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2020年9月 4日 (金)

音楽備忘録394 音楽を演る人にとってのリファレンスヘッドホンⅤ

当拙ブログでは頻出してる「過剰演出音色」であるが、これが厄介なのはパッと聴きでは先ずそうは感じられない場合も多い処だ。
音質の正確な再現を語るには印象と現実の不一致の考察が要るので、そこから始めさせて頂こう。

☆生耳と生Micでは最初から違う音になっている
のっけから異様な文脈になってるが、それは主に是又再登場の「人耳の弁別能」のせいだ。
Micは良く云や正直・悪く云やKYってなもんで、要るのも要らんのも音ならまんべんなく拾ってくれちまう。

それ処か時には振動さえ…これは使う側の瑕疵でもあるが、それに対し人耳には極力「聴きたいのだけ聴く」ある意味とっても我儘な機能が備わっている。
だから無意識で居れば居る程この機能が活躍しちゃって、無興味なのには実際よりかなり僅かしか記憶に残らないのが常なのだ。

ここは暴言無法地帯なので敢えて誇張例示すれば、真っ裸の美人の隣の地味なブスの方を良く覚えていられるかってな状況だとでも思っとくれ。
健康体の一般的な嗜好性の男性であったなら、裸の方だけを詳細に記憶してたって当然でんがな。

でも実は一見地味ブスに見えた方が両者すっぴんにして、脱いだらもっと美人で抜群なプロポーションの持ち主かも知れない。
しかし「眺められるだけ」だったらそんなの確かめられなくって、音だったら聴き手が完成作品に既に掛ってるEffectを勝手にOffになんて出来ないって寸法なのだ。

Liveであれば懇願したら一寸やって貰えるやもだが、録音物に対してだったら絶対的に不可能だ。
勿論録音技師はこの現象を熟知してるのでなるべく人耳に近付ける努力はしてるが、仮にどんなに成功したとしても奇抜な「個人差」に至ってはどうにも非対応だ。

少々ドぎつくて済まんが俗に言われたオッパイ星人だと、最初から胸が豊かじゃないと興味を示さなかったりするからね。
耳は例え補聴器等を使ったとしても「他人の耳を借りて聴く」なんてあり得んから、各自の好みに応じた聴き方しか天然状態じゃ存在し得んのよ。

すべからく技師であれば訓練・研鑚を積んで冷徹な分析力獲得を目指してるが、音楽家に対してそれは諸刃の剣にもなり兼ねない。
これは気持ちに任せるべき時に分析耳が出て来っちゃったりする事もあるからで、不可能では無くても常に意識して使い分けるのはとても大変だ。

それに一々意識しなきゃなんなくなったらある意味「操作」が要る訳だから、必然的にミスも出易くなる。
聴くだけで良いなら未だしも奏者だったら弾く方がもっと大事だから、この切替を「頭だけで」やろうとしたら虻蜂取らずになる事請合いだ。

では手前味噌に過ぎんがどうして俺は兼業でも大丈夫かっつったら、単細胞なのもあるだろうが幾らも意識なんてしないで対応出来る様に訓練されてたからだ。
これを一番端的に表出してるのが絶叫歌の録音で、全身全霊で声を振り絞りゃどんな爆音を鳴らしてたってとてもじゃ無いが他の音なんて全部は聴けない。

寧ろあんまり伴奏とかが詳細に聴き取れる様じゃ、録れた歌声は魂の叫びから程遠くなってるだろうからね。
こんな風に人自体が特定目的時以外は「絞って聴いたり聴こえたりする」のが自然なんで、過剰性能ヘッドホンのお陰なんかで「聴き洩らすべき音が聴こえ」ちゃ不味いのだ。

この罪!?が極まればド派手な伴奏に、誰にも気付かれない程地味なソロパートなんて不始末も招き兼ねんですぜ。
弾き方や弾き加減で「出したり引込めたり」を習得するには、全部が一様に引っ込んだり出張ったりする様じゃ障害になるんざんす。

せやさかいなるべくニュートラルなのが良いけれど、せめて派手でも地味でもその中でちゃんと突出したり埋もれたりして聴こえるのじゃないとどうにもならんのよ。
これからしたら①お楽しみ用②分析用だけじゃ無く、第三の存在として「鏡みたいな」存在のが演者には最適だし必要なのさ。

<つづく>

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