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2021年4月

2021年4月30日 (金)

音楽備忘録624 魔改造悲喜こもごもⅣ-③

今回の苦行!?は全く本人が望んだもんじゃ無いから萎え気味だが、必要に迫られてるんだから放っても置けない。
今は候補筐体(カバー付き20W直管型蛍光灯具)の分解清掃が終盤を迎えた処で、それと並行してLED素子を定電流駆動させる為の部品を準備している。

一応定電流駆動の必然性から簡単に説明しとくと、LED素子を熱破壊から守りつつなるべく安定して明るく灯す為だ。
LEDでも照明用みたいな大容量じゃ無かったら大して発熱しないし、表示用途だったら点いてるか消えてるかがハッキリ分かればそれで良い。

そんなのだったらマージンもタップリ与えてやれるから、単純に抵抗器1本で電流制限を掛けりゃ済む。
処が安定度も然る事乍ら電流量や素子数も多量となって来ると、抵抗器が発する熱やそれに依る電力損失もバカにならなくなって来るのだ。

そこで現代標準では近年ニーズも膨大となったのもあって、専用の半導体が出回ってるんでそれを使って制御する様になっている。
宅の問題児君も元はそうして超小型且つ比較的シンプルに纏められてたが、小さいが為にこれの放熱余裕が殆ど無かったせいか短命に終わっちまった。

この放熱案件は世間基準が改善されぬ限りしつこく吠え続けるつもりだが、特に近年は昔より温暖化も進んだってのに却って余裕を減らしてるんだから到底承服出来ませぬ。
尤も盲点となり易いのが桁違いのダウンサイジングで、部品本体とヒートシンク(放熱器)のサイズバランスに惑わされてる節がある。

又半導体は高効率が故に「使われ方次第で熱量変化に劇的な差」があり、最初から大きく作ると無駄で邪魔になる事も少なく無いから最低限で作られてるのが殆どなのだ。
と折角これ等を充分理解してても難儀させられるのが手持ちジャンクに専用品が皆無だからで、取敢えずは買わずに済まそうとするとこう云う厳しさが付き纏う。

今回特に「買うもんか」と強く思ったのも概述の通り問題児君のプチ特殊性からジャストフィットのがそもそも売って無いからで、出費した上に理想と程遠いんじゃ敵わないかんね。
かくなる上はもう魔の道まっしぐらにひた走るしか無いが、それで訪れた最初の関門は同一特性トランジスタの数を揃える事だった。

集積回路(IC)であれば1つのパッケージ内のは複数あっても同一特性で、製造と構造から半ば自動的にそうなっている。
だがバラ(ディスクリート)パーツとなると良く云や個性豊かで、今回の「全部同じに動作(点灯)させたい」ニーズには選別が必須になる。

長年の魔活動経験から採集時に計測して記録する習慣が付いてるからその手間は掛らんが、同一特性な上その数がそこそこ要るから選択肢がとても少なくなって来る。
その特性と必要数を満たせるのが1つは見つかったが、本来望んだ容量からは小さいのしか無かった。

そこで魔の第1段として本来なら1系統に1個で済むのを2個使う事とし何とか間に合わせられる見通しは立ったが、これだけでは安全マージンがとっても心許ない状況だ。
そこで仕方無いから魔の第2段を考えて、全体の供給電圧をギリギリ迄下げる事にしてみた。

最初から新規制作するなら最適バランスで設計すりゃそんな必要なんて無いが、電源も素子も流用品となるとマクロレベルでもフィットしてくれるのなんてせいぜい多くて10年に1度でもありゃ三国一の幸せ者レベルだ。
今回素子側では幾らも寄せられないのは専用放熱兼用基板も活用したいからで、最低単位のLED4つ並列の部分は変更が効かない。

必要な明るさの為には素子数の調整にも制限がキツイし、全数が「割り切れない数」にするのも不可能だ。
元々熱のせいで短命化したらしきだってあるが、剥き出しでは使えないってのもより熱に過敏にならざるを得ない処だ。

LEDもパワー系のとなると発光源が眩し過ぎて、真夏真っ昼間の太陽みたいなもんだから直視厳禁とされている。
それで光る範囲を非透明なので覆ってしまえば、全体としても準密閉構造になって放熱が厳しくなるのだ。
…っとこんな目に遭い難くするには安物を避けるのが第1と思うだろうが、単純に高級品を奢るより汎用規格でなるべくバラバラに買うのが一番のお勧めだ。

取敢えず一応設計と作図の第一段階は完了したので、これから所謂ベンチテストに入る。
何とかなってくれると良いんだけどねぇ。

<続く>

2021年4月29日 (木)

音楽備忘録623 録り方の問題 エレキBass編⑬

では前回提示した「タッチノイズ」 案件の続きと洒落込むが、状況次第でその定義内容に変動がある代物だ。
パーカッシブな演奏には必須な要素だが音楽的に聴こえる状態になってくれないと、特に録音では微妙な存在に成り下がったりもする。

その他にもミュートした時のが大き過ぎたり弦とフレットの接触音等、かなりあらゆる物が検討対象に上って来る。
これ等に懸念があるのは直接的なのばかりと限らず、体験からは2次災害の方で困窮させられるのが多かった。

私的最新体験例だと曲冒頭がBassオンリーで、ハンドミュートを使ったののLine録りでこれが顕著だった。
他の奴はどうしてるか知らんが俺はハンドミュートする時ゃ、特に歪ませて無い音色のだと普段より強めに弾く事が多い。

これは曲想にも依るが望まぬ音量低下を避けたいからで、しかし気を付けないとスラップでも無いのに弦がフレットにぶつかる音が出たり大き目となり易い。
「これは弦楽器なんだぞ」って観点からは完全に排除するのも却って考えものだが、悪目立ちされ過ぎては雑とか汚らしい印象を過剰に与え兼ねない。

してどんな風に悩まされたかってぇてと、Drumが入って来て以降は殆ど気にならなくなるし変に遠慮した弾き方をするより何時も通りの方が良かったからだ。
もしフレーズなり何処かが違っても良かったらどうって事ぁ無かったが、完全に同じじゃないと編曲の意図を出せなかったから困ったぞ。

先ずはリアルで平気だったのがそうなった原因をあたってみたが、高域が無制限に拾えてるのとダイナミックレンジも無制限なのがこれでは仇となってた様だった。
リアル時(原典)では低音に盛りはあるものの籠らせたりはしてないノーマルなToneセッティングで、少しワイルドに演ろうと大人し目に演ろうと他メンバーから何の苦情も出て無かったってのだ。

苦情と言えば録りのバージョン1ではタッチ感に拘って中域を強めにしたっけ、何時もの感じと違うって言われて没になったのが最初だ。
実際には現場で「Ampスピーカから聴こえてた音」へ寄せてみただけでもあったんだが、相棒達が抱いてた期待と距離があったか兎に角不評だった。

尤もこの試行は分析耳に従ってのものだったんで、俺本人は無頓着でも他人には象徴的だった何処かに大きな印象差があったのかも知れない。
そこで再設定する前にプチエゴサーチをしてみると、って単に俺のポリシーから出音の想像をした程度だけどね。

そこから出て来たのは平均より下が豊富で重く結構攻めてるから高域も削れて無く、これを纏めると一般的なのより所謂「ドンシャリ」傾向の強めなのと導き出された。
本人としちゃ迫力とキレみたいなので勝れてりゃそれでOKなんだが、他人様にはどうやらドンシャリの方が印象に残るらしい。

処がLine録りでそう聴こえるセッティングにすると、本体部は良いんだが不要タッチノイズがやたらと悪目立ちする様になっちゃったのよ。
元から大人しく弾いてる柄じゃ無いにしても、闇雲にワイルドさだけを追及したりゃしてないのに…。

ついでだからこれの持論も付記しとくと歌のシャウトでも結構意識してるが、「常用・頻用可能なワイルド」にはある種の品性が伴う必要があると思っている。
同じ殴るでも暴力かスポーツなのかとか、不貞腐れて投げ槍になってるのか無駄に元気過ぎるだけなのかってなね。

私的研究からするとこんな部分がRock系では時に死活問題級で、ClassicやFolkの方が時々だったら横暴でもまだ全体への悪影響が無いと感じられている。
楽器が生主体かエレキかの差に依って音色的歪みの出方に差があるのもだが、それ以上に「通常運転がワイルド」と感じさせるにはとっても重要なのだ。

加えて随時頻吠えの如く完全に全てがフォルテとなってしまうと、聴き手にフォルテである事はもう殆ど分からなくなるでしょ。
それからすると結局は弱目に弾くしか無くなるが、それでリアル平時より大きな音量低下を伴うんじゃ不味いんだよねえ。

これも半分は持論に過ぎないがポピュラー系の強弱表現は、Classic系のの音量よりも音色差じゃ無いと違いが減っちゃうじゃん。
そもそも音色的に歪ませたGuitarなんかが入ってると、音量はそっちに沿わせなきゃなんないしさ。

<つづく>

2021年4月28日 (水)

音楽備忘録622 残響考⑪

まだ中間報告の域を出ないけれど、従兄が奮闘中のリアルエコーの続報でゲス。
こう云うのは余程経験を重ねないと終着近くにすら至らないもんだから、それからしたら何時までも中間報告なんてもったえつけるのはそぐわないかも知れない。

のになんでそう言いたいかったら機材面の事情で、考えられる実験の全てはまだ実施出来ない状況にあるからだ。
従兄宅の現況では録りのMicは8本迄で、俺言い「階段バーブ」をステレオにするにはDrumsetへ普通の個別立てが出来ない。

この制約を克服する為に彼は並行して研究してるが、本式に使えるコンデンサタイプが2本しか無いのが更に足枷になってるのだ。
それでかこっちが強引に提案する迄、残響収録には臨時物しかずっと使っていなかった。

それを漸く試した結果は俺が心配した最悪は免れたが、やはりかなり差があった様だ。
残響自体の質にも勿論差は出たが、彼曰くエコー以上に「Drumの音色が変った」んだとさ。

具体的には「バスドラがBONZOみたいになった」と感じたそうで、その原因は「皮の残響」が以前よりしっかり拾える様になったからだ。
ここで「皮の残響」なんてヘンテコなのを翻訳しとくと、アタック音の一部が響いた物の事なのだ。

取敢えずエコーが掛る前の状況から想像して頂くが、そんなのは打たれた瞬間から極短時間の間だけ出るもんだ。
実際には余韻が鳴ってる限り皮は動いてるんだが、皮が大きく動いてる間にしかこれは聴き取れ無い。

リアルの本のなんて電子書籍が市民権を持ったから言わなきゃなんなくなったが、威勢よくページをめくった時だけ「シャッ」っとか音がするやんけ。
薄っぺらい物を素早く動かした時特有の発生音で、これがClassic系コンサート中の今はアホ大臣のせいで有料になったコンビニ袋のだったら大迷惑なヤツとかだ。

っと大脱線しそうな処でこっちも慣れて来たから即復帰させるとして、高域迄良く響く状況下では普段よりもそれが目立つ様になって来るのだ。
何しろ残響レスだと一瞬で消えちまうから、少なくとも個別に聴き取るのなんて人力オンリーでは不可能に近い。

そりゃ入ってるのと入って無いのでも比べりゃ違うのは割と誰にでも分かるだろうが、意識しなくてもハッキリ耳に入って来させるには残響のアシストが必要だ。
確かに高域があまり落ちて無いMicをOnに構えれば、「皮の音」は無残響でもそれなりに拾えてるよ。

けれども俺の課題にもなってるのは、胴や裏の皮のが幾らも拾えて無くても構わないならになっちゃうんだわ。
なまじ打面に超接近させてるんだから、出てる音の狭目の一部しか拾えないのは仕方無いんだけどね。

私的にはその対策としてドーナツミュートを乗っけたり、スティックチップの「当たる面積」が広目になる様なのを選んだりしてるがね。
けど所詮はそんなのコスプレ若しくはシミュレーションで、生耳に聴こえてるのとは明らかに違う音だ。

宅では階段じゃ無くても「バーブ」になり得る空間が無いからどうしようもないが、従兄としたら本職のに「録る為の変な癖」が付くのは嫌みたいだ。
傍目には体調面その他諸条件からLiveなんて今後殆ど演りそうに無い従兄だが、Studio録音でしか叩かない人じゃないから不都合なんでしょう。

これからすると生楽器系奏者の場合、下手に録音やエコーの都合で演り方を弄り過ぎない方が良いのかも知れないね。
フレーズや速度の技術では新しい人の方が進化してるんだろうけど、ベーシックな部分のスキルは昔の人程高かったと俺が感じるのはこんなののせいなのかな!?。

更に語っちゃえば本チャンではデジリバに頼るとしても、リアルで響くとどんな風に聴こえるのかを先に熟知しといた方が良さそうだよね。
Off目Micに依る現実に即した太さと、高域残響に依る皮揺れの共存ってか。

知らないで模倣するとEQで上げ過ぎたりとか、そう聴こえるメカニズムに疎いと補填策を講じるにしても的から外れ易くなりそうだ。
そのせいか分からんが宅で録った太鼓のも、一緒に舞台に立った人のだと割と上手くエコーが掛けられてたな。

その一緒って俺が叩いて無い時ので奏力自体も疑わしいにしても、どうも自分の叩いたのにだけ今一上手く掛けられないのは残念な処だ。
良く考えてみると俺が叩いたのを信頼出来る誰かにちゃんと録って貰った事ってまだ無くて、せめてもっと色んな場所で叩いて聴いとかないと駄目なのかもね。

<続く>

2021年4月27日 (火)

音楽備忘録621 魔改造悲喜こもごもⅣ-②

先ず極力出費は避けたいしある物を有効活用しようと思うと、只でさえ高いハードルが一層高くなるのは仕方無い。
それを充分分かってても今回のLED照明の件では、何時に無く迷い捲って困窮した。

なまじ入手不能な部品でとてもシンプルに構成されてるが故に健全時は大変結構だが、こなうると制約の嵐で元の姿のままってのが殆ど無理なのだ。
照射角や発光位置からすれば元の灯具の形が良かったが、筐体の空間余裕が無いに等しいからとてもじゃ無いが収めきれない。

となると最初の考慮点は元筐体の何処をどう弄るかだが、これは代替電源部がどんなのになるかで大きな相違が出て来る。
元のLED素子の構成を堅持するなら最低で75V以上の供給電圧が要るが、手持ちジャンクでそれを達成出来るとしたらトランス使用が避けられない。

しかし場所が場所なだけにサイズもだが重いのが問題外なので、安物ACアダプタ(スイッチング電源の
)の直列運転ってのを考えてみた。
手持ちではスイッチングタイプだと余剰は12Vのしか無く、市販のでも1に小型軽量で2に廉価となると24Vの迄しか無かった。

本来欲しいスペックのを自作するのも不可能ではないが例え手間を厭わずとも、24Vの小型軽量のが¥600程度となると部品代の時点でもうコスト的に太刀打ち出来ない。
そこでせめて所望の半分以上の電圧に出来ないかと考えてたら、かなり悩んだ後で以前に偶然見つけた裏技を思い出したって寸法だ。

この直列運転ってのの概念図を久々で登場させるが、100%どんなアダプタでも可能では無いしそれなりの工夫も必要だ。
具体的には負荷からの逆流を阻止する為に、耐圧・耐電流共アダプタ出力の2倍以上のショットキーダイオードってのを付けとかないと危ない。

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成功率100%じゃないのに候補としたのは、駄目だっても単独か容量不足だったら並列運転にすりゃ済むからだ。
但し24Vで駆動するには素子群を最低でも電気的に4分割しなきゃなんないから、元の筐体は使えなくなる。

もし48V(アダプタ直列運転)駆動が可能になれば、2分割になり追加配線は4本で足りるからその程度だったら狭隘でも何とか元筐体へ収められる。(それでも残念乍らアダプタは外付けになるが…)
とは言えなるべく買うのを減らしたいから手持ちジャンクから↑のダイオードを探してたっけ、採集元のアルミ放熱器に付け放しでしまってるのも確認しなきゃなんなくなった。

そうしてあちこちのガラクタをガラゴロ漁ってる途中で、24Vのスイッチング電源アダプタを大昔に死蔵しといたのを突然思い出した。
これがかなり変態的なのだったから「アダプタ」とか「ユニット」と意識してると、只てさえおぼろげになった記憶と中々とリンクしなかったんだが正体は20年位昔の廃プリンタの電源だ。

ポータブルのハンディタイプのじゃ無きゃ普通プリンタの電源って本体に内蔵されてるが、普段は本体に嵌め込まれて一体化してるが実は取り外せるって代物だ。
今時の市販品と比べると4倍位のサイズではあるが、軽いのと平べったいのには少し期待が持てる。

