誤った合理性④
最近は車を持たない人も増えてるけど、だからって道路巾を考えずワイドなのばかりしか作られないのには辟易している。
それへこんなのを加えると世間を敵に回し兼ねないが、民度低下の影響もあるとしか俺には思えないのだ。
本件の一番端的な例示をさせて頂くと、所謂3ナンバーで抜け道的狭隘路を通りたがるお方。
それもミリ単位と迄は言わずとも、せめてセンチ単位の「寄せ」位は自在なんだったらまだ許せるよ。
更に進めてそんな運転技術を持って無いなら、常にお先にどうぞってやってんなら認めてあげますわ。
けどこの手のの典型的なのはそもそも状況や事情が分かって無いのが多く、本来はルート選定ミスなのに「チェッ、ボロい対向来やがった(多分俺とか)」なんて態度がありありなのは流石にねえ。
さて巾が気になるならいっそ軽にすればって意見も出そうだが、悪税のお陰てもう昔みたいな大差は無くなってる。
将来的に遠出しなくなるとか、機材車としての機能が不要になったら選択肢に入るだろうけどさ。
これで積載量や広さ以上に問題になるのが、エンジン若しくはモータの「トルク」だ。
後タイヤサイズについてもなんだが、国の遅れた誤った規定のお陰で実情に合ったカスタマイズが出来ない。
しかしこれ等も例えば5人乗りだったのが4人乗りになるとか、所謂「車格がどうのこうの」なんてのに振り回されてるのも事実だろう。
自家用車に限らないけど何でも普及が進むと、認識が低下するのは仕方無い面もあろう。
だが車が売れなくなったのは行き渡ったからとか人口減少・不景気、そんなのも間違いじゃ無いがニーズからズレてるのを無視するのは愚の骨頂だ。
実際その不適合な大きさ等のせいで軽が多くなったが、そしたら税収確保が予定通り行かないからって小さいのを高く・大きいのを安くしたのは国の無責任な愚策に他ならない。
だって安くなった大きいのが楽に通れる道が、幾らも増えて無いんだからよっと。
では先ずは乗車定員の件から看破してくが、これを陸のライバルの内鉄道の1人分座席巾から検討してみよう。
敢えて一番狭い通勤車の所謂ロングシートのでだと、近年製造のは大体最低でも45cm以上となっている。
なので3人並ぶとそれだけで135cmになるが、これは座席中央部分での場合。
肩幅のある俺みたいなのが気を使ってドア脇に陣取ったりしたとすると、昔と違って板で仕切られてるっても大抵は客席側から見ると少し凹ませてあったりする。
なのでその場合は肩部限定だと更に増えて、それを仮に5cmとすれば最大巾は145cmとなる。
で車で横方向衝突からのクラッシャブルゾーンを仮に10cmとすると全幅は165cmになるが、全員を通勤電車のドア脇と同条件とすると170cmと5ナンバー枠に収める限界になる。
となれば枠一杯(例えば1,695mm)に広げて、やっと通勤電車のドア脇と同程度しか取れてないんだよね。
確かにいざって時にゃ1人でも多く乗れた方が良いけれど、上記比較からするとそれは短距離ビジネス専用って感じだ。
どうせバブリーに行きたいなら最近は電車やバスですら、高級な席は「3列」にするのがデフォだ。
電車・バス等は通路の分が要るとは云え、最大巾が1m位広くてそんななんだよな。
因みに昭和の昔にゃ子供用として新幹線みたいに巾広じゃ無いのに、修学旅行用と称して横5列なんてのもあった。
今は子供だって体格が向上してるから直接比較には値しないが詰込みでも構わんってんなら、真ん中の人の肩を前へズラしたりすりゃもっと狭くったって座れん事は無い。
車の方で妙なのが誰もが前席なら2人分でOKと思ってる処で、なるべく乗せたいなら昔のみたいに所謂ベンチシートにしたら座席条件だけなら後ろと何の差も無いんだけどね。
運転手の環境的には余裕のある方が確かに良いが、余程大きなマージンが取れん限り規格外の体格の人も必ず存在するわな。
現実的には関取に2人分取るななんて言うのはナンセンスで、その逆に小柄な子供が余ってるのにここは自分の領地だって他の人との負担差を容認し過ぎるのも考えもんじゃないの?。
なので幾らも広がらない道巾を考えると、現状のは何とも中途半端で時代遅れな考えとしか思えないんだ。
<つづく>
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