音楽備忘録547 パートのリズム調節㉕
CCRの分と本題との関わりが残ってるんで、しつこいが続々編でごんす。
T・REXのが半分当人の個性依存とするなら、こちらのにはそんな成分が少ない分誰にでも優しいと言える。
その代り捉え様に依っちゃCCRの方がSoloist+Backband的でもあり、実際John Fogertyがソロになってからも変化が少ない。
どちらも編曲っても曲由来のや曲依存度の高いのは一緒だが、CCRの方が奏者を選ばぬ再現性があると思う。
T・REXだってLiveではStringsの入らない事の方が多かったが、それだと世界観の再現度は低いので「既にファンになってる人向け」って印象が強かった。
CCRの方は本人達だけでもその様な事が無いから、グループの活動方針が違ったかああ見えてMarc Bolanは作家的要素が強かったのかも知れない。
この相違は採り入れ易さに直結してるし、CCRのそれはどれもとてもベーシックな物だ。
なので現代本邦のJ-POPみたいなのには、ホントは最も良い参考になるんだよねえ。
そりゃ時代も国も違うから味比べしちゃったら古過ぎるけど、もしそんな理由で避けてるんだったらもうこれからはお米のご飯なんか絶対食べるんじゃねーぞってなもんだ。
米だって品種改良されてるし炊飯器だってどんどん進化したから、その点では昔と全く同じ味じゃ無いだろうよ。
けどお米を炊いてってのは変わって無くて、それをRock Bandへ置換したらエレキGuitarとコードカッティングってのが同意義になるやん!?。
んで楽曲でも素人向け汎用を狙えば編曲だってシンプルイズベストだから、それからしたら極力簡便な奏法で構築するのが適してる事になるだすよ。
かつては日本でもCharの「闘牛士」みたいに、GuitarのコードカッティングだけでIntroがちゃんと成立してるのもそこそこあったのよね。
この曲厳密に再現するにはかなり高度な小技もテンコ盛りなんだけど、曲としてそれに聴こえるのにはコードが大体合ってればOKってのが職人芸ですわ。
時代順からして妥当だろうが手法としては、差し詰めT・REXとCCRの良い処取りみたいになってんね。
って俺の感覚では結構時代が下ってるが、今から数えるとその差って10年にも満たない位だったんだな。
まあ正直本当の核心をバラしちゃえば、殆どのあらゆる手法をBeatlesがとっくに演っちゃってんだけどね。
只Beatlesのスタイルの根幹はそのコーラスだから出来た芸当で、歌唱だけでそこ迄の独自性がない場合演奏面でパターン的スタイルがもっと要ったりすっからね。
その点に絞るとここ迄紹介したお三方辺りが、一応意図してやり出した最初の方の人達だったと思う。
してフレーズ以外で本件と関わって来るのがタイミングであるが、これ等の手法を使うならその大多数は遅刻厳禁って感じだ。
極端な話し少し突っ込んだり走っちゃってもOKで、株式会社アンサンブルの宴会部長みたいなもんだ。
例外になるとすりゃPunk系統ので演る時で、その方面ではどんな手法だろうと先ずDrumがイキリ勃ってないと始まらない。
それ以外では幾ら勢いが欲しくとも、リズムに安定感が足りないと聴くのに落着かない。
確かにリズム隊にだって勢いがある方が調子良くて快適だが、Guitarのカッティングを追い越す様な事がしばしばあってはなりませぬ。
これについては又次回にするけど、そこに居る宴会部長を押し退けて下の者が勝手に仕切ちゃっちゃ不味いでしょ。
言葉のアヤっぽくて何だけどこの手法時は「カッティングが伴奏のベーシック」なのであって、伴奏のカッティングじゃ無いんだからさ。
常に最新の注意を払って熟慮する程の事ぁねえが、パート間の組合せが一緒だからって無頭で行くのは流石に勘弁ね。
アイツは分かってるとかってのは、こう云うのの差だと思うんだ。
<つづく>
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