どうせ元筐体は使えないとしたらお次の候補は、LED化以前に使用していた直管型蛍光灯具だ。
こヤツに至っては建物新築当時のだから30年以上物と恐ろしい古さだが、当時の普及品はインバータになんかなって無くて安定器ってのが入ってる。

要するにその安定器の為に設けられてる空間へ、発掘アダプタと挿げ替えりゃスペース案件はクリア出来る。
尤も他に追加回路や基板の分割・取付等作業は多岐に渡るが、買わないで済ませられるならもう迷う余地なんてどっか行っちゃったよ。

<つづく>

2021年4月26日 (月)

音楽備忘録620 録り方の問題 エレキBass編⑫

そろそろ電気・技術方面から演奏の方へシフトしてくが、殊に録るとなると密接な関係がある分が顔を出すのはご了承下さいまし。
結構高いスキルを持っててもその割に成果が上がらないなら、上記の2つ「リンク不足」が原因なのが多いのさ。

かなり原始的な構造の生楽器でさえ相手を良く知って無いと絶妙とは行かないが、機械だの電気だのの含有率が高いと「弾くだけで何とかしてやらぁ」ったってそうは行かない。
極例提示しとくと黎明期のAnalog Synthesizerなんて、厳密な音響測定するよりもっと難しい位だったもの。

電気的には同等かそれ以上の手間が掛るのに、肝心の機器精度は桁違いに低い。
尚且つ普通のだったら鍵盤演奏も出来なきゃ駄目だし、それでいて他の鍵盤楽器で使えた方法の一部しか通用しないとか今からしたらワー面倒臭だ。

但し↑みたいなの以外だったら正確な呼称とか理屈迄把握しなきゃなんない程じゃなくて、友達の好みなら大体知ってるなんてのと同じ感じでオッケーだ。
喪中なのを忘れて親友に年賀状を出す様な真似さえしなきゃってなもんで、けど気を付けててもこないだ俺はやらかしちゃったよ。

本件と対比するだけの目的で!?弁明しとくと、こっちが出すのが先で間違いの分かるのは後からなんだもん…。
それも相手が不在や多忙だったり、来るとして返信が届くのは最短でも3日後とかになるでしょう。

これが楽器の場合聴取環境に大きな問題とか無かったら、弾いたと同時か直後に判明するのが多いんだからさ。
といい加減で具体内容に進めてくと長年の体験からだと、その筆頭は色んな「タッチノイズ」だ。

これで一番厄介なのが単体聴きとアンサンブル内聴きでの差で、かなり予測の通用しない方が多い処。
これは集中力だの聴力だのが主犯じゃ無く、大昔比だと楽器⇔人耳より楽器⇔Micが近いとかそんなのが真犯人だ。

この点では奏者のモニタが楽器AmpなのにLine録りなんて最低で、それがMixingブースのモニタスピーカでもまだ役不足だ。
私的推奨モニタ方法はちょいと実施迄に手が掛って面倒かもだが、なるべく大勢の一般大衆と聴いた感想が同じになる「自分の耳用ヘッドホン」を見つけて持っとく事った。

例えば昔よりゃSONY CD900-STはプチヲタ程度の一般人も持ってたり使う様になって来たが、それだって世間の平均レベルからしたら細かい処迄「聴こえ過ぎ」だ。
真摯な奏者程自分の出した全てを把握したいのは分かるけど、一般観客の皆にそんな聴き方されたら気味悪いでぇ。

再生環境は方法も機器も星の数状態だから事前完全把握なんて無理だけど、当選確率からすると誰でも買えて買いそうなのがそれでもまだ近いんじゃないかな。
過去述だがだからCD900はミュージシャン等にも沢山使われてはいるが、あれはやっぱり検聴・分析用なんだよ。

私的に誰かの録音風景でゲンナリさせられるのは、これからデビューする幼いアイドルにさえ平気でそんなの被らせちゃったりしてるのだ。
業界用具!?に慣れさせるって意図は理解出来るが、パフォーマーに先ず必要なのはノイズ検知じゃ無くてニュアンスとかの方だ。

しかも隠してるだけで恐らく劣化や難聴の進んでるクソオヤジ供と、無垢で健康な(残念乍ら最近は若くたってそうとは限らないが…)耳に同じ機材で同じになんか聴こえる訳無いじゃんか💢。
これって英語圏だとWearableって表現があるが正にその類で、「身につける人に合せ」無きゃ何の意味もあらへんがな。

幾ら同調圧力国家日本ったって世間で年齢とかでそれなりに分化は残ってて、もし頭ごなしにCD900ってんなら汚ねえオッサン等もニーハイにミニスカートで来いってな位ホントは異様な光景なんだぜ。
でなかったら生粋のメタラーでも例えば40過ぎたら鋲は禁止…って、齢が違っても同じ趣味だから似た格好って良い方のだってアウトにならぁな。

どれもそんなじゃ困るから少しだけお金が掛るけど、ヘッドホン1つにしたって分析用とパフォーマンス用を考えも無しに兼用したりしてる様じゃ苦しいよ。
こう云うのをちゃんと教えてくれる処や人が少ないのもけしからんが、今迄より何とかしたいと思うならそれなりで良いから自分から進んで考えたり工夫しなきゃですよ。

下手すると同業者を売る事にもなり兼ねんが悪徳な奴等だと、絶対普通じゃ聴けない様なモニタを使って「ウチで録ると他より全然良いでしょ~」なんてのもたまに居るがな。
そんなのが昔は地方で唯一のハコだったりすると今より横行してて、機器価格の事情なんかで普通の個人じゃ手が出せないからなんてのと比べたら今は随分良くなったんだよ。

<続く>

2021年4月25日 (日)

音楽備忘録619 残響考⑩

前回も再三の「エコーは必要最低限」を又吠えてたが、ならば掛けないと苦しいのはどんなのかが今回のお題だ。
俺の世代だと’60代初頭以前の洋楽とか、’80年代後半の邦楽っぽくするには掛ってた方がらしくし易いが…。

いきなりの但しが来ちゃうが、↑をホントに実現するには先ず録音方式にその時代のかかなり近いのが必要だ。
こんな処が誰でも失念したり見落とし易くて、最も印象深いのが最大要因とは限らないのだ。

一般人若しくは職業人でも後発だったりすると、当時の内部事情みたいなのの全貌は把握し難い。
どんな音にどんなの掛けてそうなったかの、掛ける前の分は普通外部非公開だからねえ。

言わば加工度の高い食品で、その中の材料の1つだけの味を想像するのは難しいってな感じよ。
なので本テーマからするとそんなのは一時預かりの類で、無いとお話しにならん筆頭は奏法自体とリンクしてるのなんかだ。

これの典型的なのは私的には古いのに多い気がするが、The Venturesのテケテケとかポピュラー系でたまに顔を出すオーケストラヒットみたいなヤツだ。
更に掘るとオケヒットの方は収録時や音源自体に既に含まれてる方が多いから、狭い場所とかたった1人でも演奏可能な楽器のに一番多いと考えられる。

大昔の作品にはソロパートにだけエコーが掛ってるのなんかが随分一杯あったが、予算の都合で伴奏の分迄掛けられなかったんだなんてケチつけてるのは誰だ?。
実際それもあったとしてもそんな音場からしたらいびつになりそうなのでも通用したのは、ソロパートだけが当時としては珍しく「Micが近かった」のも大いに関係があったんだ。

そのままにしとくとOn Micの分だけ、収録場所の残響含有率が少なくなっちゃってんのよ。
これを好意的に受け止めて貰えれば「貴方のお側に」となるが、画が無いから今の感覚だったら歌手だけ「高齢の為自宅からリモート出演」みたいにも捉えられちゃうかも知れない。

電気楽器のAmpに比較的早期から内蔵されたのも、Beatlesが出演する迄ポピュラー系は武道館出禁だったみたいなののせいもあったかも知れない。
只でさえ生楽器より「響く所」が少ないのに、その上良く響く場所で演っちゃ駄目なんてったらもう他に方法が無いからね。

それからすると今なら残響無添加の音源なんかが最右翼になるが、ご親切に最初から加えられてるのが多いから理論と実情に差がある。
尤も例えば葉加瀬太郎が国立第2劇場でStradivariusを弾いたのが欲しくなったと仮定して、そんな音源が手に入れられるのはとっても稀だ。

それ処か特に専門外の楽器だったりすると、そもそも自分の好みがどんな組合せのなのか分かって無い事の方が多い。
となると奏者・場所・楽器程度はその組合せを後から選べると良いんだが、パッケージング度の高いのだとそんなの受付けてくれない。

それでか近年のSynthe系キーボードでは内蔵されててデフォでは掛ってるが、必要とあらばOffれる様にしてあるのが主流だ。
これの使われ方としては特定時だけ切ってるのが多いみたいだけど、俺的にはそれじゃあ逆な気がしている。

それは根本的な音色選択を多少なりとも惑わされる危惧があるからで、いざ録る段になって初めて切ってみたらショボくて変とか余韻の長さがちっともマッチしなかったなんて…。
これは打込みの際にも掛った状態で完成させといて、録るのに邪魔になったから切ったらオリョリョとかね。

生より電気楽器の方が録る場所の残響が入り難いし、電子楽器に至ってはわざとしない限りはそもそもそんなの入らない。
だから残響を追加しなきゃなんないのがとっても多いが、折角自由度100%だからこそ先に決めちまったら勿体無いんだ。

大型生楽器だと色んな事情から制約が厳しく、理想通りの録り方が出来るのは稀だ。
そのお陰で追加残響の選択肢にも新たな制約が付いて回るから、全体の出来栄えを考えると融通の利く方で合せるのが利口なのだ。

なのでどっかのプロが「何時もウチはこれ掛けてます」なんてのへ、参考にするのは大いに結構だが安易に真似しちゃアカンのよ。
彼等には豊富な経験から録り方自体がある程度固定してたりしてて、「結果が読めてる」からいつもので行ける保証があるんだ。

<続く>

2021年4月24日 (土)

音楽備忘録618 魔改造悲喜こもごもⅣ-①

前回のパートⅢの終りの方で一言多かった!?のが災いしたか、件の問題児「新品LED照明」の生き残り半分がとうとう逝かれやがった💢。
従兄が珍しく乗り気になってるからジャンジャン作って録ろうとしてるのに、ドラマじゃあるまいしスッカリ水を差されたわ。

重なる時は重なるって普通に起きるもんだけど、負債の長く続くのはそんなに多く無いのにね。
兎に角スクランブル状態に陥ってたから、何時もより書き上がる迄に間が開いたのはご了承下され。

その他にも期限ギリギリ迄先延ばししてた確定申告等もあったが、本来ならみんな真っ暗が解消してからにしたかったんだ。
何をするにも只でさえ強度の老眼だから、こう云った基本的環境の差は一段と大きく出るん。

なんてぇからには修理に時間が要って、後回しにせざるを得なかったんだよ。
一応件の問題児がそうなった経緯を再掲しとくと、使用部品自体の当りハズレがあったにしても例の「放熱の甘さ」が最大の原因だ。

トラブル2度目の今回だって調べるのだけは割と直にやっていて、過熱で電源回路のICが駄目になった様なのだ。
俺は普段自室の天井を眺める癖なんて無いから事前には気付けなかったが、その回路基板が収まってるプラ外装の変形・変色が前回故障時から一段と進んでいたし。

それだって他は健全だったんで故障部品だけ交換すりゃ済む話しなんだが、これがカスタム品だか知らんが全く入手不能のだからそうは行かない。
概述だがネックになるのが駆動電圧の高さで、放熱基板でパッケージングされてるから
LED素子の接続変更が容易じゃ無いのだ。

電力理論からしたら電源電圧と差が少ないのは良い事で、電流量が少なくなるし変換回路(交流→直流)もシンプル且つ小型化出来るから優れたアイデアだった。
だが巷に流通してるこの手用のパーツの多くはもっと低圧のが主流で、恐らく汎用性を高めて量産効果(主に価格)を最大限に享受したいからなんだろう。

例えばPCのを筆頭に他の機器の所望電圧となると、今時は比較的大規模な装置でもDC24V以下のが主流だ。
そのPCだと±12Vや5Vのが合計で500Wとかとなってるが、電力効率からしたらもっと高電圧・小電流にした方がロス等は少なくて良い。

その上電流だって1Aを越すと太い電線が要って来るから不利になるが、感電事故を減らすのとお馴染みの雑音耐性の為にインピーダンスを下げるにはそうなってしまう。
今回の照明器具ではそんな影響は少ないから、なるべくなら設計思想は堅持したかったんだけどね。

でも前回と違って部品的には極一部でも機能的には全壊なんで、流石に基本的な処遇から再考してみましたよ。
事態の早期収拾には買換えが最適だが、それには出費の他残骸の処分の問題が付いて来る。
機能的には残骸でも筐体やLED素子等は経年も浅く新品同様だし、この手の素子は放熱必至だから次にどう使うか決まる迄は原形保存が好ましい。

何より心理的に万里の長城となってるのが買ってからの期間で、買換えて又同じ目に遭わない保証が無いのも到底承服なんて出来ゃしない。
照明器具でもより業務用タイプの中から選べば少しは持ちそうではあるが、そんな処では予備品の確保で凌ぐのが恐らく一般的だから宅の状況には全くそぐわない。

実際同時共同購入した従兄宅では当初は明るさが足りるか不明だったから3つ買ったが、常用×2で予備が1って状態となっている。
こうなると先ずはLED素子放熱兼用基板の改造が必須となるが、これは手持ちの余剰電源の流用を画策しての事だ。

宅のニーズでは元が明る過ぎだったから数を減らすなり供給電力を減らすなりして、改造で放熱性能が落ちたり追加される配線を熱から守ろうって作戦だ。
但し可能でも加工量は多いし追加配線で余計な影が生じない様に処理するのも大変そうだから、本来なら最も選択したく無かったんだけどね。

何れにしても幾ら安くなってもこんなに普通には修理不能なのばかりになったり、修理の手間と価格は高いのにその従事者の待遇が法外に低いのはいい加減で熟慮して貰いたいもんだ。
経済格差も含まれるはするが最近それ以上に誰にでも、とても暮らし難さを感じさせるのはこんな部分なんじゃないかな。

経済効率に特化して工夫したつもりなんだろうが、無理の無い持続性ってのが最早完全に欠けちゃってるんだよ。
一般職のサラリーマンをしてる方には申し訳無いが、もっと実務に従事してる人や職業を大切にしないとこの先は無くなっちゃうんじゃないのかな。

<つづく>

2021年4月23日 (金)

音楽備忘録617 録り方の問題 エレキBass編⑪

暫く続いてるBassの歪み案件 しつこいがもう少しだけ、その意義を皆にも考えて貰おう。
ジャンル次第ではその必要度にも差があるが、基本的には人力演奏じゃ無いと得難いのに先ずはご注目だ。

今時は打込みだって高級な音源があったら、単純に音色だけならあるかも知れない。
しかし耳音色的には無歪みなまま手弾きみたいに、電気的に境界域を柔軟に行き来するってのが出来ない。

人工の方でもこれになるべく近付けるべく歪み成分が高域だけにあるサンプルにしといて、強弱に応じたフィルタ開度で聴こえ難くしたりなんてのから始まった。
次に1音色内に2種サンプルを持たせといてそれを強弱に依って選択させ、一応同じ音色で違う状況を演出するなんてのとかね。(宅の半壊古典鍵盤のがコレ)

今はもっと高度化されてそうな気もするが、人力なら全て「間がある連続可変」なのが人工だと不可能に近いのには変わりない。
そしてそれ以上に問題になるのが強弱の場所と程度で、感性(若しくは聴こえ)に従って加減してると結構想像とは物理的にだと違ってる事が多い処だ。

私的には最初にこれを意識させられたのはサンプリングでのエレピだったが、綺麗だがひ弱か逞しいが汚過ぎるの二択に迫られたのだった。
この点に限っちゃ生楽器には電気的歪みによる音色変化が無い分マシで、けれど金管楽器については実物の音色変化巾の広さに追従し切れて無かった。

それだって上記の如く音源だけの責任と言い切れず、打込みの方にだって問題があるのは確かだったけどね。
だが問題はどれかたった1つのパートでも現実と僅かでも違ってたら、アンサンブルバランスの差のせいで正解が変動しちまうのである。

全部生演奏したのと細心の注意を払って打込んだのと比較分析してみると、生のでは割と目立ち難い箇所に少し汚れたのが集中してたんですわ。
例えばDrumがフルCrashしてる時のとかCymbalの高域が凄いから、こっちの些細な変化なんて殆ど認知出来なくなってたんだ。

ではどうしたら少しでも現実に近く打込めるかってば、その楽器を一定以上のレベルで実演可能なのが必要だ。
処がそんなに演れるなら特殊事情の無い限り、わざわざ打込む必要がもう無くなる。

