音楽備忘録650 録り方の問題 加工度編⑧
では続いて前回は前後だったので今度は縦横…、じゃ無くてEffectorのリアルとバーチャルの使い分けみたいなのを論じさせて頂こう。
細部ニュアンス迄拘ればリアル機圧勝なのは概述だが、録音や編集ではEffector本体のみの優劣が結果に反映するとは限らん残念なケースだって少なくないのだ。
デジタルバーチャルの黎明期のはソフィスティケイトも進んで無く、雑音等では当初から高性能だったのも録る側の低性能でそのご利益が減っていた。
なのでその当時としてもノイズ面などで困ったちゃんでも、一部を除けばリアル機(アナログ中心)の方が重宝されていた。
がここ迄デジタルで録られるのが当り前になって来ると、あまりにノイジーなヤツは流石に苦しくなっちゃった。
幾ら無音部をGateとかで切ったりしても、ソース音が綺麗な場合は「背景の変化量」が多くなり過ぎてしまう。
もし他パート・トラックの全てが近似だったらまだ救われるが、それにしたって他作品と並んだ時にボロが隠し切れなくなる。
とこの段階で誤解されたくないから俺はリアル派なのを宣言しとくが、だからってトータルクウォリティを無視して猛進したりゃとてもじゃないが出来ないよ。
奏者の立場としては欲しいのが確定してる際は、そのものズバリの方がパフォーマンスだって冴え渡るからリアルに越した事ぁない。
だがリアル派だからこそ気付かざるを得なかったハードルがもう1つあり、「印象そのままに録る」ってのが永遠の課題並にとっても難しいのだ。
体験からするとデジタル録音機で音質的にちったあお利口だったのはALESISのadat位で、他のは理屈的には正しくても音楽的にはかなり劣等生なのばかりだ。
尤も過去述だが昔のアナログのでこの面がマシだったのは、必要を満たせない低性能をかばってた方が大きかったんだけどさ。
でも音楽としちゃ性能が幾ら良くても印象が変っちゃ台無しで、その具体例として今や高集積度半導体(LSI)が主流の時代なのにまだ真空管Ampなんてのがこの方面でだけ市民権を剥奪されてないっしょ。
んで「録るの大変」にはマイキング等のスキルだって含まれちゃいるが、デジタル機器の内部(特にデジタル領域)にある問題点には普通は手が付けられないかんね。
これの実体験としては「歪み始めの電気楽器」とかでかなり翻弄されたんだが、アナログ録音時代より妙に歪み成分が目立つし分離しちゃって参ったよ。
特に酷かったのがサンプリングSyntheで弾いた際で、小田和正や徳永英明が突如泉谷しげるや葛城ユキにでも変身したかの様な…。(久々でおっと失礼)
当初目論見としては運良く雑音が小さくなってた箇所だけ利用してやりゃ、生よりその分クリアになるかと大いに期待してたんだけどな。
ノーEffectでそんな具合だからソースより少数派のEffect音では、この悪影響がより拡大するのは簡単に予想出来たし実際そうだったよ。
こんなので散々振り回されたもんだからリアル派の癖に、最近はめっきりリアルが減っちゃってる。
そこから現時点での選択判断は、先ずリアル機の質や個性が唯一無二かどうかからになっている。
元々リアル機だって貧でロクなの持ってなかったせいもあるんだろうが、Liveと録音でも以前より使い分けるのが増えたある。
本来欲しいのは紛いでボロでもリアルの方なんだが、その少ない魅力が録って完全に駆逐される様ではね。
又更に考慮した方が良い部分もあって、俺の場合だとEffectのStereo化がリアルるには不都合な事情を抱えている。
って実態は単に楽器をStereoで鳴らすのに相応しいAmpを持って無いってだけなんだが、球じゃないとヤダ・困るとなると簡単な話しじゃないんですわ。
例えばChorusだったら親友から20年以上借りっ放しのDimension Cが手元にあり、音色・音質共申し分ないししっかりStereo仕様にもなっている。
のにLine録りや石を嫌がるとそっから「先が無く」、かと言ってモノで使うとLive時ならモノラルでもセーフだった本来の拡がり感等が足りなくなってしまう。
<つづく>
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