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2021年3月13日 (土)

音楽備忘録576 パートのリズム調節㉟

テンポの速さを古びた感性のオッサンが語るのも何だけど、幾らその時代に合った速さだっても限度ってのがあるだろよ。
私的には普通にしたら躍動感が足りなかったからって、安易な手段に出て却って大コケしてる様にしか感じられんのですわ。

敢えて控え目に私的にⅡでとしとくけど、先ず少なくとも楽曲スタート時点のテンポが速過ぎ設定でアカンのどす。
聴こえた瞬間から威勢良くを狙ったつもりなんだろうが、それが成立するには条件ってのが御座居ます。

それは「最後迄絶対モタらない」で居られたらの話しで、尚且つ出来れば後へ進む程より元気になるのが宜しい。
現テーマではリズムだけを取上げてるんで、編曲で後へ色々追加して賄ってるのは本件では誤魔化し認定となりまする。

今時はどんな「不器用っぽいソリスト」とかでも、特に録音では幾らでも色んな音が追加出来るッス。
その方がカラフルになるし個人的趣味としてはそれ自体は好きな方だけど、ノリやリズムの勢いだけの都合でされてるのが分かるとガッカリさせれらちゃう。

折角だから半屁理屈も捏ねて増強しとけば、それって主役じゃ無く脇役の活躍で補ってるだけやんけ。
つまりよく良く聴き込むと主役はそんなに元気じゃ無くなってて、もしかしたらそのせいで訴求力や売り上げで過去の人達に負けてんのかもよ。

そこで過去事例の傾向分析なんてのを一寸してみると、全体的にはリードパートは重いより軽いのが多目だったねぇ。
と言っても軽さを押出そうってんじゃ無く、「真っ先に聴こえたのが一番目立つ」みたいな原理に従ってる部分でよ。

それプラス一番周囲とタイミングがズレてもOKなのも主役で、別観点からだと最も自由が許されてるとも看做せる。
この点からすると現代本邦メジャー系のは、先ず楽曲内でのリズム的役割分担に失敗してる率が高そうなのだ。

年寄り耳から今一番気になるのは「無駄なテンポの速さ」で、どうせ機械に適いっこ無いのに何で皆そんなに慌ててんのみたいな…。
ってのも慌ててる割にちっともスピード感が無いからで、これはRock系だったら致命的な欠陥なんだぞ。

現実にかつてHardrockがMetalへ進む際、確かにテンポはかなり上げられたよ。
でもHardrockとの差を明確に打ち出す一手段だっただけで、原典のテンポはそれ以前のPopなのより寧ろ遅くしてたんだよね。

「無理無くハイテンポ」なのったら何たってCountryの独壇場で、現代Metalの凄腕だって全然太刀打ち出来て無いでっせ。
それが一等分かり易いのが、「後でどんだけテンポアップ可能か」だ。

特に「盛り上がったLive」時のが典型的で、元の設定に余裕のあるの程もっと上げられるかんね。
これからすると「盛り上げたい・盛上りたい」類のの程、開始当初はテンポ速さを意図的にグッと我慢して抑えとかなきゃアカンのよ。

私的にこの演出を一番上手にやってたのはBeatlesとStonesで、恰も楽曲が許す「遅い限界」で演ってた勇気が凄かった。
要するに「盛り上れる余地」を最大に取ってたんだから、あんなに売れたのはやはり偶然だけじゃ無いんだわ。

只その為には「テンポ速さに依存しないスピード感」が出せなきゃなんなく、その習得は必ずしも簡単じゃないけど出来たら後が格段に楽に自由になりまんねん。
例に依ってその秘訣は次回に譲りまするが、機械より高速限界の低い人間様にとっては本来最重要な武器なんです。

だからこそ現代本邦クソJ-POPなんて吠え続けてる訳で、たった1つでもボカロに負けるなんて恥を知りなさいってのよ。
私心を滅して客観的に述べるなら戦術を間違えちゃってて、それが見えるのすら辛いって感じなんだ。

<つづく>

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