因みに↑の特殊とは実演出来る環境が無いとかになるが、一時的になら兎も角楽器完全無所持でそんなに演れるなんて事ぁ先ず無いでしょ。
ほんで些細だが大勢に案外大影響な本件の類、どうも本邦音楽界はアニメ界と違って勇気が無さ過ぎて情けない。

私的にはTVの最初のルパン三世の演出が半ばバイブルとなってるが、それは綺麗と汚いとかの巧妙な使い分けにある。
何かハッチのハンドルを回す場面では少し錆びてる想定か、回転させると一々「キィコキィコ」なんて音が付けられてた。

その一方で銃や車みたいな重要アイテムのアップ画面では、当時アニメは単に動く漫画なだけだったのに精緻なディテール再現がされてたりとかね。
これって上記前者のは冷静に考えると「どれも全部錆びついてる」なんてのは変で、ホントにそんなだったらもう回せない筈なんだ。

なのにどうしてそんな音を付けたかったら、恐らく「回してる」のをより実感させたかったからなんだろうね。
当時のTV画面の解像度じゃ「額に浮いた汗粒」なんて折角描いといても、アップにでもしなきゃ判別困難だったろう。

それに対し後者のは現実世界でもまじまじと眺めりゃ、普段無意識で目に入った時より「へーそうなってたんだ」なんて細部迄把握出来たりするじゃんか。
こう云うのって幾ら高音質化しても「画の無い」音楽の方が、今だってホントはよっぽど必須の表現技術なんだ。

にも拘らずリアルさより綺麗さを追及しちゃったからか、人工音楽(打込み等)方面ではこの手のがメカ的にも人的にもちっとも育って無いんだわさ。
換言すりゃ音響的には一大向上を遂げたが音楽的には寧ろ退化しちゃってて、特にハード面の稚拙さは操縦する方で解決し切れないのが多く残ってる。

今はEffectorとしてならかなり色んなのが取り揃っちゃいるが、打込む当初から掛って無きゃいけない様なのがそっちにあるってのも考えものだ。
確かに打込みソフト(アプリ)に必要に応じて最初から掛ってる様にしとくと、現況では重くなったりして面倒かも知れない。

けれどそもそもはAmpが無かったら録れなかった楽器なんだから、「Ampの反応」等の要素をもっと考慮しないとおかしいんだ。
特に打込まずに弾くんならで、そうでもしなきゃミスや雑音面での不利を補う事が出来ないんじゃないかな。

<つづく>

2021年4月22日 (木)

音楽備忘録616 残響考⑨

前回迄天然系残響の話しが続いたんで、ここらで変えて人工の方へスポットライトを当ててみよう。
近年のデジリバに俺はご縁が無いのが難点だが、体験からはデジタルの方が安物だと正式な録音にだと実用性が低かったと感じている。

どうも本邦メジャー系では’80年代中盤に登場して以降、只ひたすらクリアに響いてさえいりゃ良いかのような状況に陥っている。
確かにアナログ系のしか無かった頃よりゃ雑音面や周波数特性等に格段の向上があったが、まるで容姿だけで選んで結婚したら性格は最悪だったみたいなみっとも無さだ。

私的分析に依るとその元凶は、体裁に忖度し過ぎて本来の目的を見失ってる様に伺えた。
素人がどうにもならない歌唱力を補うのにエコーを欲しがるなら分かるが、結果的に大の玄人が殆ど同じ事をやらかしちまってるんだから恥知らずに他ならない。

俺自身技師でもあるので仮に無理にそれを擁護するならば、仕事量(種類)や選択肢が増え過ぎたのも敗因な気はする。
一寸回り道になるがかつて本邦では録音やMixでのEQ導入がかなり遅れ気味で、それ自体は保守的過ぎて当時は残念だったけどさ。

過去述だがMixer卓自体にEQ非搭載の方が主流の時代も結構長くて、PA系メーカで’70年代中盤・オーディオ系大手では’80年代に入ってやっとどれにも付く様になった有様だった。
なのでこの点だけで見るとお淋しやだがそのお陰か、マイキングの平均技術レベルは当時の方が高かったんだな。

それを実感したのはかなり後になってからだが、技師側ではそれでしか音色の調整が出来なかったんだものね。
で時代が下る程劣化傾向が強まってまだ歯止めが効かないで居るが、「デジリバやEQで誤魔化せる範疇」なら良いだろうなんて怠惰思想が蔓延しちゃってるからなのかねえ。

そりゃ違う時代(手法)のと比べなきゃボロが出る迄に少しは間があったりするが、本来の優先順位が真逆なのはこの先何時になったって不変のままなのだ。
だってそうでしょあのジャイアンの歌にエコー掛けたら少しは耐えられる様になるのかってなもんで、つらい物だったら時間だろうと量だろうと僅かでも少ない方がまだマシやんけ。

そしてこの段階で順番を間違えるとエコーの音質に関しても、音楽的なのよりオーディオ分析的な面にばかり気を取られ易くなるみたいなんだよね。
つまりオーディオ耳は従前よりグレードアップしてても、音楽耳が劣化処か最悪は無くなっちゃてんだわ。

確かにⅡで昔より機器が低雑音になれば、昔より「余計な音」に神経尖らせてないと後であぁっなんてなり易くはなってるわな。
もしそれで一杯一杯になっちゃったんだったら立場的には情けないけど、もっとミュージシャンに選ばせたって良いしその方がマシになると思うんだ。

そりゃ非専門家なんかに選ばせたらオーディオ的には問題の多いのになったりするかも知れんけど、音楽的な効能が無いとか足りないんなら余計なの足してもしょーがねーんだぜ。
演劇系の演出だったらそんなのでも多少は役に立つが、どんなチープなのだって音楽だったら一応芸術そのものなんだからさ。

ってこのままだとまるで芝居を芸術から外してるみたいに誤解され兼ねんので補足させて頂くと、場面演出って面では同じだが芝居なら音より強力な視覚その他もあるからだ。
割合は夫々0~100の範囲でSEとそれ以外の合計で100%に届きゃ良い訳で、何らかの事情でエコーは別の所のしか使えなくても背景をそれらしいのにでもすれば最低でも「武道館みたいな場所」なんてのが表現可能だ。

それが音でしかやれない音楽の方だと最悪は本物の武道館のエコーを使ってすら、座席位置が違った人にはちっともそうイメージして貰えなかったりもするんだから。
美しさだけで良いなら話しも違って来るが、それ故エコーの「らしさ≒ニュアンス」の責任はとてつもなく重くなるのだよ。

そんなだから個人的には夢のまた夢だが、リアルの鉄板Reverbが欲しいと願っちゃう。
不精者の証しみたいになっちゃうけど、エコーの種類で毎回逡巡させられるのがもう面倒なんだ。

だいいち現況ではそれが備わってるリスナーは僅少だけど、掛って無くても後から追加する方は可能なんですよ。
最初から掛っちゃってるのを無劣化で取除くのと比べてご覧なさいよ、どっちでも良いから「掛けとくか」じゃ幼稚過ぎるのよ。

エコーってとっても魅力的だからこそ誰だってつい何にでも何時も掛けたくなっちゃうけど、それやっちゃっうのってアル中や薬中と一緒なんだぞ。
一緒ってぇからにゃ案外自覚がし難くくて、せやからなるべく酷い中毒に陥る前に踏み留まれると良いんじゃないかな。

<続く>

2021年4月21日 (水)

音楽備忘録615 録り方の問題 エレキBass編⑪

折角だから前回提示の件をもう少し掘っといてみようと思うが、最近みたいにどれもが高音質になって来ると却って難しくなったかも知れない。
っとその前に生理的に歪みを受け付けない人へ、曲解されると絶望へ至るんで
一寸苦言を呈しとこう。

パート単体での明瞭度等の点では低歪みな程良いのも確かなんで、あらゆる「濁り」を拒絶したくなるのも分からなくはない。
しかし電磁Pickupの方式自体が電気的歪み率ではとても不利なんで、もし本格的に追及したいならせめて圧電Pickup(エレアコ)に変更するべきだ。

それも従来の「エレキっぽさ」からは距離を置いた様な設計・思想のが良く、本生のウッドベースでさえ音色的歪みは未だしも「音波のゆがみ」からの完全回避は困難だ。
先ずこれ等からして気に病んでも仕方無いとなってるが、より実践的にアンサンブル内へ入るとどっちかったら逆傾向に作用する。

但しここで語ってる歪みには条件があって、聴感上「如何にも」ってのは含まれていない。
音楽的に2つだけに分類したら無歪側に入り、物理分析的だと歪み側へ入る様な一面で「中間領域」のの事を言っている。

中間領域ってぇ位だからその範囲は狭目になり易く、もしかしたらそのせいでまだ気付けずにいる人も居るかも知れない。
特に機器類を極力リニアにしようとすると、限界域を押し上げる代りどうしたってピーキーな性質になっちまうからね。

それでも敢えて無歪・リニアを追及したい人向けにその適正セッティングを披露しとくと、何たって鍵になるのは尋常ならざるマージンを設ける事だ。
これは近年だったら生楽器のデジタル記録では当り前のお約束で、爆弾の直撃でも受けん限り絶対歪まない位感度を控え目としとくのだ。

尤もそれが生楽器の方で実現出来たのはMic等関連機器一切が高音質化したからで、機器の自己雑音が飛躍的に少ない必要がある。
それに対し旧来のエレキでは例えPickupをローインピーダンス化しようと、Buffer等Preampを付けてアクティブ化させようと原理のせいでたかが知れてるのだ。

只エレキは最早電気的には不利でも必要なだけ幾らでも爆音化可能なので、周囲のリアル環境雑音等に対しては生楽器より圧倒的に有利だ。(電磁波系にはとっても弱いが…)
小音量の生楽器だと奏者の動作や呼吸音すら、最悪時はとても耳障りになったりもするからね。

過去述だがこの点で俺が最不幸だと思ったのは、巨大ホールじゃ無い時のフルコンサートタイプのGrand Pianoの「ペダルノイズ」だ。
弾いてる本人には眼前のそれなりの大音響のせいもあって感知し辛い時もあるが、客席では楽に聴ける音量に下がってるからペダルの「ガッコン」なんてのがいとも簡単にバレちまう。

エレキだって無駄に爆音にしてると詳細の聴き取りは著しく阻害されるが、俺言い「楽器上での粗相」なら楽音と平等に爆音化されるから聴き逃す心配が随分少ない。
失敗してもクリーンだったらもっと良いがそれは虫が良過ぎるってもんで、上記の不幸例みたいに後からしか知れないのと比べたら贅沢なもんでっせ。

とまあ全体としてはこんな様相なんでどう追及するかはご自由ですが、もっと行けると勘違いしたまま困難な方へ行っちゃうと徒労感に襲われる事甚だしいよ。
私的にはクリーン・リニア追及派の多くで音響理論は足りてても、音楽音響理論の不足してるままの人が多いのも気になるし残念だな。

アンサンブルには一面で俗世間みたいな処があって、そこでだと単体時に構築しといた聖域がちっとも通用しなくなったりするんですよ。
故に俺の強力お薦めは先ずどんな音色が好きにせよ、その最終決定は必ずアンサンブル内でにするのが1つ。

それから一部分に拘り過ぎて他を疎かにし過ぎない、この2つは誰にでも必須だと思うんだよね。
もし一般人を顧客とするなら1点豪華主義でも、他が大体平均点に到達した上でじゃ無いと効力が発揮させられないよ。

しかもここでの一般は世間の他分野のよりかなり広範に及んでて、どんな変態音色にしといてもそれがBassだったらBassと思ってくれる人は一般側所属だ。
Bassは装飾だとかギミックだけでも構わない時がとても少なく、コードのルート音なり底辺部が何時も聴こえてなきゃなんないからね。

<続く>

2021年4月20日 (火)

音楽備忘録614 残響考Ⅷ

前回「聴き逃しがちな不要残響」とその害悪へ言及したが、音楽録音用の部屋に普通は音響測定用の無響室みたいなのは無い。
その上実はもう1つ大きな考慮点があるが、現実的にはこれ等を何処迄どう配慮するかが思案のし処だ。

かつて俺はとてもノイジーなDrummerだったから余計気になったんだろうが、一部の生楽器ではそれ自体の共鳴の仕方・させ方に依っちゃ問題源となる事もあるのだ。
第1例はチューニング(音程)の不味さで、例えば左右に振り分けた夫々のTomが共鳴し易過ぎる状況だと音像定位を劣化させたりする。

第2例は生ピで絶対必要でも無い箇所でダンパペダルを踏んで開けてたら、余計な共鳴で明瞭度を損ねてた等々だ。
これ等は録音時の演奏力不足とも云え単純な生演奏時にだって無関係じゃ無いが、影響度にかなり差があるから失念しがちかも。

俺が見事にこれに陥ってたのもDrumが長らくオマケの位置付けで、取組み初期にちっとも録ってみなかったのが悪かったんだと思う。
まだ使えないから録らないと考えたのは自然だったんだけど、「録るのにゃ下手」なDrummerになっちゃってるのに気付けるのがお陰で随分遅くなっちゃった。

それからするととても他人様に聴かせられる様な腕じゃ無かっても、試し録りを日常的にしてたら余計な回り道なんてせずに済んでたかも知れない。
んでこう云うのと部屋の響きの区別って結構難しいんで、先ずはそれが懸念点だ。

ではそれをクリア出来たとして次にやって来る壁は、状況次第で変動するがこの2つを夫々どの程度許容出来るかだ。
私的研究結果からすると共鳴の多い楽器では特殊な設定をしない限り根絶は不可能で、それを達成した処で今度は「らしく無い音色」になったりするのが多かった。

これからすると生楽器で特にPA不使用が前提で開発された類のは、後掛けエコーにどっちかったら不向きと思っとくのが良い様だ。
従兄に俺言い「階段バーブ」をゴリ推したのは彼がDrummerだった他、彼が楽器自体の共鳴等をなるべく温存したい派だったからってのもある。

生楽器がメインのDrummerなら普及品ドラムマシンのみたいに、分離度が高過ぎて各太鼓音の「孤立感」が高過ぎるのはチープに感じてそう。
だし生でも極端な強ミュートを施してると、叩け方の良否で大差の付く余韻の質差も殆ど無くなっちまう。

個人的には長らくFloor Tomの叩いた直後の「バチ逃がし」がド下手で、本来は「ドォ~ン」と鳴って欲しいのが「ポ」みたいな情けないのになっちゃってて困ってた。
それが俺がアホだもんだから叩くのが弱くて駄目と勘違いしちゃって力むもんだから、余計「押付け」ちゃってて負のループに嵌るって…。

もしかしたらもっと太鼓が上手になったらミュート嫌いに変わるのか分かんないけど、楽器が「素の状態」に近い程奏者の力量差が表面化し易いのは間違いの無い処だ。
これは視点を変えりゃ「腕に見合った録音環境」が要求されてるとも言え、ノイジーな初心者グループが大ホールで録ったら何時も以上に結果に期待出来ない証しかもね。

けど逆転の発想をすりゃ上手で出音がスッキリしてたら、無残響では淡泊だったり隙間が多過ぎになる懸念もある。
これからすると下手な代わり響かなくても「淋しくはなり難い」とも言えるから、近年じゃ死語化し掛かってるが「身の程」とか「分をわきまえて」ってやっぱりかなり大きな意味がありそうだよ。

何れにしてももしデジリバ主体で構築したいなら環境も奏力も、もっとそれへ特化させてかないと最大の効果は得られないんだな。
近年本邦じゃPianistでもデジピ常用が著しく増えてるから何だけど、それがアンサンブル内でメインパートなんだったら生使用をお勧めしやすよ。

録音とその残響コントロールにはデジタルの方が楽だけど、特に一定以上の力量をお持ちだったらそれが出難いから勿体無い。
エコーってな飽く迄「出したのが響いた物」で、「元音の質」が反映しただけのもんなんだからね。

かつてのデジリバ普及期に比べたらマシにゃなってるけど、あんまり「響きの魔力」に憑りつかれてもさ。
Classicオケみたいな大所帯のだと絶対「小ぢんまり」した響きにゃ出来ない訳で、もう少し「響かない魅力」にも公平にチャンスを与えてあげて欲しいな。

あっと、でも響かんったって普通の部屋の響き位はOKで、ハリウッド映画のオケのみたいな大袈裟なのはって意味だかんね。
未経験の内は少し上手く料理するのに手古摺るかもだが、「しても当然の響き」は慣れれさえすりゃあっても良しとした方が全体の処理は楽だし自然な仕上がりに自然となるの請合いだ。

<続く>

2021年4月19日 (月)

音楽備忘録613 魔改造悲喜こもごもⅢ-㉕

まだ実運用には入って無いが、お蔭さんで漸く球ポプリは完成しやした。
と言いつつ使用に差し支えは無いがまだ未達なのも一寸残ってて、意外と難しさを伴うのは流用ケースへの追加装備!?だ。

