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2020年11月 9日 (月)

音楽備忘録460 ○○のせい?③

今回は純粋に続きを書くので、必要なら本項前回を参照してちょ。
だばとっとと行くが、先ずはDeep Purpleとコンプ話しの関係性から。

これリマスターを聴く迄俺も分からんかったんだが、ターゲットはAlbum Machine HeadのBassフレーズだ。
最初はカセットで次にLPレコードで、その後CDで聴けるにつれ音の解像度は上がって行った。

それでも今回のを耳にする迄は確信が持てなかったり、予測の遥か上を行く複雑且つ多彩なフレーズがもっと全然沢山入ってたのが分っちまったんだ。
一部の曲のは珍しくかなり真剣にコピーしてたのに、今頃になって「ハイ、残念でした」は相当堪えたですと。

生のLive迄含めて何十年も散々聴き続けてこれだかんね、直ちに「自分以外の原因」を探しましたよエエ。
そんでもしめっかんなかったら、もう廃業もんですぜ。

してその分析結果はEffectの違いと出て、取敢えずは命拾いした気分だったがや。
現実的には前回述の全聴きと同時進行だったんだけど、そこで第2期には意図的演出時以外に深いEffectが合わないのを発見。

これの前提として深紫団の特徴を位置付けしとくが、あれだけのポピュラリティが獲得出来たからには曲の骨格は案外シンプルだ。
だが曲に対して最低限のスタイルってのは、初期BeatlesやStonesやMG’sで既に演られてる。

それで段々Rock系でも複雑化して行ったが、曲迄難解化してはコアヲタ化しちまう。
ので大多数のおバカさん達は過剰演出気味になりがちだったが、過剰にならずに小難しいのを巧く盛り込んだ最初の頃の人達だったみたいだ。

これを実現するには聴こえただけなら至って明解、聴き込んだらビックリ玉手箱となる様な加減の維持が必要。
それには1に歌の無い目立たぬ処で爆弾投下、一般的に歌があると歌詞やメロを誰でも追っかけちゃうもんだからね。

その分歌間はうわの空になるのが自然で、しかも歌じゃ無いから当座は雰囲気だけ味わえれば充分だ。
2に歌の裏で小細工したいならコッソリ演る事になるが、これは音量バランスや他パートからフレーズ的に逸脱し過ぎ無いとなる。

それには音響的にもなるべく本人達が演ったままに記録されてると最適で、かなり上手に弄ってすら簡単に埋もれる位コッソリな処があったからだ。
これの収録場所はスイスのホテルの廊下で、こっちの旅館とかと違って石造りの建物だからそこそこ響く。

それでか件のRemixは意図的演出に要る分以外は、どうも収録時の残響をそのま上手に活用してるみたいなのだ。
これが本件では核心で、弾いてる最中からの残響なら当然奏者は対応済み。

んでメンバーの経歴を改めてプチ調査してみたら当時の欧米では割と多そうだが、全員生のClassic系の実体験の持ち主だった。
John LordとRitchie Blackmoreは誰にでも察しが付くから略すとして、Ian Paiceは吹部・Roger Gloverは聖歌隊出身だとさ。

それからするとそのMixingをして生より上回るには、ポピュラー系の人だと超絶レベルの技師が必要となる。
Beatlesはこの点最幸運な環境に恵まれたが、深紫団はどっちかってったらこの面では最不運側だった。

これからしたら今本邦程壊滅的では無くも、昔にも作品を劣化させる録音って結構多かったんだねえ。
それでも(幾つ目か忘れたが)これでは録音機材のみならず、スタッフもStonesから借用してたからかなり上等な方ではあった。

只当然Classic系に対してGeorge Martin程の知見なんてありゃしないから、当時の時点ではあれで限界だったとは思うけどさ。
で今誰がそれを成し遂げたのか確認してみたら、Roger Glover’s 1997 Mixesって本人でやんの。

<つづく>

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