッと失礼)
俺からすりゃ音色重視なら短めなのも米製じゃないのもアウトで、それじゃあ肝心の音色と特にニュアンスや反応が違っちゃうからなん。

<つづく>

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