以前述だがこのケースの概要を再掲しとくと、サイズは相当縮小されてるが伝統的なエレキ球Ampのみたく木箱(四角の筒状)が合皮で包まれた状態のが外箱だ。
その内部に前後パネルと一緒になった鉄板フレームのシャーシがネジ止めされる形式で、但し鉄板の板厚も本物よりかなり薄いってな代物だ。

今回これを選んだのは持運びに便利そうだったのと、用途が「代用球Amp」なのでそれらしい容貌の方が良いかもと思ってだった。
こんなのには一般的にはEIA規格の19inchラックや金属ケースの方が多いが、輸送途中での接触等へ配慮すると弾力性のある外装の方が安心感がある。

近年はそんな場合所謂ショックマウントケースへ収めて運ぶ方が主流だろうが、適当な手持ちが無いのとトラックの荷台に積んだりゃしないからこれ位でも
足りそうかなってね。
それだってもし本体を無傷で維持したきゃ更なる外箱はあった方が良いが、金属が塗装傷から錆びるなんてのはこの程度でも起こらないからね。

只電源コードが今主流の着脱式じゃ無く数十年前のの転用なんで旧式な直付けだが、これが綺麗に収まってくれる様な何かが元の状態では無いままだ。
着脱式だってそれを入れる所でも付いて無いと忘れたりしそうだが、輸送中にコードを何処かに引っ掛けたりするのを防止するには「巻き付けとける何か」みたいなのを追設したい。

因みに過去製品例ではケースに開口部と内部余裕空間のあるのだったらそこへ放り込む式だったり、そうでないのだったら反対向きの対になったL字型の腕みたいなのが付けてあってそれへ巻き付ける様なののどちらかが殆どだ。
持ってるヤツでだとFenderのAmp Headは前者、貰い物のPeaveyの元PA用Headが後者の仕様となっていた。

で今回のには後者方式を採用と決めたがその「腕みたいなの」に都合の良いのが、探せば売ってるかもだがガラクタからだと案外中々見つからないのだ。
もう1つは取っ手とゴム脚の位置関係が一寸ハスってて、取っ手は右側面に付いてるのに足は底面にしか付いて無い処。

これは積載使用時下段になった際上が平らな方が良いかもって配慮からっぽいが、輸送途中でそのまま仮置きしようとすると左側面が地ベタにベッタリになるのが感心しない。
そこでゴム脚かなんかを追加しようと思ったら、これも買わずに済まそうと思うと案外揃わなくて物色中だ。

それとあと各ツマミ類等の表記がまだで、見栄えは良くても高コストなレタリングは使わなくなってとっても久しい。
他人からの依頼品だったら今だって端折ったりゃせんが、どんなに万全の対策を講じといても完全据え置き使用じゃ無いと汚損・欠落が逃れられないのもあるからだ。

そうならん様にもっと丁寧に扱えって言われたらぐうの音も出ないが、単にマジック書きするとかシールみたいなのを貼っとくって方が再現性が高く簡単なのも事実だ。
純粋に趣味で自作してたら外装は一番の楽しみだったりもするから、そこへ全力を注ぐのも好ましいんだけどさ。

自分以外の誰かが使う可能性はほぼ無いしニーズ的にだとこれは余力の範疇で、実用に問題の無い限りは予算も手間も他へ回したいって感じなのだ。
それに対し冒頭からの2つはリライアビリティに直結してて、持ってっていざ使おうとしたら壊れてたじゃ困る。

ってそんなら部品だって中古より新品の方がより安心なんだけど、部品にも稀に当たりハズレもあったりするしねぇ。
寿命みたいな限界を越すのは難しいが、全くの新品より「暫く大丈夫だった」実績!?のある物の方が体験的には信頼性も高かった。

電気関係のの寿命が限られてるヤツって大体どれも6年位が法律からしても相場化してるが、所謂「初期不良」的なのだと1年以内で逝かれるのが多い。
勿論過去述のLED照明みたいにギリギリ超えてからなんて不幸なのもたまにあるけど、そんな1~3年程度で駄目になるヤツが一番面倒だ。

ほんでこれはもっと長寿命なのでも何故か同傾向があるんで、そう云うのに限ると却って新品の方がアテにならないんだ。
ってⅡでそんなに頻繁にトラブったりゃしないんだけど、非売品に対しては部品の新旧の差って結構そんななんだよね。

「新品の喜び」みたいなのからかなりご無沙汰なのは淋しい限りだが、使う方でそれを喰らうよりゃマシだ。
もしかしたら中古だと「駄目で元々」的な心理も働いてるから、そう感じるのが強まってるのかも知れないけど。

<これも一旦終了>

2021年4月18日 (日)

音楽備忘録612 パートのリズム調節㊹

本項もそろそろネタが尽きて来たんで、何か他に思い付く迄は一旦終了させようと思ってま。
そこで今回は時流に沿ってリモート等の個別録り案件を記すが、画が付いてるかどうかでかなり条件は変動する。

現実的には動画の画だって最近はかなり色んな編集をされるが、元ソースが動画だったら身振り手振りでのタイミング指示も不可能では無い。
尤も現況では大々的に高音質をうたってても、本格的な音楽録音に匹敵する様なのは殆ど無いみたいだけどさ。

なので動画でしか発表しない作品にしか使えないが、アナログオンリー時代と比べりゃそれなりに価値がある。
でも音質重視で旧来からの音だけの場合だと、最低でも何らかの「ガイドトラック」みたいなのが要る事が多い。

それでもDrummerのカウントから始められる楽曲で、録るのがDrumファーストだったら救いもあろう。
が太鼓が途中から登場するのだと、特にClick使用を避けたい場合はかなり知恵を絞って工夫しないとならない。

俺等世代の若く貧しき!?頃は勘だけで大雑把にやってたが、単に時代が鷹揚だったからってよりゃ適したツールが無かったり持って無かったのの方が大きい。
例えそれなりにしてもせめて持ってる実力を発揮させるには、ここがハッキリしてた方が良いのはそれこそはっきりしている。

ではClick以外をガイド兼用にするとして、どんなのだったら適してるかだ。
アマの中にはぼっちだと皆が居る時よりリズムが不安定になったりする人も居たりするが、個人的には周りが暫く我慢してでも可能な限りDrumファーストで録るのがお勧めだ。

これは録り方の如何に関わらず、アンサンブル内でのベーシックな役割分担の問題もあるからだ。
これには音量や音の長さも大いに関係があり、一般的なMixingの場合太鼓が出してるリズムが一番目立つからってのもある。

それ以外の誰かの方が明らかにリズムが良かっても、聴者の耳に分かり易いのは大抵太鼓の方だからね。
けどそんなん言うたってウチのDrummerヨレヨレやさかい…なアナタ、確かに安定感の良否は無視出来んけど「流れ」ってのが本来は一等大切なんだよ。

一般聴者はズレとヨレの違いを確実には判定出来なかったりもするけど、この2つから来る「雰囲気の違い」には案外ド素人程敏感なもんなのよ。
寧ろ変に専門家化してる方が自分でもカウントしちゃって、大体合ってるからって流しちゃったりもあった。

一寸不思議かも知れないけど単に失敗したのとそれ以外の原因でなったのって、リズム以外に音の強さとか音色にも余計な変化が伴ってたりするんですよ。
でその変化の場所や量なんかが、原因次第で結構違って来ちゃうんだ。

野球でピッチャーがカウントが苦しくなって「置きに行ったボール」だと打たれるなんてのと一緒で、音楽ので「置きに行く」とGrooveにはこれが最も大敵でごわす。
随時頻吠えだが今はもう機械だって誰でも幾らでも使える様になったんだから、わざわざ生で演る強みは安定感より流れとかGrooveが命なんス。

その昔比だと残り少なくなった利点を放棄する様では、今更無理して苦労して人力で演る意味はもう無いんだよ。
俺知りの範囲だと作曲者が機械音痴で他人に打込み委任ってケースは思い当たらんが、必要とあらばそれでも全然OKさ。

では太鼓ファーストが不可能な際の知恵も授けとくと、そのまま代用出来るパートがあったらそれはラッキーだったな。
ってそうじゃ無い時こそ大問題で、そんな場合は人力だけど「ガイド専用」のパートを秘密裏に先に入れとくしか無い。

っても演奏時の気分次第で次へ進めるなんてのもあるからそれには通用しないが、リアルタイムじゃ無きゃ無理なアンサンブルってのも元からあるねんな。
指揮者不在のClassic系なんかだったらそんなのの方が主流で、残念だけど今位の一般のネット性能ではコロナ明け迄保留にした方が利口だね。

そんなClassic系の人達と比べたらこっちは平気なのが多いんだから、細部にばかり気が行って文句付けてちゃバチ当りってもんよ。
個人的には悪忖度し過ぎと感じてるが東日本大震災以降、サザンの津波が公けには流せなくなってるのとかさ。

何時だって何等かの事情で「今は無理」ってのはコロナ禍が無くたって、大多数が忘れてるだけで常に必ず何かあった筈なんだ。
例えばカタワとか今から作る歌詞にそんなの入れたらアウトだし、昔の戦時中だったら英語なんか入れた日にゃ直ちに拘束されたりしてたでしょ。

<ひとまず終了>

2021年4月17日 (土)

音楽備忘録611 魔改造悲喜こもごもⅢ-㉔

では具体的に進めてくとして一応企業秘密!?も含むが、この際だから包み隠さず披露しちまおう。
長年の研究と俺のBassでのニーズからは、大体4kHzより上をCutするのが良いのは分かった。

これは色んなBass用スピーカの周波数特性グラフから導き出した値だが、しかし下手に完全にCutするとどうもリアルのスピーカのよりも籠った感じにしかならなかった。
近年流行!?の10inch×4のとかツィータの付いてるのだともっと上迄伸びてるが、これ等は一面で「Line録り」の再現の意図も感じられるので本件では対象外だ。

そう云う話しならこっちはモノホンLineであるから、単にSWでフィルタをOffりゃ良いんでね。
わ兎も角スピーカはどんな急峻な減衰特性でも、デジタルフィルタみたいに完全にバッサリ切り落とす様な鋭さは持って無い。

とは言え20dB以上も落差があったりするから単独でならまだしも、他の周波数と一緒に鳴ってたらマスキングされて出てるのなんて全く聴き取れ無くなってるもんだ。
だがスピーカの箱が鳴った音かコーン紙の振動から生じた「風の音」か分からんが、実際にMicで拾うとユニットの特性より少しは上の成分も入っててそんな音に聴こえる。

これからするとターゲット周波数を上にシフトすりゃ良いんだが、下手に単純にそうすると音楽的には不要で邪魔な雑音が増加し易い。
楽器本体等のコンディションが最高な上、とても丁寧に弾けばこの帯域の雑音は幾らも出さないのも不可能じゃ無い。

でもそれじゃあワイルドなジャンルで無遠慮に思ったままには掻き鳴らせないし、楽器音自体への貢献度は元々低い帯域だ。
ここで一寸音の豆知識を参考提示しとくと、人耳に自然な感じで聴こえる音にはある共通の性質がある。

大凡音程若しくは周波数が1オクターヴ上がる毎に、その音量は半減してるってのだ。
これの音響測定用のが所謂「ピンクノイズ」つてヤツで、こうなる原因は過去述「音波の振幅の大きさと一定時間内の密度が反比例」してるのに依る。

単純にピーク時の音量だけ見るとオクターヴ下のは倍の音量になってても、その山が来る頻度(数)は半減している。
要は間隔を置いて大波が来るか比較的連続して小波が来るかってなもんで、トータルでのエネルギー量はそれでイーヴンとなってる訳だ。

んで俺の過去作も含めて従来の殆どのは理屈に縛られてCut周波数が低過ぎるか、その逆に慎重になり過ぎて不足してるのが殆どだった。
その結果只Direct Boxに繋いだのよりゃマシでも、何だか籠った感じかLine臭さの抜け切らないののどっちかにしかなってなかったのだ。

んでⅡでそれを今回どう料理したのかったら、削り始めるのは4kHzでもフィルタの定数はそのオクターヴ上の8kHzにしたらいい塩梅になったのだ。
尤も所謂アクティブタイプの回路とかPC内のでデジタルでやったら、より理論値に近い動作をしてくれるからこの限りじゃ無いけどさ。

今回のこっちのは基本的にコンデンサたった1個でなんとかしようってんだから、理論的計算値なんて目安程度にしかならないのもある。
音楽用で音響用じゃ無いから特性計測は面倒がって未実施だが、その分実験は一切惜しまずにやってみましたよ。

もう1つの目玉!?だったLCフィルタの効き具合は、色々捏ねてはみたものの予測よりはかなり薄かった。
それで一聴しただけでは幾らも差が無かったが、かと言って無くても同じじゃ無かったから実装させている。

多分再出になるがこれの目的も不要帯域の排除で、直接的に音色に関与するのじゃ無いののせいもありそうだ。
些細なのに違いは無いが、実際アンサンブルが完成段階になって影響するのは案外こんな部分なんでね。

これ迄に直面した事はまだ無いがもしダダ漏れさせとくと、例えばSnareのゴーストノートとBassの「カシカシ」がどっかで喧嘩したりする可能性がある。
それに少し歪んだ際にその「歪み成分」は高次倍音帯域から始まってるんで、リアルAmpでの同じ状況に対して悪目立ちし過ぎる嫌いがある。

この部分は「録り方」の方で詳細を記すが、幾ら録音とLiveには色々違いがあるったって度が過ぎちゃ楽曲再現に支障するんでね。
半グレ君でも神父様みたいに振舞わないとマトモな音に録れないってんじゃ、機器用途からしたらそんなの失格ですって。

<つづく>

2021年4月16日 (金)

音楽備忘録610 残響考Ⅶ

今回は今従兄が研究中のリアルReverbについて言及するが、本邦の一般的環境からするとそんなの極一部の恵まれし者限定の案件だ。
でもだからって迂闊にあっしにゃあ関わりのねぇ事で御座んすなんて思ってると、意外な処で怪我したりするのよ。

普段の音楽環境がライブな従兄・デッドな俺ってある意味両極端なコンビだからこそ、この件で貴重な実体験が持てたと勝手に自負しちゃってるんだ

こんな場合2者間比較をしたら響く所の奴の方が「不要混入残響」を気にしそうなもんだが、現実は真逆だった。

毎度の如くそれは下らない原因でもたらされてたんだが、従兄は何時も響いてるからそれが当たり前になっちゃってた。
一方響いた様には聴こえて無い俺にだと、宅で録ったのへ何か楽器以外の「響きらしき物」が聴こえると一騒ぎになってたと。

厳密には無響室じゃ無いんだから少し「何か」が加わっても当然なんだけど、爆音のOn Mic収録なんだからってさ。
これには伏線ってのもあって部屋を使い出した当初と、色んな楽器を沢山押込んだ今では部屋の響きが変ったように感じてた件があった。

当初は自分さえ大人しくしてたらすぐに「し~ん」となってたのに、最近じゃそうならなくなっててどっかイカれちゃったのかと一寸心配にもなっていた。
けど軽く調べた限りではおかしい処も無かったんで「他をあたって」みますれば、押込まれてる楽器(生のが中心)が共鳴してプチエコーになってやがるじゃありませんか!。

又これが一番問題になりそうなのが生ピでClassic系のを録る際で、SnareのスナッピーやHi-Hatの共鳴が僅かでも入ったら変だからねえ。
でこれスナッピーの方はバネが伸びるとヤだから叩き終わったら毎回Offってたんだけど、Hatの方はStandのバネヘタリを避けたかったからTop Hatのネジを緩めといたのよ。

それだとHatのTopとBottomは接触状態になるけど、叩いたり爆音で揺さぶりゃせんのだから平気だと思ってたんだ。
処がどっこい確かに生ピはパワー自体は大した事無くても、たまたま共鳴する周波数のを弾いたら少し震えちゃってたんだなぁ。

と言ったってそれ等さえ無きゃ自分の呼吸や鼓動以外が無音になるから気付けたんだけど、近所のお年寄りが幼稚園の開設に反対するのもこんな面があるからかもと思ったね。
活動的だった若い頃と比べるとやたら静かに過ごしてるもんだから、バランス的に子供達の歓声とかが実際より大きく感じられたんでしょう。

ご年配だって何かする時は寧ろ近年の子供や若者よりけたたましいんだが、じっとしてる時間の割合が高いせいで「デフォルト環境騒音」が低い方へきっと偏っちゃってるんだわ。
せやから開設当初はウルサく感じたとしても、暫くして慣れて来たら文句付けたのが恥ずかしくなるの間違い無いんだけどね。

何れにしても音量って普段一般人は感覚のみの判断で、外出前に天気予報見るみたいに逐一騒音計眺めたりなんて誰もしないでしょ。
結果的に本来なら問題視すべきのが放置され、全くそれに値しないのにばかり気が行ってしまい易い状況が根底にあるだすよ。

