音楽備忘録466 ○○のせい?⑤
このシリーズ前回のを受けて続けると、今回の○○の中は「下手な」「録音」とでもなるのかな。
しかしこれは難しいですよぉ、普通聴者は「加工前」の音なんて先ず聴けないですから。
美しく無い裏話し的で何だけど、上手く無い人は本人も事務所も未加工の漏洩を必死で避けてるでしょうな。
それされたからって聴くに耐えるならどうでもいいかも知れんけど、聴き手が自然体だったら少なくとも飽きが早く来るのは間違い無いさね。
少し前迄色々取り沙汰されたAKBシステム、未完の商品を「一緒に育てましょう」と売りにしたの自体は慧眼だったと今でも思ってるよ。
今程多数派じゃ無かったけれど、昔だってそんな存在は常にちらほらとは居たんだ。
それからすると本件は単なる上手下手じゃ無く、イニシアチブってか方向性を勘違いした悲劇なのかと考えられる。
上記の未完を売るのにも他に大きな魅力があってこそで、その典型が所謂「カワイイから何でもオッケー」とかだ。
となると全てが足りない者を無理に売り出すのに、音質で補おうとしたのが錯誤ニーズの発祥だろうか。
そんなのホントは無理なんだけど、それでも時代が下るに従ってやり方がどんどん酷くなった様だ。
俺知りで初期のは例えば歌がグダグダとして、それ以外を全てハイレベルにしてるのなんかが思い出される。
その内リズムは良いが音程が駄目な場合、今ならラッパーとして売り出すみたいな。
逆パターンの場合だったら、演歌とか民謡風にして誤魔化すとか。
って演歌や民謡だってリズムは大切だけど、他ジャンル比だと歌のリズム要素を一番減らしとける余地がありそうだから。
そんでもってこれは伴奏もだが、何より「曲のレベルは一切ケチらん」って意味になっとるがね。
それが次の段階で下手クソに予算掛けるのはやっぱ勿体無いとなったか、先ずは売れそうな曲に恵まれなくなって来る。
本来ならこの時点で方向転換なり解雇なりすべきだったんだけど、スカウティングレベルの維持や向上を怠ったのか室内にゴミ袋置きっ放しみたいな事へ…。
これってタレントより事務所の責任なんだけど、ワンマン社長が流行らなくなって誰が猫の首に鈴を付ける状態にでも陥ったんだろうか。
いや必ずクビにしなくったって、誰が歌っても少しは売れる曲やそれが作れる奴を探したって良かったんだよ。
でも既得権益に毒されてチャレンジ精神を失くしたか、こっちもケチっちゃったからいよいよオカシクなり出した。
んで音響技師的立場からしたら、そのシワ寄せがとうとう回って来ちゃったとな。
それでも仕事なんだから割切ってちゃんとやんなきゃいけないんだけど、あまりに歌手も事務所もいい加減なのに辟易して不貞腐れだしたのか。
こうしてかなり暴論だけど全滅し掛かってるのが、残念だけど今のニッポンメジャーって感じなんだよねぇ。
だけど変だよね、どっか魅力だとか優れてる所が無かったら売れっこないのは分かってる筈なのにさ。
して無理くりコンプで何とか誤魔化したつもりになってて、確かに同類同士だけでの比較で済んでたら特にボロがハッキリとは露呈はしないかも知れない。
でもちゃんとしたヤツと比べたらボロボロダダ漏れで、音質の派手さの割に内容がスッカラカンなのだ。
内容がまるっきり不足って事ぁ変化にも乏しく、ちゃんとしたのをフルハイ動画とすればこっちはピンボケ静止画ってな大差がある。
幾ら加工するにしても元が致命的に足りなきゃ、クドイけど無理なのだ。
それでも強いて何とかせいってんなら、少ない≒薄っぺらな物へコンプでダイナミックレンジを「薄く」するってのが稚拙過ぎるんですわ。
少ない→隙間が多目になるのを逆手に取って、エコーなんかの方面で頑張るのがまだ筋なのよ。
深紫団のは弄るとどれかの聴き取りが劣化してたりしたけど、それは元のが盛り沢山だったからだ。
ムラが嫌で無理コンしたって音色ムラの完全駆逐は不可能なので、それなら今だと打込みの方が手っ取り早い。
そんでBandのフリ!?してホントに音は打込みのなんかも出現したのには驚いたが、本来なら「ムラを味」とか「多彩な表現」にすり替えてこそ技ってもんなんですぜ。
昔からさ、上手なんだけど何か単調でつまんない人ってのも居たじゃん。
<つづく>
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