« 音楽備忘録528 魔改造悲喜こもごもⅡ-㊳ | トップページ | 音楽備忘録530 魔改造悲喜こもごもⅡ-㊴ »

2021年1月25日 (月)

音楽備忘録529 パートのリズム調節⑯

ここからはどうしたら欲しい感覚や感性を身に付けられるかへ進めるが、近年はどちらさんでも個の活動が中心になって久しい。
今のコロナ禍では当然だがそっちじゃ無くて、人と進んで一緒になるのは遊ぶ時限定って風潮なんかについてよ。

そりゃ遊びにだって真剣で意義深いのもあるけれど、当節お流行りなのは殆どがバカ騒ぎ一辺倒。
回避・解消の困難なストレスがテンコ盛りの毎日だから、一時だけでも忘れたいのは分かるけどさ。

けど例えば睡眠の8時間をトータルでは一緒だからって、10分寝て20分起きてのサイクルにしても先ず上手く行かないでしょ。
なので上記みたいな逃避一辺倒の副作用、「祭りの後の静けさ」をわざわざ創出してるみたいにも思えるんだ。

余韻の残らない楽しみ方ばかりだと一種の中毒症を発し、もっとバカをと無限に突き進んでしまうよ。
何しろOn・Offの境界はハッキリ見えちゃうし、ハッピータイムが短いからねえ。

それって賭け事に溺れるのと同じで、その内きっと限界を超えちゃうな。
まあそれでも良いって人も居るかもだけど、本来なら遊びからだって色々学べるのが無しになるしね。

私的にそれで困るのは、そうじゃない人迄皆巻き込まれてそれ以外の選択肢を奪われてる処。
ほんでここでコレを持出してるのは俺の主義とかじゃ全然無くて、今回からのお題をクリアするのにとっても不都合だからなのだ。

例えばどんなに悪ふざけしてても、絶対にRockであるのだけは譲らないとかそう云うのが欲しいのよ。
ルールの縛りは邪魔に感じる方が多いけど、真髄を楽しむのには無法地帯では集中出来ないよ。

無法では調子に乗って「ウェーいっ」ってやってたら、突然背後から叩かれたり刺されたり撃たれたりするかも知れんからねぇ。
それからすると渋谷のスクランブル交差点での乱知己は、「調子の乗り方」を間違えてるのだ。

或は他力本願オンリーと言っても良く、車の方が横断者の方がきっと避けてくれるだろうって確実性の無いヤツだ。
もしかしたらそこにたむろしてる多くは俺と違ってお利口で、心の底からはしゃいでなんか居ないのかも知れないけどさ。

まあそれが単なるイベントだったら迷惑なだけで済むかもだが、感覚を身に付けるとなるとその程度の漬かり方では足りない。
例えば「レゲエ演る」と思ったらそれだけで、跳ねさせようとか一寸ルーズにしようなんて思わずに出来ないとイケナイからだ。

意識したって出来りゃ良いじゃんもご尤もですけど、それって意地悪く言うと作為によってもたらされた物だよね。
それだと感覚だけで賄い切れて無いし、天然と人工の差みたいなのは未来永劫埋めらんない。

挑戦当初にメカニズムとして知識的に獲得するのは必要事項だけど、大まかに分かったら後は頭を使っちゃ駄目なのよ。
物真似としならそれでも行けっかもだけど、表面的な模倣だけで本家を超えるのは音楽では不可能だ。

自分が始祖だったら未だしも後発となると、本家に近付くだけでも「その人なり」の要素が不可欠だ。
そりゃ本家が逝って大分経ってりゃちったあ誤魔化せそうだが、明らかな長所の1つでも無かったらわざわざ後発の方になんて誰も行かないでしょ。

現地人以外の者がその系統として認知されるには、世間に通用する新しい流派みたいなのが無いとさ。
そう云うのって自然体から滲み出る様なのじゃないと苦しくて、例外があるとすればデーモン小暮とかピコ太郎みたいな方法位じゃないの。

彼等は極限迄成り切っては居るが、観客は成り切り度の高さだけを楽しんでるかったら違うと思うんだ。
寧ろ綱渡りみたく何時失敗するか分からないからスリリングで、失敗後のフォローがどうなるかが全く未知だから鮮度が維持されるってね。

過去述Jeff BeckのLiveでヲタ達が失策を待ちわびてるの宜しく、いざその時が訪れる迄お客はおろか本人だってどうなるか決まって無いし分からないからオモロイ。
そんな局面ではどんな達人だって普段よりゃテンパってる訳で、そこでも一切地を出さないってな不可能やがな。

なのでそれがJazzだったら成功しても失敗しても慌てて取り繕っても、どれも一様にJazzっぽく無いと「ホントはRockの人だった?」なんて疑われ兼ねない。
これを実現するには一旦○○モードに自分で設定したら、気絶仕掛かってでさえ勝手に○○になってる様な状況をこしらえときたいのよ。

頭使うなってったら抵抗感がある頭脳派の方には、そしたら自己パブロフの犬化計画なんて解釈ならどうすかねえ。
但し当事者対象の犬と人の違いから、人の場合は上出仮称「モードスイッチ」が付けられる分条件反射も不要時にはOffに出来る筈だ。

因みに人にも俺みたいなアホも居るが、本物の野生動物とは近くてもイコールでは無い。
先ず一般常識人だったらこんな昼間の人通りでお姉さんの裸なんて拝める訳無いやろと考えるから、何処かから「うふぅ~ん」なんて聴こえても動画か何かだろで通過する。(ラブホ街等は覗く…もとい除く)

次にそれが欲深くアホな俺だと万が一に期待して、一応可能な範囲を見回しとくだろう。
実際にはほぼ可能性が無い位はアホでも分ってるが、それでももし逃したら惜しいから頑張っちゃうかもって。😅

それが野生動物では「うふぅ~ん」=裸体の習慣付けがされてると、状況にお構いなしに反応するのも居そうだ。
こんな変なのを持出したのは音楽なんか演ってる時より、普段の何気ない時にこそ少しは頭を使った方が良さそうだからあるね。

<つづく>

« 音楽備忘録528 魔改造悲喜こもごもⅡ-㊳ | トップページ | 音楽備忘録530 魔改造悲喜こもごもⅡ-㊴ »

パソコン・インターネット」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

ドラム」カテゴリの記事

ギター」カテゴリの記事

電気」カテゴリの記事

ベース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 音楽備忘録528 魔改造悲喜こもごもⅡ-㊳ | トップページ | 音楽備忘録530 魔改造悲喜こもごもⅡ-㊴ »

フォト
2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

最近のコメント