これがこっち方面にどんな悪影響を及ぼすかってぇと、良く響く環境に居る程「不要残響」に鈍感になっちゃうのね。
それでも「その場所の響き」だけで行くんならそんなに問題無いんだけど、一寸前の従兄がそうだったみたく今はデジリバ全盛でしょ。

本人無意識でもRoom Echoが入っちゃってるのへ、全く質の違う響きのデジリバ足してぬか喜びしちゃったりしてませんか?。
稀には偶然上手く行ったりもすっけど、不要残響レスのと比較したら明瞭度その他に明らかな劣化が見られる事間違い無しだからね。

本件で多くが見落してるのがデジリバ普及黎明期の業界環境で、マルチトラックの普及からとてもデッドなハコが多かったし流行ってもいたんですよ。
そんなのが普通だったもんだから誰かから訊かれた際に、「只録って掛けた」ってしか答えないのが殆どだったんだ。

業界さん自身はもし部屋がデジリバ使うのにライブ過ぎたら、至極当然の如くその対処もするんだけどさ。
雑誌とかで読んだ素人さんは↑迄は大抵記事に載って無いもんだから、「そおかそーか、只掛けるだけであんなに素晴らしくなっちゃうんだ」って悲劇の一丁出来上がりで御座んス。

<続く>

2021年4月15日 (木)

音楽備忘録609 録り方の問題 エレキBass編⑩

今回は別項のとリンクもしての話題になるが、録る時の歪みについてだ。
雛形的にはどんな方法で録るとしても、Live時等よりは控え目とするのが必要事項ではあるが…。

但し最近頻吠えでクドイがそれは聴感上の話しであって、電気的にどうかじゃ無いのが大前提と先ずは釘を刺しとこう。
この件で特に私的には近年になる程問題化して来たのが、実際よりも歪むとそれが録音では目立ち過ぎる様になった処だ。

この話しには個人的に最近一寸した伏線があって、過去名作を聴き直してみると分析耳には記憶よりも歪んでるのが多かったのだ。
これつまり音楽として聴く分には特段歪んでる感じはしないが、純粋に音色分析したら思いの外大胆に歪んじゃってる処もあったって具合だ。

これって一面で電気楽器(エレキ)固有の現象で、近年は過去のみたいな汚いのは一掃されたがより魅力的なのも同時に
無くなった一因とも考えられる。
そんな中意図的に最初から歪んだ音色にするのと飽く迄クリーンに徹するのと、世間ではここでも又例の2極化が激しい様だ。

過去の歪み無頓着組の方はワイルドさの演出もだが、それに依って「タッチ感」を明瞭化させる意図を感じられるのが多い。
一方で近年の聖人君主!?組は過去では不可能だった美しさを優先と伺えるが、原典からするとこれはエレキ独特の音色からしたら亜流派に過ぎない。

そこでこの件に関して何時も以上に一寸コアヲタ的な例示をするが、それはRickenbacker常用末期のPaul McCartneyの音色だ。
作品としてはアルバムTug OF WarのTake It AwayやEbony And Ivoryのが顕著で、しかし単純な音色設定としてはずっと以前にBeatles時代に所謂Whiteアルバム等でも演られてたヤツだ。

これを成立させるにはフラットワウンド弦必須なのが現況には微妙だが、それに依って聴感上大胆に歪むのは「アタックの倍音」だけになってるのがミソだ。
その秘密はアタック倍音の出る時間が、ラウンドワウンドよりかなり短くなるからだ。

現代平均からしたらAmpも何も籠り目で、使用弦も限定されるからとっても拝借し辛い手法だ。
俺自身リッケンが借り物の1本しか無いから先ずフラットを張る時点でもうその気になれないでいるが、他の過去名作でも現場で聴いた歪み具合と一致度が高かったであろうのはこの影響が大きい。

所詮憶測に他ならないとは言え当時の一般ジャンル系の人には、「稀にFuzz」以外そもそも歪ませた音色って選択肢は持って無かったでしょ。
具体的には「露骨に歪む時間が短く済んでた」からで、Bassみたいな音域の低いのだと「音程は余韻から感知」される事が多いからだろうね。

してこれの音楽的な効能はってぇと、タッチ感等の表現に最も優れてる処だ。
一般的な歪んだ音色に聴こえる帯域が出ない組合せでも、歪み以外の音色変化で特にアタック部の変化はかなり大胆だ。

このアルバムが出た当初は遂にPaulもラウンド弦を張ったかとも思ったが、それだと歪みを感知出来る時間がもっと長くなってまう。
しもっと余韻部にも濁りが生じる筈で、これはもっと昔のMG’sのDuck Duunでも近似状態のが伺える。

後者の場合指弾きなのでもっと分り難いが、一部のを良く聴くとAmpの真空管回路部はおろかスピーカユニットの底突きらしいのすら含まれている。
だからって奏法以上に収録と供給作品の音色・音質が昔とは違うからすぐ真似ろなんて言えないが、普通の弾き方で表現力に富むのはそんな組合せの方が一枚上手なのは動かし難い事実だ。

この辺は生楽器と共通な部分で、生の場合Ampが無いから電気的に作られる歪み音色は当然無い。
が極端な音色変化も起きるのは、「アコースティックな歪み」がその張本人だ。

それすらもMicの反応・性能が人耳より上がり過ぎたお陰で拾え難くなってるから、それからしたらまだエレキはホントは恵まれている。
こっちでは球のPreamp等を用いてコッソリ僅かに歪ませるって手等なら、管球式のNEUMANNを調達するよりゃ遥かに実現性が高い。

因みに耳無歪み・電気的に歪んだのでBrightな音色が欲しい程、球プリを使わないとそれは厳しい。
概述の如く石では歪み出すと急激だし、その成分が目立つ音色だからね。

俺自身も例の球ポプリで格闘する迄は、特に録音時は歪み排除に血道を上げてたが…。
これをやり過ぎると時にAmpスピーカ収録でさえ、Line録りみたいに平準過ぎて何だか非人間臭くなったりしていたよ。

<続く>

2021年4月14日 (水)

音楽備忘録608 魔改造悲喜こもごもⅢ-㉓

妙に手古摺った件の「球ポプリ」も、漸く何とか格好が付いて来た。
それにしても強く再認識させられたのが「実験」で、事前計算の不備を幾ら認めたってそんなもんじゃなかったですよ。

敢えてその計算の不備に触れとくと厳密な計算等を面倒がるのもだろうが、一番の問題は「かなり変動する」パラメータが多いせいだ。
基本的に使用者とその楽器がほぼ固定なので、それからしたら俺言い「普段の領域」って範囲がありはする。

けれど何時気紛れを起こすか全く分からないのも加味すると、良く使う処で最高を目指すより使えない領域が生じない様にしとくのが先決だ。
なので事前計算の主目的は普通なら「これで行けそう」になる処が、試す価値の高い部品(値)はどこら辺となっている。

こんな大ベテラン!?でさえそんな曖昧になるのは、好きな音とか良い音が理論値だけでは作れないからなのだ。
そうなってしまう原因の1つに、俺言い「基音と倍音の織り成す魔法」ってのがある。

今回のなんかで最も惑わされるのが「聴いた感じ」と実際の数値の違いで、例えば8kHz辺りがお邪魔と聴こえたのに実際過剰だったのはその半分の4kHzだったとかそんなヤツだ。
この現象で最も身近と思われるのは音程の凄く低いのとかで、例えばバスドラムなんかが典型的だと思う。

そもそも楽器自体が倍音キングだから元々超低域基音はちょっぴりだったりするが、その周波数帯を後でキッチリとリニアに再生するのは今もって非常に困難だ。
では再生も聴き取りも困難なそんなのをどうやって「感じさせてる」かったら、「それ固有の倍音」を活用させてるからだ。

例えば真実の音程は30Hzなのをそれより再生や聴き取りが楽な、60Hz(2倍音)や120Hz(4倍音)の音で感じさせている。
ここで重要なのは同一周波数でもそれが基音か倍音かで色々「違いがある」処で、ある意味聴き手の「想像力」に依存している。

つまり「60Hzの倍音が聴こえるって事ぁ、きっとホントは30Hzだ」、ってな具合だ。
これには基音と倍音の区別が付かないと効力が得られないが、只聴いて感じて想像するのに理論なんて一切不要。

基音の場合だったら「そっから下」は完全にお留守でスッキリしてるが、「どうもそれが一番下じゃないみたい」なのさえ感じ取れる位になってりゃ良い。
何か良くは分からんがもっと下の方に、ウンっとかモソッとか何か付いてるぞなんてので充分だ。

尤も今回作では他楽器が殆ど出せない・出さない音域は極力温存させようとしてて、「一番混雑すると分かってる日の外出を自粛」みたいな発想からだ。
しかしだからって倍音を減らし過ぎると何が出した音だか分かんなくなっちゃうから、音程に影響を与えにくい高次倍音でそれを補おうとした。

これは低音程の太鼓やエレキBassでは半ば常套手段で、そうしとくと例えばGuitarとユニゾンになった際に相手を邪魔するのを最低限に抑えられるからだ。
勿論状況次第ではわざとGuitarの基音と同じのを強調しといて、どっちが弾いたのか分からない様にする撹乱戦法とかもあるけどね。

処がどっこいエレキのその領域はかなり狭帯域で、出せるからって無制限に上を出しちゃうとそれも「非エレキ」の音になっちまうのよ。
それが一番厳しいClavinetと比べりゃ随分マシだが、参考にクラビのらしさの条件を付記しとくと中高域のみじゃ無いとそうならない。

音色の第一印象としては何だかカリカリで低音無いよで、確かにそれで合っちゃいるけどさ。
それプラス純粋な高域は僅かでも出てちゃ駄目で、それが聴こえると同じクラビでも「ネット」じゃ無く先祖の「コード」の様に聴こえてしまう。

例に依って変態比喩するなら、例えば風邪ひいて酷い「鼻声」になってるソプラノ歌手ってなもんざんしょかね。
なので出すには出すけど範囲は限定的にしなきゃなんなくて、その出し方・出具合とその直上の削り方が決め手になるんでおま。

と大分遠回りになったけど、「何処から削ると求める音」になるのかを実験するしか無かったのよ。
続きは次回として取敢えず分かったのは、計算値よりかなり上の方が試してみたら良かったんだわ。

かなりの低音程でも高次倍音ともなると、もうハッキリした音程なんて全然認識出来ないものさ。
中にはそれが可能な天才さんも稀にゃ居るだろうが、「このCymbalの音何Hz?」に対して即答出来る奴ぁ滅多に居ないじゃない!?

<つづく>

2021年4月13日 (火)

音楽備忘録607 録り方の問題 エレキBass編⑨

現代では普通は使用回避が困難と思われるので、今回は録音でのエレキBassのコンプについて色々と。
かなり昔にもコンプして面白くなってるのも沢山あったが、常に大体同じように掛けるとなると個人的には食傷気味なのだ。

AmpスピーカからのMic収録と違ってLine収音だと、楽器との間に入ってた「緩衝材」が大巾に減っている。
これと楽器側の設計事情からそのままでは、楽器音の特性がピーキー過ぎになっちゃうから大抵は対策を要すのは確かだ。

奏者には一寸無礼でも意図せぬ歪みに襲われては困るが、個人的にはコンプの「掛け録り」は余程の特殊事情が無い限り止めて久しい。
折角デジタルのお陰で「オーバーさえさせなきゃほぼ何でもセーフ」となったからには、これを有効活用しない手は無いしね。

とは言え一発録りならまだしも割と初期段階に録られる事の多いのがピーキーなままだと、多重個別録りで後から録る際のモニタ音質に難があるとも考えられる。
それで最低限は収録時点から掛けて緩和させとこうってのも分かるんだけど、下手に2度掛けすると後で始末に負えなくなるリスクがあるのは知っといた方が良い。

で何でそうなるかったらモニタし易さの為に平均音量(圧)を整えるのと、ピークを抑えるのでは掛け方(コンプパラメータの設定)がどっちかったら正反対だからだ。
理屈上は似たのを2度掛けするよりゃかなりマシだが、だからって物には順番ってのがあるんだす。

不要ピークは音的貢献より電気的害悪の多い場合が殆どなので、これは録るからには真っ先に排除・回避が必須だ。
とは云えⅡで残念乍ら現況では音色無改変って訳には行かず、程度は昔よりかなり軽減されてるが「違って聴こえる」が少しは出て来ちまうもんだ。

するともし全体平準化や音色改良の方を先に施しちまってると、必要なだけの「ピーク対策」が上手く出来なくなる可能性もあるのよ。
逆に俺言い正規順予で掛けるなら、ピーク処理後だったら音色や音圧だけに最適化出来るんでね。

実際に過去体験でピーク処理不足のまま混ぜる段になって、楽器を問わず四苦八苦した事も多々だったよ。
それでも記録媒体がテープの時代はピークの成分が、とってもピーキーなのだったらテープ依存だけで行けちゃってたからまだ良かったんだけどさ。

しかしこのままでは矛盾が残るんで、ほんじゃモニタの為に「仮コンプ」ってのはどうなのか。
っつうとこれにも問題があって、完成時のとは異なる強弱で他のを録る事になっちまう。

そんな八方塞がり的なこの時点で敢えて指摘させといて貰うが、パート毎の別トラック収録利点の再認識が重要だ。
後で調整可能って考察点を移動させると、失敗してもやり直せるってのが最も大きいんじゃないのかな。

無論録るの自体もだがどう捏ね繰り回せるかだってそうで、それからすると掛け録りしたいならせめて録り自体は一発同時に限定するべきなのではと思うんだ。
それも合奏時点でAmpから出てる音に既に掛っててで、そうしとかないと適正な「弾き加減」を阻害しちまう。

尤も俺等みたいに慣れて来れると従兄なんかはピーキーなままのでも、少なくとも本人には苦手意識等の抵抗感は一切無くなってるみたいだ。
だがしかしそれですらこっちの思惑からは若干ズレる事も少なく無く、やはり理想としてはコンプ以外で音量・音圧の安定度の高いのってのが良いみたいなのだ。

ジャンルや求める全体音質如何でかなり程度差はあるが、大半のエレキBassはAmpレスで完成形の音になる様になんて作られて無いんだからね。
因みに参考で今迄俺等のでコンプレスで最後迄行けちゃったのを例示しとくと、記録媒体がテープ時代のばかりだ。

デジタルになってからはLimiter程度は省けなくなってて、しかしⅢで今の処個別にリミッティングするケースはまだ出て来ていない。
おっとそうだった、あとアクティブタイプのエレキはピーク面では一層不利だ。

旧来の不完全な電子回路ではひ弱なピークは自動的に抹殺されてたが、完全に近付いたアクティブタイプではご丁寧に全部生き残ってしっかり伝わって来る。
だからって使うなとか無価値だなんて思わんし言わんけど、過去述の「チープ機材にはBuffer」の件も宜しくで本質的には「足りてりゃお邪魔」にもなり得る存在だ

<続く>

2021年4月12日 (月)

音楽備忘録606 パートのリズム調節㊸

今回は恥を忍んで…なんて今更だが、Classic系オケの指揮者と奏者のタイミング差の話しだ。
体験があるなり学ぶなりしてれば概知の方も多々だろうが、お間抜けな俺は50を過ぎる迄知らずに過ごしちまった。😓

さてここはかなりRock寄りのポピュラー系のBandとかを対象に書いてるのに何故かったら、万一運良く出世出来たら将来共演の可能性も…。
わ悲しいかなこの身分ではほぼ偽りも同然
だが、規模や人数が小さかろうと合せなきゃなんないのは一緒だからだ。

その中から少し重複も出そうだが、かなり正確に合ってないと変なのとそうじゃないのを一寸仕分けでもしてみるかって企画だす。
併せて「合う」の定義みたいなのも考察してくが、近年本邦ではそれが「Click様唯1つ」みたいな誤認も酷いみたいだね。

先ずClick様が異様に闊歩してる正直な理由を暴露しとくが、そもそもは「雇い主側の勝手な編集」の為でしか無かったと断言させて貰っとこう。
尤も必ずしもそれが単なる横暴とは限らず、パフォーマ―側の度を越した力量不足ってのもある。

そんじゃなんでそんなガラクタ雇っちまったったら、大手だと各部門の連携に支障が出たり無茶なノルマを課されてなんてのもね。
ってこのままだと半恒例の鶏玉子話になるから離脱しといて、何よりそんな風潮が不味かったのはBestタイミングは本当は凄く沢山あるのにClick様以外の殆どが集中治療室送りにされちまった処だ。

本邦の現況の多くには舶来コンプレックス由来のが多くて、その根本は中途半端に都合の良いのだけ安易に拝借したのから来てると思われる。
少し前に従兄がDrumとClickの件でこれを呟いてたが、日本以外の殆どでは「物理的にだけ一致させる」なんて無粋な真似はしないそうだ。

