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2020年10月21日 (水)

音楽備忘録441 楽器の機械的雑音の話し⑧

今回から毎度乍ら一寸お題から逸れるが前回後部を受けて、雑音の種類仕分けなんかをしてみよう。
見方次第で存在意義の変化があるかどうかで、それに依っては安易に親の仇と駆逐しては後で困る事だってあるのよ。

過去の録音で分離度・明瞭度確保がとても困難だった当時、Drumの各楽器にGateを掛けたりしてた例は少なく無い。
実際突詰めるとそんな余計な事をすれば別の欠点が出て来るもんで、例えばBackbeatのSnareの入る時だけHatの音量が増え音像定位が移動してるのなんかが結構あった。

尤も分析耳で聴かなきゃそんなに音楽自体は阻害して無かったからか、意識しなけりゃ困る程では無い様だ。
しかしホントの達人が余計なプロセス無しで録ったのと比べると、何処となくギクシャク感があったのも確かだった。

さてここで一考すべきと思うのが、過去当時の分離度・明瞭度が低かった原因だ。
録音・音響装置の方式や性能差が原因なのは言う迄も無いが、意外と見落とされてるのがMicの指向性能や収録場所の残響度合い等だ。

今のよりゃ遥かに鈍い指向性のMicと良く響く部屋のコンビだったりしたら、これだって機器性能に負けず劣らずかなりの影響があるのだ。
本日の第1ポイントとして残響のもたらす内容なんだが、響く程音源から離れても音量減衰が少なくなる。

ので良く響くと単に余韻が目立つとか全体像がボケ易くなるだけでは無く、他の楽器用に構えたMicへの混入度合いが高まるですよ。
その為過去の状況だとGateを掛けてても、今よりは他楽器の共鳴音等の混入が多かった訳だ。

又記録媒体がアナログテープ以前のだと、そもそもクロストークなんてのも中々のもんで御座居ました。
かいつまんで云うと例えば完全に左にしか音を入れてないのに、右へも漏れて記録・再生されてしまうとか。

音響電子回路もアナログオンリーの時代は記録媒体よりゃ大分マシでも、漏れゼロってなあり得なかった。
だからスッキリくっきりの為には、ひたすら分離・隔離に明け暮れてたんだ。

でも今は例え生楽器を使ってもとてもデジタル率が格段に上がったんで、昔に確立した手法を
下手に流用したらロクな事は無い。
例えばSnareは土星でTomは火星で鳴らしてるみたいにもなり兼ねず、つまり意識がテクノロジーに遅れてる人がかなり多いのよ。

この様にかつてはずっと雑音でしか無いと思ってたのが、いざ完全排除してみたら実は間違ってたみたいなのが中々終息を見ていないのさ。
そしてこれは歴史面由来のであるが、もっと影響力のあるのが所謂「状況」だ。

今は人力で機械やロボットのフリをするのなんて滅多に無くなってるだろうが、極端に分離度を上げたり均一化させる事でその代用とされてたケースもあった。
登場時のYMO等がその好例と思うがあそこ迄のアンサンブルを組立てるとなると、当時は人力の完全排除なんて到底無理だった。

尤も個人的には今の対策不足の打込みより、未だに彼等のの方がそれっぽく感じられる。
随時頻述の如く相手が実際はどんな存在だろうと、聴き手は印象でしか判断出来ないからね。

なのでもしかしたら世代が違ったら違って受止められてるかも知れないけど、○○っぽさの演出から来る影響力は絶大だ。
故に個人的Ⅱに過ぎぬが、今は如何に人間臭さを音に込めるかが大きなテーマになったと考えている。

これには昔より雑音が目立ち易くなったのも災いしてて、実際雑音に悪目立ちされては敵わない。
と云って単に排除すれば「空気の無い宇宙空間」みたいになっちゃうし、楽器毎の「空間感」の差が過去より拡大して現れるのも充分配慮しなきゃなんなくなっちまった。

<つづく>

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