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2020年12月20日 (日)

音楽備忘録493 楽器の音程調整②

今回は一寸お題からは逸れるが、合唱(コーラス)の所謂「ハモり」を生贄として進めて行こう。
その意図は一番常時、「現場合わせ」(微調節)が必要と思われるからだ。

過去記事や前回本項後部でも触れたが、空気は温度・湿度等諸々のパラメータで音の伝達性能が変化している。
そのせいで最悪は聴く場所が僅かに違うだけでも、合ってるものがズレて聴こえたりなんかもしてしまう。

近年の録音では「録れたの基準」で調整させてるが、過去のでは俺言い「現場聴こえ基準」で作られてたのも多かった。
特に録音でテープを使うのが一般化する以前は、ダイレクトカッティング(直接レコード盤の溝を掘っちゃう!)するしかないからやり直し回数は厳しく制限されていた。

テープ以降ではしくじったら「上書き」が可能だが、物理的に加工しちまったら元へ戻せないからね。
それだけ「試し録り」が出来ないんだから、兎に角録る前にその場で完璧なアンサンブルになる様に演奏サイドで調整する事となる。

処がそんな中奏者耳とMic位置がかなり違う場合等、新たな問題が生じ出した。
大昔はMic数も少ないし耐音圧性能も低いから平気だったのが、音源により近付ける様になった黎明期にね。

概述だがBass等の低音程域だけ少しズレて録れちゃってる作品がそれで、チューニングメータが無かったからそんなになっちゃったんじゃ無いのよ。
現場奏者耳には「それで完璧」だったからで、しかしMicと耳の位置差のせいで空気の性質差等(無論残響も)が悪戯してそんな結果を招いているのだ。

合唱での完璧なハーモニーの中にはこの面での難しさも含まれてるが、何れにしても「その場で合せる」のが何より重要となっている。
してここからが今回の核心になるが、空気や音は誰が何でどうやって出したのかは一切感知しないって処だ。

宅のエレピじゃ無くても現実的には調音の大変なのへ他が合せるのが常だが、だからって合せて貰える方が無頓着で構わん訳じゃ無いでんがな。
その意味で今の日本で一般的なPiano教育を優先的に受けさせるのはとても危険で、この部分では「非常識人製造マシーン」ともなり兼ねない。

確かに調律は知識や技術以上に手間が大変なんで、現代本邦の多忙なお子様にそればっかやらせてなんてとてもじゃ無いが居られんだろうさ。
けどそれだったら狂う生のを放置する悪癖を付けさせるより、もう「デジタルPiano」専門のがあったって良いんじゃないかな。

近々の俺驚きでは生Drummerのチューニング意識の希薄化なんてのもあって、従兄の生徒さんでもそんな傾向があるそうだ。
何れにしてもⅡでそれって結局は「合せられない苦労」の体験不足もありそうで、宅エレピ以外にも和太鼓の一部等そんなのもそれなりに一杯あるんだよね。

或はポピュラー系生Drummerに限定すれば、PAへの過依存も考えられる。
実際電気マジックの力を借りないとどうしようもない音ってのもあるが、かと言って電気力側だけで生楽器の音を完璧に構築するのは今はまだ無理だ。

けどどんなプアでチープな打撃音でも無理くりコンプすりゃ、確かに一応一見もやしっ子では無くせる。
こんな残念な勘違いを無くす最善の方法は生なら生・電気なら電気、電子なら電子と先ずは最小限テリトリーの範囲でこねくり回せば良い。

それには願わくば教育的立場にある皆さんには、かなり早い段階で大変だけど本体だけでも変えられる合せられるのを教えてあげて欲しい。
今の若い人はリアルよりバーチャルから先に入るのが普通とか、当り前になっちゃってんだからさ。

まさかそんな気は無いだろうが自分達だけ体験して知っといて、既得権益式で儲けようなんて思って無いだろうなぁ。
そんなん続けてたら自分が齢取って引退後、誰かに調律して貰おうとした時来られる人が居なくなっちまうんだぜ。

<つづく>

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