従兄はそれをClickとDrumの「両方が聴こえる」ので提示してるが、もしDrumに無興味だったらそれだけでは糸口が見付けられ無いかも知れない。
或はYMO等を筆頭とするテクノ大国の誤ったプライドで、例え幼稚な誤解でもズレてると思われるのを不要に恐れてるのか。

それよかこんなに打込み物を筆頭に「機械演奏」のが日常的になって来ると、どれもが同じ感じ(タイミング)じゃないと耳慣れなくて馴染み難くなったかねえ。
だがしかし以前述の如く分析してみるとその肝心の機械様のが、実は結構いい加減且つランダムだったりしてるんだよね。

この事実を何でそんなに皆が気付き難いかってば、1曲終る迄「途中で機械が変る」のなんてまんず無いからや。
上記のランダムの中心は機器毎の癖みたいなので、良く作られた機械程この面では「苦手なフレーズ」が少なくなっている。

処で個人的にはClassicオケのタイミングの曖昧感は好きじゃないが、良く考えるとそれが指揮者やオケのせいとは限らない。
彼等は通常眼前のお客に最適になる様に調整してるんで、テレビやラジオ等ではおやっと感じても現場の客席だったらそうとは限らないのだ。

しかも指揮者⇔奏者と指揮者⇔お客は大抵距離が違ってるし、音と光(見てる景色若しくは映像)にも速度差がある。
だからネットやTVを通さないで見てたって、音だけを優先するとお客さんの耳に届いた音と指揮棒の動きにはズレが生じても半ば当然だったんだね。

因みにDigital Delayの、最初のニーズは何だったか皆さんご存知だろうか?。
普通なら音の綺麗なエコーと考えて自然だが、実際は大会場でのPAの音遅延から来る諸問題解消の為だったんよ。

純粋にエコーだったら美しくなるなら元のから音色変化したって、いや寧ろその方が利用者としちゃ有難い位だ。
けどEffectじゃ無くて「修正」だったら、少しでも元のまんまじゃ無いと困るでしょ。

これが「生オケ」でClassicとなると電子機器使用は普通はご法度だから、指揮者・各奏者の夫々がタイミングを利用して狙った音に聴こえる様に工夫もしてるだすよ。
例えば10人居るパートのが所望より音色が硬くて困ったとして、僅かにアタックをズラして柔らかくするとか。

これ多分大昔概述だけど従兄のLivehouseで三味線の音が実際より硬くしか拾えなくて、窮余の策で俺がChorus掛けたのと原理的には全く一緒よ。
合唱なんかでも○○合唱団ののほうが素人集団より纏まってて美しいけど、親近感では綺麗過ぎるとねぇ。

音楽学校のならいざ知らず体育会系の校歌がそんなだと、らしく無い上に何だかひ弱な感じとかしちゃいませんこと!?。
あれっもしかして今の学校だと昔と違ってタイミングだけは異様にピッタリ合ってんのかなぁ、女子は全部裏声(ファルセット)で。

<つづく>

2021年4月11日 (日)

音楽備忘録605 残響考Ⅵ

今回は個別パート専用みたいなのにも広げて行くが、何たって楽なのはデジタル音源物だ。
元のDataに残響のを追加すりゃ良いんだから、質の良し悪しを別にすりゃどれでも何でもほぼ必ず掛けられる。

それ処か音源自体にもう含まれてるのすら多く、使い道に制限が出るが誰にでも「掛け損ね」が絶対起きないのは注目点でもある。
けれど純粋な趣味だとか仕事でも作曲家がデモを作るならさして不自由しなくとも、それでは自由度の低さとオリジナリティの障害となり易いのも確かだ。

この確実性等と自由度は相反してるので、極端な処が無いのとなるとエレキGuitarが一番扱い易いのかも知れない。
中でもデジタルのストンプやラックのでなくて、昔乍らのAmp内蔵のバネのヤツだ。

って独特な味はあるにしても癖強過ぎじゃねってそれもそうだし、そんなに音色の違うのなんて無いじゃんかって…。
至極ご尤もでやんすがそれが顕著になるのは、一定以上に深く掛けた場合限定だす。

勿論それだって今のデジタルのとは比べ物にならない程自在じゃ無いんだけど、「上手に掛けるスキル」を幾らも要求されないのは見逃すべからずズラ。
一般認識で最も残念なのがこの部分で、別表現すればメーカや販売店の口車に乗せられちゃってる可能性大ざんす。

キャリア等の割に環境に恵まれてないと思うから言うでも…ありまするが、良い道具も真価を発揮させるのはこの方面だと特に高いスキルを要すですよ。
特に最近それを思い知らされたのが概述の配信だとかリモート作品の状況で、なまじ「画」があるからそれと乖離してたら余計変になるのにま〜ぁ猫も杓子も掛けるは響かせるは…。😅

更にこれが悲劇的なのは希少価値がゼロになってる処で、万一それを気持ち良いとか平気と感じる様なら私的にはもう受診推奨案件ですぞ。
そんなに掛けたいなら背景だってデジタル合成で弄りゃ良いのに、どうしてそっちは気にならないんだか。

わ取敢えずこの辺にしとくとして、個別でもそうだが全体で世界観が合って無いと台無しになっちゃうよ。
その中でハードルが低目になるのったらそれが上記のとかで、これは既視感ならぬ既聴感に頼ってピンチをすり抜ける作戦だ。

世間に登場してからが長い楽器だとそれに「付帯してる残響」も、記憶内でセットとなってる場合も少なく無い。
だからってもし未所持だったら今更古臭いのをわざわざ買って迄とは言わんし思わんが、もし使えたらそれ等は「安全率が高め」なのは間違い御座居ません。

この手のは他にTape Delay等もあって性能面ではかなり苦しくなってるが、馴染む馴染まないの点では設定さえおかしく無きゃあまり心配が要らないだす。
本件ではそれ用のReverb自体にも近似な側面があって、バネならバネ・鉄板なら鉄板の響きしか得られなかったけれど全体がバラける心配は無かったですよ。

自由になるデジタルで皆が割と失念してるのは、特定パートの気持ち良さにかまけて全体としてどうかがお留守がちな処。
これに原理的に無理があるのは、リアルホールだったらエコーじゃ無くて楽器の方で調整してる筈やからや。

中には残響調整可能なご立派ホールもあるけれど、奏者の意地ってのがあったら変えるのは自分の方が先だ。
さもなくば「アイツは広い所じゃ全然駄目だ、場末の酒場程度がお似合い」、なんてレッテル貼られちゃ敵わんでしょ。

コロナもあって一層生演奏の機会が減ってるから厳しく切ない話しやが、それで音創りが下手になったったってどんな文化に優しい政府でも流石にそこ迄は補償して貰えんて。
それからすると取り敢えずの第一歩としては単純に好みのエコーを、一旦先に決めて暫く固定しても良いかも知れない。

それに対して各パートが可能な限り先ず「行ける音」になる様に調整した方が、全体像が変になるのは避けられるよ。
状況次第で先に固定するのが他になるのもアリだけど、自由を活かすには制限のある時より指針はとっても重要なんす。

<続く>

2021年4月10日 (土)

音楽備忘録604 魔改造悲喜こもごもⅢ-㉒

その後水面下で球ポプリの煮詰めに入っているが、Coilを使ったフィルタの方はどっちらけとなっている。
一応計算通りに働いてはくれてるものの、思ったより今回のでは音への貢献が少なかった。

そうなってしまった敗因は最適な値のが見つからなかったのが第1だが、今回は過去機のと違って安定度を求めたのも厳しかった。
ポータブル故繋ぐ相手をなるべく選びたくないとなると、「最後の球より後」には付けられない。

当初は現時点で想定される機器の入力インピーダンスが同じだったらと、儚い期待も持ちつつ取敢えず調べてみた。
そもそもコレって規格ってのがあるから普通なら大体揃うんだが、宅と従兄宅のでなんと5倍も違ってるのが判明しちまったのよ。

宅のはPCの全所持サウンドカードで、こっちはちゃんと10kΩで揃っていた。
処が従兄宅現用のZOOM R-24のは50kΩで、しかも調べるのすら手古摺ってしまった。

ネットで簡単にマニュアルが見られる様になったのに、理由不明だが本国の日本語版のには何故か記載がそもそも無かった。
偶然英語版のも簡単に見つかったんでそっちを覗いてみると、その部分だけ何か昔のタイプライタで打った様な感じでとても見難い中に漸く見付けられた次第だ。

もしかしたら外圧に負けて後から慌てて差し替えたっぽいが、苦労させられた上にこんなとは無慈悲で御座るよ。
尤も考えられる事としては素人向け汎用機なので、楽器用系のストンプとかから繋いでも何とかなる様に配慮した結果かも知れない。

と愚痴はこの辺にして何でインピが違うと不味いったら、フィルタの作用や効果が大巾に変わっちまうからだ。
今回のみたいに受動素子だけのだと当然の弱点で、しかし所謂アクティブタイプのでもフィルタ本体に条件差は無い。

それが実用上セーフになるのは何の事は無い、前後に付いてる増幅素子が整合してくれてるだけである。
先ずこれで球が3段ある内の後端は付けられなくなったが、実は1段目と2段目の間も今回の趣旨だと駄目だ。

当該箇所にはTone回路とGain Pot(ボリウム)があるが、これの調整次第でインピーダンスが変動するからだ。
楽器の普通の音質調整にはそれで無問題且つ足りてるが、「常にここだけこけれだけ削りたい」ってのには都合が良く無い。

それで付けられる箇所が限定されて、より使用部品の選択肢も限定されちまった。
尤もリアルスピーカだと単純なf特(周波数特性)以外にも相違はあって、これだけ同じに削れたとしてそれだとリアルより籠った感じに聴こえるらしきは発見出来た。

この現象の原因は恐らく鳴る長さとタイミングが違うせいだが、この件については丁度別項でその手のやってるからそっちへ書こう。
となると問題はそれ以外の方法も含めて、何処をどの程度削るかだ。

因みにそれ以外で独自に偶然発見したのが本命候補で、これは球の普通の増幅回路の入出力が逆相になってるのを魔用するものだ。
これは某所持AmpのBright回路のコンデンサを、他愛も無い悪戯心で近くの違う所へ接触させた音から気付いた。

その時点では理屈は未解明もその音が気に入ったんで、俺にはニーズの低かったBright回路用の部品の接続変更のみで俺言い「Mellow SW」に改造して久しい。
っとこのままで通り過ぎると「負帰還は硬くなるからメッ」に反しそうだが、削って無くしちまうからへっちゃらなのだ。

普通の負帰還回路ってな丸々戻しはせず、どんなに多目でも半分以上はしないもんなのだ。
何故ったらもし100%にしたら±ゼロになって、何も音が出なくなっちゃうからよん。

わ兎も角これにも弱点ってのはあって、それはCutが始まる箇所で特性に山が出来る処だ。
つまり境界点より上は引っ込んでくれるが、境界点だけは従前より強調されるって具合だ。

楽器系の回路としては他でも却って多用されてる性質ではあるが、それなりに癖が強いから相性問題は出て来てしまう。
今はそれをCut&Tryで定数を探ってる処で、事前計算もしっかりやってはあるものの結局は「聴いてみないと」である。

<つづく>

2021年4月 9日 (金)

音楽備忘録603 残響考Ⅴ

さて前回の続きを行くと残響ってよりゃ音場の方がドンピシャっぽいが、「音場の無い」録音音の扱いとしてこのまま行くで。
付いて無いヤツぁ足すしかねんだから、そんで足すとしたら大抵は残響ってなっちゃうんでね。

さてⅡで前回は録音側でのニーズの高まりを記したが、今度は再生環境の主流の変化だ。
先ず第1に「耳の至近か中で聴く」頻度が過去比では凄く上がってて、聴いてる場所の響きが全く追加されなくなった点だ。

第2に例えスピーカ聴取でも過去比だと、距離がかなり近くなってるのも看過出来ない処じゃないかな。
例えオープンエアータイプで遮音性が僅少でも被った方が何かと良く聴こえるのは、
「間に邪魔が入り難い」からでスピーカでも距離が縮めばそれに近付いてるからねえ。

これって「聴きたいのだけを」には大変結構なんだけど、普通とか自然ってのとは若干のそれこそ距離感があるんどす。
極端な話しでだったら1曲終る迄は息するな心臓止めとけってなもんで、これはまだ現況では無理だし危ないからお止しなさいっと。

でそれは兎も角少し前迄の俺も含めて、制作サイドはどうしたって本体以外は排除したいバイアスが掛りがちだ。
奏者なら「俺が鳴らしたのはコレだけだ、弾いて無いのなんか出すな」と思うし、「技師として他人の演奏に介入なんかして無いから」を分かって欲しいとかさ。

そんな気持ちで普段より神経質になってるStudioに居ると、客観視したら聴こえて当然のバックグランドノイズなんかもやたらと邪魔と感じちまったりする。
実際ファンタジー作品だったら非リアルになってでも、少しでも透明度が高い方が良い事だってあるしね。

でも通常運転をそっちへ寄せ過ぎちゃってると、それよりクリアにしたい時に余地が少なくなって苦しむ可能性だってある。
ここでは随時吠えだが非リアルでも常に清潔にしたいなら、今時もう汚染されてるかも知れない人力で演るのがそもそもお門違いなのよ。

相当頑張った上に幸運が重なればリアルでだってノイズレスの期間は持てるが、打込みに比べてあまりにも確実性が低いですよ。
なので挑戦するの自体を批難したりゃせんけれど、出すアルバム全部を人力でそんな風に仕上げようなんて決死の冒険者よりもっと凄いわ。

機械でだったら自然と達成されてるのを意図的に企てても、聴き洩らし・処理忘れなんてのが量が多くなるとどうしても顔を出すしさ。
それ処か聴き手が「人が弾いたの」と分かってると、最悪「入って無い雑音」すら「入ってたかも」なんて思われるから報われないよ。

これって例えば友達が部屋に来て弾いたのの残像とかの影響で、三つ子の魂的にその時の「ジー、キコ、ジャンジャン」なんてのが焼き付いちゃってたりするもん。
只これを逆手に取れば人力だったら少しならセーフで、そんなのが絶対入らない筈の機械だと「僅かな、チッ」程度でも「今の何?」って思われる訳だ。

等と散々こいといて普段は全然気にして無いんだが、そんな無神経な俺でも看過出来ない場合がある。
それが「部屋の響きとエコーが喧嘩」しちゃった様な時で、これは言うなれば第3の最も不自然な音場だ。

本邦では極一部の金満氏を除けば、部屋の残響はほぼ「初期反射音」が主体だ。
なので一寸聴きでは殆どそれが付いてるのすら意識に表出しなかったりするが、長いとか深いエコーを加えようとすると一気に不自然さが露呈するのだ。

それは広い空間の響きでは、初期反射音はもっと遅くにしか鳴り出せないからだ。
つまり余韻を無聴すりゃ狭い部屋・余韻に注聴すりゃ武道館、変な上に聴き方次第で違って聴こえ過ぎになるのだ。

しかも厄介なのが音響原理的に「無理な状態」になってるから、多くのケースでは明瞭度も著しく損なわれる。
恰も武道館内に遮音性の低いほったて小屋があって、その中で鳴らしてるのが漏れ聴こえたとでも言うか…。

それすら特定の目的があって意図的に使うならアリだけど、ま〜あそんなの「普通」とは全くかけ離れてるわなぁ。
ずぼらな俺でも「普通で良いや」と思ってるから普段無意識で居られてるんで、そんな意図せぬ変態に襲われたら黙ってられんですよ。

<続く>

2021年4月 8日 (木)

音楽備忘録602 録り方の問題 エレキBass編⑧

今回はBassのLineとMicのハイブリッド収録に言及しとくが、自分でやってないのにってのは無責任と思われても仕方無い。
がそれでもそこは一応専門家、何も知らず類例体験も無く語る訳じゃ御座んせん。

この手の手法で肝要となるのは「丸々単純に混ぜたりしない」のが、どれであっても大抵は基本的なコツになりやす。
並行して書いてる別シリーズ「残響」のなんかもそうで、低域が響き過ぎると何が何やらサッパリ分からんくなるよね。

処が一般的な気持ちの良いエコーって、一番響くのは中低域中心のなんだす。
最も簡単にその理屈を明かすと、本体よりオマケが目立っちゃ変だから。

これの詳細はあっちへ何れ書くとしてこの都合でエコー自体は変え難いとなると、掛ける方で加減するしかなくなる。
その第1策は低域含有量の多いの程「浅く」する事で、取敢えず全体がボワーン・モワーンとするのからはこれで逃れられる。

が特に近年のBassだと低域に負けない位高域含有量の多いのもあるから、その場合なんだかBassistがやたらと目立ちたがり屋で客席へ突入せんばかりみたいな感じで変になるかも知れない。
そうなったら第2策発動で、今度はReverbへ送る信号に細工をするのだ。

具体的には低域をわざと減らして、アタック音にはフルに基音には控え目に残響が掛る様に企てる。
しかし本質的にはこれ等は実は邪道で、それはリアルで低域がやたらと響く会場だったらどんなAmpセッティングになるのかがヒントとなる。

再出の俺には唯一の体験談だがそんな会場だったから、持込んだマイAmpの普段は入れっ放しのDeep SWを先ずはOffってみた。
が全然下が余ってるからBassツマミを段々絞ってったっけ、驚く事にゼロにして漸く何時もの音になった。

この上述2つ「響きの元信号」は同質になるが、本体の方は正反対だ。
それからするとReverbを掛けるのが分かってたら、逆算して最初から低域を減らしといた方がリアルに近いとなるのが第3の本命!?の策だ。

只現実的にはそれだとReverbをどうするのかを、何を録るより真っ先に決めとかなきゃなんないし変更を受け付けなくなっちまう。
加えて「Reverbと一緒に鳴ってる」のを聴いて演奏自体の加減をするには、各パート収録時は必ずヘッドホンモニタにせねばならない。

今はどんな人でも昔よりかなり充実した機材を手に出来る様になったから、実用性に主眼を置くと第2策が一応推奨ってなるのかな。
ほんでこう云う細工ってか工夫って残響案件に限らず、混ぜるとか弄る際には大抵は必要な発想なのだ。

求める音色次第で削る場所は流動するが、音響的に正反対に近い性質のを旨く纏めるには最重要なコツだ。
確かにコンプやら何やらで格差の縮小は可能だが、弄る順番を守らないとどっちかだけしか殆ど聴こえない様な個所が生じ易くなる。

一面で似てるフレンチドレッシングは掛ける寸前に混ぜりゃ良いが、だったら一般聴者にBassだけ小瓶に詰めて別に配布出来るのかってなもんだ。
参考に「職人の仕事の実態」を付記しとくと、混ぜるとしても先ずはどう頑張っても「足りない所だけ」とかに留めてるのが多い。

毎度乍ら極端な話しAmpのもLineのもそもそも元から「最低の音色」だったら、どんなに上手に混ぜられたって酷さを助長するだけになるがね。
せやさかい後でどうするかは関係無く、少なくともメインの収音方法にしようと思ってる音色を磨けるだけ磨き込むのが結局は先決なんや。

んでこれは例え楽器用PreampやDirect Boxが無い時もで、録る前にストンプやMixer卓等のEQで出来る限りは煮詰めときまひょってね。
どうせ後で捏ねなきゃなんないからなんて不精したっけ、後になって弄りたい帯域が全然拾えて無くて…大昔にはそんな事も御座居ました。😅

<続く>

2021年4月 7日 (水)

音楽備忘録601 残響考Ⅳ

少し間が開いたが太鼓の方については折角従兄が挑戦的実験に励んでるんで、結果が纏まってある程度整理が付いてからとしたい。
それを待つ間ってんでも無いが、アンサンブルは太鼓だけ幾ら良くたって他が全滅じゃニッチ過ぎるからね。

今もって従兄が他パートに最悪な方法が良いなんて何時言い出すかとひやひやしてんだが、現況では例えばBassを球のAmpで鳴らしてその場で階段バーブを掛けるなんてのが不可能だからだ。
第1は従兄宅には石のしか無く、かと言って宅の3段積のを毎回持ってくのは勘弁ってのが第2の理由だ。

処で普通の音場ので「エレキBassに残響」ってのに疑問を持つ人も居そうだが、実際我々でも過去の多くのには一切掛けて無いのが多かった。
但し太鼓が
生のなら「部屋残響成分はほぼ無し」とかドラムマシンだったりで、他パートのも生はOn Mic・それ以外はLine収音だったのも関係している。

本項初回に俺が太鼓のOff Micに懲りたのもあろうが、かつては録音の記録部の劣化等の影響もあっての措置でもあった。
一寸余談になるが俺所持のエレキには半分以上に自作Buffer Ampを搭載してて、これは私的なチープLivehouse対策の1つだった。

俺程度のご身分の奴がありつけるAmpって時代もあってエンクロージャ形式なんて贅沢の範疇で、球のだったらそれだけでも大いに感謝しときやってな調子だった。
個人的なデフォルトが偶然発祥も密閉型+ダイキャストフレームユニットで、それに少しでも近付け様としたらそんな状態になったんだ。

オマケでもう1つ付記しとくと記録媒体がテープだと、僅かにせよ「転写」って現象を必ず伴っていた。
磁気テープって磁石としてはやたら柔らかくて薄いが、リールに巻き取られる際に「間に磁気遮断物」なんて一切挟んで無い。

ドライバを一度強い磁石ににくっ付けちゃうとドライバもプチ磁石化するのと同じで、なるべくそうならない様にしてあるとは言え少しはお隣さんのが「移っちまってた」のだ。
それって凄い微小音量のTape Delayもう「そのもの」で、普通聴き取るのは困難なレベルだが完全「残響成分無添加」とはなって無いのよ。

こんな風に余計な邪魔が多く入る際は、逆算しての対応も必要だったって訳。
それが今じゃよっぽどじゃないと、特に録音ではその手の邪魔なんて全然入らなくなったからねぇ。

勝手に変えられる懸念が払拭されたのは良かったけど、何か不足要素があったら足さない限り何処迄行っても「足りないまま」になっちゃうのよ。
それを例えば従兄は彼宅で「生リアル」こっちはボロ屋でLine録りをそのままにしといたら、「正にリモートだね」の典型サウンドしか作れんのよ。

この点電子楽器の内デジタルのなんかはほぼ例外無く、音源自体に若しくは音場創作のEffectが内蔵されている。
し選択可能なのでさえ、わざわざOffにしなきゃ勝手に常に掛けられちゃってるのが普通な位だ。

エレキ(電気楽器)だって最近のマルチEffectorだと「それだけで完結」になってるが、接続関係のトラブルリスクが低かったり便利な代わり使う方で考えないと不足が生じたりする。
これ等から明瞭度確保の大変なのが折角クッキリ録れてるのに、「同居を主張」するには何らかの追加措置が必要になったと考えているのだ。

これが不思議なもんでこの様な組合せになると、何故か「明瞭度オンリー」のは存在感が却って薄まるのである。
理屈的には平均音圧や余韻の質とアタック音の長さ等が原因だが、単にコンプをしても一緒になってくれるのは背の高さだけって感じ。

恰も残響が筋肉みたいなもんで、骨だけ君は選手じゃ無いでしょみたいな…。
因みに誤解されると困るんだけど、ここで論じてる残響は一般的なエコーとは一寸異質のですからね。

普段人が生で耳にしてると完全無意識になってる様な類ので、その原因は無響室に10年籠ってましたなんて奴は先ず居らんからよ。
「極在り来りな響き」は常時あるのが当り前だから、何かの特殊事情で欠損しない限り加える必要も生じないと。

それでかどうか知らんが打込みオンリー作品で、三畳間とか四畳半の音場空間をしっかり演出してるのって思い出せないな。
施した処で恐ろしく効果が弱く薄いからってのもあんだろうけど、漢方薬でも何も無くて腹痛が収まらないよりゃってなもんでっかねぇ。

<続く>

2021年4月 6日 (火)

音楽備忘録600 録り方の問題 エレキBass編⑦

前回はMicで拾うの一苦労迄行ったが、その補填策として思い浮かび易いのはLine録りとのMixだろうか。
洗剤や薬品よりゃ混ぜるな危険では無いが、そう
簡単には上手く混ざってくれないのが現実だ。

今回はその前提として一面で録音が昔より難しくなってしまった原因を体験から提示しとくが、録音・再生両方の機材の性能が上がったのも大きかったな。
周波数特性やS/N比も然る事乍らダイナミックレンジの拡大とリニア化は、かつて期待してたのと少々違った結果を招いちまった。

これ特に記録媒体がアナログのテープだと、何をどう頑張っといても必ずある程度「潰れ」ちゃってたから。
それを当時は潰れなくなったらきっともっとパワフルになると思ってたっけ、実際はクリアにはなっても却って大人しくしかならなかった。

でも今になって冷静に検証してみれば、電気楽器って元々慣れ親しんでた音は電気的にはちっともリニアじゃ無かったんだよね。
これを周知徹底させたくてお題から少しズレるのに初回の方等で、原典サウンドがどうの球がこうのなんてひとしきりやっといたんだ。

して今回のとの関係はってぇとMicの方は例えAmpが石のになっても、「らしく聴こえる」様に作られてるのだったら程度差こそあれそんなに今だって電気的にはリニアになってないままだ。
アナテー時代と大きく変容したのはLine録りの方で、オーディオ的には大躍進も楽器的には一面で肝心な部分が退化しちまったのである。

具体的には性質が殆ど正反対って位掛離れちゃったんで、混ぜるのがとっても大変になっちゃった。
ではその内容へ進めてくが先ずは音量バランスで、最大時はLineのが最小時は殆どMicのしか聴こえない様な事が起こる。

Lineの方のダイナミックレンジが広過ぎて、若しくはMicのの方が狭過ぎるからだ。
それがもたらす結果は理想に対しては正反対に近くて、普通だとワイルドな方が良いフォルテ時にLineからのがメインになってしまう。

オマケに綺麗で繊細な方が良いピアノ(強弱の)の時に限って、今度はMicからのの方がメインになるとは最悪やんけ。
そうなると普通はLineのへコンプを噛まして整合させようと考えるが、それぞれに微妙に違ったりしてる楽器Ampの「非リニア」を再現するのは困難且つ中々厳しい。

とは言えプアなMicしか無いけど「生の表情」だけでも欲しいなんて時だってあり、どうしたら少しでも改善出来るかは考えなきゃな仕方ない。
そんな際私的に鍵になると思ってるのは帯域分割で、最初の内は「どうしても足りなくなっちゃった箇所」を補うだけからやってみるのがお勧めだ。

多くの場合要るのはローエンドになると思うが、「足すのは最低限」に留めるのがコツだ。
その第1目的はLineのがフォルテ時にMicのより大きくなって、音色急変から別楽器にすり替わった様に聴こえたりするのを避ける為だ。

が第2の目的も案外大切で折角Lineの方ではボーンと大きく拾えてるのを何故ケチるったら、平均的なエレキBassの音はシンセのとかより格段に倍音含有率が高いからだ。
シンセのだって音色や弾き方次第では良い線迄持ってけるが、只弾いただけで存在感がエレキの方が勝り易いのはこのお陰なのだ。

これって良く云や色々入ってて賑やか・悪く云やバッチイとなるやもだが、その方が他の色んなのと一緒になった時被らずに「単独で残る」部分が多くなり易いからだ。
なので私的にも気分的には惜しくて仕方無いが、混ぜてるどうか分からない程度でなるべく我慢するのだ。

勿論だからって控え過ぎたら他パートと混ざると聴こえなくなっちまうが、Bass単独で聴いてこれ位が良いにしとくと大抵は今度はアタック音等が全部埋もれてしまったりする。
とこの様に全く手立てが無くはないにしても面倒なので、現況の俺は収音方法のハイブリッドからは逃げ捲っている。

尤もそれ以前に不要部屋雑音の退治がまだだし、現用Ampのプリ段がICのなのも理想と違ってるしね。
けどもし球プリを自作不能だったりしたら、真っ先にこの方法に挑戦してたんじゃないかと思うよ。

<続く>

2021年4月 5日 (月)

音楽備忘録599 パートのリズム調節㊷

人問題の次はアンサンブルの技術面へ進めてくが、その内今回は一寸した知恵みたいな部分にフォーカスして行こう。
技でも純粋なのなら専門誌等に繰り返し掲載されるが、人の気持ちなんかとの中間領域みたいなのは文書化し辛いからか意外と情報が少ない。

一般論としては誰でも気付けそうだったり比較的単純なのだったら、教わらなくても一定以上の経験を積むとその中から見出せるのもある。
が長年体験してみるとそんな些細と思われる中にこそ、案外盲点だったりとても重要なコツが潜んでたりしたのだ。

では一例として演奏開始時のカウントの件から行ってみるが、多数派はやはりDrummerが任されるのだろう。
尤も他パートの人が作ったのを初めて演る時は作者が先ず指示を出したりするが、カウントの取り方の基礎を知らないと不安定になったりするのでそんなのは最低限に封じ込まれるのが多い。

これ具体的には基本としては先ず脳内でカウントし出して安定して来てから表に出せば良いだけだが、予備作業ゼロでもまあまあ行けちゃったりする人も居るからか意外と周知不徹底みたいだ。
事足りてるならDrummerしか出せないままでも当面は無問題だが、もしかしたらある程度訓練して皆が慣れたらそのグループ内で実はベストな選択では無かったなんて可能性も秘めている。

是又一般的に分業する際担当者以外は、全体や担当外より自担当への専念が要求されるしそれ自体は間違って無い。
けれどホントにほぼ「自分だけ意識」でも成立するのは指揮専任者が独立して存在する時の話しで、ポピュラー系の小規模編成ではこの部分が最悪は「たらい回し」的になってるのもしばしば散見される。

「誰も気にして無くったって合ってるから良いだろう」ハイご尤も…は半分で、そんじゃ珍しくでもズレちゃったり皆で一斉に迷っちゃった時ゃどうするつもりなのよってさ。
俺自身若い時分に勝手に騙されてたってか正確には誤認してたのが、参考にした人達を外から伺い知れる様子だけで判断しちまってた処だ。

「俺等バリバリRockで自由に演りてぇから指揮なんて要らねぇし邪魔」なんて風に見えてて、阿吽の呼吸があったらそんなんだけで何でも行けちゃうんだなんて…。
真実はバレーボール選手が腰裏でフォーメーションサイン出すみたく、完全サイン無しは稀で只客にそれを分からない悟られ難い様にしてるだけの方が多かったらしいんだが。

こんなのがアンサンブルの安定度や精度には大きな影響があって、「ちゃんとした連中」では疎かにしたり省いてる奴なんて実際は居なかったんだ。
してこれは2つの要素を持っていて、指令系統の確立の他「全体のリズムスキル」の底上げが考えられるのだ。

野球のキャッチャーなら自身は変化球を投げられなくても、何時投げたら空振りさせられるかだけ分かってりゃ名捕手だ。
それが音楽アンサンブルでは恰もピッチャー側にもバッターボックスがある様なもんで、リズムや音程に関しては全員の内最低レベルの者がそのクウォリティを支配すると思って過言じゃ無いのだ。

特に本邦の現況ではDrummerに音程無意識の奴等が多いが、歌の子音が大事な処に限ってCymbalを毎度鳴らしたりしたら大迷惑なのにね。
Drumには「普通のドミソ」に聴こえるのは無いから、ハモらなくて困る事なんてのは確かに稀だ。

しかし音域が近かったり被ったりして何かを「隠して」しまったりする危険性は、音量があるだけに一番高い。
なので一般的なのとは必要部分が少し違ってるが、音程無意識で最後迄無事なんてのは先ずあり得んのよ。

片やソロパートでフレーズや表現にはあんなに拘る癖に、伴奏じゃ無いからってリズムを軽視し過ぎる残念君も。
そりゃ単体だけ聴けばその方が美しいかも知れないが、人耳に備わる弁別能(聴き分け)にノイズキャンセリングヘッドホン程の性能は無い。

正確には性能差ってより機能に少々違いがあるんだが、人耳でキャンセル出来るのは主に「意識」の方だ。
ノイキャ君の方は意識は一切操作不能だが、設計で想定された音(雑音)は逆相にしたりしてほぼ聴こえなく出来る。

なので意識を殺せててもそれ以上に出張られる様な事があれば、嫌が応にもターゲット以外も聴こえてはしまったりする。
尚且つソロパートをどれだけ聴きたいかも千差万別と来りゃ、あまりに伴奏とリズムがシンクロしてなかったら只の理解不能となってしまっているのよ。

これが早期に気付けりゃ救いがあるんだが一番大事で神経を取られる時に、「自身の音を無視して伴奏だけ聴き乍ら」するなんて拷問にも程がある。
そこで周りから大きく逸脱せぬ為には、全然意識しなくても暫くの間だったらズレないで居られる訓練程度は結局必要なのだ。

<つづく>

2021年4月 4日 (日)

音楽備忘録598 魔改造悲喜こもごもⅢ-㉑

大分間が開いたのに最早恒例化しつつある補遺入りだが、何でPreampにLC共振フィルタが要ったのかが全然説明不足でスマソ。💦
先に大まかな理由から入っとくと、狭い範囲だけ増やしたり減らしたりしたい時にそうしないと無理だからでやんす。

尤も半導体の発達した今日ではコスト・サイズ等何かと不利の多いCoilを、シミュレーテッドインダクタって電子回路でバーチャルCoilとして代用させてるのが常だす。
これって真空管でも組めない回路じゃ無いんだけど、規模・球のマッチング等色々大掛かりになるのでサイズやコストに制約があると採用困難なのです。

して測定機器等シビアなのじゃ無きゃ普通はそんな急峻な特性は無くても平気で、コンデンサの「交流の内高域程良く通す」性質を利用すれば大抵は賄えるだす。

因みにCoilは丁度真逆で、低域だけ良く通す性質を持っとりゃあす。
で馴染みのあるコンデンサの方で進めてくと、回路の信号経路へ直列に挿入すれば低域程通せんぼされまする。(Lo Cut Filter)

それを信号経路とGrand(アース)の間に繋げると高域程Grandへ流出して減っちゃうから、結果的に相対的には低域割合の増えた信号となるですねん。(Hi Cut Filter)
普通の音質調整(Tone)回路ならこれを利用するだけで足りるんだけど、グラフィックEQみたいに狭い範囲だけ弄りたいとなると不都合が出て来やす。

その原因はコンデンサ単体での所謂「減衰特性」にあり、1Oct(オクターヴ)あたり6dBと変化量が固定してるからなのだ。
故に例えば12dB減らしたい際にこれだけで行くんなら2段必要となる訳やが、そのまま単純に2つ並べたんじゃ機能してくれへんのどす。

なしてそないなるかったら、1回通ると音声信号のインピーダンスが変っちゃうからなのよ。
ほなら何でインピが勝手に変わるんったら、上述の文書をちゃんと良く読んどくんなはれ。

全部じゃ無くても「通せんぼする」ってあったでしょ、つまり1回邪魔が入った分元のより電力総量が減ってんのや。
それを電気的に見て表現されたのが「インピーダンスが上がった」で、具体的には直列2段で額面通りに働かせるには2段目を大凡10倍のインピーダンスになる様にしないとならない。

それでも球は元から入力インピーダンスが高いからこの程度迄なら何とかなるが、もっと急激な例えば-24dBの特性が欲しいとなったら単純な直列では厳しくなって来る。
↑は「1段毎に10倍」って意味なんで24÷6=4段直列にしたら、インピーダンスは10×10×10で何と1000倍にも跳ね上がっちまうだもの。

これを回避するには2段通したら一旦次の2段との間に、増幅素子を追加しなくてはならなくなる。
その素子が小っちゃくって廉価なトランジスタやICだったらどって事ぁ無いが、手間の掛かる球となると色々微妙となて来るのだ。

因みに増幅素子の「増やす」仕事を成立させるには電圧か電流、若しくは両方を増し盛りしなきゃなんない。
すると特殊な構成の回路の以外殆どのは、入力より出力のインピーダンスが自動的に低くなるのだ。

又小型機で問題化するのは球の本数ばかりじゃ無く、大飯喰らい故電源容量等他方面に影響が及ぶ。
っと処でサイズ・コスト以外にもCoilが忌避される理由はあって、それはCoilは電磁石の兄弟そのものだからだ。

ここではその内エレキのPickupととっても良く似てるってのだけ分かりゃ足りるんだが、要するに使うと不要雑音等を拾い易くなるって事。
それで皆から寄ってたかってなるべく排除されて来たんだが、それ以上の不利があるとなりゃ話は別だ。

が量産機ではCoil部品の供給等に今では難があるんで、その部分を丸毎諦めちゃうか石で組んでハイブリッド化するのを許すかの2択が主流化しちまったんだ。
苦しくて半分は仕方無くそうなったし、俺だけ違う世界に棲んでも居ないから環境の厳しさに世間との差は無い。

だきんどもそれで長年散々捏ねて来て、偽物で何とか近付けるのってのもとてつも無く大変なのを痛感されられたし草臥れちゃったのよ。
してその最大原因を探ると以前述と重なってそう
だが、「球Ampの出口迄に処理が済んで無い」とどうもアカンらしいんや。

<つづく>

2021年4月 3日 (土)

音楽備忘録597 録り方の問題 エレキBass編⑥

したらば今日はBass収音に適したMicの話しに絞ってくが、ベテランの専門家でも貧民系の俺では長年かなり苦労させられた。
金満君だったらその時点で絶対的なニーズがまだ無くても、定評のある高性能のとかも先物買い出来てそうだけどさ…。

ご予算スレスレ君にとっては「間違いのない保証のある物」にしか出費は許されなく、となれば先ずは候補のスペックシートを穴が開かんばかりの勢いで睨めっことなる。
これって近年では動画の公表なんかもあるけど昔は無かったし、楽器自体から出てる音が実際どの程度でそう聴こえてるかは画面のこっち側では分からない。

わ兎も角として第1段階では先ず周波数特性グラフから、必要帯域内に欠損や大きな落込みが無いかの確認から始まる。
ここで役不足だったらその時点で候補外決定で、けれど折角クリアしても使える可能性が無くは無いって程度なのが実状だ。

親切なのだと音源からの距離も併記されてるが、Bass用キャビネット固有の特徴なんかも手伝ってこれがあまり役立たない事もしばしばなのだ。
そのケース1は1本でスピーカユニットとダクトの両方を拾おうとした際で、結構遠ざけないととても両方を拾い切れないからだ。

現代の一般的な楽器用Mic(特にダイナミック型)は、ベッタリ張付く位近くで使うのを主想定で設計されててね。
それだと「逆」近接効果でグラフよりかなり低域は減っちまうから、特に近接効果の大きい機種だと信じられない様な結果を招いてしまう。

ケース2はグラフは飽く迄電気的な計測結果なだけな処から来ていて、類似以前述では高域のだったが「音として充分には扱い切れて無い」等がある。
これも親切なのだとグラフでどうなってようと実用範囲の記載付きのもあるが、電気的には反応出来てても音波をちゃんとは変換は出来て無い事も多々だからだ。

これ等から結局は実際に構えてみてからじゃないと行けるか分からんのが大多数を占めちまうが、テストの為に借りる費用すらケチらんきゃならんとなると手が引っ込み気味になる。
試して駄目だったら購入資金が目減りすんだから、実験自体がエンタメになる人じゃないと厳しいやね。

それでも安全そうなのったら本格的業務用の、所謂ラージダイアフラムタイプのコンデンサだったら割と確実だ。
だがもしそれをエレキBassにしか使わないんなら、コスパは決してよろしく無い。

加えてワイルドさ命だとダイナミックじゃないと、若干大人しくなっちゃうのが駄目かも知れない。
そんな中で一縷の望みを託せるとしたら、グラフ等公表性能では低域がブーストされてる様な類のだ。

当初はそんな演出の加えられてるのは忌避してたが、現行のそれ等の多くはバスドラのOn Micをターゲットにした物だ。
後でBass用キャビネット固有の特徴の残りも記すが、 大抵はバスドラ使用時程近付けられないからその位で実際は漸く「大きくは削れないで済む」程度となる様だ。

して↑の「残り」とはスピーカユニットのサイズと形状で、Guitar用のとかよりコーン紙の凹みがかなり大きい処だ。
ユニットのEdge付近を狙えば大差は出ないが、籠るのが嫌でセンタを狙えばかなり距離差を生じる。

外見上はネットに触れんばかりに近付けといても、内部で振動板はもっと遠くにあったって訳だ。
これ等に配慮してくとマイルーム・マイAmp・マイMicだったら全貌掌握も可能だが、どれかが一時的な存在だと途端に厳しくなる。

俺ん家では又別の理由で頓挫してるが、それだってPianoや太鼓の為に買ったMicがあって始めて試せたってな調子だ。
となるとかつての「LAサウンド」みたくアンサンブル全体が「軽目」の確実なの以外では、残念だがMic収録のハードルは高目と言わざるを得ない。

因みにサービスで「俺等強引EQすっから関係ねえ」の皆さんへ一言、量の減りなら補えるがもし欠損があっ
たら幾ら頑張っても無理だからねっと。
↑のLAサウンドでも本家系のは確かに重心は低く無いが、ローエンドがゴッソリお留守になったりゃして無かったよ。

寧ろ一番「底」迄拾えてそれを出せてるから、他へのマスキングの可能性が高い「その上」を思い切って減らせてるんよ。
典型的な過去名作を良く聴き込むんでみると聴いた印象では重心の低い欧州系のの方が、案外ローエンドが削れちゃってるのが多かったな。

<つづく>

2021年4月 2日 (金)

音楽備忘録596 パートのリズム調節㊶

今回はアンサンブルコンビネーションの面に言及してくが、先ずは人の気持ち的な部分から。
永遠的理想としては常にメンバー全員が無意識で、自然体なままで自発的に音の出て来るのであるのは不変だろう。

しかし現実はそんなヤワじゃ無く、過去に最高のコンビと称された方々ですら何らかの制限事項みたいなのは付いて回っていた。
その筆頭は「時期」で例えば最初の5年間は最高だったのに、何かのキッカケ以降はもう顔すら絶対合わさんとか。

俺が想像より長生きしちゃったから感じ始めたのかもだが、この件外部からと内部からの観点の違いで理想像もどうやら異なる様だ。
こんだけ人が長寿化して来ると、50年の内の5年と100年の内の5年では倍も違うぞなもし。

一旦最低ラインまで下げて考えりゃ、例えたった1週間だけでも本人が最高と思える時間が持ててたらそれでも無いより幸せな口だ。
いきなりかなり両極を持出してみたのも、内外評価のどちらかだけに翻弄されたら不幸かなと思ったからだ。

但し外だけの評価しか得られなかったら当事者にとっては、仕事仲間や戦友ではあっても親友とか身内って感覚は持てないかも知れない。
逆に当人達だけで納得してる様な状況だと、ビジネスや生活面で別の苦労を強要される。

これへその前の「割合が減った」を加味してくと、短期集中より付かず離れず程度で長持ちするのが一番宜しい気がして来たね。
これは人間関係のみならずイニシアチブの取り方等にも共通してて、上下関係の強過ぎる組織になっちゃうと有事の際に困窮する。

又それは普段傍目には常に同じ人が引っ張ってたとしてもで、実力差があり過ぎる無理な組合せでは親分コケたら必ず皆コケただ。
一例として全員健在当時のドリフを取り挙げてみると、形としてはリーダ―は不動でいかりや長介だった。

キャラ付けの意味もあって誰もがそんな印象だけが強いが、実際のコントの中には彼がボケや弄られ役を担当したのもかなり沢山あった。
只ひとしきり終わったら半ばお約束で目茶目茶怒って見せていて、そこの印象が強くて煙に巻かれてたんじゃないかな。

してこんなのは全盛期より全員居なくなる迄の顛末にこそ、グループの実態が現われるんだなと後から思ったよ。
活動方針に依っちゃ誰か1人でも欠けたら終了ってのもあるが、荒井注・いかりやはおろか志村けん迄居なくなったのにドリフ解散とは訊かれない。

それに対し直の先輩格だったクレージーキャッツの方がずっと全員主義っぽく見えてたが、今やたった1人しか存命しないが正式に解散して無くても活動実績は長らく皆無だ。
一面でこれをグループの内情と勝手に捉えてるがそうじゃ無かったとしても、犬塚弘だけでクレージーっぽさを出す姿が俺にはイメージ出来ない。

尤もJazz系は元からコンビなんて流動的だし、Rock系は衝動的なのが多くったって正解でもあるけどね。
でもコンビネーションやアンサンブルをもし突詰めようとしたら、それには経験値も時間も際限無く要求される。

社会的にはある程度ビジネスベースに乗せられないと継続困難になったりするが、どんな形であれ辞めないで続けられてる限り可能性は残される。
気分的にはその場限りでも波長ピッタリは一等気持ちが良いが、外から聴いたら殆ど只の自己満やんかなんて事も。

何れにしても長年の体験からすると「我儘っぽさ」は多い程面白味があるが、ホントに協調性が足りなかったら誰かと組むのは向いていない。
しかし尤もⅡで例え1人Bandだろうと全打込みだろうと、そこに色んな人格ならぬ俺仮言い音格はどうせ共存させなくてはならない。

故に本当に個人主義だったら独唱若しくは独奏スタイルを取った方が、様々な面で向いてるし合ってるし有利だろうな。
とは言え親無くして生れられた人なんて居ないんだから、やりたい音楽の都合に人間性を寄せるのだって手間暇掛かって大変だろうけど無理じゃ無いよ。

手に負えないのは例え程度がとても軽くても、どっちも全く改善する気の無い奴だ。
こればっかりは本人が動き出さない限り、他にどうしようも無いんでね。

<つづく>

2021年4月 1日 (木)

音楽備忘録595 録り方の問題 エレキBass編➄

何時も補遺から入る段取りの悪さにめげず、今日もお口は元気にボヤいて行くぞなもし。
早速「楽器用だったら多少演出があっても良い」の矛盾点から行くが、何の変哲も無い原始的電子回路にEffectorみたいな真似は出来んのだから変な話しだわねえ。

実際に回路君自身は全く「弄ろうとなんてしてない」んだけど、リニアさが足りなくて「来たのと一寸違って出ちゃう」のだ。
差し詰め非常識な野球のキャッチャーみたいなもんで、外に投げるって言われたらバッターより外に構えちゃったみたいな。(大袈裟なのばかりじゃ無く小袈裟になる事も)

それを試合でやられたら多分ボール後逸して不味いんだが、音楽には「決まったストライクゾーン」ってのが一切無いんざんす。
しかも手でボールを掴むじゃ無く音に対して音ですから、音に腕は無いからリーチとか関係無いッス。

それよか目に見えないので、見えるのよりゃ大袈裟にしないととっても分り難いんだす。
その上Bassだと低音で色々と元から不明瞭な点も多いんで、これはCymbalを鳴らす時の慎重さからしたら真逆に近いものがありんす。

因みにわざわざ実験するのは泣きを見るんで過去失敗体験の引出しから出しとくと、Bassは落っことしてガーンって鳴っても普段のフルボリウムの音量を超えません。
あっと但し物凄く非力な弾き方用のセッティングをしてたらそれは除外やが、スタンド毎Cymbalを倒しちゃってみなはれ!。

そりゃもう下手すりゃ目の前で、交通事故が起きた様な騒ぎになるからよっと。
この件にもし興味をお持ちでしたら生楽器と、エレキの奏者の弾いてる様子を眺めてみると宜しいがね。

全体平均で比較するとポーズで演ってる分を除けば、Classic系の人ってMetal系の人より何と激しくワイルドな事か。
音だけ聴けばそんなでもマトモな人のだったら、Metal系のより全然ジェントルなのにさ。

理論的解析すると要は「楽器の感度が相当違う」からなんだが、だから歪ませないBassは歪ませたGuitarより鈍感君なのであります。
ほんじゃ歪ませりゃ差が縮まるかったらそうは問屋が卸さず、低域含有量が多いせいで却って音色変化巾が凄く狭くなりやす。

ってここん処ずっと具体的な録り方へ言及しそびれてるけど、エレキでもBassだと同族の中で最も「半生(はんなま)」の性質が強いのを肝に命じて貰おうって算段からや。
んで遅れ馳せ乍ら具体面へ徐々に進めてくと、せやから楽器側(普通のでもプリでも楽器Amp迄)は例えば大袈裟な芸人さんみたいなんがエエ。

その直後MicやMixer卓・最近だとUSBオーディオインターフェイス以降は、どんな僅かな手がかりも絶対逃さないパパラッチみたいなのがええねん。
アタシャ金欠で機会に恵まれて無いが例えば5弦で下に追加されてるのなんかだと、可聴帯域スレスレの低い方迄到達しちゃってる。

4弦開放のE音ですら基音は既に40Hzで、大型高級スピーカじゃないとちっともまんまにゃ再生出来ないって代物やさかいな。
尤も一般再生環境やアンサンブルの都合で、そこを丸々出すなんてのは稀ではあるが…。

立て続けの尤もⅡでこれってスピーカにはとっても大変でも、電子回路的にはそんなに困難じゃあ無い。
にも拘らず楽器側の方では一般的な音響性能より楽器的反応の良さを尊重すべきで、それがちゃんと出来てるのに限って低域周波数特性の劣化を伴う事が多い。

これ等の事情からひとたび音色が出来上がった後は僅かな劣化、特にローエンド部等でそれがあるとダメージが大きいのだ。
これってDrumsetで下の帯域狭いMicで拾った時、Tom迄は平気でもFloor Tomやバスドラは随分軽くなったりショボく変化しちまったりするのと同系統だ。

私的にこの悪現象があると悩まされるのが各弦毎の音量バランスとかで、それがアンサンブルに入ると一層問題化して来るから泣きっ面に蜂だ。
なので楽器側でもなるべく頑張る様にはしてるけど、それ以上に音響側で削られるのは何とも許し難いのよ。

<つづく>

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